「広島を変える先頭を切っていきたい」。統一地方選前半戦の広島市長選、県議選、広島市議選は10日投開票された。新人6人の激戦になった市長選は、前中央労働委員会事務局長、松井一実さん(58)が、前副市長の豊田麻子さん(45)、元市議の大原邦夫さん(61)ら5人を破り、初当選を果たした。12年ぶりの新市長に就任する松井さんは、秋葉忠利・前市長(68)が主導した20年夏季五輪(ヒロシマ五輪)招致の断念を表明し、「秋葉路線」からの転換に踏み出した。県議選と市議選も新議員が決まった。投票率と当日有権者数は、市長選49・08%(前回53・75%)、92万3156人▽県議選47・50%(同53・87%)、171万6772人▽市議選49・04%(同53・72%)、92万3124人。【寺岡俊、矢追健介、樋口岳大】
南区稲荷町にある松井一実さんの事務所には、推薦した自民、公明両党関係者や、出身校の広島市立基町高校の同窓生らが詰め掛けた。「当選確実」の一報が伝わると、歓声と拍手が沸き起こった。
顔を紅潮させて現れた松井さんは、支援者からの握手攻めにあった。岸田文雄・自民党県連会長は「12年ぶりの新しい市長、おめでとうございます」とあいさつ。松井さんは「広島の秘めたる力を発揮し、次世代に伝えたい」と力強く語った。
官僚として労働行政を約35年担当した松井さんは今年2月、自民党県連の出馬要請に応え、定年まで2年を残して郷里・広島市のトップを目指して出馬を表明した。過去3回の市長選で分裂した自民系市議は「市政奪還」で結束して支援した。
選挙戦では、経済振興と雇用促進を政策の中心に据え、秋葉市政への評価では、この日の共同会見で「市民の多くの意見をしっかり受け止めてきたか疑問」と指摘。路線転換する考えを強調した。
「力が及ばず申しわけありませんでした。これも市民の民意の表れと感じている」。中区紙屋町2の事務所近くのビルでは、豊田麻子さんに出馬を要請した女性団体や秋葉前市長の支援者、民主、社民両党県連の関係者たちが吉報を待っていたが、落選の報に肩を落とした。
豊田さんは深々と頭を下げ、「支えていただき、ありがとうございました」と感謝の言葉を述べると、ねぎらいの拍手が送られた。
豊田さんは08年7月、秋葉前市長の招きで広島市初の女性副市長に就任した。広島に縁はなかったが、被爆地の市政を担う重みを感じ、秋葉前市長の「たすき」を継ごうと出馬を決意した。「チーム広島」を掲げ、市民との対話を重視する姿勢を掲げた。秋葉前市長を支持した無党派層を呼び込もうと、選挙戦終盤には秋葉前市長も応援に入ったが、勝利を呼び込めなかった。
中区三川町の大原邦夫さんの事務所では、落選が決定的になると、支援者や選挙戦を支えたボランティアたちから、大きなため息が漏れた。市長選には前回に続く挑戦。市議3期の経験を生かし、市の財政難を分かりやすく説明し、総人件費削減で200億円の余剰金を生み、子育てやまちづくりに充てる公約を掲げた。しかし、秋葉前市長の市政の転換を訴えた他の候補と、票が分散。大原さんは「皆さんの支えのおかげで悔いのない戦いができた」と述べた。
県議選と広島市議選でも当選者が決まった。連日の街頭宣伝で日焼けした顔の新議員たちは、支持者と喜びを分かち合った。
県議選は、無投票で既に当選が決まった7選挙区を除く16選挙区で選挙戦となった。定数3に現職3人と新人2人が立候補した中区や、定数4に現職3人、元職2人、新人1人が立った安佐南区などで激戦になった。投票率47・50%は過去2番目に低かった。
広島市議選(8選挙区、定数55)には前回より6人多い83人が出馬。現職47人、元職4人、新人32人が経済活性化策などを訴えた。
全国的に退潮した民主の公認候補の当選は、県議選で現状維持、市議選で1増だった。
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■解説
12年ぶりに交代する広島市のリーダーの座は、松井一実さんに委ねられた。松井さんは選挙戦後半、秋葉忠利・前市長が主導したヒロシマ五輪招致や折り鶴ミュージアム設置などへの反対を明言しており、選挙結果は「秋葉路線」の転換につながるものといえる。
とはいえ、論戦は総じて低調だった。松井さんを自民、公明が推薦し、豊田麻子さんを民主、社民が支援して政党対決の構図となったが、両陣営とも当初は「幅広く支援を得たい」と政党色を薄める戦術を取った。「市民との対話を重視する」という姿勢も似通った。2人とも実務型の官僚出身者で、掲げた政策も総花的で無難な色合いが濃かった。無党派層の支持を得た秋葉前市長が4年前に獲得した22万票余りを取り込もうとして、「転換」か「継承」かという論点が序盤戦はかすんだ感は否めない。
推薦候補が3連敗していた自民は今回、松井さん支援で一枚岩となり、秋葉前市長に流れていた保守票を取り返し、公明票も得て組織票を固めた。さらに陣営は終盤、副市長として秋葉市政を支えた豊田さんと差別化を図り、功を奏した。
毎日新聞の事前の世論調査では、秋葉市政の代名詞だった「平和行政」を取り組んでほしい課題に挙げた人は6%。有権者が重視するのは経済対策や福祉・教育の充実など生活に身近な課題だ。松井さんは、ヒロシマ五輪や旧広島市民球場跡地利用など、秋葉市政が積み残した政策課題の決着を早々に迫られる。そのうえで、「転換」を選択した市民の期待に応えなければならない。【寺岡俊】
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◆広島市長選開票結果=選管最終発表
当 165481 松井一実 58 無新
117538 豊田麻子 45 無新
90464 大原邦夫 61 無新
37986 桑田恭子 49 無新
20084 大西理 45 共新
11732 前島修 37 無新
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松井一実(まつい・かずみ) 58 無 新(1)
[元]中央労働委員会事務局長[歴]在英大使館1等書記官▽旧労働省職業安定局高齢者雇用対策課長・労働基準局監督課長▽厚労省職業安定局総務課長・労働基準局勤労者生活部長・大臣官房総括審議官▽京大=[自][公]
毎日新聞 2011年4月11日 地方版