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UPDATE: 福島第1原発、慎重な対応があだに=日米専門家

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 【東京】福島第1原子力発電所の事故では、原子炉1号機の圧力が設計圧の2倍に達していたにもかかわらず蒸気放出が遅れたことが、状況の悪化につながった可能性がある。

 ウォール・ストリート・ジャーナルの調査で、放射性物質の大気放出に関して日本の原発運営会社が米企業よりもずっと慎重であり、そのため原子炉の過熱でたまった蒸気の放出(ベント)に踏み切るまでに長い手続きと多くの承認が必要とされることがわかった。

Associated Press

福島第1原発1号機(右)と2号機(3月20日)

 こうした方針が初めて実際に試されたのは、先月11日の地震と津波で同原発が打撃を受けた数時間後だ。12日未明には1号機で事態が深刻化しつつあった。

 同日午前2時半には、格納容器の内部圧力が設計圧の2倍に達していた。対応の遅れや技術的な問題から、この格納容器からパイプ経由で放射性物質を含む水蒸気の放出を完了するまでにさらに12時間を要した。

 約1時間後、建屋が爆発した。日米当局によると、この爆発で放射性物質が原発の外に拡散したという。

 日米の専門家は、ベントの遅れが爆発につながった状況の一因となった可能性があるとみている。圧力があまりに高くなったために、通気装置のガスケットなどが損壊し、そこから炉心の水素が建屋にもれたシナリオも考えられるという。専門家らは、事故を悪化させた要因が、深刻な放射能汚染を恐れるが故のベントに対する日本の慎重なアプローチだったと語った。

 東京電力の清水正孝社長は先週、衆院予算委員会の集中審議に参考人として出席し、ベントのタイミングについて説明を求められた際、「(ベントは)周辺への影響があるので、(住民が)避難(したか)をしっかり確認する時間が必要だった」とし、自社の初動対応を弁護した。

 ベントのタイミングをめぐる議論は孤立化を深める菅直人首相の立場にも影響している。当日の午前7時過ぎ、菅首相は福島第1原発を50分間訪れ、幹部らと会議を行った。野党議員は菅首相の訪問対応に幹部が追われたことが初動の遅れにつながったと指摘する一方で、菅首相支持派はベントの早急な実施を促す結果になったと主張している。

 原子炉メーカーは、原子炉を覆う格納容器の製造にあたって、発電所の寿命期間に想定しうるあらゆる条件を考慮し、その圧力に耐えられるような設計を行っている。だが、その際、最も過酷な条件は想定されていない。

 一部調査では、格納容器は設計圧力よりもさらに高い圧力にも耐えられることが示されている。その1つが、日本初の重大事故対応手順の策定に備えて、日本の原発運営会社と原子力設備製造会社が1990年代に実施した調査だ。それによると、格納容器は設計圧力の2倍の圧力にも耐えうるとなっている。日本の原発運営会社の多くは、原子炉内の放射性物質の放出に関する基準としてこれを採用している。

 東電広報担当者は、放射性物質放出の危険性がある場合、格納容器内の圧力が設計圧力の約2倍に達しない限りベントは行わないとし、「ベントは最後の手段」だと述べた。

ベント配管概念図

 福島第1原発の原子炉を設計した米複合企業ゼネラル・エレクトリック(GE)は、日本で行われたそのような調査やベント手順については認識していないと述べた。

 国際原子力機関(IAEA)は、ベントに関する具体的な指針はないとし、加盟諸国が取った措置の妥当性についてはコメントしないと述べた。

 同様の原子炉に関する米国の事故対応手順では、格納容器内の圧力が設計圧力を超える前にベントを実施するよう要求している。韓国と台湾の原発業界専門家によると、同種の原子炉を運営している両国の原発運営会社も米国と同様の手順を採用している。

 米国の手順では危機的条件の下で素早い対応を取ることに重点が置かれ、ベントの一部としての放射性物質の放出は、より大量の放出を防ぐためのやむを得ない措置とみなされている。

 米国の手順に詳しい筋によると、米国の手順書の一文には、ベントによってたとえ「放射性物質の放出量が敷地外放出限度を上回る」としても(すなわち、許容限度を超える放射性物質が外部に放出されるとしても)、ベントは実施されるべきであると記載されている。

 米国と日本の指針には、もう一つ大きな違いがみられる。米国の指針ではベントが発電所の要員に任されているのに対して、日本では放射性物質放出の可能性がある場合、ベントの判断を会社や政府上層部に委ねるのが一般的となっている。

 これら要因の一部が3月12日の初動対応に影響を与えることになった。米国やその他の国の業界専門家によると、1号機で電力停止により冷却システムが停止してから数時間後、原子炉内の燃料棒が過熱状態になり、それによって水素ガスが発生し、圧力容器と格納容器内の圧力が上昇した。

 東電は午前2時30分頃、格納容器内の圧力は840キロパスカル(約8.6キログラム毎平方センチ)に達していた可能性があるとしている。これは、格納容器の最大設計圧力427キロパスカルの約2倍。

 日本の指示系統に従って、制御室長はまず東電社長、すなわち清水氏に通知し、ベントの承認を得る必要があった。清水社長が、ベントが必要になる可能性について通知されたのがいつかは不明。

 だが、深刻な原発事故の場合、原子力災害対策特別措置法が発動され、多数の要求事項について政府に意見を求めることが要求される。日本の原子力規制当局である原子力安全・保安院を監督する海江田万里・経済産業相は12日午前3時、同省で記者会見し、ベントの決定について発表した。

 福島第1原発や米国の同様の原子炉に設置された排気システムは、原子炉建屋外へと続く排気口につながっており、圧力上昇によってたとえ一部のぜい弱な排気管が吹き飛ばされても耐えうる設計になっている。福島第1原発のように電力が停止した場合は、排気弁を手動で開口しなければならない。

 だが規制当局によると、そうした措置は午前10時過ぎまで行われなかった。緊急対応手順に取り組んだ経験のある米業界関係者によると、排気弁に大きな圧力がかかっている場合、手動による開口が難しいときがある。実際、東電は開口が難航したことを認めている。

 ベントが最終的に実施されたのは午後2時半頃で、圧力低下が確認された。

 このベントによってどの程度の放射性物質が放出されたかは依然不明だ。また、日本が米国の指針に従っていた場合、どうなっていたかや、巨大な地震と津波の直後に、そうした措置が可能であったかどうかさえも、知るすべはない。

 業界専門家によると、爆発を起こした水素ガスは格納容器ではなく、建屋内に保管された使用済み燃料棒から発生した可能性もある。

 後に発生した1号機での爆発では、格納容器自体は損傷しなかったが、建屋が著しく損壊した。混乱する状況の中で東電は海水注入による燃料棒の冷却を12日の夕方まで実施せず、このことが炉心の大幅な損傷につながった可能性がある。

 また水素爆発によって、その他設備も損傷し、放射性物質のさらなる放出や機器の故障を招いた可能性がある。また、爆発によって建屋周辺に散乱したがれきは、後の作業を妨げることにもなった。

 ベントが遅れた明確な理由は依然不明だ。東電は自社のベント方針が適切であったかどうかについては、さらに詳しい調査が必要だと述べた。

 また東電は、機器の故障によって、そもそも格納容器内の圧力に関して信頼性のあるデータを得ることができなかったとも述べた。日米の原子力業界幹部は、実際に何が起こったかを専門家が解明するには数カ月かかる可能性があると警告した。

 日本の規制当局広報担当者は、東電は規制当局に見解を求める必要があったことを考えれば、自社の手順に従い迅速に行動したといえると述べた。また、高圧状態でのベントが建屋の爆発と関係があったかどうかは不明だとした。

 原発事故において原発運営事業者が取るべき措置を定めた手順書は、事態が制御不能な状況に陥るのを防ぐことを目的としている。米国の手順は、1979年のスリーマイル島での部分的メルトダウン(炉心溶融)を受けて作成された。発電所運営会社とGEなどの原子力設備メーカーが一体となって一般的な指針を作成し、その後個別の原子炉に合わせて改定された。

 日本の原発運営会社は、GEが設計した福島第1のように米企業の設計を使用している場合でも、米国と同じ手順を用いる義務は一切ない。

 日本の業界関係者は、日本向けのガイドラインの作成時は米国の手順を参考にしたとしている。東電広報担当者は、東電独自の事故対応手順は米国の手順を基に作成したものではないが、内容は「基本的に同じ」だと述べた。

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