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原子力を考える (4)




- 核不拡散条約 -

 人間が利用するエネルギーは原子力しかない。原子力を安全に使うには軽水炉が一番良い。でも軽水炉を使えば、ウラン爆弾とプルトニウム爆弾を作ることができるようになる。石油や石炭が無くなれば、世界中の国は原子力発電所を持たなければならない。そうすると世界中の国が原子爆弾を持つことができるようになる。そうすると、人類は滅亡するかもしれない。

 この矛盾した状態を解決するために、矛盾した条約が生まれた。それが核不拡散条約と呼ばれるものである。省略して言う時にはNPTと言う。英語の単語は結構難しいが、その略である。

 この条約は実に矛盾した条約で、簡単に言うと「すでに原子爆弾を持っている国は核爆弾を持ち続けてもいいけれど、原子爆弾を持ってない国は核爆弾を作ってはいけない」という条約である。普通なら、悪いものは悪い、良いものが良いと最初に決める。そして悪いものを規制し、良いものを伸ばすというのが普通である。

 ところが核不拡散条約だけは違う。原子爆弾は悪い。悪いから作ってはいけない。だけれどもすでに持っているところは仕方がない。そんな変な条約なのである。でもこんな変な条約が成立したのにはそれなりの理由がある。

 第一には、現実に原子爆弾を持っている国の力が強いので、その国の声が大きくなるということである。アメリカが原子爆弾を持っていてもいいのに、北朝鮮はなぜ持ってはいけないのか?原子爆弾を持っているアメリカが、原子爆弾を持とうとしている北朝鮮をなぜ非難できるのか?という素朴な疑問は、全部この核拡散条約の矛盾の中に含まれている。

 第二の理由は、実際に原子爆弾を持つ国を減らそうということである。矛盾は矛盾として認め、強い国の多少のわがままは仕方がない。それよりも人類全体が滅亡することを防がなければならない、といういわば大人の論理が核不拡散条約でもある。

 私は強い国がわがままを言うのはあまり好きではないので、核不拡散条約にも全面的に賛成ではないが、現実に世界の多くの国が核不拡散条約に加盟し、それを監視する国際機関があることによって原子爆弾を持つ国が少なくなっているのも確かである。出来れば現在、原子爆弾を持つことができる国、アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国が、あまり新型の核兵器を研究しないということが重要だ。

 でも実際には、力の政治を進めるためには、原子爆弾の力が必要である。アメリカは膨大な研究費を使って次々と新しい原子爆弾の兵器を作っている。精神的には核不拡散条約に違反しているが、形式的には違反していない。そして、いったん原子爆弾というものがこの地上に存在してしまった限り、アメリカのように圧倒的に核兵器の力の強い国があった方が安全であるという考えもある。

 私はそうは思わないが、核抑止理論というものがあり、それで現実的に世界が動いているのも確かである。北朝鮮の場合もアメリカが軽水炉の技術を供与すれば、アメリカが濃縮ウランや再処理の技術を抑えて、北朝鮮に原子爆弾を作らせないようにすることができるという考えもある。

 いわばアメリカに世界の警察官としての役割を期待するものである。でも、そんなことを今のアメリカに期待できるだろうか?自分の票のためにウソ偽りを言ってイラクに攻め入るアメリカである。信頼は出来ない。

 ところで、現在、原爆の保有国はどうなっているのだろうか?
まず、米国、ロシア、英国、フランス、中国の5か国が核兵器保有国として「国際的に認められた国」である。核兵器は「悪」だからこの5ヶ国は悪人である。悪人を尊敬してはいけない。もし、この5ヶ国のうち、自ら核兵器を放棄して「核兵器を持たない国」を宣言すれば、そこで尊敬しよう。

 厳しい世界情勢で「すでに持っている核兵器を放棄する」というような尊敬できる国は無いと思うのが普通だが、違う。尊敬すべき国は、
南アフリカ、ウクライナ、カザフスタン、ベラルーシ
の4ヶ国である。

 南アフリカは人種差別政策を止め、核兵器を放棄した。偉い!他の3ヶ国はソ連が崩壊した時に独立し、その時に国内にソ連の核兵器があったけれど、それを1994年にアメリカとロシアとの条約を元に放棄した。

 旧ソ連にあった兵器用のプルトニウムは50トンから100トン程度と言われる。プルトニウムは5キロぐらいあると一発の原子爆弾ができるから、100トンなら2万発も製造できる計算だ。冷戦時代はまさに「狂気の時代」だったのである。広島に落ちた1発の原爆だけでも10万人が犠牲になり、多くの人が原爆症で苦しんだ。

 その2万倍!!プルトニウムだけで!!アメリカも同じだ。

 このソ連の爆弾が旧ソ連の領土だったウクライナ、カザフスタン、そしてベラルーシなどに拡がったら大変なことになるところだった。まず、1992年7月のミュンヘン・サミットで「核兵器の解体・廃棄の結果生じる核物質の平和的利用を確保するためのロシアの努力を支援する」という政治宣言がなされた。

 簡単に言うと当時、すっかり弱っていたロシアをみんなで助けて核兵器を廃棄させようという宣言だった。日本もお金を出し、この3ヶ国を他の国が侵略しないという約束をして核兵器を放棄したのである。国際政治も良いことをする。

 かくしてこの4ヶ国は核兵器を放棄し、核不拡散条約に加盟した。やればできるのである。核兵器を持つということは自国の安全を保障する上で大きな意味がある。北朝鮮が核兵器を持ちたいのもこれが理由だ。核兵器を持たなかったイラクが簡単に攻められて大統領は死刑になった。北朝鮮が攻撃を受けないためには核兵器が必要だという論理はそれほど間違ってはいない。

 反対に、核不拡散条約にも加盟せず黙って核兵器を持つ国がある。
イスラエル、インド、パキスタン

 イスラエルは攻撃されて国が無くなってしまう可能性があるし、技術力が高いので、昔から原子爆弾を持っていると思われていた。今から50年前の1956年にフランスがイスラエルに原子炉と再処理設備の技術を供与している。

 軽水炉を持てば原子爆弾ができるのだから、再処理施設があればイスラエルが原子爆弾を作るのは簡単である。事実、現在ではイスラエルの技術者がイスラエル国内に原子爆弾を作る設備があると証言したので、イスラエルが原子爆弾を持っていることは公然の秘密になっている。

 インドとパキスタンも同じである。この2ヶ国も核不拡散条約に加盟せず、従って堂々と核兵器を開発して保有している。アメリカは中国とソ連をけん制する意味があり、インドとパキスタンの核保有を認めていて、インドと原子力協定を締結している。

 パキスタンは、自らが核兵器を持っているとともにカーン博士が世界中に核兵器を作ることができる遠心分離機を販売したために、リビア、北朝鮮、そしてイランなどがパキスタン製の遠心分離機を持つようになった。

 そのうちリビアは国際的政権を作っているカダフィ大佐が国際関係を重視して核兵器を作る技術を放棄した。北朝鮮はまだカーン博士から提供を受けた情報を利用して遠心分離機を作って原子爆弾を作るところまでには至っていない。イランはすでに遠心分離機を300台ほど持っていると思われ、運転が順調でその意志さえあれば、数年以内に核兵器を持つようになるだろう。

 このように、核不拡散条約は国の間では不平等であり、ある国では甘く、ある国では辛いという点がある。さらに、アメリカと友好的な関係を結んでいればひどい目にあわないけれども、敵対していると痛めつけられるという点もあるが、それでも世界的に核兵器が拡散することを防いだという実績は確かである。

つづく


武田邦彦



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