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原子力を考える (3)




- 軽水炉と原子爆弾 -

 爆発しない原子力発電所というと「軽水炉」である。水を使って燃料を冷やし、熱を取り出すこの簡単な原子炉は安全である。なぜ安全かというと「温度が上がると中性子を吸収する」という水の性質を利用しているからである。

 何かの間違いで原子炉が原爆のような状態になることがある。そうなると核反応が進み、ドンドン温度が上がる。そうすると水が中性子を吸収して反応を止める。つまり「自動安全装置」が水なのである。実に簡単で素晴らしい。よく水がそんな性質を持っていたものだ。

 水のおかげで人類は安全な原子炉を作ることができた。なぜ「安全」かというと、原理的に原子爆弾にならないということと、なんと言っても過去50年ほど、世界で動いてきた軽水炉は爆発状態にならなかったという実績である。

 スリーマイル原子力発電所の事故を覚えている人は私がそういうと「事故が起こったではないか」と反論するけれど、あの事故はメディアが創造した事故で、現実には爆発状態にはなっていない。もともと原子力発電所にしろ、石炭を焚く火力発電所にしても、危険なことは危険で事故は起こる。

 原子力発電所で注意しなければならないのは、普通の事故ではなく原子爆弾のように核爆発事故が問題で、普通の事故は仕方がない。残念ながら現在の科学技術では事故は時々起こることで、それを嫌がっていたらそもそも電気は使えない。

 電気を使うことが良くないという考えもあり、電気の無い生活をするなら別だが、自分が電気を使って快適な生活をしているのに、普通の事故も起こってはいけないと言うわけにはいかないのだ。無い物ねだりはいけない。

 だから原子力発電所はソ連のように特別な意図があってやるときは別にして、安全なものである。でも、原子力発電所でも危険な使い方がある。それは原子力発電所の技術そのものではなく、それを使う人の心の問題である。

 原子力発電所と原子爆弾は基本的には同じものだから、燃料も同じものを使い、出てくるものも同じだ。だから、原子力発電所を運転しながらその脇で原子爆弾を作ることができる。つまり原子力には平和的な技術とか軍事的な技術とかいう区別があるのではなく、使う人の心が平和的か軍事的かということに区別があるだけだ。

 軽水炉から原子爆弾を作る方法が二つある。一つは原子炉に入れる燃料のウランを使って爆弾を作ること、もう一つは原子炉から出てくる使用済みの核燃料を使ってリサイクルし、プルトニウム爆弾を作る方法である。

 広島に落ちた原子爆弾はウラン爆弾、長崎はプルトニウム爆弾である。当時は世界に軽水炉というものがほとんど無かったので、ウラン爆弾もプルトニウム爆弾も作るのは両方とも大変だった。でも現在では多くの軽水炉があるので、軽水炉から使用済みの核燃料を取り出して、そこからプルトニウムを抽出すれば、比較的簡単に原子爆弾ができる。

 北朝鮮が地下核実験を行った原子爆弾はプルトニウム爆弾である。北朝鮮は実験用の原子炉を持っていて、それを動かしながらプルトニウムを抽出して爆弾を作った。北朝鮮が何発の核爆弾を持っているかははっきりしていないが、3発から10発ぐらいだろうと推定されている。

 天然ウランからウラン爆弾を作ろうとすると、大規模な遠心分離装置などが必要となるから、人工衛星の査察などでもわかるし、ウラン235を濃縮しなければならないので、技術的にもなかなか大変である。

 これに対してプルトニウム爆弾は原子力発電所を運転していれば、その横に小さな抽出工場を作ればそれでできる。だから平和利用のための原子力発電所を作っても、それを軍事用に転用することがすぐできるのである。早い話が日本は40基を超す軽水炉を持っているし、燃料の再処理工場もあるので原理的には原子爆弾をすぐ作ることができる。

 でも日本は原子爆弾を持っていない。それは技術が無いからではなく、原子爆弾を作る気が無いからである。繰り返しになるが、原子力の技術は平和用の技術とか軍事用の技術という区別があるわけではなく、心に区別があるだけなのだ。

 北朝鮮が原子力発電所を持てば、原爆を作ることができる。作り方は2つあるけれどまずは簡単な方法で作る。それが2006年の地下核実験の爆弾である。でも、次がある。

 どの国でも自分の国のエネルギーは自分でなんとかしようとする。それを間違っているとは言えない。そしてエネルギーは原子力しかないから、原子力発電所を持とうとするのは当然でもある。そして原子力発電所を持てば燃料となる濃縮ウランも欲しくなるし、使い終わった燃料を再処理してその中からまだ燃えるもの・・・つまりプルトニウムだが・・・を取ろうとする。

 濃縮ウランもプルトニウムも原子炉の燃料であり、そして原爆を作ることができる。専門的には「発電用ウラン」「兵器用ウラン」という差があるが、いずれも同じ技術でできるからやる気次第である。

 実際、日本でも最初は原子力発電所しかなかった。そのうち人形峠にウランの濃縮設備を作り、青森県六ヶ所村に核燃料の再処理工場を建設した。どこの国でもそうなる。だから、北朝鮮も軽水炉を持てばそのうち濃縮ウラン工場も再処理工場も持つことになるだろう。

 将来のことだからハッキリはしないが、日本も世界各国もみんな同じだから北朝鮮だけが違うとするためには特別の理由が必要だ。まずは「軽水炉を持てば原爆が出来る」と結論しても間違いではない。
 
 その次に、「実際に濃縮ウラン工場を持つか、再処理設備を持つか」ということが問題であり、さらにその工場で「爆弾を作るか」ということが続く。つまり、
1) 軽水炉を持って発電する。
2) 濃縮ウラン工場を持って原料を確保する。
3) 再処理工場を持って廃棄物処理をする。
4) 爆弾を作る。
という順番である。

 日本は1)、2)、3)を行った。北朝鮮は、1)、3)、4)を行った。それぞれの国家の目的に合わせて原子力というものを使用している。

 原子力のエネルギーを利用するという点では、軽水炉を持つことが一番良い。環境にも良いし、エネルギーとしても優れている。しかも安全である。でも、軽水炉を持てば、そのうち濃縮ウランを作ることが必要になるし、廃棄物処理をしなければならないから再処理の技術も持つようになる。それはウラン爆弾とプルトニウム爆弾の両方を持つことだ。

 悲しいことではあるが仕方がない。科学の原理は人間の思う通りにはならない。ノーベルがノーベル賞を創設したように、ダイナマイトは人間にとってたいへん有用なものではあるが、それを戦争に使えば多くの人が死ぬ。ダイナマイト自身が悪いというよりも悪いのは人間の心である。

 つづく


武田邦彦



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