チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[19301] コードギアス  円卓のルルーシュ 【長編 本編再構成】
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2011/04/27 20:19

 コードギアス 円卓のルルーシュ 序・上




 砂丘と共に拡がる灼熱の世界があった。

 世界最大の半島・アラビアに広がる、ルブアリハリ砂漠。ブリタニア語で「空虚な一角」と意訳される世界最大級の砂砂漠。広大な敷地と比較して、その地に住む人間の都は、余りにも小さかった。
 天上から照らす太陽は光量を緩める事は無い。幾重にも重なる砂の山を映し、大地から照り返した光が、周囲をさらに過酷な環境へと変えていく。
 大地に這うように茂る草が、乾燥した風で煽られる。蜘蛛、げっ歯類、そして彼ら植物しか、砂漠の中では生きる事は叶わない。古来には存在したと言われる文明も、既に砂の中に埋もれている。
 普段ならば乾燥した匂いしかしないだろう、その吹きすさぶ風に。

 (死の、臭いだな……)

 濃密な、死の香りが充満していることを、彼女は空気から読み取った。





 無数の兵器が蹂躙する熱砂の大地。
 戦争を遥か眼下にして、飛行する影が有る。野鳥では無い。より巨大で、より武骨な、鋼の塊が飛んでいるのだ。それは、上昇気流と強風、生み出された雲を切り裂き、上空を旋回する一隻の戦闘機だった。
 より正確に言えば、戦闘機風の「何か」だった。

 並みの、そして普通の戦闘機では無い。特筆すべきはその大きさだろうか。
 巨大なのではない。その真逆。非常に「小さな」機体だった。ナイトメアフレーム輸送機であるVTOLに比較して、二分の一程度。恐らく全長でも八メートルも無い。超小型の機体は、しかし――それ自体も、普通では無かった。

 優雅に、しかし高速で飛翔する機体は、カタカナの”コ“の字に近い。コの字の両端には艦砲が備え付けられ、二つの角を覆う様に六枚の飛翔翼が取り付けられている。中心線に沿う様にパイロットブロックが置かれ、その内部で操縦者を取り囲むのが、無数の計器類だ。そして、その計器が映す物は、唯の情報では無い。神経伝達によって情報を得る、乗組員を限定する特別仕様だった。
 武器と機構が飛びきりに優秀だが、その性質故に、通称を『空飛ぶ棺桶』と呼ばれる、カスタム品。
 ブリタニア帝国でも扱える者など――――扱い、死なずに戦場から帰還出来る者など、一人しかいない、稼働兵器。

 名を、エレイン。

 神聖ブリタニア帝国の最高戦力《ナイト・オブ・ラウンズ》所属の機体だ。
 そのデヴァイサーである彼女は当然、ラウンズの一人である。





 両足で機体を巧みに操縦し、ファクトスフィアで眼下の情勢を読む。戦況の確認をしながらも、神経伝達で情報を処理。腹面・背面と両翼・尾翼の下に付けられたカメラからの情報は多いが、処理をする動きは淀みなく、決して高速ではないが、確実だった。

 (……戦況の優勢は、変わらず、か)

 砂漠の中で、二つの軍勢が争っている。上空から見れば一目瞭然。三角形の頂点をぶつけ合う形で激突した両軍の内、先端が欠け、劣勢に置かれているのが相手。より鋭角にと近付き、相手を分断しようと動いているのが、此方の軍勢だ。
 紅紫の機体が、勇壮に大槍を振るい、その戦陣で踊っている。

 (――――敵の動きは……)

 陣形は似通っていると言っても、保有する戦力に差が有り過ぎる。相手は申し訳程度に布陣を構築しているのに対し、自軍は更に両端から挟み込む形で展開している。分断した相手を挟みこむ布陣だ。
 劣勢が窮地に変化し、追い込まれた相手が、三方向からの攻撃で壊滅するまで、多くの時間は必要ない。





 ルブアリハリ砂漠の東。アラビア海に面した王国・オマーン。首都をマスカットに持つこの国家が、ブリタニアの標的だった。

 アラビア半島を支配する為に、絶対に奪取しておくべき戦略的重要拠点である。
 オマーンは、東アフリカ・中東・ペルシア湾岸・インドを結ぶ航路を有している。また南部の港町、サラーラには経済特区や大規模輸送コンテナが置かれ、各地に物資の運搬している。港町は、敵にとっても味方にとっても、必要不可欠な場所である事は、素人にも理解出来るだろう。
 アラビア半島を攻略する為の足懸り。

 この侵攻作戦に加わっている軍人は、そう指令を受けていた。





 (……まあ、其れが表の理由だがな)

 高度を飛行しながら、窮屈なコックピットの中で息を吐く。外見こそ戦闘機だが、操作室はむしろ、今尚も眼下で猛威を奮う機動兵器・ナイトメアフレームの物に近い。
 両足で機体を稼働させ、両腕で攻撃操作を行う。その仕組みが、戦闘機へとシフトしているだけだ。勿論、飛行であるのだから、バランス感覚は直立歩行以上に要求される。
 しかし単純に言ってしまえば、この『空飛ぶ棺桶』ことエレインは、搭乗者の両足さえ完璧に動けば、空を飛べるのである。故に、普通に飛んでいるだけならば、両手は空く。

 (――――しかし、暇だな)

 一通りの情報処理を終え、地上で指揮をしている相方に転送する。返信が来る事を期待してはいない。あちらも戦闘の最中だ。ぐ、と思い切り腕を伸ばしながら、彼女は一息を付いた。

 オマーンを支配する『裏の理由』。
 その理由を知る物は、帝国本土でも一握りしかいない。
 皇帝、宰相、筆頭秘書官、ラウンズと、皇族の一部。世界全土で合計しても、三十人もいないだろう。この戦闘区域で該当するものと言えば、自分達ラウンズ。そして、地上で先陣切って突撃を敢行している、帝国第二皇女のコーネリアだけだ。

 (……しかし、過剰だな。戦力が)

 頭を切り替えて、現状を読み直す。
 この場合の戦力とは、数では無く質だ。十二本の剣の内、三人もの人数が、この地に派遣されている。たった一人で戦況を塗り替え、戦術で戦略を覆す、帝国最強の戦力が三人。過剰の例えは間違いでは無い。

 (本国でも、暇だったが……)

 珍しくも、戦場で暇だった。

 コーネリアの行動は巧みであり、その実力を示していた。上陸作戦を成功させ、重要拠点を次々と陥落させ、首都マスカットの軍勢を打ち破り、結集した残存兵力を、今現在、叩いている。この間に使われた期間は、およそ二月だ。
 確かに消耗はあるし、慣れない砂漠地帯の気候や進軍、戦闘で疲労も重なっている。だから、援軍として皇帝が派遣を命じたのも、理に叶っている。ラウンズが三人も来訪すれば、必然的に兵の士気は上がる。多少の逆境も問題には成らない。

 だが、それでも三人は多かった、と思う。少なくとも、今現在、左側面からの部隊を率いているラウンズ第六席のアーニャ。彼女の仕事は、他の人物でも出来る。他のラウンズが出払っている今、一人だけ、あるいはビスマルクと二人だけで本国に置きっぱなし、と言うのも可哀想なので連れて来たのだが。

 (……私が変われば、良かったな)

 手持無沙汰になった第二席は、再度、息を吐いた。





 ブリタニア軍が優位に進めていた理由の一つに、オマーンの混乱が有る。

 戦略的に重要視されるオマーンだが、アラビア諸国にとってもそれは予想の範疇だ。苦戦は予想されていた。アラビアの攻略の正負は、欧州にも影響を与える。故に、この戦争の結果は、世界的にも注目を集めていた。

 地の理を有する海軍戦力。イエメン、アラブ首長国連邦、サウジアラビア、クウェート、バーレーンなど、オマーンの陥落に寄って危機を迎えるアラビア半島の国家による、豊富な陸上支援。そして近場に補給基地を有する航空、陸上戦力。
 これらを相手に、容易く攻略出来るという予想は立たない。

 まして、ブリタニア軍は、本国からオーストラリア、インドネシアを経由している。長旅をして来たブリタニア軍隊と、入念に準備をして迎え撃つオマーンの陸海空の戦力。
 最終的には数と人材、性能で勝るブリタニアに軍杯が上がるにせよ、時間が懸かるだろう。犠牲も大きく成るというのが、大方の予想だった。

 だが、その予想を、完璧に覆して見せたのが、外交情勢だった。
 半島と大陸の間に存在する、ペルシア湾とオマーン湾。その二つの湾を繋ぐ、ホルムズ海峡。オマーン海軍の主力が置かれたこの地が――襲撃されたのである。


 仮想敵国として長年にオマーンが動向を伺っていた、イランだった。


 ブリタニアの来襲に向けて部隊編成に追われ、数多くの兵力が集結していた時期だっただけに、被害は甚大だった。海軍兵力の数割と、優秀な将官、更には集められていた多くの物資が人員と共に失われた。
 このイランの攻撃に激怒したアラビア半島の国家達だったが、報復を決意する暇も無かった。イランの敵対行動の真意を知る事も無く、オマーンはブリタニアとの戦争状態に突入したのだ。

 ブリタニアの上陸作戦を妨害する役割を担った海軍戦力。受けた痛手、そしてイランの抑制の為に、より多い兵力を取られたオマーン海軍の危機は、そのまま国家消滅の危機に繋がった。
 予想を遥かに下回る損害でコーネリア率いるブリタニア艦隊の上陸作戦は成し遂げられ、展開された大部隊による電撃戦で、南方の要地・サラーラは陥落。集積された支援物資はブリタニア軍に徴発され、その影響が首都の敗北に結び付いたのだ。





 (そしてオマーンは、もう時期に、エリアと呼称される事になる)

 砂の大地の中。随分と戦力が減った事を、金色の瞳で彼女は確認する。
 イランがオマーン海軍を襲撃した理由は、未だに発表されていない。だが、帝国中枢に近い存在は知っている。明確な言葉にはされていないが、断言出来る程に、確信を持っていた。



 イランのオマーン襲撃の裏で暗躍していたのは、帝国宰相のシュナイゼルだ。



 (大方、イスラムの過激派に、発破をかけたのだろうな)

 あの顔と、交渉術。そして裏工作と情報操作。取引と相手への利益。辣腕を振って、言葉巧みに他者を操り、政治の影響を戦場に持ち込む。帝国有数の頭脳を有する彼だからこそ出来る業だろう。
 シュナイゼルの知略。コーネリアの軍略。そして其処に、自分達ラウンズの援軍だ。勝てない筈が無い。慢心している訳でも、傲慢に思っている訳でもない。
 空中から戦況を眺めるラウンズ"最年長"の少女は、事実を確認して。

 (――――ん?)

 違和感を覚えた。自然と両手が、操縦桿を握る。鮮明な情報を得るよりも早く、先程までとは違う雰囲気に、真剣な戦士の瞳に変化する。同時、旋回軌道を変化させ、地上への攻撃準備へと。
 現皇帝が若い時分から、戦場に身を置いていた。その肉体が、本能で動く。

 「索敵から戦闘状態へと移行。神経伝達……切断。――砲撃準備、両門へと充填を開始。加速準備……完了」

 情報収集用の神経回路を停止。肩口から頭を覆っていた機械を背後に送る。彼女専用の精神接続回路――――ギアス伝導回路は、エレインの戦闘には邪魔でしか無い。両足で機体を水平に操ったまま、両腕でシステムを操作し、数秒で準備を終える。

 「戦闘、か?」

 その声に呼応するように、ヴン、と機体が咆えた。より大きな動力を生み出そうと、ユグドラシルドライブの中で、コアルミナスが回転を始める。それは瞬く間に高まり、機体に活力を与えていく。
 緑髪をかき上げ、様子を伺いながら、警戒を強める彼女の下。




 視界の中で、数十のナイトメアフレームが吹き飛んだ。




 「――――なるほど。……切り札。否、隠し玉、か」

 予想が的中した事を知る。
 獰猛な笑みを見せながら、彼女は確認した。最前線のコーネリア、彼女に従う騎士、ギルフォードは一瞬の判断で回避していたが、中央後列で皇女の後を追っていた二十機ほどが大破している。損傷具合から見ても、デヴァイサーは生きてはいないだろう。

 「……なるほど」

 状況は其れほどに難しくは無い。圧倒的優勢を誇っていたブリタニア軍に、唐突に出現した大型陸戦艇が、一斉砲撃を放ったのだ。
 全体を覆う保護色。そして、上面部をネットで覆われた姿は、今の今迄、砂丘の中に潜んでいた事を此方に示していた。無数の機動兵器を隠れ蓑に砂の中に隠れていれば、発見はされ難い。機体の持つ熱量は熱砂で隠され、展開された部隊が策敵を妨害する。
 中々に、理に叶っていた。

 (悪くは無い、が)

 今迄の行動は、ブリタニアの中枢戦力を引き寄せる為の罠だったのだろう。押されている事を承知の上で、引き寄せる策に出だ。そして突出した所を、殲滅出来る威力の砲撃で、叩く。
 砂の中から姿を見せた、大型陸上戦艦。その数は凡そ、四つ。

 「だが、千載一遇のチャンスを、逃したな」

 砲撃がコーネリアに被害を与えていれば違っただろうが、そう甘い話は無い。
 一般兵ならば兎も角、コーネリア程の技量が有れば、巨大な砲塔から発射される弾道など、回避できる。不意を付かれたとしても、火線上から対比する程度は容易いだろう。
 発展第五世代のグロースターの、しかも専用機体。ラウンズに劣るとはいえ、魔女と、帝国の先槍だ。その異名も実力も、伊達では無い。
 戦場に何も支障が無い。障害が増えただけだと、判断をする。

 「戦術の間違いだな」

 四艇全部を一斉に姿を見せるのは、愚策でしか無い。五艇目が隠れていると言ったら少しは感心するが、その様子も無い。四艇も有るのならば、一艇を囮にしてでも、より確実な勝利を求めるべきだった。

 「指揮官の器が知れるが。……面倒だな」

 彼女の周囲に居る指揮官は、誰も彼も優秀だった。コーネリアも、シュナイゼルも、そして今は既にいない、マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアも。帝国最高レベルと比較すると、相手が可哀想かもしれないが。
 何れにせよ、チャンスを活用出来なかった時点で、相手の敗北は決まっていた。後は、あの陸戦兵器をどの様に倒すかだ。

 三本の巨大な足で身を支え、ホバー走行をする巨体。従来の戦車を遥かに超えるだろう。戦艦にも似た格好は、鈍重だが防御力は高い。攻撃力も、連発されれば被害が大きく成るだろう。自軍の消耗を避ける為にも、素早い始末が要求される。

 コーネリアに従っていた戦力は、今の砲撃で被害を受け、立て直すまでに時間が懸かる。だが、一艇ならば、前線の二人で如何にか出来る。

 左翼にはアーニャ・アールストレイムがいる。グロースターを改造した機体だが、大丈夫だろう。

 そして右翼は、もっと心配していない。

 『――――見ていたな?』

 「ああ」

 通信が入った。先に情報を送った共犯者も、同じ事を考えていたらしい。
 目の前のメイン画面に映るのは、彼女の相方だ。ラウンズ第五席の席に座る、戦場の魔王。コーネリアの副官、アンドレアス・ダールトンと共に右翼に展開していた青年だった。
 黒髪に、紫水晶の瞳。誰もが認める、圧倒的な美貌。不遜な笑みを浮かべ、冷静なまま、彼は言う。

 『恐らく、あの中の一艇に、この戦場の将がいる。オマーンの王族は、既にマスカットで確保しているからな。……軍のトップに近い、誰かだろう』




 右翼の正面で、展開されたナイトメアフレームを打ち倒し、巧みな操縦で進む、漆黒の機体が有った。彼女の乗るエレインと同じ、漆黒の彩色に金の縁取りを持つ、鋼鉄の人形。
 グロースターよりも洗練されたフォルム。両腕のソードスラッシュハーケンと、大型のランドスピナー。専用攻撃にこそ乏しいが、代わりに多くの兵器を扱えるだけの万能性と、防御力を有している。
 その上、未完成ながらも搭載された電子解析システム「ドルイドシステム」によって、多量の情報処理だけでは無い。キーボードによるコマンド入力操縦を可能にした、世界でも類を見ない機体。

 名を、ミストレス。

 やはりこれも、乗り手を非常に選ぶ、専用機体だ。





 『私とダールトン、グラストンナイツで一艇は沈める。左翼はアーニャ。中央一艇はコーネリア殿下とギルフォード。残った一艇は――――』

 「ああ、任せろ。ルルーシュ」

 青年に向かって、彼女は言う。皆まで言わずとも十分だった。
 エレインの操縦席の中で、金の瞳に、私を誰だと思っている? と浮かべて。




 C.C.は笑った。




     ◇




 足を踏み込む。機体が下を向き、地面へと滑降を開始する。重力よりも速く、後方に噴き出すブースターが加速を後押しする。地上へと向けて、滑降する様に。

 頭の上に有った蒼い空が消え、目に映るのは褐色の不毛地帯。

 見る者が見れば、流星のような弧を描き、エレインは地上へと急降下していく。

 浮遊感を感じたのは一瞬だった。落下よりも早い加速に、体に重圧が懸かる。眼下に見えていた大地は、見る間に迫る。這っていた蟻がナイトメアと把握され、それが人型に変わり、形状と、手に握られたスピア、翻る帝国旗までもが、鮮明に。

 重力加速度を越える、凄まじい加速力。その中でも失われない旋回性能。慣性と遠心力による加重は、視界を暗く閉ざすだけでは無い。搭乗者の意識と、気絶した操者の命を容易く奪う。高すぎて扱えない機体性能も、このエレインが『棺桶』と呼ばれる理由。

 肺の中から空気を捻りだし、その苦痛を跳ね返す。

 空気抵抗に喧嘩を売り、安全設計を無視し、脱出機構もパラシュートのみ。防御は紙。有する加速力と機動力は帝国最高逢だが、戦闘よりも「操縦」で、乗組員に大きな負担をかける。

 だが、魔女には通用しない。

 風を切る音が聞こえた。砂漠から立ち昇る上昇気流を切り裂く六枚羽が、その風よりも早く機体を運んでいく。

 下へ、下へと。急な坂を滑り落ちる様に飛ぶ機体の中、意識が歪む事は無い。

 足に込めた力を緩めない。速度を落とす事は無い。熟練の足裁きだけで高速飛翔の機体を完璧に操り、その速度を保ったまま、魔女は両の手で、攻撃の準備を始める。

 一切の迷いは無かった。体に染みついた動きは、指先に目を向ける事も無く仕事を行う。

 既に充填が完了した主砲の、発射に向けての動きだ。左手で内壁に備え付けられたコンソールを叩き、砲撃シークエンスに移行。機体正面の戦場を映していたメイン画面の中に、無数の円と、主砲の軌道。そして標的の敵性情報が反映される。

 ギシ、と小さく機体が悲鳴を上げる。微細な振動は、加速したエレインが空気の層へとぶつかり始めている証拠だ。気体から流体へと移り変わる速度。

 音速の壁。

 これ以上に無理を重ねれば空中分解をしかねない。

 ――――変わらない、な!

 だが、己が愛機の名を呼び、魔女は心内で声を上げる。この感覚は毎度のことだ。

 速度を緩める事は無い。緩める事が出来ないのだ。下手に緩めると壊れてしまう。だから速度を保ったままにする。

 機体性能を犠牲にした欠陥品。それでも尚、彼女がこの『湖の貴婦人』を使うのには、理由が有る。

 地面へと特攻を仕掛ける様に、鋭角のまま、地面に向かい。

 ――――――!

 寸前で、思い切り、機体を引き揚げる。

 地面に先頭を向けた機体を、水平に。

 爆発的な加速力を有する、超電導回路のブースターを大地に向けて。

 両肩が外れそうな、首が壊れる程の重圧に、歯を食いしばる。ビギッ――という音は、身体への異常の証明だろう。だが機体に問題は無い。所詮は不死身の肉体。怪我も骨折も問題の無い肉体だ。だからこそ、この怪物を扱える。

 動力稼働率は、殺さない。

 六枚の翼を変形。戦闘機の翼から、鳥の持つ翼の形へと。左右三枚ずつ、重ねられた翼は、大きな抵抗と浮力を発生させ、機体に負荷をかける。

 急激な制動に、叩き下ろされる様な暴風が加わり、衝撃と共に散って行く。

 その中で、墜落軌道を描くエレインを、強引に――――水平軌道に、持って行く!

 ぐ、と沈み込む圧力が懸かった。下方向のエネルギーを、伸び上げる様に。抑え込むのではなく、その速力を持って、向きを変更する様に。

 追われた空気の層が、展開していた敵性機体を押し返す。大気を切り裂く烈風が、砂を巻き上げ、視界を覆う。

 相手が怯むその一瞬の間に、機体は地面との平行移動を取り戻した。数分前と違うのは、高度のみ。

 圧力から解放された動力が、再度の加速を一瞬で生み出す。

 至近距離で発生した暴風が、陣形を乱し。

 ――――抜く!

 一瞬の硬直と、その隙間を縫って、機体は駆けた。

 風も、巻き上げる砂も、置き去りに。

 低空高速飛行のまま、加速する。

 慣性を無視した強引な挙動。しかし機体が壊れる事は無い。外層が悲鳴を上げても支障は無い。火器管制も狂わず、攻撃にも影響は出ない。だから、問題が無い。

 搭乗者が常に万全ならば、この欠陥品は一級品の戦力に変化するだけのスペックを、有している。





 地表寸前。高度は数十メートルの位置。地上からの砲撃を覚悟し、この低空まで下がって来なければ、攻撃が出来なかったのには、理由が有った。

 第一に主砲門の角度がある。多少の角度は修正が可能とはいえ、情報収集を行った高高度から主砲で地上を狙う事は出来ない。戦闘機にとって、地面を攻撃する手段は限られているのだ。
 即ち、爆撃を行うか、地上用の装備を備えるか、機体に角度を付けて地上を狙い撃つかだ。

 コの字型の機体。先端の二門の主砲以外に存在する攻撃武装は、両翼下に装着された対地上攻撃用のミサイルが僅かに四発と、六翼から射出される短距離ハーケンのみだ。
 だが、大火力を誇る二門の主砲が、他の武装を補って余り有った。

 主砲を、ハドロン砲。
 加粒子を放出する、帝国内でも最高峰の火力を誇る武装が、地上攻撃の要だった。

 だが、欠点もある。大多数の軍勢相手でも壊滅を齎すこの兵器は、燃費が悪い。そして、威力と範囲が広大な為、味方にも被害を出し易い。
 故に、軍勢同士が激突する戦場においては、収縮状態での運用が基本になる。

 ホースの先端に圧力をかけた光景を想起すれば良い。収縮して発射した場合、射程が伸びる。貫通力も上がる。しかし同時に、自己に掛かる抵抗も大きくなる事が理解出来る筈だ。

 エレインは、最低限の構成で成り立っている。
 二門のハドロン砲。主砲を放つ為の動力源が二つ。機体を動かす為の動力。飛行とバランサー用の六枚羽。そしてギアス伝導回路を内蔵した、魔女だからこそ扱える情報機構。防御を極限まで擦り減らし、安全設計もギリギリだ。緊急時の、自動での脱出装置すら無い。

 故に、軽い。空を飛行する以上、推進力と比較して軽いのは当然だが、エレインは軽すぎる。
 その軽さ故に――――絶大な威力を誇るハドロン砲を撃つと、反動で後ろに下がってしまうのだ。

 だから、反発を防ぐ為には、発射する際に、事前の加速が必要となる。
 加速をしなければ安全性は格段に上がる。しかし、発射の反動で後退していく機体が、正確に砲撃を対象に命中させられる筈が無い。
 なにより、後退した事による停滞と、再度加速する為の時間が無駄だと、魔女は考えた。

 一撃の試し打ちならば、無駄を発生させても良いかもしれない。だが、此処は戦場で、不測の事態を常に考慮する必要がある。

 世界は、何が起きるか、分からないのだから。





 ナイトメアフレーム一流技能を持ってしても、戦場に出て、操り、帰還する事は自殺行為と言われた、エレイン。

 ――――だからこそ、不死身の魔女に、相応しい。

 全長五・四七メートル。駆ける機動兵器と違いの無い大きさの機体を繰り、陸上戦艦へ。
 火線軸上に味方の姿は無い事を確認し、主砲を向ける。

 左翼の揚陸艇が炎上した。連続する爆音の向こう。黒煙に紛れて、重武装の砲撃火器類に身を包むアーニャの機体を確認し、魔女は自分の仕事を開始する。
 火線軸上に、味方機体は無い。画面に映る陸上戦艦を、主砲は完全に捉えていた。
 陸戦艇を援護しようと、幾つものナイトメアフレームが周囲に展開している。全滅を目前にした兵達が、地上を必死に駆け、命中率を気にせずに銃口を向ける。
 懸命に抗う機体と乗者達に、僅かな憐憫を感じ。

 「――――済まないが、無駄だ」

 神技的な技量で機体を制御し、最小限の動きで対空砲撃を回避し、魔女は操縦桿の砲撃ボタンを押した。
 躊躇う事無く、実行に移した。

 見る物に不吉な物を感じさせる、血の色にも似た一撃。
 機体の咆哮と共に放たれた赤黒い粒子砲は、一直線に宙を裂く。
 予定射線と寸分違わず軌道を描く、ハドロン砲の一撃は――――。






 ――――守っていた援護機体もろとも、陸戦兵器バミデスを、完膚無きに焼き払った。









 皇歴2010年。
 神聖ブリタニア帝国のアラビア半島への進軍の結果、オマーン王国は滅亡。
 エリア18と名を改め、支配下に置かれることとなる。














 登場人物紹介①

 C.C.

 神聖ブリタニア帝国の最高戦力、皇帝直属《ナイト・オブ・ラウンズ》の第二席。
 緑髪・金眼の美少女だが、本名を初め、年齢、出生など、その経歴は謎に包まれており、正体を知る物は数えるほどしかいない。
 現皇帝シャルル・ジ・ブリタニアが即位する以前よりもラウンズに所属しており、帝国の上層部の多くとは旧知の仲らしい。

 搭乗機体は「エレイン」。
 名前の由来は、アーサー王に聖剣を授けた『湖の貴婦人』『湖の乙女』から。





 6月3日 投稿
  14日 修正




[19301] コードギアス  円卓のルルーシュ 序・中
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2010/06/05 21:32


 コードギアス 円卓のルルーシュ 序・中




 マスカット市内へと凱旋するナイトメアフレームがあった。ブリタニア帝国の第五世代グロースターをモデルに、多重装甲と、可能な限りの重火器を兼ね備えた、カスタム機体だ。平均重量を遥かに超える機体ながら、外見に似合わない優雅な動きで、周囲から遅れずに行動している。

 カラーリングは赤紫。グロースターの紫よりも紅い、緋色に近い色をしている。搭乗者の趣味なのか、所々に塗られた黄色が、殺戮の道具に僅かな可愛らしさを産んでいた。

 ファクトスフィアが、搭乗者に、周囲の様子を伝えて来る。

 焼け焦げた家屋。崩落した建物。陥没した地面は砲弾の跡。乾燥した空気の中に混じる、血と火薬の匂い。未だに燻り続ける残り火と、吐き出される黒煙。砂漠では蒼かった空も、何処か灰色が懸かっている。

 そして何よりも、行軍する軍勢に向けられる、視線。
 怯え。恐れ。怒り。不安。憎しみ。恐怖と憎悪に塗れた、名前を奪われた犠牲者達の視線が突き刺さる。ブリタニアの軍勢に怨嗟の声を向け、憎悪の視線を向ける人々達。その大半が、市内に残る、女性と老人だった。成人男性が明らかに少ないのは、戦場で捕虜となったか、戦死したからだろう。

 気力を失った敗者の姿が、其処には有った。

 市内は全てブリタニア軍が占領している。街の数か所には、今尚も籠城を続行する勢力が残っているが、首都としての機能は全て掌握された。空港、港町、放送施設、そして――――国家の象徴たる、王宮までもが、既に帝国の物となっている。

 中心部へと続く、部分部分が破壊された舗装道路の先、メイン画面に映る物が有る。
 旗だ。赤色の単色で構成された、首都マスカットの旗。

 アラム宮殿の上。熱い風に煽られる首都旗を、目の前に拡大表示する。操縦者のサイズに合わせ、僅かに小さく造られたコックピットの中、鮮明な画像が浮かび上がった。
 首都マスカットに掲げられた国旗と首都旗は、この先、公には見られなくなるだろう。
 国家の名前と、誇りと共に、今日、消え去るのだ。

 「……記録」

 滅亡させた事を、謝るつもりは一切ない。
 しかし、懐の中に抱える携帯電話で、メインモニターに現れた画像を保存する。

 「完了」

 無表情に呟き、しっかりとデータが保存されている事を確認して、携帯電話を仕舞い直す。

 視界の中、王宮の屋根の上に兵の影が見えた。数人の兵達が手に持っている物が有る。遠目でも丁重に扱われている事が良く理解出来る代物もまた、旗だった。
 蛇の尾を持つ獅子が、己の蛇を喰らう構図。
 神聖ブリタニア帝国の帝国旗。

 取り換えられた国旗は、新たなエリア確立の、証明だった。





 宮殿前に、二つのG-1ベースが置かれていた。

 皇族が軍を動かす際に使用される、ブリタニアの陸戦艇だ。参謀府から野戦病院。果てはブリタニア人の収容を可能にする巨大稼働基地は、向かい合う様に配置され、王宮前に停止している。
 両方共に、完全武装の二十以上のナイトメアフレームに警備され、出入り口のエレベーター付近にも重装備の兵隊が立ち並んでいる。常に油断なく周囲を確認している正面に、堂々と彼女はナイトメアフレームを止めた。
 格納庫まで行かないのではない。このG-1ベースの片方が、彼女達の臨時の格納庫だった。

 《ナイト・オブ・ラウンズ》の専用機体など、帝都か、よっぽどの設備が整った場所で無ければ、補修など出来ない。精々がエナジーフィラーの交換と、弾薬補充程度だろう。最低限、租界レベルの設備は必要とされる。支配したばかりの土地に、そんな物が有る筈が無い。

 G-1ベースの中に機体を入れない理由もあった。総監督であるコーネリア・リ・ブリタニアが、まだ帰還していないのだ。敵軍を壊滅させた後、ついでに市内各地の残存兵力を叩いているのである。

 ラウンズ権限を使用すれば、機体を収納は出来る。だが、皇室との間に無用な火種を産む必要も無い。コーネリアという皇族の事を、良く知っている彼女にしてみれば、心配は不要だと知っていた。事後承諾でも許してくれるだろう。しかし、気使いという心構えは大切である。
 格納庫の前に止めてあるのだ。納入するのに手間は懸からない。止める位置にも気を払ったから、他のラウンズ機体や、皇族機体の邪魔にも成らないだろう。

 「……出よ」

 機体を静止させ、動力を落とす。響いていた鈍い回転音が消えると、同時にコックピット内部のルーフランプが点灯した。自動車の車内灯と同じで、戦闘中は無駄な電灯が付かない仕組みになっている。穏やかな色の電灯の下、始動鍵を引き抜いて、両足の脇に供えられたイジェクトを作動させる。

 ガショ、と言う音と共に、背中側に競り出す様に、パイロットブロックが飛び出る。掌の中の鍵を手首に回し、落とさない様に固定した上で、彼女は立ち上がる。

 「……任務、完了」




 彼女の名は、アーニャ・アールストレイム。
 《ナイト・オブ・ラウンズ》の第六席に座る、ラウンズ最年少の天才少女だ。




 周囲の兵隊の視線の中に、羨望が有る。

 帝国最強の一角に名を連ねる、史上最年少の少女。その容姿を見て、伝えられる武勲は本当か? と懐疑的だった兵達も、先の戦闘での活躍を見て評価を一変させたようだ。噂は本当だった、という声が小さく聞こえて来る。

 慣れた物だ。昨年にラウンズに入隊を果たして以来、常に、良くも悪くも噂は纏っている。悪くなれば、男性陣を籠絡させた、皇帝に取り入った、そんな根も葉もない噂もあった。

 ナイト・オブ・ラウンズは、そんな生易しい組織では無い。他者と隔絶された、圧倒的な実力を必要とする。確かにアーニャも他者に頼ったが、それは己を鍛える為。何度も土を付けられ、敗北し、努力の末に実力で席官の座をもぎ取った。
 最も、その敗北の回数が非常に少なく、異様に呑み込みが速い事は、アーニャの有する天性の才能の証明だったのかもしれない。

 戦場で実力を証明すれば、結果と評価は自ずと後から付いてくる。就任して半年もすれば、皇帝が戯れに自分をラウンズに登用したのではないと、国内の誰もが認める様になった。
 その変わりに、天才少女として(特に若い男性兵士に)噂され、人気を博すように様になったのだが、こちらは諦めている。自分に後輩が出来れば、その内に言われなくなるだろう。

 「……暑い」

 頭上から降り注ぐ熱気に、内部から出なければ良かった、と一瞬後悔をする。しかし、戦闘でもないのに、ナイトメアの狭い中に閉じ籠るのも嫌だった。仕方ない、と息を吐く。

 オマーンの緯度は、フロリダとほぼ同じだ。しかし、砂漠気候である事。インド洋から乾燥した風が吹いている事。今の季節は雨が多く降らない事。複数の理由が重なり、非常に気温が高い。

 G-1ベースに入っていようか、と考えたアーニャの頭上が、影に覆われる。

 地面に映る影は、非情に特徴的な、”コ”の形だ。其れだけで、誰の機体なのか一目瞭然だった。

 明らかに目立っているアーニャのナイトメアを目印にしたのだろう。ゆっくりと、六枚羽を展開させて、静かに降りて来る機体が有った。帝国でも僅かにしか実装されていない緑色の光る羽――――フロートシステムを有し、単純な砲撃ならばラウンズでもトップクラスの火力を有する、『空飛ぶ棺桶』エレイン。

 アーニャだって乗りたく無い、欠陥品……怪物機体だ。以前に乗せて貰った時、動かす事、操縦する事までは辛うじて出来たが、戦闘などは冗談では無いと思っている。幾ら身体能力に自信が有るラウンズでも、慣性で体が壊れてしまう。
 自分には、もっと単純なコンセプトの機体が相応しい。重装甲、大火力、超馬力の、移動砲台で動く要塞の様な機体だ。本国で造って見ようか、と頭の中で考えている間に、目の前の機体が着陸する。

 航空戦力としてのナイトメアは、戦闘機の形こそしているが、中身は別物だった。機体への出入りもパイロットブロックを使っている。”コ”の中央部分。僅かに厚みが有る場所から、やはり迫り出すように、イジェクトされた。

 開いた搭乗口を掴み、軽やかに身を引きだす搭乗者。

 緑色の髪が、太陽に反射する。

 「――――毎度、毎回。色々と神経を使う機体だよ」

 やれやれだ、と言う態度で、C.C.は地面に降り立った。






 「お疲れ様。C.C.」

 「ああ。お前もな、アーニャ」

 降り立ったC.C.の近くに寄る。首、肩、腕、背筋、腰と屈伸運動をするC.C.に、異常は見られない。
 普通の人間では絶対に支障が出る、怪物機体を扱える。体への負担を気にせずに戦闘をして、毎回帰還する。その技量が、彼女がラウンズ内で確固たる地位を築いている理由の一つだ。

 アーニャとしても、見習うべき点は多い。皇族に異常に効果を出す顔であったり(皇族が苦手としている、と言うのか)、実は皇帝相手にも変化しない態度であったり、重要な部分を逃さない明晰さであったり。
 流石にピザの大食いを、見習う気は無かったが。

 「ルルーシュは?」

 アーニャの問いかけに、エレインの始動キーを手首に収納し、狭い操縦席で、ラウンズの正装が汚れていないかを確認しながら、C.C.は答えた。ナイトメアから降りて行う事は、誰でも一緒だ。

 「コーネリア殿下と一緒だ。市内の不穏分子を始末しているよ。少し時間は懸かるが、時期に戻って来るさ。……G-1ベースに入るか? 殿下からは許可を貰って来たぞ?」

 「……ううん。良い」

 意外と面倒見の良いC.C.が、気を利かせる。
 冷房の効いた室内に入る事は、確かに魅力的な提案だった。戦闘の疲労。コックピットでの圧迫感。蓄積した疲労と、汗の不快感。それらを広々とした室内で癒せたら、どれ程に快いか、と思った。けれども、

 「ルルーシュが帰るまで、待つ」

 「そうだな。ならば私も付き合おう」

 近くにいた兵隊に汗を拭う為のタオルを要求し、C.C.もまた、アーニャの隣で動かない。恐らく、最初から出迎えるつもりだったのだろう。
 先までと違って、直射日光を防げていた。エレインの影がアーニャとC.C.を守っている。吹く風は未だに暑いが、我慢が出来るレベルになっていた。肩の力を抜くアーニャに。

 「動くなよ?」

 ばさ、と頭から大きめのタオルが被せられる。懐から取り出した携帯の画面が、見えない。

 「――――C.C.」

 「良いからじっとしていろ。髪が痛む。型が崩れるのも、嫌だろう?」

 軍用の量産品では得られない、柔らかな感触。皇族も使用する高級品が、頭を包んでいた。
 がしがし、と乱暴さの中に優しさを含んだ手付きで、C.C.はアーニャの頭を拭く。砂漠の砂埃と、強い日差しだ。女の髪と肌には天敵に違いない。

 操作しようと思った携帯から、手を放す。

 彼女は、アーニャと仲が良い。ラウンズ最年少と言うだけでは無い。アリエスの離宮で行儀見習いをしていた過去を持っている事。ルルーシュの幼馴染の一人である事などが、理由に有るのだと思っている。
 C.C.の、不器用な優しさは、外見と同じく、昔から変わらない。

 「……ルルーシュの方が、上手い」

 「そうだな。認める。だが、これでもノネットやドロテアよりは上手いだろう?」

 「…………ん」

 頷いて、アーニャは髪を任せる。口では文句を言っても、C.C.の手を振り払おうとは、思わなかった。




 一通り、顔を身綺麗にした後の事だ。

 「エリア18が、アラビア侵攻の拠点に成る事は間違いない。エリアから航路を使用すれば、簡単に到達できる」

 アーニャの携帯に表示された、アラビア半島の地図を見ながら、C.C.は語った。
 白い指が地図をなぞる。ブリタニア本国から太平洋を横断。オーストラリア、インドネシアを経由し、オマーンへと通じる航路だ。今回の、上陸作戦で使用された航路でも有る。

 「今回の作戦で、オマーンの国家だけでは無い。オマーン湾、ペルシア湾を使用していた国家にも、ダメージが与えられる」

 オマーンを支配した事で、それよりも奥まった航路は、必然的に使用が難しくなる。

 「クウェート?」

 「そうだ。アラビア半島の中でトップクラスの生活水準を有するクウェート。バーレーンやカタールは、まだサウジアラビアからの陸上支援が有る。一番苦しいのはクウェートと、此処と隣接する、アラブ首長国連邦。そしてイラク、だろうな」

 指が一点をさす。オマーンの海上艦隊が多大なダメージを受けた、ホルムズ海峡だった。
 アラブを跨いで『飛び地』であった此処も、オマーンの支配と共にブリタニアの土地に成る。

 「必然的に。海上輸送に頼るペルシア湾岸国家は、ホルムズ海峡の使用について、ブリタニアと交渉しなければならない。海上輸送が使えなかったら、経済崩壊の危機だ。多少の政治的苦痛は呑み込む」

 今迄が裕福だった国家ほど、財力を失う事を恐れる物だ。
 国民の危機、国家の衰退を考えれば、不平等な条件でも承諾する必要がある。

 「最も、フジャイラに寄港し、陸上経路でドバイやアジマーンまで運送。ペルシア湾を北上すると言う方法もあるが……」

 オマーン湾に面する、アラブ首長国の中規模港を指差し、そのまま陸上を西に横断するルートを示す。

 「非効率で、一時鎬にしかならない」

 C.C.は愚問だ、と切り捨てた。

 第一に、国境線に近いフジャイラを頼る事は難しい。何かあったら直ぐに近隣からブリタニア軍が来襲する。オマーンのインフラは多大な投資の元、非常に整備されている。耕地が広がる湾岸線沿いに築かれたハイウェイを使用すれば、国境まで数日も懸からない。

 第二に、アラブに金を落とす事になる。ブリタニアとの戦争の為、アラビア半島が一時的に手を結んでいる状態とは言え、無駄金を使う余裕は、どの政府にも無い。帝国に対抗する軍拡で精一杯だ。

 更に情報を付け加える。

 「本国は、オマーンを統制した後は、アラブ首長国に乗り出すだろう」

 首都マスカットと同時期に、周辺の大都市は支配されている。ミナアルファール、マトラ、ニズワー、ハブーラ。オマーンの名だたる大都市は帝国の手中に堕ちている。

 首都陥落以降も抵抗活動を続けていたのが、湾岸線に面する北西の都・ソハールと、砂漠に近いイブリーの都だった。この内、イブリーの戦力は先のルブアリハリ砂漠で壊滅している。

 残るソハール戦力も、消滅の一歩手前まで追い込まれている事は間違いない。ブリタニア軍に無謀にも攻撃を仕掛けるか、内部分裂で自滅するか、アラブに逃亡するか、降伏を受け入れるか。

 どの選択肢も、帝国の絶対的優位を覆す事は出来ない。

 「アラブが支配されれば、完全にオマーン湾は使用できなくなる。そうなれば、クウェートやイラクが、オマーン陥落以上の、経済的打撃を受けるのは明らかだ。不利な状況に置かれるから、ホルムズ海峡の使用の為に差し出す代償も、大きく成る」

 「だから、今の内に?」

 「そうだ。遅かれ早かれ、ここ数年でオマーン湾の航行は確実に制限される。経済的な打撃を受ける事も確定事項だ。ならば、より被害を減らし、より有利な条件で批准するのが賢いやり方だ。アラビア諸国の首脳陣が馬鹿で無い限り、近いうちに打診をして来るだろう」

 まあその仕事は、ラウンズでは無く帝国宰相の仕事だがな、と最後に付け加えた。





 「……そうだ。質問」

 「何だ?」

 ルルーシュとコーネリアの帰還を待つ間の事だ。時間を持て余したアーニャとC.C.は、ナイトメアの日陰で、変わらずに政治の話をしていた。
 ラウンズの仕事が戦闘と言っても、国政と権力中枢に近い以上、最低限の知識は要求される。
 国政に詳しいC.C.が、世間知らずな部分を持つアーニャに答える形式だった。

 「サラーラ、は?」

 地図を見る。オマーン攻略における重要地。南方の港町・サラーラ。アラビア海の西側に位置したこの街は、アフリカ大陸へ向かう航路の寄港地でも有る。多くの貨物が集積し、経済特区も存在している。インド洋まで範囲に入れても、有数の巨大な港である事は間違いない。

 「要所、だけど」

 サラーラは、上陸作戦後の電撃戦で攻略されている。コーネリアが狙った理由は三つだ。

 一つは、ブリタニア海軍戦力と、ナイトメア戦力の物資を補給する為。オマーン防衛線の援助の為に各地から集められた備品を徴発し、自軍への補給と、相手への負担が目的だ。

 もう一つが、サラーラの位置だ。首都に次ぐ大きさを持つサラーラは、当然ながら大戦力を有している。サラーラを攻略せずに首都に兵を進めると、北部からのマスカット軍と、南部からのサラーラ軍の挟み打ちに合う可能性が有った。

 最後が、サラーラの歴史的な側面。近年は首都マスカットを中心に、経済を発展させてきたオマーンだが、歴史的に見ればサラーラの方が重要視されていた事が多い。世界各国からの物資と、季節風による避暑地として、発展して来た。故に、サラーラの攻略は相手の士気を殺ぐ効果を持つ。
 長い歴史を持つ部族の長や政治家を確保すれば、其れだけ帝国に有利になる。

 しかし、オマーン支配という観点で見ると、どうだろうか?

 「……位置的に、難しい?」

 アーニャは、其処が、疑問に思った。

 オマーン第二の都市。確保した際のメリットは非常に大きい。巨大な港町は、物資以外にも多くの物を呼び寄せる。不利益を産む存在も含まれるだろうが、管理を万全に行えば問題は発生しにくい。
 サラーラの町自体は、確保出来る。しかし、港町最大の役割である『輸送』となると困難ではないか?

 「長い、し」

 携帯の画像で、確認をする。サラーラとマスカットは、直線距離でも八百キロは軽い。整備された道路でも、千キロはある。中間のムクシンという都市も制圧されてはいる。しかし。

 「……襲撃が、ある?」

 二点を結ぶハイウエイの西側には、広大なルブアリハリ砂漠が広がっているのだ。オマーンに残る残存兵力やレジスタンスにしてみれば、格好の標的ではないか、と思う。

 「そうだな。ブリタニア関連ならば、可能性はあるだろう。襲撃する事を躊躇うとは思えないからな」

 国内第二の都市だ。第一都市と距離があり、輸送には陸路が使用されていた。危険は高い。
 アーニャの問いかけに、C.C.は頷いた。

 「防ぐ方法は簡単だよ。――――マスカットとサラーラ間の主要道路を使用しなければ良い」

 首都周辺を指で囲いながら、説明する。

 「サラーラに水揚げされる、マスカットへの物資。それらを直接に引き受ければ良い。マスカット租界の開発と、その後のゲットー地区再開発には、金と材料が必要だからな。供給量の増加は問題には成らない。租界が完成する間に、マスカットの港湾設備を整えれば、その後も安定して利用できるだろう?」

 そうして、今度はサラーラに指を向ける。

 「当然、サラーラでは今迄よりも貿易に支障が出る。供給量は減少し、経済の衰退が懸念されるな。その対策としては、既に存在している経済特区を利用すれば良い。ブリタニアと衛星エリアのブロック経済に、アフリカと中東諸国を組み込んだ特区だ。困難だが、成功すればエリアの生産性は格段に向上する。……味方を変えれば、サラーラ租界、だな」

 「……ん」

 納得を返す第六席に、第二席は丁寧に説明を終えた。

 「北部のマスカット租界を中心とする政府と内部経済。南部のサラーラ租界を中心とする諸外国相手の経済。これらが、このエリア18の支柱だろう」

 そして最後に、とC.C.は付け加える。

 「帰化をしない、旧オマーン国籍を持つ者達。彼らの住む場所は、租界外かゲットー、だな。国内を楯に走る、二都市を結んでいた道路周辺になるだろう。中継拠点のムクシンに監視の仕事を与えれば良い」

 「なるほど」

 


 
 「もう一つ、質問」

 「ああ、良いぞ? どんどん聞け」

 「……対岸、は?」

 生徒の質問に答える教師の様に、C.C.は直ぐに質問を組み取った。中々に良い着眼点だ。
 オマーン陥落に間接的に影響を与えたイラン。この国家もまた、アラビア海、オマーン湾、ペルシア湾に面している。

 「イランか」

 「そう」

 アラブ諸国に言える問題は、イランにも適応できる問題だ。カスピ海を縦断する、ロシア方面からの交易ルート。陸路からの輸入や、空の航路もある。海上輸送が絶たれても、全滅する心配は無い。
 しかし、大きく半減する事も間違いない。先のアラビア諸国の、ホルムズ海峡使用に関する政治的交渉の問題は、イランにも言える。

 「心配は不要だよ。……既に帝国宰相が抑えている」

 そのC.C.の言葉に、アーニャは不思議そうな顔をした。

 「…………?」

 「アーニャ。宰相閣下は、イスラム過激派のホルムズ海峡襲撃を後押しした。同時に、イラン政府にも同時に交渉を持ちかけたんだ。イスラム過激派の行動を見逃せ、とな」

 「……つまり、裏取引?」

 「政治は良くも悪くもそう言う物だが。……そうだ」

 余り大きな声で言える内容では無いので、自然と小声になる。
 しかし、明確にアーニャの言葉を肯定して、説明していく。

 「シュナイゼル殿下は取引を持ちかけたんだろう。イスラム過激派によりホルムズ海峡襲撃を見逃す。代価は、オマーンを支配した後の、航路の自由使用。ホルムズ海峡襲撃の一派のリスト。……今後数年の、内政不可侵も、あるだろうな」

 腕を組み、政治情勢を読み解く様に、流暢に語る。

 「イラン政府はイスラム過激派に手を焼いていた。ブリタニア本国という強大な敵が存在する政府にしてみれば、内部紛争に時間を消費したくは無かった。アラビア半島が攻略されれば、次の標的はアフリカと中東に矛先が向く可能性は高い。一刻も早い、解決を要求されている」

 「……だから、内政不可侵?」

 「そうだ。シュナイゼル、じゃなかった。シュナイゼル殿下は、ブリタニアの為にもオマーンを攻略する必要がある事を知っていた。戦況をより優位に進め、少ない被害で決着を付ける為にも、イスラム過激派の利用を決めた。しかし、イラン政府の横槍は入って欲しくない」

 「――――そうか。イスラム過激派の行動を見逃して、オマーンをブリタニアに占領させる。過激派を見逃す代わりに、アラビア海以西の、航路の使用権を許可する。理由は、自国の経済を衰退させない為」

 「そういう事だ。後は、ホルムズ海峡を襲撃した連中に、全ての責任を負わせれば良い。イラン政府の身代りと、オマーン陥落の原因として、シュナイゼル殿下の情報を利用の元、国内のイスラム過激派は一掃される。内政不可侵の条は、”条約が効力を失うまで”は、ブリタニアからの侵攻は無いと言っている様な物だからな。国内を平定し、その後は近隣イスラム系諸国と同盟を結んで、ブリタニアへの防壁を構築すれば良い……と、イランは考えた訳だ」

 シュナイゼルの事だから、アラビア半島の攻略を終えるまではイランが動かないよう、敢えて平等に近い条約を批准しただろう。
 アラビア半島の侵攻の拠点であるオマーンを確保した所で、簡単に侵攻できるのはアラブ、カタール、バーレーンまでだろう。サウジアラビア王国を攻略するには、一年以上懸かる事は十分に理解できている。
 イランやイラクを制覇するのは、その後だ。支配した後の後始末を考えると、生半可な時間では無い。

 しかし、オマーン侵攻の『裏の目的』を知っているラウンズとすれば、古い歴史を有する中東諸国は、外せない標的だった。

 そう考えていると、周囲が騒がしくなる。
 見れば、帝国旗を掲げたマントの機体が、此方へとやって来ていた。
 漆黒に金縁の機体も同乗している。

 「帰って来た」

 「ああ。らしいな」

 組んでいた腕を解き、影から出て出迎える準備をする。




 その時だ。




 「申し上げます! C.C.卿!」

 青い顔で、C.C.の元に飛びこんで来た将官がいた。マスカット陥落以後、オマーン王族の厳重な監視を任されていた人物だ。
 顔が汗だくなのは、暑さのせいだけではない。失態を犯した顔。非常に不味い事態を引き起こした顔をしていた。

 「何が有った?」

 嫌な予感が、頭をよぎる。いや、予感では無かった。
 第六感にも似た、確信だ。




 「旧オマーンの第一王子が、自殺、致しました!」




 「……話せ。――――いや、一つ確認させろ」

 内心にこみ上げる、憎々しげな感情を押し殺す。
 C.C.の予想が正しければ、自殺は、この将官の失態では無い。

 「有り得ない状態での、自殺……だな?」

 「――――! そ、そうです!」

 彼女の言葉に、必死に頷く青年将校。堰を切った様に、口を開く。

 「じ、自分の首を自分で絞めて、自殺した様です! 他の王族に被害はありません! 道具は、身に付けていた衣服。監視員が目を反らした一瞬だったようで……!」

 効かれていない内容まで、必死に話す。C.C.の不機嫌さを、失態を責めている様に勘違いしたらしい。無理も無かった。監督責任では済まない大問題。降格処分では済まないだろう。
 容貌は非常に美しい彼女だが、その不遜な態度は皇族ですら怯ませる。

 (……先手を、打たれたか)

 顔にこそ出さず、内心で憎々しげに息を吐いた。
 人間は呼吸が出来ずに意識を失っても、軌道が確保されている限り、暫くの気絶の後に目を覚ます。首を括っての自殺は、呼吸が出来ずに死ぬのではない。頸椎損傷が大きな理由だ。
 勿論、自分で自分の首を絞めて死ぬ事は、恐ろしい苦痛を伴う。不可能では無いが、不可能に近い。

 「国民への謝罪と、無意味な抗戦の停止が、己の血で遺書として、書かれていたな?」

 「――――――、――――! ……何故、御存じで!?」

 「ああ。……良い。もう分かった」

 湧きあがる不快感を押し殺して、C.C.は伝えた。

 「処分は負って伝える。今は持ち場に戻っていろ。……コーネリア殿下には、私から伝えておく」

 不機嫌そうな態度に怯える将官を追い返して、C.C.は小さく舌打ちをした。隣で話を聞いていたアーニャも、先程とは違う、仮面を張り付けた様な無表情へと変わっていた。


 C.C.も、自分で試した事が有る。
 自分で自分の首を絞めて自殺する方法だ。死なないと理解していても、相当に苦しかった。気を失うだけならば簡単だが、そのまま死ぬとなると、生半可な事では無い。

 無意味な抵抗を止める為の、覚悟の自決。

 かつて日本と言う国家の首相が行って以降――――支配されたエリアの中で、その理屈が罷り通っている。この地も同じだ。旧オマーンの国民から軍部まで、このエリアに関わる九割九分の人間が、信じるだろう。

 だが、大きな間違いだ。

 自殺では無い。自殺に見せかけた、殺人だ。

 傍から見れば立派な自殺。だが、C.C.は確信を持っている。



 監視されてから一定の時間が経過したら自殺する様に――――。



 「――――命令、されていた?」


 同じ事を考えていたアーニャが、C.C,にだけ聞こえる大きさで、言葉を放つ。

 「ああ。……逃げられた、な」




 宮殿前に到着した、ルルーシュとコーネリアのナイトメアを見ながら、魔女C.C.は、やはり小さな声で、同意した。










 登場人物紹介②

 アーニャ・アールストレイム

 神聖ブリタニア帝国の最高戦力、皇帝直属《ナイト・オブ・ラウンズ》の第六席。
 桃色の髪を持つ、小柄な少女。無口で無表情だが、親しい相手には感情を示すらしい。趣味は携帯でのブログの更新。
 史上最年少で入隊を果たした天才で、ラウンズには相応しい実力を有している。見た目とは裏腹な、豪快な攻撃が持ち味。戦略と可愛らしい容貌も相まって、男性兵士を中心に人気を博しているらしい。
 最年少と言う事で、ラウンズでは皆から世話を焼かれている。特にC.C.や第五席のルルーシュとは、行儀見習い時代からの付き合い。

 搭乗機体は、「グロースター(アーニャ専用機)」
 従来の倍以上の装甲と砲撃系重武装による大火力を有している。重量や低機動力、そしてアーニャの体格に合わせた、少し小さなパイロットブロック。これらの理由によって、彼女で無いと扱えないカスタム仕様となっているが、本人はまだ性能に不満があるとの事。
 本国帰還後に、『要塞で砲台』の様な、最新鋭機を建造する予定。




 6月5日 投稿



[19301] コードギアス  円卓のルルーシュ 序・下
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2010/06/12 19:04




 コードギアス 円卓のルルーシュ 序・下








 ・『魔 王』が入室しました。




 ・魔 王 「俺が一番か? ――まあ、時間まで結構あるから仕方が無いか。……空いた時間で書類を裁く事にする。何かあったら呼べ」

 ・魔 王 「…………」

 ・魔 王 「……………………」

 ・魔 王 「……………………………………」

 ・魔 王 「全く……ん? この書類は――」

 ・魔 王 「……………」

 ・魔 王 「――またか。懲りない奴だ」

 ・魔 王 「……………………」

 ・魔 王 「……………………………………」

 ・魔 王 「………………………………………………………」




 ・『吸血鬼』が入室しました。




 ・吸血鬼 「ああ。俺が二番か。――ルルーシュ? いるのか?」

 ・魔 王 「……ああ。いるぞ」

 ・吸血鬼 「なんだ。機嫌が悪そうだな」

 ・魔 王 「…………」

 ・吸血鬼 「――あー。……なあ、ルルーシュ。自他共に認める通り、俺は戦争が有れば其れで良い。交渉、政治、条約、規範、法律。実を言えば、階級にも興味は無い。一番、自由に戦える。一番、戦場に近い役職だから、この地位にいる」

 ・魔 王 「…………」

 ・吸血鬼 「皇帝陛下に、実力と因縁を買われてラウンズにいるが、宮仕えは大の苦手でね。帝国の行事は愚か、普通の社交界でも荷が重い。いわゆる根っからの戦狂いで、血狂いだ」

 ・魔 王 「……………………」

 ・吸血鬼 「俺は戦争が有って、戦場に有って、血と殺奪の中に有れば、其れで良い。狂っている自覚はある。――だから殺しという点では、ラウンズでトップクラスの自信はあるぜ? 相手を殺害し、傷つけ、泣き叫ばせる、という点ではヴァルトシュタイン郷にも負けないさ。その分、他が壊滅的だがな」

 ・魔 王 「長々と語って、何が言いたい」

 ・吸血鬼 「つまり俺には、書類仕事も、全くに出来ないと言う事だ。論理的だろ?」

 ・魔 王 「論理の前に倫理を学べ。――お前が、裁く筈の書類を、俺に、押しつける事への、良い訳になると、思うのか?」

 ・吸血鬼 「ああ、だから怒ってるのか。気にするなよ。適材適所と言う言葉が有るだろ。自慢じゃないが、お前が五枚を裁く間に、俺は一枚だけ裁けるぞ」

 ・魔 王 「威張るな。まず謝れ。むしろ今からお前がやれ。……大体、同じ任務に着いていた筈のモニカはどうした。彼女がお前の行いを許すと思わないが」

 ・吸血鬼 「怒るなよ。こう見えて、少しは感謝をしてる。感謝だけだがな。……モニカならばシュナイゼル殿下の所だ。今回の中東での活動報告をしている。時期に来るだろうさ」

 ・魔 王 「そうか。……話を戻すが。お前は僅かな書類も俺に任せる訳か」

 ・吸血鬼 「俺を見縊るなよ、ルルーシュ。これでも実は半分になったんだ」

 ・魔 王 「ほう。……まさか、送る前に、お前が半分を始末したと言うのか。だったら感心するが」

 ・吸血鬼 「うんにゃ。俺の手際が余りにも悪いと言う事でな。モニカの奴が不満を言いながら片づけた。俺がしたのは書類の一番下にサインをしただけだ。本来の仕事の半分は彼女が始末した。ルルーシュには、残った半分を頼んだ。つまり俺は半分の仕事をしたのではない。全然、仕事をしていないんだな、これが」

 ・魔 王 「――……怒っても良いか?」

 ・吸血鬼 「もう怒られたんでね。悪いが我慢してくれ」

 ・魔 王 「……ああ。だから頭の針スタイルが潰れているのか。自業自得だな。いい気味だ」

 ・吸血鬼 「ああ。痛くて硬くて、序に重い拳だったよ。髪を整えようにも、実はまだ瘤が引いてない。ほら、頭の上に氷嚢が乗っているのが見えるだろ?」

 ・魔 王 「シュールだな。そのままでいろ。……まあ、確かにあれは痛い。しかも他の女性陣より威力は落ちても、性質が悪いのも確かだな。殴った後のモニカは何時も涙目だ。こっちの心を痛くするからな。あれは卑怯だと思う」

 ・吸血鬼 「ま、実際は殴った際の心の痛みとか、癇癪を起したとか、そんな可愛い理由じゃないけどな」

 ・魔 王 「ああ。殴った時に自分へ返るダメージが大きいだけだ。その表情のせいで、最初は誰でも勘違いする。自分が悪かったか、とな。……まあ、俺もそうだった」

 ・吸血鬼 「女性陣は一発で見抜いたっぽいけどな。……まあ、あの涙目が被虐心をそそる訳だ。理由がどうあれ、何時、如何なる時であれ、涙って言うのは俺には甘露だね」

 ・魔 王 「……おい。お前な。……それじゃまるで」




 ・『C×C』が入室しました。
 ・『あにゃ』が入室しました。




 ・C×C 「女にちょっかいを掛けないと気が済まない小学生の餓鬼か?」

 ・あにゃ 「――要するに、変態?」

 ・吸血鬼 「……唐突に参加したと思ったら、第一声から厳しいな、おい」

 ・魔 王 「いや。……流石に、少し付き合えないぞ」




     ●




 薄暗い空間の中に、一つの光源が有った。

 周囲を頑丈な金属板で覆われた、長方形の空間。圧迫感をエル窮屈な空間は、ナイトメアフレームのパイロットブロックだ。空調性も居住性も完備していない、戦争の為の立体の中に、光が灯っている。
 光の源は、操縦者の目の前に映る、モニターだった。
 ナイトメアフレームの前面部分を覆う様な画面。搭乗者の上半身以上も有る画面は、青。起動を示すブリタニア文と、操縦者しか知り得ない暗証番号の入力画面が、画面に映っている。
 画面中央に開かれたウインドウは、通常ならば外部の様子を伝え、敵を打ち倒す死神の眼へと変化する。しかし、今は違った。
 画面は、搭乗者の入力を待っているのだ。
 始動鍵を差し込まれ、稼働状態の一歩手前に保たれたナイトメアフレーム。その操縦者は、画面手前に備え付けられた情報入力用のコンソールを叩き、幾つかの短文を刻んだ。

 『××××××××××××』

 打ちこまれたパスワードを認識し、画面が飛ぶ。程なくして開かれたウインドウには、十二と、複数に句切られた窓が浮かんでいた。
 一つ一つは大きくない。しかし、映る画面の奥に、確かに相手の顔を鮮明に捉えている。それは同時に、自分の状態も相手に伝わったと言う事だ。
 回線が繋がり、同時に、言葉と声が、飛んでくる。




 ・吸血鬼 「前から思ってるけどさ。俺の扱い酷いよな?」

 ・あにゃ 「別に。……普段は皆が少し、他より軽く扱ってるだけ」

 ・C×C 「良いじゃないか。構って貰えるだけ。お前が血に狂っている事も変態な事も、取りあえず共通認識と言う事で完結しているんだ。ハブられるよりは良いだろう? ……ふむ、ところで」

 ・吸血鬼 「どうした?」

 ・C×C 「腹が減ったな。此方は夜の十時半だ」

 ・魔 王 「不死者が空腹感を得る事に対する突っ込みは置いておくぞ。そう言うと思って、夜食は準備しておいた。外を見てみろ。近くに置いてある筈だ」

 ・あにゃ 「私の分も?」

 ・魔 王 「ああ、そうだよ」

 ・吸血鬼 「……相変わらず年下の女に甘い奴だな」

 ・魔 王 「馬鹿な事を。俺は女性には優しく有れと教えられただけだ」




 相変わらずの会話だな、と思う。この会話だけを聞いて、帝国最強達の会話だと理解出来る者は、殆ど居ないだろう。其れほどに彼らの会話は、穏健で、権利とは無関係な空気を有している。

 此処は、通常の情報交換とは全く別の、一種の隔離空間だった。

 ラウンズを含めた限られた一部のみが入れる、電脳世界の一室。専用の人工衛星を使用した回線に、徹底した情報機密の元に開催される、ナイト・オブ・ラウンズの秘密会談。

 専用のナイトメアのみが有する回線を使用。この時ばかりは外部モニターも不可能になる。情報探索は重罰だ。ラウンズが己の機体に乗り、己のパスワードを打ち込む事で初めて参加が出来た。

 宮廷の権力闘争も、此処には絶対に入り込まない。

 戦の事後報告と共に開催されるこの活動。

 通称を『円卓会議』と、呼ばれている。




     ●




 ・『開拓者』が入室しました。




 ・開拓者 「ん、なんか盛り上がってるな」

 ・魔 王 「来たかジノ。そっちは寒いか?」

 ・開拓者 「寒いのなんのって、ツンドラ気候を舐めてた、って感じだな。こっち朝だし。ブリタニア領とはいえアラスカはきつい。で、どんな状況だ?」

 ・C×C 「ああ、これが夜食か。頂くぞ。――……もぐ。――何。何時も通りだ。……はふ、変態吸血鬼に厳しい言葉が寄せられているだけさ。……ごくん」

 ・あにゃ 「もぐもぐ。……前の会話を、見れば良い。……まぐまぐ」

 ・開拓者 「ふーん。……ま、如何でも良いか。で、アーニャ。それが夜食か?」

 ・吸血鬼 「無視かよ」

 ・C×C 「ふぁふぇ……ごくり。何故、私に聞かない」

 ・あにゃ 「そう。C.C.のピザと、私の辛いの。ルルーシュが準備しておいた。……美味しそうでしょ? と、これ見よがしに自慢をしてみる」

 ・開拓者 「C.C.は語るから嫌だ。――良いなー。欲しいなー。ルルーシュ、俺の分も」

 ・魔 王 「金は払えよ?」

 ・開拓者 「ちぇ。アーニャとかC.C.とかにはサービスして、俺には金取るのか」

 ・C×C 「私もアーニャも、少しは払っている。――美味いな。あむ」

 ・魔 王 「喰いすぎてイルバル宮の台所にダメージを与えた奴が言うな。管理をする役人が泣いただろ。……それに、無駄な出費は基本的に避けるべきだ。唯でさえ俺達のナイトメアには、湯水のように金が使われているんだぞ」

 ・C×C 「もぐもぐ」

 ・あにゃ 「はむはむ」

 ・吸血鬼 「そうだな。ヴァィンベルク卿は、もう少し加減と言う物を知るべきだ」




 ・『泥っち』が入場しました。




 ・魔 王 「エルンスト卿。真夜中にご苦労」

 ・泥っち 「いや。暇だから構わないさ。……で言わせて貰うが、私の意見を一言で言えばこうだな。―― ”お前が言うな” 。」

 ・C×C 「――ふう、御馳走様。……そうだな。確かに言ってる事は正論だが、そんな感じだぞ。ジノの食い意地が台所に直撃するのも問題だがな。大部屋の壁を毎
回穴だらけにするナイフ練習は止めろ。痛むし、埃がピザに悪い」

 ・あにゃ 「第一、機体損傷率が一番大きいのはルキ。……戦法を学習しないで被弾する。あ、ルルーシュ。美味しかった。また作ってね?」

 ・魔 王 「ああ。暇を見つけてな。で、突撃馬鹿は、悪癖に対して言う事は?」

 ・吸血鬼 「……なあ。このさ。俺の発言に対して、打てば響く様に返って来る暴言の嵐を、どうすればいいと思う?」

 ・開拓者 「俺に聞くなよ。……そうだな。苦笑えば良いんじゃねえの?」




     ●




 画面には、十二の窓枠が表示されている。

 十二の枠が円を描き、時計のように各窓枠が置かれている。天頂部に一という数字が置かれ、其処から右回りに二、三、と続き、十二まで。時計の文字盤と違うのは、本来十二が置かれる位置に一が置かれ、一文字ずつ左にずれている事だろうか。

 三つの窓枠には、空席を示すバツ印が張られ、黒い画面の中に浮かんでいる。

 三つの窓枠には、まだ参加していない証拠である、席を示す数字が泳いでいる。

 残る六つに、現在入室中の、各自の顔が浮かんでいた。
 パイロットブロックに備え付けられたカメラが、リアルタイムで相手の情報を伝えてきている。

 相手の顔しか見えない状況だ。しかし会話は出来る。顔色を伺う事も十分に出来る。何よりも、唯の一方的な通信に成らず、全員で開く事が出来る事が、一番大きなメリットだ。

 各地にいるラウンズ達には、当然、時差の影響がある。ゆえに会議は、ブリタニア標準時で昼十二時と指定されていた。例えば、最も時差の影響が大きく、十二時間の差が有るのが、インド洋を航行中の船舶内にいるドロテアだ。彼女でも、深夜十二時という成人ならば普通の時間に参加出来る。
 ラウンズの権限を持ってすれば、難しい事では無い。




 ・吸血鬼 「というかよ。C.C.とか中でピザ食って、匂いが付着しないのか?」

 ・魔 王 「俺も忠告したんだがな。……何と答えたと思う?」

 ・開拓者 「大方あれだろ。ピザの匂いだったら染み付いても良いじゃないか、とか」

 ・C×C 「良く分かったな。一言一句、同じだぞ」



 一見すれば、昼休みの学生達の会話だった。他者から見ても、それは事実だと言うだろう。確かに、休みの会話で有る事に間違いは無い。平穏とは程遠い、戦と戦の間の物であるというだけで。

 彼らの会話に加わる様に、新しく窓枠が光った。

 新たな剣が、参加したのだ。




     ●




 ・『虎殺し』が入室しました。




 ・虎殺し 「やあ、元気が良くてなによりだ」

 ・泥っち 「エニアグラム卿か。その様子だと、体力が有り余っているようだな」

 ・C×C 「ああ、ボワルセルに行っていたんだったな。……どうだ、新人達は」

 虎殺し 「ああ。教官の真似ごとをしていて思ったが、やっぱ未熟者ばかりだ。今迄が放蕩に生きて来た貴族の餓鬼も多くてね。私の訓練に最後まで着いて来たのは三割だ。相当にセーブをしたんだけどね」

 ・魔 王 「――三割か。……因みに、訓練レベルは?」

 ・虎殺し 「んー……。アーニャで何とか、評価Aを上げられるレベルかな?」

 ・吸血鬼 「となると、ルルーシュだと合格ギリギリなレベルか」

 ・あにゃ 「――其処で、私?」

 ・虎殺し 「ま、ルルーシュは除くべきだろうからねえ。となると、アーニャかモニカしか比較対象が無いのさ。体力的には下から数えた方が早いだろう?」

 ・あにゃ 「……そうだけど」

 ・開拓者 「気にするなよ、アーニャ。アーニャもモニカもルルーシュも、体力の代わりに高性能の頭脳が有るんだ。ナイトメアの技量も高いし、些細なことだって」

 ・魔 王 「そうだな。俺よりも体力があるんだし、良いじゃないか」

 ・C×C 「その理屈で納得する事と、慰めるのはどうかと思うがな……」

 ・吸血鬼 「ルルーシュは無さ過ぎると思うがねえ。運動神経は良いし、自衛や射撃もかなり出来るのに、なんで体力だけ壊滅的に低いのか、分からん」

 ・開拓者 「頭が優秀すぎる代償かもしれないぞ。頭に全部成長する余地が行っちゃったんじゃねえの?」

 ・虎殺し 「その理屈だとベアトの扱いに困るな。……理由は無い、で良いんじゃないのか?」

 ・泥っち 「いやいや。其れにしては成長しなさすぎるぞ」

 ・C×C 「マリアンヌの腹の中に置いてきて、それを妹が吸い取ったのかもしれんぞ」

 ・あにゃ 「……それだ」

 ・吸血鬼 「ああ。其れは有るかもしれないな」

 ・開拓者 「今迄で一番可能性の高い説だな」

 ・虎殺し 「凄く納得できるな、それは」

 ・魔 王 「……おい。お前ら――」




 ・『モニカ』が入室しました。




 ・魔 王 「其処まで言―――――――!」

 ・モニカ 「どうやら間に合いました!」

 ・魔 王 「――――…………」

 ・あにゃ 「…………モニカだ」

 ・C×C 「モニカだな」

 ・モニカ 「御免なさい。シュナイゼル殿下のイスラム過激派の裏工作に関して、色々と片付ける必要が有りまして。……あ、ルルーシュ。後で報告書を送るので、確認して下さい」

 ・魔 王 「……………………」

 ・泥っち 「……毎回、思うが」

 ・虎殺し 「ああ。ルルーシュが反論しようと口を開いた瞬間に来るなんて。本当に、タイミングが良いんだか、悪いんだか」

 ・開拓者 「いや。多分、天性の物だろ。主に運的に」

 ・吸血鬼 「空気を読まないというよりも、空気を塗り替えるって感じだな。タイミングは良いけどよ」

 ・モニカ 「……あの、私が何かしました?」

 ・C×C 「いいや。お前は相変わらずだな、と言うだけの話だよ。な、ルルーシュ?」

 ・魔 王 「――ああ、良い。もう良い。……気にするな。ああ。……モニカの入室で、華の咲いた無駄話が、終わった、と言うだけだ」

 ・モニカ 「いやそれ、凄く気にしますけど」

 ・あにゃ 「あ、そう言えばモニカが言ったけど、時間」

 ・泥っち 「ああ、確かに話に熱中していたが、此方も丁度、深夜だな」

 ・吸血鬼 「ふむ。憩いの時間は此処までにしますかね」

 ・開拓者 「そういやヴァルトシュタイン卿は? まだ来てないみたいだけど」

 ・虎殺し 「大方、何か仕事だろう。……待つのもアレだな。始めようか。C.C.、お前が一番、位階が高い。進行と解説は頼む」

 ・魔 王 「……資料を送るぞ。確認してくれ」

 ・C×C 「――ふむ。苦手だが仕方が無い。では此処からは真面目な話だ。今回のアラビア半島攻略に関わっての話と、いこうか。――ルルーシュ。資料を画面に表示する事は?」

 ・魔 王 「ああ。少し待て。今している。…………ほら、良いぞ。俺が一番に来て、せっせとした準備の成果を感謝しろ」

 ・吸血鬼 「ああ、一番に来てた理由はそれか……」




     ●




 ナイト・オブ・ラウンズの『円卓会議』。

 本来ならば、古代にアーサー王が開催した時と同様に、向かい合い、円卓の机の上で皇帝を囲って行う行事だった。しかし領土と利権の拡大を巡る業務に勤しむラウンズ達は、決して暇ではない。
 正確に言えば、普段はかなり暇だが、一度、戦となれば各人が世界各国に飛ぶ。全員が全く別のエリアにいる事も、決して珍しい事では無かった。

 事実、今現在。C.C.、ルルーシュ、アーニャはアラビア半島。ジノはアラスカ。ドロテアはインド洋。ルキアーノとモニカは東ヨーロッパにいる。
 本国には二人。ノネットは今回の作戦に参加していないが、士官学校に呼ばれていて手が離せない。帝国最強の『第一席』、ビスマルクに至っては、毎日毎日、皇帝、皇族との面倒事に追われている。

 最大で十二時間の差が存在しているにも拘らず、会議は開かれる。それが意味するところは、其れほどにアラビア半島の攻略が、重要な要件で有る、と言う事だ。

 最も、彼らが日々の面倒な重圧から解放される、数少ない時間の一つでも有る、という似合わない理由も、共通認識として存在するのだが。




 十二の枠が構成する円の中心。大きくとられた空間に、一つの図が浮かび上がった。
 赤と青を中心に構成された一枚の地図だ。赤色はアラビア半島。青色は海原。その中には、都市を示す黒の三角形と、ブリタニア軍を示す黄色の軍団が置かれていた。
 右上に数字が現れる。小さな表示は、デジタルの日付だ。二か月前の日付から始まるカウントと共に、徐々に画面が動いていく。過去から現在へと、状況が推移して行くのだ。

 アラビア半島攻略の、一連の動きだった。

 オーストラリアを出発した軍団が、微妙に進路を変えて半島に接触。そこから複数に展開された部隊の片方が、南方へ。もう一方が海上艦隊と共に広がり、南を制圧した軍団と合流する。大軍団は瞬く間に北へと駒を進め、暫くの後に、砂漠へと進軍。直ぐに土地全体を塗り替えた。
 エリアの成立。日付は、本国標準時で一日前を示している。

 『さて、今見せたのが、ここ二か月の、今回のコーネリア殿下の作戦だった。裏でシュナイゼル殿下も動いた事もあり、オマーン王国はブリタニアの属国、エリア18となり、支配されたわけだ。基本だな』

 本人は苦手と言っているが、C.C.の説明は淀みが無い。年長者が子供に言い聞かせるように、丁寧だが流暢な言葉で語って行く。ラウンズの面々も、既に知っている情報だからだろうか。質問をする者はいない。

 『ラウンズに関して言えば、私とルルーシュ。アーニャが戦場に投入された。インド洋上のドロテアが補給物資の輸送艦隊の護衛だ。モニカとルキアーノが、シュナイゼル殿下のサポートだな。……一番最後が必要ないと思うのは私だけではないだろうな』

 『…………其処で皆に、一斉に頷かれると、俺は凄く空しいんだが』

 『気にするな。慣れる事だ。……さて』

 各々が送られた情報には、ここまでは報告が記されていた。
 逆に言えば、これ以上は、普通の軍人に示す事の出来ない、上級レベルの情報であると言う事だ。自然と、普段は飄々としている面々も、真剣な顔に成る。

 『――――ここからが本題になる』

 言葉と同時、半島の地図が拡大される。オマーンを端の方に位置させ、砂漠全体を示す様な画像。

 広大な、ルブアリハリ砂漠だ。




     ●




 ・C×C 「知ってもいるだろうが、私の機体、エレインは少々特殊な作りだ。機体には、ハドロン砲と情報収集機能しか有していないからな」

 ・開拓者 「空戦用ナイトメアフレームの、唯一の試作品にして、欠陥品のエレインか。良く言ったもんだよな。幾度と無く再建造されているから、同じ様に伝説に数多く出現する『湖の乙女』、なんだろう?」

 ・C×C 「ああ。現在のナイトメアフレームには未実装の、サクラダイト繊維を編み込んだ可動部を使用している。コックピットブロックへ覆い被さる様に機体が組まれ、その間に発電機能を有する繊維パッケージが嵌められているんだ。だから機体の割に、抱えるエネルギーは膨大だ。ハドロン砲とは別の部分で大量に動力を使用出来る」

 ・泥っち 「アッシュフォードの開発した、マッスルフレーミングだったな。ナイトメアを動かす人工筋肉を、飛行用ナイトメア試作機に埋め込んだ、と。形状が戦闘機に近い事は、兎も角として」

 ・虎殺し 「その恩恵が、化物的な情報収集機能だったな?」

 ・C×C 「そうだ。ナイトメアに有り得ない……有るまじき機体だが、私だからこそ、エレインの力が発揮できると言っても良いだろうな。繊維フレームを介する事で、通常のナイトメア以上の機動力と自己発電による情報機能の使用。そして――」

 ・あにゃ 「ギアスの、増幅効果」

 ・C×C 「そうだ。ラウンズは知る、超一級の極秘事項。ギアスに関しての効果がある」




 ギアスという単語に、一同は反応する。
 しかし、その中に恐れや脅威への懸念は無い。
 通常では有り得ない、異能の力の存在を、彼らは知っていた。
 同時に、所詮は一人が持ち得る力でしか無い事も、熟知していたのだ。




 ・泥っち 「ああ。……確かに、超級の秘密だな。その割に、意外と多くの者が知っているが……少なくとも、一般庶民と、一般軍人。一般貴族には、絶対に漏らしてはいけない物だろうな」

 ・吸血鬼 「欲しがる者に限って、使い方を間違えるに違い無い、しなあ」

 ・C×C 「その辺りは機密情報局の管轄だな。……話を戻すぞ。サクラダイト繊維の特殊回路、通称を『ギアス電動回路』は、寄生型ギアスには効果は無い。しかし、結界型ギアスの効力を増大させる性質を持っている。使用出来るギアスは――機情の命名を借りるのならば――《ジ・オド》《ザ・ランド》《ザ・パワー》《ザ・スピード》……となるか」

 ・開拓者 「割と強いよな、あいつら。模擬戦してみたら勝ったけどさ」

 ・C×C 「ラウンズの実力ならば、相手がギアス込みでも勝てるだろうレベルだよ、彼女達は。……さて、寄生型ギアスは無理だが、結界型ギアスならば、私一人で発動出来る事も承知の上だろう。理由を含め詳しい説明は省くが、他者にギアスとして発動されなければならない、という制限は有るが、逆に言えば ”他者に発現されさえすれば” 私は結界型ギアスを、イレギュラーズと同等か、それ以上の精度で使用出来る」

 ・あにゃ 「それ、ちーと?」

 ・魔 王 「ああ、紛れもないチートだな」

 ・C×C 「まあな。ギアスの説明も長いから省くぞ? 総合すれば、私がエレインに機乗する限りは、情報を得る事は非常に易いと言う事だ。情報を整理するだけの機能も搭載されている。安全性の変わりにだがな」

 ・モニカ 「色んな意味でC.C.以外には扱えない機体だよね、あれ」

 ・吸血鬼 「ラウンズの機体でピーキーじゃない機体は無いけどな。ルルーシュのしん…………あー、本名を、何だっけ。――まあ良いや。ミストレスですら、コマンド入力だし」

 ・C×C 「まあな。……さて、で愈々に本筋だ。オマーンへの侵攻作戦の最終段階での事に成る」

 ・虎殺し 「首都マスカットを陥落させてからの話だな?」

 ・C×C 「ああ。コーネリア殿下とルルーシュ、アーニャに地上を任せ、私は戦場の上空で、情報戦に勤しんでいた。結界型ギアス《ザ・ランド》での周辺の策敵と、敵性情報の入手。非常に簡単だった。相手の『切り札』……もとい、虎の子の陸上艇バミデスは、周囲の影響で読めなかった。しかし、戦況の大半は認識できていたと思う。実際、戦力は過剰だったしな……。私の砲撃は最後だけだったから、何も問題は無かったんだ。ところが――」

 ・泥っち 「……なるほど。増幅した結界型ギアスで、何かを見つけてしまったと言う訳か。それも、ラウンズを招集し、皇帝陛下にも渡りを付ける程の、物」

 ・C×C 「ああ。最初は規模が大きすぎて、逆に気が付かなかったがな。冷静にギアスを使用したら明白だったよ」

 ・開拓者 「《ザ・ランド》ってのは……地脈と、物質構造の解析、だったよな。確か。……となると……砂漠の砂の下に、何かあったのか?」

 ・C×C 「鋭いな、ジノ・ヴァインベルク。……そうだ。聞いて驚くなよ?」




 ・C×C 「ルブアリハリ砂漠の地下に、巨大な空間があった。間違いなく近代以降の、人工物だ」




     ●




 ルブアリハリ砂漠の地下に、巨大な空間が存在した。

 荒唐無稽な話だが、一笑する者はいない。各人、其々に心当たりが有るのだ。
 その一言で、ラウンズの面々の、真剣さの中にあった余裕が、消える。

 「一応、尋ねるぞ。C.C.。……それは、かつて地下に埋もれた遺跡である、という訳では無いな?」

 C.C.と共にいたルルーシュは既に聞いていた様子だ。しかし、手を挙げて発現したドロテアの疑問は、アーニャも含めた全員に、共通する意見だった。

 「ああ、ほぼ間違いが無い。……ルルーシュ。変えてくれ」

 魔女の言葉に、ルルーシュが操作をする。拡大されたアラビア半島の砂漠に、一つの影が落ちた。
 アラビア半島の砂漠に刻まれた陰。それは、エレインが読み取った空間だ。南はオマーンとイエメンの境界近く。東はコーネリアが残存兵力を叩いた辺り。北はと西は、測定が不能。
 陰に見える全てが、地下の空間。小国を遥かに超える敷地を有している。

 「サウジアラビアの領空深くまで続いていてな。エレインの性能を持っていても、北方と西方の詳細は不明だ。だが、判明している部分を、概算で適当に計算しただけでも、恐らくシリコンバレー以上……サンフランシスコ・ベイエリアを凌駕する体積を持っている。地下で高度を稼げない分、横に広がったのかもしれない」

 地下数百メートル以下。流動する砂の下に存在する。
 これ程に巨大な空間が昔から存在するのならば、一般民衆にも多少の情報が伝わっていなければ奇妙だ。正確で無くても、口伝や説話として残っているのが自然だった。しかし、それは無い。過去の遺物にしても規模が大きすぎる。
 すると、残された可能性は、自然と限定される。
 帝国最強の六人の顔を見渡して、C.C.は断言する。

 「ここ最近――それも恐らく数百年以内に、何者かが秘密裏に建造した、と言う事に、他ならないな」

 その言葉に、やはりルルーシュとC.C.以外の一同は静かに頷く。幾人かは呻き声を上げ、困惑を表に出す。

 「ただのガランドウの筈が無い。中に色々とあるだろうな。工場や、居住区や――恐らく、人間も、だ」

 半島の地下に眠る、巨大な人工空間。庶民が空想する、浪漫に心を震わせる内容だが、ラウンズにとっては違う。
 オマーン侵攻の『裏の理由』を知るナイト・オブ・ラウンズ。戦場の剣達には、この所業を行える相手に、心当たりが有ったのだ。しかし、有る程度の情報を有している彼らも、驚愕している。

 彼らの予想を遥かに超えていたからだ。街一つ、ならば、まだ理解が出来る。しかし、ブリタニア本国工業地帯――世界レベルの工場ラインが砂漠の下に有る、と言われて、驚かない方が変だ。
 ルルーシュ・ランペルージであっても、予め情報を聞いていたから、落ち着いているだけである。

 その困惑した空気を打ち破った物が有る。




 ・『ベアト』様が入室されました。




 「なるほど。事情は把握しました」

 それは、一人の女性の声だ。冷静で感情を読ませない、静かな声。
 ラウンズの物では無い。しかし、この会議を傍聴する事が出来る役職に着いている存在だった。

 「その施設についての詳しい話は、またにしましょう。正確な情報を掴めた後の方が、混乱が少ないでしょうからね」

 全員の画面に浮かぶ、相互交信の、十二のウインドウ。円を描く剣達の枠の、より中心近くに現れた顔が有った。
 それは、ラウンズよりも女性が上位に有ると言う証明だ。

 「先を続けて下さい。C.C.」

 鉄面皮。感情を隠した小さな微笑と、雰囲気を和らげる眼鏡。しかし、その奥で猛禽類の様に油断なく光る瞳。一見すれば優しそうな、更に良く見れば鉄の様な女性。
 この場にいる面々で、彼女を知らない物はいない。

 「ああ。分かった」

 現れた女性は、ベアトリス・ファランクス。
 ナイト・オブ・ラウンズへの命令権を持つ、帝国特務局長にして、皇帝筆頭秘書官。
 要するに、上司だった。




     ●




 ・C×C 「さて、この巨大建造物を地下に勝手に、秘密裏に作り上げた『組織』については皆が良く知っているだろうから、説明を省くぞ。重要なのは、今後の方針だ」

 ・ベアト 「ええ。其れが何よりも重要でしょう」

 ・C×C 「まず、報告をしておく。恐らく、この建造物について、多少の情報を有していたオマーンの第一王子。彼は自分で自分の首を絞めて死んだ。一回締めると、まず解けない特殊な結び方をしていて、死体は、とてもじゃないが見れた顔じゃなかった。アーニャが気分を害した程だ」

 ・あにゃ 「うん。……あれは、凄かった、……色とか、色とか、色々と」

 ・C×C 「一見すれば自殺に見える。しかし実際は、条件を満たすと自殺する様に命令されていた訳だ」

 ・虎殺し 「……ってことは、だ」

 ・泥っち 「相手方にも、やっぱり居る、訳だな」

 ・魔 王 「……ああ。恐らく、俺と同じタイプの、ギアスユーザーだろうな」

 ・吸血鬼 「……面倒だな。つまり口封じ、だったんだろ?」

 ・C×C 「そう言う事だ。――第一王子は首都陥落後も、暫くは身を潜めていた。その間にギアスで命令された、のだろう。……此処だけの話だがな。実は確保の後にルルーシュが、知っている事を話せ、と尋問したんだ。ところが返ってきたのは、沈黙だった」

 ・あにゃ 「そうなの?」

 ・魔 王 「ああ。アーニャには話さなかったけどな。短時間だったが、確かに俺が尋問したよ。正面から ”相手の目を見て” な。しかし返答は無かった。知らなかった、のでは無いだろう」

 ・開拓者 「……ルルーシュ。つまり相手は、答えられなかった、のか?」

 ・魔 王 「いや。……これは推測だが、答えない様に命令されていた、が正しいだろう。寄生型で、かつ命令系のギアスは一人に対して一回、という制約が付随する事が多い。しかしそれは、命令の内容で幾らでも乗り越えられる ”今から言う命令を遵守しろ” 、とでも最初に命じれば、複数の条件を植え付ける事は容易いからな」

 ・虎殺し 「あくどいな。……手掛かりは消されたか」

 ・C×C 「ああ。全てではないが、大きな手掛かりを消された」

 ・ベアト 「――では、小さな手掛かりは有ると?」

 ・C×C 「ああ。……一応、分かっている事は有るんだ。例えば、コーネリア殿下が市街の残存戦力を叩いている間、休む前に簡単にだが、上空からマスカット市街を調べてみた。断言はできないが、恐らく地下水道の分岐から、地下空間へと通じる道が存在する、んだと思う」

 ・魔 王 「推測が立ち、第一王子を問い詰めようとしたが、その前に自殺をされた訳だ」

 ・あにゃ 「なるほど。……第一王子が地下通路のルートを知っていた可能性は大きかった、と」

 ・泥っち 「そうだな。砂漠地帯では水源の確保は何よりも重要だ。地下水路を整え、その中に秘密の隠し通路を構成して、砂漠下の大空間と繋げる事は、理論的には可能だな。問題は経済的な面か。第一王子が単独で行うとした場合、かなり厳しいが……」

 ・C×C 「因みに、他の物で自殺した者はいない。残りの王族が子供と言う事もあるがな。……ちょっと話がずれるが、オマーンの権力の実権は、かなりの部分で第一王子に移動していたらしい。特に、財政面は、ほぼ彼に掌握されていてな。第一王子の懐に入っていた金は万では効かないんだ」

 ・吸血鬼 「じゃ、あれか。こっそり別の場所に金を懸けても、表に出ないと」

 ・C×C 「そうだ。……今回のブリタニア侵攻に際して、強引に即位を実行しようとした計画も見えてきていてな。……まあ、要するに、何かを企んでいた第一王子は侵攻と共に失脚。秘密がばれる前に殺害された。で、子供と先が短い老人が、オマーンの残った王族だ。国内の宮廷のゴタゴタも、侵略成功の原因かもしれん」

 ・虎殺し 「……話を戻そうか。オマーン国内の財源が、提供されていて、かつ第一王子の独断に近い物だった、と仮定をするのならば……ならば、地下の存在を知っているのは、オマーンだけじゃないな。アラビア半島の諸国も、認知しているんだろう。既知にあるのはオマーンと同様に、政府の限定された一部、数人なのだろうが、各国で協力して金を出し、その上で隠している。ブリタニア帝国の監視の目を擦り抜けるほど、巧妙に」

 ・開拓者 「しかも、ギアスを使用しなければ発見できなかった以上、他国を問い詰める事は難しい、か」

 ・C×C 「ああ。ギアスで発見した、という理屈を持ちだすのは、外交的にも機密的にも禁止だ。となると、軍事的に発見したとなる。しかし、最新鋭人工衛星でも発見出来なかったんだ。此方の技術を越えるレベルだったのだろうが、大きな秘匿性を有した設備の立証は、難しい。百歩譲って国家が此方との交渉で認めたとしても、利権が絡んだ、得た恩恵に関しては間違いなく黙秘を選ぶ」

 ・ベアト 「必然的に、他国の協力はまず得られない。本国の中でも、直接に調査に関われるのは機情とラウンズだけでしょう。特務局ならば、私が声をかけて動かす事も、出来ますが……」

 ・泥っち 「それでも人数的に苦しいのは間違い無い。対して、相手の敷地は広大だ。しかも、情報が存在しない、手探りの状態。その上でオマーンの地下水路から、設備に至るルートを探索し、設置されているだろう防衛線を乗り越える必要もある。―――厳しいな」

 ・魔 王 「……だがそれでも、手掛かりと言えば手掛かりだ」

 ・ベアト 「……そうですね」

 ・魔 王 「厳しい事には違いない。だが、第一王子の自殺から考えて、今尚も、地下空間内に重要な手掛かりが残っている事は間違いない。到達するまでに証拠は隠滅される。新たな拠点に移動される可能性も高い。其れでも尚――調べるべきだ、と俺は思うぞ」

 ・ベアト 「その旨は、皇帝陛下にお伝えして、采配を得ましょう。……次の手掛かりは?」

 ・C×C 「……第一王子の周辺を洗ってみた結果、一つの興味深い点があった。――気が付いたのはアーニャだ。……説明を頼む」

 ・あにゃ 「分かった」




     ●




 アラビア半島の地図に代わって、画面に映った物が有った。

 それは、簡潔に纏められた標だ。オマーン国家の財政の一部。第一王子の支出を中心に記された部分である。専門家が見れば、第一王子の挙動を読み取る事が出来るだろう。
 その中の複数の場所に、見やすいように色付けがされている。




 ・あにゃ 「……オマーンのデータベースを漁ったら、気が付いた」

 ・モニカ 「何を?」

 ・あにゃ 「この、色が付いた部分に、注目」




 ピコ、と現れた小さな矢印が、標の一部を動く。

 「第一王子の支出の中、他国との交流費用が有る」

 其れだけならば、不思議では無い。国政に関わる者として、諸外国との交際費は必要不可欠だ。

 「通常の平均交流費よりも、僅かに多い。けれども、実際に諸国に出た回数は、むしろ少ない」

 「……秘密裏に動いた、と言う事か?」

 「其れだけならば、良い」

 国家予算を公に出す事が少ないブリタニアだ。実力主義と階級社会が、記録の改竄に拍車を懸けている。
 大層な名目で誤魔化し、その裏では費用が別の方向に流れる事など珍しく無い。ダミー会社の費用を横領する。庶民に流れる税金を官僚が不正に奪う。エリアの地方総督が直々に裏金と利権を吸い上げる事もある。

 しかし、そこら辺は匙加減を間違えなければ、黙認される事が多い。庶民の規範と成るべき貴族が、率先して行っている以上、撲滅は不可能だ。

 幸いな事に、中央に近い権力者ほど自制する方向に有る。皇帝や宰相、ラウンズを初めとする、国家の中枢ほど金の使い方がまともで、利権を無駄に獲得しようと考えない。
 無論、いざ、使用する時は、存分に使用するのであるが。

 「問題は、接触相手が――」

 新たに表示される情報。其処に記されていたのは、外国との交流に関しての物だ。
 有ったのは、アラビア諸国や、欧州。中国。総じて言えば、ブリタニアの支配が及んでいない地域だ。

 しかし、其れ以外にも、記された記録が有る。その場所は。

 「――エリアにも、及んでいる、と言う事」




     ●




 ・開拓者 「ちょっと待て。つまりアレか。口を封じられた第一王子とやらは、秘密裏にエリアにも出張っていた、と……何だよ、それ」

 ・モニカ 「そのままの意味だね。……うん。キナ臭い」

 ・虎殺し 「キナ臭い、では、済まないな。山火事並みに臭うぞ」

 ・ベアト 「納得しました。つまり、そのエリアが、第一王子の知っていた情報と関わりが有る可能性は、高いと」

 ・あにゃ 「確定情報では無いけれども、そう言う事」

 ・C×C 「ベアトリス。実は明日にでも伝えようかと思っていたんだ。そのエリアへの、ラウンズの派遣を要請するつもりだった。オマーンの攻略は済んだし、暫くすれば補給艦隊と一緒にドロテアが合流する。一か所に四人も必要が無いからな」

 ・魔 王 「痕跡を消そうと相手が動く可能性は有るが、それならば此方も相手の尻尾を掴み易い。幸いな事に、そのエリアは抵抗活動も活発だ。エリア昇格の為の援軍、という名目ならばラウンズを派遣しても良いだろう」

 ・ベアト 「ええ。その辺りも合わせて、皇帝陛下に打診致します」




 ・『ONE』が入室しました。




 ・ONE 「遅れて済まぬな。もう終了か?」

 ・ベアト 「ヴァルトシュタイン郷、お疲れ様です。――簡単に説明しますと、今回のオマーン侵攻によって、ルブアリハリ砂漠の地下に、 ”例の組織” の研究施設「らしき物」が有る事が、C.C.卿のギアスで確定しました。その調査と並行して、彼らが密かに手を伸ばしている可能性のあるエリアに、ラウンズを派遣するべきだ、と言うのが、今回の会議ですね」

 ・ONE 「了解した。礼を言おう」

 ・吸血鬼 「……で、肝心のそのエリアは? 何処なんだ?」




 全員の視線を受けて、ラウンズ最年少の少女は、ゆっくりと語る。




 ・あにゃ 「場所は――――エリア11」




 世界最大のサクラダイト産出国にして、最も抵抗活動が大きな、極東の島国。


 かつての名を、日本と言う、国家だ。














 登場人物紹介③

 ベアトリス・ファランクス

 皇帝筆頭秘書官 兼 帝国特務局(機密情報局とは別組織)長官。
 帝国宰相やナイト・オブ・ワンにも匹敵する権力を有する、難攻不落の鉄の女性。帝国最高頭脳の一角。
 元ナイト・オブ・ラウンズであり、C.C.の先代。つまり第二席に着いていた経歴も持っている。
 ノネット、コーネリアと同じく、マリアンヌの弟子。アリエスの離宮にも良く出入りをしていた。


 (補足)

 原作の小説に登場。
 ギアスR2では、出奔したコーネリアを背後から支えていた。彼女が黒の騎士団に鹵獲された後、シュナイゼルに事情を伝え、救出を要請してもいる。
 その死に関して言及されていないが、皇帝ルルーシュにギアスで支配された後、降格。他の皇族共々、投下されたフレイヤで死亡したと思われる。








 用語説明 その①

 ナイト・オブ・ラウンズ。

 ブリタニア語ではKnight of Rounds.
 神聖ブリタニア帝国最高戦力。皇帝直属の『円卓の騎士』。
 最強の代名詞。
 その権力は皇族と同等の扱いであり、皇帝の勅命を受ければ、皇族以上の権力の行使も可能とする。
 彼らより上位に位置する者は、皇帝、特務局長、宰相と数人だけ。
 完璧な実力主義であり、実力さえ伴っていれば、ブリタニア国家の中で、最も人種や出生に拘らない職場かもしれない。
 今現在は、全十二席の内、1・2・3・4・5・6・9・10・12の九席が埋まっている。

 使用されるナイトメアフレームは、揃いも揃ってピーキーな機体であり、扱える者は少ない。名前の大抵は『アーサー王伝説』から取られている。
 『第一席』で、帝国最強と言われるビスマルク・ヴァルトシュタインを除き、実力はほぼ横並び。特定の条件下によって、互いの勝敗は簡単に引っ繰り返る。

 実は、一から十二とは違う、表に出ない階位が存在しているとか、いないとか……。










 6月12日 投稿










 これにて序章は終了。次回からは第一章『エリア11』編に成ります。
 特派とか、赤い彼女とか、学園組とか、色々出て来ると思うので、お楽しみに。

 PS 如何にか『境界恋物語』の完結までの目処が経ちました。内容を書いては消し、書いては消しの繰り返しですが、しっかり最終回に向けて動いているので、気長にお待ち下さい。



[19301] 第一章『エリア11』篇 その①
Name: 宿木◆e915b7b2 ID:21a4a538
Date: 2011/03/01 14:40
 古来より、人間は自分の手の届かない存在を崇めていたと言う。それは、ある時は天雷であり、ある時は燃え盛る業火であり、ある時は抑圧不可能な激流であり、踏破不可能な山岳地帯であった。それらは人間の上位の存在であり、人間が抑える事は不可能な現象だ。

 吹く風は凍りそうなほどに冷たく、雪と氷が決して消える事の無い白銀の世界に人間が立ち入る事は許されず、だからこそ其処は聖域と崇められていた。

 土地の名を、ヒマラヤ。
 常に峻嶮な山脈。災害を引き起こす猛威。同時に、豊穣を麓に齎す神。絶えず人間を見下ろし、決して揺らがない雄大成る姿に、大地に住む者達は揃って頭を垂れたのだ。

 しかし、今現在は――――その山の権威も、陰り始めている。
 この地に住む民だけでは無い。脅威に曝されている世界に住む民、全員にとっての、山の災害よりも、もっと直接的に恐ろしい相手が存在していたからだ。




 人間を見下ろすヒマラヤ山脈を眼下に、悠々と飛行する一艇の戦艦が有る。
 その姿が、まるで、山脈すらも己の領域に過ぎないと――傲岸不遜さを示す印象を受けるのは、決して気のせいでは無いだろう。

 機体に記された紋章は、蛇を喰らう猛る獅子。
 神聖ブリタニア帝国の飛行艇だったのだから。






 コードギアス 円卓のルルーシュ

 第一章『エリア11』編 その①






 中国大陸上空を飛行するブリタニア保有飛行艇の中に、その部屋は有った。

 机の周囲には、紙を初めとする各種の道具が雑多に置かれていた。
 ブリタニア帝国所属の飛行艇内部には、本来ならば――――室内に居る人物の言を借りるのならば、『無駄に豪華で湯水のように資金が使われた挙句、実用的には程遠い、見掛け倒し以外の何物でもない執務道具』が並べられているのだが、この部屋は違った。
 どれも中身を重視した物。華麗さよりも頑丈さを、装飾性よりも利便性を、そしてその上で質が良いという、仕事量と、処理をする人間の性格に見合った価値を有していた。
 まあ、部屋の中の色彩が、何処となく可愛らしい事と、部屋の各所に猫マークが見える事は――――別に構わないだろう。部屋の持ち主は、意外と可愛い趣味を持っているのだし。

 椅子の上で、優雅に書類を読みこむのは、青年だ。
 黒髪。白磁の肌。女性と見紛うばかりの美貌。そして深い紫水晶の瞳。女性よりも美しい男性、と帝国内で人気を博す――――帝国最強の剣が一本にして、『円卓の騎士』最高の知将と称される男。




 『円卓の騎士』《第五席》ルルーシュ・ランペルージ。




 戦闘能力が何よりも重視されるラウンズで、決して他者と引けを取らず、しかし同時に優秀な知啓を宿す男。天才的な軍師の才能を持った、一騎当千の騎士と、名を響かせている。
 本人は煩わしいだけ、らしいが。

 勿論、この飛行艇は彼の物では無い。ラウンズ専用の飛行艇は、本来ならば人数分存在するのだが、生憎、彼の物は整備中で本国から動かせない。仕方が無いので、同僚の保有する飛行艇を回して貰っているという訳だ。
 因みに件の同僚は、というと、数刻前から姿を消している。まず間違いなく、数ブロック先の格納庫でナイトメアを弄っているのだろう。
 何かと他者に纏わり付かれる事の多いルルーシュにとって、一人の時間は貴重だった。

 「――――さて」

 ぽい、と友人達に頼まれた書類を適当に蹴りを付けて、彼は手を伸ばした。

 「“目的地”の情報入手に、努めるか」

 呟き、机の片隅に置かれていた『《第五席》へ』と書かれたファイルの中から、紙の束を引っ張り出す。部外秘の資料だ。

 『エリア11――――』

 手に携えられた書類は、そんな見出しで言葉が始まっていた。




     ◇




 数日前。

 「協力、感謝する。ランペルージ卿」

 旧オマーン、現エリア18の暫定政庁を兼ねたG-1ベースの一室で、ルルーシュは一人の女性と対面を果たしていた。といってもルルーシュは傅いているし、相手も頭を下げている訳ではない。対面と言うよりも謁見に近い状態だろう。
 乾燥地帯特有の、何処か紅い太陽が窓から差し込んでいる。その光に照らされ、己の半身たる騎士と、有能なる副官を背後に、椅子に腰かける姿は、正しく皇族の傲慢さと高貴さを示していた。

 「貴公らの助力が有ってこその結果だ」

 しかし、威丈高に聞こえる声を持つその相手も、頭こそ下げないが、その言葉の中には感謝が伺えた。そして、それ以上に優しい想いが見え隠れしている。
 両者共に、これは儀礼として行っているだけなのだ。仕事中は決して崩さないが、ルルーシュも相手も、プライベートならば格式ばった交流は望まない。

 「いえ。コーネリア殿下も、不慣れな地形と気候を感じさせない手腕でした。……正直、私達は無用ではないかと思ったほどですよ」

 穏やかなルルーシュの言葉に先に居たのは、ブリタニア皇族でも一、二を争う軍功と武勲を持つ女傑。

 コーネリア・リ・ブリタニア。
 《戦場の魔女》と恐れられる、神聖ブリタニア帝国第二皇女だ。

 その言葉に、僅かに苦い笑みを浮かべて、彼女は静かに告げる。

 「世辞は良い。……最終局面に現れた陸上戦艦。あれは私とギルフォードだけでは難しかった。味方の被害も増えただろう。C.C.卿とアールストレイム郷。そしてランペルージ卿。……三本の剣は、過剰では有ったが、無駄では無かったと思っている。皇帝陛下に、大きな声で報告が出来る」

 「――――恭悦、至極にございます」

 優雅に、彼は一礼した。
 皇族と違い、騎士と言う人間は頭を下げる事が多い。主君である皇帝は勿論、貴族にも相応の振舞いが必要とされる。ルルーシュも勿論、その例には漏れない。今の様に、首を垂れる。

 だが、その姿を見るコーネリアは知っている。こうして頭を下げていても、所詮は演技。慣習や法則である為、義務としてこなしているだけだ。生来の気質は頭を下げられる側。外見では取り繕っていても、“心の底から”頭を下げる事は、まず殆ど無いと言って良い。
 仮にあったとすれば、それは矜持や地位よりも大事な物の危機だけである。

 「……ところで。次はエリア11だったな」

 「――――ええ」

 一瞬、言葉を停滞させて、ルルーシュは頷いた。その停滞の意味を、コーネリアは知っていた。
 先日の『円卓会議』の話題も合わせて、ルルーシュは彼女に既に、エリア11へ向かう事を伝えて有った。

 元々余力を残しての降伏や、エリア政治の腐敗、果ては周辺諸国からの介入も有り、エリア11は世界有数の紛争多発地帯になっている。ラウンズの真意が何であれ、帝国からの戦力が介入するには丁度良い土台が構築されているし、表向きの理由には事欠かない。

 「……明日の午後から明後日、補給物資を搭載した艦隊が港に到着します。護衛に付いているエルンスト郷も一緒です。……一つのエリアに、ラウンズ四人は多すぎるでしょう」

 「ああ、確かにな」

 エリア18が安全と言うつもりはないが、それでもラウンズ四人は多すぎる。残存勢力を叩き、地下を探るとしても、半分いれば十分だ。コーネリアも、流石に其処までラウンズに頼る気はなかった。
 机の上に置かれていた書類から、何枚かを渡す。

 「ダールトンには輸送機の手配と、エリア11の現状を纏めた書類を準備させてある。目を通しておいてくれ。ナイトメアの方は、……砂漠地帯で無理に中を弄る訳にもいくまい。済まないが、向こうの租界に付くまで整備を見合わせて欲しい」

 「……Yes, your highness。了解しました」

 整った場所に行かないと手が付けられない位、ラウンズの機体は面倒だ。軍用規格に近い、アーニャが繰るグロースター(重)だけならば、まだ何とかなる。しかしルルーシュの『ミストレス』やC.C.の『エレイン』は、専門の整備士でないと、色々と不具合が起きやすい。
 下手な技術者に任せるよりも、自分自身で応急処置を施した方が安全とまで言われるほどである。

 「それと――――誰を連れていくのだ? やはりC.C.卿か?」

 ラウンズの動向を抑えて置くのは、皇族の常識である。最も彼女の場合、本人の為を思って尋ねたのだが、これは皇族としてはかなり珍しい部類に入るだろう。

 戦場や重要度の高い任務に付く時、ラウンズは大抵ペアになる。それも、己の弱い部分を補い合う形のペアだ。防御が主体のルルーシュの場合、必然的に攻撃に優れた相手が相方に納まる事が多い。
 相性が良い、色々と深い関係を持っているルルーシュとC.C.の名は、色々と有名だった。コーネリアがそう思ったのも、当然と言える。

 「いえ。アー……アールストレイム卿です」

 一瞬、アーニャ、と、名前を呼び掛けたルルーシュだった。警戒心を抱いていない相手を前に、安心して長い話をしていると、時々うっかり、ドジを踏む。
 咳払いを小さくして、誤魔化すと、彼は続けた。

 「エルンスト卿は、長旅の後ですから、当然ですが。……C.C.卿が、此方に残りたいと希望を出しました。地下を気にしている様です。……アールストレイム卿にも良い経験になるでしょう」

 C.C.の最後に卿を付けるのは、本人含めて誰もが変だと思っているのだが、口には出さない。
 コーネリアも同じだったようで、華麗に無視して、ルルーシュの目を見て言った。

 「そうか……。向こうでも気を付ける様に。心配はしていないが、戦場に絶対は無い」

 目線を合わせて会話をする事は、この女傑にしては非常に珍しい。
 その真剣さは、唯の同業者を案じる瞳では無い。もっと別の――――自分と関わりが深い相手に対する、配慮と懸念を示す、暖かくも強い瞳だった。

 「……Yes, your highness。感謝します」

 それだけを言って、ルルーシュは立ち上がる。彼には、同僚ならば兎も角、目上の皇族と無駄話をする猶予も、そして権利も無かった。コーネリアに頭を下げて、部屋を立ち去ろうとする。
 彼女も、余分な話をする暇は無い。時期にこのエリアの総督が決定するだろうが、それまでに終わらせなければならない雑務は山積みだ。

 ……ただ、自分が伝えたかった要件が一つだけ。二十秒で終わる話が有った。

 「……これは私の、唯の独り言なのだがな」

 立ち去ろうとしたルルーシュが、背中を向けたまま、無言で止まる。

 「物資の補給の目途も立った事だし、残存兵が動くまでに余裕はある。……今夜は久しぶりにコックが腕を振るう、手の込んだ食事を取れるんだ。……私としては、“誰か”に、二人ほど顔馴染みを連れて、夕餉に訪ねて来てくれると、――――私はとても、嬉しい」

 「……分かりました」

 静かに帰って来た声に、過去の彼が重なったのは、多分、コーネリアの気のせいでは無い。




 こんな経緯を経てルルーシュ・ランペルージは、同僚と共にエリア11へと向かっているのだった。




     ◇




 『エリア11。旧国名・日本。総面積約三十七万八千平方キロメートル。人口約八千万人(名誉ブリタニア人、イレブンを含む。要調査の事)。北海道・本州・四国・九州と沖縄、八丈島などの七千以上もの小島によって成り立っている。ブリタニアによる統治以前より文化レベルが非常に高く、また先進国に数えられる技術を有していた為、現名誉ブリタニア人及び、未帰属のイレブンの文化尺度、識字率、及び教育水準は高い――――』

 基本事項から始まり、男女比。出生率。学校数。第一次から第三次までの職種分布と従事者数。平均給与率。ブリタニアの支配が始まって以降の、それらの推移と変化を示すデータの羅列を目で追っていく。
 パラリ、と書類を捲った。

 『ブリタニアによる統治前は、人口一億人を超える先進国家だった。しかし現在の人口は、ブリタニアとの戦争によって少なくとも七~六割以下に落ちており、その内の半数は名誉ブリタニア人である。現在、抵抗勢力として根強く残っているイレブンは、少なく見積もっても十万人。ブリタニアに憎悪を抱き、勢力予備軍と見做される数は百万人はいるとされ、今尚も各地で小競り合いが絶えない』

 「……百万人、か」

 多いな、と思う。其れだけの数の人間が、仮にカリスマ性を持った偉大な指導者――――例えば、自分や帝国宰相シュナイゼルの様な、リーダーに牽引された場合、エリア11は一大危険地帯と化すだろう。

 帝国特務局が、危機感を覚える理由も分かるという物だ。
 そして、あのベアトリス・ファランクスが“こんな情報”を送って来ると言う事は、エリア11の支配は上手く行えていないという言外の断定である。

 一見すれば事務的だが、付随するデータには、生々しい、かつて日本と名を有していた国家の現状を如実に示す、深刻かつ重要な情報が詳細に記されていた。辺境のインフラ設備や、不足している医薬品、植生変化に加え、トウキョウ疎開のエリア11政庁の金の流れまで乗っている。
 つくづく、母の弟子なのだと痛感させられた。
 自分を上手に使える人間の数少ない一人だけの事は有る。

 『ブリタニアの統治と同時に、在野に下った優秀な人材も多く、その大半は、既に死亡していると思われる。ブリタニア統治の元でも、国民を思って敢えて苦汁を飲んだ者もいる。しかし、専門職を身に付けた彼らを手中に収める事も、また心を掴む事も、現状で行えているとは言い難い……』

 ――――とまで書かれているのだ。一歩間違えれば帝国批判に成りかねない。
 皇帝筆頭補佐官の性格が、見える様だった。

 (……流石は、優秀だよ)

 ふ、と小さく笑みを浮かべて、椅子に体重を預けた。
 彼には少し小さな、固めの感触を背中に感じながら、ルルーシュは次の紙を取り上げた。

 『日本がブリタニアの標的と成り、エリア11として支配された背景には、日本が保有するサクラダイト鉱山が有る。富士山渓に埋蔵される希少金属サクラダイトは、ナイトメアフレームを初め各種エネルギー産業の要であり、必須物資である。七年前の第二次太平洋戦争の発端は、旧日本がブリタニアへのサクラダイト輸出を規制し始めた事が、原因の一端である、と歴史書には記されており――――』

 やはり一般常識から始まり、今度は諸外国との関係についてが書かれていた。先に進むにつれて、普通の軍人は愚か、上層部でも簡単には閲覧できないレベルの情報がぽんぽん乗って来るが、気にしない。

 そもそも、ラウンズの権限は、皇族の待遇。皇族には礼節を尽くす義務があるが(大体のラウンズは出生からして貴族であるので、これも余り問題はない)――皇帝からの勅命を受けた場合は、皇族以上の権力を手に出来る。他の騎士とも一線を画すのだ。

 まあ、そんな裏話は置いておく。
 今は、かの国の情報の復習だった。

 『エリア11における最大の輸出品目、サクラダイト鉱山の開発と提供は、ブリタニアにいち早く恭順の意を示した桐原産業(後述添付資料を参照の事)によって行われている。桐原産業を初めとする各種旧日本企業と財閥はNACと名を変え、エリア11の内政庁の管理下に置かれている。内部不透明な金の流れが存在する為、彼らと秘密裏に交渉して、利権を得ている貴族・官僚の数もかなりの数だと思われる……』

 ――――これもまあ、予想していた事だ。

 矯正エリアでの金の流れが怪しい事は今に始まった事ではない。そもそもブリタニアは『やってもばれなければ良い。気が付けない方が悪い』という考えに近い。少しは共感できる。

 金が全て、という人間は大嫌いだが、金と言う存在を嫌うつもりは更々無い。ルルーシュだって特許の申請をしてかなりの金を稼いでいるし、いざ使う時は、躊躇なく金を使う性格だった。
 だから、決して厳格に取り締まる気は、無い。お金で買えない物はあるが(そして金以上に価値の有る物をルルーシュも持っているが)、買えない物を守る為には、金が絶対に必要だ。
 そもそも、不正をした官僚を逐一全部罷免していたら、ブリタニア帝国は直ぐに立ち行かなくなる。

 『毎年、富士河口湖畔ではサクラダイトのシェアを決める国際会議が開かれており、今年の会議には――――……』

 其処まで読んだ時だ。
 ひょい、と書類が手から引き抜かれた。
 アーニャだった。




 「ルルーシュ。仕事、し過ぎ」

 見れば、何時の間に部屋に入って来ていたのだろうか。ハンガーで自機を弄っていたアーニャが、目の前に立っていた。ルルーシュが今の今迄読んでいた書類を、ひらひらと弄んでいる。
 取り返そうと手を伸ばしたら、素早く一歩下がられ、手は虚空を切った。

 「……まだ読んでる途中なんだがな、アーニャ」

 「ルルーシュなら、読まなくても頭に入ってる筈。……そんなに暇だった?」

 アーニャの、でしょ? という小さく首を動かす問いかけに。

 「まあな」

 と、少し笑いながらも、返す。正直、確かに暇だった。

 皇室御用達の最高級輸送航空艦と言っても、スペースは限られている。故に、娯楽は限られている。勿論、本棚の一つ位は部屋に備え付けられて有ったのだが、ルルーシュの趣味には合わなかった。
 パソコンや通信機の画面ばかり見ているのも、暇な時には遠慮したい。唯でさえ戦場では画面越しだ。
 腰を上げて、窓の外を見ながら背を伸ばす。エリア11は、まだ遠い。

 「発達したと言っても、移動が面倒なのに違いはないな」

 「うん、KMFの輸送も、大変」

 先程まで自機を弄っていたアーニャも隣に来て頷いた。幾ら大型といっても、輸送機での作業は面倒だった筈だ。

 軍用民用に限らず、航空輸送艦も他の乗り物と同じ。動力源はエナジーフィラーだ。大雑把にいえば、無線操縦の電動ヘリコプターの理屈で動いていると言っても良い。乾電池の代わりに大型エナジーフィラーを搭載し、無線機の代わりに操縦桿と電子機器を使っているだけである。大重量を長距離輸送するには、色々と障害が有って当然だった。

 「特派のフロートシステムが、限定だろうと量産されれば、もっとマシになるのだろうがな……」

 「――――今は、二つ?」

 「ああ」

 フロートシステムは、特別派遣嚮導技術部、通称を「特派」によって開発されている飛行機構だ。
 その性能故に、かなりの将来性を見込まれているのだが、主任が第七世代ナイトメアに掛かりきりな為(というか、他への興味を示さない為)、一向に量産体制が整わない。今迄ロールアウトしたのは、二つ。つい先日で三つだ。

 完成品第一号が、帝国宰相シュナイゼルの航空母艦『アヴァロン』に。
 第二号は、『円卓の騎士』所有の飛行KMF『エレイン』に。

 「もう時期に、三つになるな。……来月には搭載されるんじゃないか?」

 第三号は、これも『円卓の騎士』所有のKMF『トリスタン』への搭載が決定されている。戦場に出て、どんどんデータを取ってくれ、というのが先方からの注文だった。まあ、ジノの事だ。好き勝手に空を飛んで来るだろう。何とかと煙は高い所が好き、とも言う。

 「上手く行けば、来年にも量産されるだろうな」

 そうなったら多分、最優先でラウンズの輸送艦に備え付けられるだろう。もう少しの辛抱だ。

 「――で、より効率良く戦争をする、と」

 「そう言う事だ。発展の光と闇だな」

 意外と辛辣な一言に、あっさりとルルーシュは返す。

 大凡、世界の覇権を握っていると言っても良いブリタニアだ。それは同時に、世界最高、最先端の技術を保有しているという事でもある。
 国民の受ける利益は莫大だが、その裏では、今日も何処かで侵略の犠牲になっている。それを忘れた事はない。自分達がしている事が、正しく“悪”だと、彼らは理解していた。
 そして、今から行く土地は、その犠牲となった国家である、と言う事も。

 「……そう言えば、ルルーシュ。エリア11に行った事は?」

 その質問に。
 ルルーシュは、過去を思い出しながら、静かに答えた。




 「エリア11“には”、無い。――――八年前。日本と言う国家を、訪れた事は……有る」




     ◇




 トウキョウ・ハネダ空港。

 普段は国内旅行客で賑わい、あるいは各地区に逗留するブリタニア軍に物資を運搬するこの空港も、今は緊張感に包まれていた。緊迫感では無い。緊張感だ。堅い空気による硬直とは違う、熱気が渦を巻く様な緊張だった。
 輸送機の搭乗口前には一列に歩兵が並び、一糸乱れぬ体型で敬礼をしているが、並ぶ兵たちの目は何処か輝いている。目の前を通って行くだろう相手を一目見られる事に、期待に胸を膨らませているのだ。

 英雄に市民が憧れる事は、何時の時代も変わらない。

 滑走路に降り立った輸送機には、帝国の紋章が飾られている。そして、それと並列して記されるのは、搭乗者を示す紋章。ラウンズのシンボルだ。

 普通、ブリタニアからのエリア11への国際線は、ナリタ国際空港で離発着している。しかしナリタがレジスタンス組織の拠点が有る事は、この国の者ならば常識だ。危険度は少ないし、非常に厳戒に守られているが、それでもゼロでは無い。故に、皇族やVIP待遇の者は、ハネダへと輸送機が回される。

 輸送機の後部が下がる。大きな口を開けるかのように、静かに地面へとハッチを下ろした。そして、作られた階段を静かに下りて来るのは――――帝国最強の剣、その二振りである。
 降り立った瞬間に、このエリア特有の湿気を含んだ、羨望とも取れる熱が彼らに向かう。


 ルルーシュ・ランペルージ。
 アーニャ・アールストレイム。


 どちらも若い。ルルーシュは十七歳。アーニャに至っては最年少の十四歳だ。しかし両社共に、その若い年でラウンズに抜擢され、そして飾りでは無い事を功績によって証明している。だからこそ、ブリタニア兵士達は、一様に彼らを英雄視している。

 武勲を立てれば、あの場所に立てるかもしれない。
 自分も又、彼らと同じ英雄に成れるかもしれない。

 その思いは、兵士達を奮起させる。ラウンズとは、そう言う階級だった。皇帝を守る剣と言う意味だけでは無い。届かぬ者達にとっての確固たる目標で、指針だったのだ。

 その戦略的価値、戦場での実力も高いが、何よりもたった一人いるだけで兵士の士気が明らかに違う。有る者は意の一番に戦場に切り込み、有る者は常識外れの狙撃を決め、有る者は堅牢な砦を有する。そんな、たった一人で戦況を傾かせる者が傍にいると知っていて、必死にならない兵はいない。

 結果としてラウンズの存在は、その戦場を席巻する。
 そうして、数多の戦場を勝利に導いてきた。



 皇帝シャルルは語る。闘争と競争は、発展であり前進である、と。



 同意をする訳ではない。だが、確かに真実を得ている部分は有ると、ルルーシュは思っている。
 良くも悪くも、戦いは人を成長させる。人だけでは無い。国家を、民を、技術を、文明を変えていく。日本との戦争が無かったら、ナイトメアフレームの実用化はまだ時間が必要だったと語られる程だ。争い、戦う事で確かに人間はその有り方と世界を変えて来た。
 だから、闘争を日常とする世界は――――確かに、進んでいく。それは、進まざるを得ないからだ。進めなくなった時が、即ち己の崩壊と腐敗の、始まりに等しいからだ。

 けれども、その裏で消えていく物は多い。
 消えていく物が、己に成らないという保証が無い事を自覚出来る者は、多くない。
 そして、その裏で消えていく物の事を思え、背負える者は――限りなく低いだろう。



 ルルーシュは知っている。
 世界を変える事は、決して簡単ではないという事を。



 整然と並ぶ兵士の、憧憬の雨を潜り抜ける。この中の何人の兵士が、定年まで軍で働く事が出来るのかを思う。恐らく、二割は確実に減るだろう。そして、その二割の中に、己が入らない保証は無い。
 真っ直ぐ進んだ正面に、エリア11の総督がいた。礼を取って自分達を出迎えている。報告書で読んでいる。カラレスとかいう権力志向の強い男だ。無能ではないが、才覚が有る訳でも無い。
 少なくとも、自分と比較をすれば、絶対に己の方が有能だ。

 けれども、自分の才覚を存分に使用したとしても、果たして世界を変え、導く事は出来るだろうか?

 ルルーシュは難しいと思っている。不可能とは思っていない。しかし今の体勢を壊す事は、生み出す事よりよっぽど難しい。仮に出来たとしても、導く事までは決して出来ない。壊して、その対価に自分も死んで、それで終わりだ。誰かが引き継ぐかもしれないが、必ず一回は混迷の時代を引き起こし、多くを殺す。
 正直に言えば、やろうと思えば、多分、今からでもルルーシュは、壊すだけならば出来る。可能だ。
 けれども、其れをしたくは無い。



 世界を壊したとしても、己の守りたい物を守れる訳では、無い。



 ルルーシュの守りたい世界は本国に有る。金より大事な、金を幾ら払っても守っていたい平和な世界が、本国に確かに存在している。だからルルーシュは、この場所にいる。この場所で戦っている。
 自分は、恵まれているのだろう。
 本国から追われる事は無い。上位の皇族は愚か、皇帝も気に懸けてくれている。頼れる同僚もいる。家族も有る。地位も強固だ。己の才を万全に発揮する環境が整っている。
 だから、恵まれている。

 ルルーシュは皇族では無い。皇帝になる事は出来ない。いや、そもそもなりたくは無い。国家を動かして世界をどうこうしようなど、考えただけで面倒だ。今以上に、愛する家族とまともな時間も過ごせない等、背筋が震える位に恐ろしい。
 けれども、戦う力が無い事は、もっと恐ろしかった。

 守りたい物が有る。
 そして、倒すべき相手がいる。
 戦場で対する者に、悪魔だ、魔王だと、呼ばれようとも、それでも尚、歩む理由が有るのだ。
 エリア11でも、だから己の歩みは、止まらない。




 「『Knight of Rounds.』 ルルーシュ・ランペルージ。――――皇帝陛下よりエリア11平定の補佐を命じられた。以後、宜しく頼む」




 総督に言葉を告げ、同時に、己の仕事を自覚する。

 僅かな期間だが、幼い時を過ごしたこの土地を、ルルーシュは好んでいる。愛している。侵略した国家の人間が何を、と言われるだろう。ふざけるなと思われるだろう。だが事実だ。本心だ。出来ればこれ以上、悲惨な目に合わせたくは無いと――――心から、思っている。

 けれども。

 (……お前達は、俺の敵なのだろうな、きっと)

 嘗てこの国で一緒に遊んだ、幼馴染達を思い、ルルーシュは小さく息を吐いた。














 登場人物紹介 その④


 コーネリア・リ・ブリタニア

 神聖ブリタニア帝国第二皇女。
 《戦場の魔女》の異名を持つ、皇族の中でも最も多くの軍功を持つ女傑。

 皇族だが、軍人・武人としての性格が強い。しかし、身内(特に年下の血縁者)には甘い。時々、その点をギルフォードやダールトンに指摘される。
 「統治する為に命を懸ける」独自の信念を持ち、卓越した技量で常に前線で戦う事が多い。テロ相手にも自分で乗り出して行く。その為、度々罠に嵌るが、優秀な騎士や副官、そして彼女自身の才能のお陰で切り抜けている。
 だから、愛機「グロースター」の損傷率は結構高い。

 ノネット、ベアトリスと並ぶマリアンヌの弟子。彼女達と同様に、ボワルセル士官学校を首席卒業。
 何かとルルーシュを心配しているが……まあ、その理由は言わなくても分かるだろう。










 用語説明 その②

 帝国特務局

 皇室全般を取り仕切る皇帝直属の特務機関。ブリタニアの六大権力機構の一つ。
 現在の局長は、筆頭秘書官を兼ねるベアトリス・ファランクス。

 例えば、王宮で働く人間は、メイド、庭師、料理人、警備員など、全てが特務局所属の人間。
 皇族付きの騎士は勿論、皇帝の騎士である『円卓の騎士』に対しても対等以上に接する事が出来る。
 皇妃や皇族が住む各離宮の管理、皇族主催の夜会の警護といった些細かつ重要な仕事。更には、反乱を企てる皇族に対する秘密裏な情報収集や、皇室に害なす「国家の敵」の調査、各エリアの情報収集まで行っている。

 尚、特務局所属の人材は、誰一人として軍籍を保有していない。これが同じ仕事をするにしても、機密情報局との最大の差で有ろうか。










 やっと更新できました。
 次が何時になるかは不明ですが、気長に待っていてくれると嬉しいです。



[19301] 第一章『エリア11』篇 その②
Name: 宿木◆e915b7b2 ID:21a4a538
Date: 2011/03/01 14:40



 皇歴2010年。

 今から、七年前。
 兼ねてよりサクラダイトを巡って対立をしていた日本とブリタニアに、亀裂が入る。
 日本に滞在して技術交流をしていたブリタニアの民間人らが、日本陸軍内部の過激派によって殺害されたのだ。この事件に際してブリタニアの民衆は激怒。国内の機運は高まっていった。

 俗に言う「極東事変」である。

 ほぼ時期を同じくして、日本内部で反ブリタニアの活動が活発化。内閣は辞任に追い込まれた。そんな中、開戦派からの絶大な支持を受け、次期内閣総理大臣に就任したのが枢木ゲンブだった。
 悪化の一途を辿る両国の外交が決定的に乖離したのは、その年の夏の事だ。
 損害賠償と国際舞台での正式な謝罪。サクラダイトの輸出規制緩和を初めとする、98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの要求を、枢木ゲンブは挑発とも取れる言動で拒否。これが契機と成って、ブリタニアは日本に宣戦布告を告げた。

 8月10日。
 「第二次太平洋戦争」の始まりだった。

 当初は長引くかとも思われた戦争は、初めて実戦投入されたナイトメアフレームと圧倒的な物量さにより、ごく短期間で終了。余りの簡単な占領成功に、誰もが罠ではないかと勘繰った程だった。日本が勝利を飾ったのは、唯一、厳島での決戦のみである。
 終戦も間近となった頃、徹底抗戦の無意味さと己の失策とを悟った枢木ゲンブは、降伏勧告の意を込めて切腹。その死を持って、国内機運を収束させたと言われている。
 今も尚、背景には謎が多く残る戦だが、どんな経緯であれ、一つだけ決定した事が有る。即ち、支配国と従属国の序列が定まったのと言う事実だ。

 その日、日本はエリア11と名を変えた。






 コードギアス 円卓のルルーシュ 第一章『エリア11』編 その②






 トウキョウ租界は、工場を示す地図記号の様な形をしている。上空から見れば分かるだろう。大きな円と、その外縁部から放射状に延びる線とを、確認出来る筈だ。
 円は鉄道。線は国道。嘗て山手線と呼ばれた環状五号線。租界をぐるりと囲むこの鉄道路線と交差する様に、租界中心部から伸びる高速道路がある。

 ハネダから租界へ伸びる道路に、黒塗りの高級車が連なって走っていた。前後にはナイトメアフレームを搭載した護送車が走り、中心に居る人の価値を示す。その余りの厳重さと重々しさに、普通車は皆、道脇に車を止め、道を譲っている程だ。

 「カラレス総督。……少し、大袈裟すぎると思うが」

 その高級車の中で、ルルーシュは同席しているエリア11の総督へと声を懸けた。
 確かにラウンズの来訪と言う情報は、エリア制圧に大きな影響を与えるだろう。だが良い事ばかりでは無い。自国を愛する抵抗勢力は、その士気を削がれるか、あるいは暴発するか。しかしどちらにせよ、厄介事と揉め事を引き起こすのは間違いない。

 「何をおっしゃられますか、ランペルージ卿。貴方様に何かが有ったら国家の損失です。この位の出迎えは当然の事」

 そう言う、このエリア総督のカラレスは、果たして事実を理解しているのだろうか。
 無能ではないが有能からは程遠いというのが、ルルーシュの評価だ。言動や態度の各所に、ブリタニア至上主義が見て分かる。これは手痛く、足元を救われるまで……己の器に気が付かないだろう。

 「……時間の節約の為にも、最初から政庁に飛行艇を迎えるべきだな。今回は良いが、以後は気を付ける事だ。薬も行き過ぎれば毒になる」

 「……肝に銘じておきます」

 眼光に、静かに、押し出す様な声で彼は肯定した。権力志向の強い人間は、目上の人間には弱い。自己保身も強い。つまり、余計な文句を言って、相手の機嫌を損ねて、波並を立てようとは思わない。
 其れを知っているルルーシュは、それ以上に余計な事を言わずに外を見た。真っ直ぐに伸びる高速道路の両脇に、視界を遮る物は無い。有った筈の物は、全て失われているからだ。

 沈黙が下りる。運転手は元より何も口を開かず、車内の空気は良いとは言い難い。アーニャは後ろの車に乗っている。男だけの黒い高級車の後部には、ルルーシュとカラレスが、向かい合う形で距離を取って同乗していた。当然、面白くもなんともない。

 静かに進むリムジンが、徐々に租界へと近付く中、やがて窓の外の風景も変わって来る。
 整った、美しい近代建築の街並み。そしてそれとは対照的な、街の周囲に点在する、荒廃しきったスラムの如き土地。過去の栄華も今は昔、崩れ落ちたゲットーが広がっている。

 「……あれが、シンジュクゲットーか」

 おそらくは、嘗ては租界にも負けない街並みだったのだろう。けれども今は、名残を残すだけだ。ブリタニアの駐留軍が今も我が物顔で走り回り、住人は苦しい暮らしを強いられている。

 「はい。下等なイレブンには丁度良い住処でしょう」

 ルルーシュの言葉と目線に、機会を得たりとカラレスが口を開く。

 「……資料で読んだ所によれば、抵抗勢力が潜んでいると有ったが?」

 「その通りです。薄汚いテロリストの根城に相応しいとすら思います。奴らの執拗さときたらまるで鼠。廃墟に潜んで、見逃されている事も知らずに、各上の種族に姑息に手を出すのです。正直、ゲットーを丸ごと殲滅しても良いと私は思っております」

 「…………」

 その鼠に手を焼いている人間の言う言葉では無い。しかしルルーシュは声に出さず、返事もしなかった。その沈黙を、カラレスはどう受け止めたのだろう。

 「ランペルージ卿。実行なさいますか?」

 「遠慮しておく。ゲットーで無駄な弾を消費する程、酔狂な性格はしていない」

 即座に否定した。下手に自分の名前で実行されても嫌だった。人を殺している自覚は持っているルルーシュだが、殺人に快楽を見出す程に壊れているつもりは無い。
 そういう仕事は、ルキアーノに任せておけばいいのだ。あの吸血鬼は、いざ人を殺めるという時になると、周囲が“ひく”位に豹変する。まあ、それが敵の士気を挫く大きな力に成っているのだが――――趣味が良いとは、お世辞にも言えない。今でも止めて欲しいと思っている。

 「……ゲットーに潜む集団の規模は?」

 話題を変える。広がる廃墟の広さは、結構な物だ。この廃墟の群れは被害の規模こそ変わりながらも、サイタマまで長く続いている。サイタマゲットーにもテロの被害が、と言う言葉を、読んでいる。
 日本と言う国家の要地だったシンジュク。そして日本軍の一大駐屯地だったサイタマのアサカ。関東の大都市群は嘗て日本が侵略された時に、完膚なきまでに破壊され、そしてほったらかしだ。二つの伸びた棟が特徴的だった警視庁まで、無残に放られて既に七年である。
 誰かが入り込み、画策するには、時間も場所も十分過ぎるだろう。

 「不明です。軍を駐留されてはいますが、調査も芳しく有りません。ですが政庁に近い為か、数は多くないと思われます。むしろ他地域のゲットーの方が、状況は宜しく有りません」

 「……そうか」

 言葉を聞いて、困った物だ、と内心でぼやく。

 嘗てこの国を訪れた際、ルルーシュは無事だった都会の街並みを目にしていた。本国にも負けない程の高層ビル。その間を無数に走る、複雑に交差する道路。狭い国土を最大限に使用した、上と下に広がる大都会が、トウキョウ……ではない。“東京”と言う街だった。
 租界の外には、その痕跡が今も尚、残っている。そして、その痕跡を、恐らく最大限に利用して、彼らは活動しているのだ。

 上は良い。空だけだ。崩れた廃墟を幾ら使用したとしても、限界は有る。だが、地下だけはそうもいかない。
 無数に、数秒の誤差で走り回った地下鉄列車。衛生的だった水回り。無数の地下の目は、普通の人間には覚えきれないほどの複雑さと精密さを持っていた。例え路線図を持っていたとしても、部外者が把握するのは難しい。

 「……シンジュクゲットーの指導者は、優秀だな」

 ポツリ、と小さく呟いたルルーシュの声は、カラレスの耳には届かなかったようだ。

 「何でしょう?」

 「いや。……指導も兼ねての視察は、明後日の午後の予定だったな?」

 「は。ゴッドバルド辺境伯が、準備が万端だと息まいておりました」

 「そうか。期待しておこう」

 言葉の中に本心を混ぜて、誤魔化した。
 戦闘だけがラウンズの仕事ではない。重要任務に携わる皇族の護衛や、部下の指導もしっかりと仕事に入っている。ノネットが本国で行っている士官学校での訓練も、その一環だった。

 エリア11平定の命を受けた以上、その土地の軍隊の視察は、むしろ当たり前。オマーンを出発する前にその旨を伝えておいたのだが、エリア11の軍を任されているジェレミア・ゴッドバルドは、如何やらさぞかし張り切っているらしい。
 彼の事は昔から知っているルルーシュだ。空回りしていないかも心配だが、顔を合わせるのが楽しみだった。

 「政庁にお付き成られた後は、如何なされますか?」

 「そうだな……」

 ゲットーから、徐々に整った街並みへと変化する風景を横目で眺めながら、ルルーシュは僅かに考えて。

 「トウキョウ租界の見物をさせて貰う」

 そんな事を言った。




     ●




 エリア11政庁の屋上に程近い一室を、ルルーシュとアーニャは与えられた。勿論、部屋は別だ。皇室専門の部屋よりほんの少しだけグレードは落ちるが、将官クラスの個室で有る。

 ラウンズを軍の階級に当てはめると、最低でも少将以上と定められている。戦績や指揮技能の得手不得手によって多少前後する位だ。筆頭騎士のビスマルクが、帝国元帥と同じ程度の権力を有していると言えば、分かりやすいか。

 「俺は租界を見物に行くが……。アーニャ、如何する?」

 部屋で僅かな私物を整理した後、ルルーシュは尋ねた。折角、外出する気概があるのだ。折角ならば誘うというものだろう。

 彼は既にラウンズの騎士服を脱いでいた。しっかりと部屋のクロークに吊るしてある。今のルルーシュは私服だ。灰色のタイネックと黒のズボン、赤煉瓦を彷彿とさせる上着にサングラスという、一見すれば普通の高校生に見える格好をしている。
 少なくとも、諸外国を騒がせる帝国最強の一角には、とてもではないが見えない。

 「……眠い。休んでる」

 ラウンズ服を脱いで、バスローブの様な楽すぎる格好でごろりと横に成ったままのアーニャは、寝むそうにそう呟いた。
 エリア18からエリア11まで。丸一日かけての移動は、流石のラウンズでもストレスが溜まる。

 これが戦場ならば問題は無い。体力に自信が無いルルーシュでも、ナイトメアに騎乗していれば半日くらいは大丈夫だし、指揮や電算系だけならば二日までは頑張れる。しかしだからと言って、疲労を常日頃から貯め込み、抱えるつもりも無い。兵士も騎士も肉体が資本。休ませる時には休ませるし、気分転換は大切だ。
 最年少のアーニャだ。幾らラウンズ並みの体と言っても、当然、限界は近い。成長の余地が残されているからだろうか。一定以上の疲労が溜まると、キリが良い時にあっさりと眠ってしまう。

 「そうか。……じゃあ、行ってくる」

 「……わかった」

 ひらひら、と顔を向けて手を振った彼女だったが、その腕はパタリと落ちる。よっぽど草臥れていたらしい。オマーンでの作戦の後、此方に来るまで碌な休憩も無かったから無理も無い。
 仕方が無いな、と思いながらルルーシュは部屋に入って、布団を懸けてやる。見れば彼女は年相応の顔で目を閉じていた。何処となく、最愛の妹を彷彿とさせる。

 「良い夢を、アーニャ」

 耳元で軽く囁いて、ルルーシュは部屋を出る。
 さて、個人調査をしようか。




 政庁を出たルルーシュは、その足で近場のコンビニに入った。
 元々、日本と言う国家は仕事を馬鹿みたいにこなす傾向が有る。真面目と言うか堅物と言うか、……お陰でエリアと成った今でも、深夜まで働く人間は多い。そして、安い賃金を少しでも得ようと働く名誉ブリタニア人の為に、夜間営業型、年中無休の店舗も多かった。

 「これを頼む」

 ぽい、とカウンターの上に新聞を置いた。ルルーシュの目的は、情報だ。エリア11の現状を知る為に、取りあえず庶民の目線から取得する媒体が欲しかった。ブリタニアの新聞を一部。経済新聞を一部。名誉ブリタニア人用に発行される旧日本の新聞を一部。

 勿論最後の物は厳重な検閲の元で発刊されている。軍事や警察、経済活動までほぼ完全にブリタニアに掌握されているエリア11だが、日本の文化が全て壊滅した訳ではない。戦争で失われた遺産や景観も多いが、人間の手による文化は確かに残っている。……まあ、負けてもなお活動を続け、一層発展し続けるアニメーションや漫画文化は、ルルーシュの理解の範疇外だが。
 ともあれ、嘗ての大手新聞社は消え、同時に弱小新聞社がブリタニアの傀儡となって発行している状態だが、それでも購入者や読者は多い。過去の日本に想いを馳せる者が、それだけ多いという事だろう。

 小銭で買い物を済ませたルルーシュは、その足で、近くの公園へと入った。木陰に身を寄せ、ベンチの下で先程購入した新聞を開く。まずはエリア11の国内情勢の確認からだ。

 (ブリタニアの新聞は……俺達、か)

 一面に飾られている写真は、エリア18に関する話題だ。写真には、戦後処理に当たるコーネリアとギルフォード。ダールトンに、C.C.が写っている。現地で撮られ、本国へ送られ、其れが更にこの国に送られたのだろう。明日のこのページには、きっと自分とアーニャが躍っている。
 一面から社会欄に眼を移す。国民からの評価は、今は良い。一番知りたいのは、抵抗勢力の活動についてだ。

 (……一月前の、サイタマでの小規模衝突が、最後か)

 ベアトリスから与えられた情報を記憶から引っ張り出し、照らし合わせて確認する。
 租界から其れほど離れていない、サイタマ、アサカ周辺のゲットーでの軍との衝突を機に、回りでの事件は起きていない。毎日毎日、日本の何処かで衝突が起きているとは思わない。だが、規模こそ違うが二週間に一回は何処かで衝突が起きている、そうだ。

 それが、この一月の間、無い。
 つまり、……行動を起こさずに、何かに備えている。

 (……明後日には、軍の演習が有る)

 参ったな、と思う。文字列を追ってはいるが、思考は既に深い策動の闇の中だ。
 元々、この演習はルルーシュ達が来る前から計画されていた物だ。ラウンズとして指導に丁度良いという事で選ばれただけの話。彼らが来なくとも、演習は実行された。……この時期の符号は、偶然ではないだろう。

 現在、トウキョウ租界の周辺で危険視される抵抗勢力は三つだ。

 チバ、成田連山を拠点とする日本最大の組織『日本解放戦線』。
 サイタマゲットーを中心とする中規模グループ『ヤマト同盟』。
 中部地方に展開する、少数派だが過激で有名な『大日本蒼天党』。

 (……不確定要素が多い)

 だが、彼らに属さない少数勢力もいる。小規模な集団故に捕獲されにくい、地下活動グループだ。
 そして腐敗した軍や企業から武器を得ている彼らは、決して致命的では無い物の、一定の被害を出している。今迄のエリア11での行動の内、三割はそういう集団によるものだ。

 その彼らが、他の組織と同様に期を伺っている。……ならば明後日のゲットーでも、恐らくは今迄と同じ様に。いや、それ以上になりかねない。杞憂だ、と笑い飛ばせる程、ルルーシュは楽観論を有していないのだ。
 推測以上の、確信だったと言っても良い。平和主義者で人格者のルルーシュだが、争いを予見する事は苦手ではない。幼い頃から、不穏な空気を悟って、先手を打ってきたからこそ、今こうして生きていられる。

 騎士の嗅覚が、嵐の前の静けさを、嗅ぎつけていた。
 気配か、予感か、感覚か。ラウンズとして生きていたルルーシュの勘が、告げている。



 この国は、荒れるだろう。



 カラレスを初めとする総督府の人間が、気が付いていない筈は無い。しかし対策をしている節も無い。――――ジェレミア辺りは頑張っているかもしれないが、彼らだけで解決出来る程、生易しい問題ではない。軍のトップと言っても、独裁者ではないのだし。
 対策をしていない。つまり、対策をしない方が……都合が良いのだ。

 (……全く、本当に厄介な国だ)

 エリア11に潜む不穏分子を一掃する事は、決して難しくは無い。ルルーシュの知略を持ってすれば、意図も容易く実行出来るし、成功するだろう。

 しかし、其れでは何も変わらない。

 カラレスを初めとする連中を変えなければ、圧政を敷かれる人々の心は変わらない。そして、変わらなければ抵抗は何時までも続いて行く。エリア11を平定する為には、この地に対するブリタニアの行動を改める事が必要不可欠だ。

 だが、総督を初めとする連中を始末するのも、難易度が高い。

 上が変われば組織は揺らぐ。その揺らぎは、抵抗活動が活発なこの地では、思わぬ致命傷に繋がるかもしれない。そして何より――――今のルルーシュには、総督を強制送還したり、権力を奪取したりする権限が無いのだ。

 エリアの総督は皇帝に任命される地位。ラウンズのルルーシュの独断で処分するにしても、世間を納得させるだけの理屈が無ければならない。地道に確実に、出来る事を行って、期を見て事を運ぶ必要が有る。そうしなければ、自分にも皇帝にも波紋を呼ぶ。
 如何するか、と頭の中で複数のプランを立てていた時だった。



 「貴方達。……止めなさい」



 そんな、若い少女の声を聞いた。




     ●




 「ちょっと買い物、お願い出来る?」

 昼休み、私は廊下で声をかけられた。
 私の通うアッシュフォード学園には、実に面白い生徒会長がいる。面白くて、面白いだけじゃない。女性としても名家の息女としても、とても魅力的な人だ。温かな人間味が有って、貴族の人達が持つ差別意識も低い。

 名前を、ミレイ・アッシュフォード。

 名門アッシュフォード公爵家の令嬢でありながら、決してそれを鼻に掛けない人。同性の自分でも憧れる様な、武力とは違った性根の強さを持つ人だ。正直、学校内で逆らえる人はいない。生徒会に所属して、彼女の下で日々仕事をこなす私、シャーリー・フェネットも勿論、逆らえない。

 「リヴァルに頼もうかとも思ったけど、二日前にも頼んだしね。バイクの調子も悪いみたいだから」

 同じく生徒会に属するリヴァル・カルデモンドは、ミレイ会長への憧れ故か、好んで自分から付き従っている。ただ、そのせいか愛車が調子を崩したらしい。修理に出すそうだ。
 口では文句を言いつつも、快く動いている彼を見ていると、自分らも手を貸そうと思いたくなるから、不思議だ。どんな人間相手にも臆せず付き合える、というのがリヴァルの最大の利点だろうか。

 「良いですよ? 何を買ってくれば良いんですか?」

 窓際に寄りながら、会長と話をする。
 本来ならば貴族と平民。私達は敬語に成るべきなのだが、ミレイ会長は学校内で堅苦しいのは止めにしよう、と言っている。だから私達も軽い口調で返す。
 アッシュフォード学園に通う何人かの貴族の生徒達の中には、割と階級差を意識する者もいるのだけれど、会長は別だ。お陰で生徒会は、毎日毎日、とても楽しく過ごせている。
 それでいて意外な程に広い人脈を持っているのが、この人の凄い所なのだ。オレンジさんとか。

 「はいこれ。纏めておいたわ。今月末の猫祭りで使うカチューシャと化粧道具ね。衣裳や大道具は手配済みだけど、生徒会で身につけるのはシャーリー、貴方に一任します。全員に似合う奴、五人分ね?」

 携えた一枚紙を、ファイルと一緒に渡してくれる。

 「御金は領収書貰って、生徒会名義でお願い。先方も、慣れてるから大丈夫だと思うけど」

 「えと、何か注文は有りますか?」

 「いいえ。あ、一人で大変だったら、カレンを連れてって良いわよ。店までもそう遠くないし。放課後直ぐに出れば、遅くならない内に帰って来られるわよね?」

 「はい。大丈夫だと思います」

 アッシュフォード学園生徒会メンバーは五人。会長、リヴァル、ニーナ、私、そしてカレンだ。会長の元、カレンが副会長、私が庶務、リヴァルが書記、ニーナが会計として動いている。

 本当はもう少し人数を増やそうか、とも話し合ったのだけれど、断念せざるを得なかった。ニーナが怯えず、まともに会話ができる男子生徒はリヴァル以外に殆どいない。それに、アッシュフォード公爵家に、カレンの家――――シュタットフェルト伯爵家が揃った生徒会だ。繋がりを求めての生徒が、大半だった。
 生徒会を、権力者同士の結び付きにはさせません、というのが会長の御達しが出て以来、新メンバーは入って来ない。まあ今の所、困りはしていないし、必要だったら誰かをスカウトすれば良い、そうだ。

 「分かりました。それじゃ、放課後ですね」

 「ええ、お願いね」

 会長と話を終わらせた私は、そのまま足でカレンの所へと向かった。

 カレン・シュタットフェルト。名前の通り、シュタットフェルト伯爵家のお嬢様だけれど、会長と同じく親しく付き合える女の子だ。私の友達である。
 私と同じクラスで、その清楚で儚げな雰囲気の為か、高嶺の花とも言われている。成績は良いのだが、病弱な為か何かと学校を休みがち。家の事も有って敬遠されていたのを、会長が見かねて生徒会に引っ張り込んだのが、今年の春の事だった。
 カレン自身、本国の実家との折り合いが良く無いらしく、会長という話し相手が出来た事が嬉しいらしい。前よりも明るくなって、生徒会に出てきている。

 (……屋上、かな?)

 体が弱いらしいカレンは、強い日差しを嫌っている。ただ外の空気を吸うのは好きらしい。お昼時になると、散歩も兼ねて屋上に出て、数分をして帰って来る。
 今から行けば、多分、丁度落ち合えるだろう。私はそう思って屋上への階段を上ったのだ。






 屋上でカレンと上手い具合に接触した私は、首尾よく放課後の手伝いをお願い出来た。
 猫祭りについては、苦い笑顔だったけれど、家では絶対に出来ない体験ですから、と言っていた事を思い出す。会長からこっそり言われたが、本国のシュタットフェルト家は、余り良い噂が無いそうだ。権力がしっかりしているから排除されないが……カレンはカレンの苦労が有るのだろう。

 学校を出て、余り家の事には触れないように気を使いながら、一緒に会話をする。中身は色々だ。もう時期やってくるテストの事とか、来月のイベントは何だろうとか、会長とオレンジさんの関係の謎とか、成立したエリア18の事とか。

 「エリア18、ね……」

 「何か、気になる?」

 「ううん。……何でもないわ」

 何でもない、と言ってはいたけれど、カレンの顔は複雑そうだった。貴族と言う立場で、しかも病弱な彼女だ。弱肉強食を謳う国是について、何か、彼女なりの思う所が有るのかもしれなかった。

 会話をしていたからか、移動時間は短かった気がする。私達は直ぐに店には到着した。エリア11のサブカルチャーとは凄い物で、例えブリタニアに支配されていても消える事無く残っている。いや、むしろますます広まっている。嘘か真か、本国でも密かにブームだそうだ。
 そんなコスプレ衣裳を扱う租界の店で、適当な衣裳を見繕う。耳と、尻尾と、髭と、メイクセットの不足分と……。しっかりと言伝通りに選んで、頼む。結構なお金になってしまったけれども、会長は問題無いと言ってくれる筈だ。

 アッシュフォード公爵家は、ナイトメアフレーム開発の第一人者である。元々、福祉目的の民生用機械「フレーム」を開発していたのだが、それが黎明期の軍事兵器「ナイトメア」と結びつき、現在、ブリタニア戦力の中核を成すナイトメアフレームへと変化して行った。
 だから、開発特許を初めとする利益のお陰で、アッシュフォードは超の上に超が幾つも重なるお金持ち。イベント好きの会長や、その血の原因であるルーベン理事長が浪費をしても、使いきれない位の財を蓄えている。人をお金で判断する気はさらさら、無いのだけれど。

 「うーん。……カレン。この耳はニーナに似合うかなあ?」

 「良いと思うわ。髪の色と合わせた方が目立たないし」

 店に入って、約二十分。会長に、私のセンスに任せる、とか言われてしまった以上、適当な物を買って帰る訳にも行かず、結構しっかりと吟味をしていた。
 こうして買い物をしていると、カレンも貴族では無い、普通の女の子に見える。彼女の私生活を知らない私だけれど、こうして出かける事はきっと少なかったのだ。こうして買い物を一緒に出来る、という点だけでも、会長がカレンを生徒会に招いた意味が有ると思う。

 「こんなものじゃないかしら」

 「うん、私も良いと思う。……あ、お会計をお願いします」

 それから更に二十分の後、私達は店を出た。春の陽気に思わず目を細めてしまう。学校を出た時間が早かったおかげで、まだ太陽は高い。夕暮れ時までもう一時間、と言ったところだろう。
 包んで貰った紙袋を手に、二人で歩く。これから学園まで帰るのだけれども、其れほど急ぐ必要も無い。こんな良い天気の日に、さっさと帰るのはもったいないのだ。

 「そうだね。有難うカレン。お陰でとても助かったよ」

 「……良いわよ、別に。私も楽しかったから」

 静かに微笑むカレンだ。そう喜んで貰えると、私も誘った甲斐が有るという物だ。これからもちょくちょく、許されるのならば誘ってみようと思う。会長に相談してみるのも、良いかもしれない。
 清々しい空気を吸って、一つの公園に差し掛かかる。政庁から少し離れた自然が豊かな公園だ。園内には屋台が並び、連れ添って歩くカップルや家族連れも多い。

 ただ、やはり名誉ブリタニア人の肩身は狭いのだろう。天気とは裏腹な、何処か挙動が不審な、翳りの有る表情なのがこの国に住んでいた人達だ。

 彼らへの扱いに対して、間違っていると――――シャーリーは、思っている。けれども、それで何が出来る訳でも無い。何かをしようにも動けない。見ない振りしか出来ないのが、現実だった。

 ふと、どなり声を聞く。

 「テメエ、俺が誰だかわかってんのか!?」

 声と同時に、肉を打つ音が響く。公園の一角で屋台の店主が、ブリタニアの若者達に絡まれていた。服が汚れたとか、何か文句を付けて楽しんでいる。
 その光景は、正直、悲しい光景だ。見るに堪えない。……少なくとも、人道を知る者ならば行わない。人間が人間を虐める姿など、見ていて気持ちが良い物では無い。同じ事は、普通の市民ならば思う。
 しかし……如何にも出来ないのだ。

 何も出来ない自分が、悲しい。

 特定の誰かが名誉ブリタニア人でも、受け入れる自信はある。友達に成れるだろう。けれども、不特定の見ず知らずの相手の時に、いけないと分かっていても、つい目を反らしてしまう。火種が自分に降り注ぎ、今の平穏を崩される事を想像すると、如何にも動けない。
 公園内の皆がそうだった。囲まれ、暴行を受ける相手に対して、誰も何も言えない。一歩踏み出す勇気が有ればいいのだろう。しかし……。

 迷うシャーリーと同じ様に、公園内の誰もが葛藤を抱えたまま、動けない。……いや、一人だけ、動いた者いた。



 「貴方達。……止めなさい」



 カレンだった。




     ●



 夕刻。

 ルルーシュがエリア11政庁の自室に帰宅したのは、夕日が西の空を照らし始めた頃だった。

 「お帰り、ルルーシュ」

 「ああ。良く休めたか?」

 足音を聞き付けて、アーニャがひょこ、と顔を出す。表情に変化は無い様に見えるが、しっかりと昼寝をしたお陰か。意識は随分とはっきりしているようだ。

 「ん。掛け布団、ありがと」

 「ああ」

 如何いたしまして、と返しながら、部屋に入る。コートとコンビニの新聞を机の上に置いた。

 椅子に腰かけて、一息を入れる。
 短い間では有ったが、其れなりに有益な情報を手に入れる事が出来たと思う。明後日の軍事演習に対して、色々と布石を打つ必要性を把握出来ただけでも十分過ぎる利潤だろう。だが、それ以上に……中々、とても興味深い事実を、手に入れた。
 公園で男を助け、代わりに絡まれたあの少女。

 「アーニャ。……桃は好きか?」

 「……桃? 果物の?」

 「そうだ」

 「好きだけど。……それが何かした?」

 「……いいや。別に」

 首を傾げて、不思議そうな顔をするアーニャに、ルルーシュは何も言わず、曖昧な笑みで誤魔化した。

 記憶の中の一場面を引っ張り出して適応させ、そしてその場面には桃が出て来たという、それだけの話だ。向こうも恐らく、“気が付いてはいない”だろう。

 公園での一場面。友人が引き止めるのも断って、割って入ったあの少女。
 流石に、名門学校の子女に言われれば強く出れなかったのだろう。屋台の男から手を引いた。代わりに彼女がちょっと付き合えよ、と絡まれた――――が、此方はルルーシュが割り込んだ。外見は高校生でも、中身は百戦錬磨の騎士だ。その辺の悪ぶった者が叶う筈も無く、眼光であっさりと引き下がってくれた。

 (しかし……随分と)

 猫を被るのが上手い、そう思う。
 割り込んだルルーシュに対する瞳は、並みの貴族の子女では得られない色だった。

 『……私を助けるならば、さっきの人を助けるべきだと、思うわ』

 言葉こそ丁寧だった。静かだったから、背後から駆け付けた亜麻色の長い髪の少女も、多分、聞こえていなかっただろう。小さな言葉だったが、中に含まれた色は……友好とは、多分、違う。
 去り際に、さり気無く握手をして別れたが――――。

 (……ふむ)

 少し真剣に、彼女の現状を調べた方が良いだろう。
 ほんの二秒だけ、挨拶代りに触れた掌の感触を、思い出す。



 あの手は、間違いなくナイトメアフレームを駆る者の手だ。



 「あ、そうだルルーシュ。モニカからメールが来た」

 「……ん? 分かった。内容は?」

 機密情報局にも声をかけようか、と考えていたルルーシュは、再度、アーニャに引き戻される。
 ベッドに腰掛け、足をぶらぶら動かして枕を抱えていたアーニャから、はい、と手渡された物。画面にメールが映る、赤色の携帯電話だった。

 「シュナイゼル殿下から伝言。『本国への帰り際に、そっちによって特派を置いて行くよ。有効に使ってくれたまえ』――――だってさ。良かったねルルーシュ。これで、本格的に整備が出来る」

 「……ああ」

 システムを全力稼働させて、あの機体を使いたくは無い。使わない事を願っている。
 だが多分、そうもいかないのだろうと、ルルーシュは思った。


 嵐が近い。











 登場人物紹介 その⑤

 カラレス

 圧政を敷く現エリア11の総督。
 典型的なブリタニア貴族。公爵家に生まれ、軍人を経て政界に入った。その後、権力や人脈を使って本国で名を売り、四年前からエリア11の総督へと就任した。
 自己保身と上昇志向が強く、他人種に対して排他的。権力者には弱い。エリア11では区別と称して大々的な人種隔離政策を行い、弾圧している。元が軍人である為か、「純血派」を強く贔屓している。
 当然、ルルーシュが嫌いなタイプの人間だが、更迭するにも相応の理由が必要なので、仕方なく時期が来るまで(悪事の証拠を握るまで)は放っている。




 用語解説 その③

 アッシュフォード学園

 エリア11、トウキョウ租界に開かれた名門私立学校。
 学校長はルーベン・アッシュフォード公爵。現在の生徒会長は、ルーベンの孫娘ミレイ・アッシュフォード。ナイトメア開発による潤沢な資金の元、初等部から大学部まで通える敷地や設備、寮を有しており、また格式高さとは無縁の自由さが魅力。
 租界に置いては、ブリタニア人だけでなく、意外な事に名誉ブリタニア人からも評判が良い。というのも、彼らでも入学可能であるから。数は少なく構内での派閥問題やトラブルも多いが、名誉ブリタニア人の生徒も在籍している。

 因みに、アッシュフォード家はルルーシュとも当然、顔馴染み。












 段々と役者が揃いつつ有ります。アッシュフォード学園、政庁関係者、特派、そしてカレン。
 軍の演習で何が起きるのか、其れをお楽しみに。
 帰省中なので投稿スピードは遅いですが、しっかりと書いているので気長にお待ち下さい。

 ではまた次回!

 (3月1日投稿)



[19301] 第一章『エリア11』篇 その③
Name: 宿木◆442ac105 ID:21a4a538
Date: 2011/04/23 01:42

 エリアが保有する軍人には、大きく分けて三種類がいる。

 一つは、エリアの政治を司る政庁所属の、駐留軍。これはエリア総督下の軍隊だ。エリア11でいうのならば、指揮をジェレミア・ゴッドバルドが取り、ジェレミアへの権限を持つのが総督のカラレスになる。

 二つ目が、皇族や貴族の庇護下に有る者。皇族の元で動く、彼らの私兵であり、手足でもある存在。ラウンズもそうだし、もう直に来訪する特派もそうだ。総督の意向を無視は出来ないが、個人の権限も有している。

 そして三つ目。これは、ブリタニア本国から送られてきた軍人達だ。

 ブリタニア帝国軍に置いて、皇帝の次に権力を持つ存在がいる。

 存在の名称を『帝国元帥』。
 皇帝の補佐として、あるいは代理として、陸海空のブリタニア帝国“全軍”の指揮権を有している。
 そして、彼女の指揮下に所属する、軍属でありながらエリアの意向を受けない特殊軍人達。



 組織名を、機密情報局。そう呼ばれていた。



 エリア11政庁の廊下を、一人の女性が歩いていた。褐色の肌に銀髪のブリタニア軍人だ。

 白人が多いブリタニア人だが、南方からの移民や、ネイティブの人々も存在している。絶対数が少なく、差別の対象になる事もあるが、それでも表向きは対等なブリタニア人として扱われている。少なくとも、名誉ブリタニア人よりは、扱いや待遇は遥かに良い。
 静かに歩く彼女だが、その目には野心の炎が燃えている。前線が近いエリアに住む、ブリタニア軍人特有の――――己の立志を掴もうとする瞳。若さの証だ。

 その対象は、一騎当千の英雄達。
 彼らに認められ、評価をされれば、それは大きな拍となる。
 軍人は階級に縛られる。故に、弱肉強食のブリタニアで強者と成るには、出世をする事が第一だった。

 「爵位を得る為にも……」

 この機を、逃す訳にはいかない。騎士候の序列に並んでいるとはいえ、一代限りの貴族特権に過ぎないのだ。未来の事を考えると、低くても良い。子孫に受け継がれる爵位が、欲しかった。
 その為ならば、多分、己は何でも出来るだろう。

 「……否、してみせる」

 折角、名指しで呼び出されたのだ。
 あのラウンズ最高の軍師と呼ばれる、ルルーシュ・ランペルージに。



 エリア11・機密情報局員。
 ヴィレッタ・ヌゥは、静かに呟き、そして政庁の客室の扉を叩いた。






 コードギアス 円卓のルルーシュ 第一章『エリア11』編 その③






 「久しぶりだな、ヴィレッタ。士官学校以来だ」

 目の前に佇む女性に、ルルーシュはそう声を懸ける。

 「……覚えて頂いていたとは、光栄です」

 取りあえず彼女は、頭を下げた。その目に、僅かな期待が過ったのを見て、釘をさす。

 「間違えるな。……私は一度出会った人間は忘れないだけだ」

 これは事実だ。ルルーシュは、己に関わる人間の一切を忘却する事は無い。彼女に対する興味も無ければ、執着も無い。
 ただ、機密情報局の力を貸して貰おうと思った。そして、機密情報局に顔馴染みでしかない彼女がいる事を知った。だから呼び寄せた、それだけの話である。

 ルルーシュが彼女と出会ったのは、大体、五年程の昔になるだろうか。八年前の“例の事件”から三年後、皇帝やビスマルク、あるいはコーネリアらの言葉を聞いて、一時では有るが士官学校に在籍していた事が有る。

 ルルーシュとて己の向き不向きは十二分に自覚していた。しかしラウンズ、と言う立場になる為には、一定以上の軍学校への通学が必要不可欠だったから、仕方なく通ったのだ。
 結果だけを言えば、幸いにも卒業できた。勿論、体力が“からっきし”のルルーシュの成績は、お世辞にも良いとは言えなかったのだが、それ以外の部分は人並み以上。射撃や護身などの実技は(体力が枯渇する事を除けば)優秀だったし、指揮技能や戦史、操縦、電算技術などは、その時から既に大学教師以上の物だったのだ。結果、ルルーシュはごく短時間で士官学校を卒業したのである。……いや、裏から手を回した人間も、いるにはいるのだが。

 その短時間に、ルルーシュとヴィレッタは接触していた。ヴィレッタは卒業間近の二十歳。接触と言っても、同じ授業を受けていた、位の関係なのだが、縁は縁、無関係ではない。

 「単刀直入に言おうか。機密情報局に探って欲しい情報が有る」

 「は」

 何でしょうか、と気真面目に頷く彼女に、告げる。

 「現エリア11政庁内部で、テロリスト達と内通している者がいる事は知っているな? そいつらの証拠を探って貰いたい。――――この件については、元帥から許可も貰って有る」

 通常、機密情報局は政庁や総督の指揮下には入らない。しかしその分、ラウンズに対する権限は低い。六大組織、そのどれもに一長一短があり、有利な相手と不利な相手が存在する。
 ブリタニアとはいっても、各勢力の均衡は以外と上手に取られているのだ。

 「かしこまりました。……しかし、かなりのお時間が、必要になりますが」

 知っている。百も承知だ。だが、それでもこの国をある程度の形に収めるためには、必要なことだった。

 「分かっている。黒白をはっきりさせるなら、エリア11政庁の全公務員を更迭した方が早い位だろうな。数百人の中で、私が潔白を“完全に”証言できるのは、ジェレミア位なものだ」

 ふ、と皮肉気に笑い、彼は一瞬、眼を鋭くして続ける。

 「瑣末な裏取引の証拠など構わない。その辺の匙加減はお前に任せよう。主として調べてほしいのは二つだ。麻薬リフレインの密売に関わる人間。そしてもう一つ、近々発生するだろうテロリストの大規模攻撃に、“特定の誰かが関わった”という証拠だ。……分かるか?」

 「……つまり、明日に発生するだろうテロ行為の関係者を、政庁の中から洗い出せ、という事で宜しいですか?」

 「そうだ。理解が早くて助かる」

 口で言うのは簡単だが、これを調べるには骨が折れる。何せ、政庁の上から下まで真っ黒。実直すぎて逆に空回るジェレミアの心配は、余りしていない(飽く迄も、ルルーシュ個人としては、だ)が、その下の純血派とて、後ろ暗い者はいる。

 木の葉を隠すのは森の中、という言葉があるが、今回はその逆だ。腐敗した政庁という森の中に隠れた、特定の木の葉を探し出す必要がある。並大抵なことではない。

 「期限は設けない。……が、出来れば、エリア11の抵抗勢力を私が相手している間、なるべく早くにして貰いたいな。身内の膿は早くに始末しないと、後が面倒だ」

 エリア平定が終われば、当然、ラウンズは本国に帰還して皇帝から次の命令を受ける事と成る。そうなれば、このエリアの政庁に口を利く事は難しくなるのだ。

 困難だが、やらなければ、このエリアは変わらない。
 同じブリタニア人に対して差別をするな、とは言えない立場のルルーシュだが、矯正エリアを衛星エリアにする為の裏工作は、存分に行うつもりだった。

 「……機密情報局の中で、ゲットーに潜ませてある者がいる筈だ。そいつらに指示を出せ。ゲットー内の抵抗勢力の動きを中心に見張るようしろ。どこかで必ず、繋がる手掛かりを見つけられる筈だ。詳しい指示は」

 トサリ、と執務机の上に書類を置く。

 「此方に置いておく。今は無理だが、追加の人材も本国と交渉して送って頂くつもりだ。――――何か質問は?」

 「……私の裁量で、行って良いのですか?」

 「ああ。構わない。下の本部には伝えておく。……自分の実力を見せる良い機会だ。やってみせると良い。無論、失敗したら責任は取って貰う。本国へ帰る事になるだろうがな」

 どうする? と意地悪く尋ねたルルーシュだったが、相手の答えなど決まっている。
 こうした命令を受ける事、それ自体が――上へと進む、絶好の機会だと、知らない者はいないのだから。

 「全力を尽くします」

 敬礼と共に、はっきりと、そう答えたヴィレッタ・ヌゥだった。
 その目が、紛れもない欲を孕んでいた事を、ルルーシュは見逃さなかった。




     ●




 ブリタニアという国家の中枢は、実は周囲よりも意外と権力に無頓着である。
 一例をあげるのならば、ルルーシュの上司であるビスマルク。帝国最強と名高い騎士だが、別に彼はナイトオブワンの座に固執している訳ではない。シャルル・ジ・ブリタニアが皇帝に座っており、彼を最も守ることができる場所がラウンズのトップだから、というだけの話だ。

 ベアトリスもシュナイゼルも同じ事。多少の個人的性格による理由に差異こそあれど、地位や権力に余り未練がなかった。ルルーシュだって同じだ。



 彼らは皆、自分達の「立場」という道具の、価値と使い方を熟知していた。



 上に立つ者ほど、尊敬と同時に悪意を得る。誰でも上を目指すブリタニアでは、特に。世界で最も悪意を向けられている存在は、皇帝シャルルである事は否定しようのない事実だ。

 しかし、それでも。限定された一部の人間は、その不満や不平に、文句を言わない。上に立つ者、民からの悪意を向けられることが義務であるかのように泰山としている。その考えは、世間一般で言えば間違ってはいないのだが……ブリタニアでは、実はそう出来る人間が、意外なほどに少ないのだ。

 ごく一部を除き、まるで自分に向かう負の感情が、間違いであるかのように振舞っている。自分に悪意を向けるなど、身分違いも甚だしい。そんな思いが蔓延している。そして更に困った事に――――敵意や悪意を向ける相手に容赦をしない。

 自分達が悪いと認識できない。自分の器を認められない。そんな人間が、ブリタニアには多すぎる。

 枚挙に暇がない事例を考えれば、もはや個人ではなく国家の問題だろう。ブリタニアという国家のシステム、それ自体を変革しなければ、そこで育つ人間も決して変わりはしない。そして、それが容易く出来れば誰も苦労はしないのだ。

 一度完成された物を壊す事は、皇帝にだって難しい。
 そんな事を、目を閉じて考えていたルルーシュは、軽い物音で我に返った。

 「失礼します」

 コンコン、というノックの後に、声がする。扉越しだが、ルルーシュがこの声を、聞き間違えはしない。
 思わず、口元に笑みが浮かぶ。

 「入れ」

 世間には色々な人間がいる。身の丈以上を望む者に、否が応でも上に立たねばならない者。適所を把握出来る者に、程度を弁えた者。仕事が道具でしかない人間がいれば、愚直なまでに仕事をこなす人間もいるだろう。

 そして、扉の向こうの相手。

 ジェレミア・ゴッドバルドとは――――良くも悪くも、実直で忠誠心が厚い男だった。




 「ルルーシュ様!」

 「元気そうだな? ジェレミア」

 謁見出来て光栄でございます! と光り輝くオーラが見えそうなくらい、畏まっている男がいた。

 格式高い貴族の服装に身を包んだ、青みが懸かった髪を持つ男。鍛え上げられた肉体に、絶対の忠誠心を抱く、エリア11の№2、ゴッドバルド辺境伯のジェレミアだ。
 相変わらずの態度に、ルルーシュは苦笑いを隠しきれない。

 「聞いたぞ? アッシュフォードの祭りに呼ばれて愉快な真似をしたそうじゃないか」

 「いえ。アレは……そう。祭りの空気に充てられたのです」

 「そうか。そう言う事にしておこう」

 愉快な笑みを浮かべたまま、ルルーシュは頷いた。

 アッシュフォード学園では生徒会長のお陰で、毎週騒がしいイベントが開催されている。ジェレミアは伝手で顔を出して、ノリに巻き込まれたのだそうだ。
 その時の行動が、よっぽど普段のイメージと違ったせいか、オレンジ郷という綽名まで定着してしまったそうである。

 堅物のイメージがある辺境伯だが、実は結構お茶目な性格をしている事は、親しい間柄の人間ならば知っている。まして、ルルーシュとは彼が新兵時代からの付き合いだ。

 「は。お気遣い頂き光栄です……。して、本日は何用でしょう?」

 「用事が無ければ呼んではいけないか?」

 「いえ。そんな事は!」

 「分かっている。お前が多忙な事くらいは知っているからな。……冗談だ」

 エリアのナンバー2と言う立場は、忙しい。雑務は下に任せるとしても、貴族や官僚として行わなければならない仕事があるからだ。
 だから冗談である。……ルルーシュだって冗談くらいは言うのだ。相手は限定されているが。

 「本題に入ろう。明日行われる軍事演習の準備は?」

 執務机で両手を組み、静かに真剣に訊く。
 自然とジェレミアの態度も真面目になる。直立不動で報告した。

 「は。全て滞りなく終わっております」

 「結構。それで、明日の演習に臨時で一つ、……いや、一つではないか。幾つか頼みをしたい。出来るか?」

 「断言は、出来ませんが」

 「なに、そう警戒しなくても良い」

 そもそもルルーシュとて現場主義者で、どちらかと言えば結果主義だ。相手を困らせる方法も、逆に邪魔にならない方法も、十分に熟知している。静かに、その細い指で部屋の片隅を指差した。
 そこに居たのは、応接用の高級ソファに仰向けなったまま、携帯でブログを更新しているアーニャだ。

 小柄な体と桃色の髪を布の上に転がして、我関せずを貫いている姿は、まるで子猫である。……ジェレミアが来てもこの態度を崩さない辺り、彼女の精神は非常に豪胆だった。

 「お前の息が懸かった部隊に加えてやってくれ」

 「……現場に、出られるのですか?」

 「私はG-1ベースにいるつもりだがな。アーニャの機体ならば整備も終わっている」

 どうだ? という視線にジェレミアがアーニャの方を向く。

 其れに対して第六席の少女は、片目で彼を見て、宜しく、とだけ呟いた。適当な挨拶に見えるが、ジェレミアだからこそこんな風に接しているのである。

 「……分かりました」

 「頼んだ。……まあ、唯の演習と指導で終わる事を、望んでいるのだがな」

 多分そうはいかないだろう、の言葉を飲み込んだ。
 騎士、ナイトメアフレーム乗りの勘と言っても良い。燻ったままの戦禍の炎が再燃しそうな気配がしている。それも、明日を発端としてだ。ルルーシュもいざという時には出るつもりだった。

 この地で長いジェレミアも、明日の演習で騒動が起きる“だろう”事は、十分に予測している。対応も練ってある筈だ。

 ラウンズという最強戦力が来た事で抵抗勢力が予定を変えるならば、それで良い。変えずに実行するにならば仕事になる。どちらにしても現場に送っておいた方が良い。それだけの事だ。

 「それと、これは唯の確認なのだが――――」

 それからルルーシュは、資料では確認しきれない質問をする。

 『ジェレミアの傘下以外の軍派閥は、どの程度に参加するか?』

 『今迄に鎮圧した抵抗勢力の行動に対して、個人的な印象は?』

 『エリア11の名誉ブリタニア軍人に関して、お前の感想を頼む』

 など、現場に詳しい人間でなければ把握しきれない情報だ。ましてルルーシュは、このエリア11という地では新参者である。

 「……さて。私からはこんな所だが。アーニャ。何かあるか?」

 目線を向けられたアーニャは、立ち上がると静かに顔をあげて、小さく呟いた。

 「……最近。昔の顔触れが、良く揃う」

 「ああ。そうだな」

 「そうなのですか?」

 尋ねたジェレミアに、ああ、と返事をして。

 「つい先日までは、私とアーニャとC.C.にコーネリア殿下。ノネットとベアトリス、次がジェレミア、お前だ。……古い友人達に再会するのは良い事だがな、何かの前触れではないかと勘繰ってしまう」

 思えば、過去もそうだった。同じ様に、皆が集まった時があった……。

 ほんの一瞬、過去の一幕を記憶に蘇らせたのは、ルルーシュだけではない。アーニャやジェレミアもそうだった。

 「……懐かしい、話でございますな」

 「……ん。だから、気をつけて。私も気をつける」

 無表情に見えるが、瞳は身を案じていた。
 この少女と、それなりに仲が良い軍人は、きっとそうはいない。

 「了解いたしました」

 ジェレミアがこの少女に初めて出会ったのは、もう八年以上も昔の事だ。

 新兵で宮城警護の仕事をしていたジェレミア。その宮に行儀見習いとして訪れていたアーニャ。
 コーネリア、ノネット、ベアトリスが競って剣を奮い、クロヴィスが絵筆を手に取り、シュナイゼルは大学の同期を招いていた。ルルーシュは盤上を弄り、少女達は優雅に遊び回り、それを魔女が静かに眺める。そして終いには、皇帝が弟と共に顔を出す。

 そんな宮が存在したのだ。

 あの宮について語る事は、今では一種のタブーになっている。

 だから、彼らも又、静かに思い出すだけだった。

 「……では、ジェレミア。ご苦労だった。……仕事に戻っていいぞ。明日の貴公の活躍に期待する」

 「は。失礼いたします」

 律義に、そして丁寧に礼を取って、彼は静かに部屋を出て行った。




     ●




 それから二時間ほど後。
 ルルーシュはラウンズ権限を使い、政庁の一角で通信をしていた。

 『あールルーシュ様? お久しぶりです。機体の調子は如何でしょうかー?』

 「悪いから、お前に通信を繋いだんだよ」

 エリア11政庁内の格納庫に置かれた、ラウンズの専用飛行艇(アーニャ保有)で、ルルーシュはため息交じりの返事をする。部屋の中には誰もいない。アーニャもだ。
 衛星通信が可能なメインモニターに映っている相手は、ふやけた笑顔を浮かべた男だった。

 「今、何処だ。トルコ辺りか?」

 『いえ、確かイランに入った当たりだと思います。――――連絡頂くって事は、やっぱり例のシステムですね?』

 「……ああ」

 頷く。相変わらず、この男は騎士馬への嗅覚は鋭い。
 口調も態度も、目上の人間に対する物ではないが、その頭脳は超一級品。帝国宰相シュナイゼルが友人と呼ぶ、ナイトメアフレームについてならば世界で三本の指に入る天才科学者にして開発者。

 ロイド・アスプルンド。身分は伯爵で、階級は少佐だ。

 「砂漠の作戦でハード面に支障が出っぱなしだ。……機体は治った。ソフトは私が直した。後は、お前達『特派』が来れば万事解決、なんだがな」

 『特派』。正式名称を、特別派遣嚮導技術部。

 宰相の管轄下にある、ブリタニアの最先端技術を有し、名の知れた天才が連なる世界最高峰の技術者集団で知られている。技術者が一度は夢見る楽園にして、最高の現場。それが『特派』だ。

 ただし、これが飽く迄も表の顔である事は、一部の人間しか知らない。
 ルルーシュに言わせれば、研究の為ならば全てを無視できる馬鹿達が、後先考えずにキワモノ技術ばっかりを生み出している変態技術室だ。

 「来れるか?」

 「やー、無理ですねえ」

 「だろうな」

 予想出来ていた事だ。特に失望する事も無い。

 件の変態達は今、世界各国を飛び回るシュナイゼルに同行していた。帝国宰相に同行して回れば、自分達の『最高傑作』――――最新の第七世代ナイトメアフレームを操れる人材に会えるかもしれない、という思惑があるからだ。

 シュナイゼル・エル・ブリタニアが、彼らをエリア11に派遣する事を決定したと耳にしたのは、先日。
 真っ直ぐ日本に、時差を鑑みて、理想的に進んでも十五時間。途中の補給や、到着後の色々を含めれば明日の内に到着する事も厳しかった。

 「……しかし、そうか。来るまでは自力で何とかするしかないか」

 『使えないと危ないんですか?』

 「いや、ミストレスの動きは問題が無い。関節部分や装甲はアッシュフォードから既に提供されているしな。……ただ電子系に制限があると、不測の事態に困る」

 ナイトメアフレーム“ミストレス”。

 それが、ルルーシュが操る専用機体の“通称”だった。
 ラウンズの機体の中でも防御性能に優れており、キーボードで指示を出す事で、格闘・射撃・剣撃・情報収集など幅広い活躍が出来る応用力を持つ。その分、尖った攻撃力はない。
 リアルタイムでコマンド入力をして動かす、という時点で十分に変態性能な機体だが、それでもピーキーではない。C.C.の乗るエレインと違って、乗ろうと思えば誰でも乗れる。
 ただ、万全に使う、となると非常に難しいだけで。

 『因みに、今の稼働率は?』

 「約35パーセント」

 『あー、基本行動と電算系が通常で使えるだけですか……』

 二人の会話の中心となっているのは、ミストレスが搭載する「ドルイドシステム」についてだった。
 これは超高速の演算処理機能だ。ミストレスを動かす頭脳。中枢部分であるこのシステムの良し悪しで、機体の性能が変化すると言っても良い。性能を完璧に引き出すには、完全にメンテナンスされたシステムが必要だった。
 しかし非常に優秀な半面、手間がかかる。扱うにはルルーシュ並みの頭脳が必要で、メンテナンスは特派クラスの技術者で無いと不可能という。別の意味で人を選ぶ機体なのだ。

 『そちらの技術者には?』

 「一応話は通したんだがな。……どうも砂が入り込んで、深い所で破損したらしい。お手上げだそうだ」

 『でも一応、動いてはいるんですね?』

 動いているというか、動かせるようにしたというのか。
 応急プログラムを組んで、修復しているだけである。

 「何かアドバイスを貰おうと思ってな。機体性能が多少落ちても腕でカバーする。その分、腕が奮える機体にしたい」

 言ってしまえば、今のミストレスは非常に中途半端なのだ。痒い所に手が届かない、というのか。必要不可欠な能力が不足しているにもかかわらず、微妙なシステムが残っている。だから知恵を拝借しに来たのだ。
 何を削って、足りない部分をどんな手段で補うか。

 数秒、んー、と考えたロイドは、代替案を提示する。

 『ええとですね。学習機能の一時的なカットはしました?』

 「した」

 戦闘経験値を機体に積む事は出来ないが、戦闘能力に直結しないのだ。我慢しよう。

 『ドルイドシステムに依存しない、通信プログラムの構築と効率化は?』

 「既に組んで入れてある。秘匿回線も一つだけだが確保した」

 特殊なプログラムで、普通のナイトメアが有する通信機能を拡大した。ドルイドシステムを介さないまま、何とかサザーランドレベルには仕上げてある。支障は少ない。

 『フロートシステム、及びギミック系機能は?』

 「全て封じてある。圧迫する心配はないな」

 一応、ルルーシュが行える、理解出来る範囲での再構成は終わっている。
 だが、此処までしても普段の半分以下まで落ち込んでいるのだ。結果こそ大勝利だったが、あのルブアリハリ砂漠の環境と戦闘の苛酷さが分かるという物だろう。

 『そこまで実行済みですか? じゃあ、そうですねえ……。緊急時の脱出システムを変えて、生存性を削る方向で行きません? ルルーシュ様の腕なら、被弾しない、攻撃を受け流す、さえ出来れば問題無い筈です』

 「……そうか。なるほど」

 それが有ったか、と思いだした。
 ナイトメアフレームは、操縦席(パイロットブロック)が緊急時に射出される仕組みになっている。被弾した時、あるいは機体が動かない時、機体を捨てて逃亡出来る。
 愛機が危なくても騎士が無事なんて事象はざらだ。

 しかし、これは一長一短でもある。敵の弾幕が多く動かない機体の方が安全、なんて事もあるし、射出されている最中のブロックは、狙い撃ちの的だ。下手をすれば棺桶になりかねない危険性を秘めている。

 (……普段はプログラムで抑えているからな)

 機械制御を手動にするだけで、機体への負担は減る。元々手動で行える機能を有しているのだから、ラウンズの判断能力ならば適切に使用が可能だ。ついうっかり、失念していた。

 『ま、下手をすれば愛機と命を共にしかねませんけど、ルルーシュ様なら大丈夫ですよね?』

 「ああ。恐らくな」

 実力を過信している訳ではない。ただ、ルルーシュにも、曲がりなりともラウンズという矜持はある。地位への執着はないが、立場への思いは強かった。
 死ぬ気も、負ける気も、更々無い。

 「……邪魔したな。それじゃあ、なるべく早く来てくれ」

 『それじゃ、ご武運をお祈りしています。――――あ、そうそう。我らが特派の愛機に相応しいパーツがいたら宜しくお願いしますね。僕もマリエル君も、楽しみにし』

 通信を切断する。ロイドの話は無理やりにでも遮らないと、何時までも話し続けるからだ。

 (……しかし、相変わらずだ)

 本当に、あの性格も変わらない。皇族やラウンズ、果ては宰相に皇帝に、あそこまで飄々と接する事が出来る人間もいない。普通ならば不敬罪で厳罰物である。
 まあ、公の立場で畏まる事が出来るし、アレで忠誠心はしっかりしている。だから大目に見られているのだ。

 考えながらルルーシュは、後片付けを素早く終えて、輸送艦の外に出た。
 明日の準備に備えて今も回転中なのか、近くのハンガーからは重機の動く音が響いてくる。

 「――――さて、これで準備は完了、か」

 この地に来て、まだ一日。だが、されど一日。出来る事はした。あとは、明日を待つだけだ。

 執務室に戻るルルーシュは、エレベーターから外を眺める。
 駆動音と共に徐々に登っていくガラス張りのエレベーターからは、発展したトウキョウ租界と、その奥の小さなゲットーが見えた。

 片や近代都市、片や廃墟。だが、どちらの土地にも人間はいて、彼らは等しく生きている。

 (……どちらも、同じ人間なのだがな)

 けれども、争いは起きる。

 夕日が沈む空は、不吉な程に赤く染まっている。
 それがまるで血の色に見えたのは、ルルーシュの気のせいだったのだろうか。




     ●




 翌日、午前十時。

 『ではこれより軍事演習を始める』

 一糸乱れぬ隊列を組む軍人達を前に、ジェレミア・ゴッドバルドは宣誓した。

 『――――まことに光栄な事に、本日はナイト・オブ・ラウンズ第五席、ルルーシュ・ランペルージ卿と、第六席のアーニャ・アールストレイム卿もご同席されている』

 歩兵の背後に並ぶナイトメアの通信機からも、堂々としたジェレミアの声が聞こえていた。

 『各員、肝に銘じた上で、ブリタニア軍人としての本分を全うする様に!』

 その声に。
 微塵もずれる事のない、言葉が返る。




 ――――イエス、マイロード!




 そうして、彼らは一斉に動き出した。




     ◇




 同時刻。
 トウキョウ租界・西シンジュクJCT付近。


 前を走るトラックの挙動が奇妙な事に、リヴァル・カルデモンドは気が付いた。

 飲酒運転でもしているのか。それとも車の調子が悪いのか。蛇行運転のまま、スピードを落としてふらふらと走っている。明らかに迷惑だ。

 (危ないな……)

 向こうは大型自動車。自分は二輪車。なんとなく危険な物を感じ取ったリヴァルは、スピードを上げ、横幅に気をつけて、そのままトラックの横を通り過ぎる。事故に巻き込まれても嫌だった。
 そうして、何の気なしに運転席を見た時だった。

 「……な!」

 咄嗟に、スピードを落として、路肩に寄せてしまったのは仕方が無かっただろう。
 今、目で見た者が、間違いではないかと思った。



 ブリタニア人らしき運転手が、血を流して苦痛に呻いていた。



 出血に苦しむ運転手の顔色は土気色で、今にも死にそうな顔をしていた。
 咄嗟に携帯電話を取り出し、救急車を呼ぼうとしたリヴァルの目の前で、車体が一際大きく揺らぐ。

 「うわ」

 ヤバイ、の一言は、言えなかったと思う。

 耳を傷めるような凄まじい衝突音と、道路の境が崩れる音。
 ゆっくり、緩慢にも見える形で、車体が視界から消える。
 そして。

 ドン、という鈍い音が、足元から競り上がってきた。




     ◇




 シンジュクゲットー、某所。


 「永田? おい、永田?」

 鈍い音と共に、唐突に途切れた声。
 何が起きたかを理解するには、十分だった。

 「直人! 大変だ! 永田が!」

 「聞こえているよ。……扇はカレンの携帯に連絡。通じないならば二分ごとだ。全員、行動準備。……最悪、二人がいない状態でも、実行する」

 「見捨てるのか!?」

 「まさか」

 兄が妹を見捨てる訳が無い。
 そう言った紅月直人は、言い聞かせるように親友に告げる。

 「だが、最初から想定の中にあっただろう。……今は、二人の生を信じて行動しよう。なにせ敵は、租界のブリタニア駐留軍だ。生半可な相手じゃない」

 大丈夫、あの子は生きているよ。
 彼は、扇要の肩を軽く叩いて、静かに告げる。

 「さあ、彼らに一泡吹かせにいこう」




     ◇




 そして同じく、シンジュクゲットー某所。

 活動中の、名誉ブリタニア人部隊があった。
 軍事演習という大層な行事に出席する事を許されない彼らの扱いは、暴動の鎮圧から戦場での伝令まで、雑用という仕事を任される――――使い捨ての駒である。

 「……小寺君、上官は何て?」

 その内の一人。
 小寺正志は、ペアを組んだ相手からの質問に答えた。

 名誉ブリタニア軍人は、互いの監視の意味も込め二人一組で行動させられる。勿論、何かあったら連帯責任。その上、相手の悪事を密告すれば報酬が貰える、とまでくれば嫌でも悪い事は行えない。
 仲間内で信用させない辺り、腹が立つ事に、支配する事に対してブリタニアは優秀だった。

 「輸入した危険物を運んでいたトラックが、何者かに奪われたらしい。……その探索を命じられたよ」

 何時もの汚れ仕事だ。
 そう静かに言って、顔には不満を出す事無く。



 「行こう、枢木君。……ぼさぼさしてると、きっと余計な文句を買う」



 そう言って、彼は促した。






 ルルーシュ・ランペルージが事故の報告を聞くのは、それから二十分ほど後の事である。
















 登場人物紹介 その⑥


 ジェレミア・ゴッドバルド

 エリア11駐留軍の司令官。要するに、エリア11で二番目に偉い人。エリア11においては、彼に命令を下せるのは基本的にはカラレスだけ。その立場に相応しく、ナイトメアの腕前は超一流。ラウンズにも引けを取らない実力を持つ。
 しかし、ラウンズへの昇格は毎回断っている。その理由は「アリエスへの贖罪」……との事。詳しい内容は不明である。

 態度からもわかるように、非常に実直で忠誠心に厚い男。良くも悪くもブリタニアへの思いが強すぎて、良く空回りしている。同様に、ナンバーズには厳しい態度になってしまっているが、個人個人を憎んでいる訳ではないし、偏見を特別に抱いている訳ではない。

 ルルーシュ、アーニャを初め、帝国内でも非常に優秀な人材と知己。その為、意外と影響力は高い。






 用語解説 その④


 帝国元帥

 統帥権を持つ皇帝に次ぐ、帝国軍最高の地位を持つ存在。帝国六大権力の一つ。
 ブリタニア陸海空の三軍に、機密情報局を統べている、らしい。
 ルルーシュとも親しいらしいが、何者なのだろう?












 ヴィレッタとジェレミアで、明らかに態度が違うルルーシュでした。次回からはロボも兵も動きます。

 第二次Zのカレンがめちゃ強いです。
 Eセーブと連続行動、攻撃とENフル改造で無双可能ですね。避ける、固い、機体と精神の燃費が良い、陸Sで射程4のP武器で気力解禁も低くて攻撃力も高い、と良い所どり。改造ボーナスで輻射波動の攻撃上げて、鉄壁必中をかけて敵陣に放り込めば、あっという間に相手がぼろぼろですね。

 紅蓮がこの話で出るまでは、もう少々時間が必要ですが、きっと活躍してくれるでしょう。
 世界観はギアスですが、イメージは戦略シミュレーション的で進めて行くので、楽しんでくれると嬉しいです。その内、ユニットの説明もスパロボちっくに書こうかな……。

 ではまた次回。
 感想くれるとモチベーションが上がります。

 (4月23日・投稿)



[19301] 第一章『エリア11』篇 その④
Name: 宿木◆442ac105 ID:21a4a538
Date: 2011/04/27 15:17



 コードギアス 円卓のルルーシュ 第一章『エリア11』編 その④




 陸軍における軍事演習は、一個普通科連隊に各種職業部隊を併合し、師団的な役目を果たせる状態で行われる事が多い。
 人員数こそ本物の師団(一万人から二万人)に遠く及ばないが、それでも大群である事は確かだ。

 「中々、壮観な光景だな」

 「そうでしょう」

 ルルーシュの言葉に、自慢げに告げるカラレス。まあ、気持ちは分からなくもない。
 トウキョウ租界に努めるブリタニア軍人だけに絞っても三千人。ナイトメアフレームの数も百以上。それら全てが彼の一声で動き、命じられるままに行動するとなれば、天狗にもなる。
 権力は人を変えるという良い見本だ。

 「……それで? 総督。貴方は何故、この場に居る?」

 「何故とは、おかしな事を聞きますな」

 言うまでも有りません、という態度で、彼は言う。

 「何かあった時の為、私が備えているのは当然ではないですか」

 いけしゃあしゃあと、という言葉をルルーシュは呑み込んだ。
 ルルーシュとアーニャが現在、皇帝から受けている命令は、大雑把に言えばこうだ。

 『エリア11の総督と協力し、抵抗勢力を排除せよ』。

 この「協力して」という部分と「排除する」という部分が、大きな意味を持つ。
 皇帝の命令は絶対だ。もしもこれが『総督の指揮下で』と言われていた場合、例え理不尽でも一応はカラレスの指示に従わざるを得ない。嫌だと跳ね付けるならば、相応の理屈を引っ張り出す必要がある。

 だから、「協力して」。

 要するに『この行動は、全てエリア11の為である』という理論を展開すれば、ルルーシュとアーニャはある程度、自由に行動する事が出来るという事だ。皇帝のさり気ない思いやりだろう。

 だが、しかし。
 後ろ暗い物を持つ連中には、その行動は当然、面白くない。
 ラウンズに好き勝手に動かれて、痛い腹を探られ、権力の座から引き剥がされる事を恐れている。

 (……要は牽制だ)

 この場に総督が同席していた場合、ルルーシュは、彼を無碍には出来ない。軍の全権を握れないのだ。
 自分の干渉が多い代わりに、相手からの干渉も多い。曖昧な命令のメリットとデメリットだろう。
 越権行為と言われない為にも、ラインを見極める必要がある。

 「軍団に司令官が複数いると混乱する。……演習に不測の事態が起きた場合、指揮権はどうする」

 「互いに半数で良いのではないですか?」

 「……本気か?」

 「自信がありませんか?」

 天下のラウンズに向かって随分と礼を欠いた質問だ。だが、まあ良い。こういう輩の嫌味に逐一反応していたら日が暮れる。
 軍隊は階層だ。頭が多いと下は混乱する。この場に、自分やカラレス以上の権力者がいるならば、折衷も有りだろう。だが、この場の最高指揮官は自分とカラレスだけ。
 妥協で言っているが、自分に自軍を任せたくない、そんな思惑がまる見えだ。

 「逆だ、総督。……貴方が私以上に、上手に指揮が行えるつもりか?」

 「これでも今まで、この地を治めてまいりました」

 答えになっていない。
 だが、この分では多分、全軍の指揮を自分に取らせる事はないだろう。

 「…………」

 カラレスの態度に、はっきりと機嫌が傾くのが分かった。

 (……治めて、か)

 どうせ弾圧と差別を助長させてきたのだろう。それは統治ではなく支配だ。
 この男に武力を持たせた場合の使用方法は、手に取るほど分かる。
 どうせ権力と性能と資金を傘に来ただけの、無意味な戦いをしてきたに違いない。

 (……この男の理不尽な命令で、旧日本人が何人死んだか、要調査だな)

 先の皇帝の命令を、思い出す。

 「協力」と並んで告げられた「排除する」という言葉。過激なブリタニア軍人の思考では、排除と殺害が等しく結ばれてしまうが、ルルーシュは違う。
 抵抗勢力が抵抗勢力ではない、エリアの治安を脅かす事のない存在になれば良い。それを懐柔策と取るか、妥協策と取るか、あるいは彼らの力で勝ち取った物だと思わせるか。
 その辺はルルーシュの腕の見せ所だろうか。

 (攻める方も、攻められた方も、力での解決方法、か)

 上に立つ物の原則は、鞭だけでなく飴も与える事だ。不満を貯め込ませないのも、統治者の腕だ。
 エリア成立から七年以上が経過した今尚も、この土地が衛星エリアではなく矯正エリアである理由。それは、抵抗活動が盛んだからではない。彼らの活動を助長させる要素が溢れているからだ。

 (……国是を大声で否定する訳にもいかないし。困ったものだ)

 ルルーシュ自身、国是が間違っている事を承知の上で、最大限に利用している以上、何も言えない。
 棚に上げて色々と文句を言うほど、子供ではない。
 ないが、この土地の人間にも言いたい事はある。

 国を奪われた人間が怨み、祖国の復興を求めるのは当然の事。しかし民間人を巻き込むやり方は愚行だ。形振り構っていられない、という側面もあるのだろうが、少しは矜持を持ってほしい物である。
 少なくとも。仮にルルーシュが抵抗勢力側に味方をするならば、無意味な攻撃はしない。世論を味方につける位に、劇的な活動を行って注目の的になる、くらいはする。絶対に。

 「…………」

 そんな事を考えながら、ルルーシュはG-1ベースの指令室にいる。
 中央の大型画面にはシンジュクゲットーから演習場までの地図が表示されている。
 地図上には行動中の戦力が三角形のユニットとして示され、進行方向や陣形も明白だ。

 先の会話を信じるならば、この中の半分が総督の指揮下。残った半分がルルーシュの指揮下だ。

 (……アーニャとの連絡を、密にするか)

 無能な味方は敵以上に脅威になる。
 ならばせめて、有用な駒は生かさなければならない。現場のアーニャ、それにジェレミア。二人との連携をしっかりとれば、大抵の状況には対応できるだろう。

 いよいよ砲弾が飛び交い始めた演習風景を眺めながら、ルルーシュは気持ちを切り替える様に、大きく息を吐いた。




     ●




 陸軍に限らず、軍事演習は、大体が武器、それも重火器の取り扱いが多い。

 目標を照準に合わせ、砲弾を放ち、直撃させる。その一連の行動の後に残るのは、無残なスクラップだ。これが戦場ならば一緒に挽肉も量産されるのだが、今は演習。無人機や廃棄処分寸前のガラクタが得物になっている。

 ドン、と空気を震わせて弾が飛ぶ。
 それは、数百メートル離れた古びたグラスゴーに着弾して、盛大な爆音と共に燃え上がった。

 「……今のところは、異常無し」

 アーニャとジェレミアのナイトメアが並んで見守る中、再度、遠くに標的が置かれる。

 整列したナイトメアが入れ替わり、別の騎士が銃口を向ける。
 今度の弾丸は、目標の手前数メートルの所に落下した。外れだ。
 そして、射手も的も、流れるような動きで交換される。

 「……ジェレミア。練習した?」

 その動きは、一般兵としては中々の速さだ。大きなミスも無い。
 現場で同じ動きが出来れば、合格点を上げられるだろうか。

 『特別にはしておりません。ですが、日々の訓練は厳しめにしております』

 「……そう」

 ジェレミアのいう“厳しめ”の基準は知らないが、派閥への教育はしっかりとしているようだった。

 KMFは非常に期待が大きい兵器だが、人力に代わるには足りない部分が多い。そもそも二足歩行で立ち、倒れずに移動し、重火器を取り扱う。人間が普通に行うこれらの基本行動すらも、機械で実現するには難しいからだ。
 近年、技術が急激に向上し、FCC(Flight Control Computer)や自動命中補正の適用、軽量化や小型化が進んで、それでやっと陸戦兵器として成立している。

 事実、初めてナイトメアフレームが実戦投入された七年前の『極東事変』。
 あの頃はまだ、機体性能は戦車と同程度だったらしいのだから、技術の進歩は凄いものだ。

 「……そう言えば」

 砲撃が一段落し、再度の標的が変わる。
 今度は自動操縦機能を付けられた移動型目標の撃破だ。難易度は当然、上がる。
 その合間を見計らって、アーニャはジェレミアに尋ねた。

 「あの残骸は、どうなる?」

 『アレですか? 一端、専用の倉庫に回収され、記録を付けられます。誰が、どの程度の損耗を与えたか。破片が飛び散るので完全ではありませんが、大体の状況を計測し、訓練後に各員に伝えられます』

 自分の技術を、記録として客観的に見れた方が、己の向上に繋がる、と言う事らしい。
 余りにも記録が奮わない場合は、各小隊長からの指導や、一定期間の補習も実施するのだそうだ。

 「……ふーん」

 帝国軍は資金から機体性能まで、ほぼ完全にエリア11の保有武力を大きく上回っている。
 だが、その事実の上で胡坐をかくのがカラレスで、精進を重ねるのがジェレミアなのだろう。
 優越感に囚われず、客観性を失わない。皇族や自分より格上の存在への思い入れが強くて、つい暴走する事もあるが、基本は優秀な軍人なのだ。オレンジ郷は。

 『アールストレイム卿も行いますか?』

 「……やめとく。射撃は苦手」

 アーニャの機体コンセプトは火力だ。ラウンズの中でも、最も一対多数の戦いに優れている。
 小さな相手に狙いをつけるのではなく、グループごと纏めて薙ぎ払う。装填しているのは爆発弾や炸裂弾だから、狙いがアバウトでも撃墜出来るという、これまた極端な機体だ。
 そうでしたな、返ってきた言葉に、頷く。

 「そういうのはモニカに頼むべき」

 射撃という一点に置いて、ラウンズの十二席ことモニカ・クロシェフスキーに勝る者はいない。
 KMFでキロ単位の精密射撃を行える、別の意味での変態だ。

 『そう、ですな。……本国に帰宅出来た時、縁があったらお伺い出来るかも知れません』

 「ん」

 動体射撃は、六割くらいの命中率で進んでいる。始まってそろそろ三十分だが、まだ異常はない。

 今二人がいる演習現場は、シンジュクゲットーと租界の中間ぐらいの場所だ。七年前までは、日本陸軍の市ヶ谷駐屯地が設置されていた場所らしい。
 本土決戦で、基地機能が移転し放棄され、ブリタニア軍が接収。荒廃した周辺地域を利用して大規模演習場にしたそうである。最も、土地区分や周辺住民についての手続きは適当極まりないらしいが。

 「…………」

 『アールストレイム卿?』

 「ジェレミア。さっきの話に戻る。残骸回収や、演習に使用する備品は? 何処の部署?」

 『兵站ですか? それならば、基本は後方支援部隊。……もっと言えば、参謀本部ですが』

 「…………」

 参謀本部、と頭の中に言葉を刻み込む。
 アーニャの勘が告げていた。

 (……怪しい)

 ジェレミアは、忠君愛国の化身のような男だ。矜持が高く、誇りを持っている。高潔な軍人であれ、という教えの通り、腐敗と屈辱を嫌っている。そして周囲もそうやって導いている。
 ブリタニアに不利益を齎す者を、ジェレミアは性格的に許せない筈だ。身内にいたら最悪、粛清するだろう。しかし今まで実行した事はない。

 となると政庁内の不穏分子は二種類しかない。ジェレミアが分からない位、レベルの低い人間か。その逆に――――ジェレミアが違うと“思い込める”程に、高い階級に付く人間だ。
 後方支援物資を監督する人間ならば、抵抗勢力に横流しをして取引を行えるかも――――。

 そこまで、考えた、時だった。




 ドオ……ン、という、機体の中からでも感じられる程に大きな、空を震わせる響きがした。

 「――――!」

 機体ごと、大きく振り向く。

 空に大きな、黒煙が立ち上っていた。




 『っ……! 総員、冷静になれ! 指示があるまで待機しろ!』

 咄嗟に指示を出し、混乱を収めるジェレミア。それを耳で聞きながら、アーニャは先程までの思考を保存して脳裏から消し、一瞬で戦闘態勢に移行する。

 (……何?)

 爆発だ。威力は相当のものだ。破壊された家の残骸が蒼い空からゆっくりと落下して、落下。地面に落ちる光景のみ、廃墟の群れに遮られて見えない。
 黒煙はゲットー西側のシズオカ方面から立ち昇っている。火災の様子は分からない。だが間違いなくゲットー内に、被害が出た。

 (何で?)

 考える必要すらない。前々から懸念されていた、軍事演習中を狙ったテロ行為。
 こんなに戦力が揃っている時に攻撃を仕掛ける。普通に考えれば愚策だが、ルルーシュが言うには『発生した方が、都合の良い人間もいるんだろう』との事だ。租界や政庁内部の一部が、資金や武器の援助をして発破をかけたのだろう。

 緊急通信が入る。
 個人の通信ではない。演習中の全軍に対する、ルルーシュの声明だった。

 『総員、訓練を一時中断しろ』

 緊張感ある声で、矢継ぎ早に指示が出される。

 『ゲットー内で爆発が発生。現在、詳細を調査中だ。演習中の全軍はゴッドバルド伯の元、次の指示を待て』

 そう言って、共通回線が遮断され、今度は秘匿回線に連絡が入る。
 ジェレミアが懸ける号令を片方で聞きながら、アーニャは切り替えた。

 『アーニャ、見えたな?』

 おそらく移動中なのだろう。規則正しい足音と、周囲の何者かが走りまわる音が聞こえている。改造した携帯電話からナイトメアの秘匿回線に繋げるという、離れ業をしているらしい。

 「見えた」

 『現在、総督の部下が状況を確認している。が、……爆発の規模、状態から見るに、事故では無い。作為的な物だ。抵抗勢力の可能性も十分にある』

 「分かった。それで?」

 ゲットーが戦場になる可能性は分かっている。
 ルルーシュが連絡を入れるという事は、それ以上の何かが有るのだろう。

 『これは俺の勘だが。……グロースターの装備を軽くしろ。最悪、ハーケンと小銃だけで構わない』

 「……本気?」

 『本気だ。それとジェレミアにも伝えるが、深追いをするな。……相手が本気ならばきっと、そろそろ』




 次の爆発が、という言葉と。

 ほぼ同時に。

 天まで届きそうな轟音が、走っていた。




 『……この通り。爆発が起きた。――時間差で被害を大きくする常道だな』

 軽い舌打ちと共に、ルルーシュの足音が速くなる。カンカン、と金属の階段を上る音がして、同時に何かが開く音。どうやら格納庫で乗り込む所らしい。

 注意を引き、相手が近寄って来た所で再度の爆発。
 これは、いよいよもって人為的だ。事故で、こうもタイミング良く連続して爆発が起きる筈が無い。

 『俺も今からミストレスで出る。――――演習の現場はジェレミアと純血派に任せて、アーニャ。お前は先行して欲しい。身の安全と民間人の保護を最優先。抵抗勢力の撃破は考えるな。――――後はお前の、現場の判断に任せる』

 G-1ベース内に置かれているミストレスまで、指令室から歩いて一分弱。
 その一分を無駄にしない所がルルーシュだ。

 「……了解」

 頷き、そしてグロースターのカスタム機を、動かす。

 左肩のランチャーを外し、反対側の対空ミサイルも外し、両腕を覆うスタントンファーも外す。
 背負った迫撃砲と、左腰元のケイオス爆雷。機体前面に張り付けられた炸裂装甲に、手に握ったKMF専用大型ランスも全部外す。
 申し訳程度に残ったのは、胸両脇に設置されたスラッシュハーケンと、左腰の二丁のアサルトライフルだけだ。

 「……これで、軽い」

 機体の調子を確かめるように、軽く飛ぶ。NMFでの跳躍は高度な技術を必要とするが、事も無げに。体が一気に軽くなった事を喜んだのか、機体が大きく震えた。
 先と比べると心許ないにも程がある。だが弾切れさえ注意すれば、大丈夫だろう。

 アーニャの趣味には反するが、ルルーシュの戦場での勘は、良く当たる。従っておいた方が良い。

 「……それじゃあ、ジェレミア。私は先に行く」

 『は。――――お気をつけて』

 「ん」

 軽い返事をして。
 アーニャは、思い切りアクセルを踏み込んだ。




 「……アーニャ・アールストレイム。作戦開始」




 一瞬、停滞するかのように、機体が緩慢になった。
 爆発的加速の寸前の、溜めの間だ。

 アーニャのグロースターは特殊だ。火力も当然だが、その火力を保有していても、どんな重武装でも、通常の稼働を殺さない事を目指されている。瞬発力こそ低いが、重武装でも普通のNMF並みの運動性能がある。

 そして、今、重武装を捨てた。
 其れはつまり、有り余るという事だ。
 過剰ともいえる程の、馬力が。

 そして。

 ギュイイイイイイイッ!! ――――と、ランドスピナーが、火花と共に、土煙を上げる。
 両足が震え、パイロットブロックにまで、弾かれる直前のような“撓み”が、押し寄せる。

 大火力の戦いしか、出来ない訳ではない。
 自分が最も得意とする戦法と言うだけの話だ。

 「……行く」

 次の瞬間。
 グロースターは、機体の限界速度でシンジュクゲットーに飛び込んで行った。




     ●




 数分前、G-1ベースの中は騒然となっていた。

 本当に軍の演習中に活発に攻勢を仕掛けてくる、とは誰も信じていなかったのだ。
 ジェレミアが予想し、来訪して二日のルルーシュすらも懸念し、忠告をしておいたというのに。

 (……過信のしすぎだな)

 内心で、ルルーシュは吐き捨てた。
 権力者故の奢り、だろう。自分達がこんなに強いのだから襲ってくる筈はない、という楽観論だ。

 この指令室の中に居る人間は、誰も優秀だ。だが、優秀であっても有能ではない。学校の成績はさぞかし良かったのかもしれないが、軍人としては最悪だ。
 ブリタニア軍の技術が優秀だからと言って、それで勝てる筈も無い。勝利とは、技術も含めた全ての要素の積み重ねの上に成り立つ物である事を、知らないのだ。

 (……場所を移すか)

 おそらく室内の人間には、本当に叩き上げの軍人は殆どいるまい。僅かな時間だが十分だった。
 名門の下級貴族や、カラレスの利権に寄生して生きる、形だけの軍人ばかりだ。マニュアル通りの仕事は出来ても突発的対応能力は低い。

 ルルーシュならばこんな人選はしない。有能で有ることを第一に考える。だが、昨日今日来たばかりのラウンズがG-1ベースの人選に口は出せないし、自分が関わらない総督の要求を却下は無理だ。

 (自軍の被害を減らす事を、最優先に)

 下手をすると、攻撃より身内の敵で被害が大きくなる。

 権力者は保身傾向が強い。だから周囲を身内や信頼が置ける部下で固める。
 それだけならばまだしも、正論を認めない傾向まである。自分が正義と思い込んだ人間には、どんな言葉も通じない。むしろ目障りとされて移動させられる。

 殴り飛ばして言ってやりたい。貴族の特権は、我儘を言う事じゃないんだ、と。

 (……愚痴を言っても、始まらないな)

 「総督。私はミストレスで出る。――――後は好きにしろ」

 これ以後の指揮の責任は取るつもりはない。
 目の前の情報を自分のノートパソコンに転送するように設定し、ルルーシュは立ち上がった。

 この場の人間を、一言で表すと簡単だ。
 カラレスの命令は忠実に実行するが、自分で考えて実行する能力が無い人形である。

 その上、自分で考える事をしない。
 背後に居る権力者に命令されたから、という免罪符で身勝手に振舞う、愚か者ばかりだ。
 軍人が上司に従うのは当然だが、唯々諾々としか従えない人間は、無能だ。

 そんな中、恐る恐る、といった様子で通信係から声が上がる。

 「あの、ゲットー監視の部隊から連絡です。シンジュクJCT付近で大型輸送車の事故があったらしいんですが……」

 「放っておけ! 今はゲットー内部のテロリストへの対処が最優先だ!」

 律義な青年士官に怒鳴りつけ、カラレスは統括する自軍に指示を出す。
 因みに、まだ爆発の詳細も分かっていない。軽挙妄動も良い所だ。
 確かに、ルルーシュもテロではないかと思っている。だが、確認できていない以上、確定事項として告げてはいけない。間違った情報は不要な混乱を生む。

 「ゲットー内部の不穏分子を粛清! 発砲を許可する! 容赦するな!」

 その指示自体は――――まあ、決して正しくはないが、間違ってもいない。
 だが、忠実なだけの配下の暴走を食い止める気は、ないらしい。
 どさくさにまぎれて、無関係の日本人が死んでも、この男は構わないのだろう。

 (……民間の被害を許容するか)

 そんな態度だから、一向に抵抗活動が収まらないんだ。
 咄嗟に口を挟もうとしたルルーシュだが、状況を判断して、止める。まずは自機に乗り込まなければ。

 「……お前。情報をミストレスに送っておけ。出来る範囲で対処する」

 小声で伝えて、ルルーシュは指令室を出た。

 あの青年士官は、まだ見所がある。
 カラレスを更迭すれば、その取り巻きも一蹴されるだろう。その前に、優秀な人間は確保しておきたい。
 些細な事だ。だが、小さな気遣いで駒が手に入るならば、その気遣いは未来への大きな投資だろう。

 そう考えて、ルルーシュは懐から携帯電話を取り出した。
 ますは、ジェレミアとアーニャに連絡を入れなければ。




 始動キーを差し込むと、ランプが明滅し、機体に命が入った。

 コアルミナスが回り初め、ユグドラシルドライブがエネルギーを生み、騎士馬が息を荒げていく。

 片手でノートパソコンを機体に固定・直結させ、G-1ベースの情報を取り込む。残った片手は携帯だ。

 「ジェレミア。ゲットー内に小隊ごと侵入。アーニャにも伝えたが、身の安全と民間人の確保を最優先だ。……人間相手に弾を消費するな、と伝えておけ」

 『は』

 日本人を保護しろ、といっても、指示に従わない連中は多い。
 ならば、効率という建前で人間相手への発砲を止めさせれば良い。

 「それとだ。総督傘下の部隊が展開し始めている。……“だから”、言っておく。余計な人死にを減らせ。出来るだけ上手にな。出来るか?」

 ジェレミアは、自分がブリタニア人であり、「強者」であるという矜持がある。
 だから、明らかに格下の相手へ、無意味に攻撃する事は、絶対にない。
 あるとすれば、それは国家や皇族の危機や、己のプライドに関してだけだ。

 『……イエス、マイロード』

 「頼んだ」

 最初の指示を終え、ルルーシュは携帯を懐にしまう。

 両側面から滑る様に伸び出たキーボードに、素早く指を走らせる。認証パスワードを打ち込み、機体の端末を同調。そのついでに、本部から届いた事故の情報も読み取る。この間、僅か八秒。

 情報を頭に流し込み、整理しつつ、纏める。
 
 (やる事は山積みだ)

 まず、抵抗勢力(と思われる)連中の行動目的と戦法の解明。
 総督軍に注意を払いつつ、アーニャとジェレミアに指示を出し、自分自身も機体を操作する。
 民間人の被害減少と自軍の消耗を防ぎながら、効率良くゲットー内の騒動を治める。
 そして、発生したという「事故」が――――果たして、関係があるのか、どうか。

 「……ラウンズの宿命とはいえ」

 自嘲する様に、ルルーシュは笑った。

 「戦禍と混迷は、常に己の傍らに、か」




 機体がゲットーへ、躍り出る。

 ミストレス。
 発進。




     ●




 時間は僅かに遡ぼる。

 ルルーシュが事故の情報を聞いた時、紅月カレンは既に、事故の現場にいた。
 生身ではない。奪い取ったKMF、ブリタニア駐留軍が公式採用している第五世代のサザーランドに騎乗していた。

 (……ホント、あいつら単純ね)

 お古の紅いグラスゴーより優れた機体性能を、その両腕で感じ取りながら、彼女は呟いた。




 話せば長くなる。

 彼女が属するシンジュクゲットーの抵抗勢力「紅月グループ」が、大型輸送機を狙う計画を立てたのは、一週間ほど前の事だった。

 兄、直人と副リーダーの扇要が調べた所によると、その中身はKMFのパーツや武装、兵器だった。
 エリア18ことオマーン王国攻略に使用される、多量の物資。その一部がエリア11の治安維持部隊や駐留軍に流れたのだ。役人の横流しではなく、大型貨物船の輸送の効率化の結果だった。

 その補給物資。関東――――つまりトウキョウ租界へ運ばれる物資を、横取りする。
 それが、兄の立てた作戦の「一つ目」だった。

 東京湾・品川港で荷揚げされた物資は租界へ運ばれる。だが荷揚げされて直ぐに、ではない。補給リストと照らし合わせての確認作業がある。その隙を狙ったのだ。
 勿論、普段ならば難しい。だが、近く迫った大規模演習を見越して、港には普段以上の補給物資が届けられていた。
 通常より多量の補給に、臨時の補給がブッキングしたのだから現場は堪らない。その混乱を突いたのだ。

 まず、そのブリタニア人の容姿を利用した。

 ブリタニア系クウォーターの同僚・永田号と共に港に行く。格好さえ誤魔化せれば、港に若い男女がいても何ら不思議ではない。事実、観光が可能な場所では注目すらもされなかった。

 次に、兄が手に入れてきた証書を利用した。

 エリア11政庁内で、抵抗勢力に物資を横流しする人間がいる。その相手から、交渉の末に輸送の責任者の偽装証明書を手に入れてきたのだ。これを現場管理者に見せ、何食わぬ顔で永田号が運転席に座った。

 誤算だったのは、運悪く「本物の」運転手とは遭遇してしまった事だ。アレさえなければ、何も問題が無かった。

 不審者として人を呼ばれるよりも早く、咄嗟にカレンが口を塞ぎ、気を失わせた。
 だが、誤魔化す間に永田号が負傷してしまっていた。刃物で刺された腹部の傷は大きく、急いで治療をしなければ命に関わっていた程だ。しかし、人を呼ぶ訳にもいかない。

 選択として、永田号は負傷したまま運転席に座り、カレンは荷台の中に身を潜めた。運転席に座っていれば、傷自体は見えないから誤魔化せる。一刻も早い治療を受ける為にも、車で移動するのが最も効率が良かった。

 そして永田号は、苦痛を演技で隠し、シンジュクまでは車を運んだ。
 しかし――――JCT前でついに限界を迎え、輸送車ごとゲットーに落下したのだ。




 カレンは、KMFに乗ったまま、大きく息を吐く。

 (……急がないと)

 急げば、まだ永田号の命は、救えるかもしれない。

 このサザーランドはカレンが自力で手に入れた物だ。

 方法は難しくない。港に行く際に来ていた衣裳で、ゲットー内で憔悴した顔で歩いていれば、嫌でも軍人の目に留まる。カレンの顔立ちはブリタニア人だ。そして、人並み以上に容姿が整っている自信が有る。

 呼び止められたら、助けを求める“ふり”をする。爵位をもつ貴族の家系だと言っても良い。嘘ではないのだ。そのまま、怯える演技でNMFに保護を求める。

 『外に出たまま運ばれると怖いんです……』。

 そんな風に、外向けの猫を被って伝えれば、普通の兵ならばパイロットブロックに入れてくれる。居住性能は最悪で、狭い。だが、男の兵士にしていれば、さぞかし魅力的なお願いだっただろう。
 カレンは容姿だけでなく、スタイルも非常に良い。中に入ったら、後は簡単だ。背中におぶさる様に相手に密着する。
 緊張で固くなった相手の首に、静かに手を回す。
 あとは、一発だ。



 相手は真実を悟る事無く、あっさりと頸椎を破壊されて息絶えた。



 まず軍の回線を切る。次に、状況が掴めていない同僚機を不意打ちで倒す。殺した兵士から装備を剥ぎ取り、死体は適当な場所に捨てて置く。それで万事解決だ。

 これでも、ナイトメアフレームの操縦には自信がある。
 相手は機体同士の連携が取れていなかった。大方、権力者の子飼いで反目し合っていたのだろう。不幸中の幸いと言う奴かもしれない。

 (このまま、永田さんと荷物を拾って、撤退……!)

 全ての荷物は、とても運びきれない。
 だが片腕に永田、もう片腕に一コンテナ位ならば大丈夫だ。

 『勿体ないと思うな、カレン。命を最優先にしよう』

 事故の直後、兄はそう連絡をくれた。
 カレンの命を最優先。救えるならば永田の命も。救えないならば、持てる範囲を持って離脱。

 それが、伝えられた指示だった。
 それは奇しくも、「二つ目」の作戦が始まったばかりの時だった。




 『よし、其処のお前』

 ふと、外部からの音声を拾う。
 ナイトメアフレームの音響は機械を通している。だが、内部スピーカーの位置が工夫されており、デヴァイサーは生身で外に立っている時と、ほぼ同じ感覚で音を拾う事が出来る。
 同様に自分から外部に音を発する事も出来る。声や会話が筒抜けになるので、滅多に使われないが。

 (……不味)

 サザーランドを手に入れるまで、五分強。
 その僅かな時間の間に、ブリタニア駐留軍が、事故現場に到達してしまったらしい。
 建物の陰で音を消し、隙間から覗くように、ファクトスフィアで様子を伺う。
 居たのは、歩兵だ。

 (……いや、普通の兵士か)

 すでに、連続した爆発音が響いている。KMFを中心とした部隊は、きっとゲットー内部だ。

 シンジュクゲットーは旧新宿駅から外側に、北西側に向かって広がっている。旧朝霞駐屯地まで続く廃墟が、シンジュク、そしてサイタマゲットーを構成しているのだ。
 日本が名前を奪われて以降、手入れも殆どされておらず、ブリタニア軍が我が物顔で進軍している事も多い。その割に、詳しい内情を知ろうともしらないから、兄の作戦も効果的なのだけれど。

 (……とにかく、少し様子を)

 伺った方がいいのか、と考えた時だ。




 『軍機に触れた罰だ。その民間人を射殺しろ。そうすれば見逃してやる』



 そんな声を聞いた。
 息がとまった。

 ――え?
 ―― 一体、何を言っている?

 言葉を理解したカレンは、慌てて、ファクトスフィアで拡大し、探る。
 先程は遠目で見えなかった。だが今は分かる。確かに、その目に捉えていた。

 目の前の光景が、信じられなかった。

 「な、リヴァル……!?」

 間違いない。見慣れたアッシュフォードの制服に身を包む、青みが懸かった髪を持つ三枚目。普段の陽気さは消えているが、間違いなく――リヴァル・カルデモンドだ。

 なんで、あの普通の男子生徒が、この場所に居る?

 特別に親しい関係ではない。だが、生徒会としての知人である。
 まさか、事故に運悪く巻き込まれたのか。偶然に関係してしまったというのか。

 (……なんで、こんな時に!)

 ぎり、と歯を噛みしめるカレンの前で、事態は進む。

 『しかし、……彼は、民間人で』

 命令を下された、名誉ブリタニア人らしき兵士が躊躇する。当たり前だ。
 関係のない民間人に、何の感慨も抱かずに銃を向けて殺す事が出来る人間は、普通はいない。

 『命令だ。何、不運にもゲットー内部のイレブンに殺害されたとすれば、どうとでもなる』

 奴らを粛清する理由にもなるだろう。
 嗤いながら告げられたその言動に、拳が震えた。

 『…………』

 『やれ、枢木一等兵』

 上官らしきブリタニア軍人から呼ばれた兵士の名に、何かが脳裏を過るが直ぐに消え去ってしまう。
 そんな昔の総理大臣の名前を思い出すよりも、目の前にどう対処するかのほうが、遥かに大切だった。
 高圧的な物言い。名誉ブリタニア人を、道具としてしか思っていない。周囲の兵士も同様だ。

 『……出来ません』

 『そうか』

 男性士官は、自然な流れで銃を抜き、自然な流れで彼を撃った。

 『!』

 いとも簡単に。
 虫を踏みつける様な動きで。
 摂理であるかのように、拒否した名誉ブリタニア兵士を、撃っていた。

 (…………)

 固まった思考と理性が戻ったのは、遠く響いた銃声が、消え去った後だ。

 ――こいつ、ら。
 ――こいつら、は。

 カレンの頭が、沸騰した。
 目の前で起きた、その光景に。

 煮える頭で悟った。

 輸送機の中には、関係者以外には見られたくない物があった。

 見た一般人は、口封じをされる。

 そして、ブリタニアの人間は……やはり、腐っている、と。

 『小寺一等兵。選べ。その民間人を殺すか、お前が――』

 その言葉を聞くよりも早く。




 「ふざけるなあああああああああああああっ!!」




 サザーランドは、フルスロットルで飛び出していた。

 自分の姿が発見されるとか、不利になるとか、そんな事実の一切が頭から消え去っていた。
 気が付いた時には、腰から一瞬でアサルトライフルを抜き、引き金を絞っていた。




     ◇




 「……銃声、か?」

 響いた音を、ルルーシュは聞き付けた。















 登場人物紹介 その⑦

 リヴァル・カルデモンド


 アッシュフォード学園に通う高校二年生。明るく陽気な三枚目。

 非常に人付き合いの良い男子で、人脈が広い。そのコミュニケーション能力を買われ生徒会に。ニーナ・アインシュタインが普通に口を利ける数少ない男子である。
 気が付いたら自分の周りが女子ばかりだが、別に誰とも進展はしない。憧れのミレイ・アッシュフォードを初め、彼が生徒会女子にフラグを立てる事は相当難しい。頑張れ、リヴァル。

 エリア11で貿易業を営む裕福な商家の出身だが、父親との折り合いが悪く、実家を飛び出して学校の寮で生活中。その為、名門高校の生徒にしては珍しく、生活費は自分でアルバイトをして稼いでいる。

 アルバイトの帰り道、不運にもシンジュク事変に巻き込まれることとなってしまったが……別に、此処からリヴァルを主人公とした物語が始まる訳ではない。






 用語解説 その⑤


 純血派

 ジェレミア・ゴッドバルド率いるブリタニア軍派閥の名称。
 ブリタニア軍は、部隊から名誉ブリタニア人兵士を排除して構成するべき、という考えを持つ。

 『そもそも名誉ブリタニア人の力を借りずとも軍備は十分である』

 『従属的な名誉ブリタニア人は、一種の人的資源である。徴兵に反対はしないが、捨て駒以外の有効な利用方法も考えるべきだ』

 という、非常に真面目なジェレミアの思考回路が原因で、かなり真っ当な軍派閥になった。恐らく無辜の民には優しい、ルルーシュの影響もある。

 勿論、派閥内部のナンバーズへの差別意識は個人によってはかなり大きい。だが、人種差別をこの世から亡くすのは不可能なので、その辺はしぶしぶ許容しているそうだ。










 シンジュク事変は次回で終了です。ルルーシュの再会フラグも立ちました。

 優秀な人間の下ならば、超有能なのがジェレミア。残念ながら、クロヴィスは使いこなせてはいなかったのだと思います。だって無印第一話のジェレミアとR2最終話のジェレミアは、違い過ぎるもん。

 あ、それと小寺正志(スザクのバディ)は、小説版に少しだけ登場してますよ。シンジュクでスザクとペアを組んで、奪われたC.C.を探索していました。

 ではまた次回。

 (4月27日・投稿)


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.889039993286