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[27404] 王子と売れないアクターの放浪記 
Name: 無人君◆7ab32bdd ID:b6eb1c7d
Date: 2011/04/25 15:14
  

  一話『非日常への扉』





 高校生活最後の文化祭。三年であった自分にとって最後のお祭り騒ぎである。しかしイ

ンターハイも終わり、三年間の部活動での涙と汗の暑苦しい積み重ねが芳しくない結果で

終わってしまってから、どこかに熱意を置き忘れてしまったいた。そんなこんなでの文化

祭。とくにやることも無く、女の子を悪友と値踏みしながら、他クラスの出し物を冷やか

す程度で楽しむはずだった。

 誰もがそんな時に、将来を変える出来事が起こるなど考えもしないだろう。

 そこで未来のの選択肢をくれたのはよく知った同級生だった。ふらふらしている自分達

を見つけると駆け寄ってきて、「よかったら見に来て」と演劇部の公演のビラを手渡され

た。

 演劇部の公演など全くもって関心がなかったが、その同級生、女の子に興味があった自

分は、下心のみで嫌がる悪友を引き連れ見に行った。


 
 パイプ椅子が並べられた真っ暗な体育館。

 照明が当たるステージ。

 そこには非日常があった。



 演目は有名な『リア王』ウィリアム・シェイクスピアがこの世に送り出した四大悲劇の

1つである。シェークスピアの作品は?と聞かれて、『ロミオとジュリエット』のタイト

ルしか頭に浮かばないその頃の自分にとって、目の前で繰り広げられている物語は頭を鈍

器で強打されたような衝撃を与えた。

 今思えば、高校の文化祭で行われるもの、オリジナリティーを加え、所々をかなり削っ

て台本を作ってあった。後に支えている吹奏楽部などのため、上演時間も短縮されてい

る、だがシェークスピアの偉業は決して損なわれること無く、人々を魅了した。

 目を奪われた観客の中の一人であった自分は、ビラ配りをしていた同級生が演じる、想

像上の人物であるはずのコーディリアの死に、心が痛んだ。ぼろぼろと涙をこぼし、鼻水

をたらしと無様な醜態をさらしていた。隣に座っていた悪友に後から聞くと、いつも以上

に見るも無残な顔をしていたらしい。いつも以上という言葉に引っかかったが、あまり突

っ込んだら蛇が出てきそうなので止めた。

 そして最後に登場人物の一人、エドガーの決意とも嘆きともとれる台詞が体育館中に大

きく響き、暗幕が降りた。

 盛大な拍手に包まれたカーテンコール、これが彼らのインターハイなのだろう、涙を堪

えて、とても軽やかな笑顔をふりまいている。
 


 やりたい……。


 舞台にあがって違う人間を演じてみたい。



 その思いは一時的な夢と考えようとしたが、だが、やるなら今しかないと思い悩む自分

もあった。

 人生の岐路に立ったその当時の自分、選んだのは、どうせやる気の起きない受験勉強を

放り投げることだった。

 それからというもの暇さえあれば劇場、映画館に足を運んだり、レンタルDVDを借りて

一日中見明かしたり、演劇部の練習を盗み見たり、と猪突猛進ぶりを発揮し、高校卒業と

同時に上京、その特異な世界に飛び込んだ。

 今も昔も間違えた道、というより苦労する道を歩き始めたことは重々承知しているが、

芝居への熱はぐんぐん上昇している。仕事があればの話だが……。

 売れない役者など数え切れないほどいる、東京に出てきて早五年、本名は木下誠実、芸

名は橘なるみは、その中で埋もれもがいていた。

 今もそう、23歳にもなって親から仕送りをねだってしまい、陰鬱な気分で携帯電話を

切ったのだ。

 時々、人伝で入ってくるエキストラの仕事と、居酒屋とコンビニのかけもちバイトで何

とかぎりぎりの生活を送っていたのだが、久しぶりに誘われた高校の同窓会で羽目を外し

て楽しんだ結果、今月は首が回らなくなってしまったのだ。

 当面の生活費確保の代償に、親の怒鳴り声によって一時的に失われた右耳の聴力は次第

に回復して、点いているテレビから軽快な音楽が流れる。

 炬燵から這い出て、灰皿に積もった吸い終わった煙草を一本取ると親指と人差し指で伸

ばし、吸いだした。

 煙が室内に充満しないように窓を開け換気をする。

 寒い空気が部屋の中に入ってきた。

 ベランダには部屋には不釣合いなサボテンが置いてある。一週間の海外に出張中である

彼女からの贈り物だ。毎日水をあげなくても大丈夫、だらしないからどうせ忘れそうだけ

どと付け加え貰った。案の定、先月の誕生日にもらって以来、まだ一度も水をあげていな

い。そのせいか、心なし元気がないように見える。

 ざっと見渡すと、読み終えた新聞、雑誌が四方に散らばり、着終えた服が山積みになっ

ている。流し台にはカップラーメンの空容器が積み重なっている。

 彼女が一週間不在というだけでよくもここまで散らかせたものだと自分自身、呆れかえ

ってしまった。

 重い腰を上げ、今日の夜にも帰ってくる彼女の怒りを回避するために動き出す。

 そしてようやく、怒りの直撃は免れるくらい片付いた頃には、居酒屋バイトの時間で

る。

 手早く着替えをすませ、ニッと帽を目深に被り、アパートを出た。



  いや、ドアを開いたまでは確かなんだ。


  目を見開き、口は半開き、あまりの奇想天外に声が出ない、ただただ立ち尽くした。




 周りの景色はいつもとは違い、まるで辺りは中世の欧州を意識した街並みが目の前にあ

るのだ。

 掴んでいたはずのドアノブは消え、後ろを向くとアパートは無い。その代わりに、夕暮

れ時、喧騒といっていいほどの賑やかな露店が道の左右を埋めている。果物を売っている

店、肉を売っている店、手芸のような物を売っている店、奥には占いだろうか、丸い大

きなガラス玉を置いている店もある。しかし、どれを見ても読めない文字が書いてあっ

た。アルファベッドでもなければアラビア文字でもない、まして日本語でもない。

 これは何の冗談だろう、貧乏役者にどっきりを仕掛けるテレビ局の仕業だろうか、それ

とも実はまだ炬燵の中でぬくぬくと眠っていて、これは夢なのだろうか。

 だがどっきりにしては手がかかりすぎている。

 だが夢に、やけにリアルである。

 そして気にかかることは、耳に入ってくる言葉は日本語ではない……しかし、

「ちょっと、あんたどいてよ!」

 両手に荷物を持った女に体を押しのけられ、よろよろとその場にその場にしりもちをつ

いた。

 何故、日本語ではないのに理解ができるのだ。自分が見も知らぬ言語を即座に理解でき

るチート野郎みたいな特殊能力を持っているなど聞いたことが無い。もしそんな特技を持

っているのなら、他のバイトなどしなくてもその特技を活かしてテレビ出演、一躍有名に

なり、舞台や映画の仕事がバンバン入ってきてもいいだろうし、貧乏生活ともおさらば、

彼女の誕生日にパチンコで負けたためお金が無く、コンビニのケーキに蝋燭にみたて爪楊

枝を立て祝い、彼女と大喧嘩なんてしなくてもすんだはずだ。

 そしてなにより、中学高校と英語の成績は学年で下から数えたほうが早かったはずだ。

 しかし現実には、聞き取れているのだ。


「ほぅれ、兄さん、こんなとこで座ってても、金にはならんぇ。ちゃんとぼろぼろの格好

で道の隅で俯いてないと、貴族さまの気まぐれ恩恵の施しはうけれんよな」


 お婆さんから手を差し出され、その手を借り立ち上がる。


「ここどこですか?」


「兄さん、旅人かい……けったいな格好をして……ここはヴェイント市民街だよ」


 理由は分からないがどうやら自分が喋る日本語は通じるらしい、しかしこの状況は一向

に変わらない。高校の世界地理で習ったことの無い、聞き覚えの無い地名に頭を抱えた。


「ヴェイントってどこだ!?」


 将来を変える出来事なんてどこに転がっているのかわからないものだ。
















 陽も暮れ、アステアの加護が無くなったのを肌で実感する。息を殺して潜んでいるアル

はバッグの中から黒い布を出すと、それを震える体に巻いた。

 彼は門の前にある大きな木の上にいた。



 ヴェイント王都、その中央に位置する難攻不落のライザッド王宮と呼ばれていた。

 しかし西門は未だかつて外敵からの進入経路になったことが無いため、東西南北のうち

一番警備が薄く、門兵が夜な夜な女を連れ酒盛りするため夜になっても閉門をしないこと

がある。

 世話係のレランがそう洩らしたのを聞き逃さなかった。

 その日からアルは着実に外に出るための用意を続け、そして月の無い夜を待ち続け、と

うとう決行の日が来た。

 門はレランの言ったとおり無用心にも開いていた。抜け出す準備はすでに整っている。

 物音立てぬよう慎重に屋根伝いに渡り、木の上に隠れてからしばらく経つ、門番の交代

時間はそろそろだ。 

 横には相棒である狼、キファが眠たそうな顔で欠伸をしている。


 「もう少しだから」


 頭を撫で言い聞かせると、はいはいと尻尾で面倒くさそうに返事をした。










 門の前、二人の門番が見張っている。

 左右翳してある灯火の灯りは小さく、周囲を全て照らすことはできない。

 しかし、特に気にした様子も無く、左に立つ門番の一人は羨ましそうに、詰所の窓に映

った控えている門兵達の楽しそうな影を見ていた。




「……様に感謝だな、こうして毎晩飲んで遊ぶ金出してくれるなんてよ!」


「名前を出すな!」


「誰もいねぇーから大丈夫だ。でもよ、なんで突然こんな大盤振る舞いをするんだ?」


「さぁな、素敵な貴族さまの考えることが庶民に理解できるはず無いだろう」



 門の右に姿勢を崩さず立つ男は吐き捨てるように言った。わざとらしく怖い怖いと肩を

竦め、左に立つ男は葉巻に火をつける。腰には葡萄酒のビンが括りつけられている。



「宰相に逆らっちゃ生きていけねぇんだ、俺達には選択することすらできないんだよ……

虫唾が走るなけどな」


「トータ、だからお前は宴会に付きあわねぇのか?」


「心まで売るつもりはねぇしな」



 ここ一月、上からの密命により閉門を禁じられた。その礼だろうか御馳走に酒、そして

女と慰安のためにと毎夜絶えずに送り込まれた。

 きな臭い話なのだが、断るわけにもいかず、だが褒美を他の門兵のようにすんなりと得

るほど、トータの頭では割り切れていないものだった。だからといって、他を諭すほど陳

腐な正義感を振りかざす人間にもなれない。

そして、なにより、


「なにかの姦計を手伝わされてたりして……なぁーんてな、ははは」


 そう笑いながら葡萄酒を飲む男。

 トータは知っているのだ。この男の目はまったく笑っていないこと。

 そして詰所で騒いでいる門兵らも、自分らの身に予期せぬ不幸な出来事が降りかかるか

も知れないことを承知しているのだ。


「若いねぇ、ほーんとに若い……人生は諦め、そして楽しみさ、今日は付き合えよ」


「いや、遠慮しとく……ケミール、先あがるぞ」



 西門を守っているのはトータを含め、元々正規兵であり、四年前のヴァレンティアとの

戦いで、死闘の末、敵の呪術にかかってしまった『かかりもの』の生き残りである。国に

とっても厄介払いしたい者達の集まりなのである。

 戦時中、トータは名も通らぬ一兵だったが、ケミールはこうみえてもトータの所属の一

部隊を指揮する小隊長であった人物だ。

 トータの憧れだった。

 腕が立ち、人望が厚く、頭も切れ、一時期は近衛兵団長からの推挙で、市民としては珍

しく騎兵中隊を任せられるとの噂もたったほどの人物だ。

 『かかりもの』、アテシアの加護を受けられない忌むべき体となった多くの者は名誉あ

る死を望み、ヴァレンティア陣へ特攻をかけ命を散らしていった。

 ケミールもまた部下と共に、敵師団の夜営に急襲をかけた。兵力の差は歴然であり、仲

間がどんどんと打ち果てていった。我先にと死んでいく部下を横目に、剣を振り続けるケ

ミール。敵に周囲を囲まれ、ようやく終わりが見えた頃、敵の後方からヴェイント国軍第

三師団の攻撃があった。

 小部隊全滅になるところを、ヴェイント国軍第三師団の援護もあり、敵師団は敗走。ケ

ミールとトータを含め小隊の十数名が無様にも生き残ってしまったのだ。

 王都へ帰還後、アテシアに見捨てられたのにも拘らず、生にしがみついている不信仰者

と蔑められ、小隊長から降格、西門の守衛を任されることとなった。

 今はもう、四年前の勇猛果敢なケミールは見る影も無く、いつしかトータは敬意を払っ

た言葉遣いを彼に使わなくなっていた。


「馬鹿でいるほうが生き易いぞ」


 後ろから掛けられた言葉を振り切り、トータは宿舎に戻った。





 ずっと機会をうかがっていたアルは、門番が一人いなくなったのを確認すると、持って

いたコブシ大の石を灯火の上部に向かって投げた。

  飛んできた石の衝撃を受け、灯火は倒れ、その拍子に大きく火の粉を上げ、パチパチ

と音を立てる。

 交代人員を待っているケミールの意識が一瞬、門からそれた。


「ラウド!」


 その声に反応して横にいたキファは子供狼サイズからみるみる大きくなり成人狼へ変化

を遂げた。

 アルがキファの首に抱きつくと、キファは5メートル下の地へと飛び降り、四足で着

地。

その振動でアルが落ちそうになるが、彼の服を口で咥え、止まらずに鋭い足で土をけり、

砂塵を巻き上げケミールの後方から門へと走る。

 その速さは風を切り疾風を呼ぶ。

 詰所を超え、門の手前、スピードを落とすことなく90度直角に曲がり、門の外へと出

て行った。





 ケミールが気配に気づき振り返った時には、誰の姿も無かった。

 砂塵嵐が巻き起こっており、とっさに手で目を防いだ。強い風により腰にくくりつけて

いた葡萄酒のビンが落ち、音を立てて割れた。

 砂塵に紛れて浮いている物に気がついたケミールは、目の前で腕を振り、手を開く。砂

に混じり何本か毛のようなものがあるのがわかった。

「……これは、……狙いはまさか」

 ケミールは呟き、門の外を見る。しかし誰の姿も見えない。だが、彼は何が起こったの

かを瞬時に理解した。

 灯火のあった場所に転がっていた石を掴み、詰所へ投げ、同僚に異変を知らせた。

 何事かとあわてて出てくる門兵達に、二言三言、事の急務を告げると、門の外へと駈け

ていった。








西門を無事抜けたアルは、道を避け、身を隠すに優れた木々を縫うように街灯りを目指し

ている。キファに跨りながらゆっくりとライザッド王宮の高地から、街を目指して下へ下

へと降りていく。


「やったよ、キファ!」


 アルは念願が叶い、興奮覚めやらぬ様子でキファの頭を強く撫でる。


「ガウ!」


「ようやく外に出れたんだ」


「バウ!」


 主人の喜びが伝わっているのか、小さな声で吼える。

 西門がざわついている、キファは歩みを速めた。


「兄上達には心配かけるけど、でも見ておかなきゃいけないんだ」


「くぅーん……」


「そう、ドレが僕に伝えたかったことを知りたいんだ」


 アルは、昔に牢屋で出会った囚人の男を思い返していた。そして目を閉じアステアに感

謝と祈りをささげた、囚人の死後の恩赦を願った。

 近づいていく街の明かりは王宮から見ていたものとは違い、現実感にあふれていた。
 




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