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[24402] 宇宙戦艦ヤマト・オルタクロスオーバー 【遅延及びお詫び】
Name: 七猫伍長◆bcb2db3e ID:b0e589f1
Date: 2011/04/20 21:18
・昨年まで、私が「その他」掲示板に掲載させて頂いた、「宇宙戦艦ヤマト2209」。それから20年後の続編となります。
・タイトルの通り、age様の「マブラヴ・オルタネイティヴ」とのクロスオーバーです。
・オリジナルのメカニック、人物が多く、展開も冗長です。面白みに欠けますし、オルタ本編を批難する描写も少しあります。
・今後もコンスタントに更新できるかは、とても見当が付きません。

以上の事をご容赦頂ける方は、お時間のあるときに、お読み頂ければ幸いに存じます。

2010/11/27:読者様のご指摘に従い、タイトルに【習作】と入れて改題致しました。掲示板移転はいま少し、考えるお時間をください。

2010/12/14:暫定設定資料集追加。第一及び第二話再校正。「その他」板への移転は、第五話までの再校正が終わった後を考えております。

2010/12/27:第六話追加、「その他」板へ移転。

2011/1/17:第七話追加。サイト移転に気づかず遅延してしまい、申し訳ございません。

2011/1/22:防衛軍艦艇の設定を一分追加

2011/2/03:第八話追加

2011/02/08:雑文コラム追加

2011/03/10:外伝追加

2011/03/11:設定資料一部改編

2011/04/20:第九話追加



この度は作品が大きく滞ってしまっていること。
そして何より、震災という連絡を密にする時期に、私用にかまけてしまい、
多くのお方に、大変な心配をかけてしまい、まことに申し訳ございません。

作品の方は中々進みませんが、私個人は震災の影響をうけることなく、
無事に過ごさせていただいております。
皆様のご心配を、半ば無視するような無神経な態度。本当に失礼いたしました。

重ねてお詫び申し上げます、平にご容赦願えれば幸いです。


                        平成23年4月19日 七猫



[24402] 第一話
Name: 七猫伍長◆bcb2db3e ID:b0e589f1
Date: 2010/12/14 18:45
国連軍横浜基地。この基地の数少ない名物である、営門の桜の樹の下に、白く透明な光が集い始めていた。

パラポジトロニウム光。並行世界、多元世界へ人間や物質を送り届ける際に発生する、一種の特異現象である。その中心にいたのは、白銀武国連軍少尉。いや、元少尉。

12.5事件を生き延び、甲21号作戦で奮闘を重ね、桜花作戦に於いては「あ号標的」と呼称された、BETAの上位存在を破壊し、人類に多大な余命を与えた少年。
上官、恩師、戦友。そして幼なじみや恋人の殆ど全てを、戦死という形の別離で失うことを代価として。

今の彼は、失われた何かに対する、何れこの世界から消えるであろう前に、別れを告げに足を運んでいた。

「どうやら、時間が来たようね」

彼の背後にいた二人の女性。その内の一人、香月夕呼博士は、託宣を下すような静かな声で語りかけた。

最早、鑑純夏という存在を失い、因果導体ではなくなった自分は、元の世界。というよりは、鑑純夏が最後の力と思いを振り絞り、
再構築した平和な世界へと、転移することになっているらしい。確たることは言えないが、この世界に戻ることは、最早二度とあるまい。

そして、この世界で得た記憶も、経験も、その世界では全てが失われる可能性が高い、とも。
この世界へ最初に転移し、訓練分隊でお荷物と罵倒された事に始まり、最後に夕呼へ意外そうな顔をさせたことに至るまで。

(だからといって・・・忘れられるかよ。何のために、皆が命を差し出し、義務を果たして、散華したと思ってる。俺に背中を預け、一緒に戦ってくれたと思っている!)

その記憶の抹消も、あるいは純夏の配慮かもしれない。

常識的に考えれば、当然である。異なる世界の凄惨な戦争経験、そんなものを背負って平和な世界を生きていくなど、正気の沙汰ではない。
戦闘神経症という精神障害が存在するが、まさか異世界での戦闘神経症を引きずったまま、余生を送るなど、人としての幸福からはほど遠い。しかしながら。

(だが、こればっかりは断るぞ。純夏。お前や冥夜、たま、委員長、美琴、彩峰、まりもちゃん、伊隅大尉、柏木、涼宮中尉、速瀬中尉。
それだけじゃない。俺が今、「生かされている」のは、皆の犠牲の上にあるんだ)

「先生、後のことは頼みます」

今頃気づいても遅いが、あらゆる世界で香月夕呼は、全ての責任を負って、汚れた仕事を含め、人と世界のために尽力してきた。

冷徹な魔女を装い、思考を常に研ぎ澄まし、恐らくは自らをギリギリまで追い詰めながらも、殆ど人に悟られず。
しかしながら、それだけに「この世界」の行く末。それに多分に関わるであろう彼女以外に、将来を託せる人間を、彼は知らなかった。

彼女は、人と人がまた争い合えば、人類の余命など容易に縮まるとも言っていた。その苦行を、自分は押しつけて、去るというのか。


「さようなら、ガキ臭い救世主さん・・・」


何かを思い詰めたような顔と声で、自らに人の将来を託す白銀武。
あるいは、そう言う名前であった嘗ての因果導体に対し、彼女もいつもとは違う、寂しげな苦笑を浮かべた。

最初はどうしようもない、多少の予備知識を持ったガキだと思っていた。しかし、彼の見苦しくも、右往左往しつつ、ある時は現時逃避のため。ある時は戦友のため。
そして、ある時は恋人や幼なじみのため。危険を顧みず、感情をむき出しにしながらも、戦い続けたこの少年に、自分も周りも巻き込まれていた。
どうかしている。自分でもそう思いながら、口を衝いて出た言葉は、そんな内容であった。

そして、夕呼の横に、その名前の通りに静かにたたずんでいた少女。社霞にも振り返る。

「霞。無責任で済まないけど、先生を支えてやってくれ」
「はい」
「みんなのことを、誇らしく語ってやってくれ・・・頼んだぞ」
「・・・はい」

口数は少なくとも、その口調は決然としたものであった。
幼く、小さく見える彼女も、人の盾として戦い続け、多くの犠牲を見届けた、その意味では立派な「衛士」の一人だった。

恐らくは、この世界で本来の事情を知るのは、夕呼を除けば彼女一人だろう。
幼い双肩にそれを押しつけるのは、余りに卑怯かもしれない。しかし、それでも一人でも多く、真実を覚えていて欲しかった。

「そうか・・・ならばよし」

霞の相貌、瞳に静かに宿った強い意志に安堵しつつ、一つ、気がかりなことと言えば、
彼女と約束した一つの行為を、果たせないまま消え去ることだろうか。今は無理でも、将来はと思っていたが。

「私、平和になったら、必ず海を見に行きます」
「ああ・・・ああ・・・、思い出をいっぱい作れ」

その思いを汲まれたかのように、彼女は自分が一度行った約束。
平和な世界になったら、海を必ず見に行こうという約束を、しっかり覚えていた。

考えてもみれば、霞はESPという人の思考を読みとる能力など用いずとも、常に自分の。醜態を晒し続けたときも、BETAを相手に修羅場を踏んだときも。
そして最後の戦友にして幼なじみ。鑑純夏を失ったときも、側にいてくれた。支えようと、その小さな体と幼い心で、必死に頑張ってくれた。


「私は、貴方が何処の世界にいても・・・必ず、見ています。私は、絶対に忘れません!」
「そうか・・・有り難う、霞」

霞らしからぬ、強い語調に、涙腺を辛うじて引き締めながら、穏やかな声で応じる。
それがきっかけのように、パラポジトロニウム光が一層濃密になった。

「また・・・ね・・・」


それが白銀武が、この世界で耳にした、最後の肉声になった。
そして、彼は意識が分散。溶け去る前に、あの二人の前では、どうしても口に出来ない思いを叫び、消えていった。

(俺一人で限界があるというならば。それが悪魔でも構わない、代償が自分だというのならそれでも良い。
何か、何処からでも良いから、BETAを、皆を失わないで叩き出す力が、そんなものがあれば・・・畜生め)





(ある意味で、それでこそタケルちゃん、か。出来れば大人しく帰って欲しかったんだけどなあ)
(致し方あるまい、あれはああいう男だ・・・こちらの気も知らないで)
(たけるさん、欲張りですから。良くも悪くも)
(鈍感、背負いすぎ、何処かのゲジマユそっくり)
(あんたこんなところでまで・・・ったく、委員長として、最後のお仕事と行きますか。今度も、息、合わせなさいよ?)
(こっちの台詞)

(生徒は教師に似ると言いますが、強情なのは確かに一緒ですね?)
(強情よ、臆病で泣き虫で、それでも。自慢の教え子なんだから当たり前でしょう?)
(あーあ、鬼軍曹殿にのろけられちゃった。ま、私の出来の悪い後輩でもあるし)
(孝幸君みたいな子を増やさないで良いなら、ま、いいんじゃないかな)
(ああいう奴に力を貸してやるのもまた一興、弟みたいなもんだし)



その思いを。桜の樹の側を漂っていた誰か達が見届けて、力を貸そうとしていたことを、白銀武は知らない。

そのことが後々、良くも悪くもとんでもない事態を引き起こすことも。
彼が平穏な日常を取り戻すのは、これより随分と先延ばしになることだけは、確かであった。





「とある異世界の盗掘者達・宇宙戦艦ヤマト2229/マブラヴオルタネイティヴ」



*2228年6月18日

「それ」を最初に発見したのは、第228護送船団護衛部隊旗艦。大型駆逐艦「デアリング」であった。

「コルテノール」型駆逐艦バッジⅤに属する彼女は、多くの無人航行輸送船。そして同じく無人である、自動駆逐艦一個水雷戦隊からなる護送船団を率い、
ルダ女王の限定的な鎖国解除・開放政策に従い、今や地球・ガミラス。そして場合によってはボラー連邦とも重要な交易拠点となっている、シャルバート恒星系内を航行していた。

アクティブ・パッシブタキオンセンサー双方に異常が感知された後の、彼女を率いる男達の行動は素早かった。
直ちに、周辺の民間船舶、防衛軍艦艇及び根拠地、ガルマン・ガミラス艦艇、軌道航路保安庁巡視艦艇へ異常座標を報告。民間船舶の接近禁止と増援要請を発令。
自らも、「レイピア」型自動駆逐艦2個駆逐隊6隻に船団を護衛させ、直ちに船団本隊をシャルバート本星軌道上の根拠地へ後退。

旗艦「デアリング」及び残存自動駆逐艦6隻は、近隣からの増援応答を確認の後、駆逐艦らしい俊足。
33宇宙ノットで異常地点への接近を開始した。無論、猪突猛進に突き進んだのではなく、無人探査哨戒衛星を1ダース前方に展開。
異常目標を事前に遠距離より監視し、記録する「目」の数をしっかりと増やしつつ。


同時刻、シャルバート本星。開放政策に従い、地球連邦のそれを参考に作られた、実用一点張りのシャルバート星政府庁舎執務室に於いて、ルダ女王が昏倒していることが確認された。

直ちに医療スタッフが派遣され、命や身体に別状がないことは確認されたが、日頃落ち着いた物腰を、
たとえ地球連邦政府大統領や、ガルマン・ガミラス帝国総統を相手のハードネゴシエーションでも崩さない彼女が、珍しく混乱の気を見せていた。

医師団の質問に対し、彼女はこの様に応じたという。まるで無数の人々から、怨嗟、復讐、怒り、悲しみ。
そして助けを求めるような、膨大な負の感情を叩き付けられたような衝撃を受けた、と。彼女が嘗て、水の惑星アクエリアスとさえ直接コンタクトを行えたことを知っている人々は、事を軽くは見なかった。
事実、程なくして彼女の受けた衝撃を裏付けるような報告が、近隣の地球防衛軍部隊よりもたらされたのだ。


途中、改「足柄」型自動巡洋艦2隻と自動駆逐艦4隻。ガルマン・ガミラスの高速巡洋艦1隻及び突撃型高速駆逐艦6隻。
そして、軌道保安庁の有人・無人巡視艦艇4隻の増援を受けた駆逐艦「デアリング」は、些か信じがたいものを発見してしまった。

タキオンフェイズドアレイレーダー、無人監視衛星の光学情報ごしに発見したそれは、小さなブラックホール。
否、ワームホールとでも言うべき存在であった。「小さな」といっても、軌道直径200kmを軽く超えている。周辺物質を飲み込むような兆候はないが、到底容易に近寄れるものではない。

現地点に於ける艦艇部隊最先任であった「デアリング」艦長は、この方面の航路の緊急閉鎖を即断。

現在、手元にある艦艇で航路封鎖を行うと同時に、直ちにシャルバート王宮政府、地球連邦政府、防衛軍参謀本部、直属である第8航路護衛艦隊司令部へ。
ガミラス側指揮官も、直属の第112高速打撃艦隊司令部と、ガルマン・ガミラス帝国軍司令部へ、多重暗号化された高速タキオン通信により、事態の報告を観測を開始した。



「かのワームホールは、過去の我々の歴史でも観測されたことのないものです」

ワームホール発見及び周辺航路封鎖から三日後。シャルバート執政府庁舎にて実施された、
地球・ガミラス・シャルバート他からなる、実務官僚(軍人を含む)団による会談は、緊迫したものとなった。

会談の口火を切ったのは、亜空間航行を知悉しているガルマン・ガミラス潜宙艦部隊出身の、
各種異変事象研究に造詣の深い予備役大佐であった。現在は科学アカデミーで教鞭をとっている教授でもある。

「確かにワープ航行。もしくは亜空間潜行を行う際に、人為的にワームホールに近い存在を作り出し、我々は艦艇を移動させます。
しかしそれは、個々の艦艇を長距離移動させるのに足るものであり、あれ程の規模のものは人為的に、未だに安定して作れません。
極めて異常な、しかし放置しがたい事態と判断すべきでしょう」

「その点については、我々も同感です。周辺物質を吸い込む兆候こそありませんが、僅かずつですが巨大化しつつある兆候も見られます」

第一発見者とでも言うべき、駆逐艦「デアリング」艦長も表情に難色を浮かべた。現在、かの巨大化しつつあるワームホール周辺は、
無人探査衛星のみによる警戒に切り替えられ、航路封鎖・精密観測に必要な有人艦艇は勿論、自動駆逐艦さえ迂闊に近づけない有様である。

何処へ、物質を、どのような状態へ送り出すか分からない相手が対象では、たとえ無人とはいえ、兵器そのものである自動駆逐艦さえ容易に近づけるべきではないとの判断からであった。

「生臭い話ですが、今やここは一大交易拠点です。極力、特にボラーへの情報流出は抑えていますが、
民間運輸業者から航路封鎖への説明要求・不満が殺到しています。現状の、原因不明の天災発生の恐れというアナウンスも、そろそろ限界です」

疲れ切った顔をした、地球連邦政府運輸省事務次官の言葉は、半ば懇願であった。
何でも良いからさっさと事態にケリをつけるか、方針を明らかにしてくれ、と。

今や複数の恒星系に進出し、長大な宇宙航路と莫大な運輸船舶。その管理を任される彼等からすれば、当然の悲鳴とも言える。


「あのワームホールについてですが・・・幾つか、感じ取れたことがあります」

その声に、それまで実情交換と、半ば愚痴の言い合いになっていた軍人、官僚達は僅かに威儀を正した。
既に象徴上の存在とは言え、シャルバート教徒の崇拝の対象にして、一応はこの惑星の主権者であるルダ女王の言葉は、それ相応の重みがあった。

「非科学的で恐縮ですが、嘗て太陽系に接近したアクエリアス。あの惑星と類似の、明確な思念をあのワームホールは発しています。
それも、アクエリアスの時は人の『様な』でしたが、今度は多数の人間による、助けを求める、あるいは怨嗟の、負の感情の膨大なエネルギーです」

ここ数日の加療生活により、些かやつれの目立つ相貌を振り向けたルダ女王は、しかしはっきりとした発音で断定した。
常人が発したならばオカルト趣味への耽溺、あるいは精神疾患を疑う程度で済ませてしまう内容だが、ここにいる者達は皆、知っていた。

嘗て太陽系を脅かした水の惑星アクエリアスが、人のそれに近い意識を有し、人間の脳に語りかける能力を有していたこと。
そして、この女王がそれに往時、惑星の意志にさえ、人の脳へと等しく語りかける能力を有していることを。

「推測ですが、あのワームホールの向こうには、何らかの人の集団。文明が存在する可能性があります。それも平穏とは言い難い状態の」
「何とも面倒な話になりましたね・・・破壊は可能ですか?」
「総統閣下にも情報は報告しております。事と次第によっては、準備は可能ですが」
 
この場にいる武官の中で最上位の、防衛軍第8航路護衛艦隊司令官。
そしてガルマンガミラス第112高速打撃艦隊司令官は、ある意味では実に軍人らしく、存在の抹消による平穏化も示唆した。

確かに、何をするか分からないものであれば、破壊消滅させてしまうことは、
一つの秩序を取り戻すための手段ではある。しかしながら、ルダ女王は悲しげに首を振った。
 
「あのワームホールは、それこそ数千万、数億の人間の負の感情で構築されています。
徒に攻撃を仕掛けたところで、何も変わりません。あまつさえ、悪化する可能性の方が高いでしょう」
「そうなると」

それまで敢えて沈黙を守り、末席を暖めていた軌道保安庁シャルバート恒星系方面管区総監が、重たい口調で切り出した。

「調べに行くほかないでしょう、あのワームホールを介して。
無論、無人艦艇や探査衛星を用いてですが、何時までも正体不明の何かでは、誰も何も出来ません」
「やはり、そういうラインになりますか・・・」
「この手の宇宙災害に関する調査は、一応は現地国軍・官公庁組織に権限があるはずです。
限定調査という形で、アウトラインだけでも固めて、早期実行が必要になるでしょう」
「しかし、そうなりますと航路封鎖の原因はどうします?ワームホール等という未知の現象。
ボラーに教えるわけにもいかず、民間船舶の中でも、このままでは強行突破するものは必ず出るでしょう」

最後の一言に、一座は黙り込んでしまった。真相を明かすのはもってのほか。
さりとて、防衛艦隊なり軌道保安庁、民間企業、ガミラス側の重大な責任問題となるような、虚偽の発表も難しい。

誰かが泥を被らねばならないが、その泥は被るには些か重すぎ、生臭すぎる。
まして、未だに全宇宙に多数が存在する、シャルバート教の教祖でもある、ルダ女王に被せた場合、国際問題どころでは済まない。


「ならば、泥を被せても誰も困らない連中に、被って貰うしかないでしょうな」


2228年6月21日。地球連邦政府はシャルバート恒星系にて、旧E.O.W.S系列のテロリストによるものと思われる、無人輸送船舶への機関爆破テロを発表。

同宙域が波動エンジンの異常暴走により、一時的に小規模な重力異変を生じているため、当面は防衛軍、軌道航路保安庁など、
各公共機関の指示に従い、迂回航路を安全に航行することについての、協力を市民に対して要請した。

無論、これは運輸省、防衛省、軌道保安庁、船団に含まれていた各船舶所有企業。そして内閣が緊急会議を招集し、作り上げた一種の虚偽である。
過去、20年近く連邦警察重武装部隊、軌道航路保安庁及び防衛艦隊、空間騎兵、各自治警察の容赦ない取締と追撃を受け、
今や名前だけの存在になりつつある彼等に、その様な余力など存在しない。

しかしながら、それ故に幾ら反駁しようとも、既に世論へ訴えかける力など欠片も残されておらず、
市民が真偽何れに受け取ろうとも、公的には彼等の所業というレイベリングを押される羽目になる。


そして同時期、航路を防衛軍及び軌道保安庁艦艇が厳重に封鎖する中、
公式発表から程なくして、ワームホール調査部隊が編制された。

徐々に直系を拡大し、既に250km近くに達している小さな時空の洞穴。
その向こう側に何があるか、外部探査だけではなく、実際に探査手段を通過させ、調査することが、地球連邦とガミラス双方で決定されたのである。

ワームホール周辺には、探査衛星のみならず、小型波動エンジンさえ備えた大出力タキオン通信衛星複数が敷設。
「向こう側」へ到達した際、調査手段と当方が各種手段で通信を行う手はずが整えられた。

送り込まれるのは、魚雷発射管の一部を下ろし、長距離センサーモジュールを搭載した「レイピア」級自動駆逐艦6隻と、
軌道保安庁に属する些か古びた防衛軍「サプライ」級補給艦を改修した汎用無人調査船2隻。
ガルマン・ガミラス側からは、同じく旧式の突撃型デストロイヤー(駆逐艦)を改造した無人探査艦12隻が用意された。

極秘裏に、いつの間にか誰かが名付けたか「ハイゲート」と呼ばれるようになったワームホール。
それをくぐる20隻の人の手を介さない艦艇が、何を目にして、何を送ってくるのかは。未だに誰も分からない。





*1998年7月16日、異世界(?)

この狭い、海沿いの平野部を埋め尽くすがごとく、それは蝟集し、100km/h以上で突進してきた。
突撃級BETA。非常に強固な外殻を有し、アルマジロをより醜悪にして、数十倍にスケールアップしたような異形の存在。

それが200体近く。他のBETAよりも優れた直線突進速度を活用し、前衛を形成し、突進してくる。
と、そんな折り、突撃級BETA集団内部の数カ所で、爆発が起こった。
音響・振動センサーを有する知能化対戦車地雷が、目標先鋒、中核、後尾において、意図的にタイミングを設定された知能化信管を作動。
そこまでは装甲に覆われていない、突撃級の柔らかい下腹を、メタルジェットで突き上げたのである。

それでも突進はやまないが、対戦車地雷で足を落とした個体と、速度を落とさぬ個体との間で、衝突が多発。
突撃衝力は大きくそがれ、集団平均速度は50km/h以下にまで低下した。相互に密集しすぎていたことで、互いに衝突したこと。
更には、地雷原の次に待ちかまえていた、「竜の牙」と呼称されるベトンと鋼鉄で作られた、くさびのような障害が、彼らの足下にからみついたのだ。

「00よりカク、目標、正面の蛎殻(突撃級)、2000、徹甲、小隊集中射、撃ェッ!!」

そしてそれを見逃すほど、間の抜けた兵はここにいなかった。
車長の枯れきった声の指示に従い、38トン強の車体に備えられた、51口径105ミリ戦車砲が咆哮する。

場所は嘗て、姫路と呼ばれ、天下の名城が存在した大日本帝国関西方面の地方都市。その残骸。
この年の7月、BETAは圧倒的物量と、数さえ揃えば極めて有効な戦術である、九州、山陰、四国への同時着上陸。
そして更には、BETAにより破壊された地球の環境により、極端に悪化した天候にさえ助けられ破竹の勢いで侵攻。
数百万の日本人や難民を喰らいつつ、その突進速度を容易には緩めず、破壊と殺戮を継続した。

さりながら、本土の守りを預かる帝国陸軍(帝国本土防衛軍)の士気と技量は未だに衰え切ってはおらず、この74式戦車改。
奇跡的に門司より撤退に成功した、第26師団戦車連隊の生き残りも、未だに旺盛な砲火を吐き出していた。

先ほどより熱線映像装置、YAGレーザーレンジファインダー、デジタル弾道計算機、砲安定装置で自動追尾を行い、今や遅しと待っていた砲手は、
即座に撃発スイッチを押し込んだ。鉄塊のような砲尾が轟音と共に後座し、黄銅色の薬莢を吐き出す。

次弾を既に抱きかかえて待機していた装填手が、定位置へ復帰した砲尾の尾栓を開き、拳で105mm戦車砲弾を砲へと突き込む。

音速の4倍半以上の速度を与えられた、焼結劣化ウラン弾頭のAPFSDSは、地雷と障害で足を取られた突撃級。その一体の強固な外殻に命中した。
外観は小さな貫通痕を残すのみ。しかしながら途端に、未だに50km/h近い速度で迫ってきた行き足を落とし始める。

そう、突撃級を阻止するのに、何も無理に大きく装甲を破る必要はなかった。相手は装甲兵器と異なり、強固な外殻と柔らかい中身という、アンバランスで奇妙な、宇宙からの生物である。
強固な外殻を介して、APFSDSの有する膨大な運動エネルギーが伝播するだけで、その内部組織は擾乱される。
それは人間で言えば脳震盪。運が良ければ内臓破断に等しい効果をもたらす。

そして、BETAの突撃戦術の常として、突撃級の集団は先頭にある。それをこの、狭苦しい瀬戸内海沿岸で阻止されたら?

同様の戦術を、この数日間の苦い後退戦闘で身につけた、同じ26師団戦車連隊残存の74式改。
そして、中部方面軍や東部方面軍、東北方面軍より増援としてやってきた師団、旅団の90式戦車や74式改が、次々と展開する。

元々、戦闘工兵が必死の築城で作り上げた、複郭陣地。光線級の視界を遮る数メートルに達する土壁複数や、光線級が付近に存在しない間に、ヘリを用いて緊急散布された対戦車地雷。
ベトンと鉄骨で作り上げられた「竜の牙」により、勢いと支援攻撃を削がれた突撃級が、徹甲弾の運動エネルギーにより、次々と速度を落とす。
対戦車地雷に足を取られたときよりも、さらに大規模な「玉突き事故」を起こし始める。

突撃級を、まるでパンツァーカイルの戦車のように、前方へ押し立て、その後方に位置していた要撃級、戦車級、兵士級などの他のBETA。
彼等は高い踏破能力を持って、まるで雪崩のように突撃級の残骸を乗り越えようとした。しかし、陸戦で言うところの「無闇に頭を高く上げた」。
その瞬間こそがこの兵庫防衛ラインの多くの将兵が狙った瞬間であった。

「HQよりカク、目標突撃級上面の集団、突撃破砕射撃開始」

この方面の師団の残骸、独立混成旅団、増援師団。
そういったものの寄せ集めを指揮する司令部より、簡潔ではあるが明確な殺戮命令が下された。

深く、カーブを描くように掘られた、簡易ベトンで固められた複郭交通壕。その要所要所に存在する、速乾性の重ベトンと鉄筋。応急資材で固められた火点より、あらゆる砲火が集中する。
歩兵連隊の小銃手が操る64式改7.62mm小銃や62式改2型7.62mm機関銃。84mm・106mm無反動砲や各種対戦車誘導弾。40Mm自動てき弾銃。
機械化歩兵が強化外骨格(パワードスーツ)の両腕に強引に括り付けた、50口径重機関銃4門や軽量型赤外線誘導弾。

歩兵戦闘車や自走高射機関砲が搭載する90口径35mm機関砲、7.62mm連装機関銃。
その他あらゆる直射火器や誘導弾が、祭の射的のように格好の射撃位置に身を暴露した、大小各種BETAに指向される。
無論、歩兵の友である81mm、120mm迫撃砲も同時に火蓋を切っている。高々と身を突撃級の上に晒し、密集していたBETAの集団に、これを避ける術はない。

持てば余りに頼りない、小さな7.62mm小銃弾が小銃や機銃の薬室と銃身、装薬のエネルギーで、
初速毎秒700m以上の運動エネルギーを与えられ、闘士級や兵士級といった小型BETAを、集中射撃で肉塊へと変貌させる。

簡易FCSを有する89式改強化外骨格を纏った機械化装甲歩兵の放つ、ブローニング50口径重機関銃各4門の弾幕は、
最も多くの衛士と兵士、民間人を喰らっている戦車級へ、成人男性の指先ほどもある弾頭を次々と貫通させ、その勢いを削ぐ。

歩兵戦闘車、自走高射機関砲の35mm機関砲が異なる発射速度で放つ高速徹甲弾と焼夷榴弾は、
主に要撃級の頭部へ集中砲火を加え、戦車砲のそれに近い高い存速で醜悪な頭部を引きちぎる。

無論、突撃級を食い止めた戦車部隊も、今度は多目的榴弾へ砲弾を切り替え、各種直射火器の弾幕射撃を生き残ったBETAに対し、
熱量と破片による制圧射撃を継続する。迫撃砲や自動てき弾銃の、てき弾や榴弾による制圧射撃は、BETAとその死骸を区別無く引きちぎり始めた。


そして、反撃はこれに止まらなかった。後方より各師団・旅団直轄の野戦重砲隊。そして、海軍のロケット支援砲艦。
それらの有する自走155mm・203mm榴弾砲やMLRSが、高い発射速度で支援砲撃を行い、光線級や重光線級を牽制する。

前方の、自らの「同胞」のBETA集団を誤射できない、何故か人類には理由が分かっていない不思議な性質。
そして、随所に設けられた高さ数メートル単位の土壁や竜の牙。それを越えて照射できず、結果として最悪の脅威である光線級、重光線級は砲兵射撃の迎撃に忙殺された。

そしてそれが命取りとなった。彼等がその、巨大な瞳に何かが映ったと気づいたとき、至近に迫っていたのは、
BETAの体液にまみれた撃震、陽炎、不知火と言った、これこそ防衛ラインの切り札の戦術機甲部隊であった。

彼等が照射装置を兼ねている眼球を指向しようとしている間に、新旧戦術機は次々と突撃砲から36mm高速徹甲弾、120mm粘着榴弾を叩き付け、
九六式高速徹甲ロケット(KEM)や九二式多目的誘導弾、改造90mm中隊支援砲を惜しげもなくばらまき、撃ち込んでゆく。

それでもなお足りぬと、一部の練達の衛士は、重光線級の脚部を七四式長刀の一太刀で切り落とし、
戦艦の重装甲さえ、十数秒で蒸散させる照射装置へ、深々と長刀を突き立て、離脱する。これら一連の戦闘で葬られたBETAの数は数個大隊規模。現在の所、叩き返した数は5回目。


「何とか陣地は機能しているようだな。撤退中の連中から増援部隊まで、6個師団以上。
全部を築城に駆り立てただけはある、か」

26師団戦車連隊第5中隊の74式改車長を務める軍曹は、ベンチレーターと電算機冷却用クーラーが全力で唸る砲塔の中で、
なまぬるい洗浄水を強引に喉へ流し込んだ。合成果実粉末を混ぜているとはいえまずい。しかし水分不足は戦闘力喪失の第一歩だ。

それでも、ビジョンブロックのアイピースから監視は止めない。BETAは障害と突撃破砕射撃、戦術機の迂回攻撃で引き裂かれているが、
いつ、損害を無視して地中浸透突破や突撃を再開するか、しれたものではない。一瞬だけ車内に目をやると、
先程から20kgに達する105mm戦車砲弾を数十発装填し続けた装填手は、流石にへたばっている。砲手も、眼精疲労と集中力の摩耗により、くたびれきっていた。

セミオートマでパワーバンドの狭い(反面加速力は悪くない)の74式を、ドライバーハッチのペリスコープからの狭い視界だけで、
陣地間機動させてきた操縦手に至っては、車長席からも聞こえる程、荒い呼吸音が聞こえる。

彼らはいずれも現役兵。それも上等兵や伍長といった、それなりに年季の入った精兵であったが、圧倒的な物量を誇るBETAを相手に、
一瞬のミスが許容されない機動防御戦闘を長時間行っていることが、彼らの集中力と体力を奪っている。

こりゃどうにもならんなと思った車長は、段列より同期の下士官と交渉の末、がめてきた「戦利品」(海軍の言葉で言えばギンバイ)。
球羊羹やあんパン、チョコレート、蜜柑などを適当三名へに放り、後は栄養剤で何とかしろと言い放つと、自らも戦車服のポケットに忍ばせて於いた、ぶどう糖を乱暴に囓る。

携帯性と糖分に優れ、栄養剤や覚醒剤と違って副作用のないこれは、脳をフル回転させ、
自らや僚車、部下の様子を把握し、小隊の戦闘指揮を行わなければならない彼の、愛用品であった。

(しかし、事ここに至って、ようやくまともな戦になったからな。こうして一息付けるのは有り難い)

そう。近い内に本土、それも内地が戦場になる可能性が高いと叫ばれ続けても、なかなか地方自治体主導の疎開計画は進まず、
必死に疎開と築城用地帯確保を呼びかける国防省に対し、各自治体の上位官公庁である内務省もいい顔をしなかった。人間をいきなり日常から引き剥がすのは、途轍もない難事なのだ。

軍事費に予算を常に削り取られつつ、ようやく太平洋工業ベルト、瀬戸内海工業地帯、北九州工業地帯などを連結する、
高速道路と高速広軌鉄道網が完成し、軍需民需を問わずに生産効率が大幅に向上した矢先だったのも大きい。

今まで散々分捕った予算で揃えた、ご立派な帝国軍で水際で何とか撃退しろ。
そのように放言する内務省高級官僚や、大手製造業・運輸関係の業界人も少なくはなかった。

そして帝国軍は、未だに菊の御紋をいただいているとは言え、内閣総理大臣か征夷大将軍の勅命でもない限り、
よほどの事態がなければ軍隊で言うところの地方人-民間人に筒先を向け、後方へ追いやるような暴挙は、法的に厳しく禁じられている。


その結果が、この有様であった。無論、3カ所同時の強襲上陸。BETA増殖による自然植生壊滅、人類の用いた核兵器などによる環境悪化が原因の異常気象。
それに伴う暴風雨、悪天候による帝国海軍各部隊の支援。米軍、国連軍増援輸送の遅延など、他にも要因はある。

しかしながら、事前疎開が半分でも進んでいれば、結果として名ばかりの「防人ライン」構築が。
大陸の教訓を受けて作られるはずだった多重複郭陣地が完成していれば、ここまでむざむざと、千万以上の同胞を失いはしなかったであろう。

今、彼等が依っているのは、兵庫から大阪にようやく完成した、嘗ての「防人ライン」の一部であった。
BETAの地中侵攻探知ソナーは言うまでもなく、各種機動兵器のための複郭交通壕陣地、射撃陣地、光線級の射撃を阻害する数メートル単位の土壁や、
突撃級の100km/h以上の突進さえ遅延させる、ベトンと鋼鉄で出来た龍の牙。

そういったものを、未だに疎開が進まない住民の一部を、ついに詰め腹を切る覚悟で、許可した方面軍司令部の命令のもと、
実包で脅しかけてまで追い出し、残存戦力や増援部隊の有していた機械化工兵部隊。民間土木企業より徴発した重機さえ全てを投入。ようやく完成した永久陣地であった。
その中には、BETAの地上・地中侵攻を問わず、炸裂することで戦力漸減と警報を兼任する、
対人・対戦車地雷。死蔵された航空爆弾などを用いた障害地帯さえ、多数含まれる。

当初、一週間で九州、四国、山陰を席巻したBETAを、この永久陣地はよく食い止めている。
幸いにして大阪府全域、そして大阪港は未だに確保されており、MLRSと自動装填コンテナを搭載した「対馬」型火力支援艦。
瀬戸内海のBETA海中侵攻を阻止する機雷敷設艦や対潜護衛艦は、活発に活動している。大阪以東の沿岸航路も維持されていた。

そして帝国海軍が誇る、掛け値なしに世界最強の戦艦戦隊。各4隻の20インチ砲搭載の「紀伊」型、18インチ砲搭載の「大和」型戦艦が、
折悪しく半島撤退戦での激戦の結果の大損傷を負い、石川島播磨の横浜ドックや横須賀・大湊などの海軍工廠などで癒している中。

江田島、呉より退避してきた海軍兵学校教官・生徒さえ乗せ、強引に現役復帰した予備役(練習)戦艦「陸奥」「奥羽」「駿河」ら、
3隻の16インチ砲戦艦32門の火力支援も受けられるという、僥倖に近い幸運さえ得られていた。
 
そう。当初こそ地中侵攻や物量に翻弄されたが、BETAが自然と人類の密集する地点。すなわち交通の結節点や都市部などを目指す習性を逆手に取り、
適切な地点に構築された永久陣地や野戦築城、障害地帯は、けして無力ではない。人類とて坑道戦術や機甲突破など同様の戦術は知悉しており、それらへの対処を応用すればいい。

半島、大陸に於いて、各国軍の連携を欠いた状態にありながらも、中華連合やソ連が、辛うじて基幹兵力を台湾やウラジオストック。
そしてアラスカへと退避させ得たのは、彼等の得意とする徹底した築城と障害により、機動運用部隊を後退させる時間を稼げたが故である。

この、兵庫-大阪防衛ラインは、その縮小改良版と言って良い。今、この小さいが強固な永久陣地には、
西部方面軍の残骸である2個師団。中部方面軍、東部方面軍、東北方面軍よりの増援4個師団、独立戦車2個旅団、独立砲兵3個旅団。
将兵軍属15万が自らの操る装備、兵器とともに展開し、日本西方をしたBETAの集団に対する、巨大な壁となっていた。


そんなことを思い、今頃は戦術機が盛大に光線級、重光線級を切り刻んでいるであろう、BETAの死骸の山(これも光線級阻害のために利用される)の向こうの閃光を監視していると、
ざりざりと幾らかの雑音とともに、無線が入った。中隊本管からの野戦デジタル通信であった。

どうやら後方の段列より、砲弾の補給が到着したらしい。ハッチを開いてみれば、後方の交通壕。その一角に弾薬・火器搭載を意味する危険マークを記した、3トン半トラック数台が駐車している。
補給が来ると言うことは、それだけ戦闘が一息付ける状況になったと言うことか。迂回突破した戦術機甲部隊は、余程派手にやったらしい。

戦術機の高出力エンジン特有の高音が装甲ごしに聞こえ、彼らが任務を達成したのであろうか。
上空を見やると、後方の支援基地へと低空飛翔する姿が、遠目に見えた。そして、光線級がことごとく戦術機により惨殺されたことが確認されたのであろう。
遙か後方より野戦重砲ではあり得ない、大口径艦砲の砲声が響き始めた。

大阪湾に展開している練習旧式戦艦は、どうしても主砲発射速度が遅く、砲弾さえ精密に迎撃する光線級を相手の支援砲撃は、分が悪い。

反面、その脅威さえ排除してしまえば、主力数個大隊を殲滅され、未だに一千数百体が、統制の取れない前進を再開しようとしているのを、
特急列車のような飛翔音と同時に、根こそぎ吹き飛ばす光景が示すとおり、すさまじい威力を発揮する。

1分おきに10発単位で飛来する、弾薬廠で腐りかけていた、古い41サンチ零式通常弾。
これに多重信管を仕込んだ即席1トン榴弾が、大小の区別なく、BETAを切り刻み、破砕し、原形をとどめぬまでに破壊してゆく。

一瞬、古い時代を生きたレヴァイアサンの猛威に、目を引きつけられていた軍曹であるが、
手早く頭を切り換えると、車両用デジタル無線機の周波数を小隊のそれに切り替え、命じた。


「小隊、これより段列から補給を行う。残弾の少ない車輌より開始せよ。
各車10分以内で済ませろ、お座敷が何時かかるか分からんぞ。2号車より残弾数申告始め」


正規の小隊長が戦死し、今や軍曹の階級で、様々な小隊から寄せ集まった4台の74式を指揮している彼は、
隷下車長や装填手からの怨嗟の声を浴びつつも、砲手に車輌指揮を任せ、手早く車輌を降りて、段列小隊の少尉と話を付けに、足早に駆け去る。

先程までに、実に数十体は突撃級を足止めしている彼等の小隊であるが、
その代償として、徹甲弾などは各車3発、4発というレベルにまで落ち込んでいた。榴弾や発煙弾を含めても、10発を大きくは越えまい。
74式戦車の定数50発+αを何とか迅速に確保すべく、彼は疲れ切った頭脳を駆使し、補給連隊の少尉と補給計画の打ち合わせを始めた。


実に、この兵庫要塞ラインは、翌年より始まる本土奪還作戦に至るまで、陸海軍の共同よろしきを得て、
地中突破を含めて阻止する、BETAにとっての巨大な障害であり続けた。それは佐渡島に建造されたハイヴ。
甲21号から北関東を守る、新潟-北関東野戦築城ラインと並び、「国土の盾」として、高く評価されることになる。

単純な感情論ではなく、これら2つの防衛ラインが機能することにより、未だに日本最大の工業地帯である東海工業ベルト。
疎開した工場が全力稼働している東北の農業・工業地帯。行政機構の中核となっている東京都。そして、人口糧食と人口燃料の製造源となっている北海道。

何より、これらの地域を結節する陸上交通網と内海航路を後方として、維持することが可能となり、辛うじて大日本帝国は命脈を保つことに、辛うじて成功したのだ。


それからの一年間に、実に本土防衛軍・陸軍の2割が損耗し、海軍の火力支援投射艦・護衛艦・敷設艦の10%が失われたこと。
四国、九州、山陰などからの国内難民2000万の発生。死者、行方不明1000万という代償を支払い。

更には、BETAの予想以上の海中侵攻能力による旅団規模奇襲で、全くの後方であったはずの、神奈川県横浜市が壊滅。
よりにもよって南関東。軍都東京の至近にハイヴが建築されかけ、安保協定を維持していた米国と、極東防衛ラインの崩壊を恐れた国連軍の強硬な申し入れにより、
泣く泣く、自国領土へBETA由来の物質を用いる強力な。しかし不確定な環境異常を恒久的にその土地へもたらす、五次元重力爆弾。
通称G弾の投下を受け入れざるを得ないと言う、惨事を、翌99年に経験する運命にあったとしても。


その様な激戦を、日本だけではなく、欧州で、アフリカで、中東で、シベリアで、東南アジアで。世界中の過半を戦場として、
戦い続けている人類に、よもや異世界からの来訪者が静かに訪れるなどと言うのは、青天の霹靂であった。



[24402] 第二話
Name: 七猫伍長◆bcb2db3e ID:b0e589f1
Date: 2010/12/14 18:48
*2228年7月24日

「ハイゲート」と遂に正式に名付けられたワームホール。

その向こうへと達した自動艦艇20隻より、タキオン圧縮通信がハイゲート越しに送られてきたのは、彼女達がワームホールへ突入してから一時間後のことであった。
この通信が成功したこと自体が、関係者各位を大いに驚かせ、同時にそのデータ通信は断続的ながら、継続して行われ続けた。
そして汎用調査艦の電算機が解析し、圧縮の後に送りつけてきた映像データは、驚きを通り越して衝撃を与えた。
 
現在、小惑星帯を有する巨大惑星近傍に展開。幾らかの条件は違えど、太陽系圏内土星宙域に、極めて類似、と。
事実、無人艦隊が送ってきたデータには、地球防衛艦隊が鎮守府の一つを置いている、衛星タイタンの姿さえあった。
但し、2228年現在の太陽系土星衛星圏タイタンのように、整った艦隊支援設備、指揮通信施設、そして資源採掘プラントや地下都市が存在する痕跡は、一切ない。

寧ろ、人の手が加わった痕跡が存在しない。この事実に困惑しつつも、地球・ガミラス双方の調査団は、当面、ワームホール越しの世界を太陽系と酷似した恒星系と推定。
万が一の文明存在に備え、地球や月、火星などの探査は防衛軍無人駆逐艦と保安庁調査艦が。土星、金星、太陽等に関しては、数の多いガミラス側調査艦へと、探査が割り振られることになる。
幸いにして、ワームホールを介したタキオン高速通信は、距離を置いても維持され続けており、リアルタイムに等しい情報相互通信の成立は、可能と見込まれていた。

それぞれが割り振られた役割を、圧縮バースト通信で受け取った自動艦艇達は、波動エンジンと、それのもたらす余剰推力からなるスラスターにより進路を変更し、
「太陽系に近い惑星配置」と「推察」された、各々の目標へと進路を取り始める。
不確定領域であるためワープ航行などは使えないが、それでも元は高加速が得意な駆逐艦。
あるいは高速巡航が当たり前の補給艦を原型にしているだけに、それほど、調査対象への到達に時間はかからないはずである。

そして彼女達は電子の目と、人間の手を介さないだけに、柔軟性には劣っても高い電算処理能力をもって、
人類にとって驚愕に満ちた、出来れば見なかった事にしたくなるような、過酷な現実を突きつけることになる。

嘗て、ガミラスの前線基地となったこともあり、現在は人類が惑星上。あるいは軌道上に植民している火星と金星。
そこには直径1000km単位、高さ100km単位の巨大な、人の手によるものではない。しかし明らかに自然なものでもない、不可解な構造物複数が存在していた。

それだけではなく、何らかの悪意をもって造形されたとしか思えない、異生物のようなものが、表層だけでも数百万から数千万蝟集していることが、高軌道上からでさえ確認された。
幸いにして、土星や小惑星帯にはその様な痕跡はなく、推測通りに存在した太陽も、正常な常温核融合を繰り返しており、
嘗てプロトンミサイルが撃ち込まれた当時のような、異常な反応がないことは、救いであった。
 
しかしながら、最も衝撃的な報告は、月・地球方面へと向かった自動駆逐艦2隻と無人調査艦から送られてきた。


「・・・明らかに人為的な攻撃を受けた、それも核兵器を用いたものによる、だと?」



「とある異世界の盗掘者達・宇宙戦艦ヤマト2229/マブラヴオルタネイティヴ 第2話」



*1998年8月6日

アメリカ合衆国コロラドスプリングス。

カナダとアメリカ合衆国が共同で運営し、今や月面ハイヴに対する監視と、その月面ハイヴから打ち出されるハイヴの原型となる降着ユニット。
その迎撃の指揮管制も兼ねている北米航空宇宙防衛司令部。通称NORAD。未だにBETAの侵攻を受けていない北米大陸。
その地下数キロに渡って構築された、広大なこの司令部施設は、一種の混乱に包まれていた。

「一体何なのだ、こいつらは」

それを発見したのは、月軌道上に展開する対月面ハイヴ監視衛星の一つであった。万が一の、太陽系外からの更なる降着ユニットの飛来。
その観測も兼ねている衛星群のうちの一つ。それの有する長距離合成開口レーダーと、大型光学センサーが捉えた何かは、非常に異質な存在であった。

数は3つ。大きさは小さなもので百数十メートル程度、大きなものでも300から400メートル程度であろう。しかし、その速度と機動が異常であった。
恐らく、太陽系離脱速度すれすれを維持しつつも、着実に、無駄なく地球・月方面へと針路を修正しつつある。
そして、何より異質なのは、BETAのような生物的存在ではなく、明らかに人。もしくはそれに近い、高度な文明で作られた、宇宙船のようなものであった。

「降着ユニットとは別種の存在なのは、間違いありません。
しかし、BETA由来のものではないと言う保障もありません。何より」
「ああ、余りに機動が異常すぎる。
この状況下で友好的な意志を持って接近してきたとは、考えがたい」

防空副調整官の進言に、当直指揮官は深く頷いた。少なくとも、現在の人類の技術で、あのような機動を行える宇宙船は作り出せない。
さりとて、BETAかと言われると確証はない。
しかし、今の地球とその軌道上に、これ以上の厄介ごとを抱え込むような余裕は、何処にも存在しなかった。

「デフコン2を発令、戦闘配備並びにスペースワン、アーテシミーズシステムの攻撃準備発令を、各国に要請。私は国防長官と大統領、国連軍参謀本部へと報告を行う」



対宇宙全周防衛拠点兵器群「シャドウ」。
それは、無数の降着ユニット。ハイヴにより生存圏を脅かされつつある人類が、半ば恐怖に基づいて作り上げた、核武装衛星・宇宙ステーション複数による地球防衛ラインであった。
過去、BETAは複数回。月より地球へ、ハイヴの原型となる膠着ユニットを送り込んでいる。これ以上のそれを何としても、
進路を逸らすことにより、地球へ降着することを防がねばならない必要性に駆られたが故である。

月面を取り巻くように配置された監視衛星が、降着ユニットの射出を開始すると同時に、全ての核武装攻撃手段が戦闘体制へと移行。
まずは「スペースワン」と名付けられた、多国籍運営の核武装ステーションより、大型核弾頭を搭載した軌道爆雷を投射し、降着ユニット至近にて炸裂させ、進路の変更を強制する。
このスペースワンが有する核兵器だけでも、地球を即座に滅亡へ追いやれるほどが備蓄されており、
その攻撃に於ける電磁パルスなどの影響を考慮し、極力攻撃は地球・月の中間地点で行われるよう、設定される。

反面、地球を包囲するように配置された、核攻撃衛星集団「アーテシミーズ」は、事実上地球にとっての宇宙に対する最後の盾と言える。
「スペースワン」では軌道修正が不可能であった降着ユニットに対し、この時ばかりは低軌道上への電磁パルスなどを配慮せず、全力で核弾頭多数を叩き付ける。
無論、大気圏内ほどの威力を発揮するわけではなく、スペースワンが与えた損傷を拡大し、地球に落着した後に、少しでも破壊しやすくするためである。
人類は、この不完全ながら攻撃性に満ちたシステムにより、何とかこれ以上のハイヴが地球上に増大することを、防ごうとしていた。

程なくしてアメリカ合衆国大統領及び国防長官。そして、スペースワンの核兵器を同じく管理する大日本帝国、欧州連合、ソヴィエト連邦などの首脳陣。
国連宇宙総軍司令部からも、攻撃要請への許可が下りた。この世界の誰もが、BETAに十分以上に痛めつけられており、
それがBETAであろうがなかろうが、安全性が確保されないものは、今の段階では排除するしかない。それが共通した結論であった。

地球防衛軍無人駆逐艦「バヨネット18」「レイピア26」、軌道保安庁無人調査艦「宗谷」が辿り着いた宙域は、その様な敵意と危険、恐怖に満ちた場所であった。
彼女達が、まずはと月軌道の探査を行うべく進路を変更し、そこに人工物が多数存在することを報告しようとした瞬間、各艦の電算機が戦闘モードへと即座に切り替わった。
アクティブ・パッシブ双方のタキオン観測調査システム・電子光学システムが、実に数十に及ぶ飛翔速度毎秒10km以上の、ミサイルに近い存在を検出したのである。

極力、異世界に於ける戦闘行動を控えるよう、事前に自律アルゴリズムに組み込まれていた彼女達であったが、それは自衛行動まで妨げるものではなかった。
2隻の自動駆逐艦は、コンフォーマル式・あるいはアンテナ式タキオンレーダーが収集した情報から、目標に対し次々と攻撃優先順位を設定。「宗谷」も最低限の自衛用にと備えられた、8連装多目的ミサイル発射装置2基と、40mm4連装パルスレーザー6基を即応体制へと置いた。

目標を敵性攻撃手段と認定、数38、速度9900m/s、自衛戦闘発令の旨、バースト通信により発信、交戦許可受信。
近隣惑星に攻撃の及ばない、指定迎撃エリアへの接近まで10、9、8、7、6。第一攻撃目標、トラックナンバー2651から2658、攻撃始め。

これらの処理を、人間の目と頭脳には追えない速度で行った2隻の自動駆逐艦は、それぞれ備えられた3連装2基の65口径6インチ速射衝撃砲の火蓋を切った。
衝撃波のエネルギー光は限りなく白に近い蒼白い。とうに威嚇等々に用いるリミッター等は解除されている。
最大出力。2200年の制式採用より、度重なる改良により、毎分45発まで射撃速度を高められた6インチ衝撃砲は、8基の大型軌道核爆雷を起爆する猶予も与えず、消滅させた。

無論、更に30以上の脅威が接近しつつあり、彼女達は攻撃の手を休めない。
2隻合計12門の6インチ砲は、目標を撃破するたびに、生き物のように筒先の向きを変え、タイムラグを殆ど置かずに発砲を続ける。
一部の炸裂した核爆雷により、電磁パルスが発生するものの、それらは各艦の有する電磁バリア。そしてタキオンレーダーアンテナの強度により、悪影響を及ぼす前に離散した。

結局の所、戦闘は40秒と続かなかった。駆逐艦や調査艦が、衝撃砲の他に備えている兵装。
中型高運動エネルギー迎撃ミサイル、パルスレーザーを用いるまでもなく、長砲身速射衝撃砲のアウトレンジ速射が、尽くを破壊してしまった。
一弾でも万が一地球上に落下すれば、大都市の一つや二つを、石器時代に戻しかねない破壊力を秘めた巨大な核爆雷を。


勿論、この戦闘はNORADを初めとする、この世界の地球人達に恐怖に近い衝撃を与えた。
しかしながら、同じく衝撃を受けたのは、ハイゲートを介したバーストタキオン通信により、事態を掌握していた地球防衛軍・軌道保安庁などもであった。

このままでは、異世界の未だに技術レベルが不明な、文明社会との間に、最悪のワーストコンタクトが発生してしまう。
現在、シャルバート執政府にいる軍人、官僚。その中で、恐らくは一番相手を刺激しにくいであろうと思われた、軍人でも保安庁職員でもない運輸省官僚。
運の悪い彼はハイゲート周辺に設置した大出力通信衛星を介して、3隻の自動艦艇から最大出力であらゆる、考え得る周波数帯へ、融合英語で大出力発信を行った。

「我に敵意なし、我に敵意なし。攻撃を中止されたし、誰か交渉に応じられる者があれば、至急この通信に応答願いたし」と。

その後も核爆雷による波状攻撃と、それに対する迎撃は数度続いたが、
タキオン通信から多種チャンネル通信レーザーの叩き付けるような大出力により、否応なしに耳に届いたのか、4度目にして核爆雷の飛来は止んだ。

『こちらは国際連合宇宙総軍、貴官らの所属と意図は何か。至急明らかにし、武装を解除せよ』

恐らくは何らかの核爆雷、電磁投射砲、もしくはレーザー砲等で武装しているのであろう。
民間用と呼ぶには剣呑なシルエットをもつスペースシャトル4隻が、急速に接近してきた。

「こちらは地球連邦防衛軍駆逐艦、並びに軌道航路保安庁調査艦」
『・・・繰り返す、貴官らの所属と意図を明確にし、至急武装を解除せよ』

やはりなと、交渉役を押しつけられてしまった運輸省官僚は嘆息した。当たり前である。
「国際連合」と名乗っている当たり、どうやら本当に並行世界の、それも我々のそれに近い歴史を辿っている地球人達であるのは、理解できた。
技術レベルで言えば21世紀前半であろうか。随分と剣呑な対応であるあたり、恐らく穏やかならざる状況を抱えているのだろう。

それだけに、一般常識をもって解釈すれば、唐突に火星方面より、太陽系離脱速度に迫る高速で接近し、衝撃砲で核爆雷を片端から破壊するような存在を、まともに受け入れるはずがない。
ならばいっそと開き直った、その北米系の運輸省官僚は、敢えて、思い切り崩れた発音の英語で、それに応じた。

「なあアンタ。オーウェルやアシモフが書いたような、並行世界からやってきた地球人ですって言われて、信じてくれるかい?」


「異世界の地球人、だと?」

今、月軌道上で正体不明の宇宙船に接近している装甲駆逐艦(武装スペースシャトル)。NORAD。帝国航空宇宙軍参謀本部。欧州連合宇宙軍総司令部。ソヴィエト航空宇宙軍司令部など。
この通信を傍受していた面々は、一様に呆れ返った顔を浮かべた。その様な、今時滅多に発売されなくなった、半世紀前のペーパーバック小説のような与太話を信じろと言うのか?

しかしながら、眼前の「宇宙船」3隻は、もしも地球上へ全てが落着すれば、人類もBETAも絶滅させかねないほどの核兵器を、
重光線級のレーザーと比較しても桁違いのエネルギー兵器で次々と撃破し、EMPパルスを浴びても無事な様子で航行を続けている。

何より、今の人類に数日間(当初は隕石か何かと観測されていた)で、火星方面より地球へ宇宙船を航行させ得る技術など、存在していない。
一体、この連中は何者だ。何処から沸いて出てきたというのだ。

「暫し、月軌道上にて停船されたい。それで宜しいか」

NORADからの指示を仰ぎ、辛うじて命令らしきものを受け取った装甲駆逐艦長が口に出来た言葉は、それだけであった。
先方は了解したと応えると、月面を周回する程度まで逆噴射を行い、徐々に速度を落とし、監視衛星と接触しないコースを慎重に選びつつ、軌道上にて待機し始めた。
その迅速さからして、明らかに、この世界の技術から懸絶している。

「一体全体、何がどうなっている?BETAに続いて、異世界。並行世界?俺は悪いクスリでもやってしまったのか・・・?」

結局の所、NORADを初めとする各国宇宙軍司令部が取りえたのは、
彼等を月軌道上で停船させ、衛星や装甲駆逐艦により、遠巻きに監視することだけであった。

更に弱り果てたことには、先の「我に敵意ナシ」という発信は、途轍もない大出力で発せられており、各国政府どころか個人レベルでさえ、受信した者が多数いる。
人の口に戸を立てることは出来ない。正体不明の何かであるにしても、何らかの対策を起こさねば、いらぬ混乱を惹起することは確実であった。


困り果てたのは、地球連邦官僚団や防衛軍。ガルマン・ガミラス政府も同様であった。並行世界の存在というものが、本当に実在してしまったこと。
そして、そこに概ね21世紀初頭レベルの人類が居住しているだけでも、どのようにコンタクトを取ればいいか見当が付かない。

加えて、ガミラスの観測した火星や金星。地球側が観測した月、地球には、異星人ならぬ異生物の作り上げた、規模の大小こそ違いはあれど、根拠地と思われる巨大な構造物が多数存在。
地表だけで、それぞれ数万から数百万。合計すればどれほど楽観的に見積もっても、億単位の異生物が、蝟集していることが確認された。

地球上では、何らかの交戦状態にもあるようであり、
月面には嘗てあの世界の人類が用いたであろう、破壊された設備痕もあった。到底、友好的な、共存できる生物とは思えない。

「最早、無人艦艇でどうこう出来るレベルは、越えましたな・・・」

この数日間で、めっきり喫煙量が増えた各国、各省庁の官僚、軍人達は、疲れ切った顔で一つの結論に達していた。人数は当初の数倍にも増えている。
本省、参謀本部、艦隊司令部、そして両国政府関係にも話は伝わっていた。話は、最早現場の部隊指揮官や行政管理の権限で、どうにか出来るレベルを超えている。
無人艦艇を介しての、あちら側との通信は断続的に続いているが、未だに人間とは見られていない。

一時、かろうじて先方と共有できる、レーザー通信波長を用い、映像回線を用いての通信も試みたが、
BETA(どうやら各惑星を浸食している異生物のことらしい)が擬態していない保障が何処にあると、けんもほろろであった。ある意味では、非常に健全な反応ではあるが。

「赴くしかないでしょう。何より、あのBETAと言いましたか。
あの異生物がこちらを敵と認識しないとも限らない。放置するわけにもいきますまい」

ガルマン・ガミラス側の潜宙艦部隊出身の、件の予備役大佐が渋い顔で漏らした。
彼等はガミラス帝国時代より、生物兵器の運用には長い経験を有しており、BETAの存在にはかなり神経をとがらせていた。

彼等は嘗て、ヤマトをエネルギー生命体で追い詰めるなど、巧みな生物兵器の運用を見せているが、
その裏側には、制御しきれなかった生物兵器の大繁殖。暴走による莫大な損害も存在している。それだけにBETAの脅威は手に取るように実感できたのだ。

「こちらでは既に、そちらと先日の協議の上で、ハイゲート近隣へ共同で警戒艦隊を配置することを決定はしています。
問題は、有人で送り込む艦隊に、誰を指揮官、交渉担当等に据えるか・・・でしょう。つまりは人事です」

シャルバート星系を根拠地とする、第8航路護衛艦隊の司令の言葉は、重かった。
この点は、ある意味でどのような艦隊。軍艦や調査船を送り込むかよりも、よほど慎重を要する問題である。
相手がこちらを敵対的な侵略者と見なしてしまえば、交渉の余地は消滅する。さりとてザルのように、こちらの情報を投げ与えてしまうわけにはいかない。
一定の距離を取り、双方の情報を交換し、敵対的ではない関係を作り上げるか。それが可能な人材を選ぶ事はある意味で戦より難しい。

「外務、運輸、保安庁、防衛省。それぞれから人を出すとして・・・ガミラスの方には、残念ですが当面、ご遠慮願えますか。
あれだけ神経過敏では、肌の色が違うと言うだけで、戦闘状態になりかねない。差別的な言動で、真に恐縮ですが」
「その点は、致し方ありますまい。こちらは地球・月より距離を置いた地点の観測に徹しましょう。総統閣下からも、事は穏便にと命が下っております」

第112高速艦隊司令部より派遣された、セドウィック少将は致し方なしという表情で頷いた。一般的なガミラス人は、
地球人と酷似した肉体を有しているが、放射能環境下で育つことが多かったため、肌の色素の定着が、根本的に異なっている者が多い。

同じ姿をしながら、異様な肌の色の存在というのが、どんなリアクションを引き起こすか。少将に昇進するまで、地道な裏方を歩み、
地球連邦との同盟関係が成立した際、少なからぬ地球人から、改めて肌の色で驚かれることがあった彼には、嫌という程理解できる事象であった。
比較的温厚で、苦労人の彼でさえ、それには不快感を感じており、一般的なプライドの高いガミラス軍人がその反応を受ければ、どのようなことになるかしれたものではない。

「運輸からは、私が行くように内示が出ました。まあ、焚き付けた責任をとれと」

肩をすくめたのは、地球連邦運輸省よりシャルバート大使館へ出向している、本省ならば部長昇進直前の課長クラスの、バーンズ政策調整官だった。
アシモフ云々を持ち出し、一瞬ではあるが相手と会話を成立させた、濃い眉毛と細い顔。深い皺が目立つ、四十絡みの中年男である。

些か酒癖は悪いが、微妙な調整が必要なことの多いシャルバート方面を任されるだけに、交渉力と事務立案・指揮能力はなかなかの人物であった。
部内でⅡ種よりⅠ種(地球連邦政府は、部内よりキャリア抜擢が常態化していた)官僚に叩き上げた苦労人でもある。
そのあたりに、地球連邦がこの偉大な女王を頂き、尚かつ各国の物流と情報の結節点になっている惑星を、どれほど重視しているかが垣間見える。
他の省庁や企業の人間も、概ね似たような、有能な苦労人が回される。ある意味で現状に対処する人材を抽出するには、最適の環境であった。

「但し、保安庁関係はちょっと無理です。迂回航路設定に伴い、怪しげな密輸船が増加しています。この辺りから艦と人を引き抜くのは、無理があります。
機動運用部隊を持ち出すのも時間が。航路設定も含め、運輸関係は私が何とかしますが・・・」
「そのあたり、艦はうちから何とかしましょう」

第8航路護衛艦隊スタッフの横に着席していた、如何にも出世頭と言った風情の、まだ三十代後半の少将、8護艦参謀長が先回りして応じた。

「ボラーとの非武装中立宙域監視部隊が、丁度交代の時期でしたので、連中の一部を回します。
幾らか増援を付けて、ある程度バランスの取れた編制にはなります」
「大艦隊は困りますよ?」

同じく、現地入りが不幸にして決まってしまった、外務省のギュンター駐シャルバート大使が些かの懸念を口にした。
まだ、小学校の教職員をしている方が似合いそうな、若い外見の男性だが、実は四十の坂を上っている。
空間騎兵の戦車兵としての軍役経験もあり、比較的地に足の付いた、堅実で穏健な交渉を得意とする、外務キャリアであった。
昆虫採集などの一部の特殊な趣味と、愛妻家にして親バカであることを除けば、まずまずの健全な常識人・教養人として知られ、人脈も広い。

「自動駆逐艦2隻の応戦で、あの反応ですから。正規の機動艦隊なんか送り込んだら、徹底抗戦でも決め込みかねません」
「まあ、流石にその辺りは」

参謀徽章を付けた防衛軍少将も、幾ばくかの苦笑と共に返した。

「空間騎兵1個中隊ずつを載せた戦闘巡洋艦2隻、『インディペンデンス』級軽空母2隻、後は改『足柄』型自動巡洋艦2隻に自動駆逐艦12隻。
支援に摩周型汎用補給艦の『佐呂間』と南部重工借り上げの無人採掘調査船。今の所回せるのは、こんな所です。
多少は驚いてくれないと困りますが、仰るとおり、悪役になっては身も蓋もありません」
「その程度でしたら・・・艦隊規模について詰問されても、一応、こちらは緊急回避、正当防衛という形でしたから。何とかしましょう」

「インディペンデンス」級軽空母、「レイピア」型自動駆逐艦は防衛軍の中ではお馴染みの、古参の主力艦と言って良い。
「レイピア」型は先の探査に参加した自動駆逐艦であり、デザリアム戦役が初陣の古参自動駆逐艦である。とはいえ幾度もの改良を経て、初期型とはほぼ別物になっている。
「インディペンデンス」級は、嘗ての主力巡洋艦「足柄」型の船体を原型とした軽空母であり、コスモタイガークラスの各種艦載機を20機強搭載可能な、航路護衛艦隊母艦戦力の主力である。

一方の改「足柄」型巡洋艦は、これも古馴染みではあるが些か過去の姿とは異なっている。未だに火力と機動力、各種センサーなどの性能は有効。
されど2220年代に用いるには装甲、電磁バリア出力に難ありと判断した防衛軍は、未だに100隻以上が現役だった彼女達を、片端から無人化したのだ。
消耗しても惜しくはない旧型ピケット艦は無人自動化してしまい、貴重な訓練された将兵は新世代艦艇に集中させる。人員不足に苦しむ防衛軍の一つの回答とも言える軍艦である。

この中で最も特殊なのは「シャトールノー」級と呼ばれる、大型特殊巡洋艦であろう。
原型は「ダンケルク」級戦闘巡洋艦であるが、ボラー連邦との国境宙域に於ける単独哨戒などを任務とした、多用途長距離哨戒艦である。
「インディペンデンス」級に近い艦載機運用能力、もしくは完全武装一個中隊(重装甲服、戦車なども含む)を搭載可能な区画を、船体左右のバルジに増設。

同時に、長距離哨戒艦というだけに、保安庁の長距離航路啓開船並の充実した探査装備を有している。
兵装も15インチ3連装衝撃砲が1基追加。3連装3基9門と本物の戦艦に迫るほど、かなり強化されている。指揮通信能力の強化はいうまでもない。
そのため、改装を受けたのは少数であり、コストも高く一種の特殊任務艦といって良い。ある意味では、今回の任務に最適と言える。

なお、南部重工業公団より借り上げた採掘船舶は、今回の案件に巻き込まれたある鉱工業関係者の一言が、きっかけになっていた。

「ワームホールの出口がもしも本当にタイタン近隣で、手つかずというのであれば、コスモナイトの原料などが大量に含有されたままではないのですか?」と。
このあたり、転んでも只では起きない業界人ならではの、たくましさであった。そう、土星の衛星圏は嘗て、
そして今も太陽系の復興や繁栄を支え続けている、大量のレアメタルやヘリウム燃料を含んだ資源衛星が、多数存在しているのである。

「それに提督も、確か高等法務士官徽章をお持ちの筈です。法解釈、裏付け等々は私と提督、
バーンズ氏で何とかやってみせるしかないでしょう。その点、特によろしくお願いできればと」
「気楽に言ってくれるな」

提督と呼ばれた、防衛軍士官の地上施設での普段着に近い、第三種軍装を纏った将官は不機嫌そうに応えた。
些か白いものが目立ち始めた総髪。意志の強そうな顔立ち。日系人にしては大きめの、感情豊かそうな瞳には、不満と諦観。今後への対処を理論的に思考している何かが表れていた。

肩章には中将の階級を示す、鈍い銀色の錨のマークが記されている。
胸元には高等法務士官教育修了徽章、宇宙艦艇勤務30年徽章を始めとし、彼が高度な教育と、幾多の実戦を経験したことを示す多数の徽章が、サラダバーのように並んでいる。

「正直、新設の九機艦(第九機動艦隊)の錬成も途中で呼び出されたと思ったら、今度はSFのような異世界に行けとはね。
あちらで、こちらが使用している国際公法、戦時国際法が通用する保障もないのだが」
「先方は21世紀初頭文明レベルの、我々に近い歴史を辿った社会のようです。
何より未だに、大日本帝国が相応の覇権国家として存在しているらしいことが、パッシブ情報収集で割れています。
そのあたりを考慮して、防衛省へ申請しました。けして古代中将個人をと、お願いしたわけではなかったのですが・・・その点は、申し訳なく思っております」
「当たり前だ、お願いされてたまるものか。60隻以上の正規機動艦隊の錬成を、
途中から引き継ぐのがどんな難事だと思ってる。まあ、軍命とあらば仕方ないが・・・全く」

そう。至極最近まで、新設された地球防衛軍第九機動艦隊の司令官として、部隊の錬成と実戦化訓練計画を遂行していた古代進中将。
彼は急遽、未だに地球に存在する防衛軍参謀・軍令本部直々の勅命により、このシャルバート星系へ運ばれたのだ。
わざわざ立ち寄った「シャトールノー」級巡洋艦「ゴトランド」へ丁重に、しかし半ば拉致されるように。しかも訓練宙域よりこのシャルバートまで、短距離とはいえ連続ワープ3度も繰り返す勢いで。
あれやこれやと佐官、隊司令、参謀、陸上勤務などを経験しては来たが、将官になってまで、本省や総監部付の少佐か大尉並に手荒く扱われるとは思わなかった。

しかし、本当に彼の機嫌を悪くしているのは、そのことではなかった。

「だがしかし、私の姪が。既に予備役に入って久しい彼女が、平時にここにいるのはどういうことなのか。
しかも私の副官?彼女は既に半ば民間人で、異常事態に対する警報装置ではないぞ!?」
「防衛軍長官たっての勅令とあっては、これまたどうしようもありませんわ。古代中将」

そう、彼の横で徒っぽくほほえんでいる妙齢の、日系人とは明らかに容貌が異なる。しかしコーカソイドとも些か違う風情の予備士官。真田澪予備技術少佐。
本名サーシアは、現在はイスカンダルに本社を置く、民間の大手電子製造企業へと就職。そこでやり手の技術主任として汎用品関連の開発・製造の第一人者の一人として、活躍しているはずであった。
久しく着用に及んでいないはずの、防衛軍女性士官用コートと制服に身を包み、ここにいるべき筈ではなかった。

「ルダ女王陛下と同じく、星の声や人の意志を聞くことが出来て、尚かつ女王としてイスカンダルを離れられないお母様を除けば、私しか同行できる人間もいません。
それに、この航路の迂回設定で、うちの会社の資材調達、販売にも既に影響は出始めてるんです」
「それはそうだがね・・・何、長官勅命?あの糞兄貴め」

古代中将は、最近些か皺の増えた額に軽く手をやると、現在中型以上現役艦艇1800隻以上、航宙機8000機以上、空間騎兵36個師団。
そして将兵200万を統べる防衛軍制服組トップである実兄を、小声で、手ひどく罵った。
とはいえ、サーシアもあながち不満というわけではなく、寧ろ久々の軍務にそれなりの張りを感じているようであり、何時までも将官の自分が頭を抱えているわけにも行かない。

「何はともあれ、拝命に関しては了解いたしました。
現地に於けるある程度の交渉権限も、運輸、外務担当者と共に拝命いたしました。可能な限り、事は穏便に片づけます、片づけますが・・・」


古代はそこで一度、言葉を句切ると一座を見渡した。年齢的に言えば、彼に相当する将校や官僚も多い。しかしながら、踏んだ修羅場や法的な面倒の数では、桁が違う。
その彼が三白眼で、一座を見渡すのは、一種の迫力があった。伊達に五十歳を前にして、一個機動艦隊を預かり、中将の階級を拝命しているというわけではない。

「『その後』のことは、最低でも我々が帰還する予定の三ヶ月後。それまでには決めていただきたい。無論、現場レベルではなく、政府・議会・各委員会に諮問し、公的な命令という形で。
敵対的な異生物が多数いる世界と繋がったというのは、我々はもう一つ、戦線を抱えたようなものだと言うことを、どうかお忘れなく」



「続いて、今度は“人間”の乗った宇宙船を送り込んでくる、か」

合衆国ニューヨークの国際連合本部に隣接して設置された、国連軍総参謀本部。
そこに集まった米軍、帝国軍、欧州軍、ソ連軍などから出向した高級佐官以上の。各国軍の参謀、一線部隊指揮官、技術士官。彼等の表情は様々であった。

明らかに、新たな存在を脅威と認識し、排除の決心を明らかにしている者。如何に扱ったものか、困惑して切った者。
技術的な興味を純粋に覚えている者。そして、ここまで来たらなるように受け入れるしかあるまいと、一種の諦観を露わにしている者。

「軍人、官僚を中心とした交渉団を送り込んでくると言っておりますが・・・果たして、どのように解釈すべきか」
「連中の月軌道上の宇宙船の様子はどうだ」
「相変わらず大人しくはしています。但し、こちらの装甲駆逐艦が臨検を試みた場合、急加速で一時軌道を離脱。その後に再度軌道へ戻るという行動を繰り返していますが」
「言うことには従うが、不必要に情報を与えるつもりもない、か。少なくとも知性的生命体が作った何かなのは、確かなんだろうな」

それも、我々より軽く見積もって数世紀は進んでいるであろう文明が。誰もが口にしなかったが、月軌道上至近で異世界の宇宙船が見せた戦闘力は、BETAのそれさえ遙かに懸絶していた。
秒速10kmで迫るのべ80発近い、戦略級弾頭を搭載した核爆雷を、重光線級のレーザーも及ばない、何らかの強烈なエネルギー照射手段で、「それだけ」を的確に迎撃して見せたのだ。

その様な連中と、万が一BETAに加えて事を構えるようになってしまったら?
仮に友好的関係を締結できれば、それは頼もしい限りであるが、こちらは既に先制攻撃の火蓋を切っている。
連中は、飽くまで交渉のために有人宇宙船を送り込んでくると言っているが、それが大艦隊であり、BETA諸共我々を制圧する可能性とて、十分ありうるのだ。

「スペースワン、アーテシミーズの残存核爆雷投射量は、どの程度か」
「軌道上に残されている分量は、6割を切っています。現在、シャトルにより地上の予備を送り込んでいますが、それを含めても8割には達しないでしょう」
「そして、それだけあったとしても、連中の前に通用するかどうかは、自明の理か」


「最早、ここで怯え悩んでいても、事態は進まないでしょう。かくなる上は、直接コンタクトを取るしかないのでは?」

この場では珍しい、まだ年若い女性の声に、座する面々の視線が振り向けられた。
あるいは軽蔑したような、あるいは試すような、あるいは興味深げな。

「Dr.コウヅキ。貴方の卓見と思考能力は認めている。
しかし『並行世界』などという戯れ言を垂れ流し、明らかに我々を上回る技術を持つ連中に、直接向き合うのかね?」
「ならば無かったことにして、目を背けられますか。彼等は今も、月軌道上でこちらを見ていますよ。
仰られたとおり、こちらを遙かに上回る技術です。我が方の探知しえない何らかの手段で、地球全土の暗号通信さえ傍受していても、不思議ではありません」

国連軍技術士官、大佐待遇相当官。香月夕呼博士は、微かに肩をすくめて微苦笑を浮かべた。
本人に他意はないのだが、きつめの整った顔立ち。理屈を優先させた怜悧な物言いの彼女がそのような態度をとると、如何にも人を小馬鹿にしているように見えてしまう。

もっとも本人も、その様に受け取られることには慣れてしまっており、その上で相手の反応を引き出すことも往々にしてあった。
三十を前にして、卓越した頭脳と実行力。そして時として冷徹ともいえる決断力で、各種研究を押し進めてきただけに、肝の座り方は、同年代の女性戦闘将校と比較しても、劣るところはない。
 
「ならば、どのようにするというのかね。君の意見には一定の妥当性は認める。具体的な手段を求めたいのだが」
「ラダビノット准将!?」

それまで沈黙を守っていた初老の浅黒い肌を持つ、インド系の国連軍将官が低く、よく響く声でそれに尋ねた。
パウル・ラダビノット准将。嘗てはインド国軍将校であり、祖国が崩壊。消滅した後は国連軍に身を投じ、地味ながらねばり強い作戦指導をもって、インド戦線崩壊を防ぎつつ、
ユーラシア、インド大陸などから数多くの難民。そして貴重な戦力を救い出した名将。

国連軍の有する数少ない、実戦経験と能力。そして珍しいことに、高潔な人格さえ併せ持つ逸材であった。
現在は、台湾や樺太と並ぶ極東防衛ラインの一環となっている、在日国連軍第十一軍の司令官を務めている。新技術への造詣も深く、香月博士との親交も深かった。

ラダビノット准将の一定の援護射撃に、軽く会釈して謝意を示すと、彼女は一同を見渡し、微かに何か腹をくくった微笑を浮かべた。

「私が、装甲駆逐艦に乗り込み、5日後に来訪するという彼等と接触します。勿論、単身とは言えません。
装甲駆逐艦のクルーと、機械化装甲歩兵小隊の護衛はお借りしますが・・・敢えて申しましょう。
このまま怯え、徒に監視のためのリソースを用い続けるのは、降着ユニット迎撃を含め、百害あって一理なしです。
彼等と平和理に接触できれば僥倖。私に何かあれば、それをリトマス紙とすればよいだけ。違いますか?」

「そうあっては、博士一人を行かせるわけにはいくまい。博士が最悪の事態への保険ならば、私は彼等が一応の軍隊。国家組織だった時への保険だ。
将官クラスが礼を正し、来訪したとあっては、彼等が真っ当な組織ならばむげには出来まい。いわば、香月博士とは逆ベクトルのリトマス紙だ」

それに対する回答は消極的な、沈黙による肯定だった。二人の言い分に筋は通っている。しかし、積極的に認めてしまえば、自国も巻き込まれかねない。
ならば、国際連合という、今や難民収容と、そこからの徴兵で軍を成り立たせている、主権なき行政組織へ人身御供をやらせてみようというのが、誰もが大なり小なり考えたことであった。


後に二つの世界の人類。その行く末を大きく左右する人々の出会いは、この様な経緯から始まった。なお、余談ながら追記すると、この時に防衛艦隊が派遣した艦艇。

「シャトー・ルノー」級の15インチ衝撃砲。自動巡洋艦、駆逐艦の魚雷発射管。インディペンデンス級軽空母に搭載された、合計36機のコスモタイガー。
これらにはそれぞれ波動融合カートリッジ弾頭兵器が満載されていた。これは、デザリアム戦役で、暗黒星団帝国の要塞ゴルバを葬った際に偶然確認され、
水の惑星アクエリアスを消滅させる際に試験的に用いられた、波動エネルギー電磁複合体と波動エネルギー増幅触媒を、特殊な信管で融合起爆させる、凶悪な実体弾兵器である。

その兵装のサイズに依るが、15インチカートリッジ弾でさえ、往時の3000トン級護衛艦の小口径波動砲と同等の破壊力を発揮する。
大口径波動砲と異なり、速射も可能という、防衛軍の一種の切り札とでも言うべき手段であった。過去にデザリアム戦艦の残骸を再生した宇宙海賊を、僅か2発で破砕した実績さえ持つ。

彼等は飽くまで穏便に、出来るだけ距離を置いて関係を作り上げ、情報を交換する。そのことを一義としていた。
しかしBETA共々我が方への敵意を露わとして、仮にワームホールを越えて侵攻を行う意図を見せた場合は、抑止力として容赦なくそれを使用する権限を与えられていた。

最悪、予想外の危険な攻撃手段を受けた場合は、波動砲の自衛使用さえ許可されていた。
地球防衛軍・防衛艦隊は只数度の事故で、相手を敵と認知して攻撃し、交渉を放棄するほど粗暴ではない。
しかし、明確な意志の元の攻撃を継続する存在を、自らが守るべき市民の敵として殲滅する覚悟と実力を有する程度には、野蛮な暴力装置でもあった。

一方の香月夕呼やラダビノット准将とて、単なる自己犠牲で事態の打開を図るほど、素直な人間ではない。
彼等自身が乗り込むと言うことに、嘘偽りはないが、可能な限り、自らの眼球と頭脳・強化装甲服に取り付けた記録媒体で、卓越した技術に関する何かを記憶し、持ち帰るつもりであった。

同時に、彼女が引き連れてゆくと言った機械化装甲歩兵。つまり、装甲化された倍力スーツを纏った、宇宙空間に於ける歩兵は全てが半自動半自律式の、無人ユニットであった。
更に言えば、それらの半数は護衛用の武装のみならず、S-11と呼称される爆速がHMXオクトーゲンの数倍という、強烈な威力を持つ爆薬数十キロを内蔵していた。
彼女は、恐らく相手側船舶において行われるであろう交渉において、技術の優越から、こちらが懐に危険な何かをのんでいることを察知されるであろう事を、事前に予測していた。

外側からの攻撃手段が一切通用しないのであれば、内側から。場合によっては我が身を捨ててでも、保険手段を確保しておくのも、交渉に於ける一つの手段であった。
この辺りを即断できるあたり、彼女も相当に「切れている」人物ではあり、それを快諾したラダビノット准将も、修羅場というのが何なのかを、十分以上に承知した軍人であった。
 
そして香月博士には、もう一つのジョーカーがあった。大多数の各国軍人、官僚、国連上層部でさえ殆どがその存在を知らない、本当の意味でのジョーカーが。

この様に、互いに剣呑な刃を懐に忍ばせた、二つの人類の最初の交錯がどのような結果になるかは、未だに未来の事象であった。



[24402] 第三話
Name: 七猫伍長◆bcb2db3e ID:b0e589f1
Date: 2010/12/26 13:28
古代進中将が、急遽新編の第9機動艦隊から引き剥がされ、率いることになった第352臨時編制調査艦隊。
多目的戦闘巡洋艦「シャトー・ルノー」「ゴトランド」、自動巡洋艦「コンコード」「羽黒」、軽空母「プリンストン」「ロング・アイランド」、多目的補給艦「佐呂間」。自動駆逐艦6隻。
南部重工業所属の無人物資採掘船「龍田丸」。そして、防衛軍参謀本部が、防衛艦隊指揮官の至宝の一人とも言うべき古代の存在を案じ、ギュンター外交官の難色に対し、三顧の礼で許可を取り付け、増援として寄越した「クレイモア」級超弩級自動戦艦「ハルバードⅢ」。
彼女等15隻のワームホール、ハイゲート進入に際して、人類側は交渉団、乗員の心身の健康に細心の注意を払った。

一応は、自動無人艦艇の進入に際し、人体に対して有害な何かをもたらす影響がないことは確認されている。
さりながらルダ女王。そして、古代中将にとっては甚だ不本意ながら、現役へと復帰した真田澪技術少佐に依れば、かのハイゲートは、人の思念。
それも、助けや復讐を求める、負の思念により支えられている部分が多いと推察されている。防衛軍は艦艇と人員を送り込む代償として、
ガルマン・ガミラス側に、かつてイスカンダルの座標を固定した、マイクロブラックホール展開艦艇の派遣を要請。
強引にハイゲートの規模を安定化させた後、各艦の波動エンジン。そのスーパーチャージャーさえ作動させ電磁バリアを最大展開。
更には、パニックを起こした負傷者や経験の浅い将兵を、臨時に収容する冷凍睡眠カプセルに、最低限の当直を残して乗員を収容した。
このシステムは体力の回復のみならず、パニック障害の沈静化機能も有しており、人体や脳に強い刺激を与える電磁波・タキオン粒子をシャットアウトする構造となっている。

しかしながら、そこでクルー達を襲った、恐らくは並行世界の人間達の魂と思われる思念。そのエネルギーは強烈であった。


(祖国を、俺の生まれ育った故郷を、取り戻してくれ・・・!)
(私の家族を返して・・・!!)
(死にたくない、ここで死んだら、俺の後ろにいる連中だって・・・!)


2220年代の防衛艦隊所属艦艇。特に各種戦闘艦が有する電磁・熱転換バリアは、攻撃を断念し防御に徹すれば、
自動駆逐艦のそれでさえ、戦艦の大口径衝撃砲・荷電粒子砲の直撃を、2度、3度程度ならば耐久しうるものである。

さりながら、衝撃波や荷電粒子とは異なる、人のマイナスベクトルの思念までは防げなかった。ハイゲートを全艦が通過した際、
当直についていた者の内、直接的に肉体的な疾病に及んだ者はいなかった。しかし、極端な感情移入。怒り、悲しみに駆られかけたクルーは、かなりの数に上った。
幸いにして、コールドスリープカプセルに収まっていた者は、その影響はかなり小さかったものの、それでも、何らかの負の感情の流入を訴えた者が続出した。
そして、その感応能力を最も強く持つであろう真田澪予備技術少佐。サーシアは、年を経るごとに母に似てくる相貌に、静かだが強い意志、確信を宿して古代中将へと進言した。


「あのワームホールは、恐らくはこの世界で失われた数億、数十億の死者の負の思念でしょう。しかしながら、中核となっているのは、
十人足らずのひどく強い意志を持ったまま、散華した・・・恐らくはまだ若い段階で、命を落とした魂です」
「成る程・・・ある意味ではそれが中核となり、他の死者の意志を吸引したとでも。それをいっそ消滅させ、安定化を図るのも一つの手段か?」

やはり、感情流入によるかなりの疲労を顔に浮かべつつも、古代は比較的冷静に、事態の対処を複数巡らせていた。
肉体的な損傷はないとはいえ、これでは将兵の精神の消耗が大きすぎる。指揮官として、何らかの対策を考えるべき段階であった。
防衛軍将兵は、市民から預かったものであり、古代の私兵ではない。自らの無為無策で苦しめて良い筈もない。

「無理でしょう」

事あるを見越し、敢えてコールドスリープを行わず、当直将校配置に付いていた真田澪予備少佐。
否、イスカンダル女王スターシアの長女にして、古代進の姪はその提案を即座に否定した。

「この世界。あるいは、この世界に近い並行世界で、何らかの強烈な、それらの魂を惹きつける存在があります。
中核となっている魂達は、その人物を助けてやって欲しい、それを通じてこの世界の人類を救って欲しい・・・そのように希求しています」

古代進中将は、些か年季の重なった相貌を天に向け、微かな溜息をついた。微かにではあるが、自らが未だに二十台の若造の頃。
今は記念艦となっている、初代宇宙戦艦ヤマトを率いた際の、己自身を思いだしていたのだ。今にして思えば、自分も戦艦ヤマトの様々なクルー達。地球連邦市民の負託と期待。
そして、この場にいるサーシアや、実兄の古代守などをはじめとする人々の、強い意志を託されたが故に、戦い抜いてこられたことを。

そして思いを託され戦う側はいいとして、それに振り回される周りがどれほど苦労するか。今更ながら思い知ったのだ。

「それは面倒な話だ、ハイゲートを潜るたびにクルー達が心理的な負荷をここまで、強く感情移入するほどではな。
だが、理解は出来る。真田少佐、その強い意志が助けを望んでいる存在。その詳細を特定することは、可能だったか」

サーシアは少し考え込む様子を見せ、珍しく確証なさげに答えた。
如何なイスカンダルの王女とは言え、これほどの事態を前にして、一挙に精密な情報を汲めるわけではない。

「人物像までは、詳細には分かりません。ただ、名前はシロガネ・・・タケルと・・・恐らく日系人。あるいは日本人の青年である。そこまでは」
「心得た。そして今、一番心理的に疲労してるのは君だな?真田少佐。任務部隊指揮官として発令する。
真田澪技術少佐は、半日間の療養期間を認む。当直配置は交代。反問は許さん、休みなさい」

古代進本人も、ハイゲート通過に付随する負の思念。助けを求める思念は多分に受けていた。
さりながら彼は将官へと上り詰める途中で、彼は無数の命を救い、同時に十億単位で奪ってきた。軍人という存在が、国家にとって、どのように定義されるべきか。
その点についても、50を手前にして1個機動艦隊を任される人物として、十分認識しており、割り切り、それらを。少なくとも心理的に、表面上は無視する術は心得ていた。

しかし真田澪。サーシアは未だに若い。イスカンダル人は早熟の傾向があるが、彼女は未だに二十代後半の若い女性であり、
数億単位の負の思念を受け入れ、指揮官へと冷静に報告していること自体が、奇跡に等しい。事実、彼女の顔立ちは冷静さを保とうとしているが、顔色は蒼白に近い。
そして彼女は、彼の姪であることを差し引いても、ハイゲートを構築している意志をくみ取れる、貴重な人材であった。

「しかし司令、ここでかのハイゲートを構築している要素を、何とか説明できる私が配置を離れては・・・」
「なればこそ、だ。時間的な調整は何とかする。君にはこの世界の人間と交渉するときに、元気でいて貰わねばならない。
先程とも発令したが、命令だ。士官居住区画にて半日の強制休養を命じる。必要とあれば、軍医その他の診断も受けるといい・・・復唱は?」

この20年ほどで、すっかり社会人としてとして成長し、様々な人間と社会の側面を見たサーシアである。
しかし、この時は些か子供じみたような、不満げな表情を浮かべた。彼女はこのお堅い叔父の前では、何故か子供に少し戻ってしまう悪癖があった。
さりながら、現役を離れて久しいとは言え、命令と配慮の正当性を理解できない人物に、定期的な年次訓練を国費を用いて施し、予備技術少佐の階級を授けるほど、防衛軍はモラルブレイクを起こしてはいない。
艦内特有の、脇を折り畳んだ挙手の礼を行うと、自らの叔父にして、この部隊の最高責任者へと応じた。
同時に、コールドスリープカプセルに収容されたお陰で、比較的精神感応が浅かった「シャトー・ルノー」先任士官の砲雷長の中佐にも向き直った。

「真田予備少佐、司令発令により非番配置へ交代します。当直将校交代します」
「当直将校、交代しました」
「現在、艦隊速力22宇宙ノット。艦内は第二哨戒配置へ移行中、司令は艦橋。艦長は戦闘指揮所、願います」
「了解・・・ゆっくりお休み下さい」

既に三十代半ばに達しつつあり、この平和な20年間の間にも、海賊討伐や対ボラー連邦長距離哨戒などを、数多くこなした砲雷長だが、
仮にも一国の王族。民間企業で重きを為している立場で、尚かつ義父譲りの優れた頭脳を持つ技術士官。
そして、未だに年若い妙齢の女性への配慮を忘れず、砲雷長はサーシアを居住区まで見送った。やがて、コールドスリープが自動解除された乗員達が、それまで当直にあった者達と交代で、配置につく。
両者の様子は似たようなものであった。運悪く当直にあったものは、中には顔面蒼白となっている者もいる。
コールドスリープカプセルのシールドにより、ある程度の防護を受けられたものも、沈んだ顔をしたものが多い。

「今後はここを潜るときの対策を、考えないと、任務の継続に支障がでるだろうな・・・」
「仮にあのワームホールを用いて、この世界を目標に行き来するのであれば、そのたびに乗員がこれではどうにもならんですね」

やはりコールドスリープより目覚め、艦橋にて配置についた艦隊司令部付航海参謀が、苦い顔をして呟いた。

「理屈は私には分かりませんが、あんな精神負荷のかかった状態で、艦隊をワープアウトさせようものなら、不測の事故さえ発生しかねません。
今後次第でしょうが、自動艦に警戒を任せ、有人艦は全員をコールドスリープで眠らせるか。
あるいは、こちらに簡易でも良いので根拠地をもうけて、あそこを潜る回数を減らすべきか」
「ああ、考えねばならない。私も好んであんな悪夢を、そうそう味わいたくはないからな」

如何に修羅場慣れしているとは言え、古代とて多くの、おそらくは死者の怨念を直接脳に送り込まれるような経験は、出来れば御免被りたいところであった。
古代ほど修羅場慣れしていない、特に平和な時代しか知らない、若年将兵の中に体調の不良を訴えるものが、増えつつあるという報告さえあった。
それと同時に、司令席コンソールの端末が情報着信の明滅を繰り返した。古代は、簡易ヘッドセットの受信部分を軽くたたき、指紋認証で起動させると
「CIC艦橋、こちら司令」と簡潔に応じた。相手はシャトールノー艦長、マルスラン大佐であった。

「ギュンター大使、バーンズ政策調整官。お二人ともコールドスリープから目覚められたようです。
医官の簡易診断も受けられましたが、当面異常な兆候はなし。まあ、相当に不快なものを味わったのは同様ですが」
「お二人に、差し支えなければ士官室で、ブリーフィングを始めたいと伝えてくれ。隊司令部付参謀連中、後は艦長。君もだ」
「了解しました」

さてと、軽く背筋を伸ばした古代は、砲雷長と航海参謀に向き合った。

「航海参謀、君もブリーフィングに参加だ。付き合え。砲雷長、艦橋を頼む。私が言うことではないが、すべてに対して最大限、慎重な警戒を」
「特に、異生物の突発的な行動に注意します。こちら当直将校、砲雷長だ。艦橋。各科艦内第二哨戒配置、急げ!」
「龍田丸、進路をタイタンへ。所定コースに異常なし!」




「とある異世界の盗掘者達・宇宙戦艦ヤマト2229/マブラヴオルタネイティヴ 第3話」




「結論から言えば、ルダ女王の言葉は本当だったようですね」

普段は精力的な表情を浮かべていることが多い顔に、些かの心労を滲ませているバーンズ政策調整官が、会議の口火を切った。
今、この「シャトー・ルノー」の士官室。流石に講堂とまではいかないが、経営が好調な中堅企業の会議室ほどはある室内で、早速一服やりながら切り出した。
本来、艦内は原則禁煙であるが、余りにも参加者個々に受けた心労が大きいため、特別に古代中将と、この艦の責任を預かるマルスラン大佐が許可を出した。

運輸省から4名、外務省から3名、防衛軍からは古代中将以下艦隊司令部十数名、マルスラン艦長。そして情報庁から出向者1名。
それらの半数が、おのおの好みの煙草を燻らせている。とはいえ、艦内の限られた空気を清浄に保つ空調システムは強力であり、流石に室内に紫煙が充満すると言うことはない。

「茫漠とした、個々の思念など聞き分けることは出来ませんでしたが、確かに助けや怒り、恐怖、殺意。
そんな感情ばかりでした。カプセルのおかげで、具体的なイメージまで結ばないで済みましたが」
「外務としては、ある意味で貴重な情報ではありました。先の無人艦の調査による異生物の、地球や月を含む跳梁跋扈。
それにより膨大な人命が失われ、現在も戦争中なのだろう、と。軌道上からのタキオンパッシブ観測でかなりは割れていますが、
そのあたり、直接にふれているか、そうでないかとでは、交渉時の話が違ってきますから」

やはり、普段は年齢不相応ともいえる若々しい顔立ちをしたギュンター大使も、些か顔色を蒼いものに変えながら、言葉を継いだ。
相手の国家が平時なのか、戦時なのかで彼らの取るべき態度は、大きく変わらざるを得ない。あれだけ強烈な負の思念を、カプセルの防護越しとはいえ味わいながら、
そこまで思考を纏め上げているあたりは、比較的昇進が優遇される軍役経験者とはいえ、外務省キャリアの肩書きは伊達ではなかった。

「その上での問題は」

そして古代が年と経験を重ねるに比例して、低く底響きするようになった声で後を引き取った。

「彼らが我々を対等の交渉者として認知しうるかどうか、です。そのような追いつめられた精神状態だからこそ、先遣隊への大規模核攻撃も無理はない。
一応は、自動駆逐艦経由でこちらの面子は伝えてありますが・・・ベリック高等情報官。本案件について、情報庁としてはどう見ます?」
「そこまで追いつめられているのであれば、こちらの技術の簒奪。協力の強要。それくらいはやらかすでしょう」

古代が声をかけたスラヴ系の、彫りの深い顔立ちをした情報庁高等情報官は、世間話をするように言った。
彼は主に対外国に対する、ヒューミントを用いた情報構築。そして、合法とばかりはいえない交渉ごとを得意とした男であり、荒事にも慣れている。
本業はボラー連邦関連事案。つまり、先方で派閥争いに敗れ、あるいは何らかの個人的事情や人格の問題から、出世コースを外れた。
しかし無能とは言い切れない官吏連中。もしくは財界関係者を現地の人間を用い、間接的に飴と鞭で抱き込み、
情報網を築く一端を担ってきた男であった。無論、他のものと同様、ワームホールの負の思念に当てられてもいるが、古代とは違った意味でくぐった修羅場の数が違うため、さして顔立ちに変わりはない。
寧ろとっとと本業に戻りたいというのが、彼の嘆息の大部分を占めていた。ベリックは些か乱暴に、先方より会談によこすと言ってきた人材についてのファイルを取り出した。

「パウル・ラダビノッド国連軍准将、香月夕呼技術大佐相当官。まあ、この二人の素性など分かりませんが、二人だけで大人しく乗り込んでくるとは、考えない方がいいでしょう」
「その意味では、本艦が派遣艦として選抜されたのは、ある意味で適任でしたな」

マルスラン大佐が眼鏡を外し、かすかに額を揉んだ。この「シャトールノー」「ゴトランド」等からなる、2228年度第6次非武装中立宙域監視部隊は、
軌道保安庁への協力業務として、ボラー連邦との密輸。あるいは先方からの海賊への物資補給とおぼしき船舶の臨検も行っていた。
流石に主力戦闘戦車までは持ち込んでいないが、装甲降下艇を含む、完全重武装の空間騎兵増強中隊が、2隻各艦に臨検のために乗艦している。
艦内で盛大に射撃を許可するわけにもいかないが、多銃身突撃銃や分隊支援火器、対装甲狙撃銃、重軽装甲服、その他装備で完全武装した空間騎兵隊の姿は、少なくとも一定の抑止にはなるだろう。

「無論、乗艦前に全センサーを用いて先方の輸送手段を調査する手はずではありますが、不測の事態においては、
彼らに実包の使用許可。無力化を命じます。艦の安全を脅かされることは、艦長として看過できません。古代司令、宜しいですな?」
「その点は無論だ。たとえ同族、同類であっても、彼らは同胞ではない。本艦を含む任務部隊将兵を含む、連
邦市民の財産、そして生命身体に危機を及ぼすようであれば、その段階で敵と判断する」

この点は「元の世界」においても、地球連邦政府と防衛軍がガルマン・ガミラスとボラー。双方に通知し、一定の了承を得ている国際公法の一つであった。
仮に、地球連邦市民の生命財産・国家主権が、戦争以外の行為であっても、不当に、急迫不正の侵害を受けた場合、実力行使をもってしてそれを阻止する、と。
無論、何を持って急迫不正と判断するには、厳密な基準が幾つも存在し、両国に公示されてはいる。
されど防衛軍は抜かずの剣であっても、抜けない錆びた刃ではないということであった。

「そうなると、今後の接触方針についてですが」
「やりたくはありませんが、棍棒外交に近いものとせざるを得ませんね」

バーンズの問いに、ギュンター大使は些か顔立ちに苦いものを加えつつ、応じた。
本来は国際協調主義者であり、出来るだけ穏便に物事を進め、穏当な形での解決を目指す、彼らしからぬ発言であった。しかし、この場にいる誰もが驚かなかった。
ベリック情報官など、何を今更といわんばかりに、軽く片眉をあげただけであった。

「艦隊をどのように動かすかは、私の職掌ではありません。しかし、恐らく巡洋艦や駆逐艦程度で、彼らの自暴自棄。もしくは暴挙を抑止できるとは、考えにくい所があります」
「まあ、そうならざるをえないでしょうね」

派遣部隊司令部砲術参謀を務める、高等砲術科修了徽章と大型艦撃沈徽章。中佐の階級を持つイスラム系士官が応じた。

「シャトールノー、ゴトランド。いずれも実質巡洋戦艦といって良い押し出しと実力を持つ艦です。
砲艦外交とは古めかしいですが、相手から一度攻撃を受けている以上、甘い顔ばかりも出来ないでしょう」
「司令、その線に沿って艦隊配置について、概略ですがこれを」

古代の端末に表示されたのは、派遣艦隊参謀長が、艦隊出師前に幾つかのパターンに沿って、艦隊を如何に分離。運用するかのプランであった。
それは全艦集結から、1隻ごとに分離するものまで多岐にわたっているが、表示されたのは折衷案に近いものであった。

地球、月以外の惑星調査に従事していたため、抑留を免れた先遣隊の自動駆逐艦4隻は、現在タイタンで各種調査を行っている「龍田丸」の護衛。
戦闘巡洋艦2隻と駆逐艦6隻は地球・月軌道上のいずれかに展開。この世界の地球の国際連合交渉団の到着定時まで待機。
残る自動戦艦、軽空母・自動巡洋艦各2隻、駆逐艦6隻、補給艦等からなる臨時編成機動部隊は、地球・タイタン中間地点ともいえる火星軌道上にて待機。

いずれかの地点で異常事態、緊急事態が発生した場合は、当該部隊を至急救出。
現在の所、この世界の国際連合の要求に従い、月面軌道上において待機している駆逐艦2隻と調査艦を含め、一旦ワームホールの向こうへと撤退するという案であった。
自動戦艦も護衛に随伴してはとの声もあったが、流石に10万トンオーバーの最強クラスのジョーカーは、刺激が大きすぎると古代が却下した。

実力行使に関しては、いくつものプロテクトがかけられたプランニングであったが、緊急事態に際しては波動砲、波動融合カートリッジ兵器、艦載機隊の出撃も含まれていた。
玉虫色ともいえるが、相手の素性が分からない以上、概ねやむをえないといえる案ともいえた。

このあたりの立案能力の高いスタッフがそろっているのは、非武装中立宙域の監視という、非常にデリケートな任務に当たっている部隊を引き抜いたが故ともいえる。
古代は二言、三言参謀長や、他の参謀達と会話を交わし、航路や在泊軌道について若干の修正を加えると、即座に裁可を下した。その上で周囲を見渡す。

「皆、先の精神汚染による心労は相当なものと思われる。それを承知の上で要請、そして命令を発する。
交渉団は本艦シャトールノー内において、現着までの五日の間。可能な限りのすりあわせと、交渉パターンを作り上げてほしい。
本任務部隊隷下艦艇、将兵は、先の参謀長の案に従い、即座に行動開始。疲労の蓄積は承知だが、
交渉が一定の結果を生み出すまで辛抱して欲しい。必要とあらば戦闘配置を発令する。かかれ」



*1998年8月11日

「そして彼らは本当にやってきた、か・・・」

ある意味では不幸なことに、香月博士とラダビノット准将。その軌道上への送還を仰せつかってしまった、国連宇宙総軍装甲駆逐艦「エイラート」艦長。
彼女は今、かつて人類が築き上げた科学技術の結晶の残骸。そして月面ハイヴを見下ろせる月軌道上にいた。
そしてクルー達は、複雑そうな表情で各種センサーより投影された映像を、様々な表情で見つめていた。

同じく月面軌道上で「抑留」されているのと、そっくりそのままの形状。リフティングボディ形状の船体の上下に、まるで水上戦闘艦のような長砲身3連装砲塔を各1基背負った小型宇宙船が6隻。
そして、船首に巨大な砲口を有し、小型宇宙船のそれよりも遙かに大きな3連装砲塔を、船体上面に2基。下部に1基。その上甲板の「主砲」の後ろには、まるで水上戦闘艦のような艦橋。
後部甲板は、無人機か衛星でも射出するのだろうか。嘗ての空母の飛行甲板のようなものと、小型のマスドライバーも確認できる、数段それよりも大きな宇宙船。

いや、明らかに強力な宇宙戦闘艦と思しき大型宇宙船が2隻。

彼女たちは、様々な通信手段をもってして、「我に敵意なし」を打電しつつ、現在の地球の航空宇宙技術では、到底不可能な速度で火星方面より飛来。
同時に、強力なスラスター制御をもって手早く減速してしまうと、先に「係留」されている宇宙船とは、異なる月面軌道へと的確につけた。ただ、一つだけ違うことがある。
国連宇宙総軍が万が一の時の保険として、核弾頭やS11高性能炸薬を、船倉いっぱいに積み込んだ無人軌道往還機十数隻。
それらに対し、こちらが何の情報を与えたというわけでもないのに、各艦の有する3連装砲塔を指向追尾し続けている。船体随所に設けられた、何らかの誘導武器の発射装置。近接防御にでも使うのだろうか。
世界大戦中の水上艦が用いていたような、多連装機銃のような武器も、自動追尾していることから稼働状態にあることが見て取れる。

「成る程。確かに軍隊としてみた場合、錬度の高い集団でもあるようだ。
危険目標を的確に検出し、ぴたりと照準を合わせている。只、高度な技術を有するだけの集団ではないようだな」
「そして、軌道爆雷として配置したシャトルを見抜いたと言うことは、こちらの船内構造を検出できる技術、能力も併せ持っているのでしょう」
「・・・」

「感心されるのは良いのですが」

「エイラート」艦長はいつの間にか背後にいた、3人の来客に振り返った。
一応は、そのうち2人は上官と言うことになっているので、言葉遣いこそ丁寧である。しかし、態度には面倒なことをという、困惑と不満がにじみ出ている。

「本当に宜しいんですな?今なら大気圏内へ引き返すことも可能です、何より未知の存在の宇宙船。
そんなものへ本艦を近づけるのは、正直気が進みません。船倉内の物騒な荷物を含めて」

そう。来客3人の内の2人。パウル・ラダビノット国連軍准将。そして香月夕呼技術大佐相当官は、くしくもベリック情報官が指摘したとおり、自分たちだけで大人しく乗り込むつもりはなかった。
戦術機の簡易自律システムを即席で改造し、かつて月面戦争で使われた中古の宇宙用装甲倍力スーツ。それを無人化の上、それぞれに30kg以上のS-11型高性能爆薬を仕込ませていた。
それも、よりにもよって20体以上。無論、軍用高性能爆薬というのは、それそのものは安定性の高いもので、信管が作動しない限りは炸裂しない。
しかし、万が一に起動した場合、HMXオクトーゲンの数倍とも言われる爆速の高性能爆薬数百キロが、
この「エイラート」内部で炸裂する光景を想像すると、なんて事をしやがるというのが、率直な感想であった。

「すまないが艦長、命令だ。あの宇宙船に事前に指定されたレーザー周波数で、通信を行ってほしい。接舷方法は任せる」
「大丈夫よ、あのS-11だって多分先方はお見通し。
そういうことを含めたリトマス紙として持ち込んだのだから。あちらから投棄要請が来たら、捨てて貰ってかまわないわ」
「・・・了解いたしました。通信、レーザーバンド8-2-5-6で先方へ呼びかけてみろ。その後は俺が代わる」
 
だったら、そんな物騒なものを密閉空間へ・・・ああ、早く捨てて帰りたい。炸裂すればこんな名前だけの駆逐艦。
スペースシャトルに毛の生えた代物など、容易に内部から引きちぎる爆薬も。突飛な行動力と思考力を持つ高級士官二人も。そして・・・

「しかし、本当に連れて行かれるんですか。戦時下とはいえ、そんな小さな子を、ねえ」

浅黒い肌を持つ偉丈夫であり、経験と能力が放つ人格的迫力に事欠かないラダビノット准将。
ある意味では壊れているといえるほど、回転の速い頭脳を持ち、大抵のことには物怖じしない香月博士はまだいい。

しかしその二人に比べれば、消えてしまいそうな希薄な存在感の、外観だけを見れば13かそこらではないかと思ってしまう、もう一人の少女には、流石に艦長も同情の念を抱かざるを得なかった。
一応は少尉の階級を有しているとのことだが、国連軍士官の第一種制服が、痛々しいほど不釣り合いである。

「彼女は・・・ああ、非常に優秀な、書記能力を有している。
今回の会談が有益なものとなった場合、その記録を残すために、どうしても必要でね」
「後は軍機にかかる部分も多いから、その辺で勘弁して頂戴。艦長、先方からは?」

軽く肩をすくめ、嘆息した艦長は通信長へ向き直った。
艦長とは異なり生真面目な、そして緊張が表れた表情をした通信長(といっても25になるかならぬかの中尉)は、外観そのままの態度で応じた。

「貴艦の来訪を歓迎す。当方より誘導用レーザーの照射を開始、それに従い後部甲板へ接舷。乗艦されたし。
ただし、船倉内の危険物の持ち込みは許可できず。至急投棄されたし・・・以上です」
「お見通し、か。香月博士、宜しいですな?」
「ええ。ここで彼らの能力の一端。それを垣間見ることが出来ただけでも、十分価値はありました。危険物積載のご協力、感謝します」
「艦長より甲板長へ、第一から第三カーゴ内、貨物への電源供給全面停止。
多重信管の安全装置動作を確認。爾後、投棄準備を整えろ。通信、了解の旨を返信しておけ」

慣習的に、往時の貨物船の頃からの習性で、甲板長と呼ばれる各種積載貨物取り扱い責任を受け持つ、
これまた運のない(多重信管がロックされているとは言え、S11を満載した無人装甲服とご対面など冗談ではない)大尉以下、運用分隊数名へ命じると、
艦長は強化装備のヘルメットの座り具合を一度確認し、おもむろに発令した。

「さて、では向かいますか。修正用スラスター作動、進路1225D、30秒後に逆噴射により減速、恥かかせんなよ。
こっちも船乗りの腕は負けていないところを見せてやれ」




「まあ、予想通りと言うべきですかね」

2隻の戦闘巡洋艦、6隻の自動駆逐艦。そして月面軌道上で待機している自動駆逐艦2隻と無人調査艦は、今度ばかりはパッシブのみならず、アクティブタキオン・電磁・光学捜索手段を遠慮なく使用。
不自然な、そして何時でもこちらへ近接しうる軌道へ待機している、20世紀末の技術と思われるスペースシャトルを探査。
軌道保安庁の巡視艦や、各惑星都市の税関が用いる爆発物検出センサーの反応は、ことごとくクロであった。
恐らくは燃焼速度の大きな軽合金なども複数含有し、爆速を強引に引き上げたであろう高性能爆薬や核弾頭を搭載した、無人特攻シャトルが14隻。
あろうことか、こちらへ使節を乗せたシャトルからも、数百キロ程度の高性能爆薬が検出された。

こちらが筒先をそれらへ向けた事と、先ほどの警告通信で何かは悟ったのであろう。
使節便乗シャトルからは、空間騎兵が用いる軽装甲服のような宇宙服数十体が、船倉より投棄されている。
艦橋よりその様子を見ていたベリック情報官は、やはりなという顔をして、軽く解説をしてみせた。

「恐らく、何らかの高性能爆薬を詰め込んだパワードスーツでしょう。こちらとの交渉が難渋した場合、
あるいは最初からこの艦を、爆薬を突きつけ乗っ取るつもりだったか。まあ、歓迎されているようですな」
「嬉しくはない歓迎だが、予想は出来たことだ。
こちらまで礼節を欠くわけにはいかない。艦長、儀仗隊の編成は完結しているか?」

古代の問いに対して、マルスラン大佐は丸顔に眼鏡、温顔という相貌に似合わず、渋い顔立ちで応じた。
艦と乗員の安全を預かるものとして、自らの艦へ危険物を不用意に持ち込もうとする輩へ礼節を示そうとすることは、
日頃は昼行灯とさえ言われるほど温厚な彼でも、大変な努力を有した。

「本艦所属の空間騎兵、2個小銃小隊が重装甲服と完全武装で待機しています。
無論、栄誉礼の礼節は欠かしませんが、先方の態度が態度です。この点、宜しいですね?」
「有り難う。下手な軽装備で兵に死傷者を出すよりは、よほどマシだ。
彼らとのご面会は、空間騎兵のボディチェックの後としよう。その上で」
「簡易宇宙服、軽防弾ジャケットを礼装の下で良いので、着込んでおくべきでしょう。下手をすると、何らかの携行火器や刃物。それらに類する凶器を有している可能性も、未だに否定できません」

ギュンター大使がその後の言葉を引き取った。彼は今でこそ、外務省一種官吏として、各国との折衝に励む日々を送っている。
しかし嘗ては空間騎兵機甲部隊の、有能な戦車小隊長でもあった。あのウルク攻略作戦においても、第一挺身団所属の戦車大隊にて、機甲戦闘を経験している。
それ以前にも、急速な発展とともに貧富の格差も増大した地球各地の、匪賊討伐にも参加したことがあり、たとえ簡易でも防護服の有無が、人間の生死を左右することを経験していた。
それを証明するように、彼が率先して予備の簡易宇宙服(限定的だが耐熱、耐衝撃機能を有する)に袖を通し、軽量薄型の防弾ジャケットを、慣れた手つきで身につけている。

「ナンバーワン。儀仗隊以外の連中、第三小隊を艦内用軽装甲服と完全武装で、隣室に待機させろ。
儀仗にあたってる連中がヘマをするとも思えないが、念のためだ」
「了解、空間騎兵待機所、士官室。3小隊長はおるか。艦内警戒用完全武装で、士官室隣室に全員待機。急いでくれ」

マルスラン大佐の命令を受けた副長が、手早く艦内電話(俗称:実体は携帯型多機能コンソール)を用いて、空間騎兵の小隊長へと命を下してゆく。
彼はその後、艦長を軽く視線を合わせて頷くと、艦内非常閉鎖の発令を、応急作業も担当する機関長へと伝えた。来訪を拒絶する理由は今のところかろうじてないが、不用意なところへ入り込まれても困る。
衝撃砲カートリッジ弾庫などに入り込まれては、目も当てられない。あそこには波動融合カートリッジ弾。改対空用拡散波動カートリッジ弾が1門250発も納められ、衝撃波励起用のジェネレーターも存在する。
それ以外にも、軍艦というのは部外者の立ち入りが、安全管理上許可できない箇所が、無数に存在しているのだ。

「交渉のメインはギュンター大使もそうですが、バーンズ政策調整官。貴方もです。
私はあなた方の身辺の安全を、いくらかでも守るためにも送り込まれました。お互いプロフェッショナルを相手に失礼ですが、慎重に行きましょう」
「分かっているよ、ベリック情報官。私も覚悟はしていたが・・・
ニコ・“トゥムストーン”・ベリックがやってくる段階で、もっと腹を据えるべきだったな」
「まあ、軍は厳重に警備を固めていますし、どうやら外務省。
そして貴方と貴方の部下も、軍役未経験者は殆どいない。そういう交渉ごとなのでしょう」

そう、ウィリアム・バーンズ政策調整官も、やはり軍役経験を有していた。
彼は後方における拠点。主に兵站管理に関して有能な予備大尉として活躍し、その後に運輸省へと引き抜かれたのである。彼の部下や、ギュンター以下外務省スタッフも、似たような連中であった。
ベリック情報官に至っては、軍役どころではない。ボラー、地球双方において、百年の知己のように振る舞い、相手を抱き込むことから、
時として直接手を汚すことをいとわない。そして、公には出来ないことを、適切に処理することのプロフェッショナルであった。
彼の仕立ての良いスーツの懐には、4.6mm高速弾を20発装填した、護身用自動拳銃が収まっている。

そして、防衛軍の士官達は、礼装と言うべき第一種軍装の下に、既に簡易宇宙服と防弾ジャケットを、とっくに着込んでいたらしい。
また、高等法務士官の資格を持つ古代進司令に許可を仰ぎ、緊急時における必要性を確認の上で、それぞれの腰にはベリックが使うような「優しい」護身拳銃ではない。
南部09式レーザー大型自動拳銃が、ホルスターに収まっている。出力は麻痺程度に押さえ込んでいるようであるが、殺傷モードへと切り替えた場合、
特に簡易防護服を着用した程度の人間ならば、上半身を蒸発させてしまう威力を持っている、剣呑な大型拳銃であった。

そんな折り、士官室の艦内電話がアラームを発した。手近にいた艦隊司令部付情報参謀がそれをつかみ、二言、三言交え、艦長へと手渡す。
マルスランは「そうか、今行く」と短く答えると、士官室の一同に向き合った。

「どうやら彼らが、無事に後部格納庫へ接舷したようです。現在、彼らのシャトルから降りるのを待って貰っております。
私はこの艦の責任者ですから、出向かねばなりませんが、皆さんはここでお待ちを。ナンバーワン?万一に際しては」
「為すべき事を為します、ご武運を」
「有り難う。まずは武運を使わないで済むことを願いたいものだがね」



「シャトールノー」後部格納庫にて、艦長、士官室出発の報告を受けた艦隊付陸戦隊(空間騎兵でも、艦隊付となると陸戦隊という呼称を使うことがある)指揮官。
ヴィニチオ大尉は、自らだけは敢えて軽装甲服により、人間と分かる姿を取り、まずは来艦予定者3名を丁重に、格納庫に臨時にしかれた赤絨毯へ案内した。
その後、列に戻ると些か堅太りの浅黒い体から、「気ヲツケ!」と気合いの入った号令を吐き出し、機械仕掛けのマウンテンゴリラの群。重装甲服を纏った完全武装2個小隊へと向き直った。

「パウル・ラダビノット国連軍准将、香月夕呼国連軍技術大佐、社霞特務少尉の来艦に対し、敬礼。捧げーーー銃!!」

直後、マウンテンゴリラの群は、動作だけは人間のようにスムーズに、重装甲服の突撃銃とも言うべき6.5mm多銃身機銃。
あるいは35mm電磁投射狙撃銃や12.7mm多銃身分隊支援火器を垂直に立て、捧げ銃の姿勢を取る。
ある程度の威圧効果を見込んだだけに、全幅全長ともにふた周りは人間よりも、主に横幅に大きく取られた重装甲服による敬礼は、迫力のあるものであった。
直後、流石に音楽隊はいない故に、艦内スピーカーを用いて栄誉礼の演奏が為される。

これに対する3名の反応は、3者3様であった。エイラート艦長が心配した幼い特務少尉。
社霞はどんな顔をすればいいのか分からず、完全に硬直している。彼女とて戦術機や機械化歩兵を見たことがないわけではないが、
この至近距離で目にする、80体近い重装甲服の発する迫力に飲まれてしまっていた。

香月博士はおざなりな答礼を行うと、陸戦隊の装備する重装甲服。それらに深く着目し始めた。
よく見聞すれば、機械化装甲歩兵の強化外骨格と同程度のサイズながら、まるで動きのスムーズさが違う。また、地雷被弾を見越してであろう。
足下には分厚い緩衝剤が仕込まれ、それは随所の間接にも施されており、アクチュエーターなども殆ど駆動音がしない。やはり技術レベルが違う。

最も堂に入った態度をとったのは、流石と言うべきか、ラダビノット准将であった。
一瞬だけ顔に驚きをあらわにしたものの、その後はすぐに表情を引き締め、背筋をのばし、堂々たる答礼を行った。
また、深くよく響く声で「当方の非礼にも関わらず、諸官らの最大限の配慮と敬意の発露に、心から感謝する。まことに有難う」と、訓辞じみたものさえ行ったのである。
当初はいったいどんな野蛮人がと思っていた、ヴィニチオ大尉が一瞬呑まれてしまうほど、彼は知性と経験、人格的迫力を全身から静かに発していた。
あわてて我に返った大尉が、直れ銃の号令を発するのに、数秒ほどかかってしまったほどであった。

そこへ更に、1人の高級士官が、後部格納庫の階段を下って表れた。
腰にガンベルトを巻き、護身用とおぼしき大型自動拳銃こそ下げているが、護衛の1人も連れていない。
ラダビノットから見て、フランス系に近い顔立ちを持つ、丸顔の温顔と銀縁眼鏡が目立つ、
どちらかといえば温厚な医師かカウンセラーの様な雰囲気を持つ、軍人らしからぬ男であった。

「遅参をお詫びします。私はこの、地球防衛軍巡洋艦『シャトー・ルノー』を預かる防衛軍大佐、マルスラン艦長です。
ようこそ『シャトー・ルノー』へ、来艦を歓迎いたします」

制帽からホワイトグレーの一種軍装。ダークブルーの高級士官用コートまでを、隙無く着こなしたマルスランは、まずは挙手の礼をもってして彼らを迎えた。
同様に、国連軍士官第一種軍装で身を固めたラダビノット准将も、先ほどと同じく見事な答礼で応じる。さて、と言葉を一回切ると、マルスランは続けた。

「現在、大変遺憾なことに、お互いにまだ素性も分からず、友好な関係とは言い難い状態です。
失礼には当たりますが、簡易ボディチェックと検疫検査を受けていただきます。宜しいか?」
「私はかまわない。しかし、香月博士と社少尉は女性です。相応の待遇をお願いしたい」
「承知しております。ヴィニチオ大尉、女性士官か下士官を呼集し、このお2人のチェックを行え。厳重に、しかし失礼のないように、だ」
「はい、至急に」

彼らのボディチェックは、実質数分で終わった。身体を直接触るものは触診程度のものであり、後はタキオン粒子を応用した、
一種のレントゲン透過装置(それこそタキオンパッシブセンサー、監視衛星に至るまで利用されている)のチェックで事は済む。

幸いにして、危険物と思われるものは、ラダビノット准将が士官の正装の一つとして身につけていた、ハイパワー9mm自動拳銃のみであった。
これは弾倉を抜き、初弾を薬室からイジェクトさせることを条件に、士官の名誉として所持が許された。

「では、私と大尉で皆が待っている士官室まで、ご案内いたしましょう。特にそちらの女性陣2人が、お困りのようですからな」
「ここは・・・宇宙船なんですよね・・・」
「私のことは階級ではなく、名字でお呼びいただければ。
お許しいただくのなら、堅苦しいのは多少抜きにしても宜しいですか?」

元々、香月夕呼は堅苦しい態度を嫌う人物であった。
礼節を知らないわけではないが、実利主義の研究者としての徹底した半生が、いつの間にか形式的なものを好まない性格を形作っていた。
彼女としては、先ほどの栄誉礼も、当面は近現代的な軍隊である。あるいはそのように装うとしていると割れた段階で、十分であった。
一方の社霞は、心底驚愕していた。彼女に大きな機械。そして宇宙に関する知識がない故ではない。
彼女が、こればかりは香月夕呼にも未だに話していない、どのように話して良いか分からない事情によるものであるが。
後にXG-70Dと呼ばれた機動要塞で、軌道降下を行った記憶を有していた。本来ならばあり得ない、将来の平行世界からの記憶と人格の流入が、この世界の彼女には起こってしまっていた。


(白銀さん・・・あなたはあの世界から去るときに、いったい何を望んで、何をしていったんですか。
こんな人達、私の記憶にはまるでありませんでした・・・もう一度会うことがあったら、是非海に行きましょう。
冬の海に吊しながら、たっぷり語ってもらいます)



[24402] 第四話
Name: 七猫伍長◆bcb2db3e ID:b0e589f1
Date: 2010/11/27 09:07
彼らは結局あの後、身体検査に加え、軍医による簡易な保菌・疾病等々の健康診断を受診(万が一であるが、2228年当時に存在しない悪性ウィルスを彼等が保菌していた場合、宇宙船の中では死活問題である)。
一応の健康と無事が確認され、その後に、それでは私が士官室までご案内しましょうと、マルスラン大佐の先導を受け、今、3人は艦内を「歩いて」いる。
背後に、軽装甲服とパルスレーザーカービン、その他で完全武装したヴィニチオ大尉の護衛と監視を受けて。そう、歩いているのだ。ここが宇宙船の中であるにもかかわらず、まるで地球上のように。

「不思議なものですね。無重力の筈の宇宙船の中で、このように床を踏みしめて歩けるというのは」

先ほどから艦内の随所を、興味津々と眺めていた香月博士が、珍しく率直な口調で質問を口にした。
現在の地球の技術では、たとえば装甲駆逐艦のクルーなどは、強化装備を纏った上で、シートに身体を固定するのが普通である。
しかし、今の彼女たちは、軽装甲服を纏っているヴィニチオ大尉を除けば、地上と同様の服装で、ゆったりとしたペースで歩けるのだ。

「無論、緊急事態ともなれば無重力環境へ戻すこともありますが」

マルスラン大佐はそれに対して、ゆっくりとした口調で応じた。
お互いに英語をベースに会話しているのだが、この世界の公用英語。
地球連邦で使われている融合英語は、微妙に発音のニュアンスが違うので、あえてそのようにしている。

「平常時は、人工的に1G環境を作り出しています。やはり、何と言っても歩きやすく、移動物の固定にも便利ですからな」
「それだけのことが、平然と出来るのですね・・・」

現在、地球軌道上で密かに建造が進められている、人類脱出用といわれる超巨大宇宙船。
全長数キロにも及ぶそれも、人工重力を発生させることは出来るらしい。
しかしながら、この艦は全長300m足らずのサイズの中に、それだけの高度なシステムをコンパクトに纏め上げてしまっている。
そのあたりに、途轍もない技術格差を改めて感じた。

また、どのような技術を用いているのかは分からないが、巨大なエンジンと大型砲塔を有する戦闘艦にもかかわらず、艦内のスペースはかなりゆったりと取られている。
通路の通行性が応急作業などに際し、死活問題であることを知悉しているラダビノットは、もう一つの気づいたことも含め、この宇宙船が「戦闘艦」であることを痛感した。

「艦内の士気も非常にへ厳正なようですな。異世界の将校に対しても欠礼するものはおらず、
よく見れば随所の非常閉鎖もしっかりとされている。通路が広いのも、応急作業には有利でしょうな」
「お気づきでしたか?」

いたずらのばれた子供のような苦笑で振り返ると、マルスラン大佐はラダビノット准将に応じた。

「やはり何と言っても『軍艦』ですからね。不用意に入られては危険な区域が無数にあります。
それと現在、艦内は一定の警戒配備にもありますので、その点はご了承願いたい」
「当然の措置ですな」

さもありなんと応じたラダビノットであるが、彼は随所に。無人監視システム以外にも、人の気配をそれとなく感じていた。
そして、それは錯覚ではなかった。途中で数度すれ違った士官、下士官はヴィニチオ大尉と同様。監視と警戒を兼ねての巡察であった。
そして艦内の随所には、空間騎兵以外にも、艦内の非番乗員で臨時編成された、警備のための陸戦隊が武装して、一行をモニターしていた。
やがて、「士官室」と記された隔壁の前に、一行はたどり着いた。他の艦内塗装もそうであるが、相当に強固な隔壁に見受けられるものの、
人員に対するストレスを減らす為か。艦内隔壁同様、淡いクリーム色に塗装されている。

「さて、ここが本艦の士官室です。中には本艦隊司令部や各官公庁からの代表がお待ちかねです。
ヴィニチオ大尉、ご苦労だったね。配置に戻って宜しい」
「はい。では、失礼いたします」

堅太りの体型とは対照的に、無駄のない動作で敬礼を一同に送ると、ヴィニチオ大尉は足早に空間騎兵隊待機区画へと戻っていった。
ここまで来れば、周辺の隣室複数に、空間騎兵第3小隊が軽装甲服基準であるが、完全武装で待機している。
彼がお目付として、始終張り付いている必要性はなくなる。

マルスラン大佐がカードキーをスリットに通し、更には網膜・指紋認証を行い、三重の確認を受け付けた電子式警戒システムが隔壁を開くと、そこは意外な光景だった。
確かに、大型水上艦などでも、士官室というのは相応の広さがある。
だが、この艦の場合は当初より電子式の会議システムが備えられているのに加え、恐らくは難燃素材であろう。
木目調を模した隔壁。華美さはないが、しっかりと足を受け止めるだけの厚みがある絨毯など、人間にストレスを与えないことを配慮していることが一目で見て取れた。
また、広さもちょっとした大企業の会議室並程度はある。中央には、こればかりは無骨さが目立つ、大テーブルが置かれていた。

そこには、マルスランと同様の軍服を纏った男達。あるいは仕立ての良いビジネススーツを着用し、如何にも仕事熱心そうな。
あるいは一癖ありそうな文官達が着席していた。やはり、軍艦の艦内という一種の自治空間への来訪者として、まずはラダビノット准将が、一歩前へ歩み出て、練れた動作で敬礼を行い、低く、深みのある声で申告した。

「私が国際連合軍准将、パウル・ラダビノットです。こちらの2人は香月夕呼大佐相当官、社霞少尉。
我々の乗艦を許可してくださったことを、感謝いたします」

それに対し着席していた男達も、一様に立ち上がり、文官達は10度の礼を。
敢えて制帽から一種制服まで着用した軍服の男達は、挙手の礼で応じた。

「こちらこそ、そちらの礼節に感謝いたします。地球防衛軍第352分遣調査艦隊司令、古代進中将です。
どうぞ、3人ともそちらの席へご着席を。マルスラン大佐、彼らを席へご案内を」
「はい。ではお三方、あちらの空席へどうぞ」

かくして、異なる世界の人類同士の、本格的な協議が始まった。
それがどのような結果をもたらすかは、まだ誰にも分からないが、何かの始まりであることは、間違いなかった。




「とある異世界の盗掘者達・宇宙戦艦ヤマト2229/マブラヴオルタネイティヴ 第4話」




全員の敬礼と答礼、着席を確認すると、この中で防衛軍の中では最年長。最先任ということもあり、自然と古代進中将が起立し、議事役を受け持つことになった。
相手の異世界人と、飽くまで対等の関係という姿勢を示すべく、口調は丁寧なものとなっている。ラダビノット准将同様、将官と呼ばれるだけに、流石にこのあたりは手慣れたものであった。

「では最大の懸念。疑問である、お互いが何者であるか。そこから始めましょう。
まあ、小学校の学級会。あるいは転校生の自己紹介のようなものですな」

古代らしい、お世辞にも洒落ているとは言えないジョークに各所から苦笑があがった。
香月博士は密かに内心で、徹底した堅物。ユーモアセンスは落第点と採点を付けている。
半ば儀礼的ながら、微かに笑い声をあげながらラダビノット准将も同意した。

「確かに。しかしこれだけ、大規模な転校生を迎え入れるとなると、学級委員としても苦労するものです・・・
まずはそちらから、来訪したあなた方からご説明いただけますか?」
「それは、勿論」

半ばまで古代の下手な冗談に合わせていた准将であったが、途中より表情と声音を真面目なものとして問いかけた。
古代も態度を改め、それに応じた。

「些か信じがたいでしょうが、我々は2228年の地球人です。あなた方と同じ地球人です・・・
只、どうも同じ歴史をたどった地球人同士ではない。そのような形跡が見受けられます」
「ふむ・・・」
「つまりは、それこそオーウェルやアシモフの描きそうな、並行世界の住人同士の可能性が高い。そういうことでしょうか。古代中将」

一度腕を組み、微かに考え込んだラダビノットに代わり、今度は香月が質問を発した。
彼女も元々物怖じしない女性であるが、今は知性と理性、緊張ばかりが、目立つ顔立ちになっている。

「参りましたな、あの発言はやはり覚えてらっしゃいましたか・・・と、発言を遮ってしまい失礼しました、古代中将。
私はナイジェリア・バーンズ。運輸省政策調整官として臨席させていただいています」
「いえ、お気になさらず。そうです。基本文化は共通しているのでしょう。
ただ、先のバーンズ政策調整官の発言のように、相当に異なる部分が存在することも、失礼ながらパッシブ傍受で確認させていただきました。
日系人として言わせていただくと、1998年に『大日本帝国』という国体が存在すること自体が、驚きなのです。
我々の世界では、1945年に総力戦に敗れ、『日本国』という国体へ変わりましたから」
「では、お互いの1世紀から2世紀の歴史。その概略を系統だてて、説明し合った方が宜しいのでしょうね。
紙媒体で些か不便ですが、概略資料は用意してあります」

見れば社少尉が、重く頑丈そうな軽金属のケースより、数十冊の冊子を取り出している。
小柄な彼女には如何にも重たそうであり、気の毒であった。
参謀長はそれとなく、通信参謀の中佐に命じると、彼女の資料を丁寧に受け取り、配布させた。

「こちらも同様です・・・ギュンター高等官。そちらの説明を願います」
「お初にお目にかかります。地球連邦政府、外務省高等官。エリク・ギュンターと申します。
こちらは電子媒体となりますが、各位の端末には転送させていただきました。
その上で、プロジェクターを用い、説明を行わせていただきます」

如何にも育ちの良さそうな。反面、その細面には似合わない、薄く残る裂傷が特徴的な外交官が立ち上がり、優雅に一礼する。
同時にタッチパネル式の自らの端末を用い、プロジェクターに投影された歴史資料を用い、概略の説明を始めた。

「まず、我々は地球連邦という国体ですが、その前身は国際連合とその参加主権国家の集合体です。
20世紀の2回の世界大戦、地域紛争の続いた21世紀。人口爆発により100億を越えた人類は、22世紀にいたって、宇宙への植民を開始」

プロジェクターには世界大戦で焦土と化した敗戦国と、その後の復興した姿。国際連合結成の映像。
突撃銃や対戦車ロケットで武装したテロリストが、世界中で跋扈する写真。
そして、地球軌道上で天文学的な単位の、宇宙コロニーが建造される映像でいったんは締めくくられた。

「ここで各国は宇宙開発。それに必要とされる権限と予算に、国家としての限界を超えました。
そして、宇宙は人類共通の財産であるというスローガンの元、地域国家主権の維持を継続したまま、宇宙開発に関しての一種の合併事業団体として、連邦政府は誕生したとも言えます」

その後も映像は次々と切り替わる。土星まで資源採掘へ赴くスペーストレイン型輸送船。着々と数を増すコロニー。月面や火星地下に設けられた人工都市。
何れも先進的ではあったが、この世界でも(飽くまで滅亡しなければ、だが)遠い将来の技術要素として、既に理解はされていたため、准将も博士も、霞も口を挟まなかった。

「さりながら、順調な宇宙進出に支えられた繁栄は、2190年代半ばで一度中断しました。
未だに正体は不明ですが、BETAとは異なる知性宇宙生物。それによる侵攻を、2196年から2209年に至るまで、数度受けたのです。
それは全地球規模で行われ、失われた人口は・・・累計で85億名を越えました。一時期人類は、18億まで減少したのです。
地球連邦が、事業団ではなく各地域の主権を統合した、一つの国家になったのも、これら戦乱を迎えてからでした」
「・・・よくぞ、このような宇宙船を作れるところまで、復興されましたな」
 
流石に、ここには幾らか衝撃を受けたのだろう、誰かの息を呑む音がした。ラダビノット准将も言葉を選び、慎重に応じた。
プロジェクターには遊星爆弾により、軒並み吹き飛ばされていく大都市。死闘を展開する宇宙艦隊。
飢餓により難民化した人類の姿などが、生々しく映し出されている。そう、地球は今は記念艦となっているあの宇宙戦艦。そして多くの艦隊、航空隊、空間騎兵。
何より連邦市民の奮闘により、地球はこれら戦乱を切り抜けたが、失った代償は莫大なものであった。

そして、ガミラスやボラー、ディンギルの存在は『詳細不明』と巧みに伏せられていた。
只でさえ並行世界という概念自体がややこしいのに、ここで宇宙人まで紹介してしまうわけには行かない。

「我々に安定期が訪れたのは、西暦で言えば2210年以降です。
意外かもしれませんが、外宇宙への植民も、このころからやっと始めることが出来たのです。
それより18年間。ようやく我々は復興と繁栄を享受することが出来るようになり、人口も30億超を昨年達成しました。そして、そんな折り」

ここからが重要だと一同を軽く見渡し、言葉を句切るとギュンターは続けた。
物腰は柔らかいが、目元は真剣なものとなっている。かすかに緊張しているのだろう。
どのような経緯で受傷したのかは分からないが、顔の意外なほど大きな裂傷が、うっすらと白く浮かび上がっている。

「我々がシャルバートと呼んでいる恒星系に、ブラックホールような、この世界へと続く空間が出現したのです。
シャルバートとは何処かとなりますと、少々複雑になりますので、割愛します。
結果として、不安を感じた我々が送り込んだ自動駆逐艦。調査艦がくぐり抜けたのは、土星の衛星タイタンの軌道上でした。
これは、現地に設営した監視衛星による、ライヴ映像です」
「理屈の上ではブラックホール・・・いや、このようなワームホールが成り立つことはあり得ますが。一度、確証を得たいですね」
「機会があり次第、この艦でお連れします。その気になれば、本艦は土星軌道まで数日で到達し得ます」

ラダビノットと香月の懸念に際して、ギュンターの方へ微かに頷き、マルスラン大佐が発言した。
ラダビノットはしばし沈思黙考した。彼らが数日で太陽系を往復できる機動力を有することは、各種観測衛星からの情報により、算出されていた。
しかし、あの人類にとって最大規模の飽和攻撃を凌いだ宇宙船が「駆逐艦」とは。それならば、この「巡洋艦」は。もしも存在しているとしたら「空母」や「戦艦」などはどのような化け物なのだ?

まあ、それは一度脇に置くべき懸念だ。

既にこちらへ視線をやっていた香月へ軽く頷くと、国連軍技術士官。
香月夕呼大佐相当官は、自ら冊子を手に取り、軽く一礼すると説明を開始した。

「丁寧なご説明に、まずは感謝いたします。それでは、こちらの世界の歴史を。
概ね19世紀末から、現在に至るまでを、時系列で説明させて頂きます」

彼女の説明は、若干口調がきついことを除けば、その概観とは裏腹に、専門家にありがちな専門用語の多用を避けた、わかりやすいものであった。

「19世紀末の帝国主義の膨張。それによる20世紀の2度の世界大戦までは、そちらと同じです。
古代中将が仰られたように、大日本帝国が存続するなど、幾つかの相違点はありますが。
それ以降、そちらと同様に資本主義陣営と共産主義陣営は、冷戦を開始。それに伴い、航空宇宙技術は著しく発達。
1960年代には探査衛星多数の製造や、月面基地の設営までこぎ着けました」
「何と、まあ・・・」

地球連邦政府は、当初宇宙開発事業団に近い存在であった。
つまりは、月面基地や探査衛星でさえ、予算捻出に散々苦労した歴史を知っている地球連邦側の人間は、呆れ返ったような表情を浮かべたものも多かった。
事実、先ほど参謀長が通信参謀に配布させた資料には、1956年に探査衛星火星へ到達。同時期に宇宙空間作業機械の試作開始などとも記されていた。

「しかし、大きな違いを見せるのは1958年です。
火星へ到達した探査衛星の一つが、あなた方もご存じのBETAと接触しました。
映像を短時間送信し、途絶したあたり、破壊されたのでしょう」
「・・・言いにくいことですが、確かに火星には、我々の世界には存在しない、異生物が多数。
そして彼らの根拠地と思しき不自然な地形が多数ありましたね」

やはりそうでしょうね、と古代の返答を受けると、香月は続けた。

「そして1967年。当時、国際連合が月面に設営していた調査基地に、BETAが来襲したのです。
事実上、意志疎通は完全に不可能であり、全く敵対的な。一方的な攻撃の末、数千名が虐殺されました。
あなた方の駆逐艦と接触した、国連宇宙総軍が創立されたのは、このワーストコンタクトの直後です」
「このような異生物は・・・我々も星の海を渡り歩いて30年近いですが、
こちらでは確かに存在しません。人への悪意を凝縮したようだ」

バーンズがBETAの姿の、あまりの醜悪さに流石に顔をしかめて呟くと、私も何かの冗談ではないかと疑いたくなりますと、軽く応じた。

「その後に3年ほど、国連宇宙総軍は月面での防衛戦争を戦い、敗れました。
その後、月面に根拠地。我々は『ハイヴ』と呼称していますが、それを作り上げたBETAは、
そこから地球へハイヴの原型となるユニットを、次々と降着させたのです。当初は人類に優位な大気圏内、地球上での戦争と言うこともあり、戦局は優位に進みました。
しかしここで一つ、BETAは脅威を感じると、新たな種族を生み出す。
もしくは投入するという特性が判明したのです。36ページをご覧ください」

香月の指示した36ページ。そこには眼球をメートル単位にまで拡大し、奇怪なことに人間の足に酷似した脚部を持つ、奇妙なBETAの写真が印刷されていた。

「我々は光線(レーザー)級、重光線級と大きさによって呼び分けていますが、この新種が出現してから、人類は破滅へと転落しました。
気象条件にも左右されない強力な出力のレーザー、これがあらゆる砲弾や航空機を、正確に、悉く撃墜し始めたのです。
対象によりますが、マッハ3の超音速の航空機。降下速度がマッハ20を越える軌道突入弾、ほぼすべてを。
無論、地表に存在する兵器にもそれは向けられ、戦車でさえ当初は数秒で蒸発する有様でした」
「航空輸送効率の低下も含めて考えれば、悪魔のような存在ですな」
「戦車乗りにとっても悪夢ですね・・・避難する市民に対しては、言うまでもない」
 
射撃の専門家である砲術参謀。そして、嘗ては空間騎兵隊戦車兵中尉であったギュンター大使が、絞り出すように言った。
そこに添付されている各種資料が本当ならば、この時代の超弩級戦艦。その巨体に纏った対レーザー装甲でさえ20秒は保たないと記されている。

果たして我々の戦闘艦は、この光線級と相対したとき、電磁バリアと装甲は何処まで保つのだろうか。攻撃された対象が20世紀半ばの兵器故の結果であるとはいえ、これは明白な脅威だ。
ガミラス戦役当時の悪夢とオーバーラップさせ、微かに砲術参謀は背筋をふるえさせた。
あれ以降、我々の艦艇は過剰設計といわれるほど、装甲と火力、電磁バリアの出力に注力したが・・・
一戦交えるようなことがあれば、覚悟せねばなるまい。

「ええ、悪夢です。これによりハイヴから出現するBETAを、砲兵と航空機で押さえられなくなった人類は、月から投下されるハイヴ。
そこから出現したBETAによるハイヴ構築阻止に悉く失敗。現在、ユーラシア全土は壊滅。
地球上に20カ所以上のハイヴが存在しており、嘗てのあなた方同様、人類は16億まで圧迫されています。
BETAによる植生壊滅により、異常気象や飢餓も日常化しており、人口減少ペースは更に増えるでしょう」
「それに対して、あなた方はどのような対抗手段をもって、立ち向かっているのでしょうか。
軌道上に攻撃ステーションを設置するなど、我々の20世紀に比較すると、高度な技術をお持ちなのは理解していますが」

『高度な技術』ね。こんなSFに出そうな宇宙戦闘艦を何隻も有する連中に言われるのは、皮肉か何かなのかしら。
一瞬だけ唇を軽くつり上げると、彼女は軽く頷き、説明を再開した。

「現在、まず人類は光線級の特性を逆手にとって、迎撃されると重金属粉塵を散布する砲弾を使用。
それでレーザー出力を強引に低下させた後に、通常の榴弾やクラスター砲弾で面制圧を行うことが、もっとも一般的な戦術です。
他には、戦術歩行戦闘機という、先ほどの宇宙空間作業機械より発展した、二脚歩行の高機動兵器を用い、対抗しています。
これら二つ、そして古典的な野戦築城と地雷、機雷など障害の多様が、辛うじて人類の命綱です」

その後も説明を滔々と続ける中、香月博士は一瞬だけ、今はラップトップ端末で議事録を黙々と作成している社霞に視線をやった。
彼女は、只の幼年士官ではなかった。人類がBETAに対してコミュニケーションを行う。あるいは武力で対抗するための計画。総称オルタネイティヴ計画。
その内の第三計画において、BETAと意志疎通を図るべく、遺伝子改造等々を受けた特殊な素養を、望まずに授けられた少女であった。
そしてその能力は、皮肉なことにBETA相手に役立った経験はなくとも、人間の心を読むという副作用をもたらし、それが人類同士の情報戦で重宝される。そんな存在であった。

彼女が軽く瞑目し、今、この場に臨席している人々の心を、色彩に近い何かで探り始める。
そこには疑念、恐怖、困惑、怒り、憐憫など、様々な感情が見て取れた。割合としては、疑惑が3割、それ以外の感情が7割だろうか。
つまり、意外なことに、大多数の向こう側の人間は、こちらの話を信じたことになる。

(私の心を覗いているのは、あなた?)

霞は軽いショックを受けた。自分と同世代のESP発現体と呼称される、特殊な人種以外、脳波へ直接語りかける存在などいなかった。
思わず顔を上げると、一人の20代半ば程度に見える女性士官が、微笑して見せた。

(おどかしてごめんなさい。まさか、この世界にも人の心を読める人がいるとは、思わなくて)
(真田・・・澪予備少佐、でしたよね)
(サーシアで良いわよ、霞ちゃん。この名前は、義理のお父様から貰ったもので、本名は別なの)

辛うじて驚きを鎮めると、再びラップトップで議事録を作りつつ、今度はサーシアと名乗った女性士官の思念へ集中した。
見れば彼女は、意外なことに負の感情の色合いが希薄であった。どちらかといえば、好奇心と、好意の色合いが強い。
 
(本業は軍人じゃなくて、電機製品メーカーで技術者をやっていてね。
こう見えても私の作った製品は・・・ごめんなさい、久々に心で会話できる人と出会ったので、脱線しちゃったわね)
(あ、いえ・・・その・・・私のような人間。怖くはないんですか?)
(全然?というか、私たちの世界には、人間以外の知性を持つ生命体がいるって、さっきあったでしょ?そういうのと話したこともあるのよ)

再度顔を上げてみると、優しげな顔立ちに、何処か妹を見るような笑みを浮かべ、彼女は軽く手を振って見せた。
臨席の古代中将がかるく肘でつつき、注意したようであるが、表情は変わらなかった。

(それなら・・・本当のところを聞いて良いでしょうか。
あのワームホールは、本物でしょうか。正体は何なのでしょう)
(私たちもはっきりしたことは分かっていないんだけどね)

サーシアの「声音」にも嘆息と定款が若干混じっている。
しかし、その後に彼女が伝えた内容は、今度こそ霞を心底驚かせた。

(どうにも、複数の強い残留思念が中核となって、この世界で亡くなった人の思いが、あのワームホールを作りだしているみたい。
ところで、こちらからも聞きたいけれど、良いかしら?)
(なんでしょう・・・?)
(あなた、シロガネ・タケルっていう人、知ってる?)

その単語は今度こそ霞を驚倒させた。一瞬、ラップトップのキータッチを間違え、端末から微かなエラー音が響く。
「社?」と不思議そうな顔を向けてきた香月に、何でもありませんと短く答えると、彼女は逆に「早口で」応じた。

(どうして白銀さんのことを知っているんですか?
そもそも、何であのワームホールで、白銀さんの名前が・・・!?)
(ストップストップ。一つずつ説明するから・・・さっき、複数の強い残留思念が、コアになっていると説明したわよね?)
(はい)
(その何れもがね、こう言ってきたのよ。
言い方は様々だけど、内容は一つ。シロガネ・タケルという青年を助けてやって欲しい、と。
しかも、その残留思念。全員女の子なんだけど、どんな人だったの?白銀さんって)

一瞬霞は憮然とした。あの天然ジゴロめ。
しばく、何時かしばく。純夏さんに細大漏らさず伝えて、復活した後は上手なしばき方を伝授して貰わないと。

私も「ふぁんとむ」を伝授してもらうんだ・・・!

(え、えーと・・・霞ちゃん?何かさっきから、男の人をぶっ飛ばしてるイメージが何度も・・・)
(ここと同じ歴史をたどった並行世界を、一度は救って、
本来ならば自分のいた世界へ帰っているはずの、やはり違う世界の人です。特徴は・・・)
(ふーん、一種の英雄かあ。ちょっと抜けてそうだけど、意志の強そうな目をしてるわね。若い頃の叔父様に少し似てるかな)

霞の転写したシロガネ・タケル。もとい白銀武のイメージを見て軽く感想を漏らしたサーシアに対して、
そんな上等なもんじゃないですと、霞は半眼になって応じた。

(勇気と強さを持ってるのは本当ですけど、鈍感、天然ジゴロ、女泣かせ。
しかも無自覚で悪意がないから始末に負えません、あのふぁっきんヘタレ・・・)
(うわっちゃあ・・・何時か刺されるんじゃないの。それ)


何時しか雑談へと切り替わっている惑星イスカンダルの王女と、オルタネイティヴ第三計画の遺児の会話をよそに、香月夕呼の説明は終わろうとしていた。


「最後になりますが、BETAは人間の活動に対して、非常に敏感で好奇心を抱き、それ故に攻撃や殺戮を行うこともあります。
また、ユニットがそのワームホールを越えない保証もありません。その点だけは留意してください」


そう、あんた達も既に当事者なのよ。
BETAに対するものとして。可哀想な異世界人さん。


「そこで政策調整官として、今後の相互方針を立案したいのですが」

未だに様々な驚きの余韻が収まらぬ中、バーンズが多少大きめの声を発し、一同の注目を集めさせた。

「ここで情報交換が出来たことは有益です。しかし、それで終わってしまっては意味がありません。
運輸省としては当面、地球ないし月軌道上における滞在。そして今後も将官佐官、もしくは事務次官クラスによる協議を、不定期でも良いので継続したいと考える次第ですが、如何か。
無論、相互不可侵及び戦闘行為の禁止を含めてですが」
「そのあたりは、当方も考慮しておりました。
国際連合理事総会も、平和的なものになるのであれば、可能ならば協議を継続するように、と。
但し、監視を継続することはお許し頂きたい」
「それはそちらの当然の義務にして権利ですから、お気にならさず」

バーンズは古代に黙礼し、素早く立ち上がると、ラダビノット准将の席へ近づき、一通の書面を手渡した。

「地球連邦運輸大臣からの、正式な書簡です。
そちらからのご許可あり次第、正式に友好的な協議、情報交換を継続。それ以降の関係への発展へと繋げたいとの議定書です。
そちらの総会にて会議にかけ、検討していただけますか?」
「外務省としても同様です」

丁寧に一礼すると、ギュンター高等官も切り出し始めた。

「我が省は慎重居士、動脈硬化といわれるほどで、未だに正式な書式命令は発令されていません。
しかし内示は受けております。可能な限り、対等で友好的な。そして当面は、お互いの距離を維持した関係を構築せよ、と。
この点もご考慮いただければ。これは、大使権限として出しうる限定書式ですが、お持ち帰りください」
「心得ました。我々も、あなた方がいずこの出自であれ、礼節を存じている人々を相手に、敵を増やす真似はしたくありません。
当方こそ正式な書簡もなく失礼を働きましたが、私の権限の及ぶ限り、尽力させていただきます」

ラダビノット准将は丁重に、差し出された二通の書簡を受け取ると、軍帽を脱ぎ、10度の礼を示し、同様の口調で応じた。
このあたりの、威厳、教養、人格的迫力などは、当初防衛艦隊の一部が予想していた、追いつめられた野蛮人とはほど遠い。
防衛軍でさえ滅多にいないのではないかと思われるほどの、堂々たる将帥ぶりであった。


「多数の率直な情報交換に応じてくださったこと、感謝します。私も准将と同様、最大限の便宜と努力を払うつもりです」

日頃、堅苦しい礼節を嫌う香月夕呼だが、それでも最低限の礼節を払うべき状況は、年齢と階級相応に心得ている。
彼女も軍人ではなく軍属ながら、綺麗な10度の礼を示しつつ、感謝の意を示した。


(それじゃあ霞ちゃん、一応はお互いのこと、上役に話しておこうか。今後何かと便利だし)
(はい・・・こう言うときは、またね、で良いんですよね)
(当然よ。これでお別れなんて、まずないんだから。また会いましょう。白銀君をイメトレでボコボコにするのも程々にね?)
(・・・善処します)

 
その後、士官食堂において艦内食を用いた会食が行われ、これもそれほど華美さはない献立ながら、しっかり天然素材が使われていること。
合成食料を用いたものでも、余りにも現状で国際連合が難民へ配給している。もしくは戦闘糧食などとレベルが懸絶していることは、
食事という人間の三大機能に直接影響しただけに、3名を驚かせたことを追記しておく。
マルスラン大佐の提案により、艦内食及び戦闘糧食パック数十食分を手みやげとされ、「シャトールノー」に接舷した「エイラート」は3名の乗客を出迎え離艦。軌道を慎重に、大気圏内突入コースへと変更し始めた。



「あちらにも、心をのぞける人物がいた・・・だと?」
「ええ。あの、霞ちゃん。もとい社霞少尉と名乗った少女です。
人為的な能力開発かもしれませんが、こちらの心理状態を探ってましたので、試しに話しかけてみたんです」

国連軍の代表団の離艦を確認した後、再度開かれた艦内幕僚会議で、サーシア。
現在は真田澪予備技術少佐は、先ほどよりは真剣な顔で古代進中将に報告していた。
別段彼女も、霞に悪意を抱いたわけではないが、こちらの心理状態を何時までも正確に把握されては困る。
そのように判断し、あえて明るく「話しかけた」のだ。霞という少女に妹のような感慨を抱いたのは事実だが、
防諜の必要性を忘れるほど、彼女も惚けてはいない。

「そしてシロガネ・タケルという人物にも心当たりがある、と。
彼女によると、この世界と同じ歴史をたどった、並行世界の一つを救った青年のようです。
年は二十歳にもなっていませんでしたが。日系人、もとい日本人のようです」
「一体その青年の何が、これほどの事態を招いたのか・・・彼女は何か言っていたか?」
「それが、その」

困惑と苦笑を浮かべると、彼女は一端言葉を句切ってから、困ったように続けた。

「どうも彼を助けて欲しいという、あのホールの中核思念達は、その並行世界で、彼の戦死した戦友。
それも女性ばかりのようで、社少尉曰く。無自覚なジゴロ、女泣かせ、ヘタレと散々に」
「おい・・・それじゃあ何か?」

ベリック情報官が、日頃の冷徹な態度とはうって変わって、呆れ返ったような表情と声音で澪に訪ねた。

「つまり我々は、まだ二十歳にもならない小僧への恋愛絡みで、この世界と繋がってしまったと。
それ故に本業を放り出して、各位はこっちへ出張する羽目になった?冗談にも程があるんだが・・・」
「勿論、あのホールを形成しているのは、数十億の死者の残留思念です。
ですから全てというわけではないですが、しかし・・・」
「勘弁して欲しい話だな」

俺はそんなアホな事情で、本業を放り出してここまで出向させられたのかと、ベリックは思わず天を仰いだ。
平穏な状態が続いているとは言え、ボラー連邦はやはり最大の仮想敵国であり、それへの人間を用いた情報網による監視。
情報収集は絶えず必要で、それもよほど熟達した人間でないと、務まるものではない。
今回とて任せられる人材を捜し出し、引き継ぐのだけでも、どれだけの手間がかかったことか・・・

「まあ、片思いにしろ、相思相愛にしろ、そこまで深い愛情というのは、本来素晴らしいものなのですが、
流石にこれは・・・どう解釈すれば良いんでしょうね」

自前で手作りのパン、洋菓子が売り物の小売店を経営する妻を、時に周りが呆れるほど溺愛するギュンター大使も、今度は自らが呆れ返ったような顔立ちをしていた。
どうもこうも、経緯はともかく、大使権限で遅れる限定書式で、既に書簡は送られたため、事態を穏便に進めるしかない。
頭脳はそのように理解しているのだが、ベリック情報官同様に、馬鹿馬鹿しいと言えば馬鹿馬鹿しい。
ヒロイックといえば、余りにヒロイックな事態に、ついていけない部分がありありと顔に出ていた。

「どんな古典SFでもない展開でしょうが、それは兎も角」

傍目に見ると、古代でさえ呆れ返って頭を抱えている展開に、いち早く立ち直ったバーンズが場を仕切り直そうと努めた。
彼自身は場の混乱が収まるまで、自らの部下達と、先方より手渡された難民関係の資料を検討していた。
恐らく、何か関係を持つとしたら、この難民を救助するだけの物資を運ばねばなるまいし、今は巻き込まれても仕方がないと、いち早く距離を取ったのだ。

「当面の目標といたしましては、何らかの形で。無論、我が国の国庫に深刻な影響が出ない範疇で、ですが・・・
この世界へ援助を行い、自然と彼らがBETAを地球から駆逐する。そのようなグランドデザインで行動し、
その、残留思念の『オハライ』でもすれば、多少はこの世界と縁を切れる可能性も出てくるでしょう」
「当面はバーンズ政策調整官のアウトラインで原案を作成。各本省や内閣に諮問。
それに基づく指示に従う他はないか・・・おい、どうした参謀長。妙な笑い方をして」
「いえ、その、何と言いますか。我々がデザリアムへ赴いた頃の、司令と奥様のようだな、と」

人の悪そうな笑みを浮かべ、未だに愛用している黒いメタルフレームの眼鏡越しに視線を送ってくる南部康夫参謀長に、
古代は勘弁してくれ、と言わんばかりに両手を挙げた。自然と周りに微笑が巻きおこったときに、
戦闘指揮所で当直に付いていた「シャトールノー」通信長から、艦内電話で連絡が入った。

『龍田丸より調査報告、第一陣が来ました。簡易データベースをそちらにも転送しますが、
我々の世界とほぼ同様の位置に、コスモナイトの大規模鉱床が複数存在している可能性が高い、と』
「やれやれ、こればっかりは救いでしたね」
「全くの慈善事業でこれじゃ、赤字もいいところだ。参謀長、そっちの実家も胸をなで下ろしてるんじゃないのか?」
「まあ、多少手は回しましたが、私は勘当同然で・・・」

そう。ここに南部康夫少将。もうじき中将への昇進も間近いと言われる、古代中将の一期下の、砲術の権威がいるのは、
単にその参謀・砲術将校としての能力を買われただけではない。
南部重工業公団が発案した、異世界資源採掘調査計画。それを軍の正式行動へねじ込むための、伝手の一つでもあった。
本人は実家とは勘当同然といっているものの、やはり、あの南部重工。防衛軍へ多数の装備を納入している事業団の御曹司にして、初代ヤマトからの歴戦の砲術高級士官という人脈は強く、
今回の調査任務に、南部重工が保有する大型自動調査船「龍田丸」を同行させ、タイタンを中心とする、土星資源衛星地帯を調査することが出来たのである。

「では、ある程度の収支決算が付く目処が立ったところで、諮問原案の協議に移りたいと思う。第一に・・・」



人の心が読める存在に驚愕したのは、偏に地球防衛軍側だけではなかった。
徐々に地球への降下軌道を取りつつあるエイラート。その(狭いながら)機密維持が唯一可能な士官室を借用し、異世界人との対談結果を報告書式。データとして纏めつつ、協議を行っていた3名は、
やはり社霞からの報告に、驚きを隠せなかった。

「あちらの世界でも、ESP能力開発を行っていたのかしら・・・
少なくとも、社と同等に対話が出来るというのは、厄介でしょうね」
「人のことを言えた義理ではないが、仮に社少尉がいない場合、一方的に心を読まれることにもなりかねん。
ああ、すまない。君を道具のように扱うつもりはない。失言だったな」
「いえ・・・」

霞は霞で、ここから先を切り出すべきか、迷っていた。
しかし、あのワームホールが白銀武の戦友達、その残留思念を中核としているというのが、本当だとしたら。

「あの、香月博士・・・以前、量子因果律理論について、簡単に教えてくれたことがありましたよね?」
「ええ、因果導体が存在した場合、それを媒介にして、並行世界からの記憶・情報が流れ込んでくる、と。何か思い当たる節でもあるの?」
「私、うまく言えなかったんですが、半年くらい前から、別の世界の私の記憶と人格が、少しずつ流れ込んできました。
だから、あちらのサーシアと名乗った人の話も、確信は持てます」
「何ですって?」

流石に顔色を無くした香月博士。概略程度は理解しているラダビノット准将は、一瞬ではあるが呆然とせざるを得なかった。
まさか?一体誰が因果導体になって?そんなことが起き得たというのだ?
数度の深呼吸の末に、辛うじて冷静さを取り戻した香月は、抑えた声で尋ね返した。

「それで、どのような会話をしたのか。系統だてて説明して貰えるかしら?」
「はい、まずはあのワームホール・・・で良いんですよね。あれについてなんですが」

そこから霞が語ったことは、白銀武という並行世界の「ガキ臭い英雄さん」(博士がこう呼んでいました)。
彼はオリジナルハイヴさえ攻略し、人類の未来を大きく開くことには成功した。
しかし、沢山の戦友を失ってしまった無念を大きく残し、本来いるべき世界へ転移。
その戦死した戦友の残留思念が中核となって、あのワームホール自体が巨大な因果導体になってる可能性が高いこと。
そして何故、地球防衛軍や連邦政府官僚団がやってきたかは、これも記憶の流入による推察だと前置きし。

「白銀さん。別の世界で元の世界へ戻るとき、こんなことを去り際に思っていました。
あいつらを一人残らず無事に取り戻せるなら、悪魔とだって契約してやるのに、と。
その思いを、亡くなった人達が強化して、あんな強力な宇宙船を持つ人々が来たのではないか、と。全部私の推察ですが」

日頃は寡黙な霞の、珍しく饒舌な独白を一通り聞き終わると、あり得ない話ではないわね、と呟いた。

「准将は既にご存じでしょうからお話ししますが、A-01連隊は因果導体となるほど、強運と強い意志を持つ人材を選び出す。その母体としての側面も持って
います。つまり、それだけ我の強い、意志の強い人間の多い人間集団です。本物の因果導体、その白銀という人物に出会い、感化されてしまえば」
「一人一人では蝋燭のような火でも、集まってしまえば炎のような強烈な意志になりかねない、か。
博士の仮説は正直、半信半疑ではあった。しかし、現実問題として、このような事態が生じては・・・
公開するかは別として、認めざるを得ないだろう。それと社少尉」

流石のラダビノット准将も、困惑と混乱は収めきれなかったようだが、一応の理解は得たらしい。
その上で霞の方へ向き合うと、この件は私と博士以外には他言無用だ、と強く念を押した。


「今の国連。そして国連参加国は何処も余裕を無くしている。この話を知る者が出れば、君は確実に標的となる。
香月博士共々。私は有為な人材を、何より自分の部下を、道具として弄ばれるつもりはない。
兎に角、ワームホールの内容については曖昧にし、異世界からの来訪者への対応という側面のみ、今は注力するしかあるまい。
その白銀という少年にしたところで、今、どうこうできるわけではないようだ」

「そして、頭が痛いのが、我々の現状以上に、彼らと何か関係を結ぶときに、提供できるものの乏しさです。
内側への説明、説得もそうですが、200年以上進んだ技術を持つ異世界人相手に、BETAを敵に回したという当事者意識以外。
何をもって交渉材料とするべきか。こればかりは私も思いつけません」
「そうだ、何よりも痛いのはそこだ。BETA同様、彼らの技術力と国力は、我々の死命さえ容易に動かせるだろう。
そして、そんな彼らから協力を引き出すカードが、我々には乏しすぎる。ある意味では本当に『火星人襲来』だな」


魔女といわれた英才。インド戦線を巧みな遅滞防御で崩壊を防ぎ、多数の人命を救い出した勇将も、今は重い沈黙と憂鬱に支配されてしまっている。
言い方を変えれば、人の形をして、意志疎通の出来るBETAがもう1種類出現したようなものなのだ。
如何な英才、勇将といえど、太陽系の他の惑星の資源地域。そこまでを把握しているわけではなく、彼らが知悉しているのは、荒廃し、やがては滅亡か。
自爆すれすれの反撃で差し違えるしかない、人類の実状だけであった。


しかし、何故か社霞は、それほど大きな不安は感じなかった。

確かに白銀武という少年は、時として柔弱に過ぎ、現実から逃げようとしたこともあった。天然のどうしようもないジゴロでもあったかもしれない。
しかし、彼は最後は約束をけして違えない少年であり、自らの意志を通す男であった。
その意味では、サーシアから白銀の名前を聞いたとき、並行世界からの記憶と人格に過ぎないと知っているのに、不思議な安堵感が広がりもした。


(白銀さん・・・あなたが呼び寄せたジョーカー。どんなものか、私は絶対に見届けます。
白銀さんを冬の日本海で逆さ吊りにして、駆逐艦のソナーアレイで曳航しながらお話しするまで)



[24402] 第五話
Name: 七猫伍長◆bcb2db3e ID:b0e589f1
Date: 2010/12/10 23:54
第352分遣調査艦隊が、ラダビノット准将らと最初の会合を終えてから二週間。更に、各鉱工業・重工業メーカーや軌道保安庁が調査船複数を送り込み、土星圏の資源調査を拡大。
同時に艦隊司令部、政策調整官、外務省暫定交渉団らは、現段階における異世界の状況報告。並びに交渉素案を数度の立案、協議の末に纏め上げ、それぞれの上位部隊や本省へ上奏していた。

おおまかに纏めてしまえば、素案の内容は以下のようになる。


1.現地でBETAと呼称される異生物は、きわめて人類に敵対的かつ補食性質を有しており、数も数億単位と膨大である。
降着ユニットと呼ばれる隕石により各惑星に展開、繁殖する能力を持つため、ハイゲート近隣には至急戦闘艦隊・警備衛星を、常時配備されたし

2.同方面の地球は、西暦1998年であり、航空宇宙技術、兵器技術は我々の当時に比して卓越しているものの、BETAにより滅亡の危険性が高い。
その場合、ハイゲートを介して、次に我々へ興味を向く可能性が大きく、何らかの援助措置が必要と考えられる

3.ハイゲート通過地点である、同方面の土星小惑星帯は、概ね当方の掌握している地点に、豊富な鉱床が多数存在し、有力な資源地帯として機能しうることが期待される

4.現在艦隊は、現地国際連合及び一部主権国家の許可の元、タイタン、月、地球軌道を周回中。パッシブタキオン探査システムにより、さらなる情報収集、先方との協議継続に努めるものとする

5.当面は土星資源地帯とバーターで、20世紀末レベルでも扱える、安価な援助物資・工業プラントの大量供与。
それによる同世界人類の抵抗力強化により、当方へBETAの興味が指向されることを抑止することが、妥当と愚考す


この、降ってわいたような爆弾のような事案に、地球連邦政府は大いに困惑した。異次元銀河の衝突、二重銀河の消滅などを過去に経験しているが、
まさか異世界と、そこにおける地球人の存在。そして敵対的な多数の異生物と、それと背中合わせのきわめて魅力的な莫大な埋蔵資源。

何れも咄嗟の判断に躊躇せざるを得ない、危険な案件であった。
地球連邦大統領、イーノス・アークハートは緊急閣議を招集。担当官公庁の事務次官クラスも可能な限り呼び寄せ、内閣としての事態対処案の作成に乗り出した。


「最早、放置と監視だけで済まされる段階は、過ぎたと判断すべき事態でしょう」

地球防衛軍総司令官。古代守大将が議事の第一声を切った。弟同様、加齢と経験により、円熟味を増した顔立ちとなっているが、声音は厳しいものであった。彼は報告書のBETAの項目を指し示した。

「BETAという異生物は、個体単位であれば、恐らくは容易に無力化が可能です。しかし現地の調査によれば、地球だけでも最低数千万から数億。
そして、自らが感じた脅威に対応し進化する能力さえ備え、恒星間を移動する母艦のような隕石も有しているとのことです。
シャルバート近隣には第8航路護衛艦隊に加え、機動予備部隊の一つ。第12艦隊の展開を発令いたしております」

第12艦隊はシャルバート星系方面防衛艦隊の機動予備部隊であり、どちらかといえば砲雷撃戦を重視した打撃艦隊である。
最新鋭艦こそ少ないが、主力戦艦8隻、各種巡洋艦12隻、軽空母6隻、駆逐艦24隻等を基幹とし、支援艦も1個任務部隊が張り付けられた有力な戦力単位でもある。
万が一「降着ユニット」がゲートアウトした場合、最悪、周囲の小惑星への誤射を恐れず、第8航路護衛艦隊と共同で、全火力で破壊せよと既に発令されていた。

「航路保安庁にも、海賊・密輸船多数出没という名目で、封鎖の強化を発令しています。
防衛艦隊へ掃海部隊の支援を要請。デブリ除去の強化により、ワープ可能地点とバイパスを複数の設置設定には成功しました。
効率低下は最低限です。しかし、そろそろ運輸業等々からの疑問を抑え、なだめすかすのも限界が近いでしょう」

バーンズ政策調整官からの報告を受けた、アバルキン運輸大臣が苦い顔をして応じた。
連中も調査船を出している以上、ハイゲートの存在を知悉しているところが増えています。早くメイン航路を開けるか、
現地での鉱工業・重工業メーカーと提携しての商売を始めさせろと、矢の催促です、と。

地球連邦の経済自体は、恒星間進出の継続により概ね景気は悪くない。しかし、植民に必要なコロニーや宇宙艦艇。
そして何より、それらを作り上げる製造プラントのための、レアアースやレアメタルは、どれほどあっても足りない有様であった。

「矢の催促といえば、ボラーの連中も騒ぎ出しました。どうも大遠距離のアクティブかパッシブ観測で、ハイゲートを見つけだし、当方の活動を指摘し始めました。
 今のところはガルマン・ガミラスの外務と共同で、なだめにかかっております。
 あちらは一時的な統制経済の強行により、何とか国民生活レベルの向上と穏健化に成功していますが、余談は禁物でしょう」

同じく、現地に展開しているギュンター大使より報告を受けた、アレクサンドラ外務大臣が、眉間に深いしわを刻んでいる。
外観は子供達と亭主の面倒を見ている、気っぷの良い主婦といった趣だが、慎重な洞察力と部下への権限委譲見極めが巧みな、出来物として知られていた。
そしてボラーの実状は彼女の言葉のとおり、かなりデリケートなものであった。

彼等はベムラーゼという強力な指導者を失い、更には異次元銀河衝突による国家規模の大損害を蒙っている。
それを「粛清」というのが相応しいほど、徹底した非常事態宣言と統制経済を短期間とはいえ中央官僚団が強行し、
今は一応の安定と秩序を取り戻している。地球連邦との関係も悪いとまでは言わない。

しかし良好ともいいがたい。経済的な摩擦は経済体系の違いからどうしても頻発し、一部では各地の海賊行為にボラーによる支援の形跡も見られる。
過去の戦役の経緯を考えれば、何をするか分かったものではないと警戒するのも当然であった。

「これはあくまで最悪の可能性ですが、あちらの手付かずなコスモナイトを初めとする膨大な資源。
 その割り当て・輸出強化を目的に、軍事的圧力を強化するケースもありうる。
 一時的に本業へ戻って貰った、うちの情報官がそんな報告を送ってきました。恐らくクロでしょう、奴は確信のもてない情報はけして送ってきません。
 不確定ですが、プロトンミサイルの艦艇への搭載が始まった。また、予備役将兵の一部に動員がかかった形跡がありますな」

田中情報省大臣が、細い金属フレームの眼鏡の奥の瞳に、怜悧な光をともしながら、淡々と報告してきた。一時的な本業へ戻った情報官とは、勿論、ニコ・ベリックのことである。
彼は、本省が危険な兆候を掴んだ段階で、現地艦隊より一時召還され、自動駆逐艦(一定人員数までであるが、自動艦も臨時居住区画は設けられている)により再度こちら側へ帰還。
ハードワークに不平たらたらながら、本業であるヒューミントを用いた間接情報収集と分析を、数名の部下達と共に開始。
ボラーの一部に、コスモナイトを初めとする鉱工業や製造業の好景気で潤っている、地球連邦から安価に資源を輸出させることで、
危ういレベルで押さえ込んでいる国民の不満を、より安定的なものにしたい向きがあることを、彼は確認していた。

「古代長官には申し訳ないですが、無かったことには出来ませんかね」

北欧系の顔立ちが濃厚に出ている、ハッシネン厚生労働大臣が、見事な銀髪が目立つ頭部。その額を軽く揉みながら呟いた。

「余り言いたくはありませんが、傷痍軍人恩給から育児奨励金に至るまで、人口回復のための福祉予算は常に不足気味です。
更にはボラーとのデフコン向上、異生物対処による防衛予算増大は、非常に手痛いのです。
正直現地部隊を撤収。飽くまでハイゲートの防衛のみに専念していただき、出費は最低限にしていただきたいのです。
我々は、未だに人口の面でガミラス、ボラーに比して数分の一の小国であるという現実は、変わっていないのです」

ハッシネン大臣の言葉に、一座は一時渋面となった。2180年代には130億を数えた人類。
それはガミラス戦役における一方的な攻撃で、18億にまで減少し、その後の数度の戦役により、最悪の時期には17億5000万にまで減少したのだ。
今でこそディンギル戦役以来、20年近い平和と繁栄。そしてそれに伴う出生率と平均寿命の改善により、人口は30億以上を数えるに至っている。
さりながら、それだけの人口を増やすには、雇用と奨励金、各種医療保険や年金。
そして多数の死傷者を出した防衛軍に対しても、傷痍年金等が必要となる。福祉は高度に発展した国家。その財政にとってのブラックホールという呪いは、23世紀でも健在であった。

「私も極端に国庫を悪化させる、傾かせる軍事行動を提唱したつもりはありません。しかし、現地からの報告が確かであれば、BETAという異生物はかの世界の人類を、既に数十億。
嘗ての遊星爆弾で失われた人命並の命を、補食しております。万一、市民へその脅威が向けられる可能性を、軍は看過できません。
ボラー方面に関しましては、幾らかの機動予備を前進配置すると共に、交渉で何とか出来ればと。・・・財務大臣、ご意見がおありでしたね?」
「ええ、これは経済産業省、運輸省とも共同で審議した素案なのですが」

中堅企業の経営者から出発し、地球連邦の金庫番にまで上り詰めたアメリカ系財務大臣。クリーズ氏は長身と禿頭を伸び上がらせるように、やや高めの声音で応じ始めた。
相当に入念に審議を行ったのであろう。出てくる数字は立て板に水であった。彼は多少積極財政を支持する傾向が強い。
つまりは、場合によっては多額国債発行もいとわない「大きな政府」に傾倒しがちな側面はあるが、財源となりうるものは逃さない嗅覚も併せ持っていた。

「現地のベー・・・・ああ、BETAでしたね。BETAの侵攻を受けていない土星衛星地帯の資源なのですが。
概ね我々が知っているものと、同等の埋蔵量が見込める可能性が高いという結果が、官民双方の調査で出ています。
まあ、調査に共同したガミラスにも分配しなければなりませんが、大雑把に言えば特大の植民船団が最低一〇個、護衛艦隊込みでは作れるであろう資源が。
また、鉱床地点が概ね掌握できているため、資源試験採掘は一週間もあれば。商用大量採掘活動でも一月あれば何とかします。
これにより雇用増大、税収増大。何より、ボラーに対する取引材料とすることで、ことを穏やかに纏めることは、不可能ではないかと」
「雇用と税収増大は有り難いですが・・・問題は出方不明のボラー、ですか」


「ならば、内閣としての方針は決議されたようなものだな」


それまで敢えて沈黙を守り、閣僚達の議論を興味深く見守っていたイーノス・アークハート大統領は、
あれは政治家というよりマフィアのボスに近いのでは。そう言われる酷薄そうな顔に、薄笑いを浮かべて言を発した。

彼は彼で、自前の諮問機関による情報収集は欠かしておらず、同時に数度の閣僚経験から、各官公庁のトップ。その考えの指向性については、十分熟知していた。
本来は教養人であり、ユーモアを好み、敵対者に対しても控えめな紳士でありながら、
外観で常に誤解される地球連邦政府の最高権限者は、今度ばかりは誤解のしようのない、明確な発音で各位へ令達を発し始めた。
日頃は物静かで、それ故に睨み顔と誤解される彼であるが、一度スイッチが入ると、行動力は非常に大きい。


「古代総司令、子細は任せる。艦隊のみでの迎撃に万が一失敗したことを想定し、
空間騎兵師団と軌道防衛システムの現地展開を外務・ガミラスと共同で、シャルバートへ申し込んでほしい。
BETAとやらの物量を考えれば、艦隊と航空隊、軌道防衛システムのみで漸減できるか怪しいものだ」
「2個師団と1個システム群でしたら、既に出師準備は整っております。空間騎兵は重機甲師団ですので、幾らか予備役輸送船舶もお借りしますが」
「抜かりはないようだな。予備役船舶の復帰は予算を付ける。存分に使ってくれ。外務大臣、君には幾つも案件を押しつけることになる。
財務、運輸と共同して、ガミラスとボラーとの共同合議にあたってもらう。
ガミラスには多少緩い、無償に近い形で現地資源の数割を供与し、ボラーとの協商関係拡大交渉の援護を取り付けて欲しい。
ボラーも短剣を手放さないとはいえ、国民生活レベルが今よりも安定して、
戦争など当面結構と国民が言い出せば、あの寡頭支配集団も無茶はできまい」
「外務も甲案として、そのアウトラインは策定しております。直ちに関係各所との詰めの上で、半月以内には・・・・・
ああ、それと。向こう側の国際連合へ、大統領の署名を頂いた正式な一筆も頂きたいのですが」
「ん・・・?いかん、まだだったな。年は食いたくないものだ。それも含めやってくれ。田中大臣、ボラーのヒューミントを、酷だが現状維持のまま監視を続け、必要なら拡大して欲しい。
外務を信用しないわけではないが、あの国は軍閥の寄り合いに近かった時代もある。暴走集団の激発に関わる情報は、押さえておいて欲しい」
「あちらさんのボラーチウムを用いた通信ライン、そこへのパッシブ観測も既に開始しています。ヒューミントはまあ、慣れた人材をもう少し増員いたしますが、それで『あちら側』の方は」
「それは最早、私が行くしかあるまいよ」


アークハートの発言に、一座は流石に騒然とした。確かに相手は、地球連邦から見れば小規模とはいえ、主権国家の集団である。
そして、かの世界の国際連合は、地球連邦ほどではないにしても、難民保護から軍隊に至るまで、一種の超国家組織として、嘗ての自分たちの母体である国連よりも大きな権能を有しているという。しかし、とはいえ。


「閣下、こう申し上げてはなんですが大胆に過ぎます。外務でありましたら、私が」
「君にはボラーを睨み付けて貰う仕事がある。私ではまるで、逆にボラーからシマを寄越せと誤解されかねないからね」

アレクサンドラ外務大臣の懸念に、アークハートは苦笑して、自分の面立ちを指し示し、敢えて日系人のマフィアの慣用句を用いた。その後に一転、表情を真剣なものへと切り替えた。

「あちらは恐らく、3世紀近く進んだ異世界の我々に、半信半疑だろう。今後は有力な資源得意先、そしてBETAに対する緩衝地帯だ。
芸のないやり口とは承知しているが、国権の最高責任者が、足を運び、礼節を示すほかはない。それにむざと用心もせずに赴くわけではない。古代総司令」
「はい」
「現在動かせる頑丈な大型戦闘艦。古い主力戦艦でもかまわない、適当なものにあたりをつけてくれ。
かの世界をことさらに威圧するつもりはないが、一度は核攻撃を受けているという。コーランではないが拳と掌、双方が必要だ」
「3時間以内には。護衛の空間騎兵、補助艦も含め選抜します」
「すまないな。砲艦外交など下策とは承知だが、私も安直に倒れるわけにもいかん・・・ハッシネン大臣」
「ええ、ええ。分かりましたとも。こちらも腹を据えましたよ」

最早苦笑すら浮かべつつ、政治家としては古参の域に達している厚生労働大臣は頷いた。
異世界発見などは初めてであるが、彼も、二重銀河衝突の余波や宇宙災害。
それに伴う救援計画発動の指揮を執ったことは、両手の指を越えるほど経験を持ち合わせている。
それこそ、「手段を問わない」方法で切り抜けたことも、一度や二度ではない。彼は彼で、与党野党、財界、産業界を通じた手管と人脈を豊富に有している。

「ああ、そうあってほしい。将来の雇用と税収のための先行投資だ。
 中古や期限ぎりぎりでもかまわない。コスモクリーナーから糧食パックに至るまで、現地難民支援準備に取りかかって欲しい。
 軍需や工業力の援助も必要だろうが、好印象を与えるには、誰もが反対できない大義名分からが良かろう」

「そういえば」

誰が言ったかは分からないが、このような発言が残っていたとされている。

「今更ですが、国民への発表は如何致します?野党は野党で、独自のシンクタンクと、軍・保安庁からの報告によりある程度知悉していますが」
「それこそ今更だな、君」

アークハートは本人にとっては苦笑を。端から見ると、禁酒法時代の大物マフィアが、同業者を恫喝しているような笑みを浮かべた。

「圧縮光速レーザーを通り越して、タキオン高速通信が行き渡った時代だ。今や、恒星間ネットを初めとする情報媒体は、あのワームホールのことで持ちきりだ。
誰も海賊船の急増など、本心からは信じてはいない。何より、二重銀河の消滅や異世界銀河の出現などで、良くも悪くも我が国民は慣れてしまっているからね。
こういった事態に。議会でも地雷のようなネタだから、誰も触りたくないだけ。それだけのことさ」

結局の所、国民への公式発表は、当面は緊急措置の密会措置を執られた連邦代議会。その決議を経て、実働が事実上始まった段階で、
「人道支援措置」「緊急避難・災害防止対策」として公表されることが、この場で決定されたとされている。



「とある異世界の盗掘者達・宇宙戦艦ヤマト2229/マブラヴオルタネイティヴ 第5話」




「労働党としては、にわかには認めがたい案ですな」

閣議決定後、急遽議会が招集され、それも地球連邦議会としては珍しいことに、一時的な秘密国会とされた議事。
そこにおいて、防衛軍や軌道保安庁、各種官公庁や民間企業の調査結果に基づく、アークハート内閣。
そして、彼の所属する共和党の作成した、異世界関連事案立法について、労働党の党首。ウィリアム・ゲイツ党首は苦い顔で応じた。
医薬品を中心とする新興財閥から出馬し、四十代半ばにして党首の座にある切れ者であった。

医療関係からのバックアップを受けつつも、福祉のブラックホールについても、一定の理解は持ち合わせており、
最良とは言わないまでも、次善に近い野党党首と市民からの評判も悪くない。

「いえ、我々も防衛軍や保安庁。運輸省などから報告は受けています。何も異世界を与太話とするわけではない。
しかし、そこへ積極的に関わるというのは、異次元銀河衝突でいまだ不安定なボラーを刺激しすぎます。軍や外務の能力を疑うわけではないが、
最悪の事態に至った場合の人命損失、出費を考えれば静観。良くて情報交換に留めるのが安全策というのが、我々の見解です」

野党側からは概ね同意を示すうなずきやうめきがあがる。流石に罵声や野次は飛ばない。そのことは院内法、つまりは国法で厳密に禁止されていた。
過去の各国の議会において、牛歩戦術や野次、暴力行為などの愚かしい行動により、著しく議事が遅滞したことを、地球連邦政府は忘れていなかった。
そして、そのような遅滞を国力に劣る国家がなす事を許してくれるほど、恒星間時代の政治と外交は、甘くはなかった。
議会における最低限度のモラルを、外的環境の厳しさが底上げしたことは、ある意味で幸福とも言える。

「議長、宜しいでしょうか」
「イーノス・アークハート君、どうぞ」

議長を務める与党穏健派の長老の許可を得た上で、アークハートは立ち上がり、一同を見渡す。
本人としては、周りの反応を伺っただけなのだが、酷薄そうな冷笑が張り付いたような顔立ちにより、いつものように威圧感を与えてしまっている。
内心で、私はいっそマフィアか海賊にでもなった方が、もっと稼げたのだろうかと内心で苦笑しつつ、外観に反した、穏やかな発音で応じ始めた。

「ゲイツ氏の懸念は仰るとおりです。ボラー連邦はかの異次元銀河衝突からの強引な立ち直りで、民心も安定しているとは言い難いのが実情です。
これを奇貨とばかりに、何らかの軍事行動を起こしかねない。その危険性は閣内においても検討されました。何よりもその危険性を警戒したのは、防衛軍です」

そこで一度言葉を切り、再度反応を確認し、彼は続ける。

「さりながら、ここにいらっしゃる諸氏には既に報告が届いてらっしゃるでしょうが、
 BETAという異生物は、仮に異世界であろうと、人間を補食対象として大きな興味を抱く危険性が高いのです。
 しかも数は、ボラー連邦全艦隊のそれを、桁で軽く3つは上回ります。
 あの、ハイゲートと呼称される、特異なワームホールの出現は、ある意味でもう一つの戦線を抱えたと行っても、間違いではないでしょう」
「その点については、同意いたします」

ゲイツ党首も、流石に異生物襲来の危険性を看過するほど、与党批判に凝り固まってはいない。彼とてガミラスの遊星爆弾攻撃を経験した世代であった。
それに類似する危険性がどんなものかは、自らの少年時代の貧窮(彼はその頭脳と学習意欲から、今の実家に養子として迎えられた孤児であった)から想像しうる能力は、十分に有していた。

「さりながら、我々はボラーという、混乱しつつも大量のプロトン惑星破壊ミサイルを抱えた、軍事国家を相手にも、事実上の冷戦を抱えています。
それを刺激し、事実上の二正面作戦を断行せざるをえない場合を、最も我々は懸念しています。
 仮にガルマン・ガミラスのの友誼、各種安全保障条約履行があったとしても、です。
 これは最悪の事態を想定し、退役軍人や各種研究法人を含むシンクタンクに依頼したデータですが、どうか御覧頂きたい」

与党内の有力代議士、連邦大統領が私的シンクタンクを有するのと同様、野党側党首とて、
自前のシンクタンクを持ち、常に学習しなければ議事で話にもならないのは、この時代でようやく定着した議論のレベルであった。
そして、各位の議席の端末に記されたデータは、与党議員でさえ思わず眉をひそめねばならないものであった。
それは、限られたBETAの情報。そしてボラー連邦が最悪の事態、軍事侵攻を起こしたケースの数値であった。
その場合、防衛軍は予備役艦艇、予備役将兵、スケルトン師団の悉くを動員し、平時の国家予算3年分から5年分を一戦で使い切り、
2つの敵を撃退出来るかは6割か7割ほどの賭、人員損失は100万単位に昇るとされていた。

そして、これはあながち荒唐無稽な数値ではない。地球防衛軍・防衛艦隊は質の面でボラー軍を凌駕しており、単位あたりの戦闘力は恒星間国家の中でも屈指に達する。
軌道保安庁も平時は警察力であるが、有事には強力な護衛戦力へ変貌する。しかし、数の面では先方が衰退した現在でも、3倍近い差異がある。
その上で、最低数億というBETAを、ハイゲート近隣宙域とシャルバートを防衛ラインとして戦った場合。

ガミラスという強大な同盟国の増援を受けたとしても、この損失。人命と国庫、双方での喪失はけしてありえないことではない。
人命は言うまでもなく、防衛軍は有する3000隻以上の戦闘艦の内、平時においては三分の一をモスボールし、比較的世代の新しい艦艇に。
空間騎兵も額面上は45個存在する師団の内、15個師団を司令部要員と基幹将校、下士官のみ存在するスケルトン師団として、32個師団を充足し、辛うじて防衛ラインを構築しているのだ。
その様な実状の中で、平和な日常では民間人として働き、国庫に納税している予備役将兵を動員し、前線から後方まで張り付ければどんなことになるかは、誰も考えたくない結果である。、

さりながら、アークハートはさして動じた風を見せなかった。
内心では穏やかではないが、彼はこの数値を、やはり閣内の論議と自前のシンクタンクによる教唆で、ほぼ近いものを事前に認知した上で、この場に立っている。
無論、後ろ暗いジョーカーや密約。その準備した数も、ダース単位では利かないほどである。


「その点については、経済産業相より返答させていただきたく思います。議長、宜しいか」
「アーベル・ブラウナー君、どうぞ」

先の閣議に際しては、各種重工業や鉱工業関係者との調整会談で出席できなかった、謹厳実直がイメージのドイツ系としては珍しい。
半ばはげ上がった頭皮、笑みを絶やさない丸顔、やや突き出た前腹など、
どちらかといえばビアホールで仕事後のビールを楽しんでいる方が似合いといった風情の閣僚が、よっこらせと重たげに立ち上がった。

「ボラーに関する懸念はごもっともです。我々も同様の見解に達しています、が。先方の世界の手つかずの資源地帯、バカにしたものではありません。
南部、EHI(ユーロヘビーインダストリー)、GE、繁華公司、住友。後は保安庁などの手も借りましたが、事前に鉱床座標が分かっていることから、
自動プラントと熟練した要員さえ手配できれば、一月で商用ベースの流通に乗せられます。全部が我々の取り分というわけではありませんが」
「ふむ・・・確かに、新たに鉱床を一々探らなくて良いメリットは分かりますが、やはり一部はガミラスへ?」

野党側の重工業系列に造詣の深い、旧中華大陸系の重工業企業のバックアップを受けている代議士が、微かに頷いた。
機会主義者として些か嫌悪されている人物であるが、短期・中期的な利益に関しては、かなり現実的な理解と見識を示す人物でもある。
イニシャルコストとトータルコストの区分けが付かないほどの、愚か者でもない。その問いに対して、得たりと微笑を浮かべたブラウナーは答えた。

「ガミラス『にも』です。現在、外務と運輸と共同で折衝中ですが、この際、ガミラスの外交援護を取り付けボラーと協商条約を締結。民生品レベルでの希少金属や電子部品。
逆にあちらさんからは、兎に角安く回ると評判のボラーチウム波動エンジンを筆頭に、協商条約で扱う代物を拡大しちまうんですな。
多少の赤算を見込む価格で。外貨流入で生活レベルが向上し、あちらの不満が減少してくれるなら、軍を出して事を構えるよりは安くつくでしょう?」
「大胆な提案ですが・・・ハイゲートがいつまで持続するか。それが不確定な実状で、それを先方が呑みますかな?」
「その案件が、この議会を密会として頂いた理由の一つなのです」

アークハートがブラウナーの発言を引き取る形で、議長に軽く会釈を行うと、軽く咳払いをしてから言葉を発した。何しろ内容が内容なので、言葉は余程慎重に選ばねばならない。

「今から20年近く前のディンギル戦役。その中には従軍された諸氏もいらっしゃるでしょうが、この宇宙には、
人間以外にも知性と意志を持つ存在があることは、アクエリアス破壊作戦の一件でご承知かと思われます」

その上でと、一端言葉を切る。さあて、これほどのオカルトじみた話を、どれほど誰が信じるかは、言葉の使いよう次第だろうな。

「かのワームホールの調査に、シャルバートのルダ女王。防衛軍予備士官でもある、イスカンダルのサーシア王女にも立ち会っていただきました。
検査結果はクロです。非常に嫌な言い方になりますが、あのワームホールは向こうの世界でBETAに食い殺された、数十億の死者の残留思念。それにより形成された上で、
現在、ガルマンガミラスのマイクロブラックホールコントロール設備で、規模を維持されているのです」

流石に、静粛を旨とする院内にも動揺が走った。幾ら何でも、だまし文句じゃないのか?大統領、過労で壊れたのか?そんな言葉さえ微かに聞こえてくる。
まあ、無理もない。今度ばかりは表情にも、隠すべくもない苦笑を浮かべたアークハートは続けた。

「議員諸氏の皆様が、私が壊れたかオカルトに耽溺したか。はたまた山師かマフィアへの転職を始めた(ここで軽い苦笑が起きる)とお考えになるのも、無理はありません。
しかしながら、あのお2人の感応能力自体は実証されております。何より、現地へ派遣された艦隊が、同方面の、我々の住む蒼い星とは異なる地球を観測して参りました。古代長官」
「防衛軍長官、古代です、臨時にオブザーバーとして参加させていただいております。
現地派遣部隊のデータは様々ですが、要約すれば既にユーラシア大陸は異生物で埋め尽くされ、植生と自然は壊滅。
人口は16億まで減少。まあ遊星爆弾攻撃で、明日の朝日を拝めないと怯えており、私が乗艦もろとも漂流していた頃の我々と、大差ありません。
統計データは既に転送いたしましたが、ここは映像の方がわかりやすいでしょう。議長、プロジェクターをお借りできますか?」
「許可します、古代長官」

古代が敢えて無言で操作し、23世紀現在でも省電力や省スペースから多用される、有機EL大画面パネルには、あたかも2199年の地球もかくやと思しき映像が映し出された。

現在では嘗ての町並みの色合いを残しつつ、より機能的に再整備され、観光都市としての色合いさえ添えられたパリ、モスクワ、ベルリン、プラハなどの、ユーラシアの古都は、ベトンと鉄骨、兵器の残骸。
そして白骨化した無数の食いちぎられた亡骸と、BETAと呼ばれる異生物の死骸で埋め尽くされ。もしくは硝子状の大地に整地されていた。そして、未だに人類が居住しているであろう地域。

恐らくは日本か英国と思しき島国では、空間騎兵の用いる重装甲服を数倍に拡大したような兵器、古典的な装甲車両や重砲。そして野戦陣地が、数十万、数百万のBETAの津波を食い止め、
そして一部では文字通り食い尽くされる有様が、子細に流れていた。画面の端には現在時刻、そして現地時刻が記されている。つまり、これは現在進行形で進んでいる事態と言うことだ。

「現地国際連合の許可を得て、派遣艦隊各艦のタキオン合成レーダー、パッシブ光学観測システムが記録し続けているものです。
幸い、現地とのタキオン回線によるリアルタイム通信は維持されております。彼らは過去30年の歴史で、
50億近い人命を喪失したと、数度の現地部隊との協議で報告してきたそうですが、あながち嘘ではありますまい。
短期にハイゲートが閉じてくれるなら、寧ろ越したことはありませんが、
これだけの死者の残留思念が簡単に消えてくれるかは、女房も娘も確証を持てんと言っておりますな」

先ほどの動揺とはうって変わって、院内は重い沈黙に支配された。
連邦議会は有能であれば、若手の代議士も積極的に登用することを、一応は心がけている。
さりながら、幾ら何でも30歳を下回る世代はここにはいない。つまりは、誰もがガミラスの遊星爆弾による絨毯爆撃。ガトランティスの巨大戦艦による艦砲射撃。
あるいはデザリアム降下兵団による地球占領を経験した男女達であった。

その当事者の長老格に入りつつある古代守は、敢えてその当時の記憶を刺激する映像を、予告無しで流したのだ。
そして、彼の妻と長女。つまりはイスカンダル女王と王女の双方が、人やそれ以外の知性生命体の思念を、鋭敏に感知し、
判断することが出来るという事実が、映像の衝撃に拍車をかけていた。

「つまり、因果な話ではありますが、我々は50億の死者によって舗装された高速道路を用いて、希少資源を大量に運び出すことが可能なわけです。
冒涜的な発言なのは承知ですが、ご理解いただけでしょうか」

この時ばかりは、表情が半ば消えた顔立ちでブラウナーが先ほどの中華系野党議員に向き合った。
ブラウナー当人とて、この映像資料を事前に知悉してはいたが、相応の衝撃はあった。野党議員氏はなるほどと一言頷くと、無言でその映像に食い入った。
中華大陸は、ガミラスが恐らくはその広大な地形を、植民に利用したい意図があったのであろう。
最も多数の遊星爆弾の降下を受けた地域であった。嘗て20億を数えた中華系市民が、現在では4000万名まで減少し、
華僑として古い有力な家系のバックボーンを持つはずの彼が、野党中堅議員に甘んじているのも、その影響が些か影を落としていた。


「宜しいでしょう、当面、労働党としても、少なくとも緊急難民援助事案までは、党内決議の末に前向きな回答を寄越したいと考えます」

ウィリアム・ゲイツは何かを思いきったような、悲痛な顔色を浮かべた相貌でアークハートへ応じた。
野党側の議席で、些かのざわめきが走るが、片手を僅かにかざすことで彼はそれを押さえ込んだ。

彼は独裁的な党支配体制をさして好まない男だが、見込みがない。努力する意図がないと見限った相手は、身内でも切り捨てるという、冷徹さで知られていた。

そして、この態度は8割が演技であった。別に彼とて、BETAに蹂躙される異世界の地球に、過去の自らをオーバーラップさせないわけではない。
しかしそれは過去のことと割り切れないような人物が、二大政党の党首になれるはずもない。

何より、彼の支持母体となっている医薬品業界。主に北米、北欧を中核とした新興薬品財閥にとって、公費援助さえ見込めるこの事案への賛同、半ば決定事項であった。
彼はアークハートのような、古典的な英国紳士にして資産家のような人物を好いてはいないが、党利と支持基盤への金の流れ。
そして幾らかでも国益を増すチャンスを、是が非でも与党へ反対という幼稚な動機でつぶすほど、愚かではなかった。

何と言っても彼の
支持基盤である薬剤財閥は、嘗てはジェネリック医薬品と呼称された、正規の医薬品に比して些かリスキーではあるが安価な医薬品を、軍や発展途上地域や植民星系に大量に売りさばいてきた。

度重なる嘗ての戦乱や、現在の爆発的な人口増加は、まさに彼を拾い上げた新興薬剤コングロマリットにとって、
波動エンジン並の発展をもたらしたのだ。無論、副作用の症例も少なくはなく、訴訟も多い。
主にこの男のお陰で、未だに地球連邦市民の平均寿命は100歳を越えないのだと、後ろ指を指されることもある。
しかしながら、高価で高品質な少量の医薬品より、多少リスキーでも一応は安心して使える医薬品を、兎に角大量、何処の辺鄙な病院・薬局でも処方できるように。
それこそが、嘗て貧窮と飢餓を経験し、その上で生き残り、経営学等々を実地で学んだ彼ならではの、一種の哲学であった。


(待っていろ異世界人ども。こちらでは3級薬品、在庫期限ぎりぎりの糧食、清水でも、お前らは喉から手が出るほど欲しいはずだ。
それを公費援助で売りさばけるというのであれば、過去の悲劇に打たれた紳士の演技でも、いけすかないジョンブルとの取引でも、謹んで応じてくれる。
幾らでも在庫を出血価格で押しつけてやる。代価が我々も欲しいコスモナイトとあれば、尚更、な)

 
そう、アークハートの持っていた最大のジョーカーは、既にウィリアム・ゲイツとその支持母体の役員クラスと、利権と公益事業分配について、手打ちが暗に為されていたことであった。
議事を密会としたことは、BETAの衝撃をいきなり市民へ与えるわけにはいかないこと。
反面、それぞれの陣営の、嘗ての言葉で言えば陣笠議員と呼ばれる若手に、あえて密会という非常システムを用いることで、危機感を植え付けるために過ぎない。

まさに政官財の癒着そのものではあった。ついでにいえば、与野党双方が公共事業。あるいは収賄に関して、この時期、互いに相当危険な爆弾を握りあっており、
適当な手打ち。落としどころを欲していた側面もあった。
市民にとって、公正明朗で速度を犠牲にした議事が良いのか。このように半ば手打ちの末で、
一応の進展を癒着の末に進めるのが幸福なのか。それは受け手次第によって、千変万化であろう。


何はともあれ地球連邦政府は、当面は難民救助に必要な一連の機材、物資を。やがては確実に要求されるであろう武器弾薬、電子装備、製造設備とノウハウの供与を引き替えに、
異世界より希少資源を大量採掘し、景気回復と外交緊張緩和に乗り出すことを、本格的に決心したのである。
なお、政府公式発表として、ハイゲートの存在が告知されたのはこの議事の5日後であったが、誰もが、何を今更といった反応であった。
民間船舶が遠距離からでも撮影した映像が、タキオン高速通信を介した恒星間ネットの随所で閲覧され、
尚かつ、過去に二重銀河消滅や太陽の融合暴走、異次元銀河衝突といった事態を見てきた人類は、このあたりの感覚が、かなり麻痺している部分があった。



*異世界:1998年10月12日

未だにBETAの侵攻を受けず、人類の栄華。その残滓を色濃く留め、同時に人類の抵抗力の原動力となっているアメリカ合衆国。
その大都市ニューヨークに半世紀近く、巨大な存在感を示し続ける国際連合本部。そこでの議事は、地球連邦のそれと異なり、一層重苦しい空気に包まれていた。
ラダビノット准将、香月博士、社少尉の三人。そして駆逐艦「エイラート」の観測により、かの「シャトールノー」と名乗る宇宙船。
否、彼らの基準で言えば「巡洋艦」は、技術に造詣のあるものならば、数世紀は彼我技術に懸絶があることを、一目で見て取れるものであった。

救いといえば-

「彼らは会談した限りでは我々と同様の、地球人です。それもかなり慎重に、礼節をわきまえた。
困惑が強いのは互いのようですが、BETAの擬態という最悪のケースは流石に皆無です」

一通りの報告を、上の発言で締めくくったラダビノット准将に続き、香月博士が事前に関係各位に配布。転送した資料を基に後を引き取った。

「我々も幾つかの技術サンプルを受け取り、検証した結果、懸絶しているのは技術力のみではありません。当然のことですが、国力もでしょう。
彼らは幾度もの異生物の侵略を受け、そのたびにそれらの技術を簒奪し、あれだけの大型宇宙船複数を、『分遣調査』に送り込めます。
そして、こちらの核攻撃衛星、S-11自爆システムを何らかの手段で遠距離より、精密に検出。
更には我々が地球上で行っている通信も、相当広汎、明瞭に傍受されています。間違っても喧嘩を売れる相手ではないでしょうね」
「すると、つまりはあれかね」

大日本帝国外務省より出向している珠瀬国連事務次官が、老いた。さりながら思慮深い相貌に、深刻な懸念を張り付けて香月博士へと応じた。
誰もが言い出しにくい懸念であったが、それを切り出さざるを得ないのが、先の半島撤退作戦で戦線崩壊を招きかけたとされる大日本帝国。そこに属する男達であった。
彼らはあらゆる意味で泥を被り、不信と懸念を稀釈し続けるほかない立場にあった。

「我々はその気になれば、BETA以外にも生殺与奪を容易にコントロールできる。そんな存在と接触してしまった。
是が非でも協力、最低でも無害な関係構築を図らなければ、敵対などすれば将来はないということか」
「当方の核飽和攻撃を、たった2隻の『駆逐艦』が完全に迎撃し、その余波を受けても平然としているほどです。
その筒先がこちらへ本格的に向けられれば、確かにそうなるでしょう。彼らの戦力はよく統制され、抑制されていますが、潜在的な能力は圧倒的です」

「そして、最大の障害は」

アラブ系諸国より選抜された、浅黒い肌を持つ国連事務総長が低い口調で呟いた。

「彼らがジョーカー、エースをダース単位で有しているのに対し、こちらが供出できるカードが余りにも少ないことだ。
ラダビノット准将。彼らが2週間以内に会談を、地球上で望んでいるのは、間違いないのだね?」
「国際公法、合衆国法に従い、軌道上より降下、公海に着水。
後に我が方の艦船に座乗。直接対談を行いたい、と。司令部要員とあちらの官吏のみのようですが」

そう。地球防衛軍や地球連邦が、国力の面で言えばこの世界と比して、四桁や五桁では効かない国力の違いを持ち、
卑近な例で言えば、その気になれば地球軌道上の全ての核攻撃ステーションを短時間に吹き飛ばせる。
それだけの実力を有しているのに対し、こちらはといえば、時代の違いを差し引いたとしても、
BETAに地球の過半を食い荒らされ、人口と資源は目を覆うばかりの勢いで激減し、天候と自然環境は悪化の一途をたどり。

そして何よりBETA侵攻の勢いは、人類の奮闘を余所にとどまるところを知らない。出来れば、彼らが悪魔であれ何であれ、援助を頼みたいと考える反面、
大人しく出ていってくれればそれで良いという諦念も、誰もが隠しきれなかった。その矢先に、直接対談の通知が寄越されたのである。

「いっそ・・・ですが。派遣された外交団を招待名目で軟禁し、それをカードといたしますか」
「莫迦な」

日頃、声を荒げる事の少ないラダビノット准将が、短く、しかし深い怒気と叱責を含んだ言葉で、誰が為したかは分からない、その発言を遮った。

「彼らは真意は兎も角として、記録にあるとおり、文明国の軍隊として我々に礼をもって接した。
 こちらが正真正銘の野蛮人であることを示せば、交渉どころの騒ぎではない。
何より、人類全体の名誉を著しく損ねかねない。礼節と名誉。これはカード以前に、ゲームにあがるための必要最低条件なのだ」
「飽くまで所見ですが、太陽系をあれだけの速度で航行できる機関出力。そして、駆逐艦でさえあの攻撃力です。
仮に、旗艦としている大型宇宙船が、人質を無視して攻撃を行えば、この都市もハイヴさながらの有様を呈するでしょうね」

事実であった。古代中将やマルスラン大佐は、直接の兵装の威力については一言も触れていない。
しかしながら、香月夕呼という英才にとって、同様のサンプリングケースから拡大ケースを、緻密に想像してみせることなど、造作もない。

実際、「シャトールノー」「ゴトランド」に搭載された、各9門の15インチ衝撃砲。これを最大出力、
ないし波動融合カートリッジ弾を一斉射でも撃ち込んだ場合、20世紀レベルの大都市であれば、そこは石器時代へと先祖帰りせざるを得ない破壊力を有していた。

そしてまず用いられることはないが、防衛艦隊の最終兵器の一つ。拡散波動砲を用いた場合は、北米大陸そのものが滅亡しても不思議ではない猛威を発揮するだろう。

「彼らとの対談を避けることは、最早困難でしょう。しかし、一つ条件があります」

合衆国側の国連大使が、落ち着いた。しかし反論を許さない口調で口火を切った。

「誇張でも自尊でもなく、現在の合衆国は対BETA戦線の最大後方拠点です。
如何に彼らが礼節を知る抑制された軍隊であったとしても、その最重要拠点へ未知の軍隊を受け入れることは、承伏しがたい」
「しかし、現在合衆国と南米、豪州以外に満足に国土を保全している国家など、殆どありませんぞ?」

合衆国大使は確かにそうですなと呟くと、おもむろに珠瀬に向き合った。

「願わくば、大日本帝国における彼らとの面談を所望したい。無論、私も出席いたします。
幸い、彼らの最高指揮官は日本人。あるいは日系人と側聞します。メンタリティの面でも問題は少ないのではないですか」
「それは-」

老練の事務次官といえど、さすがに言葉を詰まらせざるを得なかった。
つまるところ、合衆国大使。そして概ね彼に賛意を示し始めた、各国の大使(その中には大東亜連合構成諸国の人間さえいた)達はこう言いたいのだ。

先の光州作戦。半島撤退作戦に於いて、帝国陸軍現地軍司令官が、大東亜連合の難民救助要請に折れて、
一時帝国陸軍部隊が戦線を離脱。国連軍、合衆国軍、豪州軍などに指揮系統壊滅寸前の、甚大な損害を与えかけたツケの支払いは、未だに終わっていないと。

あの作戦そのものは、事態を掌握した帝国政府が顔面蒼白で、軍令部、参謀本部並びに連合艦隊司令部へ勅命を発し、
帝国の有する現役超弩級戦艦8隻の内の実に6隻。巡洋艦、駆逐艦2個艦隊。強襲揚陸専門の戦術機甲戦隊4個全て。精鋭の富士教導団。
そして統制型輸送船を改修した、MLRS搭載火力支援艦数十隻を根こそぎ急行させ、辛うじて戦線崩壊を阻止。その判断自体は各国軍より高く評価され、一部では感謝さえされた。
しかし、帝国と帝国政府そのものへの不信感は、特に米国や豪州、国連内部で非常に強いものとなっていた。

さりとて、ここまで露骨な態度となるとは・・・大東亜連合さえ。やはり、寄らば大樹の陰ということか。

「今の、私の一存では決められません。帝国とて、前線国家として戦っており、尚かつ戦線の後方には無辜の臣民や保護居留難民がおります。
政府、征夷大将軍の判断も仰がねばなりません。即断はいたしかねます」
「極東を預かる国連第11軍としても、賛同はいたしかねます。大日本帝国近隣には、佐渡島と朝鮮半島鉄原に、大規模ハイヴが存在することはご存知でしょう。
最悪、彼らが降下軌道を間違えれば、重光線級の集中砲火を浴びかねません。危険すぎます」

珠瀬は軍事的な見地から援護射撃を出してくれたラダビノット准将に、軽く謝意を示しつつも、
内心で断り切ることは出来ないであろうと、苦い思いで既に現実を受け入れつつあった。
実際に合衆国は、彼らの大使の言葉通り、誇張でもなんでもなく、各前線国家への巨大な兵器廠兼難民受入国家として、
限界に近い(そう、あの潤沢な、現代のローマとでも言うべき国力を持つ合衆国が、だ)状態に達している。

何より、合衆国はこの半世紀以上。カナダに降着ユニットが落下したことを除けば、外敵の侵攻を受けたことがない。
下手な接触を起こせば、過剰反応を惹起しかねない。その可能性も懸念しているのだろうと、珠瀬には察しがついた。

「前線国家として、大日本帝国が奮闘されているのは承知しています。
しかし、それを支える我々も、今や全世界に軍と各種物資を送り出し、尚かつ百万単位の難民を受け入れている。
 何より、仮に重光線級の攻撃を受けた場合、彼らの軍事技術のレベルを図る試金石にもなる。
 議長、珠瀬事務次官。どうかご承諾いただけませんか」

彼も合衆国大使とて、単に世界随一の大国として、実質、国連事務総長を上回る強権を振りかざしているのではない。
只でさえ難民受入の増加で治安が悪化しているところへ、幾ら公海上に停泊するとは言え、大多数の人間から見れば「宇宙人」がやってきた。

その様な情報が、何らかの形で広まれば、どのような事態を引き起こすかは見当も付かない。
他国民から「未だに合成食料を食わないで済んでいる」と羨まれることの多い合衆国だが、
かの国の国力をもってしても、戦時体制による赤字国債の累積と、難民と国民との間のトラブル。それに端を発する犯罪発生率上昇に、歯止めをかけることはかなわないのだ。
そしてこの国が、各国との安全保障条約に従い、被服から戦術機に至るまで、大量に送り出す軍需物資。
そして潤沢な装備・豊富な戦術と戦略の蓄積を誇る、米国軍の全地球規模での派兵が破綻を来せば、それは、つまり-

議長を務める事務総長も、やむを得まいと言う感情を相貌に張り付けつつ、珠瀬へ向き直った。

「珠瀬大使。私も大日本帝国の窮状は承知しているつもりだ。ラダビノット准将の軍事的懸念も妥当なのだろう。
 しかし、今の我々に、最大の後方拠点へ未知の存在を降ろすリスクは犯せない。
 第11軍には追加の戦術機甲部隊を、空輸にて増援を送る。合衆国陸海軍にも、最悪の事態に備え、グアムより帝国近隣に増援を派遣していただく。
現状ではその様な折衷案の上で、私も赴き、彼らとの会談を設定したいと考える。その路線で本国へ図っては頂けまいか」

持つものと持たざるもの。約束を守るものと破ったもの。その違いが、こういう軋轢となって、結果として帝国の首を絞め続けるのか。
せめて、あそこで陸軍が判断を誤らなければ。戦場の霧による止むを得ない判断ミス、そして人格の高潔さの余り、友軍を戦線崩壊に追いやりかけ、軍籍剥奪の末に極刑という、不名誉な最期を遂げた将帥。
彼にとっては個人的な知己の一人の顔を思い出しつつ、珠瀬 玄丞斎はこのように絞り出すのが精一杯であった。

「5日、お時間を頂きたい。彼らと接触した香月博士、ラダビノット准将の所見。お二人を介した異世界人との交渉。帝国政府にも諮問せねばなりません」
「良き返答をお待ちしております、切実に」



*異世界:1998年10月19日

一方、苦悩する日系人は何も地球上だけではなかった。第352分遣調査艦隊司令部、外交官や政策調整官、高等情報官達が、
この世界の国際連合及び各国政府。少なくとも、その実務官僚クラスとの対談を急いだことには、理由が存在した。

「国民への発表はまだしも、よりにもよって大統領閣下自ら乗り込んでくるとは、なあ・・・」

未だに豊かな総髪を軽くかき回しながら、古代進中将は呻いた。先ほど届いたタキオンバースト暗号通信によれば、議会はついにハイゲートと異世界を国民に公表したらしい。
それは良い。どのみち、民間船舶複数にも目撃されている。あのディンギル戦役の時でさえ、完全な情報統制など、結局は為しえなかったのだ。時間の問題ではあったであろう。とはいえ。

「理には適っています。確かに、小なりとはいえ主権国家の代表達との会談を要求するならば、我が方も有権者の代表者を送り出すのは正論です。
しかし、あの顔で来られたら、それこそ領土割譲要求とでも、取られるかもしれませんね」

ギュンター大使が、日頃穏やかな物言いの彼にしては珍しく、かなりきつい冗談を飛ばした。実戦経験を有する元戦車兵であり、シャルバートという非常に微妙なバランス感覚が求められる、
国境線に等しい区域の外交を任されるほどの彼にしても、あまりの唐突な決定。そして、国際連合参加諸国側の、交渉地域指定の二転三転には些か辟易していた。

彼としては、もう少し段階を踏んだ上での、本格的な交渉を考慮しており、その権限も与えられていたのだが、国権の最高責任者の言葉とあっては、逆らうわけにもいかない。

「兎に角、政府としてはアークハート大統領が来る前に、こちらの提案の概略。ある程度の実務段階での事前準備を、進めておいて欲しいようですな。
まあ、ギュンター大使の仰るとおり、マフィアの頭目の挨拶と勘違いされないためには、事前準備は必要でしょう」

バーンズ政策調整官は、何時も通りというか、相も変わらず歯に衣を着せない口調であった。
彼自身はアークハート内閣の能力に一定の信頼を抱いているし、何より地球連邦の一官僚として、有権者の代表に忠誠を尽くすことに疑問はない。
しかし、外務同様に、恐らくは国民、産業界、流通業界等の声に突き上げられ、性急にも思える決断を下した件については、含むところがあるようだ。

「恐らく、ベリック情報官が呼び戻されたというあたり、ボラー絡みもあるのだろう。
まあ良い、今は当座の問題に集中するほかあるまい。真田技術少佐、彼らの提示してきた降下経路。そして重光線級と呼称される異生物についてだが」
「砲術参謀、電測参謀、通信参謀、航海参謀らと協議しましたが、相当に危険な存在と見て間違いありません」

今は古代進の姪ではなく、予備役とはいえ歴とした技術少佐に立ち返った真田澪は、誤解の余地のない発音で切り出した。

「軌道上からも、はっきりと確認できるほどのレーザー照射出力が、地表にて多数確認されています。
 国連側からの資料では、極超音速の軌道突入兵器でも、超低空を飛翔する巡航ミサイルが相手でも、100%の確率で命中させてくるそうです。
そして、この時代のレベルとはいえ、戦艦が用いるような対光学兵装用の装甲を、十数秒で蒸散させる。
 面倒なことに、個体数も多数が確認されています。彼らの指定してきた大日本帝国近辺は、2つのハイヴが存在しますので、降下軌道を間違えれば、集中砲火は必至です」
「この艦の装甲、熱転換バリア、電磁障壁で何処まで保つか。それは直撃されないと分からないところですが、艦を預かる者としては、余り嬉しくない話ですな」

マルスラン大佐の暗に無茶な軌道突入は控えて欲しいという言葉に、古代は軽く頷くと、続いて航海参謀に報告を仰いだ。

「航海参謀、彼らの指定してきた軌道降下ルートについては、どうか。安全性の面で、だが」
「恐らくですが、試されています。私も真田技術少佐と幾らか意見を交換しましたが、最悪の事態。
つまり彼らの報告が過小評価であり、倍程度の射程を有していると考えた場合ですが、確実に照射を受けます。
少なくとも、彼らの報告書にあった、BETAという異生物が高性能な電算機や大型の機械。
 それに強い興味を抱く習性が事実なら、本艦は絶好の情報対象でしょう」
「そうか・・・」

これは本当に、ヤマトⅡ型でも持ち込むべきであったか。その様な埒もないことを考えていた古代であるが、決断は早かった。

「真田技術少佐、概略で良い。軌道上から確認できたレーザー出力は、どの程度か。我々の兵装に換算して教えて欲しい」
「概算ですが2190年代の大出力通信用レーザー、それに匹敵する出力は確実に。そして大気圏突入に際して、集中砲火は確実に浴びるでしょう」
「砲術参謀、降下地域周辺の目標の数は」
「かなり大きな落差があります。最小で2カ所合計400、最大観測数は1000を越えます。その内の半数は、我々を捕捉すると見て良いでしょう」
「宜しい」

古代は深く頷くと、令を発した。最早、声音に先ほどのぼやきや愚痴は消えている。

「先方の指定期日。現地時刻10月23日1100時に、我々は国際連合指定降下軌道を介し、大気圏に突入。
大日本帝国近隣の公海に着水した後、領海ぎりぎりまで光学ステルスを作動。爾後、先方の送迎手段の元に、帝国領内国連施設での会談に出席する。
降下に際しては、自動駆逐艦3隻を先導。合成開口広域電磁場を形成し、盾とする。
なお、本司令部からの出席者は私と法務士官、電測参謀、技術少佐の4名。他は『ゴトランド』にて待機。南部参謀長。緊急時は、指揮を継承せよ」
「了解しました。協議出席中、指揮をお預かりします。現在、火星軌道上で待機中の機動部隊は?
先方の態度が態度です。こちらへ急行させることも可能ですし、いっそ自動戦艦でも持ち込んだほうが良くはありませんか」
「それは最悪の事態のオプションとしよう。これ以上、彼らをいたずらに刺激はしたくない。
大統領閣下が予定を早倒しして、ハイゲートからやってくることもあり得なくはない」

古代の幾らか毒を含んだ冗談に、司令部内で軽い笑い声があがった。アークハート大統領は、数多の欠点を抱えてはいるが、時間には極めて正確な男であった。
少なくとも、こちらの事前協議が終了するまで、出師は控えるという約束は守るはずである。それを敢えて茶化して見せたのは、
彼ほどの冷徹そうに見える人材でも、政財界と有権者からの突き上げには、逆らえない事実を幾らか笑ったに過ぎない。

「外務としては、本省よりようやく草案と正式な発令が届きました。今度こそ暫定ではなく、正式に外交代表となります。改めて宜しくお願いいたします、古代司令」
「こちらこそ、その手腕に期待しております。大使」

几帳面に報告を為すギュンターに対し、やはり丁寧な答礼を返す古代。実際は多忙に過ぎる首相の管理ミスではあったが、
ようやくこれで、彼は正式な権限を付与された上で、先方と主導権を行使して交渉に当たれるのである。

「こちらは何時も通りです。既に物資輸送計画は、緊急人道支援事案という形で、えらく早い形で議決されたようで。当方で算出した分量の2割増が、
軌道集積ステーション用資材を含めて、送り込まれる予定です。大方、野党党首閣下が張り切ったんでしょうな」
「この際、必要なものが必要なタイミングに、多めに届いてくれるなら、与野党どちらの援護射撃でも良いでしょう。企業担当との交渉、多忙になるでしょうが」
「ま、それが仕事ですからな」


かくして苦悩の時間は終わり、多忙な実務の日常が再来した。
既に軍、各官公庁が現地担当者と本省で、ある程度、打ち合わせを詰めているとは言え、相手から技術レベルを試されるような状況での協議である。
こちらの対応も、幾らかシビアにならざるを得ない。また、迂闊な言質を与えるような資料が混入していないか、最終確認も必要となる。
軌道突入までの数日間、各省担当者や司令部要員は、平均睡眠時間4時間という有様で、細部を、時として本省と再協議しつつ、詰める作業に忙殺されることになる。



*異世界:1998年10月23日、1045時。大日本帝国群馬県。北関東阻止ライン

『突撃級集団、障害により半数漸減、半数壊乱。邀撃級及び戦車級他、およそ13000から15000。3郡に分かれ侵攻中。
平均時速毎時90から100km。KZ(制圧地域)までの距離6000、5500、5000・・・』
『HQ了解。HQより各位、現在の所、地中侵攻の兆候なし。既定の方針で対処する。しかし奇襲は『あるもの』と思え。この野戦築城に、幾つ大穴を空けられたか忘れるな』

長距離哨戒偵察のため、兵装を突撃砲2門と短刀2本。肩部兵装架に搭載した、煙幕代わりの70mm19連装ロケットランチャー6本に減らし、
代わりに大容量推進剤ポッドを後部パックに担いだ、本土防衛軍第12師団偵察隊所属の戦術機「陽炎」中隊。
その中隊長は、周辺の地形障害を徹底利用。歩兵で言えば伏せに近い姿勢を取り、主機出力を最低限へ落とし、
センサーマストのみを丘陵の遮蔽から僅かに突き出す形で、中隊を展開させていた。

彼らの搭乗する「陽炎」はライセンス生産の初期ロットではなく、戦術機欠乏に伴い、合衆国よりなりふり構わずかき集めた、廃品寸前のF-15Aを国内メーカーが再生。
一部性能改善を果たした、形態Ⅰ型と呼称される曰く付きであるが、今のところ機体の状態に異常はない。

「00よりビッグアイ各位、このまま観測を継続する。じきにタマ(砲兵)が降り始め、重金属雲が生じる。
その影響を勘案して観測しろ。見る限り、どうも大目玉(重光線級)だけで60はいる。良いな?」
『アルファ了解、観測を継続します』
『ブラボー了解、何時見てもぞっとせん情景ですなあ・・・』
『チャーリー了解。先任、そりゃあ誰が見たってそう思いますって』

部下達の軽口を、敢えて無言で看過すると、彼女。一ノ瀬朋子大尉も廃品改修陽炎に取り付けられた、不知火と同等の最新のセンサーマストを活用。
網膜投影で捉えられ、尚かつ中隊データリンクが形成する敵情概略を子細に観測する作業を再開した。

幸いにして、一ノ瀬達12師団偵察中隊は、成績優秀者や実戦経験者で固められており、近年、衛士の技量不足が懸念される中では、かなり贅沢な人材を寄越して貰っている。
部下が不用意な行動をとる心配がないことは、指揮官として大きな救いであった。
彼女自身も、光州作戦の際は負傷療養で内地にいたが、未だに人類が大陸で戦っていた頃、大陸派遣軍の一員として、地獄を幾度もくぐり抜けている。

敵は、相変わらず知能化対戦車地雷、竜の牙、その他の障害へ盲目的な突進を継続し、絡め取られている。
そのたびに障害は半ば消滅するほどの損害を受けるが、主複郭陣地への負担は大きく減り、戦闘・築城工兵の仕事は大きく増える仕組みであった。
軽く戦域情報へ切り替えると、KZに突入した敵先鋒が、戦車砲、多目的誘導弾、車載機関砲や重機関銃。そして重迫の阻止射撃により、死骸の壁を築いていく。

先の突撃級の壊乱で、分断されてはいるものの、集団一つあたりの数が多いため、その死骸の壁が射界の妨げになる。逆に言えば光線級の照射の盾にもなるのは、痛し痒しであった。
そして12師団戦術機甲連隊を初めとする、各種戦術機部隊は、複郭陣地が金床となって敵を阻止している間隙を利用し、側面より直射重火器を見舞うべく、既に低空飛行展開を開始している模様だ。

そんな折り、網膜投影ディスプレイに原色の「対照射警報」が表示され、コクピット内は緊急警報で満たされた。そんな莫迦な?
未だに足の遅い要塞級と混交して展開している、光線級や重光線級は敵主力。そして偵察中隊より十キロ単位で計れるレンジがあり、目標探知能力も鈍い。
主機出力を落とし、地を這うように展開した戦術機が見つけだされるなど、これまでの実戦経験でもなかった。彼女の驚愕と、即時回避命令を出す間もなく、光線級、重光線級総計100.体以上が、一斉にレーザーを放った。


『・・・ブラボーより00、隊長。奴らは何を撃っているんですかね?』

彼女と同じくらい、戦歴の長い第二小隊長が拍子抜けしたような、呆れ返ったような顔で通信を開いてきた。
事実、光線級の集団は、未だに砲兵射撃も始まっておらず、自らを狩ろうと中隊支援砲や徹甲ロケット弾、多目的誘導弾を装備し、突っ込んでくる戦術機の集団も、視界には入っていない筈だ。
だのに、まるで軌道上にある何かを狙うように、しきりに照射を繰り返している。センサーの熱源反応からして、山脈、地平線の向こうの佐渡島ハイヴからさえ、照射が行われているらしい。

「正直、見当も付かないが、奴らが何かの射的に夢中になってるのは好都合だ。
砲兵の阻止射撃を繰り上げ要請する。精密な位置観測を継続しろ。但し、こちらに筒先が向いたら、尻に帆をかけて逃げ出して構わん」

富士額、細面の育ちの良さそうな顔立ちに似合わず、低く、よく響く声で隷下中隊に命じた一ノ瀬は、データリンクチャンネルをHQへ再度切り替えつつ、疑問はやはり拭えなかった。
BETAの戦術は稚拙ではあるが、危険目標の優先順位を明確化したり、防護力に優れた突撃級を先頭にしたパンツァーカイルじみた突進など、無駄な行為は少ない。

一体全体、奴らは何をやっているのだろうか・・・?



*同時刻、地球低軌道上:戦闘巡洋艦「シャトールノー」

既に航海艦橋から人員は撤収し、主だった要員は戦闘指揮所や兵装各部を初めとする、装甲と間接防御区画に守られた、戦闘配置に付いている。
波動エンジンを扱う第三分隊は、もう一つの側面。艦内応急作業に備え、応急班が重装甲服を着用し、ダメージレポートに備えている。
現在、地球防衛軍巡洋艦「シャトールノー」は、全くの戦闘態勢を維持しつつ。
そして、鉄原や佐渡島。あるいは大日本帝国北関東部に展開した光線級・重光線級の内、射界に捉えた個体の照射を相次いで受けている。

さりながら自動駆逐艦を含め、未だに致命的な損害。というより複数の命中弾を受けた艦はいない。理由は、全くの偶然ではあったが。

「日本列島、朝鮮半島方面より多数の微弱な照射波・・・これは、タキオン照準レーザーに近似しています!奴ら、これで精密照準を」

そう。シャトールノーの電測士官の一人が感づいたように、どういう偶然か。あるいは元は宇宙空間で生息する為の異生物であったためか、
光線級、重光線級ともに、本格的な射撃の直前に、防衛軍でも多用するタキオンレーダー、あるいはレーザー波に極めて近い周波数の光波を照射してきたのである。

もとよりタキオン系統の電波・光波照射は各種天候変動、宇宙空間の状況変化に強く、照準システムとしては最適なものである。そして、それを多用している防衛軍が、それへの対策を用意していない筈もない。
彼らは初の波動エンジン搭載艦を手に入れてから30年近く、延々とその技術と戦術を研鑽してきた組織であった。

「タキオンEA(電子妨害)攻撃始め!電磁バリア出力展開。バレージで構わん、大出力のタキオン妨害波で制圧してやれ!!」

平時の昼行灯ぶりから切り替わり、悪鬼のごとき表情のマルスラン大佐の命令の元に、シャトールノーと自動駆逐艦3隻。
それら4隻のコンフォーマルアレイアンテナ、長距離用多目的アンテナから、複数周波数帯に渡るタキオン妨害波が、照射される。

そして、各艦の波動エンジン出力。その余剰が許す限りの電磁バリアが展開され、同時に装甲に内蔵される、熱転換バリアが循環を開始する。
4隻の防衛軍艦艇は、電磁バリアとアクティブステルスを用いながらも、その膨大な波動エンジンの出力と大気抵抗により、赤熱化した光と大気を纏いつつ、戦闘突入に近い降下を継続する。
さながらそれは、空間騎兵の強襲上陸か、宙雷戦隊の突入を思わせる凄まじいものであった。

そして、その危険と安全の境界を図り、電子的な目潰しを行いながらの突入を行った。
その効果は大きかった。当初は合成開口広域電磁バリアに多数が直撃し、艦自体への直撃は許さないまでも、電磁バリアに大きな負担をかけていたレーザー照射3桁以上。

それらが途端に統制の取れないものとなったのだ。当然、命中精度は大きく低下し、よりEA攻撃出力に割ける機関出力リソースも増える。そして、恐らくは現地の戦闘で殺戮されたのだろうか。徐々にレーザー照射源の数自体が減少し始めた。

結果として、成層圏から大気圏へ降下しつつある課程で、脱落艦は皆無であった。電磁バリア展開の負荷により、
自動駆逐艦の内、1隻が波動エンジンに幾らかのエラーを起こしていたが、航行に支障を来すほどではない。


「やれやれ、彼等のテストとやらは随分ハードルが高い。しかし乗り越えたからには、こちらの要求も呑んでもらいたいものだ」


部下を敢えて、異世界人の技術を図るような意図に従い、危険にさらさざるを得ない事態。それを甘受しなければならない現状に、深い怨嗟を何処かで抱いていたのであろうか。
この世界の地球公海上に着水した際、古代進中将は、声音と言葉こそ穏やかであるが、姪である真田澪技術少佐でさえ、直視できないほどの暗い笑みにゆがんでいた。

彼は基本的に、人間というものを愛しており、同胞を守ることには疑問を抱かず、出来れば異なる世界であったとしても、同じ地球人であれば、最大限の協力を何かの形で出来れば。その様に考えていた。

その点については、今でも変わりはないが、本当の意味での同胞、部下の生命の安全を、危難に晒すような相手に対しては、
相応の対価を支払ってもらわねば困る。否、支払わせねばならないと決め込んでいた。


かくして、異なる世界の地球人。それらが本格的な交渉を交える時間が始まったのである。



[24402] 第六話
Name: 七猫伍長◆bcb2db3e ID:b0e589f1
Date: 2010/12/26 13:29
帝国海軍海上護衛総隊。その隷下にある第24護衛艦隊の旗艦である駆逐艦「島風」艦長、島本中佐。
彼は改めて眼前の異様な状況に、唸らざるを得なかった。急遽、護衛総隊司令部の、困り果てた顔の参謀から、
(どうも異世界人という、与太のような連中が、国連との会談のため、降下してくるらしい。面倒だが、確認も兼ねて彼らの送迎を頼みたい」との命令を拝領。

一応、薄々噂は聞いていたが、釈然としないどころではない違和感、不安感を感じつつ、指揮下の7700t級艦隊駆逐艦「島風」。
そして、24EF司令部が次の任務に備え、陸上の地区や護衛総隊司令部に散ってしまったことから、臨時に先任として率いることになった、「橘」型3000t級護衛艦4隻。

これらを率い、指定地点(帝国海軍では、海域のことも地点と呼称する)へ巡航16ノットで航行中、
突如として始まった、太平洋側からでも肉眼で目視できる規模の、北関東、佐渡島からのレーザー照射。
これだけならば、何か航路を間違えた、不運な再突入用軌道シャトルが被弾したのかと、割り切ることも出来た。

しかし、それと前後して、「島風」の電子戦装置を焼き切りかねない勢いで天空より降り注いだ、
これまで検出したことのない周波数の、強力な妨害電波。それは「車引き」として20年以上。艦船勤務を続けてきた島本中佐をして、驚愕させるものであった。
無論、直ちに隷下艦艇共々、航海用レーダーなど、最低限の電子装備以外の使用を停止。
艦橋ウィングより、電磁波障害による人体被害を避けるべく、見張り員を待避させるなど、必要な手段は執っている。


(しかし、一応はイージスを積んだ駆逐艦をここまで痛めつけるECMってのは、一体なんだ。異世界人とやらは何を使って、どんな形で降りてくるつもりなんだ?)


表面上は平静を保ち、艦内各部署の把握を、状況報告を介して行いながら島本艦長は思案した。この「島風」は、「雪風」型駆逐艦の6番艦。
改装された超弩級戦艦や新鋭巡洋艦にも搭載されている、日米共同開発のイージス戦闘指揮システム。
すなわち、多機能フェイズドアレイレーダー、広域光波検出装置、高性能電算機、デジタルデータリンクシステムを中核とした、BETA集団を陸上、水中を問わず迅速に捕捉、追尾。
対地、対潜(BETAは海底をも移動する)、そして(最悪の場合)対空攻撃を行うために作られた、贅沢な駆逐艦であった。

その能力に見合ったことに、量産型護衛艦やロケット砲艦、そして対潜簡易ヘリ空母などからなる、十数隻を旗艦として統括。
1つの内海航路護衛・対地支援艦隊として、有機的に機能させる能力さえ付与されている。
現在、帝国海軍の主力は、「島風」を含む「雪風」型が率いる第24護衛艦隊と同等の編成の護衛艦部隊。

そして、光線級により航空機運用の幅が狭まる中でも、低空高速巡航を得意とする四発哨戒機を有する対潜航空集団であるといっても、過言ではない。
華々しく強力な連合艦隊や水陸両用戦術機甲戦隊は、動かすだけで莫大な燃料と経費、弾薬を消耗するものであり、事実、光州作戦で戦線崩壊を防いだ代償として、
連合艦隊や海軍特別陸戦隊(戦術機甲部隊を含む海兵隊)が負った深手は、未だに癒えていないのだ。

なればこそ、島本中佐のような、海軍大学校こそ入校していないものの、
今の帝国海軍では貴重な、20年以上の艦艇勤務経験を有する、練達の士官が旗艦艦長として収まっている。
その高性能艦とベテラン艦長をして、事実上、目視と短距離航海レーダー以外、耳目をふさぐほどの電波障害とは。
艦橋の防弾硝子ごしに見れば、レーザー照射が集中している当たりに、何かオーロラのような、激しい発光が幾つも、成層圏より上に見て取れる。
そして、唐突に一カ所に集中していたレーザーが、統制の取れない、まちまちの方向へと指向され、射撃速度もむらが多くなってきた。

「SPYレーダーも使えない有様ですが・・・妙ですね。
これまで、光線級があんなバラついた射撃をしたのは、見たことがありません。
大概は恐ろしく正確に、こちらの誘導弾や砲弾を射抜いてくるんですが」

艦橋ウィングに人間を出せない以上、双眼鏡を構え、自らも上空監視を行っていた航海長が怪訝そうな声を出した。
彼は島本中佐とは対照的に、そして中堅将校の不足を象徴するかのような、兵学校を卒業して8年程度で大型駆逐艦の航海長。少佐に任じられた、まだ30歳かそこらの青年士官である。
しかし、この第24護衛艦隊に配備され、幾度も水中航行中のBETAに対する対潜戦闘。半島戦線や内地防衛作戦における、対地支援攻撃における操艦指揮を執っており、
BETAの習性は嫌と言うほど知悉している。島本の目から見ても、概ね合格点の、それなり以上の指揮官であった。

「案外、例の『異世界人』とやらの宇宙船でも狙ってるのかもしれん。この電波障害も、連中と無関係ではないだろう。
兎も角、今は艦橋内からでも目視で見張り続けるしかない。僚艦から報告は?」
「データリンクは無効化されていますが、音声通信は何とか生きています。やはり、電子兵装の使用困難。目視にて状況観測中、と」

そんな折りに島本の、そして「島風」や護衛艦4隻の乗員達は、何か異様な音を耳にし始めた。
強いて言えば、大型航空機のターボファンのエンジン音に似ていなくもないが、航空機用エンジンはこれほどの音量と重低音を響かせない。
日本近海の、荒天に耐え得るべく頑丈に作られた、帝国海軍艦艇の上構造物、船体をこれほど震わせるような何かは、
余程の大爆発やシーステート4以上の海面状況以外、そうはない。その解答は、島本自らが双眼鏡越しに見た、上空3000mほどに存在した。


「お出ましのようだな・・・あれが、か。しかし何て形をしていやがる」


島本の言葉は、概ねこの場にいる人間の内心を表したものであった。
全長150mほど、この「島風」より若干短いが、全幅はかなり大きいリフティングボディを有する宇宙船が3隻。
そして、帝国海軍の艦艇で言えば「大和」型戦艦にも等しい全長を持つ、箱形の船体に、艦首に巨大な砲口のようなものを備えた大型宇宙船が1隻。

それらが降下角と速度を急速に落としつつ、「島風」他4隻から6000ヤードほど離れた海面を目指し、着水しようとしている。
何れも我々の超弩級戦艦のような、長砲身3連装砲塔を複数備えていることが、宇宙船には似つかわしくないなと、妙な印象を島本に抱かせた。


「さて・・・彼らが例のお客様のようですな。島本艦長、内火艇か何かで往復できる距離まで、接近できますか?」


それまで艦橋内で、沈黙を守っていた男が口を開いた。
仕立ての良い三つ揃いのスーツ、外套、ソフト帽。折り目正しく結ばれた、これもけして安物ではないネクタイ。丁寧に磨き上げられた革靴。
年は四〇代の後半か五〇にさしかかる程度。一見すれば、その穏やかな口調も相まって、何処か中堅以上の企業の管理職に見えないこともないが、纏っている雰囲気は、些か剣呑であった。
顔は穏やかな笑みを浮かべていても、目が笑っておらず、物腰に全く隙がない。
唐突な乗艦者を告げられ、辟易していた島本を余所に、あたかも最初から、この艦にいたように振る舞っている。

「外務省の鎧衣課長さんでしたな。接近そのものは、あの連中が引き起こしている海面余波が収まれば可能でしょう。
しかし現在、本艦は半ば耳目を塞がれた状態です。何らかの形で彼らと通信を行い、最低限度の安全が確認されてから。それで宜しいか」
「結構。私も海軍さんの流儀、安全を犯してまで、無理強いするつもりはありません。通信を含め、近接するまではお任せいたします」
「艦橋CIC、砲雷長です。艦長、電子妨害減衰。
電子装備機能復旧。SPYレーダーの使用に問題ありません。僚艦『欅』『椛』『橘』も電子兵装に異常なし」

鎧衣が頷くように応じるのと、ほぼ続くように、CICから艦内電話を介して砲雷長の報告が入った。
今や着水を終え、ほぼ速度を8ノット以下にまで落とし、ゆっくりと停止しつつある例の宇宙船達。やはり彼らは、光線級を相手に、何らかの電子戦を行っていたのだろう。
今や光線級は目標を失ったためか、照射を停止しており、使用が再開されたSPYレーダーやOQS-103ソナーにも、BETAや不審船舶を意味する敵性存在は確認されていない。

「連中の船影は、SPYや対水上レーダで確認できるか」
「極めて微弱ですが、レーダービデオ反応そのものはあります。それと、国連軍と米海軍、
後は第一戦隊が射撃管制レーダーの照射を開始しています」
「彼らを刺激しないといいのですがね・・・何しろ国連からの報告では、
あの小さな方の宇宙船でさえ、軌道攻撃ステーションの飽和攻撃を完全に破壊してしまった、と」

鎧衣の言葉は、概ね現実のものとなった、今、島風以下5隻。そして奇怪な宇宙船4隻から見て右90度。距離45000ヤードには、
国連事務総長が米国から取り付けた増援の一環として、「モンタナ」級戦艦「オハイオ」「ルイジアナ」を中核とする14隻の米海軍第68任務部隊。
ミサイル巡洋艦、駆逐艦10隻からなる国連軍1個分遣艦隊。そして、ようやく修復為った戦艦「紀伊」「信濃」からなる第一戦隊に、巡洋艦、駆逐艦を幾らかの護衛として付けた部隊が、
艦砲と誘導弾発射装置の砲列を敷いている。万が一のための保険と言うことになっているが。

「まずいな・・・」

島本の口から低い、厳しい声が漏れた。
双眼鏡越しの着水した宇宙船。特に大型船は、戦艦並の巨大な主砲塔を、前部甲板に2基備えている。
それだけの巨砲が、まるでこの「島風」に備えられた5インチ速射砲。もしくはそれ以上の速度で旋回、仰角を素早く調整し、照準を行い始めたのである。
他の小型宇宙船に備えられた、比較的小振りな三連装砲塔も同様に照準を定めていると言うことは、あの小型砲でさえ45000ヤードの彼方にある砲撃部隊に、何らかの攻撃を行えるという事であろう。

そして、それは恐らく生半可なものではすまない。島本は素早く艦内電話を取ると、矢継ぎ早に命令を発し始めた。

「CIC艦橋。船務長、至急一戦隊と米軍、国連軍に意見具申。件の宇宙船の砲口は既にそちらに指向されている。
刺激を避けるため、至急、射撃管制レーダーの照射を停止されたし、と。それと信号長。通じるかは分からんが発光信号。
我ニ敵意ナシ。貴艦代表者送迎ノ為ニ、接近ノ上デ内火艇ヲ送リタク存ズ。位置、時間、だ」

5分ほどして、船務長を介した島本の警句が功を奏したのだろうか。今度は敢えてゆっくりと、宇宙船。
いや、宇宙戦闘艦4隻の砲門が、水平角に戻されていく。同時に、艦橋後部よりシャッターを切るような音が、しきりに響き続けている。
信号長以下が通信用発光装置を用い、島本の命じた文章を、複数の国家の発光信号方式で、繰り返し送っているのだ。
程なくして、大型宇宙船の艦橋らしき構造物に、発光が見えた。

「後部見張り所より艦橋、先方より通信。
『ワレ、地球防衛軍巡洋艦『シャトールノー』。国際連合側要請ニ従イ、指定海域ニ到着ス。当方ニモ敵意ナシ。
サレド、現地点ハ危険地点ト推察サレル。使節代表団護衛ノタメ、陸戦隊一個小隊ノ乗艦ヲ許可サレタシ』」
「だから言わんこっちゃない・・・」


航海長のぼやきが、島本の耳にも入ってくる。
光線級との戦闘だけではなく、こちら側から戦艦主砲の筒先さえ向ければ、現海域を戦闘地域と判断されても、それを否定する根拠は、何れの側面からも消滅する。
また、迂闊に拒絶して、対談交渉がご破算。最悪こちらに筒先を向けられては、元も子もない。

結論としては、この「島風」に、どんな物騒な装備を抱えているか分からない陸戦隊数十名を、ご招待する羽目になるのだ。
艦と300名の乗員を預かる身としては、全くもって有り難くない。しかし。


「こちらからも陸戦隊を編成、同時に登舷礼で出迎えることで、対応はします。しかし覚悟はしていただきます。宜しいか?」
「何、元よりこんな冒険沙汰をする段階で、腹は決めています。
うまくいけば、息子のような娘への、いい手土産話にもなるでしょう」


やれやれと言わんばかりに肩をすくめる島本に苦笑を返しつつ、外套を纏った紳士風の男性。
帝国外務省外務二課課長。鎧衣左近は、手荒いワーストコンタクトになりかけた、今回の交渉相手の心中を想像していた。


(なるほど。あれだけの暴力を有する存在ならば、米国が近場に降ろしたくないのも納得はいく。
光線級の群に晒し、戦艦主砲を並べて、その反応を「試金石」としたいのも。しかし、明らかに技術で数百年は進んだ存在が、
交渉相手が蛮族すれすれと見なしたとき。何処まで紳士的な対応をとるか。「試金石」としているのは、先方も同様であろう。
怒りすら抱いているかもしれない。彼らを穏便にテーブルに付けて、何らかの落としどころを付けるのは)


「随分と、楽しいことになってしまったものだ。とんだ土産になりそうだ」


外務省高官の子女故、徴兵免除も可能であるにもかかわらず、敢えて国連軍の衛士課程を志願し続けている愛娘の顔を思い出しつつ、鎧衣は、誰にも聞こえぬよう、口の中で呟いた。



「とある異世界の盗掘者達・宇宙戦艦ヤマト2229/マブラヴオルタネイティヴ 第6話」




島本艦長が見て取ったとおり、巡洋艦「シャトールノー」。そして自動駆逐艦3隻は全くの戦闘態勢に入りつつあった。
彼らは国際連合の要請通り、大日本帝国領海12海里より、更に20海里以上、距離を置いた洋上。
概ね、神奈川県横浜市沿岸部より、35海里の水上で、速度を完全に停止している。
しかし、この時代の射撃管制レーダーと思われる、CW波の照射を検出してからの反応は、素早かった。

「対水上戦闘用意」
「対水上戦闘用意、第一、第二砲塔。第一射は威嚇用に対地榴弾装填、即時射撃体勢と為せ。目標、レーダー照射継続中の水上艦。
迎撃誘導弾、パルスレーザー全自動モード。当方への飛翔体は例外なく破壊してよし」
「自動駆逐艦、何れも自動迎撃モードへ移行。危険飛翔体自動迎撃、レーザー水爆魚雷水中進行モードに設定。
深度20、雷速80ノットへ設定、精密誘導、発射管制、手動に変更」
「EA攻撃始め、目標射撃管制レーダー周波数帯へ、スポットジャミング開始」

未だに怒りが収まりかねる古代中将の命令の元、防衛軍艦艇4隻は、この世界の地球人側の「歓待」に対して迅速に対応した。
島本が瞠目した程の速度で、55口径15インチ3連装ショックカノン2基が、45000ヤード先の戦艦部隊へと指向される。
自動駆逐艦3隻は、上甲板の6インチ3連装速射ショックカノンを、何時、飛来するかもしれない艦砲射撃。誘導弾攻撃に備え、
やはり備えられた40ミリ4連装パルスレーザー、多目的誘導弾発射装置共々、臨戦態勢に入っている。
同時に、艦内の大型高速魚雷。その推進装置が水中推進モードへ変更され、魚雷発射管は加速隆起リングを回転させ始める。

迎撃用兵装を除けば、15インチショックカノンも魚雷発射管も、その実弾は未だに装填されていない。
流石に防衛軍の決戦兵装である波動弾頭実弾兵装でないとはいえ、この世界で迂闊に使用してしまえば、威嚇を通り越して相手を殲滅してしまう。それは最後の手段としておきたい。

無論のこと、古代司令やマルスラン艦長の内心は、部下に筒先を向けられた事により、不愉快どころでは済まないものになっている。
しかしながら彼らは訓練された高級将校としての自制心を有しており、同時にこの世界の地球諸国。その海軍が取った行動そのものは一部理解できた。
未知の存在が戦時中に出現すれば、筒先を向けて警戒するのはある意味で当然だ、と。

それゆえに彼らはソフトキル手段である電子攻撃に自衛行動をとどめた。
この時代の火砲であれば、仮に全弾が直撃しても駆逐艦でさえ、深刻な損害を負う可能性は乏しい。
内心の不快感は抑え難いレベルに近いが、ここで2つの世界の交渉ラインを、過剰防衛で断ち切ってしまうわけにはいかないのだ。

「本艦左舷90度の水上艦より発光信号。
これは・・・日本語、英語、ロシア語など、複数のパターンで送っているようです」
「識別は出来るか」
「先方も繰り返し行っております・・・解読、終わりました。
我ニ敵意ナシ。貴艦代表者送迎ノ為ニ、接近ノ上デ内火艇ヲ送リタク存ズ。1135時。駆逐艦『島風』ヨリ、です」
「ESM探知、目標水上艦隊。CW波照射停止しました。恐らく、あの駆逐艦から警告が発せられたのでしょう」

異世界の発光信号に若干とまどった通信士と、電子戦士官の報告を相次いで受けた古代は、一瞬瞑目すると、艦長に軽く頷いた。

「艦長、我々の移乗に関する返信を宜しく頼む。
最低限の護衛を付けて、という趣旨も追加して欲しい。それと戦闘態勢解除、各艦第2哨戒配置へ」
「了解しました。通信士、『島風』に発光信号にて返答。
『ワレ、地球防衛軍巡洋艦『シャトールノー』。国際連合側要請ニ従イ、指定海域ニ到着ス。当方ニモ敵意ナシ。
サレド、現地点ハ戦闘地点ト推察サレル。使節代表団護衛ノタメ、陸戦隊一個小隊ノ乗艦ヲ許可サレタシ』、と」

ようやくのことで、「シャトールノー」の15インチショックカノン6門や、自動駆逐艦の速射砲が水平角へと戻される。
しばしの間をおいて、「島風」の艦橋ウィングより、再度発光信号が為された。今度は通信士も、幾らか異世界の海軍の発光信号に慣れたのか、解読は早かった。

「島風より返電、『了解ス。ワレ、内火艇発進のため1000ヤード圏内へ接近ヲ開始。繰リ返ス。ワレニ攻撃ノ意志ナシ』」

「島風」という名の、この時代の駆逐艦にしてはかなりの大型艦を操る艦長は、慎重な男なのだろう。
砲、近接防御用と思われる多銃身機銃等々に、俯角をかけ、敵意がないことを示しつつ、
12ノット程度の速度で、無駄なく舵を切り、見事に1000ヤード丁度の位置につけた。
恐らくは指揮下にあるであろう、それよりは小振りな護衛艦も、同様に敵意がないことを示しつつ、「島風」よりは慎重に距離を取っている。
やがて「島風」の舷側に搭載された内火艇2隻に、ヘルメットと防弾衣を纏い、自動小銃で武装した乗員が数名ずつ乗り込み、クレーンで降ろされていく。

と、古代や「シャトールノー」クルーが注目する中、「島風」の艦橋ウィングや甲板に、世界や時代は違えど、明らかに正装と分かる。
見事な純白の制帽、制服を身につけた将兵が、整然と並び始め、艦長と思しき指揮官の命令の元、一斉に挙手の礼を行った。

登舷礼。

23世紀においても、観艦式などでは儀礼的に(流石に宇宙空間において、甲板上に乗員を並べはしないが)行われる、軍艦公船が取りうる最上級の敬意を表するものであった。
目を転じれば、距離を置いている他の3隻の護衛艦でも、同様の礼が取られている。どうやら、彼らの中にも礼儀を知った者がおり、先の無礼への詫びといったところか。
不快感を幾らか和らげ、苦笑を軽く浮かべると、古代は士官室へと艦内電話を繋げた。

「ギュンター大使、バーンズ政策調整官。あちらから迎えが来ました。
私と法務士官、真田技術少佐。電測参謀。それと護衛の陸戦隊と乗り組んでいただきます・・・ああ、艦長?」
「ええ、分かっておりますとも」

微笑を浮かべたマルスラン大佐も艦内電話を、艦内全域の周波数帯へと合わせると、先の戦闘時の号令と変わらない。
外見に反した張りのある声で命じた。同時に、自ら艦橋ウィング(宇宙軍艦ではあるが、一応は艦外作業用。そして大気圏内航海用に存在する)へ歩みつつ。

「本艦左舷にて登舷礼を発する艦艇へ返礼する。手すき乗員、砲塔上ないし甲板上へ。左、気ヲツケ!」

属する軍隊も、国家も、時代も、世界さえも異なる5隻の軍艦は、あたかも当初より同じ艦隊を組んでいたかのような、見事な登舷礼を交わし合った。
それは、人間が海軍や軍艦という、内面に不条理や暴力を多分に有した存在。
それらへ抱く幻想を、裏付けるような光景であったと、この時、「島風」に乗務していたある士官は、後に述懐している。


「帝国海軍軍艦『島風』航海長、尾栗少佐以下8名。『シャトールノー』乗艦代表団のお迎えにあがりました!」

「島風」からの内火艇が、他の自分より若い砲術士、航海士、水雷士に任せるのは不安で、副長や砲雷長が倒れても困ると、
仕方ないとばかり志願した航海長の指揮の元、「シャトールノー」舷側に到着。尾栗航海長が、タラップ越しに先導を買った、陸戦隊指揮のヴィニチオ大尉。
その後ろに控えていた古代中将と敬礼を交わしたのは、そのような、まるで古典小説に出てきそうな、古い海軍の伝統に則った儀式の後であった。




「まずは、非礼をお詫びいたします」

「シャトールノー」「島風」。双方の陸戦隊が立哨する「島風」士官室。
そこで、地球防衛軍第一種礼装から、移動に際して目立たない、勤め人そのもののスーツ(古代のものは、雪が選んだものであった。服に頓着しない古代に「天下の防衛軍提督・元ヤマト艦長がそれはないでしょう」と、相応のものをオーダーメイドしたものであった)を、
やはり目立ちにくい、ワイシャツにも見える。簡易防弾、防疫機能を持つ軽装宇宙服の上から着替えた防衛軍将校。外務省や運輸省官僚達に対し、
尾栗航海長の案内でやってきた鎧衣左近外務省第二課長は、丁寧に脱帽し、微笑を張り付けつつ、10度の礼で詫びを切り出した。

「この世界は、ご存知の通り宇宙からやってくるものに、怯えきっています。それ故の過剰反応です。
しかし、あなた方に敵対行動と解釈される行為を行ったのは事実です。帝国外務省を代表して、謝罪させていただきます」
「その点は理解できます。そしてその上で、あなた方は我々を敵ではなく、交渉対象と看做している。そのように解釈して宜しいか?」

同じく外務官僚であり、この場にいる数名のシャルバート大使館からの出向者の代表。ギュンター大使が、静かな。しかし剣呑さを僅かに忍ばせた声音で応じた。
今でも優男で通る顔立ちは、同じく微笑を浮かべているが、目は笑っていない。
戦車将校時代に負傷し、縫合された右頬の傷跡が僅かに浮かび上がっているのが、彼の内心がどんなものかを示していた。

「無論です。我が大日本帝国を初めとして、あなた方を敵と見なすようなことはけしてありません。
まあ、先の戦艦部隊による威嚇は・・・一種の病気です。宇宙から降り注いだBETAにより、この世界を破滅寸前に追いやられていることによる」
「ご同情は致しますが、今後は慎んでいただきたいものです。協議、会談にも支障が出てしまいます。
我々は建設的な対談のために、赴いたつもりです。ああ・・・古代中将?」
 
ギュンター大使に話を振られた古代は、微かに頷くと、鎧衣に向き合った。50もそろそろ近い提督の表情は、ギュンター大使以上に剣呑であった。
彼の古い知人であれば、今は記念艦となっている宇宙戦艦を率いていた頃と同様の、癇癪玉と言われたほど短気な性分の、抑制が切れかかっている事を見て取ったであろう。

「地球防衛軍第352分遣調査艦隊司令、古代進中将です。あなた方の抱えている恐怖感は、先のご説明で理解いたしました。
我々も類似の経験は有しています。その点を配慮の上で、今後の行動指針を決定したいと考えております。しかしながら・・・」

そこで古代は一度、言葉を句切ると鎧衣に僅かに歩み寄り、凄惨な笑みを浮かべた。
最近にいたり、年齢と共に丸くなった。腹芸も得意とし、円熟味を増したと言われる古代進であるが、その安全弁はかなりの危険水域に達していた。
直接、間接的に億単位の人命を奪った人間(何しろガミラス、ガトランティス本星を崩壊させ、デザリアム戦役に至っては銀河系一つを吹き飛ばしている)だけが持つ、濃密な殺意は、
裏稼業も散々現場を踏んでいる鎧衣をして、僅かにたじろがせるほどであった。

「しかしながら、先刻のような行動は是が非でも、今後慎んでいただけませんか。
この世界の国際公法、戦時国際法は我々と異なるのでしょう。しかし、あのような行為は、一般的な法的慣習に照らし合わせ、
自衛権を発動するには十分な筈です。我々とてあなた方を相手に、安易な暴力や恫喝を行使するような意思は、毛頭ありません。
しかしあのような行為が今後も継続されるのであれば、自らの身を守ることに、やむざる措置を執ることになるかもしれません」
「・・・よく、伝えておきましょう。しかし、私からもあなた方に伝えなければならないことがあります」

事実上の恫喝。これ以上の生半可な攻撃準備行動などを繰り返せば、千か万の単位で人命を吹き飛ばすと。
それ以上の人間を殺してきた、血まみれの提督の言葉は、同じ地球連邦側の人間であっても、背中に薄ら寒いものが走るほど、冷静な殺意に満ちていた。
されど、内心の動揺を片眉を上げる程度で納めると、張り付いたような微笑のまま、鎧衣も剣呑な内容を切り出した。

「確かに帝国。国連。そして合衆国など、各主権国家は「国体として』あなた方に敵対する意志はありません。
しかし、これからの会談に臨席するであろう面々は、そうとは限らないかもしれません」
「まあ、そうでしょうな」

一瞬だが「殺しの顔」を見せた古代中将。笑いながら内心の怒りが、かいま見えるギュンター大使に代わって、バーンズ政策調整官が間に割って入った。
彼とて、この世界の地球人の態度に、不快感を感じなかったわけではない。しかし、現役、あるいは予備役戦闘兵科将校よりは、幾らか気は長かった。
不本意ながら、自らが緩衝剤になるほか無いと、咄嗟に悟ったのである。

「確かにオーウェルやアシモフの火星人、金星人と同様に見なす人々もいる。
下手をすれば、我々がBETAを間接的に操ってきたのではないかと疑う者もいる。概ねその様なところでは?」
「流石、あのような通信をされるだけあって、お察しが早い」

鎧衣は笑みを大きくすると、より朗らかな声で応じた。

「その通りです。確かにあなた方の会談に先立ち、暗号通信で送られた主立った案件。
こちら側への難民援助・人道支援というのは、国連事務総長や帝国内閣総理大臣、米国大統領。各省庁のトップに極秘で行き渡っています。
しかし、あなた方の存在そのものに過敏に反応する人間は少なくありません。BETAも唐突に宇宙から出現した存在でしたからね」
「それ故に、あのようなレーザー照射を浴びる航路を、敢えて設定された。
つまりBETAと同族かどうか、そのためのリトマス紙として、あの航路は設定されたのですね?」
「大変な無礼とは承知していますが、その通りです。
ですが逆に取れば、あの航路をくぐり抜けていただいたことで、大分、緩和はされたでしょう。
否、緩和させて見せます。何しろ、我が帝国がホストとして選ばれたのですからな」
「貴方個人は我々とBETAが繋がっているとは、考えられないので?
もしかしたら、大量のBETAを用いた、壮大な自作自演かもしれませんよ?」

幾らか剣呑さを納めたギュンター大使の、冗談めかした物言いに、今度は軽く笑い声を挙げた上で、鎧衣は応じた。

「あれだけの宇宙船を作り上げられる文明集団が、今、地球上でBETAが行っているような、凶暴ではあっても建設性のない。
殺戮のみの行為に走らせるとは流石に。やるならもっと巧妙に行うでしょう。我々を取引相手として、高値で生き残らせておく程度には」
「まあ、有り体に言って、この地球そのものだけで、外交、経済の対象とするほど、我々は慈善団体ではありません。
どうやら鎧衣さん、貴方を窓口とした対談は、成立しそうですな」

バーンズはバーンズで、如何にも流通畑の人間らしく、身も蓋もない、利害そのものをあけすけな口調で放言した。
恐らくこの鎧衣という男は、会談を前にしての人材の下見。場合によっては、他国への第五列に近い行為さえ行うような人間であろうと。
人物眼に長けたバーンズは既に見て取っていた。ならば多少はあけすけな口調で、
こちらがさも呆れたサマを見せても、この余裕のない世界の人間としてみても、大丈夫と感じたのだ。
逆に言えば、そこまでしなければ、ギュンターはまだしも、自らの部下と文民の命を危機にさらされたことで、抑えてがいるが激怒していることが垣間見える、防衛軍提督の怒りを緩めることは出来まい、と。



ようやく凶相を僅かにゆるめ始めた、この防衛軍中将は、普段は比較的人格者として知られている。
但し、人類ないし市民、部下への敵対行為に対する容赦は、一切なかった。

2210年代の一時期、中規模の海賊(嘗ての新興運送業者や山師、民間軍事会社のなれの果て)複数が、シリウス-バーナード方面航路を跋扈。
彼らはガトランティス、デザリアムの漂流大型艦を再生した、強力な武装艦船複数さえ有しており、一時期軌道保安庁でさえ、手に負えない状態であった。
そして調子づいた海賊の一派が、近隣衛星をスウィングバイし、加速の上、ワープで避難を図った有人輸送船団を攻撃。100名以上の犠牲者が生じ、ついに保安庁は防衛艦隊に増援を要請。

その際、近隣航路の戦略指揮戦艦から退役寸前の旧式護衛艦に至るまで、2個艦隊相当を急遽かき集め、臨時編成し、対処に当たったのが古代進少将(当時)であった。
嘗ての初代ヤマト艦長が乗り出したと言うことで、海賊達の頭目の中には、早々に逃亡を図る者もいたらしい。しかし、時は既に遅かった。
彼は自動艦艇と、保安庁からも借り受けた探査衛星。そして、偵察仕様のコスモタイガー数十機を惜しげもなく投入し、数日をかけて、徹底して全ての武装集団の位置を把握。
以後、自動駆逐艦の一部が攻撃されたことを口実に、警告も何もなく、主力部隊を全力投入。対艦ミサイルを抱いたコスモタイガーと高速巡洋艦、駆逐艦で徹底的に海賊船舶を狩りだし、
数カ所、デブリや小惑星帯などで咄嗟ワープの出来ない位置へ追い込んだ後、戦略指揮戦艦2隻、主力戦艦及び戦闘空母12隻、巡洋艦18隻等の波動砲一斉射撃により、
構成人員合計数千名とも言われた、複数の海賊集団を一人残らず皆殺しにしていた。彼らが根拠地としていた施設・衛星も含め。
それは増援を依頼した軌道保安庁でさえ青ざめるほど、徹底した殺しぶりであった。

彼は嘗て初代「ヤマト」に乗り込んでいた頃のような甘さ、青臭さ、独断専行の悪癖は完全に捨てていた。
しかしながら、その代償として、国法、国際法。そして状況に照らし合わせ、人類の敵と見なした対象は、たとえ同族であっても、
一人たりとも捕虜を取らないと言われるほど、苛烈な攻撃で臨むことで、内外に悪名を含む勇名を轟かせてしまった。
何より恐ろしいのは、当人は「市民より負託された責務を果たしただけ」と、心底思っていることであった。ある意味で、嘗てよりもたちが悪いのかもしれない。

古代進とはその様な男であった。なればこそバーンズは、時に冗談めかし、時にあけすけな物言いをすることで、場を和ませたのだ。
この鎧衣という男が、余計なことを口にしないことを祈りつつ。
今、お前の前にいるのは、BETAなんぞより余程始末に負えない男なんだぞと、内心で怨嗟の声を挙げつつ。



「では・・・宜しいでしょう。そちらの事情とスタンスは理解しました。
今後、攻撃行動が為されることが無く、交渉の意志が飽くまで存在するというなら、
軍は政府。今は外務と運輸のお二方の意向に従い、あなた方との協議に協力は惜しみません」

そしてバーンズの苦心は、辛うじて報われた。
一度火が回ってしまうと手が付けられない性格ではあるが、職務には極めて実直な軍人でもある古代は、当座のところは、
ギュンター大使とバーンズ政策調整官二人の意志をくみ取り、その上で眼前の胡乱な男への怒りをひとまずは収めたのである。
それは有り難い限りですと、鎧衣が再度一礼したところで、独特の抑揚が付けられたラッパが鳴り響いた。同時に、艦のあちこちのスピーカーから「入港よーい」「両舷前進微速」という号令も聞こえてくる。

程なくして、カツカツと規則正しい足音と、ノックの末に堅太りの、尾栗航海長よりは随分と年輩な士官が入室してきた。

「本艦艦長、島本中佐です。本艦はじきに横浜港へ入港いたします。代表団の方々は、鎧衣課長が手配した乗用車へ。
護衛の陸戦隊は、民間塗装の3トン半トラックを用意しておりますので、そちらへ搭乗してください」
「了解した。短い間でしたが世話になりました、貴艦の礼節ある態度、対応に感謝します」
「・・・何、帝国海軍とて、恥知らずばかりではないという所を見せたい、見栄に過ぎませんよ」

些か恥ずかしいものを感じたのか、左頬を僅かに掻くと、帝国海軍駆逐艦「島風」艦長。
島本孝中佐はそれまでの、どちらかといえば弛緩した雰囲気から一転して、脱帽し、背筋を伸ばすと、帝国海軍の礼則に乗っ取った、見事な10度の敬礼を示した。

「私にはあなた方の詳細を知る術はありません。
知りうる権限もありません。しかし、何かこの世界を変えるための来訪という程度の想像は付きます。
今後の協議が建設的で、前向きなものとなることを、心から祈っております」
「有り難う、島本艦長。誓ってその様な形と為すつもりです」
「最大限のご配慮、感謝いたします」
「やれるだけのことは、やってみせますよ」


一連の遣り取りを敢えて静観し、鎧衣と名乗った男の感情、思考を表面的ながらも探っていたサーシアは、この男が相当な食わせ物であること。
その男をして、莫大な返り血を浴びた叔父の殺意は、心胆寒からしめるほどであったこと。そして当面は、彼の祖国の国益のために、まともに交渉を行う意図があることは確認していた。
事前にそのように、古代より言い含められていたし、彼女自身もかの男が相当な危険人物であるとは、薄々感づいていた。

そして同時に、このような感想も抱き、内心で苦笑もしていた。

(本当に、根の部分は直情径行なのは変わらないんですね。叔父様。
後で半分演技とでも言い訳するんでしょうけど、ほぼ100%本気で、あそこまで激怒するのだから)


「島風」が島本艦長、尾栗航海長の指揮の元に、横浜港の中型船舶用バースへ無駄なく停泊し、同時に目立たぬよう、艦の半舷上陸を行う乗員に混じり、
ビジネススーツに着替えた代表団がセダンに乗り込み。同じくスーツに着替えたSP役の数名を除く、軽装甲服を含む完全武装の陸戦隊が、人目の少ないタイミングを見計らって、
光学迷彩を用いつつ車輌強盗のような勢いで、軽装甲服の倍力システムを活用し、素早くトラックに乗車。
戦時体制の前線国家とは言え、未だに往時の港町としての情緒を強く残した横浜市内に設けられた、帝国陸軍と国連第11軍戦術機部隊が共同駐屯し、
今回の国際協議の場に選ばれた白陵駐屯地を目指したのは、それから15分後のことであった。


「俺達に出来るのはここまで。さてはて、これからどうなることやら」
「まあ、なるようにしかならないんじゃないですかね。ひとまずはおっかないパッケージを放り出せて、ほっとしてますよ」
「同感だな・・・艦内警戒通常配備。当直要員を残し、休んでよし。
航海長、君も半舷上陸まで休め。俺も艦内状況を副長に引き継いだら、暫く寝るさ」

と、島本が尾栗を見送った後、再度艦内電話を取った。

「CIC艦橋、当直は・・・米倉水雷長か?白陵駐屯地に、簡易暗号で構わないから打電を頼む。
余計な玩具を見せびらかすな、と。さっきのようなことになっちゃ、いい加減かなわん。本土に大穴を開けられかねんからな」




*異世界:1998年10月23日。帝国陸軍白陵駐屯地

やはり戦時下ということもあってか、路上に車輌の数は少なく、防弾仕様のセダンと民間車輌を装った3トン半トラックの車列。
それらは横浜港よりさして渋滞に巻き込まれることもなく、国際連合代表団が待ち受けているはずの、白陵駐屯地へと到着した。
この駐屯地は帝国本土防衛軍第21独立機甲旅団。そして国連第11軍のの諸兵科連合旅団が駐屯する、都市部には珍しい大規模駐屯地であった。


「ラダビノット准将、時間です。儀仗隊の指揮を願います」
「そうか、無事に到着したのならば、何よりだ」

名目上、古代達地球連邦からの代表団は、国連事務総長の派遣した監察官・視察団ということにされており、
同時に、最低限の礼を欠かさぬようにと、国連軍と帝国陸軍共同で栄誉礼が執り行われることになっていた。

「しかし宜しかったのですか。彼らは未知の存在で、小隊相当ですが、武装した歩兵も随伴しているそうです。
儀仗隊のみ展開し、戦術機甲部隊や戦車隊、機械化歩兵の警護も無しというのは、些か不用心では」
「その懸念は確かにあるのだがね、君も帝国海軍からの警告は聞いただろう」

未だに陸戦では大きな威力を発揮する戦車隊。機甲科。最近は戦術機甲科に人材を取られる中、数少ない古参の戦車将校にして、21旅団を預かる吉田大佐は懸念を払拭できなかった。
この白陵駐屯地は、万が一BETAが北関東や兵庫の防衛ラインを食い破り、首都圏へなだれ込んできたとき、帝都の守りとなる最後の盾の一つでもある。
また、彼自身の目から見ても、ラダビノット准将は、未だに准将の立場にいるのが不思議なほどの、人格能力共に申し分のない逸材であった。加えて、今、この駐屯地には各国外務省より出向した国連大使や事務総長が、駐屯地地下の強固な耐爆構造の会議室で待機している。
正直なところ、それらの人材・部隊の安全を帝国側の人間として預かる身としては、気が気ではない。

「警戒のために出動した戦艦部隊が、悉く電子攻撃で射撃管制装置を無力化され、
更には信じがたい速度で、あの宇宙戦闘艦が攻撃準備を整えていた、という話でしたね」
「言っては何だが、帝国海軍と米海軍は、何れも最新のイージスシステムを搭載した超弩級戦艦を、互いの面子を張り合うように出動させた。
我々国連からも、世代の新しい艦艇をなるべく送り込んだつもりだった。それが易々と無力化される相手に、なまじ示威行為を行うのは、危険すぎる。
彼らは既に、我々が軌道上に展開した核弾頭の数割を、一太刀も浴びずに破壊してしまったのだ」
「本当に、面倒なことになりましたな・・・まあ、万が一の場合は、盾くらいにはなりますよ」

吉田大佐も帝国陸軍の礼装に身を包み、儀礼刀と共に陸軍正式採用の9ミリ拳銃。シグザウエルP220を帯びている。
この程度でどうにかなるとは思えないが、最悪の事態に際しては、この極東防衛に欠かすことの出来ない逸材だけでも、何とか無事に逃すことを腹に決めていた。
どちらかといえば、国粋主義者が多いと見られる帝国陸軍だが、近年、比較的日陰者扱いされる機甲科畑を長く歩み、
国連軍や米軍との共同戦闘経験も多い苦労人の彼は、そこまで偏狭ではなかった。

「その心配は、こちらが無用の挑発を行わない限り、恐らくは杞憂だろう。
直接、彼らと対面した印象からすれば、ルールを守る相手には、公正を重んじる連中だった。
大佐、何より君の部隊も、北関東への増援が決まっている筈だ。身を粗末にしてはいかんな」
「まあ、私も好んで死ぬつもりはありませんが・・・参りますか」

そう。現在の所、北関東と兵庫の防衛ラインは、順調に機能はしている。しかし、損害が皆無というわけでは、けしてない。
寧ろ事前にある程度センサーとデータリンクで警告が受けられるとは言え、BETAの地中侵攻による野戦陣地破壊は、戦闘部隊と工兵。双方の頭痛の種であった。
吉田の第21独立機甲旅団が増援として派兵されるのも、2週間ほど前の旅団規模BETA襲来の際。
地中浸透を回避しきれなかった戦車大隊複数が、大きな損害を受け、直射機動火力に小さくはない穴が空いたが故であった。

2人の指揮官は、互いの軍の礼装に身を包み、異世界人達が到着しているはずの営門へ歩みを進めてゆく。
この時の彼らの思考は、如何に無礼を働かず、事を穏便に進め、出来れば彼らから何かを引き出すか。その一点に集中されていた。
順調に機能しすぎた2つの防衛ラインを、BETAが水中迂回し、僅か一ヶ月後。この横浜市が地獄へ変貌することなどは、神ならぬ彼らには、想像もし得なかった。




「古代進監察官以下、視察団に対し栄誉礼!」
「捧げぇーーー銃!」

下士官からたたき上げた、儀仗中隊指揮官が、胴間声で令達を行うと同時に、帝国陸軍、国連軍。双方の儀仗隊指揮官が儀礼刀を立て、
双方の儀仗隊が共通で用いている、M1ガーランド小銃が一斉に捧げ銃の姿勢へ構えられる。
同時に、音楽隊により栄誉礼の冠譜が3回。古代の本来の階級である、中将に相当する回数吹き鳴らされる。
その後に吹き鳴らされる、君が代と国連軍公式軍歌。これも何時の時代も変わらない、軍隊にとって必須の儀式。観閲であった。
今の古代は飽くまで国際連合の文官となっているため、姿勢を正し、手を胸に当て、更新するのが習いである。
しかしながら、既に30年近く続いた将校生活で染みついた習性か、思わず着帽していないにも関わらず、
挙手の礼を行いかけ、慌てて先導するラダビノット准将に、視線で制止される場面もあった。

なお、警護に当たる陸戦小隊は、同じく文官正装を着用し、内部に小型パルスレーザー拳銃を忍ばせたSP役の数名を除き、営内に侵入していない。
彼らの装備は余りに異質で悪目立ちしかねなかった。同時に、ヴィニチオ大尉が中隊先任下士官と、マルチセンサースコープを用いて警戒ポイントに当たりをつけ、
軽装甲服の上から羽織った光学ステルスジャケットを活用し散開。二十数名が、駐屯地営内を視野に入れられる箇所に、姿勢を低くし、監視を続けている。
彼らは小型レーザー拳銃などではなく、最大出力で後先構わずに照射すれば、この時代の戦車程度ならば正面装甲を射貫できる、パルスレーザーカービン。
同様のパワーパックを用いる分隊支援火器。狙撃銃などで武装しており、仮に万が一、今は大人しくしている儀仗隊。
そして、マルチセンサースコープ越しに確認した、格納庫内の重装備が不用意な動きをするようであれば、
最悪、これらレーザー装備を用いて駐屯地内を薙ぎ払い、強引に代表団を救出する任務も負っていた。

幸いにして、ヴィニチオ大尉ら陸戦小隊。そして21旅団長吉田大佐の懸念は、お互いにとって杞憂に終わった。
短いながらも、正式な栄誉礼を含む観閲・受閲はつつがなく進み、国連本部視察団という仮の立場を与えられた、
地球連邦政府の代弁者達は、無事に駐屯地司令部施設へと入場していった。


(今のところ、SPで潜り込んでる連中からも、おかしな報告はなし。
司令部施設の中にも、スリーパーや暗殺者の類は、確認されていません)
(了解、このまま監視を続ける。このあたりが山野を切り開いた、斜面と森林の多い土地で助かったな)


大口径電子光学スコープを構えた観測手と、レーザー狙撃ライフルを構えたスナイパーのチームより報告を受け、微かに安堵の息を付くと、
ヴィニチオは自らも、軽装甲服のヘルメットに備えられたマルチセンサースコープにより、営内を見渡した。
どうやら、この駐屯地の指揮官は、非常に慎重な性格のようだ。先の水上艦部隊のような、安直な反応を探る行為を行ってはいない。
しかし、格納庫内では装甲車輌。そして防衛軍空間騎兵では見覚えのない、全高十数メートルの二足機動兵器が、少なくとも半数。
即応状態にあった。安易な見せびらかしはせずとも、最悪の事態に備え続けるという姿勢は、同じ陸戦部隊指揮官として好感が持てる。

同時に、幾らこの時代の技術では、およそ探知し得ないであろう光学迷彩を纏っているとは言え、警備犬などを連れた歩哨が、山中も巡回していないか。
僅かな不自然な発光をめざとく見つけ、筒先をこちらへ向ける兵はいないか。彼は部下共々、全神経を周辺監視に注いだ。



「遅参をお詫びいたします」

白陵駐屯地司令部施設。その、地下に設けられた、万が一南関東方面へBETAが侵攻した際は、司令部区画ともなる、厳重に防護された地下区画。
その一角を用いた大会議室。国連事務総長、珠瀬事務次官、合衆国外務省国連大使。その他、錚々たる面々が待ち受ける中、
鎧衣課長、吉田旅団長、ラダビノット准将に先導された代表団。その最先任として、古代は微かに腰を曲げ礼をすると、
先ほどまでバーンズの胃腸を散々痛めつけた激昂ぶりを収め、これぞ将帥と言わんばかりの、張りのある声音で切り出した。

「地球連邦政府暫定代表団・兼・防衛軍第352分遣調査艦隊を預かる、古代進中将です。
此度は国連側の皆様と、我が連邦大統領が来訪する前の事前協議という形で、伺わせていただきました」
「同じく地球連邦外務省より、内閣より正式に臨時代表を任されました、エリク・ギュンターです。この度は、実りある会談となることを、切望いたします」
「アシモフやオーウェルを例に取った奇人。運輸省のナイジェリア・バーンズです。
この度は難民救援物資流通。そして我々にとっての国益のためにも参上いたしました。宜しく願います」

地球連邦側の軍とシヴィリアン代表の挨拶が終了すると、この場の国連の最高責任者。
すなわち事務総長が屹立し、軽く礼を行った。他の事務次官、大使達もそれに倣う。

「国連事務総長。ハーレド・イサーム・ムハンマドです。既に帝国、米国。
そして我が我が国連軍から報告は受けています。こちらこそ、非礼をお詫びしたい」

流石に、事態の報告が迅速なあたりは、常時戦時体制にある世界と言うべきか。
どうやら、このアラブ系と思しき国連事務総長は、横浜沖で戦闘が惹起しかけた事態を、かなり正確に掌握しているらしい。
あるいは、その事態を引き起こそうとした命令は、彼からも発せられていたのかもしれないが、そのあたりはあえて、ギュンター大使も古代中将も丁重に受け流した。
既に脅しは、鎧衣という怪しげな外務官僚。そしてこの世界の海軍に、嫌という程かけてある。これ以上の恫喝、脅迫、警告は、彼らの態度を悪化。交渉を破談させかねない。

「まことに遺憾ですが、その件につきましては、帝国外務省の鎧衣課長より説明がありましたので、
今はなしといたしましょう。過去のトラブルに拘泥するよりは事態を、前向きに打開すべき時間かと」
「軍としても、あの様な行為が継続されるのでなければ、軍事的には飽くまで静観。
その上で災害派遣業務の一環として、双方の合意のため、尽力する次第です」
「ご理解いただき恐縮です。では、実務の話へ移りましょうか。
互いに、残された時間は。率直に言えば、特に我々は乏しいのです」
「実務協議へ移ることに異議はありませんが、その前に一つ質問を宜しいでしょうか」

欧州連合代表からの質問に、場の視線が一瞬集中した。

現在、欧州連合。嘗てのNATO及びWTO諸国は、英国を除き国土を失陥。英本土も南半分が一時壊滅し、はちきれんほどの軍隊と難民を抱え込んでいる。
ある意味では、最もシビアな状況に置かれている集団である。それだけに彼の表情は重く、声音は暗かった。

「あなた方がBETAと繋がっていない。その具体的な証拠が欲しいのです。
そちらが異世界の人間であることは、あの宇宙船を見れば分かります。どう見ても我々の技術体系ではない。
しかし、それだけにBETAとの関連。それへの疑惑は、軍上層部の一部で、非常に濃厚になっているのです」
「その点につきましては、第三者として、場を提供した帝国から説明させていただきましょう。
ああ、本日の協議に際しては、首相の勅命により、臨時に国連代表を珠瀬次官と共に仰せつかっております」

何処から切り出すかと思案したギュンターを、僅かに片手で制し、鎧衣が立ち上がった。
相変わらず、顔には人を食ったような、読めない微笑が張り付いている。

「ご存知の通り、我が大日本帝国がホストとして選ばれた理由は、古代中将が容姿と名前から、恐らくは日本人か日系人ではないか。
そして前線国家故に、BETAが彼等にどのような反応を示すか。そのための試金石です」
「鎧衣課長、そこまでは-」
「今更隠しても仕方ありますまい?申してはなんですが、御国のルイジアナ級戦艦も、我が「信濃」「紀伊」も、
後一歩間違えれば、沈没を通り越して、蒸発していてもおかしくはなかったのですよ」

流石に色を為した米国大使の言葉を、鎧衣は笑みを浮かべたまま遮った。
彼は米国大使の、この世界最大の後方拠点である合衆国近隣で、騒ぎを起こして欲しくない。
その判断については特に異議を感じていない。さりながら、あれだけの事態が惹起した後に、
何故、この土地を協議地点に選択したか。その経緯を隠しても、児戯に等しい嘘と看破されると割り切っていた。

「そして、これは国連宇宙総軍。帝国航空宇宙軍。米国宇宙軍。欧州連合宇宙軍。
何れの衛星でも観測されていますが、彼等の艦は、我々が要求したコースを通過する際、最大、重光線級だけで200以上の集中照射を浴びています。
彼等はそれをどうにか切り抜けたわけですが、重光線級三桁の照射を浴びる対象が、BETAから同族と認知されていますかな?」
「それは・・・しかし、切り抜けられたと言うことは、何らかのダミーに近い行動だったのかもしれない」
「オブザーバーとして参加しております、国連第11方面軍司令のラダビノット准将です。
我が軍が帝国軍と展開している北関東防衛ライン。その戦域以北で、これら照射は観測されたようですが、一線部隊の報告では、紛れもない最大出力であった、と。
必要ならば戦術機甲部隊等々のデータリンクのログを、現地より収集。提出いたします」

帝国と国連。外務と軍事。双方の現地専門家からの反論によって、渋面となった欧州連合代表に対し、今度はギュンターが助け船を出した。
というより、元より「島風」艦内で鎧衣と、ある程度の流れは作っていた。帝国外務省と国連軍。場合によっては、
やはり北関東防衛ラインに赴く予定の吉田大佐の援護射撃で、この種の反論を封殺。その後にギュンター当人が懐柔すると。

至って古典的な手段ではあったが、効果的でもある。

「失礼、宜しいでしょうか・・・欧州連合代表が感じられる懸念は、もっともです。
子細は秘につき申せませんが、我々の世界においても地球は数度、知性を持つ異生物の襲来を受け、甚大な損害を被っています。
故に、いきなり外部より押し入ってきた連中に、理解を示してほしいとはとても申せません・・・
しかし、ある程度の期間を置いて、我々の行動であなた方の信用を得る機会を頂けませんか?」
「・・考慮しましょう」

渋々ながら、当面の懸念を棚上げした欧州連合代表の返答により、ようやく議事は実務方向へと進み始めた。
まずもって、バーンズがラダビノットより受け取っていた、国土を追い出された難民総数。その収容施設の状況。
そして難民保護担当費用の各国の負担。それらの概略を承知の上で、2割増程度の必要物資を、各国政府、企業の公共品。製品として供与。
最終的には難民キャンプを、ある程度のインフラが整い、畜産業、農業、軽工業の生産性などを有する、自立した人工都市にしてしまう案を口にした。
無論、それに必要な軌道上及び洋上の集積所も、建設支援を行う、と。

「確かに、今現在、各国にとって難民保護は戦線維持さえ圧迫するほど、大きな負担です。
それを肩代わりというのは魅力的に映ります。しかし、それをもってして、あなた方に何のメリットがあるのです?」
「それも当然の疑問でしょうな」

バーンズは大東亜連合代表の質問に対し、さもありなんと応じると、彼が意図的に相手の毒気を抜くときに使う、率直すぎる言葉を用いた。

「答は簡単です。あなた方がBETAに滅ぼされた場合、
次にBETAが興味を向ける先は、ハイゲートを介した我々である可能性が極めて高いからです」

一瞬の間をおいて、議場は騒然となった。つまるところ、バーンズの言っているところは一つに要約される。
援助物資で後押ししてやるから、BETAへの防波堤であり続けろ。そういうことであった。彼は僅かに古代に振り向くと、頷いて見せた。

「確かに、私たちが軌道降下に用いた巡洋艦、駆逐艦を初めとして、我が防衛軍はBETA個々。集団。
あるいはハイヴとあなた方が呼んでいる、根拠地を殲滅する力はあるかもしれません。しかし、彼等は旺盛な進化能力を有し、あなた方から空を奪ったと側聞します。
事実、私が旗艦として指揮を執る巡洋艦も、本来ならば大破寸前だったのです」

無論、嘘である。「シャトールノー」。そして、その護衛に当たった自動駆逐艦3隻は、多段スーパーチャージャーにより出力が格段に跳ね上がった波動エンジン。
そこから供給される電磁バリアと熱転換バリア。そして、営々と開発と改善が続けられたコスモナイト複合装甲により、ほぼ無傷で着水している。
中途より、BETAがタキオン光波に極めて近似した照準ラインを用いていることから、電子攻撃を行うことで、命中弾自体さえ減っているのだ。

しかし、ここである程度、国連側の示した「試金石」とやらが、
どれだけの負担を強いたかは、今から話すことに重みを持たせるのに、必要な虚偽であった。

「その様な存在。しかも数は数億とも数十億とも推定される存在が、我々の技術を学習の上で進化すれば、
それは23世紀の戦争を、この世界へ持ち込むことになります。そうなれば全てが破滅です。
あなた方だけではなく、我々もです。23世紀の戦術と戦力を学習したBETA数億、数十億にハイゲートを越えて侵攻された場合・・・
我々は勇敢に戦って、全滅する以外にないのです。市民を守ることも出来ずに」
「軍事的な側面は、今、古代中将が言ったとおりです。故に、難民の支援と自立は我々が、あなた方の政府と企業を介して肩代わりします。
このことに関しては、草案と法案。双方を提出、配布いたします。
その代償として、軽減された負担の上で、勇敢に戦っていただきたいのです。ああ、それと」

古代の言葉を継いだギュンターが、僅かに言葉を句切ると、スーツのポケットより何かを取り出した。
そこにはデフォルメされた2台の戦車が、主砲を交差させている、部隊識別肩章であった。

「絵柄でお気づきでしょうが、私も嘗ては軍の戦車将校でした。陸戦で未知の敵と遭遇する。数で圧倒される恐怖は、理解しているつもりです。
バーンズ氏から説明があると思いますが、軍事面での技術支援も、先ほどの草案には含まれています」
「古代中将の言葉の通り、いきなり23世紀の戦争を持ち込むわけにはいきません。しかし、彼等が学習しない程度の進歩。
つまりこの世界の基準で5年か10年程度のブレイクスルーを果たした、冶金から電子技術に至る軍事技術供与。
これらも難民支援事案発動に遅れ、予定されています。無論、これも指導と供給は初期のみで、後は諸国の地力として頂くつもりです」

防波堤とされる上、難民援助と軍事技術指導。これでは事実上の保護国扱いではないのか。
その様なうめき声があがり、議場は些かざわめきで満ちた。古代も、ギュンターも、バーンズも、それらが収まるまでの間、沈黙を通した。
時間にして10分ほど。
しかし当人達にとっては、内心1時間にも2時間にも感じられる時間が過ぎた後、老いた、しかし確たる声で、一同を代表する質問が上がった。

「国連事務次官を務める、珠瀬と申します。そこの鎧衣課長同様、帝国外務省より出向している者です。
あなた方の理屈は、概ね筋は通っている。BETAの進化能力への理解も間違っていない。しかし・・・?」
「これではあなた方の持ち出しが多すぎる。とてもフェアとは言えません。そして、我々に切れるカードが乏しいこと。
これについてあなた方も恐らく、軌道上からの監視でご存知でしょう。何か、率直な要求がおありなのでは?」

先の光州作戦で信頼を落としたとは言え、前線国家としてBETAを食い止める軍事大国日本より出向した、老練な事務次官。
そして、彼から視線で話を振られた、些か傲慢なきらいはあるが、率直さと公正さは理解している合衆国代表の言葉は、
この一座にいる総員の疑問であった。比較的好意的なラダビノットでさえ、これは何かあるなと見てかかっていた。
彼の側に控える吉田大佐は、万が一に際しての非常警報発令の小型端末に、そっと指を伸ばした。

「ええ、我々も慈善家ではありません。ここからが重要です。
これは一歩間違えば、あなた方の主権と共有財産を、脅かす行為ですから」
「と仰ると?最早地球には、あなた方に提供できるものなど、乏しいが」
「地球ではありません。恐らくはこの世界でも、人類共通の財産。太陽系。
我々の調査で、未だにBETAの存在が確認されていない、土星衛星圏の租借。資源採掘権を、全面的に認めていただきたい」

先ほどとは対照的に、議場は一瞬静まりかえった。何らかのとんでもない対価は予想されたが、
未だに人類が到達もしていない惑星の資源をといわれ、誰もがどのように反応して良いか、分からないのだ。

「それはつまり・・・どういうことなのでしょうか?」

いち早く混乱より立ち直った鎧衣が、バーンズとギュンターに尋ねると、得たりと二人は答えた。

「未だに、この世界では確認されていないでしょうが、土星衛星圏は資源の宝庫です。
我々の世界では、コスモナイトと呼称される高機能・高強度合金。その原材料の鉱床がふんだんに眠っています。
それは本来、あなた方の遠い将来の財産でしょうが、今はあなた方を後ろ支えする代償として、一部お譲りいただきたいのです」
「まあ・・・あなた方の『テスト』を受け、ここで生きて話していられるのは、
その合金が、あの巡洋艦や駆逐艦の装甲に使われているから、とも言えます。それだけの強度、加工性、汎用性を持つ素材です。
近い内に、何らかの形でテストピースもお渡しします。乱暴に言えば、民生品のコスモナイト合金であっても、
この時代の防弾鋼板。その数十倍の靱性、対衝撃性、耐熱性を持ちます。それだけの価値ある素材です」
「なるほど・・・それが、あなた方のこの世界に対する要求。その真意ですか」
「その通りです」

ムハンマド国連事務総長の言葉に、敢えて古代が応じた。

「我々の言いたいところは、一つ。20世紀から21世紀の戦争を優位に進める代償として、23世紀の世界に必要な物資を採掘させていただきたい。
その一点に集約されます。23世紀の戦争を、二つの世界に蔓延させないために」
「それは、あなた方の祖国。地球連邦の総意と解釈して宜しいのか?」
「正式ではありませんが。じきに我々の民意の代表者、国権の最高責任者が近日中にここか、ここ以外の国連施設で、お会いする予定です。
彼がそこへ至る前に、具体的な協議を詰め、時にはあなた方を脅迫しろ。それが我々の・・・もとい、我が軍の仕事ですな」

そう、古代が応じたのは、今後の交渉の主体となるギュンターやバーンズではなく、「軍人」である自分へ、反感と悪意を集めるためであった。
異なる、それも技術的に格段の違いがある世界より押し入り、支援はするが先端資源も寄越せ。このように言われ、負の感情を抱かない国家や個人など、存在しない。
そして、軍というのは(古代のような日系人、日本人的文化の考えに従えば)、殊に恨みを買いやすい存在である。外務と運輸。そしてやがてはやってくるであろう、厚労省や経産省。総務省などの官僚達。
そして技術指導に当たる民間企業へ、恨みの矛先を向けぬよう、意図的に露悪的な暴言を吐いたのである。

ムハンマドは自らよりは十歳ほど若い。さりながら、随分と苦労を重ねた顔立ちと、鈍い鋼色のような瞳を持つ、異なる世界の軍人をしばし見つめた。
やがて、数十秒ほど黙考すると、未だに健在な中東連合。
その古来より続く豪族の中の出来物として知られた者に相応しい、穏やかではあるが反論を許さない、知性的な声で応じた。

「無論、国連加盟諸国に図らなければならないが、私はその脅迫と支援。双方に賭けてみる価値があると思う。
本日、あなた方との交渉はこれまでとしたい。爾後、我々も頂いた資料を基に、更に協議を行い、明日には答えを出す。
それまで、沖合のあなた方の艦でお待ちいただきたい」
「議長、お待ち下さい!真偽も定かではなく、尚かつ協議の時間が僅か1日足らずでは-」
「その1日。いや、今、こうしている1分の間に。何人の将兵、市民。そして何より難民が命を落としているだろうか。
我々が手詰まりなのは、共通見解と認識している。今は、使えるのであらば、悪魔でも十字軍でも、何でも使役すべきなのだ」




古代達、暫定代表団が「シャトールノー」艦内において、秘話通信。
そして再度連絡に用いられる羽目になった「島風」から乗り込んだ、鎧衣課長により、
概ね草案が国連加盟諸国の大部分に認められ、可決されたことを知ったのは10月24日23時。

そして、その通信を軌道上の「ゴトランド」以下残置艦艇。
この世界の太陽系惑星格軌道に敷設した、タキオン増幅通信衛星により地球議会と政府へ到達したのは、地球連邦標準時間。2228年10月7日。

更にはあろうことか、古代達をして呆れ返らせたことに、古代当人が発した冗談。まさにそれが現実になったのだ。
標準型主力戦艦の性能向上に伴い、12隻で建造が打ち切られた「ヤマトⅡ」型戦略指揮戦艦「ノーウィックⅡ」。
「ダンケルク」級戦闘巡洋艦2隻、「フォーミダヴル」級空母2隻、自動駆逐艦12隻に護衛されゲートアウトしてきた、
防衛軍の切り札に乗り込んでいたのは、地球連邦大統領。イーノス・アークハート氏その人であった。

「時間に正確なのは人間の基本だが、時は黄金でも代替できないのでね。すまない」と、短く古代に言い放ち、軌道上の「ゴトランド」を介して協議を始めた。
一通りの事前会談の様子を知悉していた彼は「こちらも多少、主導権を回復しなければならない。私の名前で次の議事会場を北米へと指定したてくれないか」と言い放った。
事前準備にかかわった軍人、官僚たちはかなり悩みぬいたが、先の帝国近海における彼らの態度を鑑みれば、対等の立場を得るためと大統領の要請に了承を返した。

そう。アークハートはこの奇妙な関係を、技術レベルとは違った角度から対等にする為に、敢えて防衛軍最強の大型宇宙戦艦。
その圧力を背景とした上で、会談場所をこちらからの主導権で指定したのだ。「我々が技術的に優越しているだけで、何時までも弱腰な存在と見られては、今後、何かと苦労してしまうからね」。
彼は人の悪い笑みを浮かべて、部下たちにそのように述べたという。


「やはり恫喝ではないのか!」という国連諸国側の反論に対し、横浜沖での一件を持ち出しての指摘。
そしてある程度の泣き落とし、脅しすかし、そして情報面での優位をフルに活用したアークハート大統領は、渋々ながら国連諸国代表に、この世界最大最強の国家であるアメリカ合衆国。
国際連盟本部の存在する大都市、ニューヨークでの会談を飲み込ませた。

その会談においてアークハートは終始、利害を基準とした上で紳士的、実利的な態度で議事を進めたが、ニューヨーク沖合いに威容を浮かべた「ノーウィックⅡ」の存在に、
態度を硬化させた者もいる主権国家代表達相手の交渉は「あの時は本当、参ったよ」と苦笑するほど、骨が折れたらしい。
もっとも「はて、先に核兵器や大型戦艦で我が国民でもある私の部下を恫喝したのは、どちらでありましたか」と、
英国系らしい典雅だが皮肉に満ちた態度で釘を刺したのは、実に彼らしいが。


経緯はともあれ二週間ほどの時を置いて、二つの世界の地球はついに、ハイゲートという異例の存在を介して、公的能力を発する協約を正式に締結するに至った。
その間も、異世界の地球ではBETAが殺戮され、将兵が倒れ、難民達は飢えと差別、病に。民間人達は恐怖と犯罪増加に怯え。
地球連邦はそれを幾らか。否、抜本的に改善し、その代償として幾らあっても足りないコスモナイトを、JVを組んだ民間指定企業。
そしてガミラスの鉱工業企業・事業団と共同で、採掘を行う準備を大車輪で進めていた。

時代と世界が異なるとは言え、実務に長けた官僚集団と軍という組織は、方針が定まってしまえば、動き出すのは早い。
双方の世界における、難民支援及び戦力、工業製造力強化計画の進行は、担当者達(当然古代も含む)を過労死寸前に追い込みながらも、
爆発的な勢いで進んだ。さりながら、この迅速を通り越して性急とも言える行動が、BETAという学習能力と殺傷力を併せ持つ集団を相手に、吉凶どちらの結果をもたらすか。

それは未だに将来の事象であり、誰もが目標は持っていても、結果については見当も付かなかった。



[24402] 第七話
Name: 七猫伍長◆bcb2db3e ID:b0e589f1
Date: 2011/01/17 08:17
*異世界:1999年3月26日 兵庫県西部「防人ライン」 機動永久陣地


兵庫から大阪にまたがる、西日本におけるBETA侵攻に対する人類の障壁。兵庫・大阪機動永久陣地は、幾度も万単位のBETAの波状攻撃。
十数度にわたる陽動、浸透を兼ねた地中突破攻撃を受けつつ、未だに維持されていた。

無論、そこに投入されている兵力の消耗は、連日のように続き、戦を経験した古兵は櫛の歯が欠けるように、戦死。
あるいは後方の野戦病院にて、苦しみ続けることとなる。どれほど装備、資材、弾薬、燃料の補給や備蓄がうまくいったとしても、

戦争の相手が人間であろうがBETAであろうが、実戦を経験した将兵が最も貴重で、補充の効きにくい兵器であることは、変わりはない。

その様な状況の中、今やこの陣地を守る古参部隊となった第26師団は、幸運にも未だに師団としての戦闘単位規模を、失っていなかった。
あまつさえ、どうしたわけか唐突に潤沢になり始めた、装備、需品、弾薬、燃料その他。戦闘部隊が必要とするほぼ全ての補給物資が、気味が悪いほどの勢いで届き始めた。

そして、今年1月には従来の機動歩兵師団から、戦車3個連隊、機動歩兵2個連隊、砲兵連隊、戦術機甲連隊(流石にこれは1個大隊欠)を根幹とする、機甲師団へと拡充、再編された。
無論、華々しい機動戦闘など行うべくもなく、連日、戦闘・築城工兵と打ち合わせを行い、陣地の拡充と復旧。障害の敷設。
それらに依った機動防御戦闘を行うことに変わりはないが、各種教育隊。あるいは士官学校、予備士官過程出たての連中が過半を占めるとは言え、人員さえ潤沢に補充された。


「おかしなもんですねえ、小隊長」

今や軍曹に進級し、突撃級。要塞級、重光線級百体以上を撃破し、大型BETA撃破徽章を4本縫いつけた砲手が、呆れたような口調で言った。
丁度、今、彼等は機動歩兵のための複郭陣地。その穴掘りの手伝いへの駆り出しがようやく終わり、自らの担当する機動陣地へ移動。
ドーザーや均土用機材で、サスペンションやエンジン。トランスミッションに大きな消耗。損傷がないかを確認し、車内で一息ついているところであった。

「何がだ矢作。泣いても喚いても来なかった補充品が、腐るほど降ってきたことか。妙に元気な新兵どものことか。それとも」

流石に士官教育は間に合わなかったが、曹長へ進級し、ついに本当に戦車小隊の正規指揮官に収まった、嘗て、減耗した各部隊の74式の寄せ集め小隊で、ここを守り続けた下士官。
高須曹長が無感情な声で応じた。
表情もそれに相応しく、内心を伺わせない平坦なものであったが、目元だけは車長用熱線映像照準機。そしてデータリンクパネルから離さず、担当区域を監視している。

いい加減、夜のとばりも近くなり、春が近いとは言え、明石山脈からの吹き下ろしも冷え冷えとしている。
しかし、BETAはそのような、人間の本来の生活サイクルに合わせてくれるほど、親切ではない。声をかけてきた砲手の矢作軍曹も、砲手用照準機を介しての監視は怠ってはいない。

「全部ですよ。何でも横浜の方じゃ、こっちの防衛ラインを海中迂回したBETAに手ひどくやられ、ハイヴさえ作りかかってるそうじゃないですか。
だのに、こんだけ潤沢に補充、築上、戦闘が何もかもうまく行きすぎると、気味が悪くて、ね」
「まあ、悪く考えすぎても、俺達だけじゃ何も出来ませんよ。連隊長や師団長じゃないんだから。少なくとも、今の戦車が出力不足とは縁遠いだけでも、俺は嬉しいですがね」
「贅沢にもコンパートメントで仕切られてるので、背中を蹴飛ばして指示も出来なくなったがな」

嘗て、加速力こそ悪くはないが、エンジン出力が十分とは言えなかった七四式改を縦横に操り、機動陣地を走り回らせ、やはり伍長へ進級した操縦手の前野の、
「そいつは酷いや。小隊長殿」との声に、ようやく高須も幾らか苦笑を浮かべつつ、「まあ、じきに三中隊へ警戒引継だ。気は抜くなよ」と言い放ち、一通りの雑談をうち切った。



そう。彼等が今、乗り込んでいるのは、散々使い倒した七四式改ではない。今の二六師団のような機甲師団に優先配備される、第三世代とも言われる新型戦車の九〇式。その改造型であった。
それが連隊規模ごとに僅か三日で、RORO船で300台近くが、大阪港に運び込まれてきたときは、何の冗談かと我が目を疑ったものだ。

海軍もその重要性を維持していたのだろう。贅沢にも「雪風」型イージス艦2隻、「平戸」型ヘリ空母2隻を含む護衛艦隊24隻で、その他、諸々の物資や兵器共々、護衛してきてくれたらしい。

また、大日本製鋼や光菱。冨士戦車教導隊や相模原にある戦車工廠。そこから五日だけ派遣され、乱暴な詰め込み教育を行った兵科将校、兵技将校。
そしてメーカー側の技術者によると、既存の九〇式とは殆ど別物だという。今までは戦術機にのみ装備されていた、便利な御道具。網膜投影システムを含む、広域戦術データリンクシステムの増設。
新素材の耐熱増加装甲。戦車級の張り付きに対処すべく、2挺が増設された(何処から持ち出したのやら)キャリバー30機銃を据えた自動銃架。

そして、既存の九〇式と同じ四四口径一二〇ミリ砲身であるが、新素材と冶金技術を用い、軽量化を図りつつも、より強力な装薬に耐えうる薬室、砲身を持つ新型戦車砲。
何れも要素技術開発はとうに終了していたが、レアメタルの割り当てや製造ライン混乱を防ぐため、試作どまりの筈の戦車が、いきなり師団規模でやった来たのだ。

「私にも子細は分からないが、どうも各国が共同で進めてきたと言うことになっている、
軌道上における低圧環境工業プラントが、稼働状態に入った恩恵。機甲本部からはそう言われている」

自らも釈然とはしていない様子の、相模原から来た兵技将校の大尉。大日本製鋼や光菱の技術者達は、歯切れの悪い様子で各車長へと説明を行い始めた。
曰く、戦術機並のデータリンクシステム。改善された電子光学照準システムにより、戦術機と同等の任意火点設定の上での、面制圧直射が可能であること。
やはりRORO船で、各車に300発ほど運び込まれた新型徹甲弾を用いた場合、距離3500mから要塞級や突撃級の装甲を完全に貫通し、内部の生体機構に致命傷を与えられること。
今後、機動歩兵師団の戦車連隊も含め、この九〇式改の急速配備が進むであろうということ。

「但し、理想的な改修とは言えません。新型一二〇ミリの威力はデータリンク照準もあり、大きなものですが、反動も凄まじい。
そしてそれに耐える車体構造を一から作り直す余裕もない。故にトランスミッションやサスペンションは、重量増大を承知で、強引に強度や冗長性を増したものを使っています。
部品消耗も既存の九〇式よりは大きい。正直、忸怩たるものがありますが・・・」

光菱の、長い間、特殊車輌製造に関わり続けた、五〇絡みの年季を感じさせる技術者は、やや苦衷を浮かべたまま、この九〇式改も良いことづくめではないことを説明した。
重量は原型の五〇トンから五三トンへ増加し、整備に必要な間隔も短くなっている。つまりは、機動力が低下し、整備に必要な時間がより増えると言うことだ。
そのため、九〇式系列が自動装填装置を採用していることから、各車の装填手は整備連隊へ回され、マンパワーを増やすことで、これに対処するという。

「光菱さんの仰られたとおり、新型砲は車体に多大な負荷をかけます。但し、そのために砲にも強引な改修を施してまで、搭載しておりますので、
命中精度と威力だけは保証します。射撃速度も、FCSとデータリンクシステムの更新で実質的には上がっています」

車体側のプライムメーカーである光菱の説明が終わった後、主砲と砲塔のプライムの大日本製鋼の、こちらは三十代半ば程度の、まだ若い技術者が、せめもの救いと言わんばかりに、新型砲の威力を説明し始めた。
既存の弾薬を用いた場合は、威力は概ね九〇式と変わらないが、上位互換性は維持されていること。反面、新型の九八式一二〇ミリ翼安定装弾筒付徹甲弾を用いた場合、初速は軽々と毎秒一八〇〇メートルを超える。
弾芯素材も、数世代進んだものに変わっており、最良の条件ならば四〇〇〇メートル以上からでも、要塞級の強固な外殻を食い破り、致命傷を与えられること。

「まあ、そういうことだ」

富士学校から来た、恐らくは大陸派兵でかなりの修羅場を見たのであろう。大型種撃破徽章、その他、あろうことかレンジャー徽章までサラダバーに並んでいる富士学校から来た、
四〇前後の、小柄だが日焼けした顔立ちを持ち、白い目ばかりが目立つ少佐が、ねめつけるように言った。

「低下しているとは言え、貴様らが乗ってきた七四式改よりは余程ましな機動力。その上でデータリンクと、あの蛎殻や馬鹿でかい蜘蛛(要塞級)を一撃でぶち抜ける火力がやってきた。
そう考えろ。そしてこれから五日間、寝る間はないと思え。新型装備の性能を生かせずに、戦車級に喰われたくなければ、座学と実技以外、貴様らのやることはないと思え」



そして、ある意味では戦闘よりも忙しい、五日間の乱暴な慣熟訓練。あわただしく他の連隊や師団、旅団へ散っていった兵技将校や技術者、
教導隊の士官を見送りつつ、連隊でも教本と首っ引きで習熟と演習を重ねてから二週間後、九〇式改受領から最初の戦闘が始まった。
(なお、今まで使い倒してきた七四式改は、東海地方や関東に寄港する護送船団に積み込まれ、随所の工場や兵器工廠で、
データリンクシステムの増設や再整備を受けた上で、在日国連軍に供与されると言われている)。

「いや、確かに訓練で非常にやりやすいと実感はしていましたが・・・」
「本当に3500でバカスカ射貫しましたよ。化物ですね、こいつぁ」

九〇式改を用いた最初の戦闘は、散々七四式改で戦ってきた彼等が、拍子抜けするような有様であった。
戦術機の有するものと同等のデータリンクによる、任意火点設定が大きな威力を発揮するだろうとは、座学と訓練で予想が付いた。
機動力も光菱の技術者が苦悩するほど酷いものではなく、七四式改に比べれば倍以上の出力を持ち、毎時六〇キロ以上を、当たり前のように長時間ひねり出す駆動系統は、
前野伍長を大いに喜ばせた。だが、主砲の威力と中隊単位での射撃統制は、その彼等をして唖然とさせるほどのものであった。

従来は竜の牙や対戦車地雷。時として破損、解体された戦術機の操縦系統から引き剥がした、カーボンワイヤーを用いた鉄条網じみた障害。
それらをフル活用しても、半数以上が突破してくる突撃級。これを仕留めるには、七四式改の一〇五ミリ戦車砲では、余程運が良くない限りは、一発で完全に無力化することは難しかった。

一時的に「脳震盪」で麻痺しても、再度復活するケースが多いのである。他の旅団、師団の半数が装備する九〇式の、大威力のラインメタル一二〇ミリでさえ、
場合によっては自動装填の速射で、二発、三発と浴びせないと、完全に殺せない事も少なくはなかったのだ。

また、戦術機や対地レーダー部隊から、デジタル無線を介した弾着観測支援があるとはいえ、どうしても音声通信による射撃管制では、相互の射撃が重複してしまうことも多い。

「これがもう少し早く届いてくれたら、下関や山口で踏ん張れたかもしれんなあ・・・」

が、しかし。九九年二月一一日の防御戦で、フェイズドアレイ対地レーダーをフル活用したHQより、戦域データリンクを介し、重複なく指定された目標への、連隊規模での一斉射撃。
それは戦車戦闘の様相を一転させた。新型火器管制装置の補助も相まって、正確に放たれた新型砲により、莫大なエネルギーを受け取った九八式一二〇ミリ徹甲弾は、
その一斉射で、ほぼ連隊車輌と同数の突撃級。その正面装甲を、目に見える規模で破砕し、完全に殺戮してしまったのだ。

それはいい加減、陸軍で戦車兵として一〇年近く飯を食っている高須曹長として、唖然とさせるものであった。
中助(中隊長)からの怒声がなければ、その余韻に引きずられ、呆然としてしまうほどの。

データリンクによる任意火点設定射撃は、多目的榴弾を用いた小型種掃討でも、凄まじい殺傷力を発揮した。重複なく、面制圧炸裂する多目的榴弾は、
戦車級や邀撃級を、自動装填装置の恩恵もあり、挽肉製造器のような勢いで引き裂いた。

装甲戦闘車や強化外骨格、砲塔式自走重迫を、やはりどういうわけか、ふんだんに受け取った機動歩兵連隊の、同じくデータリンクで支援された掃討射撃。
長砲身自走十五榴へ改編された砲兵連隊の面制圧射撃。これらにより、その日の戦闘では、
いち早く後退を開始した僅かな光線級、重光線級を除き、一万二千以上のBETAが、機動永久陣地の前に躯を晒すことになった。

最終的には、やはり新型の直射火器多数を搭載した、戦術機二個大隊。機甲部隊、機械化歩兵部隊、機動砲兵による包囲殲滅戦となり、
来襲したBETAの九割近くが、無惨な姿を兵庫の狭苦しい平野部から、山脈の裾野へと晒すこととなったのだ。

その戦闘以降。BETAに知能があるかは分からないが、彼等の襲撃の間隔は大きくなった。襲撃手段も地中浸透を用いてさえ、
一斉に対地振動センサーの情報がデータリンクを介して各部隊へ渡され、地面を突破した瞬間に一二〇ミリ砲、三五ミリ機関砲、重機や軽機、戦術機の突撃砲や徹甲ロケットの一斉射撃を浴びて、
膨大な損害を出してからは、威力偵察程度に襲撃規模が小さくなっている。自然、この永久機動陣地への負担も、徐々に軽減されている。

「まあ、そのおかげで死骸処理の作業が増えて、ますます工兵じみてきた気もしますが・・・」
「そりゃもう諦めろ。専属の機械化工兵なんぞ、もっと苦労しとるんだ」

そのこと自体は良いのだ。防衛ラインが強固なものとなれば、後方の安全性は本来高まる。
事実、壊滅した横浜南部を除く、東海工業ベルトライン。そして北関東-北陸防衛ラインや、陸軍の混成旅団と、海軍陸戦隊の生き残りにより、
奇跡的に維持されている海軍舞鶴基地。小松航空基地から出撃する、護衛艦隊と対潜哨戒機の間引きに守られた、北陸工業ラインは、フル稼働状態を維持できているという。
未だに日本列島は、大陸や半島からのBETAの脅威へ、盾として、そして何より、この世界では数少ない、国土を維持した主権国家として機能し続けているのだ。しかしながら。


「でもまあ、確かにケツにハイヴを作られつつあるってのは、面白かねえよなあ・・・・」

一時的に車内、小隊系無線の電源を切って、高須曹長は口の中だけで反芻するような、小声で呟いた。
但し、その声音は、聞けば練達の衛士であろうが、長年エリート街道を歩んだ高級将校であろうが、あるいは難民相手の商売で狡っ辛い利益を上げている極道であろうが。一様に青ざめるであろう、濃密な殺意が籠もっている。

この時ばかりは、九〇式改の車内構造が、コンパートメントで区切られ、互いの表情が見えないことが幸いした。
比較的穏やかな性分に反して、恐ろしく目つきの悪い高須曹長。その顔立ちは、普段の、顔見知りなら誰でも慣れているそれではなく、
押し込めた怒りにより、閻魔でさえ声をかけるのを躊躇するのではないか。その様な有様になっていた。

「水中浸透とはね・・・海軍の阿呆どもは、何をやっていやがったんだ」

そう、彼等の奮闘をあざ笑うかのように、昨年。九八年一〇月末。山陰、四国、九州などから太平洋側の沿岸部海底を迂回した、
五万近いBETAは、驚くべき事に水中でも三〇ノット近い進行速度を発揮し、一気に南関東へ上陸したのである。

そのこと自体は、早々に海軍航空集団と海上護衛総隊に察知され、当時、太平洋側で即応状態にあった護衛艦隊五個。対潜哨戒航空隊八〇機が、
時として運悪く、浅瀬へ乗り上げ反撃に出た重光線により損害を出しつつ、アスロック、短魚雷、爆雷、前方投射対潜ロケット、対潜爆弾に至る全ての対水中兵装を使用。

かなりを漸減したものの、最終的には二万以上が東京湾へ侵入したのだ。BETAが動力無限とも言われている反面、哨戒機は燃料と弾薬を使い果たせば、航空基地に帰還せねばならない。
駆逐艦や護衛艦などは、三十ノット以上を継続して出せば、連合艦隊から増援を受けた補給艦の洋上給油を受けても、とても航続距離と機関が保たない。

かような経緯の上で、ある意味では、帝都と並ぶほどの工業力や住宅地。そして難民居留地区を抱える横浜市へ、
様々な漸減攻撃や偶然で減少しつつも、大小BETA二万が一斉に襲いかかったのである。

何故、南関東に多数ある大規模人口都市の中で、横浜市を彼等が襲撃対象に選択したか。それは未だに分かっていない。
BETAが元来、人口密集地域や交通結節点、工業地帯などを狙う習性を考えれば、十分にあり得るケースではある。としか言いようがない。

その他の横須賀、川崎、そして東京都などにさして興味を示さなかった理由については、未だに不明とされている(ある国会議員は、「横浜が盾となることで首都圏の被害は最小限となった、前向きに考えねば」と放言し、
普段物静かな榊首相の激怒と、温厚な事で知られる征夷大将軍の深い怒りを買ったと言われている)。

そして神奈川県横浜市は、元来の市民が七五〇万名。難民を含めれば八五〇万名以上が様々な形で居住する、日本有数の大都市であり、人口密度が高いことが仇となった。
市民の市北部への避難は、自治体主導で懸命に決行された。世界有数とも言われる、整った公共交通機関もフル稼働で市民を逃し続けた。

そして、征夷大将軍の勅命で派兵された斯衛二個戦術機連隊。帝国陸軍が首都防衛の最後の切り札とした、本土防衛軍第一師団や冨士教導団。
厚木基地や横浜随所に展開していた、国連軍及び在日米軍総計二個師団弱は、まさに死力を尽くし、最終的に四割近い損耗。
軍事的に見れば「壊滅」と判断されるまで、市民の避難を援護すべく、戦い抜いたのである。あまつさえ、海軍も修理完了の確認されていない超弩級戦艦さえ、工員を乗せたまま出撃。
同じく、横須賀などを母港とする米海軍、国連海軍と共に、出来うる限りの艦砲射撃支援を行った。しかし、阻止は適わなかった。

あるいはこれが純粋な野戦なら、大損害を出しつつもBETAを殲滅できたかもしれない。しかし彼等の戦闘地域は、疎開の終わった兵庫-大阪防衛ライン。
あるいは北関東-北陸防衛ラインではなく、未だに無防備な。本来守るべき民間人が多数いる地域であった。

これまで二つの防衛ラインがうまく機能することで、帝国軍や国連軍が暫く忘れていた、四国や九州地方。山陰地方での惨劇が、数倍に拡大されて再現されたのである。
戦車や戦術機、機械化歩兵はまだしも、一発の威力が友軍、民間人ごとBETAを吹き飛ばしかねない戦艦部隊やMLRS部隊は、
中途まで、完全にBETAに制圧された地域に蝟集する、残存集団を吹き飛ばす以外に、為す術がなかった。

「あれほどの恥辱は、帝国海軍に奉職して二十五年余の中で、感じたことがありませんでした」

当時支援砲撃に参加し、後にかの甲21号作戦にも加わった戦艦「信濃」艦長、阿部大佐は苦渋と共に、後にそのように回顧している。


戦闘開始より三日が経過し、ようやく横浜市中部に、帝国軍、斯衛軍、米軍、国連軍の残骸が、戦線と思しきものを形成できたとき。
軍とは違う形での戦い。市民の避難誘導に最期まで従事し続けた自治体職員を含め、
八五〇万名の横浜市民・難民の内、一五〇万名以上がBETAの犠牲となり、更には二〇〇万名以上の国内難民が、新たに生じたのである。

そして、この兵庫防衛ラインや北関東防衛ライン。他方面軍から、次々に正規の師団や臨時編成戦闘団が、BETAを叩き出す増援として派出されたが、時は遅かった。
BETAは忌々しいことに、工兵機材としても非常に優秀である。彼等は、三〇〇万の人命が生活を営んでいた地域の残骸。
具体的に言えば、嘗て帝国陸軍と国連軍が、共同で配備されていた、白陵駐屯地近隣一帯に、既にフェイズ1から2のハイヴが完成させつつあったのだ。

今度こそ友軍誤射の恐れのない、帝国海軍と米海軍の戦艦部隊の艦砲射撃。帝国陸軍・国連軍・米軍重砲隊の阻止射撃が、
それを幾らか遅延させていると言うが、フェイズ2クラスのハイヴとして機能し始めるのは、時間の問題といわれている。

「あの当時、既に北米への亡命政権組閣。殿下や陛下の疎開も立案されていました。何しろ背中に刃を突き立てられ、正面と側面のBETAと戦っていたようなもので」

ある外務省職員の言葉のとおり、如何に二つの防衛ラインが、佐渡島や半島からのBETAを阻止し続けても、帝都以北はハイヴの支援を受けたBETA集団に、恒常的に脅威にさらされている。
既に近隣の川崎市、横浜市民の生き残り、その他関東方面市民の疎開は、榊首相直々の命令で発動されていた。

現在、当初展開していた帝国、斯衛、米軍、国連部隊の生き残り総計一個師団半。各地より来援した正規編成の三個師団と、前線を完全には離脱できない部隊から引き抜かれた、
連隊規模の臨時編成戦闘団四個。米国・国連混成の一個師団が、二つの防衛ラインを模した野戦築城で包囲しているが、
仮にハイヴで増殖したBETAが出撃してきた場合、どの程度の期間を阻止できるかは、誰にも分からなかった。


(一五〇万・・・・一五〇万だと。俺達がここで、戦友を失いながら、BETAを食い止め続けたのは、何のためだったんだ。
九州でも、山陰でも、四国でも同胞を守れずして、今度は横浜さえ親族もろとも食い荒らされ、
何が「『本土防衛軍』第二六機甲師団」だ。何が『連隊最多撃破数小隊長』だ。大莫迦野郎!!)


そう。高須曹長が、敢えて他人の前では口に出さず、表情や声音が、車長席に収まったときの一部を除いて、平坦な理由は、連日の戦闘の疲労。
そして唐突な戦術面での優位への転換によるショックだけではない。元は山陰西部から北九州を守る第26師団。その多くは地元出身者で占められている。

しかし、古参下士官で、腕も人当たりも良く、陸士予科への推薦を受けたにもかかわらず、踏ん切りが付かなかった高須軍曹(当時)は、
元は埼玉の第14師団隷下の戦車連隊の下士官であった。そして、予科推薦を躊躇され頭を抱えた中隊長が、ならばせめてと直々に頼み込み、
「箔をつけるため」、BETA襲来の可能性は高いが確定的とまでは、当時言えなかった北九州を守る第二六師団戦車連隊へ転属させたのだ。つまり高須は、元々関東の人間である。

出身も埼玉と東京の県境であり、南関東には彼の親族が多く住んでいる。同方面で軍役や公職に就いている。いや、就いていた者も多かった。
あの横浜奇襲により、彼は第一師団で連隊参謀を務めていた叔父。横浜市の区役所市民課に勤め、避難誘導を行っていた従兄弟。神奈川県警の警察官として、軍民整理を捌いていた同級生。

そして、既に大陸で戦死した兄が残した義理の姉と姪を亡くしていた。彼の小隊が、最初の一戦を除けば、極めて旺盛な戦意と的確な射撃・機動指揮により、
連隊内で最も多くのBETAを葬っていたのは、それ以外に、彼に出来る供養。そして怒りを吐き出す手段がなかったからである。

(こいつらは・・・顔には出さなかったが、ずっと前から俺と同じような思いをしてたんだな。それでも俺の命令に、きちんと従ってくれていたのか・・・)

そして、車長席と戦闘時以外、その感情を露わにしないのは言うまでもない。

26師団は地元の、今はBETAの跋扈する地となった、山口や北九州の兵で固められた部隊である。高須以上に、多くの係累を亡くした将校、下士官兵など、幾らでもいた。
そして彼は今や、一個小隊4台の戦車と、警備、整備要員を含めれば40名近い下士官兵を預かる、指揮官であった。

彼は陸軍入営十年近い、今となっては貴重な古参戦車兵であるが、内地や故郷が戦場になるまでは、
たとえ大陸派兵を数度、経験していても、「後方の将兵」であったことを、嫌と言うほど思い知ったのであった。




「とある異世界の盗掘者達・宇宙戦艦ヤマト2229/マブラヴオルタネイティヴ 第7話」



*地球連邦側:2228年10月11日

時間は若干さかのぼる。アークハート大統領直々による、性急とも電撃的とも言える交渉。その後に、相互援助・異世界難民人道支援協定が、議会に於いて可決され、
正式な法的効力を得てから、地球連邦の政官財は、ある程度予想されていたとは言え、一挙に多忙の極みに置かれることとなった。

何しろ、億単位の難民を、異世界人を刺激しない形で救護しつつ、並行して大量のコスモナイトを採掘するというのだから。
とはいえ、難事ではあるが、バーナード・シリウス・プロキオンなど、複数の恒星系へ植民。更にはその途中で、
資源衛星の確保や十年単位の惑星テラフォーミングを行っている地球連邦にとっては、手慣れた事業でもあった。

「とにかく今は、彼らの生活を保障することから、信頼を得るほかはないでしょう」

バーンズ政策調整官の言葉のとおり、第一に開始されたのは、異世界地球・土星軌道に設置すべき、物資集積軌道ステーションの建造であった。
幾ら援助物資を製造。あるいはコスモナイトを採掘したとしても、それを保管し、目的地へ安全に移動させる手段がなければ、意味がない。

そして今回の事業は、現地国連側の資料に依れば、地球全土で四億五千万に達する難民。その援助と自立支援である。
集積用コロニーは、一部の遠距離恒星植民計画を先送りにし、それらの資材を流用してさえ、ほぼ突貫作業で建造が進められた(とはいえ大部分は、無人自動製造機械が担当するが)。

同時に、連邦政府が大量に抱え込んでいた予備役旧式宇宙船。俗にスペーストレイン型と呼ばれる、無人輸送船舶の現役復帰改修が開始された。
そして、野党領主ゲイツ氏の支援団体である、廉価医薬品製造業界。合成食料、被服、土木重機・資材、緊急用プレハブ住宅などの製造メーカーに対しては、異例の大量公共発注が降り注いだ。

何れも民間に事業委託の上で、買い上げ・支払い費は、国家予算特別会計予備費から捻出されている。
枯れきった技術、もしくは既存の余剰品を用いるとは言え、当面は、全くの政府の持ち出しであった。健全財政の観点からすれば、殺意を抱かれかねない所業であった。

しかしながら連邦政府には、財政出動を補い得るだけの税収増大を見込める、極めつけのジョーカーがあった。その情景が、今、古代進中将の目の前に広がっている。



*異世界側:1998年10月22日

「タイタンの軌道上。及び陸上における根拠地設営は、概ね順調に進んでいます。今のペースでしたら、二週間でまずはこのタイタン。
更に二週間で、他の土星衛星圏に最低で、合計20カ所の採掘拠点の設営の目処が立ちます」

今回の一連のコスモナイト合同採掘事業の、事実上のプロジェクトリーダーとされた南部重工業公団。そこより出向してきた、南部隷下の鉱工業事業団の採掘技術管理職が、
「シャトールノー」士官室の多機能パネルを用い、設営状況の説明を始める。日系企業の中では、比較的新興であるためか、若手を採用する傾向が多い南部の例に漏れず、
年の頃はまだ30代前半。古代より一回り以上は若そうな、元気の良さそうな青年管理職であった。

パネルにはタイタンの概略図と、各企業がそれぞれ担当する採掘拠点。その進捗状況が、グラフ化され、簡潔な説明と共に表示されている。

「既にこのタイタンにおいては、各企業合計で8カ所の鉱床採掘インフラが、稼働寸前までこぎ着けています。
何処も競って、自社製最新機材を持ち込みましたからね」
「何時、BETAという異生物が来るか分からない状況です。まあ、採掘競争も大変でしょうが、
無人で高効率な機材を持ち込んで貰えるのは、有り難いですよ。こちらとしても」
「防衛軍さんには、ご無理をかけておりまして、その点はご配慮感謝いたします」

技術畑とはいえ、他者との折衝経験も豊富に積んだ人材なのだろう。
苦笑を浮かべながら、南部の技術者は頭を掻きつつ、申し訳なさそうに古代に頭を垂れた。古代も同じく苦笑で応じる。

「いえいえ。こちらもこれが仕事ですから。御社を初めとして、
無事にここのコスモナイトを持ち帰らないと、国庫は赤字確実。私らの予算も削られちまいます」
「その点はご心配なく・・・・というか、最早、各社の最新機材。売り込み合戦状態ですからね。確か古代中将の所にも?」
「私は文民じゃないのですが、ガルマン・ガミラスのエンジニアさんが。熱心に機材の優秀さを説明してくれましたが、軍に採用権限はないですから。
南部参謀長に応対を頼みました。苦労しましたよ。彼は知っての通り、そういう事にも実に如才ないので」
「次期社長・・・もとい参謀長にも、早くウチへ戻ってきて欲しいんですがねえ。天下りで叩かれるかもしれませんが。
あ、こっちにもボラーの技術屋さんが来ましてね。熱心に見学していきましたよ。丁寧なのですが、未だに色々お固いというか、お役人さんですなあ」


そう。この採掘事業に絡んでいるのは、地球連邦側の事業団や企業だけではない。同じくハイゲート近隣の警備を担当する代償として、ガルマン・ガミラス。
そして軍用品への転用厳禁という条件付で、ボラー連邦政府鉱工業技術集団も、一部が採掘に参加しているのである。この二つの恒星間国家の採掘事業団の態度は、なかなかに好対照であった。

「我がボラー連邦としては、地球連邦の好意を素直に受け取りたいと思う。まことに感謝します」
「ようやっとお互い、一息つけましたかなあ」

四半世紀前なら考えられない言葉は、地球連邦とボラー連邦の実務官僚レベルによる交渉準備の末、
双方の外務大臣が、全面的にプレスに公開された協商条約拡大調印の場で、何とも言えない表情と共に口にしたものだった。

既に、恒星間国家としての規模を確立した地球と、十数年間交易を続けたガミラス側は、かなり取引先として信用しているためか、お堅いイメージに反して非常に商売熱心であった。
なにしろ、軍の技術士官までが、自国メーカー採掘機材の売り込みや価格交渉を古代に持ちかけ、穏便に断り、先送りにするのに、往生したほどである。

反面、ボラー連邦側の公営鉱工業事業集団は、技術的には、基本的に戦闘兵科将校の古代の目から見ても、かなり進んだものを有しているのは、見て取れた。
しかし秘密主義が強く、また、民生技術品であるため、見られて困るものではないとはいえ、余りにも緊張した固い態度で、見学の「依願」を受けるのは、骨が折れることだった。

「仮想敵国なのだから緊張するのは仕方ないが、別に取って食いはしないんだがなあ」

古代や南部、その他の司令部要員が嘆息するほど、彼らはカチコチに緊張していた。
自分達が祖国経済の復興に大きく携わっており、尚且つ未だに地球連邦を(当然だが)信用しきれてはいないことから、彼は彼らで辛いのだろうが。

こういうことはバーンズやギュンターが交渉の専門家なのだが、彼等は現在、地球軌道上。あるいは地球上の国際連合施設で、調整事案に忙殺されていた。

「まあ何分、あちらさんもやっと立ち直ったばかりで、色々と思い詰めているんでしょう。穏便に済ませたいものですね」
「それは私らも同感ですね。出来たらあちらと、早々に民生品顧客開拓を行えと・・・ああ、これオフレコでお願いしますね?」

今の古代は防衛軍提督、将官と言うよりは、防衛省本省の広報担当者のような印象を与える、柔らかい雰囲気を発していた。
異世界の地球上で、不当な攻撃意志を示され、激昂した古代であるが、反面彼はこういった、民間人相手の折衝にも大分経験を積んできてはいる。

ルール、法律を守っている限りは概ね気さくな、くだけた印象さえ相手、特に民間人には与える。少なくとも本人はその様に努力していた。
彼としても荒事は最後の手段であり、対話と談笑で事が済めば、越したことはないと考えている。但し、最後の一線を越えてしまった際の対応が、余りに苛烈ではあるが。

「軍として現在、こちらで安全が確保された航路は以上の四つになりまして・・・え?南部からもう少し機材や船舶のリースを、ですって。
いや、それは私の職掌ではなくですね、あちらの営業ないし経営本部に仰って頂かないと。ああ・・・全く。何でしたら分遣艦隊参謀長が、会社の仕事をこっちによこすな。
そう言っていたといえば、少しは効くと思いますよ?」

なお、当の南部康夫参謀長は、この時ばかりは艦隊参謀長と南部財閥に連なる顔役という、二足の草鞋を履かざるを得なかった。
彼自身は純粋に防衛軍将校として振る舞いたかったが、かの南部重工公団の御曹司(本人は勘当されたと言ってるが)にして、かの初代ヤマト砲術長という砲術将校。

つまり人脈豊富で技術に造詣の深い高級将校という立場から、各企業担当者からの「依頼」「相談」「支援要請」に引っ張り回されていた。
商人の子は商人というか、なかなか上手に立ち回っているが「これなら砲術学校教頭でもやってる方が、まだ楽ですよ」と、疲れ切った顔で古代にぼやいたこともある。


なお、先だってのアークハート大統領来訪に伴い、護衛艦隊の内、かなりの戦闘艦・支援艦が増援として寄越されることにもなった。
流石に「ノーウィックⅡ」を降下させてしまった影響で、地球軌道上には大型艦は配備できず、「コルテノール」級駆逐艦1隻と自動駆逐艦6隻が月面ハイヴを常時警戒。
同時に、この派遣事案の最初期より派遣されていた、無人多目的調査艦「宗谷」が、国際連合宇宙総軍の許可の元、タキオン探査衛星を十数基展開。

地中浸透を含め、BETAの動向監視協力にあたっている。そして、それ以外の大型艦や駆逐艦は、今やガミラス、ボラーの軍民関係者さえ保護下に置いて作業中の土星圏。
そして、万が一の降着ユニットの外宇宙からの飛来に備え、一部は太陽系外周を警戒している。

現在、古代中将の手元に寄越された戦力は、旗艦である「シャトールノー」を始めとして、各種戦闘巡洋艦4隻、「インディペンデンス」級軽空母4隻、自動戦艦1隻、「足柄」型巡洋艦6隻、「コンヴァース」級大型駆逐艦6隻。
そして自動駆逐艦18隻、「佐呂間」級多目的補給艦4隻、自動工作艦4隻、艦載機100機強にまで拡充されている。実質的に、一個航路護衛艦隊に匹敵する戦力である。

また、異世界事案が議会で正式に法案化され、実働されたことから、部隊の名称も臨時編成から改称。第35調査哨戒艦隊と、二桁ナンバーの正規分遣艦隊へと格上げされている。
当然、根拠地も必要とされており、現在、工作艦4隻がスペーストレインで運び込まれた資材を用い、タイタン軌道上に臨時の鎮守府・艦隊根拠地を建設しつつある。

タイタン地表にも、軌道上や太陽系外周のピケットライン。迎撃衛星や艦艇をかいくぐり、降着ユニットが飛来するのに備え、空間騎兵隊より工兵大隊が、
補給艦2隻を用い機材・資材もろとも降着。地下司令部施設、工廠設備、居脱出用シェルター等々の急速建設を開始。
そして廃艦退役になった護衛艦などから撤去した、5インチや6インチ衝撃砲を改造した、ショックカノン高射砲。パルスレーザー銃座。多目的ミサイル迎撃システムの敷設を始めている。

これには民間業者も参加しており、彼等は彼等で、少数とは言え常駐する、軍や官公庁職員、鉱工業関係者のための、購買、娯楽、医療区画を含む地下居住施設。
各種生活物資備蓄施設。タキオン発電施設(小型簡易な波動エンジンを用いた発電装置)。そして、それらをBETAから防護する、ナノマシンコーティングされた人工防護岩盤などを作り上げつつある。


既に、集積用コロニーを用いない、小規模実験輸送には成功している。
後はこの一週間後から十日後に予定されている、あらかじめモジュールを組み立てた状態で、ハイゲートを越えて自律航行してくる、
地球・土星軌道上敷設予定の、無人物資集積用コロニー16基。そして、このタイタン臨時根拠地に置かれた艦艇に護衛される予定の、
緊急難民支援物資を満載した、スペーストレイン型無人輸送船36隻。それらの到着を待ちつつ、警戒態勢を維持するのが、古代達防衛軍派遣部隊の仕事であった。

暇と言うほどではないが、司令部要員の増強や任務の工兵大隊や民間企業への委託。あるいは増強された艦隊により、警戒ローテーションのハードルを下げることも可能となり、
各種業務も最終管理を行えば済む部分が増え、ようやく古代を初めとする旧第352臨時調査艦隊。現第35調査哨戒艦隊司令部に、一息つかせる暇が出来た。
古代が、南部の技術者と報告混じりの雑談を行える余裕も、その一部である。

さりながら、その忙中暇ありとでも言うべき平和な時間は、一週間と続かなかった。この雑談の僅か数日後に、古代進中将をして、苦渋の決断を迫られる急迫不正の自体が生じるとは、
流石に歴戦の戦闘部隊指揮官であっても、予想はし得なかった。そのための対処は怠っていなかったとは言え、彼とて万能の神ではない。



*異世界側:1998年10月27日、現地時刻0435

最初にその異変へ感づいたのは、防衛艦隊側では「宗谷」の敷設したRB-225型タキオン観測衛星12号機であった。
元来は惑星のテラフォーミング事前調査に用いられる、民生部品を多用したタキオン電波・光波複合汎用衛星である。

天候条件に左右されにくく、地核の表面や水中3000メートル程度までなら、軌道上からでも、移動物体や地核構成を観測・分析しうる機能を買われ、対BETA移動観測に用いられていたのだ。

日本列島近隣を観測領域に収めていた彼女は、九州、山陰地方、四国、大陸、朝鮮半島。
これらに蝟集し、度々兵庫や群馬、長野近隣で叩き返されているBETAが、通常とは異なる動きを開始したことを検出したのだ。

元々が地象探査のため、定期移動物体以外のものは、即座に反応。集中検出するよう設定されている彼女は、他の11基の衛星と自動駆逐艦6隻。
そして、これら無人衛星・艦艇を束ねる「コンヴァース」級大型駆逐艦「フロースランド」へと直ちにデータリンクで情報を転送した。
「フロースランド」の当直将校だった航海長は、休憩中の艦長を叩き起こすと同時に、各惑星軌道へ敷設したタキオン通信衛星をリレーし、土星圏の第35哨戒艦隊司令部へ非常警報を発したのである。


「地球上のBETA、それも極東方面から日本にかけての集団に、大きな異変が?」

未だに艦隊根拠地が、弾薬その他需品補充区画。整備区画しか完成しておらず、居住区建設に若干の遅延が出ているため、
「シャトールノー」司令公室で仮眠を取っていた古代は、非常呼集で叩き起こされ、駆け込んだ戦闘指揮所で状況を尋ねた。

既に艦はマルスラン大佐の命令の元に、戦闘配置を終えている。指揮所に古代と前後して、
同じく非当直であった参謀達が駆け込んでくるのに、若干のタイムラグがあったが、程なく司令部要員は全員が集合した。

「従来、大陸と半島より、陸路、海路で北関東と兵庫へワンパターンな圧力をかけていたBETA集団が、迂回を開始した模様です。
大陸、半島、山陰、四国に存在していた集団が南九州へ集結。その後、一挙に海路へ突入。太平洋沿岸沿いに侵攻しています。規模は五万以上、水中速力三〇ノット前後」
「五万・・・・!」

先の協議の後、軍事面でのオブザーバーとして、国連軍にBETA。特に光線級と重光線級の照準手段のレクチャーも行った、電測参謀の報告に、絶句したようなうめきが上がった。
確かに防衛軍は、常に数に勝る敵と戦い続けてきた。しかし、性質も行動パターンも違うとは言え、最悪の多数襲撃ケース。
即ちボラー機動部隊の全力艦載機攻撃。その想定を三倍近く上回る物量は、二三世紀の軍人をして、驚愕させるに足るものであった。

「進路などは分かるか。それと、現地の政府や国際連合への連絡。未だに協議に残っている文民代表団の安否を知りたい」
「目標の進行方向は概略ですが、太平洋沿いにひたすら北を目指しています。しかし、彼等が人口密集地域を狙う習性が本当ならば・・・・」
「司令。衛星通信で国連軍、ラダビノット准将と香月博士から連絡要請が届いております」
「至急繋げ」

防衛軍は軌道上の観測衛星、自動駆逐艦を介して、この世界の技術レベル波長に合わせた、衛星通信回線を地球表土と地球軌道上に開設していた。
そこで収集された音声、映像データを、可能な限り圧縮・高速化した上で、二〇世紀と二三世紀の技術ブランクを何とか埋め合わせ、辛うじてリアルタイム通信を実現している。
通信参謀と通信士が設定したラインを介し、デジタル化されることで辛うじてノイズを防いだ音声が、通信機越しに聞こえてくる。

『ご存知かとは思いますが、緊急事態です。BETA集団最低三万が、現在防衛ラインを迂回し、海中を北上中。
彼等の習性からして、目的地はこの横浜ないし東京、川崎など、大日本帝国の首都圏でしょう』

ラダビノッドの軍人らしい、結論からはいる意見に古代は同意した。

「こちらでも確認しています。失礼ですが、当方の文民代表団や、未だに協議中だった各国外務代表達は?」
『現在、日本国内のシャトル打ち上げ施設より、順次BETA襲撃の恐れのない、北米方面へ脱出させています。
帝国、米国、国連各軍共に戦闘デフコンに移行も。そして、無理を承知で要請します。
再度、あなた方にBETAを引きつける陽動をお願いしたい』
『古代中将、香月です。以前申し上げましたとおり、BETAは高性能なコンピューターに、特に興味を抱きます。
有人艦をとは言いません。無人艦だけで結構です。何らかの陽動は行えませんか』

やはりそう来たかと、古代は一瞬思案顔になった。BETAは先の日本近海航路突入に際し、自動駆逐艦にも「シャトールノー」にも強い興味を抱いたらしく、多数の光線照射を浴びせている。
降下過程において、BETAのタキオン光波と類似した照準システムは割れ、電子妨害攻撃を受けてさえ、である。確かに、防衛軍艦艇ならば、BETAを誘き寄せる格好の餌にはなるであろう。

そして防衛軍の戦闘艦は、只、BETAを引き寄せるための電算機ではない。今の段階では矛や剣を抜くわけにはいかないが、複数の強固な防護手段を有している。
余りBETAに、防護手段や電子攻撃を含め、手の内は晒したくない。しかしながら-

「・・・確か大日本帝国の首都圏には、軍人を除く民間人。
難民合計で二〇〇〇万名以上が居住している。議定書発効の際に頂いた資料には、その様な記載がありましたな」
『では・・・?』

そう。今回の資源採掘事業が、難民緊急人道支援事案である以上、地球連邦は国際連合側より、かなり詳細な難民分布データを受け取っていた。
何処に救難対象が、どれだけいるか分からなければ、話にもならないので、当然のことではある。そして、この議定書に於いては、
「難民・民間人の急迫不正の危難を阻止するため、緊急避難・正当防衛手段を適宜、現地担当者は行う権限を有す」という条項が、末尾に添えられていた。

「難民緊急人道支援事案・86条に従い、そちらの要請を受諾します。但し・・・BETAの数は三万ではありません。五万を越えています。
恐らく、精密観測での誤差でしょう。何もかも防ぎきるとまでは、期待しないでください」
『今は、そちらが可能な限りの支援を行ってくださるだけで、十分です。それと、そちらの文民代表団の方々は、最優先で脱出していただきました』
「ご配慮、感謝いたします。当方の行動子細は、後にデータリンク経由で圧縮して転送します。今は行動しましょう」
『その通りですな・・・・古代中将、感謝いたします』
『文民の私が、このような言葉を使うのは妙ですが、御武運を』
「願われました、では・・・聞いていたな?」

古代はラダビノット、香月との短い通信を終えると、司令部スタッフを見渡していた。と、同時に苦笑を浮かべた。

流石は異世界等という、危険地帯へ派遣されるだけあってか。誰も彼もが手が早い。作戦参謀は即応艦艇に即時出撃準備命令を出し、
補給参謀は波動エンジンの定期メンテナンス中の艦艇さえ、メンテを一時切り上げ、即応準備を為せと通信を発信していた。
その他の面々も、既に古代の細々とした指示を待たず、自らの権能で発しうる命令を、矢継ぎ早に発していた。その様に古代は満足すると、

「目標は五万のBETA、守る対象は二千万の民間人だ。可能な限りの兵力を投入する。タイタン根拠地防備のための自動駆逐艦6隻と支援艦艇。太陽系外周警戒の探査衛星群。
これらを除く全てを投入する。自動駆逐艦12隻は戦闘軌道降下で太平洋へ突入。タキオンセンサーをアクティブで全開にし、
奴らがぎりぎり追いつけない速度で、マリアナ海溝まで誘導させるよう、命令を発しろ。電磁バリアを全開にして、触れた固体は即座に焼き切れるようにも、と。
特に月面・地球軌道上にいる6隻は最優先で降下コマンドを送ってくれ」

古代の命令を受け、即座に通信回線を「フロースランド」CICに切り替えた通信参謀は、矢継ぎ早に命令を発した。
「フロースランド」側でもある程度、命令は予測していたらしい。既に全艦を地球軌道上に展開しつつあるという。目的地がマリアナ海溝なのは、言うまでもない。
水中数千メートルともなれば、水圧は凄まじいことになる。そして、仮にBETAがそれに耐久したとしても、再度、人類居住領域を襲撃するまでには、かなりの時間を要するだろう。

「その他の有人戦闘艦。本艦を含む巡洋艦10隻、自動戦艦、軽空母4隻、大型駆逐艦6隻。これらは低軌道上複数域に展開。
今回はバレージではなく、精密タキオンジャミングを行う。間違っても現地で戦っている連中の、電子の目を潰すな。電測参謀、出来るか」
「奴らの照準システムは、概ね解析が終わっています。地球側の艦載照準レーダー波長も。やれるやれないではなく、やります」
「頼む。奴らの攻撃がこちらの電磁・熱転換バリア。装甲を貫通する可能性は低い。
しかし警戒は厳に行え。以上を持って、86条に準じた行動を現時刻を持って発動する。法務将校、念のためだが-」
「防衛軍法、地球連邦憲法、緊急時特例法。何れに照らし合わせても、齟齬はありません。あっても整合性は付けます。それが私の仕事です」

娑婆では弁護士事務所を営んでいたこともあり、恒星間国家化に伴う大量の法務将校の必要性から、
予備士官であることが祟り、法務中佐として応召された不幸な、しかし目端の効く法務中佐が応じた。
古代も法務将校過程を経ているが、やはり最新の国際法、国法の変更に最も頻繁に触れている、専門家の確認は必要であった。

「宜しい、状況開始だ。序列には構わず、準備の整った艦より順次出撃・・・・もとい出動を行う。諸君、気を抜くな」

古代の『準備整い次第』という言葉は、結局無用に終わった。二十年近い平和が継続したことで、十全な訓練を受けられた将兵達の反応は、実に早かった。
十五分以内には、火星、金星のハイヴを警戒監視していた自動駆逐艦各2隻がショートワープを実施し、月軌道へ到達。既に大気圏降下を開始。

今回は、国連側の航路に縛られることなく、陽動を行うまでは傷つかずに降下した、僚艦6隻の後に続いた。タイタン周辺に待機していた主力に至っては、言うまでもない。
非常通信は各艦の当直将校、艦橋、戦闘指揮所にも届いており、艦長達は事あるを見越し、作戦参謀に叱咤されるまでもなく、出師準備を整えていた。

「シャトールノー」級戦闘巡洋艦2隻、「ダンケルク」級戦闘巡洋艦最新バッジ2隻。古参の「足柄」型自動巡洋艦6隻。「フロースランド」を除く「コンヴァース」級大型駆逐艦5隻。自動戦艦「ハルバードⅢ」。
タイタン防備と、既に大気圏突入を開始している艦を除く、自動駆逐艦2隻。「インディペンデンス」級軽空母4隻。艦種も、建造された世代も異なる戦闘艦は、
査定の厳しい、防衛艦隊訓練指導隊群をして満足せしめるであろう、即応体制を迅速に整えていた。

古代提督の発令を受け、イスカンダル事変やデザリアム戦役以来、友邦ガミラスや他の侵略勢力の技術さえ受け取り、奪い、強化され続けた波動エンジンと装備を有する戦闘艦達は、
かなわぬまでも、二千万といわれる民間人の幾らかでも守るべく、行動を開始した。全火力がたとえ使えずとも、陽動のための事実上の標的となるためであっても。

嘗てガミラス、ガトランティス、デザリアム、ボラー、ディンギルといった侵略勢力に、幾度も同胞を厄され続けた防衛軍将兵の中に、たとえ異世界の事実上の宇宙人であり、
同胞とは言い難くとも、可能な限り。同じ地球人へ救いと守りの手をさしのべることに、疑問を抱くものは、少なくともこの瞬間には存在しなかった。

大小戦闘艦20隻以上は慎重に巡航18宇宙ノットで、ワープの障害となる小惑星帯を離脱すると、一転して波動エンジンを臨界出力へ到達。
その気になれば、10回以上の連続ワープで、20万光年以上先を目指せる長大な足を用い、彼等の祖国とよく似た蒼い星を一路めざし、光を超える速度で疾走を開始した。



*異世界側:1998年10月27日、0430時 鹿児島県南東120km

無論、この世界の人間達も、BETAの水中迂回を警戒しなかったわけではない。特に四方を海に囲まれる大日本帝国は。

彼らは大陸戦線が悪化の一途を辿り始めた頃から、BETAに破壊され、そのたびに再設置が必要なのを承知で、機雷堰と水中ソーナー網の構築を継続してきた。
また、光線級の射界に入らない低空を、可能な限り濃密なルーチンワークで四発哨戒機を飛ばし、水上艦艇と協働での哨戒。対潜兵装を用いた間引きも、並行して継続している。

それだけに、単純にBETAの蠢動を検出したタイミングで言えば、彼等。大日本帝国海軍。具体的に言えば海上護衛総隊隷下の護衛隊群と航空集団が、一番早かった。


『パパ・ヴィクター01よりエコーレイル24、大規模BETA集団。水中移動音を聴知。
数、計測圏外。進路北東30、深度200から300ヤード。詳細データリンク、送信中』
「エコーレイル24了解、継続して監視を行われたし。
当方よりもHS発進、状況把握に当たる。コールサインはハンター5より8」
『ヴィクター01了解』


あの奇怪な異世界人の送迎を複数回行い、その後、乗員と艦のある程度の休養及び整備。補給物資の受け取りを終えた第24護衛艦隊は、その本業。
南九州方面における、ロケット砲艦を用いたBETA間引きと、対水中侵攻哨戒を行っていた。現在は台湾、フィリピンなどの航空基地に展開した、海軍航空隊哨戒航空集団所属。

河崎が戦術機と並行開発した、四式4発ジェット哨戒機「蒼海」4機の捜索支援を受けつつ、これまでになかった規模のBETA水中移動の確認と警戒。そして漸減攻撃へと赴いていた。
旗艦であるイージス駆逐艦「島風」以下、「平戸」型ヘリ空母2隻、「橘」型護衛艦12隻、「対馬」型ロケット砲艦12隻、多目的補給艦2隻。民間徴用の燃料補給船2隻。事実上の全力出動である。


「蒼海の磁気・音響捜索処理システムの限界を超える数、か・・・・
こちらのHS(哨戒ヘリ)が目標聴知可能圏内に入るまでは?」
「約18分後かと・・・データリンク来ました。目標は極めて多数、水中速度・・・・な!」
「どうした、正確に報告せよ」


第24護衛艦隊司令。沼田少将の問いかけに、データリンクより寄越された状況に一瞬絶句した船務参謀は、うわずった声で応じた。


「目標集団、水中速度25ノット以上。なおも増速中です。現在、彼我相互距離は120マイル程度。
どう長く見積もっても、頭を押さえていられるのは、二時間を切ります」
「早いな・・・奴ら、こちらの対水中戦術を学習したと見える。しかし、驚いていても始まらん。
全艦に令達、対潜戦闘用意!戦闘警報発令。EF・GF司令部へ緊急警報を出せ」
「対潜戦闘ヨーイ!各部署、配置に付け。航海用通路を含め、非常閉鎖確認急げ!」
「各艦、広域制圧攻撃陣形へ移ります。宜しいですか、司令」
「やってくれ、それと速度12ノットまで落とせ。相対速度を落とし、時間を幾らかでも稼ぐ」


船務参謀の返答に驚きを隠せなかった沼田司令であるが、切り替えは早かった。どちらかといえば陸上勤務でキャリアを積み上げてきた司令であるが、
その分、命令の遅滞がどのような影響を及ぼすか。船乗りとは違う視点で豊富な経験を有しているだけはある。

沼田司令の命令を受け、「島風」艦長である島本中佐の命令が全艦に響き、忙しく隔壁やラッタルを駆け下りる音。下士官達の叱咤。水密ハッチの閉鎖音等が艦内に響き渡る。
通信士は、秘匿性は低いが、伝達の早い平文で護衛艦隊と連合艦隊。双方の司令部へ緊急通信を送りつけ始める。
主席参謀はいち早く沼田の許可を取り、隷下の「橘」型護衛艦一二隻を、「島風」を中心に横隊のスクリーンを展開させてゆく。

その後方には、やはり(意外なことに)対潜戦闘へ参加する対馬型砲艦が、可能な限り距離を開けて展開。
MLRSランチャーに艦内弾薬庫からロケット弾が自動装填され、生き物のように角度を取り始める。同時に、各艦の巡航用ディーゼル機関は敢えて出力を落とし、スクリュープロペラのピッチも緩慢なものとなった。

相手が高速である以上、こちらが速度を落とし、時間を稼ぎ、一分でも多い目標精密情報収集と、攻撃のための時間を作り出すためである。
今、第24護衛艦隊は間引きや哨戒などではなく、正面よりBETA集団を漸減。殲滅すべく、完全な戦闘態勢へと移行しつつあった。


「ソーナーCIC、目標群航行音を聴知。目標は三郡に分かれ水中移動中、それぞれアルファ、ブラボー、チャーリーと呼称。
速度現在28ノット・・・妙です、目標ブラボー、進路変更。硫黄島かサイパンでも目指すような針路です。それと合わせ、不明音響2、聴知」
「マニラの八〇七空、台南と高雄の八〇五空、八〇三空。全力出動に移行した模様」
「『秋津』『雲鷹』に連絡、HSの半数を哨戒。いや、攻撃出動。
ヴィクターと協力し、可能な限り反復攻撃を行わせろ。当該攻撃目標はアルファとチャーリー、
不明音響とブラボーは一時捨て置け。今は、当面の最優先脅威目標へ対処する」
「了解、『秋津』『雲鷹』へ通達。HS全力出撃、可能な限り反復攻撃・・・・コールサインハンター9から20」


フィリピンと台湾に展開した、3個哨戒航空隊。それぞれ84式の最新バージョンである32型から古株の21型に至るまで総計60機。
つまりは、人類側がこの方面に展開しうる、対水中航空戦力の全て(統一中華戦線は台湾を陸上戦力で死守するのに、大東亜連合はインドネシア方面の哨戒が手一杯であった)が出撃を開始したことに呼応。

第24護衛艦隊からも、13500トン級ヘリ空母2隻より、合衆国のHSS-2型哨戒ヘリを河崎が限界まで改修した、HSS-2J改2型。2隻総計12機が出撃してゆく。

彼等がそれぞれ搭載した、94式短魚雷2本はBETA集団に対し、余りに僅少である。しかしこの最新魚雷は、ポンプジェット推進により深海でも60ノットの速度を発揮。
同時に、高度な電算音響処理システムにより、BETAにとってのHVU。要塞級、重光線級の音紋を正確にかぎ分け、追尾。成形炸薬により大打撃を与えうる、強烈な威力と性能を有していた。

対潜哨戒機に至っては、言うまでもない。翼下に対潜魚雷8本、更に150kg対潜爆弾24発を機内に搭載し、HVU攻撃が終了した後は、徹底した面制圧攻撃を行う。

「島風」のSPYレーダー。そして、艦種バルバスバウに備えられたOQS-103改ソーナー。「橘」型に備えられたOPS-14C対空レーダーにOQS-104ソーナー。
そして現在、光線級に捕捉されない超低空を、四発ジェット合計24トンの推力で、強引に450ノットの巡航速度をひねり出し、展開数を増やしつつある「蒼海」。
1800馬力ターボシャフト2基から分岐された出力で、ローターを盛大に回し、低空をやはり150ノット以上で急行するHSS-2J改。

これらの捉えた友軍機影、BETA音紋波形。それを見つめ、耳目を鋭敏に尖らせつつ、第24護衛艦隊は進む。
無論、内部では対潜参謀・航空参謀がHSや哨戒機と頻繁に無線、データリンクで遣り取りを行い、艦隊側センサーの捉えた情報も流し、
最適攻撃位置占位の支援を行い、各艦の対潜兵装には既に実弾が即応状態で装填されている。
今は、緊張と多忙さを同居させつつ、ゆっくりとBETAに対するスクリーンを前進させる他は、ない。

「BETA集団、約10000から15000、『レイピア38』『マンゴーシュ52』を追尾中。速力28ノット、現在30ノットにて陽動開始」
「まずは三割か・・・そうそう、うまくはいかんな」
 
そして勿論。彼等がブラボー目標と名付けた大小BETA一万三千の集団。それが唐突に進路を変更したのは、偶然ではない。

いち早く、光線級や重光線級の照射を受ける可能性のない、硫黄島近辺に強引に着水した自動駆逐艦「レイピア38」「マンゴーシュ52」が、波動エンジンからの出力を電磁推進へ転換。
水中限界速度150ノットでBETA集団めがけ、アクティブタキオンセンサーを音波に転換し、叩きつけながら突進したのである。
「島風」の捉えた不明音響は、この2隻の自動駆逐艦の機関音であった。

そして、事前にプログラミングされていたとおり、センサーでBETA集団の包囲転換を確認した2隻の駆逐艦は、速度を30ノットまで低下。
余剰出力を電磁バリアへ振り分け、距離2000メートルという至近を維持しつつ、マリアナ海溝の底までBETAの誘導を開始したのである。
中には、特に邀撃級、突撃級など、直線行進速度が速い種類の中には、食いつくものもあった。

しかしながら、艦の装甲に、数多の戦術機や装甲車輌を破壊してきた、強靱で巨大な腕部。もしくは戦車砲でも貫通に苦労する、甲殻での突進を行おうとした瞬間、
彼等は強烈な電磁場により加熱され、分解され、海流に流されていく。

防衛艦隊艦艇の中では、小型(5000トン未満)であり、比較的装甲や電磁バリアが薄く、無人であることから消耗品扱いされることもある自動駆逐艦。
さりながら、23世紀の技術が彼女たちに、幾度もの進歩と改良の上で与えた複数の盾は、未だにBETAが牙を突き立てるには、強靱にして、危険に過ぎた。

2隻の自動駆逐艦は、電磁バリアと熱転換バリア。そして、船体要所に使い分けられた、各種コスモナイト合金複合装甲に守られ、
その盾により時に不運なBETAを破砕しつつ、マリアナ海溝の奥深くへ、一万三千の異生物をゆっくりと誘ってゆく。



「EF司令部より連絡。大阪、名古屋、横浜、東京、横須賀。それぞれより第5、第11、第18、第19護衛艦隊を緊急出師。
岐阜、大阪、名古屋、横須賀に展開した八〇八空、八一三空、八一八空も即応機の出撃を開始」
「Gf司令部より緊急通信。現在、名古屋、横浜、横須賀、大阪より臨編艦隊複数、緊急出航準備中・・・データ来ました。
巡洋艦6隻、駆逐艦12隻、護衛艦8隻。空母『蒼龍』『海鳳』、高速補給艦4隻を順次回してくれるそうです!」
「よぉし、4個護衛艦隊に3個航空隊。おまけに母艦機動部隊までか、御上も今回は張り切っているようだな!」


沼田司令が素直に喜んだとおり、海上護衛総隊と連合艦隊が、今、この場で投入した戦力は、日本海側に展開している護衛部隊。
そして戦艦部隊を除けば、帝国海軍の稼働艦艇、その殆ど全てと言って良い。4発高速哨戒機40機以上の増援は、哨戒密度と対水中攻撃能力増強。双方の面で何より僥倖であった。
BETAに対し多種多様な対潜兵装で、水中前進に対するスクリーンを展開する護衛艦隊総計100隻以上に至っては、言うまでもない。

そして何より、大きいのは正規空母と高速補給艦の存在であった。

「蒼龍」「海鳳」は、戦局悪化に伴い空母保有が緩和された日米安保条約に従い、帝国海軍が90年代に入ってようやく就役させた、戦術機と対潜艦載機双方に対応した、6万トン級汎用空母である。
ある意味では、帝国海軍にとって、戦艦以上の虎の子といって良い。図体のかさばる戦術機でも30機以上。
小型の双発ジェット対潜哨戒機。合衆国製S-3ヴァイキングを、富岳重工が改良、ライセンスした機体であれば、50機以上を搭載できる。

回ってきたデータリンク情報によれば、近隣の練習航空隊からさえヴァイキング改をかき集め、186000馬力4軸のガスタービンを後先考えず回し、名古屋と大阪から急行しているらしい。
高速補給艦の存在の重要性に至っては、言うまでもない。今回の戦闘は、高速を維持しながらの長丁場になる。
20ノット以上の巡航速度を維持可能で、弾薬、燃料を僚艦へ補給できる、40000トンを越える海の補給廠が4隻増えるだけでも、部隊戦術行動の幅は、格段に増える。


『パパ・ヴィクター01よりエコーレイル24。目標分離により辛うじて総数計測可能。
要塞級、重光線級を含む3万5千以上。水中速度、30ノットまで増速。
当方は魚雷、爆弾全弾射耗。爾後、現場指揮はパパ・ヴィクター16が引き継ぐ』
「エコーレイル24了解、内地からも増援航空隊と艦隊が来る。
今少し、耐えてくれ。パパ・ヴィクター16。目標群HVU残存状況は?」
『依然、総数2500から3000と聴音とMADより推定。
一部小型種に魚雷へ体当たりの兆候あり、連中も学習しとります」
「了解、構わずそのまま攻撃を継続。但し、高度には注意してくれ・・・
エコーレイル24よりハンター05。そちらは?」
『現在、到着し始めた後続と合わせ、要塞級12、重光線級8の無力化を確認。
されど死亡擬態の可能性あり。ビンゴ・フュエルまで警戒を継続。
データリンク送信を行い、爾後帰投。反復攻撃に備えます』
「いかん!今回は数が多い、擬態警戒に構うな。
至急帰還し燃料と魚雷を補給。苦労だが再度飛んでくれ』
『ハンター05了解、現場指揮は後続の09に委譲。至急RTB』


こうしている間にも、熾烈な対水中戦闘は継続されている。

熟練搭乗員の技量により、被弾した機体は幸いないが、攻撃のための最低必要高度を取ろうとした瞬間、光線級の照射警報が鳴り響いた機体も、10や20では効かない。
されど彼等は、それを恐れながらも、挫けることなく、磁気と音波で目標を捉え、貫く槍を投下し、対潜爆弾の飽和攻撃により、小型種を削り取ってゆく。
そして、彼等航空部隊の攻撃とMAD、ソノブイを用いた執拗なまでの水中捜索。その情報が、可能な限り蓄積され、ついに護衛艦隊自身の有する兵装。その射程圏内に目標群は捉えられた。

「目標群アルファ、チャーリーとの距離20マイルまで近接!」
「艦長、攻撃を許可する。存分にやってくれ」
「SPYレーダー、後方30度、高度800、15マイルに航空目標24探知。速度310ノット・・・・
来ました!『海鳳』の航空隊です、コールサインはフォックストロック!」
「対潜戦闘、旗艦指示の目標。対潜攻撃始め!」
「トラックナンバー2-6-5-1から3-0-2-5、VLA及び長射程対潜ロケット、攻撃始め!」


沼田司令、島本艦長の命令以下。航空部隊のデータリンク。そして、「島風」自身の備えたOQS-103改高周波ソーナーが蓄えた情報を、艦内の戦闘指揮システムが一元管理で処理。

音紋から要塞級、重光線級と識別された目標に対し、ついに第24護衛艦隊自身の牙がむかれた。「島風」前甲板、後甲板に総計96セル搭載されたVLSから、
射程20マイル以上を誇る垂直発射型アンチサブマリンロケット。通称VLAが後先考えぬ勢いで、艦をブラストで覆い尽くさんばかりの個体ロケットブースターの噴煙で覆い尽くし、
それらは一部が光線級により撃墜されつつも、60発近くが亜音速で飛翔してゆく。

そして、それを追いかけるように、「海鳳」を飛び立った双発ジェット艦載哨戒機24機が、対潜魚雷4本と対潜爆弾6発。
その重荷を抱えて出しうる限りの巡航速度を叩き出し、艦隊上空を通過してゆく。

「島風に遅れ、敢えて数分のタイムラグを置いて、火蓋を切ったのは、意外なことに対潜量産護衛艦の「橘」型ではなく、「対馬」型ロケット砲艦であった。
この艦はMLRSシステム4基。つまり227ミリ12連装ロケット発射装置4基48門を、予備弾薬と自動装填装置と共に搭載している。
そして、その使用しうるロケット弾は対地攻撃用のみではない。無論、「対馬」型自身には高価なソーナーシステム、対潜戦闘処理システムは存在しないが、
他の駆逐艦や巡洋艦、護衛艦や哨戒機からのデータリンクに従い、日本が独自に開発した兵装。93式広域対潜ロケット弾を一斉射で48発放つことが出来る。

これは、MLRSのM26ロケット弾が、元来有していた小型成形炸薬汎用弾数百発を、簡易音響信管を付属させた、ヘッジホッグと同等の簡易水中爆雷に置き換えたものである。

無論、幾ら高度な対潜戦闘処理システム搭載艦の支援を受けても、精度など期待できるはずもないが、制圧できる海域面積は桁違いであった。
1隻48発。12隻合計576発の斉射を、VLAより遅らせたのは言うまでもない。BETA側HVUに対する切り札。VLAや哨戒機の搭載する、高精度な94式短魚雷。

これらと同時弾着させては、その音響システムを擾乱しかねない故である。最大射程ではない故に、さほどの高々度飛翔経路ではないが、
それでも次々と陸上から光線級がレーザーを放ち、二割、三割と漸減されてゆく。しかし、これも93式の一つの役目であった。
安価な(飽くまで哨戒機と搭乗員と比較して、だが)ロケット弾を高々と打ち上げ、光線級の目を引くことにより、哨戒機に向けられる攻撃手段を減少させるのである。


「前後部甲板VLA開放。アスロック、発射数の内、7割が無事に飛翔中!」
「広域対潜ロケット弾、6割が光線級の迎撃を突破。VLA着弾1分30秒後に広域散布予定!」
「フォックストロック航空群、攻撃を開始しました。『秋津』『雲鷹』よりも第二次攻撃隊、出撃開始」

一連の報告を受け、頷くと、沼田は鉄帽を深く被り直し、少尉時代から今に至るまで車引き(艦隊勤務)を続けた、島本の目から見ても戦意にあふれる声で再度令達した。


「ヴィクター、ハンター、フォックストロック航空群。VLA及び広域散布ロケットの攻撃終了次第。
本艦及びDEは20ノットへ増速。可能な限り、全兵装を用いての攻撃を再開する。砲艦は対潜弾再装填急げ!」


「島風」は巡航用ディーゼル機関に加え、加速用ガスタービンさえ唸らせ、駆逐艦と呼ぶに相応しい加速力と運動性を徐々に船体に与えてゆく。
航空攻撃と長射程攻撃。これらの併用によるBETAの漸減が終わった後に、立ちふさがるのは、今度こそ「橘」型護衛艦であった。

搭載しているアスロックこそ、旧式の74式アスロック発射装置(Mk16GMLS)であるが、この艦はその他にも、スウェーデンよりライセンスしている前方投射対潜ロケット発射装置4門。
6門の短魚雷発射管。60発以上の大型音響・磁気信管併用爆雷を搭載した、近接対水中戦闘のエキスパートである。
オールディーゼル艦である彼女たちは、ディーゼル機関独特の低い振動と音響をまき散らしつつ、「島風」に続く。

「ここが正念場ですな、砲雷長。アスロック状況知らせ」
「現在、半数が着水。短魚雷自律誘導開始、オーバーキル抑制モードにて目標指向中」
「フォックストロック航空群、現在損害なし」
「ああ、この『島風』とて未だに牙は有している。可能性はけしてゼロじゃないさ」

無論、彼等だけで膨大なBETAの津波を食い止めることは出来ず、そのような誇大妄想を抱いているわけではない。
彼等の後方に続くであろう、連合艦隊や護衛艦隊、航空集団からの増援をもってしても、全てを撃滅することは不可能であろう。

目標の速度が速すぎるし、多すぎる。しかし、それ故に義務の放擲や諦観を抱くものは、この場にはいなかった。
彼等は知悉していた。BETAはその習性から、大阪、名古屋、静岡、横浜など、何れかの人口密集大都市圏を狙うであろう事。
そして、全てを撃滅できない以上、上陸は避けられず、必ず民間人に膨大な犠牲が出るであろうとも。

しかしながら、それを減らす努力を行う手段と戦力、戦意は、未だに残されているはずであった。



*異世界側:1998年10月28日、0015時 神奈川県横浜市南部全域

嘗て幕藩体制にあった日本。その開国の地となり、その後は海洋貿易の一大拠点となり、海外文化をふんだんに取り入れた瀟洒な町並み。
ありとあらゆるものを、平時でも戦時でも全力稼働で作り続ける工業地帯。世界水準で見ても、非常に整った交通インフラと住宅地域、
第三次産業地帯を有する、難民を含め人口800万を越える都市。神奈川県横浜市。

今、その南部全域は地獄と化していた。二万以上の大小BETA。流石に要塞級や重光線級は、短魚雷やアスロックの集中攻撃対象となったため、数は少ないが、
それでも突撃級、要撃級、戦車級、その他小型種が、横浜市南部沿岸全域より、一斉に上陸を行い、この町を。そしてそこに住まう市民を、あらゆる形で食い散らかしていた。

帝国陸海軍や、中途より応援に駆けつけた米海軍、国連海軍。土星軌道より短距離緊急ワープを行い、ようやく各国軍指揮官クラスに認知されつつある、地球防衛艦隊。
そして陸上防衛に当たった帝国本土防衛軍や米陸軍、国連陸軍が、手を抜いていたわけではない。まして、横浜市が自治体としての機能を放棄していたわけではない。

「第55から65避難グループの皆様、至急市営鉄道にご乗車ください!」
「後方支援連隊から三トン半を50台寄越します、何とかそれで・・・ええ、ええ、重機も据えてあります!」
「斯衛第一連隊、損耗15%。しかし粘ってくれています、Gブロックの戦線は維持されています」

古代の指揮の元、第35哨戒艦隊は全ての自動駆逐艦を陽動に投入。中途よりBETAも学習したらしく(恐ろしい学習速度である)、
徐々に陽動で引き剥がせる数は減少したが、最終的に総数5万5千が計測された内の、2万3千以上をマリアナの奥深くへ誘った。

陽動に当たった駆逐艦は、深海を周回し(腐っても23世紀の宇宙駆逐艦である。
深海の水圧程度でどうこうなる艦ではない)、意図的にタキオン周波数帯を放ちつつ、陽動で引き剥がしたBETAを、マリアナ海溝の奥底で踊らせている。

ラダビノット准将を介して軌道突入の許可を得た哨戒艦隊主力は、電測参謀の機転により、BETAがレーザ照準に用いるのと全く同じタキオン光波をFCSより照射。
浮上前の段階から、BETA集団の水中行動を混乱させ、日米国連水上艦隊と航空集団に、対水中攻撃を行いうる時間を、可能な限り与えた。

同時に、意図的に成層圏から低空を光学迷彩を用いつつ飛翔し、未だに大陸や半島、九州、山陰、北陸の陸上に残置。展開している光線級、重光線級の攻撃を引きつけた。
関東方面へ水中迂回しつつあるとは言え、兵庫や北陸戦線への圧力が、低下したわけではない。こちらに対しては、意図的にEA攻撃は行わなかった。

一部、ごく一部であるが、過去のEA攻撃を陸上で受けた光線級の中に、即座に照準を、防衛軍艦艇から陸上の別目標へ切り替えた個体が存在していた。
確かに、南関東方面への水中迂回により、一時的に数は減少しているが、兵庫戦線や北陸戦線への圧迫が、消滅したわけではない。

「司令、全兵装は即時待機を終えております。射撃許可は・・・」
「撃つな、こらえろ。その代わりに、奴らに23世紀の人類が、どれほどの盾を作り上げたか教育しろ」


古代のその一言により、第35哨戒艦隊の将兵は腹を据えた。23世紀の火力をBETAに教えることが出来ない以上、彼らに出来るのは盾として陽動・擾乱に徹するほかない。

特に「シャトールノー」級と改「ダンケルク」級。2種4隻の戦闘巡洋艦と「ハルバードⅢ」が展開した、広域電磁バリアの効果は大きかった。

前者は今でこそ長距離哨戒艦とされているが、元来は、ボラー戦役直後に計画された、廉価な汎用航空戦艦の原案を、そのまま再現したものであり、巡洋艦とは名ばかりの凶悪な代物であった。
改「ダンケルク」級に属する「穂高」「オーガスタ」も、度重なる改良により戦艦に近い防護力を、直接間接双方で実現している。
「ハルバードⅢ」に至っては言うまでもない。単純な戦闘力なら、最新バッジの「ヴァンガード」級に匹敵する大型戦艦であり、これほどBETAの陽動にふさわしい、大きく頑丈な盾は存在しない。

他の戦闘艦も、古い艦でさえ5回以上の連続ワープが可能な波動エンジン。
その出力の全てを、疑似レーザー照準と電磁バリアに回し、各国軍が水中でBETAを叩く猶予を作り上げることに、余念はなかった。

「素性は分かりませんが、奴ら。本気で支援するのは間違いないようですな」
「AOEからのアスロック、ボフォース補充。再装填完了!」
「今は悪魔でも支援を取り付けられるなら、拝んでやるさ。CDS指示の目標、アスロック、攻撃始め!」

そして、仮に異世界人の存在をいぶかしんでも、その猶予を逃す帝国海軍、米国海軍、国連海軍ではなかった。
彼等は中途、高速補給艦から幾度も弾薬や燃料の補給を受け、幾度もアスロック、短魚雷、前方投射ロケット、爆雷を放り込み続けた。
一部の量産型護衛艦数隻のディーゼルがシャフト折損を起こし、航行不能に陥るほど、可能な限り20ノット以上の速度を維持し続けた。

中には、浅瀬より強引に速度を稼いだ突撃級の体当たりを受け、大破した不運な駆逐艦、護衛艦も存在した。航空部隊にいたっては言うまでもない。
光線級の熱い注目を、異世界人の宇宙船が代替している間隙を衝いて、幾度も反復攻撃を実効。それでも30機近い哨戒機、哨戒ヘリを失いつつも(搭乗員の疲労による、事故も少なくはなかった)、BETA上陸直前まで魚雷と対潜爆弾を見舞い続けた。

自動駆逐艦によって2万以上が引き剥がされたとは言え、彼等はそれだけの犠牲を払い、残存3万の内、1万以上を水中で殲滅。無力化したのである。
各国海軍がBETAに対して構築したASWノウハウ、そして将兵の献身が無為ではなかったことを示す戦果である。


しかし、それでも足りなかったのである。30ノットで水中を行軍する万単位のBETAという、この時代の海軍にはおよそ対処しきれない、数と速度の暴力。
可能な限りの増援が寄越されたとは言え、損耗しているが故に限度のある人類側海上・航空戦力。
そして、その全火力を発揮すれば、一瞬で殲滅することも適うかもしれないが、BETAの爆発的な進化能力・学習能力故に、手足を縛られた防衛艦隊。

これらの要因が、横浜市南部を地獄に変えてしまった。幼なじみの少女を守ろうと木刀を持ち出し、BETAになぶり殺しにされた少年がいた。
小型種多数が徘徊する中、ザウエル自動拳銃と予備弾倉2つのみで、市民の避難誘導を愚直に行い、兵士級に頭部を喰われた警察官が地に倒れ伏した。
あるいは逆に、線路上に立ちふさがった闘士級、兵士級を、自らの危険を顧みず、全速運転ではねとばし、運転手が衝撃で事切れ、
車掌が運転を代行し、数千の市民を安全地帯へ運び込んだ国鉄通勤列車もあった。


そして、野戦築城など適うべくもない状況で、戦術機は皮肉なことに、久々にその本領を発揮していた。今も94式戦術歩行戦闘機「不知火」1個中隊が、嘗ては戸塚区と呼ばれた土地の残骸で、奮闘している。
近年は戦術機の多くが、高速徹甲ロケットや対戦車ヘリの70粍19連装ランチャー、多目的誘導弾や中隊支援砲を愛用する中、珍しいことに74式長刀を用い、BETAを薙ぎ払っている。

「陛下の赤子を手にかけた罪は、償ってもらうぞ・・・!」

別段彼らが白兵マフィアだからというわけではない。
未だに市民の多くが、軍の三トン半トラックや装甲兵員輸送車。あるいは、辛うじて残っている道路を利用し、
往復し続けている路線バスや、自家用車。そして徒歩で避難を続けている中、誤射を避けるためである。

そして、彼等は恐ろしく手練れであった。何れも機体をダークグレーとライトグレーに塗り分け、「烈士」と見事な書体でペイントされた不知火12機は、
突撃級の突進をいなし、背後から長刀による一閃を見舞い、絶命させる。あるいは要撃級の振り上げた腕を、付け根から切り飛ばし、
返す刀で頭部をはねとばしたと見るや、次の目標へ斬りかかっている。

如何に防衛艦隊が光線級への擾乱、陽動を引き受けているとは言え、並大抵の衛士に出来る芸当ではない。彼等の名は本土防衛軍第一師団。
通称ナンバー師団と言われ、兵庫、北関東防衛ラインに部隊が抽出される中、東部方面軍直轄重砲旅団や、冨士教導団と共に、帝都防衛の最後の切り札として留め置かれた精鋭部隊である。


『そこのサムライファイター、散開しろ!巻き込まれるぞ!!』

唐突に不知火中隊の指揮官機。そのコクピットに警報が鳴り響き、英語の怒声による警告が無線を介してがなりたてられた。反射的に、中隊に散開を命じた彼が見たのは-

「な・・・・貴様ら!!」

合衆国海軍の誇る重武装戦術機。F-14トムキャットのみが行いうる、AIM-54フェニックス。クラスター弾頭を大量に搭載したSOD一斉射撃であった。
それは確かに、BETAより避難しようとしていたバス、トラック、自家用車などの雑多な車列。それに食いつこうとし、不知火中隊が懸命に切り払っていたBETA二千近くを、まとめて薙ぎ払った。
しかし、そのまき散らされたクラスターはBETAと車列を区別することなく、避難車輌の2割近くが、フェニックスのまき散らしたクラスターの炸裂により、避難民ごと炎上していた。

『分かっている、外道の戦術だよ。ンなことぁ承知してるんだ!
だがな、ああでもしなきゃ奴らは全滅だぞ。誤射を恐れるな、守るべき大小を忘れるな。
恨みたければ恨め・・・VF-103より各位、次の密集地点を灼くぞ。急げ!』


トムキャット中隊指揮官機の衛士、年かさの少佐も表情には巌のような厳しさが浮かんでいた。
しかし同時に深い苦渋も浮かんでいた。誰も民間人へ筒先を向けて吹き飛ばすような真似など、好き好んでしたいはずもない。

第一師団戦術機甲連隊の内、不知火一個中隊を任されている狭霧中尉にも彼の理屈、苦渋は理解できた。しかし、今や猛烈な加速で、次のBETA密集地点へ突進を開始したトムキャット中隊。
そして炎上し、車輌ごと焼かれる避難民を一瞬だけ交互に睨み付けた狭霧の心中には、深く、理性では制御しかねないほどの負の感情が形成されつつあった。


(貴様らは・・・今、口にした「理屈」を、自国が侵略され、米国市民が同じ目にあっても、言葉にし、実行できるというのか!)


それが幼稚な反感、稚拙な怒りと承知しつつも、狭霧はそれを眼前に表れた要塞級複数へ、僚機とともにフラットシザーズ機動で肉薄し、切り刻むことで発散する以外に、何も出来なかった。
この時に、この場所に限らず随所で生じた僅かな、帝国軍と米軍、国連軍との感情的な軋轢。それが後々、どのような悪影響を生むかまでは、最早誰も見当が付かない。




そして感情の軋轢は、何も陸上戦力同士でのみ、起こっていたわけではない。

『限定的でも何とか、支援砲撃をそちらからでも願えないのですか!?』

上陸した光線級の攻撃を引きつけつつ、未だに健在な姿を空に浮かべる「シャトールノー」。その戦闘指揮所に、潮枯れした怒声が響いていた。
古代や南部の顔には、苦渋を通り越して何かが張り付いている。相互共通に定めたデジタル通信回線経由で怒声を響かせているのは、帝国海軍第一戦隊司令官であった。

「ご承知でしょうが、ここで手の内を明かせば・・・BETAは手に負えないレベルまで凶悪化します」
『既に十分凶悪化している、こちらだけでは手が足りんのだ!何とか願えんか!?』

半ば怒り、半ば哀願を込めて支援攻撃要請を、異世界人にさえ要請するという非常手段に出たのは、猪口俊衡帝国海軍中将であった。

帝国海軍は、既に復旧を終えていた「紀伊」「信濃」の他、未だに修理完了とは言い難いが、戦闘航行は何とか可能と判断された「大和」型、「紀伊」型戦艦3隻を。
石川島横浜や住友横須賀の船渠から、強引に技術者さえ載せたまま出撃、艦砲射撃を行っている。合衆国海軍より国連海軍へ出向している、「アイオワ」級戦艦も同様であった。そこまではいい。

『貴官らの弾着観測には感謝している、これがなければ遊兵になるだけだった・・・しかし、それでも食い止めきれん。頼む』
『海上護衛総隊、沼田です。我々からも願います・・・無茶は承知です、重ねて願います』

だが、16インチから20インチの大口径艦砲は、迂闊な照準で射撃してしまえば、友軍や避難民ごと巻き込みかねない破壊力を持つ。
何しろ、重量1.2トンから2トンに達する巨弾。その危害半径は数百メートルに達するのだ。故に、戦艦部隊は中途まで、BETAに蹂躙された地域しか砲撃できなかった。

それが現在、何とか前線へ誤射を極力起こさず、巨弾の投射が可能となったのは、上空からのタキオンレーダーを始めとする各種センサー、それらがもたらした精密座標故であった。
戦艦8隻の16インチ砲、18インチ砲、20インチ砲計72門は、情けも容赦もなく、友軍と難民への襲撃を繰り返しているBETA集団を、多弾頭砲弾で切り刻んだ。

その絶大な威力をもってしても、友軍と市民、難民へ押し寄せるBETAの津波を食い止めるには、鉄量が足りないのだ。陸軍重砲隊や砲艦のMLRSとデータを共有し、同調砲撃を行ってさえ。


「古代司令・・・」
「分かった、後は私の責任で発令する」

「シャトー・ルノー」砲雷長の熱量さえ湛えていそうな視線に、古代は制帽を深くかぶり直しつつ応じた。同時に、猪口という帝国海軍部隊指揮官へも伝える。

「対地多弾頭魚雷を極超音速で投射します、正直なところどれほどの威力を発揮するか。安全性は保証できません。構いませんな?」
『感謝する・・・戦線混交地域の後方、敵予備集団を殺ってくれ。未だに一万近くが残っている』
『そちらからも観測されているでしょうが、当方からも可能なかぎりのデータを送ります』
「・・・了解しました」

申し訳ない。

喉まで出かかった謝罪の言葉が、如何に理由・法的根拠があるとはいえ無辜の市民を見殺しにした自分に、口にする資格がないことに気づき、ぐっと飲み込んだ。
代わりに押し出されたのは、脳裏で正当防衛権限の範疇。何よりBETAが学習したとしても、辛うじてこの世界の技術で押さえ込める「かもしれない」攻撃手段の発令であった。

「全艦、対地支援戦闘用意。魚雷弾頭を通常型多弾頭へ換装、雷速極超音速に設定。目標、戦線後方全域・・・最低、危害半径から200mは戦線と距離を置いて射撃」
「了解、各艦水雷戦闘用意!対地攻撃を行う、全艦多弾頭魚雷装填、亜光速、射撃管制は手動にて行う。指定座標-」

これにしても、相当の危険を伴う攻撃なのだ。何しろ波動エネルギーやレーザー水爆弾頭を用いずとも、23世紀レベルの高性能炸薬の爆速ともなれば、秒速20kmを超える。
そして名称こそ「宇宙魚雷」であるが、実態は亜光速対艦ミサイルである。極超音速に抑え、光線級の迎撃を受けて漸減されるとはいえ、この場にいる艦艇全艦なら斉射120発以上。

(どれほどの精密射撃、手動管制による安全を期しても・・・もしもそこに生き残りがいれば、影さえ止めんかもしれんな。そして俺は異星人だけでなく、ついに地球人の血で手を染めたか)

古代の懊悩に反して、水雷参謀の発した命令に従った隷下全艦の攻撃準備は、極めて迅速であった。BETAの迅速なる学習速度、それに伴う進化の危険性は承知していても。
護民意識を洗脳レベルまで教育されている防衛軍将兵にとって、異世界とはいえ無辜の市民を、人ではない何かに殺戮される続ける光景は、苦痛そのものであった。

「司令、全艦対地支援攻撃準備完成」
「攻撃、始め」
「了解、各艦全管開放。指定座標目標、広域攻撃始め!」

些かの俯角をかけた防衛軍艦艇。未だに光線級、重光線級の照射を浴びつつも、健在な姿をとどめ続けている彼女たちが放った、07式宇宙魚雷、総計128発。
危険を感じた重光線級のスウィーヴファイアにより、破壊されたものも多かったが、実に80発以上がほぼ、横浜市南部を覆い尽くす形で着弾したのは、それから数秒後のことであった。


最終的に10月28日から30日、31日の日付変更あたりまでに戦闘のピークに達した、この一連の横浜撤退防衛戦。
これは防衛軍が初めて、火力投射を含め、積極的に対BETA戦闘へ介入した戦闘として知られることになる。

その弾着観測や陽動、光線級攻撃吸引。そして最終段階の対地支援攻撃の効果は大きかった。なればこそ、二万以上のBETAを最終的に八割以上を殲滅。
残った個体がハイヴを作り出すのに、一年近い時間がかかるであろうと言われるほどの大損害を与えられた。

そして、850万の市民、難民の内、自治体職員の献身と犠牲によって、八割近くが脱出できたことは、過去の戦例を考えれば一種の僥倖とさえ賞賛された。


しかしながら、そのような賞賛は実際に戦った者達には、何の慰めにもならなかった。
狭霧が怒りを抱いた、米海軍戦術機甲部隊に於いてさえ、民間人ごとBETAを撃たなければならなかった自らの所行への、PTSDを発する衛士が続出した。

そして最後まで奮戦したが故に、師団・旅団としての体を為さず、辛うじて残存六千体。更に強引に上陸した後続九千体。合計一万五千近くと見積もられるBETAを、
破壊された横浜市南部の残骸に築き上げられた、野戦築城により、国連軍と共に包囲する第一師団と冨士教導団は、暗澹たる空気に包まれていた。

彼等は技量もプライドも高く、他の師団や旅団からは傲岸不遜と捉えられることも多かったが、それだけに護民意識は強く、
自らの手の内からこぼれた一五〇万の人命の重さに、押し潰されそうになりながら、辛うじて包囲警戒任務に当たっていた。

なお、民間人及び友軍誤射の恐れが、物理的になくなった帝国陸海軍、米海軍は、何かへの復仇を果たすかのように、
恐らくはハイヴ建築を始めるために、各種資材の収集を始めたBETA集団へ、砲撃を繰り返している。

とはいえ、先の三日間の戦闘で、弾薬は底を突き、他方面からの増援部隊や弾薬、装備、燃料補給が行き渡るには、最低一ヶ月は必要と見られていた。
そして、BETAは一ヶ月あれば、ハイヴとまでは行かなくとも、その基礎となる強固な地下陣地を作り上げてしまう。


幸いにして、一部の艦が電路に若干の支障を来した程度で済んだ防衛艦隊も、士気は相当に落ち込んでいた。
連合艦隊と海上護衛総隊からは、一線部隊からは事情理解の上で感謝が寄せられたものの、帝国国防省と外務省からは、猛烈な抗議が連邦政府へ寄せられた。

古代進中将は責任は全て自らにあると、法的根拠を淡々と説明し、軍法会議に処するのが妥当と、自身で上申書を提出したが、それは却下された。

(だろうな・・・軍法、そして当初の相互援助協定からすれば、けして違法の範疇ではない。分かっている、誰かに裁いて欲しいというのが、自己憐憫にすぎんのは・・・)

無論、それ故に任務を放擲するようなことはなく、大日本帝国救難事案の立案、計画前倒しの要請は直ちにハイゲートを介して連邦政府へ報告され、
難民救援物資輸送船団と、軌道上集積コロニーの建造・出発は更に急がれることになる。


一つ、確たる事実を述べるとすれば、ここでも人類はまた一つ、戦略的な敗北を喫したのだ。

二つの防衛ラインの機能に満足し油断した、あるいはBETAの進化能力を恐れての実力行使が遅れた。理由は様々であるが、
大日本帝国という一大前線にして、半島や大陸からの脅威への盾となる国家の首都至近に、BETAの根拠地建設を許してしまったのだから。



このツケを後々に途轍もなく高い形で、人類は払う羽目になるであろう。そのことだけは、誰もが避け得ない現実と認識していた。



[24402] 第八話
Name: 七猫伍長◆bcb2db3e ID:b0e589f1
Date: 2011/02/03 03:03
*異世界:1998年11月2日、夕刻

斯衛軍第一連隊第三大隊第二中隊、激戦により大きく減耗した戦術機中隊。

その指揮を野戦昇進の末に任されている、月詠真那中尉は、愛機である82式戦術歩行戦闘機「瑞鶴」。
そのコクピットの中で、15分であるが、強化装備経由の薬剤投与による、一時的な中隊指揮当直交代に伴う、仮眠を取っていた。

「うう・・・あぁ・・・」

あの、悪夢のようなBETA大集団横浜襲来に際し、斯衛軍は征夷大将軍の勅命。

それに従い軍都にして、兵庫戦線の直後で危険すぎると言うことから、京都から臨時に遷都され、名実ともに大日本帝国の首都となった東京。
そこを守る第一連隊、第二連隊。つまり斯衛軍の実働戦力を全力出撃させた。

装備機材こそ、撃震を徹底的に軽量化と近代化して、性能改善を図ったとはいえ、旧式化を隠せない「瑞鶴」であるが、
彼等の技量と士気は帝国軍だけではなく、国連軍や米軍からも定評があり、その評判に違わぬ奮闘ぶりを見せた。

一部の部隊などは、それまで余り共同連携を汲んだことのない米軍部隊と中隊を組み、
火力の米軍と白兵の斯衛。その組合せで、避難民への誤射を極力起こさず、BETA集団と民間人を切り離す奮迅ぶりを見せた。

「止めろ・・・貴様等・・・」

だが、それが彼等にとって救いになるはずもない。

この月詠中尉からして、帝国軍第一師団の戦車中隊、機械化歩兵中隊と連携。
懸命に民間人避難を援護し、それで四桁以上の命を救い出している。

しかしだからといって、網膜投影越しにBETAに殺戮される民間人。
斯衛からすれば、陛下の赤子の姿は、如何に摂家の厳しい教育を受けてきたとはいえ、
生真面目で歳若い中尉には、余りに衝撃が強すぎた。

今も強化装備の薬剤で「睡眠」を取っているはずの彼女の顔は、何かにうなされているようであった。
悪夢というのは人間の心理的負担を内面で消化し、軽減させる作用を持つ。
しかし強化装備の薬剤は、安定剤も兼ねている。その効果を経た上で悪夢を見るというのは、つまり-


「真奈様、当直交代の時間です。申し訳ありませんが」
「う・・・すまない、時間か」


強制睡眠15分という、至極短い時間の休息を終えた月詠中尉は、データリンク越しに当直指揮を執っていた神代少尉から呼びかけられた。

体の芯に残っている疲労。
そして、自分達の力不足によって贄となった民間人たちの姿は、未だに離れてはいない。

しかし、それは誰もが同じであった。彼女一人の問題でないのは、重々自覚している。
故に月詠中尉は、極力普段どおりの態度で部下に接するよう、少なくとも努めようとはした。

「神代、すまないな。指揮を代わる」
「真那様・・・もう少し、お休みになられた方が。正直、酷いお顔です」
「ここでは『月詠中尉』だ、神代少尉。
随分はっきり言ってくれるが、それはお互い様だ。しかし有難う」

強化装備の網膜投影越しに映る、互いの表情は酷いものであった。

月詠中尉は皇家に非常に近い武家の長女と言うこともあり、普段の立ち居振る舞い、
顔立ちは、女性らしさと凛々しさを合わせた、秀麗なもので知られている。

神代少尉にしても、小なりとはいえ古い摂家に連なるもので、
未だに二十歳にもならないというのに、非常に大人びた、落ち着いた顔立ちと態度で知られていた。
しかし、今や二人とも頬は痩け、目は落ちくぼみ、顔立ちは蒼白く、死人のようであった。
只、戦闘の興奮が抜けきれない目元だけが、異様にぎらついている。


「まあ、6機の瑞鶴で10kmの機動防御が仕事だ。
短時間で少しずつ、休んでいくしかない。
早く交代して眠ってくれ。後がつかえてしまうからな」
「では、お言葉に甘えて・・・」


薬物を使うまでもないほど、疲労が蓄積していていたのであろう。
神代は略式の敬礼を行うと、崩れるようにコクピットで眠りこけてしまった。
無理もなかった。大陸派兵を数度経験した月詠と異なり、彼女は今回の戦が初陣である。

衛士の間でそれを乗り越えられるかどうかで、生き残れる時間が変わるという、
初陣の「死の八分」を見事乗り越え、相応以上の戦果を挙げたとは言え、
蓄積した緊張と疲労は、尋常なものではなかったのだろう。

苦笑した月詠は、ならばと指揮官権限の上位ノードを用い、強化装備越しの栄養剤の投与だけでも行ってやった。


「ブラッド01より各位。周辺状況に異常はないか。
この近隣で戦術機甲は我々しかいない。気を張りすぎてもまずいが、見逃すことだけはするな」

データリンクの上位ノードで、今は眠りこけている神代を含む衛士の、身体状況のヴァイタルチェックを行いながら月詠は呼びかける。

無論、この状況で気が抜けるわけがない。

また、古い第一世代の改修機材とは言え、瑞鶴の電波、赤外線映像、音響センサーは、
BETA大規模侵攻の兆候を見逃すほど、間の抜けた代物ではない。

『02より01、異常はありません。帝国軍の混成大隊の方も、異常兆候は認めていないそうです』
『04より01、同じく危険兆候なし。但し突撃砲がコンディションイエローを警告しましたので、予備に換装しております』
『05より01。現在の所、ハイヴ構築中のBETA。
 ルーチンワーク以外の動きはなし。叩き斬ってやれないのが、残念ですが』
『06より01、振動センサーにも感知ありません。
 しかし諸兵科を最初から組むだけで、これほど楽になるとは・・・失礼、愚痴が過ぎました』

「まあ、そうやって減らず口が叩けるのであれば、これからもこき使ってやる。覚悟をしておけ」


月詠中尉は半ば演技、半ば安堵で露悪的な苦笑を貼りつけた。
自分とて二十歳を過ぎてさほど過ぎてはいないが、部下たちは更に若い。

そして神代のように今回が初陣というものも、少なからずいる。
その上で上官相手に愚痴、冗談が言えるというのは、口には出せないが指揮官としては心強いものであった。


『ラウスHQよりブラッド01、こちらの隷下中隊も異常兆候は感知していない。
築城はいい加減だが、何とか終わっている・・・すまんな、苦労だが背中は頼むぞ』
「01よりラウス、有難う御座います。
大丈夫です、何しろ武器弾薬は持て余すほど持ち込んでますから」
『そうか・・・衛生や支援が必要な状況が発生したら、遅滞なく報告してくれ。以上だ』


第二中隊と臨時に諸兵科を組んでいる、東北の機動予備から急遽派兵された第28師団。
そこより更に分遣された、戦車2個中隊、機動歩兵大隊、工兵、後方支援中隊などからなる戦闘団。

それを率いる根幹となる歩兵大隊長。
月詠の父親ほどの年齢の陸軍中佐は、微かに案じるような表情を浮かべると、通信を切った。

そして月詠は先ほど、臨時6番機。06の言葉を思い出していた。
もしも、最初から斯衛が諸兵科連合を編成できていたら、と。


「陸サンから渋い顔をされるだろうが、上申すべきだろうな・・・」


一瞬だけ音声、データリンク通信でも拾いきれない、小さな声で彼女はつぶやいた。
そう。今回の防御戦闘において斯衛軍は最精鋭の二個戦術機甲連隊を派兵したが、
逆に言えば第一、第二連隊を除外すると、教育部隊兼任の第三連隊
。宮城警護の自動車化歩兵大隊複数を有するに過ぎない、小さな所帯だ。

無論、場内省という国防省とは異なる指揮系統の軍隊が、過剰なほど兵力を引き剥がすわけにはいかない。
しかしながら、現在、僅か1個増強大隊と諸兵科連合戦闘団を形成するだけで、相当に負担は軽減されている。

これを最初から、国軍と指揮系統を何かの形で統一する。
その上で斯衛も、ある程度の戦術機甲以外の重装備部隊を有していれば、もう少し救えた命は増えたのではないか。
その思いが、彼女自身の中で、少しずつではあるが増している。


(なればこそ、ここで部隊全員で任務を完遂せねばならない。
斯衛を、この戦で得た教訓で、ハードとソフト。両方から組織改革するためにも。
冥夜様が国連軍を志願されたとき、私は随分反対したが、今となっては良かったのかもしれないな)



僅か6機。横浜市南部警戒ライン全てを集めても、2個連隊合計83機の戦術機。
そしてそれらに支援された増強旅団複数が監視する中、BETAは着々と、ハイヴとなるであろう何かを作り上げてゆく。


『02より各位、休養終了しました。03、野山少尉。休養願います』
『有り難く願われました、では中隊長?』
「ああ、短いがちゃんと休んでくれ。
 各位へ、じきに帝国軍や国連軍の戦術機甲部隊も、再編を終えて交代に入ってくれる。今暫くの辛抱だ」


そして斯衛第一、第二連隊が現在のところ、機動防御の主軸を務めているのは、彼等が最も損害が少なかったからである。
2個連隊定数216機で出撃、機材損耗6割、衛士戦死・重傷4割という彼等が、である。
他の帝国軍、国連軍戦術機甲部隊の状況は、推して知るべしであった。

無論、帝国軍、米軍、国連軍共に大車輪で増援を回し、懸命に哨戒ラインへの展開部隊を再編しつつはある。
だが、戦術機は高価な装備であり、衛士は教育に時間のかかる貴重な存在だ。おいそれと補充が効くわけではない。


(ああは言ったが、何時やってきてくれるか・・・そうだな。我が斯衛も瑞鶴や開発中の新型機。このような特注品ではなく、量産性と補充の用意さを一義とした、何かを考えるべきかもしれない)


そんな折、音響センサーが重低音を検出した。
BETA地中侵攻の兆候ではない。この警戒ラインの10km後方に展開したMLRS、M110自走203mm榴弾砲装備の砲兵旅団。

そして帝国海軍、米海軍の戦艦部隊が、定期的な間引き砲撃を開始したのだ。
それらは光線級の迎撃を受けつつも、巨弾や多弾頭ならではの破壊力をまき散らしてゆく。だが・・・


(やはり海軍サンも砲兵も、あれだけ派手に撃ちまくった後では、
弾薬補充が間に合っていないか。無理もないが)


その砲撃は、ひどく間欠的であった。

何しろ陸軍砲兵部隊は南関東に存在する全ての弾薬廠より、榴弾とロケット弾をかき集めて、あの防御戦闘の火力支援を。
海軍は海軍で、横須賀鎮守府等々に備蓄されていた、ほぼすべての大口径艦砲の弾薬を用い、全力砲撃で支援を行ったのだ。

致し方のないことではある。

そして月詠は場違いなことに、その間欠的な砲撃を目の当たりにして、幼少の頃。
未だにBETA本土襲来の危険性が薄かった当時、隅田川で見た夏祭りの花火を思い出した。


(花火・・・花火だと?あんな花火のような砲撃で、何が出来るというのか)


十数秒だけ音声通信をシャットアウトすると、月詠は暗く低い、哂い声をもらした。
彼女は斯衛の今後について真剣に検討する頭脳を持ち、部下を案ずる心を持ち、任務に手を抜かない魂と技量も有している。

さりながら彼女とて、人間としての限界は存在しており、
無意識に何処かでそれを発散せねば、自分が壊れるということを、感じ取っていた。



「とある異世界の盗掘者達・宇宙戦艦ヤマト2229/マブラヴオルタネイティヴ 第8話」




*2228年11月5日:地球連邦首都、メトロポリス、首相官邸


「結論から申し上げれば、かの世界の実状は、我々の予想を超えるペースで破滅に向かっています」

一時的に南部参謀長へ艦隊指揮を預け、艦隊型有人駆逐艦の内、1隻を連絡艦として、不愉快なハイゲート通過を実行。

ガルマン・ガミラスと防衛軍戦闘艦艇のみが行いうる、数回連続の超長距離ワープにより、
シャルバート軌道上から一路太陽系へ帰り着いた古代進中将は、太陽系圏内通常航行の後、軌道上根拠地に駆逐艦が接岸。

乗降タラップが降りるのとほぼ同時に、彼と同じように、中間報告を行う他省庁の官僚達。
護衛のSP達と共に、足早に軌道往還シャトルへ乗り換え、新成田市の軌道空港から降り立つと、
日本自治州警視庁が用意していた高速防弾車輌に乗り込み、連邦大統領府へ一路足を向けたのだ。

「現状のまま、私が行ったような手ぬるい支援にとどまった場合、
延命できるのは楽観的に見て、精精が五年間でしょう」

そして異世界の実状を、端的に結論から報告した。

無論、かの世界で収集されたデータは、定期的にタキオン通信衛星経由で、シャルバート近隣の航路護衛艦隊や軌道保安庁。
防衛軍参謀本部。そして政府に報告はされている。しかし、現状を生で観測し続け、
陽動と電子戦攻撃という形で、かの世界の戦闘に直接介入した提督の言葉は、データにはない重みがあった。


「BETAの戦術学習能力は、当方の予想を凌駕していました。
自動艦艇を用いての、BETA集団の人類居住領域からの陽動による引き剥がし。
そして電子妨害は徐々にですが、確実に効果を減じています。
かの防衛戦闘以降において、その点は確実に兆候として確認されています」


事実であった。古代以下、第35哨戒艦隊隷下艦艇は、横浜市襲撃以降。
多発し始めたBETAの水中侵攻に対し、高性能な電算機を搭載した宇宙戦闘艦という存在をアピールすることで、
当初はある程度、BETAの陽動に成功していた。

しかしながら、僅かずつであるが確実に、防衛軍艦艇に誘引されるBETAは、数、割合共に減少しつつある。
そして、彼等の中の光線級は防衛軍艦艇のタキオン電子攻撃に気づくと、照射対象を地表の人類へ切り替える。
もしくは、照準光波の周波数帯を切り替えると言った芸当まで、やってのけている。

後者ならばまだ良いが、完全に無視されてしまっては、防衛軍艦隊は為す術がない。
今の段階で、ショックカノンや波動魚雷を撃ち込む支援攻撃は、あらゆる意味で不可能だ。


「また、かの世界の人類は、各戦線で強固な永久野戦築城。
機動陣地を設営し、陸上ではよく食い止めていました。
ようやく、人類側の防御戦術と物量が、一時的にBETAに拮抗したのです。しかし」


古代が首相官邸会議室。自席の端末にデータ媒体を差し込み、
幾らかの操作を行うと、かの世界の地球全土を表す地図がパネルに表示された。

そこでは、北海や日本沿岸、ウラジオストック沿岸、地中海沿岸など、幾つもの大陸沿岸航路に、赤いラインが指し示されている。
そのラインの先には、野戦築城陣地や大都市が指し示されており、
恐らくは死傷者数であろう、五桁から七桁の数字が示されている。


「彼等は人類の野戦築城が容易に抜けないことを知るや、水中速度30ノット以上で、上に示した航路を用い、五桁の数で浸透着上陸を行いました。
各国陸海軍の防戦は功を奏さず、アフリカ戦線は50キロ以上後退。英国は南部バーミンガムが30万名以上の民間人犠牲者を出し、壊滅。
そして何より、大日本帝国の横浜市は人口の3割近く、150万を失うだけではなく、BETAの根拠地であるハイヴの建設が始まっています。
場所で言えば、このメトロポリスのすぐ側に、です」


そこで一度言葉を句切ると、古代は再度切り出した。

声音は落ち着いているが、目元は流石に尋常ではない。
何しろ、かの世界の人類が滅んでしまえば、こちらに矛先が向きかねない。
国家の安全を預かる国軍の将帥の一人として、それは看過できない状況であり、
その意に反してかの世界が壊滅する可能性は、余りに大きかった。


そして古代は、BETAという存在がどういうものか。大遠距離光学センサー越しとは言え、見てしまった。
ベッドタウンを如何なる土木重機でも及ばぬ勢いで押し潰す突撃級。
懸命に避難民を運ぶバス、トラックを叩きつぶす要撃級。
人間を直接むさぼり食う、戦車級以下の小型種。

それらは、これまで地球防衛軍が相対した如何なる敵と比較しても、異質で危険であった。


「現状で国連軍と各国軍は、辛うじて各戦線を維持しています。
しかし、弾薬燃料装備。全てが欠乏しつつあります。
更に申せば、私の実力行使投入の稚拙さから、疑心暗鬼に陥っている国家も存在しています。
今のままでは、かの世界の命運は、保って5年でしょう。
同時に気になるのが、私が地球へ帰還する3日前に軌道上より観測した、強烈な重力異常です」


再度、古代が操作した端末により、地図が北米大陸。
アリゾナ砂漠へと光学ズームされてゆく。リアルタイム処理され、極力ノイズ排除を行ったであろう、録画映像である。

しかし、各種妨害に強いタキオン光波監視システムをして、北米の一大砂漠に広がった、
半径十キロ単位の重力爆発とでも言うべき情景は、光学センサーにかなりのノイズを発生させた。

射撃照準にも用いる以上、波動砲やショックカノンの閃光にも、
十分耐えうる筈のタキオン光学システムをして、ノイズが生じるほどのものとは何か。


「国際連合、アメリカ合衆国双方に照会を取りましたが、軍機の一点張りで(まあ当然ですが)詳細は不明です。
しかしこの重力爆発波形は、ボラー連邦が一時試作していた、マイクロブラックホール爆弾。その反応に極めて近似しています。
恐らくですが、彼等にとっての決戦兵器の一つでしょう」

ここからが面倒なのですがと前置きし、一度、言葉を区切ると異世界より戻った提督は続けた。

「仮に、あらゆる面で追いつめられた彼等が、この兵器の威力を恃み、
地球全土のハイヴへ使用したケースを想定しました。このデータ作成には、軌道保安庁にも協力を仰いでいます」

多機能大画面パネルに表れたのは、段階的な人類の自殺とも言うべき事態であった。

そこには、段階的に消滅してゆくハイヴ。
そして、それ以上のペースで崩壊してゆく地球の自然体系。累計死者数が、原色のグラフ・地球地図への着色で示されていった。

・第一段階:地球各地のハイヴの消滅、一時的な脅威の排除。
・第二段階:舞い上がった砂塵、黄塵による異常寒冷化。食糧自給率の壊滅。餓死者の急増。
・第三段階:G弾使用地域近隣の砂漠化拡大。重力異常に伴う海流異常による、海洋資源及び海洋航路壊滅。
・第四段階:異常海流により、3年以内に人類居住地域の4割が水没。生残人類の5割が溺死。          
・第五段階:G弾を学習したBETAが、これらの状況の進捗と共に行動を再開。新たな降着ユニットを月面ないし火星、金星より投下。
・第六段階:抵抗力を失った地球環境と人類の滅亡。推定、一年半。


「つまりはあれか、古代中将。彼等が追いつめられた挙げ句、起死回生と恃んだ兵器により、
長くとも五年以内で自滅する可能性が、大幅に出てきた。そういうことかね」
「その通りです。そして私は軍人であるが故に、あえて軍事面の危機のみで、このケースを想定いたしました。
しかし、現実には複雑なパラメーターが絡みます故、更に厳しくなります。
その点、各省庁の担当者からも、説明をお聞きいただきたく存じます」

アークハート大統領の問いかけに対し、これが軍人として、あくまで軍事面のみを注視したケース。
つまり非常に単純なケースであると古代は断り、更なる状況を想定した説明を、他の官僚達に促した。


「厚生労働省より現地へ出向、調査を行って参りました仲本厚生労働高等技官です」

年は四十の頭であろうか。実直そうな。
如何にも技術畑と思わせる繊細そうな技術官僚が挙手し、古代に軽く頷くと、パネル操作を変わった。


「現地国際連合難民保護官と、共同で調査を実施いたしましたが、
食料、医薬品、清水、住宅、衣類。そしてこれらを流通する輸送手段。
何れもが、ガミラス戦役当時に匹敵するレベルで不足しています。
無論、あちらの言い分でしか、現在は数量を把握できないものもありますが。
当方で知悉しうる範疇の不足でも、最低で三億名の難民。これらが極端な生命の危機に瀕している有様です」


仲本技官は2199年。つまり地球連邦がガミラスの遊星爆弾攻撃。
それにより最も食料・医薬品等々が危険なレベルで不足していた時期の、グラフ化されたデータ。

それに、現地で彼と部下達が、限られた時間と人材で調べ上げたデータを重ねた。
全てが合致しているわけではないが、特に医薬品と食料、清水の不足。病疫の蔓延率は、非常に近似した数値となっている。


「現状を放置すれば、1年以内に5千万。
3年以内には、各国に収容されている難民4億名の内、半数近くが餓死、病死する計算になります。
何しろ、各主権国家の食糧自給率でさえ、一部を除いて6割を切っているのです。
そして、難民達も人間である以上、嘗ての我々が食糧配給の暴動で苦しんだよう、
かなりが武装化し、人類領域後方を脅かしています。
当然それらへの対処で、現地各国軍戦力と国庫が、酷く圧迫されております」


続いて彼が表したデータには、アメリカ合衆国、オーストラリア、大英帝国、大日本帝国、アフリカ連合、南米諸国。
それらの国家財政に占める、難民救難負担金の割合が提示された。

列席していた財務官僚が、苦々しい表情で頷いている。
大日本帝国や大英帝国のような、前線国家でさえ年間国家予算の一割以上。
アメリカ合衆国、オーストラリアのような後方国家に於いては、二割から三割に達しているケースさえ存在した。

当然、何れの国も紙屑同様の、赤字国債の累積は止まるところを知らない。


「厚生労働省としての所見は、古代中将の軍事的懸念を、更に悲観的に見たものになります。
戦線悪化、軍事費と難民・難民救護予算の並行した増大。そして各国民への大増税。
これらへ何らかの支援を行わない限り、彼等は古代中将が懸念するよりも早く、重力異常兵器を使用。
もしくは、そこまで至らなくとも、国民の不満の蓄積による内乱などで、戦線が崩壊。
何れにせよ、五年を通り越し三年で絶滅へ走り出しても不思議ではない。これが我々の結論です」


仲本高等技官の説明は、穏やかな声音の淡々としたものであった。しかしながら、目元には深い隈が浮いている。
彼も少年時代に、ガミラスの遊星爆弾攻撃による地表の死滅。

地下都市での食料、医薬品の不足。餓死者、病死者が路傍に連なっているのが当然。そういう経験をしている。


「仲本技官、よく調べてくれました・・・しかし、気に病み過ぎるところは、あの頃と変わっていないな。“中尉”?」
「まあ、こればかりは性格ですからね。“艦長”も余り変わられたようには見えませんよ?」


そう。彼は嘗てディンギル戦役に際して、宇宙戦艦ヤマトに配属され、
現在では防衛軍の主要装備の一つとなっている広域電磁パルス防御システム。

そのプロトタイプを扱った砲術士官であった。
その後、少佐の段階で予備役依願編入。厚生労働相技官へ転職した変わり者でもある。


「食料が、あるところにはある。
ないところには、乾パンひとかけらもないところまで、あの頃と同じだな・・・」
「その点はバーンズ政策調整官に詳細をお任せしますが、彼等の残り少ない化石燃料と輸送船舶。
それらは殆ど軍事行動とそれへの支援。もしくは大規模難民脱出に費やされております。
民生支援に用いる余剰は、ほぼ皆無と言うべき有様です。
言うまでもありませんが、難民を支援している各国の、難民と政府への国民感情も悪化の一途です。
彼等の生活レベルも、低下し続けています。これらも含めた援助を行う必要性は非常に大きいでしょう」
「では、その点につきまして、運輸省から」


仲本より話をふられたバーンズ政策調整官(彼も古代同様、一時的に地球へ帰還していた)が立席した。

日頃は概ねユーモアを欠かさない彼であるが、議題が議題であり、
尚かつ現地実状の厳しさから、今は、苦悩する能吏そのものといった顔立ちとなっている。
あるいはこちらが、本来の彼なのかもしれない。
些かかすれ気味の、訥々とした声音による説明は、やはり深刻な内容であった。


「先の日本地区における襲撃。その影響を受ける形で、
軌道上集積コロニーと救援物資・プラント用資材を満載した輸送船団を、強引に先送りして現地へ向かわせています。
現在向かっているのは、第1次から第3次の120隻の予備役宇宙輸送船。
本来なら半数を、タイタンでのコスモナイト積み込みに用いる予定でしたが、6割以上を救難用途へ振り向けています」
「なかなかに痛いところだね、政策調整官。
そしてそこまでやっての難民。諸国民への援助は、どの程度の目処が立ちそうか」


アバルキン運輸大臣の言葉に、ええ、と頷くと、
彼は仲本が用いていたデータグラフ。それを修正する形で自らの上司へと応じた。


「物資集積コロニーの軌道上展開自体は、既に一部が完了しています。難民救助用に割り当てた大型連結式輸送船75隻。
これらの船腹に収まった支援物資と生活物資製造プラント等。そして一部兵器弾薬、兵器製造用プラント。
これらが無事に全てが降着すれば、難民暴発。あるいは病疫蔓延を3年程度は先送りできます。
無論、現地各国の雇用を破壊しないよう、各企業や政府、国際連合との提携も進められてます。しかし、です」


食料、医薬品充足率をかなりまともな数値へと置き換え、グラフの割合も変わったが、バーンズの声音と表情は厳しいものであった。

彼が画面を切り替え、現地地球の主要海洋航路。
原色で示されたそれらへ、幾つかのパラメーターを放り込むと、それらは一転して、黄色か赤色へと変貌した。

米国からの欧州、大日本帝国から台湾、東南アジアへ。英国からアフリカと米国へ。それらを除く殆どのラインが、赤色に染まっている。


「仲本技官の仰ったように、現地の流通手段は半ば壊滅しています。
産油地帯の半数が崩壊したこと。多くの化石燃料が軍事行動に集中されていることなどが、強く祟っています。
一部の海洋貿易国家を除けば、内海航路の維持も怪しい有様です。
陸路に至っては、複数の国土を失った国家連合が住まう地域などは、
野戦軍が軍事行動のついでに、辛うじて民生品を輸送するのが限界。その様な有様です」
「救難物資に含まれている合成重油も、あの程度では到底足りない、と」


地球連邦では現在、殆どが簡易波動エンジンを転用した波動エネルギー発電。
もしくは、核融合発電や集光式発電衛星により、生活インフラのエネルギーを補っている。

無論、化石燃料は今でも必要不可欠だが、それは工業製品のパッキンなど、製造業で多く使用されている。
久しく、内燃機関燃料として用いていない化石燃料を、地球連邦はおごったつもりで、連結型輸送船の2割に満載させたが、しかし。


「恐らくは、各国の大型高速優良船舶に優先して積載。
北米より各地へ進発させても、投下物資の4割を循環させるのが限界です。
それに、何より我々は物資支援権限は有しておりますが、流通自体は各国政府や海運、陸運業者へ委ねられます。主権侵害に当たりますから」
「代案は、どう考える?」
「この際ですが、無人式の、核融合機関搭載水上輸送船舶。
これらを、やはり核融合民生用発電施設共々、送り込んでしまうほか無いかと」


現在の地球連邦に於いても、水上航行船舶は多数は使用されている。
無論、宇宙船の中には水上航行能力を有するものも多い。

しかし、地球上や地球型気象へテラフォーミングされた惑星。
その上での流通に用いるには、高価な高性能波動エンジン搭載宇宙船は、余りに非効率である。

故に、徹底的に簡素化された廉価な波動エンジン。
もしくは核融合炉で航行する水上輸送船舶は、未だに多数が存在し、建造もされている。


「彼等に扱いきれるか?」
「徹底して簡素化、性能よりも歩留まりを重視した、21世紀中盤レベルの機関搭載船舶の設計案。
これ自体は、彼等の流通能力不足を見越し、南部やGE、防衛軍技術工廠 などに協力を仰ぎ、設計は終わっています。
確かに、彼等自身が維持、建造できるようになるには、最低20年は必要でしょう。
しかし、かの地における産油地帯。もしくは合成重油の生産能力は限界を超えています」「


そして何よりとバーンズは一度言葉を切ると、続けた。
微かに仕立ての良いスーツの袖をめくってみせる。本来純白のワイシャツには、薄黒い汚れが付着していた。


「早我々が、内燃機関動力として使用しなくなって100年以上。
初期型核融合機関以上に、ノウハウの失われた合成化石燃料を送り込むのは、余りにコストが嵩みすぎます。
幸い、航空宇宙技術が先鋭的に進んだ世界であり、
宇宙船用であれば、既に核融合機関の試験は、済ませてもいるようですし」
「そこまで言うからには、必要数も見込んでいるのだな?」
「タンカー型、汎用物資輸送型。彼等の港湾設備に合わせ、8000トンから100000トンクラス。およそ1200隻。
古いとはいえ核融合搭載船です。ある程度の高速巡航、積載作業の自動化も可能です。
第一段階では、当方の支援燃料による、支援物資四割の流通による延命。
第二段階では、日米英三国での核融合輸送船の組み立て。各地での核融合発電所の建設。
そして第三段階。現時点より二ヶ月後に、ようやく支援物資とプラント用資材が、滞りなく運べる輸送力が整う。
そして出来れば第四段階として、物資集積コロニーの一部と連結させた軌道エレベーターを、
アフリカ南西モルディブ方面へ建設。軌道降下輸送の効率化を図りたいところです」


二人の官僚の言葉は、相当に内閣にとって頭の痛いところであった。
幸いにして、土星圏資源地帯の開発が、予定通り順調に進捗。

大量のコスモナイトを持ち帰ることが可能であっても、当初、地球連邦が、かの世界を延命させるために必要な経費。
そして、BETAという未知の存在への認識が甘すぎたことを、彼等に痛感させていた。

そんな折、宜しいでしょうか、と控えめな女性の声が挙がり、
アークハートが軽く頷くと、続いて一人の女性官吏が立ち上がった。

「経済産業省のアルベティーニです。
その、支援事業の財源ともなる、コスモナイト採掘計画について、ご報告いたします。
現段階で、既にタイタンの採掘施設8カ所は、ほぼ完成。稼働を開始しています。
今より2週間前後で、他の土星衛星圏の12カ所の採掘プラントも、完成させることが可能です。
採掘資源量については、概ね当初の予定通りです」
「しかし、当初よりも減少する輸送手段と集積コロニーでは、出費に追いつくか分からない、か」
「仰るとおりです。バーンズ政策調整官と共同で、現地支援に必要なコロニー、輸送船舶、水上船舶。
これらパラメーターを下位修正しましたが、我が国への輸送効率は予定の7割以下に落ちます。
ガミラスやボラーへの割り当ても減らすわけにはいきません。外交問題へ発展しますから。
この場合、各企業がその限られたコスモナイトの増大を用いても、景気の上向きは当初予定の6割以下とお考え下さい」
「話の流れから予想は付いていたが、この分では予備役輸送船舶。ほぼ全てと、コロニー建造数の増大が必要、か」


アルベティーニの提示した資料を見たブラウナー経済産業大臣は、
まあそんなものだろうと、ある意味で達観していた。

過去の資源惑星開発や植民活動でも、予想外の事態への対処。
それによる資源流通の遅延、開発事業の遅滞は二度や三度ではない。

だが、それは笑い事では済む規模ではない。
事実、既にめざとい重工、鉱工業系企業は、現地へ展開した南部主導のJV採掘事業団へ、積極的な買い付け攻勢を始めている。

同時に、やはり現地へ民間企業の支援も受け、
難民関連情報を収集している以上、漏洩は完全には防げなかったのだろう。

今後、公費買い上げが確実に増える、食料・衣類・医薬品製造業界の株価は、確実に上昇しつつあった。
このままでは、財政出動による国庫支出と、重工業・製造業活性化による税収増大が、逆転しかねない。


「そして我々は、特別会計出動による輸送手段の増強か。あるいは国庫のための現状維持か。
そして、増大する援助物資負担と、減少するコスモナイト流通による税収増大予定。
それらを、財務さんと相談せねばならんということだね」
「不本意ですが、一度回りだした歯車を、止めるわけには行きますまい」


先手を打って、クリーズ財務大臣が、高く秀でた額に手をやりつつ先手を打った。


「確かに財政出動の恒常化、増大は赤字の構造化を招きかねません。
これまでの恒星植民と資源惑星開発、防衛軍戦力と福祉事業の拡大。
これらは、非常に危ういバランスで辛うじて成立しています。故に・・・」


財務大臣は、長身を伸び上がらせるように肩をすくめ、深いため息を吐くと、苦い現実を受け入れる覚悟を吐き出した。


「本来ならば、健全財政を維持するのが我々の仕事です。
これ以上の特別会計流用など論外、そう申し上げたいところです。
しかし現状で、コスモナイト合金という全ての面で欠かすことの出来ない、高機能素材。
その大量の資源の流通が滞ることは、更に致命的です。
既にそれを当て込んで、旧財閥クラスから中小企業までが、歯車として動き出したのです。
長期的な税収増大のためには、遺憾ながら、一時的な財政出動の拡大。
それによる、コスモナイト合金精製素材。その採掘、流通ペースの維持は、やむを得ないと具申します」
「規模はどの程度を見込んでいるのだろうか。私も、君の意見を否定はしない。
しかし、極端すぎる赤字国債依存が何を招くかも、君ほどではないが、ある程度は知っている」
「極力ランニングコストの低い、旧式予備役輸送船。全ての現役復帰。
そして、2世代の前のコストが下がるだけ下がった資源集積コロニーの大量建造。
古代長官には申し訳ありませんが、一部防衛軍装備の更新を遅延する形での費用捻出を、考えています」


クリーズはさも困り果てた顔を装いつつも、
強固な、容易にねじ曲げはしない意志を顔に浮かべ、防衛軍の実務上の最高責任者へと向き合った。

確かに旧式輸送船、旧型集積コロニーは運用、製造コストともに下がるだけ下がっている。
しかし、多数のそれらを年単位で運用し続けるとなると、話は変わってくる。

短期間の現役復帰と、恒常的な現役運用では、必要とされる経費の桁がまるで違う。


「既存旧式艦の自動化改修、主力艦艇の改良建造の継続。艦載機や空間騎兵隊の装備更新。
これらを我々は、恒星植民と防衛のために必要なための経費として看過して参りました。
しかし、現状はもう一つの、それもかなり非効率な植民を行っているようなものです。
現役2000隻の艦艇。32個空間騎兵師団、各種艦載機6000機、それらを支えるインフラ。
これらで何とか、当面は遣り繰りしていただきたく存じますが、如何でしょうか」
「軍としては国民の代表の方々に、異議を唱える立場にはありません。
しかし、どの程度の期間の遅延を考慮すればよいか。お教え願いたい。
ご存知の通り、ガルマン・ガミラスが内政と福祉を重視傾向にある反面、ボラーは未だに我々への警戒と軍拡の兆候が強いのです。
現状で守れないとは言いませんが、どう守るかのために、お教え願いたい」


防衛軍はディンギル戦役以降、急速に拡大された恒星植民事業と資源惑星開拓事業。
それに伴い、否応なしに軍拡を選ばざるを得なかった。

確かに、地球連邦が植民対象とした恒星系や資源惑星は、ガルマン・ガミラスより了承を得た宙域。
あるいは、二大恒星間国家の勢力圏外であることを基準に、慎重に選ばれている。

しかし、資源惑星や衛星こそ2桁単位(それでも土星圏ほど潤沢な資源地帯は、数えるほどしかない)で開拓したとは言え、
本格的に人類が居住しうる恒星系は、シリウス・バーナード・プロキオン。そして本土の太陽系の4つのみである。

「守れないとは口が裂けても申しません。
さりながら、もしもボラー連邦が現状の穏健政策を放棄した場合、彼等の潜在軍事力は我が方の数倍以上です。
この現実も合わせてお考えの上、判断を仰ぎたくあります」


そう。異次元銀河衝突により衰えたりとは言え、20以上の大型恒星系を領土として保有。
正面戦闘艦艇に限っても、戦術・戦略双方で優越するガミラスとの度重なる損耗の上でなお、彼等は6000隻以上を有している。

防衛軍が国力、恒星系の数に比して、大量の新型艦を含む艦隊維持を国民から認められているのは、
その気になればボラー連邦は、恒星間国家としてようやく歯車が回り始めた地球連邦。

その恒星間航路を容易に引き裂き、経済を破綻させかねない実力を十分に有しており、そのことへの恐怖故であった。
今は第十一番惑星の軌道上で自治区となっている、嘗てのディンギルなどとは、比較にならない。

あの戦争は、人類に甚大な損害を与えたが、所詮は局地戦争レベルに過ぎない。
しかし、ボラーが何らかの形で地球へ筒先を向けた場合、それは最早、紛れもなく総力戦である。
それも、確実に負け戦を覚悟しなければならない、最悪の事態といえる。


「2年。2年間、新型艦艇と艦載機、空間騎兵。
その他正面装備。これらの調達更新ペースの、大幅な削減をお認め頂きたい。
弾薬、予備部品、訓練費、人件費まで極端に削れとは言いません。
しかし、如何に防衛艦隊が装備調達のコストコントロールに長け、無人艦艇を多用しているとは言え、
32億の人口に対し、予備役含め3000隻近い各種艦艇と支援部隊。
これらが・・・どんな負担かは、長官。貴方が一番おわかりの筈です」
「予算は・・・概略で1割減ですな。それで、捻出された費用により、あのもう一つの戦線。
そこに住まう人類へ、自衛力と自活力を移植できますか。軍は政治に口を出さないのが、当然です。
しかし、今回の派遣事案は、余りに予算想定が甘すぎました。想定ミスの繰り返しによる、
しわ寄せの拡大は、お控えいただきたいのも、軍として率直な意見です」


「・・・これは一線部隊指揮官としての所見に過ぎませんが」


クリーズ財務大臣と古代守防衛軍長官。
二人の遣り取りを見守っていた、古代進中将が小さなしかしはっきりとした声で口を挟んだ。

兄とは違った形で、円熟味と厳しさを増した顔立ちは、
未だに「シャトー・ルノー」の戦闘指揮所にいるのではないか。そのような険しさを保っている。


「BETAが人間への補食習性を持ち、億単位で存在していることを考えますと、
万が一、かの世界が滅亡し、我々がハイゲートを守らねばならない場合。
ハイゲートの内外合計で最低6個艦隊。400隻以上。
そしてシャルバート国民保護のため、空間騎兵現役師団の2割から3割を、あの惑星に張り付ける必要があります。それも常時、です。
予算については、私は長官以上にものをいう立場にありません。
しかし、見積もりの甘さの繰り返しは、最終的に当方へのBETA襲来を招く。このことだけは、知悉願いたいのです」


そして何より危険なのは。

古代がその言葉を、殊更に強調し、続けた内容は、誰もが目を背けたくなるような現実であった。


「ハイゲートはシャルバート近隣に存在します。
あのオーパーツを山のように抱えたシャルバートの、です。
BETAの学習能力から、それらを劣化コピーでも大量に模倣された場合、
我々に押しとどめる手段があるか、確証は持てません。
そして、ルダ女王の身に何かがあった場合、彼等への安全保障条約を提供している我々が、
各国合計で10億以上とも言われる、シャルバート教徒の怒りと反感を呼び寄せ、国際関係も悪化するでしょう」


古代進中将はその様に締めくくった。
各省庁の最高責任者も、難しい顔をしている。シャルバートは確かに、表面上は嘗てのオーパーツ。
現在の技術でも再現できない大量破壊兵器を、大量に死蔵し、封印し、農耕生活を営んでいる。

しかし、裏側の実状としては、如何なる恒星間国家でも追随できない、技術大国として、
5億に達する国民を喰わせている側面も持つ。当然、地球もガミラスも、その恩恵にあずかっている。

なればこそ、非武装中立という彼等の理想を維持する反面、高度技術の供与を受けるため、
防衛軍や保安庁。そして、シャルバート星系外縁にはガミラス軍が、安全保障のため駐屯しているのだ。

かの地へのBETA降着。そして戦闘行動は、地球連邦にとって。
そして、他の如何なる恒星間国家にとっても、最悪の事態である。

古代中将は嘗て、かの世界の国連の議会で、二つの世界に23世紀の戦争を蔓延させることは出来ないと口にした。
しかし、BETAが何らかの形で、シャルバート国民が懸命に封印している、先史時代の大量破壊兵器。
れらの構造が大量模倣された場合、23世紀の戦争どころではすまない可能性が、多分に存在しているのだ。


「・・・大統領権限に基づき、正式な命令を発したいと思う」


あたかも古代の声が引き金となったように、アークハートはおもむろに命を発した。
双眸には墓石よりも冷たく、強い意志が宿っている。日頃の温厚な紳士としての本質は、掻き消えていた。

それが自らの判断の誤りへの怒りなのか、それら以外への苛立ちなのかは、伺う術はない。

しかし、彼等が自らの責任の元に行われた事業。
その甘さに責任を痛感し、事態を放置する気がないことだけは、確かであった。


「政府はコスモナイト精製素材流通、そしてかの世界への援助。
双方を予定通り、国費損耗の拡大を招いたとしても、断行する。
運輸、財務、経済産業、厚生労働。各省庁はそのアウトラインで、計画を一週間以内に修正して欲しい。そして古代長官」
「はい」
「申し訳ないが、防衛予算の減額。最低で二年間、受け入れて貰う。
部隊運用と後方支援予算は維持する。既存実働部隊の手足を縛る気はない。
しかし、事ここにいたり、我々は新型艦や新鋭艦載機、各種防衛インフラ以外で、防波堤をもう一つ建築せねばならない。
国民へ好景気を約束した上での事案だ。まして増税などは不可能だからな。が、しかし」


些か表情を、本人は少なくとも柔らかいものに切り替えたつもりで、アークハートは続けた。

「異世界資源を用いた好景気による税収。それが財政出動を上回る段階に至った後は、
これまでと同様の、装備更新とインフラ拡大を約す。私も、古代中将の警告するBETAの脅威。
そしてボラーがそれに呼応する危険性を、否定はしない。これは仮に政権交代が起こったとしても。
政権与党が労働党に変わっていたとしても、飲ませる。そのために、私はいるのだからね」


酷薄そうな表情に、残酷なまでの強い意志を浮かべたアークハートの顔立ち。

それは嘗て旧式駆逐艦「ゆきかぜ」で圧倒的な敵艦隊へ立ち向かい、宇宙をさまよった経験を持つ。
時には、四〇万光年彼方へ進軍し、一つの恒星間覇権国家を殺戮した男。

そして今や、国家規模に比較すれば、他の構成国家国軍も一目置く地球防衛軍の最高責任者。

その彼心胆寒からしめるものであった。
この連邦大統領は滅多なことで重大な約束はしないが、一度約束したことは、必ず履行することで知られている。
恐らくは、野党に対し何らかの、非合法な手段さえ用いたカードを、何十枚か未だに隠し持っているのだろう。


「つくづく、恐ろしいことを仰いますな。貴方は。
私が『ゆきかぜ』でガミラス艦隊と相対したときでも、ここまで緊張はしませんでしたがね」
「『マフィア宰相』には似合いの態度と自覚しているよ。だが、これは公人としても私人としても約束する。
財政出動を税収が上回った場合、防衛軍の拡張と更新は再開する。
私とて、ボラー連邦が機動要塞諸共、大艦隊で太陽系を蹂躙しかけたことを、忘れたわけではないのだ」


地球連邦の有する4つの恒星系。

そこへ6桁単位で設けられた大型自動製造プラント。8桁単位の、下位ノードにある中小自動製造プラント。
それらが23世紀の基準からすれば骨董品であっても、20世紀末からすればオーパーツに等しい工業製品。
資源集積・降着用の廉価なコロニー。その他武器弾薬、難民救援物資を唸りをあげて、
国庫より支払われた国費に基づき、恐らく20世紀の人間からすれば幾何学的とさえ映るであろう物量を生み出し始めた事。

そして、各恒星系軌道上に係留されていた、竣工20年以上の予備役連結型大型輸送船多数。
彼女たちが防衛軍や保安庁の手で再度命を吹き込まれたのは、アークハートの決断より二週間後のことであった。
同時に、第18次防衛計画の大幅削減、下方修正の発表も為されている。

表面上はボラー連邦とのデタントに伴う下方修正とされているが、
それを心から信じるものは、地球連邦市民32億の中にも、それほど多くはなかった。

そして彼等の大部分は、異世界から運ばれる資源に基づいた好景気、あるいは異世界へ運び込む救援物資製造のため。
経営と製造、決算、営業、技術開発などの日常業務に、忙殺され続けていた。

一つだけ市民の多くが感じていたことは、アークハート政権が本気である。そのことだけであった。
そうでなければ、新造艦艇100隻近くの建造延期と引き替えに、750隻もの予備役輸送船の現役復帰。7
2基の軌道上物資集積管理コロニーの一斉建造など、断行しない。

まして、BETAが異世界でどのように、人類を扱っているか。
それを映像を含む形で、メディアを含め情報公開など、行えない。

「防波堤の構築と我々の財布の膨らみ。
この二つを、後者が遙かに上回るペースで実現することが、今の地球連邦の至上課題なのだ」

この当時の院内での発言は、後々までに語りぐさになっている
(アーベル・ブラウナー経済産業大臣の発言という説もあるが、それは今や、定かではない)。



「ある意味ではBETAの存在は福音であった。当時の我々は未だに内政問題を抱えており、
そこへ恐るべき波動砲搭載艦隊が殴りこんできた場合どうなるか。その実、我々は常に怯えていた」


なお、全くの余談であるが。仮想敵国の軍拡を恐れていたのは、ボラー連邦も同様であった。
上の発言はこの一連の事象から数十年後、ボラー連邦の退役軍事官僚の回顧録にあるものだ。

確かに最大の敵は、数百年以上に渡る帝国拡張。それに伴う膨大な戦術、戦略、技術の蓄積を経て、
更には始祖であるガルマン民族と結託し、民生、軍事ともに莫大な国力を有すガルマン・ガミラス帝国である。


「彼等は我々を膨張的な軍事大国として、恐れていたという。
だが、波動物理兵器をふんだんに搭載した彼等の艦隊や航空戦力が、
我々をどれほど恐怖に陥れたか。彼等には自覚はあったのだろうか?」


しかしながら旧式巡洋艦でさえ、小惑星程度なら吹き飛ばせる波動砲搭載艦多数を有する防衛軍は、
ボラー連邦にとってそれに次ぐ危険きわまりない存在であった。

大威力波動弾頭魚雷を抱えた自動駆逐艦800隻以上。
巡洋艦とは名ばかりの、実質的には中型高速戦艦である「ダンケルク」級戦闘巡洋艦300隻以上。

数は兎も角、火力と装甲の面で非常に高性能な、「ヴァンガードⅧ」級戦艦や戦略指揮戦艦、自動戦艦150隻以上。
そして、最新鋭の「サラマンダーⅢ」重攻撃機を運用しうる空母を大小80隻近く保有する機動部隊。

そして、やはり彼からすれば、名ばかりの警察組織。軌道保安庁の有する多数の護衛艦艇。

古いとは言え、やはり無視できない戦闘力を保持し、自動化改修を受けてモスボールされている、
嘗ての主力艦である改「ボロディノ」級戦艦や「足柄」型巡洋艦など、予備役艦艇1000隻近く。


地球人の所見とは逆に、彼等は自らの恒星系や植民航路を、一朝有事に際しては、
防衛軍は悪名高い波動砲や波動カートリッジ兵器で、破壊し尽くしかねない、危険な存在と見なしていた。


「そして彼等は彼等で、デバステーター級要塞などに過敏なほどの恐怖をいだいていた。
言わば、我々は合わせ鏡の恐怖に、延々と怯え続けていたのかもしれない。
それが恐怖だけにとどまり、実力行使に遂に及ばなかったのは、誰にとっても僥倖であったのであろう」


そして、ボラー連邦軍の上層部の中でも、それによる被害が甚大な、
国家経済を再度破綻させるほどになると捉えているものは、非常に多かった。

近年、防衛軍もガミラスとの合同演習などで、戦術・戦略の研究と蓄積。
錬度向上や訓練を受けた正規・予備役将兵数拡大は進んでおり、技術研究にも過去同様、余念がない。

仮にガミラス軍と連携された場合、今度こそ亡国を覚悟すべきだという、悲観的な古参将官さえいたという。

何しろ彼等は、嘗ての戦役に於いて、自らより少数。
与しやすしと思って襲いかかった防衛軍探査艦隊を相手に、何度も痛打を浴びている。

その代表格などは、かの戦艦「アリゾナ」と「ヤマト」であろう。

最終的に連携して襲撃艦隊を迎撃した彼女たちは、「アリゾナ」のショックカノン15門の速射援護と、
ヤマトの波動砲の併用という悪魔のような火力で、2個艦隊以上を壊滅に追いやっている。

ある意味で、地球とボラーはこの軍事官僚の回顧録のとおり、合わせ鏡でお互いを見ていたのだ。
ガミラスが内政・福祉重視路線へと舵を切ったのは、この点を未だに老いてなお盛んなデスラー総統が、冷静に見抜いていたが故と言われる。


何はともあれ、地球連邦政府という巨艦の舵は切られた。

彼等は一時的な財政出動と赤字国債の増大と引き替えに、BETAに対する異世界人の屍の防波堤を用いた安全保障。
そして、ペースを落とさない、もう一つの資源地帯からのコスモナイト合金精製用資源の大量流通。

それを、本来であれば地球連邦政府の最優先事項。
ボラー連邦への抑止力増強さえ、一時的に中断し、実行することを決断したのだ。

このことについて、野党領主にして、後に信頼できる後継者へ政党を任せ、
政界を退き、薬品財閥の敏腕な取締役へ復帰したウィリアム・ゲイツ氏。

現地向け支援物資製造、利権に深く関わりつつも、与党政権・内閣から、
比較的距離を置いてものを見ることの出来た彼は、後にこう述懐している。


「あの段階で我々は、BETAという存在に対し、兵器を用いずとも、明確にトリガーを引き絞ったのだ」と。



*異世界:1998年11月13日

地球軌道上に、辛うじてBETA水中侵攻より2週間以内に、展開が完了した物資集積コロニーは、6基であった。
何れも、ガミラス襲来前の段階で、既に概念と要素技術が完成している、枯れた形式の円筒形コロニーである。

シャルバート軌道上にてモジュールノックダウンの後、やはりいい加減使い古された、
嘗ての統制型輸送船用波動エンジンを8基増設され、無人ゲートアウトしてきたのだ。

直径50km、全長450kmという規模。
枯れきったとは言え、システムがほぼ無人自動化されたことを除けば、酷く味気ない設備である。

名称も「DEPO-01~06」と、まさに用途そのままであり、意匠もへったくれもない。


「成程、作るより行き渡らせるのが難事といったのは、こういうことですか・・・」
「ええ。せめてそちらと我々が、今の数倍の優良貨客船を準備できたら、何とかなったのかもしれません」


とはいえ、その中で行われている作業は、20世紀レベルからすれば、天文学的な規模であった。
連結型輸送船が並行軌道より投射した貨物コンテナを、電磁場キャッチャーで連続して捕捉。

それらがコロニー随所に設けられた搬出口から、高速大型ベルトコンベアにより、
次々とコロニー内部の大型集積所。もしくは、軌道降下区画へと移送していく。

嘗て、ガミラス戦役終結後、地球連邦が太陽系の資源を用い、地球の復興を図った際と、同じ手法であった。

今や、旧式ながらも巨大なコロニー6基。
難民救助物資、各種工業プラントモジュール、人口化石燃料、基礎精製素材。
それらを満載した連結型輸送船75隻により、地球軌道上は満員御礼状態であった。


「見ているだけというのは、辛いですな。今更あなた方が何かをするとは、思ってませんが」
「そのあたりはご辛抱頂くしか。それに何れにせよ、
段階を置いてこれらの設備は、国連宇宙総軍や国連事務組織に移管される予定ですし」


但し、それら作業を一応監視する国連宇宙総軍も、兎に角見ているほかないほど、作業のペースは速かった。
50万トン級船殻を複数連結させた、全長4000m以上メートルの連結型輸送船(スペーストレイン)。
それらが一隻当たり、連結モジュール20個総計900万トンの物資。その受け渡しは、1隻1時間から90分ほどで終了している。
それが、6基並行して実施され、既に6時間ほどが経過。船団からの積み込み行程は、既に6割を越えた。


空荷になったスペーストレインは、可能な限り積載作業を阻害しない経路でスウィングバイを行い、一路土星軌道へと進路を変更する。
何しろ第一次から第三次の内、当初よりコスモナイト集積に当てられたのは、船団の4割に満たない45隻である。

そして、元より内惑星帯航行用のスペーストレインに、
ワープ機能など存在しない(航路密度が大きすぎ、滅多なことで出来るものではない)。

地球軌道から土星軌道まで、古びた波動エンジンを用いて加速し、
各種デブリや不測の事態へ古い電算機へ対応させつつ、到達させるには一週間はかかる。

急ぐに越したことはない。


「『ゴトランド』より『エイラート』、現在物資移送進捗63%。
旧式集積コロニーなので、積載70%に達した段階で、
北米沖合上空に達したコロニーから、物資コンテナ降下を開始します。宜しいですか?」
「現地では既に、北米東西双方の主要港に、各国の大型優良船舶。その半数が掻き集められています。
それだけに失敗した場合、我々の海路は壊滅することになります。改めて技術面でのリスクを確認したいのですが」
「各コンテナについては、事前に説明した通りですが」


今や「シャトールノー」に代わり、第35哨戒艦隊の臨時旗艦であり、
軌道物資降下作業の監督を行っている、戦闘巡洋艦「ゴトランド」。

その指揮所に於いて、民間商船会社より現役復帰を依頼された、予備中佐が説明を再度行う。
既に年齢は70近い、未だに人口バランスの偏った地球では珍しい、本当の意味での高齢者であった。

半ばはげ上がった頭と、口元に蓄えた白髭。堅太りの体躯。
私物らしいコーンパイプ(流石に煙草を詰めてはいない)が、
古の冒険小説に出てきそうな、ベテランの老船長といった雰囲気を醸し出している。


「まずは降下プロセスについてから、再確認となりますが…」


しかし声音は外観と反して、至って慎重なものであった。

彼は揚羽系列の商船流通企業にて、そろそろ定年を待つ身の熟練した貨物船乗りであった。
しかし嘗て輸送航行の安全性について、上と悶着を起こしたことがあり、早期退職を迫られ、実質的に仕事のない部署で腐っていた。

防衛軍で補給艦副長をしていた経歴から、揚羽へ再就職したまでは良かったが、
恒星間植民のバスに乗り遅れるなで、一時、同社は安全基準無視のきらいが強かった。

そして、危険きわまりない弾薬、物資を含め、迅速かつ慎重さも重視してきた予備役中佐は、
余りにタイトでリスクの大きすぎる、本社の輸送計画に噛みつき、煙たがられてしまったのだ。

そんな彼にとって、退役ギリギリであるとはいえ、最低5年の現役復帰の約束とともに、
懐かしい軍へ戻れるなら、異世界だろうが何処だろうが行ってやろうじゃないか。

まさに渡りに船であった。現役在籍期間が増えれば、僅かなりとはいえ恩給と退職金も増える。

今や子供達も一応は自立し、妻に先立たれた身。
フネに戻れるのであれば、それだけで十分結構であった。

故に彼は、嘗て揚羽財閥航宙流通部門に在籍した際、
散々繰り返した物資投下作業の監督を、老体を押して任されている。


「各投下コンテナは電離層前後より逆噴射、急減速を開始。同時に姿勢制御を行い、水上船舶に近い姿勢で、
ほぼ速度でプラマイゼロに近い運動エネルギーで着水することになっています」
「コンテナ一つが・・・5000トンか。
着水の余波、その安全性は見込まれとるんですか」


船団指揮官の丁寧な口調に合わせてか、エイラート側の当直士官も幾らか声音を丁重なものとしている。

しかし緊張は解けない。

無理もない、5000トンクラスのコンテナが四桁単位で降り注ぐなど、投下地点さえ間違えれば一種の爆撃である。
北米大陸を直撃した場合は、同地都市部は壊滅状態に陥るだろう。


「運動エネルギーは、ほぼ殺してありますが、余波の影響を見込んで、両岸より500海里の沖合に降下させます。
コンテナ自身が、大容量バッテリーとウォータージェットで、1000海里程度の自律航行は可能ですので。
コースは、各国船団が集結した港湾へ、
積載物資内容ごとに、自律電算機の指示に従い、向かうようになっています」


当然5000トンの規格化された質量が、幾ら逆噴射で運動エネルギーを殺しているとは言え、水中へ降り立てば相応の余波は生じる。
それ故に北米両岸から1000キロ近い、安全距離が取られていた。なお、投下コンテナは限定的ながら外洋航行能力を有している。

蓄電された電力によるウォータージェットで、巡航25ノット程度を発揮する。
無論、その後に再蓄電を行えば、簡便な自動航行の、内海航路輸送船としても使用できる。

当面は北米沖合が物資投下集積地点となる。
近い将来は、第一陣から第三陣の輸送船団の船腹に収まった、核融合発電モジュールによる蓄電。

そして、今後はより簡易な、純粋な物量投下コンテナへ切り替え、
これら初期投下自走コンテナを用いての、各港湾への曳航が予定されている。


「後は、各港湾管理局に降り立った、そちら側担当者の仕事、か…」
「ご心配なのは承知ですが、我々はこれを数十回、数百回と繰り返してきました。
それに万が一に際しては、軌道上の本艦を含む巡洋艦が、危険コースに入ったコンテナを狙撃します」


そんな折り、「指揮官、そろそろ」と、副官役を仰せつかった、「ゴトランド」船務長が注意を促した。
見れば、船務長のコンソールに表示されているDEPO-01から06の内部集積率が、平均で七割を超えていた。

最も多くため込んだDEPO-04に至っては、八割を超過しつつある。
一応安全を見込んで、過剰設計されているとは言え、確かに頃合いであった。


「では、宜しければ始めたい頃合いですが?」
「・・・くれぐれも慎重に願います。今の私には、これしか言えません」
「願われました」


エイラートの当直将校(どうやら艦長らしい、三十代の中佐)へ、
民間時代を思わせる丁寧な口調で返答し、軽く敬礼すると、統合輸送船団指揮官。

マテウス・プロノホウ予備役中佐は、一転して補給艦副長時代を思わせる、
張りのある声で、臨時に指揮所へ乗り込んだ、彼の部下達。

ゴトランドの船務長や、現役の無人船舶管制士官の少佐から、
練達の甲板員(船乗りの伝統から未だにボースンと呼ばれている)であり、
軍役時代は下士官であった予備兵曹長に至るまで、十数名へ令達した。


「降下物資第一陣、規定コースと予定通り、降ろし方、始め!」




プロノホウ中佐の令達により、最終的に安全予測を見込み、のべ一週間で投下された物資。

これらは、やはり地球連邦政府の予測通り、各国の優良船舶と重油の欠乏、不足。
そして港湾施設処理能力が支援物資に追いつかないと言う、皮肉な現実から、最初の一ヶ月で難民の健康レベル。

そして暴動危険レベルが最も高いオーストラリアやインドネシア。
前線国家として、散々食い荒らされながらも、穴だらけの盾となって戦う日本と英国。それらへの物資輸送に限られた。

彼等は未だに有していた、1500万トンから2000万トンの船腹の内、三割を占める優良船舶。
その大半をこの援助物資輸送活動へと振り向け、ある程度の戦線維持に成功することになる。

後に、第26師団の戦車乗りである高須曹長が大阪港で見た、莫大な数の機甲装備の補充は、
この第一陣が降ろした物資とプラントが、深く関わっていた。

同時に、この世界最大の難民受け入れ国であり、
この国ばかりは未だに陸路、空路さえ充実したインフラが生きているアメリカ合衆国に対しても、
国際連合を介し、米国政府・企業への廉価供与という形で、米国内難民が二年間は暮らせる。

そして同時に、米国が今まで負担してきた、それらの費用を、やはり二年間は大幅削減できるだけの物資が、
様々な企業や政府機関。後は国連難民救護機関を介し、行き渡ることになる。

これは、最大の後方支援国家である米国が、ある程度、難民支援のくびきから解き放たれ、
その潤沢な国力を、各方面の戦線へ振り向けられることを意味していた。


「事情は承知していますが、とんでもないペースの採掘ですなあ。
これ以上の安全基準抵触は軍としても警告せざるを得ませんよ?」
「若社長、そうつれないことを仰らずに。どの道これがうまくいかないと、官民共に大赤字です」
「否定はしませんがね。それといまの私は艦隊参謀長で、南部の家とはもう関係ないんですから・・・」


無論、援助活動はこれだけではない。

同時に並行して、タイタン方面では無理矢理現役復帰させられた。あるいは、安全基準ギリギリのペースで組み上げられた、
資源採掘コロニーが大量にゲートアウトさせられ、コスモナイト合金各種となる資源の積み込みを始めている。

防衛軍艦艇、新型装備調達を遅らせてまで、捻出された費用で作られた集積・輸送手段は、
初期段階に於いても、辛うじて財政出動に拮抗するだけの税収。好景気への弾み車となる。
少なくとも、その様に計画され、目標とされ、何より期待されていた。

その財源が、後続する援助活動。核融合搭載水上船舶や、各種工業プラント、核融合発電施設。
そして、極秘裏にではあるが、核攻撃により無人地帯となったカナダへ据え付けるべく、コスモクリーナーを輸送。
設置。現実の重金属汚染などを浄化し、健康環境の改善を行うために稼働させる得る原動力となるのである。


ここへ至り、異世界現象とBETAに振り回されるだけであった、二つの世界の人類は、
ようやく多くの混乱を抱えつつも、計画的な反撃へと移りつつあった。

それは小は、大量に補充された7.62mm弾を汎用機関銃から、闘士級の群へ叩き込むこと。
大は大量に異世界から運び込まれた資源をレアメタルとして精製、製品として製造、流通、販売することにより、
利潤を得て、国庫へ納税を行うまで、様々な形であった。


かの野党党首の言葉にあったように、BETAに対し放たれた、二つの世界の人類からの銃弾が、どのような作用と結末を招き出すか。
それは予想することは可能であっても、
やはり、過去の様々な分岐点同様、確証のない未来の事象に、今の段階では過ぎなかった。



[24402] 第九話
Name: 七猫伍長◆bcb2db3e ID:b0e589f1
Date: 2011/04/20 21:17
シャルバートは、小なりとはいえ歴とした、主権を有する恒星系国家である。

当然、シャルバート本星以外にも小惑星、衛星はかなりの数が存在しており、シャルバート政府と提携契約を結んだ企業。
あるいは、同地の安全保障を請け負った地球防衛艦隊、軌道保安庁警備艦隊、空間騎兵隊、ガルマン・ガミラス艦隊。

そして少数ではあるが、ボラー連邦政府の官公庁出向機関や官公庁も、それら小惑星や衛星に点在している。


本来はある程度、シャルバート本星や軌道上に、施設や出向部署を置いてしまった方が効率的なのは、誰もが承知している。

しかし、表面上とはいえ非武装中立を謳っているシャルバートに於いて、
他国の艦隊や陸上部隊が、軌道上や本土に展開するのは、シャルバートとその信徒を余りに刺激しすぎる。

また、迂闊に政府や企業の出向機関を置くことも、軍隊ほどではないにしても、
今度は相互に牽制しあい、緊張を高める要因になること。

それに関して、ルダ女王から迂遠に遠慮を求められてしまっては、どうしようもない。

反面、かの惑星ならではのオーパーツとも言える高度技術で、
程良くテラフォーミングされた衛星、小惑星複数を、格安に二つの国家へ租借を許可。

反面、自国の防衛力も負担させるあたり、彼女が只の理想家ではない。なかなかの遣り手であることを伺わせる。



「ビッグ・フィル。商談はどうだい、大物の釣果は入ったか?」


そんなシャルバート星系のある資源小惑星。

その軌道上居住コロニーにある、地球連邦が日系人の強い組織になってから、急速に数を増やした個室形式の居酒屋。

そこで先に一杯やっていた初老のイタリア系男性へ、ニコライ・ベリックはくだけた口調で話しかけた。

彼は元来が東欧系の、彫りの深い強面ではある。
しかし職業柄、大概の表情と雰囲気を演じることが出来る技能を、否応なしに身につけてもいる。

そんな職務技能を否応なしに有する為、連邦政府情報庁高等情報官というより、出張の商談帰りの陽気なサラリーマン。
そういった印象を与える口調と表情、雰囲気で入り込んできた。

勤め人らしい服装こそ崩していないが、あちこちに皺が寄り、
さも長時間の商談を纏め、疲れを癒しに一杯やりに来た。そんな風貌である。


「良くも悪くもないな、ニコ。何処も好景気で盛り上がっちゃいる。
 間違いなく黒字なんだが、購買がヘマしやがった。軍隊もドンパチを知らねえ、若いのはまだ頼りにならんな」


話しかけられたイタリア系の男。フィル・ベルは苦い顔で応じた。

年は五十台の半ば、今の地球では未だに働き盛りの年代である。
些かの肥満体であり、だらしなくスーツの前を開け、その下のセーターのボタンも外している。

アイルランド系とのハーフらしく、既にロックか何かで割ったウィスキーの杯。そしてボトルが一本空いている。

日系の経営者が切り盛りする店舗ながら、洋酒の種類が多いのも、この店の特徴であった。
シャルバートが農工業を重視し、豊富な農作物。
各種酒類に必須の天然食材・素材が豊富なことも、この恒星系に多くの酒飲みを呼び寄せる一因となっている。


「フィル、若いのはこれだからってのは、年を食った証拠だぜ…
 ああ、俺はウォトカをロックで頼むよ。肴は適当に見繕ってくれ」
「こっちも…そうだな。ニッカのジャパニーズウィスキー。シングルモルトを頼む、ボトルでな」
「かしこまりましたー、少々お待ちくださーい」


注文を取りに来た給仕に、これも未だに飲める場所が少ない、天然素材のウォトカ。
そしてフィルが復刻版の、嘗て北海道余市で作られていた、日本産ウィスキーを頼む。

ニコもやれやれとばかりにネクタイを軽くゆるめると、
復刻版のソブラニー・ブラックロシアンの封を切り、火を付け、深々と一服した。

幸いにしてここは、23世紀となっては貴重極まりない喫煙席である。見ればフィルもダンヒルを既に、三本目を付けている。


「で、お前さんの方はどうなんだ。あのデブの従兄弟は、相変わらず借財を順調にこさえてるのか?」
「ローマンのことか?流石に浪費癖が酷いんでな、ちと焼き鏝を押しておいた」
「そうか、23世紀にもなって奴は肉屋に並ぶことになるのか…」
「違えよ」


フィルのさも同情を装ったようなきついジョークに、ニコはかるく苦笑すると応じた。


「奴が経費として処理していやがった賭博関係費用、そのデータをちょいと拝借してな。
 追徴課税がかかった場合の金額を、マロリーに教えてやったのさ。
 まあ、肉屋という意味では、間違っていない。翌日、顔面が変形してやがった」
「恐れるべきは配偶者、か。俺達とは無縁の話だな」

 
たわいのない雑談で時間を潰し、届いた酒と肴で猥談を交えた会話を楽しんでいる。
いや、実際に楽しんでもいる二人であるが、本命の会話はそれほど長閑なものではない。

ニコは言うまでもなく、フィルもカバーとして小規模雑貨貿易会社を、実際に営んでいる事業主だが、
本業は連邦高等情報庁の、守秘義務の極めて高い「協力者」であった。

一応は民間人ということになっているが、法律上は見なし公務員扱いである。制約もそれなりに多い。
反面、情報庁から調査費。報酬が定期的に、複数の金融機関を経た上で、
連邦政府公共事業関係者への公費支払いとして、定期的に振り込まれている。


そして彼等は共に、脳の一部を電脳化していた。

事実上のサイボーグ集団とも言えるデザリアム帝国との総力戦。
そして彼等から技術を収奪して以来、地球の人体義体化技術は、爆発的な勢いで進歩を遂げた。

多くの傷病者や傷痍軍人が、この技術で身体能力を取り戻し、日常生活へ復帰することが可能となったほどだ。

彼等二人は共に、肉体的な欠損はなかったが、電脳化対象者に対する補助金目当て。
義体技術と同時に進歩した、人工生体技術による退職後の肉体復帰の誓約取り付け。
そして何より、職務上の必要性から、その手術を甘んじて受け入れていた。


(ここの「掃除」は済んでいる。元々ウチの会社が一枚出資に噛んでる店だ。
簡易だが携帯防止の名目で、タキオン・レーザー盗聴の遮断スクリーンも仕込まれてる。で、本題に入るか?)

(手短に頼む。遮断スクリーンがあると感づいたら、連中はここがクロと踏むだろう。
「あっち」は化け物に随分食い荒らされ、運輸省と厚労省、経産省が必死になってるのは知ってるな)

(その必死になっているのに、防衛軍も仲間入りだ。
想定範疇だが、ボラーの派遣技師団は、契約違反スレスレで情報を送っている。後は…)

(成程な、穏やかじゃねえ)


そう。そして今の彼等は、表面上は酒をたしなみ、
肴をつつきながら他愛のない会話を楽しんでいるように見えるが、実際の所は仕込まれた電脳。

それを用いた、近距離用の暗号化された、極超短波のタキオン通信で会話を行っている。

この居酒屋が、店内での雰囲気を保つためと、携帯端末の使用を禁止してるのは、営業上の問題だけではない。
防諜の必要性から、フィルの同業者である店主が、随所に簡易通信妨害システムを仕込んでいるからでもある。


一見気安い店構えながら、中身はなかなか剣呑なこの店舗であるが
、ニコとフィルの「会話」の内容は、最早剣呑と言うレベルを通り越していた。


(中央の統制は、流石というかよく効いている。とはいえ油断はできない。
あちらさんの地方軍閥。その一部が割り当てを増やせ、これは「対等」ではないと、火種をつけ始めた)

(田舎強盗らしい手口だ。もう一度「あちら側」に戻り、タイタンのボラー関係者をそれとなく監視を強化しておくべきだな)

(こちらは俺を含め、一応複数の「業者」が網を張ってる。向こう側の「協力者」も、数は順調に増えてる。
酷えもんだが、未だに連中は異次元銀河衝突の混乱から回復しきっていない。
生活に困窮した人間は、扱いやすいもんさ。金が続く限りはな)


フィルの言葉は、概ね事実であった。ボラー連邦という深手を負った大国の集約とも言える。

ボラー連邦は確かに、独裁的な指導者による一極集中から、
高級官僚集団による寡頭政治。それへ急速に移行し、国体を纏め上げた。

彼らの指導層のかなりは、ガルマン・ガミラスとの大戦で現実を知った人間であり、現在は雌伏の時だと、物事を心得ている。

しかし誰もが賢明になれるわけではない。

一極集中と寡頭政治の違いこそあれ、かの大国は地方への統制が、元々行き届いていない部分が存在していた。
現在の一応の安定も、存在意義の希薄な地方星系。そこへのリソースと統制を意図的に削減することで、実現している。


(掻き集めたデータパックは、そっちの電脳と即時焼夷機能付のメモリーに転送しておく。
向こう側の連中の尻に、少し火を付けた方が良い。
こちらの膨らんだ財布を、そろそろ欲しがる連中が出てきた、と)

(…本当にろくでもないデータばかりだな。
暗号通信で飛ばすにしても危険すぎる。本庁に戻った上で、またあちら側へ逆戻り、か)

(同情はするぜ。経費の支払いは降りるのか?
金さえ払い続けるなら、こっちは少なくとも仕事は続ける。うちは表も裏も信頼第一なんでな)

(その点は心配しなくて良い。というより、恐らく経費拡大とセットで「受注」も増える。頼むぞ)

(俺ぁ本業の輸入雑貨経営者の方が、性分に合ってるんだがね…)


そのデータの内容は、本当に面倒なものであった。

古今東西、強大な軍事力と広大な領土を抱えながら、中央の統制。
法制化された地方分権が不十分な国家は、必ず地方に軍閥を抱える。

そしてボラー連邦は、間の悪いことに二重銀河衝突に際して、未だに強力な軍事力のかなりが、あちこちへ物理的に分散された。

それは防衛軍にとって、ある意味では負担の軽減となったが、こう言った事態。中央の統制が行き届かず、地方軍閥が暴走。
ボラー連邦という軛から逃れることは出来ずとも、独自に海賊行為などを支援。国体そのものは知らぬ存ぜぬを悪用。

中央政府とて、それに対して遺憾の意を表明はするだろうが、まともな対応を打つかは、期待はできない。
下手をすれば、切り捨て可能な花火として、これ幸いと放置しかねない。

それだけの軍事力が、随所で動き始めているということが、
公開文書から非公式なヒューミントに到るまで、彼らの集めた結論であった。


(古代中将。あんたの遵法意識と紳士さ加減にゃ感服するが、ちとまずいかもしれん…)

(あの日系人の、クレイジーマフィアキラーがか?どんな御仁かと思っていたがな)

(確かに噂通りではある。正面切った戦なら、手段を問わず必ず勝利するような男だ。
キレたら手の付けようがないのも確かだ。
しかしな、一線を越えるまでは遵法意識が強すぎる。こういった荒事未満平時以上には不向きな男だよ)

(それを何とかするのが、俺達の商売…か。まあ、外務の特務も動いてるそうだがね)

(聞いてるよ。一応は交渉目的だが、下手をするとこっちより手荒い手に出る準備も、怠りはないらしい)


 互いに表面上は雑談、商談絡みの愚痴を楽しみ、
幾度目かの注文を終え、そろそろ勘定の上で出るかという段になった時。ふとフィルが尋ねた。



「ところで結局、ローマンの奴はどうなったんだ?」
「マロリーにウェブカジノのアカウントを全部潰され、実質社長交代に近い形で、
 今じゃ配車統括でこき使われてる。酒も煙草も御法度さ」
「女は怖いねぇ、惚れた女房への弱みとは言え」
「ま、アカウント潰しは俺も手伝ったんだがね。
 こっちも借財支払いにゃ二枚、三枚噛んでる。ついでに奴の秘蔵のワイン全部を分捕ったのも俺さ」
「お前、本当に一歩踏み越えると容赦ねえな」


ローマン・ベリックとはニコの数少ない係累、従兄弟の一人である。
気のいい肥満体の男で、ニコとの仲も良く、実質兄弟のような関係でもある。

さりながら、賭博に関する浪費癖が酷く、今やプロキオン方面の植民惑星。
そこで小規模ながら、それなりの社屋を構えるタクシー会社の事業主になっても、悪癖が抜けないでいた。

実際の所、彼のこさえた借財は相当に危険な額であり、妻のマロリーが堅実な経営路線で築いた利潤。
そしてニコの使い道のない、高額な俸給の蓄財がなければ、店を畳まざるをえない危険性さえ孕んでいた。

結果として、怒れる従兄弟と妻に殴り込まれ、ありとあらゆる浪費手段を。
ニコの公的権限さえ使って剥奪し、今は馬車馬のように、マロリーにケツを蹴飛ばされながら働き続ける羽目に陥っている。


「笑えるぜ?ローマン・ベリック・エンタープライズの社長御自らが、ハイヤーを飛ばしてやがんだ。
そのほうが株価が上がってるあたり、尚更笑えるがな」
「傍から見ても、経営してるのは女房って誰もが知っていたわけか。投資するなら、賭博莫迦より鬼女房がマシだな」


この時ばかりは本当に、雑談を楽しみゲラゲラと下品に爆笑する二人であった。

逆に言えば、その様な形で、仕事絡みのプレッシャーを幾らかでも発散しなければ、
彼等も人間である以上、自分が長持ちしないことを熟知していた。

如何に一部に電脳を仕込み、荒事を含む情報収集の場数を、
数え切れないほど踏んできたとは言え、一大恒星国家。

その一部なりとはいえ、暴走の危険性というのは、それだけの心理的圧迫を、二人の中年男に与えていた。


彼等は忘れていなかった。二二〇五年の太陽異常暴走に際して、
ボラー連邦軍が、地球防衛軍探査艦隊へ半ば一方的な攻撃を仕掛けたことを。

そして同時に太陽系へ、ゼスバーテ級機動要塞を含む大艦隊で踏み込み、
懸命な防衛艦隊の応戦にも関わらず、総計百万以上の人命を奪ったことを。

ブラックホール砲という大量破壊兵器さえ用い、太陽系の一部に航行禁止宙域さえ作りだしたことを。

ニコがローマンを数少ない係累と称したのは、
彼もこの戦役に於いて、多くの家族、係累を失っているからに他ならなかった。

フィルがこのようにリスキーな仕事を引き受けているのも、自慢とまではいかないが、それなりに愛していた妻子を、
この戦役で、月面軌道上の都市コロニー諸共、跡形もなく蒸発するという形で、失ったが故であった。

ある意味で、今の仕事に熱中しているのは、代償行為とも言える。


彼等は共に、ボラーの手によって、愛すべきもの。血の繋がったものを、余りに多く失いすぎた。そんな男達でもあった。





「とある異世界の盗掘者達・宇宙戦艦ヤマト2229/マブラヴオルタネイティヴ 第9話」





バーナード星系近隣、非武装指定周辺、2228年11月12日:第七機動艦隊


そして高等情報庁、外務省、あるいは内務省の特務。
そういったグレーゾーンの交渉や情報収集を行う男達ばかりが、忙しく立ち働いていたわけではない。

ボラー連邦を最大の仮想敵国と想定し、現在でこそ一時的に装備拡充に抑制がかかっているとは言え、
長年、各種情報収集と正面戦力・後方支援能力強化に務めた防衛軍。

そして、直接的な軍事力ではないが、
有事やその直前に於いては、民間航路護衛の主役であり、商船団の盾となる軌道保安庁。

それら実働部隊も、各官公庁からの情報支援のみならず、自らもハード・ソフト双方からの情報収集に務め続けた。
今も、そういった行動を象徴するかのような情景が、バーナード星系。その外縁にて展開されている。


「臨検対象の状況は、如何でしたか」
『やはり、製造年月日や製造区画。
 そういった公的記録は丹念に削られていますが、ボラーチウム利用の波動エンジン搭載艦です。
 今の段階で、即断は出来ませんが、既に乗員への尋問は初めています』


そう。地球人類にとっては、懐かしくも忌まわしい、ガトランティスの大型駆逐艦が複数。
元は損傷していたであろうそれらを、様々な遺棄品。

そしてボラー関係と覚しき技術が見られる、兵装や電子装備で改修した「武装不審船舶」。
つまり海賊船が、防衛艦隊の巡洋艦、駆逐艦の筒先を背景に、
パールホワイトとダークブルーで塗装された、軌道保安庁の巡視艦艇に接舷。臨検を受けている姿があった。

その周辺には、万が一にも抵抗を示した場合に備え、F-2214系列の戦術航宙機の1個中隊が、完全武装で哨戒している。


「宜しく願います。権限が異なるとはいえ、あなた方だけを危険にさらすようで、恐縮です」
『何、これが本業ですから。
 それに防衛軍の戦闘艦、艦上機の支援が受けられるだけで、随分楽をさせてもらっています』


メインディスプレイにて、練れた敬礼を寄越してきた、軌道保安庁の巡視警備部隊指揮官。
彼に丁寧に答礼すると、第七機動艦隊司令は、額に指を当てた。

そう。この方面の航路を防備する軌道護衛艦隊。それだけでは足りず、当方面の機動予備。戦略単位の一つ。
機動艦隊さえ出動しなければならない事態。それそのものが問題であった。艦隊司令の頭痛の種となっているのは-


「他の戦隊、航空隊から何か報告はないか」


一応、自らも戦闘指揮所の情報パネル。データリンクシステムなどで、概況は目を通している。
しかし、彼は自分一人の判断のみで、全てを進める事を余り好まない質だった。


「第三五戦隊が、保安庁艦艇と共に不審船舶のワープ航行の痕跡を、捉えております。
 既に近隣の第一一宙雷戦隊と共に、探査を開始」
「空母『室蘭』の653SQより入電。DMZ近隣にボラー連邦所属と覚しき、情報収集船確認。現在、警告打電中」

「保安庁自動哨戒艦『オリンポス』、高濃度のボラーチウム並びにタキオン粒子。遠距離にて検出。
 巡視船『ゆうなぎ』『ハリケーン』、急行中。近隣の第七二戦隊より支援出撃許可申請あり」
「直ちに許可する。ここまで露骨とは…連中の中央に抗議しても、暖簾に腕押しなのだろうが」


旗艦たる重装甲空母「千早」。「飛龍」型空母七番艦に司令部を構える、
高木完中将は逐一指揮を飛ばしつつ、状況の再整理を丹念に行なっていた。

この宙域が、ボラー連邦の勢力圏と隣接していることから、
不審船舶が多数確認され、時には検挙されること。それは日常茶飯事である。

だが、今回は規模が違った。保安庁バーナード星系第三、第五管区。そして防衛軍第一四軌道護衛艦隊。

平時ならば過剰とさえ思われる、合計二〇〇隻以上の軍艦、警備艦。
そしてそれらを操り、この方面の国境警備に、長く従事してきた将兵達。

それをもってしても手に余るほど、多数の武装不審船舶のニアミス。
民間船舶への恫喝。非武装でこそあるが、高度な電子装備を有する情報収集船。

これらが大量に、ショートワープを挟みながら、出現し始めたのだ。


「参謀長。連中、これで済ませると思うか」
「現状を維持するのであれば、これ以上。我が方の航路へ深入りはしないでしょう。一種の消耗戦ですね」


高木より一回りほど歳若い。ガトランティス戦役の後方勤務が初陣であったという、
ヘレーナ・シュニッツラー少将は、温顔は崩していないが、声音に躊躇はなかった。

彼女は機動部隊参謀長らしく、コスモタイガードライバーの出身であり、
今は予備役となった戦闘空母「日向」の艦長を務めたこともあった。


「あちらの本隊。ボラー連邦、リェータ星系軍は動かないでしょう。
 但し、この近隣の海賊組織を手足として、こちらの消耗を図り…」
「警備体制が仮に緩んだ場合、何らかの軍事的行動に出る準備も怠りない、か。
 この方面に、軍民共用の根拠地が多数整備されたのが、御の字だったな」
「依然として、ここは発展途上の星系ですからね。
 なればこそ、連中も何がしかの恫喝が、効果を発揮すると見たのでしょう」


違いあるまいと高木は返事を寄越すと、私物のマンデリンコーヒー-無論、再生品であり、指揮所全員にも振舞っている-を、一口啜った。

彼が部下に不安を与えぬよう、内心のいら立ちを沈静化させるときの、無意識の癖であった。
堂に入った典雅な飲み方であり、高木の一見とぼけた外見と相まって、不思議と部下から黙認されている。


「今は第一種警戒態勢を維持してくれ。まだ、戦闘態勢に入るわけにはいかん。
 連中、恐らくだが高度警戒態勢を維持させ、消耗させる捨駒だ」
「一四護艦、保安庁共に同様のようです。流石に心得ていますね」
「寧ろ、ここでは我々が新参者だ。彼らの流儀を乱すわけにもいかん、
 今は機動艦隊ならではの、展開能力と情報収集。支援に徹しよう」


(こちらからは、打って出るわけにはいかんのが辛いな)


今更口にするまでもない、多くの一線部隊将兵。あるいは保安庁職員が感じている苛立ちを、高木は内心で呟いた。

極論してしまえば、目前の情報収集船や武装不審船舶。
これらを防衛軍二個艦隊。軌道保安庁二個管区艦船部隊。そしてバーナード方面の機動予備総力。

総計すれば五〇〇隻に渡る機動戦力を持って駆逐。
更には、その本隊であろうボラー連邦リェータ方面軍。これを叩くのは容易い。

防衛軍、保安庁共に、限られた予算の中から、ハードウェアとソフトウェアを営々と蓄積し続けており、
一地方軍程度を片付けるのは、さして難事ではない。しかし-


(我々にここで、再度総力戦の引き金を絞ることなど、誰も許されていない。
隷下将兵一一〇〇〇名、艦艇八〇隻には酷な任務だが、耐えるしかない)


それこそボラー連邦。

単位あたりの軍事技術、民生技術、経済効率こそ我が方に劣るとはいえ、総体では数倍以上の国力を有する、銀河の大国。
彼らに開戦を「決心」させる、格好の口実となる。
恐らく、この地方軍の暴走に近い行動も、知悉しながら、明確な命令を出さず、放置黙認といったところだろう。故に-


「私が最後に乗った戦闘機は、コスモタイガーⅡだったが…そうだ、ピーンと来た。
 今の『烈風』『ミストラル』系列を、一つ自分で飛ばしてみるかなあ。連中、驚くぞ?」
「寧ろ我々の心臓に悪いのでやめてください。司令、年寄りの冷や水って御存知ですか?」
「割と酷いことをいうな、君たちは!?」


あえて放言じみた言葉で、場を和ませることにした。

元は航空学校、防衛軍高等教育課程の教頭等を務めた彼からすると、
部下たちは何処か、生徒に見えてしまうこともある。

無論、娑婆の学生ほど奔放にさせるわけにもいかないが、「主任教官」がカリカリしていては、
「学生」「生徒」も辟易するだけだと考え、部下もその意を汲んでくれたことを、彼は素直に感謝した。

バーナード星系方面軍並びに軌道保安庁管区は、その後およそ五ヶ月ほど、こういった地道な苦難に耐えることとなる。


そして、異世界に展開している彼らの同業者も、漫然と事態を放置していたわけではない。




*1998年11月16日、異世界、タイタン根拠地司令部区画


「この暗号通信。その内容は穏当とは言い切れませんな」

現在、防衛軍司令部に出頭している古代に代わり、第35哨戒艦隊の指揮を預かる参謀長。
南部康夫少将は押さえた、しかし怒りを隠し切れていない声音で、目前に並んだボラー連邦出向のエンジニア・作業員達に問いかけた。

今、艦隊司令部は、突貫作業で完成させたタイタン軌道上根拠地。
その居住区画内の重装甲ブロックに、居を構えている。

この司令公室も、二日前に完成したばかりであり、未だに建材や装甲素材、塗装の匂いが新しい。


「我々は、あの地球によく似た惑星。
 そこで発生したとされる重力異常を、只、観測しただけなのです。一体、何か問題が…」


しかし先方も、おいそれと非を認めるつもりもないらしい。
出向派遣チームの責任者を務める、人類年齢で言えば五十代後半に見える。
壮年の統括技術主任も、何のことやらといった表情を浮かべた。


(まあ、それが当然の反応だろうな)


空間騎兵一個分隊に「護衛」され、司令公室まで「案内」された彼らを見て、南部は内心で嘆息した。

元々が、ボラー連邦を不用意に阻害し、いたずらに刺激してしまうよりは。
そういった懐柔策から、彼らを異世界へ受け入れたのだ。
こう言った事態は、何時か起きると予見されてしかるべきである。南部本人も、何かしでかすだろうとは予測していた。

現実問題として、実際にやらかされると、これほど面倒で腹立たしいというのは、久方ぶりであったが。


「異世界の観測自体は、我々も咎めるつもりはありません。
 あなた方の、優れた先進型観測衛星。その技術関連の公表にも感謝しています。しかし」


南部はあえてハードコピーに印刷された、その先進型観測衛星。
防衛軍の基準で言えば、80m級根拠地警備艇にも匹敵する、大型衛星。

それが発した通信内容。艦隊司令部通信班、各艦の通信分隊が常時傍受。
解読に精を傾けているタキオン通信を、デスクの上に差し置いた。


「『かの世界における重力兵器の存在。そして、それへの対処による地球側リソース増減の推移』。
 興味深く拝見しましたよ?多重暗号ではなく、無数の平文に紛れ込ませるところも含めて」


流石に鉄面皮を通してきた、統括技術主任の顔に、僅かだが罅が入った。
それは彼が、中央政府と出身星系。双方より、内密に拝命していた行為であった。

一服されますか。

意外なことに、ボラー人の嗜好にかなり合致し、復刻品が大量輸出されている、嘗てハバナで量産されていた葉巻。
それを模した複製品を、彼らの方へ滑らせると、南部自身は遠慮なく火をつけ始めた。


「それで、我々をどうされるおつもりか?処罰があるとすれば、合法的に願いたいものですな」
「今の段階では、別段何も」


流石は南部重工業公団の令息にして、時には腹芸も必要とされる、防衛軍高級将校というべきか。

年を経ても痩身を維持している、南部の態度は至極自然なものであった。
先程までの怒りを綺麗にしまいこみ、ゆっくりと紫煙を漂わせている。


「しかし、継続されるようであれば、考えねばなりませんな。
 まあ、今回の一件は双方の関係各位。そこへ伝達して終いでしょう」
「慎重ですな。私をこの場で、防諜違反の嫌疑で拘束することでも出来るでしょう」
「それはまあ、そうなんですがねえ」


まだ多分に焼け残っている葉巻を、フィルターまで灰皿に押し付け、
消してしまうと、南部は表情の消えた顔立ちで向き合った。


「面倒なのですよ。ここであなた方の、見え透いた手に引っかかるのもね。
 まあ、今まで通りやってくださって結構。但し、常に見られている。それはお忘れなく」
「…心得ておきましょう」


健全とは言いがたい会談が終わると、
ボラー連邦より出向してきた男達は、やはり空間騎兵に「護衛」されながら、場を辞した。

南部は一度ふっと息を抜くと、おもむろに葉巻を執務机にしまいこみ、
防衛軍一種制服のポケットより、これまた復刻版の紙巻。「ハイライト」を取り出した。

安煙草の類に入るものであり、南部の懐具合を考えれば、余程質のよい煙草など、いくらでも買える。

しかしながら、こういった一旦気分を諌めるとき。
落ち着かせるときは、嘗てかの戦艦の砲術長を務めていた当時、愛飲していたこの銘柄が、一番合っていた。



「さて、色々と報告を聞きたいのだがね。商談の結果はどうだった」


すと、影のように入ってきた、ベテランのスパイマスターを相手に、
南部は先程までの演技じみた態度を捨てた。些かあけすけな、くだけた口調で問いかけた。


「ヒューミントチームの連中は、少しは仕事をしておりましたか?」
「まずまずだな。こちらの通信分隊だけでは、ああも仔細には情報は入らなかった。
 その点は礼を言う。それで、君の持ち帰った『商談』が今は要だ」


殆ど入れ替わりで入ってきたニコ・ベリックに対し、南部は硝酸で容易に処分できる、特殊用紙に記された報告書数枚。

高等情報庁の担当官たちが、防衛軍の意向を受けて調べ上げた、
ボラー連邦出向団の動向報告に目を通すと、まだ多少甘いですなと、苦笑した。


「表立った恫喝は未発ですが、現地チームとの連絡が幾つか途絶。
 その際、私も現地入りして纏めた限りでは、独走と黙認ですね」
「こちらと同じく、か?」
「ええ。悪しき意味で現場の裁量を、拡大していますよ。
 地方の『見捨てられた』星系の方面軍。そして地方自治官僚団。彼らの独走を故意に黙認、こちらの消耗を誘う」
「そしてあわよくば、か…成程。慥かにこれは、下手な艦隊決戦や通商破壊より、始末に終えん」


ニコが程良く磨き上げられた革靴。
その踵部に仕込まれたデータスリット。電脳からの指示による焼却の他、緊急時は踏みつぶして隠蔽が図れる部位。

そこから取り出した情報媒体を、南部は受け取り、
自らの執務机が閉回線となっていること。盗聴関連のセンサーの動作状態を確認した。


「君自らが、緊急で出向いたのも、確かにこれでは無理も無いな」


南部のデスク。そのディスプレイには、久方ぶりにボラー連邦の現地カバーハウス。そこへ足を運び入れたニコ、フィル。

そして彼らが「雇用」している、上は中級官吏から下は情報屋崩れの失業者まで。
現地人「スタッフ」の掻き集めた情報が、表示されていた。


「リェータ星系のみならず、最低五箇所で地方軍と自治政権による、独走の恐れあり、か。
 プロトンミサイルは、流石に中央が抑えているのが、救いといえば救いかな」
「G型恒星系一つを、一年間で滅ぼせるミサイルですからね。
 それは抜かり無いようで、逆に言ってしまいますと」
「それ以外の兵器を間接的に。具体的には海賊組織へ根拠地ごと、
 隠密に供与して、こちらへ揺さぶりをかけることは、完全に黙認状態、か」


『海賊』といえば、随分と古い響の言葉であるが、それは人類が恒星間を跨いで生活するようになっても、消えてはいない。

無論、映画や小説媒体に出てくる、ロマンや力強さ。
仁義などを持ち合わせた、一種の「冒険家」じみた大人しい連中ではない。


「大規模恒星系殖民複数。
 そして小規模恒星系や資源惑星多数の領有と交易。その暗部、か。同じ手を使えればね」
「こういう行為は、財布が膨らんだ相手だから有効です。
 喪うものが乏しい連中には、さしたる影響はないでしょう」
「切り捨てられた地方、失敗した植民者。どちらも同病相哀れむ。
 嫌になるほど理屈通りだ。千日手だが諦めるわけにもいかないところが、彼らの最大の強みだろう」


そう。その『海賊』の大多数は、元は恒星間殖民時代の流れに乗ろうとした、
民間軍事会社や新興流通業者、一発屋と呼ばれる連中であった。

恒星間殖民に関して、連邦政府は積極的な支援を行っているが、誰もが成功するわけではない。

中には、当初より違法、脱法行為を目論んだ事業主もそれなりに存在し、
それらは連邦政府財務省国税局、裁判所、自治警察組織。

時としては防衛軍や軌道保安庁による、厳重な取締りを受け、
事実上の倒産に追い込まれ、多数の失業者を出すこともあった。

当然、そういった連中への再雇用など、そうはない。
食い詰め者が徒党を組んで、暴力に走るのに時間はかからず、仮想敵国はそれに武器とねぐらを渡したのだ。



「但し、我々も無為無策というわけではありません。
 今回の情報収集案件のあり方の見直し。それにより、黒に近い地方星系。
 そこの有力軍人や官吏、もしくは限られた中央からの出向者。そういった連中の、脛の傷を押さえてはおります」

「恐らくは秘に該当するのだろうが、既に君達の上。外務省。そして内閣は、それらを使った揺さぶりをかけ始めた、か」
「当たらずとも遠からずで、ご勘弁願えれば幸いです」


南部自身は、そういった行為に対して特に、正邪の区別をつけるつもりはない。
しかし、地方の場末とはいえ、高級官僚や軍人多数へ、匕首を突きつけた。

この、今はどうとでも取れる表情を浮かべた、スラヴ系のベテランスパイマスターに、内心で驚嘆せざるを得なかった。

何しろボラー連邦は、国体全体の統制と治安を回復するため。
そして中央の意向を通すためとはいえ、腐敗、失敗には極端な減点主義で臨んでいる。

最悪の場合は粛清により「最初からいなかった」ことにもされる。
そういった内情を考えれば、かなり有効な置き土産とは言える。


「あの出向団の連中も、君らがグレーと踏んだ星系出身者が多いな…概況は理解した。
 しかし、心理作戦のみで、彼らはおとなしくなるだろうか」
「オフレコで願いますが、政府はコーランに従うようです。
 当面、バーナード方面の民生品輸出。これに関して、ある程度先方の関税上昇を認めること。
 その上で、彼らが後手に回っている民需品を、ある程度の製造技術と共に交易対象とする。まあ、二世代遅れたものですが」

「機動要塞や戦略ミサイルは作れても、洗濯機や乗用車は輸入だよりの連中だ。
 それなりの餞だろう。そしてコーランでいう、剣はどうなるのかな」


どうしても「剣」の切っ先たらざるを得ない南部としては、その点も気がかりではあった。

仮に、万が一であるが、ボラー連邦と紛争レベルでも、
戦端が開かれた場合、防衛軍はBETAと異星人という、複数の戦線を抱えることになる。

今の防衛軍は、往時の脆弱な。あるいは沿岸・本土防衛のみに限定されていた当時と、
大きく様変したが、有事に至る可能性は、出来れば避けたい。

そして、その南部の思念には反するように、政府の取った反応は、かなり迅速かつ苛烈なものであった。


「現内閣と連邦政府。そしてガルマン・ガミラス政府。これらが非公式ですが、彼らに対して通告を、先日行っております。
仮に今後、今までのような国際公法違反の行為を幇助し続けた場合、我々は有事を辞さない段階の、交渉に至るだろう、と」
「…新造艦艇や戦術艦上機の整備はともかく、後方設備や訓練予算。
 兵站物資蓄積に関して、予算がつかなかったら、危ない橋だったな」

「後は個人的な伝言です、古代中将からですが。二ヶ月ほど留守にせざるを得ない、暫く頼む、とのことです」
「だろうな。まあ、理由は色々と察しはつくさ」


古代進という人物は、ある意味でその個人が、ボラー連邦にとっての戦略兵器。そういって差支えのない存在だ。
嘗て、戦艦「ヤマト」を率いて彼らに痛打を与え続け、
ガルマン・ガミラスとの国交を開き、事実上のボラー包囲網を形成した男。

銀河恒星系で、現在でも最大の国力を誇る、ガミラス元首と個人的な親交が、非常に深いことで著名な人物。
そして何より、豊富な実戦経験と人脈により、
海賊対処と将兵教育双方で、嘗ての土方提督に近い、高い人望を得ている将帥。

現状ではある意味、最も必要とされるべき人材であろう。


「その上でのボラー連邦の反応はどうだろうか。
 彼らとて、大国ゆえの挟持と、図体の大きさによる柔軟性の欠如があると思うが」
「既に混乱の兆しは出ています。仔細はまだ秘ですが、彼らの中央も我々とガミラス。双方の合同戦線。
その影に怯え始めているようです。まあ、其の様に仕向けるのが、我々の仕事でもあります」
「成程な」


練達の砲術将校にして、臨時艦隊指揮官は安煙草を一息で、
残りをフィルタ近くまで吸い込むと、灰皿に放り、再度向き合った。


「その上で君達。そして政府は何を望んでいるかな?」
「軍事力以外のリソースは、可能なかぎり迅速に回す。
 それを用いて三ヶ月以内に、コスモナイト採掘を、現況の経済に対応できるレベルへ引き上げていただきたい、と」
「穏やかな好景気はさして長く続かない。
 どのように出るにしても、今の内に資源地帯拡大と経済流通を何としても、か」


まるで俺達の直系の先祖が、250年前に考えたようなパターンだな。

南部康夫少将は、一瞬だけ苦笑を浮かべた。しかし、その発想の妥当性までは、否定できるものではなかった。

有事に備えるにしろ、ボラーとの協商関係を深め、
搦手で穏便に済ませるにしろ、まず必要なのは好調な経済。それの生み出す金である。

それは単純な税収の増大に限らず、軍需、民需双方における技術的将来投資。治安、福祉、教育などへの予算交付。

諸々の国家機能を充実させ、長いスパンで見て地球連邦を、
赤字国債増発の殖民星系国家から、金の卵を生むシステムへ、幾らかでも作り替えるということだ。


「心得た。こちらで、BETAにこの世界の人間が対抗するために、求められているもの。それも含め、二日で結論を出す」
「早いですな。私もこちらの防諜を、若干締め付ける必要がありますから。丁度良い時期です」



その言葉を契機に、二人の男は各々の部署へと、足早にその身を運んだ。
ニコライ・ベリックは、この方面のヒューミントと防諜部門。その再整理と統括へ。


そして、南部康夫少将は、この方面の戦隊司令、艦隊司令部、根拠地各部門責任者。それだけではなく、採掘関連企業担当者。

そういった面々を、官民を問わずに一斉に応召をかけた。
その中には、この場に足を運ぶことは出来ずとも、タキオン通信で参加した外務と経産省。

つまりバーンズ政策調整官と、ギュンター外務代表の二人も含まれている。彼らは彼らで、地球上での交渉に忙殺されていた。



「これから述べることが、極めて理不尽かつ横暴であると、最初に断っておく」


最近ではなりを潜めた、若い頃は実は、古代と同等以上に血の気の多い男だった。
それを感じさせる、精気に溢れた声音で、南部は以下の如く、令達した。

曰く。

コスモナイト鉱床採掘、流通計画は最低で倍のペースまで繰り上げる。
地球現地側が必要としている、銃弾から医薬品に至る全て。
それを多少強引でも、製造設備の稼働を半月は前倒しで、実行する。

そして、その為に必要なハードウェア、ソフトウェア、
権限、権能は全て、万難を排して。この際、自分の実家さえこき使い、揃えると。


「それでは、余りに危険に過ぎます。
 司令、貴方も大規模兵站の繰り上げが、どれほどのリスクを伴うか。御存知ですな?」
「承知の上です。しかしそこまでしてでも、
 我々は祖国の経済を回転させる資源と金銭。そして安全を稼がねばなりません」


真っ先に難色を示した、プロノホウ予備役中佐に対して、
南部はベテランのロードマスターへの敬意を忘れず、しかし断固とした口調で応じた。


「今は地方軍の暴走で収まっている『かもしれない』状況です。
 しかし、彼らが、残念な行為に走ってしまったことを、ここで知らせねばなりますまい」
『…本省経由で通達は来ていましたが、
 これは一度。そちらへ時間を作って戻り、彼らと正式に対談する必要がありますね』
『こちらが大都市一つを吹っ飛ばされて、誰も彼もが尚更殺気立っているときに、なんとも面倒なことですな』


無論、外務や経産省も、内閣直属の情報分析セクション。
高等情報庁。そして、各官公庁が自前で有している、地道な情報収集組織。

それらを経由して、ボラーの内情と近日の行動の過激化。

及び、それに関わる一連の事象を、かなり高いレベルで知悉していた。本省に「異世界鎮守府」(俗称)経由で、
警告をそれとなく報告したことも、一度や二度ではなかった。
彼らとて、異世界人のみに神経を取られていたわけではない。

とはいえ、この異世界でも世界有数の大都市。それが百万単位の人命と共に消失。


「異世界からの援軍は何をやっていた」
「結局は、BETAと昵懇の侵略者なのではないか」
「本気で条約内容を履行する意思があるのか」


そういった、半ばは感情論とはいえ、ある意味では当然の抗議に相対して、
それでも何とか。この世界が自立しうるロードマップ。

苦労しながらそれを模索し、実行しつつある最中に、田舎強盗じみた火遊びをされては、たまったものではない。
疲労の蓄積した顔に、嫌悪感が露骨ににじみ出ていた。


「根元から原因を沈静化させる。それをやらないことには、彼らは繰り返すでしょう。
 なればこそ、職権が異なるのは承知しておりますが-」
『二日、ですな?』
『何とかしてみましょう。こちらも漫然と遊んでいたわけではない』


それだけに、これ以上の面倒事を抱え込まされてはたまったものではない、
二人の異なる官公庁の出向責任者。その反応は早かった。

後に南部すら驚愕することになるのだが、彼らは彼らで、その暗中模索の過程で、危険を犯して相当な情報を収集していた。

無論、集めた情報を死蔵などはせずに、既に各地へ降下させた資源、コンテナ、
産業プラントモジュール。その稼働繰り上げに関して、素案も半ば作り上げていたのだ。

シャルバートという、極めて微妙な外交と経済の感覚が必要とされる、
宇宙の火薬庫での経済、外交権限に責任を任されたのは、幸いにして伊達ではなかったのだ。



「少将。いえ、この際です。あえて若社長と申しましょう。
 たしかに今回のJV(合同事業)の音頭を取っているのは、ウチやGEなど、日系、北米系企業です」


南部を、それこそ防衛軍に入隊する前から知っている。彼の実家でもある南部重工業(数年前に公団から民営化)。

本社より派遣されてきた、如何にも技術畑といった感じの、
初老の役職者-本社技術部二課長-が、声音は難しそうな。しかし目元には、幾らか面白そうな色を浮かべ、尋ねた。


「しかし、JVとはいえ他の企業さんにも都合はあります。
 最早、御上の命令一つで。いえ、命令で動くからこそ、明確な法的根拠が欲しい」
「大村さん。私の上官が誰だか、お忘れじゃないですか?」


南部もそれにあわせ、人の悪い笑みを浮かべた。
無論、彼は彼とて、最早軍人としてのみだけではなく、一種、企業人としても頭を回転させ。
このリスキーなJVに乗り合わせた企業が、腰が引けないだけの利潤。

そして、万が一に際して、政府が泥をかぶる手順は、考えてはいたが-


「高等法務将校資格を有する上官というのは、こういう時にこそ、こき使うべきなのですよ」
「古代中将もお気の毒に…」





「--------!?」
「おい、どうした古代?」


南部の想像通り。デスラー総統との個人的関係をフル活用し、
時に外交関連の支援業務に従事し、今は、不承不承現役復帰した戦友。

島大介予備少将と、大量の予備役艦艇と自動艦艇。
それらを再編して新編された、軌道護衛艦隊の訓練指導に当たっていた古代進中将。

彼は、その時になにか猛烈に、嫌な悪寒が背筋を走ったと、後々に述べている。


「いや…何でもない。多少、年を食って体力が落ちただけだろう」
「まあな。まさか俺まで現役に呼び戻されるとはね、こういうのはもう、若い奴らの仕事と思っていたが」


妻子以外に身寄りのない古代と異なり、年老いた両親。その介護。

そして何より、年金だけでは不十分であろう、彼らの生活資金を稼ぐべく、
島は将来を嘱望された大佐という立場で予備役依願編入を経ていた。

無論、防衛軍中堅以上の将校の俸給は、けして安いものではない。
彼のように、宇宙戦艦の航海長から軍歴を始め、護送船団指揮官さえ幾度も務めた男ならば、特に。

しかし、そういう有能かつ経験豊富な人物には、
更なる厚遇を準備してヘッドハンティングを行うのが、この時代の大手流通業の常であった。

何しろ、後の歴史家から「銀河大航海時代」と言われるほど、
この時代の人類は、宇宙へと文字通り、手段を問わずに溢れでていた。

そういった状況の中で、往復八十万光年の航海さえこなした、ベテランの航海科将校に対し、
役員待遇に等しい船団長のポストを用意するのは、当然であった。


「お陰で薄給の公僕勤務へ逆戻りだ。しかし、最近の若い航海は、俺の目から見ても多少怖いな」
「やはり引っかかるか?」
「訓練の幅を広げ、想定範囲内で柔軟に動けるようにしているのは、理解できる。
 しかし、何処かで緊張感が足りないのが、若手に目立つ。実戦経験者も随分、退役したからな」
「砲術、水雷、航空も同じだ。戦隊司令や艦長、分隊長クラスはまだしも、分隊士レベルになってくると、な」


これはある意味で、平和の恩恵。その対価とも言うべき状況であった。

今、地球連邦は軍以外の就職先は、先に述べたような犯罪者でもない限り、事欠かない。
別段、外宇宙進出に関わらずとも、内需自体も増大している。

そうなれば、どうしても軍へやってくる人材というのは、
質の低下が目立つのが、志願制国軍の古今東西の悩みであった。

故に、ガミラス戦役やガトランティス戦役などを経験した、古参の将校が現役、
予備役を問わず応召を受け、新設艦隊の訓練指導に当たる羽目になっているのだ。


「さて、そろそろ戦闘指揮所と艦橋へ戻るか。
 いい加減、艦隊司令も艦長も、肩の力が抜けてればいいんだが」
「今更ながらに、土方さんの苦労が思いやられるよ。親の心はなんとやら、だな」


二人の古参現役、予備役将校が、訓練指導に当たっている第18軌道護衛艦隊。
その旗艦たる主力戦艦「摂津」。

そして、彼女の隷下にある五〇隻の有人、無人艦艇は、乗員の有無を問わず、
実戦経験者ならではの、不定形な、しかし実際的な訓練指導。

加えて容赦のない考課で散々に絞られ、それからの半月を過ごすことになる
(本来なら一ヶ月は必要だが、予備役艦艇を中心とした新設艦隊が多すぎた)。



もっとも、彼が本当の意味での地獄を味わうのは、
南部が久々に冷静な砲術将校の顔をかなぐり捨て、本性を露にした結果。

その後始末に奔走する、これより二ヶ月後のことであった。
電子媒体化された報告を除外しても、異世界根拠地に復帰した自らのデスク。

そこに山積した、参謀長兼臨時指揮官までの決済は済んでいる、
後は正規指揮官と法務将校の決済待ちの書類を前に、古代は「何だあのでっかいもの…」と、流石に呆然としたという。



防衛軍が、軍拡を予備役艦艇と一部予備将兵の応召で抑えこみ、
辛うじて向上した練度をもって、ボラーのこれ以上の張遼は、何とか抑止し得たこと。

異世界より、時には事故による負傷者さえ出しながらも、
凄まじい勢いでレアメタル、レアアースが運びだされ、地球連邦という国体が体質改善を始めたこと。


そして何より、その「体質改善」により、更に増した国力に後押しされた自立支援に基づき、異世界の人類。

アメリカ合衆国、大日本帝国、欧州連合、中東連合、アフリカ連合、大東亜連合、そして国連。
彼らが援助を享受するだけではなく、ある程度の自立復旧を始め、
一年後の反撃作戦開始。そこまでこぎつけるに至るには、このような経緯が存在した。

二つの世界で、比較的戦線膠着。小康状態を保ったとはいえ、それを支えた男達にとっては、最も長い一年であった。



[24402] 外伝
Name: 七猫伍長◆bcb2db3e ID:b0e589f1
Date: 2011/03/10 14:24
異世界:1998年10月17日 2130時 大日本帝国群馬県旧椿東村近辺


「コード991、繰り返す。コード991。敵旅団規模悌団複数、我が複郭陣地正面三方向より、
 地中、陸上双方より侵攻兆候あり。即応戦術機部隊、直ちに出撃準備と為せ!」

何度聞いても不愉快なBETA襲来警報、コード991。

神経を直接ささくれだたせるような警報音と、原色のアラームランプが待機室を満たした瞬間。
あるものは将棋に興じ、あるものは読み古した新聞や雑誌に目を通し。

そして大部分は、簡易寝台代わりのソファーや畳の上で、仮眠をむさぼっていた衛士達は、
弾かれたように立ち上がり、罵声と共に愛機が収まっているハンガーへ、一斉に駆け出す。

この北関東・北陸複郭陣地は、幾重もの障害と永久火力陣地。

多重化された火点、機動経路で防護されているが、時として陣地のど真ん中に地中侵攻を、
その衝撃で小型種が死傷することさえ厭わずやってのけるBETA相手に、ぼんやりしている猶予はない。


「総員搭乗急げ、建制は事前の搭乗割りの通り!ぼやぼやするな!!」


第14師団直轄の増強戦術機甲連隊。その第2大隊第三中隊長を務める佐竹大尉も、その中の一人であった。

今となってはありふれた、大学繰り上げ卒業の予備役将校出身だが、
適正と幸運。そして本人の努力の蓄積により、今や23歳にして操縦865時間。
大型種BETA撃破数30以上を数える、歴戦の士官であった…というより、なってしまった。

正規将校。陸士を卒業し、あるいは下士官兵より予科へ進み、
士課程を修了した上で、実戦を経験した彼より熟練の衛士達は、大陸派兵や本土防衛戦の消耗。

あるいは部隊拡張に伴う基幹人員の必要性から、何処の部隊でもまばらになってしまっている。


(全く、かなわんよなあ…)


待機室より一息で駆けつけ、整備兵の助けを借りて愛機。
77式戦術歩行戦闘機「撃震」改善Ⅱ型へ乗り込み、外部整備機材と機体自己診断プログラム。
そのリンケージを網膜統制で確認しつつ、佐竹は内心でぼやいた。

童顔にわざと髭を濃く生やし、口調を多少荒々しいものとすることで、強面の中隊長、大尉を気取ってはいる。

しかし元来の彼は、理系学部から研究者となって徴兵・予備士官を逃れること勧められても、
幼少時代からの読書好きの延長で、首都圏の公立大学。その文学部へ在籍していた、物静かな本の虫だったのだ。

自分が選んだ道故、何れはこうなると覚悟していたとは言え、
今の自分が何故こんな事をしているのか。何処かで、そんなことを考えてしまう。


「ファイアフライ01より各位、機体状況確認急げ。
 各機、火付けの花火と狭間筒の確認は、兎に角入念に行え。第1、第2中隊は既に進発を開始。各小隊、状況報告」
「02、狭間筒、火器管制、機体共に異常なし」
「03、花火の結線点検よろし。異常暴発の危険性なし、機体状態オールグリーン」
「04、異常ありません。行けます」
「了解、了解!3中隊出動する、整備班、誘導よろしく願います!」


整備兵がゆっくりと振る誘導灯。そして、低空跳躍飛行のための、
航空用ほど長大ではない簡易舗装滑走路。そこに照らされたカンテラ。

何とも古風だが、築城に大部分の資材と発電を取られ、
世界大戦当時の航空隊もかくやと言わんばかりの、誘導手段が、宵闇の中で頼りなげに灯っている。


『アイアンシールド01よりファイアフライ。前衛はこっちで何とかする。
しかし大物狩りはそっちの領分だ。2日前の襲撃で戦車大隊が大分損耗しとる。気は抜くなよ』
「ファイアフライ了解、狙撃ならお任せを。
 魔弾の射手とはいきませんが、大目玉(重光線級)や蜘蛛助(要塞級)は何とかしますよ」
『期待しとるぞ、文学青年』


大隊長の須藤少佐からの、何時ものからかい口上に苦笑すると、須藤は一転表情を引き締め、隷下4個小隊16機。
本来の編成に比して意図的に増強された隷下中隊、簡易滑走路へ無事に進入を終えたことを確認。
緊張と興奮、目的意識、そして恐怖などが混交した感情を、押し殺した低い声で、出撃命令を短く下した。


「01より各位、出撃開始」


直後、FE79-FHI-17A。ロケット/ターボジェットハイブリッドエンジンが轟々と爆音を響かせ、同時に機体に強烈な加速を与える。
飛翔速度は既に150マイルを超えた。
だが、高度30mを越えることはしない。そんなことをすれば、途端に光線級や重光線級の、射的の的になってしまう。

射的を行うのは、こちらの役割なのだ。

後方監視レーダーを確認すれば、大多数の中隊所属の衛士も、
操縦時間300時間そこそことはいえ、流石に高々と自らの姿を晒しているものはいない。

部下に対して、余り五月蠅いことを言わない佐竹であったが、
その点についてだけは徹底し、時としては鉄拳制裁を加えてでも、訓練で叩き込んでいた。


(でなきゃぁ、こんな鈍器抱えて飛んでる意味がないよな。全く)


そう。彼の、そして彼等の撃震は何れも通常の機体と、搭載兵装が異なっていた。

たとえば、佐竹の機体が左右双方のマニュピレーター(人間で言うところの腕)で保持しているのは、
帝国軍お馴染みの八七式突撃砲や狙撃支援砲でも、七四式長刀でもない。

往時のチェコZB26機関銃や九九式軽機関銃を思わせる、
そしてそれを数十倍に拡大したような形状の、長大な砲身を持つ重火器であった。

衛士達は「戦術機のチェコ銃」と呼び慣らしている、鉄塊のような重火器。

それは正式名称、大日本製鋼九七式90ミリ中隊支援砲という。
ラインメイタル社との過去の確執から、各国で急速採用されているMk57中隊支援砲のライセンスが、事実上不可能となった帝国陸軍。

彼等が窮余の一策で。そして、大陸派兵以来、幾多の犠牲と火力増強の声に押され、
大慌てで作り出した、戦術機に搭載しうる最大級の重量と射程、火力を誇る大口径火砲であった。




「とある異世界の盗掘者達・宇宙戦艦ヤマト2229/マブラヴオルタネイティヴ外伝:火力に命を預けた帝国戦術機甲部隊、その経緯」



太平洋戦争当時。そして、一部の衛士達が長刀を好むことから、
一般的に白兵戦重視、火力軽視のイメージがある帝国陸軍である。

しかし実際はかなり、情報や機動力と共に火力を重視する組織として、戦後、再出発したことは、余り知られていない。

BETA来襲以前は、再び最大の仮想敵国となった、強大なソ連陸軍へ備え。
BETA地球襲来後は、兎に角、数の劣性を埋め合わせるべく、極力戦力単位当たりの火力増強に努めてきた。


(まさか、冷戦時代初期の。ロシア人に向けるはずだった戦車砲が、こんな形で役に立つとはねえ…)


流石に米ソ両国並とはいかないが、歩兵大隊当たりに12門の重迫撃砲。
師団あたりに4個大隊重砲60門からなる砲兵連隊を有し、
機動歩兵師団ですら、6個中隊編成の戦車連隊を有するなど、
列強陸軍の中で、五指に入る火力密度を、営々と構築してきたのだ。

歩兵や後方支援部隊、工兵の自動車化、機械化も、乏しい予算の中で
(どうしても海軍、航空宇宙軍。そして斯衛への予算配分は大きかった)、可能な限り推進してきた。

装備の質の面でも、戦後第3世代戦車の中で、最良の一つといわれる九〇式戦車。
射程30キロ、発射速度毎分10発を誇る九三式自走155ミリ榴弾砲。
嘗ては対戦車誘導弾と呼ばれ、現在は多目的誘導弾と呼称される、レーザー・赤外線映像誘導弾を複数種類。多数配備。

ハードウェアのみならず、大陸で戦訓を得、また、各国の戦術ノウハウの研究にも余念がなかった。
少なくとも、今はけして精神主義「だけ」の軍隊ではない。


(そうは言っても、最近の陸士の後輩はどうも…まあ仕方ないか。
繰り上げで17、18歳で少尉、その上で死の8分を乗り越えろとかね。言えた義理じゃないが、酷い話だ)


さりながら、戦術機という全く未知の兵器・兵科に関しては、
その火力重視をどのように活用すればよいか。実戦を経験するまで、全くの手探りであった。

そして、その実戦による教訓は、余りにも高価な授業料を彼等に要求した。

米国からノウハウごと買い込み、突撃砲と長刀で武装したF-4。ライセンス名称七七式戦術歩行戦闘機「撃震」は、
1980年代より中国大陸戦線へ、師団あたりに3個中隊編成大隊を付属させる形で派兵された。

それらを操るのは、米国で高価な教育費と共に訓練を受け、国内で更に錬成を積んだ、虎の子とも言うべき衛士達であった。
彼等の大多数は、嘗ての戦闘機パイロットや戦車兵から、適正の高いものを選抜して訓練を受けた者達であった。


(でもまあ、酷い話といえば、最初から戦術機は火力を重視すべし。そういう教育を受けられてる分、
先輩方よりは運が良いのかもなあ…そりゃ、ヘータイにならんで済むのが一番だけど)


しかしながら、結果は無惨なものであった。他兵科との連携の破綻。
教本の上での戦術の不十分さ。そして何より、火力の不足が大いに祟った。

ケースレス機関砲とロケット推進短滑腔砲を組み合わせた突撃砲は、
確かに戦術機の主兵装たるに相応しい、汎用性に優れた兵器であった。

しかし、強固な装甲を持つ突撃級を前に、名目上は初速1500m/sを誇るとは言え、
ロケット推進の120mm徹甲弾は、特に戦車兵出身の衛士には、余りに扱いに難があった。

36mmケースレス機関砲は、発射速度、命中精度共に申し分なく、小型種掃討に大いに威力を発揮した。
しかし、それだけでは。2000発の弾倉。
そして背部マウントに搭載した予備弾倉を用いても、BETAの数の暴力には対抗できなかった。

なまじ戦術機が、光線級の照射以外はいなせる機動力を有しており、
BETA集団相手に機動戦を挑む衛士が続出したことも災いした。

七四式長刀の重さと鋭さを兼ね備えた斬撃は強力であったが、刃こぼれしてしまえば、それまでである。


(俺は剣道が苦手だったからなあ…だからこんなもの抱えてるんだが、
正直、白兵が得意な衛士ってのは、どういう運動神経してんだか?俺が鈍臭いだけかなあ)


このような未知数の兵器に付き物の悪条件。それらが蓄積した結果、帝国陸軍が1984年から始めた大陸派兵。
1990年に一定の戦術、火力強化の改定までに投入された戦術機甲部隊。
その中から、現在の編成で換算すれば、のべ15個連隊相当1500機弱の内、機体損耗6割、衛士戦死・重傷5割という大損害を被ったのだ。

肉体的には無事であっても、余りに惨烈な戦場、未知の兵器への嫌悪感、
友軍の莫大な犠牲から、本来なら練達の衛士が戦場神経症にかかり、
第一線に復帰できない。もしくは、それでも無理矢理戦わされ、更に損耗を重ねるケースさえ多数存在した。

佐竹のような予備士官が、如何に適正と幸運に恵まれたとは言え、任官3年目にして大尉で中隊長というのは、
この大陸派兵当時の、数年間のハード・ソフト双方の大損害が、未だに祟っていることも災いしている。

本来なら、将来の陸軍戦術機甲を担うべき人材。
その余りにも多くが、光線級によって蒸発し、要塞級の強酸によって溶解し、
そして何より多くが、戦車級に喰われてしまったのだ(これは他の兵科でも、同様の犠牲が多数でているが)。


(うん、やっぱり幸運だと思おう。あの時に派兵されてなくて、
そしてあの派兵を生き残った人が上官なのは、僥倖だよな。何でか分からないが、部下も割と素直だし)


さりながら帝国陸軍戦術機甲部隊は、全く無為に84年から90年にかけて衛士、整備兵2500名以上戦死。
それ以降の半島撤退に至るまで、更に倍以上の犠牲を、延々と積み重ねてきたわけではなかった。

遅すぎた技術・戦術の完成といえば、それまでかもしれない。
しかしながら、膨大な犠牲のもとに築き上げられた昇華が、今、佐竹の所属する第一四師団隷下戦術機甲連隊。
そして、その他の帝国陸軍隷下師団・旅団付属の戦術機甲部隊の元に、もたらされている。

佐竹が如何に、比較的幸運にも訓練時間に恵まれ、適正も優れていたとは言え、只、それだけで戦果を挙げてきたわけではない。
その原動力が、この日、この戦場でも発揮されようとしていた。


(データリンク照合確認…よし。減耗してるとはいえ、連隊規模で出撃か。
こりゃ助かった。後で整備にもなにか持っていかないと…)


今、一四師団戦術機甲連隊即応部隊を初めとする、各師団や旅団に所属する戦術機。
総計100機程度は、永久陣地が金床となって受け止めているBETA集団。
その側面を迂回しつつある形で、急速機動しつつあった。

過半数は古い撃震だが、4割程度は、国産の最新鋭、94式「不知火」。
あるいは89式「陽炎」/「陽炎」改善Ⅰ型(米国で用途廃棄になったF-15Aを無償供与され、国内メーカーが再生した機体)が混じっている。

この機動陣地全体では、3個連隊相当以上の戦術機が存在するが、衛士の疲労や負傷。.
そして何より、戦車の数倍は手間がかかると言われる、
戦術機の整備維持のため、常時三分の一が即応できるのは、寧ろ僥倖であった。


(派手にやってる…ああ、ちゃんと障害も機能してるな。あの時は参った、戦術機甲で工兵やるとは思わなかったよ)


網膜投影越しに赤外線処理された映像を見れば、未だに永久機動陣地は、その火力を失っていなかった。
3日前の地中突破によって、戦車3個中隊相当が全滅したにもかかわらず、旺盛な火力を発揮している。

そして何より、時には佐竹ら戦術機部隊さえ参加して、工兵と共に敷設した、虎の牙や各種地雷。
用途廃棄になった撃震のFBWや機体カーボン素材繊維を用いた、対BETA鉄条網。
光線級の視界を遮る高さ5メートル程度の、堤防のような形状の土壁は、BETAの勢いを大きく殺いでいた。

永久陣地から放たれる戦車砲、車載機関砲、重機関銃、重迫撃砲、多目的誘導弾の突撃破砕射撃。
それは未だに、歩兵の小銃や軽機関銃の射程圏内に、BETAを近づけてはいない。
後方の砲兵連隊が陽動を兼ねて放つ榴弾も、よく光線級の照射を牽制している。


(…ッ!やりやがった!!)


しかし、佐竹の戦慣れした目は、電子と赤外線の走査手段を介して、その情景を見逃していなかった。

光線級の射界を遮る堤防障害が、地雷原を突破した突撃級に突き崩され
-直後、強烈な光線照射を浴び、独楽のように砲塔を吹き飛ばされた七四式改を。

そして、勢いを殺された突撃級の集団。
蝟集する要撃級、戦車級、闘士級、兵士級の後方に鎮座する、60体以上の重光線級と光線級を。

ベトンと鉄骨で固めた永久築城さえ、取り付けば強酸で破壊してしまう、
要塞級40体以上が、毎時30キロ前後とは言え、着実に前進しつつあるのを。


(だが、そうはさせない…させねえ。良いねえ、タマ(砲兵)も丁度良い案配で、
 光線級を牽制してる。狩りの時間には持ってこいだ)


いつの間にか、佐竹の口元には、ゆがんだ笑みが張り付いている。

本人が気づかない内に内面で出来上がりつつある、もう一つの人格。
文学青年とは相反する、狩人の性が強く浮かび上がり始めていた。

戦争とは人間を変えてしまう地獄だと、太平洋戦争から生還した、
ある隻腕の漫画家が述べたと言われるが、それは佐竹も例外ではなかったようだ。



『アイアンシールド01より03、スティルランス02。全機加速、
 側面より小型種へ機動制圧射撃開始。間違ってもキルゾーンに入るな。
 殺気だった戦車にぶっ飛ばれるぞ。左右から確実に削れ、距離を最低2500は置くことを忘れるな。
 戦車級に取り付かれた奴は、すぐに救難マーカーを出せ…各位質問は?』
『なし!』
『宜しい、かかれ!』


現在、即応戦術機部隊最先任の須藤少佐-アイアンシールド01が、一四師団の2個減耗大隊。
そして同じく、この防衛ラインに配備された、第一二師団隷下の1個大隊へと、
着実に戦術データリンクを経由して、展開地域を指定してゆく。少佐の戦術は古典的であったが、手堅いものであった。

永久陣地のキルゾーンぎりぎり、辛うじて残っている丘陵、森林の残骸。
その左右に2個、1個大隊ずつを相互支援が可能な、機動を阻害しない程度の距離を置いて、
あたかも歩兵が伏せるような姿勢を取っていた。

無論、射角は直角に近い形を描く布陣を取っている。


「いいか、まともに切り結ぼうと考えるな。弾薬は腐るほどある。
 築城も健在だ、無理と思ったらすぐに距離を取れ。但し高度は取るな」
「まかり間違っても、脚の短刀を迂闊に抜くなよ?俺たちゃグルカじゃないんだからな」


そして各機の両腕と背部マニュピレーターには、長刀や短刀は、
一本たりとも装備されていない。全てが八七式突撃砲であった。

そう、須藤少佐は華々しい白兵戦は、最期の脱出手段と割り切っていた。
彼は戦術機を、遙かに足の速い大きな歩兵。もしくは装甲車輌のように扱うつもりなのだ。

彼は大陸派兵を経験し、長刀戦術に固執している間に、
戦車級に取り付かれ、人とは思えない悲鳴を挙げながら喰われる戦友を、腐るほど見てきた。

そういった経験を有し、戦術機甲の火力重視を浸透させた、数少ない陸士出身の熟練衛士であった。

そんな彼等からすれば、最終防御手段の、脚部ラックの六五式短刀以外の白兵装備など、
員数分、帳簿上存在すれば良いという程の割り切り方であった。

その代わり、各種弾薬に関しては、メーカーと兵器廠が悲鳴と怒声をあげるほど、
大量に発注し、交渉し、時には脅迫する男であった。


『アイアンシールドより各位、FOX-3…撃ちー方、始め!』


須藤少佐の命令一下、永久築城にBETAが拘束されている間隙に、展開を終えた戦術機部隊は、
各機4門、3個大隊100機弱、合計400門以上の36mmケースレス機関砲。

1門毎分1000発を越える射撃速度のミンチメーカーで、
劣化ウラン弾芯高速徹甲弾(HVAP)を、突撃級、要撃級、戦車級、小型種一万近くへ浴びせかける。

射程距離は2500m、存速900m/s近くを残した劣化ウラン焼結弾芯。
それら10秒の突撃破砕射撃12万発は、一瞬に小型種の4割近くを肉片に変え、
要撃級も百体単位で、随所を撃ち抜かれ、もだえ苦しむものが続出した。


『いいか、面だ。面で制圧しろ!データリンク経由の重複防止は、こういう時が使いどきだ!慌てず、急いで、正確に「整地」しちまえ!』


そして、須藤は単に白兵を切り捨てるだけの、怠惰な男ではなかった。

データリンクを活用した徹底した中距離面制圧射撃。その訓練と戦術研究に、脳を酷使してきた男であった。
戦術機の、歩兵戦闘車に数倍する大火力を、
高い機動力と合わせた機動火力戦術こそ、部下と友軍を長生きさせると信じて。


『0-4より各位、FOX-2!不発があっても気にするな、盛大に撃て!』


一部の機体は敢えて膝射姿勢を取り、両腕の突撃砲の制圧射撃を継続しつつ、もう一つの火力支援手段の火蓋を切った。

「ハイドラ」70mm19連装ロケットランチャー。言うまでもなく、
帝国陸軍でも採用されているAH-64、AH-1F攻撃ヘリなどで多用されている、70mm 多連装ロケットランチャーである。

非常に簡易であり、多目的誘導弾に比して安価でありながら、
面制圧能力の大きいこの兵器を、須藤は出撃部隊の内、3割以上に各機8基を肩部兵装架に搭載させていた。

強烈な発射煙と閃光と共に、合計5000発前後が降り注いだ70mmロケット榴弾は、
6割が光線級に絡め取られたが、HEAT弾頭の威力により、少なからぬ要撃級さえ焼き払っていた。

無論、ロケットランチャーを撃ちつくした機体は、直ちに発射装置を投棄。
機体背部の予備兵装架より兵装展開アームで突撃砲を取り出し、4門制圧射撃に加わり始める。

当然、BETAも猛烈な射撃を受けることで、歩兵のように伏せ、
一時的に主機出力さえ落とし、待ち伏せをかけていた戦術機の存在に気づく。

要撃級、戦車級といった運動性と破壊力に優れる中型種が、一斉に方向を変換し、左右の3個大隊へ突進を始める。
しかしこれが、須藤を初めとする戦術機甲部隊各級指揮官。そして、永久陣地各位のねらいであった。

BETAは地中侵攻、分進合撃などの戦術を身に付け始めたが、
未だに基本は物量によるスチームローラー。つまりは直線的な突進である。ならば…


「アイアンシールドよりHQ、奴らは脇腹を晒したぞ。思い切り抉ってやれ」


無防備な側面を晒した要撃級へ、装甲戦闘車・自走高射機関砲の車載35mm機関砲が最大発射速度で叩き込まれ、
モース硬度15以上と言われる防護箇所以外へ、更に尻の穴を増やし、戦術機部隊への突進を阻害する。

敏捷ではあるが、装甲などないに等しい戦車級に対しては、八九式強化外骨格の兵装架に4門取り付けられた。
あるいは、歩兵連隊の重機陣地に据えられた、ブローニング重機関銃が、成人男子の人差し指ほどもある50口径弾を、
当たる当たらないに関わらず、事前に指示のあった指定エリアごとに、弾幕を形成することで移動を牽制する。

50口径徹甲弾は機関砲ほどとは言わないまでも、大きな運動エネルギーを持つ。

直撃するもの以外にも、堤防型障害や戦車級の胴体に命中し、跳弾する事で、
闘士級や兵士級の頭蓋(彼等にそんなものがあるかは分からないが)を砕くものが続出した。

そう、須藤は戦術機単独の機動戦よりも何よりも、やはり豊富な火力を残している永久陣地との十字砲火。
それによるBETAの洪水を漸減することを、多くの指揮官同様、信条としていた。


『中隊、徹甲、縦列、蛎殻(突撃級)、確固に撃て!』
『0-1より、2000、対榴、擾乱射撃、テーーッ!』


そして無論、先の戦闘で減耗し、増援が到着するまでは、6個中隊に満たないまでに衰えた戦車部隊も、機会を逃さなかった。
未だにデータリンクシステムの搭載が間に合わないため、射撃の重複が起こっているものの、突撃級への徹甲弾射撃。
小型種への対戦車榴弾(HEAT-MP)を用いた擾乱射撃により、一時的に突撃すべき方向性を失った両者を、ごっそりと吹き飛ばした。

そして、戦車級BETA対策として、主砲上面から砲塔に至るまで、
3挺から4挺まで増設されたキャリバー50・30機関銃が、機械化歩兵の弾幕射撃に更に密度を加えている。

七四式改の105mm戦車砲、九〇式の120mm滑腔砲。どちらも、少なくとも一時的に突撃級の体内組織を麻痺させ、突進を鈍らせる。
あるいは他のBETAの行動を、HEAT速射阻害するには、十分な威力を有していた。

自然とBETAの死骸が積み上がる分量が加速し、「友軍誤射」を何故か絶対にしない光線級の照射が衰えた瞬間。

これこそが、佐竹の待っていた瞬間であった。


『アイアンシールド01よりファイアフライ、マークスマン各中隊、お座敷は整った。喰ってこい!』
『ファイアフライ01了解、各位、全力加速開始!あのデカブツどもまでの距離を、3000までに縮めろ。
 有効射程に入り次第、各個射撃開始。BETAの死骸を盾に進め、復唱はいらん!』



須藤の命令と前後する形で、佐竹は声を発すると同時に、ほぼ無意識にエンジン推力レバーを最大出力にまで押し込んでいた。
それまで低空を、障害を比較的回避しやすい150マイル前後で飛翔していた撃震が、一挙に倍近い速度にまで増速する。


「光線警報と高度計から目を離すな、この速度で地面に突っ込んだら愉快な冷蔵庫になっちまう!
 …来た、各位、照準妨害擲弾、投射!」


同時に、作りつけのコクピット内部に作られたボタンを、殴りつけるように押し込む。
エンジン音にかき消されがちながら、花火のような気の抜ける音が、機体上面より相次いだ。
九〇式戦車、七四式戦車が装備する76mm4連装発煙擲弾筒。今、佐竹達の撃震には、それが6基24門作りつけられている。

これに軽金属散布榴弾を仕込み、事前の突入経路に放出。
重金属弾とは違い、光線級の照準を阻害するための煙幕として、用いるのである。
1機24発でも、中隊384発ともなれば、短時間ではあるが、かなり莫迦に出来ない面積の照準阻害領域を作り出す。

同様の軽金属領域形成警報は、陣地反対側からもデータリンクを介して伝わってくる。マークスマン01。
12師団戦術機甲連隊、何れかの大隊に属する佐竹と同様の編成。任務を負った中隊。

確か…第3大隊第2中隊。ありゃ鼻っ柱の強い、陸士上がりの嬢ちゃんが率いる連中だったか。

腕は悪くないんだが、勇猛果敢に過ぎると噂で聞こえている。一応、首の綱だけは引いておこう。

ご丁寧なことに、軽金属ジャミングで一時的にレーダー照準が出来ない佐竹。そしてマークスマン中隊に代わり、
乱戦の中、照準用データを送ってくれる他戦術機大隊、HQ。
デジタル無線で、小うるさくも、的確な経路指示をしてくる戦車乗りに従い、ピアノ演奏者のように細かく、手早い指裁きでHOTASを操縦。

今となっては鈍重と言われ、更に重装備で操縦特性の落ちている撃震を、
第二世代戦術機と見まごう勢いで、数に不足のないBETAの死骸を盾に前進させ、
同時に後続の部下が脱落していないかを確認しつつ、
佐竹はマークスマン中隊・第一二師団戦術機甲連隊第三大隊第二中隊長へ無線を送った。

流石に軽金属ジャミングの残滓で、網膜投影による映像通信は、
火器管制も並行して行っている電算システムへの負荷が大きすぎる。


「ファイアフライよりマークスマン0-1、園崎中尉だったな。一つ、大物ぐらい競争と行こうか」
『良いですねえ、勝ったらおじさんの言うこと、何でも聞いて貰いますよぉ!』


どうやら噂通り、猪突猛進というのは本当らしい。
完全にハイになってしまっている。兵隊言葉も忘れ、地が出ているようだ。
陸士には珍しいことに、何処かの極道の長女と聞いたが、何とも威勢のいいことだ。

その割に、他部隊からのデータリンクを介して見えるマークスマン中隊の進撃経路は、なかなかに巧みであった。
要撃級や一時麻痺した突撃級など、光線級の盾に為りやすい、
図体のでかいBETAの死骸を選び、往時の歩兵のように交互跳躍前進させている。


「心得たよ。だが無茶はするな、させるな。何と言っても-」


そんな折り、佐竹の機体のFCSが、目標としていた重光線級が有効射程に入ったことを警報で報せた。
やはり、殆ど体にしみこんだ操作で、機体を急減速させる。

脚部等々に甚大な負担がかかり、機体全体がきしむが、第一世代の古い生まれであり、
機体強度だけなら戦術機随一といわれる撃震は、その無茶な操作に耐えきってくれた。

人の形をした装甲車輌、頑丈さだけなら戦車並と言われる強度は、伊達ではないのだ。
そして今度こそ、佐竹は歯を剥いて、獣そのものの笑みを浮かべ、
実に楽しげにマークスマン中隊指揮官。園崎中尉へ呼びかけた。


「こぉんな物騒な花火を扱える俺達の部下は、何よりも値打ちが高えんだからなぁ!!」
『同感ですねぇ!!』


機体存速毎時80マイル、自動追尾装置及び機体安定制御全開。目標までの距離2850。

未だにしつこく降り注ぐ重砲弾へ拘束され、尚かつBETAの死骸を盾に300マイル以上で突っ込んできた、
32機の戦術機へ、重光線級も要塞級も咄嗟に対応できなかった。

そして、佐竹の九七式中隊支援砲。園崎中尉の撃震が両肩に各16発、
合計32発搭載した九六式高速徹甲ロケット弾が、ついに大型種に対して牙を剥いた。

無論、彼等、彼女らの部下達も、逐次有効射程圏内に入り次第、建制も何もなく、
但し重複だけはないように、この物騒きわまりない花火を叩きつけ始める。


「徹甲、連装、2700…よし!」
「発射弾数4発、正面の蛎殻、ぶち抜けッ!」


ラインメイタルの120mm滑腔砲、つまり九〇式の主砲を、大日本製鋼が同等品を作れること。
先方西ドイツが本土を失ったことから、法外なダンピング価格でライセンスを取り付けた事で恨みを買い、
Mk57中隊支援砲をライセンス出来なかった帝国陸軍であるが、佐竹はこの急造火砲。九七式を気に入っていた。

原型は既に全てが退役した六一式戦車の、M3改九〇ミリ戦車砲である。それに対し簡易箱形自動装填弾倉。
戦車砲の薬室、主砲機関部を改造し、砲口にマズルブレーキを追加した鈍器のような、不細工な重火器である。

しかし、元来が本物の長砲身52口径砲であるだけに、兎に角弾道特性が良い。
佐竹の中隊で支援砲搭載機は全て弾倉を、予備も含めAPFSDSを詰め込んでいる。
その場合、初速1450m/s以上。今、佐竹の放った距離でも存速1300m/s以上を残す。

そのエネルギーを余した劣化ウラン弾芯は、重光線級の分厚い、照射用眼球の防護膜を突き破り、
人間の後頭部に相当する背面に大穴を開け、あらぬ方角へ飛翔してゆく。そして、目標となった重光線級は崩れるように倒れ伏す。

一方の園崎中尉が用いた九六式高速徹甲ロケット弾は、嘗て日米が共同開発し、
コスト高騰から断念されたレーザー誘導徹甲ミサイル。LOSATを簡素化したものであった。

サイズ自体も直径5インチ、重量45kgと小型化されているが、何より問題となった高価なレーザー誘導システムを、敢えて撤去。
簡素なレーザーリングジャイロで愚直に直進するだけの、高速ロケット弾へ作り替えたのだ。
戦術機がデータリンク、レーダー、電子光学を含む、高度なFCSを有しているからこそ、実現できた簡素化であった。

反面、ロケットモーターは小型化の上で改良され、最大飛翔速度は1700m/sを達成している。
本来の遠距離攻撃手段、九二式多目的誘導弾に比較すれば、同時多目標攻撃能力に劣る。

そして無論、戦車砲や中隊支援砲と異なり、一定の飛翔距離がなければ、弾道は安定しない。
威力も発揮できない。故に中隊支援砲搭載機と混成となっているが-


『モズのハヤニエ、まずは1つ、2つ…と』


最良の威力を発揮した際の破壊力は、折り紙付きであった。

戦車砲徹甲弾の数倍の質量を持つ、劣化ウラン焼結弾頭が、音速の五倍近くで突き刺さるのである。
元来が強固なはずの要塞級の外殻を突き破り、
反対側まで体内組織を破壊しつつ突進し、途轍もない大穴を開ける。

命中精度が比較的安定しないため、1目標に対し2発放つのがセオリーであるが、園崎中尉は成る程。威勢だけではないらしい。
4発とも目標となった要塞級2体に、オーバーライド連続照準で命中させている。

体内組織崩壊で内外の圧力バランスが崩れた2体の要塞級が、
梱包の解けた荷物のように、外殻と内蔵をまき散らしつつ、くしゃりと圧壊してゆく。

九六式は自律誘導弾ほどではないが、戦術機の高度な火器管制の支援。
そして飛翔速度の大きさ、目標到達時間の短さから、かなりの連続精密速射を可能としている。
が、園崎中尉の機体は、光線級の反撃を警戒し、二撃で即座に位置を変える。

直後に、数秒前まで撃震がいた大地を、光線級のレーザーがガラス状の表土に変える。

それは佐竹の機体も同様であった。

第一目標撃破の後、即座に低高度跳躍で位置を変え、再度強制制動をかけながら移動照準を行う。
そして、二人の中隊長の射撃は、飽くまで「狩り」の始まりにしか過ぎなかった。

2個中隊隷下、十数門の中隊支援砲と400発を越える徹甲ロケット弾が、
ついに大型BETAへ、まるで戦国時代の狭間筒や石火矢のような、猛威を振るい始めたのだ。


「各位、機動、機動!射撃が終わったら、1秒と同じ場所に立ち止まるな!それと遠慮なく1発残らず使っちまえ!
 俺はBETAよりも、極道のお嬢さんの『何でも』と、お前らの戦死の方が怖いからな!!」
『ぼやっとしない、立ち止まらない!03、外してもすぐに動け!帰ったら腕立て200回!!
 それとこっちが多めに喰って、全員生き残ったら、インテリ大尉さんの一杯おごりだってさ!!』
「極道サンの『一杯』は、どの程度か分からないから勘弁しろ!クソッ、何て話だ!!」


佐竹大尉と園崎中尉。二人の指揮官は軽口を叩きつつも、兎に角機動射撃を自らにも、そして部下達にも徹底させていた。
中隊支援砲も高速徹甲ロケット弾も、大威力である反面、照準には突撃機関砲以上の慎重を要する一面がある。

それだけに機動戦闘を行う際には、通常の部隊以上に、頻繁に小刻みに、位置を変える必要があった。
二人の指揮官の軽口、怒号、叱咤の元、32機の撃震は90ミリの狭間筒と、
5インチの石火矢を着実に重光線級へ、要塞級へ叩きつけ、原型が何か分からないほどに、破壊してゆく。

たとえ操縦時間が短い衛士でも、実戦を経験し、
何を教えるか優先順位を心得た指揮官に鍛えられ、率いられた場合、何が出来るか。

その証左のような光景でもあった。
そして、大陸で膨大な血を流した帝国陸軍戦術機甲部隊が、無為に時を過ごしたのではけしてない。

その尽力と事実を、大型BETAの死骸の数に比例し、証明しつつある情景であった。




「…ったく、若いのはようやるわ」

アイアンシールド01、須藤少佐は自らの愛機。不知火のコクピットの中で、2つの重火力中隊の遣り取りを聞きながら、苦笑していた。

もっとも、彼の指先は撃震のHOTAS以上に洗練され、
反面機能が尋常ではなく増えた操縦桿を用い、隷下部隊へ頻繁に命令を出している。

彼等新旧戦術機3個大隊は、永久陣地からの支援砲撃を受けつつ、
突撃級は戦車に任せ、小型種を吸引・破砕することに成功していた。

初動のアンブッシュによる一斉射撃を除き、彼等は徹底して、最低でも小隊単位の連携を崩さず、
各機4門の突撃砲バースト射撃で、戦車級や闘士級、兵士級を引き連れ、
可能な限り、距離をを保ちながら、確実に漸減しつつ集団を引きずり回している。

左右に展開した戦術機3個大隊と永久陣地の、3点からの十字砲火。
そして戦術機部隊の不規則な機動は、小型種や中型種の機動、攻撃を混乱させ、集団としての統一性を失わせつつあった。


「いかん、危ない危ない危ない…」


しかし、全てが上手く入ったわけでもない。

戦車部隊の徹甲弾射撃から生き残ったのか、何の気まぐれか。
須藤直轄の小隊へ、散々に被弾した痕跡が残る突撃級3体が、持てる最大速度で体液をまき散らしながら、突進してくる。

が、そのような直線機動に巻き込まれるほど、操縦2550時間の衛士。そして多くの問題を抱えているとは言え、
敏捷性と電子装備では合衆国のストライクイーグルさえ上回る、世界初の第三世代戦術機は間抜けではなかった。

F108型ロケット/ターボファンハイブリッドエンジンとオペレーション・バイ・ライト。光ファイバーを用いた繊細な操縦性。
そして須藤らの技量自身により、突進を回避された突撃級。その無防備な尻に、無数の肉穴が無惨に開いた。


「葡萄玉だ、味わったか?」


須藤はロケット推進という危うげな形で初速を稼ぐ120mm短滑腔砲。
その命中精度は頼りにしていないが、威力までは否定しなかった。
彼はほぼ全ての戦術機の120mmに、キャニスター散弾を装填させていたのだ。

命中精度がアテにならないのであれば、36mm機関砲で始末しかねる相手を、
近距離で始末する散弾銃として活用すればいい。それが須藤の持論であった。

事実、須藤と同様の120mmの使い方は、部隊に徹底されており、中には敢えて戦車級を正面へ掻き集め、
弾倉6発のキャニスター散弾で100体近くを皆殺しにする強者もいた

…とはいえ独断専行に近い、危険行為であるため、後でみっちり説教はしなければ為るまい。

そして、須藤の持論のもう一つが、余り発露されて欲しくはなかったが、またしても証明されることになる。


『ア、アイアンシールド23!戦車級に取り付かれました、至急援護を!!』
「近隣全機。23に対し援護射撃開始、くれぐれも突撃砲を使うな。腰の火消し道具を使え!!」


不幸なことに戦車級へ取り付かれた、ジャク。
衛士課程を卒業し、今回が最初の実戦である少尉が操る撃震が、戦車級4体に取り付かれ、随所を囓られつつあった。

重装甲で知られる撃震であるが、あのままでは幾らも保たず、衛士諸共食い殺される。
しかしながら、須藤はそれを座視。もしくはそれへの対応を、大陸で修羅場を見た上で考えられない、無能な指揮官ではない。


『ちょっと怖いが我慢してろよ!?』
『耳をふさいで口を開けておけ、怖かったら泣き叫んでも構わん!』


新米少尉の撃震、その距離1000から2000にいた各種戦術機6機が、一斉に射撃を開始する。
とはいえ、彼等が用いているのは36mm突撃機関砲ではない。
各機の腰部兵装架に強引に増設された、8門の50口径重機関銃であった。

各銃600発装填された銃弾は、全て普通弾。

戦術機の装甲を食い破るには全く力不足だが、その表面へ取り付いた。
あるいは本来こうなる前に、近隣の戦車級を始末するには最適であった。

6機合計48門から放たれた、総計1000発近い50口径普通弾は、不幸な新米衛士を食い殺す寸前であった、
戦車級4体を、蜂の巣のような有様にして、機体から力無く脱落させた。


『に、23より各位…た、た、助かりました。有り難うございます』
「帰ったら再教育だな。その有様じゃ…離脱は無理か。16、近藤中尉、手間だがあのルーキーを拾って一足先に戻れ」
『16了解、至急回収にかかります』


(ま、どのみち。今回の宴はそろそろ終いだな…)


須藤の見て取ったとおり、永久陣地と戦術機大隊の十字砲火で、
3割以下にまで漸減されたにBETA集団は三々五々。秩序の取れない撤退を開始した。
恐らくは重火力中隊が、要塞級と重光線級、光線級を無力化したのだろう。既に重迫や重砲への対抗射撃も消えている。

損害は戦術機11大破、衛士8戦死、3重傷。出撃部隊の1割程度。
永久陣地の方は指揮官会議で照合しないと、子細は不明だが、
何とか戦車、機動歩兵、工兵共に「全滅」判定(2割以上損耗)されるほどの被害は免れたらしい。

正直なところ、須藤が大陸で、突撃砲と長刀だけを武器に、
データリンクも使いこなせず、他兵科との連携も破綻しかけた頃とは、余りにもかけはなれた損害であった。

しかし死んだ衛士にとって、それが何の慰めになるのかは-
いや、今は別の、生き残った大多数を連れ帰ることを考えるのが、先だ。


そして唐突に、要撃級や戦車級。そして残った数少ない突撃級が、撃破を通り越して文字通り爆発し始めた。
センサー、そしてデータリンクを見れば、何ともはや。

32機全部生き残った重火力中隊2個が、まだ殺し足りぬとばかりに、中隊支援砲と高速ロケット弾を叩き込んでいる。

あの若造ども、まだ殺したいってのか。
何?奴ら、撃破数の多寡で酒か何かを賭けたな?ったく、これだから若いのは…と、俺もまだ32か。


「アイアンシールド01よりHQ、後続の兆候。地中侵攻の兆候は確認できるか」
『HQよりアイアンシールド、兆候は現在確認できない。
 そろそろRTBとして欲しい。即応第二陣のC整備、出撃準備も終わっている』
「了解、撤収を急ぐ…01より各位、至急RTBにかかれ。
 損傷機体に取り残された奴がいたら、最優先で救助。機体の回収は第二次即応部隊に任せる」


部隊各位が、概ね許容範囲の損傷。もしくは、中破以上で行動不能と為りつつも、僚機から衛士が回収される様を見て、
密かに胸をなで下ろした須藤は、一転砕けた口調で、殺戮をいい加減やり終えた二人の指揮官へ、語りかけた。


「オイ、それとマークスマンとファイアフライ。何時まで遊んでるつもりだ。通信は全部聞かせて貰った。
 それほど調理して欲しいなら、後で他の大公(大隊長)や中タ(中隊長)の前でたっぷり料理してやる。
 じっくり覚悟しておけ…それとよくやった。全員連れ帰ったことを、感謝するよ」



未だにこの段階で、帝国軍の大部分は異世界人等という存在は知らない。

これから半年から一年にかけて、彼等との交流により、凄まじい技術の底上げと物量の改善。
そして自国へ五次元重力爆弾を落とさざるを得ない惨状が訪れる等とも、神ならぬ身に予想が出来るはずもない。

だが、仮に異世界人の助けとやらが無くとも、彼等が自助努力で戦術と兵装。訓練体系を犠牲と共に改善し、
未だに絶望の魅力にとらわれず、鉄火の嵐で異生物を払いのける努力と気力を失っていなかったことは、確かであった。

そしてこの日以降も、営々と火力重視を貫いてきた戦後の帝国陸軍。そして、大陸での犠牲により、帝国陸軍の「流儀」。
火力重視を戦術機に適用させた戦術機甲部隊の防衛ラインは、
北関東から北陸にかけて、後に除去に困り果てるほどの、BETAの死骸を積み上げ続けることとなる。



「…これはちょっと、あの、須藤少佐?合成酒とはいえ、致死量では?」
「あ、でも天然の焼酎も混じってる!どっからギンバイしてきたんです!?」


なお、文学青年と極道の長女という、妙な出身の二人の中隊長は、須藤少佐の言うとおり、これから数日後の公休日。
戦術機甲の大隊長、中隊長のみならず、戦車や砲兵、歩兵、工兵、輜重、整備の将校連中にまで散々「調理」され、2個中隊32名の衛士。

彼等は平均で一升四合の合成清酒、焼酎をしこたま振る舞われることになる。

なお、文学青年上がりの佐竹大尉は、普段は強面を気取っていても、帝国陸軍将校の平均からすれば、
大人しい部類に入る性格に反し、途轍もなく酒癖が悪いことが、この時に判明してしまった。

帝国の教育制度が日々、戦時体制へと移行し、簡素化されることを嘆き、
青少年が国内外の文学に触れる機会を奪うのは、教育の緩慢な自殺だと、
途中、ふと様子を見た連隊長にまで酒をつぎ、くだを散々巻いた後、大の字になって沈没してしまった。


一方の園崎中尉は、普段の態度や出身からの予想通りというか、とんでもないザルであった。

調理にかかろうとした各兵科の将校を逆に、次々「沈没」させた挙げ句、
佐竹大尉に延々とくだを巻かれて、こいつはかなわんと思って席を外そうとした連隊長に、
25度の芋焼酎を。流石に蒼くなった須藤少佐が止める間もなく、瓶ごと「つぎ込んで」、急性アルコール中毒で軍医のお世話になる羽目へ陥れたのである。

須藤少佐が頼むと頭を下げ、古武術の心得のある古参の女性戦車兵大尉に、首筋を絶妙の角度と強度で殴打され、
同じく気絶し、大の字でいびきをかき始めなかったら、どうなるか知れたものではなかった。


「これは始末書ものかもしれませんね、主に少佐が」
「え、俺なの!?」
「部下の責任は指揮官の責任ですよ、あーあ…死屍累々ですね」


彼等がその後、無事に生き残って新装備を受領し、更に戦い続けたのか。
あるいは何処かで人類の盾の一人となって、散華したのか。

それは未だに将来の話に属する。だが、しかし、一つだけ確かなのは、他国の一般的なイメージに反し、
帝国陸軍戦術機甲部隊は、徹底した火力戦闘を犠牲の末に身に付け、
BETAが日本近隣より消え去るまで、戦い続けたことであった。



(終わり)



[24402] 暫定設定資料集
Name: 七猫伍長◆bcb2db3e ID:b0e589f1
Date: 2011/03/11 09:22
【恒星間国家】

1.地球連邦政府

ディンギル戦役を何とか無事に切り抜けた後、人類の生残性拡大のために本格的な外宇宙進出を決心。
同盟国であるガルマン・ガミラス帝国より、復興支援事業援助の代償として、外宇宙における資源惑星。
テラフォーミングにより人類が居住しうる星系データを入手後、加速度的に植民活動を開始している。

現在は嘗て、ガトランティス帝国軍が太陽系侵攻の前進基地としていたシリウス、プロキオン星系。
そしてバーナード星系に一定数のテラフォーミングが完了した。
あるいは当初より人類居住に好適な惑星を確保し、積極的な開発を推進し、億単位の人間を外宇宙で生活させている。
同時にこれら星系と現在でも本土と呼びうる太陽系の交易により、著しく国力を増大させている。

国防国債、建設国債などの赤字国債は累積気味であるが、辺境の小国であったがゆえに、異次元銀河衝突の影響を受けなかったこと。
過去数度来寇した侵略勢力より、巧みに新技術を簒奪したことから、現在最も成長著しい恒星間国家といえる。
2209年当時は18億名を少し超える程度であった人口も、現在は30億を突破した。反面、福祉予算の国庫への圧迫は深刻でもある。

経済発展、外宇宙殖民のために、滅多な事で予備役将兵が動員できない。そもそもの人員数が少ないという弱点を抱えているものの、
多くのインフラや艦艇を自動化することで、世代の新しい艦艇2000隻以上、完全装備の空間騎兵30個師団、作戦用航宙機8000機以上など、
国家規模に比して強力な軍事力も有している。技術レベルも高く、一例を取れば300m程度の宇宙戦艦が戦艦部隊の主力であるが、
ガミラス・ボラーの1000m級巨大戦艦と互角以上の火力を有している。その際たるものは「波動砲」「衝撃砲」などの波動物理を用いた決戦兵器である。

外交関係は現在のところ確認されている恒星間国家の中で、
最も強大なガルマン・ガミラス帝国と相互安全保障条約。そして最恵国商務協定を締結。完全な同盟関係を維持している。
嘗ての仇敵ボラー連邦とも不可侵条約を締結の上で、中規模な協商関係を構築するな、ある程度の安定した国家関係を維持している。
油断の出来る間柄ではないが、嘗てのように唐突な侵略に翻弄される脆弱さは、既にない。現在は「異世界」の存在に振り回される日々である。


2.ガルマン=ガミラス帝国

異次元銀河衝突により、本星及び周辺宙域壊滅という大損害を蒙ったものの、
その強力な指導者であるデスラー総統が軍の精鋭部隊、かなりの数の中央官僚と政治家を同行させ、
国境視察に出向いていた為、国体崩壊を免れ迅速な国力回復を成し遂げた強運を持つ恒星間国家。
言うまでもなく地球連邦最大の軍事同盟国にして取引先である。

現在でもデスラー総統は心身壮健であり、強力な指導力は健在だが、
ガルマン民族という自らの始祖に当たる異民族を取り込み多民族国家へ移行したこと。
過去のガミラス帝国時代とは比較にならないほど広大な領域、国力を誇る巨大国家となったこと。
これらの状況を踏まえ、地方自治権拡大と議会制導入。連邦制国家へ緩やかに移行しつつある。

嘗てのガミラス帝国がデスラーという強力な指導者を仰いだ、
独裁軍事国家であったのは本星の寿命が尽きかけており、早急な殖民先が必要であったこと。

その窮状を利用し、周辺諸国からの軍事圧力が著しく強化されたことに起因した側面もある。
現状、異次元銀河衝突の傷跡が残っているとはいえ、それから着実に回復。なおかつ軍事、政治、居住生残性が安定し、
多民族国家となった現状で、これ以上の独裁性強化は得策でないと、彼や忠臣タラン達は判断した模様である。

そして現段階で地球人類が知る限り、各恒星間国家の中では最強の軍事力、最大の経済力、
トータルで見れば随一の技術力を誇り、他を寄せ付けない懸絶した国力は未だに健在である。
ディンギル戦役に際して、本星壊滅という大打撃を蒙りながらも、
その後の地球連邦からの復興支援援助と関係強化を見越し、総統自ら近衛艦隊を率いて来援する。
つまりその間、本国を十分に任せられる政治家、官僚、軍人。そして国力をあの当時でさえ、彼等は維持していたのだ。

まして強力かつカリスマに優れ、多大な実績に裏打ちされた指導者による迅速な損害回復。
経済成長と民主化政策に取り掛かり、更に民心を安定させ、引きつけてやまない彼の指導体制は、
現在2228年の段階において、かの帝国を更に発展、強化させている。

地球連邦が爆発的な経済成長と恒星間進出に成功したのも、
この強大な覇権国家と奇跡的に友好関係を維持し、多大な庇護を得ているが故である。

現段階で「異世界」の存在を認知している、数少ない恒星間国家のひとつでもある。
デスラー総統及び形成されつつある議会は、当面は慎重かつ穏健な形での静観を決め込んでいる。


3.ボラー連邦共和国

嘗てガルマン=ガミラスと一大総力戦を展開し、地球連邦とも戦火を交えた半独裁軍事強国。
嘗ての総力戦でベムラーゼという独裁的で猜疑心が強いが、
有能な指導者を失い、異次元銀河衝突により中核恒星系が半壊するなど、
2200年代後半に一度、国体崩壊寸前の危機にまで追い詰められた不遇の大国でもある。

さりながらガミラス登場までガルマン民族さえ支配し、銀河に覇を唱えていた彼等は非常にしぶとかった。
生き残った一部の中央官僚集団による、緊急措置的な寡頭政治。
そして自らの政策に反対するものを「粛清」と言うのが相応しい、苛烈な態度で排除さえ躊躇せず、一時的な統制経済と復興政策を強行。

流石は只の独裁国家ではなかったというべきか、この20年間で民生を含む、
かなりの国力回復を成し遂げ、一応の安定を維持する大国へと返り咲いた。

地球連邦との関係は良いとも悪いともいえない。双方ともにこれ以上の厄介ごとを抱え込むのは躊躇しており、
現在では相互不可侵条約と限定的な協商条約を締結。非武装宙域を挟んで双方の宇宙艦隊がパトロールで睨み合いつつも、
シャルバートのような交易地点を介して、それなりの規模の経済交流が過去10年ほど続いている。

しかしながら、どちらかといえば重工業と軍需に傾斜したボラー連邦。
広汎な民需に重きを置いた地球連邦とでは経済体系が異なり、度重なる貿易摩擦も発生している。
また、一部の軍人や官僚、政治家の中には、未だに地球連邦に数倍する軍事力をもって、
短期決戦による恫喝。大幅な経済譲歩と殖民恒星系割譲を要求する向きも存在している。

不可侵条約を締結しているとはいえ、地球連邦にとっては最大の仮想敵国である。
当然彼らも同様の態度を崩してはおらず、一応の平穏状態を維持しつつも、双方の軍事力の拡張は確実に続いている。
その様な背景事情ゆえに、地球連邦と同盟国ガルマン=ガミラスから「異世界」の情報は伝わっていない。
しかし彼等独自の技術による観測で、何らかの情報は掴んでいる模様であり、徐々に外交圧力が強まっている。




【地域国家-オルタ側世界各国家】

1.アメリカ合衆国

現段階においてもBETAによる本土進攻を受けず、難民救援物資から戦術機にいたるまで「人類の工場」として稼動し続けている、かの世界最強の大国。
無論、相応の政治的な圧力や要求は強く、他国から傲慢と取られることも多いが、百万単位での難民受け入れ。
高価極まりない戦術機の安価な有償供与。そして自らの国軍を全世界へ軍団規模で送り出し、血を流し戦うなど、それだけの態度に相応しい尽力も為している。

難民の大量受け入れ、兵器有償供与、世界規模での出兵などで国内犯罪率の増加。赤字財政の悪化は歯止めが利かず、
他国からすれば「合成食料が必要のない贅沢な国」と見られていても、内情はけして楽なものではない。
現在でも一応の安全保障条約を維持している大日本帝国。その一部からは彩峰中将の国際法廷出廷要求などから、嫌悪感をもって見られることもある。
しかしやむざるを得ない側面が強いとはいえ、彼の独断により米軍も多大な損害を蒙りかけたことを考慮すれば、
特に民意に逆らえない民主主義国家としては、当然の態度ともいえる。幸いにして実務官僚、現実主義の高級軍人同士の間では、実際的な関係が維持されている。

かように世界各地と軋轢を起こしつつも、人類がBETAに対抗する原動力として活躍している国家であるが、余り宜しくない噂もある。
国際連合主導のBETAとのコミュニケーション成立。もしくは殲滅計画「オルタネイティヴ」。
その中で最も軍事的には確実な第五計画、つまりBETA由来のG元素を用いた大量破壊兵器を地球全土のハイヴに投下。
短期決戦で地球上から異生物をたたき出す案を強力に推進していると。

寧ろ諸外国との軋轢が強いのは、この第五計画関係が中心である。
確かに純軍事的に見れば極めて明快かつ、リスクの少ないプランではある。人命損失も最低限かもしれない。
しかしながらその大量破壊兵器は重力偏差を利用したものであり、地球が人類の生残できる環境でなくなる可能性も多分に有している。
そしてハイヴが存在しているのは、難民や亡命政府が奪還を夢見ている、占領された嘗てのユーラシア諸国に存在しているのだから。

「異世界」より出現した地球連邦という存在に対しては、一定の認知を為しながらも警戒態勢を崩していない。
この点は世界覇権を有する国家として良くも悪くも当然の反応である。彼等はまず第一にBETAの侵攻を受けていない国土と自国民の安全維持。
その上で世界各地の戦線を底支えしなければならないのだ。これ以上、他国との軋轢や治安悪化に加えて、
更なる不確定要素を背負い込むなど、御免蒙るというのは極めて健全な発想であろう。アンクルサムにも限界はあるのだ。


2.大日本帝国

1944年に第二次世界大戦で敗北するものの、冷戦時代の到来に伴い米国に民主化推進と軍事同盟締結を条件に国体維持を許され、
BETA襲来以降も本土に来寇されるまでは、米国と並んで欧州やアジア諸国へ軍需製品、兵器を売りさばき、かなりの経済発展を実現。
同時に強大な国軍を維持している地域覇権国家。今でも一応、本土と国家主権を維持している数少ない独立国でもある。

さりながら1990年代の大陸における人類の大敗北に伴い、国軍は回復に10年単位の時間が必要な大打撃を蒙っている。
加えて、大陸及び半島失陥に際して一部の将帥が他国との連携に齟齬を来たし、多大な不信感を諸外国より買ってしまい、
現在はその尻拭いに汚れ役を引き受けざるを得ない辛い立場にもある。

国体は立憲君主制であるが、未だに征夷大将軍や皇帝といった皇族が強大な権限を有しており、斯衛軍という独自の親衛隊さえ有する。
そのために一部の国家からは「前近代的な封建国家」と見なされてしまう事もある。
幸いにして現在の征夷大将軍は穏健、明晰な人物であるが、それに依存していることも偏見に拍車をかけている。

1998年のBETA本土侵攻に際しては疎開活動の遅延。
そして悪天候による海軍、諸外国軍の支援行動や増援輸送に多大な遅延が生じたことから、関西以西の本土防衛軍と自治体が分断され、
最終的に1000万名以上の死亡、行方不明者。2000万名以上の国内難民を抱え込むことになる。
更には朝鮮半島と佐渡島という、国土至近に2つのハイヴが存在することから、字義通りの前線国家として悪戦苦闘している。

現在はようやく防衛ラインの整った北陸、関西方面でBETAを食い止めている。
それに加え上記の過去の経歴から、異世界の人類との交渉役を否応なしに任される羽目になる。
このことは政府と国軍上層部の一部における秘匿情報であるが、何らかの無理難題を米国や国連から強要され続けている。
最早政府と政治家はあてにならないという、過激な国粋主義が一部若手将校の間に蔓延しつつあり、
未だに強力な軍事力を持つことから、国内外を問わず憂慮の絶えない有様である。



【ヤマト世界側ハードウェア】

1.自動艦隊

人手不足に常に悩まされる、地球防衛艦隊にとっての主戦力の一つ。
研究は、ガミラス戦役による人口枯渇が深刻な、2200年以前より開始されていた。
初陣はデザリアム戦役であり、当時は自律AIの能力不足から、外部支援なしでは戦えない。機能不全に陥る欠陥を晒した。

さりながら、同戦役終結後。試験駆逐艦「ゆきかぜ」(M-21881-17)に搭載された、
試作型高機能自律AIが蓄積した、貴重な実戦運用データ。

そして地球よりも数段、自動化技術の進んだデザリアム。
彼等の遺したインフラ、技術、情報などから、量産可能なレベルで、実用レベルに達した自律AIが完成。

その量産化と改良の成功以降、特に危険宙域行動艦船。あるいは駆逐艦のように消耗の激しい艦艇へ、急速に搭載され始めた。
また、当初より量産型自律AI搭載を前提とした、自動無人艦艇の設計。
あるいは既存艦艇の自動化改修技術も、より洗練されていった。今や、軍の半数以上は自動艦である。


現在の防衛軍自動艦隊は、大雑把に言えば4種類の戦闘艦。2種類の後方支援艦艇。これらが中核となっている。

前者は「クレイモア」級自動戦艦、「レイピア」級自動駆逐艦など、
デザリアム戦役で初陣を切った当初から自動艦として設計されたクラスの改良型。
そして、「ボロディノ」級主力戦艦や「足柄」型巡洋艦など、
往時の主力艦艇を性能改善の上、無人化した艦艇で占められている。

後者は共通の大型船体を活用した、自動補給艦並びに自動工作艦である。
8万トンオーバーの大型艦だが、基本規格は民間商船に近い。
船体装甲よりは、多数搭載された安価な民生波動エンジンによる電磁バリア。間接防御構造で防護力を維持している。

両者ともに、補給艦であれば2隻で。工作艦であれば3隻で1個増強機動艦隊(90隻)を、
一定期間、根拠地に依存せず、戦闘力を維持させられる能力を有する。


これら自動艦隊は、超長距離殖民船団の前衛探査。
あるいは今回の異世界案件のような、危険宙域の探査を、一手に引き受けている。

また、これら艦艇が高度な自律能力を有していることが、
防衛軍に多数の宇宙戦士を教育。養成する貴重な時間を稼ぎ出した。

この点だけでも、有人超巨大戦艦を、ある意味では凌駕する存在と言えるかもしれない。

なお、現在では自動戦艦と自動駆逐艦。双方の後継艦がさほど早くないペースではあるが、配備が開始されている。

前者は「クレイモア」級を小型改良化した中型戦艦。
後者は「コンヴァース」級(C型)駆逐艦を自動化、小型化した8000トンクラスの大型駆逐艦である。


2.航空戦力

自動艦と並ぶ防衛軍の主戦力、それは今や波動砲から艦上機部隊へと、徐々にではあるがシフトしつつある。
2210年代に航宙機用軽量波動エンジンが実用化。
それまでも活躍してきた航空隊へ、更なる活力を与えることに成功したのだ。


それは新型エンジン換装により、一気に性能を取り戻した「コスモタイガーⅤ」戦闘機(○○型という呼称は改称された)。
小型波動エンジンを多数搭載し、小さな駆逐艦とも言える「サラマンダー」重攻撃機系列などに、特に代表される。

また、最初の航宙機用波動エンジンを搭載した、戦闘機「烈風」(初期呼称)は、
コスモタイガーの再来と言われ、如何なる恒星間国家の戦闘機にも優位に立てる機体となった。

余談ではあるが、極端な日本語よりの文化は「地球連邦市民を防護する軍隊」として、流石にどうかという意見が、軍と市民から発生。

正式名称を「F-2214航宙戦闘機」と決定。愛称に関しては製造地区、星系などの自由裁量に任された。
そのため、他にも「ミストラル」「スペースイーグル」等々、
多数の愛称を有している。徐々に防衛軍が、人類全体の防衛組織に変貌した象徴の一つと言われる。


また、航宙機用波動エンジンには、もう一つの派生型が存在している。
往復数回が限度の使い捨て式であるが、ワープドライブ用小型エンジンである。
防衛軍はガミラスの特秘技術。瞬間物質移送器の開発遅延を、比較的安価な使い捨て波動エンジン。その量産で補ったのだ。

これにより母艦、基地航空隊の戦闘行動半径は格段に増大。
艦隊に先んじての漸減攻撃も可能となり、「護衛戦艦・巡洋艦」を認めさせる原動力にもなった。


なお、対航宙機迎撃用の高機動ミサイルを除き、艦上機の射撃兵装は強化パルスレーザーないし小口径ショックカノン。
そして、誘導武器は尽く波動カートリッジ弾頭。
あるいは、デザリアムの反物質を模倣。それに近い電磁封入素材を併用した、波動融合弾頭に切り替わっている。

これらは大口径波動カートリッジ弾に匹敵。
あるいは、一撃で戦闘艦複数を消滅させる威力さえ有している(当然、相応のコストを要求するが)。

そして、これら戦艦主砲並の威力を有する艦上機が、
量産中型空母や護衛戦艦、巡洋艦より三桁。その気になれば四桁で、一朝有事ともあれば、牙を剥くのである。


防衛軍がガルマン・ガミラス。ボラー連邦に比して数分の一の戦力ながら、
彼等を抑止しうる原動力の一つは、この凶悪な長槍があってこそである。



【オルタ世界側ハードウェア】

1.帝国陸軍の戦術機

77式「撃震」、89式「陽炎」、94式「不知火」の三本立てで、戦術歩行戦闘機戦力が構成されている点は、原作と変わらない。

但し、「撃震」がその頑丈さから大火力投射プラットフォームとして、
高く再評価され、原作とは少し異なる運用で、活躍していること。
「不知火」の性能安定まで、「陽炎」系列のライセンス製造が行われ、
尚且つ米国より廃品をロハで供与されているため、原作よりも多く配備されていること。

この二点は異なっている。「不知火」系列は、原作通りの高性能な機体であるが、今後の改良の方向性がどうなるか。それは未定。
「陽炎」改善(形態)Ⅰ型は廃品のF-15Aを光菱等々が、「陽炎」「不知火」のモジュールを用いて再生。
概ねF-15Jに匹敵する性能に復旧。センサ能力等は、一部上回る部分を有する。

これは関西地方でBETAを食い止めた大日本帝国を、極東の防衛線にして同盟国たるものと、
アメリカ合衆国が認め、かなり優遇した一例でもある。
廃品とは言うが、元が高価なF-15であり、更にそれらはメーカー再整備で、十分使用に耐えるものであった。


2.帝国陸軍装甲部隊

74式戦車、90式戦車がMBTであり、データリンクのレットロフィは、一部試験部隊で始まったのみ。
但し、74式は74式改(G型)相当に改修され、93式相当の新型徹甲弾を大量配備。
90式もM829A2やDM53相当の、新型徹甲弾を開発することで、中型BETAに対抗している。

他の車輌は原作、もしくは陸上自衛隊のそれに準じるものが多い。
但し93式自走155ミリ榴弾砲はオリジナル。イメージは99式自走榴弾砲の砲塔を、90式の車体に載せた物。
87式自走高射機関砲の一部は、戦術機の突撃機関砲と同じ、36mmケースレス機関砲へと換装されつつある。


3.帝国海軍海上護衛総隊

連合艦隊や海軍陸戦隊(海兵隊)が、燃料不足からなかなか動かせない現状では、事実上の海軍の主力とも言える組織。
海上自衛隊の「あさぎり」型、「こんごう」型相当の護衛艦。
簡易ヘリ空母など多数を有する。燃費重視のため、CODOG(ガスタービン・ディーゼル併用)方式を、殆どの艦艇が採用。

また、ニムロッドやXP-1に近い4発ジェット対潜哨戒機を保有。
光線級の照射にかからない、低高度を飛翔。ポンプジェット式対潜魚雷でBETAの間引きを実施している。

これらの哨戒機は、機雷敷設任務も兼任しており、本土に来寇するBETAの数を着実に漸減。
航空戦力が使いようによっては、まだまだ、十分以上に有効なことを証明し続けている。


4.戦術機兵装

恐らく、原作と最も乖離している部分。
87式突撃砲、65式短刀、74式長刀などの装備は、原作通り、標準装備として配備されている。

但し、予算不足の中でも、出来る限りの火力重視を目指した帝国陸軍(そして陸上自衛隊)をモチーフに、
戦術機甲部隊も、大陸の血まみれの戦訓から大きく変貌。

61式戦車の90mm砲転用の中隊支援砲。LOSATを簡素化した徹甲ロケット弾。攻撃ヘリ搭載の70mmロケットランチャー。
およそ、転用が出来る兵装全てを、尽く戦術機用に改修。配備を進めている。
戦車級排除用の、50口径機銃増設もその一環。短刀で排除するよりも、50口径普通弾で凪いだほうが速い。

戦術機は第三世代戦車以上の、高度なFCSを撃震でも備えており、
このような兵装転用は今後も積極的に、かき集めるが如く、行われていくものと考えられる。



[24402] 【雑文コラム】
Name: 七猫伍長◆bcb2db3e ID:b0e589f1
Date: 2011/02/11 05:17
【防衛軍機動部隊拡充と波動砲存在意義の変化】

今やガルマン・ガミラス、ボラー連邦からも一目以上置かれるようになった地球防衛艦隊。
その決戦兵器といえば、大概の方は波動砲を連想されるだろう。

波動物理兵器の申し子とも言うべき存在であり、かの初代宇宙戦艦ヤマトが最初に搭載。

多数のガミラス艦隊や根拠地を、その絶大な威力で葬ったことで、鮮烈な初陣を飾っている。
また、その後の幾多の戦役に於いても、
発展型である拡散波動砲や拡大波動砲は、対艦戦闘や対要塞戦闘に大きな威力を発揮している。

強烈な射撃情景。適切な照準さえ行えば、数十隻の戦闘艦を一撃で葬れるその大威力から、
ガルマン・ガミラスやボラーのプロトンミサイルと並ぶ、戦略兵器と見なされている。


しかしながら、やはり多くの方々がご存知のとおり、この大威力決戦兵器には、少なからぬ欠点も存在している。


言うまでもなく、射撃準備に相当の時間が必要なのだ。

近年は波動エンジンの出力向上、波動砲へのエネルギー高効率収束チャージャー増設により、かなり短縮はされた。
それでも一分一秒を争う宇宙戦闘に於いて、
どれほど急いでも30秒は最低でもチャージに時間が必要というのは、かなり厳しい制約である。

その間、波動砲射撃準備へと入った戦闘艦は半ば無防備となり、周辺の僚艦がそれをカバーしなければならない。
無論、それこそが艦隊行動の存在意義の一つではあるが、
戦術面での運用の幅が威力と逆比例して、狭まってしまっているのも事実だ。


また、波動砲という兵器は非常に高価である。あの大エネルギーに耐久するシステムなのだ。

更にはエネルギー供給源である波動エンジンと、長大なバイパスで接続せねばならない。
その他にも膨大な、支援用設備を多数必要とする。それは当然のことながら、宇宙戦闘艦の艦内容積を大きく食い潰す。

無論、高効率化と小型化は進められているが、完全な解決には至っていない。


同時に異なる向きから波動砲を決戦兵器とみなすのに、疑問視する向きが存在している。
防衛艦隊の戦闘艦は既に、他国の荷電粒子砲。ボラーチウム砲に比較すれば、
格段に威力の高い衝撃砲を搭載し、威力・精度ともに日進月歩で改良されている。

各種波動カートリッジ弾への対応。これら実弾兵器と衝撃波破壊力を併用することによる、汎用性の高さは言うまでもない。
そして自動駆逐艦や艦隊駆逐艦を始めとして、多くの艦艇が搭載する宇宙魚雷も、大威力化された波動弾頭を搭載している。

また、何より、防衛艦隊は嘗ての戦闘空母信仰からの脱却以降、「フォーミダヴル級中型空母多数を整備している。
そこから出撃する艦上機部隊の対艦ミサイルさえ、既に全てが波動弾頭に切り替わっている。
投射数と火力密度集中は、時に艦隊のそれを凌駕する。

既に艦上機のエンジンが、小型簡易波動エンジンに移行した現状では、「射程」の比較は言うまでもない。


このように、波動砲以外にも十分な威力を有する汎用兵器が、当然のように搭載された現状で、
今まで通りに全ての大型戦闘艦に波動砲を搭載する必要性はあるか。
そのような疑問が持ち上がるのは、時間の問題だったのかもしれない。そしてこの意見は、特に航空部隊出身者から強かった。

これは何も、彼等が砲術科や戦艦部隊に反感を抱いた。予算をより欲したという理由だけに基づいているのではない。
どちらかと言えば、戦術運用における深刻な危機感に起因している。


「フォーミダヴル」級中型空母と、性能向上に伴い大型化してしまった「サラマンダー」攻撃機の相性の問題であった。
かの量産型空母は枯れた技術、モジュール構造化、自動化により量産性、実用性に優れた佳作として、一線部隊からの評価も高い。

しかしながら、今や単純なエンジン出力だけならば、波動エンジン導入初期の護衛艦に迫る「サラマンダー」攻撃機。
艦上機というよりは、母艦を飛び立つ小型駆逐艦と言うに相応しい、
この大型攻撃機は、他の艦上機と併用して搭載することが困難なサイズに成り果てた。


それ故に、彼等航空マフィアは艦隊派閥に時には頭を下げ、時には理屈を解き、依願したのだ。
「シャトールノー」級のような連結航空モジュールを、大型戦闘艦へ増設。そちらに護衛戦闘機や救難輸送機を搭載し、
当面は主力で在り続ける「フォーミダヴル」級空母を、大型攻撃機専用母艦としたい、と。

そしてそれに際して、嘗ての戦闘空母のコスト高騰の轍を踏まないため、高額な波動砲とタキオンバイパス等を撤去。
同時に艦内余剰容積拡大。それに伴う艦上機運用・整備区画拡大を、
航空モジュール増設と並行して行った「護衛戦艦・巡洋艦」の整備が必要と主張したのだ。


これは砲術科の一部からはかなりの反感を買ったが、無視できない正当性も有していた。
彼等も決戦兵器、波動砲の扱いの難しさは誰よりも知悉している。
また、度重なる演習に於いて、改良を受け続けた「サラマンダー」の威力が、時に単独で敵艦隊を殲滅可能な性能を有していること。

そしてそんな機体でも、十分な護衛戦闘機がなければ、
自慢の高速を活用しても大損害をこうむる実情を、目の当たりにしてきたのだ。

何より彼等とて、主力艦部隊と水雷戦隊のみで戦闘が決する時代が、
とうに終わりを告げていることは、この時代の防衛軍将校の常識として熟知している。


意見は百出し、議論は半年以上に渡ったものの、結論としては総花的な。しかし概ね常識的、妥当なラインに収まった。
即ち、波動砲搭載艦の有無は、艦隊編成次第により決定されるべきである、と。

艦上機部隊の運用と空母の護衛が一義の機動部隊。
それらにおいては、波動砲を撤去した「護衛戦艦・巡洋艦」を配備し、コスモタイガーやその後継機を搭載。
空母搭載の攻撃機隊の護衛や、母艦ともども艦隊の直衛任務に当てれば良い。

また、艦上機を搭載したことによる、汎用性の拡張により非武装中立宙域の監視にも適している。
波動砲という大量破壊兵器を搭載していない事から、周辺への刺激を減ずる効果も見込める。


そして、大規模かつ艦上機部隊のみでは対処できない大艦隊。
機動要塞などを相手にする打撃艦隊には、従来どおり、波動砲搭載艦を配備すれば良い、と。

無論、これら打撃艦隊と機動艦隊は別個に行動するのではなく、複合運用が前提なのは当然である。
幸い現在の防衛軍艦艇の電子装備は、それを可能とするレベルにある。

また、一時は戦闘空母の二の舞にならないか。そのように危惧された「護衛戦艦」であるが、
全幅拡大を承知で、構造物を干渉しない直線的な箱型離着艦モジュールを、基本船体左右に接続すること。
そして電子装備以上に、宇宙戦闘艦のコストを占める波動砲を撤去したことにより、
原型となった主力戦艦、戦闘巡洋艦と同等以下のコストに収まったのも幸いした。


この決定が為されたのは2220年。


現在の防衛艦隊は中型空母4~8隻、護衛戦艦および護衛巡洋艦各4~8隻、有人・無人駆逐艦20隻前後、
支援艦艇8~10隻、艦上機400機以上。これらを基幹とする機動艦隊を8個編成。
太陽系、プロキオン、シリウス、バーナードなどの人類居住恒星系の防衛に当たらせている。

依然として一部の砲術マフィアからは不評であるが、一線部隊指揮官たちからは概ね好評な編成となっている。
何しろ波動砲を搭載せずとも、十分な攻撃力を有する戦闘艦が護衛につき、戦闘機隊まで出撃させてくれるのだ。


自動駆逐艦や長距離探査プローブにより、敵情を超長距離から掌握しうる手段を有し、
往復数回しか使えないとはいえ、艦上機用ワープドライブが量産可能な現状。
それを鑑みれば、防衛艦隊は一部の波動砲を犠牲にする代償に、その射程を遥かに上回る長鑓を多数手に入れたと言える。

ある意味では波動砲を搭載した戦艦、巡洋艦の砲列以上に、
対抗勢力(仮想敵)には最悪の驚異となりうることは、言うまでもない。

何しろガミラスの「デスラー戦法」。
瞬間物質移送器による攻撃隊ワープ転送。それをワープドライブで代替したようなものなのだ。


「不沈戦艦」とさえ言われた、人類脱出船改造の大型宇宙戦艦さえ苦しめた攻撃手段を、防衛軍はようやく手にしたとも言える。

波動弾頭ミサイル多数を搭載し、100機単位で襲来するサラマンダーやコスモタイガーの空襲。
その後に襲い来る波動砲搭載艦隊。この組み合わせによる打撃力は、防衛軍が想像していたよりも畏怖された。
防衛艦隊がボラー軍の数分の一の規模でありながら、後々の史書で「ある意味ではガミラス以上に凶暴な存在」。

そこまで言わしめた理由は、ある意味で波動砲への依存から脱却し、
戦術を多様化し、多様な状況でコンスタントに大破壊力を行使できる暴力にに起因していると称して、差し支えないであろう。


最後に、大型護衛艦艇化した「ヴァンガード」級戦艦。「ダンケルク」級巡洋艦の要目を記載することにより、この拙い文章の終としたい。



・「ヴァンガード」級護衛戦艦(バッジⅥ)

 船体全幅:55.5m 船体全長:310m 基準乾燥重量:85000t
 乗員数:300名(航空科員含む)
 兵装:大型宇宙魚雷発射管6門
    :50口径20インチ3連装衝撃砲4基12門(艦底部1基増設)
    :40ミリ4連装パルスレーザー機関砲8基32門
    :20ミリ連装パルスレーザー機銃16基32門
    :中距離多目的誘導弾・波動爆雷用垂直発射装置48セル
 艦載機:「コスモタイガーⅤ」系列艦上戦術機30機以上
     :「コスモハウンドⅢ」汎用救難輸送機8機以上等
 エンジン:大型波動エンジン1基
 最大速度:31宇宙ノット 同型艦:32隻

現行の主力バッジのⅦ/Ⅷ型が指揮通信機能強化(Ⅶ型)。
あるいは船体舷側に衝撃砲を増設。火力強化を図っている(Ⅷ型)のに対し、
波動砲撤去と箱型航空モジュール増設により、軽空母2隻分弱の艦上機運用能力を得ている点が特徴。

ある意味ではガルマン・ガミラスの汎用戦艦に近い性格の、大型宇宙戦闘艦である。
コスト抑制と量産性重視による、直線的なモジュール構造連結のため、
御世辞にも優美な姿とは言えないが、主力戦艦と同等のコストでより汎用性の高い、使い勝手の良さから評価は悪くない。

「ヴァンガード」級主力戦艦の3割近くが、この護衛戦艦仕様へと改修を受けている。
なお、このモジュールは緊急時に際しては、区画乗員・パイロット収容の上でパージ。
基本船体への損害を極減の上、重量を落とし速度を上げ、撤退することも可能である。


・「ダンケルク」級護衛巡洋艦(バッジⅦ)

 船体全幅:45.5m 船体全長:245m 基準乾燥重量:38500t
 乗員数:250名(航空科員含む)
 兵装:大型宇宙魚雷発射管4門
    :55口径15インチ3連装衝撃砲3基9門(艦底部1基増設)
    :40ミリ4連装パルスレーザー機関砲6基24門
    :20ミリ連装パルスレーザー機銃12基24門
    :中距離多目的誘導弾・波動爆雷用垂直発射装置36セル
 艦載機:「コスモタイガーⅤ」系列艦上戦術機20機以上
     :「コスモハウンドⅢ」汎用救難輸送機4機以上等
 エンジン:大型波動エンジン1基
 最大速度:32宇宙ノット 同型艦:48隻

やはり「ヴァンガード」級戦艦同様、機動部隊護衛艦としての性格に特化したクラス。
元々、「シャトールノー」級という叩き台が存在し、それから波動砲や過剰な電子装備を撤去すれば十分なことから、
就役開始はこちらが早かった。コスモタイガー系列に限定すれば、30機以上を搭載可能である。

「ダンケルク」級建造隻数の、実に3割以上がこのクラスへ改修。ないし新規建造されている。
戦艦と比較してランニングコストが低く、汎用性に長け、他国を刺激しやすい波動砲を搭載していないこと。
本物の戦艦ほど規模は大きくなく、その割には頑丈であることから、非武装宙域監視任務につくことも多い。

また、ある資源小惑星で大規模災害が生じ、多数の負傷者が発生した際には、専門の病院船ともども、
増設モジュール内部に詰めるだけの医療設備と医薬品を搭載し、急行した事例も存在している。
無論、護衛戦艦同様、緊急時には増設モジュールのパージは可能である。


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