悲劇の渦中にありながらつつましやかな被災者の姿が国内外の人々の心を打つ一方、心ない差別やいじめに苦しむ被災者がいる。福島ナンバーの車が落書きされたり、「どけ」と言われる。ホテルへの宿泊を拒否される。避難している子どもが「放射能がついている」といじめられる。全体から見れば少数かもしれないが、根拠のない差別は厳に戒めなくてはならない。
そもそも放射能とは放射性物質の持つ放射線を出す能力のことである。福島第1原発の近隣地域に住んでいたからといって現在健康に影響が出るほど放射線にさらされたわけではない。屋外に長い時間いて服や車に微量の放射性物質が付着したとしても洗い流せば問題はない。まして人から人へ「放射能が感染する」ことは科学的に起こり得ない。レントゲン検診やCTスキャンを受けた人から放射性物質がうつることがないのと同じだ。
放射線は目に見えず、においもない。原発から大量の放射性物質が漏れるという危機も国内では経験がなかった。復旧が進まないことへいらだちが募り神経過敏になるのはわかるが、「未知のリスク」から身を守るためには何よりもまず正しい知識を持つことだ。茨城県つくば市は福島県からの転入者に対して放射線量検査を求める措置を決めたものの、抗議を受けて撤回した。自治体や学校などは率先して正確な知識の普及に努めるべき立場であることを改めて指摘しておきたい。
国民が安心感を得られないのは政府の情報提供に問題があるからだとの意見もある。「ただちには影響がない」と枝野幸男官房長官が会見で繰り返すことなどを指す。危険か安全かはっきり示せるのであればそれに越したことはない。ただ、低レベルの放射線を浴びた場合の長期的なリスクについてはさまざまな意見がある。「未知のリスク」という点では、長い年月がたってから深刻な被害が顕在化した公害や薬害も数多い。それぞれの時点で可能な限り正確かつ詳細なデータを示し、「ただちには影響がない」としか言えない根拠をわかりやすく説明していくしかない。
一方、被災直後にネットでデマが広がったりもしたが、それを打ち消す正確な情報も次々に流された。打撃を受けている福島県産の野菜などを支援する動きも各地に広がっている。果汁飲料やトマトはネットで大人気だ。
大地震、津波、原発事故という人類が経験したことのない危機にさらされながら、私たちは情報発信の成熟化や社会連帯を何とか見いだそうとしているようにも思う。長期化するこれからが踏ん張りどころだ。
毎日新聞 2011年4月22日 2時30分