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[27432] アンチマテリアル
Name: 岸田四季◆29a6806a ID:9bac1668
Date: 2011/04/26 23:19
 転載です。



[27432] 一話
Name: 岸田四季◆29a6806a ID:9bac1668
Date: 2011/04/26 23:19
 その夏、僕は白のワンピースを着た腰まで伸びる黒髪の美しい少女に出会った。名前は都築(つづき)ヒメノ。歳は多分僕と同じくらいで、十六歳前後だろう。その少女はちょっと変わっていて、突然奇妙なことを言い出す。
「私の趣味はアンチマテリアル探し。そして職業はアンチマテリアル探し。何か困ったことがあったら言ってくれ。0.5パーセント割引で依頼を受けてやろう」
 そう言って渡してきた名刺にはしっかりと、アンチマテリアルハンター事務所と代表、都築ヒメノと書いてあった。
 英語の苦手な僕には何を言っているか分からないが、少女曰く、アンチマテリアルとはある者にはどうしても知りたい真実であり、ある者にはどうしても隠したい虚実であるのだという。
 探偵さんかな、とも思ったが、
「あんな低俗な奴らと一緒にしないで欲しい」
 と憤慨していた。何かあったのかな?
 このときの僕はまだ何も知らないでこの少女の言っていることが理解できなかった。しかし、僕の知らないところで事件(ものがたり)はひっそりと動き続けていたのである。

 最初の事件(ものがたり)は夏休みに入る少し手前のことだった。
「だからッ! 僕はやっていません」
 僕は必死に目の前にいる腹立たしい学年主任の男性教師に訴えかける。
 だがそれも一蹴されてしまう。
「そんなこと言ってもねぇ。あの時、更衣室を使っていたのはキミだけなんだから……。それに学校側は今回のことを穏便に済ますつもりだから、一週間程度の謹慎で済むよ。キミそんなに出席日数とか危なくないでしょ?」
 違う、そんなこと関係ない! と言って胸ぐらをつかむ、ことはなく僕は静かに生徒指導室を出た。
 去り際に「あ、今週は学校あるからね。謹慎は来週からだから」とか言っていたが、耳に入りはするが頭に入ることはなかった。
 事の発端は先週の金曜日だった。
 数日前に風邪を引いて学校を休んでいた僕は、その日の放課後に水泳の補講を受けることになっていた。
 僕は泳ぎが得意でも不得意でもないので、本当に普通に補講をこなし、更衣室で着替えて帰宅した。
 そして事件はその直後に起きた。
 僕のあとに補講を受けることになっていた女の子の水着がトイレに行っている間に無くなっていたのだ。もちろんそれで大騒ぎをした。さんざん探して体育教師がようやく見つけたのが男子更衣室のロッカーだった。
 当然疑いの目が向かうのは、その日男子更衣室を使っていた生徒。つまり僕だ。
 その日に補講を受けた男子は僕一人。必然的に僕が疑われるのは分かるのだが、不思議なことに僕はやっていない。
 他に男子更衣室を使っていたのは上の学年で、みんな授業だった。ということは、放課後に使っていたのは本当に僕一人。それと、水着探しで入った体育教師だけだ。
 トボトボと事件のことを考えながら教室までカバンを取りに行っていると、「お前もなかなかやるなぁ」などと、皮肉極まりない賛頌が聞こえてくる。
 多分、本当に多分だけど彼らには悪気はないのだろう。ただ、水着を盗まれた女の子とそれを盗んだ男子がいれば充分話題が潤うのだ。
 盗まれた女の子はと言うと、実はあれからまだ学校へ来ていない。僕がやったわけじゃないが、 どうしても少し申し訳なく思ってしまう。
「……はぁ」
 この学校で今週と呼称される期間は、今日を含めずにあと五日間。丸々休んでしまいたいところだが、困ったことに僕にはやることがあった。証拠探しだ。
 残り五日間でどうにかこうにか僕が犯人ではないという証拠を見つけなければならない。警察の手でも借りられたらいいのだが、被害者が被害届を出していないというのに、一応被疑者である僕が警察に連絡するというのもおかしな話である。
 元々友達と呼べる人間が多くない僕は今回の件でさらに激減した、というかゼロになった。そんなわけで本当に自分の力だけで証拠を探さないといけないのだ。
 ……つらい、つらいよぉ。痴漢と疑われたサラリーマンってこんな感じなのかな?
 一つサラリーマンと違うとこは、あと二年もすれば自動的にここから脱出できるということだ。

 教室に着いたあと次に向かうのは当然自宅だ。
 一人遊びを平気で出来るほどザックリと年をとっているわけではなく、他人の目が気になって気になって仕方のないお年頃なのだ。
 そして家に帰っても母親の目を避け、自室にこもるだけ。
「はぁ、ホントなにやってんだろう」
 原因不明の自己嫌悪に陥りながらベッドの上でごろごろしていると、ふといつかの名刺が視界に映った。
 アンチマテリアルハンター事務所、そう書かれた名刺の右下には住所と電話番号が記されていた。
 もしこれが代表の都築ヒメノさんの自宅の電話番号であれば、僕は人生初のお母さん以外の女性の電話番号を知ったことになるが、普通に考えてその線は非常にというか超絶に薄い。
 しかしそれが彼女の自宅かどうかを差し置いても魅力的であるのは確かだった。
 もう一度言うが僕には味方がいない。
 だが彼女はこう言っていたはずだ。
――私の趣味はアンチマテリアル探し。そして職業はアンチマテリアル探し。何か困ったことがあったら言ってくれ。0.5パーセント割引で依頼を受けてやろ――
 つまり、依頼さえ出せば味方をしてくれるということだ。
 だとしたら……。
 ほぼすべての手段を断たれた僕はが出来ることはとうに限られていた。



[27432] 二話
Name: 岸田四季◆29a6806a ID:9bac1668
Date: 2011/04/27 21:40
 翌日、僕は学校をサボる勇気もなくきっちり六時間授業を受けた後、名刺に明記された事務所へと足を運んでいた。
 携帯で検索しながら来てみたが、なにやら怪しげな雰囲気を醸し出していた。
 GPSと照らし合わせてバッチリ確認したので間違いではないようなのだが、とっても怪しい。
 僕が住んでいるところより都会の駅で降りたあと、地図を辿るとなぜか僕が住んでいるところより田舎っぽいところまで来ていた。そしてさらに進んでいくと、目の前にある五階建てのオンボロビルが出現したわけだ。
 名刺にはこのビルの四階と表記されている。
「ここまで来たわけだし……行ってみるか」
 渋々だけれど行ってみることにした。
 それが正解だったのか不正解だったのか。僕はいまだに判断することが出来ていない。

「あのー、すみませーん」
 僕はいつもより声を張って言ってみるが、反応はない。
「あのー」
「何度もうるさい! 聞こえてる!」
 聞こえてるなら返事しろよ。と心の中で言うが実際に口に出す勇気はあいにく持ち合わせていなかった。
「それで、用件は?」
 そう言って中から顔を見せたのはいつかの黒髪美少女だった。
 僕はその容姿に少し緊張しながら質問をぶつけてみた。
「なんで依頼があるって分かるんですか?」
 するとヒメノさんは、それはそれは大きなため息をつきました。
「それじゃあ逆に尋ねよう。キミが用件無しになぜここに来るんだい? キミはワタシの恋人にでもなったのか?」
 初対面、じゃないや。再対面? なのにキツい言い方をするなぁ。美人じゃなきゃいろんな人から嫌われてそうだな。美人は認めるけど。
「いや、あの……」
 僕が言おうとしていると、すかさず割り込んできた。
「それと! 敬語は使わなくていい! 敬語というのは自分より上の立場の人間に使う言葉だ。キミの常識では日本ではまだ身分制度が取り入れられているのかい? それともキミは過去から来た人間なのか? はたまたワタシが未来から来たっていうのか」
 マシンガントークを目の当たりにした僕は思わず、
「ごめんなさい! いや、ごめん」
「ごめんとはなんだ! バカにしているのか! 誠意はどこへ行った、誠意は!」
 もうどうすればいいんだよ。と心の中で嘆くが実際に口に出す勇気はあいにく持ち合わせていなかった。

 それから事務所内へと場所は移り、なんとかヒメノ(ヒメノさんと言ったら怒られたため)を落ち着かせ、というか静かになるのを待って事件の経緯(いきさつ)を説明した。
「ほうほう。悪いんだけれど、ここは犯罪者を正義の味方にするところではないし、水着は持ち合わせていないぞ?」
 どうやら、ここにも味方はいなかったようだ。
「だから僕はやってないんだって! これで五回目だよね?」
 僕の力説を華麗にスルーをすると、ヒメノは顎に手を当ててなにやら考え出した。
 さっそくアンチマテリアルハンターの仕事をしているのか、と思ったがとんだ見当違いだった。
「それで、キミはなぜここに来たんだ? キミなんて知らないぞ?」
 そう来ましたか。想像していなかったんでかなりダメージデカいです、はい。
「どうも“初めまして”、街中で突然名刺を渡された安岐(あき)春海(はるか)です。どうぞよろしくお願いします!」
 初めましてを強調したけど反応は無し。どうやらスルースキルがお高いようで。
「ハルカっていうのか。長いな。ハルでいいか?」
「どこが長いんだよ。まぁ何でもいいや」
「何でもいいと言うのか。なら、水着泥棒とでも呼ばせてもらおうか」
「いや、春海より長くなってるし。つか、何でもよくないです、ハルでお願いします」
 恥も外聞もなく頭を下げる僕。
「最初からそう言え。水着泥棒が」
「定着すんな!」

 一悶着どころか十悶着くらいした後、ヒメノはようやく依頼を受けてくれる気になったようだ。
「それでいろいろと聞きたいことがあるんだが」
 ヒメノは事務所の机から手帳とペンを取り出し、
「その日補講を受けた正確な人数は分かるか?」
 僕はまだしまってから日の経っていない記憶の引き出しを開けるとすぐに出てきた。
「えーと、男子が僕一人。女子は被害者の女の子含めて四人かな?」
 ヒメノはそれをスラスラと手帳に綺麗にメモをする。
「名前は分かるかい?」
「被害者の子しか分からないけど……。同じクラスの藤沢(ふじさわ)美希(みき)さん」
「藤沢……漢字は……分かるわけ無いか。ミキっと」
 ヒメノはぶつぶつ言いながら手帳に新たな情報を書き加えていく。
「そうだ。更衣室の場所を教えてくれ」
「いいけど、何か関係あるの?」
 僕が質問するとヒメノはため息をついた。
「それはこれから判断するんだ! こういうのはどんな些細なことから解決に結びつくか分からないんだ! 考えれば分かるだろう。それともアレか? 事前に関係があると分かっていないと質問してはいけないのかい? それならこの国は犯罪者で溢れかえるだろうね」
 これからは不用意な質問はやめよう。どこに地雷があるか分かったもんじゃない。
「えーと、まずプールは校舎の屋外の東側に設置されてて、一階の東側の通路かのみら行けるようになってる」
 ヒメノが頷きながらメモをとっているのを確認しつつ話を続ける。
「それで、男子更衣室はその東側通路の直前にあって、女子更衣室はその真上の二階にある」
 僕がそこまで言うとヒメノは質問を追加した。
「校舎はどんな形で、キミのクラスは何階にあるんだい?」
「校舎はロの字型でクラスは五階だよ」
 ほうほう、と頷きながら手帳に地図まで加えていく。
「ところで、ロの字ということは中庭があるんだよね?」
「そうだけど……」
 なんだ、これだけで何か分かったのか?
「つまり、中庭ではカップルが弁当をつつき合っていて、キミは入学以来中庭で弁当を食べたことがない。違うかね?」
「合ってるけど! 今度こそ関係ないよね? 絶対バカにしてるだけだよね?」
 綺麗な花には棘があるって言うけど、棘どころじゃないね。棘に猛毒がたっぷりと塗られていて、触れてもないのに近づいただけで発射してくる自動照準機能まで搭載されている最新型だ。恐ろしいな。
「まぁ、それはどうでもよくて、だな」
 やっぱどうでもいいのかよ。
「とりあえずハルが犯人ではないことは信じよう」
「ほ、本当?」
「そんなに食いつて来られるとまた疑惑が出てくるのだがなぁ」
「いやいやいやいや。やってないんだって!」
「ワタシが信じると言ったら信じるのだ」
 僕はようやく胸をなで下ろすことが出来た。
「でも、なんであれだけで信じれたの?」
 そう質問すると質問が返ってきた。
「仮にハルが犯人だとして、水着を盗んだ後どうする? 何も言わないから正直に答えたまえ」
「えーと、そのまま持って帰る、かな?」
 僕は多分赤面しながら答えると、
「……くたばれ変態」
「話が違うじゃん!」
 騙された。綺麗な花には自動照準機能搭載の猛毒がたっぷり塗られた棘があるのを忘れていた。
「もし仮にそうだとしたらこの話はおかしいのだよ。キミみたいな性癖を持った人間が犯人なら、二階の女子更衣室に忍び込んで水着を盗んだ後、一階の男子更衣室までわざわざ戻ることなんてあり得ない。そのまま自分の教室まで戻って鞄に大事そうにしまい込むのが普通だろ」
「僕が変態として話が進んでいるのは気になるけど、確かにそうかも知れない」
「ハルが変態だという前提がないのならこの話は見当違いだな。よし、キミが犯人だ。警察を呼ぼう」
 ヒメノはそう言って事務所の受話器を持ち上げたので僕は慌てて、
「分かりました、僕は変態です! 警察だけは勘弁してください」
 などと口走ってしまった。
「そうか、やはり警察を呼んだ方が身のためだな」
 僕はそれから冷たい視線を肌に感じながら必死にお願いを繰り返した。


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