俺の名前は肝尾太郎。
特に特徴のない…、いや、あえて言うならば二次元美少女が恋人のにわかオタクだ。無論容姿はブサイクである。
さて諸君。
突然だが、俺はもう死んでいる。
どうも死因は『テクノブレイク』によるものであるらしい。
どんな病気かって?それは知らない方がいいとは思うけどね。まあ、あれだ。若い青少年の過ちってやつだ。頼むから詮索しないでくれ。
まあ、ともかくだ。
死んでしばらくの間は、なぜだか幽体のままあちこちを好き勝手に移動できた。自分の死因を知れたのもそのおかげだったね。
あちこち入ってはいけない場所に入り込んで勝手気ままに行動していたのだが、死から一週間ほど過ぎたころに急に意識がなくなり、視界が真っ白な光で覆われた。
…そして気がついたときには、俺はなんだかわけのわからない妙な空間に倒れこんでいたのだ。
「目が覚めたか」
「…ん?」
なんだか知らんが、目の前に小汚いおっさんが立っていた。
禿頭に黄ばんだタンクトップ、それにストライプのトランクスという格好をしている。素足で、靴や靴下の類は見当たらない。
すね毛がぼうぼうの汚い脚が眼前にあるせいか、その臭いの強烈さなのか、俺は思わず嘔吐しそうになった。
とりあえず立ち上がる。久しぶりに他人に出会った気がするな。それがおっさんだと悲しくなるが。
…あれ?よく見るとこのおっさん、なんか禿頭の後ろから後光が差してやがるぞ。まさか…。
「まさか…あなたは、噂に聞くKAMISAMAですか?」
「ほほう、このわしの正体を見抜くとは。お主、なかなかあのサイトに染まっておるのう」
「そりゃあ、テンプレですから」
「テンプレは偉大じゃな。陳腐とも言うが」
テンプレ。便利な言葉だな、まったく。
そうするとこのおっさんは、俺に何かの漫画やらアニメやらゲームやらの能力をくれて、そんで俺は異世界に放り込まれるのか。
とはいっても、俺はにわかだ。ネット無しじゃ設定がまったくわからない漫画やらアニメ、ゲームしかないぞ。後ろの二つなんて特にわかんねーし。
能力言えって言われても引き出しがねーよ。なんだっけ?無限の牽制だっけ?そんなのがよく目についたような気がするけど、それでいいか。
「うむ。というわけで、お前さんに好きな能力を与え、ゼロの使い魔の世界に放り込んでやろう」
「…え?世界固定なの?」
ゼロの使い魔とかアニメちょっとと二次創作しかしらねーよ。おまけにネットじゃオワコン扱いじゃねえかアレ。
そういや、原作読んでないけどアニメは酷い出来だったな。ああ、原作の絵が可愛かったのは覚えてるよ。
というか、世界選ばせてくれよ。能力なんて適当でいいから。
そう口に出そうとしたのだが、先におっさんに先手を取られてしまった。さすがKAMISAMAだぜ。
「お主らをゼロの使い魔の世界に放り込むのは、単にわしがイザベラたんスキーだからじゃ。あのおでこに擦り付けたいのう。ちなみに、次点はモンモンじゃ」
「…はぁ」
というか、なんで俺がゼロ魔の世界に送り込まれるんだろうな。訳わかんねえ。それより美少女に転生させてくれよ。
「お主だけでないぞ。わしは『テクノブレイク』で死んだ日本人の若者をすべてゼロの使い魔の世界へ放り込んでおる」
「それはまた、どうして?」
「彼らが、きみも含めて…もっとも憐れむべき存在だからじゃ。自家発電中に死ぬなんぞ最低最悪、道でバナナの皮を踏んで転んで臨終並みの死に方じゃからな。わしはそれが死因じゃったが」
「天文学的な確率ですね」
なんだこれ。KAMISAMA、何気に元人間かよ。おまけに日本人っぽいし。
もしや、俺も頑張ればああなれ…いや、別になりたくはねえな。
ん?ちょっと待てよ、俺と同じように死んだ人間をゼロ魔の世界に放り込んでる?ということは、あの世界には…。
「そうじゃ、転生者だらけということになるのう」
「…いい加減、俺の思考読むなよ」
「でもKAMISAMAじゃもん」
「なら仕方ないな」
うーむ。転生者だらけということは、原作ヒロインを巡って壮絶な争奪戦が繰り広げられてそうだなぁ。人格者気取りのオリ主共であふれ返ってそうだ。
そういうの面倒くせえな。とりあえず、可愛ければ原作ヒロインでなくてもいい。上級貴族になれば美少女食いたいホーダイだろうし。
「ふむ。ならば、お主には原作ヒロインの争奪戦に参加しなくて済むような立場で転生させてやろう」
「お、それは助かる」
いい加減思考を読まれるのは諦めた。ま、いいだろう。このおっさんはやけに話がわかるしな。
「よし、そうと決まればさっそくお主を転生させようぞ。能力はこちらで適当につけておいてやろう!」
KAMISAMAがそう叫んだ瞬間、その頭頂部まで広がる額から猛烈な光が放たれた。
「うおっ、まぶしっ」
そんなお決まりの台詞を叫びつつ…、俺の意識はどこかへと吹き飛んでしまうのであった。
一体、どれほどの時間が過ぎたのだろうか。誰かが自分を呼んでいる気がして、まどろみかけていた俺の意識は覚醒した。
「…ああ!ルイズ、本当によかったわ!あなた急に意識を失ってしまうから…」
ぎゅう。
なにやらとんでもなく柔らかく、なにやらとんでもなく圧倒的な物体が俺の顔面を圧迫して…、く、苦しい!なんだこれは!
「…ち、ちい姉さま!苦しいです!」
「あ、あら。ご、ごめんなさい!大丈夫だった?」
「は、はい…」
あれ?
ちょっと待てよ。なんで俺は自然に『ちい姉さま』なんて台詞を口に出せたんだ?
というか、目の前にいるこの巨乳の美少女…たしか、カトレアって名前だったよな。
ゼロ魔のヒロイン、ルイズの姉で…後はわかんねえや。
というかこの人、なんかすごい目がギラギラしてるんだが。
体の調子が悪い…というより欲情してないか、これ。なんか息荒いし、よだれ垂らしながらハァハァしちゃってるし。
……いや、待て。考えろ。まず根本部分で何かがおかしいだろ。
思わず手をぢっと見つめる。自分のものとは思えないほどに小さく、そして愛らしい手だった。指なんか華奢で、短くて…。
って、おい。
これ自分の視界だよな。
ということは、今俺が見ているこの手は…。カトレアが『ルイズ』と呼んだ相手は俺じゃないか。
つまりこれは、ルイズの手?
『原作ヒロインの争奪戦に参加しなくて済むような立場』というのは、争奪される側になるということなのか?
なんだよ、それ。TSとか今日日はやんねーんだよ…。月一回のあれとか無理だろ…。どうすんだよ…。
もう訳がわからなくなった俺は、思わずその場で身を丸くした。
冗談じゃない。なんでよりによってルイズなんだ。一番ろくでもない目に遭わされそうな人間って…。
転生者が多数いるってことは、アニメを見るか見ないかで、アンチ系の二次創作を読んでアンチルイズになったような人間も紛れ込んでいる可能性が高い。
そういう奴らが、KAMISAMAから与えられた能力で俺を抹殺しに来ないとは限らない。
いや、殺されるだけならまだマシだろう。相手は十中八九男だろうから、最悪慰み者に…うぇええ…。ふざけんな、どんな罰ゲームだよ。
「ルイズ、どうしたの?大丈夫?どこか痛いの?」
…この女、俺が真剣に悩んでいるのに、後ろから抱きつくってどういう了見だよ。幸せ製造機が思い切りヒットしてるよ。つーか、こっちの胸揉むなよ。
カトレアって原作でも百合趣味だったっけ…?二次創作ではオリ主の慰み者にされる役割しか知らないしなぁ…。
まぁ、こんだけ可愛くて胸もおっきいんだから、オリ主の嫁にしたい人間もいるだろう。
下手をすると、この人物そのものが転生者である可能性も高いが…。
だって普通、まだ幼女の、それも妹の胸揉んだり耳噛んだりしないだろ。してたらどっか逝かれてるって。
「大丈夫、ちい姉さま。でも…その、あまりくっつかないで」
「あ、ああ。これは悪かったわ。ごめんなさいね」
恐らくは憑依前のルイズが持っていたらしい記憶から、彼女の言葉遣いを引き出してみる。
そして、その記憶には姉から受けた数々のセクハラも含まれていた。俺はそっとその引き出しを閉じた。
まだ裸にひん剥いたりはしていないようだが、正直この中の人はかなりガチなようだ。やべえ、なにかされる前に抹殺するか…。
「ルイズ。わたしの可愛いルイズ。さあ、一緒にお昼寝をしましょう?まだ、体調が優れないようだから…」
「あ!」
あ、くそっ!この女、彼我の体格差をいいことにこっちを強引に引きずりやがる!向かうはキッチンではなくベッドかよ…。
もう、どうすりゃいいんだ。
結局、その日はなにもされることがなく、なんとか無事に過ごすことができたが…。
これから訪れるであろう、波乱の日々を想い…、俺はこっそりとすすり泣くことしかできなかった。