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2010年03月17日(水)

No.276 プロ野球とテレビ

 今年はプロ野球のセ・パ誕生60周年ということです。名古屋でも3月17日から栄の松坂屋で「DIAMOND DREAMS HISTORY60/FUTURE60」(主催:社団法人日本野球機構)という展覧会が開催されています。60名のアーティスト、タレントによる野球アートの展示をはじめ、日本のプロ野球がたどってきた道のりや、歴代の名選手にまつわる品々などを多数の映像、資料で知ることができる、野球ファンにはまたとない内容といえそうです。

 60年というプロ野球の歴史は、1953年2月に始まった日本のテレビ放送の歴史とほぼ重なります。そして日本人に愛されてきたプロ野球に代表されるいくつかのスポーツとテレビは、非常に密接な関係を保ちながら歩んできたといえます。

 テレビで最初の野球中継は、開局2ヶ月後のNHKによって1953年4月12日に放送された、東京六大学野球、明治対東大(神宮球場)でした。その年の8月13日には高校野球(甲子園球場)が、8月23日には初めてのプロ野球、阪急対毎日戦(西宮球場)が中継されました(いずれもNHK)。つまりテレビ局は開局前から野球中継をするために相当な準備をしていたことになります。テレビ愛知は1983年の開局ですから、放送局としてはかなり後発ですが、やはり開局当初から中継放送、ニュース取材という形でプロ野球とかかわりを持ってきました。

 一般家庭へのテレビ受像機の普及に際しては、よく知られているように、1959年の皇太子ご成婚、1964年の東京オリンピックという国を揚げての一大イベントのテレビ中継が起爆剤になりました。こうしたビッグイベントとは別に、繁華街や駅前などに置かれた街頭テレビに人々が熱狂したテレビの草創期から、スポーツ中継はテレビ普及のけん引役でした。『スポーツ中継 知られざるテレビマンたちの矜持』(梅田明宏著)によれば、プロ野球、大相撲、プロレス、ボクシングが当時の4大人気スポーツとして挙げられています。追ってゴルフや駅伝などがそこに加わっていくことになりますが、それにしてもプロレスが総合格闘技へと変わったぐらいで、当時の人々の心をつかんでいたスポーツ中継が、60年を経たいまも大きく変わっていないことに驚きます。

 新聞とラジオが情報、娯楽を享受するための中心的メディアであったところへ、突如現れたテレビ放送が、映像の力で圧倒的な支持を得ていくのは、当然の流れでした。中でもお茶の間で観戦するスポーツとして、日本で野球、相撲、リングもの、ゴルフなどが受け入れられてきたのは、日本人の文化的背景を考えれば納得がいきます。能や茶道、囲碁などの精神性に根ざした文化の中で生きてきた日本人は、静けさや間合いの中に美を見いだし、戦いの気を感じてきました。常にめまぐるしく動きのあるサッカーなどと違い、適度な「間」があるスポーツが、日本人の心にすっと溶け込んでいったのはごく自然に思えます。先日のバンクーバー五輪で、カーリングに多くの日本人が惹きつけられたのも、しかりです。

 ところで初期の野球中継では、カメラ台数はバックネット裏と1塁側最上段のわずか2台だったといいます。現在人気カードや日本シリーズなどで10数台、平常時で7~10台くらいが主流であることから考えると、2台のカメラでよく中継できたものだと感心します。前述の梅田明宏氏の著書によれば、NHKとともにスポーツ中継で一時代を築いた日本テレビにおいて、野球中継の中心的ディレクターだった後藤達彦氏は、「プレーだけなら2台のカメラで完全に撮りきれる」と語っていたそうです。そこへたどり着くまでには、球場で観戦している観客と同じ目線で考え、2台でどのように役割分担するのか試行錯誤を重ね、同時に野球に関する膨大な知識、データを自分のものにし、次に起こりうることを予測し、自分の考えをカメラマンに正確に伝えることに腐心したといいます。

 技術の進歩と制作者の欲求により、カメラの数は1台、1台と増えました。またVTRが現れると決定的瞬間の再生が可能となります。さらにスピードガンやスローVTRがプレーを多層的に見せます。年々さまざまなデータが画面に表示されるようになり、プレー以外の舞台裏を捉えるカメラが、野球をよりドラマチックに浮かび上がらせます。野球中継は多くの方法論が検討され、さまざまな技術革新を経て今日に至っています。しかしややもすると画面は各種データのCGであふれ、多くのカメラがさまざまに選手や監督らの表情を映し出し、放送席にはにぎやかなゲストが配され、ショウアップに進み過ぎたという反省もあります。

 1990年台から急速に広がったインターネットと、携帯電話の爆発的な普及は、視聴者のメディアとの接触方法を分散化し、スポーツ中継はもとより放送業界全体の地盤沈下が進んでしまいました。東海地区でも地上波では球団本拠地のホームゲームのみがかろうじて中継されている状況です。景気回復の糸口も見えない中で迎えたセ・パ誕生60周年。いまあらためてテレビの力を原点にもどり考えたときに、“テレビの魅力を最大限に発揮するのは生放送のスポーツ中継なのではないか”という思いが湧き上がります。

 勝負を決めた一球。予想もしなかった逆転劇。息を呑むファインプレー。そういった一瞬に出会える感動とそこへいたる指揮官同士の駆け引き。画面から確かに伝わる不安感や気迫に満ちた表情。放送のデジタル化を背景としたテレビの大画面化、画質の向上が“ライブ”で伝えるスポーツ中継の迫力を決定的なものにしたといえるでしょう。制作者としてわれわれが心がけるべきは、シンプルにプレーを中心に伝えること、そして適度な「間」を常に忘れないことだという思いを胸に、昨年から大幅に増やす、今年のテレビ愛知の野球中継14ゲームに臨みたいと思います。(HH)

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