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【プロ野球】

70年ぶり勝った!! 巨人の沢村

2011年4月22日 紙面から

◆巨人3−1阪神

プロ初勝利を挙げ、カメラマンからフラッシュを浴びる沢村=甲子園球場で(横田信哉撮影)

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 ゲームセットとなっても満面の笑みはない。涙もない。巨人の沢村は実直な性格そのままに、チームメートと勝利の握手を交わした。2試合目の先発で7イニングを6安打1失点と好投。高校時代にたどり着けなかった甲子園で、日本ハムの斎藤、広島の福井に続くルーキー初白星を挙げた。

 序盤から球がばらついた。最速154キロを計測するも「調子は最悪」。1回は2死満塁、3回は無死二塁と再三のピンチを招く。それでも長野らの好守に助けられて粘った。「球児あこがれの甲子園で投げられて楽しかった」。敵地の声援を力に変える余裕があった。

 昨秋のドラフトの直前、「意思あるところに道は開ける」と言った。その言葉通りの野球人生を歩んできた。高校を選ぶ際、両親が公立校を推したのに対し、沢村は迷わず佐野日大への進学を決断。入寮して野球に打ち込むと心に誓った。練習意欲は当時から並外れて高かった。練習好きが高じて2年時の春に退寮。自宅通学に変えた。

 松本弘司監督(59)は「寮にいると、下級生は洗濯や風呂掃除をしなければならない。その時間を惜しんで、もっと自主練習をしたかったようだ」と振り返る。

 「何かを犠牲にしなければ手に入らないものがある」と中大に進学しても練習に没頭。「パチンコはやったことがないし、たばこも吸ったことがない。休みの日は体の手入れ。普通の学生のように遊んでません」。すべては野球で生きていくため。「ドラフト1位でプロに行く」。小学校の卒業アルバムに書いた将来の夢を、絶えざる努力で実現してみせた。

 斎藤、福井が初勝利をつかんだ4日後の歓喜。「佑ちゃん、福井君に続きたいと思っていたので良かった」。右手でウイニングボールを握りしめ「育ててくれた両親に渡します」とほおを緩めた。沢村栄治が最後に勝った1941年以来、70年ぶりにつかんだ「沢村」姓の勝ち星。その大先輩も立った甲子園で、巨人に新たな伝説が誕生した。 (永山陽平)

 

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