[トップページへ戻る][●●●  科学・教育・研究]


原子力を考える (6)




- イランの原子力を素直に見る -

 フセイン大統領は独裁的政治を行ったが、核兵器については一般に認識されているほど秘密にしてはいなかった。フセイン大統領が大量破壊兵器を持っているという疑惑はアメリカによって作られ、日本などのメディアが盛り上げた物語だった。

 もともと、イラクは20世紀初頭(1920年)までイギリスの委任統治下にあった。アジア・アフリカの多くの国が20世紀前半まで欧米の植民地か、それに相当する立場にあったことは今日の政治問題を考える時に頭に入れておかなければならない。

 日本は明治維新を機に軍事力を急速に付け、資源が無いので欧米に狙われにくく、さらに極東という地理的にとても遠い所ということが幸いして植民地にならなかったが、もし日本も植民地になっていたら今日の日本の繁栄は無い。

 イラクは王政を敷いていたが、1958年にクーデターで共和制になり、その後、1980年に領土問題でイランと戦争になる。この戦争でアメリカがイラクに肩入れしたのはよく知られている。イラン・イラク戦争は1988年に停戦したが、その2年後にイラクはクウェートに侵攻し、湾岸戦争が起こる。

 イラクが原子力開発に力を注ぎ始めたのはイランとの戦争が終わった直後からで、その前の1981年にイスラエルが当時オシラクというところにあった研究用原子炉を爆撃して破壊している。このことでもわかるように原子炉があると、それを運転して使用済み核燃料からプルトニウムを取り出して原爆を作ることが出来るので、イスラエルが爆撃したのである。

 イスラエルには言い分があるが、イスラエル自身が原子爆弾を持っているのに(1986年にイスラエルの元核技術者モルデハイ・ヴァヌヌが地下核兵器工場の存在を証言している。)、敵性国家であるイラクが原子炉を持っているということだけで人の国の原子力施設を爆撃するのだから、この世界には「正義」や「国家の主権」などというものはない。イスラムの問題の中には、世界がずっとこのような不正義を認めてきたことにも原因がある。

 ところで、湾岸戦争でイラクの原子力施設は爆撃にあって完全に消滅してしまった。そしてその後も、国連大量破壊兵器廃棄特別委員会(UNSCOM)、国連監視検証査察委員会(UNMOVIC)、そして国際原子力機関(IAEA)などが査察を行ってきた。

 つまり、湾岸戦争終了後1991年に安保理決議第687号が採択されて、イラクはミサイル、生物兵器、化学兵器や核兵器などの「大量破壊兵器」を「今後一切開発せず、保持もしないこと、過去のこれら兵器は破壊、除去ないし無力化する、即ち廃棄すること」を約束し、その約束を遵守していることを確認する「無条件、無制限の国連による査察、監視」を受入れていた。

 それでもアメリカの国内問題を解消するために、ブッシュ政権はウソの理由を構えて2003年3月19日にイラクに侵攻を開始した。このことはイランの原子力を考える時に実に重要なことである。なぜなら、2005年から2006年に至るイランの原子力問題は、イラクとまったく同様な道筋と論理をとっているからだ。

 現在の世界には無形の法律がある。それは、
1) アメリカは正しい、
2) 有色人種は白色人種より劣る、
3) 過去の不誠実は有色人種だけに責任がある、
ということである。

 このシリーズ、つまり原子力のシリーズにこのような政治的な事を持ち込むのは、原子力の技術に関する報道や事実、そしてその解釈が常に上記の無形の法律によっているからである。例えば、常にアメリカの報道や大統領補佐官が発言することは事実として受け止められ、フセイン大統領やイランの長い名前の大統領(アハマディネジャド)の発言することは、日本のメディアはウソとの前提で報道する。

 日本は有色人種であるがアメリカの同盟国であり、民族の誇りから言えば有色人種だが、損得からはアメリカに追従している。その一つが憲法九条に違反してまでイラクに自衛隊を派遣し、大量破壊兵器が無いことを知っていたアメリカの戦争に手を貸したことでわかる。

 そのために、イランの原子力の解説は非常に難しい。日本人の多くが「イラン・イラクは危険な国だが、アメリカは安全な国」と信じているからである。さらに、この誤解はほとんど解けない状態にあるので、イランの原子力について「悪く言う」ことをしないと原子力の解説を聞いてもらえないという特殊な環境にあるからだ。

 イランは紀元前700年ぐらいからハッキリした王国ができ、さらに、アケメネス朝ペルシャ、そしてササーン朝ペルシャとして繁栄し、その後、イスラムの支配、オスマントルコ帝国の一部として歴史的には存在感のある活動をしていた。

 しかし、近代のイランは、オスマントルコと帝政ロシアの戦争の地となり、オスマントルコの衰退、ロシア革命の後は大英帝国に支配され、恵まれない時代を送った。でも国の基礎的な力は大きく、中東でもエジプト、サウジアラビアと並ぶ大国である。イランの人口は7000万人だが、面積は日本の4.5倍である。

 それに加えて石油の埋蔵量は1300億バレルで世界第2位、天然ガスもロシアに次いで世界第2位である。だからイランのことを考える時には、
1) イランは歴史も長く誇り高き民族である、
2) イランは大国で資源も豊富である、
ということを頭に入れなければならない。

 つまり現在のイランのアハマディネジャド大統領が言うように「大国だから原子力を自分で開発する権利はある」というのはごく自然であり、アメリカがイランを敵視しているのは石油危機が起こった場合、イランの資源を狙っているからである。このことを前提にしないとイランの原子力技術を理解することができない。

つづく


武田邦彦



« 原子力を考える (5) | | 原子力を考える (10) »

[トップページへ戻る][●●●  科学・教育・研究]