「経営には関心がない」と語るドワンゴの創業者・川上量生会長は、とりたてて経営戦略を披露することはないが、発想は十分に“戦略的”である。着メロなど携帯電話向けコンテンツで時代の流れをつかみ急成長、この5月にはオンライン動画配信サービスを運営する「ニコニコ動画」が、世界で初めて黒字化した。川上会長に、話を聞いた。(「週刊ダイヤモンド」編集部 池冨 仁)
川上量生 (Nobuo Kawakami)
1968年生まれ。京都大学工学部卒業後、PCの知識を生かしてソフトウエアの専門商社に入社。同社倒産後の97年、PC通信用の対戦ゲームを開発するドワンゴを設立。2000年に代表取締役会長に。03年に東証マザーズ上場、翌年に東証1部に市場変更。07年には、子会社のニワンゴで「ニコニコ動画」を開始する。大阪育ち。
Photo by Toshiaki Usami
―川上さんのツイッターの自己紹介文には、「会社の経営なんてしていません。BS(貸借対照表)もPL(損益計算書)も読めません。日本のネットを元気にするために今日もつぶやきつづけています」とあるのですが、あれは本当ですか?
はい。事実です。BSもPLも普段は見ませんね。株主総会では、ヒマだなと思っても、文庫本を読むと怒られますし、じっと資料を読むしかありません。だから、そのときに、ほとんど初めて売り上げなどの数字を知ります。
―業務の執行役は、社長の小林宏氏(野村證券出身で長らくスクウェアの役員を務めたゲーム業界のベテラン)に任せているとして、そうすると川上さんの役割は何になりますか?
そもそも僕は、会社の経営というものに関心がないんです。
たとえば、ソフトバンクの孫正義社長は、すごく優秀な経営者だと思います。彼の発想力、行動力、そしてスケールの大きさは、常人には真似できない。
僕には無理ですね。それに、孫さんみたいになりたいかといえば、必ずしもそうではない。そもそも、「流派が違う」という感じです。
どちらかと言うと僕は、考え方がエンジニア寄りなので、経営は得意な人に任せて、新しいサービスを開発したり、仕組みをつくったりする仕事に専念したい。
―先の第2四半期決算発表会では、子会社のニワンゴが運営する動画配信サービス「ニコニコ動画」が、初めて黒字化したと発表しました。その理由は、どんな仕組みにあるのですか?
黒字化の最大の理由は、動画を優先的に視聴できる有料の「プレミアム会員」が、1年前と比べて倍増(80万人)したことですね。しかも、ニコニコ動画の退会率は異常なほど低いことです。
たとえば、インターネット上の有料課金サービスでは、一般的に退会率は20~30%と言われますが、ニコニコ動画ではその半分をさらに下回るので、会員になってくれた人は、なかなか退会しないという特徴があります。
―確かに、ニコニコ動画は、再生中の動画に視聴者がコメントを書き込めたり、文字の色や大きさが変わったりしながら画面上を流れるなど独自の機能があります。退会率が低いのは、それらが理由なのでしょうか?
正直、なぜ、そこまで視聴者に支持されるのかわかりません。
現在、無料の「一般会員」と有料の「プレミアム会員」を合わせて1690万人の会員がいます。そのうち、「プレミアム会員」は80万人なので、約5%ということになります。しかし、この5%の人たちのアクティブ率は、非常に高い。なにしろ、「プレミアム会員」の90%以上が、頻繁にアクセスして番組を見てくれるのです。
有料の「プレミアム会員」は、全体の数で見れば約5%にすぎません。ですが、アクティブ率で見れば、1ヵ月単位で約10%、1日単位では約20%に跳ね上がります。しかも、人気コンテンツの「ニコニコ生放送」では約40%に達することもあります。有料会員にとって、もはやニコニコ動画は生活するうえでの必需品になっているということではないでしょうか。
―それにしても、「ニコニコ動画」という人を食ったようなネーミングは、どのようにして決まったのですか?
最初から、怪しい名称にしようとは考えていました(笑)。
これまで誰も見たことがないようなサービスを世の中に出そうと決めていましたので、インパクトがあってシンプルかつ印象深いものがよいと考えていました。
2006年当時は、米国の動画投稿サイトのユーチューブが著作権問題で揺れていました。当時のニコニコ動画は、クリックするとユーチューブのサイトに飛ぶようにしてあったので、国内のテレビ局やユーチューブなどからも怒られる可能性がありました。
だから、本気で怒ることがバカバカしくなるような名称が必要だったのです。たとえば、テレビ局の経営幹部が会議室に集まった様子を想像しました。幹部が、口々に「ユーチューブはけしからん!」とは言いそうですが、「ニコニコ動画はけしからん!」とは言いそうにないでしょう?
ニコニコ動画は、静かに始まりましたが、急に人気が出ました。そして、ニコニコ動画の上位番組がそのまま米国のユーチューブで上位にランク入りするなどの現象が起きました。その状況を不満に思った米国の視聴者からの非難のコメントに対し、日本の視聴者もコメントではね返すなどして盛り上がっていたことから、3ヵ月後にはユーチューブから接続を遮断されてしまいました。それからは、すべて自前のシステムに切り替えて運営しています。
米国のユーチューブとは
目指す世界がまるで違う
―一方で、ドワンゴは、創業から今日までに、大きく3回メインの業態を変えてきました。どのようにして、シフトさせてきたのですか?
そうですね。ドワンゴは、見た目のにぎやかさが注目されることが多いですが、じつは技術に力を入れてきた会社です。それがあるかどうかで、マーケティング上の自由度が違ってきます。
たとえば、同じ分野で複数社が争うのではなく、ライバルがいない分野を目指したい。PC通信のゲーム、携帯電話の着メロ、動画配信なども、そうやって未開拓の領域に手を広げてきました。
―では、動画を投稿するサイトとして、似たようなサービスをしているように見える米国のユーチューブと、日本のニコニコ動画では、どのようなところが違うのですか?
最近は、あまりユーチューブに関心がないのですが、あちらは「巨大な制度」のようなものですね。新興のユーストリームもそうですが、海外勢はプラットフォームとしての根っ子を押さえて、サービスを拡充していきます。まるで、なんでも入る倉庫のように、コンテンツをため込んでいます。
ですが、ニコニコ動画は、全然違う方向に向かっています。視聴者のコミュニティをつくろうとしているので、動画共有サイトというよりも、動画コミュニティサイトです。同じように見えても、目指している世界が異なります。
―しかし、ネット上のサービスは、ほとんどが米国発です。どのようにして戦っていきますか?
ドワンゴでは、サービスを開発する際は、「得体の知れないものをつくろう」と言っています。簡単に説明できるサービスは、米国の会社が強い。ですが、簡単に説明できないサービスであれば、日本の会社でも戦っていけます。
動画配信サービスでは、手数(さまざまな新サービス)を繰り出して、戦いの場を乱戦模様に持ち込むことが重要です。米国の会社が太平洋を越えて来て、力技でねじ伏せられることがないように反射神経で戦っていきますよ。