導入すれば重婚や偽装結婚は増えると思う
最近多い偽装結婚だけど本命が出来ても結婚できない人が増えた
偽装結婚の相手に逃げられて音信普通なんて珍しい事では無いみたいな
部屋に一人も女の人がいないのに女性が一度も尋ねてこないのに複数の女性と書類の上だけの奥さんが沢山
死ぬまで本命にそっぽ向かれて童貞になってしまうかも
虚しいから愛人バンクに通ったら性病もらって泣き寝入り
なんて事になってしまう男性は?
最近は偽装結婚女性版もあるらしい
本命がいるのにセックスもせずに偽装結婚お金のため
だけど忘れるなよ!離婚したら戸籍にXが書き込まれる
初夜も無いのにバツイチなんて哀れ
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Sakura/6800/zissen/kyouiku.htm
夫婦別姓の教育学と言うサイトが見つかった転載します
ジェンダーフリーとか言うけど夫婦別姓推奨の理由が姓が変わると仕事が減ると言う話
結婚して旦那の姓になったら自営業は仕事が減ってしまったと言うのは嘘
実際はそんなに影響しないそうです
はじめに
家族というものを考えたときに「家族とは?」という質問に対し生徒は「一緒に住んでいること」「同じ苗字であること」「血がつながっていること」などなど、古典的とでもいいたくなるような意見が出てきます。
私自身は4年前に結婚しました。結婚で自分自身が姓の問題に直面してはじめて「夫婦別姓」という選択枠の存在を意識しはじめました。姓の問題を意識していると自然に「家族」というものについても考える機会が多くなってきました。さらに、趣味でやっているインターネットで姓の問題について探して、予想以上に多くの人が夫婦の姓について考え、意見を交わしていることを知りました。ネットに存在する人は、年齢も性別も居住地も分かりません。しかしこの世界のどこかに、同じように姓の問題で考え込んでいる人がいるのかとびっくりしました。そこで生徒達は夫婦の姓についてはどう考えているのだろうとある日授業で聞いてみました。「将来結婚したら彼の苗字になると思っている人!」本校は女子校なので九割以上が「当然」という顔をして手を挙げました(自分の姓については成長過程で、男性は姓の変更を「考えない」のに対し、女性は「結婚するとかわる」という刷り込みがされていることも見逃せません)。
さらにある日、某高校のレポートをインターネット上で発見しました。夫婦別姓について授業を受けた後の生徒の感想を載せているようでしたが、どんな授業をしたのか、なんの教科かは不明でした。その感想を読んで、そして今回の生徒の反応を見て、「なんという保守的な!」というのが私の最初の感想でした。総理府の調査によると3年前(1996年11月)ですでに「別姓を容認する」という考えを持つものは55%という結果がでているのに、生徒の考えはそれ以前の世論のようにも感じられました。しかし、今後生徒が自分のこととしてとらえていくうちに、もしかすると考え方はもっと多様になるかもしれないという思いがうまれ、授業をやってみることにしました。授業では私がインターネットで情報をかき集めてくるだけではなく、生徒にも探求させたいと思い、2単位ものの家庭一般という時間の制約はあるにせよ、「総合的な学習」への発展も考慮して、さまざまな視点からじっくりとこのテーマに取り組んでみました。
導入
将来結婚したら誰の姓を名乗るのか?(なぜそう考えるようになったのか、いつからそう思っていたのかを考えさせるきっかけを作りました。)
●展開
1
現行民法上での夫婦別姓とはどういうものか説明(今現在夫婦別姓を実践しようとする場合の手段)。
(1)婚姻届を出して法律上は夫婦同姓になるが、生活上は通称使用として、旧姓やペンネーム・芸名などを使用する。最近は通称使用を制度として認めている自治体や会社も増加しています。1997年に埼玉県庁が都道府県レベルで初めて県職員に公務での旧姓使用を認めました。1998年には宮崎県の県職員・議員が、1999年には山口県が内部文書に限っての旧姓使用を認めました。1998年の「職場での旧姓使用調査報告」によると、民間企業の1/3、官公庁の17%(’98年)が何らかの形で旧姓使用を認めています。しかし一方で、「戸籍名=正式な名前」と頑なに信じている人が多いため、「仕事なんだから正式な名前を使え!」と強要される場合もあるようです。また、通称使用ができる範囲はある程度決まっていますので、運転免許証・国家資格所得・病院や海外旅行(入官・ホテルなど)等で戸籍名がついてまわり、そのたびに煩わしい思いをしなければならないので、ある程度のストレスは覚悟しなくてはならないようです。
(2)婚姻届を出さないで法律上の夫婦にならないで事実婚という方法で結婚生活を送る。
事実婚と聞くと「正式な夫婦ではない」とイメージする人が多いようですが、法的には意外に補償されているのが事実婚です。法定相続人にはなれませんが、遺言によって遺産相続する事ができます。(相続税の問題はありますが、よほどの巨額でない限り、大差はないようです。)また、配偶者控除・配偶者特別控除が受けられませんが、両方が働いていれば関係ありません。民法752条の夫婦同居・協力・扶助の義務は事実婚でも発生します。離婚の際には慰謝料請求権・財産分与請求権・年金受給権もあります。相手の健康保険証にも入れ、年金保険の受取人になることも可能です。企業によっては結婚祝い金や扶養手当を支給してもらうことも可能ですし、社宅にはいることも可能です。事実婚で単身赴任になった場合にも手当てを支給した企業もあるそうです。
子どもについては危惧する人が多いようですが、「両親の姓が違う=差別につながる」という発想はあまりにも短絡的な発想のような気がしてなりません。差別する側を問題視するべきです。事実婚の夫婦に子どもが産まれた場合、一番の差別者となるのは法律ではないでしょうか?事実婚の夫婦の子どもであっても、婚姻関係の夫婦の、日常生活上は子どもは、「子ども」ですが、法制度上は「婚外子」となります。学校や企業などで提出を求められることの多い住民票や健康保険証は「子」で統一されますが、戸籍上は「男」「女」という表記になり、婚内子の「長男」「二女」の表記とは区別されます。(福島瑞穂のHPより)
(3)非常に混乱しやすいので、生徒には説明しませんでしたが、この他に婚姻届を出したり離婚届を出したりを繰り返す「ペーパー離婚・再婚」という方法もあります。日常生活では婚姻届を出した夫婦でいておいて、証明書などを発行する住民票や戸籍抄本が必要なときだけ、離婚届を出すという方法です。婚姻届、法律上の婚姻関係はただの制度にすぎない、双方が「結婚している」と理解し合っていればそれでよい、とドライな考えを持っている場合には、とてもユニークな手段だと思います。相手が同じ人なら女性の「再婚禁止期間」の適用も関係ありませんので、便宜上一日以上経過していれば離婚・再婚を繰り返すことは何度でもできます(とても面倒ですが・・・)。
~この時点では生徒の意見をできるだけ出させて、考えや思いを聞くのみにとどまります。「姓なんかどうでもいいやん。」というふうに、このテーマで授業をすることに対する抗議も意見としてはありました。~
2
宿題1:「夫婦同姓」の長所・短所、夫婦別姓の長所・短所を
(1)自分で考えてくる。
(2)既に結婚の経験がある人にも聞いてくる。
宿題2:姓を変更するときに同時に変更しなければならないもの(免許証など)はどんなものがあるかを調査してくる。
~この調査の時に、意見を聞く相手は親でなくてもいいということ、意見交換をしてくる必要はないということを押さえました。~
3
「日本では太古の昔から夫婦同姓が常識」は本当か?
◎日本ではいつ頃から「結婚」=「同姓」という考えが常識になってしまったのでしょうか?
生徒が婚姻に際しては、よほどの事情がない限り「妻は夫の姓を名乗るもの」と昔から決まっている、と思いこんでいるので現在の法律上の「夫婦同姓強制」が正確にはいつから実施されているのかを理解してもらいました。事実を伝えただけですが、大変驚いていました。ちょうどこの時間は授業参観でもありましたので、数名の保護者が教室の後ろで参観していましたが、保護者も驚きながら「へぇ~。」と言っておられたので、いかに世間的には夫婦の姓についての解釈が曖昧なのかを知ることができたのではないでしょうか。
歴史的建造物の多い京都にある学校ですので、どの建造物と夫婦同姓の歴史が同じなのかを考えさせました。(社会の教科書や図書館での年表調べをさせると、歴史的建造物が意外に身近に感じたようです。)
夫婦同姓の歴史[「夫婦別姓セミナー」福島瑞穂著・自由国民社/福島瑞穂のHPより]
*江戸時代まで
670年:日本初の全国的戸籍「庚午年籍」ができ、夫婦は同じ戸籍に入っても別姓だった。源頼朝と北条政子、足利義政と日野富子のように、日本は伝統的には夫婦は別姓である。
*明治から第二次世界大戦終了まで
1760年(明治3年):太政官は平民にも姓の使用を許可する。これにより、庶民が姓の使用始めた。
1867年(明治9年):太政官指令・内務省指令では「結婚後も女性は改姓しない」と している。(福沢諭吉は「新婦人論」で結婚後の姓は結婚後に新しく作ってはどうか(例:山田+中村=田中)と言っている。)
1898年(明治31年):明治民法公布・施行
◎788条「妻は婚姻に因りて夫の家に入る」
◎746条「戸主及び家族は其の家の氏を称す」と規定。
この民法の特徴は「家」を中心とした封建的上下関係です。この法律では女性には、財産の管理・運用、子どもの親権が認められていませんでした。また、婚姻の際には「家長」の同意が必要でした。この明治民法により、氏は家の称号であり、婚姻後は妻は婚家の家の称号を強制されるという結果になりました。現在の夫婦同姓強制とはまったく違う意味を持っているが、イメージとして意識化に残っているのは事実です。今でも、結婚は「家」と「家」がするものだと思っていたり、「嫁に行く」「嫁にもらう」という言葉が使用されていることからもそのことは伺えます。結婚した娘に「もう、よその家の人間(嫁)になったんだから…」という表現もよく聞きますが、これも明治民法下の意識の名残といえます。
*第二次世界大戦後
1946年(昭和21年):日本国憲法制定
日本国憲法の制定により、「家制度」の廃止と、「男女平等」が民法改正の二大目標となりました。
◎24条:「婚姻は、両性の合意に基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」
1947年(昭和22年):民法の親族編・相続編の改正
民法の改正を受けて「家制度」は廃止され、法の上では男女は平等になった。
◎750条:「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。」
この法律上では、婚姻の際に夫婦の協議でどちらの氏を使用するのかをの決定をすればいい、ということになっていますが、現実では夫の姓を名乗る夫婦が全体の98%以上となっています。法の上では、夫が妻の姓を名乗ったとしても、それはだたの一選択をしたにすぎませんが、一般的には明治民法の意識が色濃く残っているため「婿養子」と呼ばれることがある(正式には「養子縁組届け」を提出し、受理されたうえでの「婚姻」であった場合のみを「養子」と表現。)。「婿養子」という表現はあまりいい意味では使用されていないため、男性が姓を変えることを拒む原因にもなっています。
1955年(昭和30年):法務省・法制審議会が民法の見直し案を発表、「夫婦別姓選択制(婚姻後も望めば別姓にすることもできる)」は「保留事項」として検討されている。
1976年(昭和51年):民法767条:婚氏続称制度制定。婚姻により改正をした人が離婚をした場合、従来は強制的に旧姓に戻さなければならなかったが、離婚3ヶ月以内に届け出をすれば婚姻中の姓を名乗ることができるようになった。
1984年(昭和59年):国籍法改正。国際結婚をした夫婦は従来「別姓を強制」されていたが、この法律の改正により国際結婚は「同姓・別姓選択制」となった。
1985年(昭和60年):女性差別撤廃条約に日本も批准。これを受けて、「夫婦別姓選択制度」について活発な議論が始まる。
1990年(平成2年):総理の私的機関である婦人問題企画推進有識者会議は夫婦別姓選択制の問題の検討を開始。
1991年(平成3年):婦人問題企画推進本部が2000年に向けて「新国内行動計画」を決め、夫婦別姓選択制の実現を盛りこむ。さらに、法務大臣の諮問機関である法制審議会の民法部会は民法の結婚・離婚規定の見直し作業を始める。
1994年(平成6年)7月:法制審議会は「婚姻制度等に関する民法改正要綱試案」を発表(資料A)。各界の意見を広く求めた。
1996年(平成8年)2月26日:法制審議会が法務大臣に審議の結果を「民法の一部を改正する法律案要綱」(以下「要綱」)を答申。要綱では子の姓は婚姻時に婚姻届を提出する際に決定しておくということが大前提となっていたため「結婚=出産・子育て」という考え方をを定義づけてしまうという危惧があり、要綱がそのまま民法改正として受け入れられては困る、といった動きもあった。しかし、もし、この改正が実施されれば、戦後の憲法改正にともなった改正以来の大改正になるということで、新聞をはじめとしたマスコミで話題になった。平成9年度の家庭一般や現代社会の教科書や副読本にもこの「要綱」は「民法改正案(A案・B案・C案)」(資料A)という形で掲載されている。この後、民主・自民などの政党が独自の改正案を考え始めた(資料B)。しかし、通常国会では、一部議員の強硬な反対のもと、審議されることが無く『時期尚早』ということで、廃案。
1997年(平成9年):’96年の要綱をもとに新たに作り直した民法改正案(資料C)を提出。しかし国会で審議されることなく廃案。
1998年(平成10年):民法改正案再提案。またもや国会で審議されることなく廃案。
1999年(平成11年)12月15日:臨時国会会期末に再々提出された民法改正案は、会期末の慌ただしさの中で衆議院ではかろうじて継続審議に、参議院ではすぐに廃案。
2000年(平成12年)1月20日:通常国会に衆議院より民法改正案を再々々提出。
2000年1月29日の再々々提出は初の通常国会冒頭の提出ですので、今までよりはいくらかは期待できるかも知れませんが、相も変わらず「時期尚早」(いったいいつまで「時期尚早」なのか?)という議員の声もあるようですし、現在の国会の状況を見ていますと、先行きはあまり明るくなさそうです。結婚を民法改正後にと、5年も先延ばしにしているカップルもいるそうです。「すでに法は改正されたもの」と思っている方もいるようですが、現実はこのように遅々とした状況です。(2000年2月10日現在)
4
世界の人は結婚後の姓をどうしているのか?
(配付資料D:世界の夫婦の姓)
世界中の人が結婚すると夫婦は同姓になると思いこんでいる生徒もいるので、そうではない、むしろ日本は少数派なんだということに気づかせました。また、日本の法律では夫婦同姓にする際には、夫の姓でも妻の姓でもどちらを選択しても良いことになっているという点も説明しました。「妻の姓を名乗ること=婿養子」という考え方が、一般的になっている理由についても、明治民法の説明と併せてしておくと、誤解が解けます。(姓というものにおける女性の地位についても考えさせるきっかけにもなります。)(この時、婚姻届(資料E)の印刷したものを配布し、実際に書いてもらいました。更紙に印刷したものですのでもちろん役所に提出することはできませんが、生徒は思い思いの相手を「夫になる人」の欄に記入し、楽しんでいました。そんな中で「レ」というチェックだけでその後の自分の姓が決定してしまうということを付け加えました。生徒は予想以上に驚いていました。
5
同姓VS別姓
★全員に宿題の答えを一つずつ聞き板書しました。(「一人一つは答えること」として発表させるというのは思いのほか時間をとりました(一クラスにつき1時間は必要となるでしょう)が、全員の意見を集めることは日頃意見交換をする習慣のない生徒にとっては大変有意義なものになったようです。一時間以上の時間をかけるだけの価値はありました。
生徒の発表した意見(要約)
<夫婦同姓の長所>
*結婚していることが人から見て分かる。*結婚した気持ちになる。*一体感がある。*安心する。*好きな人と一緒の姓はうれしい。*みんなと一緒のことだから。*当たり前のことだから。*子どもの姓のことで考えなくていい。*二人で同じものを使うことができる。*電話で困らない。*男の人に吸収されたようでうれしい。
<夫婦同姓の短所>
*姓の変更の手続きが面倒。*離婚するときにまた面倒。*今までの自分がなくなってしまうようで嫌だ。*自由でなくなるような気がする。*男が姓を変えると婿養子といわれる。*親と別れたみたいで淋しい。*結婚したことが言わなくてもばれる(プライバシーの問題)。
<夫婦別姓の長所>
*自由な気がする。*面倒な変更手続きをしなくてすむ。*わざわざ人に言わなくてもいいので楽。*自分が今のままでいられる気がする。*よその家の子どもにならなくてすむ。*昔からの友達ともそのままつきあえる。*男の場合、婿養子といわれなくてすむ。*仕事の上で都合がいい。
<夫婦別姓の短所>
*わがままをしているように見られる。*夫婦に見えない。*淋しい。*浮気しそう。*子どもの姓で困る。*電話とか、郵便物で困る。*家族がバラバラのよう。*近所の人とかに変に見られそう。*お墓が困る。
―― 生徒達の意見全掲載 ――
生徒の意見は本校が女子校なので、すべて女子生徒の意見になってしまっていますが、共学で男子生徒もいる中で同じように意見を集めればさらに、男子生徒と女子生徒がどのように違う感覚の中で育ってきたのかということが浮き彫りになるのではないでしょうか。女子生徒の意見の特徴は特に<夫婦同姓の長所>の所に現れていると思いました。「結婚するということは男性に尽くすことのはじまり」というような考えが見え隠れしています。極端な意見としては「吸収されたようでうれしい」という、男性の支配下にはいることを喜びとしてとらえてしまっていることも考えられます。
生徒の意見の中に別姓の短所として「お墓が困る」というものがありましたが、これも夫婦同姓の歴史同様に、「太古の昔からの風習」ではありません、という説明をしました。「先祖代々のお墓をどうするのか?」という疑問は家制度が崩壊すれば、当然浮上してきます。お墓という死と直結するものの存在、魂とか霊とかの存在も無視できない世代となると、「そんなんどうでもいいやん。」とはなかなか考え難いようです。しかし、「先祖代々のお墓」という概念が一般庶民にまで広がったのは、江戸時代に檀家制度ができたからであって、さらに「○○家の墓」というものが普及したのは家制度が確立した明治30年以降のこと、決して「太古の昔から」ではないということ、お墓は現在生きている人たちの幸せの形によって変化していいはずのものということ、最近は記念碑的な墓が増えていて「君を忘れない」とか「安らかに眠れ」といった言葉が石に彫ってあるものなども「おしゃれなお墓よね」などと話をしますと、「お墓が困る」という悩みは少し解決に向かうようでした(こういう問題は実際に問題に直面したときに、それまでそのことについてどれくらい考えてきたかが、そのときの考え方に大きな影響を及ぼしますので、トピックスとして話ができたことは良かったのではないかと思います。)。
生徒は自分の両親、祖父母を中心にすでに結婚している兄弟や近所の人、親戚など実に様々な人から意見を徴収してきました。そして「どうしてそんなに同姓がいいと思ったんだろうか?」「別姓はそんなに悪いことなんだろうか?」といった疑問を抱えて授業に臨むようになってきました。クラスメイトの意見を板書し始めたときは「そんなんどうでもいいやん」などと、多少投げやりな発言もありましたが、クラスの全員から意見を吸い上げていくうちに日常では聞くことのできない人(自分のグループ外の人など)の意見を聞くことができ、「なるほど、そういう考え方もあるのか。」と、多様な意見を受け入れる体制ができてきました。
★さらに、どの意見にも反対で、どの意見にも賛成だという説明を教師側から入れました。
教師の個人的感情は生徒には「意見の押しつけ」と取られることも多くありますが「最後に考えるのは自分自身」という結論に導くために、教師は「別姓反対派」になり、「別姓支持者」を批判したり「別姓支持者」になり、「別姓反対派」を批判して、「あ~、私はその意見の方が好き。」といったような自分に近い感情を探っていってもらいました。
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新聞記事を読ませ(配付資料F:毎日新聞1996.6.26朝刊・朝日新聞1996.12.19朝刊)夫婦別姓の抱える問題点を考えてもらいます。「どう思った?」という発問に生徒は両性の立場にたって姓の問題を考えるようになりました。男性は結婚したら妻は自分の姓になるものと思いこんで生活しているので夫婦別姓や妻の姓を名乗る同姓を実際にした場合、自分自身のアイデンティティの揺らぎにとまどい、女性も将来は自分は姓が変わるんだと思いこんで生活してきたはずなのに、実際に姓が変わると、思っていた以上にとまどうという事実を知ることができます。私は自分自身が受けたショックやとまどいを実体験を中心に話をしました。すると、生徒から「根本的な失敗は結婚前に夫となる人とじっくり話し合いをして相互理解のもとで夫の姓を選ばなかったことだ」ということを指摘されました。
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明治民法(昔はこうだった)と現行民法(今はうなっている)と何を改正してほしいと思うか(こうなるといいんじゃないかな?)を説明しました(資料C)。特に夫婦の姓についての問題は女性の地位や尊厳にも大きく関与していること、現行民法に今なお残る女性差別の実体(婚姻年齢の男女差など)を「なぜ今の時代に残っているのか」を自分たちで考えさせました。
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マスメディアからの影響について説明しました。最近結婚した芸能人の結婚(入籍?)報告記者会見を週刊誌やビデオでワイドショウを見る限りでは、皆が当たり前のように<交際>→<同棲>→<妊娠>→<入籍>(→<結婚式>)→<出産>という経過をたどっていることに気づかせます。いわゆる日本の常識というもは<交際>→<結婚式>→<入籍>→<妊娠・出産>だったはずです。そのうち「妊娠は結婚より先」が「常識」になってしまうかも知れません。どちらが良い悪いは抜きにして、ここでは私たち視聴者に対するマスメディアからの刷り込みについてふれておきました。
★「当たり前」とか「常識」といった曖昧な考え方に左右されないで、自分の考え方をまとめておくことと、相手との話し合いが大事であることを説明しました。
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ファミリーアイデンティティ(本人が家族をどのように認知するか)(家庭一般~豊かな家庭生活を共につくる~教師用参考資料・大修館書店より)と姓について考えさせます。
生徒は「どういうものを家族と定義するのか」ということは実は心の底で知っているのです。「心と心が通い合っていない、口も聞かないような関係を家族というより、一緒に食事をして楽しい人(吉本ばなな「キッチン」福武書店より)や、お互いの意見をいっぱい言い合えて分かり合える関係の方が家族って感じがする。だから私は血がつながっていなくても、姓が一緒じゃなくても本人らが家族だって言えば家族なんだっていう考え方に賛成です」このような生徒の意見を聞くこともできました。ファミリーアイデンティティ、つまり「これが家族だ」と本人らが言い、満足しているのであれば、血族でなくても、同姓でなくても、戸籍が一緒でなくても「それが家族」というものになるはずです。
男であれ女であれ、自分自身を大切にしたいという思いは同じはずです。女性が「自分の意見を主張するより、男性の意見を尊重することの方が美しい生き方だ」と刷り込まれ、自分自身を表す重要なものとしての姓さえも「そうするのが常識」というもっともらしい言い回しで、よく考えないで(時には喜んで)姓を変更してしまっているのが日本社会の現状です。一方男性も「自分の姓は一生のもの、妻になる人は自分の姓になって当然」として、まるで結婚することは自分の支配下に女性をおくことのような考えも、いつの間にか当然の考えとして彼らの意識に刷り込まれています。刷り込みがまだ浅く、自分自身の意見になってしまう前に「自分を大切にしたい」という思いに男も女も関係ないということを、多方面からさまざまな形でアプローチしていくことは重要なことだと思います。
授業を終え、「将来結婚するときは、自分の意志で姓を変更するのかしないのかを決めようと思った。」という感想を聞き、「自分の名前は自分自身を表すもの」→「名前は人格権」→「名前(姓)を大切にしたい」→「自分自身を大切にしたい」というつながりを彼らが持ってくれたことを確信しました。