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[27248] 【チラ裏より】赤椿・After Days(原作:IS、『狂咲の赤椿第二期』)
Name: 篠ノ之空気◆a93b0f94 ID:67f59a6b
Date: 2011/04/27 03:39
 =前書き及び注意書き=


 この作品はその他板に作者が執筆した「狂咲の赤椿」の二部です。
 敢えてこの作品はチラ裏での連載であり、「自己満足」などをつけたのは、赤椿の終わりとしてはあれが文字通り「完結」であり、これから先に書く物語は作者の自己満足及び余談に過ぎないと明言いたします。
 つまりこれから先、ここに投稿されるのは本編に出す事が出来なかったシャルロットとラウラを出す事。箒さんが幸せに生きていく事。後は臨海学校とか、束さんがIS学園にいる事によって変わっていくだろう世界を単純に書きたいと思ったからです。
 ある意味、もうこの作品はISの二次創作というよりは「ISの世界観を借りてやっていく作者の思い描くIS」の世界であり、これから先、弓弦イズル氏が描くであろうISの展開などは半ば無視します。勿論、完全にガン無視、という訳ではありませんが、ここまで変化させてしまった以上、これを純粋なISの二次創作とは言えないものとなります。

 長々と書きましたが、つまりこの作品は「これから作者が好き勝手に書くよ!」という事です。なので更新も不定期であれば、突然強制終了、なんて言う事も可能性にはあります。
 こんな作品でも良ければ付き合っていただける人は作品の方でよろしくお願いします。それでは、作者でした。



[27248] 【AF】Prologue
Name: 篠ノ之空気◆a93b0f94 ID:67f59a6b
Date: 2011/04/17 04:15
 今日から日記をつけようと思い筆を取った。
 日記というものを付けるのは正直初めてだ。学校にいた頃、課題か何かの際には似たようなものはやっていたかもしれないが、こうした本格的に自分の思いを綴ろうと思い、筆を取ったという意味では初めてだろう。
 出だしからこんな文章だが、これでも悩んだ末、自分らしく書こうとした結果だ。将来、この日記を読み返す頃の自分はこんな私の文章をどう思うだろう。正直、それを考えるのも胸が躍る限りだ。
 今日という日は特別な日という訳でもない。が、やろう、と思い至った故の日記だ。我ながらこんな文章を無駄に並べ連ねるのもどうかと思うが、悩んだ末の筆である。
 書きたい、という事はたくさんあるが、どうにも筆にするのは難しい。とにかく言える事は今日から意識して、新しい生活が始まるという事になる。
 憎しみが消えきった訳ではない、まだわだかまりは抜けないが歩み寄りたいと思う姉さんがいる。私を必要としてくれた、生きていて良いと許してくれた友人達がいる。
 これからそんな生活を少しでも長く覚えていられるように、思い出せるように。どうかこれから綴られる日記がそんな楽しい日々で彩られる事を私は今日、この筆を置くと共に願う。





 * * *




 喫茶店がある。
 実に落ち着いた感じの内装の喫茶店だ。白と茶を基調とした配色に光を取り入れている内装には安らぎと温もりがある。そんな喫茶店のボックス席に座る男女が三人。私服姿の彼らは思い思いに自分らが頼んだのだろう飲み物や食べ物を摘んでいる。


「あー、春も終わりそうね。夏が来るわねぇ…」
「…日差しが暖かいですわね」
「これから鬱陶しくなるぐらいに熱くなるぞ?」


 からん、とコップに入った氷が揺れて音を響かせる。コップを握るのは鈴音だ。中のジュースを飲み干したようで、名残惜しげに氷を眺めている。肌に感じる暖かさを感じながら春から夏への移り変わりが迫っている事を実感する。
 その隣ではアイスティーを優雅な仕草で呑んでいたセシリアが心地よさそうに目を細めている。確かに陽気は暖かく、どこか眠りを誘うような温もりを秘めている。
 が、それも今だけの事と、一夏が小さく笑みを浮かべながらこれから日本の夏を知らないセシリアが味わうであろう苦痛を思い、ほくそ笑む。


「にしても、学校が無いって暇なもんよねぇー。入学早々、休校なんて笑っちゃうわ」
「仕様がないですわ。そもそも、その事態の原因は貴方でもある訳ですのよ?」
「…否定出来ない所がねぇ。まさかあの時はこんな騒動になるなんて思わなかったわよ」
「まぁ、束さんの受け入れと、それに伴う調整なんかで千冬姉も忙しそうだしな。楽しそうだけど」
「そうねぇ、本当に生き生きしてたわよねぇ。この前なんか上機嫌に私の頭撫でてきたし」
「え? 千冬姉が? 鈴の?」


 鈴音のぼやきにセシリアが少し呆れたように告げる。セシリアの言葉に鈴音は苦笑を浮かべながら呟く。それに合わせて一夏も今の現状を思い出して、それに伴って多忙の身となっている姉の姿を思い出す。
 それに同意するように鈴音が頷き、この前にあった出来事を二人に語った。あの千冬姉が上機嫌に、それも一夏以外の人間の頭を撫でる。ある意味、鬼などの称号が似合うあの千冬姉が、だ。


「……気に入られてますのね」
「…ふっ」
「……ぐぬぬっ…」


 セシリアがジト目で鈴音に告げる。それに対し、鈴音はふっ、と勝ち誇ったように鼻で笑って見せた。鈴音の反応にセシリアはただ悔しげに歯を噛む限りだ。そんな二人の仕草に一夏は苦笑して見ている。
 ふと、一夏は振り向いた。お、と彼は声を漏らし、軽く手を挙げる。その視線の先には彼女がいる。


「よぅ、箒」
「すまない。少し遅れた」


 そう言って席に着く彼女の姿をセシリアと鈴音は思わず凝視してしまった。セシリアと鈴音はそれぞれ、彼女たちの容姿に似合った女の子らしい格好をしているのだが、箒の格好はそれとは真逆の方向性を行っていた。
 白いYシャツに黒のベストを羽織っている。その下には黒いジーンズ。格好としてはおかしくはないが、どこかおかしい。以前の彼女のポニーテールがあれば印象もまた変わるのであろうが、今の彼女の髪型はショートに纏められたものだ。
 おかしい筈なのに違和感がない。これは一体如何に? とセシリアと鈴音は思わず顔を見合わせる。似合っているのが逆に困る、といった反応だった。そんな二人の反応に首を傾げつつも箒は一夏の隣に腰を下ろした。


「箒、それ、アンタ私服?」
「? あぁ、姉さんに選んで貰った。私はそういうのがわからんからな」
(あの人の仕業か…)
(あの人の仕業ですわね…)


 鈴音が訝しげに問いかけてくる事に首を傾げつつ、箒は自らが着ている服が姉の束に選んで貰ったのだと告げる。それに鈴音とセシリアは内心、大いに納得していた。今となっては深い付き合いになってしまった束を思い出して思わず苦笑。


「で? 今日はこれからどうするんだ?」
「んー。とりあえず注文しちゃってよ。私たちご飯食べちゃったから、アンタも此処で食べてから、どうするか決めるわよ?」
「なるほど、な。実際、学校が始まるまでにまだ日数はある訳だからな」
「そうだな。遊べる時に遊んでおかないとな! やっぱり!」
「一夏はその合間を縫って勉強しろ。じゃないとただでさえ遅れているのが遅れたままだぞ?」
「ぐっ…!」
「まぁ、そこはセシリアと鈴音が何とかしてくれるだろうから安心しろ」
「そ、そうですわ、この私が! 何とかしてみせますわ!」
「はぁ? 何言ってんの? アンタの頭でっかちの堅苦しい授業で一夏の勉強が進む訳じゃないじゃん」
「…い、言いましたわね? そもそも、鈴音さんは2組なんですから1組の私と一夏さんに構う理由なんて無いのではなくて?」
「2組言うな!! 幼馴染みの不甲斐なさを嘆いているだけよ。だ・か・ら、そんな幼馴染みを思っての私の授業は何の不思議もない訳よね? ただのお節介さん?」
「…ぐぬぬぬっ…!!」
「…ふぬぬぬっ…!!」


 互いに額を擦りつけ合わんばかりに距離を詰めて睨み合うセシリアと鈴音。今にもつかみかかって喧嘩を始めそうな二人に箒はぱんぱん、と手を鳴らしながら二人の名を呼ぶ。


「いい加減にしろ。煩いぞ?」
「だってこの人が!」
「だって此奴が!」


 セシリアと鈴音は互いに指を差し合いながら告げる。その息ぴったりな二人はまた視線を交わして睨み合っている。そんな二人の姿を見ていた一夏は小さく溜息。


「……ガキか? お前等」
「一夏は黙ってて!」
「一夏さん、うるさいですわよ!」
「……お前等の方が煩いと思うんだけどなぁ…」


 二人の同時に怒鳴られる一夏。納得がいかない、と言うように一夏は不満げに口を尖らせる。そんな一夏に小さく笑みを零しながら箒は軽く手を打ち鳴らすように合わせて告げる。


「ともかく。騒ぐなら後でゲームセンターに行くなり、何かで勝負でもして騒いでくれ。…そうだな、今日はゲーセンでどちらが多くUFOキャッチャーで商品を取れるか競うのはどうだ?」
「乗った!」
「乗りましたわ!」
「と、言う訳で午後はゲーセンだな」
「…いつもの流れ、って訳だよなぁ」


 こうして熱くなった二人は箒に乗せられるままに遊ばれるのだろうな、と一夏は思う。以前、似たような事があって箒がその漁夫の利を得ていた事がある。あれは確かケーキバイキングで時間制限内に定められた量を食べれば無料、という話だったか。
 一夏と箒は自分のペースで好きなものをつついていたが、セシリアと鈴音は乗せられるままに貪り食い合い、後に互いの自室で悲鳴を上げたという。今回は恐らく、箒が被った景品や、持ちきれなくなった景品を掻っ攫っていくのだろうな、という想像は容易に叶った。
 気づけば良いのに、と思うも、自分が口を出してもこの反応だ。本当にこの二人は仲良く自爆するのだ。喧嘩する程仲がよい、という彦はやっぱり正しいのだろうなぁ、としみじみと一夏は思う。


「…ま、良いか」


 仲が良ければそれに越したことはない、と。そうして夢中に何かにのめり込むのも良いだろう。自分も財布に響かない程度ならばやってみようかな、と思いながら一夏は未だに睨み合っている二人と、そんな二人を楽しげに見ている箒を見ながら笑みを浮かべた。





 * * *





「うわ~っ! 箒ちゃん、なにこれ、なにこれ! お人形さんがいっぱいだよーっ! ちっちゃいのから大きいのまでー!! ふかふかもふもふーっ!!」


 IS学園の学生寮。箒が住まう部屋には姉である束もまた一緒に住んでいる。その部屋の中央にどっさりと詰まれた人形の山に束は飛びついてはしゃいでいる。ひときわ大きい人形を胸に抱きかかえながらはしゃぐ姉の姿に箒は微笑ましいやら、恥ずかしいやらで何とも言えない笑みを浮かべる。


「何、今日、UFOキャッチャーで遊んで、その景品だ」
「うわー、箒ちゃんこんなにいっぱい取ったのー!?」
「いや、私は精々小物の一つ、二つぐらいだ。後はセシリアと鈴音が取ってくれた」
「へぇー、二人とも優しいね! 明日、御礼言わなくちゃ!!」


 言われても嬉しくないだろうな、と箒は我に返って財布を覗き込み、煤けた二人を思い出して小さく吹き出す。恨みがましい目で見られたような記憶もあるが、気のせいという事にしておこう、と箒はそっとその記憶を片隅にしまった。
 人形を物色しながら目を輝かせている束を何気なしに見つめる。見るからに子供だ。本当に無邪気で、自分の好きなように生きている。その姿は、以前は憎らしい限りであったものがこうも微笑ましい。
 変わるものだ、と思いながら箒はぼんやりとする。完全に束を受け入れた訳ではない。苛つく事だってあれば、その態度が時に腹立たしい時もある。…が、思えばそれもまた当然なのではないか、と思えるようになった。
 人間、全てが好きなままではいられないのだ。それを求めるのも、求められるのも困るのだ。人間には長所と短所がある。良い面と悪い面は常に表裏一体として存在しているのだから。
 それを、以前の自分は認められなかった。余りにも脆弱だったが故に、姉に、そして周囲に完璧を求めていたのだろう、と。今思えば情けない限りだ。…が、その思いを吐き出さない事もまた間違いだと教えられた。
 だからこそ、こうしていられる。まだここにいられる。それを噛みしめるように思い返しながら箒は束へと視線を向けた。そこには束のドアップが広がっていた。


「うぁっ!?」
「わーい、吃驚したー! 箒ちゃん、隙だらけだぞー!」
「……はぁ、まったく」


 ぴょんぴょん跳ねながら全身で喜びを表現している姉の姿に箒は溜息を吐く。姉らしく、無邪気なその姿を可愛いと捉える人もいるだろう。だが、どうにも疲れる、と箒は疲れた様子を隠さずに肩を落とした。
 そんな箒の眼前に何かが差し出された。それは白い兎だった。白い兎を差し出しているのは勿論、束だ。そんな束のもう片方の手には黒い同じデザインの兎が握られている。


「えへへー、箒ちゃんとペアルックー!」
「絶対に嫌だ」


 即答だった。一切の迷いも無かった。一刀両断の一言。箒は真顔で束に言い切った。
 箒の言葉を受けて、束の顔がみるみるうちに落ち込んだものへと変わっていく。つられたように頭についた兎耳も垂れている。今にも泣きそうな束は子供のように唇を尖らせる。


「…くくっ…冗談だよ、姉さん。まぁ、小さい奴だから携帯ぐらいにはつけられるだろ」
「……むーっ! からかったーっ! 箒ちゃんがまた私をからかったーっ!!」


 ぽんぽん、と頭を撫でながら箒が告げた言葉に束は最初はほっ、と安堵したように息を吐いたが、すぐに自分がからかわれた事に気づいたのか、両手を振り上げて威嚇するように箒を睨みつける。
 が、やはり普段の印象からかその姿に迫力はない。笑いが止まらない、と言ったように箒は喉を鳴らすように笑いながら、悪い悪い、と誠意のない謝罪を告げる。箒の反応に不満げに束はうーうーと唸っている。
 そして、何を思ったのか箒に飛びかかるように束は抱きついた。突然の姉の行動に箒は反応する事が出来ずに押し倒される。そのまま束は箒の体をまさぐるように触り出す。そして箒のポケットに入っていた携帯を素早く奪い取ってそのままころころと転がるようにして離脱。
 そして手早く箒の携帯に先程の白い兎のマスコットが携帯につけられる。同じく自分の携帯にも先程の黒い兎のマスコットをつけて、どや、と箒に見せつけるように掲げた。


「……はいはい、わかったよ。まったく…」
「えへへー、ペアルックー、箒ちゃんとペアルックー」
「…でも姉さんが白じゃなくて良いのか?」


 不意に思った疑問を箒は束へと投げかけた。彼女は確かにどちらかと言えば白兎の方がイメージに合っている。なのに自分の携帯につけたのは黒い兎だ。どういう事なのだろうか? と首を傾げる箒に束はにっこりと笑みを浮かべて。


「うん。良いの。だって箒ちゃんはどっちかというと、黒でしょ?」
「…まぁ、白という性分ではないが」
「これなら、箒ちゃんと一緒だと思うと、凄く嬉しいから!」


 えへへ! と。無邪気に笑う束は本当に誇らしげで、嬉しそうだ。そんな束に呆気取られるように動きを止め、そして吐息と共に体の力を抜いて肩を落とす。


「…なるほど、常に姉さんと一緒、だな。そうなれば」
「でしょ?」
「容赦なく汚そう」
「ひっどーっ!? えーんっ! そうやって束さんは箒ちゃんに汚されていくんだーっ!!」
「人聞きの悪い事を言うな」


 てい、と箒は気の抜けるようなかけ声と共に束の額にチョップをいれる。あいた、と痛くもないのに束は額をさすっている。


「姉さんは明日も会議だろ? もう寝ろ。私も寝る」
「うん、寝る寝るー」
「…自分のベッドにいけ」
「やだっ!」
「……なら勝手に入れ。まったく…」


 諦めたように溜息を吐きながら箒は寝間着に着替え始める。はーい、と気の抜けた返事をしながら束もいそいそと着替えている。
 着替えが終われば電気を消す。そして本来は一人用のベッドで二人は寝る。束が一方的に箒に抱きつくような形でだ。


「…毎度毎度…暑苦しい…」
「箒ちゃん、またおっきくなった?」
「…そして、毎度毎度揉むなっ!!!!」
「ぎゃいんっ!?」


 束はその悲鳴を最後に気を失い、強制的な眠りへと着かせられる。そんな束に溜息を吐きながら、箒は彼女に体にしっかりと布団をかけるように肩へと手を置き、自らの瞳を閉じるのであった。





 * * *





 今日も楽しいことがいっぱいあった。一夏達と昼食を食べてゲーセンで遊んだ。セシリアと鈴音は面白いようにUFOキャッチャーで競い合ってくれた。その分、戦利品もたくさん増えた。姉さんにプレゼントしたら案の定、喜んでいた。
 一夏とは他のゲームで遊んだりもした。一夏は、頑張ってくれている。私も頑張れているだろうか。こうして普通でいられる事。幼馴染みでいること。頑張る事でもないかもしれないが、このままでいたいと、私は思う。彼もそれに応えてくれる。だから私も応えたい。
 しかし、思い返せば姉さんには疲れさせられる毎日だ。最近ではやり返す事も覚えたが、やり過ぎると泣きじゃくるから本当に困った人だ。しかも胸を揉むし。大きくなったとかうるさい。むしろ姉さんの所為だ。本当に苛々する。
 不満に思っているように書いているが、今、思うと、どこかでこんな日々を望んでいたのだと思う。
 きっとそうだろうと。人はいつだって幸せになりたい。私はこんな有り触れたものを望んでいたのかも知れない。
 前はきっと、これ以上のものを望んでいたのだろう。だけれど、今を幸せに思えるようになったのは私も少しぐらいは成長していると思って良いのだろうか。前よりも求めるだけではない自分になれているだろうか。
 そんな自分になりたい。だから、明日も頑張ろう。頑張って生きようとそう思う。
 明日もまた楽しくなりますように。



[27248] 【AF】1-01
Name: 篠ノ之空気◆a93b0f94 ID:67f59a6b
Date: 2011/04/23 15:42
 カタカタと。
 キータイプの音が響いていく。室内はPCの照らす光のみが光源だ。ほのかに照らされる室内にいるのは二人。一人は束。彼女は腕を組むようにしてただ前を見つめている。PCの前に座るのは箒だった。彼女は無言でキータイプを続けていく。
 箒が操作するPC。そのPCの指示を受けて動いている機材。その機材のコードが伸びている先には一機のISが鎮座していた。暗闇の中、仄かな光に見える鮮烈な深紅の装甲。


「…設定、初期化完了。全てのデータの初期化を確認」
「…ん。ご苦労様、箒ちゃん」


 たん、と。最後の占めとして強く響かせたキーの音と共に箒はそう呟きを零した。同時に仄かに光っていた機材もまた光を失っていく。薄暗い室内の中、束はただ、暗闇の中に沈むIS、紅椿を見つめた。


「…ごめんね。箒ちゃん」
「何。我が侭を言ったのは私だ。そもそも、私のしでかした事が原因だ」
「それをさせたのも、また私だから」
「否定は、しないがな。これもまた区切りだよ。姉さん」


 箒は席を立つ。未だに紅椿に視線を向けていた束の肩をそっと叩き、そして振り返る。束と同じように紅椿へと視線を向ける。


「…すまなかったな。紅椿。…いつか、いつかお前に相応しい奴が現れる事を切に願うよ」


 さようなら、と。箒は愛機になるかもしれなかったISに対し、そう別れを告げるのであった。
 暴走、という事で処理された紅椿だが、その性能とそこから取れるデータは貴重なものだ。故に解体はされず、再び初期化され、新しいパイロットが選出されるという事が決定した。
 その際に必要な改修の為に既存のデータを初期化する作業。箒はそれを自身の手でやりたいと申し出た。自分の為に作られ、だが、結局は自分の都合のままに振りまわしてしまったIS。
 次に出会うパイロットが自分以上の者である事を望みながら、箒は紅椿が格納されている部屋を後にした。箒が去った後も、束は暫く、何をする訳でもなく紅椿を見つめるのであった。





 * * *





「さて、久々の授業という事で、休みボケをしている奴も多いだろうが切り替えて貰うぞ。貴様等は自分たちが如何なる立場にいるのかを再確認し、その責務を果たす為に尽力を尽くせ」


 それは休校になる前からも変わらない千冬のありがたいお言葉であった。一夏とセシリアは苦笑、箒はいつも通りだと頷き一つ。周囲の生徒の反応は様々で、確かに千冬の言う通りに休みボケによる気の緩みがあるのだろう。
 束が教師という事でIS学園はその調整を終え、新たなるスタートを切った。その内容は概要程度には説明はされているものの、詳しい実態は生徒は良くわからない、と言う現状だ。
 ただ、今回はあくまで現状を維持するという方向性で行くとの事だ。本格的な調整によって始まる新しい学園の態勢は来年度からが本格化するという話だ。それはIS操縦者を育成するIS学園が長期の休校状態にある事を好ましく思われなかったが為である。
 故の現状維持での授業再開である。無論、来年度の為の様々な施策は行われる事にはなるだろうが、ちょっとしたラッキーな長期のお休みだったな、程度の感想で終わる事は目に見えていた。


「さて、今日から再び授業を始める訳なのだが、その前に転校生を紹介しよう」


 転校生。そのワードにクラスの皆が沸き立った。この機会に乗じて転校生が来るのではないか、という予想は密かにあったのだが、実際に来るとなれば期待が高まるというもの。皆が皆、今か今かとその転校生の登場を待ちわびた。
 そんなクラスの様子にふぅ、と吐息を吐きながらも千冬は扉に向けて、入れ、と呼びかけた。千冬の呼びかけから数瞬の間を置いて開いた扉から入ってきたのは二人の生徒。二人は互いに黒板の前に並び、クラスの皆へと向き合った。


「シャルロット・デュノアです。フランスから来ました。皆さん、これからよろしくお願いします」


 ぺこり、と頭を下げ、それから満面の笑みを浮かべたのは金髪の可愛らしい少女だった。どちらかと言えば中性的なその容姿に目を惹かれる生徒は多く、ほぅ、と吐息が零れるのが聞こえる程だ。
 そしてその愛くるしいシャルロットとは対照的に、まるで刃のように鋭い雰囲気を纏い、他者を拒絶するような目をしている生徒が代わりに挨拶をする。


「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」


 ただそれだけだった。対照的な挨拶だな、と思った者は多い。クラスのざわめきを押さえるように千冬が手を叩いて自身に注目を集める。


「さぁ、自己紹介が終わったなら席に着け。授業を始める」


 千冬に逆らう愚か者などこのクラスには存在しない。シャルロットとラウラ、二人は示された席に着くために歩き出した。その際、シャルロットは窓側の席だった為に箒の横を横切る。
 その際に、何気なしにシャルロットを見ていた箒とシャルロットの視線が絡む。その瞬間、シャルロットの顔が僅かに歪んだのを箒は見逃さなかった。それは箒には敏感にさせる感情を含んでいたような気がした。
 それを確認しようと箒はシャルロットを凝視しようとする。だが、それは一瞬の事だった為に、シャルロットは平然と何も無かったかのように、そのまま自分の席に着こうとして―――ぱん、と乾いた音が響いた。


「……は?」


 そんな気の抜けた声を出したのは一夏だった。何事か、と思い、箒は一夏の方へと視線を向けた。視線の先には一夏と、そしてラウラがいた。一夏は訳がわからない、という表情で頬を押さえていて、ラウラは手を振り抜いた姿勢で立ち止まっている。
 一夏が、殴られた? 何がどうなっているのかわからない。そんな状況に更に混乱を招くかのようにラウラがゆっくりと口を開いた。


「…認めない。お前が教官の弟など」





 * * *





「――と、言う訳だ」
「何よそれ」


 昼時、食堂で唯一、2組である鈴音に説明を終えた箒はそう締めくくった。鈴音は憮然とした表情を浮かべてラーメンを啜った。それに習うように箒もつけそばをつゆにつけて啜る。


「まったく! 何なんですの!? ドイツにフランス! 本当に腹が立ちますわね!!」
「いや、ボーディウッヒはともかく、デュノアは私の勘違いかもしれないんだが…」
「まぁ、一瞬だったらしいしね。…でも本当だったら、あんた達災難ねぇ」


 いきり立つセシリアがだん、と箸をハンバーグに突き刺してしまう。行儀が悪いな、と思いつつも彼女の思いが理解出来る箒は敢えて無視。そして自分が感じたシャルロットの敵意に関しては勘違いかもしれない、という事を告げる。
 鈴音はそれに相づちを打ちながらも溜息を吐き出す。何故か転校生に憎まれるというそんな珍妙な事態。しかも二人の転校生に、知り合いの二人が、だ。学校が始まって早々、妙な事になったものだ、と箒は思う。


「…しかし、一夏。私はデュノアの事はさっぱりわからんが、お前は何か心当たりがありそうだな?」
「…ん…?」


 箒はぼぅ、と呆けた様子で食事の手すらも止めていた一夏に問いかける。一夏は箒の呼びかけによってようやく戻ってきたようで箒、セシリア、鈴音の顔を見渡す。


「……まぁ、あるには、ある」
「でも、初対面でしょ? でも、千冬さんとは面識があるみたいだけど…」
「あぁ。それは多分、昔、千冬姉がドイツで教官をやっていたことがあるから、その時の教え子かなんかだと思う」
「え? 千冬さんってそんな事してたの?」
「あぁ。1年ぐらいな。…多分、それの原因が、理由なのかな」


 緩慢な動作で食事を口にしながら一夏は呟いた。それに鈴音は顔色を変え、セシリアが首を傾げた。箒もいまいち要領が掴めない、と一夏に問うた。


「…どういう事だ?」
「第2回モンド・グロッソ…千冬姉はその大会を最後に引退している。二連覇を目前として、不戦敗という形で大会を棄権してな」
「…そう。その時ね、一夏、誘拐されてたのよ」
「誘拐ですって!?」


 席を立ち上がらんばかりの勢いでセシリアが叫んだ。それの周囲の生徒の注目を集め、セシリアは恥ずかしそうに肩身を縮めた。それに箒が一睨みする事によって周囲から視線を逸らさせる事によって場は静寂を取り戻す。


「…誘拐、とは?」
「当日に俺は誘拐されたんだ。で、それを助けるために千冬姉は決勝戦を蹴ったんだ。その時に俺の情報を教えてくれたのがドイツ軍だったらしくて、それが教官を務める理由になったんだ」
「…なるほど、な。要は千冬さんの崇拝者か何か? アイツは?」


 読めた、と言うように箒は呟いた。整理した現状から、どうにもラウラ・ボーディウッヒは千冬を崇拝に近い感情を持っているという可能性。そんな千冬が偉業達成を前にして、不戦敗という、今までの記録に泥を塗るような結末。
 その原因となった一夏が気に入らない、というのはある意味必然と言えば必然だ。確かに千冬は強いし、その人気は止まる所を知らない。入学当初の千冬のファンの反応に、毎度の事か、と千冬が呆れるまでに。


「…だからって普通、ぶつ?」
「無いな」
「無いですわ」
「……だよなぁ」


 鈴音の疑問に箒とセシリアは即答で結論を下す。やっぱりそうだよな、と一夏は疲れたように吐息を漏らすのであった。





 * * *





 午後の授業、そこでは1組と2組が合同となってグラウンドに集合していた。皆の格好はISを纏う際に着るISスーツの姿だ。揃った生徒達を一望するように授業担当の千冬は首を回し、小さく頷くと共に指示を下す。


「今日は実機を使った訓練になる。実際の機動の指導は、専用機持ちが班長となり、中心となって行え」


 千冬の指示が下されると共に女子のほぼ多数が一夏へと群がった。当然、いきなりクラスメイトにたかられた一夏は困り果てている。そんな一夏を見て殺気を放ち始めるセシリアと鈴音には当然の如く、誰も近づかない。
 やれやれ、と、相変わらずの日常風景に呆れながらも箒は自分はどうするかな、とぼんやりと考える。別に元・専用機持ちの身なのだから誰かに教わる、という段階は過ぎているのだが。
 そんな風に箒が思考を巡らせていると、不意に肩を叩かれた。そこには箒にとっては意外な人物がいた。


「篠ノ之さん、良ければボクが教えようか?」
「…デュノア」


 そこには、人なつっこい笑みを浮かべたシャルロットがいた。


 



[27248] 【AF】1-02
Name: 篠ノ之空気◆a93b0f94 ID:67f59a6b
Date: 2011/04/23 15:25
 大事だったものは失った。
 欲しかったものは残らない。
 振りまわされ、蔑まれ、疎まれ、意味などない。
 価値などない。ならば、何故息をしてるのか。
 無価値? 無意味? 存在そのものに価値も意味もないのならば。
 ならば、価値を見いだしてくれた人こそが全ての価値。
 けれど、もう何もない。何も残らないならば……――。



 * * *



(…やはり、私の気のせいだったのだろうか?)


 箒は腕を組みながら悩んでいた。悩みの原因は転校生であるシャルロット・デュノアの事だ。最初に感じた憎悪にも似た敵意、が、それとは裏腹に無邪気に自分に接してくる彼女の姿は自然と染みついて離れない。
 あれから、というもの、何かとシャルロットの世話は自分がする事が多くなった。むしろ世話を焼かれる事も多い。今まで復讐一辺倒で生きてきた箒は人付き合いが苦手だ。そこをシャルロットに引っ張られる、という事が多くなったのだ。
 コレに関しては一夏とセシリアは歓迎気味であった。箒の事情を知るが故に、彼らは逆に踏み込めない。知っているからこそ、知らないからこそ出来る事、出来ない事は異なる。故にシャルロットは自然と一夏とセシリアとも仲良くなっていっている。
 むしろ、あの無邪気な笑みは人を惹き付ける。箒ですら心を許しても良い、と思った。あの箒の最初の違和感こそが気のせい、と思うまでに彼女は無邪気だった。だが同時に故に最初の違和感が拭えない。拭わせてくれない。何度も彼女の笑顔に心を許しそうになるのを自分の心が何度も踏み留めている。
 勘、と言うべきなのか。シャルロットは信じてはいけない、と。心を許してはいけない、と。それは自身の人付き合いの無さ故の警戒心なのか、それとももっと別のものなのか箒には判断が付かない。


「箒ちゃん?」
「…ん?」


 ぼんやりと、ベッドの上で寝そべっていた箒は自身の名を呼ばれて顔を上げた。そこには束が心配そうに箒を覗き込んでいた。


「大丈夫? 考え事?」
「…あぁ、ちょっと、な。…姉さんは今日は遅くなったな」
「うん。ちょっとね。これから各国のISの現状を整理して、私なりにデータを目を通した後に改修プランを立てないとだからね」
「改修プラン? それは、現行の専用機を改造するのか?」
「うん。私の紅椿、というより第四世代のISの技術自体はもう完成しているって自負してるよ。ただ、問題なのはその制御の面、って事。私にせよ、ISにせよ、パイロットにせよ、って事」
「…技術は出来ても、それを制御する術はない、という事か」
「理論上、って言う話ばっかりだからね、私は。それで納得もいかない人もいるし、私も今回の事でISは私の手を離れちゃったんだな、って思うし」


 ふぅ、と吐息を吐きながら束は自分のベッドに腰を下ろした。やや疲れたように溜息を零すように今度は箒が心配げに声をかけた。


「疲れてるのか?」
「…んー…慣れない、からね。まだまだ」


 束は疲れた様子を隠すこともなく晒け出し、苦笑して見せた。束は今まで自分の世界に引きこもっていた。それを止めて人と付き合う為に心を開き始めたものの、元々、束が一人の世界に引きこもったのも他者が要因だ。
 トラウマ、と言っても過言ではない。故に束にとって他者といるというのは苦痛他ならない。だが、それに箒は慰めるような事はしない。それは誰もが大小あれど誰もが感じる苦痛なのだ。でなければ歪んでしまう。箒にせよ、束にせよ。


「…そうか。無理しないようにな」
「ん…。大丈夫だよ。ちーちゃんも、いっくんも、箒ちゃんもいる。セシリアちゃんと鈴ちゃんとも仲良くなってきたし、山ピーはいい人だし…大丈夫」


 そう言って笑う束の顔は確かに安堵させる程に良い笑顔だった。それに箒も笑って返す中、やはり脳裏を掠めるのはシャルロットの事だ。


(…全ての人と上手く付き合える訳でもない。一夏やセシリア、鈴音に望めるものと他の人に向けるものが違うように。…アイツが気になるのは、何故なのだろうな? 私は、アイツに何を感じている?)



 * * *



「…で? 何で私に意見を求めるかな? アンタは」
「お前も私と同じだろうに。それにお前だからこそ意見を伺いたいんだ。鈴音」


 ラーメンを啜りながらジト目で鈴音は箒を睨み付ける。その視線を受けながらも飄々と受け流しながら箒は鈴音に意見を求めた。この二人の組み合わせ、という事は自然と固まる筈の一夏とセシリアが抜けるという事だ。
 今頃、あの似非セレブが一夏にアプローチをかけていると思うと、箸を握り潰さんばかりの握力が発揮され、箸が悲鳴をあげる。この状況を生み出した箒には苛立ちしか沸かないが、ふぅ、と吐息を吐いて鈴音は気持ちを切り替えた。


「…まぁ、私もシャルロット・デュノアの事は信用してない」


 断言するように鈴音は言い切った。そう、一夏とセシリアがシャルロットと仲良くになるのに比例するかのように鈴音はシャルロットとの距離を詰めていなかった。本人が2組にいる、というのもあるのだが。
 だが、鈴音は感じて、そして悟っていたのだ。だからこそ箒も彼女に相談したのだ。


「やはり、裏があるか?」
「裏、っていうか…アンタ、わかってるんでしょ?」
「………」
「私は、二度も同じ轍を踏むつもりは無いわ。…でも、放っておいてどうなるか、っていう推測ぐらいつけられる。前例を見た訳だしね。でもね、私は正直、アイツに思い入れもないし、関わる気は無いわよ」
「いや、そこは良いんだ。…お前に確信さえ得られるならば、それで良い」
「……何で、私なのよ。アンタ、自分で気づいてたんでしょ?」
「あぁ。だから、認めたくなかったんだ。私とて、見たい訳でもない。放っておけなくなるからな」


 そう言って席を立った箒を鈴音は黙って見送る。ラーメンを啜る音が響き、最後の一口を食べ終えて吐息を一つ。


「……本当に、面倒臭い奴ね。本当は臆病な癖に、変に頑固で律儀なんだから」



 * * *



 夜のアリーナ。人気も少なくなり、月が浮かぶ夜の下、ISの訓練や模擬戦に使われるその一つに並ぶ二つの影があった。片方は箒で、もう片方はシャルロットだ。二人とも、その身にISを纏っている。
 箒は訓練機である打鉄を、シャルロットは専用機である彼女の愛機、ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡを。箒は打鉄の状態を確かめながらシャルロットを見た。


「さて、では始めようか」
「…誘われておいてなんだけど、わざわざこんな夜遅くにやる必要あったの? 貸し出し時間ギリギリでしょ?」
「何。姉の名を出せば事足りる。実際、シャルロットの専用機のデータが欲しかった所ではあるしな」


 シャルロットがやや不可解、と言うように箒へと問いかける。それに箒はいつもの調子で返答する。


「それに、お前には聞きたい事があってな」
「聞きたい事?」
「あぁ。――お前、私が嫌いだろう?」


 箒はシャルロットと向かい合うように位置を陣取って問いかけた。それにシャルロットは驚いたような顔をした後、心外だなぁ、と呟きを零しながら苦笑して見せた。


「どうしてそういう事言うのさ? 嫌いな人に話しかける馬鹿がどこにいるのさ?」
「目的があれば違うだろう。私の名前の重さと立ち位置ぐらい理解しているさ。私は篠ノ之だぞ? お前がデュノアであるようにな」
「……ッ」


 ぎりっ、という音がした。それはシャルロットが歯軋りをした音だ。苦笑は消え去り、残ったのは冷淡な、今までの彼女とは正反対の笑みだった。へぇ、と関心したように彼女は呟きを零して箒を見据えた。


「関心したなぁ。見抜かれてたんだ?」
「見抜いていたのは別の奴だ。私は…違う」
「…ふぅん? まぁ、そうだよ。僕は君が嫌いだよ」


 冷酷なまでの声。それに箒は怯む事はない。違うな、とどこかで箒は断じていた。これは違う。これはシャルロットの本心ではあるだろうが、本音ではない。これを自分は感じ取った訳ではない。
 こんなちんけな嫌悪などで今更どう思う程、箒のかつての絶望は軽くはない。むしろ嫌悪など有り触れた形の一つでしかなかった。今更なものを、今更どうして関心を持てというのだろうか。


「そうか。まぁ、それはどうでも良い。嫌われるのは慣れている。嫌われるような人間なのは自覚している。――が、憎まれる程の人間になったつもりはないが?」
「……へぇ?」
「が、考えればわかることだ。お前が私に近づいた事、そして姉さんによって変えられた現状、そして―――デュノア社の現状と、お前の母親…」
「――煩いよ」


 銃声が響く。
 箒の頬を掠めるように放たれた弾丸は箒の髪の一房を抉り、頬に紅い一閃のキズを刻む。はらり、と箒の髪が落ちる中、シャルロットは獰猛なまでに牙を剥き、だがそれでいて童のように無邪気に笑っていた。


「どうやってそこまで調べたのか、調べようと思ったのは何故なのか知らないし、踏み込もうとしたのはどういうつもりなのかわからないけど―――鬱陶しいよ?」
「自覚はあるさ。…しかし、私の推測は外れてはいなかったようだな」


 箒の口にしたデュノア社の現状。デュノア社はISの大手の企業として有名な企業だ。デュノア社が開発したリヴァイブは第二世代の中でも最高傑作と言われるだけの出来だけあって配備数も多い。
 だが、あくまでそれは第二世代の話であって、開発が進められている第三世代がまったく進んでいない。それがシャルロットの現状の専用機の状況が物語っているだろう。専用機でありながらも二世代のISを使っているのだから。
 性能は決しては悪くはない。だが、第3世代という名は特別なのだ。デュノア社はそれによって追い詰められているというのが現状だ。そのデュノアの名を持つシャルロットは、そのISの開発元である篠ノ之に対してどういう態度を取らなければならないのか。
 そして彼女の境遇。彼女はデュノア本来の子供ではない。正確に言えば愛人の娘だ。その情報の出所は何故かプロテクトが硬かったが、無駄というまでに有能な姉の助力を請うて得た情報だ。
 その際に手に入れた情報の胸くそ悪さは今でも覚えている。そして、その実行犯として担がれ駆けた彼女の心境を考えるに、箒は一つの推測を以てして自分の疑念を確固たるものつぃた。


「ふん。デュノアも必死だな。愛人の娘をも「男」という事にして自社の広告塔とし…更には「世界初の男のIS操縦者」のデータを掠め取ろうなどとは、な。だがその目論見は姉さんが世に出た事によって計画を変更せざるを得なかった。今までの教育も無駄になってな」
「…驚いたな、そこまで調べられるんだ。さすがは篠ノ之、って所かな? でも、逆に不思議だな。どうしてそこまで知りながら僕をここに呼び出したんだい?」


 シャルロットの問いに箒は瞳を伏せる。その胸に宿る思いは名は何だろう。


「……決まっている」


 幸福はいきなり失われ、その存在の意味もわからず、あげく自分の存在すらも否定され、人間としての尊厳は無く、道具として扱われるままに状況に振りまわされた彼女に何を思う?


「やりたい事なんて一つだ」


 状況も違う。
 境遇も違う。
 決して理解出来ない。
 出来るなんて事さえも言えない。
 ただ一つ。その苦しさは知っている。
 ただ一つ。その悲しみは知っている。
 ただ一つ。その悔しさは知っている。
 それがどれだけ無意味なのか。
 それがどれだけ無価値なのか。
 それがどれだけ己の身を焦がすのか。
 わかっているのだ。
 ならば、願うのはただ一つ。
 ならば、思うのはただ一つ。
 為すべき事をその胸に刻み、箒は近接ブレードを呼びだし、握りしめる事によってシャルロットに向けた。


「――機会をやろう。シャルロット・デュノア。私を殺して構わんぞ? 私もお前を殺してやる。姉さんに害為す輩は斬る。貴様の歪みはここで断つ。故に、貴様も私という歪みの一因を穿つと良い。出来るものならば、な?」


 その言葉にシャルロットは何を思ったのか、その表情を引きつらせ、目を何度か瞬きと共に白黒させた。が、その表情がゆっくり、だが確実に歪んでいく。それを箒は肌が焼けるような圧迫感と共に感じていた。
 それこそ、箒が彼女に抱いたものの正体。それは嫌悪であり、それは後悔であり、そして共感である。憎悪という名の腹の底で飼っている自分すらも手を余したバケモノの名だ。それがゆっくりと引きずり出されていく。
 縛りきっていた鎖はその圧力にやがて負けて―――喉を引き絞るような叫びと共にシャルロットが箒に襲いかかった。



[27248] 【AF】1-03
Name: 篠ノ之空気◆a93b0f94 ID:67f59a6b
Date: 2011/04/25 06:08
 束は胸が締め付けられる思いでモニターに流れている打鉄とラファール・リヴァイブ・カスタムⅡの戦いを見守っていた。手は握られ、その手をそっと胸に置くようにしてもう片方の手を重ねる。
 シャルロットが狂乱しているのではないか、と言わんばかりの形相と気迫で箒へと襲いかかる。無駄のない、だがそれでいて叩きつけるような乱射。それを箒は寸前で回避していく。ISのダメージを最小限に、最小限の回避で、最小限の消費で。それは一寸、凄いとも思うがその姿に束は恐怖に襲われる。
 箒には一切の無駄がない。ダメージも許容出来る範囲なら彼女は進んで受けている。だが痛みは本来は忌避されるもの。なのに彼女は必要であれば涼しい顔で彼女は痛みを受け入れる。それが決して快楽になっている訳ではない。それを彼女は必要であると思っているのではないかと。
 確かに痛みとは無縁のままには生きられない。何かしらの痛みを伴って理解をする事もある。痛みを以て救われる事もある。…が、時折恐ろしくなる。箒は高潔な人格をしている。それでいて一歩引いた性格だ。義理堅いが故に頑固なまでに自分を許す事が出来ない。
 不徳は己の修行不足だと、己の至らなさだと、彼女は他者を責めない。まずは自分に原因を見いだす。だが人間は一人では抱えきれない。他者がいてこその人なのだ。
 …束はそれを箒から奪い取った。故に箒は歪んでいる。本来の義理堅さが歪んでいった心を許さないが故に、決定的な歪みを作った。
 自己を顧みない。必要であればどこまでも自分を投げ捨てていける。一度、砕いた心は早々元には戻らない。いいや、元に戻る事はないだろう。彼女はきっとこれからも変わらない。それは根付いたものだ。彼女は痛みを進んで受けるだろう。それが己の罰だと自嘲するように笑いながら。


「………箒、ちゃん」


 呟きと共に漏らした吐息は苦しげだ。不意に走った痛みに束は目を見開いた後、慌てた動作でポケットに手を突っ込む。取り出したのは即効性のある胃薬だ。それを焦る手で手に取り、飲み込む。この味は嫌いだが、この痛みには堪えようがない。


「…ん…は、ぁ…っ…」


 胃があるだろう部分を押さえるように束は呻く。そして恥じる。箒はもっと痛いだろう。もっと痛いだろう痛みを堪えて生きてきた。それを吐き出す事すら本来は彼女にとっては忌避するものだったのだろう。
 だが、それしか選べる道を奪い取ったのは他でもない自身なのだ。箒が束と居る事を未だに燻っているものがあるように、束にとって箒とは己の行いによって傷つけてしまった一番の被害者なのだ。誰よりも、何よりも束にとってはそれが堪えている。
 だが、それでも姉でいたい。姉でいることを許されたから。だから耐えろ、と思っても耐えられない。薬の苦みも、この痛みも嫌いだ、と。束はただ一人、唯一、自分を傷つけない、かといっても優しくもしてくれない孤独の中で震える事しか出来ない。
 目を逸らす事は彼女には出来ない。…だが、それを受け入れるのにも、耐えられるのにも、束にとっては苦行以外の何者でもない。彼女がそれを受け入れるには、あまりにも遅すぎたのだから。





 * * *





 彼女には大事な人がいた。それは一人で彼女を育ててくれた母親だ。
 片親しかいなかったのは確かに不幸なのかもしれない。けれど、母親が大好きだった。誇りだった。本当に、本当に大好きで。
 だから、母が死んだ時、彼女の世界は一度、終わったといっても過言ではない。後は下り坂しかなかった人生だったから。
 両親が死に、引き取られたのは今までの生活とはまったく違うような世界。自分の預かり知らぬ所で罵られ、蔑まれなければならない。
 血の繋がった父親である筈の人は他人だと思わなければ、その冷たさに心が砕けてしまいそうになる。
 それでも、彼女が例えそれを苦痛に思おうとも耐えられたのは、彼女生来の優しさだったのだろう。そして希望だったのだろう、もしかしたら、いつかはその手で頭を撫でてくれる事を願って。
 だがその拠は、慈悲無く与えられる無情な現実の前に砕かれた。生来あった優しさは鳴りを潜め、ゆっくりと心が蝕まれ、心が歪んでいく。
 それを、今、彼女、シャルロット・デュノアは惜しむ事無く晒している。その憎しみを、その苛立ちを、その悲しみを、その嘆きを。


「アァァァアアアアアアアアアアアアッ!!!!」


 放たれる銃弾の一つが相対せし箒にキズを生む度に自分の中で生まれた嗜虐心を擽る。IS開発者の篠ノ之。その博士の妹である彼女。篠ノ之 箒。彼女は苦痛に顔を歪めながらも向かってくる。
 彼女が何故、自分と戦うようになったのか。彼女は姉に害為す者を斬ると言った。ならばそれを叩きのめすのは至極正当な事に思えた。何故ならば、こちらはお前達に全てを歪まされたのだから、と。
 ISの開発社の娘でなければ、そもそもISなんてものが無ければ、その仮定はシャルロットの胸に確かに宿っていたのだから。こんなものが無ければ、父親は望めなくても何か道はあったのかもしれなかったのだから。
 だが、仮定は仮定、いくら仮定しようともあり得ない道だ。わかっているからこそ、だから憎い。だからこそ傷つける。嬲るように、その体にキズをつけて這い蹲らせてやる、と。
 その思いに水を差すように響いた、がちん、という音と共にシャルロットは弾切れを悟る。


「…ちっ」


 小さく舌打ちを一つ。そして流れるように次の武装を呼び出す。シャルロットの専用機であるラファール・リヴァイブ・カスタムⅡの特色は従来のISに搭載出来る武装の倍以上の武装を装備出来るように拡張容量を拡大している事だ。
 その武装は半ば、重戦車並と言っても過言ではない。放つ事によって発生する耳を劈くような轟音すらも気にならない。ただ箒を嬲る事にシャルロットはその全意識を集中させる。
 その余りある暴虐を箒に叩きつける。そして、遂に箒の回避がシャルロットの攻撃に間に合わない、確実に撃ち込んだ、とシャルロットは確信し、嗜虐のままに笑みを浮かべた。





 * * *





 痛い。
 痛いのは、何故だろう。
 痛いのは、嫌いだ。
 だけど。
 痛い。
 痛いから、わかる。
 痛いから、知れた。
 そう。
 痛いんだ。心がいつだって泣いている。
 痛いんだ。欲しかったものは手に入らない。
 あぁ。
 痛いよ。望まないままの人生は。
 痛いよ。悲しみも、憎しみも、それは痛みを伴うから。
 痛いから、痛いと知って欲しかった。いいや、知らないと不公平だとさえ思った。
 けれど。
 痛いと。泣いているよ。
 痛いと。泣かせてしまったよ。
 思ったのは、その悲しみは私が連れて行こう、と。皆はどうか笑っていて欲しい。そうすれば笑えるなら、少しだけ、慰められるから。
 けれど痛いのは知って欲しい。けれどそれで誰かが泣くのならばそれこそ嫌だ。でも、嬉しい。
 …そう。だから、本当に良いのは分かち合える事。誰かが隣にいてくれる幸福。それを教えられた。他ならない友人達に。


(なぁ、一夏、セシリア、鈴音…。私は…―――)


 …あぁ。
 行こうか、と。箒はそっと自分の背中を押すイメージで吐息した。
 迫る銃弾。流石にあれを喰らっては動けなくなるから。
 さぁ、行こうか。尻ぬぐいは姉さんがやってくれるさ、と。
 そして迫る弾丸を前に、箒は指示していたコマンドを叩き込む。
 既にエネルギーの残量はかなりの量が消費されているが、それでも、これからやる事には十分すぎる程だ。


『絶対防御設定レベル設定完了。リミッター解除。設定が搭乗者の必要保護基準を下回りました。直ちに設定を修正して―――』
「すまない。少しだけ、付き合ってくれ打鉄。後で姉さんが直してくれるから」


 表示されるウィンドウは無視し、箒は―――加速した。
 ステップを踏むと同時にブースターを点火、リミッターを解除したブースターの出力は軽く人を殺せる。圧迫される感覚に顔を苦痛に歪めながらも弾幕の着弾地点からの離脱を確認。
 大地を滑るように着地。その余波を殺す為に大地に手を付きながら無理矢理姿勢制御を計ろうとする。間接部に多大な負担が掛かったことによって警告と共に各部位の状況が表示される。状態は脚部、主に着地の際に叩きつけた片足が酷い。が、それは今は無視する。
 シャルロットが呆けた顔でこちらを見ている。が、それは致命的な隙だ。箒は既に必殺の態勢へと入っている。ブースターの噴射と踏み込みを同調させ、加速する。近接ブレードを鞘に収めるような態勢で腰溜めに構える。
 ようやくシャルロットが反応する。放たれる銃弾。それを箒は肩部の装甲を盾にする事によって防ぐ。装甲が砕け散り、そしてISの絶対防御の設定を下げた事によって本来、軽減されるダメージが箒の体に叩きつけられる。が、箒はそれを歯を強く噛みしめる事によって耐えきる。
 肉が抉られるような痛み、シャルロットも異変を感じ取ったのか、その銃撃の手を止めてしまった。その姿に箒は何を思ったのか。愚かな、だろうか。それとも優しいな、だろうか。或いは両方か。
 加熱した思考は既に自分が何を考えているのかすら理解させない。だから、ただ一つ。理解している事はただ一つ。為すべき事もただ一つ。
 防御の設定率は下げたといっても、肉体が千切れる訳でもない。ならば、ただの痛みごときに屈するな。踏み込め、惑うな、恐れるな。箒は更に一歩、前に出た。


「――斬り捨て、」


 そして、間合いに到達。唖然としたままのシャルロットが箒を困惑と驚愕の入り交じった瞳で見ている。が、それを意図せずに箒は蓄えていた力を解き放ち――


「――ご免ッ!!!!」


 ――居合い斬りを解き放った。
 リミッターを解除された事によって放たれた打鉄の駆動系すら焼き切る一撃は、たったの一撃でシャルロットの絶対防御を発動したラファールのエネルギーを喰らい尽くしていく。更に、返しの振り下ろしの唐竹割でだめ押しの残量エネルギーにトドメを刺す。
 衝撃によって飛ばされたシャルロットは悲鳴をあげる。そのまま大地に叩きつけられ、シャルロットは呻きながらも起き上がろうとするも、ラファールは既に動かない。
 ざり、と砂を踏みしめる音と共に箒がシャルロットの眼前に立つ。打鉄もまた停止しているのか、箒は打鉄から降りている。傷だらけの体に、不自然に揺れる腕と、平然といつもの表情のままにシャルロットを見ている姿はなんともちぐはぐだ。


「――…気は、済んだか?」
「……ぇ?」
「わかっただろう? お前のような未だ、ただの人間が、私に勝てる訳がないだろう」


 それは、シャルロットの恐怖を煽るのには十分過ぎた。そうだ。異常だ。狂っているとしか思えない。ISの絶対防御の設定率を下げるなんて、自殺行為に他ならない。少しの見誤りがISの防御を抜いて自身の死を招きかねないのに。
 殺す。そうだ、殺す所だった。それにシャルロットは背筋に冷えたものを詰め込まれたように体を震わせた。死ぬ。母のように。だけどもあれよりも凄惨に、銃弾によって砕かれた臓物が散らばるそんなイメージにシャルロットは体を震わせた。


「な…何考えてるんだよっ! 君は一体何なんだよっ!!」
「……」
「何だよ…! 僕だって、僕だって好きでこうなった訳じゃないのにっ! もう、そんなの、後戻り出来なくなる…そんなの、嫌だよ…!!」


 殺してやりたい。
 けれど殺すのは恐い。
 その矛盾した心を前にシャルロットは叫ぶ。ラファールが動くなら頭を抱えていた事だろう。その苦悩は明らかに表情に表れてシャルロットは苦痛を訴えている。
 その姿に箒は、ほっ、と安堵の息を零した。倒れているシャルロットに歩み寄り、その傍に膝をついた。


「…そうか。お前は手遅れじゃないな」
「…ぇ?」
「好きでこうなったんじゃないなら、もう止めろ。お前は私に負けたんだ。敗者が勝者に逆らうのか? それとも、まだやるか? もう一度再戦するか? それとも生身でやっても構わんぞ? 訓練は受けているんだろう?」
「…な…」
「もう一度聞くぞ? ――気は、済んだか?」


 シャルロットは、ただあり得ないと思った。あり得ない考えに行き着いてしまったからだ。
 彼女はずっと、自分の気を晴らすために自分と戦っていたのではないか、と。その体にキズをつけたのだって溜め込んでいた憎しみを吐き出す為のものだったのではないか、と。
 だって、今、自分はこうして彼女にあっさりと沈められているのだから。ならば、わざわざキズを作る必要なんてどこにもない。なのに彼女が傷だらけなのは何かの理由があって然るべきだ。
 それが、自分の為だなんて思えない。思ってしまったら、シャルロットは堪えきれない。


「…どう、して?」
「…どうして、か。それは、お前が見てられなかったからな」


 それが、やはりシャルロットの望まない現実を知らしめた。彼女は、誰でもない、自分の為にこんなキズを負ったのだ。どうして、と疑念もあった。だが、何よりも自分の為にここまでした人を傷つけてしまった、という罪悪感で殺されそうだった。


「……どう、して…?」
「そればっかりだな」


 重ねて、信じられないというように呟くシャルロットに箒は苦笑して見せた。やれやれ、と言わんばかりに肩を竦めようとして笑みを引きつらせる。脂汗が浮かび、歯を噛みしめる事によって痛みを堪える。彼女の揺れている腕、その不自然さはやはり折れているのだろう。


「気にするな。ただの自虐だ」
「巫山戯ないでよ!! 何でだよっ!? こんな、こんな…!!」
「望んでない、だろ? お前は優しい奴だ。それは嘘じゃない。それを、私は本心を隠されたまま受け取りたくはない。それは嘘だろう?」
「…嘘…?」





「――なに、私とお前は……友達だろう?」





 すぅ、と。
 箒は僅かに息を吸った後にそう言った。それがシャルロットの思考を止めるには十分過ぎた。…何が優しい奴だ、だよ、とシャルロットは思う。優しいのはそっちじゃないか、と、そう声に出そうと思って、気づいた。
 口を開けない。開いてしまえば腹の底から込み上げてくるものを抑えきれない。今、口を開けば零れてしまう。
 そんなシャルロットに気づいているのか、箒はラファールを外部から操作し、シャルロットをラファールから下ろす。そしてシャルロットの手を無事な方の手でひいて起き上がらせ、そのままその頭を撫でた。


「知っている。憎む事、悲しい事、悔しい事、それは一人で抱えると、ちょっと変になるからな。お前は変にならんで良い」
「……っ……」
「何か出来る訳でも、ないがな。それはお前が頑張れ。私は知らん。…ただ、な。愚痴ぐらいなら聞くぞ。そうして貰った方が、…うん、私も助かる。復讐なんて、そんなものを拠にするな。憎しみは己の身を焼くだけだ。だから、幾らでも吐き出せ。何度だって拭ってやるさ」
「…どう、して…っ…!?」
「私が見たくないだけだ。ただ、それだけだよ。それ以外の理由なんて無い。…と、言えば慰められる訳でもないか。ただ、見てられなかっただけだよ。シャルロット」
「僕達、出会って、日も浅いし、僕は、君を…憎んでたんだよ!?」
「だから、だ。お節介が焼きやすかったぞ? それに、下手に放置して姉さんに何かしら面倒を起こされても、うるさい奴らがいるんだ。色々と、な。だからこっちの方が面倒もないしな」


 それに、シャルロットはもう堪えようもなかった。ここまでも素直な人はいない。ただ純粋に、ただ一途に、こんなに救ってくれるなんて言葉が貰えるなんて思わなかった。けれど、そうだった。こんな並べ立てたような言葉でも、ずっと、ずっと欲しかったんだ、と。


「…篠ノ之さん、君、おかしいよ…」
「どうやら、残念な事に篠ノ之は変である事に定評があるようだ」
「…冗談に、ならない、よ…っ…」


 どうして笑っていられるの、と言う問いは無粋だろう。彼女はこういう人なんだろう、と。おかしいからこそ彼女なのだ。馬鹿みたいに純粋で、一途で、頑固で、でも不器用な事が。
 普通の人から見れば、彼女はやっぱり変な人なのだろう。だけど…自分も大概普通ではない。色々と混み合った事情があった中で――こんな夢物語みたいな救済は信じられない。だけど、それが目の前にあったら、それは…。


「…う…ひっ…ぐ…うぇぇっ…!」


 涙が止まらない。嗚咽が止まらない。込み上げてくるものは止まらない。
 あぁ、自分は優しくされても良いんだ。優しくしてくれる人がまだいてくれたんだ。
 ぎこちなく頭を撫でてくれる手が優しくて、だからもっとそれに縋りたくてその胸に顔を埋めるように抱きついた。怪我をしているのはわかっていたけど、それでも、縋りたかった。
 それを箒は難なく受け止める。夜のアリーナ、動かなくなった二つのISの間に挟まれ、重なるその姿を見咎める者など誰もいなかった。





[27248] 【AF】1-04
Name: 篠ノ之空気◆a93b0f94 ID:67f59a6b
Date: 2011/04/27 03:40
 病院の廊下を勢いよく駆け抜けていく二つの影がある。それは一夏とセシリアだ。二人の顔には鬼気迫るものがあり、病院内では走ってはいけないという規則は意識の外であろう事がわかる。
 そのまま彼らはエレベーターを使うのも時間が惜しい、と言わんばかりに目的の病室のある階へと繋がる階段を駆け上がる。そして目的の病室の前に辿り着き、ノックをする事も忘れて部屋に飛び込んだ。


「あーん」
「…ぁ、ぁー……ん?」
「ん?」


 飛び込んだ部屋の先。そこにはまず箒がいる。病人服を纏い、ベッドの上に座っている。片方の腕はギプスがつけられて、吊されている。その隣には備え付けの椅子に座って病人食を箒に食べさせているシャルロットがいる。
 やや照れくさそうにシャルロットの差し出した食事を口に運んでいた箒だったが、不意に予兆もなく開かれた扉、そこから入ってきた二人に視線を向ける。それにシャルロットも気づいたのか、一夏とセシリアに視線を向けた。
 何とも言えない空気が漂う。明らかに一夏とセシリアは全力疾走でここに辿り着いたというのが目に見えてわかるのだが、目的であろう人はクラスメイトによって食事を食べさせて貰っているというこのちぐはぐさ。
 その硬直を壊したのは、病室の入り口に固まっている二人に対して全力全開、手加減無用の手刀を叩き込んだ千冬だった。


「病院内は走るな、ガキ共が」
「ぐぉぉおっ!? 割れる、頭が割れる…っ!?」
「ひぅっ!? …~~~~っ!?」


 頭を抑えながらのたうち回る一夏と、涙目でぷるぷると震えながらその場にしゃがみ込むセシリア。そんな二人を見下ろしながら呆れたように溜息を吐き出す千冬。その後ろには何故か怯えたように頭を抑えている束と、千冬と同じく呆れたような鈴音がいる。
 …どうしてこうなった? 箒は割と冷静にそう思ったのであった。隣でシャルロットが苦笑しているのがなんとも印象に残るのであった。





 * * *





「何。利き腕が骨折したのと、全身が多少筋肉痛のようなものだ。たいした事じゃない」
「思いっきり重傷じゃないか」


 何でもないように言い切る箒に、おかしいだろ、とツッコミを入れる一夏。その顔には怒りと呆れが混じり合った表情だ。流石に一夏の怒りを感じ取ったのか箒は少し表情を崩して一夏を見た。


「……まぁ、その。進んで受けた傷だ。だから、一夏が気にする必要は…」
「…お前なぁ…」


 がしがし、と頭を掻きながら一夏はもどかしそうに言葉を探す。事情の方は千冬からも聞いているし、シャルロットからも改めて聞かされた。ならば箒がどういう行動に出るのかなんて想像に難くない。
 彼女の歪みの一因とも言える一夏は嫌でもそれを自覚しているし、理解も出来る。だから彼女の行動を咎める言葉を自分に言えるのか、と言われれば悩む所だ。他に方法があったんじゃないか、と思うものの、一夏自身、考えが及ばない。


「…頼むから、心配させないでくれ」


 はぁ、と。疲れたように溜息を吐きながら一夏はそう言った。あれから普通であろうと努めているが、それでも箒への気持ちは未だに燻ったままなのだから。そんな彼女が傷つく姿を見れば一夏は黙っていられない。
 けれど、既に一度拒絶されている身で何を言えば良いのかわからない。普通であろう、と心がける二人にはまだその距離の取り方が上手くいっていない。一夏も、箒も互いの顔を見れないまま、言葉を交わす。
 それを不安げに見ているのが束。呆れたように吐息するのが千冬。気が気がない様子で一夏と箒を見やるセシリアと鈴音。その面々の様子から、皆がどういう心情なのかを察したシャルロットは気まずげに体を揺らす。


「…とにかく、終わった事だ。今更蒸し返すのも良くないだろう。…打鉄だが、よくもまぁあそこまで壊してくれたものだな」
「…うん、酷いものだったよ。お陰で束さんは寝不足気味さー」


 話の流れを戻すように咳払いをした後に千冬が箒に告げる。その声は呆れきっていた。千冬に同意するように束が手を振りながら疲れたように告げた。


「オーバーホールが必要な程だったよ…。下手したら廃棄になっててもおかしくないよ。むしろ作り直した方が早いんじゃないかも? って思ったぐらい」
「…アンタ、何したのよ?」


 鈴音があり得ないものを見るような目で箒を見た。それに箒は一つ、頷いて。


「何、ただ少し設定を弄くっただけだ」
「ISからの設定変更要請が出ているのも関わらずに、な。常人があの設定で動かせばまず扱い切れん」
「そんなに酷い設定なのか?」
「ISは本来は肉体の延長線上として扱うのが常だが、時折緊急回避にIS側からの動作も確かにある。だが、此奴は1から10、ほぼその操作を延長線上ではなく、IS側からの操作で動かしている。あくまで肉体は「その動作を行う為だけのパーツ」、と言った所か?」
「ISを纏っている、というよりは、ISに組み込んだ、という感じかな」


 はぁ、と呆れたような溜息が千冬と束から零れる。改めて箒がやった無茶に一夏達はジト目で箒を睨む。瞳を閉じて我関せず、という態度を箒は取る。別にやった事に後悔はない、と。


「…何にせよ、生きてて良かったと思え。もう二度とするな。次は無いぞ」
「…はい。なるべくは」
「…そこで断言するぐらいして見せたらどうだ? 嘘でもな」
「生憎、嘘は下手でして。それに…私はどうこうするつもりもありませんから」


 ビキッ、と。
 一夏は恐怖の戦いた。束は震え上がった。セシリアと鈴音はひぃっ、と短く悲鳴を上げて竦み上がった。シャルロットは顔を真っ青にした。
 病室は怒気によって支配され、その支配者である千冬はこめかみに青筋を浮かべている。そんな鬼気を受けながらも平然としている箒はどうかしている、としか思えない程だ。


「…箒、私は、余り気の長い方ではないぞ?」
「…とは、言われましても。嘘偽りない本心ですから」
「私は、口答えされるのが嫌いだ」
「知っています」
「………」
「………」


 睨み合う二人の気がぶつかり合いを激しくするのに比例して、一夏達の顔色はどんどんと青ざめていく。が、先に折れたのは箒だった。


「…すいません」
「…ふん。最初からそう言っておけ」


 箒の謝罪の言葉を聞いてようやく千冬は怒気を納めた。それに周りもほっ、と一息を吐いた。


「お前は少しぐらいに素直になれ。お前が苦労する分には構わないが、私の手を焼かせるな」
「…無理、ですかね?」
「無理でもしろ。言っただろう? 私への返事は、はい、で返せとな」


 それに箒は苦笑を零し、はい、と小さく返事をするのだった。箒の返答を聞いて満足したのか、千冬は一度頷いて背を向けた。


「では、私は戻る。束、お前もあまりのんびりしていると書類が溜まるぞ」
「うげぇ…わかったよー」


 心底嫌そうに返答を返しながら束はそう返答するのであった。それに千冬は病室の扉へと出るように足を向ける。そして後数歩で扉に手が伸びる、という所で足を止めた。


「あぁ、それと箒」
「はい」
「私は試されるのも嫌いだ。覚えておくように」


 振り返る事無く、片手を軽く上げながら千冬は箒へと告げた。そして颯爽と去っていく千冬の背中を誰もが見送った後、箒は疲れたように溜息を吐いた。


「…やっぱり、敵わないな。私はあの人ほど強くはなれない」
「…千冬姉に勝とうと思うお前が凄いよ。良く張り合おうだなんて考えるよな」
「なに、昔も、今も目標さ。超えて行かなきゃ、な」


 遠くを見つめるように箒はベッドに体を預けるように寝そべりながら言った。どこか自嘲するように箒は言う。昔から変わらない。今は、昔とはその内情こそ変われど千冬は目標だ。
 …そう。もう遅いし、もうきっとそんな未来は来ないだろう思っていても。そう思いながら箒は一夏を見た。


「…ふん」
「な、なんだよ?」
「何でもない」


 ただ、もしも、お前が後悔させられるような女になれたら、気持ちが良いだろうな、と。そうなる為には歪みを少しずつでも直さなければ、と思う。だから、箒は偽らない。他人に頼るという事が必要だと感じているのは、何より彼女なのだから。
 千冬の、試すな、という言葉はそんな箒の不器用なまでの距離の取り方に対しての言葉だった。自覚はある。だが、言葉が欲しいと思ってしまうのは、温もりが欲しいと思ってしまうのは、傍に居て欲しいと思うのは、間違っているのかな、と。箒は苦笑を浮かべるのであった。





 * * *





 夕陽に染まる病室、既にそこに一夏達の姿はなく、残っているのは箒とシャルロットだけだ。先に帰った一夏達を見送った後も、シャルロットは箒の傍に居る。箒は黙して何も語らないまま空を見上げている。


「…ねぇ、篠ノ之さん」
「…ん?」
「…何も言わない、んだね」
「…そうだな。私は、何を言えば良いのかわからないからな」


 空を見上げていた視線をシャルロットに向ける。そこにはやや俯いたシャルロットがいる。


「…篠ノ之さんは、さ。不器用すぎるよ」
「…自覚はあるよ」
「なのに、諦めないんだね」


 眩しいよ、と。小さくシャルロットは呟いた。箒は人の心が理解出来ない。彼女が理解出来るものはあまりにも狭く、それでいて深い。だからこそ彼女は人の機微を悟る事が苦手だ。それに連なる物ならば思考は幾らでも回るが、それ以外はからっきしだ。
 誰もが普通に知り得た物を彼女は持ち得ていないのだ。手探りのように、闇の中をかき分けるように、そんな不安を胸に抱きながらも彼女は向かっていく。誰かを知ろうと努力を続けている。言葉を届かせる為に。思いを届かせる為に。


「…どうして、頑張れるの? そんなに傷ついてまで」
「…そうだな」


 何故、と問いに箒は考えるように瞳を閉じた。暫しの間を置いて、箒が出した答えは一つだった。


「…ただ、そう望むだけだからだ。私は痛みが欲しい。罰が欲しい。私が今まで失わせてきたもの、傷つけたもの、それなのに得た幸せを受け止めるにはこの程度の痛みでさえ安い。…そう、許せない、からかな? 結局、私は自分を許したいから誰かを助けたいんだ。精一杯、やれる事で。それしかないなら、せめてそれだけでも死に物狂いでだ」


 幸せになりたい。
 だが、それを得るには余りにも墜ちすぎてしまった。だけど、得る機会がまだ失われていないのなら、まだ心がそれを望む限りは続けていくつもりだ、と。いずれこの身が朽ちるだろうその時まで。
 例え、それが人よりも早い破滅を招いたとしても最後まで胸を張ったままに死にたい。最後の最後まで胸を張りたい。もう、膝を抱えて絶望に呻くぐらいならば、最高の自分のままで。消えて良いと思うまでに最高に納得のいく自分で。
 だが、それはある意味では消極的な自殺願望だ。後に残すものなどない。彼女の性質は焔。復讐の焔は未だに彼女の中で燻っている。ただその性質の方向性が少し変わっただけで彼女は自分自身を未だに疎んでいる。


「…篠ノ之さんは、馬鹿だよね」


 そんな箒を笑うようにシャルロットはそう告げた。流石に馬鹿、と言われるのは心外なのか、箒は顔を上げて見れば、そこにはシャルロットの真剣な顔があって驚くばかりだ。


「でも、凄い、気持ちはわかるかな。後ろめたい事しちゃったら、ずっと引きずっちゃうからね。…だから、篠ノ之さんは、凄いんだなぁ」


 人はどこかで妥協点を見いだす。人は常に自分に厳しくは出来ない。なのに彼女の妥協点は明らかに常人よりも遙かに高い。どうしてそこまで、と思わんばかりにまで彼女が自分に出せる妥協点は高いのだ。
 それは純粋に凄い。自分に課し続けるその姿はある種、尊敬を思わせる。…だが、故に彼女は眩しいのだ。シャルロットは箒のようにはなれない。箒のようになるという事が正解という訳ではないが、少なくともその姿勢は見習うべきだろう、と。
 だから、シャルロットは思うのだ。だからこそ、箒に手を伸ばした。彼女の頬に手を伸ばす。


「…でも、少し楽になっても良いんじゃないかな? 箒さんは、今のままでもずっと素敵だよ。だから、少し力を抜いたって共感出来るよ。箒さんが思う程、人は綺麗じゃないと思うよ」
「…そう、か?」
「うん。だから、もうちょっと楽になっても良いよ。きっと」


 箒とシャルロット。
 二人の境遇はある種、似ているようで実の所、その性質は反対なのだ。
 箒はある意味、悪意無き悪意によってその人生を狂わされた。だがそれは人の純粋さが残り、人の綺麗さによって箒は己の負の面に直面して己自身に膝を折ったというべきだろう。
 だがシャルロットはその真逆。彼女は悪意という悪意によってその人生を狂わされた。人の持つ狡猾さがシャルロットの他者を信頼するという他者の正の面を信じられなくなった。
 ある種にして真逆にして対立。似たような境遇でありながらも全く正反対の絶望を噛みしめた二人。だからこそシャルロットはわかったのだ。箒は美しすぎるのだ。純粋で、それが歪まない。
 だから。シャルロットは恋い焦がれるのだ。目の前の篠ノ之 箒という存在に。自分と全く正反対の絶望に一度は屈しながらも、それでも抗おうとしているその姿に。だがそれはシャルロットの中で一つの感情を生む。


「ねぇ、箒って、呼んで良い?」
「む? まぁ、良いが?」
「じゃあ、僕もシャルロットで良いよ。友達、だもんね?」


 箒は気づいているかわからないが、シャルロットは思う。もしも運命があるとするならばきっと出会うべくして出会ったのだろう、と。シャルロットは思うのだ。この役目は箒に恋慕を抱かれている一夏にさえ譲れないと。


(こんな綺麗な人を―――許せるわけないじゃないか)


 こんな人がいて良い訳がない。もっと自分に関わる人が彼女のような人だったら、なんて思ってしまったらシャルロットはやるせない。シャルロットの絶望は箒の絶望とは真逆なのだ。人を信じるが故に絶望した箒の在り方は、シャルロットの不幸を加速させるのだ。
 そこまで他者というものを信じ切れないシャルロットにとって箒の在り方は衝撃で、その在り方故に儚い姿が許せない。こんなにも綺麗なのに、あんな薄汚いものを信じたまま砕けて穢されるなんて。
 じゃあ、と。その感情が首を擡げてくる。この人はそんな人達にくれてやるには惜しい。あぁ、惜しいじゃないか。こんなにも綺麗なのに。でも、いつか砕けてしまうのなら…。
 …あぁ、そうだ。彼女が欲しいんだ。でも彼女はずっとはこのままじゃない。変わってしまう。こんなにも綺麗なのに。ならば、誰かに穢されるぐらいなら…―――いっそ、自分の手で変えてやろう。壊してやろう。
 それもまた、箒と正反対。愛おしいが故に穢したくなくて遠ざけた箒と、シャルロットは真逆の答えを選んだのだ。愛おしいが故に穢したくなる。誰かが穢すぐらいなら自分が穢す。だってそれは彼女自身すら認める儚さだから。


「これから、改めてよろしくね、箒」





 ―――君と一緒にいよう。君が、もっと楽になっていいと思うように、君が笑っていられるようにしてやるんだ。この世界を信じさせてくれた君をここにつなぎ止める為に。一緒にいられる為に。





 



[27248] 【AF】2-01
Name: 篠ノ之空気◆a93b0f94 ID:67f59a6b
Date: 2011/04/28 04:43
「…ねぇ、一夏。アンタさぁ…」
「…言うな。わかってる。わかってるから」


 昼下がりのアリーナ。そこで白式の第二形態、雪羅を纏った一夏が項垂れていた。一夏にどんな言葉を投げかければ良いのか迷ったように顔を歪ませているのは鈴音だ。彼女もまたその身に愛機である甲龍を纏っている。
 鈴音の隣にはセシリアもいる。やはりその身にはブルー・ティアーズが纏われている。セシリアも鈴音と同じようにどこか困った顔をして、鈴音と顔を見合わせて溜息を吐く。


「…セカンドシフトしても、ほら、相性というのもございまして…」
「慰めはよしてくれ…」


 そのまま縮こまって消えそうな一夏にセシリアと鈴音は困ったように顔を見合わせるのみだ。一夏がこうまで落ち込んでいるのは理由がある。今日は土曜日の午後で、アリーナが全解放される日なので三人は練習の為にアリーナを訪れていたのだ。
 そこで一夏、セシリア、鈴音は模擬戦を行ったのだが、一夏が全敗という情けない結果に終わっているのだ。仮にも唯一、セカンドシフトを成し遂げている筈なのに負けているという事実が一夏を打ちのめしていた。


「…一夏さんの雪片と雪羅は確かに脅威ですわ。ですが、それが近接武器でしかない、というのが」
「スピードもあるけど、武装の制限があるから結局は軌道さえ読めればやりようはあるしね」


 セシリアも鈴音も一夏のスピードには正直、舌を巻く程の領域に至っている。だが、扱っているのが一夏本人であるという事なのか、正直軌道が読みやすい。セシリアはそれに合わせてブルー・ティアーズに指示を下せば良いし、鈴音は一夏の動きに合わせて衝撃砲を撃てば良い。
 何も一夏の領域で戦う必要がないのだ。近接最強といえど、遠距離では手も足も出ないのだからまずはその領域へと踏み込めるだけの技量が一夏には無いのだ。正直に言えば宝の持ち腐れでしかない。


「防御力もあるんだけど、雪羅のシールドって、結局あれって零落白夜と同じでしょ? それでエネルギーなくなっちゃうんだもん」
「それがやっぱり難点ですわよねぇ…硬い分、それに使うエネルギーは大きくなりますし」
「極端から極端に走るのは、ある意味一夏らしいって言えばらしいかもだけど。何でも結構力任せだったりするのは」
「……うるせぇ」


 いじけたように一夏は呻き声を上げた。この一夏の症状には正直、セシリアと鈴音はお手上げ状態だった。自分たちが教えても一夏の成長は最近、どうにも打ち止めに近いようなのだ。
 打ち止め、というよりは一夏が二人の教えたい事を吸収し切れていない、というのが原因だが。一夏曰く、二人の教え方はいまいちわからん、と。感覚的な鈴音と、理論詰めなセシリア。互いの言い分は一夏にはさっぱり伝わっていない。
 何とか自分なりに二人の意見を取り入れながら動いているが、やはり一夏は進歩が見えない。自分でもわかっているが、そもそもISに触れていた時間が誰よりも短いのだ。空をどう飛べば良いかなんてわからない。


「…箒がいてくれたらなぁ」


 一夏のその呟きに、セシリアと鈴音は互いにムッ、とした後、しかし、と悩むように表情を歪める。癪だが、箒は復讐に人生を賭けていた為にその修練は並ではない。その経験から来る修練という意味での教えではある種、二人は遠く及ばないのだ。
 箒は侮れないのだ。そもそも箒は機体性能に頼った戦い方をしていない。どう戦えば相手を打ち倒せるのか、それが必要なものを持ってくる、というのが箒の恐ろしい所なのだ。
 その筆頭がIS側からの操作技術だが、箒自身の能力もまた高いのだ。セシリアもIS側の自動操縦技術をブルー・ティアーズに転用して使っているとはいえ、箒の場合、初撃、ないし2撃目で仕留めなければパターンを半ば把握されてしまうのだ。冷静さと観察眼、それこそが箒の脅威の要因なのだ。
 かといって技量が二人に劣っている訳ではない。むしろ接近戦においてはIS学園内ではトップクラスだろう。セシリアは以ての外、鈴音ですら箒の間合いに踏み入れる事がどれだけの愚行かは弁えている。
 セシリアは間合いに入られたら負け。鈴音ですら踏み込まれたら引き離さなければ負け。一夏と半ば同スタイルでありながらも脅威にならない一夏と、脅威である箒の技量がどれだけ懸け離れているのかなんて一目瞭然だ。
 故に、一夏に教えるならば箒が良いのではないか、という思いは少なからずあるが、それは不味い。乙女のプライド的に。箒は一夏を振ったとはいえ、一夏から振られた訳ではないのだ。それに箒だって未だに燻ったままのようだし、あまり近づけさせたくないというのが二人の心境だ。
 勿論、友達としては心配だし、尊敬もしている。放っておけない仲だとは思っている。だが、一夏の事に関しては譲る気はないというのが二人の見解だ。幾ら、箒にその気が無くても不安になってしまうのは乙女故の盲目か。


「…ん?」


 不意に、思考に潜っていた二人は一夏の呟きに顔を上げた。一夏は何かを見つめるように視線を送っている。そして、二人もまた顔をそちらの方向へと向けて気づいた。そこには――シャルロットと時期同じくして転校してきたラウラ・ボーデヴィッヒの姿があった。


「ふん、貴様も専用機持ちか。丁度良い」


 彼女は初対面からその見下したような、それでいて無視出来ない存在を見るような眼差しで一夏を見つめたまま、告げた。


「私と戦え。織斑一夏」





 * * *





「――で? ボーデヴィッヒに仕掛けられて?」
「とりあえず、一撃喰らってこの様だ」


 腕を掲げて一夏は告げた。問い詰めているのは箒だ。彼女は折れた腕以外は動けない事はない、と暇つぶしがてら病院の中を詮索していると、何故か腕に包帯を巻いた一夏と、それを心配げに見つめているセシリアと鈴音を見つけたのだ。
 最初は三人は何があったのか、と問う箒に話を濁そうとしたのか、千冬並みの圧力をかけるとあっさり折れた三人だった。そして正直に事情を話して現在に至るという。
 あの後、一夏はラウラの申し込みを断ろうとしたのだが、ラウラの突然の強襲によって咄嗟に防ぐために腕を盾にしたのだが、それで怪我してしまったという訳だ。それで騒動になりかけたのだが、教師が出てきたことによってラウラが退いた事によって場の騒ぎはそれ以上にはならなかった。
 だが、状況は色々と良くないだろう、と箒は思った。ラウラのやった事は不味い。物珍しいと言う事もあるが、明らかに一夏に敵意を向けているラウラを快く思わない者は多いだろう。それに初対面の態度から好ましく思われる訳もない。
 このまま孤立するのは目に見えている。誰も専用機持ちなどに逆らおうなどとは思わないだろう。だが、故に遠ざけられるだろう。いないものとされるのはまず予想される。そして彼女自身、一夏に拘っている。また問題を起こすのは正直目に見えていた。
 別にラウラ自身がどうなろうとも知ったことではない。問題は彼女の肩書きだ。ドイツの代表候補生として専用機まで持ち込んだ彼女の立場は不味いのだ。ドイツが一夏に敵対した、と誇大解釈してしまってもまたおかしくはないのだ。
 唯一のIS操縦者である一夏の存在は、ラウラのドイツ代表候補生という立場を遙かに凌駕する程の価値なのだ。それを仮に重傷など負わせてみればどうなるか? ドイツは今後、男性でも扱えるISの可能性を潰そうとしたとして世界から非難されてもまた可笑しくは無いだろう。
 そして何より一夏は束の関係者なのだ。世界から見れば全ての秘密を知っている唯一の存在。なのに自由気ままに姿を消した篠ノ之 束の関係者。それに害意を向けていると知ればドイツの上層部はどんな顔をするだろうか、と箒は思う。


「…やれやれ、別にボーデヴィッヒなどどうなろうとも知ったことではないんだが、あまり騒がしくされても困るな」
「は? 何だって?」
「…何でもない」


 さて、どうしたものかな、と箒は溜息を吐くのであった。





 * * *





「どうにかなりませんか?」
「と、言われてもだな…」


 後日、箒は退院許可を取り付けた。箒が入院していたのは検査という側面が強かった為にされていた処置であったというのもあったが、本人が半ば強引にまで退院したのだ。そして真っ先に向かったのは千冬の部屋であった。
 ボーデヴィッヒの事に相談に、と訪ねた箒に千冬は明らかに迷惑そうな顔をした。とにかく、と箒を自室に招きながら千冬は茶を啜り、一息。


「…お前も気づいてるとは思うが、アイツは私に心酔している」
「えぇ。過去に何かあったのかは知りませんが、それでも千冬さんに信仰に近い感情を抱いているのは気づきました」
「信仰心、というのは正直厄介でな。思い込んだら一直線だ。他者の言葉など通る可能性など低い。…が、かといって私が論するのも難しい」
「それでは、ボーデヴィッヒが壊れるかもしれないからですか?」
「通ずる物はお前にもあろう。…絶対だったものが絶対じゃなくなったとき、それを拠にしていた心はあっさりと砕ける」
「……」


 千冬の問いに箒は沈黙で返した。絶対であったもの、それはラウラとは感情の方向性こそ違えど箒の胸に確かにあったのだ。箒の心は二度、死んでいる。最初は一夏と離ればなれになった時、二度目は鈴音に一夏への感情の勘違いを指摘された時に。
 箒は二度、絶望を知っている。絶対だったものを失った心が容易く砕ける事を知っている。そして砕けた人間が辿る末路さえ知っている。実体験として知っているのだ。それが深ければ深い程、戻れなくなる事も。


「これはアイツの問題だ。アイツが、アイツ自身で、アイツの納得を得なければ本当の意味では解決出来ない」
「…それが出来るのは、一夏、という事ですか」
「そうなるな」


 ラウラが関心を置くもう一人の人物、それこそ一夏なのだから。ラウラが信ずるのは凛々しく、強く、美しい千冬なのだから。弟を前にして優しく微笑む千冬など認められないのだ。
 認めてしまったら、ラウラの信仰に罅が入る。絶対なる存在だと信じていた人が絶対じゃなくなる存在、それこそ一夏なのだから。だから一夏が目障りで仕方がない。だが一夏を排せば千冬には疎まれるだろうという矛盾。
 結局、その矛盾が一夏へと向けられるのだろう。千冬に向けたくない感情すらも一夏へと。一夏は人一倍の嫉妬を背負わなければならなくなってしまったのだ。そして一夏もまた、ラウラを完全に無視する事が出来ない。ラウラが一夏を恨む要因には一夏とて後悔を抱いているようなのだから。


「いっそ、ぶつけてしまった方が良いのかもしれんな」
「ですが、二人の立場が許さない、ですか?」
「…それなんだが、合法的に二人を戦わせる方法がある」


 そう言って、千冬は箒に何かの書類を差し出した。その書類を手に取った箒はその表紙を見て、納得した、と言わんばかりに頷いた。


「学年別のトーナメント…そう言えばそんなのもありましたね」
「あぁ。第四世代開発の為にも、現行型の専用機のデータ収集による専用機持ちの模擬戦。それに交えて現在の生徒の技量の確認の為の模擬試合。これを生かさない手はあるまい」
「…しかし、実際に戦ったとして一夏がラウラを改心させられるとでも? ラウラの能力は千冬さんが鍛えたのなら…」 
「あぁ。アイツは強い。そして装備も相性から言えば一夏とは致命的だ。故に、そこで一手を加える」


 ニヤリ、と。千冬は笑みを浮かべるのであった。





 * * *





「タッグマッチ?」
「そうだ。いずれはわかる事だが、今回はちょっと厄介なことになっているからお前等には伝えておこうと思ってな」


 学校に復帰した箒は一夏とセシリア、鈴音、そしてシャルロットを連れて昼食を取っていた。…といっても箒だけはシャルロットに食べさせてもらっている状態だが。利き腕が使えないのはやはり地味に勝手が悪いようだ。
 シャルロットは何とも楽しそうなので、おいおい、とセシリアと鈴音は思っていたりするが敢えて無視をする。一夏は箒とシャルロットの空気を察してはいないようで、仲が良いな、と思ってる程度である。


「…タッグマッチって、何でよ?」
「より実戦的に、様々なデータを多角的に、というのが趣旨のようだ。実際、上の思惑などどうでも良いがこの状況を生かさない手はないだろう。一夏」
「…んだよ」
「お前、ラウラ・ボーデヴィッヒの事をどう思っている?」
「…どうって」
「正直、お前もボーデヴィッヒもだが、自分の立場というのを少しは考えろ。お前は世界にとって価値の在りすぎる人間で、ボーデヴィッヒはドイツという国の代表としてこの学園に来ているんだ。このまま、互いに触発寸前でいるのは不味い。お前がドイツという国がどうなろうと知った事ではないなら話は別だが、そうでもあるまい? それに最悪お前自身も不味い」


 箒の言葉に一夏は口を閉ざす。唯一の男のIS操縦者。その体には一体どれだけの価値が秘められている事か。研究者達がその内蔵の一つ一つ、丹念に調べたいと思うまでに興味深いだろう。
 だがそうはならないようにIS学園にいる一夏には、ある意味、ここしか居場所がないのだ。だからこそ、ここで大きな問題が起きて学園の運営などが疎かになって貰っても困るのだ。


「別に、アイツがどうなっても良いのなら、私が処理してやらん事もない」
「――!? お前っ!?」
「そんなに声を荒らげなくてもわかっている。そんな事をすれば私がただですまん。姉さんにだって迷惑をかける。だから、お前が何とかしろ」
「な、何とかしろって言われても」
「ラウラ・ボーデヴィッヒをなんとか出来るのはお前だけなんだ。平和的にかつ、アイツが死なない程度に事を納めるのはな。信仰心は、そう易々とは折れん。過去の歴史がそう証明しているだろう」
「……」
「お前しか出来ないんだ。織斑 千冬の弟はお前だろう。織斑 一夏」


 箒の真っ直ぐな視線に一夏は僅かに顔を歪めた。暫し、二人が向き合う中、一夏は重たい溜息を吐き出した。


「…改めて、俺が誰の弟かっていうのを自覚したよ。ったく…」


 がしがし、と乱暴気味に頭を掻きながら一夏は呟いた。その存在は決して軽い存在ではないのだと言う事を改めて思い知らされた。そんな人を護ろうというのだから、それが並大抵ではない事を一夏は悟る。
 脳裏に移る千冬の姿は遠く、険しい。あの背中にいつか追いつけるのか、本当にわからなくなってしまいそうだ。だが、追わなければならないのだ、と一夏は新たに決意する。ぱん、と頬を叩いてよし、と一夏は声を挙げた。


「ふん。気合いが入ったか?」
「あぁ。俺は負けられねぇ」
「が、今のお前ではラウラ・ボーデヴィッヒには勝てん」
「…うぐっ」


 痛い所を突かれた一夏は呻いた。実際、地力では一夏はラウラには勝てないだろう。それは一夏自身も良くわかっていた。だが、そんな一夏を前にして箒はニヤリ、と笑みを浮かべた。


「しかし、お前が一つだけボーデヴィッヒに勝つ方法がある」
「…? 何だよ、それ」
「ソレは、ラウラ・ボーデヴィッヒには得られない。だが、お前は容易く得られる強い力だ」
「…?」


 箒の言葉に訳がわからない、と首を傾げる一夏。それに箒はやや気恥ずかしげにこほん、と咳払いをした後、そこにいる面々を見渡した後、改めて一夏に視線を向けて告げる。


「それは、私たちだ。一夏」
「……箒」
「専用機持ちに、世界すら相手取る馬鹿な姉を持つ私。これだけ揃っていれば選べる選択肢も広がるだろう。ボーデヴィッヒにはお前はそれだけは劣らない。お前が得た、お前の力になれるものだ」


 とん、と箒は拳を作って一夏の胸を小突いた。軽く、そっと。だが確かな感触を以て伝わる箒の拳の感覚に一夏は胸に込み上げてくるものを感じる。


「見せてやれ。お前だって、千冬さんに劣らないという所を。少なくとも、お前には千冬さんには出来ない事を私にしてみせたじゃないか?」
「……あぁ。そう、だな」
「胸を張れよ。一夏。そして思い知らせてやれよ。お前が千冬さんにとって不要だと言う奴に、俺こそが織斑千冬の弟なんだ、とな」
「――おうっ!!」


 力強く、一夏は頷いた。そうだ、と言うように。あの無力で、千冬の経歴に泥を塗ったのは一夏にとっても後悔しているのだ。ならば、ここから変えるのだ。変えてみせるのだ。あの日の後悔を拭えるだけ、強く。
 今まで自分を護ってくれたあの人を、今度は自分が護るのだ、と。そして一夏自身には今は力が無くても、こんなに胸を張って素晴らしいと思う人達が傍にいてくれるのだ。
 だから負けない。負けられない、と。一夏の心に明確な勝利への渇望が沸いた瞬間だった。





「…まぁ、問題はそのパートナーを誰が務めるか、という話だが…おい、そこ。殺気を向け合うな」


 ……睨み合う専用機持ちの二人は敢えて視界に入れないようにした一夏だった。勝ちたい、とは思ったが前途多難に思えて仕様がない。そんな現実から目を逸らすように一夏は空を見上げるのであった。


 

 


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