ここから本文エリア

現在位置:asahi.comマイタウン兵庫> 記事

明日も喋ろう2011/(1)池上 彰さん

2011年04月30日

写真

池上彰さん

 NHKでは16年間、記者でした。社会部で事件も担当し、特ダネをとることしか考えていなかった。その後、キャスターなど原稿を読む立場になり、残り16年はどう分かりやすく伝えるかをひたすら研究していたね。
 言論の自由なんて、あまり考えたことはなかったよね。だから、24年前に朝日新聞阪神支局が襲われた時、最初は何が起きたのかよくわからなかった。衝撃だったのは犯行声明の「反日朝日」という言葉。政治や社会のあり方を批判するのは、日本を良くしたいから。それを「反日」って何? 怖い時代に入りつつあるのかな、と思ったよね。
 批判するだけで「反日」ってレッテルを貼られるようになったのは、まさにこの事件以降じゃないだろうか。昔は雑誌がたくさんあって、議論も盛んだったが、今はだんだんそういうものが少なくなってきた。そして、「KY(空気読めない)」という言葉が出た。すごく怖い言葉だ。社会の許容度が、狭くなってきている感じがする。
 一つでも「あれは極端だから」という排斥を許すと、ずるずると異論が排除されていって、結果的にみんな同じ考えになってしまう。蟻(あり)の一穴になる。
 そんな時代にあって、新聞の影響力はいまどうだろうか。インターネットの登場で社会が大きく変わり、そこで果たすべき役割は何か。毎日欠かさず読まれていることを前提にした記事は、説明がないと読みづらいね。いきなり「第3号被保険者問題で」とか「○○ベクレルでした」とか、初めて読む人が分かりますか? 複雑な社会、事象を知りたいのに、分からないから関心を失っていく。食わず嫌いの人もいる。ぴんと来ないよね。
 NHK時代、「週刊こどもニュース」の出演者の子どもが「分からない」と言えば、逃げずに何度でも台本を書き直してた。視聴者は実は、圧倒的に大人が多かった。でも、問題を正しく理解したとき、国民は怒り、世の中を変えていく。その判断材料を与えたい。橋渡しの役をやっているんですよ。ジャーナリストが、世論を動かそうなんて思い上がっちゃいけないと、おれは思うわけ。
 自衛隊の海外派遣など賛否が分かれる話を毎回取り上げた。「こどもニュース」であっても、右からも左からも、抗議電話が殺到する。くたびれるよね。微妙な話は取り上げないのが一番楽だ。でも、あえてややこしいことを掘り起こした。私たちは議論につなげていくための矜持(きょう・じ)を失ってはならないと思うんですね。(聞き手・山下龍一)

    ◇

 1987年5月3日、兵庫県西宮市の朝日新聞阪神支局で、散弾銃を持った男が小尻知博(こ・じり・とも・ひろ)記者(当時29)を殺害し、犬飼兵衛記者(66)に重傷を負わせた。言論を暴力で踏みにじる動きに市民と対抗しようと、朝日新聞労働組合は翌年から「言論の自由を考える5・3集会」を毎年5月3日に開いている(参加は締め切り済み)。福岡県内でも、企業トップ宅襲撃など市民社会の安全を暴力で脅かす事件が続く。5・3集会にかかわったパネリストらに「ものを言う自由」を考えてもらった。
 (「明日も喋(しゃべ)ろう」の題字は小尻記者の父・信克さん)

◆いけがみ・あきら
 長野県出身。1973年、NHK入局。89年からキャスターとなる。94〜2005年「週刊こどもニュース」に出演、社会問題を読み解くお父さん役が人気に。同年3月に退局。フリーになり、「そうだったのか! 池上彰の学べるニュース」(テレビ朝日系列)など民放に多数出演。

PR情報

マイタウン兵庫

朝日新聞購読のご案内

ここから広告です

広告終わり

マイタウン地域情報

ここから広告です

広告終わり