つんぼ 老人の難聴の意味でも使われる

 私自身は、「つんぼ」という言葉に、あまりよいイメージを持っていない。小学生の頃、人の言うことを聞かない子や物わかりの悪い子などは「耳つんぼ! 耳つんぼ!」と、からかわれていたのを思い出すからである。

 しかし、そもそも「つんぼ」とは、どのような意味なのだろうか。広辞苑には、

つんぼ【つんぼ】(〈聾)《国》〈名〉耳が聞こえないこと。また、その人。[類]聾者(ロウシャ)

としか書かれていない。他の辞書も同様で、ただ「耳が聞こえないことや、耳が聞こえない人」としか書かれていない。

 それで、私はこれまでずっと、「つんぼ」=生まれつき、または事故で全く聴覚を失った、聴覚障害者、の意味だとばかり思い込んでいた。しかし、もっと広い意味があったことに気付かされたのは、私がある昔の映画を見たときのことであった。この映画のワンシーンで話されていた台詞にご注目いただきたい。

(青大将、授業が始まってもウクレレで「おたまじゃくし」を弾き続けている)
澄子 いい加減にしなさいよ 叱られるわよ
青大将 大丈夫だよ いい加減年なんだから つんぼで聞こえやしないよ
教官 エー潮流にもいろいろあるが 例えば大西洋の潮流が南下してくる……教室で楽器を弾いてるのは誰だ!
(青大将、驚いてウクレレを弾く手を止める)
教官 確かそっちの方だな 楽器を机の上に出しておき給え
(青大将、江口にウクレレを机の下から渡そうとする)
江口 何だよ
青大将 助けてくれよ お前の親父のことはよく頼んでやっから 頼む
(教官、江口の前に来る)
教官 君だな 弾いとったのは もう一度弾いてみなさい
江口 僕は弾けません
教官 嘘を言いなさい 今ちゃんと「おたまじゃくし」を弾いてたじゃないか わしはつんぼじゃないぞ まだ若いんだ ステイ・ヤングじゃからな 早く
若大将 先生 弾いたのは僕です
教官 何
若大将 江口は本当に弾けないんです 弾いたのは僕です
(若大将、ウクレレを手に取り、青大将より上手に「おたまじゃくし」を弾く)
♪おたまじゃくしは蛙の子 鯰(なまず)の孫ではないわいな
 それが何より証拠には やがて手が出る足が出る
  でんでんむしむしかたつむり 栄螺(さざえ)の孫ではないわいな
   それが何より証拠には 壺焼きするにも蓋がない ッと
澄子 アラ 若大将の方がうまいわ
青大将 チェッ 面白くねえや
(拍手)
教官 君はなかなかうまいな
若大将 どうもありがとうございます
教官 ここに置いとくのは勿体ないね プロにも十分通用するな 君ぐらいの腕前だったら ハハハ…… 出て行け!
 ――「海の若大将」より

 ここで青大将は年取った教官のことを「いい加減年なんだから つんぼで聞こえやしないよ」と言っている(今だったら自主規制うんぬんの前に、「つんぼ」という言葉自体死語になりかけているから、「耳遠くて聞こえやしないよ」といったところだろうか)。また、教官も「わしはつんぼじゃないぞ まだ若いんだ ステイ・ヤングじゃからな」と、「つんぼ」と「若さ」を対比して言っていることから、この場合の「つんぼ」とは、聴覚障害者というより、老人性難聴、つまり「耳が遠い」という意味で使われていることが、はっきりわかる。

 なお、この「つんぼ」=「耳が遠い」という意味でも使われる、ということを考慮に入れるならば、笠置シヅ子の「買物ブギー」に歌われている「わしゃつんぼできこえまへん」という歌詞の意味も自ずと明らかになるだろう。

 言うまでもなく、一番最初の例で挙げたような、「つんぼ」という言葉をからかいの文句に使うことが良くないことに、疑問の余地はない。しかし、もともと「つんぼ」とは、そもそも聴覚障害や老人性難聴など、耳が聞こえない、ないしは聞こえにくい状態を示す言葉に過ぎない。

 ただし、(頭がはげている人に「あんたハゲでしょう?」と聞くのがデリカシーの無い言い方なのと同じく)難聴者や聾者に「あんたツンボでしょう?」と聞くのはデリカシーが無くて感心しない。この語を使う時は、使い方によってはネガティブなイメージもあることを念頭に置いて欲しい。


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