事件【社会部発】「ここは地獄。在宅避難民に食料届かない」“第二の故郷”宮城を取材して+(1/2ページ)(2011.4.3 13:02

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【社会部発】
「ここは地獄。在宅避難民に食料届かない」“第二の故郷”宮城を取材して

2011.4.3 13:02 (1/2ページ)
夕暮れ、津波に攫われ廃墟となった町からは、自宅跡地を片づける人々が避難所に戻る車の光跡が浮かび上がる。遠くに見えるのは仙台市街の灯り =2日午後、宮城県仙台市若林区荒浜(荻窪佳撮影)

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夕暮れ、津波に攫われ廃墟となった町からは、自宅跡地を片づける人々が避難所に戻る車の光跡が浮かび上がる。遠くに見えるのは仙台市街の灯り =2日午後、宮城県仙台市若林区荒浜(荻窪佳撮影)

 半年前まで東北総局(仙台市)にいた。新聞記者になって最初に赴任した宮城県は、陳腐な表現だが“第二の故郷”と思っている。だから東日本大震災はショックだ。発生直後、当時取材でお世話になった方々や友人に電話をしたが、全員不通。メールを送ると、翌日になって「死ぬかと思った」「停電が続きラジオだけが頼りだ」などと返ってきて、少しほっとした。思い出深い街並みの、変わり果てた映像は直視できないものだったが、兵庫県のボランティア先遣隊に同行し、発生8日後の19日に宮城県入りした。

 石巻市に足を踏み入れると、見慣れた街並みは跡形もなかった。取材で何度も訪れたJR石巻駅前の商店街は、いくつもの漁船が路上に倒れ、商店街の1階店舗は軒並み泥まみれ。住宅街は津波にのみ込まれ、がれきの山となっていた。漂うほこりにむせた。

 津波にさらわれた孫を捜す男性や、自宅の跡地周辺で、身元不明の遺体を見つけた男性と出会った。路上に落ちていたスナップ写真には、幸せそうな家族が写っていたが、ただ立ちつくすことしかできなかった。

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夕暮れ、津波に攫われ廃墟となった町からは、自宅跡地を片づける人々が避難所に戻る車の光跡が浮かび上がる。遠くに見えるのは仙台市街の灯り =2日午後、宮城県仙台市若林区荒浜(荻窪佳撮影)

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