-

黒澤作品キーワード

黒澤作品をより深く理解するためのキーワードをご紹介。毎月第一金曜日更新。

line
黒澤作品キーワード
第7回

「シネスコ・サイズ」

Text by 西村雄一郎
 
line

1953年、アメリカ映画「聖衣」によって、シネマスコープ(シネスコ)時代の幕が切って落とされた。テレビに対抗して、ハリウッドは、横縦比が約2対1の横長に広がったワイドな画面サイズで対抗してきたのだ。

このシネスコ・サイズに黒澤が初めて手を染めたのは、「隠し砦の三悪人」だった。なにしろ宣伝用のスチール写真も横長にしたほど、黒澤はシネスコ・サイズを意識した。無論、演出にもその要素を随所に取り入れた。その最もいい例が、疾走する馬に股がった真壁六郎太(三船敏郎)が、馬で逃げる敵を追いかけ、そのまま相手を斬り落とすアクション・シーンである。

このシーンは、黒澤フリークのジョン・ミリアス監督が、自作「風とライオン」(75年)で、そのまま真似ている。馬に乗ったショーン・コネリーが、相手を海岸に追いつめ、斬り落とすというシーンだ。しかし、ミリアスのミスは、このシーンを移動撮影で処理したことだった。

黒澤は「あのシーンは、移動なんか一つも使ってないよ。あれはパンだよ。パンだから、あれだけの効果が出るんだ」と強調した。

ちょっと専門的な話になるが、カメラの動かし方に、パン≠ニいう技法がある。カメラの位置は動かさないで、その場で首をグルっと横に振る撮り方である。それに対して移動撮影≠ヘ、カメラをレールに乗せ、カメラを動かしながら撮る技法である。どこが違うか? 

背景なのだ。移動だと、一緒に走っているという臨場感はあるが、背景は流れない。一方、急速にパンすれば、後ろが流れてスピード感と疾走感が出る。特に横長のシネスコ・サイズなのだから、その効果は、倍増する。つまりこのシーンは、横長のサイズをダイナミックに活かすにはどうしたらいいか?と考えて作られた、アクション・シーンだったのだ。

イメージ
隠し砦の三悪人では、広い画面でパンを使い、アクションの臨場感を高めた。
 

以後、「悪い奴ほどよく眠る」「用心棒」「椿三十郎」「天国と地獄」「赤ひげ」の計6本の映画で、黒澤はこのシネスコ・サイズを縦横無尽に活かしきる。

例えば、「セット」の項でも書いたが、「用心棒」の馬目の宿の街道の幅は、実際より広く取ってある。これは、ヤクザたちを横にズラリと並ばせるために、リアリズムを無視して変更させた例である。桑畑三十郎(三船敏郎)が左右両端から押し寄せるヤクザたちを、火の見やぐらから見下ろす爽快感も、狭いスタンダード・サイズだったら、半減したことだろう。

椿三十郎」では、ラストの対決のシーンで、室戸半兵衛(仲代達矢)の胸から血が噴出する。黒澤はスタッフに「噴き出す血は、シネスコの枠からフレーム・アウトさせろ」と命令した。あのシーンも、シネスコ・サイズだからこそ、その噴出力もより激しく感じられたはずである。

イメージ
椿三十郎。シネスコサイズをフレームアウトするほどの血で、噴出力の激しさを表現した。
 

しかし、シネスコ・サイズにも欠点がある。横にだだっ広くなるために、被写体と被写体の間の隙間が多くできて、締りがなくなりがちなのだ。そこで黒澤は、若侍9人を椿三十郎(三船敏郎)の背後に並ばせ、重ならないように、隙間をびっしりと埋めていった。

天国と地獄」の前半の権藤邸の芝居も、同じ例である。刑事たちに、リビング・ルームを右往左往させ、シネスコの画面を埋めていく演出力は、並大抵ではない。 そうして1時間余り、カメラは一歩も権藤邸から外に出ない。……と思った瞬間、ガーッという巨大な音と共に、特急こだま号が左から右に突っ走る。静から動へ。その瞬間を待っていたかのように、舞台は内から外へ急変するのだ。これもシネスコ・サイズならではのダイナミックな迫力であった。

イメージ
天国と地獄。シネスコ・サイズを有効に使って、見事に動と静を演出した。
 

赤ひげ」では、風鈴をもった佐八(山崎努)とおなか(桑野みゆき)の芝居が、横にウワーと広がった浅草寺の巨大な屋根の下で行われる。

シネスコ・サイズは、黒澤が勧善懲悪の娯楽大作を作るための、決定的要素だったといえよう。即ち、三船敏郎演じる、ブルドーザーのような豪傑侍が、所狭しとばかりに驀進していくために、シネマ・スコープは最良の舞台だったのである。

隠し砦の三悪人隠し砦の三悪人
初回放送日:2010/11/13(土)
悪い奴ほどよく眠る悪い奴ほどよく眠る
初回放送日:2010/12/11(土)
用心棒用心棒
初回放送日:2010/12/18(土)
椿三十郎椿三十郎
初回放送日:2010/12/25(土)
天国と地獄天国と地獄
初回放送日:2011/1/3(月)
赤ひげ赤ひげ
初回放送日:2011/1/3(月)
 
line

西村雄一郎 プロフィール

佐賀市生まれ。早稲田大学第一文学部演劇科卒業。ノンフィクション作家、映画評論家、音楽評論家。早大卒業後、キネマ旬報社に入り、パリ駐在員として3年間フランスに滞在。現在は地元の佐賀大学の特任教授となり、九州龍谷短期大学でも教鞭も執っている。 著書に、「黒澤明 音と映像」「黒澤明と早坂文雄―風のように侍は」、「黒澤明 封印された10年」、「ぶれない男 熊井啓」ほか多数。 6月に新刊「黒澤チルドレン」が小学館文庫から発売。6月末、モスクワ映画祭で行われる「黒澤明シンポジウム」に招待され、日本代表として講演を行った。

line
 
-