大輔は退屈だった。
折角キャンプ場なんていう広大な遊び場を目の前にして、団地住民の親睦だかなんだかの目的のために、
ろくな自由時間も設けられないままがっちがちのプログラムに拘束されているのが大いに気に食わない。
テントを設置するときには、ここでみんなと一緒に寝るのかとわくわくしたし、
夜になれば肝試しや花火大会、ビンゴといったココロ踊るイベントが控えているとしてもである。
空は入道雲が眩しい夏色の快晴に恵まれているし、ちょっと外に出るだけでハイキングコースとして設けられた森や渓流釣り、
鮎つかみなんていう面白そうな看板が立っているきれいな川がある。
しかもサッカーできそうなくらいの広場や遊具があり、
実際家族連れや他のイベント参加者達の、キャッチボールやバトミントンなど楽しそうな喧騒が横たわっている。
なのに、なんで自分はここでひたすら人参の皮を剥いてるんだろうと我に返るたび、大いに落胆する大輔である。
「大輔、手がとまってるーわよー」
「はいはい、やりますよ、ミヤコサン」
大嫌いな姉のごとくニヤニヤしながら指摘してくるのは、鶏肉のカットに悪戦苦闘している幼馴染である。
たった1歳しか違わないのに、下級生と上級生に分けられる区分が確かに存在していた。
カレー作りと言っても、包丁を使ったり、ガスコンロで火を使ったりするのは上級生の仕事として割り振られていて、
下級生組は危ないからとそれらの機材を触らせてすらもらえない。
納得がいかずごねた一部の女子生徒は、両親からマンツーマンの指導協力のもと悪戦苦闘しているが、
さすがに母親に見てもらいながら料理をするのは気恥ずかしくて頼めやしない。
結果として代わりに渡されたのは、百円ショップで調達したのだろうプラスチックのピーラーと、
ごろごろと入った野菜で今にもひっくり返りそうなザルとボウルだった。
下ごしらえを任された下級生たちの反応は、男子と女子で綺麗に別れたのは言うまでもない。
最初こそ滅多に無い経験に目を輝かせて、真面目にひとつひとつ水洗いする係、
ピーラーでひたすら皮を剥く係、大量のお米を洗う係と仕事をこなしていたのだが、
30分もすれば黙々とやっている女子はさておき男子は飽きてしまう。
包丁を握らせてもらえないせいで、実際に野菜を切ったり、じゃがいもの芽をとったり、
肉やウインナーを切ったり、といった作業すら上級生に独占されてしまっているのだ。
そのため、危険が伴う作業に保護者が自然と集中してしまうのはある意味仕方のないことで、
大人たちの目が手薄になり、褒めてもらえる気配すらないと察知するや彼らの手のひら返しは早かった。
単調すぎる作業ばかり押し付けられているという現実は、
たちまち慣れてしまった下級生たちに飽きと不平、不満をもたらす。
つまらない、と愚痴をこぼしたのは誰だったか大輔は覚えていない。
しかし、あっという間に広がっていった同調は主に男子の間に広がっていき、
かねがね同意だった大輔も手元がお留守になる。
やがて隣に座っている友達との会話に夢中になり、順調だった作業に滞りが見え始めると、機敏に反応したのは女子だった。
小学校低学年は男子も女子もあまり性差はでないが、成長期が早い子だと男子よりも身長も体格も精神面でもずっと大人びていく事が多い。
そのため、大輔が参加しているグループもその例にもれず、男子のことをまだ子供だと馬鹿にしている子がちらほら出始め、
そのなかでもリーダー格の子が代表して文句を言いに来ることが多かった。
子ども会のイベントでは、度々男子の不真面目さを優等生よろしく指摘する女子と男子で喧嘩になるか、
目ざとく保護者に密告した女子に男子が報復でケンカを売りに行く、という仲間割れが発生するのが恒例行事となりつつあった。
今回は後者がそれに当たる。
子ども会のイベントは学校と違ってその子供の両親が参加しているという大きな違いがあり、
直接その親に密告するほうがダメージがでかいと女子はよく知っていたのである。
こうしてアドバンテージを最大限に有効活用された結果、
その男子のある意味筆頭でもあった大輔、他数名の男子下級生は両親に捕まり、
公衆の面前でこっぴどく叱られたのは言うまでもない。
やんちゃ盛りのスポーツ少年に、ちまちまとした作業を当たらせるのは少々酷だと判断したのか知らないが、
大輔は呆れた様子で母に罰として、男子上級生達に混じって飯ごう炊さんに使うマキを拾ってくるように命じられたのだった。
してやったり顔の幼馴染をにらみつつ、そのメガネに今度落書きしてやると犯行予告を心のなかに刻みながら、
大輔は上級生グループに追いつくべく荷物を持ってかけ出したのだった。
ちなみに罰を命じられた瞬間、よっしゃ、ラッキーと反省ゼロのガッツポーズを目撃した母親は、
大いに肩をすくめてあまり遠くに行かないようにと釘を差したのは別の話である。マキ集めなんてさらさら大輔にやる気など有るはずもない。
折角目の前に今まで行ったことのない知らない場所が広がっているのだ。
くまなく探検したってなんら問題は無いはずだ。
あとで女子に自慢してやろうと考えながら、大輔はマキ拾いの場所として教えられた場所へと急いだのである。
山道を抜けると祠が立っていた。
ここまで来てようやく知っている顔を見つけた大輔は、早速大声でその人の名前を呼んだ。
「太一さーん!空さーん!」
大輔の声に気付いた二人が手を振り返してくれる。
一目散にかけ出した大輔に、太一と呼ばれた青い服装の似合うゴーグル少年は驚いたように名前を読んだ。
何故か木の上で昼寝をしていたらしい彼は八神太一、大輔の通うお台場小学校のサッカー部の先輩である。
サッカー部のエースであり、キャプテンとして多くの部員を抱えるサッカー部を纏め上げている頼れる先輩といったところか。
ちなみにあこがれの先輩である太一のトレードマークとも言えるゴーグルを、
何度か大輔はねだっているが、今のところ却下されて撃沈している。
結局自分で似たようなゴーグルを見つけて付けるようになってから、
真似すんなよ、と軽口叩かれるようになった。
太一の妹に光という大輔と同級生の女の子がいるが、今日は風邪をこじらせて休みである。
一緒に行くと最後まで強情に粘る妹を説き伏せるのに苦労したと笑う太一の話を聞くたびに、
今まで同じクラスになったことがなく、こういったイベントで挨拶する程度でよく知らないが、
太一さんが大好きなんだろうなあと大輔は思っていた。
そりゃあ、こんなに可愛がってくれるお兄ちゃんがいるなんてうらやましい限りである。
姉といわば同属嫌悪を通り越した複雑な関係を形成している大輔にとって、
それが大きなハードルとなり、今となっては家族にうまく甘えることができないという寂しさを抱えている。
妹がいることで兄として人に頼られることが当たり前だ、
というスタンスの太一は非常に居心地がいい存在だった。
太一も、懐いてくれる下級生をもつことに満更でもないため、かねがね良好な関係を構築しつつある。
しかし、姉とのことを知られたくない大輔は、家に友達を呼んだことはない。
もっぱら遊びにいく専門のため、休日なんかは友達とも太一とも外で遊ぶことがほとんどである。
詳細について知っている人間は皆無だった。
今のところ大輔は打ち明ける気もないし、今更相談できる問題でもないため、
だれも知らない状態である。
よいせっと軽い身のこなしで木から飛び降りてきた太一が、よう、と笑った。
「大輔じゃねーか、どうしたんだよこんなトコで。下級生は料理の手伝いじゃなかったっけ?
あー、まさかお前面倒になって逃げてきただろー」
「違いますよ!ただ、みや、じゃなかった女子がサボってるってちくったせいで、
マキ拾い手伝って来いって言われただけですってば!」
「駄目じゃない、大輔君。仕事はきちんとしないとね」
「はーい」
先程空さんと呼ばれたボーイッシュな服装の女の子は、
太一と幼馴染で、同じくお台場小学校5年生の竹之内空という。
お台場小学校のサッカー部は、女子でも混じって参加することができる。
大輔がクラブに入ったとき、空は太一とツートップでお台場小サッカー部の黄金期を支えている紅一点の女子選手だった。
そして、親睦を深めて今に至る。
残念ながら足にケガをしてしまい、休止状態である。
無理をおして出場した大会で、無念の敗北を喫した遠因となったのを負い目に感じてか、と噂されている。
俺たち、いつでも待ってますよ、とエールを送る大輔だが、
なぜだか空は、いつも複雑そうな笑顔でありがとうというだけだ。
真面目な人なんだろうなあ、と大輔は思っている。
密かにジュンじゃなくて空が本当の姉だったらいいのに、と思い描くこともしばしばだ。
空は大輔が思い描く理想の姉ともいうべき存在だった。
自分のことを否定しないし、理由もなく理不尽な命令も言わないし、悪口も言わないし、
なによりもサッカー部の大会があると必ず来てくれて、レギュラーだけでなく補欠やサッカー部のみんなを褒めてくれる。
自分がサッカー部に入ると決めてから、一度も見に来てくれたことの無い、
おそらく興味もないだろう姉とは大違いである。
お前空の前のほうが素直だよな、と口を尖らせる太一の言葉に、はあ、と大輔は首をかしげた。
なんのことかさっぱりわからない。
大輔にとって太一も空も理想の兄や姉というフィルターが掛かっているせいか、
上級生相手ではそういった方面はとんと無頓着でもあった。
ちなみに太一はかわいがっていたいとこが、
実は他の親類に対しても、結構懐いているのをみてショックを受けるのと同じダメージを受けているだけである。
意匠返しに羽交い締めを食らってちょっかい掛けられる。
なんとか逃げ出した大輔は、けほけほと軽く咳き込んだ。
「なあ、カレーってどこまで進んでる?」
「まだ下ごしらえの準備っす。まだまだかかりますよ、きっと」
「うへえ、腹減った」
「太一ソレばっかりね」
「だって朝光説得すんのに時間掛かってさ、だめなんだよ。あーもー、腹減った」
大げさにお腹を抑える太一に、空と大輔は笑った。
「あ、雪!」
緑色の帽子と服が印象的な見たことのない男の子が無邪気に声を上げる。
大輔と同じくらいだが、団地住まい向けの子ども会主催のサマーキャンプに、
無関係な子どもが紛れ込んでいるとは考えにくい。
小学校は普通同じなはずだし、団地に住んでいるなら顔も名前も大体憶えている自信のある大輔はてんで記憶になかった。
あんな奴いたっけ、と考えながら大輔は本降りし始めた雪に見入る。
謎の小学生は、傍らにいた同じ金髪をしている上級生らしき男子に話しかけている。
あの人なら見たことある。太一さんとよくいる人。仲いいんだろうか。
つられて大輔も空を見上げると、さっきより降量が増えている気がする。
8月なのに雪?と仰天する声がして振り向けば、パソコンをいじっていた上級生。
カウガールのような格好をしている女子生徒に、
何やらカバンを抱えて走ってきた、最上級生らしい男子生徒が何やら話しかけていた。
「やべえな、そろそろ帰ろうぜ」
「そうね、ちょっと寒いもの。行きましょ、大輔君」
「ハイ」
急に気温も下がり、猛吹雪の予感すらしてきた。
これはさすがにマキ拾いなどしている暇はない。
すると大輔の首もとにかけられていたPHSが音をたてる。
あわてて覚えたばかりの手順で耳を押し当てた大輔に、少々慌てた様子で母親の声がした。
『大輔、今どこにいるの?』
「え?あ、太一さん達と一緒にハイキングコースの崖のとこ」
『急に天候悪くなっちゃったから、とりあえずキャンプは中止ですって。
太一君達にも駐車場でまってるから、早く戻ってらっしゃいって伝えてくれる?』
「おう、わかった!」
PHSを切り、早速太一たちに事情を話した大輔は、太一が周囲にいた子供たちにも説明するのを確認する。
さすがにこの猛吹雪の中行くのは危険だというメガネの上級生の意見により、
たまたま近くのお堂に逃げこむことにする。
空に連れられて同行した大輔は、しばらくしてやんだ雪により、一面銀世界に包まれた光景にテンションが上がる。
大輔の目の前をさっきの謎の小学生が走っていく。
それを太一の友達の上級生が、危ない、とか、風邪引くとか注意しながらかけていく。
まるで兄弟みたいだが、太一さんの話では聞いたことないなあ、とぼんやり思う。
羨ましいと嫉妬の根が張ることに気付いていながら、大輔は見て見ぬふりを決め込んだ。
一目散にかけ出した大輔に、ずりーぞ置いてくなよ先輩差し置いて!と
憤るキャプテンの声がするがスルーである。
雪玉でもぶつけようかと手にとろうとした大輔は、
カウボーイハットの上級生がテンション高く上げる声に顔を上げた。
「すごーい綺麗!あれって、オーロラ?日本でも見れるんだー!」
思わず見とれる大輔は、ありえないと頭をかかえる最上級生の言葉も、
何故かさっきまでつながっていたネット通信も、携帯電話も、使えないと戸惑う上級生の言葉も気づかない。
よって、大輔のことを心配してさっきから電話をかけているのだが、
なぜか繋がらなくなっているPHSの向こう側の母親の心労など知るはずもない。
オーロラが本来オゾン層と太陽光線の関係で発生する現象であり、
オゾン層が限りなく薄くなる南極もしくは北極でなければ観測されないことなど、
まだ小学2年生である大輔が知るはずもないし、
そもそも日本で観測されるのは極北に位置する場所だけであることなど分かるはずもなかった。
ただニュースで洪水が起こったとか、地震が起こったとか、
やけにニュースが多いなあくらいしか気に留めていない小学生に、そ
んな難しい話を理解するほうが困難である。
なんにせよ。
その見とれていたオーロラから突如放たれた光に気付いたときには既に遅く、
大輔、そしてたまたまその場所にいた他7名の子供たちは、
その光りに包まれてどこか知らない異世界へと飛ばされてしまったのである。
第一話 激闘!サイバードラモン!
「ここ………どこだよ……。太一さーん!空さーん!誰かーっ!いたら返事してくれよっ!!」
気がついたとき、大輔はテレビの中でしか見たことがない、ジャングルの密林の中にひとり倒れていた。
そばにいたはずの太一も空も、他の子どもたちの姿も見当たらず、
さっきから必死に大声を上げて助けを求めているのだが、返事はなし。
代わりに聞いたこともないような猛獣らしき声が聞こえてきて、
恐怖のあまり立ちすくんでしまったほどである。
迷子になったらその場からなにがあっても動くなと、
大型ショッピングモールに家族連れで買い物にいくたびに、
姉から聞かされていたためか、体に染み付いていた。
闇雲に動き回られるとすれ違いになったり、
時間が掛かったりして二度手間で迷惑をかけるだけだから、と何度となく叱咤されてきたのだ。
泣きべそかいて母親にすがった幼少期、もうこのころから既に姉は冷たい目で自分を見ていた気がする。
お客様サービスセンターで両親を待ちわびる子供は、誰もが無事でよかったと笑顔で頭を撫でもらったり、
手をつないで帰っていたのに、姉にそういう事をされた記憶はない。
探せど探せど、姉からの愛情を感じ取れるような思い出が、皆無だという事実が重くのしかかる。
そのことに気付いてから何年経っただろうか、大輔は姉に弟として愛されることを半ば諦めていたのかもしれなかった。
だから、なおさら。
無意識のうちに姉として、兄として、重ねてみていた太一と空がいないという現実は、大輔にとって凄まじいダメージを与えていた。
泣きそうになるのを我慢して、必死に呼びつづける大輔の声が響くことなく密林の中に溶けていく。
どうしよう、どうしよう、とパニック状態になりつつあった大輔は、
首にかけられていたPHSに気付いてあわてて母親に連絡しようと操作するが、
圏外という表示が無常にも記されただけだった。
途方にくれる大輔は、無意識のうちにPHSを両手で握り締め、祈るような思いで待っていた。
いつも待っていれば必ず誰かが声をかけてくれたのだ。
淡い思い出が、彼の性分である無鉄砲を抑えこみ、直感で進んでいくという無謀な行動を抑制していた。
彼がその自由奔放な行動を発揮することができるのは、心に余裕が有るときだけである。
まだ幼い彼が突然置かれた環境を楽しむことができるような楽天さは持ち得ていなかった。
その判断はかねがね正解といえる。
現在彼がいるのはファイル島のとある密林地帯、現在彼が見つめている先の山道は崖が待ち構えていた。
しかし、待っていれば誰かが助けに来てくれる、という淡い期待は、この日を境に木っ端微塵に粉砕することになる。
がさり、と音がした。ほっと安堵して大輔が振り返ると、巨大な影が落ちる。
大輔は一瞬呼吸の仕方を忘れてしまった。
なぜなら、彼の何倍も大きな大きな巨体が彼を見下ろしていたからである。
真っ黒な体をした大男が、4枚の赤黒く染められた血のような羽を揺らし、
しっぽをゆらし、ゆうゆうとこちらに近づいてきたからである。
表情が読みとれない銀色の仮面からは、鋭いツノが二本頭上に突き出している。
その鈍色の仮面に歪んでうつる、今にも泣きそうな子どもが自分であると気付いた大輔は、あわててかけ出した。
大男は無言のまま、凄まじいプレッシャーを帯びながら迫ってくる。
なんなんだよ、あいつ!と大輔は訳がわからないまま絶叫した。
デジモンデータ
サイバードラモンーCYBERDRAMON―
レベル:完全体
タイプ:サイボーグ型
属性:ワクチン種
どんな攻撃にも耐えられる、特殊ラバー装甲に身を包んだ竜人系のサイボーグ型デジモン。
コンピュータネットワークにウィルス種のデジモンが発生すると、
どこからともなく現れて全て消滅させてしまう。
特殊ラバー装甲は、優れた防御能力だけでなく、攻撃力をも増幅させて繰り出せる機能も持っている。
必殺技は、両腕から構成データを破壊する超振動波を出して、敵の周囲の空間ごと消し去ってしまう「イレイズクロー」だ。
走って走って走って、追い立てられるように走っても、低学年の体力と持続力ではどうしてもすぐにバテてしまう。
時折後ろを振り返りながら一直線に逃げていた大輔は、突然広がった視界に戦慄を覚えた。
ころころと蹴飛ばした石が奈落の底へと誘わんとして、口を開けて待っている断崖絶壁。
退路はない。振り向けば、正体不明の怪物がその鋭利な爪と腕にあるブレードを豪快に振り上げているところだった。無
我夢中で助けを求めて叫んだ大輔の目前に、容赦なく暴力が襲いかかる。
飛び降りるかどうか必死で考えた大輔は、
その豪腕で体ごとたたきつぶされて殺されるくらいなら飛び降りてやる、と即決して、決死のダイブをはかった。
これがひとつのきっかけであったかもしれない。
少なくともこの日から、大輔は自分から動かないと誰も助けてくれないのだと、強烈に思い込むようになっていた。
その時である。
無防備に投げ出された小さな体を受け止める何かが、横からサイバー・ドラゴンのもとを飛び去った。
空振りした豪腕から振り下ろされた爪が、さっきまで大輔がいた断崖絶壁をえぐりとり、
奈落の底へと轟音をたてて落としてしまう。
そして目前で獲物をかっさらった、新たな敵を無機質な視線で見つめるのだった。
「おい、おーい、大丈夫か?起きろ、やばいんだから!」
たしたし、と軽く叩かれ、記憶が彼方に飛んでいた大輔が目を覚ますと、ものすごい風圧が大輔を襲う。
反射的にゴーグルをした大輔に、便利だなソレ、と太一くらいの謎の少年が何かにつかまりながら大輔を支えていた。
ほら、捕まれよ、と手を差し伸べられ、わけがわからないまま、真っ青な何かに捕まった大輔は、
自分が何かの動物の上に乗っており、それが大きな羽を羽ばたかせていることにきづく。
大きな尻尾とまるで恐竜のような姿。ゲームで出てくるドラゴンを彷彿とさせるそれ。
驚きのあまり手を離しそうになり、暴れると落ちるってば!と少年に指摘され、
慌てて少年の体にしがみついた大輔は訳がわからず少年に疑問をぶつける。
「え?え?ここどこ?こいつなに?!えええっ?!」
「だから暴れるなよ、落ちるってば!あーもう、賢くらいの癖に落ち着きない奴だなあ。
俺は遼。秋山遼。アンタは?」
「お、おれ?オレは大輔。本宮大輔」
「そっか、大輔。オレがさっき、崖から落ちたアンタを助けたんだ。な?エアロブイドラモン」
「そうだよ、大輔。崖から飛び降りるなんて危ないじゃないか!なんでオレ連れてないんだよ、はぐれたの?」
「うわっ?しゃべった?!」
「何いってんだよ、大輔。オレだよ?進化の姿違うけど、覚えてないの?!」
「はあっ?オレのこと知ってんのかよ、お前!」
「あれ?おかしいな。人違いじゃないのか?」
「違うって!オレが大輔のこと見間違う訳ないじゃないか!
オレだよ、大輔!パートナーのブイモンだよ!覚えてないの?ホントに?」
「ぶ、ブイモンだか、なんだか知らないけど、オレアンタたちのこと知らないって。
なんなんだよ、ここ!オーロラに巻き込まれて気づいたらここにいたんだけどっ」
「………おい、エアロブイドラモン、どーいうことだよ。ゲンナイさんが言ってた時間軸じゃないじゃないか!」
「お、オレに言われても知らないよ!オレはただゲンナイさんが言うとおり、
この先にあるアジトをぶっ潰せっていわれただけで……!」
「くっそ、こんなところにまで時間の歪が起きてんのかよ!
入るゲート、やっぱとなりの奴であってたんだ。間違えた!」
「なにわけ分かんないこと、話してんだよ、あんたら!」
「詳しいことはあとで。まずは、サイバードラモンをなんとか正気にしなきゃ」
「黒い歯車で操られてるんだよ、遼!」
「ったくもー、強い奴の気配がするって勝手に飛び込んどいて、
なに操られてんだよ、バカ!早く目覚ませよ!」
デジモンデータ
エアロブイドラモン
レベル:完全体
種族:聖龍型
羽が生え、空が飛べるようになった青い大型の竜型デジモン。
遠距離攻撃、接近戦どちらも対応でき、空中戦を得意とする。そ
の姿はさらなる試練と戦歴を得たものだけが到達できる姿とされ、
伝説にも歌われている。
必殺技は逆V時の光線を口から吐き出し、相手を引き裂くVウイングブレードだ。
とりあえず、サイバードラモンと呼ばれたバケモノは、本来遼の仲間らしい。
遼がエアロブイドラモンに指示している方向を凝視すると、確かに後ろの背中に黒い歯車みたいなものが突き刺さって見えた。
好戦的らしいあのバケモノが飛び出していって、もともと来る予定ではなかったところに来てしまったらしいが、大輔はそのおかげで命拾いしたわけで、そのゲンナイとか言う人に大輔は密かに感謝した。
どうやって壊すのか遼は困っている。サイバードラモンがこっちに気付いて、一気に急上昇したのだ。
逃れるように大きく旋回する図体にしがみつきながら、大輔は、勇ましく仲間を救おうと頑張る遼の姿を間近で見たのである。
それはそれは、強烈なインパクトを持っていた。
何か止めるものがあれば、とつぶやいて必死に考え込んでいる。
エアロブイドラモンが言うには、サイバードラモンは容赦なく襲いかかってくる猪突猛進型だから、
背中を向けることは絶対にありえない上に、エアロブイドラモンのスピードでは撹乱は無理らしい。
だからといって逃げるのは仲間を見捨てるからできないと必死で打開策を考えている遼。
なにもできない自分を歯がゆく思いながら、大輔はふと有ることを思いついてリュックの中を探った。
「なあ、これ、使えないかな?」
「おおっ!サンキュー、大輔!これならなんとか行けるかも!
よっしゃ、行くぞエアロブイドラモン!あの脳筋の目を覚まさせてやんないと!」
「OK,遼。さっすが、大輔。オレのパートナーだけあるよな!」
「だからお前誰だよ」
さっぱりついていけない大輔は、とりあえず目の前の驚異に集中することにした。
チャンスは一度だけ。緊張のあまり震える手を必死で堪えながら、
大輔はエアロブイドラモンの頭の上までよじ登ると、追いかけてくるサイバードラモンをみた。
遼が後ろから白いデジタル時計のようなものを取り出して、構えている。
なんかのどっきりメカなのだろうか。
遼が後ろから3,2,1,とカウントしてくれる。
せーの!で大輔は使い捨てカメラのフラッシュをサイバードラモンにかざした。
「よっしゃ、今がチャンス!」
一瞬まばゆい光に反射的に振り払う動作をしたサイバードラモンの隙をついて、
大きく旋回したエアロブイドラモンはその口から豪快にビームを発射した。
「Vウイングっ!!」
放たれた光線が黒い歯車に直撃する。
その衝撃により、豪快に吹っ飛ばされたサイバードラモンが岩壁に縫い付けられた。
「だ、大丈夫なのか?味方なのに!」
「大丈夫だって、あの戦闘狂。ほっといてもピンピンしてるから」
「だな」
「ありがとうな、大輔。お前のおかげで助かったよ」
くしゃくしゃ、と頭をかきなでられて、大輔は照れくさくなって、そんな事はないと首を振った。
弟という立場でずっと生きてきた大輔にとって、人から頼りにされて感謝され、
そして褒められるという体験は数えるほどしかない。
屈託ない笑みを向けられ、ありがとう、と口にしてくれた遼は、大輔にとって凄まじい衝撃を与えたも同然だった。
人から頼りにされるということは、こんなに心が暖かくなるものなのか、
くすぐったくなるものなのか、と初めて知った感覚に戸惑いを隠せない。
生まれて初めて、対等に認めてもらえた気がして、大輔は気分が昂揚するのが分かった。
太一が下級生のサッカー部員に対して「頼れるお兄ちゃん」であろうとする理由が少しだけ分かったきがした。
この体験は、大輔の中に強く刻み込まれ、太一と同様に少しでも人から頼りにされる人間になりたい、
という大輔の初めて抱いた希望をはっきりと自覚させるきっかけとなる。
いまはまだ、その時ではないけれども。
思い出したように、大輔はつぶやいた。
「ところで、ふたりとも、何者?」
エアロブイドラモンと遼は、どこか気まずそうに目を逸らした。
微妙な沈黙の中、先程紐なしバンジーを決行した崖へと再びエアロブイドラモンは、大輔を下ろしてくれた。
ようやくお待ちかねの質問タイムである、筈なのだが、
遼とエアロブイドラモンはさっきの潔さはどこへやら何やら焦っている様子である。
さすがの挙動不審に大輔はジト目で睨みつけた。
「なあ、ここってどこ?お台場の近く?」
「いや、違うよ。えーっと、その、あえて言うなら、異世界、かな?」
「えっ?!異世界?どういう事だよ」
「うーん………なんていうか、どこまでいっていいのやら、ええっと、その」
「どうかした?」
「………驚かないで聞いてくれよ、大輔。実は俺たち、未来から来たんだ」
「・・・・・・・・・・・えー」
「信じてくれないの、大輔?!」
「だから、なんでお前はオレのコト知ってるんだよ」
「そりゃ、オレと大輔は運命共同体だからだよ。パートナーなんだから」
「だから、そのパートナーってなんだよ」
「だーもー、エアロブイドラモンは黙っててくれよ、ややこしい。
俺達はとある事情で未来から来て、こうして敵と戦ってるんだ。
大輔たちを助けるために」
「助けるため?」
「信じてくれとは言わないけど、本当なら俺たち大晦日に会う予定なんだ」
「大晦日?………意外とすっごい近くの未来だなあ」
「まあ、そういうわけで、未来から来たから、いろいろ喋っちゃうと未来が変わっちゃうっていうか、
俺達と大輔が出会った時点でいろいろやばいかもしれないけど、
これ以上の変化はこわいから黙っててくれ」
「えー」
「頼むよ、このとおり!」
太一ほどの年上の人間に頭を下げられることに慣れているはずもない大輔は、
なんだか申し訳なくなってきて分かったと頷いた。
あからさまにほっとした様子で遼は胸をなで下ろす。
「その様子だと、まだブイモンとは会ってないみたいだな。
これから会う仲間なんだ、大切にしてやってくれよ」
「そっちの俺にもよろしくね、大輔」
「なんか意味分かんないけど、分かった」
「ここにいれば助けはくるから、安心してよ」
「未来予知?」
「まあね」
わかったと頷いた大輔に、じゃあ半年後に会おうな、と意味不明な言葉をのこじて秋山遼とエアロブイドラモン、
そしてサイバードラモンは空の彼方に消えてしまったのだった。
しばらくして、これからどうしようか途方にくれている大輔を発見した太一から、
大声で呼ばれるまで空の彼方を大輔は眺めているのだった。
本日の特別ゲスト
秋山遼
デジモン02の賢の回想、およびデジモンテイマーズにも出演した。
ワンダースワンソフトから始まるのデジモンの育成シュミレーションゲームシリーズの主人公である。
デジアド及び02に密接したストーリーシナリオとなっているが、細部には矛盾も見られるため、
ゲームとアニメはパラレルワールドということになっている。
このSSに登場した遼の時間軸は、このシリーズ初のゲーム、アノードテイマー&カソードテイマー である。
ゲームのあらすじは以下のとおり。
デジアドの冒険が終わり、『選ばれしこども』達に平穏な日々が戻ってきた。
しかし、彼らに倒された敵の生き残り・ムゲンドラモンとキメラモンが互いに生き残るために融合し、
ミレ二アムモンとして復活、時間を操る能力を駆使してかつての強敵デジモン達を復活させ、
こども達を異空間へ幽閉してしまう。
大晦日にチャットを楽しんでいた主人公・秋山リョウが太一のアグモンに助けを求められ、
デジタルワールドで冒険をすることになる。
敵の時間を操る能力のため、太一たちの冒険がなかったことになり、
時間が夏の時代に戻ってしまっている。
それを救うために太一たちが過ごした冒険をつい体験する内容になっている。こ
のSSでは大輔が初代選ばれし子供のため、反映されたようだ。
ちなみにサイバードラモンはテイマーズにおいて相方として出演している。
このゲームでブイモンは出てこないが、続編には初期の相棒候補として登場する。
そしてそのブイモンがアニメのブイモンと同一個体であることが明かされているが、詳細は不明。
アニメでも何らかのかかわりがあったと思われるが、
アニメで唯一接点が確認されている、ゲームでもアニメでも選ばれし子供として遼と共に冒険したはずの賢が、
暗黒の種の副作用で当時の記憶を喪失しているため回想の真意は不明である。