【外国人参政権 欧米の実相】(1)
ドイツのベルリン州ノイケルン区。イスラム系移民の統合を促し統合政策の柱に教育を据える。憲法に相当するドイツ基本法への忠誠などだ。それでも統合のために移民に地方参政権を与えるには至っていない。
「教育をまともに受けていないイスラム系移民の割合が多すぎる。教育を経てからでなければ、参政権の付与は認められない」
そう語るのは、区の移民担当官、アールノト・メンゲルコッホ氏。区内ではかつて“事件”があった。
2006年3月、同区にあるリュトリ校(中等教育)の教師全員から、連名でベルリン州教育相に手紙が届いた。「生徒はノートや鉛筆も持たず爆竹を鳴らし、教室のドアをけって入ってくる。学校は彼らにとって戦場であり、教育が成立する余地はない」。手紙は学校閉鎖を求めていた。
1909年創立のリュトリ校は、大学進学率が高いギムナジウムとは異なる教育水準が低い基幹学校。反ナチスの活動拠点でもあったため、43年には閉鎖され、敗戦とともに再開された。そうした歴史をもつリュトリ校も、教師が生徒の暴力に耐えきれなくなり学校閉鎖を要求するという事態は、前代未聞だった。
メンゲルコッホ氏は「女子生徒が手をナイフで突き刺されたり、髪の毛に火をつけられたり、学校の荒れ方は想像を絶していた」と振り返る。
ノイケルン区生まれのハインツ・ブシュコフスキー区長は、故ヨハネス・ラウ前大統領のクリスチーナ夫人とリュトリ校や周辺を視察し、その荒廃ぶりに驚愕(きょうがく)した。“還暦”を迎えていた区長は「私の政治人生も残りわずか。リュトリを最高の学校に変えて、流れを逆転させよう」と決心し、ベルリン州政府に協力を仰いだ。
同区は、東西ドイツを分断していたベルリンの壁に沿って旧西ドイツ地域の隅に位置していたことから、開発が遅れた。戦後復興の労働力不足を解消するために、旧西ドイツ政府が呼び寄せたトルコ系労働者やアラブ系外国人が流入し、現在、区に居住する外国人の国籍は165カ国に及ぶ。
区の人口30万人のうち移民背景をもつ住民は4割。18歳未満ではその割合が8割に達する地域もある。こうした若者の多くは、ドイツ語と母国語が入り交じった特殊な言語しか話せない。教師は生徒の暴力を恐れ片時も携帯電話を手放せない。授業が成立するはずもなかった。
国揺るがす「一国二法」警戒
東西ドイツ統一後、ベルリン州ノイケルン区にあるリュトリ校の実情を知る旧西ドイツ出身の教師は、富裕地区に異動した。その後釜に、何も知らない旧東ドイツ出身の教師が配置され、リュトリ校の3分の2を占めたことが事態をさらに悪化させた。
共産主義独裁体制の旧東ドイツでは教育の荒廃など起こり得なかった。移民担当官アールノト・メンゲルコッホ氏は「リュトリ校の生徒が、教室で尊敬と権威を自ら築いたり、生徒が抱える問題や背景を理解したりする必要がなかった旧東ドイツ出身の教師の手に負えるわけはなかった」と語る。当時の校長は体調不良を理由に、学校から逃げ出した。
ノイケルン区では、こうした「絶望」を「希望」に変えるプロジェクトが立ち上げられた。総額2千万ユーロ(約24億8千万円)が投入され、リュトリ校を中心とする4万5千平方メートルの区域は「リュトリ・キャンパス」に生まれ変わった。ギムナジウムや体育館だけでなく音楽学校、保育所、青少年施設、幼児保健相談所、生涯教育を施す国民学校の整備が進められた。
プロジェクトの教育責任者には、トップレベルのギムナジウムの元校長が登用された。リュトリ校の生徒数は少し増えて500人。将来は1千人に増やす計画だ。総力を挙げた取り組みで、中等教育修了資格を取得できない生徒も27%から7%に減少した。
だが、メンゲルコッホ氏は「教育は義務」「男女平等」と、ドイツ基本法の精神が5カ国語で書かれたポスターを指さし「ドイツには全員が守らなければならないルールがある。社会には共通の基盤が必要だ」と表情を引き締めた。
ノイケルン区には、イスラム教の理念に基づく社会を実現しようとするイスラム主義が広がり、21のモスクのうち、12が連邦憲法擁護庁や警察の監視下に置かれた。過激思想を吹き込んでいたイマーム(指導者)3人が国外退去処分を受けた。シャリーア(イスラム法)では、不義を働いた女性は死の報いを受けるが、ドイツで報いを与えれば殺人だ。
一つの国家に二つの法を認めれば、国家の基盤が揺らぐ。ドイツには、西欧文化になじまず独自の社会を築こうとするイスラム系移民への強い警戒心がある。
同区では、彼らの統合を促すために、基本法への忠誠のほか、「女性や子供への暴力禁止」を教育し、学校では男女が一緒にプールで泳ぐ授業を行い、イスラム系の女子生徒にも例外を認めていない。
2008年、区議会の要請を受け、区の移民審議会で地方参政権付与の是非が議論された。賛成11人、反対4人、2人が棄権した。
ドイツ基本法は地方参政権は国民にしか認められないと定めている。だが、移民統合のためには地方参政権の付与が必要だと考える意見は、社会民主党(SPD)など左派に強い。
定住外国人への地方参政権付与を主張する社民党所属のブシュコフスキー区長と、メンゲルコッホ氏はしかし、反対票を投じた。参政権を与えるほどまでに、彼らは育っていないというのである。
「イスラム系移民はモスクのイマームの言う通りに投票する人が多いのでは、との疑念を抱かざるを得ない。基本的に地方参政権付与には賛成だが、少なくとも次世代まで時間をかけた方が良い」
メンゲルコッホ氏はそう話した。
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植民地主義と移民政策の歴史をもつ欧州では、1970年代から定住外国人の参政権問題が活発に議論されてきた。その欧州ですら、各国の対応は国情を反映し異なり、なお議論を引きずっているところもある。多くの不法移民を抱える「移民国家」の米国は、欧州とはまた様相が異なる。欧米における外国人参政権の現状を報告し、日本での外国人地方参政権問題に一石を投じる。(ベルリン 木村正人)
2010年4月10日付 産経新聞東京朝刊