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[26997] MASKED RIDER SPIRITS’ 多世界解釈 (仮面ライダースピリッツ×うしおととら)
Name: エヌ◆91d49464 ID:5c3e5a21
Date: 2011/04/28 05:04
未来は変えられぬ なぜなら全てはそこにある


!注!
仮面ライダースピリッツに出てくる昭和ライダーが
都合のいい敵の能力によって色んな世界へ散り散りに飛ばされる多重クロスです。
原作に原作があるため一種の三次創作的な部分を含みますが、
適宜ご都合主義でなんとかしていきたいと思います。

プロローグ 神を自称する観測者 23.04.05~23.04.05
HIGH SPEED EATER 【1号/本郷猛+蒼月潮×うしおととら】 23.04.05~23.04.28 <NEW
※HIGH SPEED EATER-8投稿、及び7の最後を改稿



[26997] プロローグ 神を自称する観測者
Name: エヌ◆91d49464 ID:5c3e5a21
Date: 2011/04/06 09:17
新しい概念と職業とテクノロジーを生み出しつづけてきた街。
一先進国の首都であり一時は贅と繁栄を尽くした街。

東京。

ここに今ひとつの都市が死に絶えようとしている。
光に満ち不夜城と呼ばれた繁華街ですら見る影もない。
瓦礫のような家々の狭間に人々の息遣いが潜んでいる。

この地に限った事ではない。
世界はBADANの大首領・JUDOのもたらす滅びのなかにあった。
BADANにより世界各地に出現した謎の黒いピラミッド、そして終末の竜の投影。
絶望は通常の生活を塗り替え、夢想でありながら心に取り付いて離れない終末の景色は人から生きる気力と正気を奪った。
今も広がりを見せる被虐妄想症候群、バダンシンドロームである。

混迷に陥った人々の錯乱により生活はすぐさま荒廃した。
少年たちは立ち上がらず、少女たちは声も上げない。
座り込んだまま絶望している。
無理もなかった。若く希望に満ち溢れていたその眼で彼らは逃げ場のない悪夢を見たのだ。

JUDO。
またの名をスサノオ。
すべての生命の長を自称するなにか──

手始めに日本を狙ったのは、憎しみか、戯れか、あるいはこじれた因縁か。
古くは八百万の神を信仰したこの国では今も無造作に多神論が息づいている。
けれど手をすり合わせ拝んだところで救いの神の名など知らない。
すすり泣き、怒号。どこからか怨嗟の声が響く。

「祈るな!救いはない。救われるわけがない。誰だって自分が可愛いんだ…自分だけが!!」


「ちがうよ」


明後日を向く女の隣、妹とビニール製の人形を遊ばせていた年端も行かない少年が、ぽつりと呟いた。
焦点の合わない母親の目が上下に揺れて振り返る。

「誰が助けてくれるっていうの…誰が!雄介!」

我が子へ向けられた声はヒステリックにとがっている。
3つ4つの妹がおびえて兄へ寄り添い、彼は妹を守るように抱きしめた。
少年とて学童児期に達したばかりであろう。しかしその表情に後ろ向きな翳りはない。
母親を見詰め返す目はどこまでも透徹に澄んでいる。

『仮面ライダーはきてくれる』

言葉に出来なかったもどかしい思いを掬い上げるかのように、ちいさな手の中で人形が擦れてキュルと音を立てる。
バッタと人間をあわせたような黒緑色のメカニカルなデザインの人形は父親からの贈り物だ。
少年はひざを折って座りなおすと、塩化ビニルの代用品をぎゅっとにぎりしめた。
興味を無くした母親の視線が外れても、ずっとそうしていた。









暗く乾いた月の牢獄の中でJUDOはその目を外界へ向けていた。
広さも上下も釈然としない牢獄は彼の故郷を髣髴とさせる。
金属に覆われた口角を持ち上げてJUDOは薄く笑む。

青い星にか弱き命がひしめいていたあの時代に彼らはたった三人で地球へやってきた。
水の世界──命の神秘あふれるこの星へ降り立ち、最初の土を踏んだあの日の事をどうして忘れられよう。
大地を、森を、海を、全ての命を、JUDOは愛し、慈しみ、守ろうと誓った。
郷愁に浸っても想いは逸れることがない。
今も薄れずその鋼鉄の胸の奥にある。

だからこそ許せぬ。人間。人間!人間!!
争いと破壊のためだけに生まれた生き物どもが!!

かつてスサノオと呼ばれた頃、JUDOは人間に滅びを与えようとし、結果肉体を失った。
仲間と信じたツクヨミが人間に組しJUDOを虚空の牢獄へと封じたのだ。
ツクヨミは人を愚かで幼い命と呼び哀れんでいた。
正しくあろうとする人間の心を信じ見守ろうと。
狂ったものとせせら笑いはしたが、かつての仲間への情ゆえにJUDOも一度は退いた。

千年が過ぎ、二千年が過ぎた。
人よりはるかに長い命を持つ彼は牢獄からじっと観察を続けた。
戦争、殺戮、テロ、快楽殺人、環境破壊。
人の世から血の臭いは消えず、あげく幾百もの種を滅ぼし星の命を縮めていく。
やがてJUDOは結論を出す。

確かに人は幼く愚かな生き物だ。
そして見守るに値しない。

JUDOは精神世界の外側へ干渉し、ひとつの組織を作り上げ、これに名を与えた。
ショッカー計画。
人間の肉体を作り直せ。改造だ。世界を支配せよ。従属せぬ人間は殺してしまえ。
計画はうまく運んだ。99%の成功を疑うものはいなかった。
残る1%、たった1人の裏切りさえなければ。

ショッカー、ゲルショッカー、デストロン、GOD機関、ゲドン、ガランダー帝国、
ブラックサタン、デルザー軍団、ネオショッカー、ドグマ王国、ジンドグマ。
組織を破綻へ導くのはいつも身の内から出た裏切り者だった。
そして──ZX。かつての肉体に似せて作った新しい器。
歴代ライダーのデータを元に改良を重ねた最高傑作。
意思など持たぬよう99%の改造と洗脳を施したあれを、1%のノイズが裏切りへ導いた。
運命的だとJUDOは自嘲する。

なんでもない。復活が少々先に伸びただけ。
しかし…吾に盾突く裏切り者たちか。
少々目障りだ。

仮面が冷たい笑みにゆがむ。複眼の奥で憎しみの炎が暗く踊る。
薄闇に浮かぶJUDOの姿は10人目の仮面ライダーに鏡写しであった。









首都東京からほど近く、いま灯りのとぼしい夜道を一台のバイクが駆る。

男はかつて科学者であり、天才と呼ばれたオートレーサーだった。
科学を信じて明るい未来を望む一人の人間であった。

男の心は今も変わらない。
けれど体は──体は既に人間のそれではない。
幸か不幸か人間であった時の肉体と引き換えに男は力を手に入れた。
たとえば超高温で全身を炙られても無傷で永らえてしまうほど。
軽くひねったつもりの蛇口の取っ手をもぎ取ってしまうほどの。

脳改造をまぬがれて研究施設から逃げ出した時、人間としての男はすでに死んでいた。
組織による改造を受けながら組織の敵となった最初の男。


仮面ライダー1号、本郷猛。


愛機サイクロンにまたがって本郷は月夜を駆ける。ほとばしる熱い魂がアクセルを握る。
レーサー志望の学生だった時分から本郷の走りには秘めた心が燃えていた。
二十歳で母を亡くし一人になった時にも途方に暮れた本郷はバイクに夢を預けた。

IQ600、成績優秀、スポーツ万能の人格者。
大学の同期には嫉妬交じりに人間じゃないと揶揄された事もある。
それを笑い飛ばすことができた普通の日々が男には確かに存在した。
天才だの神童だのと持てはやされて、脚光を望まなかったと言えば嘘だ。
本当にどこにでもいる、ごく普通の青年だった。
危険な世界に身を置いて、そこで名を上げることを夢見ていた。

奇しくもその願いは考えうる限り最悪の形で叶うことになる。
戦いの頂点はかつて本郷が願ったように光ある場所ではなかった。
敵も同じ境遇にある改造人間、脳改造を受け自我を永久に失った怪人と呼ばれる者たち。
我が身を砕くような気持ちで倒しても、人間たちにとっては自分も化け物でしかない。

何が正しく、何が間違っていたのだろう。
己の境遇を恨んでも、憎んでも、それでも本郷は戦うしかなかった。
負けるわけにはいかない。

突如行く手に闇が出現した。
見通しのない空間が放電に似た音を立てて広がり、そこに直径2m程の魔法陣が展開される。
本郷はそれに見覚えがあった。JUDOの得体の知れない力の一つだ。
科学的な構造こそ知れないものの、この魔法陣の機能は統一されていた。
一種のワープ装置である。次元をねじ曲げ、吸い込んだ物をどこか別の場所の物量と置換する。

「罠…だろうな」

本郷は口元を厳しく引き結ぶと、ブレーキをかけるどころか、かえって強くエンジンをふかした。
吹き込む風を腹部に受けてベルト中央の風車が力強く回転する。
生身に見えた体が硬い甲殻に覆われていく。

バイクは更に速度を上げ、路上の小石を踏み切り台代わりに魔法陣へ向けて跳んだ。
サドルの上に男の姿はない。そこには赤い複眼を不気味に光らせた黒緑色の異形が乗っていた。
魔法陣が一層強く発光し、闇は黒い海のように本郷を飲み込む。
どこかで火花がバチリと散った。



[26997] HIGH SPEED EATER(1)
Name: エヌ◆91d49464 ID:5c3e5a21
Date: 2011/04/10 15:01
蒼月潮は人間である。
この春、中学の3年生になった。

小柄だが骨太で、眉が太く、肩幅が広く、見た目どおりに生まれつき健康で頑丈な少年だ。
病気らしい病気もほとんどしたことがない。
ところが去年は学校をひと月に渡り病欠していた。もちろん仮病である。
勉強は嫌いだが学校は好きで、明るく人好きのする性格ゆえか友人も多い。
そんな潮が仮病を使ってまで何をしていたのかといえば、旅に出ていた。
気楽な旅ではない。命を懸けて己の宿命と戦う旅だった。

潮は小さくも由緒正しい寺の跡継ぎだ。
寺には古い言い伝えがあった。

──土に通じる扉はひらくまじ。

いわく付きの地下への扉は土蔵の中へ隠されており、今は特別中身もない。
かつてここに槍に縫い止められた一体の異形が棲んでいた。

人ならざるものと戦うための武器、獣の槍。

槍を引き抜いた瞬間から潮の数奇な運命は動きはじめた。
由来ある槍を持ち、余人には見えぬ異形とともに、潮は人に仇なすバケモノどもと戦った。

石と鉄で出来た重い扉を外せば4m四方ほどの地下室へ簡素な階段が降りている。
強力なバケモノと、それを封じるほどの破邪の武器。
潮がバケモノを解放するまでの500年、ふたつの力は拮抗したままこの地下室という箱の中に存在していた。

そのためだろう。地下室には自然に特殊な磁場というべきものが発生していた。
ワープ装置の終端のひとつがこの場所に繋がったのは偶然ではない。霊的磁場に引かれたのだ。

本郷は途方に暮れていた。
故意にか不手際か転送の途中で不具合が起こり、愛機サイクロンとは引き離されてしまったらしい。
冷静に検分して回った結果、自分が暗く狭い部屋にいる事はすぐに理解した。
空気のにごり具合から地下室だろうとの見当もつけた。
しかしおそらく地上へ通じる唯一の扉は尋常ではないほど重く、仮面ライダーの力を持ってしても一ミリたりとて上がらない。

扉には法力による封印が施されている。
物理的な力では開かないのだと本郷は知らない。
八方ふさがりな現状を打破すべく暴力に訴えてみた。

いつもは静かな土蔵から岩を割るような破壊音が響く。
居間でカップラーメンを食していた潮はたまげてとびあがった。
父母は遅かりし新婚旅行を楽しんでくるとかで何日か留守にしているし、
いつも寺の手伝いをしてくれる照道さんはこのうえなく温和で穏やかな人だ。
潮の脳裏をちらと金色のバケモノの思い出がよぎった。
続けざまに二度、地下から殴りつけるような音が響く。
無意識に床へのびた己の手が棒状のものを探していることに気付き、潮は首をぶんぶんと横に振る。

しっかりしろオレ。槍は壊れたし、あいつはもういない。

うしおは考えるのをやめて表へ飛び出した。
頭に防災用のヘルメットを被り手にはフライパンを持った、なんというか、ご丁寧な格好で。









修繕された建物が多い芙玄院の中で、古い土蔵の床に埋もれるようにして、その扉はある。
バケモノが封じられてから誰にもその閂を緩めなかった地下への扉は、偶然足を引っ掛けた潮の手によって一度開いた。
かくして封は解け、地下室はそれから一年もの間誰にかえりみられることもなく開きっぱなしになっていた。
閉じられたのはバケモノが消滅してからしばらく経っての事だ。同時にまた封を施された。

潮のほうでもこんなに早くここへ足を運ぶ日が来るとは思っていなかった。
なにしろこの国で妖怪と人間の命運をかけた大きな戦いがあったのはほんの数ヶ月前のことだ。
人も妖も隔てなく滅ぼさんとした強大なる敵に、人と妖は手を取り合い立ち向かった。
その中心に立ったのが槍持つ少年と金色のバケモノ。

思い出として懐かしむにはまだ記憶が生々しすぎる。
荒ぶる獣はついえた。槍もない。

しかし現実に存在意義を失ったはずだった地下室の内側から叩き呼ぶ音がする。
侵入者にしては妙だった。扉に開いたあとがない。父が貼った封印のフダもそのままだ。

潮はフライパンの強度を振って確かめ、防災用ヘルメットのアゴ紐を締めなおしてから深呼吸した。
思春期の多感な一年を妖怪相手に渡り合ってきたのだ。今更この程度の怪異に驚きはしない。
とはいえ怖いものは怖い。
ごくりとつばを飲み込んで床に耳をつける。
コツコツと石壁を確かめるようすは聞こえるが、今のところ破壊をたくらむ音はやんでいた。

フライパンを口にくわえて鉄製の輪に手をかけ、強く引く。
付け直したばかりの扉はきちんと観音開きに上がる──はずだった。
蝶番がバキンと嫌な音を立てて壊れたりしなければ。

げっ、と声を上げて体勢を崩した潮を強烈な既視感が襲う。
せっかくの階段も正しく利用されることはなく、中3は地下室内部へと落下し、受験をひかえた可哀相な頭で着地した。

「あいたた…」

つい涙目になった。くわんくわんと鳴っているヘルメットを押さえて座りなおす。
地下室の空気はいつか来たときと同じく淀んでいる。
今壊した入り口以外の採光はない。
暗がりから声がした。


「人間か」


まだ闇に慣れぬ目に人とは呼べぬ姿がちらりと映る。
潮は息を呑んだ。なにかがいる。人でないものが。
まさか…まさか!!

「…とらかっ!?」

弾かれたように振り返った潮の目には恐怖ではなく淡い期待が乗っていた。
しかし呼びかけに苦笑しながら現れたのは潮の望む金色のバケモノではなかった。
突如開け放たれた入り口とご家庭の防犯用具を装備した潮を交互に見比べ、本郷も唇をゆるめる。

「虎?いや…、人間だ。一応な」

男の言うとおり、そこにいるのは人間だった。
少なくとも潮の目から見た限りでは。

潮はおおいに恐縮し赤面して頭をかいた。
短い頭髪が笑うように揺れた。



[26997] HIGH SPEED EATER(2)
Name: エヌ◆91d49464 ID:5c3e5a21
Date: 2011/04/15 00:52
仮面ライダー1号、本郷猛。獣の槍の伝承者、蒼月潮。
二人はいま蒼月家の食卓にいた。
居間と食事を兼ねている大卓袱台の上はここのところ片付いていたのだが、
父母が旅行に出発してからは潮のざっくばらんな性格のせいで雑然としている。

「ごめんよ、知り合いと間違えてさー」
「フ…いいさ。動物と間違えられるよりはな」

手を立てて謝る潮の前には物体Xと化したカップラーメンがある。
その横で本郷が柱に背中を預け立ったままインスタントのコーヒーを啜っている。
伸びきって図太くなった冷粥のごとき麺は傍目にも上等の昼食とは思えず、本郷の苦笑は濃くなるばかりだ。

「とらというのは…友人か?」
「よせやい、とらが聞いたら笑うぜ。とらとオレは…うーん…」

とらと自分がバケモンと食いモンの関係だったと言ったらどんな顔をするだろう。

身一つで密室状態の地下室に閉じ込められていたという男。
理由は分からないが、とんでもない非常事態なのは明白だ。
それなのに本郷は一貫して落ち着き払った態度を崩さない。

潮は眉を寄せた。
どちらにせよ、バケモノと間違われたと知ればいい気はしないだろう。

腕を組み唸っている潮の言葉を待っているのかいないのか。
とっつきにくいポーカーフェイスで本郷は手にしたカップを傾けている。
カップの中にコーヒーはもうほとんど入っていない。焦げた豆の匂いだけがしつこく漂ってくる。
アミーゴのコーヒーのほうがうまいな、と順当な感想を抱いてカップを干した。
奇妙なキャラクターの下に『baba-n』とロゴを入れられたマグカップも、味のランクを下げるのにどうやら一役買っているようだ。

「…それより本郷さん、なんであんなトコに?」

最後の一口を1.5Lペットボトル入りのメロンソーダで流し込みながら潮が聞いた。
どうやら考えるのは苦手らしい。本郷は肩をすくめて返す。

「さあな。夜道を走っていて、気付いたらあそこにいたんだ。…乗っていたバイクも消えた」

本郷はそこで言葉を切った。
愛機サイクロンは最初に本郷が改造された際、改造後のライダー専用にと開発された代物である。
いわば一心同体だ。
機械とはいえ脳波による持ち主との単純意思疎通が可能で、どこにあろうと呼べば駆けつける。
今その通信は途絶えている。
地下室に閉じ込められている時に数度言葉で、地上に出てから一度無言で、本郷は己のバイクを呼んでいた。
応答は今のところ一度もない。
本郷の顔が一瞬険しく曇ったのを潮は見逃さなかった。

「大事なバイクなのかい?」
「ああ。家族同然の人達と作り上げた──戦友、だ」

そう言うと本郷は少しはにかんだ笑みを浮かべた。
先刻までの悟り澄ましたような苦笑に比べ、照れ笑いの男は若く見えた。
潮はそこに詳しくは語られない相手の素性を垣間見た気がした。

どこから来たのか、どうやって来たのか、身元怪しくない人物とは到底言いがたい。
少なくとも普通ではない。
しかしながら潮にはどうしても目の前の男が悪人には見えないのだった。
無機物を戦友と呼ぶ感覚は潮にも分かる。
それを失う心許なさもまた。

潮はペットボトルをひっくり返して底に残ったメロンソーダを飲み干す。
甘さは喉を潤さないが、成長期の腹には程良く溜まった。

「はー食った食った!じゃ、行こうぜ」

軽く首を傾げる本郷へ顔を振り向けて、潮は陽が照るような笑みで鼻の頭をこすった。


「探すんだろ、バイク」









古来より人あるところには必ず異形のものが蔓延った。
限りない寿命を持ちながら己の興味と快楽のみに生きるもの。

──妖怪。

それは事実だ。
目には見えず耳には聞こえぬ。けれどもちゃんと存在している。
町の夜から鬼の影や小豆洗いの音が消えた現代にも、姿を変えそのありようを変えて。

潮の自宅から少し離れた山中に要石と呼ばれた5つ足の巨石があった。
巨石が掘り出された時点で封じられていた五体の生首が逃げ出して若干名の死傷者を出したものの、
道路を通す工事はいまだに進められている。

本郷が地下に閉じ込められたのと同時刻、彼の愛車サイクロンはこの道路の近くへ吐き出された。
一瞬前まで走っていたバイクには鍵も付いたままである。
人間にはただの乗り捨てバイクとしか思われなかったが、これに目を付けたバケモノがいた。


そいつは空を泳ぐ。
アルマジロ態の外殻を持った高速の蟲魚。
小型の乗り物に取り付いて速さと人の命を喰らう現代妖怪。

名を一角という。

動物界でイッカクといえば鯨の一種だ。しかしバケモノにはバケモノとしての形がある。
妖怪・一角はイッカクよりもカジキに似た姿をしている。
取り付いたバイクの形態に応じて個体差はあるが、どれも飛行速度を重視した流線型の形状を持つ。

そんな妖怪の一体がサイクロンを見つけた。
速さを好むバケモノは本能に従ってそれに取り憑いた。

本来の一角は次の段階として乗り物を動かす人間を探さなければならない。
しかしこの幸運な一角は別だった。
偶然取り憑いたこのバイクが通常では考えられない特異な特徴を持ち合わせていたのだ。

改造人間のために作られた改造バイク、サイクロン。
変形後の最高時速は500km/h。
その最たる能力は脳波による自動走行である。
人間を乗せなくとも、機械による判断でアクセルをかけ、クラッチを切り、走行する。

人間を必要とせず単体で高速走行ができるキカイ。

『こいつはいいモンを拾ったぜェ』

不意に自由を手に入れた一角は上機嫌にエンジンをふかす。
隅々にまでオイルが行き渡り、ガソリンもたらふく入っている。
よく手入れされたバイクだ。力がみなぎる。

一角はカウル状の口の端をにぃぃっと吊り上げた。
目の前には黒々とした道路が山の中を不気味なほど真っ直ぐに横断している。

一角の憑いたサイクロンは自分の動きを確かめるように走り出す。

はじめはゆっくりと、次第に速度を上げ、誰も追いつけない速さを求めて。



[26997] HIGH SPEED EATER(3)
Name: エヌ◆91d49464 ID:5c3e5a21
Date: 2011/04/11 02:44
夕暮れの薄暗さにまぎれ、そいつは首都圏の高速道路に現れた。

赤白塗装のボディを持ったスズキST250──
無人で走るオートバイ。


『もっと…もっとだ…』


一瞬で抜き去られた四輪駆動の運転手が眠気の吹っ飛んだ目をこすりこすりメーターを確認する。
メーターの針は時速100km付近を泳いでいる。
渋滞に巻き込まれる事もなく、今日は出しすぎているくらいだと思っていた。
幻だったのだろうか。

どうも疲れているらしい。
視界からメーターから去る間際、運転手は不自然に気付く。
時速が120kmを指している。


『もっとスピードを食わせろ!』


アクセルを踏む右足を緩めようとして、運転手の意識は自分の足へ釘付けになった。
自由にならない。

「ひっ」

悲鳴を上げた運転手を嘲笑うかのように、右足はアクセルを踏み込んでいく。
慌てて足を突っ張ろうとして運転手は気付く。
左足も──
身体が動かない。

時速160km。
意思とは無関係に速度はぐんぐん上昇していく。

ハンドルに吸い付いて離れない腕で障害物を避けるのに必死な運転手は気付かなかった。
周りを走る車の中でも同様の事態が起こっている事に。


無人バイクを先頭とする暴走自動車の一群。

やがてカーブに差し掛かる。
速度はメーターを振り切ったままゆるまない。

ほとんどの車が曲がりきれずクラッシュして燃え上がった。
あるものは鉄筋コンクリートの壁に突っ込み、あるものは玉突きになって。
中にはあの四輪駆動の姿もある。
炎の向こうに人影がうつる。
無人バイク、否、一角はスタンドをおろし足を止めた。


『へへへ、うまいなア──、人の命ののったスピードはァァ!!』


地獄と化した道路には恐怖と悲鳴と助けを求める叫び声がとどろいていたが、それもしばらくで聞こえなくなった。
やがて静かになった屍と鉄屑の中から原形をとどめるものだけが動き出す。

死者の群れがライトも点けず走り始める。
夜になっていた。









同時刻。潮は近所の飯屋へ向かっていた。
ラーメン・定食・青鳥軒は家族だけでやっている小さな店だ。
潮の行きつけであり、幼馴染の中村麻子の自宅でもある。

「おお、潮ちゃん!いらっしゃい!」
「おじさん腹減った!オレいつものね」
「あいよっ」

腕をぶんと振り回して言うと威勢のいい返事が返ってくる。
大きなガタイで力強く中華鍋をふる中村のおじさんの背中を一瞥してから潮はきょろきょろと店内を見回した。
まだ来ていないらしい。

カウンターに腰を下ろして頬杖をつく。ついでにため息もついた。

無事なら近辺にはないハズだとはっきり主張する持ち主を強引に連れ出して昼からあちこち探して回ったものの、
今のところ本郷のバイクの手がかりはつかめていない。
本郷とは別行動だ。ここで落ち合う手はずになっているが、潮の方の収穫はゼロである。
特徴をもとに聞きまわっても見かけたという話すら出なかった。

あの蔵の地下に人間が湧いたのだ。
蒼月家の因縁もまんざら無関係とは思いがたい。責任重大だ。
そうでなくても潮は「大切なものを探している」なんて人を放っておけないたちだった。

このさい人脈だけでなく人外脈も頼ってしまおうかと考えている潮の前にどかんとラーメンどんぶりが置かれた。
チャーハン、唐揚げ、スープ、ギョーザにおしんこまでついていて、そのどれもが湯気を上げている。
大変おいしそうだ。昼間のカップめんとは比べるべくもない。
潮はそそっかしい動きで割り箸を手にし、ぱちんと割る。

「いっただっきまー」

す!を言い終わる前にガラガラと引き戸が開いた。
ジーンズ地のズボンに黒いライダースブーツとライダースジャケットを着て首に風除けのスカーフを巻いた長身の男。
つまり本郷だった。見るからにバイク乗りのいでたちである。しかも着慣れている。
格好よりも徒歩でこの店へ来た事のほうがイレギュラーなのに違いない。

「あっ本郷さん、こっちこっち!」

狭い店内ながら潮は手を振って呼んだ。
本郷も気さくに手をあげて応え、カウンターの潮の隣へ着席する。
間を置かずして水と手拭きが出てきた。

「知り合いかい、潮ちゃん」

店主が人の良い笑みを向けて尋ねるのに、潮が元気に頷いて返すと、
じゃあこいつは特別サービスだ、と、本郷の前に注文していないギョーザが一人前並んだ。
本郷は少し目を丸くしてから軽く頭を下げて礼を述べ、そのまま箸をつけた。
手作りなのだろう。素朴な味の焼き餃子だ。

「うまいですね」

感想は短く率直な言葉になった。
店主は鍛えられた腕をぱしんと叩いてみせ、潮がなぜか自慢げに鼻をこすって笑う。
安い蛍光灯の下で全てがまぶしく感じられ、本郷は一瞬目を伏せた。

平凡な日常だ。
絵にも描けない小さな幸福を積み重ねてできているものだ。
親父さんと呼び慕う立花藤兵衛が与えようとしてくれるもの。
本郷がどれだけ焦がれても、もはや手に入らないもの──


郷愁に浸りかけた本郷を連れ戻したのはテレビを見ていた客の会話だった。

─ひでえ事故だ。
─高速テロかもしれねえってよ。

意識を向ければ画面の中の女性アナウンサーが事務的に文面を読み上げる声が聞こえる。

『なおこの事故による死者は3名、重軽傷者15名、行方不明者は8名にのぼり──』

つけっぱなしにされている小さなテレビにちらと目をやった本郷は我が目を疑った。
白黒で不鮮明なそれは逃走する暴走車たちをとらえた高速道出入り口付近の監視カメラの映像だ。
先頭に無人のバイクが映っていた。見間違えるはずもない。
サイクロン…!

「…一角だ…」

呆然とした声は潮からのものだった。腰を浮かしかけていた本郷は隣席を見る。
底抜けに明るい昼間の中学生とは違う、どこか暗い顔つきの潮。
陰のかかる顔の中心で目だけがぎらぎらと怒りと憎しみらしき感情を乗せてテレビをにらんでいる。


おおをん!!


不意に店先へ獣が唸るようなエンジン音が肉迫した。
店内の客が騒ぎ出すより早く、二人は身軽に席を立つ。

潮の手がふらふらとカウンターテーブルの近くをさ迷って、それからハッとしたように握り締められた。
代わりにカウンターの隅にインテリアの一部のように置き去られている古いバットを引っつかむ。

「おじさん、借りるよ!」

潮は本郷に続いて外へ飛び出した。
目前に、派手な滑り込みでブレーキをかけて、赤白ボディの無人バイクが急停車する。


『ずっと呼んでいやがるのはどいつだァ!うるせえんだよォ、殺してやるぜェェ!』


不気味な声が頭へ直接響き、無人バイクから妖の頭がにぅと突き出した。



[26997] HIGH SPEED EATER(4)
Name: エヌ◆91d49464 ID:5c3e5a21
Date: 2011/04/15 00:53
脈動するオイルの血液。
合金の骨格に、エンジン排気の呼吸。


白地に赤のボディを本郷は複雑な目で見詰めた。
誰よりも長く誰よりも近く共に戦い抜いてきた戦友だ。

「サイクロン…」

それの境遇は本郷に似ていた。
ショッカー怪人の成り損ない、仮面ライダー。
その怪人に扱われるはずだった改造バイク。

優秀さゆえに選ばれた。その肉体は弄られた。
原形をかろうじてとどめ、鎖を切った一体と一台。
いびつな心と体。不整合を抱えたまま、幾度も地獄へ赴いた。
幾度となく傷ついた。幾人もを失い、また幾人かを救った。

どんなに傷ついても本郷には戦うより他の手段は残されていなかった。
もとより饒舌な性質ではない本郷は何を語るでもない。助けを呼ぶ声に、ただ赴いた。
がむしゃらに突き進む本郷と共に、サイクロンはその細いタイヤで戦場を駆けた。

人を守るために働いてきた半身が、今、命を奪うための道具にされている。
本郷は愛車を蹂躙するバケモノを心の底から憎悪した。
異形に取り付かれ支配されて意思を持たない殺人機械に成り下がったそれは、
宿命付けられていたはずの未来を思い起こさせた。


「呼んでいたのは俺だ」


声色ばかり淡々と。燃え上がる怒りの眼差しを化け物へ向け、本郷が一歩前へ出た。
そのまま軽く腰を落とし柔道で組むような構えの姿勢をとる。

『へへ…正直さに免じて…』

びきびきと生木が裂けるような音を立て、一角がその本性を現す。
ぎょろりとした目が血走って潮を見る。
槍を持たない潮はただの人間だ。バットを中段に構える姿は一角の目に間抜けとしか映らない。
一角はバイクに根を残し空中へ抜け出ると、その身を翻した。
そのまま目にも留まらぬスピードで、
本郷へ向かう!

『オマエから殺してやるよォォ!』
「本郷さん!!」

かつて同種の妖怪と戦った経験がある潮はその角や尾ビレの鋭さを身を持って知っていた。
間に合わない。…やられる!!

『なにィ!?』

最悪の展開を予想した潮は、次の瞬間目を疑った。
本郷が一角の頭部を脇にがっちりと捕らえている。
もがき逃げようとするものの、動きの基部が封じられていては逃げようがない。

『素手で防いだだと…!』

防いだという一角の表現は正確ではない。避けたのだ。
変身せずとも本郷はやはり改造人間である。その五感は普通の物とは違う。
しかし唐突な初撃とその速度。見極めてから動くのでは遅すぎた。

それはライダーとして幾多の戦いを生き抜いてきた本郷の経験則だった。

自分は相手を知らない。そして相手にもこちらの情報はない。
なぶる気がない場合、一撃でトドメを刺しに来る。

頭部──違うな、体幹部だ。

深く考えたわけではなかった。一瞬の判断の後に本郷は姿勢を低くして素早く横へ飛び退り、バケモノの首に腕を回した。
幾千の年月を経て研鑽された武術のように、体に染み込んだ動きは脊髄反射の速度で行われた。
一角はごく新しい妖怪だ。戦いの経験が圧倒的に足りなかった。
負けの不足が傲慢な自信を、自信は隙を生む。
初撃で仕留めたはずの敵に固められ呆然とする一角の横っ腹を、潮が横手からバットで抉り込んだ。
野球はもちろん剣道に比べても手と手の間隔が広い。棒術や薙刀、槍術の握りだ。
斬るためでなく突くのに適した手の内から繰り出される一撃は、獣を制圧できるだけの威力を持っている。

しかし──
一角は妖怪だった。

痛みはバケモノに正気を取り戻させた。
暴れる大魚のごとく身をよじり、本郷の手から逃れ、空中へ身をおどらせる。

『チィィィ…油断したアァ…男ォ、キサマも妖だったとはなア…!
 それにそっちのガキ、見覚えがあるぜエ…』

距離をとられた本郷は体勢を整え構えなおした。
潮もバットを首の後ろに渡し、両腕にかついで深く腰を落とす。
一角もタイミングを見計らっている。

膠着状態になりかけたその時、遠くでがらんと何かの金属が落ちた。
店とは違う方向からだ。瞬時に目をやって潮は硬直した。
口に手を当てて驚愕している短い黒髪の少女。足元に岡持とラーメンどんぶりが散っている。

何故考えなかったのか。潮は自分の浅慮を呪った。
ここは彼女の実家なのだから、帰って来たって当然だったのに。
潮の幼馴染、中村麻子。

「麻子っ!!家ん中入れっ!」

潮は麻子の前へ出るよう一角の射線上に割り入りながら叫んだ。
本郷も飛び上がりバケモノに向かって蹴りを繰り出す。
一角は速かった。本郷のキックをひゅうと避け、バイクに戻り潮と麻子へ向かってアクセルを全開する。
状況に追いつけず立ちすくんだままの麻子を守るべく、潮は後ろ跳びに数歩下がって身構えた。
生身の少年少女を目掛け無人バイクが速度を上げて突っ込んでいく。

「くっ…」

本郷に迷っている暇はない。真横を通過するサイクロンにつかみかかって飛び乗った。
ブレーキが利かない。ハンドルを横へ切り、重心を傾ける。ドリフトカーブの要領だ。
サイクロンがタイヤ痕を長く引きずって進行方向を反転させる。
潮たちからほんの数センチというところだった。
汗だくになった潮が深く息を吐き出す。

「助かったよ、本郷さ…」

バイクは止まっている。本郷に制御されているということだ。事態は好転したと思われた。
しかし乗っている本郷は冷や汗をかき、胸を押さえて息を詰めている。

「本郷さん…?」

かつて同種のバケモノと戦った潮にも知らないことはあった。
一角はバイクとその乗り手に取り憑く妖怪である。
突然手中に落ちたこの上ない獲物に、サイクロン、否、一角は歓喜した。


最高最速のコンディションが整う。



[26997] HIGH SPEED EATER(5)
Name: エヌ◆91d49464 ID:5c3e5a21
Date: 2011/04/15 01:05
得体の知れない植物が体内に向け急速に根を張っていく。
視界をツタ植物状の網が覆う。

言うなればそんな感覚だった。
一角が本郷の自由を奪おうとその魔手を伸ばしている。
振り払おうと足掻く頭の中にうわんと声が響く。

──誰にも負けないスピードが欲しくないか?

誰にも負けないスピード。
何も考えず、思い煩うこともなく、ただ速さのみを追求してバイクを乗り回した日々もあった。
改造を受けてからは捌け口のない哀しみや憎悪をスピードの中に忘れようとした。
スピードでなくてもよかった。心の拠り所が欲しかった。

──人間じゃない。バケモノでもない。
──おまえは独りだ。違うか?

そう、独りだった。ただ独り敵へ向かうため、独りでも強くある、はずだった。
洗脳を受けていない改造人間…もう一人の自分を見てしまうまでは。

「俺は…独り…で…」
『くくく、抵抗するか…いつまで保つかな?』

一文字隼人、風見志郎。
救えないなら助けなければよかった。
人間として生きられないなら、人間として葬ってやればよかった。
だができなかった。怖かったからだ。一人で地獄を戦い続け、独りで生きていく事が。
全てはこの、弱き力と心ゆえ。

──オレに乗れ!オレを動かせ!

「くっ…」
「聞いちゃダメだ、本郷さん!!」

事態を把握した潮は麻子を店内へ誘導し、自身はバット一本で一人と一台に立ちふさがる。
戦いたくない。しかし本郷の体は指先一本意思の通りに動かない。
痺れたように時を止め、サイクロンに触れている部分から侵食されていく。
本音に近しい甘い言葉は深く精神を揺さぶる。

──孤独な改造人間よ、オレに乗れ!悩みも苦しみも全て忘れさせてやる!

そうだ。バイクに乗っている間だけは全てを忘れる事ができた。
立ち止まれば思い出す。どんなに慣れて隠すのがうまくなっても、根本は変わらない。
加減をしなければ日常全ての物を破壊してしまう力。
子供の頭を撫でるのがあんなに怖いものだとは知らなかった。

──オレの合金製の心臓にオイルの血を流し、ガソリン排気の息をさせろ!

植物の根はバイクに接している部分から生え上がり、やがて脳髄をも侵す。
不意に抵抗がやんだ。不規則だった呼吸が平坦なものへと変わる。
本郷は胸を押さえていた右手をグリップに伸ばした。
頭がぼうっとして何も考えられない。ただ走らねばという強迫観念があった。
アクセルに掛けた右手に力が込もる。左手指でクラッチを弾く。

──速さを…もっとスピードを!!

フルスロットル。すうと背を下げ車体に沿う姿勢になる。
息吐く間もなく時速100km台に到達したサイクロンは、割れ転がった敷石を踏み切ってその重い車体を跳躍させた。
本郷のベルトに風が吹き込み、人間に擬態していた外見は異形のものへと変貌していく。

(救えないなら助けないで欲しかった)

二階建ての屋根の上、本郷の変身に応じてサイクロンもまた本来の姿を取り戻す。
紅白のヘッドライト部からカウルが出現し、尾部が延びて排気筒を覆う。
その機体は速度のためにつくられた。
一角がエンジンの歓声を上げる。

(人間として生きられないなら人間のまま──)

屋根の上にバイクが一台。バイクの上には改造人間が一体。
黒をベースに緑を配した怪人の肢体、蝗に似た仮面に二本のアンテナ、赤い大きな複眼。
機械と融合した肉体は既に怪人のそれで、熱エネルギーで動いていたあの頃とは何もかもが違っている。
変わらないものはたったひとつ。

(ああ…一文字が言っていたな…)

怪人の体に人の心。
それがいかに歪で不合理でも、この胸に魂ある限り──
仮面ライダーは正義だと。



銀色の口蓋が細く開き、ひゅう、と息を吸い込んだ。
網に覆われていた本郷の複眼の中に赤い光がともり、燃え上がる。

人間を征服するため、人間を超えるため、仮面ライダーは作られた。
ベルトのタイフーンが音を立て回転し、風力をきっかけに内部の動力炉が作動する。
人間では持ち得ないエネルギーを得た本郷、いや、仮面ライダー1号は、半身を車体から無理矢理引き剥がした。

今に至るまでスピードに飢えた人間たちを相手にしてきた一角は、一度手に入れた傀儡の反抗など予想すらしていなかった。
驚きに血走ったヘッドライトの目を見開く。

『コイツ!支配を断ち切りやがった!』
「…フ…。洗脳は、嫌いでな」
「本郷さん!」

いまだその名で呼ぶ潮を1号は振り返る。月を背負った人外のシルエット。
その骨を、肉を、皮を、合金や特殊素材へ置き換えられた改造人間。
並の人間が十度試して十度死ぬ環境下へ置かれたとしても永らえるバケモノ。

しかし潮は真っ直ぐに仮面の中の本郷を見ている。
マスクからは苦笑も伝わらないが、本郷は笑んだ。

『何故オレと来ない!人間でもないくせによォ!!』

焼ききれた触手を持て余したバケモノが真っ暗な夜空へ向かいヒステリックに叫ぶ。
1号は青銀の手袋に目を落とした。見てくれはただの五指。そこには機械を内包している。
人ではない体。人ではない力。守る者たちにおびえられ、疎まれたとしても──
それでもこの魂は、常に人の側に立つ。

本郷猛は甘言に揺らぐ。人間だからだ。しかし1号は揺らがない。人間を守るためにその腕があるからだ。
1号となった本郷は両手の五指をゆるく開き、敵、サイクロンを乗っ取る妖怪へと向けて構える。

「ああ、俺は人間じゃない…俺は」


大義名分は必要ない。
人として人と生きるため。

それで十分だ。


「正義、仮面ライダー1号」



[26997] HIGH SPEED EATER(6)
Name: エヌ◆91d49464 ID:5c3e5a21
Date: 2011/04/18 20:29
サイクロンの排気を聞いて1号の体内の動力炉がうなりを上げる。
機械の詰まった胸の奥で心臓とは違う何かが怒りに震え脈動する。
仮面ライダーの銀色の口から高温の呼気が細く吐き出され、夜に白く消えた。
一角は本来の姿を取り戻したサイクロンの中だ。
一度捕らえられて懲りたのかバイクに潜み、手に入れた機体のスペックを確かめるように前輪を空転させている。

『へへへ…礼を言うぜ改造人間。おかげで最高のマシンが手に入ったんだからなア!』

焦燥から立ち直った妖怪は気分良くテールライトを点滅させた。
多少計算外だったが状況は好転したといっていい。あとはしつこく呼びかける男を殺すだけなのだ。
元より一角の基本的な欲求はひとつである。万物に勝るスピードを得て、速度に敗れた他者の命を喰らうこと。

(あれは敵だ。倒さなければならない。)

1号の中のライダーたる部分が吼える。
また同じ強さで人間の心が悲鳴を上げている。

(あれは俺だ…!)

人類の平和と平等のため、誰かの命を救うため。己の正義に従って幾度も拳をふるってきた。
その裏でいつも自問を繰り返す。答えはある。それでも納得などできない。

構えから次の行動を逡巡した敵を一角は見逃さなかった。屋根瓦を蹴散らしての急加速。
咄嗟に腕を縦に構えた1号を事故の衝撃が襲った。足場にひびが入り体勢が後ろへ崩れる。
至近距離で元の持ち主をはねたサイクロンもそのまま地面へ向かって突っ込んでいく。
回転するバイクの前輪を抱えたまま落下した体は、真っ直ぐに地面に叩きつけられた。

「グ、ハッ…!」

ワイヤーの筋繊維が千切れ骨格が軋む。口内に鉄臭い液体が満ちる。
本体を壊す覚悟が固まらないでいる改造人間などスピードをたんまり喰った一角の敵ではない。
膝を支えに立ち上がる1号を更に流星のごとき速度のサイクロンが襲う。

「やめろオォっ!」

潮は思わず叫び声を上げ二体の間に割り入ろうとしたが、一角がサイクロンのハンドルを切り返すほうが早かった。
潮も普通の中学生ではない。破魔の槍を手に数多の妖怪と戦ってきた少年だ。
対妖怪とはいえ数々の死線を超えて鍛えられてきただけに、生身でも通常の人間よりは強い。
しかし相手はスピード狂のバケモノである。ただの人間に後れを取るはずもない。

暴走バイクに正面からぶつかった潮は声もなく吹っ飛んで背中で商店のシャッターに衝突した。
構えていたバットは3つに折れ、シャッターが大きくへこんでいる。潮はずり下がりうずくまって血反吐を吐いた。

「潮!」

とっさに気を取られた1号は、そのため退避のタイミングを逸した。引き返す一角の突撃を半身分避けそこなう。
前後左右縦横無尽、自在に走り尽くすオートバイは、トップスピードこそ出ないものの相当の力を持って他者を破壊せんとする。
単体で怪人をなぎ倒せるサイクロンの底力。再三の猛攻を受けては1号もなされるがまま、回避と防御に徹するしかない。

潮はシャッターに背を預け、頭をもたげた。頭皮のどこかを切ったらしい。血が額を伝って流れ落ちぱたぱたと地面を汚す。
土煙の向こう、いいようになぶられる仮面の異形をかすむ目で見詰めた潮の顔が悔しさに歪む。

「チクショウ…オレは…見てるだけ、かよォ…」

視線の先には傷付きながらも打開策を探す男の姿がある。

かつて潮もあの場所に立っていた。
手の中には退魔の槍があり、後ろには背中を預ける相棒がいた。
対するは最凶の大妖怪、白面の者。世の全てを滅ぼそうとするその邪悪に向かうため、敵である人と妖怪が手を組んだ。
日本中を巻き込んだ人外の大戦争の先頭には常に二体のバケモノの姿があった。

潮は生身で妖怪と戦うための術を持たぬ。そしてまた獣の槍を操る時、うしおは人間ではない。
獣の槍に選ばれた時に戦いは始まった。いつも槍と共にあり、槍と共に強くなった。
そしてまた槍を引き抜いた瞬間から、同じだけ共にあったモノ──妖怪、とら。

うしおととら。二体で一体とまで呼ばれた最強のバケモノ。

過ぎ去った激動はほんの数ヶ月前の事なのにまるで遠い日のようだ。
あれほど傷付き恐れ嘆く事も、立ち上がり戦い奔る事も、きっともう二度とない。
戦いは好きではなかった。しかしあの一年は、潮にとって今も忘れがたい、尊い月日だ。


──なんでえうしお、もうおしめえかよ?

(…とら…)

記憶の中のとらが潮を馬鹿にして、へッ、と笑う。もちろんそれは幻想だ。
もうバケモノはいない。槍も…ない。
旅は終わってしまった。

しかし。

「…おわりなんかじゃねえ…オレは、まだ生きてる…」

斜に構え戦う金色のバケモノ。
手に馴染む槍の鋭さ。
失ったものが戻らない以上は前を向いて歩いていくしかない。

生身で単車と衝突した体はあちこちガタがきていたが、潮はなんとか身を引き起こす。
とらは強かった。あいつならこんな自分を笑うはずだ。

傷付いて自由にならない重い体が震えながら自立する。戦いたいと立ち上がる。
腹部を両腕で庇って立った潮の目には強い意志が燃えている。


潮の見ている前で正義の男がついに片膝を付いた。
一角は好機を逃さず哄笑高らかに1号へ向かって勢いをつける。
潮は言い知れぬ絶望感を感じながら、そちらへ向けて手を伸ばす。


(…オレにもっと力があれば…!)









獣の槍。

其はバケモノを屠り滅する生きた槍。
使い手は魂を削られいずれバケモノになっていくが、
持ち主の魂ある限り槍は甦り邪悪を絶つ。


いま魂からの慟哭に応え超高速で飛来するものがあった。
南洋で砕け散った獣の槍の破片──魂持つ槍の残骸。

そしてまた時同じく、潮の体内に眠る二つの魂が目覚める。
はるか昔に獣の槍を生み、冷たい槍の中に生き続けた兄妹…その安らげぬ魂が。



[26997] HIGH SPEED EATER(7)
Name: エヌ◆91d49464 ID:5c3e5a21
Date: 2011/04/28 05:00
──蒼月<ツァンユエ>よ。獣の槍の使い手よ。何故力を求める?

突然の呼びかけに潮はびくりと身を跳ねさせる。
先刻まで戦いを目にしていたはずなのに今は何もない。見渡せば一面が薄ぼんやりと光って白く、視界を失った錯覚に陥る。
場所にも空気にも身に馴染んだ違和感があり、耳から入るのではなく体に直接響く声には明確な覚えがあった。
槍の系譜が途絶えた今は二度と聞こえぬはずのそれ。古代中国の刀匠、槍になった男の言葉だ。
潮はこの空間の正体を知っている。霊魂になっても槍を守り続けた少女の結界の中だ。
霊体には時間と距離の概念がない。
用が済むまで立ち止まっていたところで事態は悪化も好転もしないと気付き、潮は詰めていた息を吐き出した。

「ギリョウさん…」

──答えよ。なにゆえ力を求める。虚栄か?名誉欲か?それとも…戦いの味が忘れられぬか?

「ちぇっ、そんなんじゃねえや」

合成音声のごとく無感動で無機質な声が嘲笑うでもなく厳しい口調で淡々と続ける。潮は気楽に答えて唇を尖らせた。
男の変じた獣の槍はもう何千年もこうして手にする者への問いかけを繰り返してきた。
過去へと立ち戻り槍の由来に触れた事のある潮には、そこにある種の哀しみも感じられる。
掴めなかった服の端。こぼれ落ちてしまった命。もっと強かったら、もっと速かったら、助けられたのかもしれなかった。
古代中国にて白面の者に屠られた多くの人々。ジエメイさん、ギリョウさん、おじさん、おばさん…
潮は唇をかみ締める。

「オレは弱えから、いつだって誰かに助けられてばっかなのよ。
 けど…足手まといかもしれんけどよ…オレは…」

金属を感じさせる異形に変じた本郷は無表情で血の通わぬ機械にも見えた。
無表情に民家を背にかばい、一角憑きのバイクと相対していた。
しかし潮は見てしまった。あのオートバイを本当に必死で探していた本郷を。
バイクを大事な戦友だと言って照れ笑いを浮かべた昼間の顔を思い出す。
今、一角が嬉々として踏みにじっているものを。

何かを犠牲にして守られる平和や幸せがある限り、世の中の正しいことと正しいことは必ずしもイコールではない。
便利になる人間たちの日常の裏では絶えず誰かや何かの大事な物が奪われている。
故郷を追われ悲しみに狂ったバケモノを前に、ただ謝罪するよりなかった苦い経験を思い出す。
命懸けで見ず知らずの他人のために立ち上がる人も、正当性を盾にして横暴を奮う人も見てきた。
隠匿されるべきでない真実が闇に葬られる一方で、たとえ自分が傷付いても通さねばならない嘘もある。
どんな物事にしろ一方向から見て決め付けるべきではないのだろう。
それでも一角のしている事は許せない。
本郷が正義を名乗ったように、自分にだって曲げたくないものがある。
一人のちっぽけな人間にできる事など高が知れているが、できない事とやらない事は別次元の問題だ。
潮は右拳を固め、自分の手のひらをパシンと叩いて乳白色の空間を睨んだ。

「アイツを一発ぶん殴らなきゃ気がすまねえ」

──ふふ、なにか勘違いしているな、蒼月<ツァンユエ>。獣の槍は、いつもお前とともにある──

「え…」

視界がブレる。瞬いて目を擦ってからもう一度確認すると、そこは石造りの小部屋に変じていた。芙玄院の蔵の地下室だ。
潮はそう広くない匣の奥へふらりと歩み寄る。壁にはかつて金色のバケモノが縫いとめられていた時の傷が今も刻まれている。
槍で穿った深い痕だ。岩石の裂け目に手のひらを当てるとひやっとした感触が伝わる気がした。
布をたっぷり使った古代中国の服を着た白い髪の少女が空中に現れて、潮の肩にふうわりと手を乗せる。

──本当に良いのですか?

「ジエメイさん」

──獣の槍を振るい続け、あなたは既に二度バケモノへと変じ、二度人に戻りました。
──次に魂を削り、もしもバケモノに変じたのなら…。

悲しげに眉尻を下げたジエメイが言いよどんだ言葉の先を潮は正確に掴んでいた。
獣の槍の使い手は槍を振るうたび魂を削られ、いずれ自らもバケモノになっていく。
潮は二度に渡って理性無きバケモノへと落ちかけ、その二度ともを救われた。
このような例は歴代の槍の使い手の中でも類を見ないだろう。潮は幸運だった。無論三度目はない。

槍は砕けたが命は繋いだ時に潮の胸に満ちたのは、帰れる、という喜びだった。
美しいだけの物ではないけれど、人間に生まれてよかったと今も心から思っている。
怖くない、わけがない。潮の手が指先からカタカタと震えだす。
肩まで伝わろうとするのを肘を抱えて押し留め、潮は石垣状の壁を凝視した。かつてとらを解き放ったその場所を。

ここから全てが始まった。
守るべきものは残されている。
まだ終わらない。

「そうなったらココに封じてくれるかい、ジエメイさん」

茶目っ気たっぷりに口端を持ち上げてみせれば、ジエメイも仕方ないという風情の苦笑を浮かべた。
周囲の風景が失われる前に潮は目をつむる。ざわざわと髪が伸び、一瞬に足元までを覆った。

──ならば我を呼べ…
──白面の者なき今も 蒼月潮の呼ぶ限り 我は何度でも甦ろう…


「ああ、何度だって呼んでやる…」

再び現実の時間軸に戻ったうしおは長く伸び半面を覆う髪の隙間から真っ直ぐに手を伸ばしていた。
ぱちりと目を見開く。眼前には膝を屈した1号を今しも轢き殺さんとする一角。
一瞬前までの絶望的な状況は変わらずそこにあったが、うしおは静かに凛として命ずる。


「槍よ、来い!!」


時間にして数秒。
しかし一角の憑いたサイクロンと仮面ライダーの間にはもはや寸分の間しかない。
主の求めに応じ飛来した槍はその隙へ真っ直ぐに突き立つ。

本能的に急停車した一角の血走った目に恐怖が浮かぶ。
うしおは槍の力で修復された体のばねを目一杯使って跳躍し、槍の柄尻の上へと立った。
膝下までの前髪が怒りの形相をわずかに隠すその狭間から獣のごとき眼が炯々と光る。
本郷猛が改造人間であるように、ここにまた一人戦いを宿命付けられた者がいた。
槍を使う時、うしおは人であって人でない何かへと変貌を遂げる。
それはライダーの変身にも似ている。戦うためだけの力、戦うためだけの姿だ。

『バ…バカな!コイツは…この槍はァ…!』

緩慢に顔を上げた本郷はそこに知らぬ少年の背中を見た。長い後ろ髪が風にゆれている。
うしおは平素と変わらぬ無作法で親指にて鼻の頭をはじいた。

「へっ、てめえをぶん殴るための槍さ」



[26997] HIGH SPEED EATER(8)
Name: エヌ◆91d49464 ID:5c3e5a21
Date: 2011/04/29 23:14
槍から降りたうしおと、立ち上がった1号。
傷付きながらも光を失わぬ4つの眼が一角を真っ直ぐに見据えている。
一角はそこに死の予兆を見た。

バケモノは本能に従って踏みとどまる。体が前へ進もうとしない。
それは一角にとって恐怖に勝る屈辱であった。鋭い牙の並んだ一角の口が歪んで負の感情を垣間見せる。
口惜しさ、絶望、怒り…その最後に一角が浮かべたのは金儲けを思いついた悪党の笑みであった。
二対一の不利な状況下、余裕ありげにエンジンを空転させる。

『オレを止めたいか?改造人間、それに獣の槍のガキィ…。へへへ、止めてみろよ…』

生まれたばかりの現代妖怪、自信過剰で負けを知らぬ若造に、不意に襲った大きな負の感情は大きな成長をもたらした。
唐突に横倒しになりアクセルをかける。
車体が180度旋回する。

『…オレに追いつけたらなア!!』

先刻までの一角は敵と認識した2人にただ向かってくるばかりであった。
折り返しと切り返し、スピードにまかせた直線の動きが一角の武器だ。
ゆえに2人は疑わなかった。一角は向かってくる──
その一瞬の虚をついた、見事な逃げの一手であった。
敷石の砂煙がきしきしと軋んだ嫌な笑い声と共に消えたとき、そこには金気臭い排気だけが残っていた。

「いかん。追うぞ、潮!」
「うん!」

遠くエンジンの音をなぞって2人は一角の後を追った。
一角を逃がせば被害者が増える。それだけは防がなければならない。


やがてバケモノが消えた商店街にちらほらと人影が戻り始めた。
人間では到底及ばぬ速度で去った生き物を畏怖の目で見送った者がほとんどであったが、幾人かの例外もいた。
中村麻子がその1人だった。

(たとえ自分が無防備で相手はミサイルを持っていたって…
 誰かの大事なモノを踏みにじるヤツがいたなら、アイツはきっと殴るんだろうな)

無茶で考えなし。曲がったコトが大嫌い。潮は昔からそういう男の子だった。それが潮だ。潮らしさだ。
泳がなければ呼吸ができない大型の魚と同じように、きっと止めたら溺れてしまう。
幼馴染の長い後ろ髪を見送った麻子は折れたバットを拾い上げ、キッと月をにらんで右拳を突き上げる。

「やっつけといで、うしおっ!」









高速自動車道の高架下。1台のバイクと2体の異形が走る車の脇をすり抜け逃走と追跡を続けている。
追随を許さぬサイクロンの性能は、最高の乗り手によってのみその真価を発揮する。
最速であるはずの一角もこの状況では自らの足で追いかけてくる人間たちを簡単には振り切れずにいた。
じりじりと距離が開きはじめている。しかし一角のほうでも時間をかけてはいられない。
速度には自信があるが、その資本である機体は有限なのだ。

一角は一台の乗用車に狙いをつけた。
運転席と助手席に幸せそうな若い夫婦。後部座席には安らかな顔で眠る子供たち。
一角は節のある触角を武器にして通り抜けざまの乗用車のタイヤへ深く切り込む。

突然のパンクとスリップに車は勢いよくスピンし、道を外れた。
後続のトラックの運転手が悲鳴を上げてブレーキをかける。

暴走するサイクロンを全速力で追っていた2人は不測の事故に脊髄反射の速度で反応した。
トラックを追い抜かしたうしおの槍が回り続ける車の足元に杭のように刺さる。
へこんだバンパーに目の前に立ちはだかった1号の手形をくっきりとつけて、トラックは間一髪停車した。

どちらともなく、ふう、と安堵の息をついた。
ひとたび槍を手放せば潮もただの中学生である。髪がばさばさと落ち、落ちた髪はすぐにかき消えて失せた。
横では変身を解いた本郷が渋い顔で前方を見据えている。
サイクロンの姿はもうどこにもない。音もにおいも残さず逃げ去ってしまった。
商店街で他人をかばった2人を注意深く観察し、その甘さに賭けた一角の計算勝ちであった。

乗用車の中の子供たちが目を覚まして泣き出している。
事故を目撃した人々が少しずつ集まってくる。

獣の槍の治癒力のおかげで傷自体は治っているがその槍を持ったままの潮と、
致命傷こそ負っていないものの前後左右から重量級に襲われてボロボロの本郷である。
このまま突っ立っていれば警察のご厄介になるのは間違いない。
2人は人目を避けてライトに明るく照らされる舗装道路を辞した。
草の匂いのする夜道を踏んで戻る。
光の点る町には活気がある。

最初からおかしいとは思っていた。BADANの魔手がどこにも伸びていない。
妙な点は他にもあった。破れない地下室。知らぬ怪物。
バイクとの連動が取れるのと同じ機能で、仮面ライダー同士はたとえ相手がどこにいようとお互いの状態を認識できる。
魔法陣を経由して蔵へ吐き出された時から本郷と他のライダーとの交信は完全に遮断されていた。
当初本郷は己の機器の故障のためと考えていた。しかし一角に洗脳されかけたあの時にサイクロンとの通信は一度繋がった。
本郷の冷静で柔軟な思考はそこからひとつの答えを導いた。
結論を言えば、ここは己の知る日本ではない。

「…どうしよう、本郷さん。一角をこのまま逃がしておいたら…」
「サイクロンは自走するが、メンテナンスは人力だ。奴があくまで速さにこだわるなら…長くは走らないだろう」

異世界云々についてはひとまず口を閉ざすと決めて本郷は腕を組んだまま淡々と言った。
一角が散々改造人間と口にしていた事からも素性を隠し通すのは難しかろう。
そのうちに話さねばならぬ時が来るだろうが、潮に気にする様子がない以上、己から言葉にする必要はないように思えた。
気にする様子のない当本人、潮の方は本郷の言葉になにやらぶつぶつ考え込んでいる。

「そんなに遠くへは行けないってことか…」
「ああ」

本郷には考えがあった。
昼間探し回った様子からすると本郷の知る日本とこの場所の地形や交通網は、どれもズレてはいないようだ。
似て非なる日本。だが交通網が同じなら慣れ親しんだ日本の道であることには変わりない。手は残されている。
本郷は頭の中に周辺の広域地図を並べる。

遠くへ行けないスピード狂のバケモノ、逃げていった方角とその嗜虐的な性格。
以上を総合して考えれば出現ポイントは不明瞭でも道は一本に絞られる。
しかし。

「問題はどうやってヤツを追うか、だ」

本郷の言葉が潮に2人の男を思い出させた。
1人は間崎賢一。潮がかつて別の一角を倒す際に力を借りた中学の先輩だ。
間崎の実家はバイク屋を経営している。そこに潮にとって思い入れの深いバイクが一台預けてある。
そのバイクの持ち主だった人物こそ、今は亡きもう1人の男──秋葉 流。

「本郷さん…ハーレーで一角に勝てるかい?」

本郷は唐突な問いを噛み砕くようにゆっくり瞬きをしてから、余裕を浮かべてフッと笑った。

「努力しよう」


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