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東京電力の原発事故を受けて、誰を対象に、どんな損害を償うか。基準作りを担う政府の原子力損害賠償紛争審査会が1次指針をまとめた。事故の収束を待たずに賠償するため、審査会は順次指針を発表していく[記事全文]
東日本大震災で大きな被害を受けた岩手、宮城、福島3県の雇用状況が明らかになった。すでに失業手当を受けることが決まった人だけで4万人強、手続きを始めた人は7万人近くにのぼ[記事全文]
東京電力の原発事故を受けて、誰を対象に、どんな損害を償うか。基準作りを担う政府の原子力損害賠償紛争審査会が1次指針をまとめた。事故の収束を待たずに賠償するため、審査会は順次指針を発表していく段取りで、その第1弾だ。
避難区域や屋内退避区域などの住民に、避難時の交通費や宿泊費、勤務できなかった分の給与相当額を支払う。農業や畜産業、水産業者に対しては、出荷制限の指示や避難に伴う減収分と廃棄費用を補填(ほてん)。賠償額が確定しなくても仮払いをする。おおむね納得できる内容だ。
検討の出発点となったのが、1999年に茨城県のJCO東海事業所でおこった臨界事故に伴う賠償だ。この時は、損害を8種類に分けた上で「場所」と「期間」の観点から検討し、事故と相当程度の因果関係がある損害を賠償の対象とした。
今回の1次指針では、JCO事故では対象とされなかった精神的苦痛も賠償する方針を打ち出した。避難所生活が長引く人が多いだけに当然だろう。
自宅は避難区域外だが自ら避難した近隣住民の費用も償う必要はないか。避難者の声も聞きながら、検討を急いでほしい。
難題は、農林水産・畜産業や商工業、観光業などの業者が被った「営業損害」である。
1次指針の内容はこうだ。政府が出荷制限を指示した品目については、その期間、目減りした売上高を補う。自治体が要請した出荷自粛も同様に考える。工場の操業停止や店の休業も対象だ。
ただ、放射性物質が検出されていないのに、消費者の買い控えで値下がりした品目をどう扱うか。出荷制限が解除された後も売れ行きが鈍いままのケースはどうか。輸出相手国が輸入規制した分は認めるか。詰めるべき点は山ほど残っている。
審査会は、できるだけ幅広く賠償する構えとされる。基本姿勢として評価したい。とはいえ、電気料金や税金にはね返る問題だけに、際限なく広げるわけにもいかない。「相当因果関係」という基本に立ち返り、専門的な検討が必要になる。
避難住民や事業者からの賠償請求を受け止め、支払いにまず責任を負うのは東京電力だ。もっとも東電1社で全てを担うことは難しいと見られる。国がからむ賠償の枠組み作りは緒に就いたばかりである。
東電が支払えないために賠償が滞る事態も、賠償の枠組み作りが拙速に陥ることも、ともに許されない。東電と政府はしっかり連携し、対応してほしい。
東日本大震災で大きな被害を受けた岩手、宮城、福島3県の雇用状況が明らかになった。
すでに失業手当を受けることが決まった人だけで4万人強、手続きを始めた人は7万人近くにのぼる。前年の2倍を超え、今後も申請は増える見通しだ。改めて現地の深刻さを思う。
政府は受給要件の緩和や給付期間の延長などの対策を講じている。当座の生活を支えるために必要な手立てだ。ただ元気な人にとっては、仕事をして賃金を得たり、社会の役に立ったと実感できたりすることが、精神的にも大切な糧になる。
求人がないわけではない。
全国から集まった被災者向けの求人は2万6千人分と、被災地の求職者数を上回る。農林水産省や国土交通省も、農業や漁業を営んできた個人事業主や漁船の造船技術をもつ人向けの職場あっせんに乗り出している。慣れた仕事に就けるよう、選択肢が多いにこしたことはない。
だが、そうした働き口のほとんどは、住み慣れた土地から遠い県外の事業所になる。行った先での住まいや子どもの学校はどうすればいいか。慣れない土地で人間関係はうまくいくか。一度離れてしまうと、復旧・復興の進み具合といった情報が届きにくくなり、不安も募る。
相談所や連絡網、名簿による管理などを、受け入れる自治体側も含めてきちんと整備し、被災者が再び地元に戻る際に不利にならないよう、十分配慮した支援態勢が必要だ。
なにより、被災地の中に「働く場」をつくることが急がれる。すでに、がれき処理や仮設住宅建設、警備といった公共事業枠で求人枠の増大や賃金の財源となる基金の上積みが図られているが、「よその家の撤去だと手当が出るのに、自分の家の片づけだと仕事と認められない」といった困惑や不満も聞かれる。
復旧に伴う様々な作業が、できるだけ地元の人たちの雇用や賃金へと結びつくようにしたい。せっかく用意した予算枠や雇用機会が、運用面で硬直的になってはいないか。政府は、地域の実情を踏まえ、柔軟に見直しをはかるべきだ。
当面は公的な臨時の仕事が中心にならざるをえないだろうが、復興に向けては自律的な雇用市場の構築も欠かせない。
働き手を増やせる産業は何か。高齢者も働ける場をどうつくるか。地元中小企業の再起を支援するにはどうしたらいいか。現地で踏ん張り、再建を担う人たちが力を出せるよう、知恵を絞りたい。