東日本大震災への対応で菅政権は、被災地支援と原発事故という「同時多発危機」への対処を強いられる苦境が続く。大津波のあまりの惨状に復興への足がかりをなかなかつかめず、原発事故は続出するトラブルへの対症療法的対応で一進一退が続く。発生からの1カ月を政治の現場から振り返る。【田中成之、野原大輔、野口武則】
菅直人首相や枝野幸男官房長官が原発事故の対応に追われた結果、政府の被災者支援は後手に回った。首相官邸の態勢を立て直そうと設置された「本部」や「会議」は傘下のチームも含めると20を超え、指揮系統の混乱がかえって首相の指導力不足を印象づけている。
「被災地は大丈夫ですか」。震災発生当初、「原発一色」の官邸を見かねた民主党の岡田克也幹事長や仙谷由人代表代行(前官房長官)は首相に繰り返し懸念を伝えた。「役所は自分で責任を負わない。誰に何をやらせるかが大事だ」が首相の持論。1月まで「影の首相」として政府内を仕切っていた仙谷氏を官房副長官として官邸に復帰させたのは震災6日後の17日だった。既存組織を頼らずに「自前チーム」を次々と首相が発足させた背景には薬害エイズ問題などで首相に染みついた官僚組織への不信感が根強く残っていた。
仙谷氏が被災者生活支援各府省連絡会議を設置したのが22日。官僚組織を総動員しようと全府省の事務次官を集めた。「カネや法制度のことはあとから考えろ。スピード感を持って処理しろ」。仙谷氏は官僚らにげきを飛ばした。生活支援のメニューが官邸に集約されるようになったが、「官僚主導」の象徴として廃止した事務次官会議の復活とも皮肉られた。
政治家の仕切る本部・会議の乱立には、官僚側から「誰に報告すればいいのか」と戸惑う声も出ている。被災地支援には仙谷氏と片山善博総務相、松本龍防災担当相、平野達男副内閣相、辻元清美首相補佐官(ボランティア担当)の「5役」がかかわり、ある省の幹部は「何でも5役会議を通さないといけない。政治主導の弊害だ」とぼやく。
「首相の関心は復興に移っている」と政府関係者は指摘する。首相は震災1カ月の節目となる11日、「復興構想会議」の設置を発表し、被災地の復興へかじを切る構え。復旧・被災者支援は仙谷氏が主導しただけに、復興ビジョンを自ら示すことで政権の求心力を回復させたい思いもにじむ。
「東電撤退を許さなかっただけで菅直人が総理だった価値はある」。政府高官はこの1カ月で首相が最も指導力を発揮した場面を3月15日早朝に東京電力本店に乗り込んで「全面撤退」を阻止した時だったと述懐した。
東電福島第1原発では大地震翌日の12日午後、1号機建屋で水素爆発が起き、14日には3号機建屋でも水素爆発が発生。複数の政府関係者によると、東電幹部は14日夜、枝野氏、東電を所管する海江田万里経済産業相、原発事故担当の細野豪志首相補佐官に「全面撤退」を打診していた。
11日夜から、格納容器の弁を開けて圧力を下げる「ベント」に踏み切らなかったことで生まれた東電本店への不信感は深まり、官邸は首相の12日午前の視察を機に信頼を寄せるようになった吉田昌郎・福島第1原発所長に確認。吉田氏は「何とか(原発は)止められる」と説明した。
政府関係者によると、報告を受けた首相は15日午前4時過ぎ、東電の清水正孝社長を官邸に呼んだ。「退くのか」と問う首相に清水氏は否定したが、首相は説明を信じられず東電本店を急襲。「撤退などあり得ない。日本がつぶれる」とクギを刺し、政府との統合本部を東電に設置。細野氏に常駐を命じた。首相を迎えた東電社員は「激励に来てくれると喜んでいたら、怒鳴られてすごいショックを受けた」と落胆を隠さなかった。
自民党は「総大将自ら刀を持って外に行くのは最悪」(脇雅史参院国対委員長)と批判したが、首相は後に「放置したら原子炉が溶解し、アメリカが(原発を)占領しに来るぞ」と周辺に漏らしている。
統合本部設置後、東電は官邸との意思疎通を欠かさず、情報の流れは良くなったと政府関係者は指摘する。しかし、官邸側の東電への不信感は根強い。震災後最大の余震が宮城県などを襲った7日深夜、官邸には首相や枝野氏、東電には細野氏が駆けつけた。だが、間もなく細野氏は官邸に伝えた。「統合本部には東電の役員は誰もいません」
「補正予算案の編成が必要。協力したい」
震災直後の11日の与野党党首会談で、自民党の谷垣禎一総裁は首相に語りかけた。これを受け各党幹部と政府の震災対策合同会議が発足。与野党連携の舞台が整ったかにみえた。だが、仕切り役の民主党の岡田克也幹事長の持論は「震災対応は政府の仕事」。会合に置き時計を持ち込んで発言を制限し、きっちり1時間で終了させる岡田氏の運営を出席した野党幹部は「名司会ぶり」と皮肉った。
大震災は菅政権の「3月危機」を巡って攻勢をかける野党との間に協調ムードを生んだ。だが、それも最初の数日だけ。自民党は、首相が唐突に「大連立」を呼びかけたことに反発、再び対決姿勢を鮮明にし始めた。
危機管理の主導権が政府にある中、野党は存在感発揮に躍起だ。自民党は阪神大震災を経験した「実績」を示そうと、特命委員会などを次々に設置し、3月30日には谷垣氏が首相に167項目の対策を提言した。だが、党関係者は「緊急に必要なものは、誰が考えてもそう変わらない」と独自色の薄さをぼやく。
社民党の福島瑞穂党首は同日、中部電力浜岡原発の即時停止や原発の新・増設計画の凍結を、共産党の志位和夫委員長も31日、大企業に引き受けを求める「震災復興国債」の発行を首相に提案し、独自色を鮮明にした。
復興分野で政府を後押しする方針の与党・民主党が復旧・復興検討委員会を発足させたのは23日。まだ会合は2回で、同委特別立法チームがまとめた復興税創設などの提案は政府との調整不足で日の目をみていない。
地元・岩手県が被災した小沢一郎元代表は今月8日、東京都内で側近議員に「政府の対応はひどい。すべて後手後手だ」と語るなど、政権批判を解禁しつつある。だが、元代表自身も岩手県庁を1度訪問した程度で、率先した動きはみられない。
毎日新聞 2011年4月10日 12時23分(最終更新 4月10日 13時08分)