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ITソリューション事業本部に所属する田口は、上司である澤田たちのあわただしい動きを感じとっていた。どうやら、この間受注したJAEの大規模プロジェクトに関連してのことらしい。2003年4月に入社したばかりの田口は、社内研修を経て、プログラマーとしての仕事にようやく慣れてきたところだ。その田口にとって、さまざまなプロジェクト経験をもつ澤田はあこがれの存在だ。「いつかは澤田さんのようにプロジェクトリーダーが務められるようになりたい」──そんな思いがあるせいか、澤田の去就にはつい目がいってしまう。
とそのとき、澤田から声が掛かった。
「田口、今回のプロジェクトにはお前にも参加してもらうからな」
思いがけない澤田の言葉に、田口は一瞬何が起こったかわからなかった。「オレがそんな大切なプロジェクトのメンバーに……?」信じられない思い。そして、果たして自分に務まるのかという不安。しかし、それらを上回ったのが、澤田とともに同じプロジェクトに携わることのできる喜びだった。「澤田さんがいるのだから大丈夫だ」田口は自分の内側からみなぎってくる意欲を確かに感じとっていた。 |
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今回のプロジェクトは複数サイトのアップグレードを同時並行で進めることによって、効率化を図る計画だった。そのために、テストケースとしてまず台湾サイトのアップグレートに着手した。台湾サイトのバージョンはR3.1H。いちばんの難関であると予測される本社サイトと同様の最も古いバージョンである。澤田は、ここで発生した問題点とその改善方法を他のサイトの作業へ反映させていくことで、確実なスピードアップを図っていこうというのだ。2003年11月、いよいよその台湾サイトのアップグレード作業が開始された。効率よく確実に作業を進行するために、キーウェアソリューションズのプロジェクトメンバーはJAEに常駐。各サイト別にチームを編成し、リーダー、サブリーダー、スタッフという要員が配置されていた。それに合わせてJAE側にもサイトごとにリーダーとサブリーダーが置かれ、直接的な情報交換・確認を行うことのできるシステムづくりがなされていた。 |
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田口はスタッフとしてプログラムを担当することになった。しかし、クライアント先に常駐しての作業自体が初めて。自分がどう動いたらいいのかすらわからない。澤田をはじめリーダーらの指示にただ従うしかなかった。しかも本社サイトで運用しているプログラムは5000本にも及ぶ。その数の多さは予測もしない問題を後々顕わにすることになる。「とにかく、言われたことを確実に行うことしかない」田口は必死だった。疑問を感じたことは、悩んでいないですぐに周囲に確認した。時間的に余裕のない状況においては、それもまた時間の節約につながる。それは、田口のアドバイザーである丹尾からのアドバイスだった。丹尾は田口にとってだれよりも身近で頼りになる先輩だ。キーウェアソリューションズでは、新入社員教育の一環としてアドバイザー制度を取り入れている。集合研修後の配属先で、先輩社員がアドバイザーとして各新入社員を担当し、仕事、社内の生活、人間関係、精神的な面と、新入社員の疑問や悩みに答え、ケアをするシステムとなっている。SAP R/3の操作方法から、プロジェクトの一員としての仕事の仕方まで、田口はことあるごとに丹尾にアドバイスを求めた。今はとにかく早く仕事を前に進めたい──田口にはただそれだけだった。
台湾サイトのアップグレードは予想以上の苦戦を強いられたものの、2004年1月、無事にカットオーバーとなった。 |
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