孫正義氏によれば「太陽光発電コストが原子力発電コストを下回った」そうだ。他方で、彼は「これから20年間、再生可能エネルギーを全量買い取りで補助すべきだ」という。なぜ原発より安いエネルギーに補助金が必要なのだろうか。

そもそも彼の引用しているNC WARNなる反原発団体のパンフレットの数字には、何の客観性もない。たとえばアメリカのエネルギー省の予測では、2016年でも太陽光(Solar PV)のコストは原発(Advanced Nuclear)のほぼ2倍だ。

しかもこれはワットアワーの比較である。原子力はコンスタントに電力を供給できるが、太陽光発電の稼働率は12%。今回の計画停電のような夜間のピークには役に立たない。数字を見ればわかるように、もっとも有望なのは非在来型の天然ガス(Advanced Combined Cycle)で、太陽光の1/3以下である。

したがって孫氏の話の前提が間違っているのだが、かりにそれが正しいとしても、アメリカで起こったことが日本で起こる保証はない。再生可能エネルギーには広い土地が必要で、日本の面積はアメリカの1/25。しかも平地がその3割しかなく、アメリカのような砂漠はない。いくら補助金を出しても、日本の面積を広げることはできない。

「20年間補助金をよこせ」というのは今後20年は原発と競争できないと表明しているのと同じだ。再生可能エネルギーの買い取り料金は、4月から42円/kWhと電気代の3倍近いが、このコストは電力会社が電気代に上乗せして、すべての消費者の負担になる。政府が全量買い取りなどの補助を行なうのは電力供給のためではなく、CO2排出量を下げるためだ。それはそれで一つの政策目標だが、コストは増えて国民負担になる。

欧州で行なわれているこの種の補助金は、再生可能エネルギーをクリーンだが高価な補助的エネルギーと位置づけるもので、孫氏の信じているように原発を代替するためではない。飯田哲也氏の「再生可能エネルギーはCO2を出さないでエネルギーを100%供給できる夢のテクノロジーだ」などという話は、この二つの目的を意図的に混同した政治的プロパガンダである。

私は太陽光に意味がないと言っているのではない。その用途は家庭用の小規模な利用が適しており、原発の代わりにはならないのだ。電力会社は、電圧や周波数の調整が面倒なので、料金だけ払って再生可能エネルギーの電力を捨てている。福島事故のあとは、送電網の調整ができないので電力の卸売市場は停止されている。

つまり最大の障害は、技術ではないのだ。電力会社が送電網ももっているため、IPP(独立系発電事業者)との公正競争が成り立たないことが根本問題で、この構造が続くかぎり、再生可能エネルギーは補助金に頼らざるをえない。これは孫氏が「光の道」で激しく糾弾したNTTの独占を維持する構造と同じである。

もちろんNTTと同じく、発送電分離のコストは(経済的にも技術的にも)大きいので、電力会社は全力で抵抗するだろう。昨今出ている政府の東電救済案は現在の東電を丸ごとベイルアウトしようというもので、このままではどさくさにまぎれて改革は幕引きされてしまう。

だから孫氏が本当に再生可能エネルギーが原発より安いと思うのなら、発送電の分離を提案し、みずから投資してIPPに参入してはどうだろうか。経産省の改革派も、それを待っている。

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コメント一覧

  1. 1.
    • sudoku_smith
    • 2011年04月24日 12:28

    同感です。どうも今回の孫さんの行動は目標を間違っているように思えてならない。
     ついでにアメリカの砂漠では冷却用の水が調達できないので太陽電池が劣化しやすい事も注意した方が良いですね。

    ところで、原発電力のコスト計算に揚水発電のコストを入れている例が見られます。
    原発の夜間の電力シェアは全体の消費量が下がるので相対的に高まりますが、それがいつの間にか電力が余っている事に計算間違いさせられて、「原発は(揚水発電と組み合わせねばならないから)コストが高い」にすり替わっています。しかもその数字を(40円台)使って太陽発電と比較してたりするから、なお質が悪い。
     おそらく、上記コスト比較への反論としてそういったトンデモ計算がでてくるでしょう。確かどこかの大学教授が言い初めて、河野太郎さんのブログでも見かけましたので読者諸氏は注意なさった方が良いと思います。鵜呑みにすると大恥ですよ。河野さんも気づいてないのか、不可解ですが。早く訂正した方が良いと思うんですけどね。

  2. 2.
    • penmint
    • 2011年04月24日 13:06

    ほぼ同意。
    付け加えると、太陽光、風力発電のためのバックアップ電源のコストもそれぞれに上乗せして、バックアップ電源そのもの(火力、原子力等)のコストから引く必要もあります。

    自然エネルギー財団での議論も公開して透明性を確保してほしいです。それぞれの分野の専門家が集まってバイアスのかけあいにならないでほしいです。
    太陽光発電のコストが2030年、大きく下がっても今のままでは大きなメリットがあるのかは不明です。
    住宅、店舗にとって停電が起きた時のためのヘッジには使えるかもしれませんね。
    太陽光発電のコストも導入者のコストと電力会社のコストの両方を考える必要があると思います。温室効果ガスの排出取引についても議論してほしいです。

  3. 3.
    • 保守
    • 2011年04月24日 16:45

    電気自動車ってどうなるのでしょうか。
    火力発電で作った電気で車を動かすことになると・・・。

    何ですか「政府は自然エネルギーを全量買い取れ」とは。
    「再生可能エネルギーへの転換」を無知蒙昧に叫ぶのは勝手ですが、それを便宜にして「公金喰い」することだけは絶対に止めていただきたいものです。

  4. 4.
    • poteto99
    • 2011年04月24日 17:34

    発送電分離や電圧や周波数の調整の問題については今が一番改革するチャンスですね。
    あとは、将来、原発による発電に頼れなくなり、再生可能エネルギーが原発の代わりになれず、実際に発電量が足りなくなった場合に否応なく発送電分離や電圧や周波数の調整が成されるでしょうから、そう考えると、原発や再生可能エネルギーが減り発電量が低下すれば、仕組みが改善されて送電の効率がよくなる、という変な矛盾があるような気が・・・。

  5. 5.

    国家非常事態に備えて当面の食糧・燃料確保の見通しを立てて水面下で準備するのをどこかの部署がちゃんとやっているのですかねえ?
    災害はまとめてやって来るのだから中長期的展望を立てて同時並行的に対策を立てる必要があります。当面東日本大震災だけに対策を専念できると考えたのは東電並みの甘い発想だったと後日ほぞをかむ事態になれば日本人全員の責任でしょう。

  6. 6.
    • ikedf
    • 2011年04月24日 17:51

    孫さんが東北震災の義援金として100億円ものポケットマネーを提供したのはたしかに偉大な行為だが、太陽光発電にそこまで期待するなら、太陽光発電の研究支援に何百億か資金提供してもよかったのではないか。原発は過去に一度否定されながら、地球温暖化パニックによりここ数年見直され、低コストエネルギーとして復活しつつあったがその流れをオンボロ原発の詰まらない事故がせき止めた。各国首脳は原発のもろさが明らかになった以上は、原発がテロリストの標的にされたらイチコロもないと考え、災害のみでなくテロ攻撃にも備えて核兵器施設並みに相当な警備と防護施設が必要になると考える。対策予算まで見込むと本当に安価なエネルギーといえるのか疑心暗鬼になっており過去のデータがいったんチャラとなってしまっている。フランスのような核兵器大国でないと使いこなせないと考える政治家が増えるのもやむえない。原発を推進する政治家が次々と落選していくこともありうる。だが人類が原発に頼らざるをえない時代がしばらく続くのは間違いない。今回も健康被害は懸念されるが一人の死者も出していない。皮肉なことに、今回の事故を契機に太陽光やバイオマスなど再生エネルギ-への投資が加速し、それらの技術開発が進むことも間違いない。個人的には、日本はヨーロッパのように東西地域間の電力融通を可能にするための設備強化や法制化、技術開発に徹底的に資金投入し政治力発揮すべきと考えるが、誰も言い出さないところを見るとそういうのも現実的案ではないのかもしれない。

  7. 7.
    • worldcomw
    • 2011年04月24日 17:56

    根本的な発想から狂っていますよね。
    個人に数百万円の投資をさせて、自分で使いきれない分を高値で売らせる。
    それなら電力会社に屋根を貸して、場所代を貰う方が健全です。
    電柱の場所代のようなものです。
    電力会社の資金が不足するなら、ファンドでも組めばいい。
    自宅に屋根が無くても、ファンドを買えば太陽光発電の恩恵が受けられます。

    自分で使う分だけを自分で発電し余った分は捨てる、或いは向こう三軒両隣で使う、
    これくらいが適正でしょう。

  8. 8.

    5 なんだか温暖化byCO2の時にみたいに、予定どうり宗教論争的になってきましたね(笑)。

    最終的には個人の判断ですが、ポイントはざっくりいって

    1 どのdata、数値に基づいてるのか。
    2 どういう判断がなされてるのか。
    3 誰が言ってるのか。

    だと思います。

    そして今回はっきりしてるのは、

    『 今のところ幸いにも放射線での犠牲者は〇である 』 ことです。


    池田様、ご苦労様です。


    PS 今回の地震対策の有意義な情報を流せる様に心がけてます。

    http://togetter.com/id/dotcom07 http://twitter.com/dotcom07 http://www.facebook.com/dotcom07

  9. 9.

    孫正義論法「それは天下国家のためだしペイするから政府の予算でやろう」、上戸彩がいるから半分許されているようなものだ。

    町衆、河原乞食、一向一揆、法華一揆、惣村、駆け込み寺、公道、これらが日本の天下国家=公界の原型(網野善彦、"無縁・公界・楽"論による)。

    天下国家のために。天下国家とは例えば公道であって、公道でソフトバンクの電波が良ければ、それ以上の天下国家はない。公道こそが今も公界としての機能を残している。近代化に負けないのが公道である。

    商売人が天下国家を語るのは、戦争への道や大きな政府というより、自分が制度化されたがっているように思える。まるで一度信長と戦って負けたら、即座に楽市・楽座を認めた堺衆のようだ。

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