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[27404] 王子と売れないアクターの放浪記 
Name: 無人君◆7ab32bdd ID:b6eb1c7d
Date: 2011/04/25 15:14
  

  一話『非日常への扉』





 高校生活最後の文化祭。三年であった自分にとって最後のお祭り騒ぎである。しかしイ

ンターハイも終わり、三年間の部活動での涙と汗の暑苦しい積み重ねが芳しくない結果で

終わってしまってから、どこかに熱意を置き忘れてしまったいた。そんなこんなでの文化

祭。とくにやることも無く、女の子を悪友と値踏みしながら、他クラスの出し物を冷やか

す程度で楽しむはずだった。

 誰もがそんな時に、将来を変える出来事が起こるなど考えもしないだろう。

 そこで未来のの選択肢をくれたのはよく知った同級生だった。ふらふらしている自分達

を見つけると駆け寄ってきて、「よかったら見に来て」と演劇部の公演のビラを手渡され

た。

 演劇部の公演など全くもって関心がなかったが、その同級生、女の子に興味があった自

分は、下心のみで嫌がる悪友を引き連れ見に行った。


 
 パイプ椅子が並べられた真っ暗な体育館。

 照明が当たるステージ。

 そこには非日常があった。



 演目は有名な『リア王』ウィリアム・シェイクスピアがこの世に送り出した四大悲劇の

1つである。シェークスピアの作品は?と聞かれて、『ロミオとジュリエット』のタイト

ルしか頭に浮かばないその頃の自分にとって、目の前で繰り広げられている物語は頭を鈍

器で強打されたような衝撃を与えた。

 今思えば、高校の文化祭で行われるもの、オリジナリティーを加え、所々をかなり削っ

て台本を作ってあった。後に支えている吹奏楽部などのため、上演時間も短縮されてい

る、だがシェークスピアの偉業は決して損なわれること無く、人々を魅了した。

 目を奪われた観客の中の一人であった自分は、ビラ配りをしていた同級生が演じる、想

像上の人物であるはずのコーディリアの死に、心が痛んだ。ぼろぼろと涙をこぼし、鼻水

をたらしと無様な醜態をさらしていた。隣に座っていた悪友に後から聞くと、いつも以上

に見るも無残な顔をしていたらしい。いつも以上という言葉に引っかかったが、あまり突

っ込んだら蛇が出てきそうなので止めた。

 そして最後に登場人物の一人、エドガーの決意とも嘆きともとれる台詞が体育館中に大

きく響き、暗幕が降りた。

 盛大な拍手に包まれたカーテンコール、これが彼らのインターハイなのだろう、涙を堪

えて、とても軽やかな笑顔をふりまいている。
 


 やりたい……。


 舞台にあがって違う人間を演じてみたい。



 その思いは一時的な夢と考えようとしたが、だが、やるなら今しかないと思い悩む自分

もあった。

 人生の岐路に立ったその当時の自分、選んだのは、どうせやる気の起きない受験勉強を

放り投げることだった。

 それからというもの暇さえあれば劇場、映画館に足を運んだり、レンタルDVDを借りて

一日中見明かしたり、演劇部の練習を盗み見たり、と猪突猛進ぶりを発揮し、高校卒業と

同時に上京、その特異な世界に飛び込んだ。

 今も昔も間違えた道、というより苦労する道を歩き始めたことは重々承知しているが、

芝居への熱はぐんぐん上昇している。仕事があればの話だが……。

 売れない役者など数え切れないほどいる、東京に出てきて早五年、本名は木下誠実、芸

名は橘なるみは、その中で埋もれもがいていた。

 今もそう、23歳にもなって親から仕送りをねだってしまい、陰鬱な気分で携帯電話を

切ったのだ。

 時々、人伝で入ってくるエキストラの仕事と、居酒屋とコンビニのかけもちバイトで何

とかぎりぎりの生活を送っていたのだが、久しぶりに誘われた高校の同窓会で羽目を外し

て楽しんだ結果、今月は首が回らなくなってしまったのだ。

 当面の生活費確保の代償に、親の怒鳴り声によって一時的に失われた右耳の聴力は次第

に回復して、点いているテレビから軽快な音楽が流れる。

 炬燵から這い出て、灰皿に積もった吸い終わった煙草を一本取ると親指と人差し指で伸

ばし、吸いだした。

 煙が室内に充満しないように窓を開け換気をする。

 寒い空気が部屋の中に入ってきた。

 ベランダには部屋には不釣合いなサボテンが置いてある。一週間の海外に出張中である

彼女からの贈り物だ。毎日水をあげなくても大丈夫、だらしないからどうせ忘れそうだけ

どと付け加え貰った。案の定、先月の誕生日にもらって以来、まだ一度も水をあげていな

い。そのせいか、心なし元気がないように見える。

 ざっと見渡すと、読み終えた新聞、雑誌が四方に散らばり、着終えた服が山積みになっ

ている。流し台にはカップラーメンの空容器が積み重なっている。

 彼女が一週間不在というだけでよくもここまで散らかせたものだと自分自身、呆れかえ

ってしまった。

 重い腰を上げ、今日の夜にも帰ってくる彼女の怒りを回避するために動き出す。

 そしてようやく、怒りの直撃は免れるくらい片付いた頃には、居酒屋バイトの時間で

る。

 手早く着替えをすませ、ニッと帽を目深に被り、アパートを出た。



  いや、ドアを開いたまでは確かなんだ。


  目を見開き、口は半開き、あまりの奇想天外に声が出ない、ただただ立ち尽くした。




 周りの景色はいつもとは違い、まるで辺りは中世の欧州を意識した街並みが目の前にあ

るのだ。

 掴んでいたはずのドアノブは消え、後ろを向くとアパートは無い。その代わりに、夕暮

れ時、喧騒といっていいほどの賑やかな露店が道の左右を埋めている。果物を売っている

店、肉を売っている店、手芸のような物を売っている店、奥には占いだろうか、丸い大

きなガラス玉を置いている店もある。しかし、どれを見ても読めない文字が書いてあっ

た。アルファベッドでもなければアラビア文字でもない、まして日本語でもない。

 これは何の冗談だろう、貧乏役者にどっきりを仕掛けるテレビ局の仕業だろうか、それ

とも実はまだ炬燵の中でぬくぬくと眠っていて、これは夢なのだろうか。

 だがどっきりにしては手がかかりすぎている。

 だが夢に、やけにリアルである。

 そして気にかかることは、耳に入ってくる言葉は日本語ではない……しかし、

「ちょっと、あんたどいてよ!」

 両手に荷物を持った女に体を押しのけられ、よろよろとその場にその場にしりもちをつ

いた。

 何故、日本語ではないのに理解ができるのだ。自分が見も知らぬ言語を即座に理解でき

るチート野郎みたいな特殊能力を持っているなど聞いたことが無い。もしそんな特技を持

っているのなら、他のバイトなどしなくてもその特技を活かしてテレビ出演、一躍有名に

なり、舞台や映画の仕事がバンバン入ってきてもいいだろうし、貧乏生活ともおさらば、

彼女の誕生日にパチンコで負けたためお金が無く、コンビニのケーキに蝋燭にみたて爪楊

枝を立て祝い、彼女と大喧嘩なんてしなくてもすんだはずだ。

 そしてなにより、中学高校と英語の成績は学年で下から数えたほうが早かったはずだ。

 しかし現実には、聞き取れているのだ。


「ほぅれ、兄さん、こんなとこで座ってても、金にはならんぇ。ちゃんとぼろぼろの格好

で道の隅で俯いてないと、貴族さまの気まぐれ恩恵の施しはうけれんよな」


 お婆さんから手を差し出され、その手を借り立ち上がる。


「ここどこですか?」


「兄さん、旅人かい……けったいな格好をして……ここはヴェイント市民街だよ」


 理由は分からないがどうやら自分が喋る日本語は通じるらしい、しかしこの状況は一向

に変わらない。高校の世界地理で習ったことの無い、聞き覚えの無い地名に頭を抱えた。


「ヴェイントってどこだ!?」


 将来を変える出来事なんてどこに転がっているのかわからないものだ。
















 陽も暮れ、アステアの加護が無くなったのを肌で実感する。息を殺して潜んでいるアル

はバッグの中から黒い布を出すと、それを震える体に巻いた。

 彼は門の前にある大きな木の上にいた。



 ヴェイント王都、その中央に位置する難攻不落のライザッド王宮と呼ばれていた。

 しかし西門は未だかつて外敵からの進入経路になったことが無いため、東西南北のうち

一番警備が薄く、門兵が夜な夜な女を連れ酒盛りするため夜になっても閉門をしないこと

がある。

 世話係のレランがそう洩らしたのを聞き逃さなかった。

 その日からアルは着実に外に出るための用意を続け、そして月の無い夜を待ち続け、と

うとう決行の日が来た。

 門はレランの言ったとおり無用心にも開いていた。抜け出す準備はすでに整っている。

 物音立てぬよう慎重に屋根伝いに渡り、木の上に隠れてからしばらく経つ、門番の交代

時間はそろそろだ。 

 横には相棒である狼、キファが眠たそうな顔で欠伸をしている。


 「もう少しだから」


 頭を撫で言い聞かせると、はいはいと尻尾で面倒くさそうに返事をした。










 門の前、二人の門番が見張っている。

 左右翳してある灯火の灯りは小さく、周囲を全て照らすことはできない。

 しかし、特に気にした様子も無く、左に立つ門番の一人は羨ましそうに、詰所の窓に映

った控えている門兵達の楽しそうな影を見ていた。




「……様に感謝だな、こうして毎晩飲んで遊ぶ金出してくれるなんてよ!」


「名前を出すな!」


「誰もいねぇーから大丈夫だ。でもよ、なんで突然こんな大盤振る舞いをするんだ?」


「さぁな、素敵な貴族さまの考えることが庶民に理解できるはず無いだろう」



 門の右に姿勢を崩さず立つ男は吐き捨てるように言った。わざとらしく怖い怖いと肩を

竦め、左に立つ男は葉巻に火をつける。腰には葡萄酒のビンが括りつけられている。



「宰相に逆らっちゃ生きていけねぇんだ、俺達には選択することすらできないんだよ……

虫唾が走るなけどな」


「トータ、だからお前は宴会に付きあわねぇのか?」


「心まで売るつもりはねぇしな」



 ここ一月、上からの密命により閉門を禁じられた。その礼だろうか御馳走に酒、そして

女と慰安のためにと毎夜絶えずに送り込まれた。

 きな臭い話なのだが、断るわけにもいかず、だが褒美を他の門兵のようにすんなりと得

るほど、トータの頭では割り切れていないものだった。だからといって、他を諭すほど陳

腐な正義感を振りかざす人間にもなれない。

そして、なにより、


「なにかの姦計を手伝わされてたりして……なぁーんてな、ははは」


 そう笑いながら葡萄酒を飲む男。

 トータは知っているのだ。この男の目はまったく笑っていないこと。

 そして詰所で騒いでいる門兵らも、自分らの身に予期せぬ不幸な出来事が降りかかるか

も知れないことを承知しているのだ。


「若いねぇ、ほーんとに若い……人生は諦め、そして楽しみさ、今日は付き合えよ」


「いや、遠慮しとく……ケミール、先あがるぞ」



 西門を守っているのはトータを含め、元々正規兵であり、四年前のヴァレンティアとの

戦いで、死闘の末、敵の呪術にかかってしまった『かかりもの』の生き残りである。国に

とっても厄介払いしたい者達の集まりなのである。

 戦時中、トータは名も通らぬ一兵だったが、ケミールはこうみえてもトータの所属の一

部隊を指揮する小隊長であった人物だ。

 トータの憧れだった。

 腕が立ち、人望が厚く、頭も切れ、一時期は近衛兵団長からの推挙で、市民としては珍

しく騎兵中隊を任せられるとの噂もたったほどの人物だ。

 『かかりもの』、アテシアの加護を受けられない忌むべき体となった多くの者は名誉あ

る死を望み、ヴァレンティア陣へ特攻をかけ命を散らしていった。

 ケミールもまた部下と共に、敵師団の夜営に急襲をかけた。兵力の差は歴然であり、仲

間がどんどんと打ち果てていった。我先にと死んでいく部下を横目に、剣を振り続けるケ

ミール。敵に周囲を囲まれ、ようやく終わりが見えた頃、敵の後方からヴェイント国軍第

三師団の攻撃があった。

 小部隊全滅になるところを、ヴェイント国軍第三師団の援護もあり、敵師団は敗走。ケ

ミールとトータを含め小隊の十数名が無様にも生き残ってしまったのだ。

 王都へ帰還後、アテシアに見捨てられたのにも拘らず、生にしがみついている不信仰者

と蔑められ、小隊長から降格、西門の守衛を任されることとなった。

 今はもう、四年前の勇猛果敢なケミールは見る影も無く、いつしかトータは敬意を払っ

た言葉遣いを彼に使わなくなっていた。


「馬鹿でいるほうが生き易いぞ」


 後ろから掛けられた言葉を振り切り、トータは宿舎に戻った。





 ずっと機会をうかがっていたアルは、門番が一人いなくなったのを確認すると、持って

いたコブシ大の石を灯火の上部に向かって投げた。

  飛んできた石の衝撃を受け、灯火は倒れ、その拍子に大きく火の粉を上げ、パチパチ

と音を立てる。

 交代人員を待っているケミールの意識が一瞬、門からそれた。


「ラウド!」


 その声に反応して横にいたキファは子供狼サイズからみるみる大きくなり成人狼へ変化

を遂げた。

 アルがキファの首に抱きつくと、キファは5メートル下の地へと飛び降り、四足で着

地。

その振動でアルが落ちそうになるが、彼の服を口で咥え、止まらずに鋭い足で土をけり、

砂塵を巻き上げケミールの後方から門へと走る。

 その速さは風を切り疾風を呼ぶ。

 詰所を超え、門の手前、スピードを落とすことなく90度直角に曲がり、門の外へと出

て行った。





 ケミールが気配に気づき振り返った時には、誰の姿も無かった。

 砂塵嵐が巻き起こっており、とっさに手で目を防いだ。強い風により腰にくくりつけて

いた葡萄酒のビンが落ち、音を立てて割れた。

 砂塵に紛れて浮いている物に気がついたケミールは、目の前で腕を振り、手を開く。砂

に混じり何本か毛のようなものがあるのがわかった。

「……これは、……狙いはまさか」

 ケミールは呟き、門の外を見る。しかし誰の姿も見えない。だが、彼は何が起こったの

かを瞬時に理解した。

 灯火のあった場所に転がっていた石を掴み、詰所へ投げ、同僚に異変を知らせた。

 何事かとあわてて出てくる門兵達に、二言三言、事の急務を告げると、門の外へと駈け

ていった。








西門を無事抜けたアルは、道を避け、身を隠すに優れた木々を縫うように街灯りを目指し

ている。キファに跨りながらゆっくりとライザッド王宮の高地から、街を目指して下へ下

へと降りていく。


「やったよ、キファ!」


 アルは念願が叶い、興奮覚めやらぬ様子でキファの頭を強く撫でる。


「ガウ!」


「ようやく外に出れたんだ」


「バウ!」


 主人の喜びが伝わっているのか、小さな声で吼える。

 西門がざわついている、キファは歩みを速めた。


「兄上達には心配かけるけど、でも見ておかなきゃいけないんだ」


「くぅーん……」


「そう、ドレが僕に伝えたかったことを知りたいんだ」


 アルは、昔に牢屋で出会った囚人の男を思い返していた。そして目を閉じアステアに感

謝と祈りをささげた、囚人の死後の恩赦を願った。

 近づいていく街の明かりは王宮から見ていたものとは違い、現実感にあふれていた。
 





[27404] 第二話 出会い 
Name: 無人君◆7ab32bdd ID:b6eb1c7d
Date: 2011/04/28 05:55





『最悪だと言っているうちは……』







 学の無い自分でも知っていることわざの中に、早起きは三文の徳という言葉があるが、

徹夜した人間は徳を得ることができるのだろうか。それとも時間帯の問題ではなく起きる

という行動が重要なのだろうか。

 ふと頭によぎったその言葉に怒りをぶつけてみる。

 夜通し歩きとおし、また空腹もあり、足取りが重くなる。

 見も知らない土地で過ごした晩はどれだけ体力を奪っていったか。

 さらに何か食べようにも、この世界、この国で使われている通貨を持っている筈も無

く、財布に入っているのは野口英世二枚と五百二十円と、この世界ではまったくもって価

値の無い紙切れとコインだけである。

 だからといって三文を持っていても同じではあるが、とにかく良い事が無いと、ただ屁

理屈を考えて、このことわざの発案者に八つ当たりをしたかっただけある。当然、三文が

比喩であることも知っている。

 暗がりが陽によって消えた早朝から昼にかけて、時間が経つにつれ出歩く人が増え始

め、味わっていた孤独感が紛れたが、またこれは夢ではなかったという事実が、はかない

希望を打ち砕いた。

  
  




  この世界に堕ちた時、出会ったお婆さんから聞いたこの街の構造が、一日掛けて唯一

手に入った情報である。

 今いる場所がヴェイント市民街、ライザッド王宮と呼ばれる高台にある城を中心に王都

の西に位置する街であり、交易の盛んな場所である。その対になった東にはヴェイント貴

族街と呼ばれる、王宮に出入りするための貴族の別荘のような場所がある。北にはヴェイ

ント第二級市民街、解放奴隷という地位の人や前科者が住んで、貧困街とも呼ばれている

らしく、危険だから近寄るなとお婆さんから忠告された。南にはヴェイント職人街と呼ば

れ、名前のとおり職人たちが住んでいるの街だそうだ。街はそのように東西南北と高い塀

で四つに区分され、行き来をするためには門を通らなければいけないらしい。

 話を聞いて、他の場所にも行こうとしたが、ヴェイント市民街から貧困街や職人街に行

くには通行料というものが必要らしく、見張りをしていた高慢そうな二人の門番に追い返

された。


「兄さん、また来たんかぇ……」


 いつの間にか、ヴェイント市民街をさまよい続け露店街に舞い戻ってきたようだ。声の

主を探すと、昨日のお婆さんが立っていた。


「気をつけなされや、城の兵士達が慌しくしてからに、そんな目立つ服着とったら牢屋に

ぶちこまれてしまうぞぃ」


 彼女の視線を追うと、腰から剣をぶら下げ、甲冑に身も包んだ男達が金属が擦れる音を

出しながら街中を歩いていた。その兵士達は通りがかる街人に手分けをしながら何か話し

かけているように見える。


「見つかったら……やっぱりまずいのか」


「悪いことでもしたんかぃ」


「いやぁ……身元がちょっと」


「おやおや、異人さんみたいなことを言う人やんな」


 異人というのは外国人のことだろうか、自分のことを旅人と呼んでいるのだから間違っ

てはいないだろう。彼女の籠の中にはパンと果物が顔を出していて、また空腹が襲いかか

る。このまま意味も無く徘徊しても、餓死してしまうだけだろう。

 とにかく今は、お金が必要である。


「婆さん……ここら辺で質屋ってある?」


「なんじゃ、しちやとは?」


 初めて聞いた言葉なのだろう。しかしこの世界に質屋という名前は無くても、物の売り

買いがある時点でその概念は存在しているはずである。どうにか伝えようと身振り手振り

をいれて、


「服や、色々買い取ってくれるとこ」


「買取り屋なら突き当たりじゃ」


 お婆さんは露店街の道なりの奥、方角で云うと東を指差した。ありがとうと、会釈で返

し、教えられた方向に歩き出した。


「おや、やっぱり兄さんは異人さんかぇ?……久しく見たわぃ……下種な貴族様に決して

捕まんないように気をつけなされや」


 残されたお婆さんは、「彼の未来に幸あれ」とそう小さな声で呟くと、帰路に就いた。










 これが買取りを求めに来た者への店の対応なのだろうか、それともこの世界の風習か、

あまりの出来事に頭のブレーカーが落ち機能が緊急停止、ふと我に返ったときには布袋に

ずっしり詰まった金貨の音を鳴らしながら街路を歩いていた。
 



 まず整理をしよう。




 買取り屋に入ると、奥のカウンターにいる店主らしい無骨そうな男が横柄な態度で「何

かようか?」と訊いてきた。

 そこで何を売るかを道を歩きながら考えていなかった自分は焦り、時計、指輪、服と

色々と悩んでいた。店主は苛立ち、貧乏ゆすりを始め、次第には一喝、


「売る物を決めてからきやがれ」


 と罵声を浴びせられた。

 彼のあまりの迫力に怯えてしまい、一番売ってもよさそうなニット帽を脱ぐと、これ買

い取ってもらえませんか、震える声でカウンターの上に置いた。

 沈黙が続き、返事が無いのでこれじゃ無理かと他の売れる物を探していたところ、目を

見開き無言のまま自分の顔を凝視していた店主の顔は徐々に青くなっていき、突然、カウ

ンターに肘をついて両手を合わせる。


「全てを見定める聖女アステア様、我々はあなたの前にひれ伏します、我々は敬虔な信者

となります。我々はあなたの教えを護ります、我々はあなたの……」


 店主は意味のわからない呪文を一通り唱え終えると、奥に消える。

 彼の変貌に怖くなったので、買ってもらえなかったニット帽を目深に被り、颯爽と店を

出て行こうとしたとき、戻ってきた彼から「お待ちください!」と呼び止められた。

 片手に金貨が一杯に詰まった布袋に持ってきて、どうぞと手渡され、膝を折ると履いて

いる靴に軽いキスをされた。




 究極のツンデレ買取り屋という店、開店から1万人目のお客様などというサービスな

ど、あまりピンとこない考えが再起動した頭を埋め尽くす。

 だが、何となくわかったのが、どうやらこの国は聖女アステアという者を信仰している

ということと、そしてさっき店主が喋っていた呪文のような物は祈りではないかというこ

と。そこから弾き出すと、もしかしたら知らない誰かに間違われたという考えにいたっ

た。


 それが、一番可能性のある答えである。


 ようやく最近になって鎮火した振り込め詐欺、俗にいうオレオレ詐欺をしたみたいで、

店が遠のくにつれ店主に対しての罪悪感が膨らんでいく。何度か、踵を返そうとしたが、

自分の行く末を案じて、持っておいたほうがいいと、自分自身を納得させた。

 露店街の一番賑わい、人が多い時間帯。雑踏を掻き分けながら、疲れて棒になった足を

引き摺ってまた進んでいく。

 理想と現実の小さな闘いを頭の中で繰り返していると、腰あたりに何かが当たったを感

じた。




「いたぃ!」


 幼い声に、下を向くと、黒い布で頭まで覆っている12歳~14歳くらいの少年がい

た。どうやら手に持っていた金貨入った布袋と当たってしまったのだろう、涙目になりな

がら鼻頭を抑えている。

 膝を折り、少年と目線をあわせ、


「ごめん、大丈夫?」


「えぇ、僕のほうこそ申し訳ありません、お体に不具合はありませんか?」


 少年も、育ちがよいのだろうか、とても丁寧な言葉遣いで非を詫びた。

 彼の足には黒い犬がいて、その犬はこちらを睨み、鋭そうな牙をむいていた。


「余所見してたのは俺だよ……その犬もそう言ってる……ような気がする。」


「あぁ、申し訳ありません。キファ、お座り!!」


「バウ!」


 キファと呼ばれた犬はとても利口だ、主人の命令どおりお座りをした。

 本当に利口だ、わざわざ反転して、「俺、お前、嫌い」と自分のお尻を主人にぶつかっ

た敵に向けお座りをしている。


「キ、キファー」


 少年は連れの目に余る行動に、可愛らしくうろたえ、キファを起こそうとしたが、その

当人は意地でも起き上がらないと地面に爪を立てしがみ付いている。その間も、尻尾を上

下に振り、敵の足に地味な攻撃を仕掛けていた。


「き、気にしなくていいよ。ところで、ここいらで美味しい食べ物屋って知ってる」


「僕も、今日ここに来たばっかりで、探してたんです」


 チャンスである。


「へぇー、奇遇だな、……どうかな、お詫びもかねて、お兄さんと一緒にどこか入って食

べようか?」


 バリバリの怪しい奴だと自分でも思う。慣れていないためか、元いた世界なら通報され

てもおかしくない言い回しである。哀れすぎて涙が出てきそうだ。だがこんな少年からで

もこの世界の情報はしっかりと仕入れなくてはいけない。

 じっと顔を見つめてくる少年の無垢な瞳に心が折れそうになるが、


「どうした、お兄さんの顔に何かついている?」


「い、いえ、珍しい瞳の色だなと……兄上と同じ瞳の色なので」


「そうなんだ」


 どこかのお坊ちゃんなのだろう、彼の話す言葉はやはり気品を感じさせる。まるでどこ

ぞの絵本に出てくる王子様を思い起こさせる。

 少年は失礼だと思ったのか、すみませんと即座に謝り、続けて、


「お兄さんって、もしかしていじ」


 と少年は言いかけた。


「ほら、みんなで食べたほうが美味しいしね」










「そうだな、俺も一緒に誘われてもいいかい?」


 ずしっと肩の上に重い物が乗っかる。



「動くなとはいわない。ぼうず、無理すんな、動いてもかまわないぞ……首と体が分かれ

てもいいならな」


 背後から左肩に突き出された、初めてみる剣。鏡のように磨かれた刀身に映る自分の顔

は一目でわかるほど血の気が引いている。後方にいる男が発する声は鋭く討ちぬくイメー

ジを彷彿させ、どっちにしたって手足は動かない。

 周りにいた人は、剣を見るや逃げるように一定の距離まで散っていき、三人と一匹を中

心にちょうど円のようになった。


 せめてこの目の前にいる少年のだけでも、と目配せをして逃がそうと試みたが、後ろか

ら聞こえた声は、その少年に対しての放ったものだった。


「探しましたよ……」


「昨日の門番だな、私を追ってきたのか」


 少年の表情は、さっきまでの礼儀正しいお坊ちゃんが嘘のように打って変わり、固く、

陰りがあり、そして、口調は険しいものだった。


「まぁ、危うく気づかないところでしたが」


「何故、兵装していない?」


 こちらからでは男の顔を確認できない。だが話の内容から、どうやらこの男は少年を追

いかけてきた人物のようだ。

 ほんの少し、立ち位置を右に移動される。

 警告か、男の剣はそれを追い、より近く首筋にあてられた。

 生温かいものが一筋、首を伝う。


「巷では愚鈍と噂ですけど、昨日の手腕を見ていたら、どうもそう思えないんでしてね。

警戒されないように普通の服を着てお出迎えしました」


「愚かと噂か……無礼だと思わないか」


「どうでしょう、ご自身の命を護るための警備を蔑ろにされた門番の小言と思ってくださ

いや……」


「名は?」


「ケミールと申します」


「ケミール、お主が忠義を持つのであればまずその剣を引いてくれ、その者は私となんの

関係ない」


「申し訳ありませんが、ちょっと事情があってそうはいかないんですよ。しかも異人であ

ったならなおのこと。このぼうずがどこの貴族に飼われてる者か、訊かなちゃいけないん

でね」


 凛々しく振舞う少年とケミールの問答は続いていく。


「ではその尋問、私も立ち合わせてもらう」


「いえ、そんな見苦しいものお見せするわけには……!?」

 

 


 突然、少年に向かって矢が飛んできた。

 男は誠実を突き飛ばすと、持っていた剣で矢を正確に打ち落とした。





「チッ、仲間がいやがったか!」



 ケミールは矢の飛んできた方向に気を張りつつ、他に敵はいないかと辺りを見渡してい

る。




 誠実は突き飛ばされた反動で偶然、少年の前に立った。 

 少年と目が合った。彼の目にはあんなに可愛らしかった、そして凛々しかった顔が恐怖

に歪んでいる。
 



 助けなくては……



 そして何を思ったのか、彼の成長途中の小さな手を取り、人だかりに向かって走り出し

た。


 追いかけるようにキファも駆け出した。



「おい、こ、まちやがれぼうず!!」
 

 疲労しきった両足にもう一度気合を吹き込んで、人をぶつかりながら、無心に。






 思えばこれが全ての始まり。





 この無思慮な行動が、この大陸を全土を覆う大きな戦争を巻き起こそうなど思ってもみ

なかった。










『……まだ最悪ではない。』








 王宮内、謁見の間。

 大理石で創られた荘厳な室内、赤い絨毯が引かれている。その赤い道の先にある権威の

象徴である椅子はここ最近は使用されていない。現ヴェイント国王ベレは、病に伏して、

床から起き上がることもままならないため、国政は第一王子であるバルザックが取り仕切

っていた。

 朝になり、弟である第四王子の失踪を耳にしたバルザックは、すぐに捜索隊の増員を命

じ、ヴェイント国の重臣たちに登城の報をだした。


「それよりアルベルトの所在はまだ掴めんのか」


 そして今、大きな空間に怒号が飛び、反響する。

 絨毯の両際には平行して並ぶように立っている重臣達、王子失踪の責任の所在を話し合

っていた彼らは、ベレの怒りに閉口した。


「はやく失踪の触れを出せ!」


 王家の紋章が入った赤いマントを羽織り、煌びやかな服を纏ったベレは、王座の隣に立

ち、静まり返った彼らを一瞥して溜息をついた。よくもまぁ、こんな無能な者たちをかき

集めたものだと、心の中で父をなじる。


「僭越ながら申し上げます」


 国ではなく王に使える三人の宰相の一人シモンズが声を出した。


「もし、王の病が他国に知れ渡り、またアルベルト王子の失踪が噂になれば、ここぞとば

かりにヴェイント西部の国境付近にヴァレンティアの大軍が押し寄せましょう」


 それに同調するように宰相タリアが頷いた。


「西部の牽制はルキアがやっている、何の問題も無い」


 四年前の大戦から少しは沈静し、書面上の和平を交わした。だがヴェイント王国とその

西に位置するヴァレンティア王国との情勢は極めて良いものだとは言い切れない。互いが

互い、国境付近に師団を配置し、睨みあいは続いているのだ。

 ルキアという名前が出ると、また重臣たちはざわつきはじめた。

 そして意を決したかおもちで、一人が口を開く。


「ですがルキア王子には悪い噂が……」 


「……もう一度その口を開いてみよ。この場で叩き切るぞ」


 腰から剣を抜き、男に向ける。

 再び、緊迫した空気が流れた。


 仮初めの和平を交わした功労者が第二王子ルキアである。両国に住む国民も兵も大戦に

より疲弊しきっていて、これ以上続ければ、第三国により滅ぼされるかもしれない危惧も

あった。第三師団を指揮していたルキアは、単身でヴァレンティア国に乗り込み、国王と

謁見、そして大戦は引き分けという形で終わったのだ。

 しかしそれは王であるベレを通さず独断で行われた。その行為に怒り狂ったベレ王は、

ルキアを二年間投獄した。バルザックは何度もベレ王にルキアの許しを求めたが、それは

聞き入られることは無かった。

 そしてその後、ルキアは辺境の西部に飛ばされたのだった。

 その事があってから、王宮内ではルキアの名前には悪評が舞うようになった。バルザッ

クはもう二年も顔を合わせていないルキアの処遇に心を痛めていた。

 ベレ王が倒れ、国を動かす立場になったバルザックは何度も帰還の許しを書にしてルキ

アに届けさせたのだが、ルキアは今でも頑なに断っている。


「……では、直ちに触れを出します。そして西門の兵には処罰を与えます」


「任せたぞシモンズ」


 シモンズは一礼していまだ重苦しい謁見の間から出ていった。

 王である父が倒れてすぐに四男アルの失踪。

 あまりにもできすぎていた。 

 バルザックは、顔の見えない黒幕の存在を感じ取り、疑惑の目でこの場にいる静まり返

った重臣を見下ろしていた。















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