第11回
「撮影術」
黒澤映画を見れば、普通の映画とは画像が違うと思うはずだ。では、その違いとは何か?
そこには黒澤明が編み出した独特の撮影術が存在する。今回は、黒澤映画の3つの主要なカメラ・テクニックを解説してみよう。
<1>マルチカメラ方式
普通、映画の撮影は、1台のカメラで撮って、後でつないでいく。それに対し、黒澤組は、最低2台、通常3台のカメラが同時に回る。最多は、「天国と地獄」の身代金のカバンを落とすシーンで、酒匂川を列車が渡った瞬間、8台のカメラが一斉に回った。
そうした複数(マルチ)のカメラで撮ったカットを、後で好きな所だけをピックアップして、つないでいくのだ。つまり、黒澤組にとっての撮影とは、編集用の素材を、2本、ないし3本作っておくという考え方なのである。
このシステムは、最初、「七人の侍」で撮り直しが聞かない野武士の砦の炎上シーンで導入された。そのドキュメンタリーの臨場感や迫力に自信を深めた黒澤は、以後、遺作「まあだだよ」まで、この方式を貫き通す。
それはまさに芝居中継のような収録法なのだから、特に限定された空間で、多くの役者が動き回る演劇的な芝居を狙う時に有効だ。実際、「七人の侍 」に続く「生きものの記録」の家族会議のシーン、ゴーリキの戯曲を江戸時代に置き換えた「どん底」などの群集劇に、早速効果を発揮した。
この方式の大きなメリットは、芝居や映像の流れを途中で切らないで、一貫して収めることができる点にある。演じる側にとっても、ブツブツ切られて撮られるよりは、自然に演じられるはずだ。
ただし役者にとって、プレッシャーがかかることも事実で、数分間ぶっ通しで撮られるのだから、その緊張感は二重にも三重にもなる。「天国と地獄 」の権藤邸のシーンで、延々カメラが回った最後の方で、木村功の刑事がちょっと顔を出す。彼は自分が出てきてNGになってはと思い、踏み出す足がワナワナと震えたという。
しかし、こうした緊張感をわざと作り出し、それを映像のテンションとパワーに結び付ける点が、黒澤演出の基本ともいえる。
<2>超望遠レンズ
超望遠レンズとは、レンズからフィルムまでの距離が500ミリ、1000ミリという長焦点レンズのことで、倍率が高い。特性として、離れた所から被写体を狙うと、遠近感がなくなり、全体がギュッと詰まったような圧縮感を伴う。
テレビの野球中継を思い出してみればいい。外野からピッチャー、バッター、キャッチャー、アンパイアを狙った映像がそれ。ピッチャーとバッターの間は相当に離れているのだが、そうは見えない。
黒澤映画は、この超望遠レンズの特性を駆使して、ガチッとした感じ、重厚感、重圧感を表現している。「用心棒」の桑畑三十郎(三船敏郎)が馬目の宿を歩いて来る姿も、望遠でとらえているからこそ、ノッシノッシとブルドーザーが前進してくるような迫力が出るのだ。この迫力は特に大スクリーンで見ると圧倒的で、黒澤映画のダイナミックで男性的≠ネ雰囲気とは、ここから生まれている。
超望遠レンズは、また狭い感じを出す時にも使われる。「椿三十郎 」の悪家老たちがいる椿屋敷の茶室は、スタジオにセットを組み、スタジオのドアを開け、カメラをわざわざ離れた所に置いて撮影された。
離れて撮ると、役者がカメラを意識しなくなるというメリットもある。しかしそれを逆手に取ったのが、「隠し砦の三悪人 」の藤原釜足。千秋実とのやり取りのシーンで台詞を忘れてしまったが、監督が離れているのをいいことに、口をパクパクやって切り抜けた。音は後で付けるのだが、アフレコの際、映像と台詞が合わなくて困ったという。こんな話が生まれるのも、黒澤方式ならではだ。
<3>パン・フォーカス
普通、手前と奥に被写体があれば、どちらかにピントを合わせれば、どちらかがボケる。ところが黒澤映画でピントが合ってない部分などありえない。このすべての部分にピントが合っていることをパン(すべての意味)・フォーカス≠ニいう。「一緒に写っている場合、被写体はみんな重要だ。誰が100で、誰が10ってことはありえない」と、黒澤はその理由を説明する。
パン・フォーカスは、超望遠レンズでも表現できるが、被写体をできるだけ明るくしてやれば、レンズの絞りが絞れて、被写界深度(ピントの合う範囲)が深くなって可能となる。しかし、これが俳優にとっては残酷物語なのだ。
普段の4倍から5倍ものライトがガンガン当てられるので、「椿三十郎 」の仲代達矢のかつらから煙が出ていたという。
また「天国と地獄 」のラストの面会室のシーンで、犯人の山崎努は金網をガタガタ揺する。この時、ライトの熱によって、金網が真っ赤な焼き網のようになった。本番で山崎が金網をしっかと握った瞬間、「ジュッ!という音を聞いた」というスタッフの証言を聞いたことがある。
黒澤映画は、こんな苦労を積み重ねて、独特のダイナミックな映像を創造しているのだ。
西村雄一郎 プロフィール
佐賀市生まれ。早稲田大学第一文学部演劇科卒業。ノンフィクション作家、映画評論家、音楽評論家。早大卒業後、キネマ旬報社に入り、パリ駐在員として3年間フランスに滞在。現在は地元の佐賀大学の特任教授となり、九州龍谷短期大学でも教鞭も執っている。 著書に、「黒澤明 音と映像」「黒澤明と早坂文雄―風のように侍は」、「黒澤明 封印された10年」、「ぶれない男 熊井啓」ほか多数。 6月に新刊「黒澤チルドレン」が小学館文庫から発売。6月末、モスクワ映画祭で行われる「黒澤明シンポジウム」に招待され、日本代表として講演を行った。