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2011年 5月記念LAS小説短編 冥王星
※この作品はフィクションです、冥王星の扱いは実際と異なります。
(冥王星が惑星の定義から外されたのは2013年ではありません。セカンドインパクトのせいで観測が遅れた設定にしてます)
※登場する博物館は実在の博物館とは異なります。



ネルフ本部に新しいパイロットとしてアスカが来日し、立て続けに2体の使徒を倒してしばらく経った。
エヴァのエースパイロットして自信に満ちたアスカは、第壱中学校でも憧れの的となり輝いているようにシンジには見えた。
今日は第壱中学校の社会科見学で、シンジ達の2年A組のクラスメイト達は科学未来博物館へとやって来ていた。
シンジ達が居る展示されているのは太陽系の惑星に関する模型や写真などだった。
トウジとケンスケと一緒に模型を眺めていたシンジは、ポツリと疑問を口にする。

「あれ、冥王星って惑星じゃないの?」
「シンジ、知らないのか? 去年ニュースでやっていたじゃないか、アメリカでの会議で惑星から外すって決定したって」
「どうして?」

シンジに聞かれたケンスケが説明をしようとすると、アスカが現れてそれをさえぎって自分から話し始める。

「冥王星はね、正確な観測がされるようになって、惑星だと思われていた頃より実際はとても小さい星だって分かったのよ」

アスカはその後も得意顔で冥王星に関する知識を披露して行った。
アスカの親友ヒカリやクラスの女友達は感心した様子で歓声を上げる。

「アスカってば、頭良いのね」
「これぐらい常識よ!」

アスカは腕を組んだままで堂々とそう言い切った。

「ちぇっ、俺だってそのぐらい知っているのにさ」

ケンスケは面白くなさそうな顔で舌打ちした。
アスカはシンジに言いたい事を言って満足したのか、ヒカリ達と一緒に十二星座についての展示がされているコーナーへと行ってしまった。

「へえ、ヒカリは水瓶座なんだ」
「アスカは?」
「アタシは射手座よ」

アスカ達は自分の星座をお互いに報告し合っていた。

「ほら碇、俺達は他の所へ行こうぜ」
「うん」

不機嫌そうな顔のケンスケに促されて、シンジ達は宇宙関係の展示スペースから立ち去った。



その日の夜、シンジとアスカだけの2人の夕食が終わった後、葛城家にドイツからの国際電話が掛かって来た。
受話器を取ったシンジが言葉が分からずに困惑していると、アスカがシンジから受話器を奪って話し始めた。
時には笑い声を上げて楽しそうにドイツ語で話すアスカを、シンジはぼう然として見ていた。

「ふぅ」

疲れたようにため息をついて受話器を置いたアスカにシンジが疑問を口にする。

「ドイツに居るアスカの知り合いの人からだったの?」
「そう、アタシの新しいママはドイツ語しか話せないのよ」

ユニゾン戦闘の特訓のために強制的に同居させられた時に、シンジとアスカは自分達の母親が小さい頃に命を落としている事はお互いに話していた。

「アスカって、新しいお母さんが居たんだ」
「そう、血の繋がりは無いけど、身元引受人になってくれたのよ」
「ドイツに家族が居るんだね」
「アンタの方はどうなのよ、司令とじゃなくてミサトと暮らしているなんてさ」

アスカに尋ね返されたシンジは暗い表情になって下を向いてつぶやく。

「母さんが死んだ時、父さんは僕を先生に預けて行ってしまったんだ」
「まあネルフの総司令となれば忙しくて仕方が無い事なのかもね」

シンジの話を聞いてアスカはため息をついた。

「でも、先生は僕の面倒を見てくれて居たとは言ってもやっぱり他人だよ。こっちに来てから1度も連絡が来ないし」
「そっか」
「家に居てもお互い必要以上に顔を合わせようとしなかったし、1人暮らしとほとんど変わらなかったよ」

シンジは悲しそうな目をしてやめ息を吐き出した後、テーブルの方に視線を送る。

「ミサトさんと一緒に暮らし始める前は、誰かと一緒に食事する事なんて無かった……」

そこまで話したシンジは、アスカを見つめてつぶやく。

「アスカは良いよね、お母さんと仲が良さそうで」
「そんな事無いわ、表面上を取り繕ったってアタシと今のママの間には壁のようなものがあるのよ。アンタと同じよ」

アスカは首を振って否定した。

「アスカは違うじゃないか、遠く離れていてもこうして気遣って電話して来てくれるんだから」
「シンジだって、血の繋がったパパが居るじゃない」
「きっと父さんは僕がいらなくなったから捨てたんだ」

シンジが首を振りながら悲しそうにつぶやくと、アスカはあきれたようにシンジを見つめる。

「それって、司令から直接言われたの?」
「いや、何も話そうとしない父さんから逃げてしまったから」
「アンタの勝手な思い込みって事もあるわけだ」
「そうかな……」
「全く情けないわね、しっかりしなさいよ」
「うん。……ゴメン、ウジウジとした話をしちゃって」

アスカに励まされたシンジは心が少し軽くなったような気持ちになってアスカに笑みをこぼした。



それからしばらく経った日、シンジは母親のユイの命日に父親のゲンドウと墓参りに行く約束をした。
父親のゲンドウが毎年行っている事を知ったシンジが、一緒に行きたいとゲンドウに伝えたのだ。
ゲンドウはシンジが来る事を拒否しなかった。
しかし約束をした後、シンジはとても落ち着かない様子だった。
シンクロテストの間も、家に帰って家事をしている時も、アスカと一緒に夕食を食べて居る時もソワソワしっぱなしだった。
そんなシンジの姿に、アスカはイライラした様子で怒鳴りつける。

「まったく何をオドオドしているのよ。見ているこっちまで落ち着かない気分になるじゃないの」
「だって、父さんと長い間2人きりで何を話せばいいのかわからなくて。変な事を言って嫌われたらどうしよう」
「アンタね、女の子とデートするんじゃないんだから」

アスカはあきれたようにため息をついた。
そしてアスカはシンジに思いっきり人差し指を突き立てる。

「そんな挙動不審な態度をとっていた方が、よっぽど気に障るわよ」
「そ、そうかな……」

ズバリ指摘されたシンジは気落ちした様子で下を向いた。

「アンタ、デートした事は無いの?」
「そ、そそそ、そんな事あるわけないじゃないか! 女の子をデートに誘った事もないし、誘われた事もないよ!」

アスカに言われて、シンジは顔を真っ赤にして否定した。
そのシンジの慌てぶりが面白くて、アスカはお腹を抱えて笑った。

「そんなに笑う事無いじゃないか」
「ゴメンゴメン」

アスカは笑いすぎて出た涙を人差し指でぬぐいながらそう答えた。
何か思いついたのか、アスカは手をポンと叩く。

「そうだ、アンタの上がり症を克服するためにデートでもしてみよっか」
「えっ、でででデート!?」

アスカに提案されたシンジは、声を裏返させるほどに驚いた。

「もしかしてアンタ、怖くてデートもできないの?」
「出来るよデートぐらい、やってやろうじゃないか!」

挑発されたシンジはアスカにそう答えた。
シンジの返事を聞いたアスカはニヤリと笑いを浮かべた。
チェシャ猫のようなアスカの笑顔を見て、シンジはアスカの思惑に乗せられた事に気が付いた。

「明日はちょうど日曜日だから、さっそくデートしましょう。どんな物を買ってもらえるか今から楽しみ」
「そんな、ひどいよアスカ」
「授業料よ、授業料」

せっかく節約して貯めた小遣いをアスカに巻き上げられるのが目に浮かんだシンジは青い顔になった。



次の日の朝、着替えて居間にやって来たアスカの姿にシンジは驚いた。
いつものラフな服装とは違って、アスカはリボンをあしらったワンピースを着ていた。
シンジの格好を見たアスカは、顔を真っ赤にしてシンジの顔をグーパンチで殴った。

「アンタバカァ!? そんな格好でアタシとデートをするつもりだったの? アタシの事舐めているでしょう」
「そ、そんな事無いよ!」

アスカに殴られてしりもちをついたシンジは顔を手で押さえながら困惑した顔で言い返した。
急いでシンジは部屋に戻って着替え、アスカに平謝りしてどうにか許してもらえた。
葛城家の玄関を出たシンジはアスカに突然手を握られて驚いて跳び上がった。

「デートなんだから、手を繋ぐのは当然でしょう」
「う、うん」

シンジは緊張しながらアスカの手を握り返した。
アスカの手を握ったシンジは、自分が想像していたよりずっとアスカの手が堅かった事に気が付いた。
少し前にエヴァに乗り始めた自分の手とは大違いだ。

「何よ、アタシの手を撫でまわしたりして」
「ご、ごめん」

つい夢中になってアスカの手の感触を確かめてしまったようだ。
シンジが正直に理由を話すと、アスカはエースパイロットなのだから当然よと胸を張った。
そしてシンジから手を離したアスカは、今度はシンジと腕を組んだ。

「うわっ、どうして?」
「この方が、もっと効果的な特訓になるからよ」

アスカと腕を組んで歩き出したシンジは、周囲の視線がとても気になった。
自分達はカップルに見られているのだろうか。
シンジはアスカより少しだけ背が低かった事もあって、姉弟きょうだいに見られているかもしれないと考えたりしていた。
そして買い物をして、映画を見て、ケーキ屋で観た映画の感想を話し合うと言うデートの定番をこなした。

「じゃあ、そろそろ帰ろうか」

ケーキ屋を出たシンジがアスカにそう言うと、アスカは首を横に振る。

「ちょっと、まだデートは終わって無いわよ」
「えっ、まだ何かあるの?」
「シンジ、どこか景色のいい場所を知らない?」

アスカにそう尋ねられたシンジは、アスカを第三新東京市の街並みを一望できる展望台へと案内した。
ここはかつてミサトが使徒を倒したシンジに教えた場所だ。

「へえ、良い場所じゃない」

夕陽に照らされる第三新東京市の街並みを見て、アスカは感心したようにそうつぶやいた。

「それで、ここで何をするの?」
「アンタねえ、そこまでアタシに言わせる気? デートの最後にする事と言えば、キスに決まっているじゃない」
「き、キスっ!?」

アスカの言葉に驚いたシンジの声が裏返った。

「ほら、せっかく良いムードなんだからさ、しっかりしなさいよ」
「う、うん」

アスカに言われて、シンジは正面からアスカと向き合った。

「お互いの歯がぶつからないように、顔を傾けるのよ。後、鼻息がくすぐったいから興奮しないで、静かに息をして」

そう言うと、アスカは目を閉じてシンジに顔をゆっくりと近づけて行った。
しかし、アスカの唇がシンジに到着する前に、シンジはアスカの体を押し返す。

「やっぱり、止めよう」
「えっ!?」

突き離されたアスカが驚いて目を見開いた。

「やっぱり軽い気持ちでキスするのはいけないと思うんだ」

シンジがアスカの目を見つめてそう言い放つと、アスカはじっと顔を伏せて悔しそうに歯をかみしめる。

「……分かったわよ」
「ごめん」
「謝らないでよ」

シンジとアスカは一言も話さずに葛城家へと直行した。
葛城家の玄関に足を踏み入れると、ミサトに出迎えられた。
タイミングが良いのか悪いのか、ミサトはネルフの仕事が早く終わって帰宅していたのだ。
ミサトはシンジとアスカの服装を見ると、ニヤケ顔になる。

「おんやあ、シンちゃんとアスカ、今までデートして来たの?」
「デートじゃないわよ、ただ暇潰しに映画を見て来ただけ」
「それを世間一般ではデートって言うのよ。2人ともおめかしなんかしちゃって、気合が入っているじゃない」
「からかわないで下さいよ」

アスカとシンジが止めても、ミサトはからかい続ける。

「それでそれで、キスなんかしちゃったの?」

ミサトがそう尋ねると、アスカは怒った顔で言い返す。

「アタシがバカシンジとキスなんて、あり得ないわよ!」
「そう?」
「あの、ミサトさんもこれからどこかへ出掛けるんですか?」

シンジはミサトの服装を見てそう尋ねた。

「仕事が早く終わったからね、これからリツコと加持と3人で飲みに行くのよ」
「えーっ、アタシも行きたい!」
「アスカはお酒は飲めないでしょ」

ミサトはそう言って玄関を出て行った。
その後の夕食の間、アスカはずっとイライラし通しだった。

「ミサトったら、朝帰りするんじゃないでしょうね」
「まさかあ、加持さんも一緒だし、大丈夫だよ」
「だからよ」

夜遅くに、ベロベロに酔っぱらったミサトが加持に背負われて家へと帰って来たのだった。



アスカとのデート特訓の成果か、シンジは墓参りで短いながらもゲンドウと会話を交わす事が出来た。
使徒との戦いにおいてもシンジはアスカ、レイの3人と力を合わせて勝利を重ね、ゲンドウから評価を得られるようになった。
積極的にシンクロテストなどの訓練をこなすようになったシンジは、シンクロ率を伸ばして行った。
そして、ある日のシンクロテストでシンジのシンクロ率はついにアスカを追い越した。

「おめでとう、今日のシンクロテストのトップはシンジ君よ」
「シンちゃん、頑張ったじゃない」

リツコとミサトに褒められたシンジは、素直に喜んだ。

「ふん、でもテストの結果だけ良くてもね。実戦ではアタシの方が上よ」
「うん、アスカの足手まといにならないように頑張るよ」

シンジはアスカに笑顔でそう答えた。
全てが良い方向に進んでいるとシンジは思っていたが、アスカの心境の変化に気がついていなかった。
その次のシンクロテストから、アスカのシンクロ率は低下し始めた。
焦れば焦るほどアスカのシンクロ率は不安定さを増して行く。

「大丈夫だよ、アスカの調子が悪い分は僕が頑張るから」

自信たっぷりにシンジがアスカに言うと、アスカは悔しそうに顔を歪ませた。
その後からシンジはアスカがいつも苛立っているように感じられた。
学校でも、夕食の時でも、刺々しい言葉と空気をまとっている。
部屋にこもってしまう事も多くなった。
シンジは自分がアスカに対して何かマズイ事をしてしまったのかと考えたが、思い付かなかった。

「そっか、加持さんか」

最近、加持がミサトを誘う事が多くなり、アスカは加持の事が好きだと言っていたから面白くないのだと思った。
シンジは仲が良さそうなミサトと加持の姿を嬉しく思っていたが、イライラしているアスカの姿を見ると心中は複雑だった。
いい加減に加持さんを追いかけるのを止めて他の子と付き合ってくれた方が良いのに……。
例えば僕とか……。
シンジはアスカと初めてデートをした時の事を思い返した。
あの時は緊張し過ぎていたが、今考えるととても楽しい事のように思えた。
もう1回アスカとデートをしてみたいと考えたが、シンジはまだアスカに告白する勇気が出なかった。



そして次に使徒が襲来した時、シンジはミサトにオフェンスを命じられた。
そこはエースパイロットを自称するアスカのいつものポジション。
サポートに回される事になったアスカは当然のように不満を述べる。
ミサトはシンジにもいろいろな経験を積ませたいのだと説明した。

「ふん、シンジなんかにオフェンスができるのかしら」

アスカの挑発的な言い方に、シンジはムッとした表情になる。

「やってやろうじゃないか」

シンジは怒気を含みそう言って、パレットガンを装備して空中に浮遊する使徒へと近づいて行った。
強気なシンジの態度を見て、アスカは舌打ちして後へと続いた。
その使徒との戦いは、初号機が黒い影に飲み込まれてしまうアクシデントがあったものの、初号機単独で使徒を殲滅させた。

「あーあ、お1人で使徒を倒してしまわれるなんて、さすがエースパイロットのシンジ様ですわね」
「止めてよ、エースパイロットはアスカじゃないか」
「いえいえ、アタクシなどシンジ様のお足下にも及びませんわ」
「アスカ、止めなさい」

その場でミサトに止められたものの、アスカは事あるごとに『シンジ様』と呼び続けた。
バカシンジと呼ばれる事は全く無くなり、家の中でもアスカは夕食の時以外シンジと顔を合わせる事を避けるようになった。

「ゴメン、僕が調子に乗ったから悪いんだ」

夕食の席でシンジがアスカにそう謝ると、アスカは自分の怒りをシンジにぶちまける。

「アタシはね、小さい頃からエヴァに乗っているのよ。それをぽっと出のアンタ何かに負けるなんて……!」

アスカはそう言うと、部屋の中に閉じこもってしまった。
シンジは自分が知らないうちにアスカを傷つけてしまっていた事にショックを受けた。
今のシンジにはアスカを慰めるべき適切な言葉が全く思い浮かばない。
アスカのシンクロ率が復活する事をただ祈るだけだった。
しかし、奇跡は起こらずその後のシンクロテストにおいてもアスカのシンクロ率は低迷を続けた。
ついにはアスカのシンクロ率は起動指数を割り込むようになってしまった。
そして、シンクロテストを行うシンジ達の前に1人の銀髪の少年がミサトに伴われて姿を現した。

「君は?」
「僕は渚カヲル、フォースチルドレンさ」

シンジの質問に、カヲルは笑顔を浮かべて答えた。

「彼には弐号機のパイロットしに来てもらったのよ」

ミサトがそう言うと、アスカとシンジの顔は真っ青になった。
ついに、来るべき時が来てしまった。

「フン、アタシはお役御免って事?」
「アスカ、今までお疲れ様」
「嫌よ、交代だなんて! それにアタシの弐号機にコイツを乗せるなんて……」

アスカは憎しみをこめた目でカヲルを見つめた。

「どうやら僕は嫌われてしまったようだね」

アスカの差すような視線を受けてもカヲルは涼しげな顔をしていた。
カヲルはネルフ本部に到着して早々にシンクロテストをする事になった。
その様子を固唾を飲んで見守るシンジ達。
そしてシンジ達の目の前でカヲルは今までのアスカを超えるシンクロ率を簡単に出したのだった。
自分のシンクロ率を超える人物が2人も出現した。
それはアスカのプライドを激しく傷つける。

「そ、そんな……アタシは……」

アスカは手で頭を抱え込んでしゃがみこんで倒れてしまった。
そんなアスカをシンジが慌てて支える。

「アスカっ!」
「2人とも、今日の所は家に帰りなさい」

アスカの様子を見て、ミサトはシンジ達にそう告げた。



ネルフの諜報部の車に乗せられて葛城家へと戻ったシンジとアスカ。
車の中でも、家に戻った後もアスカはずっと黙って顔を伏せていた。
シンジが声を掛けてもアスカは何も答えない。
困ったシンジは、自分の心も落ち着かせるためにチェロを弾き始めた。
演奏に集中すると、心が洗われて行くような気がした。
シンジが気がつくと、アスカが立ってシンジの事を見つめていた。
手を止めたシンジに、アスカはそっと続けるように促した。
落ち着いたチェロの旋律はアスカの心も静めたのだろうか、アスカは目を閉じて聴いていた。
シンジもそんな穏やかなアスカの姿を見て安心して弾き続けた。

「アンタにこんな特技があったなんてね、見直しちゃった」
「そんな、小さい頃から続けていてこの程度だから、恥ずかしいよ」
「いつから始めたの?」
「5歳の頃から、先生に勧められて」
「そう……」

シンジの答えを聞いて、アスカの表情はまた暗いものになった。
そして小さな声でつぶやく。

「アタシがエヴァのパイロットの訓練を本格的に始めたのも、その歳くらいよ」

シンジはデートの時に握ったアスカの手の感触が堅かった事を思い出した。
それは小さい頃からのアスカの努力の証しだった。

「ドイツではエースパイロットとして送り出されたのに、パイロットをクビだなんて。戻ったら、きっとみんなから白い目でみられるんでしょうね」
「アスカにはドイツに家族が居るじゃないか」
「ママはエヴァのパイロットのアタシを誇りに思ってくれているのよ? 顔を合わせられるわけが無いじゃない」
「それって、アスカの勝手な思い込みじゃないの?」
「そうかもしれないけど……」

アスカはそう言って口をつぐんだ。

「ドイツに帰りたくないのなら、ここに居なよ」
「えっ、アンタ何を言っているのよ?」

シンジは社会科見学に行った時のパンフレットを取り出し、冥王星のページをアスカに見せた。

「冥王星か、惑星から外された星ね。エヴァのパイロットを外されたアタシと同じ、人々から忘れ去られる存在ね」

アスカが悲しそうな顔でつぶやくと、シンジは首を振って否定する。

「違う、冥王星は惑星から外されても今も太陽系の仲間じゃないか。……だからエヴァのパイロットじゃなくなってもアスカは僕の家族だよ」
「シンジ……」

アスカは目に涙をためて、シンジを見つめた。

「それに、肩書きなんて関係ないよ。冥王星は惑星と呼ばれたずっと昔から、そして今も変わらない。……アスカはアスカだよ」
「アタシ、ドイツに戻ってママ達と向き合ってみようと思う、エヴァのパイロットじゃない”アスカ”自身として。……ありがと」
「そんな、お礼を言われる事じゃないよ」

そして、アスカはシンジに見送られてドイツへと飛び立った。
シンジはアスカが母親と打ち解けあってくれる事を星空を見上げて冥王星に祈るのだった。
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