東日本大震災で被災した工場では懸命の復旧が続く。未曾有の「天災」は取引上の免責事項に当たるのか。契約書になければ、免責にならない可能性すらあるという。
東日本大震災はグローバルなモノ作りに影響を及ぼしている。
トヨタ自動車は9日、北米で、4月中に原則として5日間、完成車とエンジン、部品工場の生産を休止すると発表した。日本から輸入する部品の供給が滞っていることが理由だ。米ゼネラル・モーターズなど海外メーカーにも生産調整の動きは広がっている。
被災した工場は操業を再開し始めているが、設備は応急修理も多く、完全復旧までの道のりは遠い。7日深夜の大きな余震では東北地方が広く停電に見舞われ、工場復旧の壁になった。
誰もが経験したことのない未曾有の「天災」だから、製品を出荷できなくなるのは当たり前。日本人なら誰もがそう感じるところだろう。
だが、場合によっては「天災=免責」にならない可能性があるという。その理由を東京青山・青木・狛法律事務所ベーカー&マッケンジー外国法事務弁護士事務所(外国法共同事業)の阿部信一郎弁護士に解説してもらった。
仮に日本の自動車部品メーカーが、米国の取引先に製品を輸出していたとする。納期が遅れたり、納品できなかったりすると、取引先は部品メーカーへの損害賠償請求を考える。
阿部弁護士によると、今回の大震災で損害賠償が発生しないとほぼ確実に言えるのは、取引の契約書に、天災地変が生じた場合に当事者の免責を認める「不可抗力条項」がある時だ。
不可抗力条項がなくても契約が日本法に基づいていれば、日本の民法では債務者(この場合は部品メーカー)の責めに帰すべき事由によらない債務不履行について、損害賠償の義務は発生しない、とされている。
では相手国、つまり米国法に基づく契約で不可抗力条項もないとどうなるか。このケースでは免責にならない可能性があるという。
米国法の契約には注意
米国でも契約において、予期できない出来事が起こらないことが前提条件となっている場合には、免責になることがある。ただこれは、納品が遅れたり、できなかったりすることを取引先に通知することを要件としている。
取引先企業が米国の裁判所で損害賠償請求の訴訟を提起し、米国法に基づいて勝訴した場合は問題がある。
日本の民事訴訟法は、この勝訴判決の内容が日本の公序良俗に反する場合は、日本での効力がないとしている。しかし、不可抗力による免責を認めないことが、公序良俗に反するかどうか判断できる判例はないという。
日本の民法は「不可抗力を理由に、金銭を支払う義務を免れることはできない」ともしている。「日本の公序良俗の中に不可抗力による免責を常に認めるという考え方は入っていない」(阿部弁護士)。実際には不可抗力も含めてリスクを負うという考え方もあるだけに、米国での勝訴判決を覆すには一定のハードルがある。
未曾有の大震災の被災企業には冷酷な話にも思える。しかし取引先の米国企業も零細であれば、日本からの製品供給が途絶えたことで倒産の危機に瀕することもあるだろう。損害賠償を求めることは、ルール違反ではない。
実際には日本法に基づく契約でも、裁判になれば、工場が出荷できないほどの被害を受けたか立証する必要がある。企業は写真などで被災の具体的な証拠を保存しておくべきだ。大震災の教訓の1つとして、これからの契約には不可抗力条項を必ず盛り込むという意識も必要になる。
日経ビジネス 2011年4月18日号19ページより