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二十世紀の豫言

■報知新聞社明治34年正月版掲載

 十九世紀は既に去り人も世も共に二十世紀の新舞臺に現はるゝことゝなりぬ、十九世紀に於ける世界の進歩は頗る驚くべきものあり、形而下に於ては『蒸汽力時代』『電氣力時代』の稱ありまた形而上に於ては『人道時代』『婦人時代』の名あることなるが更に歩を進めて二十世紀の社會は如何なる現象をか呈出するべき、既に此三四十年間には佛國の小説家ジュール・ベルヌの輩が二十世紀の豫言めきたる小説をものして讀者の喝采を博したることなるが若し十九世紀間進歩の勢力にして年と共に愈よ増加せんか、今日なほ不思議の惑問中に在るもの漸漸思議の領内に入り來ることなるべし、今や其大時期の冒頭に立ちて遙かに未來を豫望するも亦た快ならずとせず、世界列強形成の變動は先づさし措きて暫く物質上の進歩に就きて想像するに

紙面イメージ1  紙面イメージ2

無線電信及電話 マルコニー氏發明の無線電信は一層進歩して只だに電信のみならず無線電話は世界諸國に聯絡して東京に在るものが倫敦紐育にある友人と自由に對話することを得べし
遠距離の寫眞 數十年の後歐洲の天に戰雲暗澹たることあらん時東京の新聞記者は編輯局にゐながら電氣力によりて其状況を早取寫眞となすことを得べく而して其寫眞は天然色を現象すべし
野獸の滅亡 亞弗利加の原野に到るも獅子虎鰐魚等の野獸を見ること能はず彼等は僅に大都會の博物館に餘命を繼ぐべし
サハラ砂漠 サハラの大砂漠は漸次沃野に化し東半球の文明は漸々支那日本及び亞弗利加に於て發達すべし
七日間世界一周 十九世紀の末年に於て尠くとも八十日間を要したりし世界一周は二十世紀末には七日を要すれば足ることなるべくまた世界文明國の人民は男女を問はず必ず一回以上世界漫遊をなすに至らむ
空中軍艦空中砲臺 チェッペリン式の空中船は大に發達して空中に軍艦漂ひ空中に修羅場を現出すべく從って空中に砲臺浮ぶの奇觀を呈するに至らん
蚊及蚤の滅亡 衛生事業進歩する結果、蚊及び蚤の類は漸次滅亡すべし
暑寒知らず 新器械發明せられ暑寒を調和する爲に適宜の空氣を送り出すことを得べし亞弗利加の進歩も此爲なるべし
植物と電氣 電氣力を以て野菜を成長することを得べく而して豌豆(注=そらまめ)は橙大となり菊牡丹薔薇は緑黒等の花を開くもあるべく北寒帶のグリーンランドに熱帶の植物生長するに至らん
人聲十里に達す 傳聲器の改良ありて十里の遠きを隔てたる男女互に婉婉たる情話をなすことを得べし
寫眞電話 電話口には對話者の肖像現出するの裝置あるべし
買物便法 寫眞電話によりて遠距離にある品物を鑑定し且つ賣買の契約を整へ其品物は地中鐵管の裝置によりて瞬時に落手することを得ん
電氣の世界 薪炭石炭共に竭き電氣之に代りて燃料となるべし
鐵道の速力 十九世紀末に發明せられし葉巻煙草形の機關車は大成せられ列車は小家屋大にてあらゆる便利を備へ乘客をして旅中にあるの感無からしむべく啻(注=ただ)に冬期室内を暖むるのみならず暑中には之に冷氣を催すの裝置あるべく而して速力は通常一分時に二哩急行ならば一時間百五十哩以上を進行し東京神戸間は二時間半を要しまた今日四日半を要する紐育桑港間は一晝夜にて通ずべしまた動力は勿論石炭を使用せざるを以て煤煙の汚水無くまた給水の爲に停車すること無かるべし
市街鐵道 馬車鐵道及び鋼索鐵道の存在せしことは老人の昔話にのみ残り電氣車及び壓窄空氣車も大改良を加へられて車輪はゴム製となり且つ文明國の大都會にては街路上を去りて空中及び地中を走る
鐵道の聯絡 航海の便利至らざる無きと共に鐵道は五大洲を貫通して自由に通行するを得べし
暴風を防ぐ 氣象上の觀測術進歩して天災來らんとすることは一ヶ月以前に豫測するを得べく天災中の最も恐るべき暴風起らんとすれば大砲を空中に放ちて變じて雨となすを得べしされば二十世紀の後半期に至りては難船海嘯等の變無かるべしまた地震の動搖は免れざるも家屋道路の建築は能く其害を免るゝに適當なるべし
人の身幹 運動術及び外科手術の効によりて人の身体は六尺以上に達す
醫術の進歩 藥劑の飲用は止み電氣針を以て苦痛無く局部に藥液を注射しまた顯微鏡とエッキス光線の發達によりて病源を摘發して之に應急の治療を施すこと自由なるべしまた内科術の領分は十中八九まで外科術に移りて後には肺結核の如きも肺臟を剔出して腐敗を防ぎバチルスを殺すことを得べし而して切開術は電氣によるを以て毫も苦痛を與ふること無し
自動車の世 馬車は廢せられ之に代ふるに自動車は廉價に購うことを得べくまた軍用にも自轉車及び自動車を以て馬に代ふることとなるべし從って馬なるものは僅かに好奇者によりて飼養せらるゝに至るべし
人と獸との會話自在 獸語の研究進歩して小學校に獸語科あり人と犬猫猿とは自由に對話することを得るに至り從って下女下男の地位は多く犬によりて占められ犬が人の使に歩く世となるべし
幼稚園の廢止 人智は遺傳によりて大に發達し且つ家庭に無教育の人無きを以て幼稚園の用無く男女共に大學を卒業せざれば一人前と見做されざるにいたらむ
電氣の輸送 當本(注=にほん)は琵琶湖の水を用ひ米國はナイヤガラの瀑布によりて水力電氣を起して各々其全國内に輸送することとなる

 以上の如くに算へ來らば到底俄に盡し難きを以て先づ我豫言も之に止め餘は讀者の想像に任す兎に角二十世紀は奇異の時代なるべし
   【注】「報知新聞」明治34年(1901年)1月2日、3日付

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