「客が来ている?」
いつものように中庭で執務を始めようとした白蓮だったが、そこへ兵が現れそう告げた。
「はっ、公孫賛様に会いたいと申している者が来ております。名を劉備と……」
「劉備? ……ああっ! 桃香か!」
最初は名を聞いても分からない顔をした白蓮だったが、思い出したのか大きな声を出して立ち上がった。どうも真名で呼び合っていたせいで、名を忘れていたようだ。その声を聞いて、庭の草むしりを始めていたしんのすけが顔を上げた。
その表情は疑問符を浮かべている。シロは白蓮の突然の大声に驚いたのか、耳を前足で押さえていた。
「え? ほうか? どこに火をつけるの?」
「違う。桃香だ。あ、でも真名だから気軽に口に出すなよ」
「ほ~ほ~。でも、オラ思うんだけどさ」
白蓮の説明に頷くしんのすけ。だが、その言葉から何かを感じたのかやや不満そうな表情を浮かべる。それに白蓮も気付き、どうしたのだろうと疑問を抱いた。なので、視線で続きを促す。するとしんのすけは……
「真名ってお大事なんだから、知らない人が聞いてもいいようにして欲しいぞ。今から言うのは真名ですって」
「……あ~、確かにそうだよな。知らない人間からすれば、それが名なのか真名なのかは判別付かない時もあるよなぁ」
しんのすけの指摘ももっともだと思い、白蓮は苦笑。いかに自分達が常識というものに囚われているのかを悟ったのだ。真名の事を知っていて当たり前。聞けば真名か名かを判断出来る。それが少し違う国の者達には通用しない。
なら、そういう時の事を考えておく必要もある。特にしんのすけ相手には。彼は素直だ。ならば、もしかすると聞いた真名を普通に呼ぶ事もあるかもしれない。そうなった時、しんのすけが困る事になるのだ。きっとしんのすけもどこかで気をつけてはいるだろうが、ついうっかりをする可能性はない訳ではないのだから。
そう考え、白蓮は待たせている旧友と会うために動き出す。しんのすけへそこで大人しく仕事を続けてくれと言い残して。それを見送るしんのすけ。だが、白蓮が見えなくなったところで、来客を伝えに来た兵士へ視線を向ける。
そして、それに気付いて兵士が不思議そうな顔をした瞬間、その傍に近付き尋ねた。相手はどんな人だったかと。それに兵士が、見目麗しい女性で、と言った時にはしんのすけはそこからいなくなっていた。シロはそんなしんのすけの反応に項垂れ、兵士は消えたしんのすけに驚き、周囲を軽く捜し始めるのだった……
(ほっほ~い、また美人のおねいさんが来たぞ~)
しんのすけは感覚的に、この世界で出会う女性は基本美人だと理解し始めていた。その理由の根底には、あのキッカケの男性が言った綺麗なお姉さんに会わせてやるとの言葉がある。ともあれ、しんのすけは白蓮が向かった応接室へと向かっていた。
だが、その部屋の近くでその歩みを止める。何となくだが、走っては気付かれてしまうと思ったのだ。白蓮は仕事を続けろと言っていたし、本当ならこうしているのはいけないと分かっている。だが、それだけではない何かをしんのすけは感じていた。
(なんだろ? 白蓮ちゃんとお客さんだけじゃないぞ……まだ誰かいるみたいだ。お客さん、一人じゃないのかな?)
静かに歩きながら、しんのすけは室内から聞こえる声にそう判断した。聞こえてくる優しそうな声と凛々しい声。そして、どこか幼い感じを残した声。それはしんのすけが知らないものだったからだ。
その声を聞いてしんのすけが思うのは、可愛い声と凛々しい声はお姉さんだと感じ、幼さを残した声は自分と同じぐらいと感じた事。ここに来て初めて同年齢の友人が出来るのかと、しんのすけはどこか嬉しく思いながら部屋に近付いていく。すると、急に足が地面から離れた。
「お? オラ、宙に浮いてる。ついにエスパーになったのかぁ……」
「えすぱぁ? 何だ、それは?」
そんなしんのすけの言葉に疑問符を浮かべる星。そう、しんのすけの襟首を掴んで、星が持ち上げていたのだ。その声にしんのすけが視線を後ろへ向け、軽く片手を上げて挨拶。それに星は苦笑し、驚かない事を指摘する。
これぐらいじゃ自分は驚かないとしんのすけ。それに星は軽い感嘆の声を返し、ならばと手にしたしんのすけを掴んだまま部屋の扉を開ける。そこには、白蓮とその手を握って喜ぶ女性の姿と、その傍に控える黒髪の女性と赤髪の少女の姿があった。
それら全ての視線が星に向き、すぐにその手に掴んだしんのすけへ移る。そして、白蓮以外の三人が首を傾げた。
「「「……子供?」」」
「何でしんのすけが……?」
「白蓮殿、客人が来ていると聞いて様子を見に来たのですが、しんのすけは呼ばれたのですかな?」
星は白蓮が客人と接見していると聞きつけ、調練を自主訓練にして応接室に向かっていたのだ。無論、相手が誰かと気になったためだ。そして、その途中で静かに歩くしんのすけを見つけたという訳だ。
その様子から大体の見当をつけた星だったが、念のためと確認も兼ねてしんのすけを確保して部屋へ入ったのだ。
「いや、呼んでないぞ。と言うか、星、しんのすけ、二人して仕事はどうしたんだ?」
そんな星の言葉に白蓮はそう返し、やや呆れたようにしんのすけと星へ問いかける。それに星はあっさり、念のための護衛と答える。それに白蓮は訝しむような視線を向けるが、星が真剣な表情を返すので言っても無駄と思い諦めた。
一方、しんのすけは少し困った顔を浮かべていた。何も言い訳が思いつかなかったからだ。だがそれでも、星と白蓮が話している間に言い訳を考えているのだから侮れない。そして、その頭に電球が浮かんだ。
「いやぁ~、シロがどうしても草むしりしたいって言うもんですから。オラの仕事だぞって言ったんだけど、お願いって……」
「言うか! シロは犬だろ!」
「まぁ、確かにシロならばやれそうではありますが」
「そうだなぁ……ってちが~う!」
しんのすけの言い訳を一蹴する白蓮。だが、それを聞いた星がやや納得するように頷いて告げた内容に、白蓮も同意しそうになって否定する。そんな三人を見つめ、女性達はやや呆気に取られていた。
太守である白蓮に平然と軽い口を聞けるしんのすけや星。それを気にもしていない白蓮。そんな少し普通ではない関係に。何よりもしんのすけが言った、どう考えても有り得ない言い訳を星が肯定してみせたのもある。兎にも角にも、自分達の中では有り得ない光景がそこにはあったのだ。
「……白蓮ちゃん、楽しそうだね~」
「いや、私には翻弄されているようにしか見えないのですが……」
「うにゃ~、あのちっちゃいの、時々何言ってるか分からないのだ」
目の前で繰り広げられる光景を眺め、のほほんと笑う女性。それに黒髪の女性が軽く苦い表情で答える。そんな二人に赤髪の少女はやや難しい顔でしんのすけを見つめ、そう告げる。それに二人も意識を向けてしんのすけの言葉に耳を傾ける。
―――それで、どうしてここに来たんだ?
―――オラのおねいさんレーダーが反応したんだぞ。
―――れいだぁ? また天の言葉か。
―――しんのすけ、意味は何だ?
―――えっと……色んなものを見つける事が出来るキカイ……じゃなくてからくりだぞ。
その話を聞いて、二人も頷いた。星や白蓮が尋ねたように、自分達もさっぱり分からなかったのだ。だが、そこまで考えて同時に二人は気付いた。しんのすけが言った聞き覚えのない言葉に対し、白蓮が告げた一言を。
天の言葉。それが意味する事を悟り、二人は互いを見合わせる。そして、その視線で互いに同じ結論を出したと確信し、頷いて視線をしんのすけ達へ向けた。自分達がどこかで望んでいた天の御遣い。それが本当に、この目の前の少年なのか確かめるために。
「ね、白蓮ちゃん……」
「ん? あ、すまん。忘れてた訳じゃないんだが……」
「あ、違うの。それはいいんだ。それより、その子なんだけど」
自分達を無視して話していた事を怒ったと思ったのだろうか。そう捉え、女性はやや慌てるように白蓮へ手を横に振った。それよりも自分には聞きたい事がある。そんな風に女性が思った事を白蓮も感じ取ったのだろう。
やや不思議そうに視線を向けた。それに女性は少し真剣な眼差しで問いかけた。その子は天の御遣いなのか、と。それに星の表情が少し険しくなる。それを感じ取り、黒髪の女性と赤髪の少女も表情に険しさをみせる。
微かな緊張感が生まれる室内。それを感じ、しんのすけは疑問符を浮かべた。何故こんな妙な空気になっているのだろうと。そう思って原因を尋ねようと自分を掴んでいる星へ視線を向けた。だが、星はいつもと違い、やや怖い顔をしていた。
それは毎朝の鍛錬の時に見せるものに近いものがある。そう思ったしんのすけは、余計混乱した。星がそんな顔をする事などあったとは思えなかったからだ。
(あれ? 星お姉さん、ちょっと怒ってるぞ。オラ、何かいけない事言ったかな?)
見当違いの事を考えるしんのすけ。そんな彼の前では、白蓮が女性の言葉に、どこか困った表情を浮かべながらも頷いている。そして、それに女性達三人が驚きを見せる。すると、三人の代表らしい女性が、その視線をしんのすけへ向けてこう頼んできた。
―――お願いです、御遣い様。どうか、この大陸に住む人達を助ける力を貸してください。私達だけじゃもう……守れないんですっ!
それは心からの願い。しんのすけでさえその真剣さに思わず黙ってしまった程の、強い想い。全てを頼るのではなく、その力を貸して欲しいと協力を願い出るのは、全てを任せるのは恐れ多いと思っているのか。或いは自分達で出来る事はやりたいと考えているからなのか。
どちらにせよ、その言葉に星から険しさが消えた。理解したのだ。目の前の相手はしんのすけを利用しようなどと考えていないのを。ただ、その存在が不思議な力でも持っていると勘違いしている。だが、その言葉に込められた想いの強さに星は感心していた。
(自分達が弱いと理解して尚、それでも人々のために立ち上がるか。しんのすけと同じなのかもしれんな、この方は)
星が抱いた感想をしんのすけも抱いていた。女性の目の輝き。それがどこか泣いているように見えたのだ。この世界をどうにかしたい。でも、自分にはそんな力がない。それでも何とかしたい。そんな言葉が聞こえてくるような気がするぐらいに。
だからだろう。しんのすけは自分の事実を話す事にした。それは、決して自分には大きな力がない事。ただ別の場所からやってきただけ。そうしんのすけは話した。それに女性は言葉を失うが、白蓮も星もそれを肯定した事を受け、呆然と崩れ落ちた。
冷静に考えれば、しんのすけがただの子供だと思いそうなものだ。だが、それでも女性は万が一に賭けた。天の人間ならば自分達の常識が通用しないかもしれないと。そうどこかで自分を無理矢理に納得させたのだ。
しかし、現実は残酷だった。女性の期待は粉々に打ち砕かれた。天の御遣いはただの子供。とてもではないが乱世を止める力などない。そう本人が告げたのだから。しんのすけは、そんな事を思い知り沈黙する女性を励ましたくて、何とか方法を考える。
そして、思いついたのは単純なもの。それには、まず自由に動けるようにならないといけない。そう思い、するりと上着を脱いで星から脱出するしんのすけ。その行動に全員の視線が向く。
だが、それに構わず、しんのすけは呆然と自分を見つめる女性の前まで歩き、こう問いかけた。
「お姉さんは一人?」
「え? ……ううん」
「なら、オラと同じだぞ。オラもみんなをお助けしたいって言ったんだ。そうしたら、星お姉さん達や白蓮ちゃんがお助けしてくれるって言ってくれたよ。お姉さんもみんなをお助けしたいなら、オラとおんなじだぞ。だから、一緒にがんばろ?」
しんのすけの言葉に女性はハッとして、後ろを振り向く。そこには、義姉妹となった二人の義妹の姿がある。その表情は共に笑み。しんのすけの言葉に同意しているのだ。もう既に貴方にも自分達がいる。そんな風に聞こえるような笑み。
それを見て女性は嬉しく思い、頷き返す。そして、視線を再びしんのすけへ戻した。その表情が明るくなったのを見て、しんのすけも笑みを浮かべた。
「ありがとう、御遣い様。そうですね……私は一人じゃなかったんだ……うん、おかげで元気が出てきました」
「それは何よりですな~。あ、それと……」
女性の言葉にうむうむと頷くしんのすけ。だが、何かを思い出したのか女性の目をしっかり見つめ、こう告げた。
―――オラもお元気なくなったら、励まして欲しいぞ。
それに女性は一瞬言葉を失うも、すぐに嬉しそうに頷いた。無垢な言葉。そこには何の思惑もない。純粋に頼りにしたいという気持ち。それを感じ取って、女性は告げる。その時は任せてください。そう笑顔で告げて。
それにしんのすけが頷こうとする。だが、その瞬間くしゃみをした。それに星が手にした上着の事を思い出し、しんのすけへ渡す。それを着直し、しんのすけは息を吐く。風邪を引くかと思った。そうため息混じりで告げながら。それに星は、自分が上着を脱ぐからだと返すと、そうしないと動けなかったとしんのすけが返す。
それに白蓮が苦笑混じりに、元々は自分が原因だろうと返し、それに女性達も苦笑した。星が相変わらず責任転嫁をすると告げると、しんのすけはそれに胸を張った。
「それほどでもないぞ」
「「「「「威張る事じゃない(ですよ)(ではないかと)(なのだ)」」」」」
「お~、見事なタモリですな~」
「「「「「たもり?」」」」」
しんのすけの言う言葉に五人が揃って同じ反応を返す。それにしんのすけが感心して告げた言葉に、再び五人の声が重なる。そこにきて五人もそれがおかしく思えたのだろう。誰ともなくクスクスと笑い声を漏らしだした。
それを聞いてしんのすけがあのにやけた笑いを上げて、余計に五人の笑い声が大きくなる。何だその笑いはと星が言えば、白蓮が不気味だぞと告げる。女性は不思議な笑い声だねと楽しそうに、黒髪の女性は天の者はこう笑うのでしょうかと苦笑する。赤髪の少女はしんのすけの顔を見て面白いと言って指を指していた。
そんな中、しんのすけがある事を思い出した。そう、三人の名前を聞いていないという事を。なので笑うのを止めて、視線を初めて会う三人へ向けた。
「ね、お姉さん達のお名前は? オラ、野原しんのすけ五歳」
「あ、そういえばまだ名乗ってなかったや。私は劉備。字は玄徳です」
「私は関羽。字は雲長と申します」
「鈴々は張飛。字は翼徳なのだ~」
その名前に頷くしんのすけ。劉備と関羽が丁寧な言葉遣いなのは、しんのすけを天の御遣いとして扱っているからだろう。張飛はそんな事はお構いなしで喋っているようだが。
そんな三人へ、ならばと星も名前を告げる。そして、視線を関羽と張飛へ向け、どこか嬉しそうに笑みを見せる。それに二人も同じような笑みを返した。
「中々出来るようだな、二人共」
「そういう趙雲殿もな」
「うにゃ~、強そうなのだ」
そんな風に武人三人が話してるのを見て、しんのすけは劉備へ尋ねる。二人は、特に張飛は自分とあまり変わらないようなのに強いのかと。それに劉備は笑顔で肯定した。自分では手も足も出ない程強いのだと、嬉しそうに答えて。
それにしんのすけは頷くも、劉備の話し方に違和感を抱いた。そう、敬語なのだ。その理由を尋ねると、劉備は不思議そうに尋ね返す。天の御遣いだから敬語を使うのは当然だからと。その言葉にしんのすけはやや嫌そうな顔をした。
「え~、オラ子供だし、お姉さんの方が大人だから普通に喋って欲しいぞ」
「で、でも……天の御遣い様だし……」
「桃香、気にするな。しんのすけはそんな事意識してないんだよ。普通の子供と同じように接してやった方がいい。本人もそれを望んでるんだ」
白蓮が困惑する劉備へそう苦笑混じりで告げる。それにしんのすけも元気良く頷いて、劉備を見る。それに劉備も観念したのか、小さく息を吐いてしんのすけを見つめる。
「じゃ……しんちゃん、って呼んでいい?」
「おおっ! ならオラは、りゅうちゃんって呼んでい~い?」
「りゅうちゃん?」
しんのすけの呼び方に疑問符を浮かべる劉備。だが、白蓮はその理由を悟り、笑って答えた。しんのすけには自分達の名前は難しく、覚えにくい。だから、簡単に呼べる呼び方にしたいんだろう。そう告げたのだ。
それに劉備も納得。そこへ更にと、話を聞いていた星がしんのすけには真名がない事を告げる。それに劉備達は驚き、しんのすけを見つめる。その視線がそれの真偽を問いかけていると感じたしんのすけは、あっさりと頷いてみせる。
それに驚きを隠せない劉備達。そんな三人へしんのすけは気軽に名前を呼んで欲しいと告げた。特に同い年に見える張飛には。
「分かったのだ。なら、しんのすけって呼ぶのだ」
「分かったぞ。じゃ、オラは……お名前何だっけ?」
しんのすけの言葉に体勢を崩す張飛。だがすぐに建て直し、やや怒るように両手を上げて告げた。
「鈴々は、張飛なのだ~!」
「ちょうひ? ……覚えにくいや。なのちゃんでもいい?」
「にゃ? なのちゃん、なのだ?」
理解しかねるといった雰囲気の張飛。それにしんのすけは語尾に”なのだ”とつけるからだと説明。それに張飛はやや考え込んだが、星が毎回名前を名乗るか、変な呼び名を付けられるはめになるかもしれないと言うと、仕方ないと許可を出した。
最後は関羽となり、自分はかんちゃんだろうかと、そんな風に考え、どこか苦笑気味だ。そんな関羽へしんのすけは視線を向け、その名を呼んだ。
「で、かんうお姉さんだね」
「ああ、それでも……は?」
「お? だから、かんうお姉さんでいいよね?」
「あ、ああ……」
予想に反して普通に名を呼ばれ、安堵したようなどこか肩透かしを喰らったような複雑な心境の関羽だった。そう、劉備や張飛はあまり日本では馴染みのない響き。だが、関羽はそこまで難しい響きではなかった事に加え、他二人と違い大人らしい雰囲気が強い事もあり、しんのすけは名前をちゃんと覚えようとした。ちゃんと呼ばないと怒りそうだと感じ取ったのだろう。
一方、劉備と張飛は、関羽だけきちんと名前を呼ばれた事に色々と文句を言い出す始末。だが、その矛先がしんのすけではなく関羽なのは、やはり子供よりも大人の方が言い易いのだろうか。
やや困り顔で二人の相手をする関羽。それを眺め、星と白蓮はちらりと視線を足元のしんのすけへ向ける。しんのすけは三人を見つめ、ニヤニヤと笑っていたのだ。そこから二人はしんのすけが関羽の名前をちゃんと呼んだ理由を勘違いした。
(しんのすけめ、敢えて関羽殿の名を覚えたか。ふむ、確かにからかい甲斐がありそうな相手だ)
(こいつ、桃香達を揉めさせて楽しんでるのか? ……いい趣味してるよ)
(あは~、りゅうちゃん、そんなに動いたらスカートの中見えちゃうぞ。おおっ、かんうおねいさんのも見えそう……)
だが、しんのすけがにやけているのは、ただ劉備と関羽の下着が見えそうだったからだ。そんな事とは知らず、しんのすけの目の前で劉備達の言い争いは続くのだった……
その後、劉備達はしばらく白蓮の下で働く事となる。このすぐ後、関羽と星は手合わせをし、互角以上に渡り合う実力者と分かった。しかも、その関羽が張飛も自分と同等程度の実力があると告げたため、二人は将として軍事関係を担当し、星と関羽達は互いを認め合った証として真名を預け合った。
劉備は白蓮の補佐をする事となる。だが、現役で太守の仕事をしていた白蓮と違い、劉備は頭を使う事から離れていたため、勘を取り戻すのに時間がある程度必要だった。そのため、結局白蓮の仕事が若干増える事になったのは言うまでもない。
そんな三人のしんのすけに対する第一印象は、変な子供の天の御遣い。しんのすけはそんな事を知らず、相も変わらず庭仕事を中心に働く。だが、それでも三人との関係をゆっくりとだが改善していく。そう、何気ない日常での関りの中で。
星との早朝鍛錬を知って、関羽が試しにと参加しその驚異的な回避能力に言葉を失ったり、その根底にある芯の強さを何度もめげずに立ち上がるところから感じた。
張飛とは背丈が近い事もあり、遊び相手になった。最初は嫌がっていた感があったなのちゃんとの呼び方も、気がつけば平然と受け入れるようになるぐらいには。
そして、劉備には白蓮と同じくちゃん付けの理由を聞かれ、こちらには”しんちゃん”と呼ぶからだと答えた。そこには、風との思い出が関係しているのだが、それをしんのすけは言うつもりもないし、劉備がそれに気付くはずもない。ただ、劉備は自分がしんちゃんと呼ぶ度に、しんのすけがどこか懐かしそうにするのには気付いた。それでも、それを尋ねる事はしなかったが。
ゆるゆると流れる時間。その中で、確かにまた絆が結ばれようとしていた……
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桃園の三姉妹との出会い編。また幕間を挟んで、ついに黄巾の乱へと向かっていきます。
ちらほらとひろしやみさえの登場を待っている方達がいるようですが、自分としてはちょっと考えてなかったりします。
いや、登場はさせます。でも、きっとそれは皆さんが望む形ではないと思いますので……