私が政治ブログに来た理由
中央の小柄なシルクハットが、私の曾祖父・初代伊藤萬助。
明治16年伊藤萬KKを創立した。
大正・昭和初期隆盛を誇った商社であったが、平成になって、住友銀行の手に移り、イトマンと改称。1993年、110年に渡るのれんを閉じた。
曾祖父は質素倹約で、勤勉だったが、彼が一代で成功者になれたのは、明治時代いちはやく外国貿易に着目、英国のラシャを独占的に商ったからだ。
貧乏から身を起こし、一代にして千万長者になったが、一族の栄華は100年で終わった。
私は、GHQによる財閥解体で、弱体化した時代に生を受け、ひたすら会社が傾くのを感じながら育った。
イトマン事件も、その後の終焉も、伊藤一族の手を離れた出来事ではあった。
けれど、私は知りたい。悔しくてたまらないから。
曾祖父の夢を食い物にしたのは誰?
ウィキペディアで調べても数千億円のイトマンの資産がどこに消えたのか、いまだに不明だと言う。
あやしい三国人・許永中、突然重役に入り込んだ伊藤寿永光、これは、暴対法ができて、暴力団が闇の世界から光の世界に出てきた典型的な事件だ。
間違いなく政治が一枚かんでいる。
消えた数千億はアメリカのハゲタカにやられたと言う人もいる。
そもそも、明治時代新参者の呉服屋と取引する英国商人といえばユダヤ系としか考えられない。
曾祖父が英国商人と結んだ経緯は、どこにも語り残されていないが・・・
最初与えて、最後に奪った・・・ユダヤ金融。
そこにむらがる政界と財界と暴力団。
どこを見ても同じ構図が社会を覆っていると私は思う。
曾祖父の汗と涙と血の結晶を「無」にしたのは誰?
はじめ阿修羅で、左翼系のブログに出会い、保守系に渡ってきたけれど、つねに私の疑問の中心は、そこにあった。
曾祖父の夢をくいやぶったのは誰?
必ず、それを解明して、大阪一心寺の曾祖父の墓前に、報告に行く。
わかったからといって解決することも、世の中を変えることもできないことは分かっている。でも、せめて究明して、自分なりの答えを見つけたら、曾祖父の墓に報告に行く。
それが、私が、政治ブログに首を突っ込み、暴力団の動きをみつめ、その背後にある外国勢力を見抜こうとする動機。
女たちは男たちの夢を支え、夢の終えた後は、夢のかけらを拾いつなぎ合わせる・・・
イトマンを食いつくしたのは「山口組」だとは聞いていた、けど、最近あれこれ検索して、どうやら「五菱会」だったらしいと気付いた・・・
私は暴力団のこと、書いてもいいでしょう?被害者なのだから。
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コメント(16)
そっか、シナブー(支那豚)が、
【反日工作員】だったんだね。
朝鮮ヤクザと絡んでるんで、
かぐやひめさんのエントリーが邪魔でしょうがないんだね。
「シナの真実」なんか書いてるけど、
実は、どっかから「かすめ取ってきた情報」で、
“シナ人ぶってる”だけだって事が分かった。
全く、最近の工作員も「手が込んで」きてるよね。(笑)。
かぐやひめさん、騙されちゃダメですよ!
2011/1/28(金) 午後 10:57 [ 椿 ]
こだわりを持つことは、必要なことだと思います。
ましてそれが自分の出自に関することならなおさらです。
でもそれに足をとられることなく、前を見てゆくことも大事なことです。
人間には、主観と客観そして、かぐや姫さんが持たれている信仰心で証明される共観というものがあると私は思っています。
人は、同時に多くの事柄感じ、考えることが出来ます。人が迷うのもそういう自分の可能性を自覚できないからだと思います。
このブログを通して、真実追求の過程を見せていただいてますが、それだけではない、かぐやひめさんの世界も(心の世界も)広げていってほしいと思っています。
すいません、今日はなぜかこんなことを書いてしまいました。
2011/1/29(土) 午前 1:04 [ NICK ]
>曾祖父の汗と涙と血の結晶を「無」にしたのは誰?
詳しいことはわかりませんげど、イトマン消滅の最大の功労者は磯田一郎ですよ。
住友の伝統を汚した意味でも。
2011/1/29(土) 午前 2:00 [ ぶさよでぃっく ]
どんな事業家も、ある一定レベルへ到達すると、必ず踏み絵を踏まされる。又は脅しを受けるようです。
曽祖父さん、カッコ良いですね!
2011/1/29(土) 午前 2:28
俺は俺さん
来てくださってありがとう。ってことはお許しを頂けたのですね。
2011/1/29(土) 午前 3:33 [ かぐやひめ ]
ぶさよでぃっく様
そのとおりです「イトマン事件」と呼ばれているが、真実は「住友事件」だと書かれたものがありました。
磯田があって河村がありえた。
2冊イトマン事件の本を読みました。
あまりにも、ぐちゃぐちゃで短期間に多くのことが、唐突に起こって莫大なお金が動いているので、実際になにがあったのか、理解できませんでした。
父の葬儀に(H7)来てくださったもと伊藤萬の社員のみなさんが、悔しそうにされていたのが、印象的でした。
しかし、結局は会社も、家も絶える運命を背負いました。
その理由にはいろんなことがあり、NICKさんがおっしゃるように「他人のせい」ではなく、自ら呼び寄せたものです。
ただ、残されたものは、過去の事実から「何か」を汲みだし力にしなければならないと思います。
曾祖父が子孫の私に伝えたいものは、何か!
私が、地域でさまざまな組織を作り運営しているのを見て「先祖の血」のなせる技だと言われたことがあります。
それまで、自分とはまったくかかわりがないと思っていた曾祖父を身近に感じ始めたのはそのときからです。
2011/1/29(土) 午前 3:49 [ かぐやひめ ]
背景に「シナ」がいるなんて、「シナの工作員」とそしられるまでは、全然考えなかったけど・・・最近あやしいと思うしかなくなりましたね、椿さん。
なんで、それこそ、どういう根拠で唐突に「シナ」が出てくるのかまったくわからない。
それなのに、「根拠のないことを書くブログは、信用できない主義」のはずのぶさよでぃっくさんみたいなインテリがそちらの肩をもつなんて・・・がっかりを通り越してしまった。
つまりシナ豚には理があるわけ?
それを全部書いてみてよ・・・
向こうは、コメント欄に「シナの星」をちりばめて印象操作してたのよね。あれは、そういうことだったんだ。やっぱり削除が正解だったんだね。あれだけは直感的に削除物件だという気がした。
まあ、悪あがきってことだから・・・
見抜いた人は、私たちだけじゃないし
2011/1/29(土) 午前 4:32 [ かぐやひめ ]
貴方、シナそのままですね。
日本語がまったく分かってない。
面白い事態を自らありがとう!!
待った甲斐があった。
英語ででも書こうか?
もう、拡散したけど(ド笑)
2011/1/29(土) 午前 5:22
かぐやひめさんの曾祖父さんが凄い人だったと知りびっくりしました
かぐやひめさんが只者ではないとは、分かっていましたが
想像以上の家系で驚きました
ねずきちとの対決は曾祖父さんが導いてくれたのかもしれませんね
2011/1/29(土) 午後 0:26 [ リストラ8994 ]
リストラ2011 さん
ひいじさんが、導いてくれたと私は思っています。
だから、ねずきちの背後か、彼の動いている仕組みの中に、曾祖父の敵がいるのだと思うのです。
ついでに、銀行もひどい目に遭ってきましたが、三和銀行の前身の「山口銀行の山口家も、私の父方の傍系の祖です。
いずれ、翻弄した相手は同じだと思っています。
2011/1/29(土) 午後 0:55 [ かぐやひめ ]
早く死ね かぐやひめ
2011/1/30(日) 午前 4:24 [ 保守 ]
(暗号解読)
>早く死ね かぐやひめ
朝早くから必死ね かぐやひめに苛められて 可愛そうな朴
2011/1/30(日) 午前 5:03 [ 保身守銭奴 ]
>早く死ね かぐやひめ
>2011/1/30(日) 午前 4:24 [ 保守 ]
ついにグーの根もでなくなってきたか(w
あっ!そうそう。
今日のハイパーメディアマルチ保守(wブロガーさんが
↓こんな事言っていましたねぇ・・・
ttp://megalodon.jp/2011-0130-0706-25/nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1157.html
随分と必死なようです。(爆W
2011/1/30(日) 午前 7:17 [ oustkdfumofoo ]
>見抜いた人は、私たちだけじゃないし <
↑
ご明察!!!!
2011/1/30(日) 午前 8:29 [ 椿 ]
>ただ、残されたものは、過去の事実から「何か」を汲みだし力にしなければならないと思います。<
↑
本当ですね、その通りです。
>私が、地域でさまざまな組織を作り運営しているのを見て
「先祖の血」のなせる技だと言われたことがあります。<
↑
ご先祖様の血が脈々と、かぐやひめさんの中に
シッカリと息づいているんですね。
それを子や孫に伝えて行くのも、
かぐやひめさんの【使命】だと思います。
ご先祖様の成し遂げた事は大切にし、
成し得なかった事は、【恩返し】として、
子や孫らが、成し遂げて行けば良いと私は思います。
>それまで、自分とはまったくかかわりがないと思っていた曾祖父を身近に感じ始めたのはそのときからです<
↑
命をつないで下さったご先祖様の事は、
決して忘れてはいけないと思います。
ご先祖様と私達は、いつも一本の線で繋がっていると思います。
2011/1/30(日) 午前 8:38 [ 椿 ]
椿さん
一族が失ったものは「名前」だけでした。
財産は「オーナー」だから、しっかり握っているんですよ。ただし子孫の数がはんぱじゃないから、私のとこまで回ってこないだけでね。
大震災の時に、本家が数カ月六甲山ホテルに疎開したと聞いて「金持ちやなあ!」と驚きました。
ひるがえって河村社長なんか「駒にされただけ・貧乏くじをひかされただけ」です。
だから、一族は冷めた目で事件を見ていました。
2011/1/30(日) 午前 8:43 [ かぐやひめ ]