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[27370] とある・もしもの世界 《超電磁砲1》
Name: verdadelo◆5ddb6f89 ID:9162cd46
Date: 2011/04/24 05:45
《超電磁砲1》

平均すると4秒半。
ぼんやりと通り過ぎる人の顔を17数えたところでカウントをあきらめたが、過去の経験と比較するにやや長めの部類にはいるだろう。

度数分布は正規分布ではなく、おそらく2秒と6秒付近に2つのピークができるはずだ。
ピークができる理由は大きく分けて2つ。
厄介なことにかかわりたくないとすぐ目をそらすタイプと、興味と心配を混ざってしばらく見ているタイプの2パターンがあることだろう。
なお、平均値を押し上げているのは、自分と自分を囲む者たちの服装によると推察される。

ともあれ、「自分と目線が合っている時間曲線」は、極狭い範囲で収束する。
他者のためにリスクをとる行為は取りがたいのは当たり前であって、この状況で目線を合わせることは対岸の火事を自分の岸に吹き寄せることになるのだから、残念ながら仕方ないが。

そのような冷めたことを考えつつ、その一方で無視し続けているのにいつまでも諦めない男たちにイライラしつつ、彼女は日が落ちた三車線道路脇の歩道を急ぐ通行人を眺めていた。

彼女が比較的広めと自覚しているパーソナルスペースを笑いながら侵害する男たちの制服をみれば、彼らが学園都市では―能力開発という意味では―かなり優秀な高校に通う生徒であることを知らない人は少数派だろう。入学時の条件は、確かレベル2以上。学力もそれなりのものを要求されているはずだから、彼らが馴染みの「お客さん」とは雰囲気が違うのも当然だ。

「だからね、俺たちとしては常盤台の教育プログラムをどうしても知りたいわけよ」

長い髪を揺らしながら放つ誘い文句も確かに新鮮だ。しかし、新鮮だから好印象を与えるかというと、そういうものでもない。
言葉や態度には2重程度のオブラートを掛けてあるが、その真意はつまるところナンパであり、レベル3以上は確実である常盤台の学生に、数の力でプレッシャを与えようとする方法も、結局は過去の事例と変わらない。そして、常盤台の制服が、通行人をもって自分で自分を守るくらいの力はあるだろうと思わせるのに有効であることも規定事項だ。

新しいパターンに、最初の1分間とはいえ僅かな好奇心を持ってしまったのは、今日の実験で思った以上に疲れていたせいだと結論する。

「君にとっても、我々の高校のプログラムは能力向上に役立つと思うよ」

TPOが悪いと、どんな言葉も悪質なキャッチセールスの常套句のように聞こえるものだ…そんな惰性的思索を続ける大人の態度も、さすがに肩に手を回されれば即座に瓦解する。

「……離しなさいよ」

「へえ」、「そう」、「興味ないから」に加えて、この言葉を使うときはリーチが掛けられたことを意味する。彼女の客人が圧倒的優位と思っていた状況が一転し、自分が刈り取られる側になることに気づくことに。すなわち、常盤台の超電磁砲、御坂美琴がその能力の一部を解放することに。

「まあ、そういわずにさ。夕飯まだなんでしょ。なんでもおごるよ」

歴然たる力の差に固まった表情に、彼女がささやかで無自覚な暗い喜びを感じることに。

「……離しなさい。痛い目を見るわよ?」

一応、警告はする。聞き入れて解放されたためしはないし、聞き入れられるとも思っていない。
だから、これは挨拶、あるいは能力を使用することに対する自分への言い訳と同義だ。止まれ、といわれて止まる者は最初から脱走をせず粛々と刑期を終えるだろう。
逃げ続ける覚悟で脱獄するのだから、そんな言葉を掛ける暇があるならば銃で撃てばよいのにと思う。
その理屈なら、自分も警告なしで打ちのめすべきか、などと物騒な思いに、かすかな匂いが入ってくる。
ゼロ距離にある長髪から漂う香水は、意外と自分の趣味に合うものだった。
香水は体温によって香りが変わっていく。
ジュール熱をかければ、さらに好みになるのだろうか。

感情の沸騰は一瞬で、すぐに冷静かつ攻撃的な発想に戻ってくるくらい、
御坂美琴にとって彼らの未来予想図は明らかだった。

「そんなに怒らないで、さ」

言葉はあくまで穏やかだが、語調からオブラートは解けつつあると感じる。
後ろの誰かの舌打ちがかすかに聞こえる。そして、その音にわざと少し強めの視線を向ける。この視線は好ましいものであるはずがない。
おそらくこのぎりぎりの平衡状態を崩すだろう。

そのとき、その後ろからまっすぐに自分を見ながら一人の男が歩いてくることに気がついた。

「なんだよ、その目は」

10秒くらいか、と予測する。高校生であろうその男は無表情だ。
これから6対1の争いに入り込む覚悟があるようには見えない。
それでも目をそらさないのは、状況を把握していないか、状況を把握して安全域でジャッジメントに通報するつもりなのだろう。
舌打ちの音源にさらに挑発的と見えるような視線を送りつつ、視野の端で自分の予測結果を確かめる。

「無視するんなよ」

15秒。予測より長い。ひょっとしたらそれなりに高いレベルの能力者なのか。
彼らの制服をみて、それでも対処可能であると思える程度の能力者が、
可哀想な自分に手を差し伸べてくれるというのか。
まあ、このような状況に陥ることは数え切れないぐらいだから、そのような偶然があっても不思議ではない。

―数え切れないほど絡まれる要因のひとつに、隠し切れていない自分の不遜があることを、
もちろん彼女は自覚していない。

「おい、…聞いてます?」

25秒。男たちの輪が少し狭くなる。瞬時に使って良い能力の強さを確認する。
自分が背中にしている店や傍らの自動販売機に影響がない、本日の「被害者」が死なない、
しかしながらそれ相応の痛みを受ける程度の電撃。
もちろん、こちらからは使わない。相手に先に手を出してもらわないと正当防衛にはならない。

件の男は歩みを止めない。彼のどのような対応をするのだろう。

「ちっ…。…おい、なんだお前?」

30秒。肩に回された力が増す。長髪は自分をコーティングすることは放棄したらしい。
溜まっていた苛立ちをぶつけるように、イレギュラーな乱入者に胡乱な視線をぶつけた。
ここで強さを見せておけば、この女もおとなしくなるだろう、ぐらいは考えているのかもしれなかった。

しかし受ける高校生は相変わらず無表情のまま、

「多人数で女の子を口説くのはカッコ悪い。そして、5分以上話しかけて脈がないなら諦めたほうが無難だと思うけど」

静かに喧嘩を売ってきた。

やはり高レベルの能力者か。どれ程のものかお手並み拝見といきたい、と御坂は思った。
高レベルの能力者の喧嘩はほとんど見たことがない。
自分を助ようとする善意に対しての罪と自覚しつつも、実力が伯仲すればなお面白い、
など期待が沸くのも否めない。

御坂の期待に応えるつもりではないだろうが、元々馬鹿ではないはずの周りの連中にも同様の推察は成り立ったらしい。
緊張が走り、能力が使用される独特の感覚―AIM拡散力場か―が高まるのを感じる。
そして、御坂の周りの空気が揺らいだ

発火能力者だ。

長髪は肩に片手を回したまま両手を突き出すように前にだす。その前に炎が現れる。
強度は多分レベル4。自分に話しかけていたのは基本的にこの長髪だったから、彼らの中ではリーダーみたいなものかと思っていたが、この能力なら納得できる。
彼らの学校でもきっと最も強い部類に入るだろう。あそこにはレベル5はいないから。

さて、乱入してきた彼はどう対応するのか。
未だ両手をポケットに突っ込んだまま、無表情を決めているが、それほど自分の強さに自信があるのかね。
その態度がただのハッタリでないことを期待しつつ、ハッタリだったときは即座に助けられるように目を配りつつ、
なんとなく傍観者になったかのように目の前の展開を見ていた御坂だが、何かが焦げる、その独特な臭い…その正体に気づいた瞬間、

「ふざけんなアアアアアアアアアアアアアア!」

怒声とともに、手加減があまり効いていない電撃を周囲に放ってしまった。
あたりが光と爆発音で包まれる。隣の自動販売機がボンッ、と小さな音を立てて機能停止する。
背中のシャッタの塗装がめくれる。
強引に電気の通り道にされたアスファルトが僅かに溶けた臭いがする。

「あー……」

しまった、と思ったときには遅かった。
理不尽に重い罰を受けた男達は軽く痙攣しながら地面に倒れていた。
とっさに心電位、脳波、網膜電位を確認するが全員問題なし。
大事にならなくて安堵のため息を一つ落とす。
同情できるところは限りなく少ない人種だが、それでも髪の毛を少し焦がされただけで回復不能なダメージを与えることには抵抗が大きい。
動揺の波が引き、余裕を取り戻したので聞いてみた。

「……で、アンタはなんで無事なわけ?」

相変わらず両手をポケットに突っ込んだまま、無表情な乱入者に。
見たところ彼はまったくダメージを受けていない。
距離的には同程度の位置に倒れる犠牲者は服も焦げているのに。
自分が無意識に彼だけを避けるように攻撃したのだろうか…
いや、そんな配慮はなかったはずだ。やはり高レベルの能力者か。
しかし、ボールを投げられた男は周囲を一瞥し、僅かに考えるそぶりを見せたあと、

「どうやら、余計なお世話だったみたいだね」

と、ぼそりとつぶやいた。

「質問に答えて欲しいんだけど」
「ジャッジメントには通報しておくね。大丈夫だとは思うけど、病院に運んだほうが良いと思うし」

聞かれたら、女の子がしつこく絡まれていた、と証言するけどそれでいいよね?と続ける。
やはり、納得できる答えが返ってこない。なんだ、この男は。

「一体、何の能力を使ったわけ?」

急速にイラつきが増していくのを抑えて、努めて冷静に聞く。
電撃はステップトリーダでさえマッハ100を超える。
電撃を見てからの反応では、絶対に防御は間に合わない。
仮に自分が発電系能力者と知っていて―良くも悪くも自分の知名度は理解している―能力を使うことをとっさに察知して
能力で防御したにしても、これだけの電気量を受け流すのは容易なことではないはず。
それができる能力者はレベル4でも上位のものだろう。

「ああ…、俺はてっきり君が外してくれたんだと思っていたけど」
「それはない」
「言い切るのか…。一応、助けに入ったんだけどね、俺」
「で、何で?」
「だから、君が配慮してくれたんだろう?」
「違うって言ってるでしょ!」

この男はあくまで惚けるつもりらしい。でもそんなことは許せない。
自分の能力が通用しないなど、簡単に認められるものではないから―

「答えたくないなら…答えたくなるようにしてもいいのよ?」

うっかり言ってから、醜い言葉だと後悔した。
ああ、これは完全に脅迫だ。筋違いもいいところだ。
この言葉は、倒れている者たちに言うべきものだ。
彼はリスクを負って自分を助けようとしてくれたのに、なぜこんな言葉をぶつけられるのだ、自分は。
今日の実験が大変だったせいだ、など自己弁護する自分がふと現れる。
同時にそれを非難する自分が登場する。
でも、何を御坂が思おうとも、音のエネルギーは拡散しても、言葉は取り返すことができない。

「まあ……もし、君の配慮じゃないとすれば」

それでも、彼は姿勢も表情も変えない。淡々と、同じトーンで、

「きっと、日ごろの行い、ってやつじゃないかな」

または、神のご加護かもね。などと彼自身、絶対に信じていないだろうと思われる台詞を述べる。
それはあまりにも馬鹿馬鹿しい回答だったから、御坂は苛立ちも後悔も忘れてしばらく呆然とした。

「あ、ごめんね」

その間に、彼はポケットから携帯を取り出す。
どうやら電話の相手と待ち合わせしているらしく、遅刻を詫びているようだ。

「……もう、いいわ。助けてくれたのに、悪かったわ」

今、これ以上の質問をしても、自分の望む回答は得られないことがなんとなくわかった。
これ以上質問すると、自分の嫌な面と向き合うことになるかもしれないこともわかった。
そして、質問するエネルギーもどこかに消えてしまった。
だから、ひょっとしたら気づかれないかもしれないくらい軽く頭を下げ、
御坂美琴はその場を後にしたのだ。

決して人には知られたくないプライバシーがあり、それを尊重しようなど殊勝な思いがあったからではない。
それなりに強い能力者なら、データバンクに入り込めばすぐに見つかるはずだ、という見込みがあった。
だから、今この場で聞かなくても良い、と保留しただけだ。

その甘い見通しのために、ストーカーまがいのことをする羽目になるとは、
このときの御坂美琴には想像できなかった。



[27370] とある・もしもの世界 《超電磁砲2》
Name: verdadelo◆5ddb6f89 ID:aabc9d6f
Date: 2011/04/24 05:50
《超電磁砲2》

結論から言えば、データバンクを漁ったものの、あの無表情な男に関する有用な情報は得られなかった。

あの件の次の日、写真つきのレベル4の能力者リスト―もちろん公衆電話から侵入したバンクより違法にダウンロードしたもの―を全部見たが、あの男に似た顔は1人もなかった。
発電能力者なら、あの電撃をかわせたかもしれないと考え、レベル1から3までの発電能力者も調べたが、該当件数はゼロ。
バンクの情報は常に最新で、ジャッジメントやアンチスキルも参照する情報だから、整形したところでごまかせるようなものではない。
可能性としては変身能力者も挙げられるが、それなら電撃を防げることが説明できない。
1時間も掛からずに見つけられると思っていたのに当てが外れて、御坂美琴は頬を膨らませた。

しかし、頬を膨らませても、湧き上がる疑問と好奇心は納まらない。
そして、如何に彼女が世界最高レベルの情報処理およびハッキング技術保持者であろうとも、
自分の記憶の中にしかない顔を手がかりにネットワークから個人を特定するのは不可能だ。
彼女が極めてオーソドックスかつ古典的な手法-すなわち現地調査と聞き込み―を取った
のは、端的に言えばそういった理由からだった。

真夏日の午前11時、うだるような暑さの中で御坂は現場に帰ってきた。昨夜とは一転して
人通りも多いなか、自分が残した傷痕を調べている姿を見られると、まるで糾弾されているような気持ちになる。
事実、糾弾されても仕方ないことをしたのだから文句は言えないはずだが、
それでも見るな、という無言の威圧感で視線を逸らさせるあたりがレベル5たる所以だろう。
そういえば、犯人は現場に帰ってくるというのは定説だったような気がする。
ならば突然ジャッジメントが現れて、器物破損の容疑で拘束されたりするのだろうか。
昨日はルームメイトに特に追及されなかったが、今日帰ったら彼女にまた説教されるかもしれないなどと思いつつ、
ふとアスファルトに目を落としたところで彼女はあることに気がついた。

アスファルトの一部で周囲と僅かに色調が異なる部分があるのだ。
直径は約70cm。
円状に変色している場所を見て、そこがあの男が立っていた場所であることに気付いた。

「なるほど」

全身をにじむ汗の分以上の情報を見つけたことに満足して、彼女は次の行動に移った。


「わかった、ありがとう、参考になったわ」

聞き込みについても、それなりに情報が集まった。
昨日、聞くともなしに聞いた「電話」の会話を信用するなら、
あの男は例の場所から歩いて15分程度の場所に住んでいるらしい。
この辺りは自分も通学路として使用しているので土地勘もあり、
どこに行けば適切な情報が得られそうかは良く理解していた。

「ごめんね…でも、この件でうちの学校の子に報復しようとしたら、こんなもんじゃ済まないから」

あの男は全く見知らぬ自分を助けようと、6対1の状況に首を突っ込むお人好しだ。
ならば、この付近で「助けに入らなければいけない状況を作りそうな」連中、
すなわちスキルアウトの溜まり場を何点かあたれば、何がしかの情報を得られるのではないか。
そう考えて、自分の能力と知名度を背景に穏やかに質問してみれば、
予想以上に有名人のようで、どこに行っても彼は知られていた。

得られた情報をまとめると、
人助けを生きがいのように行う男、
異常に運動神経と勘が良い男。
お礼参りも返り討ちに会ったり、
ジャッジメントやアンチスキルが巡回している場所に誘導されて逮捕されたりするなど、
成功したためしがないようで、スキルアウトにはできれば相手にしないほうが良い人物と認識されているらしい。
さらに、能力者と戦って負けたことはないらしく、
どうやら能力を打ち消すとしか思えない現象を多々起こしているようだ。

「能力を打ち消す能力」

昨日までなら、そんなものあるわけないで笑って終わりだっただろうが、
実際それらしい現象を見たばかりなのでなんともいえない。
しかし、通っている学校についても情報があったが、能力開発の点では低レベルといって差し支えない学校のようだ。
能力を無力化できるような力が存在するなら、それはかなり珍しい有用な力のはずであり、
そのような学校で開発する意義は低い。
というより、他の能力開発に熱心な学校から好待遇で引き抜かれないわけがない。

「この道をよく通ると言ってたわね」

他に有用な情報といえば、あの男が最近良く使う道がわかったことがある。
複数のスキルアウトから転送させたGPS情報とも矛盾はないので正しい情報だろう。
今の時期は学園都市の学校は夏季休暇のはずだから、買い物ルートなのだろうか。

「上条当麻、ね」

そして、決定的なのはあの男の名前がわかったことだ。
ためしに端末を引っ張り出して検索すると、記憶に新しい顔が表示された。
間違いなく、この男だ。
バンクの情報なので、現住所や連絡先も同時に入手したことになる。
だから、もしもう一度会いたいと思えば電話で呼び出すことも、家に直接乗り込むことだってできる。
携帯電話を持ち歩いているなら、現在位置のリアルタイム情報だって特定可能だ。

そんな形で情報集めに満足したので、御坂美琴は上条当麻がよく通るとされている道沿いにあるファーストフード店で窓際の席に座り、
道をぼんやりと眺めながら涼と遅い昼食を取っていた。
妙な能力があるか否か。
いや、自分の能力を上回る能力者なのか否か。
それを確認したくて半日前まではすぐにでも見つけ出したいという気持ちだったのに、
いつでも確かめられるとなると、炎天下を汗だくになって歩き回ったのが急に馬鹿みたいに思えるから不思議なものだ。
確認は別にいつでも良い、とさえ思えてくる。
会って確かめる、ただそれだけのことに急に後ろ向きになった原因が、昨日の自分の言動が後ろめたいせいだと気付いた頃には、
食べるものは何も残っていなかった。



[27370] とある・もしもの世界 《超電磁砲3》
Name: verdadelo◆5ddb6f89 ID:aabc9d6f
Date: 2011/04/24 05:56
《超電磁砲3》

飲み物の残り、より正確に言えば飲み物を冷やす氷が溶けた水をちびちびとすすりながら、御坂美琴はぼんやりと道を眺めていた。
体も冷え、ついでに頭も冷えて考えてみれば、上条当麻なる人物が自分の能力を上回る能力者なのか否かを何故これほど熱心に確認しようとしていたのか、だんだんわからなくなってくる。
何故?
私が負けず嫌いだから?

自分が負けず嫌いなのは正しく認識していると思う。だれかが自分よりも優れている、
と聞くたびに確実に自分の心がざわつくのを実感するからだ。
そして、この感情はそんなに悪くないとも思っている。
より強くなりたいという気持ちがあったからこそ、今の自分は今の位置にいる。
今の自分は、自分が勝ち得た今の位置に満足している。

満足しているはず…だよね?

自分に対して疑問系になってしまうなんて、と一人笑う。
私はこんなに頭が悪かったっけ。

笑って、直視しないように自分の心にファイアウォールを展開するが、
その疑問の答えだって本当はわかる。
そして疑問の答えを見てしまうことも知っている。

目を閉じて、能力の目で周りを見る。暗闇から一転して世界が「目」の前に広がる。
色彩がなく、通電物質の存在感が視覚よりも強調され、電磁場を発生する場所が強度によって蜃気楼のように揺らいで見える。
しかし、それを無味乾燥したものとは感じない。
視覚で捉える世界も美しいが、この世界だって同じくらい素敵だ。
世界が捉え方で一変する、というメタファーをよく耳にするが、
この世界が少なくとも2つの全く異なる見え方をするということを、
実感と感動を持って体感できる喜びは大きく、
そしてそれはきっと僅かな人しか得ることができないとても貴重なものだろう。

目を開けて、視覚を取り戻す。そこに能力の情報を上乗せする。
そして、外には放電させないように注意して、自分の両手に力を集めてみる。
自分の両手に大きな存在感が集まってくるのがわかる。
同時に湧き上がる万能感。
これが、自分。
だから、仕方がないではないか。

レベル5。認定されたときは、努力が報われたと喜んだ。両親もとても喜んでくれた。
友達からは明らかな尊敬と羨望のまなざしで見つめられた。純粋に嬉しかった。
しかし、自分が一線を越えた領域に足を突っ込んだことを震え、泣きながら理解したのは、
自分のAIM拡散力場が示す急上昇の曲線図をみたときでも、瞬間的に出せる電圧が億の単位になったときでも、
超電磁砲で退役した戦車を吹き飛ばしたときでもない。

あれは2年前、過去最大級の台風が学園都市を襲ったときだ。
記録的な暴風雨に対しても学園都市はびくともしなかった。
停電も断水も冠水もないという報道は、都市のすぐ外にある町の惨たらしいまでの被害状況と並んで、
この街の科学が世界のはるか先を進んでいることの実例の一つとして3日ほど世界のニュースを騒がせた。

あの台風のとき、学園都市に雷が落ちた。規模は過去最大級だという。
私はそれを500mほど離れた寮で見ていた。
視物質を余裕で飽和できる光量だった。直後に轟音と地響きが体を揺らした。
私以外は皆赤ん坊のようにうずくまっていた。泣き出す子も少なくなかった。

そんな中、私は一人、空を見ながら震えながら泣いていた。
私の五感と、そこから情報を得た私の本能は自然の猛威に対する恐怖を告げていたと思う。
だからこそ、私は怖かった。
なぜなら、私はわかったから。
この自然の力を、私はコントロールできる。目が、耳が、体が感じるこの圧倒的な力を、
私は思うように導き、生み出し、打ち消すことができる。
能力の目で見える空にある電撃の渦と寮から見えるグラウンドの間に、
ためしに能力で線をつないでみる。
莫大な力は私の意図した場所に正確に墜落する。
まわりでまた泣き声が増える。

ああ、私は、なんて過ぎる力を身につけてしまったんだろう。

あの日から、自分と周囲の関係は変わった。
最初に線を引いたのは自分か周囲かはわからないが
変化は加速度的で、視覚でも能力でも見えない壁ができてしまっていることに気付くまで
さして時間は掛からなかった。
そして、その壁を否定することも、壊すことも私はしなかった。
本当の意味で私と分かり合える人は少ないだろうと諦めていたし、
少なくとも表面上は良好な人間関係だったから。
いま思えば、もう少し何とかしていればよかったと反省する。
今の私には、例えば自分がうっかり放った電撃をすり抜けた正体不明の人物について、
気楽に相談する相手がいない。

だから、この疑問系は、この寂しさは、自分の力が生み出した処理できない副産物なのだ。

「はあ…」

ここまで考えて、あの男の能力が気になる理由がようやくわかった気がする。
自分の力が破られてしまったら、この寂しさだけしか残らないではないか。
そんなことは認められない。そんなのは、哀しすぎる。
なんて子供っぽい理屈。

「はあ…」

このところ、少しため息が多い気がする。
自分の能力に対する絶対的な自信と誇り、それとセットでついてくる何ともいえない寂しさ。
このトレードオフに気付いたから?
それとも、ひょっとしたらこれは青春の悩みというものか?

また疑問系だ。つくづく頭が悪い。どうせ力を捨てることができない以上、
悩んでもしょうがないことはわかっているはずなのに。

最近、たまに起こる感情の負のループから逃れようと窓の外を見ると、
蜃気楼の中にやけにクリアに抜けて見える部分があった。


上条当麻だ。



[27370] とある・もしもの世界 《超電磁砲4》
Name: verdadelo◆5ddb6f89 ID:aabc9d6f
Date: 2011/04/24 06:02
《超電磁砲4》

ごく偶に、奇跡がおこることがあるらしい。

高層ビルの窓の清掃を何十年もやっている人が、あるときあり得ないいくつかのミスが重なって落下する。
そのとき、たまたま下を走っていたトラックの荷台にクッションとなるものが満載されていたおかげで命拾いした、とか。
テレビの電源を入れて適当にチャンネルを回したら、
異国にいるはずの自分の恩師がローカル放送で生中継されていて、
そのおかげで再会できた、とか。

根源たる素粒子自体が確率論でしか記述できず、その総体である宇宙の動きも、結局は統計でしか把握できない。
したがって、決して起こらないことなど決してない。
別に神様や悪魔を持ち出さなくても、奇跡は説明可能なのだ。
さらに、人間は好都合なことを記憶し、悪いことを忘れるという素敵な脳の仕組みをもっている点も
奇跡ということを説明する補強材料になるだろう。
圧倒的にはずれが多いくじなのに、宝なんて名前がつけられてまかり通っているのが良い証拠だ。

そんな味気ない話をするする語ることができるくらい、科学に侵食されているはずなのに、
それでもこのタイミングは奇跡みたいだと思った。

30分前なら集めた情報と空腹を秤に掛けて多分無視していた。
15分前ならもしかしたら感情のループを能力に変えてぶつけていた。
5分前ならきっと能力のノイズに紛れて気付かなかった。

でも今なのだ。
彼は歩いてくる。
彼の周りだけ、消しゴムで消したように電磁波の群れが消えていく。
視覚のみでしか捕らえられない彼は、相変わらず無表情で店の前を通り過ぎていく。

反射的に立ち上がった。
ゴミ箱に僅かに氷が残った紙コップを突っ込み、小走りで店を出ると、忘れていた熱気が帰ってきた。
右手を見れば、髪質が硬そうな頭をした男が15 mほど前を歩いている。
客観的に見て、体は締まっているようだ。
能力で見れば筋肉量がわかるし、そこからスタミナ、パワー、得意な運動のタイプがわかるのだが、
あいにく彼を知覚できるのは今のところこの両目のみ。
それでも、体格、足の運び、体の安定性などと、いままでの経験から、かなり強いのだろうということは推察できる。
もちろん、Homo sapiensとして能力なしに戦った場合という意味でだが。

同時に、御坂美琴は理解する。
彼を探し、問おうとした質問の一部は、すでに回答されている。
能力の目では彼が見えない。

つまり、彼には自分の能力の一部をキャンセルすることができるということだ。

「問題は、私の、全能力、を打ち消せるかどうか、よ」

つい、口から言葉が漏れる。
その音に、先ほどなんとか肯定的に認めたはずの負けず嫌いが一気に煩わしくなる。
そう感じながらも、私は自動的に自分の劣勢を否定する材料を検索している。

能力の目で見えない、というのは厳密には違う。
能力の目で見ると、彼のみが空白として映る。
それはすなわち、彼が見えているということではないか。

なんだ、その小さい考え。別にいいじゃない、見えなくても。
……超電磁砲で木っ端微塵に吹き飛ばせば、私の勝ちなんだから。

小さいと自分を諌めた次の瞬間、それでも勝利にこだわる自分が出てくる。

「はあ…」

またため息がこぼれた。

御坂美琴は確かめたい。上条当麻よりも自分のほうが強いということを。
御坂美琴は確かめたくない。勝利にこだわり、間違いなく自分を孤独に追いやる自分の性を。

そんな二律背反の願望が綱引きをした結果として、とりあえずは15mの距離は伸びるでも、
縮まるでもなく維持されることが決定された。
先を行く男は、背後にある葛藤に気付いた素振りはない。

日が少し弱まってきたからか、それとも幼稚舎の生徒が下校する時間が近いからか、
少しずつ人が増えていく道を歩いていく。

振り返られたら隠れるか?
隠れないならどう対応する?
戦うのか?
話すのか?
確かめるのか?
そもそも自分は何をやっているのだ?

散歩は気分転換に最適というが、現状は散歩とは程遠く、当然気分が晴れるどころかどんどん鬱滞していくのも自然のことだ。
しかし、考えを早急に決めなくてはいけない。
自分が全ての感情に整理をつけるまで、彼が後ろを向かずに歩き続けてくれる奇跡は期待できないのだから。
そう、もっとも不味いのは、慌てふためく自分を見られることだ。
とりあえず、決めなければ。

情けない姿を絶対に見られたくないという心理こそ、負けず嫌いそのもののはずだが、
今の彼女にはそれに気付く余裕はない。

早く、決めないと。


だから、ふと、彼が立ち止まったときに御坂美琴は酷く驚いた。
まさか、気付いたのか。
まだ、だめなのに、決めてないのに。
思考と感情がばらばらの方向に振れた結果、例のとおり進むことも逃げることもかなわず、保持してきたままの距離をキープしたまま立ち止まる。

彼の肩が左に回転する。
彼の右足が半歩前に踏み出される。
彼は振り向こうとしている。

馬鹿。やめて。
声に出さず、能力にも乗せず、それでも思わず願ってしまう。
そして、やはり彼女は動けない。

彼はそのまま90度左に回転し、ビルの間の細い路地に入っていった。
こちらには全く視線を向けなかった。
微動だにせず、彼のことだけをまっすぐ見ていたから、それはよくわかった。

「はあ…」

またため息がこぼれた。
同時になぜかとても悔しい気持ちが湧いてきた。
決して、自分はこれほど複雑でもてあます感情を持ちながら歩いてきたのに、
自分のことなど気付きもせずに立ち去ったことに対する不満ではない。
きっと、一挙手一投足まで上条当麻の気まぐれに支配されているかのごとき、自分の心理状態に腹を立てているのだ。
ああ、気が付いたらもっとイラついてきた。
この不満、どうすれば解消できるだろう?

「……簡単、じゃない」

気付かなかった1秒前の自分を薄く笑って、彼女はつぶやく。
この距離を維持し、全てを保留にしようとしたのがそもそも間違いなのだ。
自分は負けず嫌いだ。それの良し悪しはともかく、それは変わらない。
負けたくないものは負けたくないのだ。
たとえ、負けの定義が自分にしか理解できないものであったとしても、
それでも負けるのは嫌なのだ。

だから、御坂美琴は走り出した。
あの背中に追いつくために。

そして、細い路地の角を曲がろうとしたとき、彼女は見た。
弱弱しく地面に座ってうつむく少年と、
明らかに彼を害したと思える態を示す4人の男と、
その少年を背中に男達に向かう、無表情な上条当麻の姿を。



[27370] とある・もしもの世界 《超電磁砲5》
Name: verdadelo◆5ddb6f89 ID:aabc9d6f
Date: 2011/04/24 06:19
《超電磁砲5》

世界を救う、という言葉を本気で実行しようと思っていた時期があったと御坂美琴は記憶している。
この世界には隠された力か、はたまた唯一にして巨大な秘密結社があり、
それらを自分が何とかすればこの世界で起こる不幸は全て消え去り、
皆はいつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。
厳密に、そして正直に言えば、過去形ではないのかもしれない。
今でも私の好きな漫画には、ぶっちぎりのヒーローが世界を平和に導くストーリーを基調にしているものが多い。
また、現実的には学園都市の科学技術と、能力者―特に、私を含むレベル5―が全力を尽くせば、
今の混乱や苦悩にあふれる状況を打破し、完璧は無理にしてもかなり理想に近い形に世界を幸せにできると信じている。
ともあれ、今も昔から共通していることは、私自身が巨大な力を持つ正義として、悪に勝利することを希望しているらしいということ。
しかし、巨大な力を手に入れた私だが、純然たる正義であることの自信については、
最近良いペースで減ってきているような気がしてならない。


「状況を見れば明らかだ。君たちは彼に暴力を振るったのだろう?」

18時間ぶりに上条当麻の淡々とした声を聞く。
4人の男達の雰囲気が変わる。
地面に座る彼の腰が、逃げようとして僅かに浮く。

「さっきジャッジメントにGPSコード付きでメールを送った。すぐにここに駆けつけてくるだろう」

男達が半円上に動き、上条を取り囲む。
逃げることを諦めた少年が、遠からずくる暴力に身を縮める。

「今なら間に合う。さっさと逃げろ」

それでも上条の声は変わらない。同じ調子で宣戦布告と変わらない警告を述べる。
恐らく、表情も相変わらず無表情なのだろう。

細い路地への角に走りこもうとした御坂美琴は、一瞬で状況を察し、
そして路地を通りこして向かい側のビルに背中をつけて止まった。
状況は能力の目で見えるし、声はここまで聞こえるが、
電磁波の穴みたいになってしまう上条の表情については残念ながら推測止まりだ。

自分が出て能力を使えば、蹴散らすのに1秒も掛からない。
彼らが自分を知っていれば、能力を使う必要すらないかもしれない。

それでも、未知であり、自分の心理をかき乱す存在である上条当麻が間近で戦うかもしれない状況を前にした途端、
ついつい自分は見の位置に落ち着いてしまった。
そして、一瞬だけ見た画像を脳内で再現する。
彼はこちらを見ていなかった。だから、一瞬で路地を通り過ぎた自分に気付く道理はない。

どうした、御坂美琴。追いかけるって決めたんじゃなかったのか。
なら、どうして見られたか?なんて焦るんだ。

自分に心の中で突っ込むと、状況が変わったのだ、ここは白紙撤回でと政治家みたいな自己弁護が勝手にしゃべりだす。
すると別の部分が、今はそれどころじゃないだろ?と疑問を呈する。
そうだ。確かにそれどころではない。

殴られていたと思われる少年がいたということは、加害者は暴力をなんとも思っていないタイプということだ。
だから、上条の言葉に対して、その一人はためらうことなく表情筋を歪めながら拳を振り上げる。
その拳が、電磁波の空隙と重なる。
しかし空隙は動かず、飲まれたように消えた拳もまた然り。
そして空隙が動き、攻撃者の拳だけではなく腹までが飲まれる。
少し鈍い音がして、

「おいッ!?」

誰かの声とともに、一人が倒された。
間髪いれず、空隙が動く。さらに一人が首を刈られて昏倒する。
続いてもう一人。恐らくみぞおち辺りを蹴り込まれたのだろう。3mほど飛ばされて動かなくなる。
残りの一人は、さて、どう動くのか。

気付かぬうちに、御坂は今日も傍観者の視点になっている。
残された一人が能力者であれば良い、とほとんど自然に思っている。

だが、そんな願いは聞き入れられなかったようで、最後の加害者はポケットに手を入れる。
電磁波の像が強調されている。あれは、ナイフだ。

御坂に僅かな緊張が走る。
でも、それは映画のスリリングなシーンを見たときのそれと類似していて、
あくまで彼女は見物人のシートから動かない。

すると、空隙から直径5cm程度の球状物、恐らくは石が放たれた。
時速100km以上。
反射的に投げたにしては十分早く、しかもそれは正確にナイフをつかもうとする手を捕らえた。
思わず手を押さえる隙は見逃されることなく、空隙に意識が飛ばされる。

時間にして1分もなかった。
その実際は見えなくても、スキルアウトからの情報が誇張ではないことがよくわかった。
上条当麻は確実に強い男だった。

「ふふ…」

それが少し嬉しくて、御坂美琴は微笑む。
微笑んだあと、その理由がわからず困惑する。

「大丈夫か?」
「…………ぃがとうございます…」

しかし、そんな浮ついた気持ちは、被害者の少年の涙交じりの声で粉々に砕かれた。

「立てるか?」
「……」

無言でうなずくのが、波として認識される。
認識しつつ、彼女の意識は急速に重力崩壊していく。

「金、とられたのか?」
「……」

少年は否定しているようだ。
しかし、御坂美琴、一体どういうつもりなんだ?

「一応、俺の連絡先。この件で絡まれたら、連絡をくれ。できることはする」

違うよね?御坂美琴。
あんた間違ったよね?

「じゃあ、行こう。ここにいる意義は低い」

なぜ。


こちらに少年と空隙が向かってくることが見えた。
何も考えず、身を翻してひたすら走った。
誰かにぶつかったが、謝りもせずに走った。
走って、走って、後ろを振り返って、そして逃げて。

もう十分だろう、と思える距離を走るだけ走って、ふと気が付けばどこかの路地裏だった。
場所は不明だが問題ない。
携帯があればここがどこかなんてすぐわかる。
仮になくても、私なら、レベル5の超電磁砲なら、容易にわかる。
なにせ電磁の世界を従えるマスターなのだ。
GPSを読むのだって、携帯を傍受するのだって、雷を操るのだって、
ドミノを倒すように気楽に、流れるようにできるのだ。

―当然、彼らを救うヒーローにだって、簡単になれた、はずなのに。

「くッ…」

思わず座り込み、うつむく。

「なぜ……」

―救わなかったのだ、私は。

自己嫌悪が渦を巻く。
いつもなら、まあまあ、と現れる心の弁護人が今日はおとなしい。
私の心には私を告訴する声しかない。

何故、私を救おうとした彼を助けなかった?
何故、4対1の状況を見過ごせた?
何故、加害者が能力者であれと思えた?
何故、ナイフを認識した段階で飛び出さなかった?
何故、見過ごした事を謝らなかった?
何故、私は力をつけた?

何故……あそこでヒーローになったのが私じゃないんだ?

何故、何故、とどろどろと言葉があふれる。
過去最大級の台風のように、心がかき乱される。

「何故…なんで…」

うつむき、自分の腕を抱きしめるように、拘束するようにきつく握る。

「私は…私は……」

どのくらいそうしていたか。
ついに台風は静まった。
しかし、台風一過のように青空が広がるわけもない。

立ち上がろうとして、少しふらつく。
ため息を一つこぼして、頭を振る。
だめだ、しっかりしろ、御坂美琴。
おいしいものでも食べて、元気を出せ。

「よし、大丈夫」

自分に言い聞かせる言葉。
最近、使用回数が増えてきた言葉。

それでも自己暗示とは侮れないのか、それとも私が単純なのか。
すこしだけ心の雲を薄くして、一回、大きく背伸びをしてみる。

「よし、大丈夫」

2回も言えば十分だろう。
最寄りのバス停を探そうとして、やはり歩こうと思い直した。
だって、散歩は気分転換に最適というじゃないか。

私は歩く。光子と電磁波の混じった世界を歩きながら、心の澱を篩にかける。
美しく、素敵な世界に少しだけ心の負担を肩代わりしてもらいながら、私は考える。
何が大事で、何をしたくて、そのために何を反省し、何をすればよいのか。

思えば、自己分析を真面目に行うのは久しぶりな気がする。
いつの間にかファイアウォールや弁護人を作って、見て見ぬ振りを続けていた。
本当の自分なんて見つからないとよく言うけれど、
だからって完全に目を逸らし続けるのはまずいということがよくわかった。
だって、目を離すと、自分でもよくわからない負債が勝手に増えていくような気がするからだ。
このままでは憧れの正義のヒーローから遠ざかる一方だ。

空を見上げればややオレンジが入りだした、青。
そこを行きかう、さまざまな波。
背景が単純だから、干渉波が生み出す波紋が浮かび上がって、それがしみじみと美しい。

とりあえず、わかったこと。
やっぱり、私はこの力が大好きなのだ。
この力で見える世界、この力が動かす事象、この力がもたらすエネルギー。
それらはどうしたってやはり応え難い。
もはや否定することなんてできない。
だから、この力とそれが生む副産物と間で悩むことが不自然なのだ。
それが気に入らないなら、気に入るように変えればいい。
できれば世界を。
無理なら自分を。

やるべきことを見つけて、へこんでも負けず嫌いが垣間見れる自分に少し安心したのだろうか。

つい、うっかり、ぽつりと思ってしまった。


……あいつは、何であんなにも平坦なんだろう。



[27370] とある・もしもの世界 《超電磁砲6》
Name: verdadelo◆5ddb6f89 ID:aabc9d6f
Date: 2011/04/24 08:39
《超電磁砲6》

青が緋色に。
緋色が紺に。

少しずつ変わる空の色と、場所によって変わる電磁波の海が綺麗だったから、
バスを使わず、さらに大きく遠回りして歩いて帰ることにした。
歩きながら、少し涙ぐんで、笑って、怒って、悲しんで
また涙ぐんで、今度は怒って。
寮に帰ってからもルームメイトの白井黒子に心配されつつ、お風呂で歌いながら笑って。
布団の上で右手と左手の間を走る放電の樹をみて切なくなって。

感情の波と相互作用して、自己分析の結果が多少は左右されたが、
根本的なところはそんなにぶれてないんじゃないかと御坂美琴は思う。
まあ、当たり前といえばそうか。
三つ子の魂、百までも。雀百まで踊り忘れずとはよくいったものだ。
私の根本はもう大体できているのだ。
それなら、考えて、求めて、見つけられるものもそれほど変わらないはずだ。


自分が求めるものは、今のところは具体的にはわからなかった。
ただ、自分がイメージする幸せは、切り立った崖の上に立つ孤独な虎じゃない。
強くてプライドが高いけど、仲間や家族を大切にする狼なのだってことはわかった。
そして、そんな私の幸せを邪魔する私の短所というべきところ。
挙げようとすればぼろぼろでてくるけれど、クリティカルなのはこの3つだろう。


私は負けず嫌いだ。
そして意地っ張りなところがある。
そして……嘘付きだ。意地を張るために、負けないために、自分すら騙そうとする。


自分を大きく曲げることは、多分無理だ。
この3つ全てを完全に変えるのは、とても無理な気がする。

というより、自分に甘いかもしれないが、変えられてしまったらそれはもはや私じゃないのではないか。
そう考えると、ある意味長所なのか?私が私である所以か?などと虫の良い解釈をする前向きさは
とりあえず長所に分類してあるけれども直したほうが良いのだろうか。


ともあれ、何度考えても、そしてルームメイトである空間移動能力者に聞いてみても
やはり私の性格の問題は、この3点で間違いなさそうだ。
では、無理なく、かつ自分が求める生き方をするためには、どこをどう直せばよいのか。
そのために、どうすればよいのか。
さらに考えて、考えて、そしたらいつの間にか眠ってしまって。
目が覚めたら、黒子がジャッジメントの支部に行ってしまったのを確認して、
なんだかちょっとしんみりして少し泣いて。
その後、涙をぬぐったら、少しすっきりして。


ついでに結論がぽんとでた。


バスルームに入り、シャワーを浴びる。
なんとなく思いついたから、お湯を切って冷水を浴びてみる。
夏とはいえ、やっぱり冷たい。
交感神経がぞわっと励起されて、妙なテンションが湧き上がってくるのを感じる。
肌を粟立て、無駄に足踏みしながら、それでも頭から水を浴び続ける。
どう、御坂美琴。こんな変な状況でも、結論はかわらない?


水を止め、目を閉じて体をぬぐう。
曇り止めが異常に効いている鏡に向かい、目を開けて自分の顔を見る。
能力の目を使っても、自分の顔だけはこんな風に見ることはできない。
いや、見ることができないものが他にもいたね。

これから行うことは誰かに見られたら問題があるかもしれないが、
ここはバスルームだし問題なし。
自分に照れている場合ではない。

鏡に近寄って、自分の顔をよく見てみる。
もう一回深呼吸しても、答えは変わらない。
なら、私がやろうとしていた酔狂な一人劇も遂行するべきだ。

……可愛いじゃないか、御坂美琴。
……多少目が腫れているけど、大丈夫だよ。
そんな独り言を前口上に、微笑みながら私は自分に宣言する。


私は自分に嘘を付くのをやめる。
他人は騙すかもしれないけど、自分を騙すことはしない。


言うは簡単。
でも守るのはとても難しいだろうってことは自分のことだからよくわかる。
何かで縛らないと、今日一日だって守れるかどうか。
だから、こう続けるのだ。


御坂美琴、これは勝負だからね。
自分に嘘付いたら、あんたの負けだから。

そう、嘘を付いたら負けるのだ。私は自分をコントロールできなくなる。
それを放置すると、感情や思考がばらばらになって、何をしても、どちらに進んでも後悔するようになる。
昨日、一昨日は激しかったが、あれは突然ではなくて、ちゃんと予兆はあったのだ。
最近増えたため息は、自分に嘘を付き続けたことに呆れて、自分の心が出した悲鳴なのだ。
論理を完全に跳躍しているけれど、これは私にとって間違いない事実。
逆に嘘を付かなければ、自分はコントロールできる。
過剰な勝気も、身を滅ぼすような意地も、きっと根底にある本当の願望をごまかさずにちゃんと向き合えば、抗えないレベルまで育たないと信じる。

ああ、すっきりした。
何故、今まで気付かなかったのだろう。
私、自分は頭が良いってこっそり思っていたのに、違ったのかな?
鏡に向かって告白する。
そしてもう一度、笑顔を作って。


だから、勝負だ。御坂美琴。
お前が無様に負ける姿を期待してるぜ。

幕引きにはこのくらい芝居がかった台詞がふさわしいだろう。
負けず嫌いは身にしみて痛感している。
そんなことを言われたら、ますます負けるわけにはいかないじゃないか。
もう一度しっかり自分に喧嘩を打ってから、私はバスルームを後にした。


そんなわけで、今日から私は自分限定の正直者になったわけだ。
では、正直者の御坂美琴、あんたその将来性あふれる胸につかえがあるよね?
私に言ってごらん?

ベッドに座って、自分に問いかける。
当然、自分は正直に答えるのだ。

謝りたいよ。あいつに。

そうだよね、と一人問答してみる。
上条当麻は、私の罪の意識なんて知らない。
こっそり尾行したことも、彼を2度見捨てるようなことをしたことも、
私ならノーリスクで解決できた事件をしょわせたことも、あいつは知らないのだから。

でも、謝りたい。

そうだね。わかるよ。
でも、そんなこと言われたらあいつは困るんじゃない?

自分に問い返す。
当然、応えるのも私だ。

確かに困ると思うし、自己満足なのかもしれない。

ごめんなさい、というのは簡単だ。
頼めばきっと理由だって聞いてくれる。
理由を聞いてくれれば、謝罪の意図も汲んでくれる。
でも、それでよいのか?

良くないと思う。
困らせるために謝りたいわけじゃない。

そうだよね。
謝りたいんじゃなくて、正確には償いたいんだよね。

償いは、相手への還元が含まれている。
これだって自己満足の一種には違いないだろうけど、単に謝るよりは格段に良いはずだ。
還元した、とか許された、と判断するのも自分だから、本当の意味での償いなんてできるの?
なんて反論も可能だけど、私の気持ちとしては償いたい。
償えたかどうかのクライテリアを決めるより、まずは行動したい。

そうだね。償いたいんだよね。

そうだよ。償いたいんだよ。

自分の中で意見が一致した。
つまり、これは私の正直な気持ちなのだ。


では、さてどうすればよいだろう。



[27370] とある・もしもの世界 《超電磁砲7》
Name: verdadelo◆5ddb6f89 ID:aabc9d6f
Date: 2011/04/24 12:01
《超電磁砲7》

御坂美琴はレベル5の超電磁砲だ。
電磁気に関連することなら正しく自由自在に操れる。
電磁波から直接データを読み出し、またその逆だってできる。
暗号だってよほど硬くなければ自力で解読できるし、自力で解読できなくても
そこらのスーパーコンピュータにプログラムを実行させてこっそり解読させることもできる。
結果、サーバも含めて学園都市のコンピュータの9割以上を彼女は自在に操れる。
相当硬いことで有名な学園都市製の携帯電話の暗号キーだって入手している。
学園都市が義務付けている、携帯電話のGPS情報だって、自分の携帯をいじるように見ることができる。

これら誰にも話すことができない自分の能力の可能性を元に、
彼女が自分と立てた作戦はとてもシンプルなものだった。

論理としてはこうだ。

1. 御坂美琴は上条当麻に償いたい。そしてそれは早ければ早いほど良い。
2. 償うにあたって、なにをすれば彼のためになるのか、を知る必要がある。
3. 彼を知るためには友達になるのが一番だろうが、償いもしないうちにそんなことはできない。
4. 彼の友達の友達になって探る手もあるが、今は夏季休暇中でそれも難しいだろう。

一般的には本人に知られないでその人の情報を探ることは難しい。
それが簡単ならば、興信所など成り立たない。
そしてここは学園都市だ。
興信所自体が少ないし、女子中学生が男子高校生を調べてくださいと依頼して、引き受けてくれるとも考えにくい。

そこで、一般的の枠から逸脱している彼女は、自分の能力を正しく理解してこう結論付けた。

ならば、自分の全能力を使って彼の行動を逐一観察し、そこから彼が受け入れるであろう償いを推測すればよい。

幸い、今は夏季休暇だ。宿題などというものは既に済ませており、バイトもしていない御坂は、急な実験時以外は暇人だ。
これなら情報収集もさぞかし捗るだろう。
上条当麻について、自宅の電話も携帯もIPアドレスは既に入手済みだ。
それらの情報があれば、彼女なら彼の行動のほぼ全てを掌握できる

彼のプライバシーを侵害することに多少の抵抗はあるが、
償いをした後は無関係になるだろうし、知りえた情報は誰にも語らず墓に持っていけば
大きな問題はないだろう。


自分の悩みとその効果的な解決方法の両方に気付けて若干上機嫌になった御坂は
それが一般的には悪質なストーカーと称される行為であることに思い至らなかった。


思い立ったが吉日との言葉に従い、早速情報収集を開始する。
まずはGPSコードが500m以上動いたとき場合に、自分にメールを飛ばすようなコードを
簡単に記載して、パソコンのメーラに組み込む。

次に自宅と携帯の電話が使用された際に、自動的に録音するプログラムを組む。

最後に、PCと携帯で送受信されたメールを自分の携帯に転送するよう、彼が主に使用しているメールサーバのプログラムを書き換える。

これらの作業で約30分。

その後、少し考えてから、録音プログラムとそのファイル、携帯メールを、可能な限りもっとも硬い暗号化を行うものに修正する。
ついでに9月1日になったら、メーラの追加コード、録音関連の一切のファイル、および携帯の転送メールを自動的に復元不能な状態で削除するプログラムを組む。

9月1日を期限にしたのは、夏季休暇中に蹴りをつけるという不退転の決意を自分に示すため。
そして、さすがにいつまでもプライバシーを残しておくのは気がとがめたからだ。

部分的に良識的な面があるものの、トータルで考えるときわめて悪どい情報の罠なのだが、
組み上げた当人にはその自覚はほとんどなく、1時間もかからないうちに完成してしまった。

自分の手際のよさに自画自賛しつつ、GPSコードをみてみれば、彼はまだ自宅にいるらしい。

ふと思い至って、過去2週間程度の彼のGPSの軌跡を描かせてみると、1度学校に行った以外は、自宅、商店街、図書館の3つが彼の居場所だったことが判明した。
これなら、情報で武装したのちにいざ償いに行く際にも、偶然を装って再会しやすそうだ。
ちなみに1度学校に行った日は、ストーキングのきっかけとなった3日前だった。
もし自分が絡まれたのが一日ずれていたら、彼とはお互い知らぬ関係で、今頃自分はため息でもついていたのかもしれない。
そう思えば、あの無表情と出会ったのも、高層ビルから落下して助かったようなものなのかも、となんとなく思った。


いつ動きがあるかもしれない、と多少の緊張感を維持できたのは、それから1時間後が限度だった。

「なんで、動かないのよ?」

責任が全くないはずの相手に、恨み言を述べてみる。

「携帯も、家電も使ってないみたいだし…友達いないのかしら」

言ってから、自分の携帯だってこの2時間で正規の目的では使われていないのだから、
この発言は自分の首を絞めることになることに気付き、苦笑する。
それに、考えてみれば自分だって寮の部屋から出ていない。
彼と自分は全く同じ状況なのだ。

そういえば、そろそろ昼食時だ。
自分が外出したから、彼が動くわけではないが、動きがあっても携帯を持っていけば事足りる。
そう考えて、制服に着替えながら、頭の中で昼食場所の候補をサーチする。
服に袖を通しつつ、私が動いたのに反応して彼が動いたら、看守と囚人の立場が実は逆というホラーかな、とふと思った。
そして、囚人という自分の表現にどきりとし、いまさらながら若干の罪悪感を覚えるのだった。


実際には携帯は無言を保ったためホラーに直面することなく、御坂美琴は無事に昼食を終えた。
さて、これからどうしようか。
アイツが通う、図書館にでも行ってみるか。

思いつきだが、別に予定もないので、そのまま図書館に向かってみる。
件の図書館は第7学区でも最大の規模を誇る区立図書館だ。
歩いて10分程度の距離。
体は冷えているし、それほど汗をかかずに着けそうだ。
街路樹や軒下の陰をなるべく通るよう、少しギザギザなコースを進みながら、図書館に到着する。
予想通り、ほとんど汗をかかずに到着できたことにすこし微笑んで、図書館のゲートを通ろうとしたそのとき、GPSの動きを伝えるメールが届いた。


図書館のゲートをくぐり、入り口に一番近い座席で携帯を開く。
空調は適度に涼しく快適なはずなのに、緊張感で汗が流れるのを感じた。

私は、ひょっとしたら、とんでもないことをしているのでは。

携帯の画面では、上条を示す点が移動している。
今のところ、買い物と図書館に至る共通の道を移動しているので、彼がどちらに行こうとしているのかはわからない。
もちろん、そのどちらでもない場所に向かっている途中ということもありうる。

過去の軌跡を見たときと、全然重みが違う。

点の移動速度から、彼が徒歩であることは容易に想像できる。
まだ暑い時間、徒歩ならそんなに長距離は歩かないだろう。
次の、次の交差点が分かれ道だ。
まっすぐ来れば図書館、右に曲がれば買い物である可能性が高い。

冷静に解析している風を装っているが、心拍数が上がっているのがよくわかる。
その理由は容易に知れた。
一つは他人のリアルタイムを覗き見ることへの背徳感。
もう一つは、彼が図書館に来てしまうかもしれないという事実だ。

後者については隠れればよいということは自分でもわかっている。
だから、この鼓動はきっと前者のせいだ。
やらなきゃ良かった、と僅かに後悔した…が、本気で考えて出した結論なのだ。
これ以上の策を思いつかない以上、このまま行くしかないと気合を入れてみる。
そうこうするうちに、携帯の点は、問題の交差点に近づいてくる。
鼓動が、さらに早まる。
そして。

「ふぅ…」

彼は右に曲がった。買い物のようだ。
一安心すると、うっかり負けん気が出てきてしまう。
何を安心しているのだ、自分は。
観察する、いいチャンスじゃないか。
今から行けば、その目で行動を観察できるぞ?

ああ、駄目だ。いつものパターンだ。
むくむくと行動へ駆り立てる感情が湧いてくるのを感じる。
それに、なんとなく携帯を通して覗き見るより、直接見ているほうがまだましのような気もしてきた。
となれば、まだ体も冷えていないのに、変な汗をかきながら図書館を後にするのは仕方がないことだった。

商店街についたころには、案の定、汗まみれになっていた。
まあ、別に誰に会うわけでもないから特に問題はないと考え、携帯を確認する。
学園都市のGPS精度はかなり高い。
進行方向と逆側から回り込むように移動すると……いた。
上条当麻は左手で荷物を持ち、右手をポケットに入れて滑らかに歩いていた。
やはり買い物だった。
そして、買い物に行くことを予知できてしまったことに、御坂は自分の罪悪感が少し増すのを感じる。
しかし、自分には正直であることを誓った彼女は、それを在るべきものとして受け入れつつ、距離を保って後姿を追う。

1分ほど歩いたところで、彼が立ち止まり、携帯電話を出した。
どきり、と鼓動が高くなる。
いや、アイツの携帯電話に細工したわけじゃないから、別に見られたってわからないはずなのだ。
自分はこんなに小心者だったのか、と急に気付いた。
もっと堂々としろ、御坂美琴。
おどおどとしている状況でアイツにみつかれば、何か勘ぐられるかもしれないぞ。

しまった。
間の悪いことに、自分を激励するつもりだった台詞で、上条が振り向く可能性に気付いてしまった。
まずい。なんだか悪い方向に向かっている。
彼にとって、3日前の自分の切った威勢の良い啖呵は記憶に新しいだろう。
その女が、3日たってみたら、汗まみれで、挙動不審で、うろうろ自分の後を着けていたと知れたら。
おかしいと思わないほうがどうかしている。
そして、おかしいと思われて声でもかけられたら。
その問答によって掘られた墓穴にどこまでも落ちていきそうな予感が。

幸い、悪循環予想図は空振りし、上条は携帯をしまうとまた歩き出した。
電話をしたわけではない。通信は確認されていない。
時計でも見たのだろうと納得し、気を取り直して後ろを付いていく。


彼が動く。
自分も動く。
彼のマンションまであと15分強。
人ごみに紛れての追跡だから、正味の時間はあと12分程度か。
安定した歩きを見せる上条に、御坂も落ち着きを取り戻してその程度のことを考える余裕が出てきた。

そもそも、後ろを付いていって、何になるのだろう。

上条に関しては、能力の目は通じない。
だから、彼のもつ買い物袋さえ見通すことができない。
後ろを歩いて得られた情報といえば、歩く姿が安定しているという既知の事実に加え、
買い物袋のふくらみ具合から、たまねぎかじゃがいも、1 Lの紙パック飲料が1本は入っていることが伺えるくらいだ。
そこから出てくるのは、今夜はカレーかも知れません、という推論。
そこにさらに重ねて、ああ見えてカレーは超甘口が好きで、牛乳を入れないと食べられないのかも、という勝手な妄想。
…あの表情で、あの歩きで、超甘口か?
自分の妄想にうっかり笑いそうになる。

そうやっていろいろと想像はできるが、後姿から得られる情報はかなり少ない。
これは無意味なのだろうなあ、と悟りつつも、あと2分程度で追跡も終了だと考えると
せっかくだから最後まで付き合ってやるかという、己の立場を勘違いした気持ちにもなるものだ。
のんびりと、午後の散歩を楽しんでいる気分に少しなりかけてきたとき、上条が携帯を取り出した。

電気のように走る緊張。
画面を見て、おもむろに耳に当てるのを確認し、能力を集中する。
捉えた。

「もしもし、母さん?」
「あらあら、当麻さん、元気にしてた?」
「ああ、元気だよ。そちらは?」
「こちらも元気よ。父さんは相変わらず世界中飛び回っているけど、毎日連絡は来るわ」

話し相手は母親らしい。
その事実に、なんだか、とても意外な印象を受ける。
アイツに両親がいて。
そしてアイツが母親に電話している。
父親のことも気にかけている。
普通から大幅にかけ離れているように見える上条が、普通のことをするととても新鮮だ。

「はぁ…」

本日初めてのため息をつく。
新鮮も何も、まだ出会って3日間。しかもアイツの中では1日だ。
そもそもなにも知らないからこんなことをしているのに、何が新鮮だ。
暑さにやられたのか、私は。

そんな彼女の憂鬱を他所に、普通の会話が続いている。
内容について特筆すべきことは、今のところ、ない。
わかったのは、アイツが母親に対してもプレーンな口調でしゃべるということか。
なんだか自己嫌悪をぶり返しそうで、もう盗聴もやめようかと思ったとき、思いがけない言葉に耳を疑った。

「そういえば、最近グリル付のレンジを手に入れてさ。パンを焼いてみようと思うんだけど」

パン?

「うん、それで、パンを伸ばす棒ってデパートに売ってるかな?」

伸ばす棒?

「そっか、わかった。ありがとう。じゃあ」

アイツが小麦粉を練って、伸ばして、発酵させて、パンを焼く?
そんな……、と超甘口カレー以上の衝撃を受けて、御坂美琴は崩れそうになる。
だって……、こちらは……、現実ですよ?
アンタ、せめて守らなければいけない最低限のイメージってものがあるでしょうが。
よくわからない憤りを理由もわからず感じてしまう。
それを言えば、常盤台の超電磁砲がレベル0をストーキングしている事実だって
同程度の破壊力があるはずなのだが、そのポテンシャルに気付かない彼女には関係ない。

ともかく、彼は美味しいパンを作るために、デパートに伸ばし棒を買いに行くことにしたらしい。
マンションとは逆に駅方向に滑らかに歩き出す彼の背中に、少しやけになって付いていくことにした。
もし、彼への贖罪の途中で「パン」という言葉が出てきたら、自分の計画はきっと水泡に帰すだろう。
このとき投げやりな気持ちになったことに、御坂美琴が心底後悔するのは4日後の話である。

駅前のデパートはそれなりの規模を誇り、食材からジュエリーまで一通りのものがそろっている。
商店街から徒歩で15分程度。途中で上条の携帯の電源が切れたが、特に気に留めなかった。大方、充電し忘れたのだろう。
デパートの入り口の案内板の前で、すっと上条が歩みを止める。
調理具は8階だったはず。
何度か来たことがあるから、そのくらいは覚えている。
ともかく、御坂はとても疲れていた。
上条をなんだか途方もない修行僧みたいに思って用意周到にしようと考えていたのに、
立て続けに俗っぽい空気を見せられて、肩透かしを食らった気分になっていた。
今朝、仮想的なもう一人の人格まで演じて考えたのに、あれはなんだったの?
彼が知らないことをいいことに、心の中で新たな不満をぶつけてみる。
そんな具合に、やる気が7割くらいそがれていたので、人が増えたのに距離を変えなかったのが失敗だった。

上条当麻はデパートに入ると、急にペースを上げてエレベータに乗ったのだ。
あっ、と思ったときには遅かった。
扉は閉まり、エレベータは上へ向かう。
他のエレベータはまだ上層階だ。戻ってくるまで時間がかかる。
待っていたら、8階に行ったときに鉢合わせするかもしれない。
携帯の電源が切れているから、ここで見失うと、彼がどこに行くのか把握できない。
一瞬迷い、彼女はエスカレータを駆け上がった。

「ごめんなさい!通してください!!」

途中で何度も謝りつつ、2段飛ばしで駆け上がる。
多分、間に合う。
この時間帯なら、エレベータは各駅停車のはず。
こちらのほうが早い。
しかし、5階からエスカレータに人が詰まりだした。
間に合わないかも。
とっさに階段の位置を思い出す。
確か、エスカレータ降り口の近くにあったはずだ。
前の人に謝りつつ、押しのけるようにエスカレータを降りて
今度は階段を駆け上がる。
間に合うか…?
8階まで駆け上がり、身を隠しつつエレベータの表示を見る。


駄目だった……もう通り過ぎている。
彼は既に降りている。

「はぁ…」

本日2回目のため息を落とし、ついでに肩を落としてゆっくりと階段を下りていった。
こんな汗まみれで、ぐしゃぐしゃの髪、面と向かったら挙動不審で、伸ばし棒を見たら間違いなく笑う自分。

鉢合わせするリスクなんて踏めるわけがない。


そのままバスで真っ直ぐ寮に帰ったものの、今日はこれ以上「観察」する元気はなかったので、シャワーを浴びて、早々に寝ることにした。
データはPCと携帯に残っているのだ。明日確認すればよい。

自分で思ったより疲れた顔をしていたらしく、2日連続で黒子に心配をかけてしまったが、昨日の件は自分の中では解決したと話したら、少なくとも納得した振りはしてくれた。
ごめんね、本当にありがとね。と口に出したら、少し驚いた顔をしていたが、
その理由まで考える余裕もなく、私は眠りに落ちた。



[27370] とある・もしもの世界 《超電磁砲8》
Name: verdadelo◆5ddb6f89 ID:aabc9d6f
Date: 2011/04/24 15:28
《超電磁砲8》

睡眠不足はお肌の大敵とよく聞くが、成長期真っ只中の自分にはそんなものは無縁だった。
元々あまり寝なくても良いタイプだったから、徹夜を2日くらいしてもそれほど苦しくなく学校に行くことだってできた。
しかし、どうやら睡眠は心のケアにはとても重要らしい。
目覚ましも掛けず、朝ごはんも事前にキャンセルしたとはいえ、
ひたすら12時間近く寝続けられたあたり、大分疲労が溜まっていたようだが、
おかげさまで、目が覚めたら心のいろんな捩れやら矛盾が整理されているのを感じた。

物事の2面性なんて、私が一番よく知っていると思っていた。
文字通り、2つの世界を見ることができるのだから。
でも、やっぱり私はわかっていなかったということが、目が覚めるように理解できた。

私は、昨日より前の上条当麻を、修行僧か人外かのように考え、頼まれてもいないのにそれにターゲットをあわせた対応しようと駆けずり回った。
でも、ふたを開けてみれば何のことはない、彼だって当たり前に人間だった。
崖の上にたたずむ、孤独な虎なんかじゃなかったのだ。
ならば、同じプライドを共有する狼に対して、私がしたこと、考えたことはあんまりじゃないか。
贖罪なんて、そこまで複雑に考える必要なんてなかったのだ。
彼が求めることなんて今なら簡単に想像できる気がする。

例えば、彼と一緒に1週間くらいパトロールでも良いだろう。
お人好しな彼のことだ。困った人は絶対助けようとするのだろう。
そのときに超電磁砲がそばにいれば、どれだけ楽になることか。

例えば、もちろんこっそり練習したあとで、彼に美味しい自信作のパンをプレゼントするのでもいい。
彼が知りたがるであろうレシピや作り方、それをもったいぶって教えるのだって良いじゃないか。

というより、考える必要すらないのではないか。
聞けばよいのだ。彼に。
どうしてもお詫びがしたい。だから、アンタが困ってるなら手助けさせて、とか。
自分でみてもそれなりに可愛い顔なのだ。
真面目にお願いすれば袖にされると可能性は少ないのではないだろうか。

そうやって、ひとしきり上条当麻のことを考えると、その思索は自分へと逆流する。


そうか、私も、そうだったのだ、と。

私と周囲との間にある、光子でも電磁波でも観察できない透明な壁。
以前はどちらが原因かわからないし、どちらでも構わないなどと達観していたが、
正直に言うならば、私は、本当は寂しい。
この壁に、消えて欲しい。
でも、何が原因か、わからない。どうして壁があるのか、わからない。
そんな葛藤が意識下では続いていたのだろう。
今なら、その答えが見える。

原因はお互いにあるのだ。

周囲は、私を修行僧か人外であるかのように見た。
私は、それを否定せず、ときには助長するような姿勢をとった。

最初は僅かだった盛り上がりを、よってたかって積み上げて、
その末に易々とは崩せない壁を作ってしまった。

じゃあ、どうすればよいのか。
寂しがりやの私はどうすればよいのか。

簡単だ。
私が修行僧じゃないと、人外なんかじゃないってことを示せばよい。
それは急には難しいだろう。
少なくともパンを焼くだけで氷解するとは思えない。
私と周囲の間には、4日間の何百倍の時間が流れている。
そして、私は強さや誇りを捨てることもできない。

でも、だからといって諦める必要なんてない。
私は人間なのだ。
だから、失敗もするし、悩みも、誤解もする。
常盤台のエースと呼ばれ、学年でトップの成績を記していても
贖罪のために相手のプライバシーを丸裸にすることに疑問をもたないほど、愚かで幼い。
自分で自分に言い聞かせなければ、平静を保てないほど弱い。
これを、そのまま見せればいいのだ。
多分、クラスの隣の席で澄ましているあの子だって、とんでもない失敗や弱さを持っている。
だから、きっと、笑いなんかするまい。
いや、笑いたいなら、それでもいい。
笑われても、馬鹿にされても、事実なのだからしょうがない。
そのときは、同程度の弱さをついて笑い返せばいいのだ。
きっと、それが私の求める狼の幸せなのだと思う。
今のところはこれが私の正解だ。


そんなわけでたくさん寝て、心の落ち着きも取り戻し、幾分大人になったかの錯覚を経て
この感覚を失わないうちに、「観察」プログラムを消してしまおうとPCを立ち上げた。
電話盗聴プログラムを調べると、昨日の夜中に新しい録音ファイルが作成されていた。
携帯をみれば、その旨のメールも届いていた。

ちょっと迷ったが、もう既に何回も盗聴しているのだ。
せっかく作ったプログラム。
これを聞いて、あとは自分の記憶ごと削除して終わりにしよう。
そんな軽い気持ちでファイルをダブルクリックしなければ、
多分、私は幸せに今日一日を過ごせたと思う。


聞いた後、聞かなきゃ良かったと後悔した。
動揺しすぎて、最後のほうを聞き取れなかったために、もう一度再生する必要があるが、
事実を再確認するのが怖くて、マウスを操作する手が震える。
時間としては30秒もない。
上条当麻と、学園都市の研究者と思われる者の会話だった。

「私よ」
「やあ」
「体の調子は?」
「今回は大分良い。無の力も安定している。開発済みだとやはり良い」
「それは良かった。出力は?」
「大分上がってる。有効範囲が広がっている感じだ」
「先日のターゲットは?」
「手ごたえがなさ過ぎだ。命乞いする前に細胞一つ残さずに消したよ」
「無茶すると、また体壊すわよ?」
「良い。そのときは、また適当なところで調達してくれるのだろう?」
「まあね、でもほどほどに」
「ああ。では、また、明日」
「また」

相変わらず淡々とした声で。
あのとき、私を救おうとした音で。
あのとき、あの少年を助けたトーンで。
あのとき、母親にパン作りのアドバイスをもらったイントネーションで。

彼は、とてつもないお人好しであるはずの彼は、
とてつもない事実を、いつもどおりにプレーンに喋るのだった。


2度目は予想したよりは落ち着いて聞けた。
でも10回繰り返しても震えは止まらなかった。
会話から推察できる事実。
彼は、上条当麻は学園都市の暗部の人間のようだ。
彼は人体実験の被験者だ。
詳細は不明、だが能力だけではなく、物質まで消せる能力と見る必要がある。
人を、少なくとも一人、殺している。
そして、彼の体は、彼のものではない可能性が高い。
そして、彼は今の体に特にこだわりがあるわけでもない。
つまり、彼は「上条当麻」でないという可能性すらある。

嘘だ。こんなの嘘だ。
パソコンを蒸発させて、そのまま事実が消えるなら迷わずそうしたかった。
でも、そんな子供みたいなことをする意義はない。
私は、レベル5、超電磁砲、御坂美琴だ。

子供みたいに全力をぶつけるのは、得るべき情報を調べてからにしなければ。


近くの公衆電話を転々としながら、回線の許容量いっぱいまでのめぼしい情報を研究所からダウンロードする。
情報を、集めなければ。
同時にプロテクトされたファイルを解析、復号化し、ファイル内容の検索に回す。
キーワードは、上条当麻。
右のポケットに入っている携帯電話を何度もチェックする。
今のところ、上条当麻の携帯電話は、彼の自宅に存在しているようだ。
彼自身の在宅は確認できないが、自宅付近に公衆電話はなく、
在宅を確認しながらの情報確認は行えない。
そして、処理するデータは多すぎて、時間がなさ過ぎる。

彼は、今日、件の研究員と密会する。
その場所までは、携帯電話でわかるかもしれない。
しかし、話している内容はわからない。
だから、その場所に乗り込んで盗聴し、事実を確認するのがもっとも有効だ。
もちろん、録音、録画装置を持ち込み、動かぬ証拠を押さえるつもりだ。
しかし、彼は、彼らは相当やばい。
最悪ばれたときは、証拠を残さず、自分と気付かれずに逃げるくらい、
それが無理なら、せめて相打ちできるくらいまで持っていかないと。
外部に情報がリークしたことが露呈すれば、末端を切り捨てて底にもぐってしまう。
だから。
なんとしても、情報を集めなければ。

もちろん、私が見ていない間に、携帯電話を部屋に置いて、密会に向かう可能性もある。
そうなったら、どこに行ったのかはわからない。
だから、あと1時間。
13時まで情報を集める。
それ以上はもう諦める。
あとは上条のマンション近くで見張りをする。
近くのマンションから能力の目で覗けば、彼自身がいるかどうかは確認できるはず。
そこで、彼の姿を捉え、あとは目を離さず、逃がさず、でも見張られてるなんて気取らせずに動きを待つ。
だからお願い、1時間は家にいて。
……昨日は外出しないことにいらいらしていたのに。なんて幸せだったのだ。畜生。



結局、私は賭けに負けた。
13時までに検索した中に、上条当麻に関する有用な情報はなかった。
あったのは、レベル0ということと、「幻想殺し」と呼ばれているということだけ。
そして、私が彼のマンションについたときには、彼の存在は見えなかった。
彼の携帯電話は、ベッドの上に置かれているようだった。



[27370] とある・もしもの世界 《超電磁砲9》
Name: verdadelo◆5ddb6f89 ID:aabc9d6f
Date: 2011/04/24 17:30
《超電磁砲9》

当たり前のように、その日は徹夜になった。
対面のマンションの踊り場から確認する限り、上条当麻は1時間後、すなわち14時あたりに部屋に戻り、その後は私が確認した午前4時までは外出しなかった。
実際に密会があったかはわからないが、あったとしたら既に終わっていたのだろう。
彼の携帯電話は、20時に母親に電話した以外は、1度も使われなかった。

午前4時から10時に掛けて、私は再び情報を集めることにした。
アイツを実力で問い詰めることもちらりと頭を掠めたが、
実力で適う保証もなく、一被験者である彼を消して全てが納まるわけもないとなると、
その行為は無為だと判断した。
だから、情報を集める。昨日同様、決して足取りを残さない、超電磁砲のやり方で。

だが、情報を守る壁は高く、厚く。程なく己の無力を悟った。
昨日に加えて新たにわかったことと言えば、元々の彼の能力について。
彼の右手はあらゆる異能を消す。
また、異能に伴う物理量もキャンセルできる。
彼の体はかなりの強度の異能を消す。
彼を空間移動能力で飛ばすことも、心理掌握で心をつぶすことも不可能とのことだ。
それだけだった。
……すごいじゃん、上条当麻。
アンタ、十分強かったじゃない。

すごく昔の気がするが、時間的には数日程度に過ぎない昔。
じゃがいもか、たまねぎかを持つ後姿から、必死に情報を読み取ろうとしたあのときに、なんだかとても似ていた。

ならば、私のできることといえば、前日すごしたコンクリートの床に座り、
彼の部屋から漏れ出る電磁波を余すことなく読み取り、解読すること。
そして、空隙と見える彼が外出するときなら、その行き先を必ず突き止めること。
この、2つしかなかった。

この日、彼が外出したかどうかはわからない。
なぜなら、私は21時まで粘って、それで力尽きたから。
自分の能力が使えなくなるという感覚を初めて味わった。
どうやって戻ったのかも曖昧だが、なんとかして私は寮に戻り、入り口付近で倒れこむように眠ったらしい。

この次の日は、記憶にない。丸一日寝ていたからだ。

そして、今日。
12時くらいに目が覚めて、丸一日以上寝ていたと黒子から聞かされた。
空白の時間に何かあったのではと思い、時間を戻せるわけでもないのにあのマンションに行こうとして、携帯電話が光っていることに気がついた。
送信元は自分のPC。
内容は、携帯電話の録音内容が追加されたことを示していた。


震える手でプログラムを開く。
録音は一昨日の22時。
録音時間は10秒だった

「上条だ」
「ええ」
「まずいことになった」
「そうね」
「明後日、会えるか」
「ええ」
「では、17時に」
「わかったわ」

今回は、1度聞くだけで内容が理解できたし、動揺もしなかった。
長時間の睡眠で、心の負荷が減ったのか。
それとも、明確な日時が指定されているから、覚悟が決まったからか。

「あと、5時間」

すぐに行かなければ。あのマンションに。
いまから5時間では到着できない場所で密会しているなら、手遅れだ。
間に合えばよいが。


今回は間に合った、アイツはまだ部屋にいる。
ただ、いつものアイツらしくない。
なんというか、無駄な動きが少し多い。
虚ろに削り取られるアイツの部屋の電磁波の総量が、いつもの2倍程度なのだ。
……そうか、アイツも落ち着かないんだ。
アイツも、そうなるんだ。

……私と一緒か。

私の手も、アイツの動揺が伝染したように細かく震える。
アイツは無敗のレベル0。
私にだって、表情一つ変えずに相対した。
私の電撃を、表情一つ変えずに消し去った。
私が勝てる可能性は、かなり低いと私の理性がささやく。


「怖いよ……ッ」
正直な私は、アイツによって正直者になった私は、自分の心が隠せない。
いつかのように、うつむき、自分の腕を抱きしめるように、拘束するようにきつく握る。

でも。

「怖い、怖い、怖い……ッ」
今の私はあのときと違う。
ほんの1週間程度の時間だったけど。
ほとんど背中しか見ることはできなかったけど。
ただ、単純に。それは自分の力ないんじゃないかっていう人も、
きっとたくさんいるかもしれないけど。

「怖い…うぅ…ッッ」
そして、私のしたことはアイツに対する裏切りばっかりだったけど。
自分のしていることの悪意にすら気付かない、そんな愚かな私だったけど。

「嫌だ、嫌なんだよッ……」
こんなにもゆがんだ関係で。
こんなにも一方的な時間で。
こんなにも重なることができない、波打つ景色なのに。


「アイツと、戦い、たく、ないよぅ……」
私は、御坂美琴は、上条当麻と戦いたくないのだ。
どうしても、なにがあっても、その先に何が待っていても、絶対に。
アイツは私の世界を変えたのだ。
寂しいくせに、崖の上の虎を嘯いて、力しかみていなかった、私の世界を。
誰かとつながる、時間を分け合える、そんな地続きの希望に。
そんなアイツと、戦うなんて。
そんなアイツに、能力を向けるなんて。


でも、私は事実を知ってしまった。


上条は私の人生を変えたのだ。
だから、私は上条の人生を変えるなきゃいけない。
独善でいい。恨まれるかもしれない。
でも、私は、私の価値観によって、アイツはこんなことを望んでいないと思う、

だから、怖くても、怖くても、正直者な私はアイツを止めなければいけないと思う。

だから、アイツを

とめる。
止まらないなら、殺してでもとめる。
殺すために能力をぶつけ合う。
私の操れる最大の力を銃身に詰め、照準を合わせ、撃鉄を起こし。
そしてその力の引き金を、殺すために引く。

殺されるのは当たり前に怖い。
でも、殺すのはそれ以上に、堪らなく、震え、震え続けるほど怖い。
けれども、それでも止めるのだ。
やるのだ、御坂美琴。


こぼれてしまった涙は元には戻らず、にもかかわらず新しい涙は結構な勢いで湧いてきて。
ぐすぐすと30分くらい顔をうずめて、小さな涙と鼻水の水溜りを作ったら。
なんだか、それで心が落ち着いてしまって、それが酷く哀しかった。
そして
アイツも、私の力じゃなくて
私と戦うってことを怖いと思ってくれるといいな。
とちゃんと正直を貫いた。



16時30分。
本当に動くのか、不安だったが、ようやく動いた。
動いてくれなかったら。
延期です、なんていわれたら。
この覚悟を溶かされたら、もう1度構築できる自信はなかった。

だから、動いてくれたことに、感謝した。


たくさん寝たからか、それとも命の危機に体が応えてくれているのか、
今日はいつもの3割増くらい電磁波がくっきり見える。

距離は10 mから30 mくらいの距離を、詰めたり広げたりしながら、
人生最後かもしれない散歩を、私はそれなりに楽しんでいた。
上条当麻の背中を追うときは、いつも緊張、および思考と感情の暴走だった。
でも、今日は気負うものもない。
見つかったって構わない。
アイツは私がアイツのことを知っている、その事実を知らないはず。
仮に知っていても、少し時間が早まる、それだけだ。

だから、見慣れた後姿なのに、
いつもよりもぎこちなく動く足、
携帯を取り出して画面を確認するときの僅かな手の振るえ、
小さくため息をつくしぐさ
そんなものを見つけては、
なんだか立場が逆転したようで、笑いをかみ殺しながら、ゆったりと歩いていたのだ。


そんな散歩も、ようやく目的地にたどり着いたようだ。
それは、例のファーストフード店。
すごい、偶然。奇跡でも起こらないかな。
緊張感を飲み込むように、心の中でささやく。
聞こえたわけじゃないだろうに、後姿が僅かに動く。
そして。

彼が携帯電話を取り出そうとしたとき、ポケットから何かが落ちた。
携帯のストラップのようだ。
彼は、気付かず、歩き出す。
どうする、御坂美琴。


これって
奇跡かな。




そうだね、きっと、奇跡だよ。



[27370] とある・もしもの世界 《超電磁砲10》
Name: verdadelo◆5ddb6f89 ID:aabc9d6f
Date: 2011/04/24 18:03
《超電磁砲10》




これって
奇跡かな。




そうだね、きっと、奇跡だよ。




「ちょっと、アンタ」
ひざも肩も震えて力があまり入らなかった。
声だって、ちゃんと出るかどうかわからなかった。
でも何とか通じた。
震えていたけど、届いた。

上条当麻の体が僅かに震えて、その足が止まる。
その体に、御坂美琴は一歩ずつ近づく。

「ねえ、アンタ、聞こえてるの?」

言葉に、特に意味はない。
ただ声を掛けないと、また歩いて行ってしまいそうだったから。

「アンタのことよ、上条当麻」

少しぐらつきながら、ストラップを拾う。
言葉に反応して、彼がゆっくりと振り向く。



1度目は30秒間見つめた。
そのあとは何度も逃げ続けた瞳が、
1週間ぶりに、御坂美琴を見つめる。



「これ、お、落としたわよ」

声がうまく出ない。
渡す手だって、明らかに震えている。
肩だって、揺らいでいる。
涙だって、浮いているかもしれない。
でも、これはきっと



きっと恐怖だけのせいじゃない。



「ああ、ありがとう」
そして、受け取る手だって、僅かに震えていた。
声だって、プレーンとは言いがたかった。



それを見て、聞いて、御坂美琴は笑う。



「なに震えてんのよ。アンタ。私が怖いの?」
「そんなことはない」



何を言う。
その声は震えているじゃないか。

そんな、嘘つきに。
正直者の御坂美琴は言うのだ。



「あの、さ」
「……うん」
「あの、ね」
「……うん」



これは、奇跡だ。

ありえない偶然で恩師に再会することができるような

そんな、素敵な奇跡なのだ。



「この前の、ことだけど、ありがとう」
「この、前?」
「アンタが、私を、助けて、くれ、たときのこと」



だから、声が途切れたって話さなきゃ。
言いたかったことを、伝えなきゃ。



「私、本当に、感謝して、る。私、を、助けて、くれる、人が」



涙が流れたって、今伝えなきゃ。



「まだ、この世に、いるって、知らな、かった、か、ら」



そう、今こそが贖罪のとき。



「それな、のに。私、アンタに、ひどい、ことしたの」



この、素敵な恩人に、購いを与え



「だか、ら。こん、どは、わた、しが助ける、から」



そして許しを請う。



「ごめ、んなさ、いっ」
「ほんと、にごめん、なさい」



頭をたれる。






そして、その頭ごと



「ごめん、本当に、本当に、ごめん」



御坂美琴は、上条当麻の左手で抱きしめられた。



「え…?」
「本当に、ごめん。俺は最低のことをした。御坂」
「あ、あ、の」



そんなに震える手で、しっかり抱きしめられたら、
抗議の声も出せないではないか。



「悪かった。とにかく、本当にごめん」



上条当麻は謝り続ける。
左についで、右手も頭に回される。



途端に、体から能力が抜けていくのを感じる。
波紋の景色が消え、広い胸のみが見える、光の世界に支配される。



「あの、ちょっと」



しかし、たとえ能力の目を使わなかったとしても、



「ちょっと、アンタ」



これだけ冷やかしの声が聞こえれば



「落ち着きなさいって、ねえ」



周りに人だかりができているのはよくわかる。



……違うよね、御坂美琴?

何か……間違ってるよね?



一つだけ、確実に予測できることは。
この状況でも自分を離さず謝り続ける上条当麻が
なにか深い理由を知っているだろう、ということだった。



[27370] とある・もしもの世界 《超電磁砲11》
Name: verdadelo◆5ddb6f89 ID:aabc9d6f
Date: 2011/04/25 18:57
《超電磁砲11》

南極で氷を売る。という言葉がある。

この言葉にどのような意味を見出すかは人それぞれだろうが、御坂美琴はビジネス力があれば、
どんな不利な状況でも物は売れる、というビジネスマン精神の例えと捉えている。

それはつまり、プレゼンテーション力だ。

相手の要望を正しく理解したうえで、相手の求める情報を適切なタイミングで適切に出す。
その間に言葉を混ぜ込み、相手を満足させ、自分の要望を通す。

そのような観点から行けば、上条当麻は南極で氷を売れるに違いない、と私は思う。

なぜなら。





今回の一件について、私に説明したのにもかかわらず。
まだ、この世の生を謳歌しているからだ。



能力を封じたのは殺すためではなさそうだということがわかったし
ごめんなさいの連呼にも際限がなさそうだったので、
御坂美琴はとりあえず上条当麻を引き剥がすことにした。

「アンタ、ちょっと離しなさい」
「あ、ああ。ごめん」

慌てたように、ばっ、と手が離される。
いきなり解放されて、御坂はバランスを崩しそうになる。


「ちょっと!」
「ごめん」

この男は、本当に上条当麻か?
まさか、入れ替わったのか?

「……もういいから、とりあえず、入るの?」
「ああ」

ともかく、この人だかりでは何もできない。聞くことも聞けない。
二人は祝福という名の冷やかしを盛大に受けつつ、いそいそと店内に入るのだった。

「あ、こっち」

適当に飲み物を買って2階に行くと、先客が席を取っていた。

「あれ?……えっと、泡浮さん?」
「こんにちは、御坂さん」

確か、黒子のクラスメイトだ。名前はあっていたようだが、なぜ、上条当麻と?

上条は考える御坂の顔をちらりとうかがうと、早急に席に座るように勧める。
御坂はどんどん増えていく疑問に頭がオーバーフロー気味なので、言われるままに座る。

「まず、御坂。」
「はい」

上条当麻は既に無表情に近い顔になっている。
さっきのぐしゃぐしゃの顔はどこに行ったのだろう。
そんなことを考えていたら、いきなり佇まいをなおして切り出されたので、
こちらもついつい真面目に応えてしまう。

「今回の件だが、お互いの誤解と、そして」

少し言葉を止めて

「その、お互いの悪巧み、が絡み合って事を異常に大きくしてしまったと思うんだ」

悪巧み?

「そう、悪巧み、だ」

彼の言葉はすっかりプレーンになっているように聞こえる。
でも、よくよく聞けば、実はそうでもないようにも思える。

「まず、そうだな、御坂の悪巧みについて、俺なりに推察したのだが、答え合わせをしてくれないか?
「は?」
「お前、俺に後ろ暗いことがあるだろ?」
「う…」

思わず目を逸らす。さっき謝ったではないか。また掘り返すのか?
などと思ったところで、結局自分はひどいこと、としか言ってないことを思い出した。

「それについて、俺がこうかな、と想像したことがあるから、それをまず聞いてくれるか?」

後輩にばらすには、自分のしでかしたことはちょっとレベルが高すぎる。
だが、上条は自分の能力を詳しく知らないはずだ。
まあ、当てられることはなかろうから、その想像とやらを聞いてみよう。
真相については、後でこっそり上条にだけ教える、で良いだろう。
そう考え、首肯する。

では、と前置きをして、上条が話しだす。

「お前は、俺の携帯や家電話を盗聴した。多分メールも見たんだろうな。さらにお前はこの1週間、俺のことを尾行して、行動を細かく観察していた。尾行には、携帯のGPS機能を使ったのだろう。……違うか?」

さーっ…と体中の血液が足のほうに降りていくのを感じる。
口が、わなわなと震えるが、どうしてばれたのか、が全くわからない。
そんな私の反応をみて、肯定と読み取ったのか、

「当たっているみたいだな?」

と確認を取りにきた。

「はぃ…ごめんなさぃ」

もはや、これまで。常盤台での人生は終わったか。
泡浮さんの視線を受け止めることができない。
脱力した御坂は蚊が鳴くような声でしか応えられない。

「いや、謝らなくてもいいんだ」

それに対して、上条当麻はなんとおおらかな対応だろう。
自分がされたら、相手の社会的生命はもちろん、生命そのものを抹殺しかねないほどの大罪なのに。
コイツ、まさか本当に高貴な修行僧なのか?怒りの感情をどこかに捨ててしまったのか?

しかし、上条は、御坂の疑問を正しく読み取り、納得できる回答を返した。

「なぜなら、俺はそれを知って、お前を騙したんだから」

だから、お互い様なんだよ。と付ける。

え、いま、なんて言った? 私を、騙した?

「そうだ、俺はお前を騙した。泡浮さんは、俺が無理に協力をお願いしたんだ。巻き込まれただけだから、誤解するなよ」

泡浮さんに協力?協力…協力……って!

「アンタ…まさか……!」

パリパリと音がする。確認するまでもない。能力が昂ぶって放電が始まっているのだ。
すると

ぽん。

と頭に右手が置かれる。途端に体から力が抜ける。

「周りにこれだけ客がいるんだ。お前が能力解放したら、死人が出るぞ。もし、制御できないなら、このままの状態で話す」

といわれる。何だ、その右手は。ふざけるな。
ぶん、と首を振って手を振りほどくと、深呼吸を一つして上条の目をにらみつけた。
もう、放電はない。

御坂がとりあえず落ち着いたことを確認すると、上条は泡浮さんに合図する。では、失礼しますとゆったり挨拶して、泡浮さんは帰っていった。
何か用事があるのか、それとも2人で話したほうが良いと考えての配慮なのか。

で、と前置きをしてから上条は続ける。

「まあ、今の反応で気付いただろ。怪しげな学園都市の研究者っていうのは……泡浮さんだ。ちなみに、お前が盗聴した会話のシナリオを書いたのは俺だからな」

ひくっ、と眼輪筋が痙攣する。また深呼吸を一つ。落ち着け、落ち着け、落ち着け。

「まとめると、お前のストーカー的行為にお灸をすえようとして、俺はわざと偽の情報をお前に流した。お前は自分の悪行がばれてないと考えていることを見越しての策だ。……ただし、こんなに盛大に引っかかるとは思ってなくてな。正直やりすぎた。ごめん」
「ふ、ふ、ふ、ふざけんなアアアアアアアアアアアアアア!」
「落ち着け」
「落ち着くなんて無理に決まってんでしょオオオオ!私、死ぬ覚悟だったんだよ。遺書書こうか迷ったんだぞ。だから、アンタが今ここで死ねエエエエエエエエエエ!」
「頼むから落ち着け」
「アンタを監視するために、階段で徹夜したんだぞコラアアアアアアア!!!」
「すまん、見込みが甘かった」
「何回泣いたと思ってんだテメエエエエエエエエ!」
「悪かったよ。頼む、落ち着いてくれ」
「とりあえず、その右手を離せエエエエエエエッ!」
「離したら、ここが廃墟になるだろうが」
「良いから離せエエエエエエエ!」
「良くねえよ」
「離…」

じたばた暴れて、右手から逃れようとするが、それほどの握力をこめられているわけでもないのに、どうにも手を振りほどけない。こうなったら、噛み付いてやる、と口をあけたところで。

「御坂」

すい、と顔が近づいた。距離は約5cmほど。あと少しで危険水域だ。
あまりの近さに、びっくりして声がでない。
自分のすぐ目の前に、上条の目がある。その目が、真っ直ぐ自分を見ている。

「御坂、よく聞くんだ」

対する上条はいつもよりも、ゆっくりと、言葉に力をこめて話す。

「御坂、お前は、やり過ぎた。そして、俺も、やり過ぎた。そして、お互い、謝った。だから、これで手打ちだ。良いな」

喋るたびに息があごにかかる。顔に血が上っていくのがわかる。

「良いよな。御坂」
「はぃ…」

なんだこれ。ずるすぎるよ。アンタ。

顔が離れる。次いで、右手も離される。もちろん、もう暴走するなんてことはない。
最初に会ったときのように、エネルギーが全部持ってかれてしまったようだ。
あの右手か、畜生。

「はぁ…」

ため息がこぼれてしまった。
そしたら、一緒に僅かに残った意地も、負けず嫌いも逃げてしまったようだ。
後に取り残されたのは、正直者の私のみ。

「ね、じゃあ、教えて」
「……え?ああ」

いま、すごく驚いた顔したよね。なんでだろ。

「何を聞きたいんだ」
「どうして、その…盗聴に気付いたのか」
「ああ、それか。……これ、見てみろ」

差し出されたのは、アイツの携帯電話。

「ここを押すと、な」

上条がなにかの操作をすると、画面が銀色になった。……まるで鏡のように。

「俺は、こう見えて結構敵が多いからさ。たまに、これで後ろをさりげなく見るのが習慣なんだ」
「……は?」
「お前に最初に会った、次の日、お前は俺を尾行していただろ」
「なッ…?」
「いいか、人間の視野ってな、180度より広いんだぞ。前を向いていたって、端っこにおまえが映れば、認識できる」

おまえは、結構特徴的だしな。

「で、その次の日、買い物途中で、後ろをさりげなく見ると、だ。お前が付いてきていた」
「う……」
「マンションの付近ではいなかったからな。前日にも会って、その前の日だって、3日連続だぞ。変だと思うだろ」
「……」
「お前は俺の能力に疑問を持っていた。だから追い掛け回される理由だって、俺にはあった」
「……」
「でも、変なのは、タイミングだ。この暑さで、外でずっと待ち続けるなんて無理だろう。じゃあ、どうやって俺の後ろにくっつけたのか。まあ、お前の能力が発電能力者だって事は知っていたからな、何通りか想像はできた」

これがそのうちの1つだ、と携帯のGPSマークを指差す。

「まあ、能力がらみじゃないだろうと思っていたのもある。俺は自分の体質を知っているからな」
「うん……」
「で、そこでふと思ったんだ。GPS情報が漏れているなら、携帯だってそうなんじゃないか、ってな。それで、母親に電話して、パンを作るって嘘付いた」
「は?……えェェェェェ!?」
「自宅でパンなんて作る余裕はねえよ。ていうか、そんなレンジなんて必要ないし。まあ、パンっていうのは口実で、デパートの上層で売っているものだったら、何でも良かったんだけど。」

……そういうことか、この狸。



「そういうことだ。俺の姿から、パンの伸ばし棒を買うなんて予測をする人はいない。普通なら、俺がデパートに寄ったならちょっとしたブランドの服あたりを買うのか、と思うはずだ。にもかかわらず、エレベータで俺に振り切られたお前は、真っ直ぐ8階までやってきた。母親との会話は右手で覆いながら小声で通したんだ。まず、音としてお前に拾えるはずはない。なら、どうして聞こえたんだ? 完璧ダウト、だよな」

くそぅ…。とアイツをにらみつける。
その視線を受け流して上条は言う。
順序が逆になっちゃったけど、言う言葉に続けて

「さりげなく後ろの様子を伺える、鏡面加工のビルの近くで、携帯の電源をこっそり切った。お前が少し反応するのが見えた。これで、GPSだな、って思ったよ」

あの時は、アンタにパンってのが全然似合わなくて、放心してたのよ。

「そうだったか。じゃあ、今後も使おうかな。そんな感じで、デパートを出た後、この計画を思いついたんだ。お前には電池が切れたと思い込ませなければいけなかったから、携帯の電源をオフのまま、ぶらぶらしながら協力してくれそうな人を探していた。そのとき、たまたま会ったのが泡浮さんだ。あとは、会話の内容と電話する時期を打ち合わせて、一応、暗号も決めて、お前をはめたんだ」

暗号…?

「この言葉の次に、この言葉で返したら、オフラインで会おう、という意味とかな、簡単な取り決めだ。見た目で意味が破綻しないように、なるべく狂言の内容に合わせたものを作った。例えば、今日、会おうといった電話だけど、あれの中にも入っているんだぞ」

この野郎。私がひざ抱えて泣いていたのに、暗号だと?

「お前が信じすぎてやばいっていうのは白井、泡浮経由で分かっていたからな。本当は、前回の密会にお前がやってきてくれれば、そこでネタ晴らしになるはずだった。お前が間に合わなかったのは残念だった」
「あのときは、アンタのためにめちゃめちゃ頑張っていたんだからね?」
「そうだろうな、と想像したよ。だから、本気で焦った」
「なんで?」

すると、上条は声を潜めて、ささやいた
「お前……学園都市の裏情報を漁ったんだろう?証拠は残してないよな?」

私も、声を落として、たずね返す。
「当たり前よ…でも、何で、探すと思ったの?」
「お前にそれだけの能力があるからだ」
「答えになってない」
「お前なら、正体不明の能力者、学園都市の裏なんかに、無防備で突っ込んだりしないと確信していた」
「なぜ?」
「無防備で突っ込める性格なら、俺のことを盗聴なんてしないだろうが」

確かに。返す言葉がない。

「これは、俺のミスだ。性格も、能力の底も、お前は俺の予想の遥か上を行っていた。だから、手打ちにするタイミングを逃して、大事になってしまった。悪かった」

謝らないでよ。

「だいたい、大筋は以上だ。何か質問はあるか?」
「4つある」
「どうぞ」
「じゃあ」

1つ、GPS以外に、監視カメラの可能性もあった、こちらはどうしてどうして否定したのか。
2つ、泡浮さんを研究者にしたけど、私にはアンタの会話の相手が泡浮さんであることを番号から察知される可能性があった、これについてはどうフォローするつもりだったのか。
3つ、なぜ、本日の密会場所にこのファーストフードを選んだのか。
4つ、最初に会ったとき、アンタは私が5分以上ナンパされていたと言い切ったが、その根拠は。

私は意識してちょっと早口で喋ってみた。どう返すか。

「では、回答しよう」

1つめ。まず、GPSの可能性があり、その次に携帯の盗聴に思い至った。俺としてはまずこの可能性を検討しようと考えたから。GPSや携帯の盗聴の可能性が否定されたなら監視カメラも検討対象になったかもしれない。
2つめ。泡浮には御坂から携帯について聞かれたら、なくしたと回答してもらうように打ち合わせ済み。
3つ目。待ち合わせ場所に人がいない公園なんかを選んだら、お前がいきなり全力で先制攻撃を仕掛けてくる可能性があったから。この通りはこの時間帯だと人通りが多く、とくにこの店は人が多い。大惨事を回避する目的でここを選んだ。
4つ目。お前のうんざりした表情と、あいつらが持っていた缶ジュースが結露していたから。

これで、よいか?

「ありがとう。大体納得したわ。アンタ、やっぱりすごいわね」
「そうでもない。ところで、俺からも1つ聞いていいか?」

なにかしら。

「最初に会ったとき、俺は電話を掛ける振りをした。何故それを見逃した?」

ああ、その話か。

「あの時は、立ち去りたいなら去ればよい、と思ったから」
「……まさか、あのとき俺が電話の振りをしなければ、お前にちゃんと対応していれば、お前は俺のことを調べ上げようなんて思わなかったのか?」
「そうかも、ね」
「はぁ……、なんか、力が抜けてくるな」
「奇遇ね。私もよ」

でも、あの時コイツを締め上げたとしたら、私は1週間前のままだったのだ。
そう思えば、結果的には良い選択だった気がする。

ん…?

「ねえ、アンタって、結構強いわよね?」
「平均的な人間の範疇では」
「私と、勝負してみない?」
「しねえよ」
「なんでよ?」
「お前が勝つから」
「わかんないじゃない」
「わかるよ」
「なんで?」
「はぁ……怒るなよ?」
「内容によるわ」
「じゃあ、言わない」
「言いなさい」

あーあ、と無敗のレベル0はわざとらしいため息をつきながら言う。

「お前は、自分が勝つまで、勝負、勝負といい続けるだろう。だから、どっちに転んでも最終的にはお前が勝つんだよ」
「つまり、アンタは私に勝てる見込みがある、といいたいわけね?」
「そうじゃない。お前の執念を相手にしたくない、と言っているんだ」
「失礼なやつね」



まあ、そんな感じで雑談が続き、会話も止まりだす。
そろそろ、帰るか?と上条は聞く。
そうね、と私は答える。

そして、私たちは、私が奇跡を起こした場所を通り過ぎて、岐路に着く。
分かれ道、私は左、アイツは右。
思えば不思議な出会いだった。
こんな1週間は、もうないだろうな、と呟くと、アイツは
なんにせよ、だ。と切り出す。

「俺とお前は大分特殊な出会い方をしているとは思うけど、俺はこの1週間、胃が痛くなったが、とても楽しかった。学園都市に着てから、一番楽しい1週間だったよ」

「だから、友達になろう。御坂」

すう、と手を差し出してきた。
その手を握る。だって、私は正直者だから。

「私も、楽しかった。はげるかと思ったけど、でも学園都市に着てから、一番楽しい1週間だった」

いやみについても意趣返しだ。
友達とはそういうものだろうから。

じゃあ、と手が離れ、あいつは右の道を歩いていく。
私が馴染みになってしまった、あの道を。
そんなあいつに向かって私はポケットからコインを取り出す。
ぷらぷらしている右手に、正確に狙いをつける
ドン。

「おい、御坂」

もちろん、本気で打つわけじゃない。
時速200km程度。
でも、もし当たればそれなりに痛い速度のはず。

上条が無表情のまま、プレーンな口調で抗議してくる。
でも、背中ばかり見ていたはずなのに、いまならそこに僅かな怒りの波を見つけることができるようになっている。

「文句ばっかり言わない。あんたにプレゼントがあったの、忘れてた」

先ほど目にした、コイツの能力。
それが書かれた資料も込みで、今回入手した上条当麻のデータが全部入ったメモリを
上条に投げる。
上条は、受け取ったものを見て、すぐに何であるのかわかったらしい。

「足、のこしてないか、もう一度確認しておけよ」

と年上気取りで言ってくれた。
だから、ちょっと汚い言葉で返してやろうと思ったのに

「こういうときは、女の子を家まで送るんだったよな。ごめん、忘れてた」
「忘れてた、を抜けばまだ良かったのにね」
「おっしゃるとおりだ」

まあ、寮までの間は保留にしておこう。
この時間を、少しでも楽しくしたほうが、きっと幸せだと思うから、
私はそれに正直に従うのだ。



[27370] とある・もしもの世界 《禁書目録1》
Name: verdadelo◆5ddb6f89 ID:aabc9d6f
Date: 2011/04/25 18:59
《禁書目録1》

私を連れて、逃げて。

そんな台詞を軽々しく言える人は、逃げるという行為がどれだけ心をすり潰すのかを、
きっと知らない。
常に、周りに気を配り、警戒し、ついに迫る追跡者を、息を潜め、命を掛けてやり過ごす。
自らを無名化するから、誰ともリンクしていない、孤独と絶望に満ちた旅。
それは、確実に地獄と呼ばれるものの一種だ。

でも、もし、どうしても逃げるしかない状況なら。

一緒に逃げてくれる人がいるなら。

それは、どれほどの救いになるだろう。



路地裏で目を覚ましたときから、私の人生は始まった。
自分の存在が如何なるものであるか、その背景知識と言語と自分に関する僅かな知識。
そして、魔道書。
それ以外の記憶は一切なかったから、ここで産まれたといってもよいだろう。
その場で発狂しなかったのは、追われていることがわかったから。
正確に言えば、力の流れ、その意図、その効力、そしてその抜け道。
それらから、その場から速やかに逃走すべきという結論が混乱した頭でも出せたから、
全ての思索を中断できた。
その意味では、追っ手に感謝すべきかな、など、思うことがないわけではない。


それからは逃げながら、自分とは何か、何であったかを推察を重ね続けた。
とはいえ、自分についての知識がひどく偏っていて、それの真偽を確かめる術もないとくれば、
推察の連鎖は最初の1週間も持たずに終結するのは自然だった。
それからは、心を少しずつ削り飛ばしながら逃亡する日々だった。
しかも、その逃亡は、逃げる範囲を指定されているのだから、いずれ捕まるのは目に見えていた。


逃げるうちに身に着けた知識によると、この街―学園都市―はIDが無いと、大幅に行動が制限されるらしい。
そして、IDが無いと学園都市の外にも出ることはできない。
もっとも、学園都市の外から、私の数少ない財産の一つ、歩く教会に
探索魔術が掛けられているから、
外に出られたとしても状況が変わるとは思えなかったが。
私に現金を下ろせるカード―キャッシュカードというらしい―があったのは、
結果的には不幸だったかもしれなかった。
これが無ければ、IDも、知り合いも、自分に関する情報さえ持たない私は、
逃げることを放棄できたはずだから。



逃亡劇の果てに自暴自棄になった私が、この服の性能を試すような方法を選びだしたのは、きっと自殺念慮の一端に違いなかった。

結果、高圧電流も、高所からの墜落も、水没も、爆発も、超低温も。
魔術師の刃も、炎も。
私の命を奪うことはないということがわかった。
なんとすばらしい霊装なのだろう。
きっと、これは私の棺桶に違いなかった。


だから、今日、マンションの屋上から迷い無く空に踏み込んだとき。
後ろから来る魔術師が、今までよりも大きな魔力を込めて練り上げた、その攻撃に
無防備な背中を誘うように晒しながら、飛んだ瞬間。


私はもはや、どちらでもよかったのだ。
生きながらえたとしても、死んだとしても。


浮遊感。
背後の爆発音。
落下。
軽い衝撃。
そして。






「……何やってんだ、お前」





ああ、そうか。
今回も生き残ったのか。



[27370] とある・もしもの世界 《禁書目録2》
Name: verdadelo◆5ddb6f89 ID:aabc9d6f
Date: 2011/04/25 23:41
《禁書目録2》

真の絶望は、人からあらゆる行動を奪う。
思考も、動作も、言葉も。
故に、真の絶望に陥った人は死を選ぶ行動すら取れない。

ならば、私は、まだ底までは落ち切れてはいないようだった。



「……何やってんだ、お前」
「……おなかいっぱいご飯を食べさせてくれると嬉しいな」


無表情な男が、無感動の声を出す。
もう少し驚いてくれてもよいのではないか。
2フロア分くらいは落ちただろうから、この7階か6階。
そこのベランダに引っかかった私を見ても表情を変えないから、
場違いな発言をして、反応を見る。
事実、空腹だったこともあるが。


「……わかったよ。とりあえず、上がれ」


あれ?外したか。


「……いいの?」
「お前が言い出したんだろうが。それに、駄目だといったら、ここから落ちるのか?」
「落ちても良いよ」
「ごめん、それは俺が困る。上がってください」


意図が正しく伝わらなかったようだが、訂正はしない。
……あながち、間違っているとも言い切れないし。


ベランダによじ登ろうとすると、男が手を貸してくれた。
その瞬間、世界が閉塞するような感覚を覚えた。
なんだ、これは。


「……え?」
「ん、どうかしたか?」


思わず漏らした声に、律儀に反応するプレーンな声。
ベランダに降り立ち、手を放されると、再び開放される世界。


「……大丈夫か?」


男の疑問に、首肯する。
何者だ、この男。
魔力や魔術は全く感じない。
でも、それだけじゃない。
この男とその周りにだけ、魔力の空白が存在している。


「ああ、お前も、見えるんだな」


男が、確認するように問う。
私が頷くのを見て、1秒ほど静止した後、


「まあ、ともかく、入れ。昼食、作ってやるから」


そして、非日常的な男は非日常的な入室を促した。



「美味しかった、ごちそうさま」
「清清しいまでの食いっぷりだったな」


私の記憶の中では初となる、その手料理はかなり美味しかった。
1日以上食べてなかったことも手伝い、彼―上条当麻―が感心するくらい食べた。


「そういってもらえると、嬉しいよ」
「本当だよ。感激した」


冷たい麦茶を差し出しながら、彼が言う。
ちょっと大げさだが、嘘じゃない。


「大げさなやつだな」
「本当だってば」


そういいながら、彼が対面に座る。


「では、一炊の代償として、聞いてもいいか」


来た。


「お前が、なぜ7階のベランダに引っかかっていたのか」


さて、どのように答えよう。
4パターンほど展開して、一番無難そうなものを選ぶ。


「落ちたんだよ。ホントは屋上から屋上へ飛び移るつもりだったんだけど」
「……なにか、深い悩みでもあったのか?」
「……そうじゃないんだよ」


嘘。
本当は、それも合った。


「そうか……、じゃあ、追われていたんだな?」
「……うん」
「切羽詰ったりしなければ、屋上から飛んだりしないだろ」
「うん」
「何に、追われていたんだ?」


彼は恐らく善人なのだと感じる。
そして、私がこの部屋のベランダに引っかかったのは、ただの偶然だ。
美味しいご飯を作ってくれた、善人と信じたい彼を巻き込むことに、抵抗があった。


「え…っと」


一方で、魔力の海の中で、ぽっかり窪んだかのように見える、正体不明の能力も不安だ。
魔術師ではないと断言できるが、学園都市の能力者について、私にはよく知らない。
私の魔道書が利用されないとも、断言できない。
それに、魔術、という言葉に対して学園都市の人間がどう反応するか。
この1年でよくわかっている。


「えっと、ね。その、それは秘密なんだよ」


だから、閉ざすことにした。
もう、これ以上ここにいるのは良くない、と判断する
だから、礼を言って立ち去ろうと、口をあけるが、その言葉はブロックされる。


「そうか。じゃあ、ちょっと確認したいんだけど、良いか?」
「え?何を?」


すっ、と立ち上がり、こちらに歩いてくる。
なんだ、なにをするつもりだ?


「心配するな。たいしたことじゃねえ」


そして、私の隣に屈みこみ
ぽん。
と私のみぞおち辺りを軽く叩く。


「……?」


意図が分からない。
彼の思考をトレースしようとするが、


「ちょっと、その服、袖をまくってくれないか」
「え?」


さらに意図不明なことが増えてしまう。


「駄目か?ひじ辺りまでで十分だが」
「いや、大丈夫、だけど……」


すぅ、と立ち上がり、滑らかに机に向かう。
動きが綺麗だ、と思った。


「これ、使ってくれ」


渡されたのは、書類の束などをとめるクリップ。
受け取ってしまった以上、引けなくなってしまったので、
右手の袖を折り返して、指定どおりひじ辺りで止める。


「止めたよ。どうするの?」
「おう、悪いな」


そして、彼は私の右手を握る。
また、世界が閉塞する。
ああ、そうか、魔力の流れが、見えなくなったのか。


「えっ?」


「ちょっと悪い。手をつないでいてくれないか」


僅かに、右手に力が込められる。
そして、彼は、私が飲んでいた麦茶のコップを傾け、少しだけ私の右腕に垂らす。


「ひぅっ」


予想外の行動と、その冷たさに変な声が出てしまった。
一方、彼は相変わらず無表情のまま。


「驚かせてごめん。ありがとう、大体分かった」


そういうと、右手を離し、元の位置に戻った。
魔力の流れが、また見えるようになる。
しかし、駄目だ、全く行動の意図が推察できない。
ひょっとして、からかわれたのか?


「ひょっとして、からかってる?」


不満の表情を作り、問いかける。
表情を観察するが、なにも読み取ることができない。


「いや、からかったわけじゃない」
「……じゃあ、説明してほしい」


クリップを外しながら、当然の要求をする。


「いいけど、条件がある」


条件?


「これから、今の手持ちの情報で俺が推察できることを、お前に聞く。もし、それが大幅に外れていないなら、お前の隠していることを教えてほしい」


駄目だ、上条当麻は、私のとても苦手とするタイプのようだ。
思考が読めない。奥にある意図が分からない。真意を探ることができない。


「……いいよ」


そして、こちらからの情報を引き出そうとされているのに、好奇心が邪魔して抵抗できない。


私の答えを聞いて、上条当麻はゆっくりと、言葉をきるように語る。




「まず、お前は学園都市の生徒ではない。そして、学園都市の能力とは別の、異能の力に関与している」

「例えば、お前の着ているその服は、その異能の力によるものだ」

「そして、その異能の力は、すくなくとも2つ以上の対立する組織で維持されている」

「そして、追われる理由は、お前の能力に起因することだ」

「お前の能力は、これまでの勢力バランスをひっくり返せるほどの大きな力のはずだ」

「以上だ。……違うか?」




言葉が出なかった。
思考が止まり、スタックが疑問符で埋め尽くされる。


「合っているみたいだな。よかった」


良いわけがない。
なぜだ、この男、ひょっとして魔術師なのか?
自分の表情が変わったのをみて、察したのだろう。


「俺は学園都市の人間だ。そのお前の帰属する異能の集団とも、敵対組織とも無関係だ」
「じゃあ……なぜ…わかったの?」
「ただの推察だよ。それより、約束だ。話、聞かせてくれるよな?」
「……わかった。でも、その前に、分かった理由を聞かせてほしいんだよ」


推察できる理由を聞かなければ、納得できない。
自分の情報を教えることなど、できるわけがない。
再び、上条当麻は語る。


「お前は隣のマンションの屋上から、うちのマンションの俺の部屋に落ちてきた。落差は2階分くらいだから、それなりの衝撃だ。ベランダの手すりがへこんでいたのだから、それは間違いない。にもかかわらず、お前は無傷だ。だから、何らかの異能の力が働いたはず」


私の顔を見て、一呼吸おく。
理解していることを首肯で伝える。


「そして、お前は異能の力がある。俺のことが、能力の空隙に見えたのだろう?実は、学園都市の友達で、同じように俺が空隙に見えるやつがいるから、お前の態度をみて、きっとそうなんだろう、と思った」
「……私には魔力は無いよ」
「魔力?」
「君の言う、異能を操る力」
「お前、俺が触ったときに、見えなくならなかったのか?」
「……」
「だったら、あるんじゃないのか、何らかの力が」


確かに、ベランダで、もしくは先ほど彼に触られたとき、魔力の流れが見えなくなった。でも、どういう理屈だ?


「聞いてばっかりはずるいから、俺も自分の能力を明かそう。……俺は右手で触ったものは異能の力なら打ち消せるし、異能の力を発動することもできなくなるんだ」
「そんな……、そんな力が、あるの?」
「まあ、本当にどんな異能でも、っていうのは分からないがな。今、お前のまえに存在しているよ。お前の、魔力?っていうのも打ち消せているんじゃないか?」


少し、考える。
そうか、触られたときは、外からの魔力の流れを私の体も打ち消すようになったのか。
その推察を伝えると、


「ああ、なるほど。そうかもしれない」


とあっさり肯定された。


「話を戻そう。そういうわけで、最初は、俺はお前が能力者、学園都市のな、能力者だと思った。追われている理由は分からなかったけどな。ジャッジメントかアンチスキルに電話して、保護してもらおうと考えていた。……でもな、そのあと、不思議な現象を見たんだよ」


不思議な現象?


「ああ、不思議な現象だ。さっき、お前が飯を食っているときだ。お前さ、あんまり箸の使い方、うまくないだろ?」


うっ……。と言葉に詰まる。
箸でよいか?と食べる前に聞かれて良いといった手前、面目ない。


「慣れてないなら、無理しなくても良かったんだぞ。まあ、とりあえず、お前、ぽろぽろ野菜のかけらとか落とすからさ、何気なく、それを見ていたんだよ。で、そろそろ指摘しないと、その白い服に染みができるな、って思ってみたらさ。……落とした汁の滴が、不自然に滑らかに服の表面を転がるのが見えたんだ」


不自然?


「ああ、不自然だ。その服は、見た目は普通の布でできている。糸の織ったものであるように見える。だからその表面は凹凸があるはずなんだ。そして少しは吸水してもいいはずだ。だったら、油の上を水が転がるみたいな動きをするわけが無い。……でも、お前のことをよく見ると、口の横にソースつけていたからな。そこで、疑問が湧いた」


あわてて、口元を手でぬぐおうとする。
それを手で制止して、彼はティッシュのボックスを差し出す。
丁寧に拭いたティッシュには、確かにソースらしき染みがついていた。
早く教えてくれればよいのに、と非難の目を向ける。
同時に、この話をするときのために、あえて指摘しなかったのかもしれない、と考える。


「そんな目で見るなよ…」
「……もういいもん。それで、その疑問って?」
「お前の能力が、いろんな力を弾く能力なら、ベランダに落ちてきても平気だったのは納得だ。でも、服だけ弾いて、自分は弾かないなんて、そんな器用なことできるのか?と思った。できるかもしれないけど、する意義もよくわからなかった。だから、ひょっとしたら、その服にそういう力があるのかも、と思ったんだ。そうなると、それは大変だ」
「大変って?」
「学園都市では、物に能力を付与することなんてできないからな」


学園都市に、霊装に相当するものが無いことは、見聞きした経験から薄々気付いていた。


「でも、その服が、見た目は布だけど非常に特殊な布で、水分をすばらしく弾く性能を持っている可能性だってある。だから、確かめようと思った」
「それが、さっきの行動なの?」
「そうだ。まず、お前のみぞおち辺りを触っただろ?」
「うん」
「触ったときの反応から、特にお前が痛がっていないことが分かった。お前はさっき、口の内側噛んで痛がっていたからな、痛がらないってことは無傷なんだろうっておもった。そして、触った感触から……すまん、ちょっとセクハラか……その、感触から、その服が見た目の通り薄い布で、しかもその下に衝撃を緩和できる何かを着込んでいるとも思えなかった。じゃあ、やはりその服に何かあるのか、と思って、次の行動に出たんだ」


ああ、そういうことか。
恐ろしい男だ。
そんなことを考えているとおくびにもださずに私に対応していたのだから


「お前に右手で触れて、水をたらした。お前の能力は、俺の右手が封じているはずだ。結果、お前の右手は水を弾かず、その下にあるお前の服は水を弾いた。これで、そのすばらしい撥水性はお前の能力によるものではないことがわかった。だから、その服が特殊な、学園都市では説明できないものだろう、と推察したんだ」
「……」
「学園都市以外の異能を想定する。そこにお前が帰属していると考える。なら、お前が追われる可能性は2つ考えられる。1つはその服が甚だしく重要なものである可能性。もう1つはお前の能力に起因する可能性」
「そうだね」
「では、どちらなのか。まあ、これは俺にはわからない。でも俺の感覚として、俺が貴重な服を持って逃げるなら、その服を着たりはしない。だから、服が重要だって可能性は捨てたんだ」
「うん……私も、そう思うよ」
「なら、重要なのはお前自身だ。その服は、重要なお前を守るための鎧なんだ、ということになる」


……棺桶だよ。
小さく心で呟く。


「では、何に追われているのか。お前の所属する組織が、学園都市以外では唯一無二の異能力集団であり、同胞にお前が追われている可能性も当然ある。でも、お前の服は、俺みたいに信心深くない奴にも十字教の物だってことはわかる」

「現在も起こっている十字教と他の宗教との戦争を考えると、唯一無二の異能力集団が十字教に属しているっていうのは違和感がある。なぜなら、少なくとも、2階分の落下速度でベランダに腹から激突して無傷な服を作れる異能を十字教のみがもっているとしたら、そんなの相手に戦争なんて起こさないだろうから」

「なら複数組織があって、お前が対立組織に追われている可能性が浮上する。その可能性が事実なら、お前は、追われるだけの価値があるってことだろ?」


わざとらしく、3秒ほど肩を落とし、頭を垂れてみる。
そして、当然思い至る疑問を問うてみた。


「でも、今の話は、それ以外に考えられる複数の可能性を無視しているんじゃない?」


上条当麻は頷く。


「そうだな。例えば、お前の服はすばらしい撥水性をもち、かつお前は衝撃を受け流す能力をもっている可能性もある。宗派を超えて、異能という力で結束した集団があるかもしれない。複数の異能集団があることと、同胞に追われることは両立する。対立組織に追われているからといって、お前が巨大な力を持っているとは限らない。まあ、ほかにもいろいろな解釈や推論は成り立つ。俺が話した理論構築は砂上の楼閣だってことは理解しているさ」

「でも」


そこで切って、上条当麻は私を見つめる。
僅かに、微笑むような表情を見せたのは錯覚だろうか。


「でも、インデックス、お前は認めただろう?」
「……っ!」


そうか、私が、過小評価していたのだ。
上条当麻の思考力と洞察力を。
自分の負けだ、ということがよくわかった。


「一つずつ聞いたんだ。お前の表情に。こう思うけど、正しいか、って」


ぐだーっと卓袱台に突っ伏す。
今度は演技ではない。
完全にやられた。
力が抜けた。


「悪いな、インデックス。なんか、お前、切羽詰ってる感じだったから」


心配だったから、ちょっと意地悪な方法だったけど、確かめたかったんだ。
そう、上条当麻は付け足した。
その言葉に、顔を上げる。
相変わらずの無表情。ほとんど動かない声のトーン。
そこからは、私の力では何かを読むことができない。
だから。


「心配、してくれたの?」


言葉で確かめるしかない。


「ああ」


短い返答。


言葉は不自由だ。
その真偽とは無関係に、言葉はつむぐことができる。
彼のように、その内側が見えない場合は、額面どおり受け取ってよいかは、
ますます不確かだ。
でも。


「そっか……ありがとう」


でも、それでも、うれしい。
とても、うれしい。


あの路地裏からスタートした私の人生で、
誰かに、気遣われることなんて、ほとんどなかった。
誰かとこんなに会話したのは、初めてだ。
誰かが作ってくれたご飯を食べれるなんて、幸せだ。
自分のことを理解してくれるなんて、理解しようとしてくれるなんて、夢みたいだ。






だから、いいよね?
君を信じて、この夢みたいな時間に縋ってみても。
もう、少しだけ。



[27370] とある・もしもの世界 《禁書目録3》
Name: verdadelo◆5ddb6f89 ID:aabc9d6f
Date: 2011/04/25 20:31
《禁書目録3》

隣の芝は青いという諺がある。
他人の持っているものや幸せは、それが自分にないという事実だけで
良いものに思えてしまう、人間の心理を指した言葉だ。
路地裏で生まれ、1年弱の人生を逃げることに費やした私にとって、
この街の人々は、どこを見てもあまりにも青い、広大な庭をお持ちのようだった。

隠れるように、コンビニで買ったお弁当を食べているとき、
自分と同じ年くらいの学生たちが、友達と楽しそうに話している姿に胸を抉られた。
インターネットカフェか、野宿かで迷っているとき
子供が母親と手をつないで幸せそうに帰宅する姿に涙が出た。
もし、10万3000冊の中に、人生をやり直せる魔術が存在するなら
私はためらうことなく行使するだろう。



「じゃあ、約束だから、話すね」


賭けに負けた私は、上条当麻に自分の状況をかいつまんで話す。


ほとんど記憶が無いこと。
1年間追われていること。
この服がある限り、どこにも逃げられないこと。
学園都市から出ることもできないこと。
必要悪の教会。
完全記憶能力。
自分の頭に巣食う魔道書図書館。
自分を追い続ける、2人の魔術師


時間にして、10分程度。
上条当麻は、ときおり質問をしつつ、頷きながら聞いてくれた。
そして、全部話し終わった後、黙って頭をなでてくれた。
その、左手の温かさに、一粒だけ、涙が零れてしまった。


「私の言うこと、信じてくれる?」
「ああ」
「怖く、ない?」
「怖くねえよ」


そしたら、また一粒。
でも、これで終わり。
もう十分だ。


このマンションの入り口付近に、私を追う魔術師が一人いる。
様子を伺っているが、ここに来るのも時間の問題。
これ以上は、甘えられない。
私を知る人が、ここにいる。
私の孤独を理解してくれる人が、ここにいる。
だから、この人を巻き込むわけには、絶対にいかない。


「じゃあ……」


そろそろ、行くね。
そう言おうとしたのに、言葉が止まる。
この時間を手放したくない。
いつまでも、ここにいたい。
全てを忘れて、人生をやり直したい。
私には許されていない、垣間見えた幸せが、言葉を止めてしまう。


「じゃあ……」


もう一度、だ。
出会いがあれば、別れも必然。
今年の3月22日に酔っ払いの中年が言っていた言葉だ。
今こそ、分かれ目。


「じゃあ、もう、行くね」


私を救ってくれた、やさしい人に向かって、何とか告げることができる。
彼の目が、ほんの少しだけ細くなる。
やっと、表情の動きが分かるようになったのに。


「行かなくていい」


やさしい言葉。
こんなにやさしい言葉は、初めて聴いた。
私が完全記憶能力者で、本当に良かった。
これから先、何年たってもこの感動を、色褪せることなく再生できる。


「駄目だよ」
「駄目じゃねえ」
「行かないと」
「行かせねえ」


魔道書図書館の横に、上条図書館を作ろう。
これから先、辛いときはそこで本を読もう。


「助けてっていったら、助けてくれるの?」
「助けてやるよ」
「嘘ばっかり」
「嘘じゃねえよ」


本が増える。
幸せの本が。
私だけの、幸せの本。


「どうやって、助けてくれる?」
「なんとかする」
「君が思っているより、魔術は強いよ」
「大丈夫、俺も結構強いから」
「ここに、住めなくなるかもよ」
「ここは借家だ」


魔術師は、まだ、動かない。
もう少しだけ、もう少し、だけ。


「学校はどうするの?」
「お前も通えばいい。守ってやる」
「そんなの、無理だよ」
「無理じゃねえ」
「IDが無いよ」
「作ればいい」
「自分の年も、分からないよ」
「じゃあ、14歳だ。それでいいだろ」
「誕生日も、分からないよ」
「じゃあ、今日が、お前の誕生日だ」


迷い無く、流れるように返す言葉に、心が満たされていく。
この言葉が、本当なら、どれだけ良いだろう。
でも、駄目だ。時間切れだ。
魔術師が、ルーンを展開しだした。
あと20分もすれば、ここに来るだろう。


「ありがとう、本当に嬉しかった」
「過去形にするな」
「もう、行かないと」


ふぅ、と上条当麻はため息をつく。


「わかってるよ。魔術師が来ているんだろう?」


流石だね。


「そうだよ、ありがとう。本当に」


戻らなければ。あの、地獄に。
玄関に向かおうとする私の肩を、彼の左手が止める。
その手を、そっとつかんで、離す。
振り返って、微笑む。
せめて、最後は笑顔で。


「ここから先は、地獄」
「あなたの想像を超えた、本当の地獄なの」
「……私と一緒に地獄の底までついてきてくれる?」


彼の目が、閉じられる。
肩を落として、ため息を一つ。


「案内くらいは、してくれるんだよな?」
「え……?」
「地獄」


笑顔が、固まる。


「とりあえず、証明してやるよ」

……何を?


「地獄につれてっても、大丈夫だってことを」





6回チャイムを押し、1分間待ったところでステイル=マグヌスは魔術を発動させた。
7階の一室、ここに彼女がいることは分かっている。
ゴッ…と音がして炎が生まれ、錠前が溶かされる。
ドアノブをひねって開けようとするが、チェーンに阻まれる。
舌打ちをして、手を振るう。
飴細工のように溶けるチェーンを、2つにちぎる。


すると、部屋からあわてて男が出てきた。

「何やってんだ、テメエ。アンチスキルを呼ぶぞ!」


見たところ、16、7か。
声の威勢は良いが、腰が引けている。


「手荒なまねをしてすまないが、どうしても中に入る必要があってね」


言いながら、土足で室内に踏み込む。


「ちょっ…お前、待てよ、おい」
「アレは、どこだ?」
「アレ、だ。この部屋にいるはずだ。さっさと出したまえ」
「何だよ、アレって」
「女の子だ、匿っているんだろう。早く、出したまえ」


おびえた男に、静かに告げる。
一歩、踏み出すと、男は、一歩下がる。
腰が引けている。


「早く」
「ああ、ああ、あ、そうか、アンタか。わかった。ちょっと待て」


男は震えながら部屋に走りこむ。
ふん、全く、情けない。


「ほらよ……最初から言えよ。びっくりして、死ぬかと思ったぜ」


男が左手で投げてよこしたのは、見まがうことなき歩く教会。
まさか……。


「さっき、変なちびっこい女がベランダにいてさ」
「あとで、人が来るから、これを渡して、金をもらえって。それで、俺の服を着て」


「どこだ。どこへ行った?」


皆まで言わせず、男の襟首をつかんで、壁に叩きつける。
男は、苦しそうに顔をゆがめながら


「知るかよ、知らねえよ!」


身を捩って振りほどきつつ、叫ぶ。


「くそっ……」


早く、探さなければ。
歩く教会が無ければ、何かあったら、あの子が死ぬことになる。
翻り、帰ろうとするところを、呼び止められる。


「おい、待てよ。金、払えよ。ドアも壊しただろ。アンチスキル呼ぶぞ」


くそ、時間が無いのに。


イライラと、ポケットに手を入れて、財布を取りだす。
紙幣を30枚くらい取り出して、床に叩きつける。


「ほら、これで十分だろ」


男が、床に散らばった紙幣をざっと見て、顔を上げる。
表情が一変して、無表情に変わる。


「まいどあり」


驚いたところに鳩尾に右手を叩き込まれ、ステイルはあっさり意識を失った。



[27370] とある・もしもの世界 《禁書目録4》
Name: verdadelo◆5ddb6f89 ID:aabc9d6f
Date: 2011/04/25 23:22
《禁書目録4》

実況見分には、そんなに時間はかからなかった。
当事者の片方は学園都市のIDも指紋もDNA型も登録されていない違法侵入者で、
自宅を破損された被害者はとても金属を溶かす能力などないレベル0。
状況から、被害者の正当防衛はほぼ明らかだし、彼は自分の学校の生徒。
人助けマニアとまで呼ばれる善意の塊であることはよく知っている。
もはや、詰所に呼ぶまでも無かった。
あとは、加害者が目を覚ましたあと、事情を聞けばよいだろう。
アンチスキルの黄泉川愛穂はそう結論付け、上条の肩を叩いて帰っていった。



ふぅ、とため息をついて、バスルームに声を掛ける。


「インデックス、もう良いぞ」


かちゃり、とドアが開き、だぼだぼの服をきた銀髪碧眼少女がふるふると震えながら出てくる。


「……とうま、怖いよ」
「怖かったか、もう大丈夫だぞ」
「違うよ……。怖いのは、とうまだよ」
「俺か、そっか、ごめんな」


頭を撫でられたって、怖いものは怖い。
人は変わるものだというけれど。
こんなに変われるのを目の当たりにすれば、人間不信コースまっしぐらだ。


「ほら、32万も置いていったよ、あいつ」
「詐欺師」
「まあ、ドアも直さなきゃだしな。差し引き15万くらいか」
「詐欺師」
「詐欺師で結構」


非難と不信を目に込めて投擲するが、上条当麻はどこ吹く風だ。


「それに、実力行使に出たのはあちらが先だ。正当防衛だろ」


新装開店したばかりの上条当麻幸せ図書館なのに、
どこかに偽、という言葉を早速追加しなければならないかも知れない。


「それだって、分かっていたのに」
「ああ、分かっていたよ。でも、挑発したわけじゃないから、セーフだ」


相手の魔術師の特徴、得意とする魔術を教えたのが魔術師の来る10分前。
すると、彼は目を10秒くらい閉じて思案した後、この作戦を立てたのだ。
そして、PCを立ち上げ、何かを調べ、その後誰かに電話した。

「まあ、読み通り、魔術師はアンチスキルに逮捕された。金も手に入った。喜べよ」


すなわち、魔術師を騙して、倒す作戦。


「違う、魔術師をアンチスキルに逮捕、投獄させる作戦だ」


アンチスキルとは、この街の警察的組織だ。
学園都市の最新科学による武器、防具を持ち、犯罪能力者を制圧できる軍事力を持つ。
そんなプロフェッショナルな人達の力を借りようというのが、彼の作戦だった。


「これだけ明らかな犯罪行為を行ったんだ。しばらく出てこれないだろ」


あれだけ強い魔術師が、あっさり1人倒された。
追跡者が、1人になった。
まだ、信じられない。
でも。

「なんだか人間不信になりそうなんだよ」


しばらく引きずりそう、という私に、


「まあ、これなら地獄の鬼だって騙せるだろ?」


彼は僅かに口角を上げて応えた。





幾多の誤解と勘違いとすれ違いの末に友人となった上条当麻から電話を受けた御坂美琴は、指定された通りの格好と物を持って上条家を訪れた。
目的が分からなかったので聞いてみたが、時間が無いからあとで、と教えてくれなかった。
ともあれ、何度も能力で覗き見て、隅々まで知っているが、部屋に訪れるのは初めてだ。
ついでに言えば、男の子の家に入るのだって初めてだったりする。
なんだかんだで、少し緊張しつつエレベータを降りると。


「なによ、これ……?」


上条家のドアには、熱で溶かされたような穴があった。
人助けのたびに恨みだって買っているアイツのことだ。
能力者に襲われたのか。
そう判断して、御坂美琴はあわててドアを開ける。
すると、そこには。


「なによ、コレ……?」


明らかに日本人ではない少女がいた。
急に、緊張感がイライラに置換される。


「おう、御坂。ごめんな、いきなりで」


そのイライラは、この部屋の主を見た途端、1.5倍くらいに跳ね上がった。


そんなビリビリと機嫌の悪い御坂美琴をなだめつつ、上条当麻は持ってきた荷物を出すように促す。
膨れっ面で差し出した大型の空のバッグ2つを上条当麻は受け取ると、
片方に丸めてあった新聞紙を詰め込む。
意味不明の行動をとる上条に、少し不安そうな銀髪少女。


「もう少し、待ってくれ。ちゃんと説明する」


そう先回りで言われてしまえば、御坂はもう聞くことはできない。
一見、意味不明、でも実はちゃんと意味ある行動に、1週間で何度も騙されたのだ。
コレだって、何か意味があるに違いない、と思えば、いろいろと想像する楽しみだって
あるのではないか。
そんな前向きな方向で考えをまとめようとしたが。


「じゃあ、インデックス、これに入れ」


ビクッとなる少女に向かって、もう一つのバッグを広げて淡々と放つ言葉に、
そんなのどかな思考は一瞬で混沌に落とされた。



今は夏季休暇期間である。
人口の8割が学生である学園都市だから、街全体がバケーションの空気に包まれている。
これから遊びに行くと思われる学生はたくさんいるし、
海外旅行に行ってきたのか、タグつきの大きな荷物を転がしている人もちらほらいる。
だから、外から見れば、きっとこれから旅行に行く恋人同士に見えるに違いない。
その実態は、人攫いに近いのだが。


「アンタ、重くない?」
「それは女性に失礼だろ」
「あ、そうだね、ごめん」
「それより、インデックス、近くにいないか」


バッグに詰められた少女に淡々と語りかける上条当麻。
透視能力者が見たら、手馴れた誘拐犯にしか見えないだろう。
そう指摘したら、右手で持っているから大丈夫だと、当たり前のように返してきた。
相変わらず、可愛くない。


「私の感知できる範囲ではいないよ」
「そっか、御坂は、どうだ」
「こちらも、尾行されている様子は確認できないわ」


どうやら、バッグに詰められた少女は何者かに追われているらしい。
そっと隣の表情を伺うが、特にあせった様子は無い。
表情に乏しいこの男も、リミットを越えれば動揺が顔に出ることを、
御坂はこの目で見ている。
だから、事態はまだ許容範囲なのだと分かって、少し安心した。


そんなこんなで、恋人風誘拐犯達は、電車に乗り、学園都市の外れにあるホテルに
チェックインする運びとなった。
部屋はばらばらで、上条が2階、御坂は最上階だ。
そして、最上階の御坂の部屋に入り、念のためと盗聴装置が無いことを確認して、
ようやく少女は解放された。


「大丈夫か、インデックス」
「少しふらふらするけど、大丈夫なんだよ」


そういいつつ、自分の入ってきたバッグに足を引っ掛けて転びそうになったところを
上条が捕まえる。
それを見て、御坂の眉がかすかに動く。


「さて、話してくれるわよね?この状況に対する、納得いく説明を」
「イライラしてるな…少し、疲れたか?」
「イライラしてない。いいから、説明」


ぼん、っとベッドに腰掛け、腕を組んで説明を求める。


「わかったよ。ちょっと、長くなるし、信じられないかもしれないけど」
「だったら、信じられるように喋りなさい」
「OK。だから、機嫌直せ」
「だから、イライラしてないってば」


そして、上条当麻はインデックスの背景と襲ってきた魔術師のこと、
そして襲ってくるかも知れない魔術師のことを話す。
御坂は、最初は信じられない、といった感じだったが、真顔で話し続ける上条と
表情を曇らせる少女を見て冗談ではないことを悟ったらしい。


「確認だけどさ、これ、あのときみたいなドッキリじゃないわよね?」
「もう、あんな真似は二度としない」
「マジなのね」
「マジだ」


うはー、といいながら、御坂はベッドに仰向けになる。
スカートがめくれて、中身が見える。


「おい、見えてるぞ」
「平気よ。短パンだもん」
「短パンがめくれている、という意味で言ったのだが」


瞬間、ものすごい勢いで起き上がり、すそを押さえる。


「冗談だ」
「……ア、ン、タ、ね!」
「でも、きわどかった」
「くッ……もういい、死ね、エロス」
「なんだよ、エロスって」


赤い顔をしながら、上条を3秒ほどにらみつけるが、
ふぅ、とため息をついて、真顔に戻る。


「で、これからどうするわけ?」
「そうだな、お前に借りを作りたい」
「借り?」
「そう、借り」


そういいながら、上条は隣に座るインデックスを少しだけ見た。そして、


「お前が家に来る前に調べたんだがな。ここから、20kmくらい離れたところに、イギリス清教の教会があるんだ。そこに行きたい」
「教会って……まさか」
「そう、学園都市の外にある、教会だ」
「ああ……そういうことね。借りって」
「悪い。……頼めるか?」
「まあ、ここまで聞いたんだから、ね」
「ありがとう。大丈夫だよな?」
「大丈夫よ。痕跡なんて、かけらも残さないわ」


つまり、学園都市のデータバンクに侵入して、インデックスのIDを偽造してほしい、
というわけだ。
ついでに、上条とインデックスの外出許可も。
そこで、ふと、気がつく。


「アンタさ、もし、私が嫌だっていったら、どうしたわけ?」
「そうだな、お願いしますって、もう一回頼んだかな」
「それでも嫌だって言ったら?」


そう聞くと、彼はほんの少しだけ微笑んで。


「お前は、事情を話せば、絶対にそんなこと言わないと信じていた」
「……そうみたいね。私が協力する前提だったみたいだし」


ホテルの電話回線からサーバーに侵入しつつ、御坂は応えた。



[27370] とある・もしもの世界 《禁書目録5》
Name: verdadelo◆5ddb6f89 ID:aabc9d6f
Date: 2011/04/26 19:28
《禁書目録5》

最初の1ヶ月は、本屋に行くことが多かった、とインデックスは記憶する。
あまりにも少ない自分の常識や一般知識を補う手段を本に求めたのは、なるほど図書館を名乗るに相応しい。
逃亡しながら隙を見て店に飛び込み、10分くらいでなるべく多くの本に目を通す。
店を出る直前、完全記憶によって本のタイトルのindexを更新し、次の店で読む本を決める。
そして28日後、能力開発の基本が終わり、各論に手を出そうかどうか、迷ったとき。
平積みされている一冊の童話集に目が留まった。
40秒ほどでスキャンされたその本の内容は、今でも強く印象付けられている。
人間の想像力とは、かくも豊かなものなのか。
これを思い描ける人物は、どれほどの才能を持っていたのか。
御伽噺の主人公に匹敵する呪いを受ける身でありながら、
そのハッピーエンドが全く描けない自分には童話作家は向いていないことが寂しかった。



5分ほどで私のIDと外出許可証を偽造した後、上条当麻と御坂美琴は夕食を買うため部屋を出た。
1人残されると、急に空間が広がったような錯覚を覚える。
慣れているはずなのに、視覚が孤独を訴えることが辛いから、目を閉じて、横になる。
この半日を頭の中で再生する。

4時12分に、正規の3倍の料金を払って泊まった粗末なホテルから忍び出た。
10時18分に、バスと電車を乗り継ぎ、第7学区まで来た。
11時50分に、交通量の激しい道路に飛び出して、車に撥ね飛ばされながらも逃げた。
13時3分に、上条当麻のマンションに落下した。
13時20分に、人生初の手作り料理を食べた。
14時1分に、服を着替えてバスルームに身を潜めた。
14時43分に、御坂美琴とはじめて出会った。
15時10分に、電車に無賃乗車した。
15時13分に、生まれて初めて誰かの腕の中で眠った。
17時19分に、2時間半ぶりに光を見た。
17時25分に、学園都市の住人になった。完全に諦めていた教会に、行ける事になった。


なんて内容の充実した一日だったのだろう。
なんて非日常な一日だったのだろう。
なんて幸せな一日だったのだろう。

詐欺師だけども優しい上条当麻と、少し怖いけど温かい御坂美琴に出会えた奇跡に感謝する。
同時に、私という災いが彼らの人生を焼くかもしれない可能性に、ジクリと心が刺される。


この一日で、十分なのではないか。
ここで、そっと出て行くべきなのではないか。
あんなに眩しい人達を、私の呪いが害したとしたら。
私はもう、死ぬことすら赦されない。


心の中で、揺らぎができる。
深く、冷たく、早く、激しく。

期待、諦め、希望、絶望、光、闇。
交じり合い、退けあい、やがてそれは渦になる。


でも、と思う自分もいる。

救おうとする意思を無下にすることは、非礼なのではないか。

ひょっとしたら、と思う自分もいる。

あの二人なら、もしかしたら、私を救ってくれるのでは。

やっぱり、と思う自分もいる。

期待したって、自分を深く知れば、あの二人だってきっと離れていくよ。

どうせ、と思う自分もいる。

何をしたって、私の枷は外れることなどないのだ。


心の渦は広まるばかり。
私を飲み込み、強く、優しくすり潰していく。






ホテルのロビーで、先ほど作ったばかりのID(正確には紛失時の仮ID)と外出届を
プリントしたあと、御坂美琴は上条当麻をロビーのソファーに促した。
もうここまでで十分だから、帰ったほうが良いと言う馬鹿に物申すためである。


「アンタね、何のために私は部屋を取ったのよ?」


聞かなくても理由は分かるが、一応、聞いてみる。


「俺の部屋はダミーだ。魔術師が知ってるとしたら、俺の名前だろうからな」


彼が部屋に置いたのは、赤外線を使った防犯装置。
前を何かが通り過ぎると、指定した番号にメールが飛ぶ、学園都市ではありふれたものだ。
それを見つかりにくそうな物影に設置していたから、あの部屋を使わないつもりであることは分かっていた。


「この件は、大分危ない気がする。だから、帰れ」


なにをいうのだ。レベル0のくせに。


「だったら、アンタ一人じゃもっと危ないじゃない。なんで頼らないのよ」
「俺が勝手に助けると決めたからだ。巻き込めねえよ」
「アンタも分からない人ね。勝率を下げるは無いでしょ、っていってんの。それとも私がいても役に立たないと言いたいわけ?」
「そんなことはねえよ。でも、危険だ」
「あっそ。じゃあ、アンタの外出許可、取り消しちゃおうかな」
「……頼むよ」


モノトーンな口調だが、僅かに真剣味を感じる気がする。
なんだか平行線になりそうなので、話題を変えようと、先ほど感じた違和感を口に出す。


「話は変わるけどさ、さっきのアンタの、インデックスの話だけど」


ちらりと上条の目線が動く。
盗聴はない、と教える。


「あの話なんだけど、なんか、違和感があるのよね」
「信じられないか?」
「いや、あの子が言っていることは本当だと思う。少なくとも、あの子の中では」


言外に込めた意味に、彼は頷く。


「やっぱり、気付いたか。なら、俺が危険だって意味も、当然分かるんだろう?」
「まあ、ね」
「お前、優しいな」
「えっ?」
「あの場でそれを口にしなかった、お前は優しいよ」


優しい、なんていわれたのは何年ぶりだろう。
思わず、少しだけ頬が赤らむのを感じる。


「ごまかすな。でも、アンタも分かっているなら、私の力が役立つと思わないの?」
「もちろん思うさ。ただ、相手が学園都市だけならともかく」


彼は、勿体をつけるように一瞬、言葉を切って。


「魔術については俺はよくわからない。魔術を扱う集団についてはほとんど情報が無い。
お前の力がどの程度通用するかもわからない。お前を守れるかどうか、自信が無い」


などと殊勝なことを言う。
やはり、コイツとは一度勝負で白黒つけたほうが良いようだ。
自分のほうが強いとでも思っているのか。


「アンタ、守ってほしいなんて、私は頼んでないわよ」
「そうだな、ごめん」


まあ、そう言ってもらえて、全然嬉しくない、というわけでもないが。


「あのさ、教会に行って、分かるかな」
「行ってみないと、なんとも。まあ、勝率は3割も無いだろうな」


言葉を省略しても、答えで理解を共通していることを知る。


「その程度だって思っているんだ。じゃあ、割に合わないんじゃない」
「割?」
「リスクと、ベネフィット」


しかし、これだけが分からない。
上条はかなりの合理主義者だと考えている。
なら、何故そのような選択を取るのか。


「ああ、それか。それはな、少し偉そうな言い方をすると、心のケア、かな」
「心のケア?」
「そうだ」


インデックスは、学園都市外の教会から、イギリスにあるイギリス清教本部に
取り次いでもらえば、しかるべき対応を取ってもらえると信じている。
でも、私と上条は、その可能性は低いのではないかと考えているのだ。
それでも行く理由が、心のケア、とは。


「インデックスはさ、きっと、誰かが自分を助けてくれるなんて、信じられないと思う。
今だって、きっと俺たちのことを完全に味方だなんて思ってないよ、きっと。
当たり前だよな。生まれてから、逃げることしか知らなかったんだから」
「……そうだね」
「だから、きっと自分が誰かに信じてもらえる、ってことも信頼できないと思うんだ。
誰も信じられないなら、相手が自分を信じるなんて思わないだろう?」


言わんとすることが、わかった。
やっぱりコイツは馬鹿だ。


「だから、俺はあいつを信じて、あいつの希望をかなえてやりたいんだ。結果、うまくいかなくても、信じてくれた、ってことは無駄にはならないはずだから」


誰かを信じる。そして誰かが信じてくれる。
その連鎖によって、人は孤独から救済される。
その連鎖によって、人は誰かと心を共有できる。
私が、コイツに、教えてもらったこと。
この馬鹿みたいにお人好しな、上条当麻に教えてもらったことだ。


「そう、だね。私も、そう思う。意味は、あるよね」
「そう言ってもらえると、心強いよ」


僅かに微笑む、救いの手。
ああ、全く。
そんな顔をされたら、ますます帰るわけには行かなくなってしまうではないか。


「じゃあ、私も行く。私だって、信じてほしいから」


そのあと、夕飯を探しながらも上条は何度も帰れと言ってきたが
全て鮮やかに無視して、ホテルの部屋に戻ってきた。



そして、私は、インデックスがどれほどの地獄を生きてきたのかを、目撃することになる。



ひょっとしたら、お風呂上りかもしれない。
ひょっとしたら、おなかを出して寝ているかもしれない。
だから、アンタは許可を出すまで、廊下で待機しなさい。


ドアを開けようとする不届き者の襟をつかんで世の道理を教えると
私は先に部屋に入ることにした。
部屋を出るとき、大分疲れている感じだったから、寝ているかもな、と思い、
静かにドアを開ける。
部屋に入ると、案の定、ベッドの上で、丸まるように眠る少女の姿を確認。

人形みたい、という比喩は好きではないが、そのとき私は正にそうだと思った。
さらさらと零れる銀の髪。
透き通る、白い肌。
小さく握り締められた手のひら。
僅かに上下する胸。
こんな細い女の子を追い掛け回すなど、同情の余地など欠片も無い。
魔術だかなんだか知らないが、超電磁砲の錆にしてくれる。
そんなことを考えて、一歩近づいた、そのとき。



バン、っと音が鳴った。
寝ていたはずの少女が、いきなり飛び上がった音だ。
射抜くような目線をこちらに向けながら、左手を伸ばしてベッドサイドの足の長い照明をつかむ。
バキリ、と何かが折れる音にも構わず、槍のように私に向けて構える。
先ほど穏やかだったのが嘘のような、荒い、あえぐような呼吸が漏れる。
なんだ、と上条があわてて入ってくる。
増えた侵入者に、厳しい目線が向けられて。


「あ……」


少女の手から力が抜けて、がしゃんと音を立てて照明が落ちた。


「あ……あ……」


また、小さく呻き声が落ちた。



それは、もう一人の魔術師に私たちが出会う、14時間前の話。



[27370] とある・もしもの世界 《禁書目録6》
Name: verdadelo◆5ddb6f89 ID:aabc9d6f
Date: 2011/04/26 21:55
《禁書目録6》

泣きながら謝るインデックスを抱きしめると、不自然なくらい全身の筋肉が強張った。
大丈夫だよ、といいながら頭を撫でると、少しずつ緊張は解けていった。
そして、緊張が解けても、しばらく嗚咽は止まらなかった。
目線を隣に立つアイツに移すと、珍しくその顔からはっきりと怒りを読むことができた。

泣き止んだ後、放心状態にあるインデックスと一緒にお風呂に入った。
入っている間、インデックスは一言も喋らなかったけれど、
頭にシャンプーをかけて洗ってあげると、もう2粒だけ涙をこぼした。
お風呂から上がると、学習した上条が部屋のドアをノックしてきたので
入室を許可した。
照明が新しいものに変わっていたから、きっと彼がホテルに対応したのだろうと思った。
その後、もそもそと3人でご飯を食べている最中に、インデックスがぽつりと


「ごめんね」


と呟いた。
私はとっさになんて答えればよいかわからなかったのに、隣に座った上条が


「気にするな」


と短く返したのが、少し悔しかった。

インデックスは疲れているようだったし、明日もあることだからと
その日はすぐに寝ることになった。





そして、また朝が訪れる。



学園都市のゲートでは、IDと外出許可証の提示が求められる。
ゲートの係員は、登録情報と外出者の一致を確認し、通行の可否を決定する。
ゲート付近の道路には各種センサが張られていて、こっそり通るなどは不可能だ。
もちろん、車の中までスキャンされており、隠れて通行しようとしても逮捕される。
簡素な見た目からは想像できないくらい高いセキュリティを誇る学園都心の門だが
前提とする情報自体を操れるレベル5にとってはフリーパスと等しい。


「通ってよし」


タクシーがゲートから離れると、インデックスと上条が少しため息をついた。
厚くて高い特殊コンクリートの外は、30年前の世界が広がっている。
御坂と上条にとっては馴染みのある風景だが、インデックスは初めての光景が珍しいのか
1時間弱の旅の間、ずっと外を見ていた。


6時15分に、タクシーは目的とする教会に到着した。
普通の大きさはこの場にいる誰にも分からないが、50人程度の入れる礼拝堂に
事務を行う部屋が2つ、来客を迎える部屋が1つからなる施設である。
この教会は24時間来客を受け付けてくれるようなので、好意に甘えて早朝に訪問したのだ。
聖ジョージ大聖堂の必要悪の協会に取り次いでもらえるよう事務所の者に依頼すると、
上条たちは来客室に通され、そこで待つように指示された。


「大丈夫か、インデックス」


さっきからずっと俯いている少女に、上条が話しかける。


「いま、連絡してくれる。聖ジョージ大聖堂は相当大きな教会だから、きっと夜でも
対応してくれるさ」


上条の言葉に、小さく銀色が頷く。
部屋に置かれた振り子時計の鐘が、6時半を告げた。



少し落ち着かない気分なのか、先ほどから時計ばかり見ている、と御坂美琴は考える。
あれから1時間。現地時間ではもう深夜だ。
そろそろ動かないとまずいのではないか。
隣の上条をそっとひじでつつき、外に出るように目で合図する。
時計の鐘が再び一度鳴るのと同時に、二人は部屋の外に出た。



「どう、思う?」
「まだ、不定だ」
「そんな悠長なこと言ってていいの?」
「通信は傍受しているんだろう?」
「しているわ。今のところ、イギリスへ電話もメールもしていない」
「なるほどな。じゃあ、魔術、なんだろうな」
「何もせずに、待たせる理由も無いしね。どうする?」
「そうだな、ここまできたら、相手の態度を見よう」
「仕掛けてきたら?」
「そのリスクは少ないと思うが、とりあえず倒せるところまで倒して、あとは学園都市まで逃げよう」
「……アンタは、結局、どれだと思う?」






私が昨日感じた、インデックスの話の違和感、疑問点。

何故、学園都市の外からインデックスを監視している魔術師が多いのに、
彼女を襲う魔術師は2人のみなのか。

ここから推察できることは、恐らく学園都市は中に入れる魔術師を選んでいる。そして、彼女を襲う魔術師は、学園都市と通じている。もちろん、学園都市の少なくとも上層部は魔術を認識しているということだ。

学園都市が魔術師のセレクションをかける理由は不明だ。
しかし、一般に特権とは少数が持つからこそ、その価値がある。
さらに、公式には魔術などという存在について、学園都市は認めていない。
ならば、街に入ることを許されている組織は、それほど多いとは考えにくい。
多いほど、情報が漏洩しやすい。敵対する組織も多いと聞く魔術組織なら、
街の中で衝突し、存在が露呈する可能性も高まる。

以上から、学園都市で活動できる魔術組織は少数であろう、ということが推測される。

これを足がかりに考察を進めると、インデックスを追跡する魔術師が所属する組織と、彼女が所属する組織が異なる可能性と、実は同じ可能性を考える必要があるが、
それぞれに説明が難しいところがあるのだ。

異なる組織なら、彼女が追われる理由は納得しやすい反面、何故彼女が1年にわたり
味方組織の援助無く孤軍奮闘しているのかがわからない。

同じ組織ならその逆で、一人で逃げている理由は分かるが、追われ続ける理由は分からない。

昨日、夕食を買いながら、上条にそのことを聞いてみた。
そしたら、上条は、それらの可能性を認めた上で、もう一つの恐ろしい可能性を追加してきたのだ。



「インデックスは、学園都市を滅ぼしに来たのかもしれない」



息を呑み、立ち止まる私に、いつものように、淡々と語る。


「インデックスの話を聞くと、魔術と超能力は、原理原則は違えど、引き起こす現象は
オーバーラップするところが多い。そして大事なことは、どちらも現在の科学技術を超え
る力を使えるということだ」

「どんな軍力も無効化できるが、互いに勝てるかどうか分からない人間が、2つの組織に属しているとする」

「1つは学園都市のようなごく狭い地域に集中して居住している。もう1つは世界中に分散
している。当然だが、互いに相手の存在は疎ましい。相手がいなくなれば、世界を事実上
手中に入れたようなものだからね。では、どちらのほうが攻撃を受けやすいだろう?」

「インデックスの言葉を信じるならば、彼女の中には世界のどんな理も捻じ曲げるだけの
魔術を扱う知識がある。ただ、それを行使する力、魔力がない、といっているが、それは
我々にはわからない」

「学園都市と、魔術師の一部が結託しているのは事実だろうからね。
もし彼女がその魔術師たちと対する組織にいるなら、学園都市側の魔術師が討伐しようと
しているとも見ることができる」


でも、でも、そんなのって。


「もっとも、可能性はかなり低いと思っている。1年間も滅ぼすのを待つ意義が無い。
俺たちに自分の秘密を打ち明ける必要も無い。あの悲しみが嘘であるとはとても思えない」

「実際は、これまで上げた可能性の複数が重なっているのかもしれないし、俺たちの知ら
ない情報を元に、全然想像外の真実があるのかもしれない」


ごめんな、ひどい想像をして。俺にも、本当のところはよくわからないんだ。
そう、言った後、


「ともかく、追跡者からすれば、もしくは学園都市からすれば、インデックスが学園都市
の外に出て、教会に助けを求めることができる、このこと自体が想定外の事象なはずだ。
だから、絶対に何かのアクションを起こしてくるはず。そこから、なにか重要なヒントを
拾えればよいと思っている」






私も同じことを考えていた。まず、動かなければ、これ以上の情報は得られない。
そう思ってここに来たのに、待たされると不安と苛立ちが募ってくる。


「ねえ、どうだと思う?」
「まあ、焦るなよ。手がかりが得られる可能性のほうが少ないんだから」
「そうだけど。もしこのまま待ちぼうけだったらどうする?」
「そうだなあ……。お前にパスポートの偽造をお願いすることになるかな」
「……直接、行くの?」
「それしかないよな」
「アンタ、そんなことばっかりしてると、いつか死ぬわよ?」
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃない!」


思わず、声を上げてしまった。
なんでそんなに、ほいほいと危険に突っ込んでいくのだ。
なぜ、そんなに誰かのために自分を投げ出せるのだ。


「声が大きいぞ。……そうだな、じゃあこうしよう。あと1時間たったら諦めて帰ろう」
「帰してくれるかな?」
「帰るんだよ。これからタクシー会社に連絡して、1時間後にさっき通ったレストランまで
 来てもらうように手配する。時間になったら、振り切ってでもそこまで行こう」
「そうね、わかっ」


た、と言おうとしたところで能力の目が異常を捕らえた。
何かが、異常な速度でこちらに向かってくる。
姿形は人間だが、明らかに生身の人間の速度を超えている。
部屋から、インデックスが青い顔をして飛び出てくる。
上条が察して、呟く。


「そっか、来たのか」


教会の外に出たところで、私達は魔術師、神裂火織と対面した。



[27370] とある・もしもの世界 《禁書目録7》
Name: verdadelo◆5ddb6f89 ID:aabc9d6f
Date: 2011/04/26 23:25
《禁書目録7》

少なくとも、時速200kmは出ていた、と御坂美琴は確信する。
目の前の魔術師の姿からは、とても想像つかないが、その速度を維持してここまで来たのだ。
瞬間的に出せる速度はその2倍以上は堅い。
さらに、刀を使った攻撃は音速に達するらしい。
自分の反応速度から逆算し、能力の目で反応が間に合うラインで足を止める。
手をつないでいたインデックスも、歩みを止める。
ポケットからコインを出し、能力で空中に浮かせる。
攻撃されたら、全力で電撃を放ち、それで駄目なら超電磁砲を打ち込むしかない。


だが、上条当麻は止まらない。
2歩ほど、前へ。まるで盾になるかのように。


「神裂火織と申します……できれば、もう一つの名は語りたくないのですが」
「上条当麻だ。インデックスを追う魔術師だな?」
「魔法名を名乗る前に、彼女を保護したいのですが」
「魔法名、とは?」
「魔術を使い、戦いを行うために名乗る名前、ですよ」
「かっこいいな。ところで、神裂、戦う前に、いくつか質問したいのだが、駄目か?」
「……回答可能なものなら」
「そっか。ありがとう」


上条の言葉を聞いて、御坂は息を呑む。
内容にではない。
声に込められた力、有無を言わせない静かな迫力を感じたからだ。
何かの覚悟を持って望んでいるということが直感で分かった。


「1つ目の質問だ。お前はイギリス清教、必要悪の教会に所属しているな?」


神裂火織の目が驚きに開かれる。


「……ええ。何故、そう思ったのですか?」
「勘、だ」
「答えになっていません」
「学園都市と結びついている魔術組織は、イギリス清教だけだからだ」


後ろで聞いていたインデックスは、自分の追っ手が同胞であることなど、どうでもよかった。
上条当麻が、あの魔術師の射程内にいる。
人間では回避不可能な、あの攻撃。
それなのに、彼はあの魔術師から情報を引き出そうとしているのだ。
昨日、私を引っ掛けたのと同じ方法で。


対する神裂は、ますます驚きを隠せない。


「正直、驚きました。あなたは一体、何者ですか?」
「学園都市の能力者。幻想殺しと呼ばれている」
「幻想殺し……」


学園都市に1年ほど住む神裂には、それが意味することが分かったらしい。
目の前にいる男が、未知の能力を有することに、僅かにガードが固めたことに
御坂は気がついた。


「では、あなたの後ろにいる女性は?」
「ああ、彼女は学園都市のレベル5、第3位だ」


神裂の体に緊張が走る。そこに、上条は続ける。


「彼女の能力の一部を教えるが、彼女は電流を操ることができる。雷以上の電流だ。そして」


上条は、そこで息を止める。


「彼女はお前の動きを眼ではなく能力で見ることができる。そして、お前が音速で彼女に
迫ったとしても、彼女がインデックスを炭にするほうが早い。……言っていることは
わかるか?」
「……脅迫、ですね。でも、後ろの彼女にそのようなことはできるのでしょうか?」
「できるさ。……それに。」
「それに?」
「インデックスは、人生に絶望している。お前たちに1年も追い掛け回されてな」


神裂の顔に苦いものが浮かぶ。
御坂は動けない。
インデックスも動けない。


「インデックスは、昨日、俺たちに殺してほしいと頼んできた。自殺はできないからと。
もう限界だからって、泣いて頼んできた。だから、ここでお前に連れ去られるくらいなら」


上条当麻はゆっくりと、神裂の心に楔を打つように語る。


「ここで死ぬことは本望だろう。だから、彼女はためらわないさ。もちろん、俺だって
そのつもりだ。彼女がやれないなら、俺がやる」
「させるとでも?」
「できるさ。お前は俺たちの能力を知らない。そして、俺たちはお前の能力を知っている」
「……私の全能力を知っていると?」
「その刀を使った、居合いがお前の最速の攻撃だ。その速度でも反応できる距離に二人は
いる。その攻撃を、少なくとも1度だったら俺は止められる。……試してみるか?」
「……」


表情はなんとか悠然を保てているだろうか。
心理戦のプレッシャに押しつぶされそうになりながら、御坂は神裂の目を睨む。


10秒ほど沈黙が続く。
御坂の、インデックスの背中を嫌な汗が流れる。
そして。


「……なにが、望みなのですか?」


神裂が引いた。
上条は、答える。


「真実を知りたい。なぜ、お前たちがインデックスを苦しめたのか。その真実を」


神裂は一つ、小さくため息をついた。
そして。


「わかりました。教えましょう。でも……できれば、その子のいないところで話したいのですが」


僅かな間をあけて、上条が答えようとする。が、


「嫌だよ。私も知りたい」


答えを遮り、インデックスが言う。


「ですが……」
「私は知りたい」
「……貴方にとって、知ることは残酷かもしれませんよ?」
「それでもいいッ!」
「でも」
「いいのッ!知りたい!」


私、自分が誰なのか、わからないの。
何故生まれたのか、何をしてきたのか、わからないの。
だから、知りたい。
どうしても、真実が知りたい。
たとえ、それが、何であっても。
知った先に、何があっても。


泣きながら、独白する姿に心が動かされたのか。
結局、神裂火織はこの場でインデックスの真実を語りだした。


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