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[11078] 【リメイク開始】或る執務官(なのはオリ主物)
Name: オヤジ3◆aaab139d ID:f7b08575
Date: 2011/04/23 01:49
 どうも、ダメな人です。もう開き直りました。
 或る執務官リメイク、もう何か月ぶりか……いや、そもそも一年以上経ってる気もひしひしとしますが、開始であります。それにともない、古い奴は消しちゃったZE!
 まあなんですか、楽しんでいただければ幸いです。あとこっちは基本シリアス路線つっぱしりーの主人公弱いーの作者ダメ人間だーのですので、ゼットンさん的なギャグは入りませんよ。まあ作者は一緒ですけど。ふざけてるのはこの前書きくらいなもんです。
 では、そういうことで、是非御観覧を。そして感想プリーズ。あと待っていてくださった方、本当に長らくお待たせいたしました。

 或る執務官、心機一転始まります。



 2011/4/23 再開始



[11078] 第一章 一幕
Name: オヤジ3◆aaab139d ID:a3d7bf23
Date: 2011/04/23 01:49

 第97管理外世界、地球。文明レベルはC(高度文明。ただし魔力か、それに類するエネルギー利用技術を社会的に保有、もしくは利用してはいない)。未だ地球以上の規模の世界に(表向きは)相対したことのないこの世界では、連邦政府は存在しておらず、数多くの国々が存在している。
 その国々の内のひとつ、イギリスはイングランド南東部ケント州にある都市、カンタベリー。古来より多数の人々によって栄え、今尚その繁栄を衰えさせることのない古都市である。そんな場所、カンタベリーには、巨大な聖堂があった。
 カンタベリー大聖堂。英国国教会の総本山であり、また、カトリックにとっても重要な意味を持つ教会。

 そして、もうひとつ。イギリスにとって重要な意味を、この教会は持っていた。

「──いやぁ、遠路はるばるご苦労様です。ささ、こちらにおかけください」

 一般公開されていない、教会の聖職者達のみが立ち入れる空間。その中にある、比較的豪華な一室。応接間とおぼしき場所に、三人の男がいた。
 ひとりは、かっぷくのよい中年男。その服から、彼が司祭であることが知れる。まるまると肥えた腹に丸い顔、目じりに寄る皺は彼の人柄の良さを象徴しているかのようだが、ただひとつ、ちょこんとかけた丸眼鏡の奥の瞳は鋭い光を放っていた。
 次に、精悍な顔立ちをし、白髪をオールバックにした男。黒いスーツの上からも分かるほどに鍛え上げられたその長身は、見上げるだけで他者に威圧感を与える。彼は、三人の男達の中で唯一椅子に座らず、部屋の隅に立ち瞑目していた。
 そして、もう一人。司祭の対面に座り、白髪の男を後ろに従えた男。従者と同じく黒いスーツに身を包んではいるが、従者が見るものに折り目正しい印象を与えるのに対し、彼は不真面目な印象がある。特に身だしなみが汚いわけではなく、服にしわがあるわけでもなく、しかし、どこか“ズレた”雰囲気。そういうものを、男は身にまとっていた。
 司祭の言葉に、男はズレた眼鏡を直しつつ答える。

「いや……長旅、と言うほどのものでもありません。ご心配にはおよびませんよ」

「ふむ。転送ポート、でしたかな? いやはや、便利なものだ……実家とここの間に、一台欲しいものですね」

「ははは、便利すぎるのも考え物です。人間やはり、少しは歩いた方がいい」

 黒髪に黒い眼、若干黄色く見える肌。この世界で言えば東洋系の顔立ちをしている男は、しかし東洋人ではない。それどころか、この世界の住人ですらない。
 男は、地球とは違う世界の連合体、次元世界群とでも言うべきか、とにかくそういうものの治安を総合的に維持している組織の一員だった。時空管理局というその組織は、地球的感覚で言えば、若干力の増した国際連合。彼は、その組織の中でもかなりの地位にいるらしい。

 まあ、なんにせよ、司祭にとって、男が得体の知れない存在であることに違いはない。

「──ニコラス・J・ウィリアムズです。はじめまして」

「ああ、これは。ナハト・セミナリオです。こちらこそ、はじめまして」

 そしてそれは、男にとっても同じだった。



 時は、少しだけ遡る。
 時空管理局、本局。コンペイトウのような形をした巨大次元航行艦の中でも、中枢が集まるエリア。その一室に、ナハト・セミナリオはいた。
 その部屋にはもう一人、中年の男性がいた。名前はアルバート・ロウラン。時空管理局の精鋭執務官を束ねる長であり、自身も強力な魔導師として第一線に立ち続けている男だ。40の壁に差し掛かってもその壮健は変わることなく、前執務官長に勝るとも劣らない傑物として尊敬を集めている。彼の前に立った局員は皆緊張に背筋を伸ばし、畏敬の意を持ってその重い口が開かれるのを待ち、その言葉に感嘆の吐息を漏らすのだ。
 だが、物事にはなんにせよ例外が存在する。例えば今、アルバートの目の前にいるこの男、ナハトなどは典型的例外だった。軽視するわけではない、だが、緊張するわけでもない。それどころか、不機嫌そうな顔付きで持参したピッチャーになみなみと入れた水を飲んでいる。

 実際のところ、ナハトはかなり不機嫌だった。
 昨晩(本人によると)少しばかり飲み過ぎて、気分が(これまた本人によると)少し悪かったからだ。

「──セミナリオ執務官。二日酔いかね?」

 執務室の応接用ソファに深く腰掛けた部下に対し、ガラステーブルを挟んで対面に腰を下ろしたアルバートは、軽い呆れの目線をくれる。

「あ゛ー……はい、ぞうみたいですねぇ。もうね、あだまが痛くてもうね……スンマセン、水飲んでいいっすか?」

「今更だろう。とにかく、水を飲みながらでいいから聞いてくれ。面倒なことになった」

 ピッチャーから直に水をがぶ飲みしている部下をテキトーにスルーしつつ、アルバートはテーブルの上にばさりと紙束を放り出した。それから少し離れた場所にピッチャーを置いたナハトは、目線だけで確認を取る。
 アルバートが肯いたことを確認したナハトは、無造作に紙束を取り上げ、目を通し始める。

「……うわぁ」

 そのタイトルを見ただけで、ナハトは事態の面倒くささを理解した。

「これ、マジモンですか? 別の意味で頭が痛くなってきたんすけど……」

「残念ながら、事実だ。“あの”闇の書の守護騎士が、管理外世界を中心としたエリアで暴れまわっている……今のところ実質的被害は出ていないのが救いだが、時空管理局としては放っておくことはできない。しかし……」

「よりにもよって、管理外世界で目覚めた可能性が高い、と来ましたか……なんつか、ホント面倒なことになりましたねえ」

 時空管理局は、「管理世界のための」組織である。ということは、「管理外世界の平和を維持する」ことや、「管理外世界の崩壊の危機を救う」ことは、本来彼らの業務ではない。もちろん交流があり、要請があれば動くこともあるが、それはあくまでオマケである。
 だが、管理外世界の問題であっても管理局が動く「義務がある」時がいくつかある。例えば、管理世界の住民が管理外世界に渡航し、問題を起こした時。例えば、当該管理外世界の異変が、管理世界に悪影響を与える時。そういった時、時空管理局は「管理世界の平和と安寧のため」動かざるを得ない。
 例えば今回の場合、一番問題なのは、発見されたロストロギアが「闇の書」であるという点だ。これがどうでもいい非力なロストロギアであったり、もしくは当該世界の技術によって製作されたものであれば問題はないのだが、このロストロギアは「明らかに周辺世界に壊滅的打撃を与える」「少なくとも当該世界の文明では逆立ちしても利用することすらできない」物品である。だからこそ、この案件に時空管理局は介入せざるを得ない。
 得ない、のだが……

「……無理ですよ。この世界、世界内の連合が成立してからまだ2~3世紀も経っていないトコじゃないですか……いくらなんでも常識が違いすぎて、交渉仕切れません。パイプだって存在しないし……半年前ここで事件があった時も、現地勢力といざこざがあったって話しじゃないですか」

「ああ……だが、我々は放っておくわけにもいかない。その時は本拠を次元空間に置き、ピンポイントに兵力を送ることでなんとかごまかしたが……今回は捜査活動がメインだ。そうするわけにもいかないだろう?」

「しかし、交渉するにしても相手が……」

「……それについては、なんとかなる」

 渋るナハトに、アルバートはもう一枚書類を見せた。
 それを見たナハトは、訝しげに眉を潜める。

「……これは」

「ギル・グレアム。当該世界出身の、管理局員だ。彼が管理局に所属する際に、現地の組織との若干の交流があったそうで、今回の案件に協力してくれるらしい……知っているな?」

「知っているもなにも、歴戦の英雄にして前執務官長、知らなきゃモグリの超有名人じゃないですか。個人的に付き合いもあります。しかし、このクラスの人間の協力を取り付けたと言うことは……」

「そう、これは決定事項だ。君にこの任務を拒否する資格は無い」

 うえぇ、と嫌そうな顔をするナハトに、アルバートはずいと顔を突き出した。その鋭い眼光が、拒絶を許さない力となってナハトの体に突き刺さる。

「ナハト・セミナリオ執務官。君には当該管理外世界、第97管理外世界『地球』との交渉をしてもらう。まずは『地球』に存在する国家のひとつ『イギリス』へ飛び、ギル・グレアム特別顧問に指示を仰げ」



「──と、いうわけですよ。酷いと思いません?」

「はっはっは! アルバートも言うようになったものだね、頼もしい限りだよ」

 イギリス、ギル・グレアムの別邸。管理局局員であり、次元世界に本宅を持っているグレアムの故郷における家であり、退官後のマイホームとして購入した家でもある。古めかしい外観の母屋に四季折々の花が咲き誇る美麗なイングリッシュ・ガーデン、それはイギリス家屋のスタンダード・オブ・スタンダードとも言えるような家であり、彼の母国に対する深い愛情と誇りが垣間見られる家だった。
 その庭先、しっかりとした木製のテーブルをはさむようにしてニ脚置かれた椅子のひとつに、ナハトは腰かけていた。傍らに補佐官であるクーガーを控えさせた彼は、はあ、と溜め息をつきながらサーブされた紅茶をすする。
 そんな彼に、対面に座るこの家の家主──ギル・グレアムは、にこにこと話しかけた。

「いやはや、なんともご苦労なことだ。こういう地味な、しかも面倒な裏方仕事は、最も嫌がられるものだろう? 特に、君のような若い人間にとっては」

 その言葉に、ナハトは左胸のあたりをぽんぽんと叩きながら苦笑を見せる。表からは執務官服に隠れてなにも見えないが、そこには明らかに硬いなにかが入っていた。

「……俺は魔導師っつってもDにも満たないヘボですから、こういう仕事しかできないんですよ。肝心の獲物も「コレ」ですからね、高ランク魔導師やらロストロギアなんかが出てきた日にゃあアウトなんですわ」

「ふむ、しかし、そんなハンデを抱えながら最年少執務官となった君は、やはりたいしたものだと思うよ。そもそも本来、執務官の業務に魔導師として能力は必要ないんだ……私はね、君に期待をしているんだよ」

「よしてください、俺は期待されるような人間じゃないです」

 執務官の仕事とは、「法務」と「捜査」である。この内「法務」に魔導師能力が関係ないことは自明の理であるし、同時に「捜査」も本来なら魔導師能力など必要ない。然るべきときに然るべきツールを使用することができ、そして粘り強さがあれば、非魔導師であったとしても執務官としての業務を行うことが可能なのだ。実際、管理局による執務官の募集要綱にも「魔導師であること」などという言葉は一言も書かれていない。
 しかしまた、執務官には高ランク魔導師が多いことは事実だ。その理由は簡単で、彼らはその業務の都合上単独行動が多く、また恨みを買ったりしやすいため、犯罪者に狙われ易い。また、場合によっては犯罪者の巣窟に単騎潜入する必要性がある。こういう時の生存率の高さ、任務成功率の高さから、執務官試験の難度は高ランク魔導師になるほど「ゆるく」設定されている。こうして、執務官の殆どは高ランク魔導師となり、「執務官=一騎当千のエース」という誤った認識が広がるのだ。
 そんな風潮の中、Dランクという超低ランクで執務官試験に、しかも最年少で通ったナハトは、実はかなり優秀な執務官だったりする。

「だいたい、最年少と言えばクロノだってそうじゃないですか。将来の有望さで言えば、あいつ以上の人間はいないですよ?」

「む、確かにクロノは優秀だ。弟子だから言うわけではないが、本当にひたむきで将来有望な執務官だよ。現在の実力もトップクラス、もしかしたら近い将来私を越えるかもしれない。いや、きっと越えるだろう……だがね、私が君に期待しているのはそういう話ではない。私が君に期待するのは、なにかな、「原点回帰」とでも言おうか?」

 はて、なんと言えば……と首を傾げるグレアム。そんな彼を見て、それまでナハトの後ろで口を閉ざしていたクーガーが口を開いた。

「──閣下、つまり『執務官』とはなにか、ということを執務官全員がもう一度捉えなおす。マスターにはそのきっかけになって欲しい……と、言うことでしょうか?」

「そう、それだ! さすがクーガー、その理解力は財産だね。……ところで、宅のロッテが会いたがっていた。今日は仕事でいないが、また本局で見かけたら声をかけてやっといてくれ」

「……? 了解しました、閣下。しかし、なぜリーゼ姉妹と言わないのですか?」

「だが、どうやら『あること』については朴念仁もいいところのようだね……」

「まあ、こいつは堅物ですから……」

「??」

 意味が分からない、というふうに首を傾げるクーガーに、グレアムとナハトは大きな溜め息をつく。ナハトにとって最高の補佐官であるクーガーは、しかし色恋沙汰についてはめっぽう暗い男だった。
 やれやれ、と自分の娘のような存在に同情の目をしたグレアムは、しかし、と前置きし、急に真面目な顔になる。そんな彼に対し、ナハトもその表情を引き締めた。

「今回の相手、この間の政治家連中はまだいいとして、『奴ら』は本当に面倒だぞ? 閉鎖的で短気な連中だ、一歩間違えば命を落とすかもしれない。クーガーが控えているとは言え、十分に注意した方がいい」

「分かってますよ。こういう状況には慣れてます、まあなんとかしてみせますって」

「問題ありません、いざとなればマスターは私が守ります」

 二人の返事に満足したのか、グレアムはほっとしたような笑みを浮かべた。彼は椅子から立ち上がると、ぽんとナハトの肩に手を置き、言う。

「……すまないな、二人共。迷惑をかける」



 ──なぜか。

 ナハトには、その「すまない」が、なにか別の意味を持っているように感じられた。



「──さて、堅苦しい挨拶はこれまでにいたしましょう。正直に申しますと、私も戸惑っているのです……まさか、我々以外の星の人間と会談をすることになるとは思いも至りませんでしたから」

 そして、時間は冒頭に戻る。
 禿頭の牧師は目を丸くし、口を大きくすぼめることで、「驚いた」という感情をオーバーに表した。その様子はひょうきんそのもので、初対面の交渉相手から警戒心を奪ってしまう。
 ナハトは、直感した。こいつは狸だ。

「……無理もありません。我々としても、このような形で関わることは大変不本意なことでしたが……状況が、状況ですから。それと瑣末事ですが、別の星ではなく、別の世界です」

「おお、これは失礼しました。しかし、困ったことになりましたなぁ」

 がちゃ、という音がして、若い聖職者がティーセットを持ってくる。並べられた紅茶とクッキーを、どうぞと司祭はナハトに勧めた。
 ちら、と背後のクーガーを見たナハトは、彼がかすかに肯いたのを見て、出された紅茶に口をつける。

「『闇の書』、ですか。具体的にはどのような代物なので?」

「ロストロギア……我々が属する世界群に昔住んでいた人々が作り上げた、遺物ですよ。すでに喪われた技術によって作られておりますので、我々にそれを複製することはできませんが……そうですね、主な能力は3つ。『技能収集』『無限再生』『転生機能』です」

「……それだけ聞きますと、なにやらすごいものであることは分かるのですが……危険物、なのですか?」

「ええ。『闇の書』はまず、依り代として主を設定します。その主は、『闇の書』が完成するまでそれを維持するための魔力……ああ、精神エネルギーと言った方がよろしいですね。精神エネルギーを吸い取られ続け、放っておけば死に至ります。ですから、主と『闇の書』内に存在する防御プログラム『守護騎士』は、『闇の書』を完成させるため、その糧となる精神エネルギーを周辺地域の生物、主に人間から『収集』するのです」

「ふむ。つまり、その主と『守護騎士』とやらが、危険だ……と?」

「いえ。確かに『守護騎士』は強力ですし、『闇の書』のバックアップを受けた主は魔導師一個大隊に匹敵する戦力を得ます。そもそも『闇の書』の主は膨大な魔力を持っていることが殆どなので、当然の話なのですが……まあ、それだけならば彼らを強制的に鎮圧すればいいだけの話です。問題は、『闇の書』が完成した時、もしくは主が死亡した際に、確実に暴走する欠陥品だということです」

 カチャ、という音を立てて、ナハトはカップをソーサーに置いた。両手を顔の前で組んだナハトは、まっすぐに牧師の目を見つめる。

「暴走した『闇の書』は、無限再生能力とその発展とも言える無限増殖能力によって、際限なく周囲のものを取り込んで巨大化。最終的には惑星そのものを取り込み、処理が追いつかなくなった時点で崩壊します。その際に発生する次元震……時空の歪み、とでも言いましょうか。その余波によって周辺に存在する世界も崩壊。現在の我々の力の粋を以ってしても、暴走前、若しくは暴走初期段階に主ごと消滅させること以外に有効な対応策はなく、また無限転生機構によってそれすらも場当たり的対策にしかなりません」

「なるほど。それで、あなた達時空管理局は、そんなバケモノに対してどうするつもりなのでしょう?」

「最も理想的なのは、捕獲することです。そして主ごと管理局の本局へと移送して、対抗策を探します。それができない場合は……」

「……とにかく一度完全消滅させて、時間を稼ぐ……ですか?」

 司祭の言葉に、コクリ、とナハトは肯いた。
 そして彼は、そこで、と、口を開く。

「あなた方、地球の『魔法使い』にお願いしたい件が、ひとつあります。これは、この地球ではあなた方にしか頼めない依頼です」

「なんでしょうか?」

「地球に存在する全ての『魔法使い』に、『闇の書』の捜索をしていただきたいのです。すでに、管理局魔導師の地球駐在及び捜査許可……及び万一の際に地球に向けて殲滅兵器『アルカンシェル』を撃ち込む許可は次元世界の技術給与と引き換えに国連からいただいていますが、その万一を引き起こしたくありません。それは、あなた達『魔法使い』にしかお頼みできない仕事です」

「……分かりました、引き受けましょう」

 にこにこと、本当ににこにこと、司祭はゆっくり肯いた。
 まるで、そうするのが当然であるとでも言うかのように。

「お礼はけっこうですよ、なにせ我々の世界の危機です。全ての『魔法使い』は、全力で支援に回ることでしょう……『我々』の世界を守るために、『わざわざ』『他人』の貴方達が助けてくれると言うのに、『我々』が手伝わないはずがありません。もちろん、『無償』でお手伝いいたしましょう」

「いえ、しかし、それでは……」

「『本当に』いいんですよ。なにせこれは、『我々の世界』の『問題』なんですからね」

 ここで素直に肯くのはまずい、と、ナハトは理解していた。このままこの男の口車に乗れば、まず間違いなく『借りを作る』。なにせこれは、『地球の問題』であると同時に、『管理世界の問題』でもあるのだ。なのに『地球の問題』と司祭が連呼しているのは、ひとえに時空管理局に対して『貸しを作りたい』からだ。
 それは、言うなれば『限界金額を記入していない借り入れ契約書にサインする』ことと似ている。生まれたのは『限界の分からない』借り、これはつまり、『なにをされるか分からない』ということだ。
 素人ならば、ここで素直に司祭の言葉に感動し、即座に『契約を結んだ』かもしれない。だが、ナハトは執務官で、その中でも際立つプロだった。

「……ロストロギア」

「はい?」

「管理局で鑑定が済んだロストロギアの中で比較的安全なものを、5~10個差し上げましょう。それでどうですか?」

「おやおや、本当に無償でもよろしいのですが……いただけると言うのでしたら、喜んでいただきましょう。では、そういうことで……」

 そう言った司祭の眼鏡に隠れた瞳は、してやったり、と雄弁に語っていた。



 時空管理局本局、第004レストエリア。
 地球から帰還し、アルバートに報告も済ませたナハトは、そこである友人を待っていた。ちなみにクーガーは、ナハトの執務室で事務仕事中だ。
 ナハトが口にくわえた安タバコから、紫煙が漏れる。満足気にそれを見たナハトは、すぅ、と深く煙を吸うと、ちびたタバコを備え付けの灰皿に押し付ける。懐を探り、新しいタバコを取り出した。

「──禁煙、しないのか? ニコチンは脳細胞を破壊する、この仕事を長く続けたいならタバコは吸わない方がいいよ」

「ケムリ食ってちぃっと頭をぼかした方が、脳ミソも良く働くのよ俺は。大体よ、大酒のみが言うことかソレ? アルコールだってどっこいじゃねぇか」

「はは、違いない」

 後ろからかけられた声に、振り返りもせずナハトは答える。軽口の応酬。そうこうしているうちにナハトの前に回りこんだ相手は、彼の対面のベンチに腰を下ろす。
 真っ黒い服を着た、少年だ。ごくごくシンプルな色とデザイン、イメージとしては第97管理外世界の某国における、人民服とでも言おうか。動き易く機能的に、しかしシックな雰囲気もかもしており、カジュアルパーティー程度なら出席しても問題ない衣服。そして隙のない身のこなしからと鋭い瞳からは、少年がその外観に似つかわしくないほどの重職に就いていることを連想させる。
 もっとも今は、少年の目に険はない。あるのは、久しぶりに旧友と会えたことに喜ぶ、年相応の少年の瞳だけだ。

「久しぶりだな、クロノ。最近どうだ?」

「相変わらず、ってところだよ、ナハト。半年前の事件がようやく落ち着いてきたところで今回の事件だからね、まぁ僕達にとってはいつものことさ」

「違いねぇな。まあなんだ、今度無理やり有休合わせて、ロッサも誘って遊ぼうや。いい飲み屋を見つけてな、きっと気に入る」

「それは楽しみだね、期待させてもらうよ」

 少年──クロノ・ハラオウンとナハトは、士官学校の同期である。同じく同期で、今は査察部に所属しているヴェロッサとは、士官学校時代からの付き合いだ。同期生の中でも頭ひとつ飛びぬけていた三人は、自然と行動が重なり、いつの間にやら親友になっていた。
 のんびりと会話をするクロノとナハト。だが、彼らがここで待ち合わせたのは旧交を温めるためではない。単純に、仕事のためだ。
 『闇の書』を現在捜査しているのは、クロノの所属しているチームだ。ナハトは、交渉の結果を伝えるためにクロノを呼び出したのである。

「……悪いね、本来ならこういう交渉ごとも、僕か艦長の仕事なんだが。あいにく、捜査と仮設司令部設営で手一杯で……」

「うんにゃ、かまわねぇよ。確かに面倒だったけどな、愚痴を言うべき相手はおまえらじゃなくておやっさんだ。さすがに、現場でヒーコラ言ってるおまえらに追い討ちかけるほど腐っちゃいねぇさ」

「そうか。それで、一通り報告書には目を通したが、こちらの要求は全部通った……ということでいいんだね?」

「ああ、全部素通りだ。予想はできたことだけどなぁ、奴らじゃあどうやっても解決できねぇ問題だから、実質こっちに丸投げするのが筋ってもんだが……まあ、一応交換条件も出しといたし大丈夫だろ」

 もう二度と話したくねぇけどな、あんな狸ジジィとは、とぼやくナハトを、クロノは苦笑してねぎらう。管理局にとってロストロギア数点を失うのは確かに痛いが、『闇の書』はそれだけの価値があるモノなのだ。いたしかたないだろう。
 交渉とは、その最中に決まるものではない。始まったときには既に終わっているものなのだ。そして交渉人に求められるのは、『如何に敷かれたレールから外れることなく交渉を終わらせるか』という一点のみ。攻めたら負ける、守って守って守り続ける、出来レースをつつがなく終えるのが上手い交渉というものである(勿論、相手がポカをやったときにはそのチャンスを見逃さないことも重要だが)。
 そういった意味で、ナハトはクロノが知る中でもかなりの技量を持つ交渉人だった。

「……そういやお前んトコ、前の事件で知り合ったガキが入ってるんだったか。どうだ、使えそうか?」

「む……使えるか使えないかで言えば使えるが、結局は個人の意思だからな。僕達に無理強いはできないよ……ところでナハト」

「なんだ?」

「少し……頼みたいことがあるんだ」

 だからこそ、そしてクロノが全幅の信頼を寄せる人間の一人だからこそ、彼はナハトに頼みがあった。今日ここにやってきたのは、実際のところ、そのためのようなものだ。

「ギル・グレアム特別顧問の身辺を洗って欲しい。頼めるか?」

「……どうして、俺に? そういうのはヴェロッサの管轄だろう」

「査察部が関わると、取り返しのつかないことになる……確証がないんだ。いや、もしかしたら、そうであって欲しくないという僕の願望かもしれないが……この件は、君に頼みたい」

 グレアムは、クロノの師匠だ。だがしかし、ナハトは「いいのか?」とは聞かない。クロノが、伊達や酔狂で行動するような人間でないことを良く知っているからだ。「調べてくれ」と彼が言うなら、なにか気にかかることがあり、それが重要なこと(と推測されること)なのだろう。
 だから、「(局員のことなら)査察部のヴェロッサが専門じゃないのか?」と尋ねたのだ。特に彼はこういうことに便利なレアスキルの保持者だ、さぞや活躍してくれるだろう。だがクロノの答えはNO、その理由にも納得したナハトに、クロノの頼みを断る理由は存在しない。

「──分かったよ。出来るだけ早く調べてやる」

「助かるよ。後で参考資料を執務室に届けさせる、受け取ってくれ」

「りょ~かい」

 じゃあまた、と言って早足で去っていくクロノに、ナハトはひらひらと手を振った。そう言えば取り出している最中だったタバコを取り出し、口にくわえて火をつける。
 ふぅ、と吐き出される紫煙。徐々に徐々に、ナハトの思考は冴えていく。コン、コン、と、テーブルを人差し指で叩く。それは、彼が物事を考える時にする『クセ』のようなものだった。

「……グレアムさんが、ねぇ。確かに、キナ臭いな」

 すこぶる快調に働く頭脳とは裏腹に、ナハトの瞳は暗い光を灯していた。



[11078] 第一章 二幕
Name: オヤジ3◆aaab139d ID:a3d7bf23
Date: 2011/04/27 02:16
「……どう思う、これ?」

「巧妙に偽装がされていますが……体術に、『彼女』特有のクセが散見されます。まず間違いなく、同一人物でしょう」

「間違いないか?」

「一種、私の師匠のような方ですから、モーションデータは、頭に叩き込まれています。残念ですが……クロノ執務官も同様の結論に達した以上、ほぼ百パーセントの確立で『彼女』かと」

「……そうか」

 壁にはタバコの匂いがこびりつき、床の上中に書物が散乱している。立派だったであろうデスクにはコーヒーの染みがいたるところに付いており、壁中にある本棚はガタガタの歯抜け。『時空管理局一汚い執務室』と称される、ナハト・セミナリオの執務室である。
 基本的に仕事と酒、タバコにしか興味のない彼は、部屋の掃除というものを一切しない。炊事もしない。洗濯もしない。ゴミ出しすらしない。そう、彼はおよそ家事というものを、一切しない。聖王教会の孤児院出身である彼は、幼い頃に家事労働一般をシスターに叩き込まれたので、別に『出来ない』わけではない。でもしない。しない理由は、本人曰く「めんどくさいから」らしい。
 なんてことはない、典型的なダメ人間だ。ちなみに執事っぽい感じの執務官補佐クーガーだが、彼も基本的にナハトと同じ精神構造を持つ(どれだけ汚い場所でも気にならない、世間の目も気にならない)人種なので、そういったことを一切しない。

 そんなダメ人間共は、しかし、こと仕事となれば別人のような有能さを発揮する。彼らを指して『若年層を管理局に入局させたが故の歪み』とのたまう人権団体だかがいたが、二人の保護者代理はその意見を鼻で笑った。彼ら二人の人格形成は、環境云々とか、そういう高尚なものではない……ひとえに、生得的なものだ、と。
 ちなみに、その言葉を隣で聞いていた娘は、「私がしっかりしていなかったから!」と滂沱の涙を流したという。

「……ああ、ここは決定的ですね。ここから……ここ、この蹴りに移る際の動きです。これは、『彼女』が空中で重心移動するときのクセですよ。蹴りを撃つ前に右腕を振りかぶるのですが、その際若干大きめに振りかぶるんです」

「……いっつも思うんだけどよ。お前ら、なんでそういうの分かるの? 魔法構築式の相違とか、攻撃パターンとかさあ。何度教えられてもまったく見分けられないんだけどね、俺」

 二人は今、デスクに備え付けられた設置式空間モニタの画面を覗き込んでいた。ナハトはデスク備え付けの椅子に座って、クーガーはその後ろに立って。画面内では、バリアジャケットを装着したクロノが、青い髪で仮面をつけた男に蹴り飛ばされるシーンが延々と再生されている。
 それは、先日クロノが言っていた資料だった。先だって『闇の書』の守護騎士達とクロノのチームが戦闘を行った際の映像資料と、その時の報告書の写し。勿論、持ち出し厳禁の重要資料である。

「青い髪ねぇ……そういや、あの人の若い頃って、確か髪の色青だったよな? 今じゃ完全白髪だけどよ」

「ロマングレー、と言うことにしておきましょう。閣下のためにも」

「……まあ、いいけどさ。お前もけっこう大概だよな。んで、これはもう決まりか?」

「少なくとも、可能性は高いのではないかと。証拠不十分ですから、まだ確定と言うわけには」

「こういうのは、大体最初の悪い予想が当たるんだよなぁ……経験則的に」

 もういいだろ、と呟いて、ナハトはマウスを操作し映像資料の再生を止めた。終了オプションを開き、空間モニタをシャットダウンする。
 しばらく画面が切り替わった後、中空に浮いていたディスプレイが消え、キーボード側で点灯していた電源ランプが消えた。

 それらを確認したナハトは、うぅん、と伸びをすると席を立つ。

「まぁ、こいつは大問題だよなぁ。管理局の高官が、犯罪者と繋がっているかも、なんてさ……まぁ、よくある話だが、表沙汰になれば色々困ったことになる」

「しかし、なぜ閣下が? 彼の現役時代の話は聞き及んでおります、犯罪者に加担するような方であるとは思えませんし、『闇の書』とは個人的に因縁がある、とも聞き及んでおります。では、どうしてでしょうか?」

「……案外、俺達と考えていることは一緒かもしれないぞ?」

 首を傾げるクーガーに、ナハトは意味あり気な笑みを見せた。

「……と、言うと?」

「ギル・グレアムは、闇の書に部下を殺されている。より正確に言えば、『部下を殺させられている』。不慮の事故、彼の責任はほぼないとは言え、深い自責に駆られているのは間違いない。ならば、その目的は『闇の書の完全消滅』」

「しかし……いえ、なるほど。硬い殻に守られた蛹よりも、羽化した後の蝶の方が傷つけ易い。そういうことでしょうか?」

「ま、蝶って言うか蜂、それもスズメバチだけどな、ありゃ」

 ひょい、と椅子の背にかけた上着を掴んだナハトは、そのまま執務室の扉へと足を向ける。ちびたタバコを室内にある灰皿に放り込むと、手に持った上着をごそごそやってタバコの箱を引っ張り出し、新しいタバコをくわえて火を点けた。
 その後ろについて、クーガーも動き始める。

「どちらに?」

「ちょいとカマかけに。クロノからさっき連絡があってな。いい依頼主だよ、あいつは」

「了解しました」

 ガシュン、というスライド音がして、執務室のドアが開いた。



「お邪魔するよう」

「お取り込み中、申し訳ありません」

 そんなことを言いながら、二人の大人が使用中の会議室に入ってきた。勿論ナハトとクーガー(ちなみにナハトは、会議室に入る前にタバコを消した。内部にいる女性二人が、タバコがダメだからである)であるが、室内で会議をしていた一人、ユーノ・スクライアにとっては見知らぬ大人達だ。
 ごく自然でフレンドリーな態度から、少なくとも警戒するべき相手でないことはユーノにも予想できる。少なくとも、先ほど紹介された猫姉妹よりはマシだろう。そういえばこれから彼女達と仕事をするのだ、ということを思い出して、ユーノははぁ、と溜息をついた。

 そんなユーノとは対照的に、部屋に三人いた女性の一人──リーゼロッテは、テンションマックスで飛び上がり、ナハトとクーガーの目の前で着地する。

「おおぅ、ナハトにクーガーじゃん!? おっひさし、元気してた? 今日はどったの?」

「お前さんは変わらねぇなあ、リーゼロッテ。ぼちぼちと、って感じだねぇ。仕事しても仕事しても、全然仕事は減らないしさ」

「お久しぶりです、リーゼロッテ教導官。本日は、クロノ執務官の招聘に応じて参りました」

「ふぇ?」

 かくん、と首をかしげ。後ろを振り返るロッテ。その視線の先で、自分の補佐官であるエイミィ・リミエッタとぼそぼそ会話していたクロノは、こくん、と頷いた。

「今回の事件、外交交渉を担当してくれているのは彼だ。一応、顔合わせをしておこうと思ってね」

「え、うん、それは知ってるけどさ。お父様経由の交渉だったんでしょ? 情報はこっちにも回ってるよ」

「ああ、だから、君たちとの顔合わせってわけじゃない。『彼』との顔合わせだよ」

「……って僕!?」

 そう言って、クロノはユーノのことを指差した。二人が来てからすっかり蚊帳の外だったユーノは、突然話を振られてびっくりする。
 そんな彼に、クロノはやれやれ、と首を振った。

「そう、君だ。本当はもっと早く紹介したかったんだが、中々都合がつかなくてね……紹介するよ。僕の士官学校の同期で、執務官としてはひとつ先輩のナハト・セミナリオ、それにその補佐官のクーガーだ。二人とも、彼はユーノ・スクライア。スクライア一族の人間で……半年前の事件の、当事者でもある」

「あ、よ、よろしくお願いします……?」

 突然二人の人間を紹介され、慌てて頭を下げながらも、状況がよく理解できてないユーノ。頭の中で、クエスチョンマークが一列縦隊で行進している。
 一方、スクライア、という言葉を聞いた二人は、あぁ、と深くうなずいた。

「スクライアの秘蔵っ子か……そういや、こないだ族長が言ってたっけか。『ウチのモンが迷惑かけたみたいで、すまないねぇ』とかなんとか」

「この間、お詫びでイカナゴの釘煮を頂きましたので、お返しに礼状を送っておきました」

「流石、気が効くなぁクーガー」

「……ってえ、族長とは知り合いなんですか?」

 ユーノの疑問に対し、ナハトはおう、と答えた。

「俺はスクライア専属の執務官だからな。管理局に用がある時は、基本的に俺を通すって形になるぜ?」

「もっとも、前任者の方と交代したのは一年前です。半年は部族から離れていらっしゃったようですし、御存じないのも無理はありません。お気になさらず」

「地球との折衝含め現地では僕らが動いたが、半年前の事件中に、本局(こっち)で色々動いてくれたのはナハト達だ……今後のことも含めて、お礼くらいは言っておいたほうがいいだろう?」

「え、あ……あ、ありがとうございます。その節はどうも、ご迷惑をおかけしました」

「あーいいよいいよ、それが仕事だ。そう気に病むな」

 深く頭を下げるユーノに、ナハトは手のひらをひらひら左右に振って見せる。そもそも難儀な仕事を持ち込まれたからといって、相手方が妙なことを言い出したりしない限り、腹が立つこともない。めんどくさがりはするが。
 むしろ、と、ナハトは思う。

「次期……いやぁ、そのまた次かな? スクライア族長の最有力候補に貸しが出来た、と思えば、そう悪い仕事じゃなかったさ」

「おおぅ!? このネズミっ子、優秀なのかい!?」

「そりゃ優秀だろうよ。飛び級に飛び級を重ねて、9歳時点でアカデミーを卒業してる。人材運用能力も大人顔負けで、発掘の監督経験も2、3回あったんじゃなかったか? 文字通り、天才少年って奴だな」

「ほーぉう。そりゃぁ、クロ助のお眼鏡に叶うワケだ」

 リーゼアリアは、クロノの近接格闘の師匠だ。そして、彼女の姉妹のリーゼロッテは魔法の師匠、使い魔である二人の主人グレアムは、執務官としての師匠である。だから彼女達はクロノの気難しさをよく理解していたし、そんな彼が友人のようユーノに接していることに驚いていた。
 先ほどなど、クロノはユーノをからかいすらしていたのだ。基本的に優しい性分のため進んで他人とぶつかり合うことはないが、リーゼ姉妹が知っている限り、そこまでクロノと親しいのは同性なら同期のナハトとヴェロッサ、異性なら補佐官かつ同期のエイミィぐらいだ(クーガーともわりと親しいが、彼の場合クーガーの方が一歩引いているためそこまでの付き合いではない)。だがそれも、ユーノのプロフィールを知れば理解できる。つまり、要求される水準の話だ。

 愛する弟子にまた一人友人ができたことを、ロッテは純粋に嬉しく思った。

「んー……それじゃ、そこのネズミっ子! 案内するから付いておいで!」

「ネズミっ子は固定なんですね、了解です……」

「……ん? ロッテ、そいつ連れてどこ行くんだ?」

 ロッテに後ろに回られ、肩を手でぐいぐいと押されたユーノは、溜息をつきつつ会議室の外へと歩き出した。そんな彼らを見て、ナハトは、ぼりぼりと頭を掻きながら首を傾げる。

「ん? ああ、無限書庫無限書庫。この子、無限書庫で調べ物するんだってさ」

「ああ? ありゃ書庫じゃなくて『墓場』だろ、酔狂な話だねぇ」

「私もそう思うんだけどね、クロ助の頼みとあっちゃあ断れないよ。だから、アリアと一緒に……ってあれ、アリア?」

 と、そこでやっと、ロッテは相方の不在に気が付いた。彼女はノリで生きるタイプであるが、長年連れ添った姉妹の存在を忘れていたのはちょっと気まずいものがある。
 てへへ、と若干焦り気味に振り返ったロッテであったが、その顔はすぐに呆れのものへと変わった。

「……なんだ、フリーズしてるわ」

 アリアは、固まっていた。呆けたような表情になり、エンストを起こした自動車のような感じで固まっていた。先ほどからしきりにエイミィとクーガーが顔の前で手を振っているのだが、あーともうーとも返さない。どうやら、別の世界にトリップしているようだ。
 その『原因』は、「どうされたのでしょう?」と若干困りながらも、その右手をアリアの額に当てた。

「あ、ストップクーガー! それだめ……」

「え、あ、はい?」

「────────ッ、~~~~!!」

 途端、ボシュウ、という音がして、アリアの頭からキノコ雲が噴出する。

「うわっ!? リ、リーゼアリア教導官、どうされましたか!?」

「はっ……? ……そ、そう、あれは夢だったのね……ク、ククク、クーガーが……」

「私がなにかいたしましたか?」

「そう、クーガーがいきなり部屋に入ってきて、私に──って、あれ? クーガー?」

「はい、そうですが?」

 フリーズから回帰し、夢見心地でぶつぶつと呟いていたアリアは、しかし目の前のクーガーを見て再度固まった。フリーズ中にどんな夢を見ていたのかは、彼女の尊厳のためにも部外非とさせていただく。
 今回は再起動にさほど時間はかからず、アリアはすぐに混乱の渦に叩きこまれた。

「え、そっか、クーガー……クーガー? クー、ガー……って、ええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」

「なっ!? ほ、本当にどうされたのですかリーゼアリア教導官!? なにか粗相を働きましたか!?」

「別にそんなことはないっていうか、むしろ粗相をしたのは私っていうか、いやそもそもお姉さんとしての尊厳が……あ、でも、クールでSで言葉攻めなクーガーもいいかも……って、なにを言ってるの私!? そうじゃないの、そうじゃないのよ!?」

「あ、あの、早口過ぎて聴き取れませんでしたので、もう少しゆっくりと……」

「しゅ、羞恥プレイなの!? 今羞恥プレイされてるの私!? 嫌、こんなのおかしい……で、でも、私頑張るから!」

「……我が姉妹ながら、そのキャラのぶれっぷりはどうかと思うよアリア」

 心配したクーガーに詰め寄られたアリアは、焦りのあまり転移魔法を発動。一部の隙も無い完璧な転移で、ロッテの背中に避難した。
 やれやれ、と呟いて首を振るロッテの背中を押し、ついでに状況に取り残されていたユーノの腕を掴んで歩きだした。

「さ、さあ、無限書庫無限書庫! あそこはちょっと遠いからね、早くいかないと日が暮れちゃうわよ!」

「にゃー……この場合、『本局に太陽は無いよ!』とかツッコミ入れるべきなのかなぁ、ネズミっ子」

「……あの、ツッコミずらいネタ振りはやめて欲しいんですけど……」

「うわ、白けるわー……食べちゃうぞ?」

「理不尽!?」

 なんだかんだと言いつつ、会議室を出ていく三人。
 その最後の一人、アリアの背中がドアを完全に出るか出ないかのところで、ナハトはふっと呼びとめる。

「ああ、そういえば」

「?」

「いや、大したことじゃないんだが……



 ──最近、教導にしては魔力消費が激しくないかぃ? この間グレアムさんにあったんだけどよ、前見た時よりやつれてたぜ?」



 ビクッ、と、アリアの背中が震えた。ように、ナハトは感じた。
 彼女の動揺は、一秒にも満たないほんの一瞬の出来事だった。次の瞬間に、アリアは元のアリアに戻っていた。しかし、いやだからこそ、ナハトはその『違和感』に感付いた。リーゼアリアの、一瞬の動揺に。
 あまり間を置かず、アリアから返事が返って来る。

「──まぁ、最近は仕事がちょっち増えたからね。そうでなくてもお父様は歳だし、疲れているのよ」

「そうか……ああいや、悪かったな変なこと聞いて。それじゃ、また」

「……うん、また」

 そして、ガシュンと音を立て、スライドドアは完全に閉まった。
 会議室に残された人間は、四人。ナハトとクロノの視線が、合う。

「……どう思う?」

「……君と同じ、かな」

 同時に空を仰いだ二人は、皮肉気に口を歪める。
 そんな上司達を、それぞれの補佐官は複雑な気分で見つめていた。



[11078] おまけ(という名の作者の趣味の産物)
Name: オヤジ3◆aaab139d ID:49d8ad59
Date: 2009/09/01 04:16
■HT‐シリーズ
 時空管理局御用達の官給ストレージデバイス(HT‐2から音声確認システム搭載)。無印・A's時点ではHT‐7、ストライカーズ時点ではHT‐9が最新型として運用されており、高い汎用性と生産能力、耐久力、さらにカスタムのしやすさ等から他社のデバイスを差し置いて長年管理局にて制式採用されているシリーズである。
 両手杖型で、形態変化はディフォルトでは存在しない。あくまでミッド式を使う一般的管理局員用のものであるため、エースやストライカーにはワンオフの専用機の使用が推奨されるが、「手に馴染んでいる」「下手な高性能機より信頼できる」「金が無い」等の理由からカスタム機を使い続ける局員も多い。
 ちなみにカスタム例としては、クロノ=ハラオウンのS2Uが挙げられる(すでにほとんど原形を保っていないが)。これは、有能な執務官だった彼の父のためにまだ結婚前の彼の母が注文した、当時の制式デバイスHT‐3を二機合体させ、さらに冷却装置とタフネスを犠牲にして演算能力を大幅に上げた、規格外でピーキーなカスタムデバイス。ちなみに何度も改修を重ねているため、現在は現用のものと比べても高水準にバランスのとれたハイスペックデバイスになっている。

■KL‐Xシリーズ
 こちらは近代ベルカ式を使用する局員の為の官給アームドデバイス(AI非搭載、音声確認システム搭載)。と言っても近代ベルカ式自体がストライカーズ二年前時点でようやく一般的になってきたものなので、このシリーズもまだKL‐X1と別バージョン機のKL‐XH1しかロールアウトしていない。ちなみに本機の製造会社はHT‐シリーズとは違うが、コンセプトに変わりはない。
 X1型とXH1型はコアは同一のものを使用しているが、前者は槍型、後者はフィンガーレスグローブ型と展開時の形態が違う。ちなみに前者のみカートリッジシステムを搭載(リボルバータイプ、三発)し、形状変化は両方無い。その特性上フィンガーレスグローブ型の方は運用に個人の修練を必要とするため(槍型はリーチがあるため使いやすい)、訓練校では最初は皆槍型を支給される。
二タイプのデバイスがある理由は、製作時に参考にしたデバイスが地上本部首都防衛隊のゼスト=グランガイツとクイント=ナカジマのデバイスだったから。
 主に、屋内における格闘戦の発生率の高い地上部隊で運用される。
 実は、エリオのストラーダの基礎フレームはこれ。まあ基礎なだけで、まったく面影は無いが。

■I‐petシリーズ
 民間に普及している量産ストレージデバイスの中で、その安全性と安さから最も人気の高い機種。魔法学校ではこれにさらにリミッターをかけたI‐pet・miniが訓練用に貸し出されることが多い。最新型はI‐pet・shuffle(無印時点、以後同様)であり、大人から子供まで満足できる名シリーズである。
 とはいえ、あくまで民間用デバイスであるため、管理局員用のものに比べれば能力は劣る。このシリーズを一とすれば前世代のHT‐シリーズは十のスペックを誇る。しかし単純な機構のため改造が極めて容易であり、いわゆる魔改造品も一番多い機種である。
 形状は片手杖型。

■M‐drive
 とある企業が作り出した、早すぎた名機。三十年以上前の量産機ではあるが、現用の官給機と同程度かそれ以上の記憶領域、演算能力、タフネスを持つ。
 が、プログラムを演算から発露に回すための回路に致命的欠陥があり、術式解放に異様に時間がかかるためにまったく普及せず、様々なオプションパーツが作られたがどれも微妙な用途のものだったために、製造中止になった。内部回路は極めて独特のものであるため、メーカーが倒産した今となっては改造どころか修理すら難しいものとなっている。
 当時のオタク魔導師に、かってない程に複雑な構成の魔法という夢を与えた、輝かしい失敗作。ちなみに計算機としては優秀なため、魔法プログラムの作成には向いている。
 両手杖型。

■P‐Sシリーズ
 とあるメーカーが作り出した、少し前まで一世を風靡していたシリーズ。一世代前のP‐S2は、民間機とは思えない演算能力から人気を博したが、当時しのぎを削っていたもう一つのシリーズ、ND‐シリーズと同様に記憶領域がかなり小さく、このシリーズに至ってはバリアジャケット装着時に服を入れておく異相空間領域すらかなり削った仕様だったため、落ち目となった。こうした欠点の改善のために外付けの拡張パックが作られたが、受けはあまりよくなかった。
 基本は長杖(片手持ち)型だが、最近のコンパクトブームにのって短杖型のP‐SPが作られ、好評を博している。最新型のP‐S3に社運を賭けている、らしい。

■ND‐シリーズ
 ND‐Wiを最新型とする、P‐Sシリーズのライバル機。演算能力よりもタフネスに力を入れた仕様で、アームドデバイス並みの壊れにくさを誇る。メーカーの広報いわく、「人が百人乗っても大丈夫です」とのこと。
 しかし、記憶領域の小ささはP‐Sシリーズと同じ。このシリーズは元はある程度の記憶領域のあるシリーズだったため、そのことを嘆くヘビーユーザーは数多い。
 このメーカーは片手杖型、短杖型を平行して開発しており、短杖型の最新型はND‐DSi。

■MUHOUシリーズ
 第97管理外世界出身の次元漂流者が設計した、唯一の拳銃型量産ストレージデバイス。民間機なのに質量兵器を模したデザインの本機はタフネスを犠牲にして他の能力の総合的底上げを行っており、また改造もわりとしやすく、メンテナンスをしっかりとすればわりかし長く使えるので、他の量産デバイスより値段が張るにもかかわらずコアな民間魔導師や犯罪者に愛用者が多く、管理局の局員にもこれを素体としたデバイスの使用者が多い(例・ティアナ=ランスターの自作デバイス、アンカーガン。ちなみに素体になったのは、MUHOUⅢ)。
 管理局本局上層部としては色々と思うところのある機種ではあるが、実際に使用している局員がいるために何も言えない機種。レジアス=ゲイズ中将などはこれを質量兵器試験運用の足掛かりと考えているふしがあり、それがますます本局のしゃくにさわるらしい。
 現在の最新型はMUHOUⅡ。形状が違えば制式採用すら夢ではない名機である。




────────────

 ──もう、何も出ねぇぞ……!



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