岩見隆夫のコラム

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近聞遠見:「心がない」と責められて=岩見隆夫

 老練、75歳、たちあがれ日本の片山虎之助元総務相が、甲高い声で、

 「あなたには心がない。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、と言うが、身を捨てない。全部自分でやろうとして人に任せない。この大震災にぶつかったのは、あなたの巡り合わせだ。復興は100年を超えるかもしれない。道筋をつけたら辞める方がいい」

 と菅直人首相に迫った。45年も政治記者稼業をしているが、こんな激越な退陣要求を聞いたことがない。18日の参院予算委員会、菅はたじろいだようだった。

 「私も六十数年生きてきて、それなりの心はある。やらなければならない責任から逃れるつもりはない。欲張りかもしれないが、復興、復旧と、(就任の)当初から申し上げていた財政再建の道筋を付けることも含めてやれたら、政治家としての本望だ」

 とかわした。ヤジが飛んだ。ここで<本望>はそぐわない。自身の満足を口にする悠長な時ではないからだ。

 片山の言葉には、人生の先輩が諭すような響きもこもっていた。とりわけ、<心>問答、片山が何を言おうとし、菅がどう受け止めたか。

 心がない。決定的な人格批判だ。ああ、この表現が当たっている。昨年6月8日、首相就任以来の菅政治を見ていて、そう共感した人が少なくないと思われる。

 最近、最も引っかかった事例は、福島第1原発の周辺について、

 「10年住めないのか、20年住めないのかということになってくると……」

 と発言したとされる問題を巡る菅首相の態度だった。菅が13日、ブレーンの一人、松本健一内閣官房参与と会談した席でやりとりされ、松本が記者団に明かして騒ぎが広がった。菅は松本に再説明を求め、数時間後、松本は、

 「あれは私の発言であって、首相はそこは言っていないから」

 と撤回した、といういきさつだ。先の予算委でも野党側に何度も追及され、菅は、

 「そういう発言をしたことは全くない。事実無根だ」

 と否定した。

 だが、無根ではない。どちらかが発言し、被災者の最大関心事である「住めない」問題について話し合ったのは間違いない。それなら、どんなやりとりだったのか、菅は懇切に説明すればいいのではなかろうか。

 菅・松本会談の2日後、松本に会う機会があり、

 「相手が首相だから、(意に反して)撤回せざるを得なかった、ということではないのか」

 と問うてみたが、松本は沈黙だった。

 「いや、私が言ったのだ」

 とも言わない。2人だけの密室会談だから、しょせんやぶの中だが、心証はある。

 松本は精力的な評論活動を続ける思想家、歴史学者、代表的な著作「評伝 北一輝」で司馬遼太郎賞、毎日出版文化賞を受賞している。現在、麗沢大教授、発言者を間違えることなどあり得ない緻密な論客だ。

 以前、鳩山由紀夫前首相との会談でも、菅が、

 「支持率が1%になっても辞めない」

 と言ったと鳩山がいったん明かし、翌日修正して、

 「支持者が『1%でも辞めないで』と励ました、という話だった」

 と繕ったことがある。

 言った・言わないのトラブルが多い首相だ。権力者は不都合な発言ならなかったことにしていい、とでも考えているのか。それが察せられるようなことでは、民心は離れていく。

 とにかく、菅の言葉には、心がない。(敬称略)=毎週土曜日掲載

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 岩見隆夫ホームページ http://mainichi.jp/select/seiji/iwami/

毎日新聞 2011年4月23日 東京朝刊

岩見 隆夫(いわみ・たかお)
 毎日新聞客員編集委員。1935年旧満州大連に生まれる。58年京都大学法学部卒業後、毎日新聞社に入社。論説委員、サンデー毎日編集長、編集局次長を歴任。
 

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