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黒澤作品キーワード

黒澤作品をより深く理解するためのキーワードをご紹介。毎月第一金曜日更新。

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黒澤作品キーワード
第8回

「斬殺音」

Text by 西村雄一郎
 
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映画の面白さを最大限に追求する黒澤明は、視覚的な映像だけでなく、聴覚的な音(サウンド)においても、貪欲な表現をめざしている。

姿三四郎」」で三四郎(藤田進)と桧垣源之助(月形龍之介)が対決する右京ヶ原に吹き荒ぶビュービューという大風の音、「素晴らしき日曜日」で主人公(沼崎勲)のアパートの洗面器にポトポトと落ちる雨音、「羅生門」でさびしく泣いている森の中の虫の声、「七人の侍」で野武士の来襲を告げる馬のひづめの音、「蜘蛛巣城」で浅茅(山田五十鈴)が歩く時の衣擦れの音、「天国と地獄」で権藤(三船敏郎)邸の静の芝居を一気に打ち破るガーッというこだま号の轟音……などなど、黒澤映画には、演出された大胆かつデリケートなサウンドが目白押しだ。

なかでも、他の映画が一斉に真似たという点において、黒澤映画中、最も大きな影響を与えた音は、何といっても斬殺音≠セろう。バシャッ、ドシュッ!という人を斬る時に発する、あの鈍い効果音のことだ。

映画史上、初めて斬殺音が付けられたのは「用心棒」においてである。黒澤に「斬殺音は、どういうところから発想したのか?」と聞いてみたら、「音がしないのはおかしいからさ」と、いとも簡単な答えだった。

実際にその音を創作したのは、黒澤映画の音響効果をずっと担当してきた三繩一郎である(ちなみに彼が作ったもう一つの有名な効果音は、「ゴジラ」が発する雄たけびだ。あの重量級の泣き声は、コントラバスの弦を、ヤニをつけたなめし皮の手袋で引っ張って作ったという)。

黒澤は、三縄に「今度は人を斬る音を入れてくれ」と頼んだ。三繩はそれまでに、「蜘蛛巣城」で、鷲津武時(三船敏郎)の首を弓矢が貫く瞬間、夏みかんを刺して、プスッという音を入れたことはあった。しかし今度は、いろいろな斬る音のバリエーションを作らねばならない。

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三繩一郎は蜘蛛巣城で矢の音を制作していた
 

牛肉、豚肉……成城学園の肉屋から肉がなくなったといわれるくらい、三縄はあらゆる種類の肉を買い込んで、それを試し切りしたそうだ。試行錯誤の結果、鶏の羽をむしった丸々の中に割り箸を入れ、それを柳葉という刀のような包丁で切った。その音にザブッ、パシャン!という雑巾を叩いて発する粘液質の音を合成して、さまざまなタイプの斬殺音を完成させた。

ところが、「用心棒」では、この音がかすかにしか聞こえてこない。これは当時、進駐軍の検閲の名残が残っていたので、あまり残忍な音を出すと、ひっかかると思われていたからだ。

我々観客がはっきりと斬殺音を意識したのは、続く続篇の「椿三十郎」からである。三十郎(三船敏郎)が一瞬にして3人を倒すシーンや、21人斬りや、最後の有名な決闘シーンで、目一杯派手に使ってある。音源は「用心棒」と全く同じもので、音量のレベルを上げたに過ぎない。この時作った斬殺音は、東宝にストックとして保存され、未だに時代劇で使われているという。かくして黒澤は、それまで歌舞伎のように様式化された殺陣に、画期的な「音」という要素を加えたのである。

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用心棒で抑えられた斬殺音は、次の椿三十郎で本領を発揮した
 

用心棒」「椿三十郎」の公開の後、皆、一斉にこの斬殺音を真似し出した。以後、時代劇にはなくてはならない効果音となった。同時に、当時台頭してきた劇画にも影響を与えた。なにしろ、吹き出しに書かれた銃声も「バーン」という単純なものではなく、「ドギュギューン!」という激しく複雑なカタカナに変わっていく。

時代劇には「三十郎以前」「三十郎以後」という言い方がある。それは斬殺音が入っているか、いないかによって、「椿三十郎」の製作年度である1962年以前か以後かが判明できるのだ。その意味からしても、この2本はまさに時代劇に革命をもたらした作品だったわけだ。

ただし、現在市販されている「七人の侍」(54年)のDVDには、斬殺音が入っている。これは、1991年のリバイバル公開のために音がリニューアルされた時、第三者が付け足したものだ。しかし、これはない方がよかった。黒澤は、すでに音が聞こえるように編集しているので、後から追加された音は、いかにも不自然に感じるからである。

用心棒用心棒
初回放送日:2010/12/18(土)
蜘蛛巣城蜘蛛巣城
初回放送日:10月16日(土)
椿三十郎椿三十郎
初回放送日:2010/12/25(土)
七人の侍七人の侍
初回放送日:2010/10/2(土)
 
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西村雄一郎 プロフィール

佐賀市生まれ。早稲田大学第一文学部演劇科卒業。ノンフィクション作家、映画評論家、音楽評論家。早大卒業後、キネマ旬報社に入り、パリ駐在員として3年間フランスに滞在。現在は地元の佐賀大学の特任教授となり、九州龍谷短期大学でも教鞭も執っている。 著書に、「黒澤明 音と映像」「黒澤明と早坂文雄―風のように侍は」、「黒澤明 封印された10年」、「ぶれない男 熊井啓」ほか多数。 6月に新刊「黒澤チルドレン」が小学館文庫から発売。6月末、モスクワ映画祭で行われる「黒澤明シンポジウム」に招待され、日本代表として講演を行った。

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