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【芸能・社会】私達 お別れなんですね 田中好子さん通夜2011年4月25日 紙面から 乳がんのため21日に55歳の若さで亡くなったアイドルグループ「キャンディーズ」の「スーちゃん」として親しまれた女優の田中好子さんの通夜が24日、東京・港区の青山葬儀所で営まれた。一世を風靡(ふうび)したキャンディーズのメンバーとしてともに青春時代を過ごした「ランちゃん」こと伊藤蘭(56)と「ミキちゃん」こと藤村(現・尾身)美樹(55)をはじめ、伊東四朗(73)、野口五郎(55)ら芸能関係者やファンら約2000人が参列。ほほえむ遺影を前に早すぎる死を悼んだ。告別式は25日午前11時から同所で。 3人そろったように見えるのに、「ランちゃん」と「ミキちゃん」が「スーちゃん」を涙で送るなんて悲しすぎる−。 伊藤と藤村はそろって焼香に立ち、静かに手を合わせた。「もっと一緒に年を重ねていきたかった。スーちゃんとミキ、3人で旅行にも行ってみたかった」。伊藤は早すぎる友の死に悲痛な思いを口にした。 田中さんは1992年に乳がんと診断され以後19年も闘病を続けていた。3人は、78年の解散後も食事会を開くなど親交が続いていた。田中さんが闘病のことを伊藤に打ち明けたのは3年前のことだったという。 「いまこういう治療をしている、と。その言葉に始めはショックを受けましたが、頼りになるお医者さんがいるので全然、大丈夫だよ、と話してくれました」と伊藤は振り返った。昨年10月に3人で会食したのが最後となった。田中さんは今年3月ごろから体調を崩し、2人は週に一度のペースで病床を見舞っていたという。今月21日未明に危篤の知らせを受け、伊藤と藤村も病院に駆けつけた。「美樹さんとただただ名前を呼び続けました。スーちゃんは7時間も頑張ってくれた。(最後に)一緒にそばにいられてよかったです」とおえつまじりに話した。 きょう25日の告別式では藤村とともに弔辞を読む。「たくさん思い出がありすぎて何から話していいいのか…。スーちゃんは甘えん坊だけど、強くて頼もしい女性だった…。ミキさんと2人でしっかりしようねって励まし合っているんです」と、大きな遺影に語りかけるようにつぶやいた。 一方、喪主としてあいさつした夫の小達一雄さん(56)は「伊藤さん、藤村さん、最愛の友にも恵まれ充実した人生だったと思います。故人の最後の望みは女優を続けたい、復帰したい、そしてお世話になった方に恩返ししたい、でした。第2幕を再び何とかスタートさせてあげたい」と最愛の妻に呼びかけた。 ブルーやピンクの花に囲まれた、明るい笑顔の遺影は、3年ほど前にカレンダー用に撮影された、田中さんお気に入りの1枚だという。 ◆全キャン連「われわれが“微笑がえし”」会場には、キャンディーズのファン組織だった全国キャンディーズ連合(全キャン連)のメンバーの姿も。その一人、川崎市川崎区、会社員永井由文さん(55)は「どんな人よりも、スーちゃんの笑顔を好きだった」と青春時代の憧れの人をしのんだ。全キャン連はキャンディーズとともに自然消滅の形になったが、解散から30年が経過した2008年4月、往年の仲間が集まって再始動。永井さんは「女優としての活躍も知っていたが、僕の心ではやっぱりキャンディーズのスーちゃんで終わった気がする」とし、「今日はわれわれの方で“微笑がえし”をしたい」と話した。 ▽70年代の人気バラエティー「みごろ! たべごろ! 笑いごろ!!」でキャンディーズと共演した伊東四朗(73) 私より20近くも若いのに…。(当時は)キャンディーズの番組に出られるだけでうれしかった。3人の中ではゴムまりのような健康の象徴みたいな子。遠くから手を振ってくれたり仕事場にいるだけで癒やされる人。(病気なら)われわれが励まさなきゃいけなかったのに…。 ▽祭壇のデザインをした、主演した映画「黒い雨」の美術監督稲垣尚夫さん(54) 僕の解釈で本人の意向を考えて、しんみりした祭壇にはしたくないだろうな、と。ショーステージのように、かわいく、明るく、華やかにしました。洋花ばかり使って、怒られちゃってもいいかな、というくらいの色使いにしています。 ◆干支・兎の絵に「長跳と」03年にNHK教育の番組「趣味悠々・鶴太郎流墨彩画塾」で田中さんに墨彩画を教えたタレントで画家の片岡鶴太郎(56)は、同じく生徒役だった俳優高橋英樹(67)とともに会見。2人は「闘病しているそぶりはまったく見せなかった。いつも明るく、みんなの輪を作り上げる方だった」と早すぎる死を惜しんだ。 墨彩画に熱中し、熱海にアトリエを借りるほどだった田中さん。この日、参列者に配られた「田中好子 あゆみ」には、彼女が描いたひまわりと今年のえと、兎(うさぎ)の絵が。片岡は「兎の絵に『長跳と』と言葉が添えられていた。どんな思いだったのだろう、何も言わずに耐えてこの絵を描いたのだろうかと思うと、胸が詰まります」と田中さんの心情を思いやった。高橋も「女優として脂が乗りきって、これからもっともっとたくさん仕事をするはずでした」と無念そうに語った。 ▽NHKドラマ「ちゅらさん」で娘役を演じた女優国仲涼子(31) 最後に会ったのは16日。詳しい病名は聞いていませんでした。「(ちゅらさんの主人公)恵里に会いたい」と連絡があったのですぐに駆けつけました。お世話になりっぱなしですごくかわいがってもらったので、ありがとうございました。いつも笑顔で、かわいい声で恵里のことを呼んでくれる姿が印象的でした ▽70年代アイドルブームをともに駆け抜けた歌手野口五郎(55) 同い年なのでショックです。ドラマをご一緒させていただいた時、2人でキャッチボールをしたことがあります。「私は運動音痴だから駄目」と言っていましたね。別のスタジオにいても、(田中さんが)「ごろっち!」って、笑顔で呼んでくれたりしたことを思い出します。 PR情報
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