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[26915] 【ネタ】ISの視点をちょっと変えてみた【再構成・オリジナル設定有】
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:7dc38b3b
Date: 2011/04/10 20:27
 はじめまして、初めて投稿させていただきます。

 このSSは題名の通り、インフェニットストラトスの視点を織斑一夏君から他の人物に変更したうえで設定等弄繰り回した代物です。
 
 
 以下の点にご注意ください。
 ISの能力及び、操縦者の技量はいろいろと改造しています。本編と同じ性能はご期待に添えません。
 多分に独自見解による設定曲解が発生しております。
 これらの事柄より、多分にオリジナル要素の入り混じった原作魔改造となります。

 
 4/10
 原作7巻発売によってプロットの変更を行いましたので、それに伴い前書きを修正いたしました。



[26915] 再会した幼馴染
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:7dc38b3b
Date: 2011/04/04 19:57
 紅は―――嫌いだ。

 
 紅の空、紅の水面、そして咲き乱れる無数の紅の椿。どこまでも続く目が痛くなるような紅色の世界。眠るたびに訪れるこの嫌いな色に染まりっぱなしの夢――もはや見慣れてしまうくらいに見続ける同じ夢。いつもと同じように唐突に始まり、いつもと同じように私はその少女を見つめ続ける。

 紅

 その少女を一言でいうならば、その言葉しか有り得ない。紅色の世界よりもなお赤い着物を身にまとい、赤い手毬をつきながら笑う年端もいかぬような女の子。
 紅の世界で唯一の異なる色は、その少女の長い黒髪と―――目も鼻も口もない、なのにそれが「笑っている」とわかる白い頬だけ。
 その、顔のない少女の笑顔を、私はただ見つめ続ける。 
 大嫌いな色の少女が、私は嫌いだ。嫌いで、嫌いで。どうしようもなく嫌いなはずなのに。
 私はその子から目を離すことができない。
 やがて紅い少女は私に気づく。そして笑いかけながら、顔のない笑顔で私を誘うのだ。


 ネエ 


 差延ばされた手を、私は払おうとする。だがそこでようやっと私は気づくのだ。


 ネエ ヨンデ


 私の手は どこに ―――




 「いつまで寝ているつもりだ。馬鹿者」 




 幼いころから聞いているというのになかなかに聞きなれることのない、厳しさの混じったハスキーな声が紅色の世界を切り裂いてやってくる。
 夢の続きはその声にかき消されたように霧消し、視界に戻った紅以外の色に安堵を覚えながら、私は声の主が手を出す前に無理やり体を起こす。小さいころから自分の弟と私、そして私の姉に厳しかった人の手の速さは、それこそ嫌というほど熟知しているからだ。
 


 「おはようございます。千冬さん」
 「目が覚めたのならさっさと顔を洗って身支度をしてこい。何しろ今日からは新学期なのだからな。それと―――」


 もうすでに身支度を終えた姿で、私の姉の親友はいつもより厳しめな余所行きの顔のまま微笑んだ。



 「今日からは織斑先生と呼べ。篠ノ之箒」




 ***

 


 公立IS学園―――世界に467機存在する最強の兵器、インフィニット・ストラトスの操縦者を育成するための教育機関であり、世界中のエリートが集うISの最高峰。
 そのような場違いな場所にいる自分の滑稽さに、思わず溜息が出る。千冬さんの目の前でやると「辛気臭いからやめろ」と怒られるため控えてはいるのだが、そんな彼女自身もまた私の溜息の元凶であるのが皮肉ではあった。

 もっともその千冬さんは今日から私の担任教師になるらしい。昨夜晩酌しながら「秘密にしておけよ?」と言われたので間違いはないだろう。
 私としても、見ず知らずの他人よりは多少気心の知れた相手のほうがいい。もっとも、公私の区別はしっかりとつけるべきであろうから、少し寂しい気もするが『千冬さん』という呼び方はここでは封印せねばなるまい。
 
 そう。ここでは、私達は『幼馴染』ではないのだから。

 正確に言えば、千冬さんの幼馴染は私の姉であり、私の幼馴染は千冬さんの弟だ。だが、幼い頃は大体4人で一緒だったのだから、私がそう言っても大きな違いではないだろう。
 あの頃はまだ両親とも離れ離れになっておらず、破天荒な姉とそれを叱る千冬さんを見て、私たちは無邪気に笑えていたものだ。

 私の姉が、「インフィニット・ストラトス」を作り出すまでは。

 冗談のような話ではあるが、「IS」は私の姉が作り出したものだ。正確に言うと元々は宇宙開発用のパワードスーツとして開発されていたものに、何の冗談か世界最強の戦闘能力を与えて突然変異させ、今の姿にしてしまったのが―――である。
 しかしそれでもISの基幹部分であるコアを作り出すことができるのは世界中で私の姉唯一人であり、実質的に彼女がいないとISの本質的な部分は完全なブラックボックスとなってしまうため、私の姉―――「篠ノ之束」は世界唯一のIS開発者と呼ばれているのだ。
 それだけならば私も誇らしい姉を持った妹でいられたのだろうが……

 そもそも私がこの学園に入学させられたのも、「IS開発者の妹」という理由で半ば強制的なものだった。個人的には成績のことなども鑑みて故郷の中堅あたりの学校を希望していたのだが、私にそんな自由はなかったらしい。
 おかげで私の入学時の成績ときたらひどいものだった。ISは起動こそできるもののその適正値は最低ランク。筆記試験は強制的に叩き込まれた付け焼刃の知識で合格点すれすれ。教官との戦闘試験では千冬さんに徹底的にしごき倒され……何というか、普通に受験していたなら合格したほうが不思議な結果である。真面目にこの学園を目指していた人にしてみれば、それこそコネを使った裏口入学そのものなのだから怨恨の刃で刺されても文句を言える立場ではない。
 身内ですら怖気を覚えるような姉の化け物じみた才能の、ほんの一かけらでもあるならこんなこともなかっただろうに。受験前に千冬さんから直々に受けたスパルタ式学習方法を思い出しながら、思わずまた溜息が出た。


 
 …ああ、いかん。何回溜息をつけば気が済むのだ、私は。おそらく、こんな辛気臭い顔をしているのは私くらいのものだろうな。
 周りを見渡してみると、おそらく私と同じ新入生なのだろう。皆が皆、一様に晴れ晴れとした表情でこれからの学生生活に胸躍らせているように見える。…いや、わかってはいるのだ。それが普通であるということは。
 
 まあ、「普通」であるならば四六時中政府の監視がつけられ事あるごとに聴取や尋問を受け、両親と離されることもないのだろうけども。
 
 
 「普通…か」


 私自身はほぼ間違いなくその範疇におさまる人間だ。しかし――


 「私の周りにはどうしてこうも『普通』からかけ離れた連中ばかりなのだ…」
 

 真新しい生徒手帳の裏面にそっと忍ばせた新聞記事のスクラップ。初めてそれを見たときは思わずわが目を疑ったものだが、思いを馳せれば不意に頬が緩むのがわかる。我ながら、現金なものだ。

 『世界で唯一ISを動かせる男性』

 センセーショナルな見出しと共に映されていたのは、照れたような表情のなかなかの美少年(酔った千冬さん談)。幼いころの面影を残したまま成長した幼馴染であり、千冬さんの弟―――織斑 一夏。
 彼も私と同じくこの学園に入学することとなっている。何しろ世界でただ一人、ISを動かすことのできた男性―――女性のみが動かせたが故にそれまでと在り方すら変えてしまった世界を再び捻じ曲げかねない唯一の楔。
 そんなものを無為に放り出しておくわけがなく、一躍時の人となった彼はすぐさまこのIS学園に入学が決められた。世界で唯一のIS専門の教育機関であり、その特殊性ゆえに如何なる国家、企業、団体からの干渉を受けないこの場所は、彼のような存在を守るには最高の場所なのだから。

 「しかし、なんという事だ。よもやこんな形でもう一度私達が再会することになるとは…」

 ISによって離れ離れになったはずの私達が、今度はISによって再会することになる。きっと、一夏は私のことなど覚えてはいないだろう。ひょっとしたら千冬さんから名前くらいは聞いているのかもしれないが、かれこれ6年も経っているのだ。容姿もすっかり変わっている事だし、判りはすまい。
 そうは考えていても、一夏と離れてしまった頃から髪型をずっと変えずにいてしまっているあたり、私の未練がましさも相当なものだ。思わず自嘲とともにため息が出そうなくらいに、



 だから最初は、私の幻聴だと思った。



 「あれ?ひょっとして箒か?」



 いや、だって普通そう思うぞ?都合よく思い出していた時を見計らったかのように、記憶の中よりもずっと低くなってはいるがそれとわかる声が聞こえてきたら。

 誰しも最初は自分の耳を疑うだろうし、次は目とついでに頭を疑いたくもなるだろう?

 「……い、一夏…か?……ひ、久しいな」
 「やっぱ箒かあ!よかった~、知り合いが見つかって。久しぶりだよなあ。てか、よく俺のこと分かったな?」

 写真で見るより、ずっと精悍な表情。昔と同じ活発な笑顔。

 「こ、ここにお前以外の男子生徒がいるわけないだろう。分かって当然だ」
 「あー……そういやそっか。まあ、とにかく箒がいてくれて少し安心したよ。マジでビビりまくりだったからなー」

 私よりずっと高くなった背丈。子供のころとは違う、男性的な体躯。

 「とにかく、これからまたしばらく一緒だな、箒。よろしく頼むぜ」
 「……そうだな。こちらこそ、だ。一夏」


 それが、6年ぶりの幼馴染との再会だった。
 



[26915] お嬢様、襲来
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:7dc38b3b
Date: 2011/04/04 19:58
 動物園の人気者に表情があるなら、あんな顔なのだろうか。

 二つ隣の席で憔悴したような表情を浮かべる幼馴染の姿に、私がそのような感想を持ったのも仕方がないことだろう。
 入学式の後、案内された教室で一夏を待っていたのは四方八方からのクラスメイトの視線だった。無理もあるまい。「世界唯一の男性IS操縦者」である彼は、言い換えればこの学園に入学できる唯一の男子生徒である。花も恥じらう女生徒の園に、同年代の男子が一人迷い込んできたとあらば、注目を集めるなというほうが無茶というものだ。
 加えて、一夏はその、なんというか、決して見た目は悪くない。私としてはむしろ好ましい部類に……じゃなくてだ!見目も悪くないとあれば、年頃の女子ならば図らずも見つめてしまうものだろう。私がそうなのだからそうなのだ。異論など聞かん。
 とはいえ、見つめられるほうにとってはたまったものではない。実際に―――

 一夏が何かを求めるような視線を私に送る度に、彼に注がれていた視線が私に降り注ぐのだから。ああ、よくわかったとも。だから、私がその都度目をそらしたりしてもしょうがない話だと思う。……捨てられた犬のような目で見るな。更に視線が痛くなるから。


 「……くん。織斑一夏くんっ!」

 クラスの副担任で、SHRの時間を取り仕切っていた先生の声で、やっと一夏が正面を向いたのだろう。私に降りかかっていた視線が和らぎ、思わず安堵の息を漏らす。
 再び私のほうから一夏に視線を向ければ、目の前のやたら真剣な表情の先生と手を取り合っている。ちょっと待て。何でそこでわざわざ手を握らなければならないのだ。
 何故か、思わず黒い衝動が走りそうになったがかろうじて自重できた。きっと何か事情があるのだろう。そうに違いない。
 
 「えー……えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 はっと我に返ると、一夏が立ち上がり自己紹介を始めていた。い、いかんいかん。聞き逃してしまうところだった。如何に幼馴染といえどこういうことはきちんと聞いておいてやらんとな。……な、何しろ久しぶりに会ったのだから、一夏も昔と違うところもあったりするかもしれない。さすがに食べ物の好みは変わってはいないだろうが、その、離れていた時に新しく見つけた趣味とか、私の知らない特技とか……で、でも私の知っている一夏と違いすぎてはいたらどうしよう?そ……そ、そういえば私と一緒に励んでいた剣術はまだ続けているのだろうか。ほかに、……その、……とか、聞きたいわけじゃ……

 「以上です!」

 「はああああああ!!??」

 いくら何でもすぐさまそれはないだろうと、我が幼馴染の吐いたあまりの一言に思わず反応してしまった。ご丁寧に、起立してまで。
 その行動の結果は、推して知るべしである。今の今まで一夏に注がれていたクラス中の注目は一気に私に注がれる形となるわけだ。しかも、驚きと共に何やら奇怪なものを見るような眼差しで。

 「な、何だよ箒。ダメか?やっぱダメだったか?」

 ダメに決まっているだろうが馬鹿者め。という言葉は私の口から発せられることはなかった。その代りに―――
 一夏の脳天には出席簿の一撃。私の額には高速で投げつけられたチョークの一撃が突き刺さっていた。
 ああ、この感覚はよくわかる。言われなくても嫌というほどによくわかる。たぶん、きっと一夏もよく知っている。

 「げっ!千冬姉!」

 二発目の一撃が一夏の脳天に炸裂した。……角でやるあたりが千冬さんらしい。

 「学校では織斑先生だ」

 わかっているだろうなとばかりにジロリと此方を一睨みする。ああ、つまり私が千冬さんと呼べばもう一つチョークが飛んでくるわけか。とばっちりを食らう前にさっさと座ってしまう事にしよう。
 
 「諸君!私が担任の織斑千冬だ。君たちを一年で使い物にするのが私の仕事だ」

 トーンは低いがよく通る声。私たちがよく聞いていたそれと変わらない調子で千冬さんが宣言し終わるのと、教室中から黄色い歓声が溢れかえるのはほぼ同時だった。
 気持ちは分からなくもない。何しろ千冬さんは同性の私から見ても相当に格好良い女性であり、更にISにおいては元・世界大会優勝者という肩書までついてくる。この学園を目指す少女たちにとっては、そこいらのアイドルなど及びもつかないような憧れの的なのだろう。
 ただ、その憧れの的は心底めんどくさそうな表情をしているのだが、その様子がまた熱狂的な千冬さんファンにはたまらないらしい。気持ちは分からないが、さっきより大きくなった歓声が何より雄弁にそれを物語っていた。
 そのおかげで私と一夏への視線の雨は見事に降りやんでくれたわけだが、当の一夏は明らかに驚愕を隠せない様子だった。

 ……ひょっとして、千冬さんは一夏に自分が担任教師となることを伝えていなかったのか?
 そんな疑問が頭をよぎる。ブラコンといっても差し支えないような千冬さんだというのに、私にも伝えていたことを何故教えていないのだ?びっくりさせてやろうとかいう子供じみた理由でもないだろうに。
 
 「…之。篠ノ之箒!!」
 「はいっ!?」

 突然名前を呼ばれ、反射的に立ち上がった。見れば、一夏の頭に三発目の出席簿を食らわしたポーズのままで鋭い視線を投げかけてくる千冬さんがいる。……私がちょっと考え事をしている間にもう一発食らったのか。そろそろ一夏の頭が変形するんじゃなかろうか?

 「私の声を無視するとはいい度胸だな篠ノ之。ちょうどいい。他人の自己紹介を邪魔したお前から自己紹介をしてみせろ」
 「え?でもち…織斑先生。私の番はまだ…」
 「口答えは許さん」

 いつもの通りの千冬さんで逆に安心したが、頭を抱えたまま「ざまあみろ」と言わんばかりの顔をした一夏には少々腹が立った。




 ***


 
 
 「あ~、助かったぜ箒。サンキュな」
 「ふん、あのような萎れた野菜のような顔をされ続けてはこちらの気が滅入るというものだ」 

 屋上で思いっきり背伸びする一夏。
 SHRの後休み時間になると、彼を一目見ようと他のクラスや上級生までが大挙して押し寄せ、文字通り見世物状態となっていたせいか人の少ないこの場所では随分とリラックスしているように見える。
 (ま、まあ、ちょっと勇気を出して誘ってみてよかったな。うん)
 正直私もSHRでのやり取りが後を引いてかなかなかほかの女子と打ち解けられずにいたし、似たような境遇なら誘いやすかったというのもある。でもよくやったぞ私。
 
 「そういやさっき自己紹介で言ってたけど、剣道続けてたんだな」
 「少し違うな。剣術だ。剣道部には所属していなかったからな」

 そう、私がやっていたのは剣道ではない。私の実家に伝わる古武術と剣術だ。

 「え?そうなのか?お前昔あんなに強かったじゃん」
 「……その、転校が多かったからな。落ち着いて部活動に取り組みづらかったというのもあるのだ」
 「……あー、悪い。やなこと思い出させちまったか?」
 「べ、別に気にしてはいないぞ。転校が多かったのは仕方のないことだったし、時々千冬さんに稽古をつけてもらっていたしな。お前はどうなんだ?」
 「俺は……って、ちょっと待て箒。千冬姉は時々お前と会ってたのか?」
 
 驚いたような顔をする一夏に、再び私の疑問が首をもたげてくる。

 「会っていたぞ?さっきも言ったように時々稽古をつけてもらっていたし、入試の前には勉強も教えてもらっていた。お前は違うのか?」
 「違うよ!てか俺にとって千冬姉は職業不詳で月に1,2回くらいしか帰ってこない不良姉だぞ!?」

 不良姉とはまた言ったものだが、実の弟である一夏ともその程度でしか会っていなかったのか。というか私でさえ千冬さんの職業くらいは知っていたのだが、どういうつもりなのだろうかあの人は。
 まあ、うちの不良姉といまだに付き合いがあるらしいから、ある意味で常識では測れない人なのだろうけど。

 「あー……ひょっとしてさ、箒は千冬姉が担任になるって知ってたのか?」
 「ああ、昨夜聞いた。さすがに唐突で少し驚いたがな」
 「……ん?昨夜?」
 「ああ。昨夜は私の家に泊まっていたからな」
 「何だよそれ……俺には全然教えてくれなかったのに」

 がっくりと肩を落としながら、一夏は拗ねたように呟く。昔から千冬さんと私が仲良くするとヤキモチを焼いていたが、まったくこいつのシスコンは治っていないどころか悪化しているんじゃなかろうか?

 「まあ、あの人のことだ。ひょっとしたらお前を驚かせて楽しんでいるのかもしれんだろう?そう妬くな」
 「だ、誰が妬いてんだよ……」

 鏡を見ろと言いたくなったが、拗ねた表情が割と可愛らしくてつい昔を思い出してしまった。こういったところは変わっていないのだな、こいつは。

 「そ、そういえばさ、昔から髪型変えてなかったんだな。おかげで一目で箒だってわかったぜ」
 「え」

 話題を変えようとでもいうのか、唐突に一夏は私の髪留めに触れてきた。私の、髪にも。
 伸ばされた掌がそっと私の髪を撫で、それ以上に近づいた一夏の少し悪戯っぽい表情が私の内心を揺さぶってくる。

 「やっぱ箒の髪って綺麗だよなあ。昔から長くて似合ってたけど、前より長くなったか?」

 当たり前だ。何年たっていると思っている。
 という言葉は言葉になりそうにない。というか、唇が震えて声が出そうにない。こ、こいつは自分が何をやっているのか理解しているんだろうか?女の命に気安く触れて……その、あの、ええと、こ、これではまるで……

 「そういや、その手首に付けてるのってお守りか何かか?」



 ――― 一瞬で、頭が冷えた。

 

 私はゆっくりと一夏が伸ばした腕をどかせ、

 「そうだな。似たようなものだ」

 丁度、予鈴が鳴った。ここは教室から大分離れている事でもあるし、少々急がなければ間に合わないだろう。

 「一夏、急げよ?でないとまた千冬さんに折檻を喰らうぞ?」

 一日に四回というのもきついだろうしな。とはいえ、私も二回も食らうつもりは毛頭ない。
 だから、私はこの時気が付かなかった。


 「箒……?」


 自分が、どんな顔をしていたのかさえ。




 ***



 
 「ちょっと、よろしくて?」

 目の前の冴えない表情をした男に声をかけてあげましょうか。そう考えたのは、ただの気まぐれとほんの僅かな好奇心からでした。
 「世界で唯一ISを動かせる男性」
 本来女性のみが起動できる最強の兵器であり、その圧倒的な性能と世界に一定の数量しか存在しないという希少性の故に現在の女性上位の社会を構築する大きな要因となった「IS」。
 彼の登場は世界に大きな困惑と動揺を齎し、遥か地球の裏側であるわたくしの国にまでその影響は大きく及んでいたのです。男性の復権運動を叫ぶ団体が声を大きくし始め、それに気をよくした馬鹿な男たちがかつての姿以上に威張り散らそうとする姿まで見受けられましたわ。
 まるで、自分がISを使うことができ、女性よりも優位になったかのように。
 わたくしは―――セシリア・オルコットはそんな醜い男たちを軽蔑してすらいます。今までは小娘のわたくしにすら媚びへつらい、女性の言うことに犬のように従うだけだった者たちが、そのようなくだらない幻想に踊り狂う様は吐き気すら覚えてしまうのです。
 故に、わたくしは調子に乗り始めた男の親族や会社の役員どもを力ずくで黙らせましたわ。かつての、わたくしの母のように。
 
 そういった意味では、この男性は他の連中よりはいくらかましなのかもしれませんね。幻想ではなく、本当にISを使うことのできる男性……言うなれば「世界で唯一、女性と対等の舞台に上がることの許された男」と呼ぶべきなのでしょうし。
 (なら、わたくしから話しかけるくらいの事はして差し上げてもよろしいでしょう)
 無論、彼が自分と同列などとはありえないことです。学園に首席で入学し最高のIS適正値と国家代表候補生の肩書を持つわたくしが、「ただISを動かせただけ」の男と何故同じなどと言えましょうか?
 
 だから、ですわ。

 彼から帰ってきた「無反応」という態度に少々腹が立つのも道理というものですわね。
 聞こえているのかいないのかわかりませんが、もし聞こえていてやっているのならひどい侮辱ですわ。おおかた、連日報道に取り上げられたことで舞い上がっているのかしら?

 「ちょっとあなた!聞いてらして!?」 
 「……は?」

 まるで興味のかけらもない返事に、少しカチンときましたわ。わざとかどうかはともかく、その反応はレディに対してするものではなくてよ。
 
 「まあ!なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから。それ相応の態度というものがあるのではないかしら?」

 我ながら少し演技過剰気味かとも思いましたが、今の意趣返しも込めて少し試してみましょうか。これで言葉通り這いつくばるならその程度のくだらない男。まあ、反発してきたとしても自分が手に入れたわずかな力に酔ったお馬鹿さんと言えるでしょうね。
 でも、彼が返してきた反応はそのどちらでもありませんでした。

 「悪いな。俺、君が誰だか知らないし」
 
 従順でも、反発でもなく。虚勢としての言葉でもなく。
 何よりも雄弁に、その表情は「無関心」を語っていたのです。
 わたくしは今まで、そのような反応を返されたことがありませんでした。ですから、それはとても新鮮であると同時に、酷く許せないものに感じられていたのです。

 「わたくしを知らない?このセシリア・オルコットを?イギリスの代表候補生にして入試主席のこのわたくしを?」
 「あ、質問いいか?」

 いったい何様のつもりですの……という言葉を遮るように突き出された掌。レディがしゃべり終わる前に遮るだなんて、これだから男は……。ですが、彼の表情に少しだけ関心が生まれたように見えますわ。少しだけですけど……。

 「ふん、下々の者の要求に応えるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ」

 何を訊ねてくるのかしら?先ほどの茫洋とした表情ではなく、真剣味を帯びた眼差しで……よ、よく見るとなかなかに整った顔立ちをされてますのね。朝のやり取りから推し量るに、あの織斑先生の弟ということですが、言われればよく似ていますわ。きちんとしていれば凛々しさもあって……

 「代表候補生って、何?」

 ……って、何なんですのその質問は!?関心を向けたかと思えばすぐさま人を馬鹿にしたような質問を……ああもう、うまく言葉が出てこないじゃありませんの!「あ?」じゃないですわ「あ?」じゃ!

 「信じられませんわ!日本の男性というものはこれほど知識に乏しいものですの!?常識ですわよ、常識!」
 「……で、代表候補生って?」
 「国家代表IS操縦者の、その候補生として選出されるエリートのことですわ!単語から想像すればわかるでしょう?」
 「そういやそうだ」

 ……どうやら本当に何も知らないようですわね。日本はISを開発した先進国と思っていましたのに、やはり優秀なのは女性ばかりなのかしら?

 「そう!エリートなのですわ!本来ならわたくしのような選ばれた人間とクラスと同じくするだけでも奇跡……幸運なのよ!その現実をもう少し理解していただける?」
 「そうか、それはラッキーだ」

 何の感慨もなさそうな声と表情。正直、腹に据えかねますわ。

 「……馬鹿にしていますの?」
 「お前が幸運だって言ったんじゃないか」

 ああ、最悪ですわ。この男、わたくしを馬鹿にする以前の問題で話を理解していないようですもの。

 「大体、何も知らないくせによくこの学園に入れましたわね。唯一男でISを操縦できると聞いていましたけど、期待はずれですわね」
 「俺に何かを期待されても困るんだが……」
 「ふん。まあでも?わたくしは優秀ですから、あなたのような人間にも優しくしてあげますわよ。ISのことでわからないことがあれば……まあ、泣いて頼まれれば教えて差し上げてもよくってよ?何せわたくし、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですもの」

 まあ、少しは学べば自分の立場というものがお分かりになるでしょう。わたくしの方から教えて差し上げる義理なんてありませんが、何も知らないものに正しく教え、導くことも貴き者の務めですわね。


 「あれ?俺も倒したぞ。教官」


 …なんですって?

 「わ、わたくしだけと聞きましたが?」
 「女子ではってオチじゃないのか?」

 IS学園の教官は皆、その分野において一線級の人材がそろっている精鋭であり、その教官を模擬戦で撃破することがどれだけ難しいことなのか。少しでも知識がある人間なら理解している事ですわ。
 それを、誇るでもなく。ましてやわたくしを馬鹿にした風でもなく、いえ、だからこそ。
 
 「あ、あなた!あなたも教官を倒したって言うの!?」

 こんな何も知らない男が、わたくしと同列の結果を出したと?
 「ただISを動かせるだけの男」が、我が国の代表候補生たるわたくしと同列であると?

 「えっと、落ち着けよ。な?」

 これが落ち着いていられますか。わたくしでさえ専用機を用いて何とか勝利できたといいますのに、専用機も持たないこの男がどんなイカサマをすれば教官を打倒できるというの?
 もしもそれが正当な手段でないというなら―――

 「予鈴が聞こえんのか。さっさと席につけ」
 「話の邪魔を―――」

 わたくしの激昂は、その全てを切り裂くような眼差しの前に一瞬で納められてしまいました。

 「ほう、どうやら元気が余っているようだな?入試主席。とりあえずグラウンドを走ってくるか?十周程な」







 
 こ……このわたくしが、このような……

 「覚えてらっしゃいな……織斑一夏…」

 一人でひたすらにグラウンドを走り続けるという屈辱……簡単に消えるものではなくてよ。
 



[26915] 同居相手は監視対象
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:7dc38b3b
Date: 2011/04/04 20:00
 「……ほんっとーに、すいませんでした」

 目の前で深々と土下座する幼馴染の姿を前に、私は彼から取り返したブラジャーを握りしめたまま盛大に溜息を漏らす。

 「いや、その、何だ。私もつい頭に血が上ったことは詫びるが、それでもその……あれだ。少しは考えてくれ」
 「以後気を付けます。マジすんませんでした」

 顔を上げることなく一夏は土下座しつづけている。どうしてこんなことになったかというとだ……

 「ま、まあ、同じ部屋に寝泊まりする上でこうした事故もあるかもしれないからな。今後はお互いに相手の物に触るときは一言言ってからにするべきだな。うん」

 そう、私が一夏とその……ど、同居することになってしまったからなのだ……。
 男女七歳にして同衾せずとも言うのに、何を血迷って年頃の男女を同じ部屋にしたのやら……い、いくら私がその……一夏にこ、ここ、好意を……持っているとしてもだ。その、何だ。困る。色々とだ。
 現につい先ほども湯上りの姿をまじまじと見られるわ、私にも責任はあるとはいえ下着を鷲掴みにされてじっくりと眺められるわ……比較的かわいいものだったからよか……ではなくてだ!!
 おそるおそる顔を上げた一夏の頬には、それは見事な紅葉が咲いていた。……お、乙女の純情を無遠慮に見た報いと考えれば足りないくらいではあるが、男が平身低頭で頭を下げてきたのだから私も引くところは引くべきだ。

 「と、とりあえず決め事はさっきのシャワーの時間と、今の相手の物に触るときの許可だな。ほかになんかあるか?」
 「そうだな……あ、着替えだが」
 「俺は別に気にしないぞ?」
 「お前の話ではなく私の話だ大馬鹿者!!私が着替えている間は部屋の外に出ていろ!!」
 「えっ……そ、そいつは勘弁してくれよ。またさっきみたいに……」

 そうなのだ。先ほど私が湯上りで鉢合わせてしまった際、一夏を部屋から叩き出して着替えを行っていたのだが、部屋の外が騒ぎを聞きつけた他の部屋の生徒の野次馬で埋まっていたのだ。
 しかも、その格好ときたら……寝間着ならまだしも、下着姿でうろついていたような生徒もいるほどなのだ。部屋の中だけならいいが廊下に出るときくらいはきちんとしておくべきだろうに。
 そんなだからあまり頻繁に一夏を廊下に叩き出すのは好ましくないだろう。

 「う……な、ならば私が着替えている間はシャワー室にでも入っていろ。いくらお前でも人前で肌を晒すのはよくないからな」
 「……じゃあなんでさっきは裸で出てきたんだよ」
 「……何か言ったか?」
 「ナンデモゴザイマセン」

 うむ。理解が早いのはよいことだ。……着替えと言えば、さっきは慌てていたので手近にあった剣道着を着てしまったのだがいつまでもこのままというわけにはいくまい。

 「それで一夏、早速なんだが…」
 「織斑、篠ノ之、入るぞ」

 その声とドアが開くのとどちらが早かったか、唐突に白いジャージ姿の千冬さんが部屋に入ってきた。……ああ、そういえば寮監も務めていると言っていたな。

 「あれ?千冬姉、何でここに……」

 言い終わる前に、一夏の脳天に拳骨が直撃した。今日だけで何度目だ?一夏。

 「私がお前を苗字で呼んでいる間は織斑先生と呼べ。言っておくが篠ノ之、お前もだぞ」
 「は、はい。織斑先生」

 有無を言わさぬその威圧感は、服装が多少ラフになった程度で衰えるものではない。何というか、流石だ。
 その千冬さんは今しがた自分が開いたドアを指さしながら、ため息交じりに私を睨みつける。……一夏を部屋から叩き出す際に木刀でちょっと…いや、その、少し傷をつけて穴だらけにしてしまったのは……はい、私です。

 「まったくお前らときたら、入学入寮初日から寮の備品を壊しおってからに。少しは大人しくして寮長の私の仕事を減らそうとは考えんのか」
 「す、すいませんでした……」
 「あ、ちふ……織斑先生って寮長だったのか。……道理でいつも帰ってこないと思った」

 殴られた頭を抱えながら、一夏だけが話題の外の話をする。そういえば、千冬さんが教師をしていることも知らなかったのだから寮監をやっていることも知らなくて当然か。
 
 「そういうことだ。さて、説教はこのくらいにして本題に入るぞ」

 千冬さんは手前側のベッドに腰かけると、私達にも座るように促す。本題……と言ったがひょっとして一夏と同室になったことだろうか。

 「まあ、察しはついているだろうがお前たちを同じ部屋にした理由を説明しておいてやる。一夏のほうには既に言った通り、日本政府からの要望から早急に寮に入れる必要があったのでな。部屋割りを多少無理やりだが変更した」
 「それは分かってたけど……なんでまた箒の部屋に」
 「こいつもお前と同じだからだ。一夏。いわば、保護対象という名目での監視付きというやつだ」

 そうか……一夏も私と同じなのか。
 無理もない。私にすら今までずっと監視はついていたのだ。世界唯一の男性IS操縦者に、監視がつけられないわけがない。つまり、同じように監視しなければならないなら、いっそのこと同じ部屋にしてしまえば都合がいい。という話か。

 「って!ちょっと待てよ千冬姉!俺はまだしも何で箒まで!」
 「仕方ないことだ。一夏」

 そう、仕方のないことだ。むしろ監視だけになってくれただけありがたいとさえ言いたい。

 「私の姉を誰だと思っている?超国家法によって世界中に指名手配されている唯一のIS開発者、篠ノ之束だ。そんな人間の数少ない接点である妹に監視を付けない方がどうかしているぞ」
 「でも!」
 「それに私はもうすっかり監視付きの生活とやらに慣れてしまっている。安心しろ、一応最低限のプライバシーは確保されるらしいからな」

 まあ、どこまで本当か知らないが。

 「慣れているって……どういうことだよ箒……」
 「そのままの意味だ。姉さんがISを開発してから……お前と離れてからずっと私はそうだったからな。そんな顔をするな。別に風呂を覗かれたりするわけじゃないぞ」

 冗談を飛ばしてみるが、一夏の表情は優れない。監視だけなら言うほどつらいものでもないのだから、そう落ち込まなくてもいいと思うのだがな。

 「……まあ、理由としては今箒の言ったそのままだ。当然この措置は臨時的なものだからな、一月もすれば二人とも個室での扱いになる。間違っても妙な騒ぎを起こしてくれるなよ?」

 騒ぎを収めるのは私なんだからな。と呟きながら千冬さんは部屋を後にした。妙な騒ぎと言われても起こそうと思ってやっているのではないのだが……。
 方や騒ぎを起こすもう一つの要因はというと、まだ沈んだ表情で押し黙っている。そういえば私も初めて監視を付けられたときは落ち込んだものだったな。少し気分を変えた方がいいのだろうが、隣でこうも辛気臭い顔をされるのは……ああ、そうか。千冬さんが私に溜息をつくなというのと同じか。

 「そう落ち込むな。さっきも言ったがじきに慣れる。シャワーでも浴びて頭を切り替えてきたらどうだ?」
 「……箒は、いや、やっぱいい。そうするよ」

 何か言いかけたようだが、それを聞き直すより早く一夏はシャワー室に入っていった。丁度いいことではあるし、私も胴着から普通の私服に着替えておくとしよう。
 男の入浴がどれだけ時間を使うのかよく知らないが、私より長いということはそうそう無いと思う。主に私のこの髪のせいであったりするのだが、手入れするにも何かと時間がかかるのだ。
 (ま、まあ、そのおかげもあって今日は少し役得もあったしな)
 一夏に撫でられた髪に手をやり、綺麗と言ってくれた事を思い返す。お、思わず頬が緩みそうになってしまった。いかんいかん、早く着替えてしまわなければ。
 そうして袴の紐をとき―――

 「やっべ、タオル忘れちまっ……」

 「え?」


 一夏の頬の紅葉がもう一葉増えたことは、もはや語るべくもないところだった。




 ***




 「すまん箒。助けると思って!!」

 自業自得だ馬鹿者。と考えつつも、こうまでされては断るのもバツが悪い。その上―――

 「いーじゃんいーじゃんしのっち~。おしえてあげなよー」
 「そうだよ。篠ノ之さんってあの篠ノ之博士の妹さんなんでしょ?」
 「いいなー。あたしも教えてもらおうかなー」

 ……外野の意見がやたら大きくて、ここで断ったら完璧に私が悪者ではないか。それにさっきも言ったはずなのだが私は姉さんのような化け物じみた才能など持っていないわけで、一緒にされても困るというに。あとしのっちって何だしのっちって。
 堀を埋められた城に気持ちがあるのなら、今の私にはよくわかる。もはや溜息をつくくらいしかできないとは。

 「……ああもう、わかったわかった。でも私とて教えられることはそう多いわけではないぞ?大体私の姉が篠ノ之束だからと言って、妹の私まで同じというわけではないんだからな」
 「それでも助かるぜ。今のままじゃなすすべもなく負けそうだからな」

 事の起こりは、午前中の授業の時間にクラス代表を選考する議題が出たことだった。クラスの代表者として一夏が推参されたことに反発した生徒―――セシリア・オルコットと言ったか。彼女と一夏が一週間後にISで決闘を行う羽目になってしまったのだ。
 もっとも、どちらも売り言葉に買い言葉でありあんな程度の低い挑発にのるとは修行が足りんとしか言えないのだが、喧嘩を買ってしまった以上はあとには引けまい。
 そこで私に教導を依頼してきたというわけなのだが……くっ、なんだか少しおかしいと思ったのだ。一夏が昨日の詫びも込めて昼食を奢りたいとか言うから……いや、別に奢られなくても一緒に行くのだが、私は応じたというのにこう言う魂胆があったとは。しかもあいつときたらクラスメイトと親睦を深めるとか言い始めて3人ほどの生徒も一緒に連れてくるものだから、断りにくいったらないではないか。むう。

 「まあ、ISの特訓と言ったところで実際には知識の詰め込みとせいぜいが生身での訓練以外にはできんだろうな」
 「あー、そっか。確か訓練用のIS借り出すのってものすごく手続きが多いんだよね」

 そうなのだ。世界に一定数しか存在しないISを訓練用に借り出すことが簡単な手続きで済むわけがない。それこそ電話帳のような書類を用意して提出しなければならないのだから、一週間後の試合になど間に合わないだろう。
 それに比べて専用機を持っていればそんな煩わしい真似をしなくともすぐに訓練は可能だ。一夏にも専用機が与えられるという話だったが、千冬さん曰く試合当日にならないと届かないそうなので訓練などする暇はない。最悪初期調整すらできない可能性だってあるのだ。どこまでぶっつけ本番なのやら……。
 と、考えていると、なにやら腕組みをしながら考え事をする特徴的なクラスメイトが目に入った。制服が大きすぎるせいか、袖が余ってだぼだぼになっている。……大きめの制服を使わざるを得ない理由は分からなくもないが、袖くらいはきちんと折ればいいだろうに。
 
 「よーし、じゃあ、訓練用のISはわたしがじゅんびしたげるー」

 はい…?

 「え?大丈夫なの本音?」
 「お姉ちゃんに頼めばたぶん大丈夫だよー」

 ゆっくりとした仕草でどこか陽だまりで寝ぼけている小動物のような印象の彼女……ええと、たしか布仏本音といったか?確かにISを借り出すことができるならば心強いが、だ、大丈夫なのだろうか?

 「おりむーとしのっちの分だから2機だよねー。じゃ、さっそくいってくるねー」

 余った袖をぱたぱたと振りながらぽてぽてと走り去っていく布仏さん。なんというか、とらえどころのない少女だ。あとしのっちと言うな。
 
 「ま、まあ、ISの貸し出しについては彼女に任せてみるとして、早速放課後から少し稽古しておくべきだな」
 「うぇ…マジかよ、今日いきなりか」

 言い出したのはお前だろうが、馬鹿者。
 




 
 
 
 で、放課後なわけだが。

 「どういうことだ?」

 私の前で這いつくばる幼馴染のあまりの腑抜けっぷりに、怒りとかそういうものを通り越して頭痛まで覚えてくる。剣道場の隅を借りて軽い打ち込みを行っただけでこのざまだ。先が思いやられるといった話ではない。

 「どうしてそこまで腕がなまっている!千冬さんと多少なり剣術の鍛錬はしなかったのか!?中学では何部に所属していた!」
 「帰宅部!3年連続皆勤賞だ!」

 よくわかったそこに直れ。なんだか少し誇らしげに胸をはる幼馴染の脳天をどつきまわしたくなる衝動に駆られるが、剣道部に無理を言って場所を借りている以上そんな無粋なまねは……

 「篠ノ之さん強いのねえ。どう?もう正式にうちの剣道部に入らない?」

 ……いっそ一夏と一緒に部員になってしまおうか。そうすれば……

 『まったく、たるんでいるぞ一夏!そんなことで奴に勝てると思っているのか!』
 『負けねえよ。なにせ、俺にはお前がいるからな』
 『な、何を馬鹿なことを言っているのだお前は!ちょ、こらまて』
 『お前がそばにいる限り絶対に俺は負けねえよ。箒』
 『そ、そそ、そんなことを言って……馬鹿者ぉ……こ、ここをどこだと思って…』

 「えーと、篠ノ之さん?」
 「箒?どうしたんだ?」
 「はっ!」

 し、しまった。つい考え事にふけってしまった。それにしても私はなんということを考えて……ええい、修行が足りんのは私の方ではないか。

 「と、とにかくだ!一夏、お前を徹底的に鍛えなおしてやる!明日から放課後3時間!私が稽古をつけてやる!いいな!!」

 よければ返事をしろ。よくなくても返事をしろ。もはやお前の意見など聞かん。
 それにこうしておけば、放課後は一夏とずっと一緒に……ではなくて。

 「まったく、同門のお前がここまで不出来とは思わなかったぞ。しかもそれでいて簡単に勝負を受けるとは何を考えているのだ」
 「いや、だってよ。ああも言われたら引けないだろ。まあ、正直言うと勝てるとは俺も思っては……いてっ!」
 「大馬鹿者。最初から負けるつもりでいるやつがあるか。それに一度勝負を受けてしまった以上、お前が負ければ千冬さんの顔に泥を塗りかねんのだぞ」

 この学園に在籍していれば嫌でも聞こえてくる千冬さんの名声。それは元IS世界大会「第一回モンド・グロッソ」優勝者であり、引退した今ですら次回のモンド・グロッソに出場するようなことがあれば優勝の最有力候補とさえ言われる程の絶対的な実力からくるものだ。
 云わば、彼女はISにおいて世界最強と呼ばれているに等しい。そしてこいつは世界唯一の男性IS操縦者であると同時に「世界最強のIS操縦者の弟」でもあるのだ。
 そんな人間が、いくら素人ですと言ったところでとんでもない色眼鏡がかけられているのはある意味でどうしようもない自然の摂理にもにたような事であり、もしも一夏が無様に負けようものなら千冬さんにまで謂れのない不名誉が及ぶかもしれない。
 有名人の身内というのはつらいものなのだぞ。私もそうなのだからよくわかる。……まあ、私はどっちかというと姉さんの名誉はどうでもいい方なのだが。

 「む……そいつはまずいな。勝たなきゃいけない理由ができちまった」

 こいつに関しては効果覿面らしい。少し癪だが、こう言っておけば一夏のやる気も多少違うだろう。シスコンもこういう時には役に立つのだな。す・こ・し・だ・け・癪だが。
 まったく我が幼馴染ながら、手のかかる奴だ。

 「……それに、よく考えりゃもう一つ理由はあったんだよな」

 ん?もう一つ?

 「箒に無理言って手伝ってもらってんのに負けられるわけないだろ。勝つぜ。俺」






 「えーと、ところで入部の話は?篠ノ之さん」

 剣道部部長の声が真っ赤になった箒に届くのは、しばらく後になりそうである。


 



[26915] 決闘前夜
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:7dc38b3b
Date: 2011/04/04 20:04
 「まさか本当に用意できるとは……」
 「あー。しのっちはわたしのこと信じてなかったなー。ぷんぷん」

 可愛らしく怒る彼女の後ろに鎮座しているのは、2機の訓練用IS「打鉄」だ。
 正直あまり期待してはいなかったのだが、こうして実物を用意されてしまえばもはや私が非礼を詫びる以外にない。だがとりあえずしのっちはもうやめて欲しい。
 
 「え~、かわいいのに~」

 ひどく残念そうな表情を浮かべてしょんぼりと肩を落とす布仏さんに少しばかり罪悪感は湧くが、今はそれよりも訓練が先だ。何しろこれを使えるのはわずか30分という短い時間なのだから、そんな強行スケジュールを縫って確保してくれた彼女には今度なにか御馳走すべきだろうか。

 「てひひ、私ケーキがいいな~」

 ……むう、和菓子の店ならいくつか知っているのだが、ケーキはよく知らないな。一夏と相談してみるか……と、いかんいかん。何故か彼女と話していると流されそうになってしまうな。

 「一夏。そちらの機体に搭乗しろ。装着が終わったら軽く動いてみるぞ」
 「あ、ああ」

 顔を赤くしてそっぽを向く一夏。そういえば、IS用のパイロットスーツを見るのは初めてなんだろうか?……ま、まあ、なんというかまるで水着のような衣装ではあるし、体のラインも正確に出てしまうから―――って

 「……何かやましいことでも考えているのではあるまいな?」
 「そ、そんな訳ないだろ!」
 
 なんとなくちらちらと此方を見ているような気がするが、問い詰めて時間を無駄にするものではないな。
 私は待機状態の打鉄に乗り込み、装着を開始した―――瞬間

 しゃらん、という鈴の音と共に

 「……っ!!」

 ISのハイパーセンサーとリンクを始めた私の視界に強力なノイズが混じる。ISとの同調時に共有する感覚が遮断され、システムの展開が次々と拒絶される。
 被膜装甲展開――エラー。エネルギーシステム――エラー。推進器――エラー。ハイパーセンサー――エラー。
 (邪魔をするな……厄介者が!)
 左手に意識を込め、そこにいる妨害者に断固たる意志を以て命令する。その意思に反抗するようにもう一度だけ鈴の音がなったが、次第にノイズが消えいくと同時に打鉄の装着が正常に行われていく。
 被膜装甲による生体部分への絶対装甲。ハイパーセンサーによって拡大された感覚域から齎される拡張された世界視。コアを通じて流れ込む暖かな意識と強大な力の感覚。
 そう、これが。これこそがIS。
 地上最強の兵器である「インフィニット・ストラトス」だ。
 (断じて―――貴様のような化け物ではない)
 
 「どうだ?一夏。ISの感覚は」
 「ああ、すげえなこれ。まるで世界が広がったみたいだ」

 左手を開いたり閉じたりしながら呟いたその声は、まるで最高の玩具を渡された子供のように弾んでいる。

 「さて、それでは軽めにいくぞ。構えろ」
 「え?あ、ああ」

 私に促され、近接ブレードを展開する。剣道でするように互いに正眼に構え―――
 初太刀は、私から。
 彼我の距離は数メートル。剣道での試合であれば試合場の端から端まで駆け抜けたところで届かないような距離ではあるが、ISでの戦闘においてはそれこそ一足一刀の間合いにも等しい。故に、私は正眼から太刀を上げ、大上段に振りかぶって気息を整える。
 そして、一気呵成の掛け声とともに推進器の出力を全て前進エネルギーへと展開し、上段から振りおろす。対する一夏は後の先を狙ったか、空いた胴部への横薙ぎを仕掛け。
 結果、推進器の加速を含めた私の一撃で一夏は地面に叩きつけられる。一夏の剣撃は私の胴に当たりこそしたものの、シールドによって剣を弾かれてしまったのだ。私のシールドに多少のダメージは残ったが、それでも一夏のシールドエネルギーは今の一撃で4分の一以上削り取られている。

 「悪くはないが、今のは生身での剣道の動きになってしまっているぞ、一夏。それでは当てられたところで私のシールドは貫けん。もっとこうがーっといってずばっといかなければな」
 「いってて……な、なんだよその『がーっ』とか『ずばっ」とかは」
 「な、なんとなくわかるだろうこれくらい。ほら立て。もう一本だ!」
 
 再び構えを取り直し、次は一夏の初手。手元を少し上げた状態で切っ先を私の眉間から少しだけ下にずらす。そしてわずかに地面を蹴り、同時に推進器を全開にする。先ほどの私と同じように全推力を込めた一撃―――刺突を放ってきた。
 一点にその衝力を集めた一撃ならば、ISのシールドを貫くに容易いだろう。だが、大人しく貫かれてやるのは木偶の仕事だ。
 正眼の構えから少しだけ剣先を斜めに外す。ハイパーセンサーから送られる情報と私の感覚を同調させ、交錯の瞬時―――その更に衝突の刹那に刃を返す。
 衝突の力が大きければ大きいほどに、その先端をわずかにずらされた体はあらぬ方向を向き、同時に一夏の側面へと体を移動させて繰り出された私の一撃で再び一夏は地面に激突した。そろそろエネルギー残量が乏しくなってきたのか、一夏はのろのろと起き上がる。補充のエネルギーパックを用意しておくべきだな。

 「相手はきちんと動くのだ。突撃するならもっと見極めてやらなければ、くいっという感覚でやられてしまうぞ」
 「……だからその『くいっ』って何なんだよ」
 「わ、わかれこのくらいっ!ほら!次だ!」

 ええい、実際にやってみせただろうが。これくらいわかるはずだっ!

 「ああもう!なぜそこで一気にずばっといかんのだ」
 「ダメだダメだ!もっとこう、ささっという感覚だ!」
 「違ーーう!!もっとどかーんといかんか!」

 ううむ、やはりIS以前に感覚が追い付いていないのではないか?もう少し剣道場での稽古を積んでからのほうが……。
 と、不意にハイパーセンサーが見物していたクラスメイト達の会話を拾ってくる。

 「ねえ……篠ノ之さんってさ」
 「強いんだけど、なんかこう、説明下手だよね」
 「う~、あんまりエネルギーパック使いすぎるとお姉ちゃんに怒られるかも~」

 ……な、何故私が悪いことになるのだ。


 ***



 「いよいよ明日か……」
 
 湯船に体を沈めたままそっと呟いてみる。シャワーも嫌いではないが、やはりこうして湯船につかる方が心身ともに安らぐというものだ。
 しかし、今は体の方は休めても頭はなかなか休んでくれそうにない。
 ISを用いた訓練の後、仕上げとして道場で稽古をつけたはいいが、一夏の仕上がりを見るに正直不安のほうが大きい。流石に一週間前に比べて多少ものにはなってきたものの、いまだに私から一本も取れないままだったのだ。
 その当人はと言えば稽古の後ばてきっていたようで、しばらく休んでから戻るとか言っていた。まったくあの程度で音を上げるとは情けない。
 しかも相手は国家代表の候補として選抜された操縦者だ。ISの戦闘において操縦者の搭乗時間というものは適性や生身の実力以上にものを言ってくる。専用機を持っているとなればその搭乗時間にはもはや絶望的なまでの開きがあるだろう。
 常識で考えればこれで勝たせろというほうが無茶というものである。明日到着すると言っていた一夏の専用機がどんなものになるかはわからないが、ある意味でそれ次第と言えるのではないだろうか?

 「人事は尽くしてみた。……つもりなのだがな」

 天命を待つといえば聞こえはいいが……いくら悩んだところで後の祭りだろう。そんなことより今はゆっくりと風呂を楽しむ方が重要だ。
 まあ、欲を言えば、実家とは言わないまでもそれなりの大きさの浴槽でゆっくりと入っていたいが、個室にユニットバスがあるだけでも大助かりである。なにせ

 「うう……また少し大きくなったんじゃなかろうか」

 胸の大きさを羨む女子がいるが、当の本人にとってはあまりいいものではない。肩はこるわ動くときに邪魔だわ挙句の果てに男女関係なくじろじろと見られるのはアレだ。セクハラというやつになるんじゃないだろうか。
 特に大浴場に行ったときはひどかった。何がスイカだ。何がメロンだ。人の体だと思って好き勝手言いおって。その上布仏さんなぞは自分も結構大きいくせに私の胸に触ってくるのだから……あれがセクハラでなくて何だというのだまったく。
 
 「はあ……いっそ時間をずらせば大浴場に一人で入れないものか」

 考えてはみたが、やはり無理だ。大浴場の開いている時間が限られている以上、どうしても人間は集中してしまう。生徒も皆集団生活に慣れてくれば空いている時間というのもわかってくるのだろうが、当分はこのユニットバスで我慢する以外になさそうだ。
 (何なら、雪子おばさんのところに帰ってみようか)
 生まれ育った生家である篠ノ之神社なら、禊用に大きな浴室が用意してある。今まではなかなか帰れなかったが、機を見て帰ってみてもいいかもしれない。
 (ええい、それもこれもこの無駄に大きい胸のせいだ)
 自分の体ながらだんだん腹が立ってくる。湯船につかっていても勝手に浮き上がるし、そのせいで余計に目立つし。
 (だ、だが、一夏はどう思っているのだろうか)
 ISでの訓練を行っていた際にちらちらと此方を眺めてはいたが、その視線はなんとなく、胸の方に集まっていた気がする。
 ひょっとして、一夏は胸の大きな女性の方が好みなのだろうか?
 そうならば現金なもので、いままで腹を立てていた自分の胸が急に大切なもののように思えてくる。全員確認したわけではないが、クラスの中に私より大きな胸の女性は千冬さんと山田先生くらいしかいなかったはずだ。
 つまり、ISを用いた授業の際にはクラス全員が今日の私のような姿になるわけだが、一夏の視線は比較的私に集まりやすくなるのではないだろうか?

 『い、一夏。あまりその……じろじろ見るな。恥ずかしいだろう』
 『仕方ないだろ。箒の、その、……目立つしさ』
 『な、何だそれは……セクハラというやつではないのか……』
 『セ、セクハラさせるのはお前だろ!箒!』
 『え!?ちょ、ちょっとまて一夏!まだ心の準備が……』

 って待てええええいっ!そ、そそ、そんな破廉恥な……い、いかん。どうも一夏と同じ部屋になってからというもの私はどうかしているぞ。なんだか頭が少しぼうっとしているし、湯あたりでもしたのだろうか?それほど長く浸かっているつもりはないのだが。
 とにかく頭を冷やすべく、湯船から上がって脱衣場への扉を開くと…

 おかしいな。一夏の幻影が見えているではないか。四六時中あいつのことを考えているからついに幻まで見るようになったのか?私は。それにしても精巧な幻だな。服を脱ぎかけて引き締まった体が……

 「ほ、ほほ、箒さん?な、なな、なんでお前がこんな時間に……」

 時間?私は入浴の時間はきちんと守って……て、あれ?

 




 「……いち……か……?」

 



 そうだ。目の前にいるのはまごうことなき私の幼馴染だ。その幼馴染は何故か上半身裸で、顔を真っ赤にし口をぱくぱくと開けて声にならない声をあげて馬鹿みたいな表情をしているのだが結構鍛えられていそうな体つきになっているのだなこれも私と特訓を重ねた成果だと思いたいがてちょっと待てなぜ一夏がここにいるのだ今はまだ私の入浴時間と最初に決めたと思うがってよく考えてみたら私はどれくらい湯につかっていたのだろうかと思い出す前にこいつはなんで金魚のような顔をしているのだろうかまったく間の抜けた表情を作っては台無しではないかそれにしてもさっきから人を指さすな失礼な奴だなお前は千冬さんからそういったことをきちんと教わっていないのではないかというかなぜそんな驚いたように人をじろじろと見ていたらお前鼻から血が出ているじゃないか今日の訓練でぶつけでもしたのかと思ってみたが別にそんなことはなかったようにも思うしひょっとして私が戻ったあとも一人で自主練習していたのならそのやる気は評価するがそれで負傷してしまっては本末転倒であってきちんと体は休めるべきなのだからゆっくり風呂に浸かってみればそういえば私が今の今までその風呂に入っていたわけでそんな私がまじまじと見られているのだが私はそういえば先ほど風呂から上がったばかりなのだから裸なわけでそうか一夏がこんな顔をしているのは私の

 「見るなあああああああっ!!!!!」

 「ほぶがあっ!!!??」

 もはや思考回路など正確に働くはずもなく、だがそれでも私は正確無比に一夏の顎先を打ち抜いて昏倒させていた。鍛錬というものは時に自身の意思さえも凌駕しうるものなのだな。

 「はっ……し、しまった。おい!一夏!一夏あっ!!!」



 
 
 ……結局、一夏が目を覚ましたのは翌日の朝になってからだった。
 



 ***



 
 遥か星の裏側だというのに、わたくしを照らす月明かりは故郷と変わりません。
 (この極東の島国に来てはや一週間、世界最高峰のIS操縦者養成機関の名は伊達ではありませんでしたわね。)
 優秀な設備と豊富な訓練施設。教員の能力も高く、本国の訓練施設と比べれば雲泥の差ともいえます。世界中の代表候補生を競うように入学させようとするのも納得というものですわ。
 (……そのせいか、少々不愉快な人間も混じっていましたけど)
 脳裏に浮かぶあの男の顔を思い出し、わたくしは思わず眉を顰めます。
 ただISを動かせただけのくせに、ISのことを碌に知りもしないくせにこのわたくしと競おうという男。
 世界最高峰の操縦者であるこの学園の教官を打倒したという栄誉をまるで興味もないように嘯き、ただ物珍しいからというだけでクラス代表として他のクラス代表者と競い合う機会を与えられ、あまつさえそれを面倒くさそうにしていた男。
 それに何よりも、最初に―――。
 
 「わたくしを―――見ていなかったことが一番不愉快ですわ」
 
 わたくしの眼前で、ポップアップした赤い攻撃目標に青い光条が食らいつきます。そう、まるで獲物を狩り続ける優秀な猟犬のように。
 その猟犬の名は「ブルーティアーズ」。
 我が祖国、イギリスの開発した第三世代型ISであり、わたくしの専用機。
 4基のレーザービットはまるで舞い遊ぶかのように次々に現れる攻撃目標に向けて光の牙を突き立て、やがて狩りを終えた猟犬たちは従順に主たるわたくしの下へ戻って来るでしょう。わたくしはただ、その姿を優雅に眺めるだけ。
 
 「では、教育して差し上げますわ。『世界唯一の男』」

 



[26915] Fox-hunting
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:7dc38b3b
Date: 2011/04/29 22:36
 「う~、首いてぇ……俺そんな寝相悪かったのかな?」
 「……し、仕方のないやつだなお前は。け、決闘の日に寝違えて首を痛めるとは」

 セシリアとの決戦当日の朝。目を覚ました一夏に昨夜の記憶は残ってはいなかったらしい。ほっとしたような、少し残念なような複雑な気持ちではあるが、今はそれよりも……。

 「なあ箒。昨夜本当に俺訓練途中で疲れて寝ちまったのか?全然覚えてねえんだけど」
 「な、何度言わせればわかるのだ。わ、私と稽古していたらいきなり眠ってしまって、その、運ぶのに苦労したのは私なのだぞ」
 「……さっきからなんで向こう向いてしゃべるんだよ?」
 「そ、そんなことよりだ!お、遅いな。お前の専用機とやらは」

 そうなのだ。今日到着する予定の一夏の専用機が、試合開始直前だというのにまだ届いていないのだ。

 「まったく、困ったものだな。ISの起動時には初期化やら最適化やらいろいろと手間がかかるというのに、こ、このままでは本当にぶっつけ本番になってしまうではないか」
 「そうなのか。結構手間なんだな、ISって。……で、なんでやっぱり向こう向いてしゃべるんだ?」

 まさか面と向かって「寝不足で隈のできた顔を見られたくない」などと言えるわけもなく、私はやり場のない苛立ちを吐き出すように溜息をつく。
 昨夜の事故の直後から朝方になって一夏が目を覚ますまで、結局私は一睡もできなかった。理由は……そんなもの乙女に聞くな馬鹿者。だが結果として私の顔にはひどい隈ができており、目が覚めた一夏に第一声で、

 「どうしたんだ箒。束さんみたいになってるぞ」

 とかいう非常に腹立たしいことをのたまわれたのだ。いくら姉妹だからといってあんな人を引き合いに出されるのはとても不愉快だというに。その上隈を隠すためにファンデーションを借りようと千冬さんの部屋を訪ねると、

 「どうした篠ノ之。束のようになっているぞ」

 とかいうとても姉弟仲の良い一言を賜ったわけで、もう色々と私の心労も積もり積もっているのである。おかげで慣れない化粧をしてみたのに隈が消えていないのだ。

 「誰のせいだと思っているのだ……」
 「?」

 ああ、腹立たしい。元をたどれば私の不注意が元になっているのは分かるのだが、それでも腹立たしいのである。これはもう理屈ではないな。そういうことにしておこう。
 だが、そんな私の内心など知る由もない一夏はというと、モニターに映し出された映像を食い入るように見つめていた。

 「あれが……あいつの専用機か」

 青空に佇む、空よりも蒼いIS。「ブルーティアーズ」とはよく言ったものだ。どうやら相手も待ちわびているらしい。
 
 『織斑くん、織斑君!……織斑君!来ました!織斑君の専用IS!』

 スピーカーを通じて山田先生の声が響く。どうやら待望のそれが到着したようだ。まったく、宮本武蔵でもあるまいに。

 『織斑、すぐに準備をしろ。アリーナを使用できる時間は限られているからな。ぶっつけ本番でものにしろ』

 千冬さんの声が届くと同時に、ガレージに振動が起こる。そして、

 しゃらん、と

 幽かな鈴の音とともに、視覚にノイズが起こる。そして―――

 (……え?)
 
 ノイズの間断、ほんの一瞬の光景の中に私は少女の幻影を見ていた。純白、としか例えようのない衣装に身を包み、顔をうつむかせてしゃがみこんでいるまだ幼い少女。
 私は、ほんのわずかに見えたその少女をもっとよく見てみたいと願い―――同時に、凄まじいまでの不安感に襲われた。
 
 あの少女が、とてつもなく恐ろしいものに思えて……

 「箒……おい、箒!どうしたんだ?」

 一夏の声で、思わず我に返る。少し心配そうに覗きこんでくる一夏の顔が近くに……って。

 「わ、わ、私は大丈夫だ!問題ない!そ、そそ、そんなことより早く装着をはじめろ一夏!時間がもったいないだろう!」
 「お、おう。分かった」

 わ、私としたことがあんなに近づかれるまで一夏に気が付かないとは。寝不足で頭が動いていないのだな。そうに違いない。
 そんな私に急かされて、自分のものとなる白いISに触れた一夏は少し戸惑ったような顔を見せる。

 「あれ?」
 「どうした?」

 ま、まさか動かないとかいうことはないだろうな?いやいや、昨日までは普通に動かせていたではないか……一夏の方に問題はないだろうに、よもやこの機体に問題でもあるのだろうか。

 「初めての時や昨日と感覚が違う……けど、大丈夫だ。わかる。理解できる。これが何なのか、何のためにあるのか……っ!!?」
 「い、一夏!?」

 いきなり弾かれたようにISから手を放し、一夏は駆け寄ろうとした私の方を向く。

 「……っ……ほ、箒……?」
 「そ、そうだ。どうしたんだ一夏?もしや何か不具合でも……」
 「あ、いや、そういうのじゃないんだ……大丈夫だ」
 『お、織斑君?体調が悪いんですか?何なら今日はやめにして……』
 「いえ、大丈夫です先生。いけます」

 スピーカーからの声にそう返事をして、一夏はISへの搭乗を始める。
 装甲が一夏を守るように包み込み、コアとの接続が開始されたのだろう。周囲にマニューバーが出現しせわしなく初期化と最適化を開始する。
 そう、普通のISの起動が行われているはずなのに。私の不安は消えなかった。
 一瞬だけ、一夏が私に向けた表情。驚きと―――恐怖が入り混じったようなそんな表情。
 (ただのISに触れただけなのに……?)

 「箒」

 落ち着いた声だった。明鏡止水とはいかぬものの、穏やかな表情を浮かべた一夏に、無駄な気負いや不安は見られない。

 「そんな心配するなって。こいつ、俺を勝たせてやるって言ってる。だからきっと大丈夫だ」

 コアを通じた意識伝達だろうか。おそらくISの内部では一夏に自身を適合させるために膨大な処理を行っているのだろうに、そんな余裕さえあるというのか。
 ISは武器であると同時に、それ自体が独自の自我に似た意識を持っているらしい。言わば同じ舞台で操縦者を支えるパートナーでもあるということだ。優秀なISの中には、操縦者を守り、時に支え、共に勝利を勝ち取らんがために操縦者の心理的ストレスを緩和しようとすることもある。
 そういった意味では、この白いISは出逢ったばかりだというのに一夏のことを慮る、優秀なパートナーと言えるのかもしれない。

 「行ってくる」
 「ああ……勝ってこい」

 叶う限り、普段通りの表情を浮かべて送り出す。大丈夫。このISはきっと一夏の力になってくれるだろう。私の不安など杞憂に過ぎないのだろうから。
 
 そう自分に言い聞かせながら、私は彼を見送っていた。



 ***



 ―――戦闘待機状態のISを確認。操縦者「織斑一夏」。機体名「白式」。戦闘タイプ近距離格闘型。特殊兵装なし―――
 レディを散々待たせた無粋な敵の名を、わたくしの愛機からようやっと聞くことができましたわ。決闘の時間に遅れるだなんて、恥

の概念というものを持っているのでしょうか?
 まったく腹立たしいにもほどがありますわ。ですが、まあ―――

 「逃げなかったことだけは褒めてさしあげますわ」

 眼下に現れたのは白い武骨な装甲を纏ったIS。成程、「白式」の名に相応しい姿ではありますわね。ですが、何ていう貧弱な兵装でしょう。専用機と聞いていましたが、所詮はあのようなサンプルに与えられた玩具というところですかしら。期待外れもここまで来ると笑えますわ。

 「そういうのは褒めてるって言わないんだよ」
 「あら、残念ですわね。割と本気でしたのよ?」

 そう、この場に出てきたことだけでも褒めてあげるべきでしょう。碌なISの起動経験もなく、しかも玩具のような名ばかりの専用機を与えられた道化そのものなのですから。

 「言ってくれるじゃねえか。後で後悔すんなよ!」

 そして、道化は玩具を振りかざします。―――近接ブレード―――ブルーティアーズが伝えてきた情報には、相手がその選択肢しか持たないことが残酷に語られていました。
 ですから、わたくしは少しだけ憐れみを向けるのです。何故なら―――

 「浅はか、ですわね」

 この道化は、これからわたくしの猟犬たちに狩られるあわれな狐となってしまうのですから。
 背面の装甲を展開。「ブルーティアーズ」起動。敵性対象を補足。これより半意識下制御において対象の撃破を開始。
 そして、勇敢にも突貫してくるあわれな狐に、4基のブルーティアーズ・ビットが一斉に砲門を向けて光の牙を撃ち出します。正面からまともに迎撃を受けて無様に吹き飛ばされる姿に、わたくしはもはや何の感慨もありませんでした。
 あるのはただ一つの意思。そしてそれと同じ命令を、わたくしは自身の愛機に下すのです。

 ―――討ちなさい―――

 わたくしの意識をくみ取って駆け巡るこの猟犬たち、我が祖国の生み出した第3世代型ISの基幹となるこのシステムは、その主に忠実に、確実な勝利をもたらすべく地面に墜ちた白いISにその牙を向け続けていきます。
 ISの姿勢制御に救われて地面とのキスは避けられたようですが、大人しくそこで黙っていた方がよろしかったのかも知れませんわね。
 連続して放たれるブルーティアーズからの追撃を、覚束ない機動で回避しようとする白いIS。初弾を回避したのは拍手を送って差し上げたいところですが、回避した先に攻撃を行わない者はいませんわ。それがわたくしのブルーティアーズなら尚更です。
 この子たちは独自の判断で射撃を行いながらも、相互間の意思はただ一つ。故に相手の機動を予測した上で回避させた箇所に砲撃を加えることなど当然のようにできるのですから。
 囮のレーザーを回避したのはいいですが、それでは自分からレーザーに当たりに行っているようなものですわ。
 しかも一撃受ければよろめいたところに集中砲火が待っていますもの。あら、たまらず逃げ始めましたのね。まあ、キツネ狩りはそういうものですし、そちらの方がこの子たちも戦いやすいのかもしれません。
 逃げる相手を追撃しながら砲撃、回避させた先にさらに砲撃、よろめいたらさらに砲撃。あらあら、随分とじゃれつかれるのがお好きなようですわね?
 もっとちゃんと逃げないと、食い殺されてしまいますわよ?
 
 「くっ!な、なんなんだこれ!」
 「『これ』とはご挨拶ですわね。この子たちの名は『ブルーティアーズ』。我が愛機の主兵装ですわ」
 「解説ありがとよ!」

 レーザーの雨霰に吹き飛ばされながらも、白いISは次第に慣れてきたのか逃げる速度を次第に上げていきます。どうやら存外に逃げ足は速いようですわね。それにまだ軽口も叩けるあたり、防御性能も見た目より高いのかしら?
 どうやら相手もそれに気が付いたようですわね……多少の被弾は覚悟の上でブルーティアーズに斬りかかりはじめましたわ。まあ、数を減らそうとするのは当然のことなのでしょうけど……

 「無駄でしてよ」

 わたくしのブルーティアーズの機動をあのような近接ブレード一本でどうにかできると思っているのかしら?ほら、外れてしまいましたわよ。そんなことをしていると。
 一つの目標に囚われているお馬鹿な獲物を逃すはずもなく、残りのブルーティアーズは外すことなく白いISを撃ちぬきます。あら、流石に懲りたのかしら?また尻尾を巻いて逃げ始めましたわね。
 それでも、ブルーティアーズの放つ特殊レーザーから逃げ切ることなどできるはずもなく、狭いアリーナの中を逃げまどいながらじわじわとシールドエネルギーを減らしていますわ。
 
 「でも、これでは面白くありませんわね」
 「…っ!ああ、そうかよ。なら!」

 おっと、いけませんわ。おもわず独り言を…。でもそれを聞いていた彼は、逃げまどっていた足を一瞬止めたのです。
 本気で馬鹿なのかしらと思いましたが、次の行動までは全く予想していませんでしたわ。
 まさか、反転して追いすがるブルーティアーズの正面を突破した上で、更にわたくしに突撃してくるだなんて。斉射されたレーザーの弾幕を力任せに突破し、そのすばしっこい性能を生かしてわたくしに直接切りかかる―――無茶苦茶しますわね。本当に。
 でも、理には適っていたのかもしれませんわ。何しろ、わたくしは攻撃のすべてをブルーティアーズにまかせっきりにしていたものですから、外目には腕を組んで余裕の観戦をしているようにしか見えなかったのでしょうね。
 つまり、「ブルーティアーズを突破すれば、相手は攻撃できない」とか思っていたのでしょうか?

 「少しだけ面白い見世物でしたわよ。少しだけ、ね」

 今まさに切りかからんとした彼の額に、わたくしの副兵装「スターライトMkⅢ」が付きつけられたのは、ほんの一瞬。
 ですから、彼の顔が驚愕に変わる暇もなく―――

 「お休みなさい。キツネさん」

 六七口径特殊レーザーライフルの光条が彼を吹き飛ばすまでに、彼が瞬きする間も与えませんでした。
 正直、わたくしにこれを使わせただけでも十分賞賛にあたるのでしょう。ほとんどの第二世代型でもわたくしのブルーティアーズを耐えることなど不可能でしょうし、ましてやあのようなすばしっこさと頑丈さだけの機体で追いすがってきたのも、彼の実戦経験を鑑みれば驚くべきことです。
 ですが、所詮はその程度。この程度ならば、わたくしはおろか他の代表候補生にも勝てるようには思えませんわ。
 (やはり、教官を撃破したというのは何かの間違いではないのかしら?)
 ISの姿勢制御も間に合わず、地面に叩きつけられた様を見てはそう考えるのが当然というものでしょう。
 それにしても、改めて頑丈な機体ですわね。いえ、もしかしてISの方が少しでもダメージを軽減しようと回避行動をとっているのかしら?かなりの衝撃を受けてダメージも相当に蓄積しているというのに、彼は息を荒げながらもしっかりと立ち上がるのですもの。
 ですけど、もういい加減に幕を下ろすべきなのでしょう。あれだけ攻撃を受け続ければ、もはやエネルギーなどほとんど残ってはいないでしょうし、ISの破損率は既に50%近い数字になっているのですから。ダメージレベルで言うだけでも棄権してもおかしくないほどですわ。

 「よくもまあ、まだ立てるものですわね……そのしぶとさに敬意を表して、チャンスをあげますわ。棄権なさい」
 「……なんだと?」
 「貴方を守ってくれているISはもう限界ですわ。これ以上のダメージはその子に無用な苦痛を強いるだけですもの」

 そう、そしてそんなことはわたくしも、「ブルーティアーズ」も望みません。この無礼な男ならばいざ知らず、そんな男に使われているだけのISに何の非があるというのでしょうか。

 「恥ではありませんわよ。このわたくし相手にこうまで耐えられた相手はなかなかいません。誇ってよいことですわ」
 「いい加減にしろよ、お前。人を何だと……!」

 ああ、もうこれだから不愉快なのです。ここまでされて、まだ力の差がわからないのかしら?折角のISを無用に傷つけてまでこんな茶番を続けるというのでしょうか?

 「過ぎた無理解は害悪でしてよ?いいでしょう。ならば教えてさしあげますわ」

 これまで、わたくしがどれだけ手加減し続けてきたのか。
 ――ブルーティアーズ、半意識制御モード解除―――「砲撃モード」エネルギー加速
 ――シールドエネルギー、BTシステムに直結、変換完了
 ――スターライトMkⅢ、「バスターモード」へ移行
 4基のブルーティアーズがスターライトMkⅢと接続し、エネルギーバイパスを通じてIS本体からシールドエネルギーを接続。
 本来の力を解放したブルーティアーズと、その力を収束させるためのスターライト。
 
 白いISが警報を発しているようですわね。まあ、当然のことですが。
 でも安心なさい。まだ、あなたに向けてこれを撃ちはしません。これから撃つのはあなたの主の、その無理解を。
 故にわたくしが向けた銃口の先はあなたの真上。あの青い空にかかる雲を―――


 「『スターライト・ティアー』」


 迸るのは蒼い閃光。今までのレーザーなど霞んで消えてしまいそうなくらい巨大な光の鉄槌。
 このブルーティアーズの保有するシールドエネルギーの実に三分の一までを全て攻撃力に転化した破壊の奔流は、アリーナ上部を覆っていたエネルギーシールドを薄紙を破るように破砕し、わたくしの狙った雲を消し飛ばして青空に還っていきます。
 もともとこんな場面でこの兵装を使用するつもりなどありませんでしたが、まあ、仕方のないことですわね。並みのISなど語るに及ばず、防御に特化した第3世代型ですら一撃で戦闘不能にできるほどの力を見せつければ、いくら物わかりの悪いあの男でも―――
 理解できる―――そう思っていましたのに。

 「……けんじゃねえ……」

 わたくしが予想した「驚愕」「恐怖」「畏怖」「絶望」「諦観」……それらのいずれでもなく。
 彼の、織斑一夏の表情に見えたのは、明確な「敵意」と「怒り」。
 そしてあの眼は、わたくしが、初めて見たあの眼は――誇りを守るべく憤る瞳は、わたくしが確実に選択肢を間違えていたということを語っていたのです。
  
 「ふざけんじゃねえぞ!セシリア・オルコット!!」

 そして、その言葉と共に白いISは一つの変化を始めたのです。
 武骨な装甲はその破損部分とともに一度再粒子化し、元の工業的な形から先鋭的な形状へと。
 手にしていた近接ブレードはその刀身こそ短くなったものの、反りのある片刃剣のような形状へと。
 そして、ブルーティアーズが伝えてくる情報には、一つの驚くべき事実。


 ――敵性IS、一次移行完了――。


 「一次……移行……ですって?あ、あなたまさか、今まで初期設定だけの機体で戦っていたというの?」
 
 有り得ない。有り得ないことですわ。だって、そうだとするとあの白い機体はその能力の大半を初期化と最適化に費やしておきながら、普通の第二世代機を超える機動力と回避能力を発揮していたということですもの。
 (そもそも、初期設定だけの機体が何故動けますの!?)
 でも、それ以外有り得ない。有り得ないことなのに、起こってしまいました。しかもその上―――
 移行が完了したのならば、今までそれに費やしていた能力を戦闘に費やしてくるのは当然の事。

 咆哮とともに突撃を―――速い。今までの機動が嘘のような突撃を繰り出してくる織斑一夏。当然わたくしのブルーティアーズはわたくしを守るべく一斉に砲撃を行いますが、彼は突撃軌道を無理やり捻じ曲げて回避しさらにわたくしに接近してきます。
 砲身の冷却にまだ手間取っているスターライトでの迎撃は不可能……しかもここまで接近されてしまうと、わたくしは不慣れな近接兵装で迎え撃たざるを得ません。
 振り下ろされる一撃に対して、わたくしは右手に呼び出したショートブレード「インターセプター」で彼の剣を受け止めます。流石

に近接戦闘用のIS相手には力負けしてしまいますが、一瞬でも止められるならこちらのものですわ。相手の背後からわたくしの猟犬たちが牙を剥き、集中砲火を受けて体勢を崩した織斑一夏に蹴りを入れてわたくしは再び距離を取ります。
 そしてそうしている間にもブルーティアーズは砲撃の手を緩めません。蹴り飛ばされた相手にレーザーの雨を降らせ、そのまま再び地面に叩きつけます。
 (もう、いい加減にしてほしいですわ)
 本気でそう思いましたの。振り返ってみればこの決闘、わたくしはいいところなどまるでありませんでした。初期設定の機体相手にいい気になって弄び、降服を勧めるために最大火力砲を披露して逆に激昂させ、一次移行されたら遠距離射撃型としては恥以外の何物でもない接近戦を強いられる始末。学年主席のプライドも、いいように傷つけられっぱなしではありませんの。
 そして、そんなわたくしの内心など知ったことではないというように立ち上がってくるあの男……敵意と怒りにその表情を染めて、

 あら?

 「……負けられない理由、もう一つ増えちまったな。最高の姉さんにかっこ悪いとこなんて見せられないし」

 ハイパーセンサーの拾った彼の独り言。そしてその表情は先ほどまでの怒りや敵意は見えませんでした。ですが、その代りに。
 
 「悪いなセシリア・オルコット。俺はどうしてもお前に勝たなきゃいけなくなった。絶対に守らなきゃいけないものができちまったからな」

 そう言った彼の表情は穏やかで、なのにその瞳には決意をこめたような光が宿っていたのです。わたくしにも見覚えがあるあの瞳。

 強い意志と、何らかの決意を秘めたあの眼は……

 「それと、俺は棄権しないぞ。そんなことしたら俺を支えてくれた箒に申し訳が立たないし、後で何言われるかわからないからな」

 箒……ああ、篠ノ之博士の妹さんというあのクラスメイトの……なんであの方が?はっ……も、もしやお付き合いなさっておられるとか?!ハ、ハレンチですわ!し、神聖な学び舎でそ、そんな……って、そんなこと考えている場合じゃありませんでしたわね。
 
 「な、何を言っているのかわかりませんが、思い上がりも甚だしいですわ!」

 砲身の冷却を完了させたスターライトを再びバスターモードに移行。ブルーティアーズとの接続を確立。
 もはや先ほどのように情けをかけるつもりはありません。何を守るつもりなのか知りませんが、それに対する力がなければ唯の絵空事を語るに過ぎないのです。
 そして、あなたにはまだその力などありません。所詮、わたくしに砕かれてしまうような定めなのですから。そのことを教えて差し上げますわ。

 「消し飛びなさい!『スターライト・ティアー』!」

 もはや狙いをつける必要もないほどに巨大な光が放たれ、白いISを飲み込み……

 「俺は、千冬姉の名前を守る」


 ―――唯一仕様   「零落白夜」  発動―――


 それは、わたくしが放った青い閃光とは異なる光。黄金の輝き。
 そしてその輝きはあろうことかわたくしの放った、「スターライト・ティアー」の閃光を根こそぎ掻き消して見せたのです。圧倒的な物量の攻撃エネルギーが、唯一本の剣の一振りで打ち消され、青い粒子となって空へ還って行ったのです。
 それを為した剣は、先ほどと明らかに姿を変えていました。刀身は二つに分かれるように展開して大型の鍔へ。そして失われた刀身の場所には、純白の閃光をはなつ刃。 
  
 わたくしは目の前で起こったことがおよそ理解できませんでしたわ。あれはわたくしの最高の一撃。確実なる勝利をもたらすはずの不敗の刃。それが、あろうことか敵に届くことすらなく折られてしまったのですから。


 目の前にいる敵の接近にすら気が付かないほどに呆然としていたわたくしが、最後に見たものは―――
 




[26915] 宣戦布告
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:7dc38b3b
Date: 2011/04/09 12:55
 「惜しかったな」
 
 隣を歩く一夏に、そう労いの言葉をかける。そう、本当にあと一歩だったのだ。オルコットの放った特大の砲撃のエネルギーを無効化し、そのまま彼女を切り伏せたのがもう一瞬早ければ、後一秒でも遅く一夏のエネルギーが底をついていたのなら、私は彼に惜しみない賛辞を送れたというのに。

 「本当だよな……でも、引き分けたってだけで十分じゃないか?俺がんばったんだぞ?」
 「馬鹿者。頑張るのは当然のことだ。千冬さんも言っていただろう?『勝利以外に価値などない』とな」

 試合前の状態から言うならば「引き分け」という結果は大金星に等しい殊勲だったわけだが、決闘中に持ち上げられた本人はそれを認められなかったらしい。間違いなく照れ隠しのためなのだろうけども。
 実際、一夏としては負けを免れた形にしかならなかったわけであり、「千冬さんの名前を守る」という目標は半分達成、半分未達成といったところなのだ。
 まあ、その名前を守られる千冬さんと言えば、観戦している間中そわそわしていたり、呼び方が「一夏」になっていたりと心配しきりだったようだが……そのことを口走った山田先生は千冬さんに地獄突きと食らわされて悶絶していたな。さわらぬ神に祟りなしだろうに。

 「でもあそこまで行けたのはきっと箒のおかげだったよ。サンキュな」
 「……ふ、ふん。私をおだてても何も出んぞ」

 思わずそっぽを向いてしまう。ええい恥ずかしいことを真顔で言うな。

 「ま、まあともかくだ。今後も訓練は必要だろうな。一夏の専用機も準備できたわけだから、時間の許す限りISを使用して訓練を行うべきだろう」
 「そうだな。これからもよろしく頼むぜ。箒」

 これからも―――か。つまりこれからも一緒に訓練ができる。一緒にいられる。そのこと自体は素直に喜ばしいことなのだ。だが、今しがた私はこうも言ったのだぞ。
 「ISを使って、訓練を」と。

 「それなのだがな、一夏……その、私よりも、千冬さんに教えてもらうほうがいいのではないか?私も……初めはそうだったからな」
 「いや、千冬姉は無理だろ。だいたい学校の先生に個人教師してもらったらえこひいきそのものじゃないか」
 「そ、それなら学園の先輩とかならどうだ?一日の長というものは重要だぞ?」
 「……何だよ。箒は、やっぱイヤだったのか?俺に教えるの」
 「イ、イヤとは言っていない!ただ……その……」

 嫌なわけがない。叶うのなら諸手を挙げて立候補したいくらいだ。

 「い、今も言っただろう?ISを使った訓練が必要だと。私は……自由にISを使うことができないからどうしてもお前に合わせることができない。だから……」
 「なんだ。そんなことか」

 そんなこととは何だそんな事とは!私はこう見えて結構悩んでいるというのに!

 「別に、箒がいつもIS使わなくても一緒に訓練はできるだろ?使えるときはそれで教えてもらえりゃいいしさ」
 「ほ、本当か?そ、そんなに私に教えてほしいのか?」
 「そうだな」

 そ、そこまで言われて断れるやつがいるなら私の前に連れてこい。一撃で開きにしてくれる。無論私自身が断る理由などもはや存在するはずもなく。

 「そ、そうか……そうかそうか。なるほどな。仕方ないな。ふふっ」

 いかん、頬のゆるみが取れそうにない。照れ隠しも込めながら横髪をいじって表情を隠そうとしてみるが、そんな仕草で顔を隠しきれているのか疑問だ。あ、案の定一夏が変なものを見るような目で見ているではないか。ええい落ち着け私。

 「それでは、明日から毎日放課後は空けておくのだぞ?いいな」
 「おう」

 ふふっ、仕方がないな。これでは部活動どころではなさそうだ。剣道部に誘われてはいたが、今度きちんと断りに出向かなければ。
 しかし、私がISを使えなくても一緒にいたいだなんて……ま、まったく一夏の奴め。も、もしや私のことを……

 「でも正直IS装備してても箒に負けそうなんだよなぁ……近接ブレードくらい使えるんじゃないか?箒」


 お前は人を何だと思っているのだ。
 


 ***

 

 (織斑 一夏……)
 シャワーの水流がいくらこの身を洗い流しても、わたくしの思考を洗い流すことができません。
 今日の決闘の相手。わたくしに、「引き分け」という屈辱を与えた男。
 いえ、それ以上ですわね。勝てて当然であった敵に引き分けを強いられるというのは、それはもはや敗北に等しい結果なのですから。
 なのに、だというのに。

 「なぜ、こんな気持ちになるのかしら」
 
 自分の切り札を打ち破られたショック?敗北した屈辱?いいえ、そのどれもがもはやどうでもよくて。
 思い返すのは、一瞬の交錯の、剣撃の刹那に垣間見たあの瞳。
 「スターライト・ティアー」を打ち消し、そのままわたくしの前に飛び込んで一閃した時の、あの眼。
 強い意志と決意を以て、全てを賭けたような男の瞳。

 そんなものが、本当に存在するなんて―――

 「お母様……」

 誰よりも強く、偉大だった母。わたくしの目標であり、唯一憧れる女性。
 そんなお母様が、なぜあのように卑屈な父と結婚していたのか。わたくしは理解できませんでした。
 だから、あの時。まだ幼かったあの時に一度だけ聞いた時のお母様の表情が、とても不思議だったのです。
 とても綺麗な、優しい顔で―――

 『セシリア。覚えておきなさい。本当の男は――英国紳士というものはね。本当に大切な時に意地を張りきれる男のことを言うのですよ』

 意地、だなんて。そんなものをあんな不甲斐ない男たちが持っているのだろうか?
 いつも卑屈だったあの父は、その意地を張りきる男だったというのだろうか?
 何故、あの時お母様は見たこともないくらい優しい顔をしてらしたのか?

 今となってはわかりません。聞きたくても、もうお母様もお父様もいないのですから。
 でも、一つだけ。あの頃のわたくしに教えてあげられるのならば―――

 「守るために……譲れなかった意地とでも言うのでしょうか?」

 彼は、織斑一夏には意地があった。彼が言っていた、守るための意地が。
 千冬姉……つまり織斑先生の名前を守る。そして、支えてくれた箒……篠ノ之さんに応えるために戦う。
 たとえそれが、どれほどに圧倒的な相手であろうとも。いえ、だからこそ。

 掻き抱くように、わたくしは自分の身体を抱きしめます。自分でもそれなりに整っていると思える体には、ずっと熱いシャワーが流れ続けているというのに。
 それ以上に、わたくしの中にあるものが熱いのです。
 思わず口から零れる吐息。温まったはずの掌で触れた頬はさらに熱く熱を持っていて。
 なんて単純。馬鹿馬鹿しいほどに短絡的。そんなことは言われなくてもわかっていますわ。
 でも、それでもわたくしは出逢ってしまったのです。

 「織斑 一夏」

 初めての「男性」に。

 鏡の中の自分の姿に、「男を軽蔑していたわたくし」としての最後の嘲笑を向け、そのまま彼女の唇を指先でそっと撫で上げます。
 ―――ねえ、貴女は一体どんな気持ちですの?
 ―――本当に馬鹿馬鹿しい。下らない男にときめくなんて、どうかしてますわ。
 ―――あんな、意地も誇りも無い―――
 ええ、ですから。
 「彼」に焦がれてしまったのでしょう?セシリア・オルコット。

 

 そう、わたくしは彼に、織斑一夏に恋心を抱いてしまったようなのですわ。
 でも、それを自覚してしまうと今度は、いままでわたくしが彼に対してとってきた態度を思い返すたびに憂鬱な気分が襲い掛かってくるのです。
 まず、第一印象から喧嘩を吹っかけたような態度。
 そして、お互いの祖国に対する侮辱合戦から決闘の約束。
 さらに、その決闘で十全でなかった相手に対し弄るような戦い方をした挙句、無礼極まりない手段での挑発にあっけない引き分け……という名の敗北。

 ……お、思い出すんじゃありませんでしたわ。何なんですのこの最悪の女は?わたくしの目の前にいたら即座にブルーティアーズの的にしていますわよ。わたくしですけど。
 それに…

 『箒に申し訳が立たないからな』

 や、やっぱり彼は、その、篠ノ之さんとお付き合いしてらっしゃるのかしら?篠ノ之さんのほうは傍から見ても好意が丸わかりですのに、彼の方はあまりそういうように見えませんでしたから……ああでも、今更どの顔をして入り込めと言いますの?!そ、それに篠ノ之さんはその、わたくしとは全くタイプが異なりますけどお綺麗ですし、同じ東洋人、いえ、日本人としてはやはり篠ノ之さんのほうがよろしいのかしら?
 そういえば、一度だけ浴場で見かけましたけれども、す、スタイルも彼女は東洋人にしては飛びぬけて……というか反則でしてよあれは!何でわたくしより大きいんですのまったく!
 ですけども、一度決めてしまった以上戦いもせずに引き下がるなどこのセシリア・オルコットの矜持が許しませんわ。とにかく、現時点での最大にして最強の相手は篠ノ之箒さんということで間違いありませんわね。相手にとって不足はありませんわ。

 そうと決まればあとは戦略の問題になりますわ。でも、ISに関してはわたくしの方に一日の長というものがあるのでしょうけども、ことわたくしも恋愛ごとに関してはその……初めてですからどうしようもないのです。経験の乏しい、というか全くないわたくし個人では戦略の立てようが……そうですわ!!

 「こういう時こそ、チェルシーに相談すべきですわね……なんだか少しだけ嫌な予感もしますけど、背に腹は代えられませんわ!」

 本国にいるわたくしの幼馴染であり、専属メイドのお姉さんのチェシャ猫のような笑顔を思い出しながら、わたくしはほんの少しだけよぎる不安を掻き消すように拳を握りしめるのです。




 ***



 「ちょっと、よろしくて?」

 なんだか以前聞いたことのあるようなセリフに、私は予習の手を止めて顔を上げる。
 まあ、なんというか予想通りというか、こういう話し方をする知人は彼女以外にはいないのだが。

 「ええと、何の用だ?……オルコットさん」
 「……セシリアでよろしくてよ。箒さん。少し、お時間よろしいかしら?」

 なんだこいつは。一夏に喧嘩を売ったかと思えば今度は私なのか?そんなに日本が目の敵なのか?それならこのクラスの半分くらいに喧嘩を売る羽目になりそうなものだが……。それにしてもモデルのような立ち姿がえらく様になっているな。羨ましい。

 「別にかまわんが、手短に頼めるか?見ての通り予習しておかないと授業についていけなくてな」
 「……それほどお手間はとらせませんけど、少し人払いはいりますわね?」

 そう言いながら天井を指さすセシリア。つまり、屋上に来いということだろうか?こ、これはあれか?漫画である呼び出しというやつなのだろうか?むう、相手は仮にも国家代表の候補生として選抜されたような相手。ひょっとするとそれなりの訓練を受けているのかもしれんが……いや、私とて古より伝わる篠ノ之流を修めた者。そう簡単には……。

 「何をしてますの?休み時間が終わってしまいましてよ?」
 「む、わかった。すぐに行こう」

 すでに教室から出ようとしている彼女に促され、私もそれに続く。途中で一夏が何事かと目を丸くしていたが、心配することなどない。私はそう簡単にはやられんさ。
 そうして、即時即応の気脈を整えつつセシリアが先に入った屋上に足を踏み入れる。よく一夏と訓練を行う場所の一つなのだが、今はこここそが戦場。私の戦場なのだ。
 と、いう私の思惑は一人たたずむセシリアの姿に少しだけ外された。こ、こういうときは不良グループの一つや二つが集まっているものではないのか?ここにそんなものがあるのかは知らないが。
 そのセシリアと言えば、私に背を向けたまま押し黙っている。一体どのようなつもりなのだろうか?焦れた私は彼女に呼び出した理由を問おうとして、先に彼女の言葉に遮られた。

 「貴女、織斑さん……いえ、一夏さんとお付き合いしてらっしゃるの?」
 「なっ!!?」

 な、な、何をいきなり言い出すのだこいつは!言うに事欠いてわ、わ、私が一夏とつ、つ、付き合っている?つまり男女の交際を行っているのかときいているのか?そ、そそ、

 「そ、そんなわけがないだろう!私と一夏は幼馴染で……!」
 「そう、ですの」

 おもわず、背中に特大の氷柱を差し込まれるような怖気を感じた。そういえばなんでこいつは、セシリアはいきなりそんなことを聞いてきたのだ?しかもなんで振り返ったその表情は笑顔なのだ?そして何で私は、その笑顔を見てとんでもない間違いをやらかしたと考えているんだ!?

 「でしたら……」

 形のいい唇が言葉を紡ぎ、私はそれに思わず戦慄した。

 「わたくしが、一夏さんとお付き合いしてもよろしいですわよね?」

 







 言った。言ってしまいましたわ。とうとう言ってしまいましたわ!もう、後には引けなくてよセシリア・オルコット!
 目の前で驚愕の表情をした恋敵、箒さんはわなわなと唇を震わせて言葉も出ないようですわね。
 昨夜、シャワールームで自身の想いを固めたわたくしは結局午前に及ぶまでの時間、幼馴染のチェルシーとの作戦会議を行っていましたが、そこで出た結論はただ一つ。

 「先制攻撃あるのみ」

 すなわち、あの箒さんの性格を利用しての強烈な宣戦布告。おそらく、対箒さんにおいてこれ以上の手はありませんわね。……いえ、本当のことを言えばチェルシーが出してきた作戦は「いきなり一夏さんの唇を奪う」でしたのよ。そ、そそ、そんなはしたないことができるわけがありませんし、誇り高き貴族のわたくしが恋敵に宣戦布告もなくスタートを切るなどと言う真似ができるはずもありませんわ!……チェルシーは「お嬢様のヘタレ……」とか不愉快なことを言っていたような気もしますけども、これだけは譲れなくてよ。
 でも、効果は覿面だったようですわね。サムライの精神構造を有しているという噂の箒さんならば、ここでわたくしに反論することなどないはずで……

 「……とめん……」

 あら?

 「認めんぞそんなことは!!一夏は私の幼馴染なのだ!どこの馬の骨ともわからん女に簡単にはいどうぞと渡す奴があるか馬鹿者!!」

 顔を真っ赤にして激昂する箒さんの姿は、わたくしにとって完全に計算違いでしたわ。わたくしの予想ではわたくしのお付き合いするという宣言のあとで呆然自失となって、そのまま悠々とわたくしは引き上げるつもりでしたのに……。
 ですけど、今の物言いはいささか無礼ですわよ。このわたくしに馬の骨?馬鹿者?

 「あら?ただの幼馴染にそのような権利はなくてよお馬鹿さん。一夏さんが誰とお付き合いしても、そう、このわたくしとお付き合いしても貴女には関係のないことですわ。」
 「関係なら大ありだ!それに何だその『一夏さん』というのは!馴れ馴れしいにも程があるぞ貴様!」
 「あら、将来の恋人を名前で呼ぶことに何の問題がありまして?!貴女こそただの幼馴染のくせにちょっと馴れ馴れしすぎるのではありませんこと!?」
 「黙れこのどろぼう猫!」
 「やかましいですわこの鬼娘!」



 ああ、改めて確信しましたわ。

 ああ、よくわかった。



 『貴様は「貴女は」敵だ!「ですわ!」』




 ちなみに、予鈴が鳴ったことに気付かなかった二人がまとめてグラウンドを走りながら罵り合っていたのは、それからおよそ10分後のことである。

 



[26915] 二人目の幼馴染
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:7dc38b3b
Date: 2011/04/12 18:18
 「ではこれより、ISの基本操縦を実践してもらう。織斑、オルコット、試しに飛んでみろ」

 カリキュラムが始まって最初の実践授業。この舞台に専用機を持った人間がデモンストレーションを行うのは当然のことですわね。
 そう、すなわちこのクラスでたった二人だけの……わたくしと一夏さんだけの晴れ舞台が始まるのですわ。
 織斑先生に名前を呼ばれて前に進み出るわたくしと一夏さん。ふふっ、そんな顔をしてもダメですわよ箒さん。貴女は呼ばれていないのですから。
 昨日宣戦布告を行ったばかりの不倶戴天の恋敵に少しだけ視線を向けた後、わたくしは待機状態となっていた愛機を装着します。
 一瞬の閃光の後、イヤリング型のアクセサリーに格納されていた情報から粒子化されていた構成物質を展開して着装―――その間、わずか1秒もかかりませんわ。おそらく周りからはほんの一瞬で呼び出したように見えたことでしょう。
 そして一夏さんは……あら、まだ慣れてらっしゃらないようですわね。まあ、無理もないことかもしれませんわ。何しろ初期化と最適化を済ませたのが昨日の今日のでは、待機状態からの展開すら初めてかもしれませんもの。
 
 「早くしろ。熟練したIS搭乗者は装着まで1秒とかからないぞ」

 飛ばされる織斑先生の叱咤。全くその通りですわ。ですが、初めからそのレベルを要求するというのはその……いくら弟さんでも厳しすぎる気がしますわね。……って、何でこちらを睨みますの!?お、恐ろしいですわ。

 「……っ!来い!白式!!」

 目の前でガントレット型のISに手をかけ、名前を呼ぶ一夏さん。そう、初心者には有効な方法ですわ。
 ISの展開にはISの存在を認識するイメージと、受け入れるイメージという二つの概念が必要ですもの。「装着する」という受け入れの準備ができていたとしても、そのISを認識できなければ仕方ありませんわ。そのために、名前という形でISの存在をイメージするいうのは有効なのです。
 そうして展開を完了させる白いIS……白式は、その主を守る鎧としての姿を現しました。
 思えば、初期設定の状態から主のことを慮り、主の願いに応えるように姿を変えたこの機体。わたくしのブルーティアーズにも劣らない忠誠を誇りますのね。とても良い子ですわ。

 「よし、飛べ」

 号令と共に、わたくしとブルーティアーズは青空に飛び立ちます。先日決闘を行ったアリーナとは違い、この競技場に空のシールドはありません。あの青い空、無限とも思えるような広大な舞台こそがこのISの真の劇場なのです。
 さて、そこでわたくしとワルツを踊ってくださる素敵な殿方は……と、な、なにやら姿勢制御に苦労してらっしゃいますわね。昨日はあれほど勇敢にわたくしの元へ……っといけませんわ。集中、集中と。
 そう、デモンストレーションという役目を忘れるわけにはいきませんもの。一夏さんのことも気にかかりますが、今はクラスの皆さんのために模範的な飛行を行いませんと。
 
 「遅い。スペック上の出力では白式の方が上だぞ」

 織斑先生の声が回線で流れてきましたわ。まあ、近接格闘型の白式ならばわたくしのブルーティアーズよりも推進器の出力が上というのはうなづける話ですわね。それに、スペック表を確認すれば瞬時加速も使用できるということですもの。わたくしと同じ第三世代型の名に相応しい性能は十分にあるはず……では、あとは操縦者の問題ですわね。

 「そう言われてもなあ。『自分の前方に角錐を展開させるイメージ』だっけ?うう……よくわかんねえ」

 あらあら、仕方ありませんわね。クラスの皆さんの模範となるべきわたくしと一夏さんが、単純な飛行で躓いていてはいけませんもの。そう、これは仕方のないことですわ。ですから……

 「イメージは所詮イメージ。自分がやりやすい方法を模索する方が建設的でしてよ?」

 このくらいのアドバイスは当然でしてよ。何でしたらもっと基礎からわたくしが……そうですわ!この手があるじゃありませんの!

 「その……よろしければ放課後に指導して差し上げますわよ?」
 「は?」

 きゃー、言ってしまいましたわ、言ってしまいましたわ!そうですわよ、最初からこうしていればよかったのですわ!代表候補生たるわたくしが一夏さんにIS操縦の手ほどきをするだなんて、どこから見ても完璧な理由ではありませんの!これで堂々と一緒にいる時間が確保できるというものですわ!

 「そ、その時は、二人っきりで……」
 「織斑、オルコット、急降下と完全停止をやってみせろ」

 うう……いいところで邪魔が入りましたわ。でも、教官からの指示は絶対。これはデモンストレーションですもの。一夏さんとの逢瀬はまたあとで楽しむことにするべきですわね。
  
 「では、お先に」

 急降下と完全停止。通常の加速に加えて重力加速度も加味されるため、普通に飛んでいるだけでは必要としない、後方に向けての加速イメージを使った減速が肝心である訓練ですわ。ISのハイパーセンサーによる補助を得られることで初めて可能となるこの技術は、使いこなすことができれば真後ろに向かって加速したまま複雑に飛行することさえできますわ。これは、それのいわば入門編といったところでしょうか。
 まあ、わたくしにとっては何百回繰り返したかもわからないような訓練ですが、初めての一夏さんは……だ、大丈夫ですわよね?たぶん。
 自分の演技を完璧にこなしたわたくしは、一抹の不安を覚えながら空を見上げます。そして、


 轟音と共に、一夏さんはグラウンドの真ん中に大穴を開けていましたわ。……こ、これも後で教えて差し上げる必要がありますわね。って、こうしている場合ではなくってよ!
 大穴の中心では、ISを解除した一夏さんと箒さんが……って何してますの!

 「情けないぞ一夏。私が教えてやったことをまだ覚えて……」

 ちょっと、邪魔でしてよ箒さん。ここはチャンスですわ。ISの防御性能がありますからお怪我をすることはないでしょうけど、あえてここで心配するのが好感度上昇の基本!……と、チェルシーが言ってましたもの。ならば、わたくしともあろうものがそんな機会を逃すはずがありませんわ!

 「大丈夫ですの一夏さん!お怪我はなくて?」
 「あ、ああ……大丈夫だけど……って、一夏さん?」

 なにやら驚いたような顔をなさってますけど……そういえば、一夏さん本人に対して直接名前をお呼びするのは初めてでしたかしら?ま、まあそんなことより、このまま作戦第二弾。「一緒に保健室作戦(命名:チェルシー)」を発動すべきですわね。

 「それは何よりですわ。ああ、でも一応保健室で見てもらった方がいいですわね。良ければ、わたくしがご一緒に……」
 「無用だ。ISを装備していて怪我などするわけがないだろう」

 くっ……いいところで邪魔を、流石わたくしが敵と認めた相手ですわね箒さん。でも仁王立ちで不機嫌な表情を隠しもしないなんて、それでは殿方も引いてしまいましてよ?

 「あら箒さん?他人を気遣うのは当然の事でしてよ?」
 「お前が言うか。この猫かぶりめ」
 「鬼の皮をかぶっているよりはましですわ」

 ……ああもう、本当に気に入りませんわ。ですけど、いつか必ず決着はつけて差し上げますからね?




 ***



 「なあ、機嫌直せよ箒」
 「……ふん。私は別に機嫌など悪くない」
 「いや、めちゃめちゃ機嫌悪そうな顔してるじゃないか」
 「生まれつきだ」

 そう、この顔は生まれつきなのだ。吊り上った眼も、色気のない唇も、気に入らないが私の姉によく似た構成なのだ。故に普通にしていても機嫌が悪そうに見られてしまうのはいつものことなのだ。
 決して、断じて、絶対に。放課後の訓練にこの女が割り込んできたからではない。

 「一夏さん。では次に今日のおさらいをやってみませんこと?」

 専用機を展開し、一夏の腕を取るこの女、セシリア・オルコットのせいで、私の機嫌が悪いだと?笑える冗談だ。そんな訳があるわけなかろうが。
 だがな、何故訓練だというのにいちいち腕を組む。一夏が動きにくそうにしているのがわからんのかこの馬鹿者が。ええい一夏、お前もお前だ。鼻の下を伸ばしおって、そんなに金髪がいいのか破廉恥な。

 「セシリア。いい加減に一夏から離れてはどうだ。それではお前も動けんだろうし、一夏の訓練の妨げになる。邪魔をするつもりならさっさと帰れ」
 「あら、ご存じありませんの?ISの初心者に対してはこうして感覚をまず伝えることの方が大切でしてよ。まあ、ご自分の機体もなしでISの訓練などできるはずもないでしょうけど」
 「自分の機体などなくても一夏を教えることはできる。というか邪魔だから帰れ」
 「代表候補生にして専用機を自在に使用できるわたくしのほうが一夏さんの教導にはふさわしいと思いますわ。一夏さんはどう思われまして?」
 「どうなのだ?一夏」

 そうだ。もとはと言えばこいつがセシリアを連れてきたのが原因だったのだ。放課後は私と一夏の二人だけの時間のはずだったというのに、何が『今日の授業の時に教えてくれると約束した』だ。昨日は私にISなどいらないから教えてくれと言ってきたくせに、その舌の根も乾かぬうちからこれとは、千冬さんも一体どういう教育をしていたのだまったく。

 「いや、どうって言われても……ていうかお前らなんでそんなに仲悪いんだよ?」
 「ははは、面白いことを言うな一夏は。私たちが仲が悪いわけがないではないか。」
 「ええ、そうでしてよ。わたくしたちお友達ですもの。うふふふふ」

 そう言って私とセシリアはお互いに笑顔を交わす。ほら、こんなに仲がいいのだぞ?目が笑っていない?見間違いだ。

 「話が脱線していましてよ。一夏さん。そんなことより今日のおさらいをすべきですわ」
 
 む、セシリアめ、一人だけいい子ぶる気か。そうはいくものか。一夏に教えるのはわたしの役目なのだからな。

 「そうだぞ一夏。私が何度も教えただろうにまだイメージできていなかったのか?」
 「あのな箒……いつも思うんだけど、お前の教え方は特殊すぎるんだよ。なんだよ後ろにくいってする感じって」
 「……くいってする感じだ」

 うう、なんでわからんのだ。ISに乗っているならそれくらいわかりそうなものだろうに。

 「だからそれがわからないって言って……」
 「まあまあ一夏さん。それではわたくしが教えて差し上げますわ。こちらにいらして……」

 ち ょ っ と 待 て 。何故そこで腕を組む。あまつさえ胸を押し付けようとする。一夏が困って……というかお前も何を意識しているのだこの浮気者!わ、私の胸では不満なのか?!え、ええいこうなったら……
 私はセシリアが掴んでいる腕と反対側の腕を取り、抱くようにして腕を組む。うう、は、恥ずかしいにも程があるぞこれは。

 「ちょ、ちょっと箒さん!?何をしてますの!?」
 「ええいやかましい!もとはと言えば貴様が妙な真似をするから……!」
 「わ、わたくしの行為は正当なものですわ!貴女こそ何を考えてらっしゃるの!?」

 頬を朱に染めたままで言い合う私とセシリア。な、なんでこんなことに……そうだ、これも全て言ってしまえば一夏のせいなのだ。この朴念仁がしっかりしていればこんなことには……そ、それにしてもこれでは引っ込みがつかんではないか。
 もはやこれは女の意地の張り合いである。当然私は譲る気など無いし、セシリアとてそうであろう。こういう時だけ相手の気持ちがよくわかってしまうのだから厄介なのだ。
 どうすれば……と考えあぐねたころ、ようやっと救いの手はやってきた。とても呑気な声音で。

 「お~い。おりむー、しのっち~、せっしー。いる~?」

 弾かれたように同時に腕を放す私達。そして、ようやっと解放された一夏がそろって溜息をつく。……しのっちと言うな。と言いたいところだが、今はあえて甘受するとしよう。
 声から遅れること数秒、ひょっこりと顔を表したのは布仏さんと谷本さんに夜竹さん、何時も一緒の仲良し3人組とクラス委員の鷹月さんだった。

 「お~、いたいた。3人ともはやくおいでよ。パーティー始まっちゃうよ」

 パーティー?はて、何の話だったかと思い返していると、鷹月さんがやれやれといった様子で教えてくれた。

 「織斑君のクラス代表祝賀パーティーだよ。メール送ったでしょ?」

 う、し、しまった。携帯を確認していなかった……。一夏とセシリアは……どうやら私と同類らしい。うぅ、申し訳ない。
 
 「クラス代表……?いや、何で俺がクラス代表なんだよ」
 「それは、わたくしが辞退したからですわ」

 腰に手を当てたモデルのようなポーズ……悔しいが様になっている姿で、セシリアは高らかに言ってのける。
 
 「あの試合の結末はドロー、両者引き分けという結果に終わったのです。ならば、クラスの総意が尊重されて然るべきですわ。それに、思えばわたくしったら大人げなくあんなにはしたない態度を……。一夏さん、どうか許してくださいます?」
 「え?あ、ああ、そ、その、俺はそんな気にしてないしな……でも、クラス代表ってのは」

 上目遣いで迫るなこの色ボケ猫が。一夏、だからお前も鼻の下を伸ばすなと何度言えば……

 「いやー、セシリアはわかってるねー」
 「そうだよねー。せっかく世界で唯一の男子がいるんだから、みんなで持ち上げないとねー」
 「おりむーは人気者なんだよ~」
 「え?え?ちょ、みんな。俺はまだなるって……」

 くっ……た、確かに一夏がクラス代表になるのは私とて異存はないが……だから一夏から離れんかセシリアっ!!

 「さ、それじゃ早速行きましょうか」
 「一夏さん、ではこちらに……」
 「ちょっと待て一夏!私を置いていくな!」
 「お~、おりむーもてもて~」
 「いいな~セシリア、次代わってよ」

 「お、俺の話を聞いてくれよ頼むから!」

 和気藹々とアリーナを後にする私達。だが、そんな私たちの一部始終を見つめていた者の姿に、私たちは誰一人として気づいたものはいなかった。



 ***



 「ここね……一年一組」

 ここに……アイツがいる。そう考えただけであたしの鼓動も早くなるんだから、まったく罪作りにも程があるわよね。
 たった一年。
 でもとても長かった一年。
 あたしとアイツが離れ離れになって、一年。その間、あたしがアイツのこと忘れるなんて片時もなかった。
 だから、アイツがISを―――男のくせにISを動かせるって聞いたときは、もう運命だとしか思えなかったわ。他の男なら知ったこっちゃないし、即座に潰してるところだけどアイツだけは別。
 アイツに会うため。それだけのために元々行くつもりのなかったIS学園に急遽転入することを決めさせて、あたしはこの国に帰ってきたんだから。
 ずっと、ずっとずっとずっと想ってた。アイツの――― 一夏の事を。
 
 だから―――

 「昨日のアレについては……ちょっとお仕置きがいるわよねえ。い~ちか~?」

 そう、昨日のこと……アイツが、アリーナの真ん中で何人もの女の子に囲まれてデレデレしてたアレ。特に、両腕を取りあうようにしてた二人と親しげだったけど……まったく、モテるのは昔からだったけどいくら何でも節操なさすぎでしょうがアイツは!
 思い出したらあの時と同じくらい冷たい感情と苛立ちが戻ってくる。本当はすぐさま殴りこんで一夏を奪い返したかったけれども、本国で散々問題を起こしてくれるなと懇願されていたため、自重しなきゃいけなかったんだ。
 その代わりと言ってはなんだけど、あの時聞こえてきた会話の中で、一夏がクラスの代表になったと言っていた。確かこの学園ではその代表同士のトーナメントがあるらしいから、あたしにとってはまさに渡りに船の話よね。
 あの衝動に突き動かされるままに、あたしが転入する予定の2組のクラス代表のところに押しかけて、無理やり代表を変わってもらったのが昨夜のこと。
 そして―――

 「一夏!いるのよね。返事しなさい!」

 一組のドアを勢いよく開き、あたしは単身敵地に乗り込む。アイツに再会の挨拶と、宣戦布告をするために。
 休み時間でざわついていた教室は水を打ったように静まりかえり、生徒たちが驚きの眼差しであたしを見つめてくる。まあ、有象無象がいくら集まったところで知ったこっちゃないけど、あたしはその中で3人の姿だけを眼に入れていた。
 一人は、ほかでもない一夏。びっくりしたみたいに間抜け面しちゃって、でも一年たつとちょっと変わったかも……す、少し背が伸びたのかな?
 あと二人は、昨日図々しくも一夏の隣にいた二人……金色の髪の女と、長いポニーテールの女。どっちも結構美人だけど、あたしはあんな連中に譲るつもりなんてないんだから。

 「鈴……?お前、鈴か?」

 ああ、覚えててくれた。まあ、当然よね。一年、それだけのブランクでしかないんだから。分かりやすいように髪型も、髪飾りも何も変えないで来てあげたんだから。分からなかったらその時点でぶん殴ってたわよ。

 「そうよ。一年二組のクラス代表にして、中国代表候補生、凰 鈴音!今日は宣戦布告に来てあげたってわけ!」

 一夏を指さしてそう宣言するあたしを遠巻きにしてざわめき始める1組。どう?一夏。びっくりした?
 
 「鈴……」

 びっくりしたのも当たり前よね。一年前に離れ離れになった幼馴染が同じ学園に、しかも代表候補生として転入してきたんだもの。そりゃ驚きのあまり言葉も出なくなって……

 「何やってるんだ?すっげえ似合わないぞ」
 「なっ!なんてこと言うのよアンタわあっ!」

 言うに事欠いてそれ!?もっとこう、いろいろあるでしょうが!「久しぶり」とか「会いたかった」とか「何故お前が」とかどーしてそういう気のきいたセリフの一つも出ない訳!?アンタ馬鹿?!馬鹿でしょ?!馬鹿よね?!
 そんな罵声も出てくるってものなのに、実際にはそれをあたしの口が出すことはなかった。なぜなら―――出す前に脳天に出席簿の一撃が加わったからだ。

 「いった~っ!!何すんの……よ」
 
 このあたしにこんなことしてただじゃおかないんだから!と振り向いた先にいたのは……あたしが、この世界でたった一人だけ苦手な人。

 「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」

 一夏のお姉さんにして、世界最強のIS操縦者。ほかの誰にもあたしは負けるつもりなんてないけど、この人だけはどうしても無理だ。一夏はあんまり家に帰ってこないとか言ってたけど、あたしが遊びに行くとほぼ確実に家にいたのよね。しかもそれで

 『何だ、一夏の友達か?ゆっくりしていくといい』

 とかいうセリフをまるで恐竜が笑うみたいな顔で言うんだもの!怖くてしょうがないわよ。むしろトラウマよあれは!

 「ち……千冬、さん」
 「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ邪魔だ」
 「す、すいません……」

 他の人間に言われたのなら即座に噛みつきそうなセリフでも、千冬さんに言われると逆らえない。……うう、昔からそうだったけど、なんでこう一夏と一緒にいようとすると出てくるのよ……くっ、仕方ない。ここは一度退却ね。

 「またあとで来るからね!逃げないでよ一夏!」

 それだけ吐き捨てて、あたしは逃げるように廊下に戻る。あのままいたらほぼ確実に千冬さんから何らかの制裁が飛んでくるのは目に見えてるもの。
 君子危うきに近寄らず。だが、虎穴に要らずんば虎児を得ず。どれほど怖くても、苦手でも。千冬さんを突破しないと一夏と一緒にいられないなら―――。

 「負けないからね。あたしは」

 そう、あたしの敵はあの二人じゃない。もっと強大な……

 「いつまでそこにいる!さっさと戻れ!!」

 「はっ、はいいっ!!」


 ま、負けないからっ!

 



[26915] 三つ巴の戦場
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:9cf5cff8
Date: 2011/04/16 18:12
 「なあ鈴。いつ代表候補生になったんだよ」
 「アンタこそ、ニュースで見たときびっくりしたじゃない。」
 「俺だって、まさかこんなところに入るとは思わなかったからな」

 食堂で昼食をとっている間にも、何やら親しげな様子の一夏さんとあの転校生……凰さんと言いましたわね?まさか、箒さん以外にも強力な敵がいただなんて……。
 わたくしの隣のテーブルでは幼馴染との再会を喜び合う二人の姿がありました。わ、わたくしとて、普段ならそんな二人の邪魔をするような無粋なことはいたしませんけど、こと一夏さんに関してだけは黙っていられるはずもありませんわ。何しろ、わたくしはただでさえ箒さん相手に色々と後れをとっているのですから……。
 そういえば、幼馴染というのなら、箒さんもあの方の事をご存じなのかしら?なんだかお顔を伺いますとそうは思えなくなってきましたけど、ダメでもともとですわね。
 わたくしは、真正面で不機嫌な顔をしてらっしゃる箒さんに小声で尋ねることにしましたわ。でしたけど……
 (……私も知らんのだ。一夏め……私と離れ離れの間にあんな女を作って……)
 やっぱりダメでしたわ……。というかなんだかその言い方は癪に障りますのでやめていただけまして?
 ですがここで言い争いをしたところで何の利も生みませんわ。むしろ、箒さんはまだ手の内がわかっていますから戦いようがあるというもの。真に脅威なのは……。

 不意に、正面の箒さんと目があってしまったのですが。ああ、なんということでしょうか。不倶戴天の敵だと思っていましたのに、これほどまでに貴女の考えていることがわかってしまうだなんて。出会い方と、懸想する相手が違っていれば、わたくしたちはきっと最高のお友達になれましたのに。
 箒さんもおそらく同じことを考えていらしたのでしょう。そうとなれば、まずは相手を知ることこそ戦略の基本。わたくしたちは無言でうなづきあうと、同時に席を立ち一夏さんと凰さんのテーブルへと向かったのです。

 「一夏。そろそろ説明してほしいのだが」
 「そうですわ一夏さん!まさかこちらの方とつ、つつつ付き合ってらっしゃるの?!」

 まずは単刀直入ですわ。箒さんのときもそうでしたけど、チェルシーが言うにはこういう訊ね方をすると、日本の女性は大体が否定の意見を言うらしいですからね。逆に言えば彼女の意見を無視して一夏さんの気持ちだけを聞きたいならこうするのが一番ですわ。
 ……中国の方に当てはまるのかはわかりませんでしたけど、どうやらわたくしの読みは当たったようですわね。

 「べ、べべべべ、別にあたしは……」
 「そうだぞ、ただの幼馴染だよ……って、鈴。どうかしたか?」
 「何でもないわよ!」

 そう、お付き合いしていないことは確実ですわね。……ついでに凰さんがあからさまに一夏さんに好意を抱いているというのも再確認できましたけど、一夏さんがあまりに平然と答えられたものですから……ちょ、ちょっと複雑な気分ですわ。少しだけ同情しますわよ。少しだけ。
 
 「幼馴染……?」

 ああ、箒さんはやはりそちらの方が気になりますわよね?わたくしもきっと、チェルシーにわたくし以外の幼馴染がいきなり現れたら驚きますもの。

 「そうか、ちょうどお前とは入れ違いに転校してきたんだっけな……」

 一夏さんが言うには、箒さんと入れ替わるように凰さんが一夏さんの通う学校に転校なさって来られて、一昨年まで一緒だったという話でしたわ。それにしても、「ファースト幼馴染」と「セカンド幼馴染」……番号関係ありますの?それ。
 
 「ふぅん……そうなんだ。はじめまして。これからよろしくね」
 「ああ、こちらこそ、だ」

 お互いの名前と一夏さんとの関係を認識し合った二人が笑顔で牽制し合ってますわね。二人の間に火花が散ったように見えたのはきっとわたくしだけではなくてよ……というかわたくし蚊帳の外にされていませんこと!?

 「ン、ンンッ!わたくしの存在を忘れてもらっては困りますわ。わたくしはセシリア・オルコット。イギリスの代表候補生ですわ。一夏さんとは先日クラス代表の座をかけて熱い戦いを繰り広げた仲ですのよ。貴女も二組の代表らしいですけど、一夏さんを侮ってはいけませんわよ。何しろわたくしが練習相手を務めているのですから……」

 ……て、ちょっと。貴女さっきから全然聞いてらっしゃいませんわね!わたくしがわざわざ自己紹介して差し上げているというのに何なんですのその態度は!わたくしを完全に無視して一夏さんとおしゃべりして、あまつさえISを教えるですって?……ああもう!こんな屈辱は生まれて二度目ですわ!!

 「聞いていらっしゃるの!?」
 「ごめん。あたし興味無いから」
 「……言ってくれますわね」
 
 一夏さんはまだ知識に乏しくわたくしの話をあまりわかってらっしゃらなかったようですからまだしも、貴女は仮にも一国の代表候補生の立場でしょうに、そんな人間が「興味がない」ですって?こんな人間を代表候補に据えるだなんて、よほど人材が枯渇してらっしゃるのかしら。
 それに何より許せないのは……

 「一夏に教えるのは私の役目だ」
 「貴女は二組でしょう?敵の施しは受けませんわ。大体、貴女ごときが何を教えるとおっしゃいまして?このわたくしがいるといいますのに」

 そう、一夏さんにISの教導を行うのはわたくしたちの役目でしてよ。箒さんはまだしも、このわたくし以上に適任な人間などいないのですから。
 
 「あたしは一夏と話してんの。関係ない人たちは引っ込んでてよ」
 「関係なら大ありだ。私は一夏に頼まれているのだからな。お前が出る幕などないぞ」

 柳眉を少し吊り上げた凰さんに、箒さんは正面からの意見で対抗しています。流石ですわね……。
 
 「そうですわ。後から出てきて図々しい。」
 「後からじゃないわよ。あたしの方が付き合いは長いんだし」

 うぐっ。な、何て屁理屈を…わたくしとしたことが、

 「なら私の方が一夏との付き合いは長いぞ。セカンド幼馴染」
 
 箒さん、今ほど貴女を頼もしく思ったことはありませんわ!そうですわよ!こちらにははじめての幼馴染が……あら?わたくしひょっとして何も関係なくありませんこと?
 
 「っ……じ、時間が長くたってあたしのほうが付き合いは深いわよ!一夏はなんどもあたしの家に食事に来てるんだもの!」

 な、何ですって?お食事?つ、つまりはご家族公認のお付き合いとでも言いますの?

 「一夏……どういうことだ?納得のいく説明をしてくれないか?」
 「わたくしもですわ一夏さん!そんな……聞いていませんもの!」
 「説明も何も……よく鈴の実家の中華料理屋に行ってたってだけだ」

 え?お、お店?な、なんだびっくりしましたわ。お店なら何も不自然なことなんてありませんわよね。箒さんも納得されたようで……そ、そういえば気が付きませんでしたけど、なんだか周りの気温が下がっていませんこと?妙な悪寒が……。

 「何だ、店か……てっきり私の家の時のように泊まっていたのかと思ったぞ」

 なん……ですって……?
 おもわずわたくしの思考回路が凍りつきましたわ。あら、凰さんの表情も凍り付いてらっしゃいますわね。春にしては妙に冷えるせいでしょうか?

 「あのなあ箒。道場の合宿じゃないんだから、そうそう他人の家に泊まるかよ」

 が、合宿?ということは、学業の一環とかなのでしょうか?お、驚かせますわね箒さん。凰さんもなんだか胸を撫で下ろしてらっしゃいますわ。まあ、無理もありませんけど……

 「そうだな。あの時は私とお前たち姉弟だけだったがな」
 「はあああああ!!?」
 「何ですのそれはああっ!!」

 つ、つまりお互いのご家族しかおられなかったと……どう見ても家族公認でのお泊りではありませんの!!い、いくらあの織斑先生が一緒だったとはいえ、ま、まさか箒さん!貴女という方は!

 「懐かしいな。私と、お前と、千冬さん…」

 と、箒さんが言ったその瞬間のことでしたわ。食器トレーの一撃が彼女の頭に炸裂したのは。しかもあれ、角でしてよ。 
 そして……ああ、何故わたくし気づかなかったのでしょうか。とても覚えのあるこの威圧感、凰さんが今にも泣きそうな表情になってらっしゃる理由はただ一つですわね。

 「何度言えばわかる。ここでは織斑先生と呼べ。あと食堂で騒ぐな馬鹿どもが」

 そう、そこにおられたのはわたくしたちの担任、織斑先生その人でしたわ。

 「お……織斑……先生。なんでここに」
 「私が昼食も食わん機械だとでも思っているのか。あと個人的な情報を口外するな大馬鹿者」

 悶絶する箒さんに氷よりも冷たい視線を向ける織斑先生……前言撤回ですわ。織斑先生がいらっしゃる時点で楽しいお泊りとか、そういう話ではありませんでしたのね箒さん。

 ……でも、後で少しお話がありましてよ。よろしくて?
 


 ***



 「おっそいなぁ……一夏」
 
 男子用更衣室……つまり、一夏専用の更衣室の外であたしはアイツの帰りを待っていた。昼休み終了を告げる予鈴が鳴った時に、千冬さんに怒鳴られながらも約束したんだもの。「訓練が終わったら行くから、絶対待ってて」って。まあ、結局あたしの方が待ちきれなくて先に来ちゃったんだけどさ。
 ……う、うっさいわね。いじらしいとかどこで覚えたのよこのポンコツ。あんたは黙ってなさいよ。
 本当はあたしが一夏の特訓してあげたかったけど、流石のあたしでも千冬さんの前であれ以上あの二人と言い争う度胸はなかった。
 結局そのまま話は有耶無耶になってしまい、放課後の一夏はあいつらに取られてしまったってわけよ。
 一組のあの二人、篠ノ之箒とセシリア・オルコットに。
 転校したばっかりのあたしは知らなかったけど、あの二人は一年生の中では結構有名らしいのよね。あたしのクラスでも知らない子はいないくらい。
 詳しく聞いてみたら、篠ノ之箒はあのIS開発者にして天才科学者の篠ノ之束の妹。セシリア・オルコットはイギリスの代表候補生で入試で学年主席を取った秀才。まあ、話題にはなりそうだけど正直あたしにとっては「それが何?」って程度の話だ。
 あたしにとって重要なのはただ一つ。「なんであんな連中が一夏のそばにいるのか」ということだけ。特に……

 「篠ノ之箒……あたしより先に一夏と一緒だった幼馴染か」

 思い出すだけでイライラしてくるくらいに、昼休みのやり取りはあたしのフラストレーションを蓄積させまくっていた。
 あの女ときたらやけに一夏に馴れ馴れしいし、いちいちあたしに対抗するような事言ってくるし、それになんだかところどころ仕草が千冬さんに似てたせいか雰囲気が重なる部分があって、あたしの苦手なタイプだし。
 まあ、千冬さんにどつかれてた時はちょっとざまーみろと思ったけど。でもなんだか千冬さんの方もあの女に対して少し気安かったような気がするのよね。ま、まさかあの千冬さんと仲がいいとか……。
 ああ、そうね。あたしとは絶対に合いそうにないわね。合わせる気もないけど。とか考えていたら、更衣室の中から扉の開く音がした。一夏のやつったら、やっとアリーナから戻ってきたみたいね。

 「一体何時間訓練してるのよ……待ちくたびれたじゃない。もう」

 呆れながらも、あたしはニヤついている顔を隠せない。何しろこの部屋は一夏だけしか使わない。つまり、あたしが入ったとしたら確実に二人っきりになれるはずなのだ。
 待機状態にしてあるあたしのISのセンサーを使ってみても、それは間違いない。大丈夫、大丈夫……
 (う~、しゃっきりしろあたし!自然体、自然体……持ち物はOKのはず……タオル、よし。スポーツドリンク、よし。行くわよ、凰 鈴音!)
 深呼吸をしてから、あたしは更衣室の中に入る。叶う限りの自然な笑顔で、だ。

 「お疲れ一夏。飲み物はスポーツドリンクでいいよね?」
 「え、鈴?お前何で……」

 座って休憩していた一夏がびっくりしたような顔をする。まあ、いきなり女子が更衣室に入ってきたら仕方ないか。あたしだって他の男が使ってたのなら男子更衣室なんて近寄りたくもないし。

 「アンタ以外使わない更衣室なんだから今更何よ。はい、タオル」
 「あ、ああ、ありがとう。何だ、ずっと待っててくれたのか?」
 「えへへ、まーね」

 よしよし、ちゃんと約束は覚えてたみたいね。忘れてたらひっぱたくところだったわ。
 手渡したタオルでまだ流れている汗を拭きとっている一夏。隣に座って横目でちらっと見つめてみたけど、一年会わないうちになんだかちょっと逞しくなったかも……。ま、待て待てあたし。ここに来た目的を忘れちゃダメなんだから。
 でも、いざとなったらなかなか言葉が出てくれない。でも、ずっとこうしてても始まらないし……。あたしはむずがる言葉を蹴っ飛ばして、ぎこちなく口に出した。

 「やっと二人っきり、だね」
 「え?ああ、そうだな」

 うう、なんだかそっけない返事が帰ってくる。久しぶりの幼馴染と二人っきりになったんだから、ちょっとはドキドキしなさいよこの唐変木!と罵ってやりたいけど、せっかくのシチュエーションをそんなことで自分から崩すなんてあたしにはできなかった。
 できないのなら、駆け抜ける。考えるより先に動く方があたしに合ってるんだもの。

 「一夏さ……やっぱあたしがいないと寂しかった?」

 寂しかったわよね?寂しいって言いなさいよ。あたしはあんなに寂しかったんだから……あんただけ寂しくなかったなんて言ったらぶっ飛ばすからね!

 「まあ、遊び相手が減るのは大なり小なり寂しいだろ」
 
 ……そうじゃなくってさあ……。

 「久しぶりに会った幼馴染なんだから、いろいろ言う事あるでしょ?」

 あたしは今現在それが絶賛増殖中よ。とくに「この鈍感!」と「空気読みなさいよ馬鹿」っていうのが……って違うわよ。

 「あ、そうだ。大事なこと忘れてた」
 
 「え……?」

 大事な、こと?な、何?何なの?何なのよ一夏。改まってあたしに言わなきゃいけない大事なことって……う、あの、ちょっと待ってて心の準備が

 「中学の時の友達に連絡したか?お前が帰ってくるって聞いたら、すっげえ喜ぶぞ?」

 すっげえいい笑顔で言う一夏に、あたしの期待は根元からへし折られてしまった。ええ、そうよ。わかってたわよこいつがこういう奴だってことくらい。でも、でもね一夏。他に言う事なんていくらでもあるでしょうがよ!

 「じゃなくって!たとえばさあ……」
 「あ、悪い。そろそろ体冷えてきたから、部屋戻るわ。箒もシャワー使い終わった頃だし」

 
 …………え?

 
 「シャワー……?箒って、篠ノ之箒のことよね!?あんたあの子とどういう関係なの!?」
 「どうって……幼馴染だよ。ファースト幼馴染。で、セカンド幼馴染」

 あたしを指さして言う一夏。セカンド幼馴染って……あたしは二番目ってこと?いや、そうじゃなくって。

 「お、幼馴染とシャワーと何の関係があるのよ!」
 「俺、今箒と同じ部屋なんだよ」
 「はあ!?」

 何よそれ。何なのよそれは!同じ部屋?アンタと箒って子が?

 「意味わかんない!!何でそんなことになってんのよ!!」
 「それは……えーと、部屋を用意できなかったんだと」

 納得できるわけないでしょうが!!それなら箒って子を他の部屋に入れればいいじゃない!だいたい、同じ部屋ってことは……

 「それじゃ、あの子と寝食を共にしてるってわけ……?」
 「まあな、でも一緒なのが箒でよかったよ。もっとも、今月いっぱいで部屋が用意できるからそれまでだけどな」

 「箒でよかった」
 あたしの耳に残ったその言葉が、冷たくなったあたしの脳を揺さぶってくる。急に色あせたみたいに一夏以外が見えなくなってきて、そのせいで逆に一夏の表情までよく見えてしまう。
 なんで、一夏は笑いながらそんなこと言うの?
 なんで笑顔でそんなこと言うのよ。
 なんで困ったように言わないのよ。
 なんであの子でよかったなんて言うのよ?
 なんで拒まなかったのよ?
 なんであたしが来るまで待ってなかったのよ?
 嫌じゃないの?女の子と同じ部屋なのよ?
 幼馴染ならいいの?

 ……あたしじゃ、ダメなの?

 ううん、違うよ。そうだよ、コイツ馬鹿だもん。馬鹿で、鈍感だもん。女の子と一緒の部屋にいるって意味が分かってないはずよ。そう、ただ幼馴染と一緒にいるってだけに決まってるわよ。

 そう、だからさ。

 「幼馴染だったら、いいわけね」
 「え?」
 「だから!幼馴染だったらいいわけね!?」

 そう言い捨てて、あたしは部屋まで駆け戻る。あたしは昔からあんまり物に頓着しない方だから、手持ちのボストンバックさえあればどこにだって行ける。

 そう、今すぐにだって、一夏の部屋に行けるんだから。



 






==========================
あとがき

鈴ちゃんって、問い詰めとか似合いそうですよね。なんとなく。

とかいう私の個人的な趣味はさておいて、アニメで言うところの3話前半までようやくたどり着きました。いや、長い長い。
しかもまだいろいろと説明しなきゃいけないことも多いし、五里霧中も良いところなのですが、寛大にもご覧いただいている皆様にこの場をお借りして御礼申し上げます。



[26915] 「約束」の表裏
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:9cf5cff8
Date: 2011/04/19 18:26
 「部屋代わって」
 「ふざけるな」

 人の部屋にいきなり押しかけてきたと思えば突然何を言い出すのだこの女は。
 
 「篠ノ之さんも男と同じ部屋なんてイヤでしょ?一夏は幼馴染だったら一緒の部屋でもいいって言ってたし、あたしはそういうの気にしないから代わってあげるわよ」
 
 ほほう、一夏の奴め。訓練がきつすぎてしばらく動けないとか言っていたというのに、この女と逢引する元気はあったらしいな。どうやら今後は今日以上にしごき倒されなければ気に入らんと見える。
 しかし今は目の前の問題をどうこうする方が先だろうな。

 「そうか、気を遣ってもらってすまないが、私も特に気にしてはいなくてな。わざわざ代わってもらうほどの事でもないぞ」
 「でも、一夏を部屋から追い出したりしてたんでしょ?聞いてるわよ」

 くっ、今更になって初日のアレが尾を引いてくるとは……。

 「い、今となっては問題はない。それにこれは私と一夏の問題なのだ。他人が口をはさむことでは……」
 「他人じゃないわよ。幼馴染よ。ね?一夏」
 「いや、俺に振るなよ」

 まったくだ。今話をしているのは私だろうに。

 「兎に角、部屋は代わらない。自分の部屋に戻れ」

 回れ右だ。わざわざお帰りはあちらと指さしてやっているのだからさっさと帰れ。

 「……ところでさぁ一夏。約束覚えてる?」
 「約束?」
 「そう!小学校の時にさ……」

 私の言葉など完全に無視して会話を続けようとする。たしかセシリアのときも似たような真似をしていたが、こいつは人の神経を逆撫ですることに天賦の才でも持っているんじゃなかろうか?
 いい加減、私も堪忍袋の緒が切れるというものだ。

 「無視するな!力づくで追い出されたいのか!」
 「うっるさいなあ。やれるものならやってみなよ」

 ああ、そうか。よくわかった。
 なら、望みどおりにしてやろう。今までの会話で、貴様の拍子はつかめているのでな。
 人間の行動には、全て拍子というものが存在する。それは心臓の拍動に始まり、呼吸、会話、表情、仕草、行動……ありとあらゆるものにその個人独特の拍子があると言ってもよい。
 その、拍子の間隙を突く。簡単に言うのならば不意を衝く、ということなのだが、私はその相手の「不意」を強制的に発生させる拍子で間合いを詰める。
 当然相手は慌てて何らかの反応を起こし……その拍子の起こり以前に存在する空白に、一瞬で腕を取り、相手の身体を崩して投げる。

 私の家に伝わる古武術―――篠ノ之流古武術、零拍子―――

 呆気にとられた顔で天井を仰ぐ凰には、今何が起こったかすらわかるまい。……って、お前までポカンとするな一夏。きちんと教えてあるはずだろうが。

 「……へ?な、何よ今のはあっ!」
 「喚くな騒々しい。また投げられたいのか?今度は手加減せんぞ」

 だいたいあまりうるさくしたらまた千冬さんに怒られてしまうではないか。今の投げにしても必要最小限の動きで転ばせただけなのだぞ。
 千冬さんの名前が効いたのか、凰は喚く口こそ閉じたものの敵意をむき出しにして私を睨みつけてくる。先に喧嘩を売ってきたのはお前だろうに。
 だが、剣呑な空気が場を重くしているのは事実だった。それに耐えかねたのか、一夏が口を開く。

 「そ、そうだ。約束がどうとか言ってたな。何の話だ?」

 む、それは私も少し興味がある。私がいない間に一夏め、一体何を約束したというのだ。女の子の方からわざわざそれを確認するなどと……ま、まさか……。

 「あっ……うん!そ、その……おぼえてる、よね?」

 頬を朱に染めて凰は今一度尋ねてくる。おいちょっと待て。なんなのだその私の悪い予感を全力で肯定するような表情は。

 「えっと……あれか?鈴の料理の腕が上がったら、毎日酢豚を……」
 「そ、そう!それ!」

 ……えーと、つまりこれはアレか。日本でいうところの「毎朝味噌汁を作ってくれ」という約束と同じものなのか。しかし中国では味噌汁ではなく酢豚なのだな。私は和食しか作れないので味噌汁を作ることなら大丈夫なのだが、中国の女性は大変なのだな。……ってそんな悠長なことを考えている場合か私は!!これではまるで……

 「奢ってくれるって奴か?」
 「はい?」

 はい?

 「だから、俺に毎日メシをご馳走してくれるって約束だろ?いやあ、一人暮らしにはありがた……」

 言い終わる前に、破裂音が部屋に響く。凰が一夏の頬を張ったのだ。
 なんだか、今はものすごく凰に共感を覚えてしまう私がいる。むしろ、同じ女として今の一夏の言葉を看過できる者はいまい。セシリアに聞いたところで同じ答えしか返ってこないだろうな。

 「最っ低!女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて、男の風上にも置けないヤツ!!犬に噛まれて死ね!!」
 「な、何で怒るんだよ。ちゃんと覚えてたろうが」
 「約束の意味が違うのよ!!意味が!!」

 ああ、やはり「そういう」意味なのか。恋敵ではあるが、不憫な奴……いや、むしろ一夏の不甲斐なさにこそ憤慨するべきだな。

 「だから説明してくれよ!どんな意味があるっていうんだ」
 「せ……説明って……そ、そんなこと」
 「この……唐変木っ!!」

 いい加減に堪忍袋の緒が切れた私の一撃が一夏の脳天に突き刺さり、そのままこの甲斐性無しを床に叩きつける。凰を転ばせた時とは違う、加減なしの一撃だ。
 たとえ他の女との約束であろうとも、それの意味を違えて覚えているというだけで許し難いというのに、この朴念仁はその意味を約束した当人に尋ねようというのだ。女の敵と言われても文句は言えようはずもない。

 「この大馬鹿者の宿六が!!この期に及んでそのようなことをのたまうとはいい加減私も腹に据えかねたぞ!少しは人の意を汲んでみたことがあるのか貴様は!」
 「え、えと……し、篠ノ之さん?」

 信じられないものを見るような目で私を見る凰だったが、眼の端にはうっすらと涙が浮かんでいた。女の武器は涙という言葉があるが、同性に対しても有効なのだな。
 これでは、無下にできなくなってしまいそうではないか。

 「箒でいい。凰さんだったな。こんな甲斐性無しは放り出しておいて少し話をするとしよう。主にコイツ関連の愚痴をな」
 「……そうよね。うん。あたしも鈴でいいわよ。箒」

 どうやら鈴のほうも思うところはあったらしい。瞳の端の涙をぬぐって笑顔を見せた彼女は同性の私でも可愛らしく思えて……まてまて、だからといって彼女が私の恋敵であることは変わらんのだぞ。
 だが、まずはそこで這いつくばった大馬鹿者を……

 「う~……いってえ……あれ?千冬姉?」

 そう、千冬さんに突き出して……って、千冬さん?
 瞬間、世界の温度が氷点を下回り空気の密度と質量が一瞬で増加する。圧倒的な存在感でありながら、今の今までそれを一片たりとも感じさせることのなく、同時に凄まじい威圧感を放つこのよく知った感覚は……
 壊れた人形のように首を真後ろに向ける私。隣の鈴は……ああ、完全に泣きべそをかいているな。無理もないが。

 「貴様ら……騒ぎを起こすなと言っておいただろう?まさか忘れていたとは言わんよな?」

 人の後ろに猛虎の姿を幻視するとはなかなかない機会なのだろうが、それから約2時間ほど説教を受ける羽目になった私達には、トラウマ以外の何物にもなりそうになかった。



 ***



 「それは一夏さんが悪いですわね」
 
 放課後の特別レッスンでの休憩中、今朝方から一夏さんの頬にうっすら残っていた赤い手形について尋ねたわたくしの一番の感想でしたわ。
 
 「うう……セシリアもそう思うのか。……俺、そんな悪いことしたのかな」

 肩を落とす一夏さんですが、こればかりはわたくしとて擁護のしようがございませんわ。もしわたくしが箒さんの立場であったとしても、殴るなんて野蛮なことはいたしませんがお説教の一つは覚悟していただくところですもの。
 それにしても、一夏さんときたら本気でご自分が何をなさっていたのか自覚がないようですわね。
 正直凰さんにあまり良い印象を持ってはいないのですけど、一夏さんを一人前の紳士にすべく助言を差し上げるのも淑女の務め。わたくしに対してそのようなことのないように、先んじて教育しておくべきですわね。

 「一夏さん。レディとの約束はその言葉を額面通りに受け取るのではなく、意味も正確に理解していただかなければなりませんわ。そうでなければその約束を忘れているのと同義でしてよ」
 「いや、でもな。それ以外にどんな意味があるっていうんだよ」
 「それは……一夏さんがご自分で言葉を吟味し、その言葉に隠されている本意をご自分で意味を見つけなければいけませんわ。間違っても他人に尋ねるようなことがあってはいけませんわよ」
 「そ、そうなのか!?最悪千冬姉に相談しようかと思ってたんだけど……」

 ……止めて正解でしたわ。
 それにしても、一夏さんはこれまでその、女性と交際された経験が少ないのでしょうか?男性との交際経験のないわたくしが言うのも何ですけど、少し鈍すぎるように思えてきますわね。
 そういえば時折箒さんも溜息をついてらっしゃいましたし、や、やはりここはこのわたくしが手を取って教えて差し上げなければ……

 『一夏さん。以前お教えしましたでしょう?淑女をエスコートできてこその紳士でしてよ』
 『そうか、セシリアには何から何まで教わりっぱなしだな』
 『ふふ、よろしくてよ。殿方を一人前に導くことも……』
 『淑女の務め、だろ?レディ』
 『ああ……一夏さん、そんな』

 なんてことに、きゃー、きゃー、いけませんわハレンチですわ!でもわたくし一夏さんなら……

 「えーと、セシリア?どうしたんだぼーっとして」

 気づいた時には、目の前に一夏さんのお顔がありましたの。心配そうにわたくしを見つめて……って。

 「なっ!なななっ!なんでもございませんことよ!」
 「そうか……そろそろ訓練再開しないか?箒もそろそろ来るだろうし」

 軽く背伸びをしながら笑う一夏さんでしたが、白昼夢から舞い戻ったわたくしはとてもではありませんが気が動転してしまいましたわ。
 そう、よりにもよって二人っきりだったからこんなことを考えてしまったのですわ……うう、わたくしともあろう者が。
 いつもはわたくしと箒さんの二人で一夏さんの教導を行っているのですが、箒さんは所用で少し遅れるそうでしたので、先に二人っきりで……よ、よく考えればこれこそわたくしの望んだシチュエーションですのに、どうしてわたくしってばこうまで舞い上がって……うう、穴があったら入りたいですわ。
 それに、箒さんは訓練だけでなく自室でもご一緒とのこと。なのにわたくしのように舞い上がっていないだなんて……強敵にもほどがありますわよ。
 
 ……ん?そういえば今まであまり気にしていませんでしたけど。

 「そういえば一夏さん。箒さんと同じ部屋というのは……ひょっとして寝る時も同じ部屋でしたの?」
 「え、そりゃそうだろ。寝るときだけ別の部屋とかいうわけにはいかないからな」
 
 なんて……ことですの。わ、わたくしはてっきりお二人の寝室は別々だと思っていましたのに。
 ここにきてチェルシーから教わった知識がわたくしの脳内を駆け巡ります。そう、年頃の男女が、それも女性の方は男性の事を憎からず思っていて、もしも少しばかりのアクシデントが起ころうものなら……。
 『男の子はオオカミさんになるんですよ。お嬢様』
 まさか……まさかお二人は……

 「ハ、ハレンチですわ!何ですのそれ!どうしてお二人だけ特別にそんなことになってますの!!?」
 「いや、むしろほかのみんなと一緒だろ」

 そうですけど!!一夏さんと一緒にね、寝泊まりするだなんて!見損ないましたわよ箒さん!!

 「い、いくら幼馴染だからって16歳の男女が同じ部屋で寝泊まりするなんてありえませんわ!!先生に抗議して……!!」
 「いや、決めたのは千冬姉で……って、やべ」

 今、とても聞き捨てならないことを耳にしましたわよ?
 織斑先生が、決められた?それはつまり、織斑先生が、一夏さんと箒さんの交際を認めてらっしゃると、そういうことですの?
 少し、お話しませんこと?一夏さん?

 「……どういうことですの?織斑先生が決められたというのは」
 「あー……その、実は、だな」

 しくじった、という表情で一夏さんは周囲を見渡し、わたくしに顔を近づけて囁きます。

 「頼むセシリア、内緒にしててほしいんだ。その、千冬姉が決めたってこと」
 「……理由は、聞かせていただけませんの?」

 わたくしからの非難するような眼差しを前に、一夏さんは『絶対に秘密にしてくれ』を何度も念を押してから話を始めました。
 曰く、一夏さんと箒さんには日本政府よりその行動について保護と監視が行われており、それはこのIS学園内部にあっても同様に行われたという事。
 そして、その監視のための準備が整っていないため、暫定的に二人を同一の部屋に置き監視を行っているということでしたわ。
 あのお二人が保護と監視などと言うものを受けなければならない理由は……考えなくてもわかりますわね。
 世界唯一の男性操縦者―――説明などいらないくらいの重要人物と、世界唯一のIS開発者の妹。しかも開発者のほうは世界中に国際手配されていて行方不明ともあれば、せめて妹を人質にとろうという真似をどこかのお馬鹿さんがしないとは限りませんものね。
 そのような事情からお二人は同じ部屋で寝泊まりするようになり、織斑先生も仕方なくそれを容認していると……。
 
 「……そう、でしたの。……わかりましたわ、ご安心なさって、わたくし他人の秘密を吹聴するほど口の軽い女ではなくってよ」

 安心したように胸を撫で下ろす一夏さん。ご自分だけではなく、箒さんや織斑先生にも関わることでしたからきっと必死でしたのね。無遠慮にこんなことが言いふらされては、お二人にどんな風評が付くかわかったものではありませんもの。
 一見納得できそうな理由。でも、わたくしはその理由に、拭い難い違和感を感じていたのです。
 IS学園規則『特記事項』。ほとんどの生徒はこのようなもの覚えてもいないのでしょうけど、わたくしはその全てを完全に把握していますわ。そして、その中の一つ。
 
 ―――特記事項第二十一、本学園における生徒は、その在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする。

 そして、この規則は「あらゆる国家」に対して有効である以上、このIS学園を保有する日本国からの介入も認められません。
 すなわち、
 (お二人を監視しているというのは、一体どこの誰なのかしらね)
 そのことを二人に告げたのが、他ならぬ織斑先生というのも納得がいきませんわね。監視自体がブラフであるという可能性も捨てきれませんけど……これだけでは情報が少なすぎますわ。
 ……お節介かもしれませんけど、少し探らせていただきましょうか。この学園にそのような真似ができるとあっては、先々面倒なことが出てきそうですもの。

 「助かるよ。サンキュ、セシリア」

 耳元で囁かれるその声が少しくすぐったくて、同時にまるで二人だけの秘密を共有したようにも思えてしまって。わたくしはひと時、その思考を手放すことにしたのです。
 こんなに一夏さんとお近付きになれる機会もそうそうあるものではありませんし、こういうのを日本ではなんというのでしたかしら……

 「何をしている?貴様ら」

 ……ああ、鬼のいぬまの洗濯、でしたかしらね。まさしく今の状況を的確に現していましたわ。
 振り返ればそこには鬼……ではなく、怒りで表情をひきつらせた箒さんがいましたの。そうですわよね。傍から見ればまるで一夏さんがわたくしに愛を囁いているようにも見えますもの。
 あら、よく見れば訓練用のISを装着してらっしゃいますわね。今日は貸し出し申請が下りたのかしら。

 「ほ、箒!いや、これはその……」
 「あら、残念ですわ。二人きりの時間もこれまでですわね」

 見せつけるように、立ち上がろうとする一夏さんの腕を取って引き留めて見せます。あらあら、こめかみに血管が浮かんでいますわね。まあ、お二人の秘密を守る対価として、このくらいさせていただいてもよろしいですわよね?
 
 「い~ち~か~~~、き、き、き、貴様というやつは~~~~……」
 「待て箒!誤解だ!!何か勘違いして……」
 「問答無用!!そこに直れえぇぇぇぇっ!!!」

 訓練用ISで斬りかかる箒さんと、白式を展開して逃げまどう一夏さん。訓練の賜物か、初めに比べればなかなか早い展開が可能になっています。
 そんな二人を眺めているのも楽しいものですが、せっかくここにわたくしがおりましてよ?混ぜていただかなくては困りますわ。

 「一夏さん。ではお約束は確かに……わたくし、忘れませんわよ」
 「やくそっ……?!一夏ァっ!!お前というやつは鈴だけでは飽き足らずセシリアまでも!!」
 「ち、ちがっ!違うんだ箒!これはその何かの間違いで!」
 「まあ!わたくしとのあの約束は……間違いでしたの?」
 「……!!このっ!女の敵がああああっ!!!」
 「何でそうなるうううううっ!!?」


 
 ***



 電話帳ほどもありそうな分厚い書類―――訓練用ISの貸与申請書を放り出して、私はコーヒーを口に流し込む。
 申請書の記名欄にある名前は―――篠ノ之箒。
 私の、幼馴染の妹。そして―――

 「やれやれ、いい加減学園長に小言の一つでも言われるかな」

 通常、この時期のISの貸与には少なく見積もって半月、通常は一月近くの申請時間を必要とする。新学年が始まり、2年生、3年生の実践訓練や整備課の実機整備訓練。そういったものに対応するには、この学園のISの数は少なすぎると言ってもいいだろう。
 世界に限られた数しかない物の内の二十数機を少ないと言えるのかは別の話だが。
 そんな貴重なISの貸与を、入学早々にして複数回行われているのが箒だ。
 入学してからまだ二週間、一年生がこの時期に貸し出し申請をしてくることすら滅多とないのに、それがこのような頻度で許可されるのは異例というしかない。
 実をいうと、私が書類の手間を後回しにしてさっさとISを与えてしまったからなのだが。学園長と山田先生には薄々気づかれてはいるのだろうな。
 少しは、許可の頻度を下げるべきなのだろうか?他の生徒との整合もあるし、まさか3年生を差し置いて貸し続けるのにも限界がある。
 彼女が、本来持っている専用機を使用できるのならこのようなことはなかったろうに。

 「まだ、使えないのか?箒」

 いや、おそらく「使えない」というのは正確ではない。彼女の持つISは、束が妹の為に手ずから作り上げた特製品であり、たとえ数年間のブランクがあろうともほぼ完璧な状態で起動することが可能なのだろう。
 問題はむしろ搭乗者。彼女自身が自分の意思で『封印』してしまったことだ。むしろ今のようにISに触れることができるようになっただけでも十分に前進していると言えるだろう。
 しかも、こうして自分から関わろうとしているのは……多分に、一夏への恋心からなのだろうな。本人たちは与り知らぬところだが、あの姉孝行者は本当によくやってくれる。
 喜ぶことなど、決してできないことだがな。

 「全く……これでは一夏に私の不始末を片付けさせているようなものだな」

 思わず零れた独り言。それに反応したものが、たった一つだけ。

 「お前のせいじゃないさ、『暮桜』。あのときあいつを止められなかったのは……私のせいだ」

 思念で語りかけてくる私の愛機。だが今はその力の大半を失ってしまったISは、この学園地下にその中枢部分を眠らせて再生を続けている。
 そうさせてしまったのは―――おそらく、私の傲慢のせいだった。
 『世界最強』
 『ブリュンヒルデ』
 そう呼ばれていた。事実、あの時点で私に勝てるものなど一人もいなかっただろう。
 第二回の世界大会の決勝戦を放り出して、一夏を救ってみせたあの時もそうだった。私と暮桜なら、どんな敵でも倒してのけると―――何でも、守ることができると、そう信じてさえいた。

 だけど―――

 「箒を守れなかったのは……私だからな」

 そう、だからあいつは―――箒はISを、特に自分が持つあの力を嫌悪している。恐れていると言ってもいいだろう。
 だがあいつがいくら嫌悪しようと恐れていようと、ISは箒の前からは消えてくれないし、逃がしてもくれない。あの子は、篠ノ之束のたった一人の妹。そして―――『世界最強のIS』を持たされてしまった少女なのだから。
 彼女が望む望まざるにかかわらず、ISは箒の前に居座り続けるだろう。ならば、せめてそれに抗うための力をあの子に与えてやる。
 ISに、負けない強さを―――。
 だが、本当に私の手段は正しいのだろうか?本当に、箒は強くなれているのだろうか?

 暮桜は答えない。私が間違っているのか、どうなのかも。






==========================

あとがき

だんだんと原作よりの乖離が大きくなってまいりました。なんだかもう視点を変えてみたというタイトルが的外れな気がしている作者です。
アニメでは鈴ちゃんとケンカすると即試合になっていましたけど、一応間に半月近くの時間が流れていると設定していますので、軽く訓練風景くらいは流そうかと思っています。
では、相も変わらず一夏君視点抜きでの駄文にお付き合いいただきありがとうございました。
この場をお借りして御礼申し上げます。



[26915] 紅の夢と補習訓練
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:9cf5cff8
Date: 2011/04/23 11:18
 紅

 私の前に広がるのは、一面の紅色の世界。紅の空、紅の水面、そして咲き乱れる無数の紅い椿。眼が痛くなりそうなほどに極彩色に染められた果てのない紅。 
 また、この夢だ。


 ネエ


 なら、いつものようにあの紅い少女が……


 ドウシテ ワタシヲ ヨンデクレナイノ?


 いた。
 私の嫌いな少女が、そこにいた。紅の着物に、紅の手毬を持って。この極彩色の世界で唯一異なる色の頬と髪を紅の風に晒して。
 でも、いつもと同じ夢に見るものとは少しだけ違う。


 ワタシヲ ヨンデ


 その少女はいつものように笑ってはいなかった。目も、鼻も、口もないというのに。表情などわからないというのに、私には彼女が笑ってなどいない、と理解できてしまう。
 でも、私にわかるのはそれだけ。「笑っていない」ということだけ。
 笑っていない、それ以外のどんな顔なのかがわからなかった。


 ネエ ワタシヲ ヨンデ


 少女は私に向けて手を伸ばす。私はいつものようにその手を払いのけようとして。
 振ったその腕に、戦慄する。
 そこにあったのは、真紅のISの腕。
 忘れるはずもない。忘れることなど、できるはずもない。この腕は。


 ネエ ホウキチャン


 目の前にいたはずの少女の姿は、やがてどろどろの真紅の液体へと変り果て、真紅の水面に溶けてゆく。
 

 ワタシヲ ヨンデ

 
 溶けた少女の声は残ったまま、私の眼に映る世界は瞬時にして姿を変える。
 真紅の世界にあった紅の水面。何も存在せずただ静かに鏡面のごとき静謐さを湛えていた水面に―――


 ソウスレバ ホラ


 浮かび上がる無数のISの残骸。そしてその搭乗者だった者たちのなれの果て。
 そのどれもが、もはや人の形を留めていなくて―――


 ワタシガ アナタヲ マモルカラ


 その中に、私のよく知っている人の顔が―――



 「…………っ!!」
 
 声にならない悲鳴と共に、私はベッドから跳ね起きる。一面の紅から戻ってきたのは、まだ暗い見慣れた部屋の風景。そして夢の中で目にしたあの紅い腕とは似つかない、私自身の人間の腕。
 その両方を我が目で見て、私はようやっと安堵の息を漏らす。自分でもわかるくらいに上がった吐息と、今にも口から出てきそうなくらいに激しくなった動悸を治めるために深呼吸しようとして、

 しゃらん、と小さく響いた鈴の音。

 「……また、貴様か。化け物……」

 私の左腕に巻かれている組紐。それに付けられた金と銀の二つから鳴る音に、思わず忌々しさの篭った声が漏れて出る。
 思えば、ここに入学してからは見ていなかった夢だ。そのおかげで、思い出さずにいられたというのに。
 こみ上げてくる吐き気と、不快極まりない汗の感覚。このままもう一度眠りにつけというほうが無理な話である。とりあえずはシャワーを浴びてくることにしよう。
 暗い中でベッドを降りて暗闇に慣れてきた目を向けると、隣のベッドでは太平楽な寝顔の幼馴染がいる。
 (まったく……悩みの無さそうな寝顔をしおって)
 ちょっと気に食わなかったので、ほっぺたを軽く突っついてみる。少し不快そうな表情を浮かべたが、一夏はすぐにまた能天気な寝顔で夢の中だ。
 そのまま悪戯を続けてやろうかとも思ったが、首筋に流れた汗の感覚を思い出してやめた。……ま、まさか匂わないとは思うが、当初の目的を見失うところだったのはよくないな。うん。
 

 
 
 



 肌に流れる熱めの湯の感覚に、思わず吐息が漏れる。汗を流してしまえば大分気分も落ち着いてくるだろう。時間を見ればまだ日付が変わってそれほど経ってもいないくらいだから、今度こそきちんと休まなければ。
 
 「明日も一夏と訓練だからな……私の方がしっかりしなくてどうする」

 月末のクラス代表対抗戦で、おそらく一夏は鈴と戦うことになるのだろう。彼女の実力のほどは分からないが、セシリアと同じ代表候補生ということは生半可な強さではあるまい。
 しかも、彼女は去年まで日本で普通の女の子として生活していたという。ということは、わずか一年足らずで国家代表の候補に選ばれたということになる。経験自体はセシリアに劣るのかもしれないが、才能から言うなら人外級のものがあるのではないだろうか?
 ……とことん、私のまわりには普通の人間がいないな。
 ともかく、そんな相手と戦わなければならない一夏の実力を向上させなければならないのは急務だ。
 悔しいが、セシリアが参加してからはISを実際に装着して指導できる人間がいるだけ、一夏の伸びは著しい。私もできるならISで参加したいのだが、

 「次に訓練機を借り出せるのは何時になるやら……はぁ……」

 夕方の訓練のあと、すぐさま申請を出したはいいが次に借り出せる順番は早くて来週。運が良くても一週間に一度くらいしか借り出せないのが現状だ。
 ……これでも、私は巡りがいいほうなのだ。最悪一月待ちというケースもあるそうなのだからと、千冬さんは言っていたからな。
 そういえば、鈴もなにやら一夏にISの訓練を持ちかけていたな……うう、専用機があるというのは羨ましくはあるが……。
 その思考は、不意に鳴った鈴の音色に止められて、代わりに不快極まりない感覚が蘇ってくる。

 ―――誰が……貴様など使うものか。化け物め―――

 そう私が呼ぶモノ。私の左腕に巻かれている、忌々しい代物。
 そして、実の姉から送られたたった一つだけのプレゼント。
 そっと指をかけ、手首から外そうと試してみるが、そんなことができないというのは私が一番よく知っている。
 こいつは何をしても私から離れてはくれない。引いても、解こうとしても、斬っても焼いても噛み千切ろうとしても、たとえ手首ごと切り落とそうとしても、絶対防御を発動させて防いでしまうのだから。 
 初めて起動させてしまった時から、こいつはもはや私の一部へと成り果ててしまったのだ。
 操縦者に常に侍り、操縦者を守ろうとする―――まるでISのようだ。
 だが、こいつはISではない。ISであるはずがない。
 この学園に来て改めて理解したことだが、ISには自我はあれど、それが操縦者に何かを強制させることなどは決して無い。
 ならば、操縦者の意思を無視して戦わせる化け物がISな訳がない。
 一度抜き放てば私の前に存在する全てのものを殲滅しようとする化け物。最強の兵器であるはずのISですら紙細工のように引き千切り、その操縦者を傷つけてしまうようなものがISであってたまるものか。
 そう、だから私はこいつを使わない。使ってはいけない。
 使えば、また誰かを傷つけてしまう。今度は―――

 「……っ!!」

 左腕を振り払って壁に打ち付ける。鈍い音と共に私の腕の方に痛みが襲い掛かるが、そんなことは些細な問題だ。
 夢で見てしまった顔を思い出せば、治まりかけていた吐き気がまたぶり返しそうになる。それに比べれば腕の痛みなど何だというのだ。
 
 「……どうして、こんなものを私にくれたんですか?……姉さん」

 問いかけても、答えなど決して帰ってくるはずがない。
 返ってきたのはただ一つ。忌々しい鈴の音だけだった。



 ***


 
 『遅い!準備運動ごときにいつまでかける気だ馬鹿者!』

 織斑先生からの厳しい叱咤の声に急かされて、わたくしたちは走るペースをさらに上げます。
 うう、本当なら今日もわたくしと一夏さん(ついでに箒さん)で放課後の個人レッスンのはずでしたのに。
 
 「それもこれも一夏!お前が今日の授業であのような不埒な真似をしたせいだ!!」
 「そうですわ!!だいたい何で避けませんでしたの!?」
 「い、いやそうは言うけどなぁ……」

 口ごもる一夏さんの両頬には、真っ赤な手形が今もまだ残っています。
 それというのも、今日のIS実習での事件が原因でしたわ。
 今日のカリキュラムは「教官の実演を交えた飛行訓練」。先日は生徒のみでのIS実習だったのですけど、今日は織斑先生の実演が見られるのではとわたくしも内心心待ちにしていましたのよ。
 まあ、蓋を開ければ実演していただくのは織斑先生ではなく、副担任の山田先生だったのですけど。
 まあ、山田先生は普段こそ少しおっとりとしたところがありますけど、現役時代には日本の代表候補生として活躍されていて、織斑先生がいなければ代表に選出されていたほどの実力の持ち主と聞いています。入学試験ではわたくしが辛うじて勝利したのですが、他の生徒からすれば天と地ほどの実力差があると言えますわ。
 ……で、ですから、登場されたときにバランスを崩してグラウンドに衝突してしまったのは、きっとまだISのほうがわたくしとの戦いで傷ついていたから、ということにしておきましょう。
 で・す・け・ど。
 問題はそこではありませんでしたわ。ああ、その場面で発生したとも言えるのですけども。
 華麗に空を舞いながら登場……というわけにいかなかった山田先生が、地面に激突した丁度その場所にいたのが、よりにもよって一夏さんだったのです。
 とっさにISを起動して受け止める……という動作も間に合わずに一夏さんは山田先生に巻き込まれ、一緒になって地面を転がる羽目になったのですわ。
 それだけでも危険で許し難いというのに、山田先生ったらどさくさに紛れて……

 『お、織斑くん……そ、その、困ります……こんな場所で……いえ、場所だけじゃなくてですね、私と織斑君は仮にも教師と生徒でですね、ああでも、……このままいくと織斑先生が義姉さんってことで、それはそれでとても魅力的な……』

 頬を桜色に染めて、そこはかとなく嬉しそうに!戯言を呟きながらあの無駄に大きなむ、む、む、胸を、よりにもよって、一夏さんに……倒れて転がったのをいいことにさ、ささ、触らせて!
 一夏さんも一夏さんですわ!すぐに離れなければいけないと言いますのに、ままま、まるであの無駄に大きな胸をも、も、……あああああっ!!!ハレンチですわはしたないですわいやらしいですわいかがわしいですわ!!思い出すだけでも腹が立ってきましたわ全く!!
 ですから、わたくしも箒さんもあの時ばかりは我を忘れて全速力で一夏さんを山田先生から引きはがし、その両頬に一発づつ愛の制裁を加えたのです。ええ、何処からどう見ても正当な行為ですわ。
 だからといって、織斑先生がそれを見逃すはずがありませんでしたけど。わたくしと箒さん、そして一夏さんの頭に神速の出席簿が落ちてきたのはそのわずかに一瞬後だったのですから。
 そしてそのまま授業を妨害したという罰でグラウンドを十周ほど走らされ、放課後の時間に補習を受けさせられるという屈辱を味わう羽目に…… 

 「山田先生が突っ込んできたのは俺のせいじゃないし、だいたいあの後ちふ……織斑先生にぶん殴られたのも俺のせいじゃな……ンデモナイデス」
 
 あら、一夏さん。何かおっしゃいまして?顔色がよろしくないようですけど、まさかこの程度でへばりませんわよね?箒さんもわたくしと全く同じ意見のようですもの。
 そうそう、へばっているといえば。

 がっしょん!がっしょん!がっしょん!がっしょん!がっしょん!がっしょん!…………

 騒々しい機械音とともに、わたくしたちの後方を走っているIS。そもそも、推進器が標準的に装備されているISで地面を走るということ自体が珍しいことなのですが、そのISを装着した山田先生はというとまさに半死人のような表情を浮かべていますわ。

 『どうしました山田先生。ペースが落ちているようだが、そんなことでは『困ります』よ?』
 「も、もう許してください織斑先生~~~~!」

 底冷えのするような織斑先生の声に、山田先生は半泣きになっておられます。
 ……ええ、そうですとも。わたくしたちだけこのような目に逢うというのは些か理不尽というもの、その上生徒たちの前で醜態を晒したということで、この補習に山田先生も参加することとなったのですわ。
 もちろんこの補習はIS授業の一環ですから、教師である山田先生がISを装備しているのは当然のことですわね。

 もっとも、ISの持つPICやその他全ての動力は一切が切られているのですけど。

 ああなってしまえばISはただの重たい鎧のようなもの。それを着てひたすらに走らされるなど拷問以外の何物でもありませんわね。その上で生身のわたくしたちと同じペースで走ることを強制されているのですから、如何に織斑先生が怒ってらっしゃるかが窺えるというものですわ。

 『『こんな場所』で何をとろとろ走っているんですか?『仮にも教師』が『生徒』に遅れをとっていては……』

 きっと、織斑先生が一番怒ってらっしゃるのは生徒の前で不甲斐ない操縦をした山田先生なのでしょうけど……どうしてところどころ単語を強調してらっしゃるのかしら?




 準備運動という名のランニングを終えてわたくしと一夏さんはそれぞれのISを展開し軽く機動の確認を行っていた中、一夏さんはふと思い出したように呟きます。

 「そういやずっとわかんなかったんだけど、俺何でセシリアと引き分けられたんだ?」
 「それは……わたくしと一夏さんの両方が同時にエネルギー切れに陥ったからですわ。覚えてらっしゃらないの?」
 「それはわかってたんだけど、なんでセシリアの砲撃を無効化できたのかよくわかってないんだよ。あの時はなんだかこいつに……白式に『雪片で斬れ』って言われたみたいな気がしてやってたんだけど」

 そう言われてみると、不思議ですわね。実弾兵器ならばいざしらず―――と言っても飛来してくる弾丸を切り落とすなんて普通の人間にはそうそうできませんけど、エネルギー砲撃を切り払う……いえ、消滅させることなど、できるはずがありませんわ。
 防ぐにしても同等以上のエネルギーをぶつけるか、強固なシールドを展開するくらいしか無いと言いますのに。

 「馬鹿者。お前は自分の機体の特性すら理解していないのか。あの時は白式の特殊能力である『エネルギー無効化攻撃』が発動していたからあんな芸当ができただけだ」
 「『エネルギー無効化攻撃』?」
 「そうだ。それがお前のISの特殊能力……『唯一仕様』だな」

 織斑先生が言ったその言葉――唯一仕様という単語に、思わずわたくしは首を傾げます。

 「あの、織斑先生?今『唯一仕様』と仰いましたけど、一夏さんのISはまだ一次移行が終わったばかりなのではありませんの?」

 唯一仕様――ワンオフ・アビリティとは、ISとその搭乗者が共に最高の状態となった時に発動できると言われている『IS固有の特殊能力』のことを指します。唯一仕様はその名の通りISによってその性能が違うと言われていますが、そのいずれもがISの優劣を決定的にしてしまうほどに強力なものなのです。
 ですが、その発動は二次移行―――搭乗者と長い時間を共にし、一次移行の状態よりもさらに強力に自己進化した末に発現するものとされていて、しかも二次移行に至った全てのISが顕現・発動するとは限らないのです。
 実際にその二次移行に至ったISは、世界でもいまだに百機足らず。しかもその中で唯一仕様に目覚めているISはさらに十数機という非常に珍しいものなのですわ。当然、わたくしとの戦いの最中に一次移行を完了させた機体が持てるような能力ではありません。
 
 「ああ、そうだ。こいつのISはまだ一次移行しか行ってはいない。だが、その拡張領域のほとんどすべてを費やすことでその状態から唯一仕様を使えるようにした極端な機体だ」
 「ほとんどすべてって……そ、それじゃ一夏の機体についた兵装はあのブレードだけということになるんですか!?」
 「そうだ。まあ、こいつに射撃武器など豚に真珠もいいところだからな。説明を続けるぞ。お前のISの武器『雪片弐型』の特殊能力がそれだ。唯一仕様を発動した状態の『雪片の刀身に触れたほぼ全てのエネルギーを無効化・消滅させる』ことができる。お前がオルコットのエネルギー砲撃を消滅させたのもこの力のおかげだ」

 さらりと言われてしまいましたけど、織斑先生の説明はおよそわたくしが知るISの常識からはかけ離れていましたわ。正直、わたくしも目の前であの力を見なければ「何を馬鹿なことを」と一蹴していたような話ですもの。
 一次移行の状態から唯一仕様を発動できるというのも滅茶苦茶ですけど、拡張領域を埋めるだけで簡単に顕現・発動できるというのならば世界中のIS操縦者が必死で唯一仕様を習得しようとしているのがまるで馬鹿みたいな話になりますもの。
 しかもいくら唯一仕様がISの性能を決定付けてしまうほどに強力だったとしても、そのために白兵戦しかできなくなるというのは流石に本末転倒としか言えないのではないかしら。 

 「私が使っていた『雪片』の能力と似てはいるが、更に極端にしたような能力と言っていいだろうな」
 「ち……織斑先生の?」
 「……篠ノ之、答えてみろ」
 「は、はい。雪片の『バリアー無効化攻撃』は相手のバリアーエネルギーの残量に関係なくそれを切り裂いて直接本体にダメージを与えることができます。そうすれば強制的に絶対防御を発動させることができ、シールドエネルギーを直接削ることができます」

 すらすらと答える箒さん。教科書に書かれている唯一仕様の例として、織斑先生の『バリアー無効化』は説明されていますから、これくらいは答えられてとうぜ……なぜそこで首を傾げてますの、一夏さん?

 「そうだ。私が第一回モンド・グロッソで優勝できたのもこの力によるところが大きい。バリア―エネルギーを消滅させる事で、私は雪片の威力を減衰させることなく相手にぶつけられたからな。」
 
 その通り、織斑先生の現役時代の映像はIS教育の教材として広く知られていますけども、その最大の特徴は「近接兵装にあるまじき凄まじい攻撃力」と言えましたわ。
 おかげで第二回のモンド・グロッソでは極端に攻撃力に特化した機体が現れ、IS開発の現場では「攻撃力こそ強さ」という風潮が根強いのですわ。……まあ、わたくしのブルーティアーズも少なからずその影響は受けているのですけど。

 「だが、お前が持つ『雪片弐型』自体にはほぼ攻撃力などないと言っていい。その代わり特殊能力を展開させた状態で相手に直撃させれば一撃で全エネルギーを消滅させることもできるだろう」
 「あー、つまりあの時セシリアに雪片がかすってたからエネルギーをゼロにできたのか。でも、俺のエネルギーまでゼロになったのは何で?」
 「そんな無茶苦茶な能力を何のリスクも無く使えるわけがないだろうが。『雪片弐型』の特殊能力を発動させるのにどれだけのエネルギーが必要になると思っているのだ馬鹿者」

 エネルギーを消費して放つ必殺の一撃……わたくしの『スターライト・ティアー』とよく似ていますわね。ですけど、攻撃力がないというのはどういう意味なのかしら?

 「織斑先生。先ほど攻撃力はほぼ無いとおっしゃいましたけど、相手のシールドエネルギーを消滅させてしまうのならそれは攻撃力ではありませんの?」
 「結果を見ればそうだが、雪片弐型はそのエネルギーを物理的破壊力として発揮することができない。その代りに大量のエネルギーを相手に強制消費させる能力だからな。だが、発動し続けようものなら逆に自分のエネルギーを根こそぎ雪片に食い尽くされる羽目になるだろう。確かに当たってしまえば一撃必殺だろうが、燃費の悪さと拡張性の無さを考えれば欠陥品もいいところだ」
 「け、欠陥品!?」
 「言い方が悪かったな。ISはそもそも完成していないのだから、欠陥も何もない。ただ、他のISよりも兵器としてではなく競技に特化した機体というだけだ。剣道の竹刀のようなものだと思えばいいさ。一本取ればお前の勝ちだからな」

 一夏さんは複雑な表情で自分のISを見つめでいますが、今の一言はさすがにこたえたのでしょうか。

 「いや、それでもやっぱ何か射撃武器とか増えないのかなあ。セシリアみたいなやつとか」
 「あら、それでしたら是非わたくしが教えて……」
 「さっきも言っただろうが。お前に射撃武器など豚に真珠だ。反動制御、弾道予測から距離の取り方、一零停止、特殊無反動旋回。それ以外にも弾丸の特性に大気の状態、相手武装による相互影響を含めた思考戦闘……他にもあるぞ?できるか?」
 「……ごめんなさい」

 ああ、もう!なんでそこですぐに諦めてしまいますの!?せっかくわたくしが……って、何でこっちを睨みますの織斑先生!?
 ほんの一瞬だけでしたが、わたくしに刺すような視線を向けられたあと、不意に少しだけ表情を柔らかくされたのです。

 「わかればいい。一つの事を極める方がお前には向いているさ。何せ―――私の弟だ」

 それは、わたくしたち生徒には決して見せない家族に向けた表情で。


 ――――――すこし、羨ましく思いましたわ。
 

 
 ***



 「ひぃ……はぁ……ふぅ……ぅえ、ぎぼちわるいです……織斑先生ってば酷いですよぅ……」

 息も絶え絶えになりながら、私はようやっと補習を受けている生徒たちに追い付きました。いくらISが見た目より軽いと言ったって、鉄下駄なんかとは重さの比が全然違います。そんなものを自力だけで動かされたのですから、明日は筋肉痛で地獄を見そうな気がしますよぅ。
 地獄のIS装着マラソンを私に命じた同僚に恨みがましい目を向けてみますけど、当の織斑先生は空を舞う二人の生徒の指導に集中しておられて私には全然気づいてないみたいです。
 いいです。どうせ私は目立たない副担任なんですから……。って、あれ?二人?
 よく見たら、飛行訓練を行っているのは織斑君とオルコットさんの二人だけ、そしてもう一人の篠ノ之さんはというと、ISに乗っている二人をなんだか羨ましそうな目で見上げて……ああ!
 そうでした。篠ノ之さんは専用機がありませんから、私の装着しているISを貸してあげないといけないんでした!

 「ご、ごめんなさい篠ノ之さん!せ、先生遅れちゃって……ふぎゅっ!!」
 
 急いで彼女の傍に行こうとして、転んでしまいました。そんな私に気づいたのか、篠ノ之さんは駆け寄ってきて起き上がる手助けをしてくれます。うう、情けないですよぅ。

 「あの、大丈夫ですか?山田先生」
 「だ、大丈夫ですよ。私は先生なんですから!そんなことより、早く篠ノ之さんにこのISを装着させてあげなきゃ……」

 座り込んで装着を解除し始めますけど、なかなかうまくいきません。あれ?いつもならこんなことないんですけど……ほ、本当ですよ!このラファール・リヴァイヴは先生が現役時代からずっと使ってた量産型で……。

 「……とりあえず、落ち着いて外してください。ね?」
 
 てっきりあんまりもたもたしていると怒られてしまうかもって思ってましたけど、そんなことは全くありませんでした。だ、だって私生徒の皆さんにあんまり尊敬されてないし……「山ちゃん」とか「マヤマヤ」とか変なあだ名つけられちゃったりするし……。
 でも、私ってば篠ノ之さんの事をてっきり怖い人なんじゃないかって勝手に思ってたのに、本当は優しい子だったんですね!
 そんなこんなで私はやっとこさISを外して、代わりに篠ノ之さんを乗せて調整を行います。実はこの機体、訓練用ではなく教官用に調整されてますから少し手間がいるんですよね。
 よし、あとは篠ノ之さんと接続を確立すれば……

 終わりといったところで、何処からか鈴の音が聞こえたような気がしました。その直後、

 「へ?え、えええええっ!?何で?どうして!?」

 一斉に表示される無数のシステムエラーと警告表示。その上さっき調整し終わったばかりの数字が丸ごと全部初期値に設定されてしまって、そもそもコアが篠ノ之さんを認識できないような表示までされていて……お、おかしいですね。まさかさっき私が転んじゃったのが原因なんじゃ……。

 「ご、ごめんなさい篠ノ之さん!なんだか調子が悪くなっちゃったみたいで……」
 「あ……いえ、そ、それなら別に私は見学してますから……」

 そう言いながらラファールを降りる篠ノ之さん。うう、今度こそ怒られてもしょうがないのに……やっぱりいい子じゃないですか。
 あ……でも訓練している二人を見上げる目に、寂しさと羨ましさが混じってるみたいに見えて……やっぱり残念ですよね。折角ISに乗れる機会なのに、自分だけ乗れないって。

 「羨ましいですよね……専用機って」
 「え?あ、ああ。そう、ですね」
 「先生は結局専用機が貰えませんでしたから、オルコットさんや織斑君が羨ましいです。貰えなかったのは私があんまり強くなかったのが原因なんですけど……やっぱり専用機っていうのはIS乗りの憧れですからね」

 そう。しかもこの日本では代表候補生にまで専用機を作って回せるほど余裕がないんです。ISのコアはその全てがいずれかの国家や企業によって管理されてますけど、日本のISコアの大半がこのIS学園に集中させられていますから、必然とそれらは訓練機や研究用機体にされちゃうんですよね。
 日本以外の代表候補になっておけば……と思ってたのは内緒です。
 
 「……先生は、ISが怖くないんですか?」
 
 ぽつりと呟かれた言葉。
 思わずそちらを向くと、篠ノ之さんが少し暗い表情をしています。
 ……ははあ、成程。うんうん。よくわかりますよ、その気持ち。

 「先生も初めてISを触る前は怖かったです。何しろあの『白騎士事件』があったばっかりでしたから、今のようにスポーツとして使われるんじゃない、『兵器』としてのISは怖かったですよ」

 『白騎士事件』―――ISが、世界最強の兵器であるということが世界に知らしめられた事件。この世界が、形を変えてしまう最も大きなきっかけとなった事件を知らない人間は、おそらくこの世界にはいないでしょう。
 「たった一機の『白騎士』と通称されている正体不明のISに、世界中から放たれた二千三百四十一発のミサイル、二百七機の戦闘機、七隻の巡洋艦、五隻の航空母艦、八基の軍事衛星という、一国の軍事力にも匹敵しうる戦力を撃破されてしまった。」
 そう、ISは通常でこそその能力にリミッターがかけられていますけど、それを外せば現行兵器が束になっても敵わないほどの能力を持った『兵器』になるんです。

 「ですけど、私は初めてあの子たちに触れたときに怖いとは思わなくなりました。前も授業で言いましたけど、ISには心があります。とっても優しくって、とっても暖かい心。そんな心を持ったあの子たちは兵器として戦う事なんて望んでいません。私達と仲良くなりたい、友達になりたいって、そう話しかけてくるんです。篠ノ之さんも覚えがありませんか?」
 「え……」
 「私たちの友達になって、一緒に無限の空を駆け巡りたい。それがISたちの一番の願いなんだと思います。最初は怖がってた私でしたけど、そんな心に直接触れるうちに怖いなんて思わなくなっちゃいました。―――要は、私が怖かったのはあの子たちの事を知らなかったからなんですよ」

 だから、ね。篠ノ之さん。

 「もっとこの子たちの事を知りましょう。この子たちだって、篠ノ之さんともっと仲良くなりたいって思ってるんですから。そうすればきっと、怖いことなんて何もありませんよ」

 篠ノ之さんの手を取って、ラファールに触らせます。機械なのに暖かくて、触れているだけでなんだかほっとしてくる感覚。
 少し戸惑うような表情の篠ノ之さんでしたけど、こうやってちゃんと理解してあげれば大丈夫ですよ。わからないことがあったら、何でも聞いてくださいね。

 私は、先生なんですから。





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あとがき

 ISの能力変更その2。本編で一応千冬さんにご説明願いましたが、改めて簡単に。
 一夏君の特殊技能「零落白夜」の機能を一部変更させていただきました。まあ、見た目は同じなんですけども全力で斬ろうが突こうがそれによって相手は怪我をいたしません。
 相手がISだったら、エネルギーを根こそぎ消滅させられるだけで済みます。正真正銘一発当てるだけで競技としては勝てますので、競技として使用するならおそらく最強に近いのではないかと愚考しております。
 兵器としては使えないにも程がありますけどね。

 では、相も変わらず一夏君の視点だけは抜きの駄文をご覧いただき、ありがとうございます。
 この場を借りて、御礼申し上げます。



[26915] Sudden attack
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:9cf5cff8
Date: 2011/04/29 22:37
 クラス対抗戦当日。の、さらにその第一試合。それがあたしの最初の舞台だった。
 そして―――。

 「あんの馬鹿……いつまで人を待たせる気よ」

 巡りあわせか、運命の悪戯か。あたしの相手は一夏だった。
 正直ほっとしたわよ、いくらあいつが専用機を持ってるからって、腕前自体はへぼもへぼ。他のクラス代表には専用機を持ってないとはいえ、どこかの国の代表候補生が選ばれたりもするんだもの。あたしに当たる前に負けるんじゃないかって冷や冷やしてたんだから。
 でも、もうそんなことは気にしなくていい。これから始まるのはあたしと一夏の二人だけの舞台だもの。

 「あいつったら……よくもあたしを無視してくれたわね!絶対許さないんだから!!」

 そう、アイツってば、あれからあたしに何にも言ってこないんだもん!「悪かった」とか、「許してくれ」とか言ってきたのなら、寛大なあたしはまあ、許してあげないこともないっていうのに!
 しかも……それだけじゃ飽き足らず毎日毎日箒と……セシリア、だっけ?あの二人とイチャイチャイチャイチャしやがってえ!!あたしがISのこと教えてあげるって言ったのに結局あの二人と訓練してるし!
 そんなわけで完全に怒り心頭なあたしとしましては、泣いて謝るまで許さないことに決めたのだ。

 ……え?あたしから会いに行かなかったのは何でって?
 
 い、行けるわけないでしょ!!い、行ったら……また、その、一夏とケンカして、これ以上仲悪くなっちゃったりしたら……って!何言わせんのよポンコツ!!
 そう、こいつは……あたしの相棒、甲龍は何だか知らないけどよくこんな茶々を入れてきやがるのだ。他の訓練用ISとかはこんなの無かったのに。
 ISは機体ごとに人格が備わっていてその性質は異なるって聞くけど、こんなに搭乗者に馴れ馴れしいISって他にあるのかしら?

 鈴音は反応が興味深いから……って本当いい加減黙りなさいよアンタ!!スクラップにするわよ!!
 怒気を向けてようやっと黙る甲龍。そして、同時にピットから出撃してくるISのデータが表示される。
 ―――白式――― 
 一夏の専用機のデータだ。なんか、これだけ見るとあんまり強そうに見えないのよね。兵装は近接ブレードだけ、出力だけは甲龍と同じくらいあるけど、これじゃ訓練機に毛が生えたようなものじゃない。なんでこんなの使わせてるんだろう?

 ま、どんな機体であろうと関係ないけどね。あたしと甲龍の前では。

 一夏が出てくる姿を確認して、あたしはスタート・ラインまで移動する。アリーナの中央で向かい合う形となったあたしたちにアナウンスでルール説明がされているけど、そんなのどうだって構わない。
 とりあえず、最後のチャンス位はあげようかな。返答次第では痛めつけるレベルを下げてあげてもいいし。

 「一夏、少しは反省した?」
 「え?……あー、やっぱダメだ。よくわからんから反省のしようがない」
 「……あ、そう。そんじゃあたしに謝る気もないってことね?よーくわかったわ!」
 「だから、説明してくれって言っただろ!わかんねーから何を謝るのかわかんねーんだよ!」
 「それを説明したくないから……っああ!もういい!そんじゃ、こうしましょう!この試合で勝った方が負けた方に何でも相手の言う事一つ聞かせられる!」
 「ああ、それでいいぜ。俺が勝ったらせ……っと、とりあえず覚悟しとけよ!」
 「こっちの台詞よ!」

 ああもう!ちょっとでもアイツに期待したあたしが馬鹿だったわ!もう絶対許さない!

 「一応言っておくけど、ISの絶対防御も完璧じゃないのよ。シールドエネルギーを突破する攻撃力があれば、殺さない程度にいたぶることだってできるんだからね!」

 もちろんそこまでするつもりなんてないけど、痛い目は見せてあげる。
 ……だって、あたしは泣きたいくらい痛いんだもん。お相子だよ、一夏。

 鳴り響く試合開始のブザー。そしてあたしたちはお互いの獲物を構える。
 アイツの手には近接ブレード。装備名称は『雪片弐型』というらしい。日本刀の形状に似たそれは、あたしから見るとえらく細くて頼りなさそうに見える。
 それに対してあたしが手にしているのは二本の青竜刀タイプのブレード。
 連結させればあたしの身長よりも大きくなるそれを両手に構えて、まずは先制の一撃を見舞う。
 ―――この程度で、墜ちるんじゃないわよ?
 武器の大きさは十分。重さもあたしの方がずっと上。打ち合うならば必ずあたしが勝つだろう。もちろん一夏のブレードは細くて軽量な分その速度や取り回しがあたしよりずっと速いのだろうけど。
 そこらへんは、使い方でどうとでもなるわ。
 両手に持ったブレードを構えたまま、あたしは体を回転させながら一夏に切り込む。
 そう、腕の力だけで振るから速度が落ちるのなら、全身を使えばいいだけの事。威力なんて速度が出れば勝手についてくるわよ。
 スラスター推力のベクトルを、体の回転とそれに合わせた突撃方向に合わせて、衝力と回転によって生まれた力をそのまま叩きつける。
 もちろん相手は動くわけだから、防ぐなり避けるなりするのは当然。一夏もあたしの予想通り回避のために少しだけ距離を取る。まともにブレードで受けたら、ブレードが折れるかもね。

 でも、一夏。あたしの武器が二本なのは飾りじゃないんだよ?

 一撃目が防がれようと避けられようと、もう片方の腕に持ったブレードがある限りあたしからは逃げられない。一撃目以上に円運動の力が乗った二撃目は、違うことなく回避した先の一夏を捉えていた。
 今度こそその刀で受け止めようとしたみたいだけど、さっきの一撃目も受けられないのにこれが受けきれるわけがないでしょ?

 甲高い金属音の後、ブレードを離さなかったのは褒めてあげる。でも、それ以外は全然ダメ。胴ががら空きになってるわよ?

 間をおかずに繰り出された三撃目―――空振りした一撃目の力をそのまま乗せて、あたしのブレードが一夏の胴を薙ぎ払う。
 クリーンヒットしたその斬撃はシールドによって威力の大半を殺がれてしまったけど、一夏を吹っ飛ばすくらいは朝飯前だ。

 「あっきれた。初撃もまともに防げないのアンタ」

 こんなのじゃ、甲龍が本気出す前に終わっちゃうわよ?
 体勢を立て直した一夏に、もう一度身体の回転付きの斬撃を叩き込む。今度は最初から回避せずに、ブレードを使って受け流すつもりみたいね。
 へえ、やるじゃないの。でもね。
 一回受け流しただけで安心してると、痛い目見るわよ?
 受け流された力をそのままに、あたしは体の回転軸を少しだけ修正する。そうすれば、ほらね。
 さっきと同じ二撃目が、今度は袈裟懸けに切り下される。ブレードで受け流そうにももう遅いわよ。
 肩口に直撃したブレードはそのままシールドを削って絶対防御にまで到達し、一夏の身体を地面に向けて叩き落とした。
 それにしても姿勢制御だけは上手いわねアイツ。そのまま地面にぶつけてシールド削ってやろうと思ってたのに、直前でブーストして激突を避けたんだから。
 ま、だからってあたしの攻撃が防げなきゃ関係ないけどね!
 再び攻撃を仕掛けるべく一気に距離を詰めようとしたあたし。でも、一夏ってばあろうことか逃げやがったのよ!
 距離を取って体勢を立て直そうって腹なのかもしれないけど、あんたそれは射撃武器を持ってなきゃ意味ないってことわかってんの?
 それに、男のクセに逃げるなんて見損なったわよ、一夏。

 「ちょこまかしてんじゃ……ないわよっ!!」

 そう、折角あたしがあんたがやりやすいように接近戦を仕掛けてやったってのに、距離を取って戦いたいっていうんなら。
 その『あたしの本来の間合い』でボッコボコにしてあげるわよ。
 ハイパーセンサー……リンク完了、空間収束座標特定。
 エネルギー収束……完了。ハイパーセンサーとのリンク正常。座標位置への空間圧縮開始。

 ―――『龍咆』射撃準備完了。

 甲龍から示される情報画面に、あたしのISが持つ主兵装の使用準備が完了したことが伝えられる。だけどあたしはそんなもの見ちゃいない。だって、使えることなんて感覚でわかるもの。
 そして、その感覚を受け取った甲龍は、その肩の装甲を展開して内部の空間圧縮装置を発動させ。

 衝撃音が炸裂し、不可視の弾丸が一夏を叩き落とした。

 あーあ、何が起こったのかわかってないみたいな顔してるわね。……それじゃ、分かるまで教えてあげようかしら?
 二度目の衝撃音が、一夏を吹っ飛ばして地面に転がす。ボールみたいに吹っ飛んだ一夏は、相当エネルギーを削られてるみたいで、ブレードを杖にしてなんとか立ち上がってきた。
 ……いい、気味よ……ばか。
 3発目の衝撃砲を発射するために空間を圧縮。立ち上がった一夏に照準を合わせて発射した不可視の弾丸は、突然横っ飛びに動いた一夏に避けられてしまう。
 まあ、偶然よね。そう思ってもう一発。一夏に照準を合わせて発射―――また、避けた?
 ……おっかしいな?ハイパーセンサーでも確認できないはずなんだけど。空間の圧縮率を図ったところでもうその時点では発射されてるし……。

 「よくかわすじゃない。この『龍咆』は砲身も砲弾も目に見えないのが特徴なのに」

 まあ、そもそも砲身を作って、それ自体を砲弾にしてるからどっちも一緒なんだけどね。でも、見えないはずなのになんで避けられたんだろう?

 「ってぇ……まあ、相手がお前だからな。なんとなく勘ってやつだよ!」

 そう言って突撃してくる一夏。勘で避けられるんなら苦労しないわよ全く……と、いけないいけない。
 一夏が振うブレードを受けとめて反撃―――って、何よこいつ。無駄に一撃は重いのね。片手で受けるのはしんどいかな。
 とっさに方針を転換、左手側で受け止めきれない力をそのまま受け流して、ついでにそのまま身体を反転させる。背中から斬るのが卑怯とか言うんじゃないわよ。
 でも、そんなあたしの目論見は予想外の一夏の行動のせいで完全に外れてしまった。受け流されて崩れた体勢のまま、真横にブーストして体当たりなんて、してくる?普通。
 しかもあいつったらどさくさにまぎれてあたしを背中からだ、抱きしめるみたいに……こ、ここ、こんな場所で何すんのよばかぁっ!

 「さっきのお返しだぞ!鈴!」

 はっと正面を見ると、すぐにもぶつかりそうな距離にフェンスが……って!あいつあたしをフェンスに叩きつける気!?

 「調子に乗んな!馬鹿いちかあっ!!」

 ハイパーセンサーで後方の視界を確認。そしてあたしは真後ろからあたしを掴んでいた一夏に向けて衝撃砲を叩き込んだ。同時に後方に向けての瞬時加速でフェンスに突っ込もうとする速度を相殺し、体勢を変えてフェンスに着地する。
 ……普段ならおっかないからやんないのよ。こんなこと。
 で、あたしにこんなことさせた馬鹿は……案の定、ふっとばされて地面を転げまわってたわ。

 「な、何だよそれ!真後ろにも撃てるなんて聞いてねえぞ!」
 「言ってないわよ!」

 なんでいちいち全部説明してやんなきゃいけないのよ!それくらい……他のことだって、わかりなさいよ。
 起き上がった一夏めがけて、再び衝撃砲を発射する……けど、どういう手品かあいつはまた避けてしまった。勘って言ってたけど、そんなもので避けられるわけないのに……。

 「なんで避けてんのよアンタはあっ!!」
 「当たったら痛いだろうがそれ!ダメージ洒落になってねえんだぞ!」

 そんなこと聞いてんじゃないわよ!……っ!また避けるし!何で当たんないのよ!!もうあったま来た!
 あたしはいくら撃っても当たらない衝撃砲をやめて、両手のブレードでの接近戦に切り替える。
 一夏がどうやって避けてるのか知らないけど、だったら避けられない距離まで近づけばいい。
 現に、さっきの真後ろへの砲撃は避ける暇もなかったわけだしね。

 「本気でいくわよ。一夏」
 「っ……そりゃこっちのセリフだ。」

 ちょこまか動いていた一夏のほうも、あたしの意図には気づいたみたい。近接ブレードを正面に構えたその姿は、あたしがどんな機動で強襲しても対応できるようにするためなんだろうけど、何をやろうがさっきと同じよ。
 シールドエネルギーだってもう1/3も残ってないだろうし、速攻で沈めてあげる。
 あたしの意思を受け取った甲龍がその出力をバーニアに集中させる。
 さっきはとっさに後ろ向きで使って減速してみせたけど、本当はこうやって一気に加速して一瞬の間に相手に詰め寄るための技術―――瞬時加速。
 あたしはブレードを構えたままそれを使って一気に一夏との距離をゼロにして―――って、えええっ!?
 
 いや、一瞬何が起こったのかわかんなかったわよ。だって、瞬時加速を使って間合いを詰めてやろうと思ってたら、一夏が真正面から瞬時加速で突っ込んできたんだもの。

 え?避けられるわけないでしょ。相対速度考えなさいよ。そりゃ、まさか一夏が瞬時加速を使えるなんて思わなかったからびっくりしたのもあるけどさ。真正面から瞬時加速同士がぶつかりあったんだから、回避なんてできるわけないじゃない。

 つまり、どうなったかというと。

 「「~~~~~~~~~~~~っ!!!!!」」

 超高速であたしと一夏が頭突きしあったような形になり、お互い頭を抱えて悶絶する羽目になったわけよ。
 ……うるわいわね!マジで痛かったのよあれ!シールドエネルギーが50近く削れるとかどんだけ威力があるヘッドバットなのよ!!

 「なんであんたまで瞬時加速してくるのよ馬鹿!!」
 「知らねえよ!!だいたいあれ俺の切り札だったんだぞ!どうしてくれんだよこの馬鹿!」
 「それこそあたしが知ったこっちゃないわよ!おとなしく切られとけばいいじゃない馬鹿!」
 「誰が斬られるか馬鹿!」
 「馬鹿馬鹿言うな馬鹿!」
 「馬鹿はそっちだろ馬鹿!」



 ***



 ピットの中に木霊する三者三様の溜息。……織斑先生は腕を組んだまま、篠ノ之さんは顔を押さえて呻くように、オルコットさんは頭痛をこらえるようにそれぞれ吐き出しています。

 「……馬鹿と呼ぶことすら嫌になって来るな」
 「あいつは……試合の真っ最中だというのに何をやっているのだ何を……」
 「わたくしがせっかく瞬時加速を教えて差し上げたと言いますのに何をやっていますの、もう……」

 私は……あ、あはは。苦笑いするしかないですね。でも、まだモニターの向こうでは織斑君と凰さんが口げんかを続けています。
 ケンカするほど仲がいいともいいますけど、この試合だってちゃんと授業の一環なんですよ?ふざけてちゃめーです。

 「……山田先生。いい加減止めてもらえるか?私はもう怒る気力も失せた」

 へうっ!?わ、私ですか?私が言わなきゃだめですか?そ、そうですよね。このまま放っておくと授業が成り立たなくて、最後には学級崩壊に……そうなったら……。

 『だ、だめですよみなさん!授業をちゃんと聞いてください!』
 『へへーんだ!マヤマヤーのいうことなんてきかないよーだ』
 『そ、そんなあ……織斑先生~』
 『いつまでも私に頼るな。君のクラスなんだぞ。山田先生』
 『やーいやーい、マヤマヤー』

 ……い、いけません!そんなのダメです!うう……わ、わたしがちゃんとしなきゃ……
 深呼吸して、私は二人に届くようにマイクの音量を最大に設定します。こ、これならわたしの言うこともちゃんと聞こえますよね!

 「織斑君っ!凰さんっ!ふざけてないでちゃんと試合をしなさいっ!先生怒りますよっ!」

 い、言えた!言えましたよ織斑先生!これで私も一人前の先生に……って、あれ?
 モニターの中の二人は、まるで私の声何て聞こえていないように口げんかを続けています。そ、そんな……あの二人が不良になっちゃったんでしょうか!?
 涙目になる私を見かねたのか、今度は私からマイクを取った織斑先生が二人を叱ります。……うう、傍で見てるだけでも怖いですよぅ。

 「おまえらいい加減にしろ!!まとめて……」

 雷が落ちるような怒声がアリーナに轟く……かと思ったら、相も変わらずモニターの中で二人は口げんかを続けています……こ、これって?
 戸惑う私の隣で、何かを察したのか織斑先生は表情を一変させます。

 「山田先生、アリーナの遮断シールドはどうなっていますか?」
 「へ?シールドって、いつものように1に……って、ええっ!?レベル4!?」

 わ、わたしこんなの触ってませんよ?本当ですよ?

 「一夏さん…一夏さんっ!?答えてください!一夏さんっ!!……だ、ダメですわ。プライベート・チャンネルまで通じないなんて!」
 「くそっ!一夏!一夏ぁっ!!気づかんか大馬鹿者っ!!」

 叫ぶように言うオルコットさんと、血相を変えてマイクに向かって叫ぶ篠ノ之さん。そ、そんな……このアリーナの通信設備はまだしも、IS同士のチャンネルを妨害するだなんて、そんな事――
 できるわけがない、なんて考えを嘲笑うように。

 モニターの中を、紫色の閃光が覆い尽くしました。



 ***
 
 

 「鈴!!」

 突然、甲龍から発せられる警告。何の前触れもなく表示されたそれと、一夏の声とあたしを庇う腕のどちらが早かったのかわからない。けど、そんなこと考える余裕なんてあたしにあるわけなかった。

 直後に降り注いだ閃光に、あたしの目の前で一夏が飲み込まれてしまったのだから。
 
 
  ―――え……?―――


 理解何てできるわけがなかった。
 だって、あいつってばあたしにボコボコにされてたくせに諦め悪くって、速攻で止めを刺してやろうって思ってたのに、瞬時加速なんて似合わない真似してあたしとぶつかって、あたしのこと散々馬鹿馬鹿って言いやがるもんだから、あたしも頭にきて言い返しちゃってて。
 なによ。アンタ、あたしよりずっと弱いじゃないのよ。なのになんで―――

 あたしを庇って、そんなところに倒れてるのよ。

 「い……一夏ァっ!!」

 一夏のISはシールドエネルギーを削られきって、待機状態にまで戻ってしまっていた。
 それでも自分の主人は守ろうというのか、絶対防御の被膜装甲はいまだに展開し続けている。
 だけど一夏は目を覚まそうとはしない。当たり前だ。遮断シールドを貫いてしまうくらいの衝撃を直撃させられたんだから、意識を保っている方がおかしい。それに……あたしが言ったことじゃないのよ。

 ―――シールドエネルギーを突破する攻撃力があれば、殺さない程度にいたぶることだってできるんだからね―――

 そう、そのとおりだ。よりにもよって、一夏はそのとおりになってしまった。頭からは血が流れていてパイロットスーツはところどころが裂け、肌には火傷したように爛れてしまっている個所もある。打撲なんてそこらじゅうだ。
 でも違う、こんなのあたしは望んでなんかいない。一夏をこんなふうにしたいなんて、誰が思うもんか。
 そんなあたしの思考を遮るように、甲龍が緊急通告を表示する。
 ――フィールド上空より熱源。所属不明のISと断定。警告、敵性と認識されている。対象IS、砲撃形態に移行――

 まずい―――

 こんな状態の一夏にさっきの砲撃を加えられたりしたら、それこそ絶対防御でも防げないかもしれない。考えるより前にあたしは一夏を抱きかかえて、ピットへ逃げ込むために飛んでいた。そして一瞬遅く、あたしと一夏がいた場所にもう一度砲撃が浴びせられる。
 さっき開けられたフィールド上空の大穴から降り注いだ紫色の粒子砲。地面に衝突して大穴をあけ、炎と煙を噴き上げる様からは、威力だけならあたしの『龍咆』なんて比じゃないってことがよくわかる。
 けど、そんなことより今は一夏を安全なところに連れて行く。それが先決だ。あのピットの中に逃げ込めば―――

 「きゃあっ!!」

 いきなり、見えない何かに衝突して止められてしまう。あとちょっと向こうにはピットへの入り口があるっていうのに、ここから先に行くことができない。
 これは―――遮断シールドだ。まさか、閉じ込められた!?

 「な、何でよ!!開けて!開けなさいよ!!一夏だけでもいいから開けてえっ!!!」

 叫んで、見えない障壁を殴る。斬る。衝撃砲を叩き込む。だけど―――あたしの攻撃力じゃ、このシールドを突破するなんてできやしない。
 そうしていると、再び甲龍が警告を出してくる。―――敵性IS、射撃形態に移行―――

 やばい、動きが止まってたから狙われてる―――けど、チャンスかもしれない。あのISの砲撃がシールドを貫けるくらい強力なら、それを利用して穴をあけて逃げることができる。回避してさえやれば、こっちのものだ。
 ハイパーセンサーの視覚領域にかかる煙。あの砲撃のせいでフィールドに火災が起こっているせいで立ち上る黒煙の向こう側に、一夏を傷つけた奴がいた。
 
 「な、何よ……あれ」

 思わず、呟いてしまった。それくらいそいつは、あたしが見たこともないくらい異形なISだった。
 深い灰色をした、猿のように長い腕。首がまったくなくて、肩のアーマーと同じになっている装甲。そして何より奇妙なのは、3メートルはありそうな巨体の全身を隙間なく覆い尽くした全身装甲。
 とてもじゃないけどISには見えない。けど、甲龍は間違いなくあれがISだと言っている。でも、それならあの中にいる人間はどれだけでかいっていうのよ!
 その巨人は、ゆっくりとした動きで右腕を持ち上げるとあたしたちに向けてかざす。開かれたその掌には大型の砲門が埋め込んであった。
 ―――来る。
 センサーに表示されるエネルギー砲撃。タイミングと方向を見定めたうえで、あたしはその発射と同時に真横に向けて回避した。
 一夏を抱きしめたままだけどその程度は朝飯前。あたしの予想通りの軌跡を描く砲撃を難なく躱して、あいつが自分で開けた穴から逃げれば―――
 でも、あたしたちは逃げられなかった。砲撃を受けて穴を開けられたはずのシールドは、即座に修復され閉じてしまったからだ。
 逃げられなかったあたしたちを嘲笑うように、黒い巨人はこちらを向く。まさか……このシールドを展開しているのはアイツだっていうの?

 無機質なセンサーアイが赤い光を放つと同時に、巨人はその両腕をあたしたちにむけて翳す。その両手には左右同じような粒子砲の砲門が並んでいた。
 またさっきのような砲撃を繰り出してくるのかとあたしは予想したけれど、巨人が放ってきた砲撃は全然別物だった。
 さっきの砲撃を一点集中とするならば、今度の砲撃は面制圧―――まるでショットガンのように無数の細いレーザーを一斉に放ってきた。
 とっさに瞬時加速で逃げようとして……腕の中の一夏がいることに気が付く。そうだ、あたしは甲龍が守ってくれるけど、今の一夏は瞬時加速の加速度から守ってくれるISが動かない。つまり……あたしは足を封じられているようなものだった。
 だからって、一夏を置いておく選択肢なんてあるわけがない。
 あたしは巨人に背を向けて、自分の身体を盾にする。そしてその上で、真後ろめがけて最大出力の衝撃砲を叩き込んだ。たぶん、こちらに向かってきたレーザーのほとんどはそれで相殺できたと思う。
 だけど、全部じゃない。相殺しきれなかったレーザーはあたしに突き刺さり、甲龍からシールドエネルギーを奪っていく。
 (一夏を、これ以上傷つけさせてたまるもんか。)
 ハイパーセンサーで確認した後ろの視界のなかで、黒いISはもう一度両腕の砲門のチャージを始めだしている。動けないあたしたちを確実に仕留めるにはいい手段よね。
 さっきから何故か通信が全然効かないけど、こんな異常事態なんだもの。きっとすぐに先生は来てくれるだろう。だけど、それまであたしは持つんだろうか?
 一夏に負担をかけすぎない速度で黒いISから少しでも距離を取ろうとする。けど、それを待ってくれるような相手でもないみたい。
 再び斉射されたショットガンのような紫色のレーザーの雨を、あたしはさっきと同じ手段で防ぐ。だけど相手が射撃の密度を上げたせいか、相殺できたレーザーはさっきよりも少なかった。
 つまり、残りはあたしに容赦なく襲い掛かって甲龍からシールドを削っていく。しかも、防ぎきれなかった衝撃がダメージとしてあたしに伝わってきはじめたせいで、軽く意識が飛びかけたじゃないの。
 このままじゃ、一夏までやられちゃう。

 「そんなの……やだよ」

 あたしのすぐ目の前にある一夏の顔。やっとこんなにそばにいられるようになったのに、あんなわけのわかんないのになんで負けなきゃいけないのよ。

 「……っざけんじゃないわよおおっ!!」

 最大出力の衝撃砲を叩き込む。けど、攻撃力が無茶苦茶なら防御力まで無茶苦茶なのか、一瞬のけぞっただけですぐにあの黒いISはあたしに向けてレーザーの斉射を繰り出してきた。もうこいつ、完全にあたしを削りきる気だ。
 しかもあたしの衝撃砲はその特性上、連発が効かないという欠点がある。空間圧をかける時間が長いほどに威力は上昇するのだけど、短ければその威力は激減してしまう。
 斉射された紫色のレーザーを相殺できた量はさらに減り、あたしは本気で意識を失いかける。とどまれたのは、あたしの目の前に一夏がいるからだろう。あたしが気を失ったら一夏を守れなくなっちゃうんだもの。
 一夏の身体をぎゅっと抱きしめて、あたしは離れかけそうな意識をむりやり引き戻す。甲龍も、装甲が相当にダメージを受けていてボロボロだ。……悔しいにもほどがあるわよ。このあたしが、甲龍が、一夏を守れないなんて。
 センサーの視界のなかで、あの巨人がまた斉射体勢に入る。

 ……くっそう、あんな、奴に。

 「いち……かぁ……」

 意識が朦朧としていたせいで発動の遅れた衝撃砲の合間に、再び斉射された紫色の雨が降り注ぐ。
 もう、防げない―――レーザーがあたしに降り注ごうとした、その直前に。




 蒼い巨大な星明りが、紫色の雨を根こそぎ薙ぎ払った。


 
 
 遮蔽シールドを外側から力ずくでぶち抜いて、青い猟犬が黒い巨人に食らいつく。
 そしてその主たる蒼穹の射手は、その猟犬たちがこじ開けた道を優雅に、だがその目に凄まじいまでの激情を潜ませて歩んでくる。

 「貴方は―――侮辱しましたわ。この学び舎と、ここに集う乙女たちを」

 自分の領域に入り込んできた侵入者に、黒い巨人は侵入者に従う猟犬を振り払いながらも赤い瞳とその両腕を向ける。

 「そして、わたくしの想い人と、恋敵を」

 巨人の腕から放たれる紫色の閃光。巨人の領域を守護する障壁を撃ち貫くほどの威力を持ったそれは、しかし侵入者の抜き放った青い閃光に逆に飲み込まれ、放った巨人の片腕もろともに消し飛ばされる。

 「貴方―――」

 吹き飛ばされた腕から覗くのは、機械の破片。人間の腕があるはずの場所に覗くそれを見ても尚、蒼穹の射手は決して揺らぐことなどない。

 「ただで帰れると、思いませんことね?」


 それは、IS学園第一学年最強を誇るIS操縦者―――セシリア・オルコット。
 


===========


 あとがき

 対鈴ちゃん戦兼、本来予定していた最終戦序幕の回をお送りしました。
 ここからしばらく戦闘続きです。描き切れてないから全然終わりません。どうしましょう本当に。
 
 とりあえず甲龍に関しては現時点で魔改造は施してはいません。代わりに鈴ちゃんをほんの少しだけ強くしているつもりなのですが、そう見えないのが困りものです。
 ブルーティアーズくらい強くしやすい設定なら楽だったのに……

 ともかく、相も変わらずヒロインばかりの視点の駄文をご覧いただきありがとうございます。
 この場を借りて、御礼申し上げます。



[26915] Invisible enemy
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:9cf5cff8
Date: 2011/04/29 22:45
 「なっ!なななな!なんてことしてるんですかオルコットさん!!だ、ダメです!危ないです!早く戻ってきてくださいっ!!」

 モニターに映し出された生徒の凶行を目の前にして、山田先生は血相を変えている。通じないマイクに一生懸命叫んでみてもオルコットに届いていないのは分かりきっているだろうに。
 しかしまさか最高レベルに引き上げられた遮断シールドを力ずくで破るとは思わなかった。通常時の彼女のスペックでは―――というより、リミッターをかけられた普通のISでは到底できないような真似をしてのけたのは、ひとえに今のオルコットの感情をISが忠実に読み取っているからだろう。
 彼女の主兵装「ブルーティアーズ」は搭乗者の思念を読み取って稼働する第三世代型兵装だ。故に搭乗者と機体の意識同調率が高ければ高いほどにその稼働率は上昇し、果ては砲撃の軌道すらも自在に操る『偏向射撃』にまで至るとある。
 ならば、今の彼女はそれに至るまさに一歩手前なのだろうか。既に砲撃の威力だけで見れば通常時の数倍にまで跳ね上がっている。
 それを為したのは何か―――

 「……搭乗者とISが同じ感情を共有した。とでも言うのか」

 『怒り』
 極めて単純であり、それ故にあらゆる感情の中でも最高クラスのエネルギーを発しうる「原初の感情」
 その感情を共有したオルコットとそのISに、普段見せているような澄ましたような表情はない。感情を剥き出しにした顔を作っていないのはせめて残った彼女のプライドか、それとも単にキレすぎて表情が追い付いていないのか。おそらくは後者なのだろう。
 モニターに映るのは整いきった人形のように冷徹な面に、瞳の中にだけ燃え盛るような激怒を宿した表情。
 対して彼女が纏うISはその感情を隠しもしないというのか、溢れ出るエネルギーを紫電の姿で己が身に従わせ、桁違いの出力で放出されるエネルギー砲撃の冷却を行うために、蒸気のような姿で冷却材を吐き出し続けている。
 あれでは、仮に山田先生の声が聞こえていたところで止まりはしないだろうな。
 もっとも、私の制止すら振り切って出て行った時点で頭に血が上りきっていたのだろうが。

 「本人がやると言っているのだから、やらせてみてもいいだろう」

 それは半ば諦めの言葉であったが、決して自棄になったものではない。凰が一夏を庇いながら戦っていた姿から、あの機体のおおよその戦力は察しが付く。
 その戦力的に考えればオルコット一人で一夏と凰を守り、あの正体不明のISを撃破することはそう難しいことではないだろう。
 
 「お、織斑先生!何を呑気なことを言っているんですか!!すぐに助けないと……!」
 「どうやってだ?オルコットが遮蔽シールドに開けた大穴は律儀に閉じられてしまったし、内側から開けさせようにも通信が届かん。第一、今のオルコットに勝てる教員がどれだけいるというんだ」

 腹の立つことだが、事実だ。伊達に入学時点で山田先生に土をつけたわけではないし、怒りをエネルギーにした彼女のISは教師部隊のラファールとは性能が桁違いだ。単純出力だけなら学園最強を自負する生徒会長すらも凌駕しているだろう。
 
 「落ち着いてコーヒーでも飲むといいさ。糖分が足りないからイライラするんだ」

 どれ、私も淹れておくとしようか。ここのところインスタントばかりなのは気に食わないが、学園であまり贅沢をいうものではないな。一夏と一緒に実家に戻った時にでも淹れさせようか。
 それにしても一夏の馬鹿者め。凰を庇うのはいいが自分から当たりに行くとは何事だ。仲間を守るのは結構だがそれで自分が落されては結果的に仲間に迷惑をかけてしまう事がわからんのか。最近は箒やオルコットと訓練を重ねていたせいか、多少は見れるようになってきたかと思っていたが、これでは全くダメではないか。箒も何を教えていたのだ。私がきちんとそういうことをお前に教えていただろうに、自分だけが理解できているだけではどうにもならないと何度言わせるつもりだ。そのせいで一夏があんな目に……

 「……あの、先生?それ塩ですけど……」

 手が、止まる。
 私が無意識のうちにコーヒーに混ぜていたスプーン。それがどこにあったものなのかを改めて確認してみようか。
 卓上に置かれているのはポット。インスタントコーヒー。私は入れない派なので手を付けない粉末ミルク。砂糖。塩。

 ……塩?

 「なぜ塩があるんだ」
 「さ、さあ?……でも大きく『塩』って書いてますけど……」

 そんなことは見ればわかる。
 私が聞いているのはなんでこんなところに必要もない塩なんて置かれているのかだ。コーヒーに塩を入れて飲む奴なんているか。

 「あっ!やっぱり織斑君のことが心配なんですよね!そ、そうですよね。あんなに酷い怪我をして……」

 そんなことも見ればわかる!
 私が苛立っているのはあの大馬鹿者が状況を欠片も理解せずに仲間に迷惑をかけていることだ!むしろ自業自得だ当たり前だ!終わったら私直々に鍛えなおして……!

 少し強めに、咳払いをする。
 いかんいかん。私が落ち着きを無くしてどうする。このような事態を収拾するのが私の役目だろうに。
 まあ既に3年生の情報部隊に遮断シールドのクラッキングをさせてはいるし、教師部隊にも待機させてある。緊急事態として日本政府への救援も要請したのだが、オルコットの暴走は予想外だったな。
 まあ、おかげで早く片が付きそうではあるが……。

 「で、でも本当にオルコットさんも篠ノ之さんも血相を変えて出て行っちゃって……織斑君も凰さんも本当に大丈夫でしょうか?私もう心配で心配で……」

 ……何?

 「篠ノ之が、出て行った?」
 「え?はい。オルコットさんを追いかけるように行っちゃいましたけど……」
 「……あの馬鹿が」

 オルコットはともかく、ISを使わない箒が行ったところで何の役に立つというのだ。唯でさえ私の眼の届くところに置いておかなければいけないというのに。
 思わず吐き捨てた罵声の奥で、こみ上げるように嫌な予感が燻っている。じりじりと焼け付くような不快な感覚を紛らわせるために塩入りのコーヒーを呷ってみたが、凄まじく不味いばかりで紛らさせることすら出来そうもない。
 考えうる最悪―――緊急時の指揮官としてそれを想定するのは当然のことだが、本当に最悪なケースだけは、私は想像もしたくなかった。

 私が、『元・日本代表』として日本政府とIS学園の両方から与えられた任務―――

 それだけは―――想像すらしたくないのだ。
 
 

 ***



 「……あんた……」
 「セシリアでよろしくてよ。そんなことよりさっさとお下がりなさい。邪魔でしてよ」

 あの黒い巨人を薙ぎ倒し、わたくしはブルーティアーズに追撃の命令を下しながらアリーナを進んでいきます。視界に留めるのは、わたくしの目の前でふざけた真似をしてくれた乱入者と、傷ついた一夏さん。そしてその一夏さんを守るように抱きしめる凰さんの姿のみ。
 しかしまあ……いくら一夏さんを庇っていたからとはいえ、そのような体たらくを晒すとは何事ですか?ボロボロのISに、傷ついた一夏さんを抱えたままでうろつかれては目障りですわ。

 「さっさと一夏さんを連れてお逃げなさい。ここから先は、わたくしの出番なのですよ?」

 そう、ここからはわたくしの舞台ですもの。一緒に踊っていただけるのが一夏さんではないのがとても残念ですけど、その鬱憤はあの無礼者を手討ちとすることで晴らして差し上げましょうか。
 もっとも、わたくしの一夏さんを傷つけたというだけでも万死に値しますけどね。
 そしてわたくしのその考えは、まさにブルーティアーズと同じものだった様ですわ。
 わたくしが凰さんの方を向いている間でも、ブルーティアーズは黒い巨人にその銃口を向けて砲撃を続けていたのです。おかげでわたくしに片腕をもぎ取られて地面に這いつくばっていた巨人は全身の装甲を砕かれたばかりか、今や片方の足、4つの赤い目の内の半分、胴の半ばが欠損する形になっていました。
 それこそ八つ裂きにしても飽き足りない―――と言わんばかりに。ですわ。
 ですが、あれほどまで破壊されてもまだ動けているということには驚くばかりです。残った腕を振り回し、醜くブルーティアーズを払おうとする巨人。
 人間の体躯をはるかに超える巨大な体に造形美の欠片もないような無機質で無粋な装甲。まるで醜いトロルのような姿に、わたくしは嫌悪感を隠せません。
 その意を汲みとったのか、ブルーティアーズはもがく巨人に更なる砲撃を降り注がせるのです。腕をかいくぐって胸元に砲撃を加え、よろめいた頭部を直撃させ、さらに残った足を狙い撃ち、風穴の開いた腹にさらに大穴を開ける―――
 青い光に食いちぎられるたびに、その傷口からは無数のケーブルと金属骨格が顔を覗かせ、巨人が唯の鉄くずであるということを証明していくのです。
 そう、中に誰もいないのです。操縦者など、いるはずがないのです。
 ですから、わたくしはブルーティアーズが伝えてくる事実の一つが信じられませんでした。

 ―――敵性「IS」、戦闘行動を継続―――

 あのような醜いものがISである―――とてもではありませんけども信じることなどできません。しかも―――

 「……貴方、何者ですの?」

 わたくしの問いに答えることもせず、黒いISは無機質な赤いセンサーアイを向けてくるばかり。そのような機械じみた行動もありますが、何よりもその傷口から覗く機械部品からは、あの巨人の中に人間が入っているとはとても思えないのですから。
 いかにその体が無駄に大きいとはいえど、いたるところから無数のケーブルと金属骨格が顔を覗かせ、腹の半分に風穴を開けられているのです。搭乗者がいるならばその体の一部でも見えなければおかしいですわ。
 そして、搭乗者がいないのであればそれはISではありません。
 ISであるというのならば、『搭乗者がいなければ決して動かない』はずなのですから。
 ですが、わたくしの愛機は間違いなくあれを「IS」だと言っています。
 『人間がいなければ動くことのないIS』を、『無人』で動かしているのだと。
 
 ―――まったく、この学園に来てからわたくしの常識は覆されっぱなしではありませんの。
 
 でも、そうだとするなら更に許し難いことが出来てしまいましたわ。
 あのISに人間が乗っていないのならば、『人間がいると錯覚させられているIS』があまりにも不憫ではありませんの。
 「IS」は、人間をパートナーであるとともに「友人」と見なしています。「友人と共に飛ぶ」「友人と共に競う」そのために動こうとするのがISなのです。
 ならば、そこにISの友人の幻を見せ、偽りの願いを以てISを騙していることがどれほどに罪深いことなのか―――

 おそらく、ブルーティアーズが最も憤っているのはそのことなのでしょう。気高く誇り高い我が愛機は、自分と同じISが無様を晒すことを好みません。たとえそれが、敵であろうとも。
 
 「真に罰されるべきは、貴方を騙した者なのでしょうね。ですけど今は―――」

 残った腕をわたくしに向ける黒いIS。偽りの願いの為にその力を振い、わたくしの想い人と恋敵を嬲ったその腕に巨人の最後の足掻きのようにエネルギーが収束され、今までで最大規模の砲撃が放たれます。
 おそらく残された全力での砲撃なのでしょう。偽りの友を守るべく、あの黒いISが渾身の力でわたくしを倒そうとする意思が、ブルーティアーズを通じて理解できますもの。
 ならばその偽りの幻影を全力で晴らして差し上げることこそ、わたくしとブルーティアーズの役目。

 『スターライト・ティアー』

 注がれる星明りの雫。蒼天よりも蒼い閃光の鉄槌は、紫色の閃光を一瞬で打ち砕いて残された腕を飲みこみ、そのままボロボロになった黒い装甲を押しつぶすのです。
 破壊の奔流に飲み込まれて崩壊していく黒い巨人だったものは、最後に何かを掻き抱くように残されていない腕を動かして、その機能を完全に停止させました。
 機体はもはや再生不能なまでに破壊し尽くしましたが、ISのコアはそう易々と破壊できるようなものではありません。コアが残っているのならば、あの子はまた、今度こそ本物の「友人」と飛べることでしょう。
 ……わたくしは嫌われてしまったでしょうけどね。

 「……で、いつまでそこで呆けているつもりですの?」
 
 さっさと逃げろと言いましたのに、わたくしを見上げて唖然としたような表情を浮かべている凰さん。貴女も代表候補生というのならこの程度の敵に何をぐずぐずしてらしたのかしら。
 
 「う、うるさいわね!あ、あんたなんか来なくたってあたし一人で倒せたわよ!」

 あら、それはお節介をしましたわね。でもそのようにボロボロになっていては説得力の欠片もなくってよ?
 それはさておき……。

 「それより、いい加減に一夏さんから離れませんこと?」

 そう、凰さんたら一夏さんの意識がないのをいいことに、まるでお気に入りのぬいぐるみを抱きしめるような格好で一夏さんを抱きしめてらっしゃるんですもの!なんてうらやま……コホン、一夏さんはこんなに酷い怪我をされているのですから、早く医務室に連れて行くべきなのですわ!だからさっさと……

 「……やだ」

 そう言って、さらにぎゅっと抱きしめる凰さん。とろんとした表情を浮かべながら頬を桜色に染めて―――って。

 「ふざけるんじゃありませんわよ!!なにが「やだ」ですのまったく!そんな事している暇ではないんですのよ!早く医務室にお連れしないと……」
 「あ、あたしが連れてくわよ……このまま」
 「このまっ?!あ、ああ、貴女という人は!一夏さんに何をするつもりですの何を!」
 「何をって、医務室に連れてくのよ……このまま」
 「だからその抱っこしたまま運ぶのをやめなさいと―――」

 ああもう!こうしていても埒があきませんわ!早急に織斑先生に連絡をとりませんと……。
 プライベート・チャンネルを展開して事態の収拾と後片付けのお願いをしようとしましたけども、何故か織斑先生は出ていただけません。お忙しいのかしら?
 ならば、山田先生に―――

 連絡を取ろうとして、突然ブルーティアーズが何の前触れもなくわたくしを真横に引っ張るように移動したのです。そして、そのまさに次の瞬間、


 ぞぶり、と―――


 何か突き刺すような不快な音。そして急激な熱を持ったような腕の感覚。
 遅れてやってくる、信じがたいほどの激痛。

 わたくしの左腕に、細身のブレードが突き立てられていたのです。

 つい一瞬前までわたくしの身体があった場所、もっと言えば、心臓があった場所に突然出現したブレード。
 本来ならば被膜装甲と絶対防御に守られているわたくしの身体に触れることすら敵わないというのに。あろうことかその無機質な金属はわたくしの二の腕を貫き、真紅の雫を落としていたのです。
 不甲斐ない話ではありますけど、わたくしはそれを理解するのに数瞬の時間を要しました。もし、即座にブルーティアーズがそれを為した不埒者に反応していなければ、そのまま返す刃で首を落とされていたかもしれません。
 わたくしの反応よりも早く、ブルーティアーズがその刃の主―――わたくしが討った黒い巨人を極端に細く小さくしたような姿の機体に集中砲火をあびせますが、その機体は更に早くわたくしから刃を引き抜き、まるで軽業師のような動きで砲撃を回避していきます。

 「―――――――!」

 普段のわたくしからは考えられないような悲鳴。ありえないはずの腕の激痛が、わたくしから思考と判断能力を奪っていきます。
 何もないところから突然出現した黒い機体。ISのハイパーセンサーにすら感知できなかったその姿は、先ほどの巨人に比べるとまだ幾分かISに似通ってはいたのです。
 ですが、その全身を隙間なく覆う装甲と、肩部と頭部が一体になったようなシルエットは先ほどの巨人にとてもよく似ていました。大きく違うのは、人間大になったその大きさと、両腕がブレードになっていること。
 いったいあれは何者なのでしょう。
 何故今の今までわからなかったのでしょう。
 何故あのブレードはブルーティアーズのバリアーと絶対防御を無視して攻撃できたのでしょう。
 その問いに思考するよりも先に、黒い機体はその両腕のブレードを振りかざして再びわたくしに襲い掛かってきたのです。

 「っ!ブルーティアーズ!」

 命令するよりも早く、わたくしの忠実なISは黒い「IS」にその砲口を向け、幾重にも砲撃を重ねていました。
 そう、「IS」。
 またしても、あれはISなのだとブルーティアーズは言っているのです。
 そのISめがけて殺到する青い閃光。ですが、その黒いISは恐ろしく身軽な動きでブルーティアーズの砲撃を回避していくのです。
 ですけど、わたくしとていつまでもブルーティアーズだけに攻撃を任せっぱなしにはしておりません。腕の傷からは赤い雫が流れ落ちてはいましたが、すでにブルーティアーズが傷口に被膜装甲を展開して止血を行っています。おそらく、痛覚もある程度緩和してくれているのでしょう。でなければ思考戦闘などできませんもの。
 おかげで片腕が使えませんけども、それでスターライトⅢが撃てなくなるわけではありませんわ。
 機動性に優れた近接機体―――まるで一夏さんのような相手ですけれど、あの時のように加減する必要などありません。4基のブルーティアーズに相手の動きを制限させるように砲撃を加えさせ、誘導した先にわたくしがスターライトⅢの一撃を加える。わたくしの必勝のパターン以外の何物でもないのです。
 なのに―――

 「なっ!消えた!?」

 そう、まるでそこに最初から何もなかったかのように、いきなり消え失せてしまったのです。光学迷彩というだけではなく、ISのハイパーセンサーのどんな情報からも『消失』したのです。
 戸惑うように動くブルーティアーズと、撃つべき目標を見失ったわたくし。たった今までそこでブルーティアーズの砲撃にからめ捕られようとしていましたのに―――

 「危ないっ!!」

 叫び声に一瞬遅れて、わたくしの背後から聞こえてくる金属音。刃と刃を打ち鳴らしたような音に驚きを以て振り向いた先には、黒いISの両腕のブレードを、同じく両腕のブレードで防いでいる凰さんの姿がありました。
 そこにいる―――ならば躊躇する暇はありません。即座にブルーティアーズは凰さんと鍔迫り合いの形になっていた黒いISに射撃を行いますが、体操選手でもやっているのでしょうか。黒いISは地面を蹴ると体操のようにくるくると回りながら射撃を次々に回避していくのです。
 しかも、予測射撃の先でさえ回避してしまうほどの恐ろしい運動性と反射能力。人間業ではありませんわよ。
 ああもう!また消えてしまいましたわ!今度はどこに……

 「大丈夫なのアンタ?!血が流れてるじゃない!」
 「『セシリア』ですわ。この程度、ブルーティアーズが止めていてくれますもの。それより貴女こそ一夏さんは!」
 「アイツをぶっとばしてから連れてくわよ!!」

 地面に寝かされた―――というより放り出されている一夏さん。うう、許してくださいな。後でわたくしがしっかり看病いたしますから。
 ですから、まずはあのISをどうにかしなければ―――

 「そこおっ!!」

 凰さんの一閃が、再び姿を現して襲い掛かってきた黒いISの斬撃を受け止めます。先ほどと同じく、視覚はおろかハイパーセンサーにすら反応がありませんでしたのに、何故わかるのかしら。
 
 「わっかんないわよ、センサーも働かないもん。だから勘で戦うしかないでしょ!」

 ……色々な意味で理解ができませんわ。勘などという不確かなもので攻撃が止められるのが、わたくしには到底わかりかねますもの。ですが今は、凰さんのそれに頼ることしかできませんわね。
 姿が見えたのならば―――討ち果たすのみ。
 ブルーティアーズの射撃がとうとう黒いISに直撃し、体勢が崩れたところにわたくしのスターライトⅢが突き刺さります。ですけど、それで相手の機能を止めるには至りませんでした。スターライトⅢの光に片腕の剣を砕かれ吹き飛ばされながら、黒いISは再びその姿を消してしまったのです。
 
 「凰さん、貴女の勘とやらでは次にどこを狙いますの?」
 「もしあたしが狙うとするなら……っ!!」

 言い終わるよりも早く、凰さんは両手のブレードを連結させて一本の大型の双頭刃へと変えました。そして、それを一夏さんめがけて投げつけたのです。
 何をしますの貴女!というわたくしの叫びは、まさに一夏さんめがけて振り下ろされようとしていた黒いISを、投擲された双頭刃が止める金属音にかき消されました。
 まさか、わたくしたち以外を狙うだなんて。そのような発想すらわたくしにはありませんでした。しかも意識のない一夏さんを狙うだなんて、そのような卑怯な行いをするという考えすら浮かばなかったのです。
 黒いISは双頭刃に弾き飛ばされた形で再び姿を消してしまいますが、もはやそれどころではありません。一刻も早く一夏さんだけでもここからお連れしなければなりませんわ。
 その考えに至ったのはどうやら凰さんの方が早かったようですわ。ブレードを投擲するや否や、真っ先に一夏さんに駆け寄っていたんですもの。
 当然わたくしよりも早くたどり着き、一夏さんを抱きかかえようとして―――

 「凰さ―――!!」

 鳳さんのすぐ真上に姿を現した黒いISが、残された腕の兇刃を凰さんめがけて突き立てようとしたのです。ブルーティアーズは間に合いません。スターライトⅢを構えて引き金を引き―――それよりも速く。

 紅の刃が、黒いISの胴を両断したのです。

 それは、まるでエネルギーをそのまま刃の形にしたような斬撃。白兵戦の業であるというのにその刃を振ったものはそこにおらず、あたかも狙撃のように離れた場所から繰り出された斬撃。
 そのような攻撃にわたくしは心底驚いていたのですが、それよりもさらにわたくしを驚かせたのはそれを放った人物でした。

 斬撃が飛来した方向―――ピットの方向に視線を向けたわたくしの眼に映るのは


 「箒……さん、ですの?」


 とても綺麗な黒髪を靡かせた、見たこともない真紅のISだったのです。


 
 ***

 
 
 紅―――

 ただ一面の、真紅の世界。紅い空、紅い水面、乱れ咲く紅い椿。よく見慣れた、見たくもないのに見慣れてしまっている悪夢の光景。
 何故、私はこれを見ている?
 そうだ。私はピットを飛び出していったセシリアを追いかけて、アリーナに張られた遮断シールドの向こうでセシリアたちが何かと戦っている姿を見て……それから―――

 『私を、呼んでくれたんだよ。箒ちゃん』

 ひどく聞き覚えのある声。というより、これではまるで私の

 『やっと、呼んでくれたね』

 極彩色の世界の中で、彼女だけは―――その声の主だけは別の色だった。当たり前だ。そこにいたのは私と全く同じ顔、私と全く同じ服装をした少女だったのだから。

 「わ……た……し……?」
 
 背筋に奔る戦慄。そこにいたのは間違いなく私だった。だけど、違う。現に私はここにいるし、第一私はあんなふうに笑ったりなんかしないはずだ。まるで三日月をかたどったように細められた目、酷くうれしそうに歪められた口元、自分と同じものでできているはずの顔が、まるで別人のようにすら見えるほどにはっきりと表された歓喜の表情。
 ―――あんな貌は、私にはできない。

 『ねえ、見て。箒ちゃん』

 歓喜の表情のまま、もう一人の私は真紅の水面を指さす。何もないただ紅いだけの水面にわずかな波紋がたてられると、そこにはまるで別の色が浮かび上がった。
 それはついさっき、この夢を見る寸前まで私が見ていた光景。一夏と鈴が試合を行い、あの妙な乱入者に妨害されて鈴が嬲られていたあのアリーナ。
 そこにもはやあの乱入者の姿は無い。先に駆け付けたセシリアによって完全に破壊された残骸と、もう一つ。
 上半身と下半身が泣き別れになった、黒いISのようなもの。あれは……確か。

 『うん。私が斬ったよ。箒ちゃんが、そう願ったから』

 セシリアと鈴が戦っていた機体。あのセシリアがあろうことか手傷を負わされ、鈴にその刃を突き立てようとしていた相手だ。
 それを……斬った、だと?

 『褒めてくれるんだ。嬉しいな』

 褒める?確かに鈴を救ってくれたのだから感謝はするが―――

 『それじゃあ、もっと斬るね。あいつらも斬れば、箒ちゃんは私を褒めてくれるよね?』

 何?―――

 「馬鹿なことを言うな!セシリアも鈴も私の友人だ!私の敵じゃないんだ!!」

 『そうなんだ』

 わかってくれたのだろうか。という、私の考えは的外れにも程があった。こいつが、この化け物が、そんなことを許容するとでも思っているのか。
 何故私は呼んでしまった。何故私は抜き放ってしまった。こいつは私の中に閉じ込めておかなければいけなかったのに―――
 彼女は何かを納得したように頷いて、とても嬉しそうな笑顔を浮かべたのだ。


 『じゃあ、やっぱり斬るね。友達は、私なんだもの』


 その言葉と同時に、赤い水面は彼女の身体に纏わりつく。そして、その姿を本来のものに戻していった。
 血よりも赤い真紅の装甲。紅のエネルギーを吐き出す真紅の翼。左腕に握られた機械仕掛けの日本刀。
 インフィニット・ストラトスの姿へと。
 ダメだ。絶対にダメだ。こいつを行かせたらまたあの時と同じだ。ISを襤褸切れのように引き千切り、その搭乗者に生涯消えないような傷を付けてしまう。
 今度は姉さんも、暮桜もいないのに―――

 せめて手を伸ばそうとして、その腕が全く動かないことに気づく。動かない理由は簡単だ。私の左手の組紐と同じような無数の紐が私を磔にしているのだから。
 そんな無様な私を見ながら、ISを身にまとった彼女は手にしていた貌のない仮面を自分の顔に取り付ける。そしてその仮面は瞬く間に真紅のバイザーへと姿を変え、その表情を全く隠してしまった。

 『箒ちゃんは私の友達。箒ちゃんを守るのは私。私だけ。だからほかのものなんていらないんだよ?』

 やめろ

 『あれ?斬ったのにまだ動いてる。ちゃんと壊さなきゃ』

 やめろ

 『うん。あれを壊したら全部斬っちゃおう。あとで褒めてね。箒ちゃん』

 

 「やめてくれ紅椿イイイィっ!!!!!!」

 

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あとがき

 オリジナル敵登場+紅椿さん登場の回をお送りいたしました。
 オリジナル敵の発想については、原作のゴーレムⅢを参考にしたほか、「根性ねじまがったガンダムエクシア」を妄想した末に発生してしまった代物です。
 それと、原作には存在しない「紅椿のIS空間」というものに登場していただきました。
 ただし、原作と異なりうちの紅椿さんは病み椿さんとなっておりますため、用量、用法を守って正しくご利用ください。

 それでは、相変わらず一夏君視点なしでの駄文にお付き合いくださり大変ありがとうございます。
 この場を借りて、御礼申し上げます。
 


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