電源を失った原子炉、火災や爆発、海水を消防車でくみ上げて放水…。いま、まさに福島で起こっている事態を予言したかのような原発事故を3年前に小説で描いていたのが、『ハゲタカ』で知られる作家の真山仁氏(48)だ。菅政権の「犯罪的な」判断ミスが事故を悪化させたと批判する真山氏が、今後想定される「食糧危機」への備えや、新たなエネルギーとしての地熱発電の可能性について語った。
2008年初版の真山氏の小説『ベイジン』は、日本人エンジニアの指導によって中国に建設された原発が完全に停電する「ステーション・ブラックアウト」(全交流電源喪失)がモチーフになっている。
――小説を現実が再現するような展開となった
「当時、ステーション・ブラックアウトを小説に使いたいと言うと、何人もの原発関係者に『ありえないものを小説にするのはやめなさい』と言われました。地震による緊急停止は想定内でも、自家発電の電源まで失われる事態は想定していなかったのでしょう。今回、震災当日の夜に原発が停電になったと報じられた時点で『これは大変なことになるな』と思いました」
――その後の事故対応で問題なのは?
「いまだに東京電力が前面に出て対応している点です。電力会社だけで止められなくなった瞬間に国が動くべきだった。すぐ水を入れればよかったのに、一刻一秒を争う処理を誤ったから、まだ止まらない。処理を東電に預けた菅政権の判断は犯罪的なぐらいにまずかった」
――判断を誤った理由は
「役人の知恵を生かせないという民主党政権の弱点が最悪の形で出ました。経済産業省にはIAEA(国際原子力機関)に出向しているプロもいるし、原子力委員会にはIAEAで原子力部長を務めた委員もいる。(核燃料再処理施設のある)青森県六ケ所村にもIAEAの人間はたくさんいます。彼ら原発のプロになぜ任せなかったのか」
――菅直人首相は指導力をアピールしたがっているが
「何もできない人ほど何でも自分で決めたがるものです。大きなトラブルのとき、決裁権は現場に下ろすのがルールなのに、菅政権は自分が決めたいけど決められないのでたくさんブレーンを入れるだけ。対策本部ぐらい福島県庁に作るべきです。大臣もちょっと現地を見に行く程度で東京から離れない。政権が『俺たちは命がけだ』という姿勢を見せるべきだ」
■「まずは古い原発を止めろ」
――事故を収束させるにはどうすればいいか
「日本政府の手から離して米軍や国連など国際チームに任せるしかないのではないか。世界の原発関係者には『1つの原発が止まると世界の原発が止まる』という認識があり、フランスや米国にとっても他人事ではない。世界中の専門家によるチームを作るべきだ」
――日本の原発は信頼を取り戻せるのか
「震災の復興より時間がかかるかもしれない。まず何が何でも安全に止めること。そして津波に関する提言を無視したことを含めて何がダメだったのか徹底的に検証する。そのうえで、今回の事故が異例中の異例だったと説明できないと、他の原発も止まってしまう」
――今後のエネルギー政策については
「停電でこれだけ騒ぎになっているので、原発をゼロにすることはできないと思うが、無理させないことが重要。危ないのは新しい原発ではなく古い原発。まず古い原発を止めるのが大事です」
――ベイジンより前の小説『マグマ』では地熱発電の可能性について描いている
「小説を書いた当時は、地熱発電に適した立地が温泉や国立公園に多いことが問題でしたが、もうそんな時代じゃない。地熱の一番の魅力は太陽や風と違って24時間稼働できること。日本は火山大国なので、国中の電力をまかなえるほどの潜在的なエネルギー源があるといわれています。現在、地熱発電の比率は0・2%ですが、10年以上のスパンで10〜20%にすることを考えてもいい」
――一方で、原発ばかりに話題が集中していることを危惧しているとか
「たとえば農業の問題です。今年のコメはどうするのか。東北が被災して減った収穫量をカバーするには、西日本の休耕田をおこすなど手を打つべきです。農業を一気に振興させないと、日本だけが食糧危機になってしまう。水についても飲料水メーカーが増産態勢というが、渇水などの対策はどうするのか。政権は今年どうやって生きていくかを真剣に考えているようにみえません」
■真山仁(まやま・じん) 作家。1962年7月生まれ。大阪府出身。同志社大法学部卒業後、中部読売新聞(現読売新聞中部支社)入社。89年退職。2004年、『ハゲタカ』でデビュー、テレビドラマや映画化されて話題となった。主な著書に地熱発電をテーマにした『マグマ』、ハゲタカシリーズの『レッドゾーン』、中国での原発建設を舞台にした『ベイジン』、短編小説集『プライド』など。