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『決闘者たち』

作:ろろた


「先生!! 拙者のあらん限りの想いと力をぶつけるでござる!!」

人狼の里のちょっとした広場に俺とシロは対峙していた。それにギャラリーである人狼達が、その成り行きを見守っている。
なんてこった、シロと俺が決闘だなんて。シロはもうそれは凄いやる気で、霊波刀は輝きまくっている。

ああ、何で俺が戦わなくちゃいけないんだ。

「頑張れであります」

「頑張るのさ」

「頑張るのよ」

原因を持ち込んだとも言えるガキ共は、面白そうにしていた。凄ぇ、腹が立つ。


何でこうなったかというと、話は昨日に遡る。








暑い。
俺はアパートの部屋でだれていた。季節は夏真っ盛り。お盆はもう残暑と言える時期だが、太陽は爛々と輝いて、地上の俺達を燻り殺そうとしていた。

どっか涼めるところにでも行こうかと思うが、どうにもやる気が出ない。金の方は実を言うとあるだが、1人だとどうもなあ。
金があるのは、あの美神さんが時給を上げてくれたのだ。地球最後の日が来たかと思い、美神さんに飛びついたら、しこたま殴られた。
痛かったので、夢でも幻でもなかった様だが、何か不安になる。

そんな美神さんは家族で旅行。今まで避けていた公彦さんと仲が良くなったのはいい事だ。とは言っても、俺はあのクソ親父(大樹の方だ)と仲良くする気はないがな。

で、おキヌちゃんは里帰り。それとタマモはおキヌちゃんの付いていった。どうやら温泉目当てらしい。そういえばあの氷室神社の裏に露天風呂があったよなあ。また覗きたいもんだ。

そしてシロはというと、こちらも里帰り。今頃は里のみんなと一緒に、お土産に持っていった大量のドッグフードでも食べているのだろう。

「はぁ〜暇やなぁ」

呟いてみるが、どうしようもない。
雪之丞はどうせどっか修行に出ているだろうし、ピートはブラドー島に一時帰国。タイガーは……何やっているだろ? 
帰省か、それともデートじゃねえだろうな。奴がデートしているなら、邪魔しなければいけないなとも思うが、幸せを壊すのも気が引ける。だって、あいつは影薄いし。


こう、暇だと死にそうだ。
やっぱ雪之丞辺りでも、来てくれんかな。体を動かせば、少しは退屈が紛れるだろうし。
俺は雪之丞とシロの特訓によく付き合っている。それに2人は仲が良い。

バトルマニアで修行好きな奴と、武士道一直線な弟子、そんな2人の気が合うのも仕方がないだろう。暇さえあれば、『よお、いっちょ戦ってみないか?』『せんせー、拙者と手合わせをして下され』と言ってくる始末だ。

魔装術を纏って霊波砲を雨みたいに連発したり、岩も斬り裂く霊波刀を振り回す。一歩間違えれば、確実に死ねる。
はあ、何で俺はそーいった奴らに、気に入られるんだろ? でも、そんな奴らに付き合う俺も物好きなんだろうな。

いつもなら、嫌で嫌で仕方がないっていうのに、今ならとことん付き合ってもいいと思った。こんな危ない事を感がるなんて、退屈の末期症状かもしれん。

トントン

そこでドアがノックされ、俺は立ち上がった。
誰だろ? 今日は誰とも会う約束はしていない筈だが……そうだ。知り合いなら、退屈凌ぎにどこか行こう。

ドアを開けると、そこには困った顔をした弟子が居た。腕の中には3匹の白い子犬が抱かれている。
まさか―

「シロの子供か!?」

「先生との子なら欲しいでござる」

予期せぬボケが来た。さすが俺の弟子、際どいボケだぜ。







「で、どうしたんだ? 里帰りをしてたんだろ?」

俺はちゃぶ台を出し、シロを座らせた。だが、出すお茶はある筈がないので、氷を入れただけの水を差し出した。
茶ぐらい買っておくか。喫茶店じゃないんだから、水はさすがに失礼だ。
何となく冷たい視線を放つ3匹の子犬を見て、俺はそう思った。

「そうでござったが、あの……文珠を三つばかり貰えぬでござろうか?」

「3つって、何に使うんだ?」

俺は一応訊いておく。シロの事だ。文珠で悪事を働く訳はないだろうが。

「この娘らは人狼でござって、まだ昼間では変化出来ないのでござる。最初は美神どのから、精霊石を借り様と思っていたのでござるが、出かけているのを失念していたのでござる」

シロは脇に居る子犬……じゃなく人狼を撫でる。
そうか、という事は美神さんの事務所まで行ったんだな。それに人狼だったんだ。どう見ても子犬にしか……って、めっちゃ俺の事睨んでいる。犬と思っているって事が、顔に出ていたのか?

「だったら、最初からそう言えばいいだろ。俺とお前の仲なんだし、出し惜しみはしないって」

「せんせい……」

俺がそう言うと、シロは顔を赤らめた。ああ、可愛いなあ。って、待て待て。シロは弟子だから、欲情してはまずい。でも、今日のシロはどことなく色気が……いつものノースリーブのシャツではなく、肩を丸出しにしてるせいか? 何となく見てしまうぞって、落ち着け、俺。

俺は頭を振って、無理矢理シロの事を脳裏から追い出した。一息ついて、3つの文珠を取り出した。それぞれ子犬、もとい人狼の前に置く。
込める文字は変化の『変』でいいだろう。

3匹は前足で文珠に触れると、ボンッとコミカルな音を立てた。

「おお……」

「わあ……」

「すご……」

3人がそれぞれ言葉を放ち、きちんとした人間の姿になった。うん、上手くいったぞ。
みんなちっこいな。初めて会った時のシロより小さいぞ。人間で言うと、幼稚園児ぐらいか。

「お主ら、自己紹介をするでござるよ」

シロが促すと、彼女らはこくりと頷いた。

「えっと、わたくしの名は長女ランのであります。横島どの事はシロ姉さまから、よく聞かされているであります」

「あたしは次女のスウさ。シロ姉がお世話になってるのさ」

「私は三女のミキですのよ。横島さんは、シロお姉ちゃんが言った通りの人物みたいですのよ」

3匹……もとい、3人の女の子はきちんと正座をし、深々と頭を下げる。

ラン、スウ、ミキは全く同じ顔だった。真っ白な髪に、金色の瞳、小さな鼻に可憐な唇。どれもそっくりそのままコピーしたみたいだ。
長女、次女と言っていたから、三つ子なんだろう。違うのは、髪型と和服の色ぐらいだ。

ランは葉っぱを思わせる薄緑色の和服で、ポニーテイル。スウはタンポポみたいな黄色で、お団子頭。ミキはリンゴの様な朱色で、お下げを1つといった具合に。
それにしてもシロの〜ござるといい、人狼の里では語尾に何かつけなければいけない決まりでもあるのだろうか?
そうだったら、ちょっと怖いぞ。

「拙者と同じく犬塚の姓を持つものでござるよ」

「へぇ〜って事は親戚か」

「そうでござる。母上の妹君の娘でござって、里の中では一番若い三つ子でござる。とは申しても、里は狭いので全員が親戚みたいなものでござるが」

「でも、どうして里から降りて来たんだ?」 

俺が訊くと、シロは後頭部に手を当てた。照れ臭いのか、頬を染める。

「シロ姉さまからのお話を聞いていたら、興味を持ったのであります。取り合えずデジャブーランドに行きたいであります」

ランが瞳を輝かせる。遊びたいから、降りてきたって訳か。
まあ、デジャブーランドはガキだったら絶対に興味を持つよな。しかし―

「いや、今は連れて行けない」

俺が言い放つと、3人娘から虎も逃げ出す程の文句を垂れ始めた。

「行きたいであります。行きたいであります」

「横島〜、ケチケチするなさ。いい雄は太っ腹なのさ」

「何でなのよ。理由を述べるのよ」

ガキ特有の体全部を使った抗議をしやがった。いわゆる寝転がって、ジタバタする奴だ。うっとうしい。
それに埃が舞うだろうが。

「お主ら、横島先生に迷惑を掛けるとは切腹ものでござるよ」

シロが一喝すると、ピタリと動きが止まり、正座に戻った。う〜む、シロがこうやって場を纏めるなんて珍しいぞ。里ではちゃんとお姉さんやっているんだな。それとも切腹というのが、きいているんだろうか。あの里なら、本気でやりかねん。

「すみませぬ。我侭を言うのが、子供の仕事とはいえ無礼な振る舞いを」

「気にすんな。それに続きがあるんだ」

俺が3人娘を見やる。何かニヤニヤしていないか?
ま、いいかと思い、続きを口に出した。

「今はお盆休みだから、人がたくさん居るんだ。それにこの炎天下の中を2時間、3時間、アトラクションに乗る為に待つ為に並んでいたら、熱中症になっちまう。行くなら夏休みが終わる間際が狙い目だ」

シロを含めて全員が『おおー』と感心した様に頷いた。でも、少しだけバカにされている気がするな。

「分かりましたであります。だったら、月末にもう1度来るであります」

「そうか」

俺はそれだけしか言えなかった。つーか、俺にたかる気満々って訳か。しかし、断るのも気が引ける。泣かれたらうるさいし。
シロと一緒にこいつらの面倒を見るしかない様だ。

「シロ姉」

「どうしたでござるか?」

「お腹空いたさ。お肉が食べたいさ」

スウが突然そんな事を言い出す。そういえばもう昼だもんな。

「俺が金出すから、買ってくればいい。高いものは控えろよ」

俺は財布をシロに投げ渡すと、そう釘を刺した。何でもいいぞと言うと、松坂とか近江といった高級牛を絶対に買ってくるからな。

「承知。行って来るでござる」

シロは立ち上がり、ダッシュでここから飛び出していった。相変わらず、落ち着きがない奴だ。




「さて、シロお姉ちゃんが行ったので、お話があるのよ」

ミキがいきなり、シリアスな顔になる。他の2人もだ。何だ、まだデジャブーランドについてか。

「単刀直入に聞くさ。横島はシロ姉の事をどう思っているのさ?」

「な、何だよ。それ」

スウの質問の意図が分からず、俺は逆に訊き返してしまった。突然、そんな事言われたびっくりするだろ。

「『何だよ、それ』ではないであります。このお話は非常に重要で、尚且つ緊急を有しているであります」

ランがドンッと畳を叩いた。3人とも幼稚園児ぐらいとは思えない雰囲気を発していた。俺はそれに圧され、ゴクリと息を飲んだ。

「お、俺がシロを好きでないと問題があるのか?」

「その言い方は好きであると取るでありますが、いいでありますか?」

「……い、いや、好きって言っても、あれだ。師弟のそれで、決して男女のものではないぞ」

口ごもって言うと、3人はあからさまに落胆する。ちくしょう。何だよ、その態度は。
俺だってなあ、シロを見て、ドキッとする事ぐらいあるぞ。だけど、弟子に手を出していい訳ないだろ。

「はあ、それでもいいのさ。シロ姉は今とってもピンチなのさ」

「それを救えるのは横島さんしか居ませんのよ」

スウとミキが喚き始める。さっきは幼稚園児っぽくないと思ったが、話の結果をいきなり言ってしまうのを聞いて幼さを感じた。
そのせいか、俺は冷静さを取り戻す事が出来た。

「落ち着け。それと、頼むから一から話してくれ。訳が分からんぞ」

「そうでありますね。最近、シロ姉さまに数人の雄が番にならないかと、迫られているのであります」

「あの、シロがっ!?」

びっくりだ。あのシロが男にモテるなんて。

「何を言っているさ。シロ姉は可愛くて器量良しなのさ」

「ちょっと待て。可愛いのは分かる気がするが、器量良しは違和感ありまくりだぞ」

サンポの時に俺を引き摺るあいつが、器量良しな訳ないだろ。

「それには訳があるのよ。シロお姉ちゃんは花嫁修業として、料理の腕を一所懸命に練習して上げたのよ。その出来た料理を男衆に、実験として振る舞ったのよ」

花嫁修業って、自惚れでなかったら俺の為だろうか。そう考えると嬉しいな。で、料理を男にってのは……。

「ああ、分かった。思いっきり分かったぞ。餌付けされたって訳だな」

「その通りさ。横島は思っていたよりも、頭がいいさ」

スウめ、俺の事を何だと思ってやがる。

「それとシロ姉さまは年頃の娘、つまり大人になったであります」

「はあっ!? シロが大人って、里の基準はどうなっているんだ?」

まだシロは女子中学生と言っても、いいぐらいだぞ。現代日本だったら、青い服を着た人に捕まるぞ。

「そんな事も分からないのさ? 人狼の里では昼間でも、人の姿になれたら大人さ」

そういえば最近は精霊石なしでもよくなっていたな。美神さんは精霊石が減らない事を喜んでいたし、シロはニコニコと嬉しそうだった。
あんな笑顔をしていたのは、大人になれて嬉しかったからか。

「シロお姉ちゃんがモテるのはそういった訳なのよ。それで横島さんに頼みたい事は、これから来る男衆を叩きのめして欲しいのよ」

ミキがとんでもない事をほざきやがった。

「人狼と戦えってか!? 無理を言うなよ。俺が殺されちまう」

「情けない事を言うなさ。お前も雄だったら、戦うさ」

「お願いしますであります。シロ姉さまが帰郷の度に、あなたの事を褒めちぎりますので、雄共は横島憎しという風潮が出ているのであります」

「シロお姉ちゃんには恩があるのよ。帰って来る度に遊んで貰っていたり、密猟者に狙われた時には体を張って助けて貰ったのよ。誰よりも、幸せになって欲しいのよ」

3人は土下座をして、俺に頼み込む。ランの言う通りだとすると、シロが悪いって事か? いや、違うな。俺も男だから分かるが、それは醜い八つ当たりだ。ピートのモテっぷりを見て、嫉妬する俺とタイガーみたいなもんだ。

はあ、何で俺はこういった事に巻き込まれるのだろうか。このまま見捨てるのもダメだよなあ。

「分かったよ。戦えばいいんだろ」

俺は仕方なく、了承した。シロは一応弟子だしな。

「ありが……」

3人が礼を言おうとした瞬間、玄関から轟音が鳴り響いた。目を向けると、ドアが真っ二つに引き裂かれている。
なんて事しやがる。直すのにいくらかかると思っているんだ。

「しまったのよ。もう来たのよ」

「その通り」

ミキが叫ぶと、向こうから男の声が聞こえた。結構な濁声で、おっさんっぽい感じがした。
そいつはドアを押して、中に侵入してきた。

見た感じは30歳前後で、和服に身を包み、黒髪黒目で顔は髭だらけ。手には刀を持っている。
その容姿でシロを娶りたいって、ロリコンだと言ってやりたい。それにドアを弁償させてやる。

「我こそは、犬川ゴン。横島忠夫どのに決闘を申し込みたい」

「決闘はまあいいが、人ん家のドアをぶっ壊すのはいかんと思うぞ」

俺が挑発じみた事を言うが、犬川という奴は切っ先をこちらに向けた。その構えに隙はない。
おいおい、こんな狭いところでやるってのか。

「作法がなっていないであります。いきなり押しかけ、決闘を申し込むのは武士の恥であります」

「そうさ。雄がそれでいいと思っているのさ?」

ランとスウが犬川を非難するが、奴はどこ吹く風とばかりに気にしていない様子だった。

「いざ、勝負!!」

犬川が一歩踏み込んだ刹那、パカーンッと間抜けな音が響いた。すると奴は、前のめりに倒れこんだ。
その後ろに人影、赤と白銀色の髪が眩しいシロが居た。右手には霊波刀はいいが、左手には買い物袋を持っていたので、どうも様になっていなかった。

「横島先生の住処に押し入るとは言語道断でござる。……あれ? その顔は犬川どのではござらんか?」

どうやら霊波刀でぶっ叩いたらしい。犬川はピクピクと痙攣するばかりだ。しかし、こいつは結構強い方だと思うのに、殺気を気どられなかったシロはもしかして凄いんじゃないか?
人ん家のドアを切り裂く犬川は、腐っても人狼だ。もちろん勘が鋭い筈だから、襲おうと後ろに立ったら、反撃で斬られてもおかしくない。
それと―

「もしかしてシロは知らないのか?」

俺はランに耳打ちをする。シロは気絶した犬川を介抱しているので、気付かないと思う。

「はい。わたくし達は偶然、雄共の話を聞いたのであります。横島どののお力を得ようと、無理矢理頼んで来た次第であります」

「なるほどね。でも、シロに言ってもいいんじゃねーか」

「いえいえ、シロ姉さまは激情家であります。この事を知ったら、自ら乗り込むでありますよ」

「そうでござったか」

そこで聞き鳴れた弟子の声。いや、俺が今まで感じた事のない底冷えする声だった。見るとシロが座った目で、こちらを見ていた。やばっ、聞かれちまった。ここは適当な事言って、シロを外に出してから話すべきだった。

シロからは凄まじい霊力が迸る。腰が引けてしまう程に強烈だ。

「おのれ、軟弱者共め。正々堂々と拙者の許へ来ればいいものを、あろう事か先生に害を成すとは許せぬでござる」

背後に怒りの炎を燃やし、シロは俺達を引っ張って人狼の里へ連れて行かれた。
いやね、腕を引っ張り回されるのはきつかった。骨や筋肉が悲鳴を上げるし、鼻先スレスレで自動車と接近するわと寿命が縮んだ。
あ、そういえば犬川の事、放っておいたままだ。
……ま、いっか。無頼者だしな。







あっという間に人狼の里へ辿り着き、見張りを吹っ切って長老宅へ乗り込む。ランの言った通りだ。

「長老ーーっ!」

シロは前触れもなく俺達を離して、長老の衿を引っ掴んでガクガクと揺らす。ラン達は人狼だからだろうか割と平気みたいだったが、俺の方はというと、床に伸 びていた。何で俺は毎回死にそうな目に合うんだろうか? 不公平だぞ。神は俺に何か恨みでも……あるかもしれん。そういえば小竜姫さまにセクハラした事 あったや。

「きりきり話すでござる。男衆が先生の命を狙ったわけをーっ!!」

「ジ、ジ……ロ」

長老は顔を真っ青にしていた。このままじゃ、あの世へいっちまうぞ。

「シロ姉さま、落ち着くであります」

「そうさ。長老が死んでしまうさ」

「同族殺しはダメなのよ」

ラン達は背が足りないので、シロと長老の周りをピョンピョン跳んで、何とか宥めていた。
落ちる寸前で、ようやくシロは手を離してくれたが、長老はヒューヒューと喉がやられた呼吸音を発していた。……取り合えず死ななくて良かった。



「お主ら、ようも勝手な真似をしくさったな。そのせいでワシは……」

しばらくして、この件に係わっている男達を呼んで、話し合いというか説教が行われた。
ここは里にある一番大きな建物で、道場として使っているそうだ。確かに学校にある剣道場みたいな作りになっている。

長老はというとプルプルと子犬みたいに震えていた。ご愁傷様です。この世で一番してはいけないことは、女性を怒らせる事だ。
俺は怒らせてばかりいるから、身の程にその恐怖が染み付いているぜ。

この場に居るのは俺、シロ、3人娘、長老と6人の人狼達だ。

「お主らに訊くでござる。何故、先生の命を狙うでござるか? 拙者が欲しいと言うなら、口説き落とせばいいではござらんかっ!!」

シロの怒声で、長老が身を縮込ませる。あ〜あ、こりゅあトラウマになったか?

そんで他の男達は、お互い顔を見合わせていた。俺を睨んでいる奴も居るな。何でこうなるんだ?

「それには訳がありまする」

1人の男が前に出た。

「シロどのは、いつも横島先生が最強でござると吹聴されておる。この人狼の里に於いて、強い雄でなければ、雌を娶る資格はあらぬとなっておる。だからこそ、シロどのに認めて貰う為に、そこの御仁に決闘を申し込む事にしたのだ」

つくづく物騒な里だ。早く帰りたい。

「矮小でござるな」

シロは一笑すると、男達が眉根を顰める。つーか、シロの奴性格変わってねえか。

「先生に決闘など、100年早いでござる。それに先生に挑む前には、弟子が相手を務めるものでござるよ」

「しかし、我等とて腐っても武士。いくら何でも愛する雌に手を上げる事は出来ぬ」

先程の男が言っている事は一理ある。確かに好きな相手と戦うなんて事は普通出来んわな。

「何を仰られる。拙者の様な雌に負けるのが怖いと、潔く言えばいいでござろう?」

シロが口元の端を上げて挑発をした。どうしたんだ? むっちゃ、怖いぞ。

「ぬう、我等を愚弄する気か!? シロどのとはいえ、許さぬぞ」

「だったら、拙者と勝負するでござるよ。……これだけではお主らに得はないでござるな。もし、万が一にでも拙者に勝てたなら、大人しく嫁にいくでござるよ」

「よかろう」

そういう事か。面倒な事をここで終わらせる気なんだ。しかし、シロがこーいった話術も出来る様になっていたとは、成長したというべきか。

男達はシロの挑発に引っ掛かり、誰がどの順番で戦うかと揉めていた。シロに勝った奴が貰うという話だから当然だろう。これでチームワークはガタガタ。誰も彼も相手を信じられなくなっている。
……女ってのは怖いな。シロも子供だと思っていたが、充分に女になっていたと痛感した。


「弱い。弱いでござるよ。先生の足元にも及ばないでござる」

里にあるちょっとした広場で決闘が行われたんだが、男達は地に倒れ伏していた。
シロは汗を掻き、息も荒くなっていたが、多少の怪我しかしていない。圧勝と言っても、何の差支えもないだろう。

どいつもこいつも勝ち急ぎすぎて、自分のペースを保つ事が出来ず、自滅していった。それを差し引いても、シロは強いと言えた。霊波刀の扱い方、体捌き、勝負の駆け引き等、男達より優れていたのだ。

これは実戦経験の差だろう。日頃から除霊をやっているし、美神さんの上手な戦い方を目の前で見ている。それにタマモというライバルも居るし、俺と雪之丞が特訓に付き合っている。
男達は長く生きているので、実戦も経験しているだろうけど、ここ最近は結界に引き篭もっているから、あんまりやっていない様にも思えた。

考えてみると、シロが圧倒的に有利だな。これも計算していたのか? そうだったとしたら、もう免許皆伝を与えてもいいが、さすがにそれはない気がする。何たってシロだし。本能で察したんだろ。

「シロ姉さま、強いであります」

「やったのさ。こんな事なら、横島に頼む必要なかったさ」

「勝って良かったのよ。でも、スウお姉ちゃんの言い分は結果オーライって奴なのよ」

3人娘は嬉しさのあまり、シロの周りをグルグルと回っていた。何かスウが言っているが、気にしないでおこう。

「ううう……」

「あ、まだ生きているさ」

「とどめを刺すのよ」

「やるであります。シロ姉さまを追いかけるストーカーは排除するであります」

3人娘は危ないセリフを吐くが、シロが注意する事によって事なきを得た。えーっと、もしかしなくてもシロに心酔してんのか?
確か命を救われたとか言っていたから、分からないでもないが。

「シロをここまで強くして貰い、感謝をしてもしたりない。男衆にはいい薬になったようじゃ」

隣りに居る長老が、俺に頭を下げた。

「いや、俺は何もしてないっすよ。シロが自分で鍛えているだけっす」

俺はそう言った。特訓に付き合ってはいるが、強くなったのはシロが頑張ったからだ。俺なんて何もしていない。

「せんせい」

シロはパタパタと歩いて来た。上目遣いをして、俺を覗き込む。瞳を輝かせ、尻尾をユラユラと振っていた。
褒めろって事なんだろうな。
俺は―

「よくやった。さすが俺の弟子だ」

褒めてやる事にした。右手をシロの頭に乗せて、クシャクシャと撫でる。女の子だったら、髪型が崩れるので嫌がれる行動だけど、シロは満面の笑みを浮かべ、尻尾は千切れんばかりに振っている。やっぱりまだまだ子供だよな。

ここで嫌な視線を感じる。
男達だ。倒れながらも、俺に恨めしい眼差しを向けていた。何ていうか、瞳が酷く濁っている。俺も嫉妬で狂っていた時は、あんな目をしていたのだろうか?
これからは気を付けた方が、いいかもしれない。こんな瞳をした奴が、モテる訳がないからな。

「シロどの……」

倒れた男の1人が声をかける。しかし、シロには聞こえていない。この俺のナデナデ術にかかれば、シロの1人や2人を虜にする事など造作もないのだ。あくまでシロ限定だけどな。

でも、腕が疲れてきたのでやめるか。俺が手を離すと、シロはもっとして欲しそうに指を咥える。……どんなに可愛いポーズを取ろうとも、今日はもうしないぞ。

「シロどの」

もう一度声がかかってきた。シロは煩そうな、まるで鬱陶しい蝿を見る様な眼差しで、男達を見た。やっぱり性格が変わっていないか?

「何でござるか?」

「さ、さすが里一番の剣士と謳われた犬塚どのの娘。我等の腕が未熟だと思い知らされました」

男はかなりビビッていた。俺もだ。おかしい、シロってこんな娘だったか? 

「拙者は父の様に、横島先生の様に誰よりも強く願っているござるよ」

親父さんの事を褒められたせいか、シロの雰囲気が軟化して、いつもの明るい性格に戻った。どうもいつの間にか、男達はシロの逆鱗に触れていたらしい。

「……その想いに我等が負けたのですね。未熟な我等に、シロどのと横島どのの手合わせを見せて貰えないでしょうか?」

それは多分、純粋な願いだと思った。さっきまでの濁った瞳ではないからだ。武士として、強い者を見てみたいという願望だろう。
俺にとっては、とてつもなく迷惑な事だがな。

人狼6人をのしてしまうシロと戦いたくないっつーの。それに俺は強くないぞ。

「よかろう。横島どのもよいかな?」

長老はあっという間に了承した。もうちょっと、俺の事を考えてくれてもいいと思うぞ。

「やるのよ。シロお姉ちゃんの勇士をもっと見たいのよ」

「横島どの、やってくだされであります」

「雄ならやるさ。ここで逃げたらタマなしって言い触らすさ」

3人娘は俺の手や足を引っ張って、催促してきた。
更にシロもジーッと、子犬みたいな視線を送ってきている。いやね、シロさん。あんたとは特訓でいつも戦っているだろ? わざわざこんなところしなくてもいいと俺は思うぞ。
でも―

「分かった。やるよ」

頷くしかなかった。はあ、シロのああいった目に弱いんだよなあ。貧乏くじを引かされていると分かっていても、断れないんだよ。俺って奴はお人好しみたいだ。





そういった訳で、俺はシロと戦う事になったのだ。
シロはいつも以上に真剣な眼差しで俺を見詰めている。元気満タン、気力充実と肉体的、精神的共に回復していた。昨日の内、男達の連戦の後であったら、俺の勝率はほぼ100%と言えた。さすがのシロでも、6連戦もすれば疲れる。そこを狙うのだ。
これは卑怯ではない……と思う。そうでもしないと、俺の勝ち目はほとんどない。

いつも行っている訓練でも、俺はあえて雪之丞と先に戦わせているのだ。2人とも、全力でぶつかり合うので、後で俺とやる時は満身創痍となる。そうすれば、俺でも勝てるという漁夫の利を実践していた。

しかし、今のシロはそうではない。果たして勝てるだろうか? 勝てない様な気がする。
文珠でも使わないと、無理っぽいなあ。う〜む、どうすればいいんだ。

「始め!!」

俺が悩んでいる内に、長老が決闘の開始を告げた。
仕方なく、俺はシロを見据えるが、

「たあありゃあぁぁぁああっ!!」

いきなりこちらへ駆け出してきた。小手先無用っていうか、後先考えていないというか。
俺がする事はもちろん、

「戦略的撤退!!」

回れ右をして全力で逃げる事だ。

「逃げたであります」

「雄の風上にも置けないさ」

「ダメダメなのよ」

3人娘にダメ出しを、そして他の人狼達からは驚きの声が漏れた。
俺の最優先事項は生き残る事。誰かに罵倒され様が、石を投げられ様がこのスタイルだけは変える気はない。

ギャラリーが居るところとは反対方向、誰も居ないところまで来た。すぐ後ろからはシロの気配。さすがに速いな。俺は振り向き様に、サイドスローの要領で放り投げた。一直線にシロに向かうが、あいつの動体視力は並じゃない。
横に一歩跳んで難なく避けられ、サイキックソーサーは空を切る。
だが、まだ終わりじゃない。

「弾けろ!!」

念を込めると、サイキックソーサーは弾けた。爆風でシロはたたらを踏むが、強靭な足腰と絶妙なバランス感覚で立ち直ろうとしていた。俺はすかさず踏み込んだ。

「サイキック猫騙し!!」

ダメ押しの一撃で、シロの目は眩んだ筈だ。俺はヘッドスライディングで突っ込み、足元を掴んで引き摺り倒した。
ここからが正念場だ。

俺のアイディアとしては、もみくちゃになっている時に『眠』らせるというものだ。
さっきまでは使わないでおこうと思ったが、文珠も俺の立派な能力なので、誰にも文句は言わせん。それにこうやってドサグサに紛れてやれば、気付かれ難い筈 だ。更に保険として、ギャラリーから少し離れる様に逃げたので、目を誤魔化せるだろう。ただ逃げるだけでなく、計算して逃げる。美神さんのところで学んだ 経験を活かす時だ。

しかし、シロの奴、力が強いな。俺が精一杯の力で押しても、気を少しでも抜こうならば、逆に押し返されてしまう。
くっそう、このままだと負けちまう。シロの強さは分かっているが、まだ弟子にやられる訳にはいかん。

「ぐぐぐ……」

「ぎぎぎ……」

俺は何とかシロの上に居るが、劣勢と言えた。
シロは俺の顔に手を当てて押し返そうとしているのだ。俺はその手を握り、離そうとしているが、力が強過ぎる。女といえども、人狼は伊達じゃないって事か。結構力には自信があったつもりだが、打ち砕かれそうだ。

冷静に考えると、子供の喧嘩だが、生憎俺にはそーいったプライドはない。みっともなくても、最後に勝てばいいのだ。
力に力で対抗しても無意味だ。手を離して、俺はシロの脇腹に当てた。リーチは俺の方が長いので、割と余裕で手が届いた。
そして、こすぐった。

「ぷ……ははははは!!」

シロは大声を上げて、笑い始めた。ふっ、弱点ぐらいお見通しよ。力が抜けたので、俺はシロに覆い被さろうとしたが、逃げ様と身を捩った。もちろん逃がす訳にはいかない。何たってここで決めなければ、俺の勝ちはなくなる。

俺はシロの動きに合わせて、手と体を動かす。それでももがくが、させん。脇腹だけでなく、お腹も攻める。全く臍出しの癖に、ここも弱いのだ。弱点なのだから、隠せと言いたい。

「ははははは……く、苦しいで、ござる」

シロは更に爆笑を通り越して、息が出来ないせいか苦しげに顔を歪めた。そして、まだ逃げ様として俺に背を向ける。ようし、このままいくぞ。脇腹の方の手を退かして、文珠を握る。
俺の―

「横島どの……」

「待ってくれ。今いいところなんだ!」

そう、早く文珠に文字を込めないといけないんだ。

「いい加減にするさ!!」

怒鳴られたので、顔を向けるとそこには何ていうか微妙な顔をした人狼達が居た。何でみんな頬を染めているんだ。

「横島どの」

「何でしょうか?」

長老に呼ばれ、思わず敬語で答えてしまう。彼の表情がひどく真面目なせいかもしれない。

「シロをお頼み申します」

「へ!? 何でですか?」

俺は意味が分からず、素っ頓狂な声で返した。すると3人娘が前に出てきた。

「公衆の面前でその様な事をするなんて、江戸は進んでるのでありますね。勉強になるであります」

「全く、盛りのついた雄はとんでもないさ。ちゃんと責任は取れさ」

「シロお姉ちゃんを幸せにしてあげるのよ。傷付けたら許さないのよ」

えーっと、何でそうなるんだ? 俺は取り合えず、シロに視線を動かした。何となく恥ずかしくなったからだが、そこでようやく合点がいった。
シロは四つん這いとなり、俺は覆い被さっている。つまり、古典的に言うと48手の1つの形になっていたのだ。

「ち、違うんだ!! 俺の話を聞いてくれっ!!」

「いいのじゃよ。若い内の情熱というものは、抑えきれぬ。わしもそうじゃった」

俺はすぐに立ち上がって弁明をするが、長老は過去を思い出した様に遠い目をするばかりだ。

「さて、皆の者。この2人の邪魔をするのは無粋というもの。わしらは立ち去ろう」

そう言うと、人狼達は何かコソコソと言いながら、帰って行った。3人娘だけは最後に振り返って、ピースをしやがった。
もしかしてわざとか!? なんて奴らだ。俺を嵌めやがった。

俺は文句を言う為に、追おうとしたが呼び止められた。

「せんせい……」

視線を動かすと、シロは頬を染めていた。やばい、もの凄い勘違いをしている。けど、どうやって誤魔化せばいいんだ!?
シロを傷付けたくないし、何より弟子とそーいった関係になるには……。ああ、でも今の潤んだ瞳に、紅い頬をそそる……って、冷静になれ、俺!!

「どうすればいいんじゃーーっ!!」

俺の叫びは、人狼の里中に響いたそうだ。

これからどうなったのかは、言わぬが華かも知れない。頼むから、訊くな。

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