現在位置:
  1. asahi.com
  2. ライフ
  3. デジタル
  4. メディアリポート
  5. 記事

メディアリポート

【放送】東日本大震災で発揮されたテレビとラジオの「力」

2011年4月8日

印刷印刷用画面を開く

Check

このエントリーをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録 このエントリをdel.icio.usに登録 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをBuzzurlに登録

 地震や津波という自然現象は、人に影響を与えて、はじめて災害となる。適切な情報の伝達は、人への影響を少なくする。1995年の阪神・淡路大震災と今回の東日本大震災では、人々を取り巻くメディア環境が大きく変わっている。震災が発生して僅か8日目(執筆時点)、福島第一原発事故の行方が予断を許さない状況下で、何かを語ることは不適切かもしれないが、デジタルメディア時代の災害情報について考えるための素材をここに書き留めておきたい。

●独立した報道による検証と翻訳の大切さ

 枝野幸男官房長官の地震発生直後の会見で印象的なことは、政府の発表と独自の判断で行動するマスコミを信じて行動してほしいと強調していた点だ。災害時にはしばしば無責任な噂が流れる。今回も当初、千葉県市原市のコスモ石油製油所の火災から有害物質が流れ出ているというチェーンメールが出回った(なお、製油所に隣接するチッソ石油化学の劣化ウラン保管施設に延焼のおそれとの連絡が、同社から文部科学省に対して3月11日に入っている。関連性が後日、検証されるべきだ)。

 政府による発表が、政府から独立した報道機関で常に検証されているという事実と、それへの一般の人々の信頼があることは、このような噂を打ち消すために極めて重要だ。この基本的な信頼感が失われた場合、社会はその紐帯を失うことになる。

 地震発生(3月11日)から2日半の民放テレビは特別編成を組み、震災にかかわる報道を続けた。全体としては冷静な口調で事態を伝えていた。NHKは1週間にわたり特別編成。伝達のプロとして、複雑かつ専門的な事象を普通の人に理解されるかたちで適切に「翻訳」して伝えることができていた。日ごろはセンセーショナルに流れて、批判されることの多いテレビだが、危機において抑制的な姿勢を保っていた。

 「翻訳」で大いに役立ったのが、コメンテーターとして動員された専門家だ。「翻訳」が可能だったのは、政府や電力会社が発表する専門的な情報を評価できる専門家がいて、彼らを動員しうる体制をテレビがもっていたからだ。特に福島原発で発生した事故については多くのチャンネルで原子力工学の専門家による解説を聞くことができた。ただし、これらの専門家はいずれも原子力エネルギーの推進にあたってきた当事者でもある。その当事者性への批判的視点も本来は必要であったろう。

●隠蔽や対応の遅れ テレビ映像が防ぐ

 災害の際に市民が求め、必要とする情報は、発災からの時間の経過によって、また、被災地からの距離によって変化する。平塚千尋は阪神・淡路大震災を分析して、それを地震情報、行動指針情報、被害情報、安否情報、緊急生活情報、交通情報、ライフライン生活情報、医療情報、救援情報、一般生活情報、行政手続き情報、復興情報に分けている(『災害情報とメディア』リベルタ出版)。

 これらの情報について、テレビ、ラジオ、新聞、ネット上の各種サイト、ブログ、SNS、ツイッターなどにはそれぞれ得手と不得手がある。今回の大災害は、日本のメディアの配置図を浮かび上がらせた。詳しい分析は別途、行われるべきだが、ここでラジオとテレビが果たした役割について記録しておく。

 停電した地域でラジオは唯一の情報入手手段になる。音楽とトーク、リスナーからのメールなどで構成される番組は機動的な対応が可能で、人々の気持ちをつなぐために、被災した人や救援に赴く人の肉声と、人々を励ます音楽が有用だ。デジタルメディア時代に、ラジオをどのように残していくかという議論の再考が必要だ。なお、ネット上でラジオ放送を再送信しているラジコが13日17時から地域制限を外し、インターネット環境があれば、全国どこからでも聞くことが可能になった。

 テレビは刻一刻と変わる情勢を、大規模な独自の取材をもとに同時的に伝えた。特にNNN系列が設置していたカメラが福島第一原発1号機の水素爆発(12日)を捉えて伝えたことは、政府の公式発表が遅れたこと(一時的な隠蔽)を考慮に入れれば、重大な意味をもった。その映像は、15日からは政府にも提供が開始されているようだ。ただし、取材目的で設置された映像を政府にそのまま提供していることは本来、報道の原則に反する。留意が必要だ。

 その後、NHKも半径30キロ圏の飛行禁止空域が設定された第一原発上空ギリギリから空撮映像を伝え続けている。ヘリコプターからの取材を含めて、大規模な取材陣を動員しうるテレビ局がなかったら、混乱する情勢のなかで被害状況の把握はもっと遅くなり、公的機関の対応も遅れただろう。

 引き続く余震(1週間で震度4以上が58回)のなかで、地震の揺れが来る前に警告を発する緊急地震速報の放送も重要だった。発災後1週間が過ぎた19日、ほとんどのテレビ局がほぼ通常編成に戻った。地震、津波、原子力という3つの災害が継続するなかで違和感もある編成のあり方も問われている。

 地上デジタル放送によるデータ放送で、計画停電や交通の情報などを提供していることは、インターネットに接続できない高齢者世帯などに基本的な情報を提供することに役立っている。聴覚障害者向けにリアルタイムの字幕付与が相当量行われたことも記録にとどめておきたい。

 海外の報道機関からこの震災に対する日本人の冷静な対応を賞賛する声がある。ここでは放送についてだけ記したが、日本の高度なメディアシステム全体が、この未曾有の災害に対応している最中だ。不十分な点が多いとしても、総体として、災害を減少させ、パニックや混乱の発生を抑制していることに目を向けておきたい。(「ジャーナリズム」11年4月号掲載)

   ◇

本橋春紀(もとはし・はるき)

放送団体勤務。1962年東京生まれ。成蹊大学卒。日本大学芸術学部放送学科非常勤講師も務める。共著に『メディアリテラシー・ワークショップ』(東京大学出版会)、『包囲されたメディア―表現・報道の自由と規制三法』(現代書館)。

・「ジャーナリズム」最新号の目次はこちら

掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。

検索フォーム

おすすめリンク

大震災によって電子部品、化学材料の生産に打撃。その余波はじわじわと広がりはじめた。

スマートフォンの台頭で通話機能もアプリの一つに…。通信キャリアの活路はどこに。

「リスク」を把握し上手に利用。ソーシャルメディア、基本を学べばもう怖くない。


朝日新聞購読のご案内
新聞購読のご案内事業・サービス紹介

クラウド・コンピューティング特集

新たなIT時代を読み解くキーワード「クラウド」を理解するには?

デジタル関連の本

ソニーの電子書籍部門の責任者・野口不二夫さん

米国ソニー・エレクトロニクスのシニア・バイス・プレジデントとして、電子書籍の世界戦略で先頭に立つ。日………

表紙画像

日本的ソーシャルメディアの未来 [著]濱野智史、佐々木博

今、話題のフェイスブックを始め、ツイッター、ミクシィ、ニコニコ動画など、ネット上には次から次へと新し………

powered by Amazon.co.jp