江尻一樹(東京支部会員)
私がこの病気と言われたのは平成14年です。
その前に平成11年に下血して入院しましたが
病名は分からず内視鏡で検査したら小腸に潰瘍があったので
小腸潰瘍ということで終わりました。
でも平成14年に再び下血をしました。
下血をする半年くらい前にぶどう膜炎をやったのでその時の
入院でベーチェット病という名前がはじめて出てきました。
ベーチェット病ってなに?って感じで図書館に行って勉強して
そしてベーチェット病の相談会に参加してそこで浅野さんと出会い
友の会に入会しました。
その後は毎年1回ぶどう膜炎を繰り返し起こしていました。
ところが眼が見ずらくなり又ぶどう膜炎かと思い市民病院へ行ったら
ぶどう膜炎ではないここでは手に負えないと言われ大学病院へ紹介状を
書いてもらい大学病院へ行きました。
2週間くらいの入院でしたが毎日検査漬けの日々でした。
そこで言われたのが視神経炎といわれました。
治療といってもフルメトロンの点眼くらいで検査入院と言った感じでした。
その時の名残りというか右目の中心視野が欠けています。
その時から眼科と内科の診察を市民病院から大学病院へ変えました。
また平成16年に下血して入院
次に平成17年に再び下血して入院
その後手足にしびれ、ふらつきが出現
平成18年に体がすごくだるくなり病院へ
そこで採血をしたらCRPが基準値の10倍くらい上がってしまい入院
そして神経ベーチェットの診断を受けました。
やっと腸管ベーチェットの方が落ち着いてきたと思ったのに踏んだり蹴ったりです。
平成20年から大体2カ月おきにレミケードの入院を今も続けています。
これはIL6が高いためレミケード、MTX、ステロイドを使っていますが
効果が現れません。
もう2年やっているけどレミケードの効果が出ないのは悲しいです。
いつになったら終わるのやら



江尻さんに下記のような質問をして、お答えをいただきましたので、併せて掲載させていただきます。
Q病名がベーチェット病と確定診断されたときにどういう思いがありましたか
A 聞いたことのない病気の名前で何だそれと思いました。
 言われたときはそんな深刻な病気とは感じていなかった。

Q特殊型が二つもかさなって、さぞ不安に思われたことと思います。ふんだり蹴ったりだという思いの中、何故自分ばかりがこんなに辛いこと重なるんだろう
と、思いませんでしたか
A思います。
 今求職中の身なんですが健常者でも仕事なかなか見つからないのに
 わけの分からない病気でそれも説明しなければならない
 なかなか仕事も見つからない。

Q友の会の色々な集まりに参加してみようと思ったきっかけは?
 この病気になったときに病気の相談会がありました。
 そこで友の会本部の浅野さんに出会ってこの会のことを聞いてそれで入会しました。

Q参加してみて如何でしたか
A 同じ病気の人でもさまざまな人がいるなあと思いました。

Qこれから、病気とどのように、付き合っていったら良いと思いますか
A 前までは逆らっていましたが今は逆らうのをやめました。
もうこの病気には勝てないのかなと思って
 逆らうと下血したりと入院していましたから
 でも一応医師の言うことは聞いているつもりです。
 この病気と喧嘩しても勝てませんでしたし

江尻さん有難うございました。病気と付き合っていくというのは、本当に大変です。
それでも上手につきあっていくしかないですから、一喜一憂しながらも日々頑張って生きていきましょう( 2010.12.11再編集)
                                     (編集 ルカ♪)