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[27253] 転生者になろう(ルイズに転生)
Name: Desire◆02a79f47 ID:488afe49
Date: 2011/04/18 16:28
俺の名前は肝尾太郎。

特に特徴のない…、いや、あえて言うならば二次元美少女が恋人のにわかオタクだ。無論容姿はブサイクである。

さて諸君。
突然だが、俺はもう死んでいる。
どうも死因は『テクノブレイク』によるものであるらしい。
どんな病気かって?それは知らない方がいいとは思うけどね。まあ、あれだ。若い青少年の過ちってやつだ。頼むから詮索しないでくれ。

まあ、ともかくだ。
死んでしばらくの間は、なぜだか幽体のままあちこちを好き勝手に移動できた。自分の死因を知れたのもそのおかげだったね。

あちこち入ってはいけない場所に入り込んで勝手気ままに行動していたのだが、死から一週間ほど過ぎたころに急に意識がなくなり、視界が真っ白な光で覆われた。
…そして気がついたときには、俺はなんだかわけのわからない妙な空間に倒れこんでいたのだ。

「目が覚めたか」
「…ん?」

なんだか知らんが、目の前に小汚いおっさんが立っていた。
禿頭に黄ばんだタンクトップ、それにストライプのトランクスという格好をしている。素足で、靴や靴下の類は見当たらない。
すね毛がぼうぼうの汚い脚が眼前にあるせいか、その臭いの強烈さなのか、俺は思わず嘔吐しそうになった。
とりあえず立ち上がる。久しぶりに他人に出会った気がするな。それがおっさんだと悲しくなるが。

…あれ?よく見るとこのおっさん、なんか禿頭の後ろから後光が差してやがるぞ。まさか…。

「まさか…あなたは、噂に聞くKAMISAMAですか?」
「ほほう、このわしの正体を見抜くとは。お主、なかなかあのサイトに染まっておるのう」
「そりゃあ、テンプレですから」
「テンプレは偉大じゃな。陳腐とも言うが」

テンプレ。便利な言葉だな、まったく。
そうするとこのおっさんは、俺に何かの漫画やらアニメやらゲームやらの能力をくれて、そんで俺は異世界に放り込まれるのか。
とはいっても、俺はにわかだ。ネット無しじゃ設定がまったくわからない漫画やらアニメ、ゲームしかないぞ。後ろの二つなんて特にわかんねーし。
能力言えって言われても引き出しがねーよ。なんだっけ?無限の牽制だっけ?そんなのがよく目についたような気がするけど、それでいいか。

「うむ。というわけで、お前さんに好きな能力を与え、ゼロの使い魔の世界に放り込んでやろう」
「…え?世界固定なの?」

ゼロの使い魔とかアニメちょっとと二次創作しかしらねーよ。おまけにネットじゃオワコン扱いじゃねえかアレ。
そういや、原作読んでないけどアニメは酷い出来だったな。ああ、原作の絵が可愛かったのは覚えてるよ。
というか、世界選ばせてくれよ。能力なんて適当でいいから。
そう口に出そうとしたのだが、先におっさんに先手を取られてしまった。さすがKAMISAMAだぜ。

「お主らをゼロの使い魔の世界に放り込むのは、単にわしがイザベラたんスキーだからじゃ。あのおでこに擦り付けたいのう。ちなみに、次点はモンモンじゃ」
「…はぁ」

というか、なんで俺がゼロ魔の世界に送り込まれるんだろうな。訳わかんねえ。それより美少女に転生させてくれよ。

「お主だけでないぞ。わしは『テクノブレイク』で死んだ日本人の若者をすべてゼロの使い魔の世界へ放り込んでおる」
「それはまた、どうして?」
「彼らが、きみも含めて…もっとも憐れむべき存在だからじゃ。自家発電中に死ぬなんぞ最低最悪、道でバナナの皮を踏んで転んで臨終並みの死に方じゃからな。わしはそれが死因じゃったが」
「天文学的な確率ですね」

なんだこれ。KAMISAMA、何気に元人間かよ。おまけに日本人っぽいし。
もしや、俺も頑張ればああなれ…いや、別になりたくはねえな。
ん?ちょっと待てよ、俺と同じように死んだ人間をゼロ魔の世界に放り込んでる?ということは、あの世界には…。

「そうじゃ、転生者だらけということになるのう」
「…いい加減、俺の思考読むなよ」
「でもKAMISAMAじゃもん」
「なら仕方ないな」

うーむ。転生者だらけということは、原作ヒロインを巡って壮絶な争奪戦が繰り広げられてそうだなぁ。人格者気取りのオリ主共であふれ返ってそうだ。
そういうの面倒くせえな。とりあえず、可愛ければ原作ヒロインでなくてもいい。上級貴族になれば美少女食いたいホーダイだろうし。

「ふむ。ならば、お主には原作ヒロインの争奪戦に参加しなくて済むような立場で転生させてやろう」
「お、それは助かる」

いい加減思考を読まれるのは諦めた。ま、いいだろう。このおっさんはやけに話がわかるしな。

「よし、そうと決まればさっそくお主を転生させようぞ。能力はこちらで適当につけておいてやろう!」

KAMISAMAがそう叫んだ瞬間、その頭頂部まで広がる額から猛烈な光が放たれた。

「うおっ、まぶしっ」

そんなお決まりの台詞を叫びつつ…、俺の意識はどこかへと吹き飛んでしまうのであった。










一体、どれほどの時間が過ぎたのだろうか。誰かが自分を呼んでいる気がして、まどろみかけていた俺の意識は覚醒した。

「…ああ!ルイズ、本当によかったわ!あなた急に意識を失ってしまうから…」

ぎゅう。
なにやらとんでもなく柔らかく、なにやらとんでもなく圧倒的な物体が俺の顔面を圧迫して…、く、苦しい!なんだこれは!

「…ち、ちい姉さま!苦しいです!」
「あ、あら。ご、ごめんなさい!大丈夫だった?」
「は、はい…」

あれ?
ちょっと待てよ。なんで俺は自然に『ちい姉さま』なんて台詞を口に出せたんだ?
というか、目の前にいるこの巨乳の美少女…たしか、カトレアって名前だったよな。
ゼロ魔のヒロイン、ルイズの姉で…後はわかんねえや。

というかこの人、なんかすごい目がギラギラしてるんだが。
体の調子が悪い…というより欲情してないか、これ。なんか息荒いし、よだれ垂らしながらハァハァしちゃってるし。

……いや、待て。考えろ。まず根本部分で何かがおかしいだろ。
思わず手をぢっと見つめる。自分のものとは思えないほどに小さく、そして愛らしい手だった。指なんか華奢で、短くて…。
って、おい。
これ自分の視界だよな。
ということは、今俺が見ているこの手は…。カトレアが『ルイズ』と呼んだ相手は俺じゃないか。

つまりこれは、ルイズの手?

『原作ヒロインの争奪戦に参加しなくて済むような立場』というのは、争奪される側になるということなのか?

なんだよ、それ。TSとか今日日はやんねーんだよ…。月一回のあれとか無理だろ…。どうすんだよ…。

もう訳がわからなくなった俺は、思わずその場で身を丸くした。
冗談じゃない。なんでよりによってルイズなんだ。一番ろくでもない目に遭わされそうな人間って…。
転生者が多数いるってことは、アニメを見るか見ないかで、アンチ系の二次創作を読んでアンチルイズになったような人間も紛れ込んでいる可能性が高い。
そういう奴らが、KAMISAMAから与えられた能力で俺を抹殺しに来ないとは限らない。
いや、殺されるだけならまだマシだろう。相手は十中八九男だろうから、最悪慰み者に…うぇええ…。ふざけんな、どんな罰ゲームだよ。

「ルイズ、どうしたの?大丈夫?どこか痛いの?」

…この女、俺が真剣に悩んでいるのに、後ろから抱きつくってどういう了見だよ。幸せ製造機が思い切りヒットしてるよ。つーか、こっちの胸揉むなよ。
カトレアって原作でも百合趣味だったっけ…?二次創作ではオリ主の慰み者にされる役割しか知らないしなぁ…。
まぁ、こんだけ可愛くて胸もおっきいんだから、オリ主の嫁にしたい人間もいるだろう。
下手をすると、この人物そのものが転生者である可能性も高いが…。
だって普通、まだ幼女の、それも妹の胸揉んだり耳噛んだりしないだろ。してたらどっか逝かれてるって。

「大丈夫、ちい姉さま。でも…その、あまりくっつかないで」
「あ、ああ。これは悪かったわ。ごめんなさいね」

恐らくは憑依前のルイズが持っていたらしい記憶から、彼女の言葉遣いを引き出してみる。
そして、その記憶には姉から受けた数々のセクハラも含まれていた。俺はそっとその引き出しを閉じた。
まだ裸にひん剥いたりはしていないようだが、正直この中の人はかなりガチなようだ。やべえ、なにかされる前に抹殺するか…。

「ルイズ。わたしの可愛いルイズ。さあ、一緒にお昼寝をしましょう?まだ、体調が優れないようだから…」
「あ!」

あ、くそっ!この女、彼我の体格差をいいことにこっちを強引に引きずりやがる!向かうはキッチンではなくベッドかよ…。

もう、どうすりゃいいんだ。

結局、その日はなにもされることがなく、なんとか無事に過ごすことができたが…。

これから訪れるであろう、波乱の日々を想い…、俺はこっそりとすすり泣くことしかできなかった。



[27253] その1 思想家になろう
Name: Desire◆02a79f47 ID:488afe49
Date: 2011/04/18 16:29
肝尾太郎…もとい、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。無駄に長ったらしいそれがわたくしめの名前でございます。

おっさんことKAMISAMAによってゼロの使い魔の世界に放り込まれてから、実に一ヶ月が経過しました。わたしは元気です。
いや、最初は本当にびくびくと怯えながら生活していたんだが…。
これが意外と平穏なんだよな。被害といえば、カトレアに毎晩セクハラをされるくらいだ。

カトレアはどうもほぼ転生者で確定のようだ。
なにせ、あいつの部屋の机の引き出しにゼロ魔の展開が書かれたメモがしまわれていたからな。思いっきり日本語で。
あいつはルイズに俺が憑依しているとは知らず、きっとメモを読まれても、わけのわからない紙切れにしか見えないと考えたのだろう。
甘いな。
ま、その甘さのおかげで、俺もある程度ゼロ魔の原作について知ることができたからな…。あくまでも概要程度だが…。

そういえば。今のところ、ラ・ヴァリエール家の面々で憑依・転生者なのは、俺とカトレアだけのようだった。
長姉エレオノールも両親も、まったく怪しい箇所は見つからなかったからだ。
もっとも、その判断が本当に正しいのかはわからない。俺の目なんて節穴みたいなもんだし。

…に、してもなぁ。
カトレアのもったいなさが異常すぎる。
中身が俺と同じような人種だと知ってしまった以上、いくらデレまくってくれても素直に喜べないのだ。
一緒に風呂に入っていても、一緒にベッドに入っていても、向こうが体を押し付けたり、いろいろな部分をごにょごにょされても…なんか、気持ち悪い。
今のシスコン状態のまま、男の魂だけ出て行ってくれねえかな…。

とまあ、俺がそんなことばかり考えられていたのも、ひとえに平和な日常を送れているからだった。まったく、平和っていいね。

まあ、現状最大の不安分子はすぐ目の前にいるけど。

「ルイズ、聞いているかい?わたしは常々考えているのだよ、この生まれによる身分制度の弊害というものを。血統だけで階級を決定してしまうのは、社会の発展にとって大きな障害となる」

うん。なんかね、もうね。俺の眼前で椅子に腰掛けている人、このトリステインのアンリエッタ王女です。
長い髪は頭の後ろでまとめて、なんか男装してビシッと決めちゃってます。小さな子が大人っぽくしたくて背伸びしているのってかわいいね。
カトレアのメモには『王女は頭お花畑 要:更生』って書いてあったけど、このアンリエッタさんも別のベクトルでお花畑っぽいね。
ょぅι゛ょですよ。ええ、アンリエッタ幼女殿下が政治思想を語るんですよ。同じ幼女相手に。
なんだこれ…。

「そもそも、貴族階級を貴族たらしめている魔法は本当に平民には使えないのだろうか?六千年の歴史を考えれば、メイジの遺伝子は平民たちにも行き届いているはずだ。平民の魔法適正に関する調査を行わなければならない」
「はぁ…」
「いいかい?わたしはこの国の現状をとても憂えているんだ。このままでは国が保てない時が来ている。父の治世でトリステインはより一層国力を落としてしまった。ここはわたしが祖国を立て直さなければ」
「立派な御心息ですわ、姫さま」
「ありがとう。…つまり、国の再建のためにはメイジの力が大量に必要だ。だから、平民の中でメイジの素養があるものを集め、教育を施し、彼らを一代限りの下級貴族として登用するなどの策が急務として求められる」

このアンリエッタ、そのうちギロチンでも作って政敵を大量に粛清しまくりそうだな。
最後には「徳なき恐怖は忌まわしく、恐怖なき徳は無力である」とか言いだしそうだ。どっかの童貞革命家みたいに。
まぁ、あの人は最後ギロチンで処刑されたがな。ああ、そういや、『テロ』の語源はフランス語だったか…。

「ルイズ。きみは才能ある者として、いや親友として、わたしがこの国を立て直す事業に側近として協力してもらいたい。これは困難を伴う道だから、信頼できる友人の力が必要なんだ」

んなもんキリッとした表情で言われても困るっつうの。手握るのやめろよ。あんたは一体なんなんだ。

「ええと…、ええ。はい。成人したらご協力させていただきますわ」
「成人?なにを言っているんだ。亡国への道は刻一刻と近づいてきている!本当ならば今すぐにでもわたしが女王と即位しなければならない…!だというのに、王宮の奴らは…!」

幼女が王様になっても、宰相とかそこらへんの人に権力を握られるだけな気がします。
この人は熱くなりすぎていて、まったく周りが見えてないなぁ…。
というか、中身が俺と同じ人種であるようには見えない。キモヲタだけがこの世界へ送られたわけでもなさそうだ。
そうなると余計にややこしいなぁ。このアンリエッタさんは、原作のことなんてまるで知らなさそうだし。

「姫さま。今は耐え忍ぶときですわ。東方の古事に『臥薪嘗胆』という言葉があります。今はまさにそのときなのです」
「…ぐ。だが、それでは」
「焦ってはいけませんわ。『ロマリアは一日にして成らず』、かの大王ジュリオ・チェザーレが遺したというお言葉です」

嘘だけどな。

「うむむ…」
「今は準備期間とお考えください。さ、お茶が冷めてしまいますわ。はやくお飲みになられてください」

今度はこちらから逆にアンリエッタの手を握り、超ランク美幼女であるルイズの威力をいかんなく発揮する美少女スマイルを浮かべる。

「…!」

ん。なんだか知らんが黙って俯いてくれた。しかし顔どころか耳までまっかっかなのはどうしてかね。さっさと紅茶飲んでくれないとこっちがお代わりできないんだけど。

「ルイズ…、やっぱり、きみはわたしの一番の親友だ。きみには良き理解者でもあってほしいものだよ…」

とかなんとか言って、アンリエッタはこちらへ擦り寄ってきた。
精神は知らないが、体からは良い匂いがしてくる。カトレアみたいに性欲丸出しではないから、まだ大丈夫だった。





「さ、みんなで一緒にねんねしましょうね♪」

夜になると、案の定カトレアが、俺やらアンリエッタやらを無理やり引きずって自分のベッドに連れ込んだ。

現在アンリエッタはラ・ヴァリエール公爵邸に宿泊中である。

本来ならば王女専用の客間があるのだが、それが使われたのは一度きりだ。
カトレアは、俺たちを両脇に挟み込むようにしてがっちりとホールドしている。そのせいで、二人とも顔が豊かな双球に思い切りめり込んでしまうわけだ。
当の本人はといえば、さっそく恍惚とした笑みを浮かべてやがる。重症すぎて手の施しようがないだろこれ…。

「カトレアさん…。その、何度も言っているが、同じベッドで寝るのは妥協しよう。だが、これは…」

中身までもが乙女であるかのような恥じらいを見せながら、アンリエッタはもごもごとカトレアの束縛から逃れようとする。
しかしそこは年齢差が立ちふさがる。あまりにも力の差がありすぎた。
結果的に、より深く双球に顔を埋めることとなってしまったのだ。まさに逆効果だな。

「ぐぅっ…、こんなものに、こんなものに、わたしは負けない…!」

なんか楽しそうだなぁ。じたばたともがく王女殿下の姿はなかなか愛らしい。今は髪を下ろしているせいか、容姿が中性から女性へとシフトしているから尚更思う。

それにしても、カトレアもアンリエッタも俺と同種の存在だとしたら…。
彼女たちもKAMISAMAの能力プレゼントを受けているのだろうか。
俺はなんの能力を貰ったのかまったく知らないし、その使い方も当然ながら藪の中である。能力などないと考えるほうが精神的に良い。
ああ、それにしてもカトレアの胸はふかふかだなぁ。針で突いたら幸せがあふれ出してきそうだぜ。

「どうしたの、ルイズ?あ…もしかして、おっぱい飲みたくなった?うふふ…。いいわよ、ほら。今はまだ出ないけど…」
「それはやめてください!」

ぺろんとなにかとんでもないものが出現しかけたが、俺は咄嗟にカトレアの寝巻きの布を引っ張ることでそれの露出を阻止した。
この女、どこまでも変態である。いや、本人というよりは中に入り込んでいる魂が、救いようがないほどどうしようもない性格をしているのだろう。
これじゃただの痴女だ…もっと謹みをもって欲しい。

「おっぱい…?うぐぅぅぅ…!やめろ、そんな…!」

ああ、もう。アンリエッタさんはなんか頭抱えだしちゃってるし。大丈夫かよこれで。
二次性徴迎えたら一気に淫乱化しそうだな。たぶん改革とか頭から吹っ飛んでるんじゃないか。

「ルイズも早く大きくなるといいわねぇ」

こいつ、わかってて言ってんのだろうか。さりげなく胸に手を置くのはやめろよ。揉んだって大きくなんかなんねーだろ。
揉んだら大きくなる?幻想乙。んなわけねーだろ。
ルイズはどこまでも貧乳でしかないのさ。それが俺の宿命だ。

ま、あんまりおかしな言動も取れないし…。それっぽく答えておくか。

「…ええ、そうですわね。でも、ちい姉さまほどには…」

カリンちゃんにエレオノール、どっちも胸はどちらかと言えば小さい部類だ。カトレアのような爆乳は突然変異で現れたとしか言いようがない。
だと言うのに、なぜかこいつは自身満々で鼻息を荒くしながら詰め寄ってきやがるのだ。

「そんなことないわ!小さい頃から毎日揉んでれば大きくなれるわ!わたしがそうだったもの!」
「も、揉む…?小さい頃から…!?」

お姉さん、あなたどこに出しても恥ずかしい変態ですよ。アンリエッタさん、なんかもじもじしちゃってますね。あれですか。

うーむ。なんというか…。

こんな調子で大丈夫なんだろうか?俺の明日は。



[27253] その2 そうだ、王都へ行こう
Name: Desire◆02a79f47 ID:66dd6182
Date: 2011/04/18 16:29
ルイズは虚無の担い手だ。

虚無の担い手とは、六千年くらい前に存在したブリミルとかいうおっさんの子孫に稀に出てくる“虚無”の魔法を扱えるメイジのことだ。
他のメイジのように四つの系統魔法を扱うことはできず、担い手として覚醒した場合のみ、虚無の魔法とコモン・マジックを使えるようになる。
つまり、覚醒していなければ魔法を一切使うことができない。

俺の場合…、いや、ルイズの覚醒には、王家に伝わる『水のルビー』と『始祖の祈祷書』が必要だ。
だが、もしこのまま原作準拠で進むのならば。それらを手に入れるためには、なんと八年近くもの時を待たねばならない。
そんなもん冗談じゃねえ。
いつ他の能力持ち転生者が俺を殺しにやって来るのかわからない。最悪の場合に備えて、せめて魔法くらいは使えるようにしないと人生即ゲームオーバーだろ。
ったく、なんで道具なんかいるんだか。わざわざそんなことしなくても勝手に目覚めるようにしとけよ。

…と、俺はそんな事を考えました。
そして、ちょうどアンリエッタが王都に戻るらしいから、それに同伴することにした。
無論、ただ同行させろと言っても無理だろう。まずは彼女を説得しないとならないんだな。
そういうわけで、俺はアンリエッタのいる客間を訪れていた。他愛のない世間話の最後に、自分が王都へ行きたい趣旨を告げる。

すると案の定、王女さまは怪訝な顔になった。理由が見当たらないのだろう。

「王都へ…、きみもかい?」
「そうですわ。姫さま」
「でも、一体どうして?」
「…だって、姫さまともっとご一緒したいのですもの。たったの一週間しかお話できないなんて…、口惜しいですわ」

と、ここで、例によってルイズの美貌を活かさせてもらおうか。
俯いて、眉を歪めながら、上目遣いでアンリエッタを見やる。期待…というか、いろいろな感情を込めるように、照明の光がうまく潤んだ瞳を光らせるような位置に立つ。
頬を染めて、わざともじもじとしながら、くいっと王女さまの服の袖を握る。
あくまでも子供の動作になるよう気をつけ、彼女…の中身に訴えかけるよう、無言で見つめる。
すると。

「…う、ううむ。わかった。きみのお父上や侍従には、わたしからお願いしておこう」
「本当ですか!? ありがとうございます、姫さま!」

とまあ表情を一気に明るくして、喜びを体全体で表現する感じで、ばっと王女さまに飛びつく。無邪気な感じでな。
体が密着した状態のおかげで、アンリエッタの心拍数が一気に跳ね上がったのがわかった。よく見えないがきっと顔は真っ赤なのだろう。
やっぱり元男だと恥ずかしいのか?
…でも、俺はそこまで恥ずかしくもないけどな。ルイズの体にもすぐに馴染んだし。

とまあ。そんなわけで、俺は王都へと向かうことになった。

カトレア?
ああ、あいつは眠っている間にベッドに縛り付けておいた。縄をうまく結んで、もがけばもがくほど縛りがきつくなるようにしてな。
ついでに、部屋のドアに『無断入室したら食べちゃいますわ』と張り紙をしておいたから、メイドたちも恐れおののいて決して近寄らないだろう。

うむ、我ながら完璧だ。

そう思ったのだが…。しかし、そう思った通りに事は進んでくれないらしい。

ルイズは幼女だ。大事な末娘を、いくら王女同伴とはいえ、たった一人で王都へ向かわせることはできないと判断したのだろう。
そこで、我が父君はある同伴者をお付けになりました。わたくしめの長姉、エレオノール嬢でございます。

「まったく、ちびルイズ!どうしてこんなわがままを言うようになったのかしら。おかげでわたしまで巻き込んで!」

馬車の中、俺の向かい側の座席に座って、ぷんすかと怒っている金髪の女性がエレオノールだ。
今の歳は二十歳くらいだろうか。
まだまだ若々しい、華の二十代前半である。見た目は一級品だし、家柄も申し分ない。そう感じた何人の貴公子が泣かされたんだろうな。
気性が荒いっつうか、典型的な高飛車というか。男に対して容赦がないんだよな。もうちょっとしおらしくすれば貰い手は山ほどあるだろうに。

「…あなた、今なにか失礼なこと考えなかった?」
「なんのことですかぁ?エレオノールお姉さまぁ?」
「…なんかむかつくわね」

結構勘が鋭いのが、このお姉さまの困ったところだ。
アンリエッタが一緒にいてくれれば地を出さないんだろうけど、生憎彼女は別の馬車。後で適当な理由をつけて向こうに行くかな。

若干の緊張感を孕んだ空気の中。やがて馬車が止まり、俺は一目散にラ・ヴァリエールの馬車から飛び出した。
向かうは王女さまだ。後で始祖の秘宝を得るためにも、ここは思いっきり媚を売らねば。

「姫さま!」
「る、ルイズ?どうしたんだ、そんなに慌てて」
「早く姫さまにお会いしたかったんです!そう考えたら、いてもたってもいられなくて!」

我ながら、どこまでも白々しい台詞だな。こんなのに引っかかる男はいねえだろ。

「う、ううむ。そうか、なら次は同じ馬車に乗らないか?それならば、慌てる必要もないから…」
「わぁ!姫さま、ありがとうございます!」

ここでまたハグ。なんだかわざとらしい気もするが、スキンシップは積極的に取っていこう。主に俺の未来のために。





トリスタニアはこの国の首都だ。小高い丘の上に建てられた白亜の王城の美しさは…まあ、それはどうでもいいか。

王城に着くや否や、俺はエレオノールをほったらかし、さっそくアンリエッタに頼んで始祖の秘宝を見せてもらうことにした。
二人して、地方に出ていて不在の王さまの執務室に侵入。恐らくは机の引き出しかなにかにしまってある、『水のルビー』を探し始める。

「…なかなか見つからないな。他の宝石はあるのだが…、ん?これか!」
「わぁ!」

アンリエッタが机の奥から引っ張りだしてきたのは、青く輝く大粒の宝石だった。他に同系色の宝石は見当たらないので、きっとこれが『水のルビー』なのだろう。

「ルイズ、これでいいのかい?」
「ええ!もちろんですわ、姫さま!」

元気良く返事をすると、アンリエッタが俺の指に『水のルビー』をはめてくる。そして二言三言呟いて魔法を当てると、指輪の大きさがうまく合わさった。
便利な魔法だなぁ。どういうスペルなんだろう。

「よく似合っているよ、ルイ…あっ!?」

と、俺はここでまたハグをする。
するとアンリエッタ、急に姿勢を崩してしまった。思わず、二人して床へと崩れ落ちてしまう。

むにゅ。

ん?なんか、顔の辺りというか、唇にやけに柔らかいものが接しているようだ。これは…。

「あ、姫さまにキスしちゃった…」
「~っ!!!!!」

うん。これにはさすがの俺も恥ずかしくなった。多分、素で顔中真っ赤かになってるだろうな。事実、自分の顔が物凄く熱を持っているのがわかったし。

…ん?

あれ、姫さま気絶しちゃってるよ。なんか鼻から血が垂れちゃってるし。こりゃ、これ以上の移動は無理か。
仕方ない。そう考え、無理やり気絶したアンリエッタを引きずって、彼女を父王の椅子に座らせる。
そして礼を言い、俺は国王の執務室を後にした。

次にやってきたのは、王城の宝物庫だった…のだが、なぜか守衛が皆打ち倒され、扉が半開きになっている。どうなってんだ?これ。
なんだか嫌な予感がしたので、俺は契約したばかりの杖を手にした。
緊張感を孕みつつ、倉庫に一歩足を踏み入れると…、どこからか、耳慣れない男の声が聞こえてくる。

「…始祖の祈祷書、始祖の祈祷書はどこだ…!」

なんだこれ、物凄く怖いんですけど。まさか幽霊…、ではないだろうな。多分泥棒だろう。守衛さんたちがやられてたし。
と、なると…、誰か助けを呼んだほうがいいのだろうか。いや、そんな暇はないし、万が一『始祖の祈祷書』が持ちさらわれたら大変だ。こっちが覚醒できなくなる。

「に、兄さん!あったよ、始祖の祈祷書!これで、兄さんも…!」
「おお、でかしたぞ弟よ!さすがはおれの弟だ!」
「へ、へへ。そんなに褒めないでよ」

…なんだ、これ。なんかちょっと気持ち悪いやり取りだな。声音からすると、どっちもいい年のおっさんだと思うんだが…。
って、そんな場合じゃねえ!『始祖の祈祷書』を持っていかれる訳にはいかないだろ、常識的に考えて!
咄嗟の判断で俺は走りだした。
杖を構え、とりあえず詠唱が短くて済む適当な魔法を唱える。目標はこちらから背中が見える、細身の男だ!
ご丁寧に泥棒が頭につけるような布を巻いてやがる…っつうか、あれ日本人的な発想だよな。あいつも転生者か…?ま、今はそれはおいておこう!

「『ウル・カーノ』!!」
「ぐぼぁあぁっ!?」

よし、信頼の爆発率だ。男を一人吹っ飛ばしたぞ。
だが、『始祖の祈祷書』を手にしているのは、細身の男の方ではではないらしい。もっと奥の、がっちりとした青い髪の…。
あれ?

「しゃ、シャルル!大丈夫か!」
「へ…、へへ、兄さん…。ぼくは、このくらい大丈夫さ…。それよりも、兄さん、早く、祈祷書を…」
「くっ、すまん…!おれがふがいないばかりに…!」
「兄さん、刻が見えるよ…」
「見るな!見てはいかんぞ、シャルルぅぅぅぅぅぅっ!!!」

とかなんとか訳のわからないことを言っているので、俺は無言で二人を再度爆破した。
すぐに、ぼーんという間抜けな爆発音と共に、俺のすぐ足元へ『始祖の祈祷書』が降ってきた。それを拾い上げたとき、宝物庫の扉が何者かによって開かれた。

「ちょ、ちょっと!?なにが起きているの…って、ルイズ!あなたこんなところでなにをしているのっ!?」
「ね、姉さまぁぁぁぁっ!」

そこへ飛び込んできたのはエレオノールだった。俺、咄嗟に彼女に飛びつく。目に涙を浮かべ、自分の主張を口早に伝える。

「あ、あそこにいる男の人たちに無理やり連れてこられたの。こ、怖くて…、とっても怖くて…、うぅ…ひっく、ぐす…」
「る、ルイズ…」
「う…、ぐす…」
「…そう、怖かったのね。でも大丈夫よ。わたしがついているから。あの人たちには、きっちり地獄を見せてあげるから」

 そう俺の頭を撫でつつ、エレオノールは全身から猛烈な殺気を放ち始める。
 殺気の対象でない俺でさえ、そのあまりの禍々しさに、思わずちびってしまう。…やべえ、お漏らしとかどうすんだよ、これ…。

「ま、待て!おれたちはその幼女にはなにもしていない!」
「そ、そうだ!だいたい、ぼくたちにはその子と同じくらいの娘が―――」
「娘…?あなたたち、自分の娘と同じような年頃の子に手を出そうとしたの!?信じられないっ!!」

あれ…、なんか収拾つかなくなってね?

俺がそう思ったときには…、哀れ泥棒二人組みは、エレオノールの出したゴーレムに顔面を思い切り殴られていたのであった。



[27253] その3 脱走をしよう
Name: Desire◆02a79f47 ID:059c8cef
Date: 2011/04/18 23:30
ルイズが“虚無”に目覚めるために必要なアイテム、『水のルビー』と『始祖の祈祷書』。
そのどちらも手に入れることができた俺は、さっそく自分の客間に戻って祈祷書を開いてみることにした。

…え?
さっきの泥棒はどうしたって?
あいつらなら、城の衛兵さんたちに連行されて行ったよ。二人して項垂れていたから、捕まったのが結構ショックだったのかね。

まあ、それはいい。今は祈祷書のことに集中しよう。

『始祖の祈祷書』は、厚く重い古文書だ。『固定化』がかけられているにも関わらず、ところどころ古びてぼろぼろになってしまっている。
そりゃそうだ。六千年も前のものだからな。時間が経つと、強力な『固定化』でも段々と効力が薄れてしまうらしいし。
とりあえず表紙をめくる。外側に比べて劣化が少ないらしく、中のページは比較的綺麗なままだった。

…あれ?
ちょっと待てよ。これがあれば俺は“虚無”に覚醒できるはずだろ?なんで真っ白なんだ?
脳内で疑問がぐるぐると渦巻き続ける中、俺はぱらぱらとページをめくり続けた。
そして、それを何百回と続けた頃だろうか。とうとう、文字が書かれたページが出現したのだ!

そして、そこに記されていた文字は…。

『ズルしてんじゃねーよ、バーカ。お前はしばらくゼロのルイズやってろ。 byブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ』

…。

…。

あまりにも認めたくないという一心で、一瞬意識が飛んだらしい。

おい、なんだこれ。ふざけてんのか。
まさかブリミルまで転生者ってどういうことだよ。KAMISAMA、あんた何しやがったんだ。
混乱のきわみの中、俺はひたすら禿頭への罵倒を脳内で並べ立てる。しかし奴はこの場にはいない。なんだか虚しくなるだけだった。

…と、よく見ると、まだ下に文字があった。もう目を向けることすらしたくなかったが、俺はそれでもなんとか視線をそこへ向ける。

『追伸 ノルンたんマジ萌えだわ。お前らこの子見たら卒倒するよ。具合もいいし』

果てしなくどうでもいい、つーかお前犯罪者じゃねえのという、始祖の時代、古からのメッセージを垣間見た俺は…。

もう何もかもが馬鹿馬鹿しくなって、考えることさえしたくなくなって、そのままベッドに身を投げた。

…悔しくなんか、ないんだもん。





城の衛兵に捕まってしまった、おれたち兄弟が放り込まれたのは、巨大な城砦の地下にある薄暗い牢屋だった。

こちらの髪の色にびびったのだろう、尋問を行うはずの貴族は逆に震え上がっていた。なに、それが当たり前の反応だがな。

結局、こちらが黙秘を続けたために、おれたちの扱いはトリステイン王が戻るのを待って決められるそうだ。
恐らくはもう、外交ルートを通じておれたちの正体の真偽の確認が行われているはずだ。
だが…リュティスの、おれの息がかかった官僚は、なるべく回答を引き延ばすだろう。その間におれたちは脱出を図る。事前に用意した策だ。

このハルケギニアにはカメラなんぞありはしない。
まさか王族が他国の王城に自ら不法侵入するなどとは考えるわけもなく、すべてが有耶無耶で終わるだろう。

いや、しかし。

おれとしたことが、あれは完全に誤算だった。まさかあんな場面で幼女…いや、ルイズ・フランソワーズがやって来てしまうとはな。
うむ。なかなかに可愛らしいお嬢さんだった。もう少し育ったら後妻に貰いたいくらいだ。
もっとも、姉に自分が叱責されたくないがために、おれたちへ罪をなすりつけたのは納得いかないが…。
まあ、臨機応変に対応ができる少女なのだと、好意的に受け取っておこう。

そうしてしばらく顎に手を当てて考えに没頭していると、向かい側に腰を下ろしていたシャルルが声をかけてくる。

「兄さん…、困ったね。よりによって幼女に見つかってしまうなんて」
「まったくだな。おまけにおれが“虚無”に覚醒できなくなってしまった」
「『始祖の香炉』があの転生者に奪われさえしなければ、兄さんはとっくにハルケギニア最強の魔法使いとして覚醒していたのに」
「…いや、過ぎたことは仕方あるまい。今はさっさとこの場から脱出することとしよう」
「そうだね」

互いに頷きあう。すぐにシャルルは立ち上がり、己の左腕を肩と平行の位置まで上げる。そして魔法のスペルを詠唱した。

「『ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース』」

魔法の名は『ジャベリン』。氷の槍を投擲する水の魔法だ。
杖は持っていないが、シャルルは生身で魔法を使える。己の四肢に特殊な金属を埋め込み、それら全てを杖としているからだ。
普段は怪しまれぬように通常の杖を持っているが、それは本来必要がない。まったく、我が弟ながら恐ろしい男だ。全系統スクウェアは伊達ではないな。

「さ、兄さん。とりあえずトリスタニアを出よう」
「うむ」

シャルルの『ジャベリン』は、鋼鉄製の扉をなんの抵抗も許さずに破壊してしまった。
氷の槍が空けた大きな穴を潜りながら、おれたちは地上への階段を上がる。
そしてようやく地上へ上がると、シャルルは『スリープ・クラウド』を詠唱。見張りの兵士を眠らせ、おれたちはごく簡単に脱獄を果たしたのだ。

「見ろ、シャルル。今宵は良い月だ。まるでおれたちの脱出を祝福してくれているようではないか」
「本当だね、兄さん」

…ふっ。完璧だ。ここまでの周到な計画はなかなか思いつかないだろう。トリステインの貴族たちはもっと意識改革が必要だな。

さて、リュティスへ戻ったらイザベラと、

―――からんからん。

うん?なんだ、これは。

糸?

どうしてこんなものが…。
疑問に感じながら、足でくいと引っ張る。すると、シャルルが焦りを含んだ声でおれに向かって叫んだ。

「に、兄さん!それ…!」

そんな弟の言葉を聞き届けるのと、牢屋からのおれたちの脱走を察知した魔法衛士隊が飛び出してくるのは、ほぼ同時の出来事だった。





…なんだか外が騒がしくなってきたな。でも、別にどうでもいいや。

月明かりの下。

ふかふかのベッドで横になったまま、俺は手近な枕を抱きこんだ。それをブリミルの野郎だと思って強くホールドする。ぎりぎりと首を絞めるように力を込める。
くそっ、なんてこった。六千年前の人間から名指しで馬鹿にされるって、聞いたことねえぞ…。

“虚無”無しでどうしろっつうんだ。

“ゼロ”のルイズと馬鹿にされるだけならまだ良いんだよ。問題なのは、命を狙われるかもしれないってことなんだよ…。
失敗魔法だけで能力持ちに対抗できるとは思わない。だから、そのために力を手に入れようと思ったのに!
段々腹が立ってきた。あの野郎、絶対に許さ…って、もう死んでるんだよな。おまけに今の俺の直系の先祖じゃねえか…。

ベッドの上で足をばたつかせながら、俺は己の憤慨の心を大いに表していた。
すると突然、部屋のドアが何物かによってノックされたのだ。

「ルイズ?もう寝たのかしら?」

やって来たのはエレオノールであるようだった。…てっきりアンリエッタだと思ったんだがな。

「いえ、起きていますわ。姉さま。どうぞ、お入りになられてください」

返事をすると共に、かちゃりと音を立てて部屋のドアが開けられる。姿を見せたエレオノールは、寝巻きにストールを羽織っていた。
月明かりで金色の髪が赤くなったり青くなったりして、少し不思議な光景だった。

「エレオノール姉さま、どうされたのですか?」
「…ん。なんていうか…。ほら。あなた、昼間怪しい男たちに誘拐されそうになったじゃない。本当になにもされていないのよね?」
「え、ええ。大丈夫ですわ…」

…やべえ。
そういえば、祈祷書を開きたいがばっかりに、あの後エレオノールを置いてけぼりにしてたんだった。
おまけに、その後に“あれ”だったから、夕食もとりに行ってないし…。一応使用人の人が来てくれたんだけどな。断っちまった。

「本当に?顔色悪いわよ?」
「姉さま…」

エレオノールがこちらへとやってきて、俺の額に手を当てた。そして「熱はないわね…」と呟き、自らもベッドへ腰掛ける。
なんだろ、これ。
ルイズの記憶の中にあるエレオノールは、なんだか喧しくて恐ろしい姉でしかなかったんだが。
まさか、この姉まで誰かに憑依されたんじゃ…。

「どうしたのよ」
「…い、いえ。なんでもないです」
「ちびルイズ。素直に言わないと頬を引っ張るわよ」
「うう…」

あれ、すごく痛いんだよなぁ…。つままれてる時はもちろん、後からひりひり痛みが来るのが辛すぎる。
仕方ない、正直に言うか。

「…ええと、その。姉さまがなんだか優しくて…、それで、不思議だなって」
「ふ、不思議って…。あんな目に遭ったのよ?姉として、妹を心配するのは当たり前じゃない。…それは、いつもよりは甘いかもしれないけど」

そんなことを言いつつ、エレオノールは拗ねたように唇を尖らせた。
どこか困ったような表情になっているのは、先ほどの台詞を口にしたことが恥ずかしいからなのだろうか。…ちょっと可愛いな。二十歳だけど。

「…ルイズ?またなにかよからぬことを考えなかった」
「ひどいですわ、姉さま…。こんなときに、そんなことを言うなんて…」

ぐすん。わざとらしく目に涙を溜めて、上目遣いでじっとエレオノールを見やる。

「あ、あなたねえ。そんな顔したって…」
「姉さまは、わたしのことが嫌いなんですか?」
「…っ」

さらに詰め寄ってみる。すると、エレオノールは俺の視線から逃れるように、ぷいと顔を逸らした。
そしてか細い声で…、聞こえるか聞こえないかの音量で、彼女は搾り出すように言う。

「…き、嫌いなわけないじゃない…」
「本当?姉さま。わたしのこと、好きなの?」
「す、好きっていうかねえ…」
「…やっぱり、嫌いなんだ」
「ち、違うわよ!なんで口に出させようとするのよ、もう!…え、ええ、そうよ。わたしは妹のあなたが大好きだわ!さっきだって心配でしょうがなかったもの!」

耳まで真っ赤にしながらエレオノールは叫んだ。もうほとんどヤケクソみたいな勢いだ。
そして、その言葉を受けた俺は…、例によって姉に飛びついた。

「本当!?わたしも姉さまが大好きっ!」
「な、ななな…」

ふむ。
やっぱり、この人はいじると面白いな。なんかもう体がぷるぷる震えだしちゃってるし。顔なんか血が上りすぎて大変なことになっとる。

…ふわぁ。
一通りからかったら眠くなってきたな…。もう寝るか。さっきまで聞こえていた騒動も収まったようだし…。
そう思うと、急にまぶたが重くなってくる。精神はともかく、今の体は幼女のものだ。体のリズムなんかも体の年齢に合わせたものに…。

「あ、こら…。もう。寝ちゃったの。しかたないわね…」

エレオノールの体温を感じながら、俺の意識はゆっくりと暗闇の底へ沈んでいった。



[27253] その4 裏通りを往こう
Name: Desire◆02a79f47 ID:425e4a82
Date: 2011/04/20 19:44
時刻は早朝。

どうにも寝苦しいと感じ、目が覚めると…。隣で俺を抱き込むようにしてエレオノールがすやすやと寝入っていた。
…どうも、昨夜俺が寝てしまったためか一緒についていてくれたようだ。なんだか悪いことをしたな。無駄に心配させてしまってさ。
もっとも、あの場を切り抜けるにはああ言うしかなかったが。

そのとき、ふと、ベット脇の棚に置かれた『始祖の祈祷書』が目に入る。
ブリミルが…、六千年前の転生者が残した遺物。そして、俺が採るであろう行動をあらかじめ予想し、それに基づいた文章を残したもの。
昨日のことを思い出すと、なんだか無性にイライラしてくる。してやられた感覚がするのだ。

その苛立ちを誤魔化すために、とりあえず眠いので再び寝るため、俺は毛布の中へ潜り込んだ。

―――そうして、二度寝をした後。

エレオノールに叩き起こされた俺は、姉やアンリエッタと共に朝食をとった。王宮らしく、朝食もかなり豪華なものが揃っている。
ん?…なんだろうな、王女さま。こっちをじろじろと見て。

「姫さま、いかがなさいました?わたしの顔に、なにかついていますか?」
「…あ、いや。なんでもないんだ。気にしないでくれ」
「そうですか?」
「う、うむ。そうだ」

とか言いつつ、彼女は微妙に頬を染めながら尚こちらを見つめてくる。

あれ、俺なんかフラグ立てたっけ?
元々向こうはやけに好意的だった気もするけどな…。なんというか、微妙に昨日までと俺を見る目が違うような気もする。
ま、気にしてもしょうがないか。なにか忘れている気もするけど。

そんな妹とその友人のやり取りを、我が姉君はなんだか訝しげに見つめていた。もっとも、俺はその視線に気がつかなかったが。


アンリエッタは公務があるそうなので、今日の日中は丸っきり暇となってしまった。
ちなみに、俺の滞在日程は二泊三日しかない。急遽わがままを通してもらう形での上京だったし、あまり長居もしたくはないしな。
しかし…、では一体どうするべきか。
せっかくの王都だ。暇をもて余すのはもったいない。

ん?
そういえば、『デルフリンガー』はどうなってんのかな。転生者なら、大体は真っ先に確保しに走るもんだと思うけど。
いや、駄目だ。もし転生者がいたら命の危機に晒されるかもしれない。

…でも、ちょっと見るだけなら大丈夫だよな?フード付きのコートとか羽織って変装していれば…、たぶん大丈夫だろう。

とは言っても、外出時には必ず護衛が付くだろうしなぁ。
『魅惑の妖精』亭みたいな怪しい場所には、まず連れていってもらえないだろう。いろいろと見てみたいものはあるんだけどな。

しかし、なにせルイズはまだまだ幼女そのものでしない。いくらなんでも一人で外に出したりはできないわ。俺なら出さねぇ。
うむ。仕方ない…。ここはエレオノールに同伴を頼むか。
正直、城の人間とどっこいどっこいな気もするが、身内なだけまだマシだろ。

…と、まあ、そんなわけで長姉の元へと足を運んだわけですが。
昨日のことがあったからなのか、外へ出たいだなんて言っても、やっぱり拒否られるわけでして。

「城の外へ出る?だめよ、そんなの!」
「で、でも」
「だめ。あなたに何かあったら、お父さまに示しがつかないもの。殿下がお戻りになるまで大人しくしていること!いいわね?」

はい。完膚無きまでのお断りでございます。
しかしながら、ここで諦めては転生者の名折れ。粘るだけは粘ります。

「…姉さま、やっぱりわたしのこと、嫌いなんだ…」
「ま、また、そうやって泣き落としを…」

ぷい。エレオノール姉さま、思いきり顔を逸らしております。
しかしながら、こちらは目に涙を溜めた美幼女。片や、実は微妙にシスコンの気があるお姉さま。
じっと見つめます。穴が開くまで、ひたすら上目遣いで。

「…だめよエレオノール。昨日だって、こうやって恥ずかしいことを言わされたじゃない。今日はだめよ、今日は…」

本人は気がついていないようですが、どうも思考が駄々漏れのようです。おもいっきり口が動いてますよ。
とはいっても、このままじゃらちが明かない。なんとか折れてくれないかなぁ…。

…そんなことを思いつつ、しつこく熱意の視線を送り続けていると。
とうとうエレオノールも根負けしたらしい。大きくはぁとため息をつきながら、びしっと長い人差し指を立てた。

「…わかったわよ。でも、いい?あまり危ないところには連れていかないし、わたしのそばから離れたらいけないから」
「うん!ありがとう、姉さまっ!」

お礼は元気よく。とりあえず抱きつくのも忘れない。

さて、デルフリンガーはどうなってるのかな。ちょっとだけわくわくな気分だ。





件の武器屋は、トリスタニアの大通りであるブルドンネ街の裏手にある。
その通りはチクドンネ街といって、大通りよりも治安が悪い。まぁ、もっとも、昼間に短時間いるくらいならまったく問題はないだろう。

「ちょ、ちょっと。こっちはチクドンネの方じゃない」
「でも、姉さま。わたしが行きたいお店はこっちにあるんです」
「…わかったわよ。だから、そんな風にいじらしい仕草はしないで。お願いだから…」

よし、エレオノールの許可は得たぞ。
武器屋は…。確か、数ある二次創作でも、ほとんどの場合ただ名前しか出てこないピエモンの秘薬屋の近くだったか。

「あ…」
「どうしました?」
「そういえば、研究に使う秘薬を切らしていたのよ。あなたの用事が終わったらここに寄っていいかしら」
「もちろんですわ、姉さま」

俺もちょっと興味があるからな。秘薬屋には。でも、今までのエレオノールの口ぶりからすると、この店のことはあまり知らなさそうだ。
どんな店なんだろうな。秘薬のことはあまり知らないけど、硫黄やらなんやらが秘薬扱いされてるんだよな。この世界。

…と。そんなことを考えている間に武器屋へとたどり着いたな。

「あなたが来たかったのって、このお店?」
「そうですわ」

汚いお店ねぇ、と呟く姉の言葉をバックに、俺は武器屋の扉に手をかける。
一応、頭にはずきんを被ってはいるが、たださえピンクの髪がはみ出している上にエレオノールがいるから、転生者相手には隠匿の効果はないだろうな。
ま、やらないよりはマシだ。

などと考えていると。

店の中から、誰かが言い争う声が聞こえてきた。どうにも小さい子供の声のようだ。恐る恐る、少しだけ扉を開ける。そして店内を覗き込んだ。
すると。

「それはぼくのものだ!手を離したまえ!」
「なに言ってやがる!ぼくのもんに決まってんだろうが!」
「やるのか?」
「あァ゛?」

…なんか、すごく趣味の悪いシャツを着て薔薇を銜えた金髪の子供と、前髪がカールしていてとても太った子供同士が言い争ってるようだ。
一振りの長剣をお互いで引っ張り合ったまま、どちらも一歩も譲る気配を見せていない。ぎりぎりという歯軋りが聞こえてきそう。
なんか二人して子供とは思えない殺気を出していて…、嫌な予感がぷんぷんしやがるぜ。

「この野郎!ぼくがこいつを買って、ルイズたんにプレゼントするんだ!そしてちゅっちゅして、ニーソを履いた足でしてもらうんだ!」
「なんだと!?まさかお前は…」
「そういうお前も…!」
「転生者か!」

…うん。

あんなのには関らないのが正解だろう。
という訳で、俺はこっそりと扉を閉める。回り右をして、体の後ろで手を組んだ。そして、俺の後ろで訝しげな顔をしていた姉に声をかける。
とびきりの笑顔で。

「姉さま。用事は済みましたわ。秘薬屋へ向かいましょう」
「…え?でもあなた、中を少し覗いただけじゃない。なにもしていないわ」
「いいんです」

デルフリンガーは諦めよう。たぶん、何年か後にあの二人のうちどっちかが渡してくるだろうし。…対価とか言われたら受け取り拒否ろう。
…それにしても、他人に“たん”付けされるのってすげぇ気持ち悪いのな。なんか吐きそう。おぇ。

そういうわけで、早々に武器屋を後にした俺たちは、先ほどのピエモンの秘薬屋へとやってきた。
店内は…、なんというか“いかにも”って感じの内装だ。昔見たことがある、英国の魔法使いの映画そのままの光景というか。

「…ふぅん、思ってたよりは品揃えがいいわね…。場末のおんぼろ秘薬屋ってばかにしていたけど」

おいおい、これ一体何年間使ってんだよ。そう言いたくなるような、とても古びた棚に陳列された瓶を手に取りながら、エレオノールは呟く。

すると…、そんな言葉を聞き付けたのだろうか。

とことこと、小さな軽い足音と共に誰かがこちらへとやって来る。それは、長い金髪を膝の辺りまで伸ばした幼女だった。
少しだけそばかすはあるが、とても可愛らしい子だと思う。

「それはそうね。なにせわたしが贔屓にしてるお店だもの。場末のおんぼろ秘薬屋というのは適当じゃないわ」
「あら、あなた…」
「お知り合いですか?姉さま」

俺が姉に問いかけると、それを耳にした幼女は、長い髪を手で鋤きながら口を開く。

「モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシですわ。ラ・ヴァリエールのお嬢さま。お姉さまとは一度お会いしておりますね」
「これは…、姉が失礼しました。わたしはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです。初めまして」
「ええ、初めまして。ルイズさん」

なんとまぁ。
現れたのは、あのKAMISAMAが二番目に愛するというデコっ子モンモランシーであるようだった。
しかし今、目の前にいる彼女は髪を特徴的なドリル型にしていないし、肝心のおでこも、髪が下ろされているせいでほとんど見えなかった。

「ここは良いお店なの。ルイズさんも、なにか必要な秘薬があればここを訪れるといいわ」
「ええ、そうさせていただきますわ」
「そうして頂戴。では、わたしは用事があるのでこれで。またいつか会いましょう」

それだけ言い、モンモランシーはさっさと店を出ていった。からんからん、とドアに付けられた鐘の音がする。
…なんかやけに短い邂逅だったなぁ。ま、普通はこんなもんか。

その後、エレオノールが買い物を終えたので、俺たちは店を出た。珍しい秘薬を買えたらしく、姉君はかなり上機嫌だった。

と、そのときだ。急に大きな音がして、辺りを砂埃が覆い尽くした。うえ、砂が口に入っちまった。じゃりじゃりしやがる。

それから少しして、やっと煙が晴れたとき。俺の目に飛び込んできたのは…。

半壊した武器屋の瓦礫の上で、『デルフリンガー』を掲げながら高笑いする肥満児の姿だった。

「ふ!ふははは!憑依先一番人気のギーシュくん!弱いなぁ!弱すぎるよ、きみは!このぼくの敵ではないなぁ!」
「ぐ…。なんて力だ、マリコルヌの分際で…!ごめん、ルイズ…、ぼくはきみに剣をあげられなかった…」

いや、謝られても困るんだが…。
なんだろう。頭痛くなってきた。猛烈に。

「なに、どうなってるの?どうして武器屋が崩れちゃってるの?なんであの子たち、あなたの名前を叫んでるの?」
「姉さま行きましょう、あれは関わってはいけない人種です」
「あ、待ちなさいルイズ!」

…エレオノールが後ろから追いかけてくる音がする。それでも俺は止まらず、この小さな足でできる限りの速度で、この場から逃げ出した。

くそっ、やっぱり来るんじゃなかった…。なんかSAN値がガリガリ削られたよ、本当…。



[27253] その5 わしが育てた
Name: Desire◆02a79f47 ID:faa61c29
Date: 2011/04/20 20:12
王都の裏通りで偶然発見してしまった、かなり残念な転生者たちに見つからないように気をつけながら、なんとか逃げ帰ったあと。

やっぱり豪華な食事を終えた俺…ルイズとアンリエッタは、城の大浴場に浴槽に浸かっていた。
浴槽へ入る前に体を洗ってくれた侍女さんたちは、脱衣所の方で控えているから、会話の内容が漏れ出ることはない。
色とりどりの花を惜しげもなく浮かべた浴槽からは、なんとも言いがたい良い香りが立ち上っていた。
ちなみに、浴槽は中央へ向かって階段状の構造になっている。半身浴もできる優れものだ。

「きみが王都へ留まっていられるのも、今夜が最後か…」

処女雪のような、真っ白い肌を惜しげもなく親友の前に晒すアンリエッタは、なんとも口惜しそうな様子で爪を噛んだ。
結局、そんなに一緒にはいられなかったしなぁ。初日はこの子ぶっ倒れちゃったから…。
今日は今日で、公務とやらで日中はずっとどこかへ行ってしまっていたし。

「姫さま。あまり爪を噛むのはよろしくありませんわ」
「…それは、わかっているのだがね。一度癖になってしまうと、なかなか直せないんだ」

そうは言いつつ、彼女は口から爪を離した。こちらの意見を受け入れたようだ。
そして、どこか不満げな様子でこちらへと体を寄せる。何も隠していないので、いろいろと見えてしまいそうだった。

「…ルイズ。わたしは今、してみたいことがあるんだ」
「なんでしょう、姫さま」

一体なんだろう。お湯のかけっこでもしたいのだろうか?

「その…、それは」
「?」

してみたいこと。特に、他愛のないことだ思ったのだが…、どうも様子がおかしい。
浴槽に肩まで浸かりながら、ちらちらと侍女さんたちがいる脱衣所の方を窺いながら、王女さまはお湯でほのかに染まった頬を両手で包み込んだ。

「その、きみと…、もう一度、き、き、キ―――ぶはっ」
「え?あ…姫さまっ!?」

ちょ、ま、待てよ、なんだこれ。
何で急に鼻血吹き出してぶっ倒れるんだよ。
のぼせただけにしては、ずいぶん酷いことになったな…。ああ、鼻血止まらねぇ、どうするんだこれ。
やむを得まい。痛いかもしれないが、アンリエッタを浴槽から引きずり出そう。力がないから、かなりきつい。

「姫さま?大丈夫ですか?姫さま!」
「…だ、大丈夫…だ。少し、興奮しすぎただけで…」
「…?」
「あ、いや…」
「とりあえず、侍女の方々をお呼びしますから!安静にしていてください!」
「…わかった」

ああもう、昨日鼻血出したからまだ穴が塞がりきってなかったんだろ。それなのに肩まで湯に浸かるなんて…。

まったく。
そう思いつつも、俺は大浴場の外にいる侍女さんたちの元へ走るのであった。

途中、思いきり尻餅をついて、その音を聞き付けた侍女さんたちがやってきたのは…内緒だ。


―――そんなこんなで、大浴場でのちょっとした騒動の後。
時刻はいよいよ眠くなり始める頃だ。今日も天に輝く双月は美しい。

きっちりとベッドメイキングされたシーツをぐちゃぐちゃにしながら、俺は王都での最後の夜を過ごしていた。
風呂から上がったばかりなので、身に付けているのは薄いシュミーズ一枚だ。はしたない?
転生者だから恥ずかしくないもん。

ベットの端ではアンリエッタが腰かけて、先ほどから脚をばたばたと動かしているこちらをちらちらと窺っている。
やがて、手近にあった瓶の中身をコップへと注ぎ、王女さまはそれを一気に飲み干した。

「…もう大丈夫ですか?」
「あ、ああ。すまない、さっきは迷惑をかけたね」

問いかけてみると、アンリエッタはどうにもばつの悪そうな顔になった。
コップを台の上に置き、頬を指でかく。
…本当に大丈夫かなぁ。ふとしたきっかけで、また鼻血を出すんじゃなかろうか。あんまり出しすぎると命に関わるだろ、あれ。

とまあ、ちょっとした呆れを見せつつ彼女を眺めていると。なんだかうわずった声で、指を顔の前でくっ付けながら、王女さまは言うのだ。

「その…、さっき言いかけたことなんだが…」
「はい?」

ふむ。今度はなんだろうか。
寝たままというのは話を聞く姿勢ではないな。とりあえず体を起こし、ベッドの上で女の子座りをする。

「え、ええと…、うあっ」

またしても体調を崩したらしく、アンリエッタは思いきり俺のいる方向へと倒れ込んでくる。
幼女の体にそれを押し止める力はなく。仰向けに倒され、上に王女が覆い被さるような体勢になった。
なんだろう、アンリエッタのこの顔。
眉は悩ましげに歪んでいるし、頬は肌が白いせいか朱色に染まっているのがよくわかるし、つぶらな瞳は潤んでいる。

そろそろ、どいてくれるとありがたいんだけどなぁ。
と、そんなことを考えた瞬間、王女さまの手が伸びて、俺の顔を掴んだ。そしてぐいと顔を寄せてくる。

…っておい!なんだこの状況は…!

「あ、あの?姫さま?」
「ルイズ。共にこの国の改革を成し遂げていく同志として…、そろそろ、お互いにもっと深い関係になるべきではないかと思うんだ…。そうだろう?」
「は、はぁ…?」

出たよ、改革。最近あまり言わなくなったなと思ったらこれだよ。
つーか、なんか酒臭いな。公爵のおっさん…、ルイズの父親が食事後に発するあのなんともいえない臭いとはかなり違うが、これは酒の臭いだろう。

…ちょっと待て。アンリエッタさん、どうしてそんなに顔が近いんですか?

「姫さま、顔が近いです…」
「…ん?そうだな。もしかして、嫌かい?」
「うんと…、その。もう少し離れてくださると助かります」
「それでは、きみとキスできないじゃないか」
「え?ええと…」

やべぇ、完全に酔ってやがるよアンリエッタさん。
いつ酒なんか飲んだんだ。どうすんだよこれ。マジやべぇ。
力が思ったよりも強く、押し返そうにもそれはなかなかできそうになかった。まったく困ってしまった。
どうしよう…。

いよいよアンリエッタの顔が近づいてくる…と、そのときだった。

「美少女たちの戯れか…、まるで妖精のようだ。なんて美しい光景なんだろうね、兄さん」
「うむ。脱走早々にこのような場面に遭遇できるとはな。イザベラとシャルロットのような微笑ましい絡みも良いものだが、これはこれで素晴らしいな」

なんと、いつかの泥棒二人が窓枠に手をかけて、部屋の中を覗き見ていたのだ。

…こいつら、まだいたのかよ!
城の衛兵と魔法衛士隊はなにやってんだ!
などと思っていると、遠くからやけに奇怪な音が聞こえてくる。これは…あの国民的配管工のアクションゲームで耳にしたような…。

「あ!兄さん、もう追っ手が来たよ!早く逃げないと」
「む。だが、今いいところではないか。もう少しだけ…」
「うわぁ!あ、あのヒゲの騎士、なんだか得体のしれない緑色のトカゲに乗ってるよ!よく見ると舌がびよんびよん伸びてるじゃないか!」
「なん…だと…?」

…すげぇやかましいんだけど。こっちはそれどころじゃねぇのに。

「…なんだ、彼らは。わたしとルイズの愛の語らいを邪魔するとは不届き千万だな…」

愛って。
なんとも微妙な表情を浮かべる俺の視線に、果たして気がついているのかいないのか。
アンリエッタは脚を床に下ろし、ベッドから立ち上がった。そして机の上に置いてあった杖を手にして、変態たちの元へと歩いていく。

…ん。ちょうどいい、今のうちにエレオノールの部屋にでも逃げておくか。

そう考え、俺はそろそろと自分の客間から逃げ出した。途中、背後でおっさんたちの悲鳴が聞こえた気もするけど、そこは気にしない。





…とまあ、実質二日程度の滞在だったが、王都ではいろいろなことがあった。なんだかずいぶんと濃い時間をすごした気がするぜ。

三日目の朝。俺はようやく、王都からラ・ヴァリエールへと帰ることになった。

昨夜の泥棒?
あいつらは、赤い帽子を被ったおっさん騎士に『ファイヤー・ボール』を食らって、尻から火を噴きながら城壁の外へ飛び出していったとさ。
なんでも、一度脱走したのを捕まえたら、また脱走されたそうで。一体なんだったんだろうな、あのおっさんたち。
なにか知っている気もするんだけど。よくわかんねえや。

「…昨日のことは忘れてくれ。わたしはどうかしていた…」
「え、ええ。わかりましたわ」

俺たちを見送りに来たアンリエッタは、顔から火でも噴出さんばかりの様子だった。さっきから顔を手で覆っていて、ほとんど顔を見せてくれない。

「…では、またお会いしましょう。姫さま」
「あ、ああ。また」

最後に手を振って、俺は馬車へと乗り込む。そして、王城を後にした。


しばらく馬車が走り、トリスタニアの市街地が見えなくなったころ。俺は座席のクッションに身を埋め、思い切りため息をついた。

「どうしたの、ルイズ」
「少し…疲れてしまって。昨夜も大騒ぎがありましたし」
「…大丈夫だった?わたしがその場にいたら、追い払ってあげられたのだけど」

アンリエッタから逃げ出した俺は、その後すぐにエレオノールの部屋に逃げ込んだ。そして事情を少し説明して寝入ってしまったのだ。
例によってまともな説明などしていないので、心配されるのも当然か。
うむ。ここは…。

俺は席を立ち、エレオノールの隣に腰掛けた。そして姉の…二十歳のお姉さまの太ももに、無言で頭を乗せた。
散々な目に遭ったんだ。このくらいの役得はKAMISAMAも納得してくれるはず。

「ちょ、ちょっと…。ああもう、仕方ないわね。屋敷に着く前には起こすから」

なんだか戸惑った声を放ちつつ、しかし頭をゆっくりと撫でててくれる手の心地よさを感じつつ、俺は昼寝を始めるのだった。





…そうだ。“あいつ”は忘れた頃にやって来る。あいつが…あいつのことをすっかり忘れていた!

ラ・ヴァリエールの屋敷に戻った俺とエレオノールを出迎えたのは、母のババ…カリンちゃんと、次姉のカトレアだった。
いつも仏頂面なカリンちゃんはともかく、カトレアはとてつもない笑顔だった。まるで太陽のような…、恐ろしいまでの神々しい笑みを浮かべていたのだ。

「ルイズ、お帰りなさい。王都は楽しかった?」
「姉さま…」
「あら?どうしたのかしら、ルイズ。そんなに怯えて」
「エレオノール姉さまぁ…」

やばい。なにかがやばい。本能的に、直感的に、俺は身の危険を覚えた。思わずそばにいたエレオノールのスカートをぎゅっと掴んでしまう。

「ちょ、ちょっと、カトレア。あなたこの子になにをしたのよ?」
「…そ、そんな!なにもしていないですわ!」

“なにも”ってなんだよ“なにも”って。散々やらかしてきたろ、あんた。

「ほ、ほら。ルイズ。わたしは怖くないわよ?いつものようにちい姉さまって呼んで?」
「うう…ち、ちい姉さま…」
「はうっ…」

…?なんだ、急に仰け反って。一体どうしたっていうんだ。

「あ…!ああ、そんな、涙を溜めた上目遣いだなんて…!その上姉のスカートの裾を掴んで…!」

なんかもう見ているのが痛々しい存在だった。そんな下の妹に、エレオノールはかなりドン引きしながら問いかける。

「か、カトレア…。あなた熱があるんじゃないの?」
「え?ええ、そうね…。わたし、いけない熱があるのかも。ルイズ、あなたのしたことはもう怒っていないから。大丈夫よ…、ちょっと、“目覚めちゃった”だけだから」

!?

そういえば、俺はこいつをベッドに縛りつけたまま王都へ向かったんだ。
その後なにがあったのが…、やばい。こいつは…。変態を育てて…、進化させてしまったのか、俺は…。

「ふ、ふふふ…。自分でも驚いたわ、まさかルイズに嗜虐されるのがこんなに気持ちよかったなんて…」

うっとりとしながら、視線がどこかにぶっ飛んだまま、はぁはぁしながら、カトレアは俺だけに向かってささやいた。

…どうしよう、これ。

今さらながらに後悔したが、時既になにもかもが遅かった。



[27253] その6 旅行をしよう
Name: Desire◆02a79f47 ID:dd100258
Date: 2011/04/22 21:56
季節は初夏。もうもうと天を突かんとばかりに伸びる入道雲を眺めながら、俺は高度三千メイルオーバーの眺めを堪能していた。

眼前に広がるのは、霧雨のような雲に下部を覆われた浮遊大陸。
とはいっても、超大型の飛行石で浮かぶアレではない。

ハルケギニア三王権の一つ、白の国アルビオン。
宙に浮かぶ摩訶不思議な大陸…というか島を支配する王国で、現トリステイン王の出身国だ。

なぜ空に浮かぶ大陸に、俺が…ルイズが向かうことができるのかと言えばだな。
それは、この世界には空に浮かぶことのできる“フネ”が存在しているからだ。
ただしその見た目は、完全にごくごく普通の帆船である。海に浮かぶのではなく、空に浮かぶ点が大きく異なっているが。

あの宮崎映画の飛行石をパ…似たような効果の石である“風石”のおかげで、アルビオンも、今俺が搭乗しているフネも空へと浮かぶことができている。
ただ、この世界の“風石”は消耗品だ。ある程度の浮力を発揮しきった時点で、ただの石っころに変わってしまうという。
島の直下に莫大な量の風石が存在するアルビオンは、まだまだ地面に落ちるなどということはない。
でなけりゃ人なんか住まないってな。ま、俺は仮に落ちないとしても、こんなところに住むのなんてごめんだけどよ。

高所ということもあってか、風はそれなりに強い。それも、今日は特に。
風石の放つ影響力がなければ、甲板の上に立っている俺たちなどはとうに吹き飛ばされているだろう。

ばさばさと、長い桃色の髪が風に流されていく。変態…いや、姉のカトレアはそんな乱れる髪に手を当てながら、ぼそりと呟いた。

「…風が、語りかけます」

うまい。うますぎる…ってか。
日本でもごくごく一部の人しかわかんねーネタじゃね、それ。俺はたまたまネットで知った口だけど。
という声を出しそうになるのを押し殺しつつ。俺は、隣でまったく意味不明なことを口走っている姉に声をかける。
あくまでも素知らぬふりをして。

「風が…語りかける?」
「…あ、ええと、なんでもないわ。ほ、ほら!港が見えてきたわよ!」

こりゃあからさまに逃げに入ったな。
まぁ、それはどうでもいいだろう。

もうすぐ船は港へと到着する。そこから馬車に乗り込むまでは急がしいぞ。

アルビオンでの滞在先は、王都ロンディニウムからそれほど離れていない都市シティ・オブ・サウスゴータだ。
そう。
ミデア輸送隊のマチルダ・アジャン…じゃなくて、土くれのフーケだとか呼ばれていた、マチルダお姉さんがいる町である。
もっとも、今はまだ華の少女だろうが。年増だなんてとんでもない、美少女ですよ。きっと。
彼女の名前、どうも現地でお世話になるとかで父親から教えられたんだよな。
マチルダって名前だけは二次創作でよく見てたから、なんとか思い出せたんだ。

俺たちは、『アカデミー』での外せない仕事があるエレオノールを除いた一家総出で、アルビオンへと旅行に来ていたのだ。

それは、両親が日頃の疲れを癒すバカンスのためでもあるし、また最近ほんの少し体調が悪化してきたカトレアの療養のためでもあった。

…うん。
俺も驚いたけど、このカトレアも体はあまり丈夫ではないらしい。
まったく驚天動地という他ないが。そういえば、精神以外は原作そのままの人なんだったと今更ながら思い出した。
本当に信じられないし、実際に病状も原作のように屋敷の外へ出られないというほど、酷いわけでもないみたいだけどな。

だが、体調のせいか、結局魔法学院へは通わなかったから…、

「ルイズ?長い船旅で疲れたでしょう、わたしが抱っこしてあげる♪」

とまあ…なんか、はぁはぁ息を乱しながらこんなことを言う辺り…、こいつはただ単にルイズから離れたくなかっただけじゃねえかと思うわけだった。





シティ・オブ・サウスゴータ。

あのブリミルの野郎が、アルビオンで最初に上がりこんだ場所に造られたとかいう歴史のある町だ。

馬車に乗せられた俺たち一行が到着したのは、市街地の外れにある、そこそこの大きさの屋敷だった。結構な年代物に見える。
さっきまで俺を無理やり肉団子に押し付けていたカトレアときたら。
使用人がドアを開けた瞬間には、いかにもまともそうな、深窓の令嬢みたいな態度を取り繕いやがった。
外面だけは良いんだよな。本当に。黙って座ってりゃ見栄えするのに。

屋敷の正面玄関前でこちらを出迎えたのは、数名の貴族らしき人物たちと使用人だった。
まず、貴族の夫婦…奥さんが異常に若々しい…と、十代前半頃の女の子が目に付く。

ん?あれは…。

「わざわざ遠い地から、ようこそお越しくださいました。ラ・ヴァリエール家の皆様方」

そういってこちらに向かって深々と礼をしたのは…、中肉高背の中年貴族だった。物腰は落ち着いていて、かなり生まれの良い人間なのだと一目でわかる。
そんなことを考えながらぼうっと突っ立っていると、今度はこちらの親父が前へ進み出た。

「いや、こちらこそ急な願いを受け入れてもらえてありがたい。感謝しますよ、サウスゴータ卿」

急な願い、か。一体どうしたのだろう。

「マチルダ。ラ・ヴァリエール家のお嬢様方をご案内しなさい」
「わかりましたわ」

自らの父の呼びかけに答え、少女が前へ進み出る。
緑色の髪…あれ?栗毛だっけ?まあどっちでもいいが、とても上品な仕草の可愛らしい女の子だ。

「マチルダ・オブ・サウスゴータですわ。どうぞ、よろしくお願いします」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」

…そう、お互いに挨拶を交わし合う中で思い出した。そういえば、この人はあのハーフエルフ…ティファニアを知っているんだよな、と。


俺たちは屋敷を一通り案内され、最後に一家全員にあてがわれた客間へとやって来た。

公爵夫婦はサウスゴータ夫婦と一緒にどこかへと消えてしまっている。
なのでこの場にいるのは、マチルダと俺たち姉妹、一人の使用人だけだった。

「どうですか?アルビオンは。なかなか素敵な国でしょう?」
「そうですね。療養するのにぴったりだと思いますわ。空も空気も綺麗で、とてものどかで…、もうすぐ刈り入れ時なのかしら。麦畑が風にそよぐ光景は、とても風情がありました」
「ふふ、そう仰っていただけると光栄ですわ。あの麦畑で収穫された麦は、とても質が良いと評判なんですよ」

ふむ。二人ともお嬢様って感じだなぁ…。おほほ、うふふ、とか言いそう。

俺はあんまり喋らないでおこう。なにかボロ出すとまずいし。
それに、今までの例でいって、このマチルダが転生者でない保証なんてないしな。
まったく厄介だ。どこからどう見ても生粋の育ちの良いお嬢様に見えて、変態中の変態のカトレアみたいなのもいるし。
油断ならんよ。

「…どうされましたか、ルイズさん?もしかして、お体の調子が優れないとか…?」
「あ、ええと、その…」

っち。まずいな。あまり疑われるようなことはしたくねえ。…やむを得まい。

「あの…、ごめんなさい、お手洗いをお借りしたいのですが…」
「それは失礼しましたわ。この者に案内させましょう」

そう言って、マチルダはメイドの方を見る。しかし、あまりトイレにまで着いてこられるのは落ち着かないんだよな…。今回はしないけどさ。

「大丈夫です。場所さえ教えていただければ、一人で行けます」
「…そうですか?では」

一瞬、訝しげな表情を浮かべられたが…、子供故の見栄を張ったのだと思ったのだろうか。
すぐに紙とペンを取り出して、さらさらとなにか書き込んでいく。

「どうぞ。これがお手洗いまでの地図と道順ですわ」
「ありがとうございます」

ふむ。懸念は杞憂だったのだろうか?結構親切で良い人だな。

そんな感想を抱きつつ。俺はカトレアを残し、屋敷の廊下へと出て行くのだった。





…ふぅ。出ないと思っていたが、いざ腰掛けてみると出るもんだな。
…え?今回は小の方ですよ。変な妄想はやめてよね。

しかしそれにしても、マチルダさんって達筆だなぁ。字がとても綺麗だ。俺もこんな風に書きたいな。
メモを見ながら、記された部屋の扉の特徴に沿って来た道を戻っていく。
なんだかんだでこの屋敷、結構広くて部屋も多いし、これがなかったらまず迷ってしまっただろうな。彼女に感謝しないと。

と、そうやって廊下をたどりながら歩いていた、そのときだった。

視界の先…メモに書かれた地図の上では行き止まりとなっているはずの暗がりに、なにか部屋があるように見えたのだ。
もう一度地図を見直してみる。やっぱり、あそこにはなにも書かれていない。
他の場所については、ドアの特徴までしっかり書き込んであるのに…。

なんだろう。すごく気になるな。

本来はいけないことだ。他人様の家に上がりこんでいる分際で、家捜しをするような真似は。
しかしこのときの俺は、自重しようという気持ちよりも、なぜだか好奇心の方が遥かに勝ってしまっていた。まるで引きずられるように、暗がりへと歩んでいく。
あるいはそれは、返却し忘れて指に嵌めたままだった『水のルビー』のせいだったのだろうか。
それとも…。

ぎぃと扉はかすかに軋んだ音を立て、俺を部屋へと導き入れた。
ここは倉庫のようだった。人気はなく、周囲では微妙に埃が堆積している。窓からもれ出る光が、この空間に舞う埃を照らし出した。
…なんだか薄気味悪いな。もう出ようか。

そう、思ったときだった。

「必ずここに来ると思っていた。待っていたよ、ルイズ・フランソワーズ」

何者かが俺の名前を呼びながら、颯爽と俺の眼前へと現れた。
驚いて上を見上げてみると。段々に高く積み重ねられた箱の上で、盛大に仁王立ちしている人物が目に飛び込んできた。
…下着見えてるな。足元ぐらついてるし。
その人物は黒いマントを羽織い、低く、しかしどうしても少女にならざるを得ない声で言った。

「我と同じく、KAMISAMAに選ばれた者。転生者でも、もっとも特異なる者たち…“テクノブレイカー”」
「…あなたは」

そう問いかけると、頭上の人物は得意げな様子でマントをひるがえす。まだぐらついてるよ。危ないなぁ…。

「今こそ名乗ろう!我が名は―――」

などと、正体不明()の人物が口走ったときだった。

その人物が、いや彼女が仁王立ちしていた箱が一気にバランスを失い、盛大に、がらがらと大きな音を立てて崩れ落ちたのだ。
もうもうと舞い上がる埃。俺はたまらずロングスカートの裾で口と鼻を覆い隠す。

それから数分だろうか。ようやく埃がおさまったので、恐る恐る、崩れ落ちた箱の方へと向かうと…。

「きゅう…」

なんて可愛らしい声を上げながら。

耳の長い美しい金髪の幼女…ティファニアらしき女の子が、箱の隙間に挟まって無残な様相を呈しているのだった。



[27253] その7 友達になろう
Name: Desire◆02a79f47 ID:84b16e1c
Date: 2011/04/22 22:00
アルビオンの王弟…三人兄弟の末子であるモード大公には、ある一人のお妾さんがいました。
それは別に珍しいことではありません。上流貴族の男性は多くの場合、伴侶の女性の他にも幾人かの女性を囲っているのです。

ただ、彼の場合は少し事情が特殊でした。なぜなら、彼が愛人としていた人物は…。
貴族たちと、人間たちと敵対している亜人のエルフだったのですから。

そのせいなのでしょうか。あの人の子供として生まれたわたしは、耳にエルフの特徴を受け継いでいます。
目については、母ではなく父の方の特徴を受け継ぎましたが…。
人間とエルフでは、瞳の外観にちょっとした違いがあるそうです。
そう言われてみると、確かに母の瞳はわたしのそれとは異なっていました。まるで、本物の宝石のようで…。
この長い耳にコンプレックスを持っていたわたしは、どうせ母に似るのなら瞳の方が似ればよかったのにといつも思ってしまいます。

高く積まれた箱の上から落ちてしまって、隙間にはまり込んでしまったわたしを…。
今日、このサウスゴータへやってきた『わたしの仲間』であるルイズは、嫌な顔一つせずに助けてくれました。
わたしは、俗に言う『転生者』です。そう、まるであの人の…マチルダ姉さんのように。

『あの事件』以来、他の…身内以外の転生者という人々に恐怖感を抱いていたわたしにとって、彼女がとった行動は本当に驚きの一言でした。
転生者という人たちは、皆自分の欲望に忠実で…。
女性を“飾って嬉しいコレクション”としか見ていない、とても恐ろしい人たちだと思っていたからです。

「『ギアス』…ですか。それは、もしかして…」
「ええ、そうです。わたしは…いえ、生まれ変わる前の“自分”は、KAMISAMAという方に『絶対遵守のギアスとベクトル操作と無限の剣製とアヴァロンをくれ!』とお願いをしたのです」
「それは…」
「そう、お願いしたんです。でも…」

わたしの言葉を受けて、不思議そうな、でもちょっと困った顔をして小首を傾げるルイズ。
とても可愛らしい女の子。でも、その中身は、かつての“自分”と同じ…。
ええと…、その、アレのしすぎで亡くなった方だと思いますが、あんまりそういう方には見えません。
それを言ったら、わたし自身の“前世”があんなことをしでかしたというのも、まったく実感が湧きませんが…。

「『お前欲深すぎじゃ、正直引くだろJK。天罰じゃ』と言われて、過去の“自分”は、出来事の記憶だけを残して個人としての人格はほぼ消滅させられました。そして、あの人は…KAMISAMAは、大きく劣化した能力を一つだけ残したんです。大きな代償と共に」

そう。
過去の自分がした行動の償い。わたしに残された、とても厄介な…、ハーフエルフであるよりももっと重大な“欠陥”。

「残された能力は、大きく劣化した“ギアス”。効果があるのは異性だけで、使用は一日に一回だけ。そして、その代償は…」
「…もしかして、一時的に性格が極度に電…中二病になってしまう、とかですか?」

そうルイズが言ったとき、わたしは自分の顔が…、長い耳の先まで熱を持ったことを感じてしまいました。

「あ…あの?」
「ご名答です…。まさか、一度で当てられてしまうなんて」
「あれを見ていれば、嫌でもわかると思いますけど…」

うう。黒マントを羽織って、高い場所で大声で話しかけるなんて。『我』ってなんですか、だいたい。テクノブレイカーって…ああもうっ。

「なんといえばいいのかわかりませんが…。でも、“ギアス”を使わなければ…」
「そうです。そのはずなんです。でもどういうわけか、わたしが外出すると、必ず一回は“ギアス”を使う羽目になってしまって…。だから、いつもこのお屋敷でひっそりと暮らしているんです」

わたしはなぜか、特定の趣向を持った男性をひきつけてしまうらしく、“ギアス”を使っていなければ逃げられなかっただろうことも多々ありました。
あの人たちは…、変態さんといえばいいのでしょうか。いつもいつも、まるで呪いのようです。
わたしは“虚無”に目覚めていません。だから、嫌でも能力を使わねばならない…。どうしようもないんです。

ちなみに。外出するにあたって、エルフの特徴である長い耳は、父がどこからか持って来てくれたマジック・アイテムで誤魔化すことができます。
でもそれでは『ディテクト・マジック』をやり過ごすことはできません。
だからどの道、わたしが表舞台へ出ることはできないのです。

それに…、自分自身、あまり外へ積極的に出てみたいとは思いません。わたしという存在そのものが、父にとって不発弾のようなものですから。

「先ほどここへ来るために部屋を出たとき、うっかり資材を運んでいた業者さんに耳を見られてしまって…。慌てて“ギアス”を使ったんです」
「だから、あんな状態になっていたんですか」
「…はい」

中二病状態になると、わたしの過去の記憶の中の“自分”が暴走を始めます。
今のわたしではもうどうしようもなくて…。どうして自分がこんなところでルイズを待ち構えていたのかも、それすらわかりません。
もし彼女が来なかったら…。一体どうするつもりだったのでしょう?

どうしましょう。初対面でのあの奇行…。嫌われてしまったでしょうか。

そんな不安げな思考を極力出さないようにルイズの顔色を窺っていると…、彼女はとても困惑したような口調で問いかけてきます。

「どうにもわからないのですが、なぜあなたはわたしが転生者だと…?」
「それは…、KAMISAMAがそう仰っていたからです。もう何万人とこの世界に放り込んでしまったから、そろそろ様子を見ると…」

わたしは、KAMISAMAによって転生させられた最後の人間。その直前が今のルイズに当たる人だそうです。

「…なるほど、わかりました」

頷きつつ、彼女は顎に手を添えて、何か考え込むような仕草をとりました。
わたしはといえば、そんな彼女の様子を…、ただ不安な顔をして見つめることしかできませんでした。





ティファニアの話を一通り聞いた俺は、とりあえず考えをまとめることにした。

つまりこの子は魂的には転生者ではあるが、人格はまた別個の物を持っているらしい。ただ記憶だけが漠然と残っているようだ。
そして彼女は劣化した“ギアス”を持っている。
劣化したとは言っても、一日一回異性を従わせることができるというのは、かなり強力な気もする。副作用がまた酷い代物だが。

しかし…。
要求した能力が『絶対遵守のギアスとベクトル操作と無限の剣製とアヴァロン』というのも、またなんか全部乗せラーメンみたいな語感だな。
なんかやばそうな臭いがぷんぷん漂ってきやがるぜ…。俺には真似できない。痺れもしない。

そしてなんだか口ぶりから察するに、このティファニアは外出すると変態野郎に絡まれるらしい。身内に最悪の変態がいないだけまし…、でもないな。どっちにしろ最悪だ。

色々な意味でルイズを狙う転生者は多いはず。そして、それはこのティファニアも同じだろう。
なにせ、作中最大最強の兵器を胸部に装備しているのだ。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んで、顔も特急品だ。手足もすらりと長い。家事も子育てもできる、性格は慎ましい…。
彼女を性的な意味で狙うオリ主は、枚挙に暇がないはず。俺は二次創作でそういうのを何度か目にしたことがある。だから余計にそう思う。

つまりは、彼女も俺と同じく“狙われる側”というわけだ。

そう考えると、なんだか親近感が湧いてくる。わざわざ“ギアス”を使っているところを見るに、まだ“虚無”に目覚めていないようだしな。
条件は同じ。遅いかかかってくる脅威も同じ。なら、一緒に対処していけるんじゃないだろうか?
…なんだか、初めてまともに協力できる相手を見つけたようだな。

俺は、目の前で不安げに佇むティファニアをまっすぐ見つめる。
彼女は極力不安を顔に出さないようにしているようだったが、長い耳は下を向いてしまっている。

そんな少女に向かって、俺は静かに手を差し伸べた。

「まだわたしたちは、あまりお互いのことを知らないけれど…。でも、きっと良いお友達になれると思うわ。同郷の者として、同じ悩みを抱えたものとして…」

そして、しばしの逡巡の後。躊躇いながらも、ティファニアは俺の手を掴んでくれた。

「…そ、その。よろしくお願いします。わたし、前世でも今でも友達いなかったから…、あなたが初めてのお友達だから」
「ええ、こちらこそよろしくね」

なんだろう。微妙に彼女から哀愁が漂ってきたような気がするんだが…。





どうせカトレアも転生者だ。別に会わせたって構わないだろ。

ということで、俺はティファニアを連れてカトレアやマチルダがいる客間へと戻り始めた。
俺がトイレに行くと部屋を出てからもうかなりの時間が経過している。もし一人で戻ってしまうと、あらぬ誤解を受けそうだ。

…ちなみにティファニアは、首に首輪状のマジックアイテムを付けていた。耳を人間のものに擬態することができる装置だ。
これ、モード大公が持ってきたそうだが…。娘に首輪って…。
まさか。いや、それはどうだろう。元々、リスク承知でエルフと子作りしちゃうような男だからな。少々アレでも驚かない。

「嬉しいな…。わたし、お屋敷の使用人の人たちとはお話できるけど、同年代の子と遊ぶってことがなかったから。マチルダ姉さんは年上だし…」

さっきからこちらの手を握って、とても嬉しそうな表情で言った。
とても同じ元男とは思えない表情だ。ま、記憶があるだけっていうしな…。人格が別物として構築されているのなら、実質別人だろう。

「おともだち…。うん、なんだかとってもいい響き…♪」

なんだろうな、この可愛い生き物。こんなのと一緒にいたら、ついマチルダが入れ込んでしまうのもわかるような気がするぜ。

と、まあ。そんなことを考えながら客間へとたどり着く。ノックを二回して、返事と共に俺は扉を開けた。

「あら…、ティファニアも一緒だったの」
「うん。おともだちになったの」
「それは、良かったわねぇ。とっても、すごく良いことよ。ルイズさん、ティファニアは親戚の子なの。仲良くしてあげてね」
「ええ、もちろんですわ」

にっこりと微笑むマチルダさんに、俺も微笑んで答える。

「ふふ…。ちょうど良かったわ…」
「姉さま?」
「あ…、いえ、こちらの話よ。それより、良かったわねぇ。素敵なお友達ができて」

そう言いながら、カトレアはマチルダの方を見やる。一瞬、お互いの視線がかち合い、両者とも目が光った気がするがどうしたんだろうか?


実はこのとき、二人の間で―――二人の転生者の間で、ある協定が結ばれていたのである。
それは実妹であるルイズを守りたいというカトレアの思惑と、ほとんど妹も同然のティファニアを守りたいというマチルダの思惑が一致した結果の産物だった。

“妹同盟”。

この、思わず身の毛もよだつような組織が密かに結成されていようなどと、一体誰が考えようか。

無論、俺はなにも知らずにいるのだった。



[27253] その8 わけがわからないよ
Name: Desire◆02a79f47 ID:2c05d6ba
Date: 2011/04/25 21:00
私はオリヴァー・クロムウェル。なんの変哲もない…というと語弊があるかもしれないが、ごくごく平凡な人間だ。
もっとも、生まれ変わる以前の記憶があるという点では、いささか普通の人間とは言えないかもしれないが。
前世で命を落とし、KAMISAMAという人物から第二の生を与えられた私は、出身地から遠く離れた都市の近くで農業をして生計を立てている。

一時は王国宰相まで輩出した名門のクロムウェル一族も、今では田舎の一地主に過ぎない地位にまで転落した。
アルビオンの各地には、没落した貴族や、貴族の血を引く人々が地主層などを形成して生活しているのである。
クロムウェル家もそんな中の一つだ。公的な身分はあくまでも平民であり、血統はともかく貴族としての資格は持ち合わせていない。

だが、そのような先祖の偉容を知ってなお、私は特に出世欲というものもなく、ただこの平凡で素晴らしき日々を過ごしている。
どうにも、生まれ変わるときなにか能力を与えられたらしいのだが、私はその件についてはまったく興味がなかった。
なにせ、やることは農作業くらいしかないからだ。
今住んでいる、このサウスゴータは素晴らしい土地だ。本当は故郷に残るという選択肢もあったが、あえて私は新天地での耕作を選択したのだった。

あのKAMISAMAの話では、彼から与えられた能力を使って、あちこちで好き勝手に暴れている者もいるという。
だが、生憎自分にそんな趣味はない。

世界というものは、ある一定の理の下で動いているのだ。
それを打ち壊すような真似をする人間は、遅かれ早かれ世界から排除されるだろう。

―――報せがやって来たのは、ある初夏の朝だった。

ようやく収穫期を迎えた麦畑の中で、私が雇用している農民たちと、その日の農作業を始めようとしたとき。
突然、慌てた様子で私の知人が駆けてきたのだ。彼は肩で息を切らして顔中を真っ赤にしながら、こちらへ重大な言葉を投げかけてくる。

「…た、大変だ!あ、あいつが、好色王子の奴がサウスゴータまでやって来たようだぞ!」
「彼が?」

好色王子。公然とそう蔑称で呼ばれる、アルビオン王国の第一王子だ。
幼少時より女性好きで知られ、その事が原因で父王が心労で倒れてからは、この国の執政として絶大な権力を良いままにしてきた男である。
女性問題は広く知れ渡り、平民でもその素行を知らぬ者はいない。身分の貴賎を問わず、多くの女性を食い物にしてきたという噂さえ流れていた。
まったく、とんでもない男だ。嘆かわしい事に奴は政策能力にだけは長け、生まれからも確実に次の王であると言われているのだが…。

しかし、このサウスゴータは、王弟であるモード大公の勢力圏のはず。それを嫌ってか、王子も長らくこの近辺には近づかなかったはずだ。

…そこでこの報せである。

もしや、もう何かが起き始めているのではないか。私は背筋に冷たい何かを感じ、思わずその身を震わせた。





ウェールズ?

イギリスの地名にそんなのがあったよなぁ…。あ、そういえば、あの子供先生の故郷がそこだったか。
でも、ゼロ魔の場合はアルビオンの王子の名前なんだっけ。

ん?
突然どうして、そんなとりとめもないことを急に考えたのかといえばだな。
それは俺の目の前に、金髪の二枚目男ことアルビオン王子ウェールズが偉そうに座っているからだ。

…くそっ、なんだか腹が立つな。顔といい、さっきからの口ぶりといい。

「いやはや、本当に偶然とは恐ろしいものだ!わたしが偶然にもサウスゴータを訪れ、偶然サウスゴータ家を訪問した際に、偶然にもラ・ヴァリエール家のご息女と偶然にお会いすることができるとは!」

偶然偶然連呼しすぎだろ、どう見てもわざとです。
マチルダさんは「急に来た」ってちょっと怒ってましたし。
お前転生者だろ。…と、表立って言うことはできない。こいつはアルビオンの執政…つまり、王に代わって王権を行使できるとかいう、かなり厄介な立場にいるからな。

俺の隣には姉のカトレアも腰掛けている。なぜだか、俺とカトレアの二人だけがこの王子と面会しているのである。
まあ、他に暇な人がいないというか…、急な訪問でうちの親もサウスゴータの夫妻もここにはいないし。
本当はルイズだけを出せと言って来たそうだが、そこはどういう意図なんだか。

「本当に美しいお嬢さんたちだ!うむ、二人とも今すぐ私の妻として王宮に入っていただきたいほどだ!」
「ふふ、ご冗談を…♪」

あ…、カトレアさん、なんかかなり怒ってますね。なんかここまでピリピリとした空気が伝わってきますよ。
今にも炸裂しそうな風船というか…。放置しとくとまずいんじゃないか、これ。
しかし、わかっているのか、それともわかっていないのか。ウェールズは姉のそんな様子にも気がつかず、やたらとハイテンションでまくし立てる。

「いや、冗談ではないな!ぜひともきみたちには王宮へ来てもらいたい!」
「…っち。…まあ、ご冗談を。あなたの股間についている、とても粗末で惨めな物を踏み潰してもよろしいでしょうか?」

…。

今…、物凄い舌打ちと、よくよく聞いてみるととんでもない発言が飛び出したような…。
しかし、ウェールズはまったくそれに気がついていないようだ。というか人の話を聞いていない。それどころか、余計に大きな声で、余計にまくし立ててくる。

「うん?なんだね、それよりもどうだい、王宮に来てくれる決心はついたかね?」
「あらあら。こんな公爵だなんて木っ端貴族の娘より、どうです?トリステインのアンリエッタ姫は。王族ですわよ?」
「アンリエッタ…?彼女は従妹だよ。どこかの総理のように…おっと、これはきみたちにはわからないか。はははっ!」

うぜえ…。うざすぎる。ハイテンションオリ主のうざさって、こういうことか。まさか実際にそういう奴と顔を合わせる羽目になるとは…。
こっちをNPCかなんかだと思ってるんだろうな。まったく、中身はお前と同じ世界の人間だったっていうのに。

「うむ。なかなかきみたちは身持ちが堅いようだね。だがしかし…、私に靡かなかった女性はいない…」

そうウェールズが口にし、にっこりと、輝くようなイケメンスマイルを浮かべた瞬間だった。

どくん。

…なん、だ…、これ。

やばい…。やばいぞ。

なんだか知らないが、ウェールズを見ていると急に心臓がどきどき高鳴りするようになってきた。
血液が急激に頬の辺りに溜まり始める…、つまりは赤面し始めたというのがわかる。
さっきまで嫌悪感さえ抱いていたというのに、急にそんな感情が浮かんでいく。いやむしろ、かえって好意的にさえ見えてきた。

こ、これが…。噂に聞く『ニコポ』…!

なんて恐ろしい能力だ。中身が男の俺でさえ、これほど急激に彼に好意的な感情を持つようになるとは…。くそっ、まぶしい。ウェールズの笑顔がまぶしい…!
洗脳だとわかっているのに、まったく抗うことができない。どんどん彼を好ましく思うという気持ちで脳内が支配されていく。
これが、これが…、KAMISAMAが転生者に与えた力の真価だというのか?

「あら、胸糞悪くなるような、とっても素晴らしい笑顔ですわ。ね、ルイズ?」
「…は、はい。姉さま」
「…っ!!!!!」

…どういうわけか知らないが、カトレアにはニコポが効いていないらしい。というか、ニコポをされたことにも気がついていないようだ。
ウェールズに失礼な言葉を向けた後、こちらにも話しかけ…、俺がニコポを食らったことに気がついたようだ。

「ん?どうしたんだい、ルイズくん。私の事を好きになったのかい?」

こいつは…、どこまでふざけているんだ。だというのに、そう思うのに、なぜかちっとも悪い気がしない。むしろ喜ばしいという感情さえ湧き上がってくる。
TSした男が男に惚れるとか誰得だよ。やめてくれよ。

「ウェールズさま…、わたしは…」

…ぎりっ。

俺が意に反してとんでもないことを口走ろうとしたとき、ふと、耳にそんな…、歯軋りのような音が聞こえてきた。そしてそれと同時に、口を塞がれる。
どうも、それはカトレアのものであるようだった。

「…殿下。ルイズはどうも体調が優れないようです。もうしわけありませんが、退出させていただいても構いませんか?少し休ませたいので」
「ん?そうかい。それは仕方ないな。行っておいで」
「ん…、はい、ありがとうございます。ウェールズさま…」

なんだこの甘い声は…、どうしてこうなった。

カトレアに抱きかかえられて部屋を後にするとき、俺の脳裏にはウェールズの顔ばかりが浮かぶのであった。





…っく、ふふふふ…。ふははははははは!!

あのルイズが、こうもあっさりと僕の手に堕ちるとは!

見たか他の転生者ども!
お前たちがせっせと意味の無いNAISEIに手を出している間に、僕は原作のメインヒロインを自分の虜にさせたぞ!
なんて便利な能力なんだ、『ニコポ』は。これがあれば…、あのタバサも、ジョゼットも、エルザたんも、モンモランシーも、ファーティマも…、そしてカリンちゃんもが僕のものになる!
平民やそこらへんの名も無き貴族の娘ではない…。原作キャラが僕のものになるんだ!

く、くくっ…。ぷっくく…。

僕と他のアルビオンにいる転生者。どうして差がついた。能力、環境の違い…。

ま、アルビオンでNAISEIとかやってる馬鹿は僕が潰しているんだけどね。今まで何百人の転生者どもを潰してきたか、もう数えるのも億劫だ。
そもそもNAISEIなんぞをやろうとする変わり者の転生者は、普段の素行からして親に気味悪がられ、捨てられた後で野垂れ死ぬ場合も多い。
放っておいても、向こうから勝手に自滅してくれるのさ。そうでなければ、僕が王権を使って叩き潰すだけだしね。

残念なことに現実っていうのは、そうお話の中のようにうまくはいかないものだ。
そう、

こ の 僕 を 除 い て 。

さあ、これからより一層、ばら色の生活が待っているぞ。
レコン・キスタ?そんなものは怖くないよ。僕が持つ最強の能力さえあればね。

そして手に入れた、虚無の担い手…。彼女がいればハルケギニアの征服も夢ではない。気は進まないが、ティファニアも手に入れよう。今はまだ小さいだろうしな。

まったく、夢が広がり続けるよ。



[27253] その9 やってみよう
Name: Desire◆02a79f47 ID:81520481
Date: 2011/04/25 21:02
笑いかけただけで相手を自分の虜に出来るという、恐ろしい洗脳能力『ニコポ』。

口ずさむことさえはばかられるほどの…、その響きの陳腐さからは想像ができないほどに、KAMISAMAが与えたこの能力はあまりにも恐ろしいものだった。
そしてまさか、こんな状態で…、数ヶ月前まで男だった俺がその罠にはまってしまうなどと、一体誰が考えたのだろうか?

困った。ものすごく困った。
あたかも自分で冷静に思考する力が残されているようで、一方で時間と共に頭の中にウェールズに対する、根拠のない好意的な感情が植えつけられていく…。
そのうち俺という人格は破壊され、ただの白痴ハーレム要員として、ウェールズにあんなことやこんなことをされるようになるのだろうか。
…とっさにそんなのは嫌だと否定できなくなっている辺り、これは即効性の毒のようなものだな。
恐ろしい…。どうすりゃいいんだ、これ。

「ルイズ…。ああ、なんてことかしら…!」

具合が悪くなったということにして連れ出された俺は、一応ベッドに寝かされている。
『ニコポ』の影響だろうか。なんだか…、起きているのも辛くなってきてしまったので、とりあえず目を瞑る。そして目を閉じた。
そうして、本当に寝入りそうになったころ。不意に、マチルダの声が聞こえてきた。

「…あいつが転生者かもしれない、という見当はずいぶん前からつけていたわ。でも手出しはできなかったし、向こうもモード大公が転生者だと知っていたから、ここへ手を出すような真似はしなかったの」
「言動を見た限り、あれは貧乳主義者のようね。リスクを冒してまであなたたちに手を出すメリットはなかった…、そういうことかしら」
「ひうっ…」

ああ、そういうことか。だから俺…というか、ルイズばかりが狙われたわけだな。
というか、マチルダも転生者っぽいな。今の台詞を聞く限りだと、そうでないとはとても思えない。
それにモード大公も…。ティファニアに首輪をつけてしまっている辺りで嫌な予感はしていたが。

「ラ・ヴァリエール家来訪の情報を、一体どこで仕入れたのかは知らないけれど…、奴はやってきた。そして…」
「『ニコポ』をルイズにかけた…、ってなんか言葉尻だけを捉えると笑ってしまうわね。実際はそんな場合ではないけど」
「本当に、困ったわねぇ。“妹同盟”結成直後にこれじゃ」

ん?
妹同盟…、なんだそれは。聞いたことがないぞ。また妙な真似をしやがったのか?

「いずれにせよ、今はルイズにかけられた洗脳をなんとかしないと。そうね、どこかに能力を無効化する能力を持った人とか、いないかしら…」
「残念だけど、わたしもモード大公もそれには当てはまらないわ。いるのかわからないけど、この近辺にいる転生者を片っ端から当たるか、一か八かウェールズを無力化するか」

なんだか、ずいぶんと真面目な話をしているなぁ。
俺が万年発情雌豚と密かにあだ名している、あの変態とは思えない声音だ。
そんなことを考えたときだった。小さく、ティファニアが声を発したのである。

「あの、彼を…、わたしの『ギアス』でコントロールできないでしょうか?」
「それはだめよ。あなた、また中二病になって街中を黒マントで飛び回りたいの?『我が名は漆黒の騎士“ゼロ”!圧制に怯える弱き者たちよ、我の下に集え!悪しきブリタ…」
「だ、だめっ!それ以上は言わないでっ!」
「…わかっているわよ。ああ、それにしてもあなたは可愛いわぁ…」

ぽふんという音がしたので、俺はそっと薄目を開け…、マチルダがティファニアを抱え込んでいる様子が見えた。
なんかじゃれ始めちゃったようだな。見ていて微笑ましい光景ではあるのだけどな。
そうしてしばらく、なすがまま揉みくちゃにされていたティファニアだったが…。
突然、急に束縛から逃れたかと思うと、目の前にいる年上の少女たちに向かって、気後れをしながらもしっかりと告げる。

「やっぱり、わたし『ギアス』をウェールズさんにかけてみます」
「な、ちょ…。それは、あなたが後でとても恥ずかしい思いをするのよ?」

うん。正直、黒マントを体に巻いて格好つける幼女とか、一体なんなんだって話だしな。
後で我に帰ったら普通に死にたくなるだろう…。
しかし、それでもティファニアは首を横に振った。どうにも強く決心を決めているようだった。

「…でも、やっぱり…。ずっと友達がいなかったわたしの、初めてのおともだちだから。そんな人が、本心では望まない恋愛感情を抱くなんて、見ていられません。それに…、人の心を能力で操ろうだなんて…」
「テファ…」

垂れ下がった耳と大きな青い瞳を見ていると…、彼女が、とても真摯に俺の状態を憂えていることを強く表していた。

「だから、わたし…やってみます。ここで見捨てるだなんて、そんなことはできません。だから…」
「…わかったわ。ただし、あなたが暴走しそうになったら」
「はい。思い切ってやっちゃってください」

マチルダとお互いに頷きあい、ティファニアは強い決心の表情を見せる。
…なんだか、まぶしいなぁ。リスク覚悟でここまでやってくれるなんて、本当に良い子だよ…、本当。

「ふふっ…。なんだか、今回はわたしの出る幕はなさそうだわ。本当に良いおともだちを持ったわね、ルイズ」

うん。そうは思うけど、お前普段からセクハラしかしてこねえだろ。今回どころか…まぁ、いいや。

なんだか、本当に眠くなってきちゃったし…。





我が愛しのルイズは、乳おばけ…ならぬカトレアが引っ込めてしまった。
実に不愉快な行為だ。奴め、こちらの意図に気がついているということは…、転生者だろうか。そのような気配は感じなかったが…。
だがしかし、『ニコポ』を阻止できなかった時点で大きな脅威ではない。もうルイズの心は僕のものだしな。

ただ一人、応接間で暇を持て余していた僕のところへ現れたのは、このサウスゴータの太守の娘マチルダだった。
傍らには、メイド服を着て首輪を付けた金髪の少女の姿もある。

「申し訳ありません、殿下。ミス・ヴァリエールはご体調が優れないようです。しばらくお待ちください」
「ふむ。ちょうど、きみたちとも世間話をしたいと思っていたところだ。どうだい、席についてみては」
「…わかりました。失礼します」

そう答えつつ席に座るマチルダは無視し、僕はただ背後で立ち尽くす幼女へと視線を食いつかせる。
ふむ。
我がもう一人の従妹…、ティファニア・オブ・モード。なかなかに素晴らしい幼女だ。まるでどこぞの妖精のようだな。いや、あれでは比較にならないか。
ところがぎっちょん。この幼女もあと数年もすれば、恐ろしく忌々しく醜い脂肪の塊をぶら下げるようになる。今の見た目に騙されてはいけない。
とはいえ、彼女も虚無の担い手の一人だ。手に入れるのもまったく悪いことではない。
なにせ、今はまだ幼女だからな。仕込むだけ仕込んで、老化した瞬間に美人局要員にでもしてやろう!

我ながら鬼畜な所業だな、ふははははははは!

「あの、殿下?どうされましたか?」
「…ああ、いや。きみが連れている侍女見習いの少女が、なかなかに可愛らしくてね。つい見とれてしまったのさ」

しかし、このマチルダも焼きが回ったのだろうか?
僕の噂くらい知っているだろうに、大事な大事な妹分を連れて来るなんてさ。
ん?…ふむ。耳はマジック・アイテムで偽装しているようだな。あえて『ディテクト・マジック』でも唱えて脅してやろうか。だが、それも時間の無駄かもしれない。
さっさとこいつも僕のものにしてやろう。
そう、考えたときだった。

「あの…、殿下」
「おや、なんだね?」

それまで、僕たちが向かい合って腰掛けるソファーの後ろで控えていたティファニアが、すっと前へ進み出てきたのだ。

ん?なんだか、彼女の目が赤いような…、気のせいだろうか?

「て、ティファニア・オブ・モードが命じる!」

なんだこの、ブリタニアなのにフランス語の名前な主人公が言いそうな台詞は…。声が震えているじゃないか。

などと間抜けに考えたときには、僕の意識は急激に刈り取られていった。まるで、彼女によって精神を操られるかのごとく…。





「ふむ。今日の分はここまでか」

目の前に積み上げた収穫分の麦を見やりながら、私は周囲の人々に向かって告げる。すると、農民たちは一斉に作業を切り上げた。
今年はいつになく豊作である。この分なら市場への供給量も大幅に増やせるだろう。
もっとも、あまり市場に出しすぎるとかえって価格が下落してしまうが。その辺りの調整は、馴染みの商人にでも頼むことになるだろう。

と、そんなことを考えながら…、シティ・オブ・サウスゴータへ向かう街道へと視線を移したときだった。

「殿下、どうして我々は徒歩で王都へと帰られているのですか?」
「そ、そんなことを私が知るか!なぜかこうしなければならないような気がするのだ!いや、そうではない!なぜ私はこの場所へ来てからの記憶がないんだ!そもそも目的さえ思い出せない!地名すら!なにがあったんだ!」
「まったくわかりませぬ」
「なんだと!?…お前はなにをしていたんだ!」
「メイドとまぐわっておりました」
「な、な、な、何事だ、バリー!お前は自分の孫ほどの年齢のメイドに手を出したのかっ!!!」

…なんだ、あれは。
私は目の前で起きている現象をすぐに受け入れることができず、ただただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

「大将、ありゃなんでしょうかね」
「わからない。だが、うかつに関わるのもよくなさそうだな。放っておけ」
「へぇ。そうしましょうや」

そんな農民の一人とのやり取りの後。私はなんとか気を取り直し、頭から滑り落ちかけた帽子を被りなおす。

そして、街道を行く奇妙な人々の怒鳴り声を聞き流しながら、収穫したばかりの麦の運搬作業を始めるのであった。



[27253] その10 覚悟を決めよう
Name: Desire◆02a79f47 ID:426eab82
Date: 2011/04/26 22:58
…はて、俺は一体どうしてしまったのだろう。確か、カトレアに連れられて、ベッドで眠っていたはずだが。

なんだかあやふやな世界の中で俺は立ち尽くしていた。周囲には物らしい物もない。ただただ、生っ白い空間が広がるばかりだった。
いや、よくよく見ればそうではない。少しばかり遠くに、一本の桜のような木が、しっかりと大地に根を下ろしているのがわかった。
夢…、なんだろうか。それにしては感覚がやけにはっきりとしているのが気になるが…。

「なにかお困りかのう?」
「その声は…」

む。この目玉の親父というが、波平というか、あのコロニーが落ちる場面のナレーションを彷彿とさせる声は…。
よくもこんな酷い世界に放り込みやがったな。
そんな文句の一つでもつけたくなった俺は、勢いよく背後へ体を向ける。すると。

「お、お前は…。ウェールズ!」
「やぁ僕のルイズ。どうしたんだい、そんなに可愛らしくほっぺを赤くして」
「なに…?」

言われてみて、俺は思わず手を顔にそえる。そうすればなるほど、自分の顔も耳も、ウェールズの野郎を見た瞬間に上気してしまっているのがわかった。
つうか、声までさっきのKAMISAMAとは違うじゃねぇか。こりゃ完全に夢か…、などと考えていると。
ずいっとウェールズが体を寄せてくる。身長差があるためか、奴はかがみ込むような体勢をとった。

「ああ、なんて柔らかい…、なんとすべすべした肌なんだ。さすがはルイズだ、いつまでも触れていたい…」
「う…」

さわさわ。ウェールズの手が絶え間なく俺の顔をまさぐる。だというのに、こちらはまったく抵抗どころの話ではない。
体がまったく動かないのだ。それはまるで、金縛りにでもあてしまったかのように。
どうにか体を動かそうともがいているうちに、段々とウェールズの顔が近づいて…、うわ!こいつ、唇を突き出してやがる!
冗談じゃない。誰が野郎なんかとちゅっちゅするかっつうの。なんとか逃げないと一貫の終わりだ。
と、そうは思うものの。考えた通りに事が運べば苦労はしない。俺の体は相変わらず動きはしないのだから。

「はぁ…はぁ…、ルイズ…」
「ううっ!?」

げっ、今度はウェールズからカトレアに姿が変わりやがったぞ。どうなってるんだよこれ!
もう勘弁してくれよ。このわけのわからない悪夢はここで終わりにしてくれよ。
…ああっ、くそっ。ふざけんな!
渾身の力を振り絞り、俺は動かない体を無理やり動かす。狙うは変態の顔面だ。いくら夢の中とはいえ、キスなんかされたらたまったもんじゃないからな。

「ルイズぅ…」
「嫌っ!」

ごちん。そんな音と共に、一瞬、視界で火花が飛び散る。それに付随するかのごとく猛烈な激痛が…。

…激痛?

「…あれ?」

どこかで聞いたような悲鳴と共に、俺が目を覚ますと…。目の前で、鼻を押さえたカトレアが、微妙に恍惚とした笑みを浮かべながら尻餅をついていた。

「い、いきなり頭突きだなんて…。そんな、いけないわ」
「まずは鼻血を止めてください、姉さま」

頭突きされて感じるとか、もうわけわかんねぇよ。レベル高すぎて、俺じゃ到底ついていけない領域まで達しちゃってるんじゃね?
…と、いうか。なんで俺、薄いシュミーズしか着てないの?下着すら脱がされてるって…、まさか。
なんて思う暇すらなかった。案の定、カトレアはしっかりと白い布を握りこんでやがるのだ。

「姉さま、それ、わたしの下着…」
「え?あ、ああ…、これはね、お洗濯に出そうと思っていたのよ。決してくんかくんかしたりなんかはしないから!ゼッタイ!」
「…」
「うふふ…」

うふふじゃねぇよ。こっちがジト目で睨んでんのがわからねぇとは、決して言わせねぇぞ。
ちっ…、こんな格好じゃやってられない。とりあえず布団で体を隠すか。

「じゃ、じゃあ、わたしは行くから!」
「あっ」

…なんてこった。結局下着を持っていかれてしまった。後でなにをされるか考えると嫌になるが…、仕方ない。忘れよう。
はぁ。まったく、ろくでもないことばかり起きるな。
そう思い、深くため息をついたときだった。

「ルイズさん?」
「ティファニア…」
「あ…、そうだ。わ、わたしのことはテファって呼んで?ティファニアって言いにくいでしょうし…」

いつも思うのだが、ティファならともかく、テファって略し方はかえって呼びづらい気がするんだが…。
まぁ、前者だとわりと有名なキャラクターに被っちゃうからなんだろうな。しかも複数。うん。
そんなことを…、場合によっては失礼なことをひっそり考えているなどとは絶対に悟らせないように。俺はにっこりと微笑みかける。

「ええ、わかったわ。テファ。…そうだ。わたしのこともルイズって呼んで」
「あ、ありがとう。ルイズ」

ふむ。なんだか嬉しそうだな。あだ名で呼ばれるのが好きなのかな。

「あ…。そういえば、ルイズ、もう体は大丈夫?さっきは体調が優れなかったようだけど…」
「…そうね。大丈夫よ」

そういえば、俺はウェールズに『ニコポ』攻撃を受けたんだよな。
だが今は、先ほどまで感じていた奴への好意がまったくない。ただ嫌悪感ばかりが押し寄せてくるだけだ。
…なんだかわからないが、いつの間にか効力がなくなったようだな。

「…わたし、あの人に『ギアス』を使ったの」
「え、じゃあ…」
「ううん、大丈夫。マチルダ姉さんがすぐに気絶させてくれたから。一度気を失えば、副作用は収まるの。あのときみたいに…」

ふむ。そういえば、箱から落ちたティファニアは一度気絶していたな。確かに。
…それにしても、彼女は『ギアス』でウェールズに一体どんなことを命じたのだろうか。カトレアの様子から察するに、今はもういないのだろうが。
そんな、こちらの考えに気がついたのだろうか。
窮屈そうに首輪を指でいじりながら、彼女は口を開く。

「あの方には、『ニコポ』の解除と、歩いてロンディニウムまで帰れという命令をしました」
「解除…」

『ニコポ』ってそんな簡単に解除できるものなんだろうか。いや、でも実際に俺の中からウェールズへの好意は消え失せているしな…。

「この場所へ来た目的も、ここでの記憶も、地名さえ忘れるように命令しました。当分の間はここへ関心を向けることもないはずです」

ふむ。しかし、ここがどこなのかわからないと、ロンディニウムに帰ることもできないような…。
ま、どうでもいいか。あいつがどうなろうと知ったこっちゃないし。
とりあえず、ここはティファニアに礼を言っておくか。この子のおかげで俺は助かったんだからね。

「ありがとうテファ。あなたがいなかったら、わたしは自分を見失ったまますべてが終わっていたかもしれないわ」

主人公がニコポをかけられて、サブキャラのハーレム入りするなどという展開になったら、それはもう意味不明だろう。まさに誰得だな。
とまあ、そんなことを考えていると。
目の前に立つ金髪の少女は、とても気恥ずかしそうに、両手を合わせてもじもじとしながら下を向いて言う。

「だって、わたしたち…、おともだちですもの」
「そうね。…いつか、もしあなたが大変なときは、わたしもあなたを助けてあげる。約束するわ」
「ルイズ…」
「ほら、指切りしましょう?」
「は、はい」

そうして、俺たちは指切りをする。
お決まりの台詞を口にしたあと、指を離したとき。やっぱり耳まで真っ赤に染めながら、ティファニアは言った。

「ずっと、おともだちでいましょうね」
「うんっ!」

…本当、天使みたいな笑みだった。思わず見とれてしまうほどに。まったく、こんなに可愛いなんて反則だろ。





「に、兄さん!見えたよ、あれはセダンの門だ!」
「む、そうなるとようやくガリア国内に帰る事ができるのか…!」

トリスタニアを脱出して一ヶ月―――おれとシャルルは、やっとのことで祖国ガリアとの国境地帯へとたどり着いていた。

うむ。王城への侵入が失敗したときのための対策は講じていたのだが、肝心の逃走路の確保を怠っていたのを忘れていたぞ。
シャルルはカステルモールが迎えに来る、とは言っていたが…、やつはシャルロットの側から離れないだろう。
そして案の定、まったく極秘に潜入を決行してしまったがために、おれたちは失った馬の代わりも確保できず、徒歩で国境を越えねばならなくなったのだ。

「本当に長かったね…。この一ヶ月、道に迷うわヒゲの騎士に追いかけられるわでずっとトリステインをさ迷う羽目になっていたから…」
「うむ。やつもようやく諦めたようだな」

おれたちの脱出を阻んだ最大の要因。
それは、赤い帽子を被った髭面の騎士だった。

やつは、緑色で肌がつるつるの見たこともない竜に乗って、こちらをしつこく追いかけ続けている。地の果てまで追いかけてくるつもりかもしれん。
だが、ここ数日はやつも姿を見せない。どうも追跡を断念したようだ。
むしろ、なぜ何週間にも渡って単独でおれたちを追跡していられたのかが気になる。並みの精神力ではないぞ、まったく。
惜しい人材ではあるな。やつほどの男ならば、北花壇騎士団の隊長を任せられるだろうというのに…。異国人であることが口惜しい。

「兄さん、リュティスへ帰ったらみんなでピクニックに行こう。ぼくはシャルロットと一緒にラム肉を焼くんだ…」
「そうだな。やっとだ。やっと、おれたちは…」

ガリアとトリステインの国境―――古戦場跡に建設された関所へ向かって、おれたちはゆっくりと一歩を踏みしめる。
あと少しだ。あと少しで、おれたちは自由になれる…。

そう、感涙に咽び泣きそうになった瞬間だった。

「な…、あ、あれは!兄さん、地面から土管が生えてくるよ!」
「なに…!まさか、やつか!」

そう。シャルルの言うとおり、突如としておれたちの眼前の地面が盛り上がったのだ。その盛り上がった先から緑色の何かが飛び出す…。
それは、土管だった。謎の物質で出来ているとしか思えない、なんとも奇妙な代物だったのだ。

「兄さん…、ここはぼくが食い止める。だから兄さんだけでもガリアへ逃げるんだ」
「なんだと…?」

おれの前へと進み出た弟は、前を向いたままおれを逃がそうとするのだ。その間にも、土管の内部から何かが上昇する音が聞こえてくる。
だが…。

「兄さん?」
「馬鹿野郎!」
「ぐぶっ」

おれは渾身の力を込めてシャルルの頬を殴った。こちらよりも細身の弟はいともたやすく吹き飛び、そして地面へと崩れ落ちる。

「な…なにを……っ」
「ふざけるんじゃねえ、誰がお前を見捨てて行くかよ!お前はおれの兄弟だ!なにがあろうと、見捨てたりはしないぞ!」
「に、兄さん…!」

おれたちは常に一緒だ。だからよ…、覚悟を決めるときも、二人一緒にやらなきゃならないんだよ。

「ああ、行こうシャルル。自由は目の前だ。おれたちの力、目に物見せてやろうじゃないか」
「う、うん!そうだね、あともう少しなんだ。手加減はしないで全力でいこう!」
「おうよ!」

ふ、見ているのだぞ赤帽。おれたち兄弟は無敵だ。かのロムルスとレムスの兄弟のごとく、偉大なる働きをしてやろうではないか。

「マンマミィィィィィヤァァァ…」

…ちっ、なんて重圧だ。

土管から徐々に這い上がってくる男を眼前に捉えながら、おれたちは“覚悟”を決めるのだった。


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