■86歳で博士号取得
半世紀にわたって子供たちに夢を与えてきた“おもちゃ王”が勇退したのは10年前。さぞや優雅にお過ごしかと思いきや、人材育成のための私塾を立ち上げ“ヒトづくり”に挑戦していた。86歳で博士号まで取り、「日本の教育は間違っている。モノをつくるのが人なら、その人をつくるのもヒトなんです」と、たるんだ日本に活を入れた。(押田雅治)
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--何の研究で博士号を
佐藤 玩具産業での体験を体系的にまとめようと思い、母校の理工学研究科ものづくり技術経営学専攻の博士課程で学びました。論文は自分の経営理論や経営哲学などを元にした人材育成論です。86歳の博士号取得は、工学部門では世界最高齢ではないかと思い、ギネスブックに申請もしました。
--勉強が好きなんですね
佐藤 そうですね。戦後間もない創業時代はモノづくりに夢中で、日々の売り上げに追いかけられていました。ところが当時の日本には、アメリカからマーケティングやマネジメントなどの経営理論が入り始め、忙しさに振り回されていただけに「これではいけない」と、勉強し始めたんです。
その成功例が発売(昭和42年)以来、いまなおロングセラーとなっている「リカちゃん人形」です。当時、アメリカで流行していた着せ替え人形をヒントにしたものですが、人形の父親をフランス人、母親を日本人のファッションデザイナーに、さらにさみしがり屋で算数が苦手な小学5年生の女の子に設定し、「香山リカ」と名前まで付けて、商品開発から販売・宣伝まで徹底した戦略を立てました。その意味では、昭和35年に240万個売れた「だっこちゃん」はあくまで偶然のヒットだったかもしれません。
--商品開発だけでは売れない
佐藤 はい。経営には市場調査や営業・宣伝、財務や人事、法務などさまざまな要素があります。モノづくりだけに専念していればいいというものではない。経営者として常に勉強し、きちんとした経営戦略、経営計画を持っていなければいけない。
--それで77歳まで引退できなかった
佐藤 そういうわけではありません。確かに辞めるときは「残りの人生を楽しもう」と、ゴルフはシングルを目指し、写真やガーデンニングもやろうと。ところが不思議なもので、すぐ飽きてしまいましてね。やがて無性にむなしくなり、このまま人生を終えていいのかと。その結果が哲学でした。
--そして新たな人生が
佐藤 私は昭和20年4月12日、学徒動員で働いていた郡山(福島県)の軍需工場で米軍の空襲に遭い、13人が逃げ込んだ防空壕(ごう)の中で私一人が生き残ったんです。その与えられた人生を無駄に過ごしたら、亡くなった方に申し訳ないという気持ちもありました。哲学など縁のなかった私が、心の問題や生き方、真の幸福など形而上(けいじじょう)の世界に入り込んだのも天命だったのかもしれませんね。
--しかもハードから、“ヒトづくり”というソフトに開眼した
佐藤 そう。私は目標を決めると徹底的にやるタイプですから、東西の哲学書を読みあさりました。無形の形而上世界の人生にも計画が必要ではないかと思い、1年ほどで現在のNPO法人、「ライフマネジメント(人生経営)センター」を発足させたんです。
戦後の日本人は無意識のうちに拝金主義、唯物論に侵されている。しかも無気力、無関心、無責任-。このままでは日本民族、日本国家は衰退していくかもしれないという危機感。そして私自身も過去を振り返り、人間にとって一番大切な心、精神の世界を忘れていたのではないか、という反省の思いもありました。
--教育に対する危機感はどこから
佐藤 大学院時代に何度か訪問していた韓国海洋大学校の金允海教授との出会いからです。そこで知ったのが日本と韓国の教育の違いです。人材育成の認識や方法。とくに国際競争に関して日本は、教育者も官僚も民間人も甘い。韓国の大学では当初から国際社会の中で活躍できる人材を一人でも多く育成しようと、国、産業界、大学の3者が連携した教育を行っています。
ですから、ITなどの産業面でも、オリンピックスポーツ面でも日本を抑えて、世界のトップクラスに入っている。やっぱり若者には、目標や夢を持たせて創意工夫、努力させる競争が必要なんです。
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【プロフィル】佐藤安太
さとう・やすた タカラ(現タカラトミー)創業者。大正13年、福島県出身。米沢高専(現山形大学工学部)卒業後、タカラの前身、佐藤ビニール工業所を設立し、だっこちゃんやリカちゃん人形、チョロQなどのヒットで“おもちゃ王”と呼ばれた。平成13年、タカラ会長を退任後、人材育成のための“研究所”を設立し、理事長に就任。今春、86歳で工学博士号を取得して話題に
【話の肖像画】めざせオンリー1(下)タカラ創業者・佐藤安太
2010.4.22 03:52
■自己実現を目指し世界挑戦http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/100422/tnr1004220353001-n1.htm
--韓国の実情を知った学生の反応は?
佐藤 学生からの感想文には、「なんでもナンバーワンを目指す韓国に、小学校から競争を排し、平等を強制してきた日本が勝てるわけがない」「工業製品にしても、競争しなくてもいい環境から新しいものや優れたものなど生まれない」「競争しなくてもいい理由も、ナンバーワンにならなくてもいい理由も、どこにもないことに気づいた」「皆と同じでいいわけがなく、自分は自分で、自分を確立すべきだと感じました」との意見がありました。
--学生も分かっている
佐藤 それは戦後60年たった今でも、日本に21世紀の日本人として誇りをもって語れる歴史観や哲学がないからでしょう。日本は近代100年の歴史を、社会思想や哲学面からきちんと整理しなければいけないと思います。戦後、アメリカから与えられたとはいえ、民主主義と平和主義などいい面もあります。しかし、その半面、「エコノミックアニマル」と揶揄(やゆ)されたり、「日本からはもう何も学ぶものはない」と言われたりもした。こんな不安定な日本に誇りは待てないでしょう。
--いまなお混沌(こんとん)の日本
佐藤 政、官、財、そして教育者、すべて大人の責任。大正から昭和ひとけた世代の人は、戦前は精神至上主義的な教育を受けたものの、敗戦で挫折。戦後はそれまでとは全く逆の社会主義的唯物論やアメリカの経済至上主義の生き方を優先してきました。私たちはこの両方の体験者ですから、これからは物心両面のバランスのとれた生き方が大事だということを伝えなければいけない。
--若い人も自ら動かなければならない
佐藤 自分の心、精神面から生き方を見直し、自分の存在意義を明らかにして、自己実現を目指すこと。そして国際社会で通用する人間を目指して勉強し、世界に挑戦していくことが大事です。来春から韓国海洋大学校の金允海教授と一緒に、山形大学工学部と韓国海洋大学校の両校で“人材育成工学”というのか、国際社会で活躍できる人材育成を始めます。共有の知恵、知識をもった日韓の学生が誕生すると思います。(押田雅治)