VOL.1
この宇宙の誕生と死の瞬間を見た者がいる。
除夜の鐘なのだろうか、遠くの方に聞える鐘の音で永い眠りから覚めた。
天界タカワルハラでは200年以上も前から聴く事の出来なくなった除夜の鐘・・・・・・地上セトに到着したのか。
この太陽系には二つの日出ずる国、日本が存在する。
ひとつは21世紀まで火星と呼ばれていた現在私たちが住むタカワルハラに在り、22世紀初頭に正式な国名を高天原と変えたが慣習で日本と称する事が許されている。
もうひとつは22世紀に名称が惑星セトと変更された地球のどこか片隅に在るらしい。
私は何故ここに来なければならなかったのか・・・・・・・薬物を投与された為なのかまだ記憶が完全には戻っていない。
高天原最高裁判所の判決が下ってから、既に一ヶ月以上が過ぎている。
そうだ、確か・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
[主文、被告冠木スサノオを殺人及び国家システム中枢破壊未遂、並びにリベラカルト煽動の罪により死刑に処す。但し、刑の執行を一年間猶予するものとする。]
裁判長の主文読み上げは一審二審とは異なり、執行猶予の付いたものだった。
私は覚悟を決めていたので、まさか死刑囚に執行猶予が付くとは思わなかった。
前世紀までは稀ではなかった様だが、現在の24世紀に於いては異例の措置であるらしい。
しかし私を単なる殺人者と極め付けるのは間違っている。
嘗ての同志であった、高宮ジュンイチ・森上マサヒト・遠山ユカリの3名は叛逆者として総括されたに過ぎない。
彼ら裏切り者がいなければ世界政府所有の3箇所ある惑星制御システム中枢、グランド・ゼタアナライザーの内1箇所は完全に破壊出来たのだ。
日本政府の中枢神経を破壊し世界政府が混乱している間隙を衝いて、アメリカ合衆国とドイツが所有する残り2台のグランド・ゼタアナライザーを攻撃する事も不可能ではなかった。
世界政府に雇われたイヌ3匹の存在を見抜けなかった私にも責任がある。
他の仲間たちも全員逮捕されてしまったが、裁判は別の場所で行われたらしい。
彼らは粛清に直接手を下した訳ではないが、どのような判決が言い渡されたのか非常に気懸りだ。
家に残された3人の妻、ルリコとミカとユリナが今後どのようにして生きて行くのかも心配だ。
新たな配偶者は見つかったのだろうか。
しかし彼女たちは人類を模して精密に作られたエイリアスなので、余計な心配をする必要はないのか。
私にとって不幸中の幸いは借り腹の子孫を作らなかった事だが、その事自体が私を革命闘争へと駆り立てる大きな動機の一つとなった。
この惑星では何ゆえ人間の男と女同士が直接付き合い、家庭を持って子供を作ると云う天に与えられた極々自然な行為までをも法律で禁止しているのか。
借り腹とは言っても9割以上の女性が、苦痛を伴わない人工子宮による管理出産を選択する訳だが、
着床から出産に至るまで、人工子宮内での胎児の管理が病院の主な業務になっている。
法律により胎児の数は2名以上の偶数人のみが許され、精子と卵子を提供した実の父と母に養子と云う形で引き取られて行く。
性別による産み分けは容易だが、男女比は必ず50%ずつと厳しく定められており、そのため一度に4名の男女を希望する親が多い。
エイリアスたちは病院の人工子宮ではなく、別の工場で人間と同様の期間を経て育てられるのだが、
彼らは男女ともに子育ての特殊教育を受けたプロの保育士であり看護士でもある。
この惑星タカワルハラの様々な機関でエイリアスたちは活躍しており、人類にとって必要欠くべからざる地位を有している。
彼らはそれまでのスパコンとロボットに取って代わる生物コンピューターの一環として21世紀末から開発が始められたのだが、
現在では細胞レベルに至るまで人類と酷似する、奇蹟によって創造された新人類であるともいえる。
しかし安全保障上の制約でエイリアスたちは従順である事が最優先課題であり、人類を上回る能力の付加は厳禁となっている。
彼らには人間よりも低い知能と能力が生まれた時から与えられているので、人間に逆らったり傷を負わせるような真似は絶対にしない。
エイリアスが有する地位とは、人間とペットの中間であるとの解釈がなされている。
総ての生産物は精密機械とエイリアスの手により生産されるため、人類は特に仕事をする必要性に迫られる事はない。
その代わりに18歳以上の大人には、毎週必ず10万字以上のレポート提出が義務付けられている。
形式は論文、エッセイ、小説等、自分の得意とする分野で知性を逸脱しない限りは好き放題に書く事が許され、その内容が高く評価された度合によって対価がポイント制で支払われる。
私の場合はここ10年以上に亙り週最低20万字の、主に国際政治関連の論文を提出して来たお蔭で、2つの大きな別荘と高級スカイクルージングカーを何台も持てる程の贅沢な暮しを続けてきた。
私の革命思想とは、その論文の延長線上に位置していた事は言うまでもないだろう。
しかしあの男、私の論文を読んだ事があると話していた取調べ担当の検察官が、タカワルハラを発つ前に言っていた幾つかの不可解な言葉が未だに引っ掛かっている。
「死刑囚冠木スサノオ、君には失望したよ。
私は君をもう少しましな知恵者だと思っていたんだがね。
君が所有する脳細胞と世界観とは、19世紀以前にまで遡った前時代的な化石と化しているのだ。
それが逆に近代文明社会には求めるべくもない原始的ノスタルジー思想として受け容れる者も在ったのだが、
その理論は目的意識的に創作された懐古主義ではなく、自然発生的な希求に過ぎなかったのだ。
即ち君は下等な動物的本能から、暴力革命による原始共産主義社会の実現を画策していた。
君の陳腐で荒唐無稽な革命思想とは、近代的文明社会の正常な論理に立脚しておらず、二大本能のみに根ざした物欲の発現と言っても良いだろう。
つまりはだな~冠木よ~、君の精神病的アナクロニズムは人間国宝並の希少価値があってだな、君は100年にひとり出るか出ないかの珍種だと私は言いたいんだよ。
君が如何にして白痴化し凶暴化へと至ったかは、再三再四に亙り行われた神経スキャン精密検査によっても解明できなかった。
これが300年以上前であったら、悪霊に憑かれたとか先祖返りしたなどと謂われるのだろうが、現在に於いては有り得ない珍事でしかないのだ。
君は将来優秀な標本とも成り得るので各部位の細胞は総て確保してある。
だから安心して地上セトと云う名の地獄へと旅立ってくれたまえ。
死刑囚に対する執行猶予とは、情状酌量の意味合いは一切含まれていない。
君は薬物による安楽死の道を閉ざされ、地上のカニバリズム地獄で八つ裂きにされ生き胆を抜かれる極刑の道へと誘なわれたのだ。
ケダモノの檻の中では保護なくして生き残れる者など唯の一人もいない。
しかしながら君は、現存する貴重な生き残りの資料である事を決して忘れてはならない。
先程から君は何か言いたそうな眼をしているが、どうやっても口が開けないのに気が付いているかね。
そう、その通りだ。君の声帯は既にもう二度と使えないようにオペが施されてある。
そんなに怨めしそうな顔をせずとも、これは我々からの餞別だと解釈すれば良い。
地上セトでは、口は災いの元だ。地上セトでは、見ざる言わざる聞かざるが生きる上での鉄則だ。
テレポ・オペレーションの通信機能は剥奪しなかったので、我々のエージェントにのみ対話は可能だ。
私からは以上だ。後は地上セトの司令官の指示に従って行動しろ。」
その直後、麻酔を打たれた私の記憶の糸は途切れてしまった。
そして今、どこかの狭い隔離室らしき場所に閉じ込められたままで記憶が甦りつつある。
人間に対する記憶デリートは深刻な副作用を引き起こすため法律によって禁じられているが、死刑囚には適用されないだろう。
同様に違法とされている架空挿入記憶も注入された可能性が高い。
希薄となった記憶の中で、あの検察官は一体何を私に求め何をさせようとしているのか、その真意を図りかねている。
地上の司令官とやらに会って対話をすれば少しは謎解きが出来るのだろうか。
ぼんやりとした頭で様々な事を思い起こしている時、隔離室のドアが開けられた。
ドアの向うには双頭の攻撃用サイボーグ、軍事警察犬ケルベロスが2頭いる。
『ツイテコイ オカシナマネヲスレバ コロス』
ケルベロスからのテレポ・オペレーションに従い、私は黙って後に付いて行った。
どうやらここは建物の中ではなく高速宇宙艇の内部らしい。しかしあの鐘の音は確かに・・・・・・・・・・・・・・。
移動用シューターに乗せられ艇内を駆け巡ったが、やはりこれは観光用高速宇宙艇の構造とは異なる軍艦らしい事がはっきりと判った。
そして考える間もなく、大きなドアの前にシューターは止まり降ろされた。
そのドアの中には更に幾つものドアがあり、一番奥にある部屋へとケルベロスに導かれて行った。
『シレイカンガクルマデ スワッテマテ』
待つこと数分後、その司令官らしき人物が現れた。
がっしりとした体つきで、黒い軍服に銀縁のサングラスを掛けたアーリア系白人男性だ。
立ち上がって軽く会釈をすると、その男は私の右肩をポンと叩き座るよう促した。
そしてその男は椅子へ座るなり口早に流暢な日本語で話し始めた。
「冠木君、地上の楽園へようこそ。宇宙の旅は如何だったかね。
私は惑星セト統轄司令官のゲーリング中将だ。君は以後、私の指揮下に置かれる。
さて、君は死刑判決を下され執行猶予の期間、永久国外追放処分となった訳だが、この地での自由が約束されたのではない事は解っているな。
君にはある任務が与えられ、それを遂行しなければならない。
しかしここは言わば地獄の一丁目だ。死刑囚である君には生命の安全は保証されない。
タカワルハラでは私たちアーリア系白人種と、君たち日本民族のみが存在し他民族は唯の一人もいないが、この地上セトは様々な人種の坩堝だ。
我々は地上セトに住む人間を、セトアン或いはセッタンと呼んでいる。
永い間行われた雑婚により、彼らの殆どはMixedbloodであり、Crossbreedでもある。
言語は3000種類以上在るが、その言語は総て未熟な2万語程度の単語で構成され、文盲率はほぼ100%に近い。
カニバリズムは慣習として未だに行われており、肉の売買も当たり前の様に常識化している。
自動小銃やロケットランチャーは露店でも簡単に購入できるが、全て20世紀の劣化コピーによるものなので絶対に使うべきではない。
君には20世紀前半に製造された旧式拳銃ではあるが、ドイツ製モーゼルC96とルガーP08を与える。
この地はまさに地獄であり、住んでいる者たちも人類にして人類に非ずと覚えて置け。
私からは以上だが、何か質問があれば聞いておこう。」
『私に与えられた任務とは一体何なのだ。』
「それは追って指示する。それから君のテレポ送信の出力は、半径100m程度に設定し直してあるので気を付ける事だ。
くれぐれも焼いて食われない様に注意したまえ。フッフッフッ、・・・・・・・・・以上だ。」
そう言い終わるか終らぬ内にゲーリングはすっと立ち上がり、足早に部屋の外へと出て行ってしまった。
やはり死刑囚である私からは、人間としての総ての権利が失われたらしい。
ものを訊ねる事も逆らう事も許されぬ、一切合切総ての権利が剥奪されたのだ。
ゲーリングの話から解ったのだが、麻酔で眠らされている間にテレポ・オペレーションのチップを入れ換えられたらしい。
テレポシステムは携帯電話に代わる画期的発明品として、開発当初は数個のチップを頭蓋骨に埋め込むタイプだったが、現在では歯に埋め込むのが一般的である。
私は奥歯2本に設置する7インチ映像投影タイプで、通信距離30km以上の高性能モデルを使っていた。
喋ることが不可能となってしまった今、欠く事の出来ない機能だったのだが。
死刑囚であっても武器が渡されるとは、この地に下り立つのは相当な覚悟を決めて臨まなければならない。
私は学生時代、射撃のクラブに所属していたが、小口径の火薬式薬莢スチール弾とガス式アルミ弾での射的だった。
現在では軍用としての価値がないため使用されなくなり、趣味的な射撃競技専用となっている。
しかし400年近く前に製造された拳銃が、今でも問題なく使えるのだろうか。
再びあの2頭の軍事警察犬ケルベロスが来た。
指示された通りに移動用シューターに乗り別の部屋へ入り、みすぼらしい20世紀の服に着替えた後、目の前に置かれている2挺の拳銃とホルスターと銃弾を自分で取るように言われた。
銃弾は200発ほどある様だ。
そしてまたシューターに少し長い時間乗せられ、比較的広いガランとして何も置いていない部屋へ入れられた。
『チジョウヘ テンソウスル オマエハ カンシサレテイル』
いよいよか、持たされたのは2挺の銃と弾丸のみ。
突然眼の前に広大な大地が出現した。
遠くの方に高層ビル群の様なものがあるらしいが、周りの建物はみな倒壊したり崩れ落ちたりしている。
至るところに無数の銃痕があり、この辺一帯が廃墟と化しているらしい。
そして人影は全く見当たらない。
「よ~う、兄弟、待ってたぜ。」
近くには誰もいない筈だったが、振り向くと真後ろに黒い皮ジャン姿でモヒカン刈りの大男が立っている。
『お前は誰だ。』
「テレポ・オペレーションのテスト送信かい。心配するな、お前さんを取って食うつもりはない。」
『私の事を総て知っているのか。君は軍関係者なのか。』
「さあね、お前さんの事なんか興味ないんだけどな。しかしこれからは俺の指示に従ってもらうぜ。」
『君の階級を教えて欲しい。』
「ケッ、死刑囚よりは偉いってだけの話よ。それからもう一人、お前さんの後ろにいるダチを紹介しとくぜ。」
後ろを振り返ると、この男と同様に転送されて来たのだろう。赤毛の若い白人女が腕組みをしてニヤニヤしながら私を眺めている。
「中々の男前じゃないかい日本男児。あたいはネウラールってんだ、よろしくな。その図体のでかい木偶の坊はゴローって奴だ。」
『君も私の上官と云う訳だな。』
「ヒッヒッヒッ、お前は変な死刑囚だな。まあ、あたいの言う通りにしときゃあ損はないけどな。」
「そんじゃあよ兄弟、ねぐらに連れてってやるからついて来いや。」
知らない間に横の方に20世紀時代の4輪車がある。これは以前写真で見た事のあるジープといわれる物らしい。
乗り心地の悪いその車に揺られながら、ビル群のある方向へ向かって行った。
「なあ日本男児。この辺にゃあ人が住んでいないと思っただろ。ところがなウヨウヨいるんだよ。何故だか分るかい。」
「ようズベ公、ヒトじゃあなくて下等なセッタンだぜ。」
『解らない、何でもいいから教えてくれないか。』
「お前は頭悪いのか、色男。昼間っからひとりでブラブラ歩いてたら、とっ掴まって食われちまうからだよ、ヒッヒッヒッ。」
『そうだったのか。それ程までにここの人間たちは野蛮化しているのか。』
「人間様は俺たちだけだ。これからは必ずセッタンと言え。」
『分かったよ。同志ゴロー君。』
「さあ、そろそろ俺たちのヤサに到着するぜ。」
車は瓦礫の高層ビル街を通り越して一軒家の建ち並ぶ住宅街に入り、高い鉄柵に囲まれた広い敷地の鉄筋家屋に着いた。
その家の玄関先には、栗色の髪に碧味掛かった瞳の綺麗な、10歳くらいの可愛いらしい女の子がエプロン姿で出迎えている。
私の生まれた高天原でも多く見かける日欧のハーフの様だが、3人の妻たちも例に漏れないエイリアスのハーフだった。
洋風の造りになっているその家のリビングルームに土足のまま上がり、大きくゆったりとした深いソファに腰掛けた。
「それじゃあな兄弟、先ずこの地域の基本的な知識だけ話しておくがな、ここの正式名称は惑星セト・エリアEKR33_B004_synnjuckだ。
ここの奴らはジュックと呼んでいるが、範囲は適当にしか把握してないから街を外れたら別の区域だと思え。
惑星総人口は約30億で、海に囲まれたこのエリアEKRには5000万程度が住んでいる。
地上の至る所に亙って既に国家という概念はなく、暴力だけが支配する無政府状態になっている。
ここでの法と秩序とは即ち強者が揮う鞭による暴力を指すのだ。
地域の強者に跪いている奴隷だけが金を分け与えられ、他地域の侵入者による暴力から保護され生き永らえる事が出来る。
通貨は金と銀の入った硬貨のみ使用可能だ。奴らは動物的勘でその真贋を見分けられるみたいだな。
それからお前さんも良く分かってるだろうが、この惑星セトの一日の長さは25時間じゃあなくて24時間だ。
そんなとこだが、何か聞きたいことでもあれば言ってみな。」
『私のテレポシステムからカレンダー機能が削除されているのだが、今日は何月何日になるんだ。』
「2月14日だけどな、旧式の腕時計なら捨てるほどあるから好きなの持ってけ。後な、お前さんの通信は総て大気圏外から傍受されているが、
助けてくれって言っても誰も助けちゃあくれねえからな。武器と弾薬を供給してくれる程度だと思って腹を括れ。」
「どうかお助け下さいませ~ケルベロス様~って叫ぶんだよ、カワイイ日本男児。ヒッヒッヒッ。」
『ところでさっきから君が噛んでいるものは何なのだ。』
「フーセンガムだよ、知らないのかい、田舎者だねえ。」
ネウラールはニヤニヤしながら得意げにその風船を口から何度も出してみせた。
「それからな色男、そこにいるチビはマミアっていうメイドだ。お前の身の回りの世話をしてくれる可愛いガキだけどな、手を出すと噛み付くから攻める時は後ろから行けよ、ヒッヒッヒッ。」
『グループの仲間は君たち3人だけなのか。』
「そうだけどな、もっといい女がいるとでも思ったのかよ、兄弟。」
『いや、こんな危険な場所にひとりで留守番をさせておいて大丈夫なのかとね。』
「お~、さすが元一夫多妻の死刑囚は心配性のフェミなんだねえ。ここはな、21世紀版のイージスシステムで護られてる要塞だから侵入者もミサイルも蜂の巣になるんだよ。
さっきズベ公が言ったようにその娘っ子は本当に噛み付くから用心した方がいいぜ。」
『私がどのような任務を与えられているのかは、勿論教えるつもりはないのだろうな。』
「ケッ、極悪人の死刑囚に任務たあ聞いて呆れるぜ。お前さんは司令官殿の言う通りに動いてりゃあいいんだよ。」
『君たちも知らされていない訳なのか。』
「やい色男、何をヒーロー気取りでいるんだい。ここの主人公はセッタンなんだよ。」
『やはり無駄だったか。』
「お前さんが生まれて来たこと自体が無駄だったとは思わねえのかい、兄弟。」
『その通りかも知れないな。』
「良い子じゃねえか。まあ、俺たちの活動は暗くなってから始まるんで、余計なこと考えねえで今の内に寝ておけ。」
「色男を部屋に連れてってやんな、チビ。」
そのチビことマミアと一緒に2階の私の寝室となる部屋へ向かった。
トイレ付きバスルームにも案内されたが、形が旧過ぎて一度では理解出来そうにない。
石鹸やシャンプーなどという前時代的産物に実際お目に掛かろうとは思ってもいなかったのだ。
二人で部屋へ入り、メイドのマミアは私が使うベッドを丁寧に整えてくれている。
この少女はメイドだからなのか、必要なこと以外は何も喋ろうとしないので私から話し掛けてみた。
『君は今幾つなのかな。』
「9歳です。」
『お嬢ちゃんはまだ小さいのにどうしてこんな所で仕事をしているの。』
「これがお仕事だからです。」
『ご両親はいるんでしょ。』
「いません。」
『亡くなったとかなのかな。』
「元々いません。」
この少女は何かが原因で笑顔を忘れてしまったのか、それとも笑顔を持たない性質なのだろうか、淡々とベッドメイクを続けている。
部屋の片付けも終わり、用事があったら何時でも自分を呼ぶようにと言って部屋を出ようとした時、私はつい妻たちにしていた習慣でマミアの頭を撫でてしまった。
「あたしに触らないでちょうだい!!!。」
『ああ、ごめんね・・・・・・・気に障ったかな。』
その後マミアは何も言わず、プイッと部屋を出て行ってしまった。
噛み付くとはこの事だったのだろうか、全く理解出来ない。
しかし私は疲れ切っていたので、あれこれと考えることもなくベッドに横になり深い眠りに落ちて行った。
ぐっすりと寝入ってしまい、目が覚めた時はもう真っ暗で微かに月明かりが差し込んでいた。
ゴローが言っていた様に、今晩から早速活動を開始するのだろう。
1階のリビングルームへ行くと3人はソファーに座って寛いでいた。
「よう兄弟、早起きだな。1時間後に出掛けるから、さっさと娘っ子が作ったメシを食え。」
『どこへ行くんだ。』
「ナイト・オブ・トーキョーツアーだよ、にいちゃん。」
「そう、このアバズレ美人ガイド付けてやるからよ。」
『今日の目的とは何だ。』
「実地訓練でな追々解って来るから心配すんな。金はふんだんに使えるから渡しておく。但しな、銃弾と女だけは絶対に買うんじゃねえぞ。」
「あと肉もな、共食いしたきゃあ勝手だけどよ、ヒッヒッヒッ。」
『銃弾はそんなに質が悪いのか。』
「詰まるくらいならまだカワイイもんよ。お前さんのいい男前が一遍に吹っ飛ぶぜ。」
口に合わない食事を無理矢理押し込んで、私はネウラールの運転するジープに乗り、前を行くゴローとマミアのジープに付いて行った。
所々に街灯が燈り建物にも明りが点いているので、無法地帯とはいえ発電所が稼動しているのだろうか。
なるほど昼間ネウラールが言っていた通り、道には人々が溢れ返り多くの露店も出ている。
「こいつらはな夜行性なんだよ。犯罪者と害虫に共通の属性を持ってるって訳さ。」
もう1時間以上ジープを飛ばしたのだろうか、海が見える所に来るとゴローの車がウインカーを点滅させて止まった。
ゴローはライフルを手にし、車から降りて来て私に訊ねた。
「お前さんの持ってる銃を見せてみ。」
『2挺あるが旧い何百年も前の物らしい。』
左脇のショルダーホルスターに入ったモーゼルC96と、背部のバックサイドホルスターに取り付けたルガーP08を出すと、ゴローは各部を繁々と見詰めている。
「いや、こりゃあな、つい最近作ったものだ。昔の物と違って銃身が焼け付く心配はないから何十発でも連射出来るぜ。
俺様のこのアーマライトM16A2とS&W M29 .44マグナムと同じ正式なライセンス生産品て事さ。」
「お前らはほんと馬鹿だねえ。セッタンを蜂の巣に出来るのは、あたい愛用のサブマシンガンFN P90とH&K MP7しかないんだよ。」
「その通りだな、頭使わなくって楽だよな、ズベ公。」
『最近とは、どこで造ったんだ。』
「知らねえなあ、ここじゃあねえのは確かだがよ。」
「よう、あんちゃん。お前の腕を見せてみろよ。」
『銃弾は誰が補給してくれるのだ。』
「あの頭の悪いワン公だよ、つべこべ言ってねえでそこいらウロウロしてる馬鹿を撃ってみろや。」
『幾ら下等だからといっても人間には変わりないだろう。』
「その内お前さんにも解るからよ。それじゃあ馬鹿どもに喧嘩売りに行くとするか。」
「セッタンを発狂させる言葉が幾つかあるんだけどな、お前にゃあ無駄だったか、おにいさん。」
「さあ、作戦開始だ、車に乗れ。装弾して安全装置は外して置けよ。」
ゴローの車に付いて行き露店が多く並ぶ繁華街のような場所に出ると、ゴローは車を降り突然ライフルを乱射し大きな声で叫んだ。
「こらァァァァァァァァァ蛆虫どもォォォォォォォォォ俺たちは文明人だあァァァァァァァァァァァァとっとと巣に帰りやがれ~~~。」
「おいっ、色男、車降りて態勢を低くしろ。」
すると周りにいた人々の顔は突如として物凄い形相へと変貌し、鋭いナイフやナタなどを手にして何十人も一斉に襲い掛かって来た。
ゴローとネウラールは自動小銃を盲滅法乱射し、人々は次々と血の海に沈んで行った。
私の方にも何人か刃物を持って向かって来たので撃ち殺すしか方法がなかった。
襲い掛かって来た者たちは総て倒され、近くで傍観していた者たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
ゴローとネウラールはまだ息のある者に止めを刺している。
指令本部が供給している弾丸は威力の大きいマグナム弾や、鉛の先端が平らなソフトポイント弾と凹ませたホローポイント弾だ。
頭に命中した者は頭蓋骨や顔が半分吹き飛び、至る所に腕や脚がもげて無数に散らばっている。
そして僅か1分も経たずに辺りはひっそりと静まり返った。
至近距離からの強力な銃弾の雨に晒され、ひとりも生き残っている者はいない。
しかしこれは文明人による非文明人虐殺のゲームでなければ一体何に喩えれば良いのだ。
ジープに乗って帰る途中、私は何度もネウラールにあれは一体何の真似なのかと問い詰めたのだが、ニヤニヤしているだけで全く話を聞こうともしない。
仕方なくアジトに着いてから直ぐ様ゴローを捉まえて、あれは訓練の一環なのかそれとも他に理由でもあるのかと迫ったが相手にする気もないらしい。
私は彼らの倣岸不遜な態度に激憤し、リビングルームにあるもの総てに銃撃を加え破壊し尽くした。
「よう死刑囚、こいつぁあ器物損壊罪も加わるから死刑だけじゃあ済まねえぜ。」
『あれは軍と世界政府の命令で行ったのか。これが私に与えられた任務ではあるまいな。』
「だからなさっきお前さんが撃ち殺したセッタンはだな、同様にお前さんが殺した3人が地獄でなだめてくれてるから安心しろよ。」
『それとこれとは別の話ではないか。』
「誰しも自己正当化したいのは動物的本能なんだよ、兄弟。残虐非道な死刑囚も然り、下等なセッタンもまた然りだ。」
『いや、そうではない。先ほどの行為が国家意思によるものなのかと聞いているのだ。』
「だからなインテリゲンチャの頭でっかち、お前さんは経験を積まなきゃあならねえんだよ。」
『それは殺しのテクニックを磨き上げろという意味なのか。』
「お前さんは本当に疲れる死刑囚だな、いいから今日はもう寝ろ。」
確かに私は人殺しの死刑囚かもしれない。しかし趣味や道楽で大事な仲間を殺した訳ではない。
しかし先ほどのあの虐殺は明らかに快楽を得るための無益なハンティングを行ったのだ。
毎日この様な行為を繰り返す事を国家は望んでいるのか。
昼過ぎまで何やかやと考え込んでいたため一睡も出来ないまま起き上がった。
1階のリビングルームには3人が集まって銃の手入れなどをしている。
「よう美男子、なんだいその面は。風呂にでも入ったらどうよ。」
「昨日のレクリエーションはどうだったよ、兄弟。今日から本格的な活動に入るからよ、寝不足は命取りになるぜ。」
『また人狩りか。』
「ヒャ~、面白いおにいさんですこと。」
「今日は俺とペアーを組んで行動するからな。それから銃の手入れは毎日欠かさずやれ。」
『私は外に出られないのか。』
「勝手にすりゃあいいが、暗くなってからが勤務時間だから明るい内に戻って来い。」
「暗くなるまでに帰って来なかったらな、食われたと思ってお祈りを捧げてやるからな、ヒッヒッヒッ。」
「この手榴弾を2つ持ってけ。ピンを抜いてから叩いて3秒後にドカンだ。」
外へ出て、テレポシステム組み込みのGPSを試してみたが、正常に機能しているようだ。
住宅街を抜けて瓦礫の市街地に入ったが猫の子一匹いない。
その代わり鼠がそこいら中にいて餌を漁っている。
気のせいかも知れないが、先ほどから何者かの不気味な視線を感じている。
いや、これは錯覚や思い過ごしではなく明らかに人の気配がある。
後ろだ・・・・・・複数の足音が確かに聞こえる。
右方向だ!!!!!凶器を手にしたサングラスの男2人がこちらに突っ込んで来る。
左側にも斧を持った奴が1人向かって来る。
後ろには・・・・・・3人いる!!!!!!ナイフを出し猛烈な勢いで突進して来る。
私は咄嗟にショルダーホルスターとバックサイドホルスターから銃を抜き撃とうとしたが、安全装置が掛かったままなので弾が出ない。
前方に全速力で駆け出し、左手にある建物の中に逃げ込んだ。
奥の方へ駆け込み壁を背にし、安全装置を外して物陰に身を潜めた。
全部で6人か・・・・・・・・しかし入り口からは誰も入って来る気配がない。
大きな2挺の拳銃を見て諦めたのだろうか。
いや、外からは何ものかが蠢いているらしい物音がする。
あれから10分以上経ったが、未だに外からは獣の気配が消えない。
奴らは持久戦に打って出るつもりなのだろうか。
しかし後2時間もすれば日が落ちて、こちらが不利になる。
考えている余裕などない。
一か八か外へ出て、早めに勝負をつけるしか道は残されていない。
入り口の両側には確実に2人以上が待ち構えている筈だ。
一気に道路へ突っ込んで入り口にいる奴らを先に片付ければ良いのだろうが、出る瞬間に刃物でやられる可能性が高い。
左右にある窓の近くにも必ず何人か張っているに違いない。
どうすれば良いのだ。
もう1時間以上が過ぎてしまった。
辺りはだんだんと闇に包まれて来ている。
やはり無茶と解っていても勝負に出るしか方法はないのだろうか。
いや、待て・・・・・・・・・そうだ、ゴローから手榴弾を渡されたのをすっかり忘れていた。
入り口にいる奴らを手榴弾で一遍に殺れば後は銃で片が付く。
ピンを抜いてからガツン、3秒でドカンだったな・・・・・・・・・・。
私は右手に拳銃を左手にピンを抜いた手榴弾を持って、忍び足で入り口に近づいた。
入り口近くには大きな机が横倒しになっており、格好の爆風避けとして利用出来る。
机の影に屈み手榴弾の起爆ボタンを押し叩いて・・・・・1・・・・・2・・・・・・・・・・。
手榴弾は丁度うまいこと入り口の外側3m辺りで大音響と共に爆発した。
外には2人倒れているのが解った。
私は一気に道路へ飛び出し、振り向き様に左右から出て来た2人を撃ち殺した。
残るは後2人だ。
恐らく建物の右側の細い道にいるに違いない。
やはりいた!!!・・・・・・・・・しかしその男はナイフを投げ捨て、両手を挙げてこちらに歩いてくる。
どんどん近づいて来るので足許に威嚇射撃をしたが、それでも近寄るのを止めようとしない。
更に何発撃ってもこっちへゆっくりと向かって来る。
既に3m手前まで、何故なんだ・・・・・・・・・・・・・・。
しまった!!!!!後ろから忍び寄って来たもう一人の奴に羽交い締めにされて全く身動きが取れない。
そして目の前にいる男は背中の方から大きな鉈を取り出し、私の頭を目掛けて振り下ろそうとしている。
最早これまでか・・・・・・・・・・・・・・・・。
しかし突然、鉈を持った男はその場に倒れ、後ろにいた奴も急に腕の力を失い横に倒れ込んでしまった。
一体何が起こったのか暫くの間解らなかったが、2人を良く見ると首から骨が飛び出している。
首の骨が一瞬にして切断されてしまった様だ。
犬の遠吠えが聞こえる。
しかしこの地上セトでは200年以上前に犬は絶滅している筈なのだが。
そして辺りをキョロキョロと見渡していると・・・・・・・・・・・・・・・
少し離れたビルの屋上に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ケルベロスだ・・・・・・・・・・・。
1頭の攻撃用サイボーグ軍事警察犬ケルベロスがいる。
私がずっと不思議そうに眺めていると、突然ケルベロスは転送されてしまった。
もしかすると私の命を救ったのは指令本部なのか。
でも今はそんな事を考えている余裕などない。
もう暗闇が迫って来ているので早くアジトへ帰らなければならない。
夜になれば更に危険度は増すに違いないだろう。
GPSを頼りにアジトへ着いた頃には、すっかり辺りは暗くなっていた。
そしてリビングルームへ入るなり、私の顔を見たゴローとネウラールが腹を抱えて大笑いしている。
『何がそんなに可笑しい。』
「お前の馬鹿面に決まってるだろうが、ヒーヒッヒッヒッヒッヒッ。」
「たいした大根役者だな、お前さんはよ。」
『だから何がそんなに可笑しいんだと訊いている。』
「セッタンの夕飯にされなくて良かったねえ、三枚目のおにいさん。」
「きっといい匂いがしたんだろうぜ。」
『まさか私の行動を見ていたとでも言いたいのか。』
「少しは良い薬になったんじゃねえか。」
『君たちは何もかも知っていてケルベロスを呼び出したのか。』
「いや、あれは獰猛なワン公だから俺たちの言いなりにゃあならねえ。」
『何故指令本部は死刑囚である私を助けたのだ。』
「ケロちゃんはな、ご先祖様を一匹残らず食い尽くしたセッタンに恨みがあるから勝手に仇討ちしたんだよ。ヒッヒッヒッ。」
『君たちは総てを知っているのに惚けているのではないか。』
「あのワン公の2つの首はマッハでスッ飛んで行って一瞬で骨を噛み砕く。しかし銃弾からは護っちゃくれねえから甘えんじゃねえぞ。」
『わざわざ遠吠えまでして私に知らせたのは何の為だ。』
「お前さんはなあ、何時もちょっとしつこ過ぎるんだよ。30分後に仕事を始めるから用意して置け。銃弾は持てるだけ持ってけよ、手榴弾も忘れずにな。」
私はゴローと共に、ネウラールとマミアが乗る車とは別の方向へ向かった。
今夜は車で北へ15分ほど行った地域を回るのだという。
ネオンサインが眩しい賑やかな場所に入った所で車を降りた。
「少し仕事について話しておくが、俺たちはある特定の人物を捜している。それが誰であるかは深く考えるな。
俺と離れた時はGPSを見ながら必ず100m以内を維持しろ。何か変に思ったことがあれば逐一俺に送信しろ。」
『変にとはどのような意味でだ。』
「さあ戦闘開始だ。そこのキャバレーに入って捜査するからな。」
ゴローは捜査という言葉を使っていた。これは一体何の仕事なのだ。
その2階にあるキャバレーに入ると、数10人の客と同じ位の人数の肌を露わにしたホステスが酒を飲みながら騒いでいる。
私たちは案内の男にチップを渡し出入り口に近いボックスに座ると、直ぐにビールらしきビンが4本運ばれて来た。
間もなく4人の女が私たちの両脇へ腰と胸をくっ付ける様にして席に着き、ビールをコップに注ぎ乾杯の音頭を取るのだった。
ゴローはM16A2自動小銃を右脇に抱えたまま、両脇にいる女の肩に手を遣り何か話している。
私の隣にいる女たちが話し掛けて来たので、片手を口の前で指差しながら何度も手を振った。
「なんだい、この男は唖だよ。アハハハハハハハハ。」
「聾かもしんないよ、ヒャハハハハハハハハ。」
何とでもほざけ目付きの悪いセッタン女め。
そういえばこの辺りの奴らは皆、目付きの悪い奴ばかりで綺麗な目をした者は今迄ひとりも見た事がない。
両脇の2人の女は私が聾唖だと思い込んで、勝手にお喋りしながらビールをガブガブ飲んでいる。
頼んでもいないのにビールと料理がテーブル一杯次々と出て来て、4人の目付きの悪い女たちはガツガツと豚の様に食べている。
私とゴローは一切何も口にはしていないが、そんな事お構いなしの様だ。
「おにいさんさあ、ラストまでいれば付き合ってやっても良いよ。100グラムの金貨2枚にまけとくからさあ。その代わりホテル代はあんたが払うんだよ。」
私は耳に手を遣り聞こえない振りをするのが精一杯だったが、また両隣の女たちは大口を開けて笑っている。
ゴローはさっきからずっと両方の女と話をしているが、女2人は余り楽しそうにしていないみたいだ。
そしてこっちの席に座っている女2人を手招きして両脇に座らせ、代わりに私の正面にいた女2人がこちら側に来た。
ゴローがその女たちと話し始めると、先程までとは打って変って押し黙り、悪い目付きが更に歪み険悪な雰囲気が漂っている。
左側にいた女が急ぎ足でどこかに行った。そしてゴローからテレポ通信が入った。
今直ぐに安全装置を外せと・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
すると突然残ったひとりの女が立ち上がり何か大声で喚き始めた。
私は両手に銃を持つため両脇にいる女を撥ね退け様としたが、その前に2人とも慌ててテーブルの下に蹲ってしまった。
出入り口の方を見ると、ウエイター2人と黒服の男が柱の影から拳銃とライフルを構えてこちらを狙っている。
先手を打たなければこっちが殺られる。それがこの惑星セトの掟だ。
私の両手に持ったモーゼルC96とルガーP08、そしてゴローのM16A2とS&W M29 .44マグナムが一斉に火を吹いた。
その男たち3人に向け強力な弾丸を連射して身を隠しているコンクリートをも粉々に砕き、立ちどころに3人とも撃ち倒した。
更に店内にいた客も周り中からナイフやビール瓶を手にして怒涛の様に襲い掛かって来る。
私とゴローは辺り構わず乱射し、予備の弾倉を2回も詰め替えて銃弾の雨を浴びせ掛けると、奴らの攻撃はやっとの事で治まった。
ゴローの指示に従い、私は後方に銃を向けながら外へ走り出て車まで全速力で駆けて行った。
そして車に飛び乗り猛スピードで繁華街を脱出することに成功した。
「よ~~し、兄弟、今夜はこれで切り上げだ、帰るぞ~。」
『どうして銃撃戦になった。何で店の客までが向かって来たのだ。』
「帰ってから教えてやるから少し黙ってろ。」
しかし今回は相手が先に牙を剥いて来たのは明らかだ。
一体全体何に反応してあのような事態になったというのだ。
これがゴローの言った捜査なのか。
そして全速力で逃げる様にジープを飛ばして来たので、あっという間にアジトまで辿り着いた。
私はゴローに説明を求めたが、疲れているから後で話すと言ったまま風呂に入ったり飯を食ったりした挙句、ソファーの上に毛布を被って寝てしまった。
私が銃の手入れをしていると、ネウラールとマミアが帰って来た。
ソファーに座ってビールを飲み始めたネウラールは、私の顔を見ながら相変わらずニヤニヤしている。
話し掛けても只ひたすらニヤニヤしているだけで相手にする気はないらしい。
私が少しウトウトし掛けていた時、ゴローがやっと起き上がってマミアにビールを催促している。
『さっき何が起こったのか詳しい説明をしてくれ。』
「何って、あれが何時もの事よ。」
『いや、だから何で女が騒ぎ出して従業員が銃を持ち出して来たのかと聞いているんだ。』
「ビールが来るまでちょっと待てや。」
『何を言ったからあの様になったんだ。あれが捜査なのか。君の言っている捜査とは何の事だ。』
「ビールくらいゆっくり飲ませろや。」
『あの女に何を聞いていたんだ。』
「だからある特定の人物を捜してると言っただろ。」
『その特定の人物とやらの詳しい説明が聞きたいんだよ。』
「そいつは♯666とコードネームの付いたお尋ね者よ。」
『どんな容疑でそいつを追っているんだ。』
「俺たちはそこまで考える必要はない。ただそいつの居場所を突き止めれば良いんだよ。」
『虱潰しに訊き込みを行なうなど、余りにも時代遅れな捜査だと思った事はないのか。』
「それ以外に方法がないからだよ。」
『顔が判っていればスキャンすれば良いし、判らなければ薬や誘導ポリホログラムで白状させるのが最新の捜査方法ではないのか。』
「お前さんは本当に馬鹿なのかい。ここの奴らにはそれが通用しないから俺たちが命張ってやってんだよ。」
『相手が人間であれば簡単に白状する筈だが。』
「だから相手は人間じゃあねえって何度言やあ判るんだよ。奴らセッタンはな、嘘が真実で真実が嘘なんだよ。つまり頭の狂った奴らにゃあ最新の薬も電子装置も歯が立たねえって言ってんの。」
『それは本当なのか。』
「だからよ、俺たちみたいのが世界中に50万人以上もいて、そのコードネーム♯666を捜してんだよ。」
『君はその人物について・・・・・・・・・・・・・』
「まったくうるせえ野郎だな、いいからもう寝ろ。」
『知らないらしいな。』
「死刑囚に知る権利なんぞねえんだよ。お前さんは使い捨ての鉄砲玉だって事を忘れんな。解ったらとっとと部屋に行け。」
『鉄砲玉か・・・・・・・・・・・・・』
確かにその通りに違いない。
『ひとつだけ教えてくれ。どの様に言ってそいつを炙り出しているんだ。』
「キーワードはお前等のボスがどこにいるか言えって、唯それだけの単純な訊き込みだ。お前さんの場合は紙にでも書いて訊きゃあ良いんだが、残念ながらあいつらは字が読めねえ。」
『分かった。私も疲れたから今日は大人しく寝るよ。』
「よう色男、さっきからチビがウットリした目でお前を見てるのに気が付いてるかい、今晩がチャンスだよ、ヒッヒッヒッ。」
『本当に疲れる奴ばかりだな。じゃあ、おやすみ。』
翌日の夜、簡単なミーティングをしてから少し場所の離れた南東方面へ捜査に向かった。
ゴローの指示で今日はネウラールとペアを組む事になった。
ネウラールは運転している間ずっと私の顔を横目で見ながら例によってニヤニヤしている。
「あんちゃん、あたいが欲しくないかい。」
『そんなこと考えてる余裕はないよ。』
「あのチビはゴロー専用の処理器だって知ってるかい。」
『正気の沙汰ではないな。』
「お前にも権利があるから借りりゃあいいんだよ。」
『悪い冗談はやめてくれ。』
「なんだい、女房3人持ってた精力絶倫男じゃなかったのかい。」
『君には理解しにくいだろうが、近代社会の一夫多妻制と一妻多夫制はプラトニックな側面を重視した制度なんだ。』
「うんうんうん、人を殺しても何しても正当性を主張した者の勝ちだよな。」
『何も解ってないんだな。君はタカワルハラで生まれたんじゃないのか。』
「あたいは宇宙のカモメなのさ。ところでよ今晩あたりどうだい、色男。お互いに生き残ってたらの話だけどな、ヒッヒッヒッ。」
『ゴローは余り詳しく話してくれなかったんだが、♯666とは一体どんな人物なのか君は知っているか。』
「ケダモノさ。ケダモノの中のケダモノだから百獣の王って訳よ。」
『捜査員を50万人も動員するなどとは、相当深刻な背景がありそうだな。』
「お前はあたいを抱きたいとだけ思ってりゃあいいんだよ、旦那。ヒッヒッヒッ。」
まったくこの女はどんな環境で育って、どんな生き方を体験してこうなったのだろうかと思う。
年齢はまだ20歳に満たないのだろうが、瞳は清んでいるし見た目はそこそこのいい女だ。
しかしこの口の悪さと態度の悪さといったら、どう考えても現代の超文明社会にはそぐわない性悪女としか言い様がない。
同様にゴローにも同じ事がいえる。
この二人はタカワルハラ総てを隈なく探しても絶対にいない様なタイプの人間だ。
何れにしろこの惑星に棲息している生き物には驚かされ通しなのだ。
「これから売春街に訊き込みに行くからねえ、ドジ踏まないようにしっかり用意しときな。」
売春の取引などなくなってから既に200年以上になる。
この惑星では女性最古の職業と謂われる行為はまだ健在なのか。
ネウラールは2挺のサブマシンガンを首からぶら下げて両脇に持っているが、右脚のレッグホルスターにサイレンサー付22口径を隠し持っている。
「あたいの脚線美に見惚れてんのかい。生きて帰ったらお駄賃にあげてもいいよ。」
『いや、遠慮しとくよ。』
私たちは売春街の手前に車を停め、その一角にある狭い道へ入って行った。
この道には100m以上先まで数え切れないほどの女がいて、道行く男たちの腕を掴んだり抱き付いたりしている。
ネウラールは端から一人一人に声を掛けながら歩いているが、女同士では会話が成り立たずそっぽを向く女が殆どだ。
30m位歩いた所でネウラールの足が止まった。男並の背丈がある女と何やら話している。
「どうよ、儲かってるかい、お姐さん。」
「見ない面だねえ、他所もんかい。それともアレなのかい。」
「あたいはねえ恋しい初恋の男を探してんだよ。ここいらのボスって呼ばれてるって聞いたんだけどよ。」
「ああ、あんたの男なら良く知ってるよ、病気持ちで耳と鼻が落ちてなくなってる二枚目だろ。」
「そうだよ、お前から病気感染された哀れなボスだよ、売女。聞いた事あんだろ。」
「あ~、うちの亭主が知ってるかもしんないよ。ちょっとこっち来てみ。」
その女は手招きをしながら直ぐ傍の路地に入って行った。
私はネウラールの後ろに着いて行ったが、ネウラールの右手は短いスカートの下に入れられている。
少し歩いた所で急に女が振り向いた、と同時に前のめりに崩れるようにして倒れていった。
ネウラールの右脚太腿の辺りから煙が上がっている。サイレンサー付22口径をレッグホルスターから抜かずに撃ったのだ。
そして女の両手を見ると41口径上下2連のデリンジャーが握られている。
「ほれボーっとしてないで、ずらかるよっ。」
私は全く警戒心がなく確かにボーっとしていたが、ネウラールは直感的に危険な臭いを嗅ぎ取っていたのだろうか。
急ぎ足で車のある場所まで行くと・・・・・・・・・・。
「このまま帰るにゃあ早過ぎるから、反対側に行ってみるよ。」
『君はあの女の何かに気付いていたのか。』
「刑事の訊き込みドラマじゃあないんだ。ここは戦場なんだよ、判ったかい。」
なるほどネウラールの言う通りで、ここは毎日銃撃戦が繰り広げられる正しく危険な戦場だ。
その通りを避けるようにして売春街の反対側にある通りに差し掛かった時、いきなり後方から激しい連続した銃撃が次々と加えられている・・・・・・・・・追っ手だ、車2台からマシンガンを乱射している。
「おいっ、手榴弾出しとけ。左に折れるから、車降りてやっつけるよっ。」
車は左回転しながら追っ手の来る正面方向に向いて止まった。
私とネウラールが車の後ろに身を隠しながら待ち伏せていると、窓から身を乗り出してマシンガンを構えた奴らが急ハンドルを切りながら車2台でこっちに向かってくる。
曲がり際の所に手榴弾を2発投げ込むと、2台の車はコントロールを失い左手の建物に突っ込んで行った。
私のモーゼルC96とルガーP08、ネウラールのFN P90とH&K MP7サブマシンガンは瞬く間に2台とも粉々に撃ち砕き爆発炎上させた。
「よ~し、大勝利だあ~、今日はこの辺にしといてヤサに帰るよ。」
大勝利には違いないが昨日から本来の目的である捜査は進んでいない気がする。
やはりここが平和な街ではなく戦場だからだろうか。
凱旋勝利の帰り道、ネウラールはいつにも増して更にニヤニヤしながらこちらに横目遣いをしている。
「ヒャッホ~~~どうだよ、興奮するだろ銃撃戦はよう~、まったく堪んねえよな~。」
『生きていればの話だ。』
「あたいはもう我慢出来ないんだよ~。」
『そんなにハンティングが好きなのか。』
「ああ、男狩りも好きだけどな。」
昨日からの疲労が蓄積しているようで、早くアジトに無事帰る事だけ願った。
そしてネウラールはいつもより荒っぽい運転でアジトの玄関先に車を急停車させると、私の腕を両手で掴んでリビングルームに入り、放り投げるようにソファーに押し倒した。
そしてすぐさま馬乗りになり、22口径を私の顔に突き付けるのだった。
『何の真似だ。』
「馬鹿な男だねえ、惚けんなよ、あたいが欲しいんだろ。」
『いい加減にしてくれ、疲れているんだ。』
「ふ~ん、そうかい、じゃあ今ここで楽にしてやってもいいんだよ。」
『馬鹿を言うな、出来る訳がないだろう。』
「お前はな、あたいの奴隷なんだよ、死刑囚。いいから、言うこと聞きな。」
するとネウラールは銃を右手で顔に突き付けながら、左手で私のズボンを下ろして局部を掴みながら小刻みに手を動かし始めた。
『おいっ、ふざけるのも大概にしろ。』
「あたいを拒んだら死んでもらうよ。」
『出来るものか、さあ撃ってみろ。』
「全く馬鹿な男だねえ、もう大きくなってるよ。」
そしてネウラールは態勢を入れ替え、銃を脇腹に突き付けながら私の両足の間にしゃぶりついた。
私の口許と鼻先には女の甘い香りが漂っている。
妻たちと逢えなくなってからもう3ヶ月以上が過ぎている。
銃で脅されて無抵抗になったのではなく、人間とは意志が弱く脆い生き物だからだ。
本当はいつも心の片隅でこの女を抱きたいと思っていたに違いない。
お互いに死と隣り合わせで毎日を送らなければならない宿命なのだ。
悔いを残さずに死んで行くためには、痩せ我慢など最も卑劣な行為だろう。
この女のように人生を謳歌するのが至高の賢明な生き方といえるのではないか。
この柔らかい肌の上で死んで行く、仮令背中から銃弾を浴びたとしても後悔はしないだろう。
至福の甘い香りに包まれて死んで行く事こそが私の第二の死刑宣告なのだ。
女からの求愛を受け容れない様な態度は今後決して取ってはならない。
この女とて明日をも知れない極限状態の修羅場で戦いながら生きている。
もしネウラールが明日死んでしまったとしたら、私は気が狂ってしまうかも知れない。
このとても柔らかい肌と柔らかい唇は、神々から私への最期の贈り物なのだ。
しかしそこへ外の方から突然、闇の静寂を撃ち砕く様なけたたましいエンジン音が鳴り響いた。
大排気量の大型バイクで捜査に向かったゴローとマミアが私たちより少し遅れて帰って来たのだ。
「チッ、ゴローの奴なんて気の利かない無粋な野郎なんだよ、畜生め。」
『残念だったなネウラール、お互いにな。』
「続きは部屋行ってやるかい。」
『いや、御免蒙るよ。』
「お楽しみは後に取って置いた方が良いよな旦那、ヒッヒッヒッ。」
私にしてみれば取るに足らない些細な出来事のあっけない顛末に過ぎなかったのだが。
私が国外永久追放処分となりこの惑星セトにやって来てから早1ヶ月が過ぎようとしている。
捜査は何等の進展もないまま、相変わらず日々銃撃戦に明け暮れている。
私の射撃の腕を高く評価しているチーフのゴローから、今日はマミアとペアを組んで行動する様に言われた。
惑星セトの旧式4輪車の運転も覚えた私は、マミアを助手席に乗せて東方面の繁華街へ向かった。
しかしこんな子供が、何故この様な危険な仕事を一緒にしているのか何時も不可解に思っていたので、何度か理由を訊ねたのだが同じ答えしか返って来ない。
これが自分の仕事だからやっているのだと言い張るのみで。
かなりの広さと思われる人の往来が激しい繁華街へ着き車を降りた。
マミアは専ら聞き役なのだが、何も武器は持っていないので事が起きれば逃げるより方法がなさそうだ。
両側の歩道には様々な物を山積にした露店がずっと先まで軒を連ねている。
マミアは片っ端から露店の店主を捉まえて話し掛けている。
「あたしたちはボスに用が有って探しています。何か知っていたら教えて下さい。」
「知らないねえ、何の用があるんだよ。」
「それは貴方には言えません。大事な用件だからです。」
「じゃあ他あたってくんな。」
毎度の事ながらこんな調子なのだ。100人か200人に訊き込みをしていると必ず1回は銃撃戦になる。
マミアはもう既に何十人もの店主に声を掛けているのだが、今日もまた収穫がないまま銃撃戦を展開して逃げ帰るのだろうか。
この大通りの中程まで来た所で、マミアは崩れかけた建物の中にある雑貨屋らしき店に入って行った。
店の奥の方には何100挺ものライフルやマシンガンが整然と並べられており、店主らしき初老の男が大事そうにピストルの手入れをしていた。
「あたしたちはある人を探しています。その方はこの辺ではボスといわれているらしいんですけど。」
「お前たちは何者なんだ。」
男は鋭い眼光で私たちを睨み付けた後、直ぐに目を伏せて再びピストルの手入れを始めた。
「あたしたちはそのボスに大事な仕事の依頼があるのです。ご存知でしたら会えるように取り計らってもらいたいのです。」
それ以後、男はマミアが何を尋ねても知らん振りをしたまま黙々とピストルの手入れをしているのみだった。
この店は長居しても無駄なので外へ出ようとマミアにテレポ送信しようとした矢先、マミアから先に緊急送信が来た。
数十人に取り囲まれている、銃の用意をしろと・・・・・・・・・・・・・。
店の奥にある部屋と入り口にそれぞれ10数名の武器を持った男たちがいるらしい。
初老の男は急に立ち上がり、店の奥へと消えて行った。
もう後数秒の間に戦いが始まるであろうという緊張感が全身に漲った。
私は2挺の銃の引き金に指を掛け、マミアには身を隠すよう通信を何度も行ったが全く返事は返って来ない。
来た!!!・・・・・・店の奥の部屋と後方からライフルとマシンガンを手にした男たちが一斉に雪崩れ込んで来る。
マミアから咄嗟に後方の奴らを片付けろとの指示が入った。
私は近くに置いてある大きな木の彫り物に身を隠しながら、通路の左右から来る男たちに銃弾を浴びせ掛けた。
そして2挺の銃に弾倉を入れ替え連射し、再び弾倉を取り替えた時には入り口の奴らは全員倒れ込んでいたので
反射的に振り向くと、血みどろの死体の山だけが目に入った。
あっという間の出来事だったが、マミアは何事も無かったかの様な平然とした顔で、仁王立ちになって私の方を見ている。
この娘は一体何の武器を使って武装した10数人の男たちを一遍に倒したのか、一向に見当もつかず考えている余裕すらなかった。
「この辺り一帯は危険です。早く出て帰りましょう。」
私たちは急ぎ足で車に向かったが、前を行くマミアが突然大音響と共に膝を着きながら崩れ落ちて行った。
20㎜機関砲・・・・・・・・・・・・・・・何てことだ、マミアの身体は半分に千切れそうになってしまっている。
私は急に足の力が抜けてその場に座り込み、哀れな姿の亡き骸となってしまったマミアを抱きしめた。
何故こんな小さい女の子がこの様な目に遇わなければならない・・・・・・・・・・・死刑囚の私こそ先に死ななければいけないのに・・・・・・・・・・。
もうどうでも良い、これ以上生きている事は苦痛でしかない。
誰でも良い、私をこの場で撃ち殺せ。
「あたしの頭を首から切断して持ち帰って下さい。周りは敵だらけだから充分に注意して・・・・・・早く。」
そんな馬鹿な、マミアは生きている・・・・・・・・・・・・・アンドロイドだったのか。頭脳単体で活動が出来る23世紀タイプの最新型アンドロイド・・・・・・・・・・。
マミアの頭を触った時に怒り出した理由が今になってやっと解った。
急いで修理しなければアンドロイドといえども機能は衰えてしまうだろう。早く帰らなければならない・・・・・・
しまった、首筋に冷たい鉄の感触が・・・・・・・・銃口を突き付けられている、もう御終いか。
「よ~し、銃を置いてゆっくり立ち上れ。そのロボットも下に置くんだ。」
この場で殺す気ではないらしい。
私はマミアを静かに地面に寝かせてからゆっくりと立ち上った。
「お前は本部で取り調べる。今すぐ死にたければ駆け出して逃げる事だ。」
背中を自動小銃で小突かれながら通りの先の方へ歩いて行かされた。
後ろを振り向くとマミアの身体がない。
無事に転送されたのだろうか。
しかし私が捕らわれの身となってしまったのは何故なのだ。
200mほど歩いた所で目隠しをされて車に乗せられた。
どこに向かっているのだろうか。
30分くらい車に揺られた後、目隠しを外され車を降りると、大きな屋敷がある一面綺麗な芝生の広い庭にいる事が分かった。
数名の男に囲まれながら屋敷に入り、エレベーターで地下深く下って行った。
そして思い描いた通りの粗末な木製の小さい椅子とテーブルだけ置いてある薄暗く狭い部屋に通すと、
銃を持った男と交代に3人の男が部屋に入って来て、葉巻を咥えた大柄な男が私の前にある椅子に静かに腰掛けた。
「貴様は誰に雇われて活動しているのだ。ボスの事は誰から聞いた。」
答え様がないので、私は首を横に振るしかなかった。
「死に急ぎたいのなら黙っていても良いがな、白状すれば命だけは助かるかも知れんぞ。」
同様の台詞で次々と詰問して来る男に対して、私は視線を逸らして首を振る事しか出来ない。
数分後、小型の無線機からの呼び出しを受けた大柄な男は、二人の男に指示して私の体を押さえ付けさせた。
すると、その咥えていた葉巻を私の右肩に押し当て、力一杯何度も左右に捻るのだった。
私は苦痛で気が遠くなりかけたが、声を上げて叫ぶ事すら叶わない。
「なるほどな、貴様は唖だったのか。」
大柄な男は再び無線機を手に取り、誰かからの指示を仰いでいるらしい。
二人の男に両腕を掴まれて部屋を移動し、簡単な火傷の治療を受けた後、直ぐに少し離れた別の大きな部屋へ連れて行かれた。
そこは豪華な美術品と調度品が並び、深く柔らかいソファーの置いてある相当な広さのリビングルームの様だった。
その柔らかいソファーの上で待っていると間も無く、派手な服装をした目付きの悪い70歳位の老人が現れた。
「私はこの地区を治めているクロッカワーという者だ。部下が手荒な真似をした事は素直に謝罪しよう。
君の頭には3ヶ所から銃口が照準を合わせてあるので詰まらない事は考えない方が利口だ。
それでは君の前に置いてあるキーボードを使って話し合おうではないか。
指で一つずつキーを押してから最後にエンターキーを押せば良い。まず君の名前から伺おうか。」
これは20世紀に開発された二次元画像モニターの旧い2進法コンピューターだ。
現在では空間定位モニターと脳内定位モニターのみが使われているのだが、こんな物は骨董品としての価値もない。
「冠木スサノオ君か、中々の立派な名前ではないか。さて、君はどこで生まれて、どのような経緯を辿って反政府活動を行っているのかね。」
この老人は物腰こそ柔らかいが、年齢に相応しくない全く信用ならざる鋭い眼光を私に向けている。
殆どの奴らが文盲でまともな会話も出来ないのだろうが、こいつは一般的な住民とは異なる知能の高い人物の様だ。
『ここには政府など存在しない、完全な無政府状態ではないのか。赤ん坊は生まれた場所など覚えていない。』
「なるほど、言いたくなければそれでも構わないがね。しかし私は君が火星で生まれた人間だという事を良く知っているのだよ。
我々とは違う臭いがするので隠しても無駄だと思うがね。」
「証拠がなければ、それは妄想に過ぎない。」
「いや、そうではない。君は火星政府からある任務を遂行するために派遣されて来たのを我々は知り尽くしている。」
『任務とは一体何の事だ。』
「君も知っての通り、火星政府は我々の偉大なる上帝を探し出し抹殺しよう企んでいる。そしてそれは数百年に亙る血で血を洗う終わりなき戦争でもあるのだ。
君たちの政府は遠い昔、極端なレイシズムによって人類に対し謂れなき色分けを行い、蓋然性のない未来哲学論で人類を二分してしまった。
君たちは我々を置き去りにして身勝手にも火星へと逃げ去り、ロボットの恩恵による豊かな暮らしを享受しているのだろう。
しかし残された我々は生きる為の総ての知的財産とテクノロジーを奪い去られ、家畜は死に絶え、作物の収穫は年々減って行き、飢餓により人口は半減してしまった。
その総ての原因は諸君の過激なレイシズムに端を発しているのは歴史が物語るところだ。
即ち諸君の政府は自らの下劣な欲望を充足させるために我々を生贄としたのだ。
諸君は富を分配しようとせず、神の威光に背を向け富を独り占めしたのだ。その最大の犠牲者が我々である。
そして更に火星政府は私たちの地球を破壊し、人類を抹殺せんと目論んでいる。
その目的を果たすべく、神である上帝の命を狙って送り込まれた刺客が君たちエージェントなのだ。
つまり君の正体は残忍な心を持った殺し屋だと云う事だ。」
『言っている意味が良く解からない。そもそも神に代る上帝とは一体何者なんだ。』
「君は生まれた時から洗脳を受けているので一度に理解するのは非常に難しいだろう。
しかしこの惑星のみが自由を約束された地である事は永く暮らしていれば容易に判断可能であろう。」
『それは私にとって困難を極める問題になりそうだな。』
「ここでは総ての自由が許されている。勿論君も例外ではないので、この屋敷に留まる事を条件に自由を与えても良いと考えている。」
『私に選択する自由はないものと受け留めたが。』
「暫くの間ここで何も考えずに楽しく過ごせば良い。君の進化を期待しているよ、以上だ。」
その後、私は地下室から上にある大きな屋敷の2階の部屋へ移され、5000坪以上あろうかと思われる花畑や池がある広い庭の中に限り行動の自由が与えられた。
20畳程ある部屋には鉄格子こそないが、敷地内と外を隔てる頑丈で高い鉄柵の最上部には数メートル置きに監視カメラ付の機関銃が配備されている。
警備室から遠隔操作で正面の門か裏門を開かない限りは何処からも出入りが出来ないシステムになっているらしい。
この大きな屋敷には数十名の下男下女とコックがいて、毎日忙しそうに掃除をしたり庭に手入れをしたりしているが、その他にも警備員と身なりの綺麗な若い男女が多数住んでいる。
彼らは手の汚れる仕事は何もせずに庭内で乗馬やゴルフを楽しんだり、屋敷内のカジノで酒を飲みながらテーブルゲームなどをやって一日中過ごしている。
警備係は皆厳つい顔立ちなので一目見れば下男下女との見分けが付くが、その他の若い男女は何故か美形揃いで何の目的があってこの屋敷に住んでいるのか理由が良く解らない。
そして不思議な事に小さい子供の姿が何処にも見当たらないのは何故なのだろうか。
私はこの惑星に関してより良く学び直そうと思い、毎日書斎を借りて読書をしたりオンラインで情報を集めようとしたが、情報統制が成されている為か同様の結論にしか到らない。
何処も彼処も必ず判で押した様に、地下室であのクロッカワーという老人が話していたのと同じ被害者意識で歴史観が語られている。
何等の成果も得られないまま、この屋敷に軟禁されてから10日以上を無為に過ごしてしまった。
ここ数日間の変化といえば、私の顔を覚えた若い男女が会う度に会釈をしたり、美しい顔立ちの女が微笑み掛けて来たりする様になった位だろうか。
何か規制でもあるのかも知れないが彼等の方から話を切り出す気配もなく、私も積極的に打ち解けようという気もないので下男下女以外とは未だに会話をした事がない。
会話とは云っても勿論、筆談かポータブル用の端末を使わなければ彼らとの会話は成立しない訳なのだが。
しかし無駄とは解っていても火星タカワルハラと地球セト間の諍いについて何らかの結論を引き出す為には、相手構わず掴まえて問い掛けてみるのもひとつの手かも知れない。
どちら側が如何なる意図があって虚偽の情報を流しているのか、事実を隠蔽しているのかはまだ判断出来兼ねるが、決別した当時双方が抱いていた世界観の方向性さえ解れば想像力を逞しくするのは不可能ではない。
見た目には悪意の欠片もなさそうな若い男女に話を聞いてみるのも面白いかもしれない。
彼らが男女で一緒にいるのを見た事がないのだが禁止事項にでもなっているのだろうか、常に3~4人一塊になって屋敷の内外で行動している。
私はカジノで酒を飲んでいる連中とならば話も弾むのではないかと考え、中へ入ってみるとテーブルに3人の若い男たちが豪勢な料理の品々を囲んでワインを酌み交している。
不慣れな旧式の端末を使い、邪魔して良いかと書いた画面を3人に見せると、一人が立ち上がり椅子を引いて座る様にと快く迎え入れてくれた。
『私はこの屋敷に来て間もないのだが、君たちはここで長い間働いているのか。』
「僕たちは皆半年か1年の契約でこの屋敷に雇われている。」
『この屋敷はどこか大きな会社が所有している別荘か何かなのか。』
「詳しいことは知らない。余計なお喋りをしてはいけない規定がある。」
『ではこの屋敷内は大企業や国家機密の塊だと考えれば良いのか。』
「それは僕たちには関係のない事だ。どうして君はそんなに詮索したがるのだ。」
『私はこの屋敷について良く知らないので聞いてみただけなのだが。』
「お前は何者で、どう云う理由でこの屋敷にいるのかを先に言うべきだ。」
『理由は解らないが訳もなく此処に連れて来られたので寝泊りしているのだ。』
「お前の言っている事はおかしい。僕たちには関らないでくれ。」
『ああ、やはりお邪魔だったようだね、それでは失礼するよ。』
3人とも全く取り付く島もないといった雰囲気で呆気なく撃退されてしまった。
彼らはこの惑星の成り立ちについて何も知らない、何らの興味もない極一般的な庶民なのだろう。
女たちはどの様な反応を示すのか興味があったので庭へ出てみると、大理石造りの豪華な噴水の周りで女4人が水と戯れていた。
私は無理に話をしようとはせず、近くの曲木椅子に座って無邪気に遊ぶ女たちを眺めていた。
暫くするとその中で最もすらりとした顔立ちの綺麗な女が微笑を浮かべながら近寄り、丁寧に挨拶をして私の隣に腰掛けた。
「今日はとても気持ちの良い天気ですね。」
『そうだね、私は喋れないので申し訳ないのだが。』
「お気になさらないで下さい。ここで何か不自由な事があったら私たちに言ってくれれば良いんですよ。」
『さっき若い男性に聞いたんだけど、君たちも契約をしてこの屋敷で働いているのか。』
「ウフフフフフ、その若い男には余り近付かない方が良いですよ、ウフフフ。」
『それはどういった訳で。』
「私から聞いたと言わないで欲しいのですけど、彼らは陰間ですからね。お好きでしたら構いませんけど、フフッ。」
『そうだったのか。勿論私の趣味ではないが。』
「あの男たちは、高給で待遇の良い私たちとは異なる下男以下の扱いなんですよ、フフッ。」
『もし差し支えなければ君たちの役割を知りたいのだが。』
「私たち女は高級パーティーコンパニオンですので、場末のキャバレーのホステスとは違う身分なんです。でもここにいる男たちは最も身分の低い陰間ですからお間違えのない様に、フフッ。」
『この屋敷のパーティーには政治家などの大物が来るのかな。』
「多分そうなんでしょうけど、お客様から根掘り葉掘り余計な事を穿鑿するのは素人ですから、即座に首を切られてしまいます。
一番多く来られるお客様は軍人と警察官ですけど、気の荒い方がいらっしゃるので喧嘩が絶えなくて、気苦労が重なって長続きする女の子は少ないんです。」
『じゃあ君は何年もこの屋敷で働いているわけだ。』
「もう2年位になりますよ、ああ・・・・・・・・・申し遅れましたが私はマリアといいます、宜しくね。」
『私は冠木という者だ。』
「ここへはお仕事でいらしてるんですか。」
『うん、まあその様なものだね。』
「あ、無理に仰らなくても良いんですよ。秘密厳守は高級コンパニオンとしての条件ですから。」
『ところでこの屋敷について君は何か知ってる。持ち主とか誰が仕切っているのかなど。』
「ごめんなさい、私は高い御給料が貰えれば良いので、考えたこともないんですけど。」
『詰まらない質問をしてしまったみたいだね。別に私もどうでも良いと思っているのだけど。』
「何か分ったら教えて上げますよ。使用人に言って頂ければ何時でもお伺いしますので・・・・・・宜しければ今晩でも、ウフフフ。」
『ああ、今後とも宜しくね。そんなに急ぎの用ではないので、また話すことにしようか。』
「そうですか、それは残念ですね。でも明晩大きなパーティーがあるので是非いらして下さい。きっと良い事が起こりますよ、フフッ。」
『それでは明晩のパーティーに顔を出してみるとするか。じゃあその時にでも。』
「ではお待ちしてますからね。」
彼女の如何にも物欲しそうな色目遣いからすると、若い男たちと何等変わるところのない所謂高級娼婦に過ぎないのだろう。
しかし明日のパーティーには是非とも出席して色々と探ってみる必要がありそうだ。
そのパーティーの当日。
18時頃から夜を徹して催されるのだという。
現在17時過ぎだが、もうすでに正門からは車が続々と広い駐車場へ向かっている。
私も心を踊らせながら、この屋敷から少し離れた別館の二階にある大広間へと足を向けた。
会場はまだ準備が整っていないとの事で、多数ある別室の一つに案内された。
そこには十名ほどの正装した男女が紅茶やコーヒーを飲みながら寛いでいたが、部屋の片隅の
テーブルにはマリアの姿があった。
彼女はすぐ私に気づき、にこやかに何度も手招きをしながら私を呼び寄せた。
向かいの席には誰も座っていなかったので話し相手が欲しかったのだろう。
「いらしてくれたんですわね。体調は如何ですか、今日は朝まで眠れませんのよ。ウフッ!」
『いや、そんなに強くはありませんので程々にと思ってるんですが。』
「初めは皆さんそう仰いますのよ。」
『ところで今日のパーティーの名目というか・・・・・どんな目的で・・・。』
「フフッ、面白い方ですわね。いつもの恒例のパーティーなんですよ。」
『そうですか。具体的にはどんな方々が・・・・・・・・・・』
「ヒ・ミ・ツ・・・・・・・・ウフフ」
『ああ、そうですよね。無遠慮な性格なもので・・・・・』
「パーティーが始まったら皆様に貴方をご紹介いたしますわね。」
『それは助かります。よろしくお願いします。』
「そろそろ18時になるから会場へ行ってもいいんじゃないかしら。」
私はマリアに付き添われてパーティー会場へと足を運んだ。
競技場のように広い会場には出入り口が二つあるらしく、反対側の出入り口の横にはステージが設けられ、その前にある大きな空間はダンス用のスペースらしい。
中央は多数の立食用テーブルで占められ、壁に沿って純白のボックス席が部屋全体に並んでいる。
マリアは最も奥のステージ横に近い席へ私を案内した。
「どうしてこの席を選んだかお分かりですか。」
『ステージが見やすいからじゃないかな。もしかすると君はダンスが好きなのかもしれないし。』
「残念でした〜。この席が御手洗に一番近いからなんですよ、ウフッ。」
『それは賢明な選択かもしれないな。』
「ダンスはお得意なんですの。」
『激しいのは好きではないので、古臭い社交ダンスくらいしか知らないけどね。』
「あら素敵、社交ダンスですの。是非お相手させて頂きたいですわ。」
『まあ機会があったらね。』
「今夜がその機会ですのよ、ウフフ。」
会場には続々と客が集まり、満席になるのも時間の問題だろう。
中央の立食用スペースでは既に宴が始められているが、賓客は入り切れるのだろうか。
『広すぎる会場だと思っていたんだが、客が全員入れるのか心配になってきたよ。』
「三階には大きなスタンドバーが五軒もありますのよ。騒々しくなったら移動してカクテルでもいかがですか。」
『ほう、それは名案だね。』
「それと、四階から上は全てスイートルームになってますの。もちろん冠木さんのお名前でも予約を取ってありますのよ、ウフフ。」
『ああ、それはどうも・・・・・ちょうど18時になるね。』
徐々に会場の照明が落とされ、同時にステージの幕が開いた。
ビッグバンドの前でスポットライトを浴びているのは、あのクロッカワー翁だ。
懸命に何やら捲し立てているが、私にとっては興味を惹かない内容である。
客人たちも聞き飽きている様子で、お喋りと飲み食いに打ち興じ会場は騒然としている。
長い演説も終わり、バンドが静かな音色を奏で始めた。
すると向かいの席に座っていたマリアが私の横へ移動し、段々と身体を擦り寄せるような格好でもたれかかってきた。
抱きつくように両腕を私の首に巻き、豊かな胸を押し当てながら、耳元で囁くように上階のスタンドバーやスイートルームの話をしきりにしている。
この女はひとつの事しか頭にないのだろうか。
相槌を打つのもいい加減飽き飽きしてきたので、惚けて君の知り合いは来ているのかどうかと訊ねてみた。
「今夜はとても楽しくてすっかり忘れてましたわ。何人か顔見知りの軍人さんと警察の方を見かけましたのよ。」
『もしよかったら信頼の出来そうな方とお話が出来ないかな。私はアルコールが入ると政治談義を好んでするのだが。』
「まあ、お堅いんですのね。でしたらピッタリの方が目の前にいらっしゃいますわ。ほら、後ろ向きですが立食テーブルで大きな身振り手振りをしているスラッとした軍服姿の将校さん。」
『ほう、将校か。で所属と階級は?』
「陸軍の大尉さんですわ。とても理知的な方なのでマリアのお気に入りなんですよ、ウフッ。」
『なるべく自然な形になるよう取り計らって貰いたいんだが。』
「了解しましたわ。少しお待ち頂ければお連れ出来ると思います。」
『いや、私の方から出向いた方がいいのではないか。』
「はい、そう致しますわ。」
マリアはその将校に何度もお辞儀をしながらにこやかに会話を始めた。
間もなくすると二人の視線が私の方へ向けられている。
こちらに来そうな気配だったので、私は手で制止し自分から二人の方へ足早に歩いて行った。
マリアは段取り通りにお互いを紹介してくれて、長身のキグチ・タイラ陸軍大尉が上院議員を兼任していることも知った。
しかし、この男の顔立ちは完全な白人種の特徴を備えており、その姓名は全く似つかわしくない。
「君が政治談義を好むと聞いたものでね、いやあ大いに結構。夜を徹して語り合ってもいいぞ、ハッハッハッ。
実のところ自分は職業軍人なので政治には特別明るいわけではないのだが、指名されたので断り切れずに議員と二足のわらじを履いているわけだ。
庶民の意見は参考になることがあるので忌憚のない意見を構わず言ってくれたまえ。
誰しも他人には語れない事情もあろうかと思うがな、ハッハッハッ。」
見た目通りに雄弁で豪放な性格の持ち主らしい。
パーティーの席でもあるし、私は差障りのない歴史であるとか一般的な政治観で切り出すことにした。
時間はたっぷりとあるし、急いては事を仕損じる。
私は筆談に等しいので、彼がかなり一方的に喋っていることも確かなのだが。
するとそこへ、がっしりした体格のヒゲ面で赤ら顔の男が突然割り込んできた。
「よ〜う上院議員殿。敬礼!! ご機嫌如何ですかな。」
「これはこれは下院議員の大先生。早々と出来上がってる御様子ですなあ。」
「あら、ハヤト部長さん。お久しぶりですわね。」
マリアの話によると、この典型的な東洋系の風貌の男は秘密警察のNo,2なのだという。
完璧な軍政と警察国家・・・・・しかも指名されて議員を兼任しているとは俄には信じ難い。
更に呆れたことには公然の警察機構とは全て自警団によって組織されており、政府直属の警察とは実体不明な非公然組織だとも・・・・。
「軍はいつもお暇のようなので議員活動にも力が入るでしょう。」
「いやいや、悪徳警察官の捜査と逮捕は軍情報部とMPに一任されて居りますからな、寝る暇もない有り様でね、ハッハッハッ。」
「働き甲斐があって結構なことですな。ところでお隣の方は政府関係のお偉いさんですか。」
『いえ、私はただの一般客です。』
「ほーほー、それは色々とご不自由なようで大変ですなあ。とすると残るは財界関係者のみとなりますが。」
『それ以外では何か不都合でもあるのですか。』
「別に構いませんが、それよりも貴方の言語を奪ったのは遺伝に因るものか後天的なものかに興味がありましてな。」
「おい、失礼にも程があるぞ、ハヤト下院議員。」
『取り敢えず後天的と申し上げておきましょう。ではなぜ興味を抱かれたのかお話頂けますか。』
「この地域には先天的な不具者が大変多くてですな、一目見ればそれと判るのに貴方はこの様な宴に参加されている。」
「少しは口を慎みたまえ、ハヤト君。」
『いやいいんです、キグチ大尉。ハヤト議員はそれが何か不思議に思われたのですか。』
「この国はかつて、どの地へ行っても美味しい水を湛えた緑溢れる美しい国だったそうですよ。
それが数百年前の戦争直前に水源地を買い漁る異邦人が現れ、美しい川の上流一帯を全て買い占めた。
ミネラルウォーターの確保であるとか観光開発といった甘言を、お人好しの国と地域住民はすっかり信じ込んでしまった。
いやあ、何の事はない。戦争に勝ち敵国を奴隷化する最も手っ取り早い手段は兵糧攻めにすることに尽きる。
即ち、川の上流から大量の猛毒を撒き散らし作物を採れなくすれば簡単に戦意は失われる。来るべき時のために入念な準備をしてたって事だよ。
そして放射能汚染など砂糖水よりも美味しいと思えるほど多量の毒物と重金属を河川に流したわけだ。
それは世界各地で戦略的に行われ、現在に至っても地下水を汚染し続け近海は死の海のままだ。
もしもこの国に救世主と讃えられる偉大な科学者が出現しなければ人類は確実に死滅していた。
だから貴方のような方を見かける度に尊い犠牲者の子孫であると感じ、不憫で胸が張り裂ける思いに駆られるのでしょうな。」
「酒席とはいえいい加減にしないか、ハヤト!!。」
『いいえ、貴重なお話を伺えたようで・・・・後で詳しく調べてみるつもりです。』
「残念ながらその記録は一切合切抹消されて、ただの一編も残されていないのだよ。お分かりかな。」
『そうですか、それは本当に残念でなりません。』
「知りたければ私に頭を下げるより仕方ありませんな。」
「君はここへ来てから何杯目になるんだ、幾ら何でも飲み過ぎだぞ。」
「ラストオーダーのお時間らしいですな。では皆々様ごゆっくり。」
警察官ハヤト・ジョンはグラスを持ったまま、そそくさと消え去ってしまった。
キグチ大尉とマリアは互いに深く息を吐いた後、呆れ顔で苦笑いをしている。
珍しくもない毎度毎度いつもの事なのだろうか。
「ハヤト部長は、お酒さえ召し上がらなければ知的で素敵な方なんですよ、お察し頂けますか冠木さん。」
「私は彼も尊い犠牲者のひとりだと心を痛めて居るがね、ハッハッハッ。
すっかり白けてしまったな、マリア。カクテルバーへ席を移すとするか。」
「アッ、冠木さんも御一緒して頂けるのでしたら・・・・・・・」
『少し落ち着いた雰囲気でお話しするのもいいかもしれませんね。』
ところが、このキグチ大尉なる男は相当に顔の広い人物らしく、ハヤトが去った直後からひっきりなしに客が挨拶に訪れ、逃げ出す隙を与えてくれない。
新しい客が来る度に大尉とマリアが私を紹介するので、仕方なく会話に加わるしかなかった。
複数の者にモニターを見せたり、スピーカーを使ってタイプした言葉を伝えるのは骨の折れる作業なのだ。
挨拶に来た客の数はもう百名を超えたのではないだろうか。時計を見ると午前零時を回っている。
すると、先程からずっと落ち着きの無くなっているマリアが、私の手を握り締めながらそっと耳打ちした。
二人で先に会場を出て、バーでキグチ大尉を待つ作戦らしい。
そして、五つある内でマリアが最もお気に入りだという南側に面した広いカクテルバーに辿り着いた。
案内された六人掛けで半円のカウンターに座るなり、マリアは携帯電話を取り出してキグチ大尉にコールを入れている。
「作戦成功。大尉さんは間もなくいらっしゃいますわ。」
『君もだいぶ疲れてるんじゃないかな。』
「いいえ、これがお仕事ですから。フフッ」
私はアカシア、一方マリアはニコラシカを注文し乾杯していると、後ろから軽くポンと肩を叩かれた。
キグチ大尉もエスケープに成功したようだ。その後ろにはコンパニオンだろうか、二人の女性の姿もある。
品の良い顔立ちのうら若き二人の女性はどこか似ている気がする。
「いやあ、待たせたね。君たちがいてくれて助かったよ。晴れて無事釈放だ、ハッハッハッ。
この美少女たちはカミハラ・アヤとロミ、二つ違いの姉妹でアヤがお姉さんだ。
友人の娘さんなんだが酔っ払ってクダを巻いているので奪い取ってきたんだよ、ハッハッハッ。
さてと、マリア様を真ん中に置いて両手に花だな冠木くん。」
キグチ大尉は水割りを、そして姉妹は共にソフトドリンクを注文したのだが、ロミは少し口を付けると直ぐ近くにあるピアノに向かいジャズの演奏を始めた。
そして一曲づつ交代で、アヤはクラシックの名曲を楽しげに奏でている。
大尉の話によると二人とも将来有望なピアニストなのだという。
美しい音色を響かせるそのグランドピアノにはBechsteinと銘打ってあった。
暫く姉妹の演奏に聞き入っていたキグチ大尉が、リストのノクターン第三番が終わると急に振り返り私に熱く語り掛けてきた。
「自分は社交辞令が大の苦手でね。だからいつも早目に切り上げて、ここのピアノ演奏で心の洗濯をするわけさ。
例のハヤトとも昔は口角泡を飛ばして語り合った仲なんだが、奴は強大な権力を手に入れてからすっかり人間性が変わってしまった。
元々彼はこの国の政治体制に批判的だったのだが、議員に抜擢されると掌を返すように文字通り権力の犬と化してしまったのだ。
まあ大学の後輩でもあり、柔道部では弟分でもあったのだが、とんでもない愚弟に育ってしまったわけだな、ハッハッハッ。」
『そうだったんですか。実はハヤトさんがお話しされていた歴史に大変興味を持ちまして、詳しく調べられないかと思っていたのですが。』
「いやあれは風説だとも謂われていてな、信憑性には少々問題がある眉唾ものの都市伝説なんだ。
しかし国立図書館へ行っても、ネット上で調べても凡そ百年間に及ぶ歴史が消し去られているのは事実だと認識できる。
自分は事実以外の出来事を認めないが、彼には特異な空想癖がある。」
『先ほど共に大学を卒業されて、国立図書館もあると仰られましたが、私はこの国の文盲率は100%に近いと聞いたことがあるのですが。』
「君は面白い人だね。文明が廃れていれば国家の運営など不可能に等しいではないか。
自慢出来ることではないが、実のところ文盲率は70%強だ、ハッハッハッ。
多くの者達が文明を否定し、教養には興味を示さず真面目に働こうともしないのは事実だがね。」
『全くその通りだと思います。私の浅学の為せる業だと・・・・・お恥ずかしい限りです。』
「いやいや気にしないでくれたまえ。教育が行き届いていない地域では誤解も起こり易いという事だと考えて欲しい。
それ故の軍部独裁体制であり、強大な警察権力も必要不可欠となるんだ。
遠い昔には民主主義国家なるものも存在したそうだが、その様な主張をする者は永遠の夢の中に生きていたのだろうと思う。」
『キグチ大尉は民主主義が過去の遺物であるとお考えのようですが、私は多少異なる意見を持っています。』
「ほう、君の意見とやらを聞かせてくれないかな。」
「あのう・・・お話中失礼なんですが・・・・マリアが真ん中だとお邪魔でしょうから隣に移りますね、ウフッ。」
「おお、レディーがいるのを忘れていたよ。口角泡を飛ばしても唾を飛ばしてはいかんからな、ハハハハ。」
私たちの間に座り、一方が喋る度に左右をキョロキョロ見ていたマリアは困惑した面持ちで言うなり、直ぐさまキグチ大尉の隣に腰掛けてしまった。
私は彼女が退屈の余り女性バーテンダーとお喋りでもしたいのかと思っていた。
しかしマリアはその後ずっと、うっとりしたような視線を私に注ぎ続け、片時もその眼差しを逸らすことはなかった。
『そうですね、何からお話ししたらいいのか戸惑ってますが・・・・・人類は限りない可能性を秘めているとの想いに尽きるのです。
民主主義の起源が能動的または受動的なものであれ、或いは自然発生的な欲求であれ、はたまた目的意識的な陰謀であったとしても単なる歴史の一頁に過ぎないのです。
本来の民主主義の本質とは崇高にして高次元の思想であるが故に、理想的社会の構築は困難を極めます。
俗世的な教条主義に陥る事なく如何にして完成の域まで高めて行くのかが問われているのです。
第一次産業革命から数えて百年程度では、人類は宇宙を我が物にすることは叶わなかった。
同様に理想社会の実現も一朝一夕には成し得ず、紆余曲折を経ながら確実に一歩づつ進化を遂げたものと解釈しております。
貧困と病苦が存在する限り幸福と平和を勝ち取る闘いは不断に続けられ、永遠の勝利を獲得したとの想いに全人類が至った時こそが民主主義が理想を実現した瞬間なのです。』
「で、このザマか。自虐的にこの国の有り様を言ってるんだがね、フッフッフッ。君の言うことも分からないではないが少々観念的すぎないかな。
この国では貧困と病苦を国民自らが自発的に選択していることを知らないのか。
ここは階級社会でもなければ、身分制度があるわけでもないのに、努力することを放棄した国民が勝手に非文明社会を形成している。
努力さえ惜しまなければタダで大学院までの教育を修め、労働環境の整った会社へ就職することも可能だ。これを民主主義といわずして何と表現すれば良いのだ。
ところで君の仰る理想的民主主義社会とは、いつ何処でどのように実現されたのか御伺いしたいのだがね、フッフッフッ。」
『いや、私の見たところこの国は民主国家では有り得ない。何故なら国を代表する者が直接選挙によって選ばれていないからだ。
この国の政治形態とは明らかに専制的独裁政治以外の何ものでもない。民主主義を騙るなどとは片腹痛い。
貴方のご質問にお答えするが、未だ理想的社会を実現した国など存在せず、民主主義思想は暗中模索の状態から脱却していないのだ。
それは百年程度のスパンでは実現不可能だと自信を持って断言しておく。』
「人間が理想に反した理想には程遠い生き物だから、何百年経っても理想社会の実現に至らないと考えたことはなかったのかね、冠木くんの賢明なる洞察力を以ってしても。」
『それは貴方が人間不信に陥っており、人間憎悪の思想に取り憑かれているからではないのか。
人間以外に一体何を信じろというのだ。機械文明かそれとも愛玩動物なのか。』
「人類の叡智が創り上げた最大の結晶は精密機械ではなかったのか。機械は嘘を吐かないし人間を裏切ったりしないぞ、フッフッフッ。」
『いや・・・・・・・・・・・機械は崇拝の対象には絶対なってはいけないんだ。
機械が人間を超えた時・・・・・・・・人類は滅びる。』
「何を口籠っているのかね。信仰の対象だと言った覚えはないがなあ。」
『モノに依存するのは・・・・・・・・・間違いだと言いたいだけだ。』
「民主主義者は物質文明から精神文明への回帰を目論んでいるんだな。
文明に憎悪の念を抱き、文明を否定する辺りはここの国民と相性が良いのではないか。」
『貴方がその様な詭弁を弄して国民を蹂躙している様がはっきりと見て取れるよ。
あんたの頭の中では民主主義とファシズムの境界線がないから斯様な論法に至るのだ。
テレビを見てもニュースを流しているチャンネルが国営放送しかないのは、狡猾な為政者の存在を隠蔽するのが目的だからだ。』
「確かファシズムの温床になったのは、議会制民主主義に拠る大衆的願望だと記憶しているのだがね。
君の方こそ空想的社会主義を民主主義だと勘違いしてはいまいか。
それに放縦なマスメディアこそが、愚民化するためには最上の道具だと歴史が教えてくれているだろう。」
『この国の民は向上心がないのではなくて、政府に家畜化された結果が無気力として現れただけなんだ。
それは貴方たちが周到なマインド・コントロールを施した成果でもあるのだろう。』
「被害妄想による結論が出たようだな。それで君はその悪逆非道極まる政府をどうしたいのかね。」
『解体しなくてはならない。それが理に適っている。』
「軍事独裁政権を倒す方法論が暴力革命以外に何かあるのなら教えて欲しいものだ。」
『それは・・・・・・・・・理性の欠如した極論だ。』
「君の顔にそう書いてあるのだがね。民主主義を否定すると。」
『暴力の行使イコール民主主義の否定とはならない。』
「ものは言い様だな。」
『結局のところ水掛け論にしかならない事が分かったよ。』
「議論も否定して放棄か、ハッハッハッ。いやあ、久しぶりに楽しい時間を過ごせたよ、冠木くん。
自分は早朝から仕事があるのでこの辺でお開きにするが、君たちはゆっくりしていってくれたまえ。」
『最後にひとつだけ聞きたいのだが構わないか。』
「何なりと。」
『単刀直入に言うが、ボスと称される人物の存在についてだ。』
「君は今夜その人物に遭っているかも知れないぞ、フッフッフッ。ゲストの中にいる・・・・・・単なる噂に過ぎないがね。
さてと冠木くん、マリアは素晴らしい女性だ、大事にしてやりなさい。また会える日を楽しみにしているよ。では・・・・・」
私が挨拶を返す時間も与えず、キグチ大尉は風のように去って行った。
興奮気味だったためか最後に余計な質問をしてしまったかも知れない。
相手は政府関係者でもあるが、今更怪しまれたところで情況は変わらないともいえるが。
もう午前三時か・・・しかしなぜマリアを大事にと・・・・・・・
「あ〜良かった〜、喧嘩になるのかと思っちゃった〜。」
『アルコールが入ってると議論が口論に発展することもあるからね。』
「あたし、大尉さんが怒り出したら拳銃を奪うつもりだったの。」
『バカなことを考えるもんじゃない。』
「疲れちゃった〜、スイートルームで飲み直そうよ〜。」
『いや、私も疲れたので部屋に帰って寝るよ。』
「え〜〜〜・・・・・・・」
『じゃあ、おやすみ。また機会があったら。』
「恋をしちゃいけないんだ・・・・・・」
『君とは知り合ったばかりじゃないか。』
「もういい・・・・・・・・・・」
部屋へ帰ってベッドに横になったが、なかなか寝付かれない。
本当にボスなる人物とパーティーで出会っているのだろうか。
それよりも、何故キグチ大尉は私の素性について何一つ訊こうとしなかったのか。
狐に抓まれているような・・・・・・・・・・・・・
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