記者の目

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記者の目:全村避難迫られる福島県飯舘村=関雄輔(福島支局)

住民説明会で計画的避難区域の説明をする菅野典雄村長=福島県飯舘村で2011年4月16日、前谷宏撮影
住民説明会で計画的避難区域の説明をする菅野典雄村長=福島県飯舘村で2011年4月16日、前谷宏撮影

 ◇残留・通勤希望者に柔軟対応を

 東京電力福島第1原子力発電所事故で、福島県飯舘(いいたて)村が、大気中の放射線量が高いなどの理由で国から「計画的避難区域」に指定され、全住民の避難を求められる見込みになった。これに対して村は、放射線量が低い地区を除外することや、役場機能を残すことを認めるよう訴えている。放射線のリスク以上に高齢者ら弱者の心身に負担がかかり、主要産業の畜産が途絶するダメージも大きいからだ。復興への道筋をできるだけ確かなものにするためにも、少しでも村機能を残して“血を通わせておく”とともに、放射線の影響を受けやすい子供らを除き、可能な範囲で希望者の残留を認めた方がいいと考えている。

 飯舘村は人口約6000人で、同原発から北西28~47キロに位置する。大半が「30キロ圏外」だが、風向きや地形の関係で放射線量が高い。全域が計画的避難区域とされる自治体には浪江(なみえ)町と葛尾(かつらお)村もあるが、両町村は原発に近く、当初から避難か屋内退避の指示が国から出ており、既にほとんど住民が残っていない。飯舘も希望者を栃木県鹿沼市に避難させるなどして一時は村民が半減。現在は約5000人に戻ったが、村当局は、3歳未満と保護者、妊婦は村外に避難させ、小中学生も隣接町に通学させている。

 福島県が12日に調査した村内40カ所の放射線量は毎時0・0025~0・014ミリシーベルト。原発に近い南部が高く、中央部の村役場周辺は3月15日の0・044ミリシーベルトから0・005ミリシーベルト前後に下がった。

 ◇高齢者や病人は避難自体リスク

 国は「外部被ばく量が年間累積20ミリシーベルトに達する恐れがある地域」を計画的避難区域の基準とした。国際放射線防護委員会の緊急時の許容線量20~100ミリシーベルトを参考に、最も厳しい数値にした。その結果、村内で最も低い毎時0・0025ミリシーベルト地点でも年間で約22ミリシーベルトに達し、全村避難になった。国は避難先の確保や補償のほか、土壌改良など「避難の間に放射線量を下げる努力」をして、放射線量が下がった地域から段階的帰村を検討することも約束している。

 東京大付属病院の中川恵一准教授(放射線医学)によると、広島と長崎の原爆のデータから、年間100ミリシーベルトで発がんリスクが最大0・5%高まる可能性がある。20ミリシーベルトは相当余裕を持たせた基準だ。

 放射線の影響だけ考えれば厳しい基準が望ましいというのは分かるが、基準を機械的に適用すればいいのだろうか。高齢や病気の人には避難自体にリスクがある。12日に自殺した102歳の男性の知人(56)は「家族の足手まといになるのを苦にしたのだろう。村を離れることがどれだけ負担か分かってほしい」と訴える。農業と畜産への打撃も計り知れない。16日に開かれた国の説明会で、村民は福山哲郎官房副長官に「牛は家族も同然だ」「村を守るため避難はしない」と訴えた。

 中川准教授は「村民は被ばくより目の前の生活に悩んでいる。年配の人ほど20ミリシーベルトを超えても問題ない」と指摘。「遠く離れた安全な場所(東京)でリスクばかり言い立てる人が現地を苦しめる」と語る。実際、村役場には今、全村避難に抵抗することを批判する電子メールや電話が村外から相次いでいるという。

 飯舘は、方言で「両手」や「丁寧」を意味する「までい」な村づくりを提唱し、アイデアに富む教育・福祉施策を次々と打ち出してきた。菅野典雄村長は「子供や希望者は今後も村の責任で避難させる」としつつ「飯舘で暮らし続けたいという声も多い。建物の中は毎時0・0001ミリシーベルト以下がほとんど。村民の暮らしや思いを守れる形にしたい」と苦悩する。村長は、村役場機能を残すとともに、南部を居住禁止にして北部に避難することや、住居を村外に移し日中は屋内職場に通う形をとれないか考えている。

 ◇放射性物質吸収、ナタネ栽培案も

 汚染された農地を活用するため、バイオマス燃料の原料となるヒマワリやナタネを作付けしようという案もある。食用にしなければ害は少ない。さまざまな作物の放射性物質の吸収度を調べる「試験農場」にすれば、農地が傷むことを防ぐこともできる。ナタネは放射性物質を吸収するものの、搾った油から放射性物質は出ないと言われる。

 学習院大の村松康行教授(放射化学)は「被ばく量の限度を超えない範囲で、農家が作業し、専門家が土壌の改善や放射性物質の作物への影響のデータを集め、その後の作付けに生かせば復興を早め、風評被害を無くすこともできる」と指摘する。

 飯舘は高冷地。村内世帯の半数以上を占める農家は、過去何度も冷害に遭いながら村を守ってきた。かつてない苦難に見舞われながら、原子力災害の復興モデルとなるよう、国には柔軟に対応してほしい。

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毎日新聞 2011年4月22日 東京朝刊

 

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