読売新聞西部本社の福岡移転まで一月を切った。同社は来年1月3日に福岡市に建設した新福岡ビルに西部本社を移転する。
新福岡ビルは地上10階建て、延床面積約1万5700平米。新ビル工事は2002年6月に着工し、2003年秋に竣工した。すでに福岡総本部が新ビルに移り、西部本社も今年末までに移転を完了させて、読売新聞は北九州から撤退する。
北九州市から福岡市に移転した有力企業はいくつかあり、中でもJR九州の移転は政治問題化した。しかし読売の移転に関しては、政財界に言及する者すらなく、報道各社もこの問題を取り上げようとしない。大多数の市民が移転の事実すら知らないまま、また一つ北九州から求心力が消える。
北九州市は90年代に「第5チャンネルの奪取」を目論み、東京放送と関係の深かった日本興業銀行(現みずほ銀行)から人材を引き抜き、同社の大株主だった新日鐵にも働きかけて、福岡市に設置が内定したTVQ九州放送の本社を北九州にも重複設置させたことがある。これに飽き足らなかった北九州市は、さらに独自の情報発信力が必要として、県域エフエム局のエフエム九州(クロスエフエム)を開局させた。メディアに強い関心を抱いた北九州の政財界が、インターネット時代を迎え、ふたたび有力視されるようになった活字メディアの離反を無言で見過ごしたのは不思議でならない。
読売新聞西部本社の移転には疑問が残る。三大新聞と呼ばれる毎日新聞、朝日新聞、読売新聞の西部本社は九州山口全域を管轄するが、実態は北九州山口の地場有力新聞であり、他の地域では県紙の圧倒的な発行部数を前に存在がかすむ。三紙の全発行部数に占める北九州山口の占有率は、現在でも50%弱に達する。北九州でもっとも販売力の弱い読売新聞でさえ、北九州周辺を最大市場とする実態になんら変わりはなかった。
新聞の発行部数は販売店の販売力に依存するところが大きい。北九州山口の市場は成熟し、人口増による拡販活動も望めない中で、もはや力関係が確定してしまっている。北九州で三番手に抑えこまれた読売新聞に、有力市場でありながら一地方紙が市場の45%を握る福岡都市圏が魅力的に映じたのは驚くに値しない。しかし福岡の市場におもねるために、最大市場を「切って捨てる」荒療治がはたして冷静な判断といえるのか。
/ | 朝日 | 毎日 | 読売 | 占有率 |
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西日本新聞社調べ。即売、郵送含まず。 関門圏は北九州、筑豊、山口。中津含まず。 福岡圏は福岡、宗像、筑後、佐賀。 |
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関門圏 | 345,164 | 440,130 | 363,093 | 48.6% |
福岡圏 | 188,840 | 153,286 | 264,512 | 25.6% |
北九州市 | 114,048 | 124,023 | 106,862 | 14.6% |
福岡市 | 75,749 | 58,493 | 82,231 | 9.2% |
九州山口 | 787,851 | 663,701 | 913,676 | 100% |
朝日新聞は名目上の本社を北九州に残し、北九州での優勢な発行部数を確保しつつ、主力を福岡に移して拡販活動に力を入れる。したたかでいやらしい戦略とも受け取れるが、朝日新聞は「企業市民」という感覚を持ち合わせ、権勢や時流に迎合してはならないという言論者の理念が後ろ髪を引いた。
読売新聞はもともと大衆迎合的な傾向を押し出して発行部数を伸ばした新聞であり、自らもまた地域社会を支える市民という意識はなかった。「人口減、企業流出…。何かと暗い話題の多い、北九州市にとって(井上安正 西部本社編集局長)」と扇情的に嘆きながら、それに自らが荷担するのを無責任としない。地域の代弁者には許される発言も、事の当事者が口にすれば鼻持ちならない偽善だろう。人を切りつけ出血させておきながら、血の流れるさまを嘆くようなものではないか。それはそれ、これはこれ、と利己的に使い分ける二重規格(ダブルスタンダード)は、言論の信頼を損なう。
新聞は本拠地以外では売れない。たとえば福岡市では西日本新聞が44.5%の発行部数を占め、大分市では大分合同新聞が67%を占める。その大分合同新聞も、中津市では三大新聞と発行部数は変わらず、「本拠地」の影響力が都市圏内に留まることが窺える。
これは地域のニュースを地域の視点で書き下ろした記事が求められている証である。地元紙は記者が足でめぐって事実関係を把握し、問題の背景を探り、市民の声や町の空気を肌身で感じて記事を書く。記者本人がいたらなくても、周囲の人間が引き出しの役割を果たして不十分を補う。
一方、他に拠点を置く新聞はこの意味での知識集積が浅く、紋切り型(ステレオタイプ)の決めつけや古い言い回しを多用して、既知の認識に帰着させなければ記事が書けない。これは、同じように知識が浅い他所の読者には物事を分かりやすくするが、ある程度事情を知った対象地域の読者の知識欲を満たせる次元の記事ではない。
読売と北九州の関係はここ数年で急激に冷却した。関係が冷却するにつれ、特に政財界の記事で紋切り型が増えた。事実関係は調べてあるが、問題の背景となった事情に無頓着で、既知の認識へのこじつけが多い。先に引用した編集局長の発言に見られるような安易な枕詞を糊づけにし、見当外れな福岡の識者に意見を求めたりする。福岡総本部で書いた記事であることが明らかだった。西日本新聞の記事とよく似ていると思った読者は多かったろう。
それゆえに、翻して読売新聞は西部本社ごと福岡市に移転しなければ福岡都市圏で発行部数を伸ばせないと結論づけた。ことさらに地元愛が強く、いまだ北九州市に対する反発の根強い福岡市では、どれほど取材や販促に力を入れても、読売は「他所の新聞」という一言で片付けられた。北九州で売れる新聞は福岡では売れない。事実、北九州での発行部数と福岡での発行部数は反比例するのである。福岡財界はしばしば全国紙の本社が北九州にあることに疑問を投げかけ、不満を口にした。「福岡重視というのなら行動で示せ」という圧力はあからさまだった。
読売新聞西部本社は2002年に株式会社として独立した。福岡で子会社を設立して同格化するなど福岡重視の方策はあったはずで、最大市場を蔑ろにして、約40年を費やして築いた自らの足場を自ら放棄したのは浅はかだった。北九州での存在感を完全に失い、西日本新聞の牙城を崩せなかったときは、読売は名古屋から撤退したように、九州からも撤退することになろう。