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[27153] 【転生+α・オリ主】ゼロ魔ってこんなに複雑だったっけ?
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/18 04:22
******************************


 ――幸せと言う物について――とある世界に伝わる神話。






 魔法は夢。

「なんかさ――」

 魔法は世界。

「ん? 何?」

 魔法は人。

「何かやっぱり違うと思うんだよな――」

 かつて、人々には幾多の不可能が存在した。

「だから何が?」

 獣を恐れ、病に倒れ、怪我に泣く。

「これってハッピ-エンドなのかなって」

 明らかなまでに彼らには足りない物が多すぎた。

「いや、どう考えても毎回毎回ハッピーエンドでしょ」

 足りない物を求める人々の為、神は魔法という力を与えた。

「でもさ――」

 それは夢を叶える力。

「でも、何か違うと思うんだよ。確かに綺麗に終わってるし何だかんだでハッピーエンド。それは間違いないよ」

 人の真摯な願いを叶えるもの。

「じゃあ何が問題なのよ」

 力を受けとった人々は本来、神に感謝する筈だった。

「分かんないけどさ……これはハッピーエンドだけどハッピーエンドじゃない、そんな気がするんだ」

 しかし、魔法は人そのものさえ変えてしまう。

「――あんた、馬鹿?」

 力を得た人々は上下の関係を作り出した。

「言うな、傷つくから」

 上に立つ人々は上を見ることを止め、下だけを見始める。

「怪我したときににつける薬が無いなんて、あんたも大変よね」

 力を持たぬ人々は、力を持つ人々を崇め、神と呼びだした。

「暗に馬鹿だって言うのも止めてくれないかな」

 名は力を縛り、関連づける。

「でも良かったじゃない。風邪はひかないんだから」

 夢追い人達は、神と同じになった。

「ここ数年ひいてないのは事実だから否定できない……」

 それに怒ったのは本物の神々。

「じゃあさ――」

 名を失った彼らは、ひっそりと姿を消し、同時に人々から夢を叶える力を奪った。

「じゃあ、いつかうちに聞かせてよ」

 魔法をを失った私達は、今日も暢気に電車に揺られ叶わぬ夢の世界に逃げ込んでいた。

「あんたの言う、本当のハッピーエンドってやつを」






「お願いします。

 誰でも構いません、何でも構いません。

 私なら、どうなっても構いません。

 だからどうか――。

 どうか彼を助けてください」



 ――雨に塗れる少女より。





******************************



 ―――――――――――――――――――――

 *作者挨拶


 どうも、蛍です。

 似たような名前の人が居るかもしれませんが、おそらく、その人とは違う人なので注意してください。

 ――ってわけでゼロ魔の二次創作を書かせていただく事にしました。

 自信?

 全くりませんとも!

 それでも、物は挑戦。

 やるだけやって見たいと思います。

 どうぞ、生温かい目で見守って下さい。





 ―――――――――――――――――――――
 *使用上の注意

・本作品はゼロの使い魔の二次創作です。
 訴えられた際に、敗北するのは間違いなくこちらなので、脈絡無く消える可能性があります。

・本作品は、用法用量を守り、正しくお使いください。

・暗いところで長時間使用されますと、目が悪くなる恐れがあります。

・本作品をご使用中に、気分が悪くなったり、重くなったりした場合は、すぐに使用を中止し、何か楽しいことを思い出してください。

・多数、独自解釈が入っています。
嫌悪感を抱く方はご注意ください。

 ・ところどころ、ゼロの使い魔の世界観との違いに違和感を抱く間も知れませんが、変な事が伏線になっていることが多いので、多少の違和感ならば、ひっそりと胸の中に抱き、影で「おっしゃあ! これ伏線なんじゃね!」等と叫んでください。

・人によって、まれに涙腺が刺激され、涙や鼻水が出ることがあります。

・本作品は食事中の使用を想定されていません。
噴出した飲み物のせいで、パソコンや携帯電話が壊れたとしても、保障には応じかねます。

・万が一授業中に使用される場合、先生に見つからないよう、充分注意してください。

・本作品は、原作にて七巻相当での完結を予定しております。

・この作品に対して『何故ゼロ魔でやった?!』と突っ込みたくなる方がそのうちに出てくるかもしれませんが、その質問には、『ゼロの使い魔が好きだから』以外の返答をしかねます。

・この注意は、作者の気分次第で更新することがありますので、定期的にご覧ください。

 ―――――――――――――――――――――

2010/12/3  執筆開始

2011/04/12  投稿開始



[27153] 俺ってこんなに苦労人だったっけ? そのいち
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/18 04:23
 チャンネルがダイヤル式のブラウン管テレビ。

 今や骨董品屋ですら探すのが苦労するモノクロテレビだ。

 ――いや、果たしてこれは画面がモノクロなわけでは無いのかもしれない。

 モノクロなのは、この世界なのかもしれない。

 実際、テレビ自体がすでにくすんでる。

 と言うか、そもそもすべての物がはっきりしない。

 全て――と言っても、狭い視界には一大のブラウン管テレビしか映らない……認識できないのだから。

 全く迷惑な話だ。

 それこそ当に夢現。

 ぼんやりとした世界の中。



 ――パチリと無機質な音が聞こえた。



 直後に続く砂嵐の音。



(……テレビがついたのか……)

 夢見心地なまま、俺は思う。

 そうか、まだ付いてなかったのか。

 道理でモノクロだったわけだ。

 延々と続く砂嵐。

 その画面越しに、人の影らしき物が浮かんだ気がした。

 はっきりとしない幻影。

 壁紙のしわが人の顔に見えるようなもの。

 そう言われれば納得してしまうような微妙な陰。

 長い髪にはきっとウェーブがかかっているのだろう。

 おそらくは女性。

 薄ぼんやりとしたその世界。

 ザー、という雨音のような砂嵐だけが続くこの世界。

「今度は……どんなお話かしら」

 その世界で最後に聞こえたのは、非常に悲しげな、そして砂嵐の音にさえかき消されそうな、小さなつぶやき。

 俺――レイラ・ディーン・ド・イー・レリスウェイク――実に15年前の記憶である。







 さて、この話を始める上でまずは少々、俺のことを話そうと思う。

 本来、こういったことは、作品の中で少しずつ開示しつつ読者――つまりは君たちを馴染ませながらやっていく物なのだが――。

 まあ、勘弁してもらいたい。

 正直、そうやっても俺としては問題が無いのだが、それでは俺という存在について、疑問の声や文句が多数飛び交い、俺としても幸せな展開にはならないわけだ。

 人間とは、未知や不確定な物を本能的に恐怖し、拒絶する性質がある。

 言い換えれば、知っている物ほど、親しみを感じやすいと、そう言うわけだ。

 だから、面倒かもしれないが、挨拶代わりだと思って、俺の自己紹介を聞いてくれ。

 まず、俺の名前はレイラ・ディーン・ド・イー・レリスウェイク、15歳。

 体形はやや痩せ型。

 髪型は、光の当たり方によっては金髪にも見えるアッシュブロンドの天パ。

 身長は……言わないでおこう。

 一応貴族だ。

 ――貴族を知らない? ああ、才人みたいな人たちだろ。

 それと同時に元俺の世界にいた人たち。

 それくらいは分かっているさ。

 だからそんな君たちにも分かるように話そう。

 この世界――ハルケギニア――には貴族と平民がいる。

 もちろん、王族なんかもいれば、貧民もいるし、マフィアもいる。

 体系的には中世ヨーロッパをイメージしてくれ。

 威張り散らす貴族とそれに尽くす平民。

 うん、世界観はだいたいそれで合ってるだろう。

 もちろん、現代日本の様な平和な世界では無いし、戦争なんてしょっちゅうらしい。

 戦争は政治。

 何処かの偉い人が言ってた言葉はあながち嘘では無いのかもしれないな。

 そんな、ちょっと昔の世界観。

 ただ一つの違いは――この世界には魔法がある。

 当たり前に人が杖一本で空を飛び、片手で家を作り上げる。

 そんな――おそらく君たちにとってはムチャクチャな世界だ。
 まあ、だからこそ魔法の使える人間と使えない人間とで“貴族”“平民”なんてカースト制ができたわけだが――。

 ――ああ、因みに言っておくと俺はカースト制反対派だ。

 四民平等素晴らしい。

 しかし、ちゃんとカースト制の良さも理解しているつもりだぞ。

 みんな違ってみんな良い。

 何処かの詩人がそんな事を言ってたっけ。

 ナンバーワンにならなくても良い、元々特別なオンリーワン。

 何処かの歌手グループがそんな事を歌っていたっけ。

 なにはともあれ、少々脱線しながらの世界観説明、ご理解いただけただろうか?

 ――ゼロの使い魔?

 おお、それを知っているならば話が早い。

 是非頭のチャンネルをその世界に切り替えてくれ。

 この世界観に関してはそんなところだろうか。

 ほかにもドラゴンが居たりマンティコアが居たりするが――その辺は独自の応用力で乗り切ってくれたまえ。

 さて、次に僕の事を話そう。

 あっさりと話すから是非付いてきてくれたまえ。

 僕は小さな地方の領主―――レリスウェイク家―の息子として生まれた。

 クラスは風の……一応ドットだ。

 まあ一応とつけたからにはそれなりの理由があるのだが……それについては後述で分かるだろう。

 生後数ヶ月にして紙に謎の図面を書き始めた所から全ては始まる。

 一歳にして文字を収得。

 二歳になってようやく声帯が安定してきたため、言葉をしゃべれるようになり、三歳にして親の杖を借りてレビテーションの魔法に初めて成功(浮遊距離10サント)。

 両親は天才だと崇め、一々大宴会を開いていた。

 一人だけ下にいた妹もそん辺の恩恵は受けたはずだ。

 毎日のように開かれる晩餐とパーティー。

 その度に俺の後ろにくっついてきては一緒に遊んだものだ。

 しかし、そんなに世の中は上手くはいかない。

 天才だどうこう言われたのも、所詮は六歳までのこと。

 そこからの俺は――まるで成長を見せなかった。

 いや、正確に言えば成長はしているのだが、誰ひとりとしてそれに見向きもしない。

 あまりに特異な成長故に、終いには奇人変人扱いまでされるようになる。

 本来なら、六歳で魔法が使えると言うだけで十分素晴らしい事――才能にあふれんばかりの事なのだが、三歳で魔法を使ってしまった俺に対して、両親はあまりの成長の無さに、期待するのをやめたらしい。

 我が両親ながら、なんとも冷たい両親だ。

 さて、それからまあ、色々とあったわけだが――それについては正直話すのがめんどくさい。

 基本的には、普通の勉強その他だ。

 まあ、経済学や数学等については特に今更学ぶ事がなかったのだが、主に言語分野や歴史等、君たちの世界で言う文系科目が悲惨な事になっていた訳だ(経済学も文系と言う人が居るかもしれないが、その辺は察してくれ)。

 そんなわけで、必死の思いで一般教養やちょっとした根回し、そして領地の復興に手を貸したり――なんてしてたらあっという間に時間は過ぎてった。

 ――相変わらずクラスはドットのまま。

 せっかくの機会。

 俺TUEEEEEEEEEEEEE!!!! な主人公を気取りたかったのですが。

 ――うん。

 他の主人公諸君。

 君たちは是非、正しく最強になってくれたまえ。

 俺の様な日蔭者になっちゃだめだよ。

 剣を使おうが、槍を使おうが、最強魔法を使おうが勝手だが――是非、俺のように怯えて生きず、堂々と生きてくれたまえ。

 ――そんなこんなで、とうとう今年。

 15歳たる私は、トリステイン魔法学院に入学したのである。 






 以上、スキップで語った我が人生でした。





 ……ん?

 それより最初の方に、聞き捨てられない事を言っていた?

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 ……ああ、あれね?

 “元俺の世界”どうこうってやつ。



 ――そうだそうだ。

 一番大事な事を言うのを忘れていた。

 これはある意味、俺の人生のアウトライン何かよりずっと重要なことかもしれない。

 仕方ない、正直に言おう。



 俺はどうやら転生者と言うものらしい。



 ――オーケー、ツッコミは後でまとめて受け付ける。

 とにかく、俺は前世の記憶を持っている。

 因みに、逆行では無く転生だ。

 前世の死因は連続殺人犯による刺殺だ。

 幼馴染の女の子を庇って死亡――なんて夢みたいな展開だが、まあ、死んじまったものは仕方ない。

 彼女がせいぜい前向きに生きてくれる事を願おう。

 因みに、前世ではゼロの使い魔だって読んでいた。

 むしろ、二次創作だって読みつくす勢いで読んでた。

 勧められたのも、さっき話してた幼馴染の女の子。

 彼女が俺に勧めて――俺もハマったと。

 だからまあ、この世界にうまれたタイミングで違和感くらい感じたわけですよ。

 記憶がある不思議に。

 そう――“自分が死んだという記憶”がある不思議に。

 そしたらさ……両親が――これはこっちの世界の両親だ――さ、何か俺に変な名前を名づけようとするんだもん。

 焦ったさ。

 どんな名前かは今となっては忘れたけどさ。

 なんか嫌だったわけよ。

 死ぬ前の名前は英太。

 その名前だってそこまで嫌いじゃ無かったわけよ。

 だから必死に自己主張したわけ。

 その結果ついた名前が――レイラ。

 ――うーん、惜しい。

 子供の舌足らずな声は聞き取れなかったらしく、妥協点と言うことで、そう呼んでもらう事を認めた。

 今考えると、どうせだったら個人的には、ジャック、とかケビン、とかポッター、とかが良かったけど、まあ、許容範囲。

 最後なんか、凄く強い魔法使いになりそうじゃん。

 だって、あの伝説の――

 ――閑話休題。

 そんなわけで、無事に生まれた俺は、自分の状況を必死に探った。

 言葉のイントネーションから、おそらくヨーロッパ圏であろうことを想像したうえで、あらゆるものを観察しようとする。

 そして――両親が俺をベッドに移す時に使った魔法で、俺はこの場所が明らかに異常であることを。

 もとの世界では無い事を知った。

 そこからは一足跳び。

 必死に会話を理解しようと努力し、生後半年で此処がゼロの使い魔の世界である事を知った。

 きっかけは、アンリエッタとトリステインという言葉。

 それらをヒントにまさかと仮説を立てたうえで必死に聞くと、案の定だったと。

 さて、此処までの話を聞いたうえで、改めて俺の経歴を見直してみてくれ。

 そうすればおそらく、俺の奇天烈な経歴が理解できると思う。

 因みに、一歳の時は、とりあえず記憶してる限りの現代日本における一般常識、科学知識、ゼロ魔の展開などを、忘れる前に残しておこうと、急いで紙に書いていた。

 ――もちろん、日本語で。

 流石に、この頃にハルケギニア語など文字で書ける訳もなく、日本語で書いたのは当然だ。

 生まれたての為、筋力が無く、本気で苦労したが……今から考えると、必死の思いでやっておいて良かったと思う。

 流石に生後一年。

 当時はそれなりのマニアだったと言っても、流石に一年経てば、それなりに記憶は薄れていた。

 ミミズがのたうちまわってるような文字だが、俺にとっては非常に重要な情報源だ。

 このデータを基にして、様々な事が考えられるのだから。

 その後はおそらくご想像の通り。

 大体の転生者がたどった道と同じだろう。

 しいて言うなれば、俺自身が、思ったよりも魔法の才能があったことに驚いたくらいだ。

 まともに生きていれば、トライアングル――運が良ければスクウェアくらいは、生きてるうちにたどり着いたのではないだろうか。

 もっとも、まともな事をしなかった俺が言っても何の意味もないのだが。











 さて、そろそろ長い前置きにも飽きてきた頃だろう。

 前奏なんてのは、あくまでも曲を飾る為の一部分にすぎない。

 これから始まる物語は、恐らく少々特殊だろう。

 最も、その特殊性に気付く事が出来るのはどれほどいるのだろうか。

 おそらく、俺自身でさえ、気付かない可能性があった。

 少し間違えれば、この話は何てことの無い平和な結末を迎えた筈だ。

 そのズレを正したのはたった一枚の紙切れ。

 俺は、この時ほど自分の過去の行動に感謝した事は無いだろう。

 もっとも、そのせいで俺たちは手に入れられたはずの平和を逃してしまう事になるのだが――。

 まあ、それは後でどうせ知ることだ。

 今言っても仕方ないだろう。

 しかし、忘れないでもらいたい。

 これは、只のSSではない。

 ゼロの使い魔であり、ゼロの使い魔でない世界。

 根本的な世界観のズレがある。

 そのズレに、読者たる君たちが気付く事を願い、此処に物語を始めさせてもらおう。

 さあ、楽しい楽しい本編の始まりだ。



[27153] 俺ってこんなに苦労人だったっけ? そのに
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/13 13:35
 家の門の前。

 どうやら、見送りは居ないみたいだ。

 父さんも母さんも、昨日は遅くまで騒いでいたからな。

 きっとまだ寝ているのだろう。

 まったく――、一応息子の門出の日だと言うのにあの二人は。

 大きな門の横にある小さな扉。

 そこからそっと家を出る。

「お兄様――」

 ――訂正。

 一人、ちゃんと見送ってくれる人が居たらしい。

 門の影。

 出てすぐのところに、彼女は居た。

「お兄様……ご無事を――ご無事を心からお祈りしています」

「……いや、魔法学園に行くだけだから、そんな危険な旅路じゃないからね」

「私がお兄様の為に丹誠こめて作った杖が、兄様の力になる事を願います」

「……何度も言うようだけどね、これ杖じゃなくて槍だからね」

 ダイヤモンドの穂先にチタンの柄。

 非常に頑丈な作りで便利かつ価値のある物だからありがたく使わせて貰うけどさ。

「ではお兄様。どうかお別れのキスを……」

「……別にお別れじゃないからしないで良いよね」

 来年になったらきっと彼女も入学できるのだろう。

 何より、実技的なものならば俺よりはるかに上なのだから入れなければ学園の損失だ。

「ではお兄様。どうか行ってきますのキスを……」

「……女の子の唇をそんなに安売りしちゃだめだよ。それは好きな人の為にとっておかないと」

「好きな人がお兄様なので問題は有りません」

「……例えばだ、見ず知らずのエリートイケメンが君と――」

「お兄様。シアです」

「……シアとキスしたとする。そうしたら――」

「次の瞬間、そいつの存在はハルケギニアの歴史から消失します」

「………………」

「塵も残さないなんてレベルではありません。過去の経歴から何から。そいつが存在した証拠を全て抹消します」

「……でも、エリートでイケメンだ。もしかしたらふっと気が傾いて許してしまいたくなる事が――」

「ありません。私の体に触れていいのはお兄様とお母様を除いて存在しません。使用人ですらそれについては認めません」

「…………」

「…………」

「……行ってくるねシア。今のまま可愛らしく元気でいてくれよ」

「お兄様がそうおっしゃるのならば、私は今よりもっと可愛らしく元気になってみせますわ。それと、休暇の際は早めに戻って来て下さいまし。お待ちしておりますわ」

 ――俺がトリステイン魔法学園に行く、その当日の朝の一幕だった。















 魔法というのは、信じることが重要らしい。

 少なくとも、この世界においては、そういうことと俺は今のところ結論を出していた。

 力を入れずにスプーンが曲がる。

 ワイヤー無しで宙に浮く。

 段ボールハウスで快適な生活。

 どれも、信じれば叶うらしい。

 始祖のブリミルさんも、道理で信仰されてるわけだ。

 信じて叶うならそりゃ信仰されるだろう。

 もっとも、どれもこれもただ信じる――ってだけじゃ駄目みたいだが。

 そこは要するに現実との掛け合い。

 バランスが重要視されるらしい。

 つまり問題になるのは、自分の中の世界観。

 それを信じきれるかどうか、それが大事らしい。

 杖の先で火が燃えている。

 それを果たして信じられるか。

 何もないそれを燃えてると知覚できるか。

 突然、何の脈絡も無しに地面が隆起するのをイメージできるか。

 そのバランスが、この世界の魔法の根幹にはあるらしい。

 そして、それは当然この世界における物理や化学法則に則った物であればあるほど、軽いイメージで可能になると。

 重要なのは、常識。

「なんて、常識知らずに分類されてる俺が言っても何の意味も無いんだろうけどな」

 ため息交じりに呟く言葉は、蜃気楼のよう。

 触れる前には消えてしまう。





「今年の新入生は不作だ」

 そんなわけで、入学後最初の風の授業。

 ミスタ・ギトーの実技演習だった。

 外の広場にて、全員を見まわしながら言う彼。

 それにしても、授業開始第一声がそれで良いのか?

 確かに厳しい教師としては正しいのかもしれないが……少しくらい優しくしようとする意思をみたかったり。

「入学書類を見たら、ほとんどがドットメイジではないか。ラインがやっと数名。トライアングルに至っては皆無だ。どういうことだね」

 どういうことだねと言われましてもねえ。

 こちとら、クラスアップには興味が無いのですよ。

 興味があるのは面白そうな人生だけ。

 他の生徒たちに限っては、結構遊んでた人が居ても俺はなんとも思わないけどね。

 っていうか結構いるんじゃない?

 貴族なんだから、だらだら生きてたって生きてけるんだ。

 まともに生きようとする貴族なんてどうせ居ないだろう。

 人は、楽を覚えるともとには戻れない。

 もとに戻すのはかなりの苦労をするんだ。

 第一、よっぽど可哀想な家柄でも無い限り、少なくともあと一歩でラインの域――それでなくても、ラインクラスの何かは持っている筈だろう。

 ――パーティーやなんだで楽に生きてたら、後で苦労すんゼ。

「なんて、これまた同じドットである俺が言っても、何の意味も無いんだろうけどな」

 まあ、俺の場合は意味あるドットって事で大目に見てくれたまえ。

 少なくとも、スクウェアにだって難しい事がたった三つだけだけど出来るんだから。

 そんな事を考えている間に、ミスタ・ギトーの話は進む。

 ふむふむ何々……?

 今日の授業は『フライ』と『レビテーション』と……。

 ――うん、オワタ。











 授業開始直後、高々と舞い上がるタバサ。

 辺りからは静かな歓声が上がる。

 ミスタ・ギトーでさえ「『ドット』にしてはなかなかやるではないか」なんて言いながら首を捻っているくらいだ。

 やっぱり、トライアングルは格が違うのだろう。

 流石、というべきか。

 基本技能も、通常のレベルをはるかに逸脱している。

 ――で、一方俺。

「いやあ……これは……どうすべきなんだ?」

 ピクピクと痙攣する頬。

 滝のように流れ出る汗。

 早速と言わんばかりにフライを使い始める周りを尻目に、俺は頭を必死に働かす。

 ――そうだ、良い機会だからついでに話しておこう。

 先述のとおり、俺は実家では奇人扱いされていた。

 それには、いくつかの理由がある。

 一つは俺の考え方。

 妹だけは賛同してくれたが、それ以外の人間にはことごとく変人扱いされた。

 まあ、それは良い。

 それについては、考え方なんて人それぞれ千差万別、色々あるだろう。

 ごくごく自然なことだ。

 問題は、主にもう一つの方。

 ――それは、俺が使う魔法だった。

 何度も言うが、俺は転生者だ。

 そして俺はこちらの世界である程度状況をまとめた結果、一つの事を決意する。

 それは――ゼロの使い魔の世界を、すぐそばで見て、せいいっぱい楽しむ事――だった。

 ――笑ってくれていい。

 でも、良い機会じゃないか。

 せっかくの異世界じゃないか!

 確かに、自分で魔法を使いたいって気持ちは分かる。

 痛いほどわかる。

 だけど、それだけで世界は変わるか?

 いや、変わらない。

 変わるだけの力を身につけたいと思ったところで、どうせ飽きるだけだろう。

 だったら、初めっから全てを見る事だけに捧げようじゃないか。

 何処でも楽しめて――いざ危なくなったらすぐ逃げれるだけの力。

 それだけを追求するのが、一番効率的な生き方ではないだろうか。

 それでどうなるか分からない人生なら、それは明らかにまずい選択肢だろう。

 だけど、調べてみればありがたい事にちょうどゼロの使い魔と同じ年代。

 奴らが出世するって分かってるんだ。

 だったら、俺はその横にいるだけでおこぼれに与れるかもしれない。

 楽しめて出世。

 一石二鳥だろう。

 これ以上ないほどの綺麗なプランだ。





 そんな理由から、俺には得意な魔法が三つある。

 一つ目が“探知”。

 何かあった時に、ルイズや才人を探し出せる力。

 二つ目が“遠見”。

 俺がついていけない場所で、何があったのかを見れる、知れる力。

 三つ目が“飛行”。

 いざ、危なくなったときにすぐに逃げる為の力。

 そして……俺はそれ以外の魔法を一切使えない。



 ――いや、別に今後とも使えないってわけでは無いんだ。

 ただ単に、練習してこなかったってだけで、才能がないとかそんなことは無い。

 とにかく、俺は今、この三つ以外の魔法が一切使えないのだ。

 ただし――この三つ限定であれば、トリステインで――いや、ハルケギニアですらトップクラスの自信がある。

 今はまだ使えないので知らないが、最高速度ならルイズのテレポートとすら肩を並べられると言っても過言ではない。

 領地とアルビオンを三時間で往復したのは、今でも良い思い出だ(因みにその後ぶっ倒れて、目覚めた時には泣きそうな妹に言い寄られ、今後の領地外へのフライでの移動を禁止された)。

 そんなわけで、フライに関しては異常なほどの自信がある。

 タバサにだって負ける気は無いし、場合によってはシルフィードにだって勝てるかもしれない。

 ――飛ぶだけなら。

 そんなに自信があるならちょうどその授業。

 自信満々に飛んじゃえよ。

 そう言う人が居るかもしれない。

 しかし、実はここで一つ大きな問題が発生する。

 ああ――フライだけが出来て、他出来ないといじめられるんじゃないか。

 そんな心配なら杞憂だ。

 力をセーブすれば良いのだから。

 問題は――俺のイメージだ。

 魔法とはイメージであり世界観。

 俺は先ほどそう述べた。

 そして、俺は前世の記憶を持っている。

 そんな俺が果たしてフライをイメージできるだろうか?

 呪文を唱えるだけで浮かび上がる身体。

 この世界に元々生まれた人ならば、十分理解できるだろう。

 なぜなら、それがその人たちの常識なのだから。

 しかし、俺は違う。

 俺は既に全く別の常識を持ってしまっている。

 ――さて、そんな俺がイメージするにはどうしたらいいか。

 空を飛ばないものが飛ばなくてはならない。

 明らかな矛盾。

 そして行きついた結論は実に単純だった。

 空を飛ばないなら、空を飛ぶものになってしまえば良い。

 それだけの話だった。

 その結論に行きついた俺。




 その翌日から、俺のフライは背中に翼が生える事になった。




 いや、正確には直接背中では無く、背中から少し離れた場所になっているらしいのだが、細かい事はどうでもいい。

 とにかく、俺は天使のその翼と飛ぶ姿をイメージ。

 そしてとうとう、俺は空を駆ける翼を手に入れたのだった。




 ――さて、話は少々変わるが、この世界には翼人という種族が居るらしい。

 人と実によく似た姿をしていて、狩りをして過ごす種族。

 そして彼ら、どうにも人間と仲が悪いらしいのだ。

 噂で聞く話は本当に下らない物が多いのだが、いずれにせよ、仲が悪いのは事実。

 そんな者たちと仲良くしてると知られたら、それこそいじめられるだろう。

 で、問題なのはその種族だが――人とよく似ているらしいが決定的に違う部分があるらしい。

 おそらくもう予想はついているだろう。

 その種族――背中に翼が生えているのである。

 ――背中に、翼が、生えているのである。

 ……お分かりいただけただろうか?

 この授業における大きな問題が。

 改めて周りを見渡すと、ほとんどが数メートルは浮いている生徒たち。

 ……実に異様な光景だが、問題としては――誰ひとり。





 背 中 に 翼 な ん て つ い て な い 。





「まずい……まずいぞ……」

 俺は必死になんとかこの場を切り抜ける方法を探すものの、全く持って浮かばない。

 こんなのは、先生の事を思わず「お母さん」と呼んでしまった時以来だ。

 そう呼んだ直後のクラスの沈黙。

 それは禅寺の滝行なんかの比では無い。

 むしろ、正座をしまくってしびれた足の小指をタンスの角にぶつけた時にも匹敵する。

 あれはそれこそ天にも昇る痛みだ。

 フライなんかよりもはるかに高みへ向かえる。

 俺の背中には翼が付いていて、天国へと昇って行くんだ。

 パトラッシュ、僕、もう、疲れたよ……。

 そんな事を言う必要も無い。

 疲れずとも、はるか高みへと向かう事が出来るのだ。

 そうして俺が行きつく先はヘヴン。

 つまりは死後の世界だ。

 あれ?

 よく考えればここも死後の世界じゃねえ?

 つまりここはヘヴンなんだ。

 天国なんだ。

 ここでは皆が幸せなんだ。

 皆が幸せ、素晴らしい。

 幸せの青い鳥は意外と近くにいたんだよ。

 チルチル、そんな遠くに行かなくて良いんだよ。

 志村!  後ろ! 後ろ!

 幸せはすぐ近くに。

 危険もすぐ近くに。

 幸せと危険は隣り合わせ。

 つまりはグリム童話は意外と残酷なストーリーが多いと。

 ――ダメだ、思考が混乱し過ぎている。

 状況がどうし様も無さ過ぎて、笑えるくらいだ。

 だって、今まで習ったことの無いものだったら「今初めて習いました、不器用故、あんまり上手くはできませんがこんなで如何でしょう?」これで通じる。

 だけど――これは出来てしまうのだ。

 出来てしまうが、出来てしまう事が問題で出来てしまう事の出来てしまう事による出来てしまう事が――。

 駄目だ、混乱してきた。

 いったん落ち着こう。

 さて――俺はこの場合はどうすべきだ?

 一かゼロか。

 そんなデジタルな事象に入学そうそう悩まされるとは予想外だ。

 一体どうしたら――。

 ……視界の隅に、ピンクブロンドの髪が映ったのは、そんな時だった。

「ふぬぬぬ…………」

 やたらと念を込めながら、しがみつくようにして小さなタクトを持つ少女。

 気合いを込めているのか、只の労力の無駄遣いをしているのか。

 今にも折れそうな気迫で杖を握っている。

 ――かと思ったら、次の瞬間、彼女は叫んだ。

「フライ!」



 ――ドカン!



 爆発の音は大抵そう記されるが、それが明らかな間違いであるだろうことを、俺はこの時知った。

 ドカンなんて……ド“カン”なんて、そんな軽い音じゃない。

 使われる子音はDとG。

 よりニュアンスを伝えるなら、日本語表記よりも、アルファベットの方が表現できる気がする。







 DDDDOODOODODODOGGGGGGDGGGOOOOOGOOOOOOOONNNNNnnnnnnn……と。








 実体験して分かったが、なるほど――これは危険だ。

 教室の一つや二つ、軽く吹き飛ぶ。

 爆風にあおられながら、俺は呆れるように目を細めた。

 巻き上がる土埃。

 何が起きたのか分からなかったのか、他の生徒の指導をしていたミスタ・ギトーでさえ、呆然としている。

 やがて、晴れてきた土煙りの中……ぼろぼろに煤けた少女は、ぽつりとつぶやいた。

「……駄目ね。今日は調子が悪いわ」

 調子がいい時は爆発で空を飛ぶつもりだろうか?

 それは飛んでいるのではない、吹き飛んでいるのだ。

 不機嫌に目を細めるルイズと、呆れたように目を細める俺。

 それは、まだ誰もがルイズの事を“ゼロ”なんて呼ぶようになる前の事。

 ただただ、見下すというよりは純粋な生物としての恐怖を感じていた頃の出来ごとだった。





 ――因みに、そのあと授業は一旦中止になり、ルイズは学院長室に連れていかれてお説教をくらったらしい。



[27153] 俺ってこんなに苦労人だったっけ? そのさん
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/13 13:39
 さて、此処で皆さんに問いたいのは、昼間の月は好きかどうか……と言ったところだ。

 あえて言おう、俺はあまり好きじゃない。

 少なくともこの問いに対して「昼間に月が見えるわけ無いじゃん、バッカじゃねえの!」等と言うやつは小学生から理科を勉強し直すべきだと俺は思う。

 そちらの世界――地球の世界においてだって、昼間に月が見える事があるという事くらいは一般常識である筈だ。

 と言うか、現実に見える。

 気が向いたら、空を見てくれ。

 ぼやけて情けなくなってるけれど、そこにはちゃんと月らしき天体があるはずだ。

 ――もちろん、時期によっては見えない事もある。

 見えたり見えなかったり。

 地球の月は随分と奥ゆかしいものだ。

 ただ、昼間に見える場合は、あまりにも煤けていて、ちょっと苦笑してしまうが。

 さて、ではこちらの世界――ハルケギニアの月はどうだろう。

「――本気で世界観を疑いたくなるが……万有引力とかどうなってんのかねえ」

 中庭のベンチに座りながら、俺はぼんやりと空を見上げた。

 今日は快晴。

 雲ひとつない青空は何処までも広がり、己の小ささを存分に感じさせてくれる。

 じっと見ていると、だんだんと吸い込まれそうになるその蒼。

 海や湖よりも、そちらの方が魅力的な青にみえる辺り、風メイジってのは本能的な風メイジなんだな。

 なんて思ってしまったり。

 ――さて、話を戻すが、ハルケギニアには地球と違い、月が二つある。

 双月、だの何だの言われているが、まあ、そんなのどうだって良い。

 問題は、只一つ。

「――これ、その内時のオカリナ持った勇者が現れたりしないよなあ。三日間を延々とループさせたりしないよなあ」

 世界観的にはやってもおかしくないが、それはまた別の世界。

 やらかすなら某虚無の人に召喚してもらわにゃならんが――個人的には才人に来てほしい。

 だってその方が面白そうだから。

 ともかく、この世界の月――半端無くデカイのである。

 それが二つも。

 具体的には、地球にて普段見上げている夜空の満月。

 あれの半径を六~十倍したものかける2と思ってくれれば、おそらくそのサイズは伝わると思う。

 その上、あの月――動かないのだ。

 いや、正確には動いているのだが――昼だろうと夜だろうと、一向にその姿を消さないのである。

 確かに、物理的に不可能かと問われれば、天体的に見ても物理的に見ても可能なのだろう。

 ただなんというか――常識的に見て。

 本能的に、落ちて来るような気がしてしかたない。

 そもそも、既存の物理法則が、この世界でも当てはまるという保証が一切ないのだ。

 世界が違えば物理法則が変わる。

 宇宙空間に行くだけで重力は消え、摩擦は殆どなくなるのだ――それが異世界だったら、どんな事が起きても不思議じゃないだろう。

 でもまあ――何故か地上では、地球での物理法則が今のところ、ごく自然に当てはまっているが――。

 注釈しておくが、これはあくまで可能な範囲に限定される。

 例えば、相対性理論や特殊相対性理論、等の特殊な環境下における実験や、はっきりと覚えていない上級物理学等が合っているのか、この世界で適用されるのか等は、確認できていない。

 と言うより確認できないのだから仕方ない。

 とにかく、まとめさせてもらうと、俺は可能な限りの事はやったが、この世界にはまだまだ謎がいっぱいだ――ということだ。

 全く持って――世の中には不思議がいっぱいだ。

 ――さて、そんな風にぼんやりしているのは俺個人としては全く持って大歓迎なのだが、どうにもそうは問屋が卸さないらしい。

 世の中は全く不条理だ。





「ミスタ、貴方に『風』をご教授願いたいのだが」

 俺の平和なひと時を突き崩したのは、艶の無い、そんな一言だった。

「んあ?」

 突然の事に、思わず変な声が漏れてしまった。

 いや、これは仕方がない事だろう。

 誰だって脅かされれば、跳ね上がる。

 それと同じはずだ。

 ――それにしても。

 全く持って惜しい事をしたものだ。

 もう少しで寝れそうだったのに。

 暇つぶしの睡眠。

 ようやく出来た空き時間。

 本編開始までのこの一年間くらいは、ゆっくりしたいと思っていたのだから。

 まともな魔法の勉強なんて、初めっからする気が無い。

 ルイズだって、座学だけで進級できたんだ、俺だってそれが可能だろう。

 そして、その座学だってここに入学するまでに大半の事はやって来た。

 つまり、後の作業は全て復習。

 ――要するに、一年間、俺は暇なのだ。

 まあ、俺がどうあろうとそんなのは相手にとっては関係ないだろう。

 俺の勝手な都合で相手を無視するのは、いささか気が引ける。

 そう、誰にでも優しくの精神だ。

 もちろん、その“誰にでも”には自分も入っているが。

 俺はゆったりとのけ反った身体を起こして、目の前にいる相手を見つめる。

 ――ふむ、どうやら貴族らしい。

 どうやら、果てしなく下らない事実確認になったようだ。

 もっとも、この学園内で平民がそんな風に俺に声をかけて来ることは無いのだろうから、そんなのは考える事もなく当然のことだ。

 レリスウェイクならともかく――ここでそんな風に気軽に声をかけたりしたらどんな罰が待ってるか分かったものでは無いだろう。

 それに第一、魔法習いたいって言ってるんだから平民のわけ無いだろうが。

 ――俺、あリ余るの眠さだからって、あまりにも馬鹿になって無いか?

 誰か、この頭を再構築してくれ。

 ……………………。

 ………………。

 …………。

 ……。

 ……さて気を取り直して。

 目の前の少年は、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべながらこちらを見ている。

 それと先ほどのセリフ。

 ――ヴィリエ……だっけ?

 あれ? ヴィリオ?

 ヴィットーリオは確か……。

 ――やれやれ、流石に15年という歳月は記憶を失うのには十分な歳月らしい。

 部屋に帰ったら、改めてカンペを見直しておこう。

 同学年の奴の名前も覚えていないのかって?

 私は、どうにも他人の名前を覚えるのは苦手なのです。

 まあいいや。

 とにかく、何でこいつが俺に?

 確かこいつラインだった筈だが。

 ドットの俺に何の用があるんだ?

「風をご教授って――まあ、教えるだけだったらいいけど、俺より君の方がずっと上だろうに」

 俺は首をかしげた。

 とたん、彼は笑いだした。

 それにつられて周りも笑いだす。

 ――ふむ、どうやらいつの間にか周りに結構な人数が集まっていたようだ。

 でも、何で笑っているんだ?

「聞いたかいヴィリエ。こいつ流石だよ、貴族同士の決闘の流儀すら知らない!」

「ああ、世間知らずの大馬鹿者が入学したと聞いたが、案の定だったな!」

 よし!

 ヴィリエで合っていたらしい。

 一人、心の中でガッツポーズをとる俺に対し、そう言って笑い続ける目の前の二人組――いや、中庭全体。

 端に至っては、こちらに嫌悪的まなざしを向ける者さえいる。

「皆の者! やっぱり、田舎のレリスウェイクは常識知らずだったぞ!」

 広場全体に向けて高らかに宣言するヴィリエ。

 その言葉で中庭の笑いが一層高まった。

 ――?

 確かに俺の領地は田舎だが――。

 いや、正確には俺の政策により、田舎から超田舎へとダウングレードの様な進化を遂げたが、それが何だというのだろう?

「いや、失礼ミスタ。先ほどの話は無かった事にしてくれたまえ。少々君を試しただけなのだよ」

 ――それではさらばだ。

 そう言ってマントを翻して去っていくヴィリエとその取り巻き。

 それにつれて、中庭はだんだんともとの静けさを取り戻していく。

 最後に足元の草を揺らす、一陣の風が吹いて、全てを掃く様にして、後は完全に元通り。

 何にも変わらない。

「はあ……」

 意味のわからない集団に付き合わされた俺は改めて空を見上げながら思った。

 一体彼は何が言いたかったのだろう?

 決闘がどうこうと言っていた気がしたが、まさか格下たる俺相手に挑むわけ無いし。

 ましてや、決闘なんてこんな場所でするわけ無いだろう。

 何の謂れもないのだ。

 だから、彼がそんな事を考えている筈がない。

 ――俺が異質だって何処かから漏れた?

 いや、もしそうなら、今頃もっと大変な騒ぎになっているだろう。

 つまり、これもない。

 それに第一、彼が決闘を挑むのはタバサな筈だろう。

 もしかして、歴史の陰で風メイジ全員を片っ端から倒してたとか?

 いや、それはないだろう。

 ――うん。

 全く持って謎だ。

 世の中には不思議がいっぱいだ。

「それに――」

 そのつぶやきは、誰の耳にも入る事が無かった。

 月へと向けて語られたそのつぶやきは、虚空へ消えて無かった事になる。

「――レリスウェイクは田舎だけど、良い場所だぞ」

 ――俺の施した政策の成果が表れ、レリスウェイクがハルケギニアでも指折りのグルメスポット&観光地になるのは、この一年後であった。 











「ヴィリオありがとう――この恩は忘れるまで忘れない」

 部屋に戻った俺はカンペを見ながら呟いた。

 既に名前を間違えている辺り、どうやら俺は既に恩を忘れたらしい。

 どうにも人の名前を覚えるのは苦手だ。

 基本的に俺の頭は、記憶する事に向かないのだろう

 さて、何故俺がこんなに感謝しているかと言うと、どうやらそろそろあれの時期らしい。

 最近カンペを確認してなかったから、気付いて良かった。

 あれ……。

 つまりはキュルケとタバサ、仲良しイベントである。

 ――うん。

 ヴィルエ(――何か違う気がする)……残念ながらブッ飛ばされてくれたまえ。

 君を庇っても良いけど……何か、面白そうだから無しの方向で!

 他人の不幸って面白い!

 みんな揃って不幸になって、くーれたーまえ!











 この世界の月日のカウントは、若干のズレがあるものの、基本的には地球と同じだった。

 だけどまあ、最初は苦労したものである。

 何処を一月とおくか。

 何処を何月とおくか。

 季節の巡りを自分なりに整理して、結果無駄に終わったのが四歳の時。

 あの時期は、多少の魔法が使えるようになっており、気が楽だったため、いろんな事に挑戦してみたのだ。

 そんなわけで、ウルの月の第二週。ヘイルダムの週の週末である。

 さて、新入生歓迎の舞踏会――略して新入生歓迎会。

 ここから本編が始まる。

 ようやっと面白くなる!

 さあ、どんな楽しい事が待っているのだろうか!

 命がけ?

 大丈夫!

 全部才人に任せりゃ良いさ!

 俺は傍で見てたいだけなんだから。

 そんな風に一人意味不明にテンションを上げる俺は現在――平民に交じって執事服を着て仕事をしていた。




 意味が分からないと思うが、俺にも分からない。




「マルトーさん! 五番テーブルのスープが切れかかってます!」

「おうよシエスタ! あと少しで出来る!」

 忙しそうに走り回る学院の使用人たち。

「ああ、もう! また酔って吐いた貴族さまがいるですって!」

「オーケー! シエスタ。掃除は俺に任せろ」

 見るからに手一杯なシエスタに、ちょうど三番テーブルのデザートを変えて戻ってきた俺は、そのままモップとバケツを掴む。

「そんな! 貴族さまにそんな事……」

「そんじゃ行ってくる」

 モップとバケツを手に走る俺。

 何でこんなことしてるんだろう?

 ただ、なんとなく「普通に参加すんのも面白くないな――何か面白い参加方法ないかなー」と思っていたところに、たまたまシエスタが通りかかったのだ。

 そこからはもう渡りに船とばかりに仕事をしまくった。

 正直、途中でやめても良いのだが、何か普通に参加するよりも楽しい気がする。

 ――俺って意外と世話焼きなのかな?

 まあ、とりあえず、普通の参加は避けられたってことで良しとしよう。

 普通に参加したところで、キュルケの服を守るわけでもない。

 だったら遊んでいた方がましだ。

 え?

 女性が一人裸になるのにそれを見ないなんてお前はそれでも紳士かって?

 ――ならば答えよう。

 これが俺が長年の末に導きだした真実であり、ヤマグチ氏の師匠でもあるラブコメさんがたどり着いた境地を。







 チ ラ リ ズ ム こ そ 、 真 の エ ロ







 あんな大胆に見せているものに何か価値があるのか、いや無い!

 それだったらまだ、シエスタのスカートの中の方がよっぽど需要がある!

 俺はそれを此処に断言する!

 原作では、まさかのはいてない発言など、彼女に関しては、まだまだ伸びる素養があると、俺は勝手に思う。

 そう、勝手に思うのだ!

 それが大事!

 その中に何があるか。

 それが分からないからこそ!

 分からないからこそ!

 分からないからこそ、価値が増すのだ。

 ――失礼、少々熱くなった。

 少し冷静になろう。

 そんなわけで現在、俺はモップで床を掃除中である。

 因みに、学院務めの平民の方々からは、大いなる反対を受けたが、実際に人出が足りなかったのも事実らしく、激しく感謝された。

 まあ、メイジが一人何処かにいると言うだけで、かなり仕事が楽になるものらしい。

 食器運びも、レビテーションを使えば一気に運べるわけだし。

 まあ、労力の有効活用と思ってくれたまえ。







 ――そんなわけで。







 無事にキュルケの服は切り裂かれたらしい。

 らしいというのは、俺はその時厨房にいたからその現状を見ていないのだ。

 まあ、此処はそれほど興味のある場所でも無かったから良いだろう。

 そんな事だったらまだこっちにいて楽しかったのだから。

 尚、俺はその時に厨房の片隅にて、マルトーさん特製の賄い料理を食べていた。





 シエスタと二人で。



 ――ストップだ。



 まだ物は投げるな。

 俺は何もしていない。

 だって考えてもみろ。

 才人がシエスタとルイズに追われて困るからこそ面白いのだ。

 だから俺がどうこうするという気は無い。

 ああ、そうそう、やってみたら、思ったより平民相手にうけたものがある。

 平民相手――と言うよりはシエスタになのだが。

 この世界、やはり魔法が発達しているだけあって、全く無い文化があった。





 それはズバリ――手品。





 何てことはない。

 ほんの下らない事――例えば親指が移動するとか、伸びるとか――そんな事に、一々多大な反応をしてくれた。

 そして、それが自分でもできると分かると、一層感動し、教えるよう迫って来た。

 まあ、教えたわけだが。

「今度、マルトーさんたちに見せるんです!」

 そう、満面の笑みを浮かべるシエスタ。

 そうだな、今度、色々と手品を教えてあげよう。

 愉快に一人、親指を動かすシエスタを見ながら、そんな事を思った。



[27153] 俺ってこんなに苦労人だったっけ? そのよん
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/13 13:42
 長らく、お待たせしました!

 ようやくキュルケとタバサの決闘のお時間です!

 司会、進行は私、ことレイラ・ド・レリスウェイクが務めさせていただきます。



 ――えーはい。



 以下、赤青コンビと俺との会話を簡略化したものです。



タバサ(以下タ)「決闘しようぜ!」

キュルケ(以下キュ)「オッケー、いつやる?」

タ「今すぐ!」

キュ「ノリノリじゃん!」

俺「その喧嘩、ちょっと待った!」

キュ「喧嘩売るなら燃やすわよ」

俺「そうじゃない。せっかくの喧嘩だ。俺が立会人をしようじゃないか」

タ「全然問題ないぜ!」

キュ「望むところだ!」



 ――で、今に至る。

 ……ダメだ。

 まるで緊張感が伝わらない。

 結構、俺が立会人になる事でも疑惑の目を向けられたり色々あったのに、何故か全く緊張感が伝わらない。

 ――仕方ない。

 本気を出そう。

 本気で描写をしよう。

 次の行から本気だ、スタート!











 双月が照らすヴェストリの広場。

 色違いの月の下、全く物音がしない時間が続いている。

 いや、物音くらいはしていた。

 時折遠くから聞こえる虫の音。

 それがまるでこの臨場感を示しているがごとく響く。

 何処までも深い闇。

 そしてそれを照らす月光。

 不気味なほどに妖艶な、そして不吉なコントラストが、辺りを満たす。

 風が吹いた。

 別に人為的なものではない。

 ごく自然な普通の――風。

 しっとりとした夜闇の中、影が動いた。

「とりあえず、謝罪申し上げるわ。あなたの名前をからかったこと……、悪気はなかったの。ほらあたし、こんな性格じゃない? ついつい人の神経逆なでしてしまうようで」

 赤髪は杖を前に掲げた。

 それに合わせ、青い髪の少女も、杖を構える。

「でも、あそこまで恥をかかされるとはおもわなかったわ。だから遠慮しませんことよ」

 静かすぎる空間。

 お互いにぶつけ合うピリピリとした殺気。

 離れた場所で立会人としている筈の自分にさえ、その余波が来る。

 いや、余波だけでこれだけなのだ。

 当人同士は一体どれだけの圧力をお互いにかけているのだろう。

 まだお互いに全く魔法は使っていない。

 杖を構えただけだ。

 それだけでお互いに此処まで牽制しあうとは。

 きっとそれがトライアングルというクラスなのだろう。

 ドットやラインとは違う、その先にあるクラス。

「あなた、あたしをただの色ボケと思って、腕前を勘違いしてないでしょうね? あたしはゲルマニアのフォン・ツェルプストー。ご存じ?」

 タバサは頷いた。

「なら、その戦場での噂は知ってるわね。あたしの家系は炎のように陽気だけど、それだけじゃなくってよ。あたしたち、陽気に焼き尽くすの。敵だけじゃなくって――」

 そこで一拍。

 キュルケの顔が、笑った。

 月光の下、目は開き、口がゆっくり引き上がる。

「――時には聞きわけの悪い味方もね」

 それに返すタバサは沈黙。

 それが彼女の返答。

 彼女は沈黙でもって全てを語った。

 だからどうしたと。

 私にとって、そんなことは問題では無い。

 それがどうしたと。

 そんな相手なら、今まで何人も――相手にしてきた。

 タバサは沈黙にてそれらの言葉を語る。

「あたしの一番の自慢は、この身体に流れるそのツェルプストーの炎。だから目の前に立ちはだかるものは何でも燃やすわ。たとえ王様だろうが――子供だろうが、ね」

 余興は終わった。

 お互いの殺気が一気に膨らむ。

 タバサの口からこぼれるルーン。

 そして、それを合図に――戦いが始まった。









 ――そしてあっという間に決着がついた。

 いやあ――やっぱり、真面目な描写は疲れる。

 皆様、どうぞ今後ともお気楽な私にお付き合い下さいませ。

 因みに、俺が格好良くなるシーンだけはまじめに描写するつもりだから安心して。



 ――あればだけど。



 それはともかく、決着がついたらしい二人。

 頬の血を舐めるキュルケが妙にエロティックなのだが――まあ、それもおいておこう。

 さて、立会人である以上、この状況をまとめねば。

 俺は二人に近づいていく。



「おーい、どうした? 急にドラゴンでも現れたか?」

「そしたら今頃私たちはこの世にいないわよ」

「急にエルフでも現れたか?」

「だから、そしたら私たちは此処にはいないって!」

「急にオスマンさんでも現れたか」

「底冷えすること言わないで、中途半端に現実味があるから」

「大丈夫、きっとキュルケなら許してもらえる!」

「……私は?」

「――オスマンさんの趣味次第だ」

 その場合、キュルケが許してもらえなくなる可能性が浮上するが。

「――はあ、あんた、話した事無かったけどこんな奴だったの?」

 心底疲れた様な顔で俺に言うキュルケ。

 何か、タバサとの戦いよりも、俺との会話の方が彼女の体力を削っている気がする。

「失礼な。普段の俺はこの上嘘つきの属性がつくぞ」

「たいして変わってないじゃない!」

 からかってはいるが、まだ、嘘はついていない。

 ま、だ、ついていない。

「んで? 正直なところどうしたんだ?」

 そろそろ本題に戻さねば話が進まないだろう。

 下手に逃げられても後味が悪い。

「参っちゃったな……。どうやら勘違いだったみたい」

 そう言ってぺろりと舌を出すキュルケ。

 まるで、悪戯っ子が、悪戯をバレたときみたいな様子。

 ――正直、彼女にはあまりにあわない。

 もしルイズがやってたら――いじめる。

 徹底的に徹底的にいじめる。

 もし妹がやっていたら――ルイズ同様だな。

 タバサもキュルケと同じ意見なのか、コクリと頷いた。

「うんにゃ? つまりどういうこと?」

 俺は、わざととぼけて首をかしげる。

 そんな俺の前、タバサはキュルケに近づき、焼け焦げた本をさし出した。

 キュルケはそれを確かめ首を振る。

「あたしじゃないわよ」

「――俺としては、当初から説明してほしいのだが」

 あくまでとぼける俺。

 大丈夫。

 説明の途中では寝ない――筈。

「ええ、良いわよ。でもその前に――」

 キュルケは杖を再び掲げた。

 その先から、花火のように小さな火の玉が何個も打ち上がり、辺りを真昼のように照らした。

 その明かりの中に、暗がりに潜んだ、ヴィリエ達の姿が浮かび上がる。

「ひ! ひぃいいいいいいい!」

「たーまやー」

 怯えるヴィリエたちとのんきな俺。

 どうやら花火を見ているのは俺だけらしい。

「何してんの? あんたたち?」

「い、いや! ちょっと散歩などを!」

「因みに俺は花火を見てた」

 打ち止めになっちゃったけど。

 ――言えばまた見せてくれるかな?

 思ったより綺麗だったから、ぜひまた見たい。

「散歩は後にして。あと花火もね? そうね、恥をかかせてくれたお礼をさせていただくわ」

 逃げ出そうとする女の子や、ヴィリエの足にタバサの風のロープが絡みつく。

 ここで俺が色々提案したら――やめておこう。

 ヴィリエはともかく、女の子が可哀そうだ。

 倒れた彼らに、キュルケは近づいた。

「ど、ど、ど、どど、どうして!」

「どうしてバレたのかって、おっしゃりたいの?」

 ヴィリエは痙攣するように頷いた。

 オー早い早い。

 恐ろしいまでのスピードで頷いている。

 何か有効利用できないだろうか?

 ――無理だ。

 とっさには浮かばない。









 というわけで、そっからはキュルケのお説教のお時間だった。

 強者は強者を知るのだとかなんとか。

 まあ、俺には到底関係の無い話だろうって事であえてスルーさせていただく。

 またその一方で、できれば戦う前にそれに気づけるといいんじゃないのかなあ。

 なんて僕は思うのでした、まる。





「そう言えば――」

 キュルケとタバサがお友達になった帰り道。

 俺はふと疑問に思った事を二人に聞いた。

「何で二人は俺を疑わなかったんだ? 風のドットで、しかも立会人なんて――明らかに怪しいじゃないか」

 それに対する二人の返答は以下の通り。

「強者は強者を知るのよ」

 ……俺、ドットなんですけれども。



[27153] 俺ってこんなに苦労人だったっけ? そのご
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/13 13:45
 トリステイン、レリスウェイク領。

 領主レリスウェイク家の屋敷。

 その一室に、押し殺したような声が響いていた。

「お兄様……」

 別に質素と言うわけでは無いが、別段豪華ではないベッド。

 声はそこから漏れていた。

 声の主はそうつぶやくと、いっそう強く枕を抱きしめる。

「お兄様……」

 絞り出すようなつぶやき。

 必死に何かをこらえているかのようなその呟きは、哀愁さえ感じられ――。

「あーもう! 我慢できない!」

 その叫びとともに、布団がはねのけられた。

 そこにはナイトキャップをかぶった少女。

 おそらく、町中を歩けば十人中十人が振り返るようなその可愛らしい容姿は――。

「うるさい!」

 ――怒られた。

 地の文なのに怒られた。

「そうよね。ちょっと気が焦って早めに家を出たら、思ったより早く学院に着いちゃった。そうね、そんなこともあるかもね。そうに違いないわ!」

 一人そう呟くと、サクサクと準備を整える彼女。

 彼女の中ではもはやそれは決定事項らしい。

 その目はきらきらと輝き、もはや空を照らす太陽に匹敵するまでの輝きを放つ。

「お兄様! 待っててくださいまし!」

 空高く貫く声。

 レイラが魔法学院に入学してもう少しで一年という時期の出来事だった。











「今更な事を言うかもしれないが、聞いてくれ。俺としては、このコミュニティの存在がきわめて疑問なのだが」

「あら、別に良いじゃない。お互い損してないんだし」

「……ごく自然」

「そうじゃなくてだな。何でこのコミュニティに俺は入ってしまっているのだろう?」

「それはほんとに今更ね。だってほかの男共は面白くないんだもの。面白い人のそばに人が集まるのは自然でしょ?」

「……旅は道連れ世は情け」

「面白いと言ってくれるのは素直に嬉しいが、しかし他の男共のが面白いと思うぞ。それとタバサ。確かに情けは大事だが、少なくとも俺たちは旅をしていない」

「……気持ちの問題」

「確かに、気持ちは伝わるが、言葉の選び方によってはそれはとてつもない齟齬を招くことになるぞ。コミュニケーションにおいてそれは致命的な状態になり、戦場においては死を招きかねない」

「……百聞は一見に如かず」

「確かに百の言葉よりも一回見た方が良いかもしれないが、見る事の出来ないものを伝える為に言葉と言うものが生まれたという事を理解してくれ」

「……言葉って難しい」

「確かに難しいかもしれないが、君の難解な意思表示を先ほどから必至にひも解こうとしている俺に対してもう少しの努力くらいは見せてくれても良いんじゃないのかい?」

「……道連れ」

「しかも伝えたいことが違った! 情けの大切さを語る善意の心では無く、情け容赦ない悪意の心だった!」

「……人は成長するもの」

「俺が君の意思をいつでもひも解ける様に成長するのではなく、君が自分の意思を正しく表現できるように成長してくれ!」

「……言葉は……大切?」

「そう、言葉と布団は人間が生み出した文化の内、もっとも価値ある物だ」

「……布団は大事!」

「そう、布団は大事だ!」

 ベッドの大切さについて意思疎通しあう俺とタバサ。

 よし。

 なんか違う気がするが、お互いの共通見解に落ち着いたということで良しとしておこおう。

 俺とタバサ、二人して頷く。

 俺たちは以心伝心完璧だ。

 そんな俺たちを、キュルケが呆れたような目で見ているがスルーさせてもらおう。

「まあ、布団の大切さはともかくとしてさ……」

 テーブル上のカップに紅茶を注ぐキュルケ。

 さて、俺としては、この下らない会話を延々と続けてても構わないのだが、そろそろ話を進めないといけない頃だろう。

 いや、むしろ、俺としては延々と続けていたいくらいなのだが。

 と言うわけでまずは現在の状況確認から入ろうか。

 今、俺たちはヴェストリの広場でお茶会をしていた。

 特にメイドが付いてるわけではない。

 放課後の気ままな休み時間である。

 此処に入学してから既に約一年。

 ゆっくりと休ませて貰った。

 少々、怠け癖がつきそうで怖かったのだが、その辺は日々のトレーニングを追加することで良しとする。

 そんなまったりとした日々も、後わずか。

 もう間もなく、使い魔召喚の日だ。

 15年と言う歳月の間に、すっかりとくすんでしまった記憶だが、それでも一応のストーリーは覚えている。

 機会があれば、カンペを見直して記憶を改めて思いだしたりもしてる。

 ――しているのだが……。

 少々、気になる事がいくつか。

 俺としては個人的に原作の破綻が好ましくない。

 俺の存在や、経歴はまあ良いとしても、それ以外に破綻が起きているのは、あまり好ましくないのだ。

 さて、何でこんな事を語るのかと言うと、話は俺の第一声に戻る。

 あれから俺たち三人――俺、キュルケ、タバサ――は、何かと絡むようになった。

 いや、正確には絡まれているのだが……まあ、その詳細はおいておこう。

 とにかく、何故かどっかであう度にこいつらが付いてくるのだ。

 少なくとも、原作において、俺の場所にいるキャラは、そんな立ち位置にはいなかった。

 ギーシュ達と馬鹿話こそしていたのかもしれないが、あまりキュルケ達には絡んでいないのである。

 いや、キュルケの追っかけの一人にくらいはなっていたかもしれないが、それはともかく。

 ――これはまずい。

 世の中、まして転生ともなれば、何がどう絡んでくるか分からない。

 ちょっとした事が命取りになる可能性なんて、ざらにあるのだ。

 よって、原作には忠実でなければならない。

 俺はギーシュ達と己が如何に紳士であるかについて語り合うべきなのである。

 だが、何故かそううまく事が運ばないのだ。

 確かに、彼とは友達と言える仲にはなっていると言えよう。

 これについては保証できる。

 しかし、どういうわけか、彼らとはそういう馬鹿話に話題が移行しないのである。

 むしろ、どちらかと言うなれば、キュルケ達との方が馬鹿話はするぐらいだ。

 下らない話をお互い延々と繰り返す。

 何故かその波長がギーシュとは合わない。

 これは一体どうしたことだろうか?

 本当にまずい。

 キュルケ達と知り合っているだけでも十分まずいのに、ましてやこっちのコネクションが無いなんて、ろくな未来がイメージできない。

 せっかく転生し『やった、これでゼロ魔の世界を、魔法をこの目で見れるじゃん。サイコー』とか思っていたのに。

 俺の楽しみを奪う気か!

 何だ?

 何がまずかったんだ?

 容姿か?

 容姿がまずかったのか?

 というか、どうせそれはないだろう。

 だって現実に、今は普通の体型をしているとはいえ、容姿は十人並みだ。

 到底ギーシュやレイナール達とは比べるまでもない。

 こんな容姿では、そこまで影響が出るとは考えずらいだろう。

 それに、本来の容姿だって今とはたいして変わっていなかった筈だ。

 とりあえず、当面の目標としては、ギーシュとのコネクション、そしてキュルケ達と一旦縁を切る事。

 そのつもりなのだが――。

 何故か会うたびに話しかけてきて、お茶会みたいになって。

 こちらとしては追い払うわけにもいかず……ずるずるとこの関係になってしまっている。

 どうしよう。

 ――まだ大丈夫と割り切るか?

 正直、かなり不安が残るが、今のところ他に案は無い。

 才人がちゃんと来てくれるかどうかが最初の分かれ目になるのだが。

 俺の目標は、あくまでも、原作のシーンを生で見て楽しむこと。

 何やら必死に苦労しているのを、脇で指差して笑いながら見てる事なのだから。

 とりあえず、現在のところは様子見――しかできない。

 思考のまとめはこんな所でいいだろう。

 今後とも、カンペを見ながら、この考察は続けていきたいと思った。

 そんなわけで、キュルケの会話の続きである。

「実際の所、トリステインの貴族ってつまんないのよ。皆が皆、誇りだの家系だので威張っちゃってさ。自分の実力が無いからって情けなさすぎるわよ」

「注意、俺も実力はありあせん」

 ついでに言うならば、俺もトリステインの貴族なのですが。

「それに対してさ、レイラは――実力はともかくとして――変に威張ってたりしないじゃない。あるがままを受け入れて居る感じ」

「俺はほめられているのか?」

「……たぶん」

 疑問に思ってタバサをみれば、彼女も彼女で似たような反応。

 おそらく『……たぶん(貶されてる)』と、略語が入っていただろうことはあっさりと読み取れた。

 全く持ってこの赤青コンビ。

 逆ベクトルにしてお互い伝えたいことが読み辛すぎる。

 それにしても実力はともかくとしてって――地味に傷つくぞ。

「だからね、タバサを含め、あんたと話してるとなんか和むのよね」

「俺に癒し系キャラの素質は無いぞ」

「……むしろ傷つける側」

 ――タバサ、おまえ、最近だんだんと毒舌になってきたな。

 よく喋るようになるのは良いことだが、多少は口を慎むことも覚えた方が良いぞ。

 口は災いのもと。

 ドラゴンのブレスにおいてはこの慣用句は、もっと直接的な意味で用いられる事が想像に容易い。

「知ってる? 私たちシャイニングスターズって呼ばれてるのよ」

「何で俺一人でトップはってるんだよ」

 この中に輝く様な髪に見えるのは俺一人。

 キュルケは赤だしタバサは青。

 白や金、銀の色合いがある被害者は一人だけ。

 俺は人身御供か?

 壁か?

 盾にして進むと言うのか?

 縦にしてして歩かせるというのか?

 殺陣(読み:たて)をさせるとでも言うのか?

 殺陣については自分たちでやってくれ。

 しかし、どうする?

 輝く様な髪の色――。

 ギーシュでも引っ張り込むか?

 キュルケ×ギーシュ。

 ――駄目だ。

 イヤな予感しかしない。

 もっと希望的観測結果の得られる未来を――。

 タバサ×ギーシュ。

 駄目だ、悪化した。

 何だこれ。

 ギーシュ、もっとしっかりしろ。

 情けなくて良いからしっかりしろ。

「そうじゃなくて、この学園きっての期待の星ってこと。すごいじゃない?」

「あえて言おう。俺の何処にそこに入る素質があった?」

「……オーラ」

「何度も言うようだが、君たちは俺を過信しすぎだ。俺は君たちが考えるほど優れた奴じゃないぞ」

「……私たちが考えてるよりも下だったら、あなたはほんとにろくでもない人間」

「おまえは俺をどれだけ低くみているんだ!」

 俺のツッコミに、肩を震わせて、こっそりと笑うタバサ。

 どうやら、ツッコミが来るのを狙って言っていたらしい。

 やっこさん、埋めたろか?

 笑いの世界に興味があるのは良い事だが、あまり他人をからかうものでは無いぞ。

 俺が言えたセリフじゃ無いかもしれないが。

「――でも、少なくとも私はあなたと戦いとは思わなかったし、今でも思わないわ」

「……それについては、私も同意」

 ちょこっと雰囲気を変えたキュルケの言葉に、タバサが頷いた。

「いや、それは違うだろ。戦う気が起きないってだけで」

「あら、戦いたくないと、戦う気が起きないは、全くの別物よ。私たちは、戦いたくないの」

 そこで彼女は紅茶を一口飲んだ。

 彼女の喉が、妖艶にうねる。

「あなたと戦って、失う物こそあれ、得られる物がまるでなさそうなのよ」

 カップを置きながら、彼女は呟いた。

 香りの余韻に浸るように――いや、彼女の目は何か遠くをみているように感じられる。

「傍にいるだけで、見ているだけで復讐だとかがどうでもよくなってくの」

 俺をちらりと見たその瞳は――。

「あなたみたいなのとなんて――あなたみたいな人間を、私は絶対に敵に回したくないわ」

 ――広場に沈黙が降りた。











 ――と。











 急に、俺の背筋に寒気が走った。

 ビビビビっと。

 正座のし過ぎで足がしびれたあの感じ。

 あれが背骨をゾクゾクと駆けあがった。

 何だ?

 何が起きている?

 何が起きようとしている?

 他二人よりも一瞬早く危機を感じた俺は、すぐさま感覚を鋭敏化させる。

 右――火の塔が、その傍には厨房の人たちが使ったのか、空き樽があるが、特に異常は感じない。

 左――特に見あたる物は無い。

 前――キュルケ達がのんびりとお茶会中。

 そうなると残りは――。

 そこまで考えた時だった、その音に気づいたのは。

 遠くから響く、地響きのような音。

 まるで怪獣が体育祭でも行っているかの様な足音が、遠く後ろの方から聞こえてくる。

「……ぃ……まぁ……」

 その足音に混じって微かに聞こえる声。

 異質な音楽隊はまっすぐこちらに近づいてくる。

 キュルケとタバサも、ようやくその音に気づいたのか、辺りを見渡した。

 ――これは……この声はまさか……しかしなぜ!?

 それに気づいた俺の反応は早かった。

 キュルケ達の視界が俺から外れた一瞬。

 その一瞬の内に、俺は火の塔の横にあった樽に飛び込んだ。

 電光石火。

 我ながら大したスピードだ。

 自分の偉業を自画自賛しつつ、樽の隙間から広場を観察する。

 そのタイミングで、向こうもようやく俺が消えた事に気付いたようだった。

 突然消えた俺に驚いて改めて周りを見渡している。

 そして、そんなキュルケ達の元に、もう一人のアッシュブロンドがたどり着いたのはその直後だった。

「すいません!」

 第一声で謝罪の言葉を口にすると共に、彼女はそこで止まった。

 膝に手をついて肩で息をする。

 それだけで彼女が全力で走ってきただろう事が容易に想像できる。

「はぁ……はぁ……失礼しますが、こちらにハンサムで優しくて格好良くて、まるで王子様のような男性がいらっしゃいませんでしたか?」

「知らないわ」

「……全く心当たりがない」

 よし、流石彼女たち。

 知らないふりをしてくれた!

 してくれたんだけど……。

 ……即答されると流石にちょっと傷つく。

 いや、確かに俺はかっこいい訳じゃないけどさ――なんか、心の奥の方になにかが刺さった気がした。

「そうですか……こっちの方からオーラを感じたのですが――」

「あんたもたいがいな人間ね」

「……超常的探知能力」

 タバサの評価は正しい。

 あの遠距離からオーラを探るなど、超常的と言って間違いないだろう。

「そうですか……勘違いでしたか……」

 そう言ってしょんぼりする女の子。

 しかし、その瞳が突然細くなった。

「……匂います」

「は?」

 ポカンとする二人。

 それに対し、少女は鼻をひくつかせながら辺りの匂いを嗅ぐ。

 その様子は、まるで警察犬のようだ。

 そのまま、彼女は首をひねりながら、あちこちを観察する。

 テーブルの下。

 キュルケ達の後ろ。

 自分が来た道。

 そして――、その視線がテーブルで止まった。

 二人の人間。

 それに対して三つのカップ。

 彼女は目を見開くと、震える手でカップをつかむ。

 それに併せて揺れる、中の紅茶。

 まるで宝を見つけたインディージョーンズの様な表情。

 宝にたどり着いた事に歓喜するかのような。

 それでいて、宝の存在に恐怖するかのような。

 様々な感情が入り混じり、最終的に喜びがギリギリで打ち勝ったような表情。

 ――ゴクリ。

 一人、彼女はつばを飲む。

 覚悟を決める為だ。

 このままでは先に進めない。

 真偽を確かめる為の儀式だったのかもしれない。

 ゆっくりとカップがその細い唇に当てられる。

「あっ!」

 キュルケが思わず反応したが、僅かに遅い。

 そのまま――彼女はそれを一気に飲んだ。

 一気に口に含むと、そのまましばし停止する。

 まるで口の中で――いや、そこから始まる身体全体でその味を調べるようなゆったりとした動き。

 いや――彼女の場合、その動きは決して遅くは無かった。

 ただ、その動きがあまりにも堂々としていた為、誰も止める事が出来ない。

 それらの感情が連鎖し、学園の片隅。

 この辺りだけの時間の流れをスローにした。

 そしてゆっくりと飲み下し始める少女。

 つれて規則正しく揺れる喉。

 それに併せて、ゴクリ、ゴクリ、と辺りに響く音。

 小さいはずのその音が、遠くにいるはずの俺に聞こえると思えるほど、それは圧倒的な光景だった。

 彼女はそのまま紅茶を飲み干すと、彼女は空を向いた。

 頬は赤く染まり、その瞳からは一筋の涙が垂れる。

 それはようやく宝に巡り合えた喜びからか。

 この場所に、この世界に、この時間軸に居られる喜びか。

 少なくとも言える事が二つだけある。

 一つは、彼女が、のどの渇きを潤しただけで涙を流したわけではないという事。

 そしてもう一つは……キュルケとタバサが間違いなく引いていた事。

 いつの間にか、キュルケとタバサの椅子が、テーブルからちょうど一歩分だけ離れている。

 しかし、そんな事少女にとっては関係ない。

 彼女は恍惚とした表情で――一言だけ、呟いた。

「あぁ……お兄様の味だわ……」

 それは夢見る乙女のようで、空に向けた言葉はまるで祈りの祝詞の様で……。

「……お兄様?」

 彼女の言葉の中から、たった一つのキーワードをタバサが聞き取った。

 聞き取りながらタバサとテーブルの距離は、もう一歩分離れていた。

 キュルケもその距離を、着実に離す。

 だが、少女にとってはもはやタバサの言葉など聞く気が無い。

 即座に辺りを見渡し――俺の場所を見て動きを止めた。

 いや、動きを止めたんじゃない。

 彼女の動きは止まっていない。

 樽の隙間越しに目があった――その瞬間に、時が止まったかのようなプレッシャーを感じただけだ。

 そのプレッシャーが俺に、時が止まったとさえ思わせる恐怖を与えただけだ!

 そのまま、少女は流れるような動きでこちらに近づいてくる。

 ――まずい。

 これは……これは、明らかにばれている。

 ――どうする!

 どうする俺!

 逃げ場は――無い!

 逃げられ――無い!

 緊急事態、絶体絶命、四面楚歌。

 必死に考える俺。

 俺の背中を冷や汗が流れる。

 しかし、現実は残酷だった。

 そのまま彼女はゆっくりと近づいてくると――彼女はそっと俺の上から樽をどかす。

 ゆっくりと光がさしてゆく視界。

 光が恐怖を与えるなど――こんなに珍しい事も無いだろう。

 差し込む光の量が、臨界点を超えた。

 そして俺の姿を確認するや否や、にっこりと微笑む。

「お久しぶりです。お兄様」

 久しぶりにあった妹は、ずいぶんと幸せそうな笑顔をしていた。



[27153] 俺ってこんなに苦労人だったっけ? そのろく
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/13 13:52
「あんたが兄?」

「イエス」

「そしてあなたが妹?」

「いいえ、妻で――」

「――イエス。妹です」

 言葉を遮って言うと彼女は悲しそうな視線を俺に送り、炊き抱えるようにしている俺の右腕をいっそう強く抱く。

 その容姿は、家族であるという俺の色眼鏡を抜きにしても、十人いたら十人が間違いなく可愛らしいというだろう完成度。

 肩ほどの長さの髪がウェーブを描いて、俺と同じアッシュブロンドに輝いていた。

 こてんと俺の肩に首を乗せているその様は、兄妹にしか見えないだろう。

 アレイシア・ド・レリスウェイク。

 俺の一つ下の妹にして、トライアングルクラスの土メイジ。

 この年でそれだけの実力を持っているのだから俺なんかとは違い、一族でも指折りの天才としてもてはやされて、俺なんかとは比べ物にならない程の両親からの待遇を受けている。

 毎日パーティー、昔はそうだったが、今ではそのパーティーにすら飽き、プレゼントをもらう程度でで止めているという、ある意味王女様クラスの待遇を受けている我が妹だ。

 因みに、俺が六歳から相手にされなくなったのは、彼女が魔法の才能の片鱗を見せ始めた為。

 俺と違い、三歳で魔法を使うことさえ無かったが、子供ながらに俺が魔法を練習する様を見ていたのだろう五歳で砂を土に錬金する事に成功。

 以後、目覚ましい成長を遂げ――俺の歓迎は彼女に全て持ってかれたと。

 まあ、別に俺としてはそんな事を一々怨んじゃいないし、むしろパーティー嫌いの俺としては、自分の時間が出来た為、感謝してすらいた。

 そんな彼女だが――何故か、昔から俺の後ろをついてくる。

 まあ、確かに小さい頃はずっと遊んでいたさ。

 両親なんかとは比べ物にならないくらいの時間を一緒に過ごしていたし(俺の魔法の練習を横で眺める妹の図)確かに懐かれるだけの要素はあっただろう。

 彼女が何か欲すれば、それに対して彼女に優しく諭したりもした。

 妹にとって、ある意味親の様な存在という事もそこにはきっとあるのだろう。

 だけど――それでも普通はそろそろ嫌悪感を抱く時期が訪れても良いのではないだろうか等と思ったりもする。

 どんな家族だって、その中における異性に対して嫌悪感を抱き始めるようになるのは、至って普通の事だろう。

 それが女の子ともなればなおさらだ。

 反抗期も重なって父親には冷たくあたり、兄に対しては侮蔑の眼差しを向ける。

 これが普通の家なのではないのだろうか。

 そう考えた俺はちょうど思春期の時期を狙って彼女からは距離を置く様にしていたのだが……。

 何故だろう?

 彼女は未だに俺の後ろをついてこようとする。

 俺としては全力で距離を置こうとしたのだが、それでも彼女は彼女で何故か親離れをする傾向に無い。

 いや、正確に言うなれば、親離れはとっくにしている為、兄離れだけが出来ていないのだが……。

 まあ、それはともかく。

 一時期は本気で離れようと、家を出て数カ月ぶらり魔法修行の一人旅なんかも敢行したのだが、家に帰って来た時、リバウンドなのか一層俺に対する依存がひどくなってしまったり。

 あえて嫌われるようわざと冷たい態度を取ったり(罪悪感から、それに見合う気づかいを見えないところでするような事があったが、シアの事だ、気付いてないだろうから問題ない)。

 色々と試してみたものの、結局どうしようもなくなり――むしろ何かをやるたびに彼女の兄依存が酷くなる為、今ではややあきらめの態勢に入っている。

 どうせ、ストーリーには関係ない部分だ。

 何があったかなんて大した問題では無いだろう。

 結果、彼女の兄依存はとめどなく膨れ上がり、今では俺が若干の恐怖を抱く程度にまで発展していると。

 また、これも俺の影響なのか、分け隔てのないその性格は平民からの受けも良く、領地の皆はまるで自分の娘のように彼女を慕ってくれている。

 ――これについては、間違いなくいいことだと言えるだろう。

 領民と仲良くなる。

 上に立つ者の子供として、まさしく模範的姿だ。

 俺が一緒にやった農業体験が良かったのだろうか。

 初めは農家の子供と、喧嘩していたが(中々可愛い黒髪の女の子だった。みんなでその子の作った料理がおいしいって褒めながら食べてたら突然キレた。未だに謎の事件として記憶に残っている)最終的にはお互い仲良くなり、今では料理に関してお互い腕を競い合うライバルの様な仲にまでなっている。

 妹が誰かと仲良くしている姿というのは、兄から見ても実にほほえましい。

 今後ともその子と仲良くするように言ったら、複雑そうな顔をしていたが、きっとライバルに対して素直にそういう気持ちになるのが難しいというだけだろう。

 以上が、アレイシアに対する俺の見解だ。

 一方、キュルケの方はキュルケの方で何か思うところがあるのか、眉間を揉みながらため息をついていた。

「はぁ……レリスウェイク領って、変な魔獣でも生息してるの?」

 ――む?

 随分と失礼な言われようだな。

「……違う」

 と、流石のタバサも失礼だと感じたのか、明らかに否定の意味を込めて首を振る。

 あれ?

 さっきまでは俺をからかってただけで、俺の妹の前では思ったよりも常識人――?

「……魔獣の方がまとも。住人が異常」

「お前の方が失礼だ!」

 ブルータスお前もか!

 先ほどの一瞬の俺の罪悪感を返せ!

 いや、罪悪感は返すな!

 罪悪感に対する責任を取れ!

「駄目よタバサ。領主の頭が残念なだけで、領民の方々は普通かもしれないじゃない」

「……悪かった。謝罪する」

「お前らから謝罪の意思が感じられない! それと俺の頭を残念って言うな! 残念なのはコルベ――」

 ――ゾクリ。

 瞬間、未知の恐怖が俺を襲った。

 理由なんて分からない。

 ただ、妹に捕捉された時とはまた違う、もっと直接的な殺気!

 それはまさに蛇に睨まれたかのような。

 炎の蛇に睨まれたかのような。

 歴戦の兵に睨まれたかのような殺気!

「……レイラ。この学園でその話題はアウトよ。あなたの命が危ないわ」

「……執念は恐ろしい」

 ……あれ?

 コルベール先生ってこの時代でこんなに評価されていたっけ?

 なんか、もっと馬鹿にする対象みたいに扱われていた記憶が……。

 何故だ?

 何があったんだ?

 これも胡蝶の羽ばたき。

 バタフライエフェクトってやつなのか?

 ――小さな変化で世界は激変する。

 これが、兆しか?

 だが、結果がどうであれ、もはや後には戻れない。

 いずれにせよ、様子を見るしかないのだから。

「ま、否定するのは勝手だけど、“ゼロ”でこそ無い物の、あなたも結構周りからの評価は微妙よ。二つ名……なんだっけ?」

「……“風狂”」

「そうそう。“風狂”のレイラ!」

「俺――いつの間にかそんな二つ名がついてたのか……」

 い、いつの間に――俺、そんな二つ名初めて聞いたぞ。

「お兄様! 格好良いです! 今までにも増して格好良いです! 思わず惚れてしまいそうです! お兄様好きです結婚して下さい!」

「一昨日きやがれ」

「あと二日早く家をでていればああああぁぁぁぁぁ!!!」

 嘆く様に頭を抱えてその場に崩れ落ちる我が妹。

 ――そう言う意味では無いのだが……まあ、おとなしくなったので良しとしておこう。

「っていうか、何でそんな異端みたいな名前の俺がこのチームにカウントされてるんだ」

 シューティングスターだっけ?

 シャイニング?

 なんでも良いけど、変なグループに勝手に入れないでほしい。

 原作がぶっ壊れる。

 既に手遅れな予感はひしひしとしているが。

「だってあなた、実質筋は良いのよね。魔法だって使った事が無いってだけで教えればすぐに使えるようになるし。応用も利くし。普段からランニングとかしてるから運動もあまり問題無いし。座学――特に数学や薬学に関しては教師ですら驚かせる法則を叩きだしてるし」

 一つ一つ、指を折りながら数えていくキュルケ。

 ――なんか、こう聞くと凄い奴のように思えるかもしれないが、実質そんなことは無い。

 タバサなんかは、魔法の種類によっては教師が驚くどころか閉口してなんにも言えなくなる事があるし。

 実はあのギーシュですら、結構高評価を受けていたりする。

 つまり、教師陣は思ったよりも生徒を褒めやすいだけなのだ。

 まあ、おそらくそれが、貴族社会のマナーって奴なのだろう。

 お互いを褒めあう。

 まあ、損はしないし、お互い良い気分になれるんだから問題は無いだろう。

 ――傍から見てると実に気持ち悪いが。

 とにかく、俺は無難にこなしているってだけで、大したことは何も出来てはいないのだ。

 この間、キュルケが無理矢理俺に教えたファイアボールだって、ピンポン玉サイズが限界だった事などから、その辺は簡単に推察できるだろう。

 そう考えるとバスケットボールサイズの火球を作り出すキュルケは、やっぱり凄いんだと実感できる。

 ダイヤモンドやチタン、アルミニウムを錬金する我が妹も我が妹で凄いが。

 ウインドブレイクですら、ちょっと強い風――くらいになってしまう俺の弱さに死角は無いのだ!

 しいて言うなら、座学に関しては、前世の記憶のおかげか、定期的に見直せばすぐに頭に入ってくる。

 数学なんて、一番難しい範囲で中学生の方程式クラスなんだから、その難易度は察して貰えるだろう。

「ただ、行動と言動、そして思考回路があまりにも異常だから。そしてついた二つ名が――」

「“風狂”――とな?」

 ――これはフライの授業の時に、翼人扱いされる事を覚悟の上で翼を出しとくんだったか?

 そうすれば、少なくとも二つ名は“翼人”か“双翼”、または“白翼”とかになっただろうに。

 それにしても“風狂”って……まあ、風メイジだし――嫌では無いけどさあ。

「実際、さっきまでの私たちの会話。他の貴族だったら名誉棄損で決闘を申し込まれても文句が言えないような事ばかり言っていたのよ」

「自覚があったのか――」

 俺はがくりと肩を落とす。

 自覚ある悪意はどうしようもない。

 あきらめるしか道が無いのだから。

「なのにあなたはまるで怒る気配が無いし、むしろ飄々としてる」

「怒っていますが何か!」

 ツッコミに過度の期待をするなよ!

 俺だって人間だ、怒りくらいはするぞ!

「あら、怒ってたの?」

「……気付かなかった」

「お前たちはもっと他人に優しくあれ!」

 ひとにやさしく。

 ひとは誰でも、くじけそうになるもの。

「へへん! 私は気付いていましたわよ! お兄様はさっきから怒ってましたわ!」

「ならば何故お前――」

「お兄様。シアです」

「シアは味方につく言動をしない!」

 いつの間にか復活していた愚妹に一喝。

 シアは、それに目逸らしで対応。

 こいつめ――。

「――とまあ、あなただと何故かこういう風な雰囲気になるのよね」

 そう言ってため息をつくキュルケ。

 むしろため息は俺がつく場面では?

「はあ、まあ楽しいから良いけどさ、俺だって人間だ、そんな事だといつか逆鱗に触れるぞ」

 まあ、触れたからっていって決闘しても勝てやしないんだが。

 そうなるとなんだ?

 夜道は背後に気をつけるんだな、とでも言っておくべきなのか?

「まあ、あなたの話はこの際置いておくとして――」

 自分で話題にしておいて自分で終わらせる女。

 キュルケ(略)ツェルプストー。

 読めない女だ。

 まあなにはともあれ、ようやく本題。

「改めてそちらの妹さんを紹介して下さらない? いい加減に焦れているでしょうし」

「お兄様がいらっしゃる環境において私が焦れるなど、夜のお遊びの時ぐらいですわ」

「……あなた、さっきから思ってたけど妹に対して何してるの?」

「ちょっと待て、俺は何もしてないぞ。こいつ――」

「お兄様。シアです」

「……シアの妄想は確かにたくましいが、妄想と現実は別だ」

「私が止めてと言っているのにお兄様ったら止まらずに私の中を突き進んできて……」

「…………」

「全部こいつの妄想だ」

「あら、お兄様ったら二人で過ごしたあの熱い夜を忘れてしまいましたの?」

「おまえの妄想を語るな!」

「一晩中チェスをして過ごしたあの夜……最後の防壁まで突破され、悲鳴を上げる私に対して怪しく笑いかけるお兄様……今でもはっきりと思い出せますわ」

「…………」

「…………」

「――あら、お兄様? 一体何を想像したんですの?」

 そう言って俺に笑いかける妹。

 その笑顔は、アッシュブロンドの髪と相まって、異常なまでの輝きを放っていて――。

「もうお兄様ったら――そう言う事がしたければ何時でも言って下さればいいのに、私なら断りませんわよ。むしろ今夜にでも――」

 そう言って俺に垂れかかるシア。

 ハリと形の良い胸が、俺の腕に当たって形を変える。

 ――しまった! 孔明の罠か!

 俺はピクピクと頬を痙攣させる。

 そんな俺を見かねたのか、キュルケがため息をつきながら切りだした。

「それじゃあ妹さんの事を紹介してもらえる?」

 かつて無いほどさわやかな笑顔。

 爽やかなキュルケ――新しい。

「義妹って呼ばないで欲しいです。私はあなたの妹では無く、お兄様だけの妹です」

 そう言って俺に強くしがみつくシア。

 やめてくれ。

 また話が進まなくなる。

「……って言ってることだし、まずは名前から」

「ああ、じゃあ改めて――」

 そう仕切り直すと、俺は軽く彼女の経歴を話す。

 土のトライアングルである事。

 趣味は料理である事。

 ダイヤモンドやチタンについては、錬金出来る事を教えてしまうと今後の市場に大きな打撃を加えてしまう事になるので、二人だけの秘密だ。

 今、テーブルに立てかけている杖――として俺が使ってる槍も全部彼女が錬金&固定化をかけた高級品中の高級品だからな。

 家族料金でお金は無料だが。

 そんな感じで、二人にシアの事を紹介する。

 それに合わせて、シアに対しても二人の事を紹介した。

「――とまあ、こんな感じかな」

 ある程度話したところで、そう一区切りついて二人を見ると、二人は唖然とした目でシアの事を見ていた。

 ――ん?

 あれ?

 何か俺、地雷踏んだりしたか?

 すると、まるで大型のマルチ詐欺に引っ掛かり、住む家まで取られたかのような表情で、キュルケが呟きだす。

「えっと……聞き間違いだったらごめんね。今、この子が土のトライアングルって言った?」

「ああ。もうすぐスクウェアになるんじゃないかって、うちの領地では期待されてたぞ」

 少なくとも俺が居た時は。

 今ではどうなのか。

 正直その辺は分からないが、シアが何も言わないことから、おおよそ変わってはいないのだろう。

「……レリスウェイクって、一体どんな土地なのよ」

 再びのため息。

「……思考がずれる代わりに何らかの才能を発見できる土地?」

 何か知らんが、タバサもキュルケと似たような反応。

 しかしこいつら、さっきからやたらと失礼だな。

 これではまるで俺が頭おかしいみたいじゃないか。

 確かに俺の両親は頭がおかしいかと言われれば一概には否定できないが、それでもそんなひどい場所じゃないぞ。

 それに、結構レリスウェイクは良い土地だ。

 最近の手紙によると、市街地の整備が整ってきたのか、かなりの数の観光客を稼いでいるらしいし。

 ま、それはそれとしてだ。

「それにしてもお前――」

「お兄様、シアです」

「……シア、入学式はまだ先じゃないか?」

 よく分からないが、おそらくまだ先だろう。

 俺が来た時だって、もう少し後だった筈だ。

 季節的にはもう少しかもしれないが――。

 それのこの時期じゃ、確かに卒業生はもう出てってはいるが、まだ荷物等の整理の関係で寮には入れない筈だ。

「ええ、ですが我慢できなかったので早く来ちゃいました!」

「早く来ちゃいましたって……お前、部屋はどうするんだよ」

 本当にどうするんだよ。

 なんとか一室だけ開けてもらうか?

 どうもそう都合よくはいかないだろう。

 うちだけ特別ってのは良くないから、それは出来ない筈だ。

 一体どうしたら――。

 悩ましげにため息をつく俺。

 しかし、シアはシアで考えがあって来たのか、ニコニコしている。

「ですから、寮に入れるようになるまでお兄様の部屋に泊まります!」

「却下だ。帰れ。今からならレリスウェイクまで帰ってゆっくりして帰ってくるだけの時間がある」

 彼女の提案に対して即答。

 当然だ。

 そんなあてで此処にいるつもりなら当然送り返す。

「そんな、酷いです! お兄様は私にお兄様の部屋の前で寝ろとおっしゃるのですか?」

「俺は帰れと言った筈だが」

「お兄様のお傍が私の居場所。帰るところですわ」

「レリスウェイクに帰れ! 全くあの両親は一体何をしてたんだ!」

「『今ならアルビオン相手に破格の値段でモノが売れる! 今こそ儲け時よ(だ)!』と叫んで飛び出して行きました」

「今領地誰もいないじゃないか! 一体どうしてくれるんだあの金の亡者どもめ!」

 流石は“誇りで腹は膨れない”を家訓にしている家だ。

 思考回路が伊達じゃない。

 少しは領民の苦労を考えてやれ。

 きっと彼らなら苦笑で許すだろうが。

「……ねえタバサ、私レイラが普通の人に思えて来たんだけど、何か水の毒物に侵され始めたのかしら」

「……私も同じ」

 横ではキュルケとタバサが遠い目で何処かを見ていた。

 きっと空飛ぶ鳥でも見ているのだろう。

 ああ、明日も晴れるかな。

「それに男子寮は女子立ち入り禁止の筈だ!」

「……タバサ、そうだっけ?」

「……立ち入る人がいないから分からない。女子寮はそうだけど男子寮で聞いた事は……」

 チクショウ赤青コンビ!

 こんなときくらい気を利かせて味方に付きやがれ!

 遠い眼して鳥を見てれば良いってもんじゃないぞ!

「それも問題ありません。誠意(殺意)を持って話したらオールドオスマンが許可をくれました!」

 そう言って何らかの書状らしきものを見せる妹。

 そこには書きなぐるようにして文字が書かれ、端にはオスマンとのサインが入っているが――。

 ――それ以上に、隅に赤黒い染みがあるのが気になる。

「……妹よ。この染みはなんだい?」

「私の月――」

「下品な嘘は止めなさい」

「クソジジイの血ですわ」

 笑顔で言われても、恐怖以外、私は対応が出来ないのですが。

「えっと……どんな過程でついたのかな?」

「サインの途中でネズミが耳元に走って行ったと思ったら『な……なんじゃと! は……履いて無――』とか呟いたと思ったら鼻血を吹きだしました」

「…………」

 えーっと。

 この場合は何処からツッコんだらよいのだろう?

 文章全体が問題ってなんだよ。

 オスマンもオスマンだが――今はそれ以上に――。

「――なあ、妹よ」

「なんですかお兄様!」

 いっそうの輝きをもってそれに応える我が妹。

「…………」

「…………ニコニコ」

 口でニコニコとか言っちゃってるし。

 ――これ、どうすべきなんだ?

 呆気にとられる俺。

 満面の笑顔の妹。

「……ベッドはどうするんだ?」

「一緒で良いではありませんか」

 確かに、領地ではお金が勿体無いという事と、妹が欲しがらないという理由で二人同じベッドに寝ていた。

「……分かった。じゃあ今日から一緒に住もうか」

「ありがとうございますお兄様!」

 笑顔と共に俺に抱きつく妹。

 それに合わせてスカートが風に翻る。

「…………」

 それについては。

 そのスカートの中身については、聞いてはいけない。

 聞いても何も良い結果は待っていない。

 それを察した俺は、そっと遠い空を見上げる。

 こうして、“剛突”のアレイシア・ディーン・ド・イー・レリスウェイクがしばらくの間俺の部屋に間借りする事になった。










 因みに、キュルケ達が遠い世界のお茶会から帰って来たのは、夕暮時であったという。



[27153] 手ってこんなに暖かかったっけ? そのいち
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/14 00:03
 ――奇跡ってのは存在する。この物語を終えて、俺はそう思った――











「命ってさ……」

「ん? 何?」

「命の重さって、一グラムなんだって」

「へえ……誰から聞いたの?」

「誰から聞いたかは覚えてないけど、そんな話を聞いた事がある」

「まるであてにならない情報ね」

「まあそうだな」

「で、なんで一グラムなの?」

「ああ、人が死ぬ直前と死んだ直後で体重を計った人がいるらしい」

「で、その差が一グラムだったと」

「ま、そんな感じだ」

「随分とチープな話ねえ」

「信憑性がまるで無いな。ある種都市伝説と近いものさえある」

「大体その一グラムって、測定誤差か汗でしょうが」

「違いない。でもさ、もし本当に命の重さが一グラムだったとしてさ――それって命が軽くなったって言えるのかなあ?」

「命が――軽く?」

「よくさ、命の重みとかって言うじゃん」

「言うね」

「あの重みがさ……軽くなったって言えるのかなあ……」

「さあ……そもそもあれは意味が違うだろうしね」

「『あなたと私では命の重みが違うのです』とかさ。皆一グラムだったら重みに違いなんてないだろうに」

「違いなんてないんじゃない?」

「ん?」

「命の重みに違いなんて無いんだよ。偉人だろうと、天才だろうと、あんただろうと、うちだろうと。そっちの方が、何か綺麗じゃない?」

「随分と平和主義に洗脳された考え方だなあ」

「なんかその言い方やめて、印象が一気に悪くなる」

「戦争ダメ絶対! って教育で教えた結果、皆が皆戦争が悪い事だと認識するのと、戦争一番! って教育で教えた結果、皆が戦争が良い事だと認識する事に大した違いは無いと思うんだよ」

「うっ……あながち間違ってない」

「問題は、その状況の異常さにいかにして気付くかって事なんだろうねえ」

「だねえ」

「……で、もとの話は何だっけ」

「……命がどうこうって話だった筈だけど」

「ああ、パスパス。重い話は止めよう」

「そうそう、命と同じぐらいこの話は重いわ」

「ヘビーな話は止めにして、ベビーの話をしよう。この間、佐藤さんちの猫が子供を産んだらしい」

「うそ! 子猫! 新しい命じゃない! 見たい見たい!」

「じゃあ、明日の帰りにでも――」











 例えばの話しだ。

 例えば、何の問題も無く過ごしている人、何の違和感も無く過ごしている人にとっては、今日は何にも変わらない普段通りの一日だ。

 おそらく王女様はいつもどおりに仕事してるし、商人の方は商売に精を出してるし、うちの両親は……まあおそらくろくでもない事をしているだろう。

 これは今、今日この場にいる人たちにとっても近いものと言えるだろう。

 この場にいるからと言って、それが特別な事だとは思っていない。

 特別な日で、特別な時間で――でも、それが特別な事だとは思わない。

 自分の一生のうちの特別な時間の一つ。

 唯一では無く一つという捉え方。

 だけど、知っている人にとって――このタイミングが全ての物語の始まりだと知ってる人にとっては、彼らとは比べ物にならない程の大きな意味が、この時間には内包されている。

 今日この日――使い魔召喚の儀式の日。

 唯一無二の物語の始まりの日。

 今までの日常がひっくり返りそうになるほどの――あふれんばかりのイベントの始まり。

 物語の最初。

「五つの力を司るペンタゴン……」

 俺は一つ一つの言葉を、噛みしめるように紡ぐ。

 今まで数多く唱えた呪文なんかの比では無い。

 これは、始まり。

 ディズニーランドでパレードが始まるのを待つ時の気分。

 ゆっくりと目の前を通過するパレード。

 しかし、最初は何もないのだ。

 音楽が流れ、それから少しずつ姿が見えて来る。

 俺が唱えるこの言葉は、彼女が唱えるまでの前座だ。

 本番は彼女の――ルイズの召喚。

 だから、俺はそれまでの役割をしっかりとこなしてみせる。

 前座は前座らしくしっかり――クライマックスへと向けて流れを作ってみせたらいいんじゃないかな。

「我の定めに従いし……」

 大事なのは俺じゃない。

 俺の使い魔は、きっと鳥かバグベア―か、運が良くてグリフォンが出てきたりするだろうか。

 いや、そんな大層なものが出てこなくても良い。

 だが、出てきたところでそんなところだろう。

 こんな運任せの事象に俺は期待してはいない。

 だから俺は、彼女の召喚が正しく行われるよう。

 ちゃんと才人を召喚できるよう、流れを乱しちゃいけない。

 普通に――あくまでも普通に召喚すれば、それで良いんだ。

 だから俺は、この召喚をさっさと終わらせて、彼女の動きを見る!

「使い魔を召喚せ――」

 そこまで唱えて、杖を振りおろそうとした俺。

 まさにその瞬間だった。

 俺の呪文が完成するまさにその直前。

 俺の目の前の地面が爆発した。

 あまりに突然の事。

 どうしようもないほどの突然の出来事に、俺は呆然となった。

 黙々と立ち上がる白煙。

 ――何故だ?

 俺の呪文は完成していなかった筈だ。

 確かに、フライ、ディテクト、スコープだったら、ある程度未完成な状態でも発動する事が出来る。

 しかし、今回のこれはそれらとは明らかに一線を画する。

 何故、未完成なままで呪文が発動したのか。

 周りの皆は、失敗したなど夢にも思っていないらしく、使い魔の姿を我先に見ようと、煙の中に目を凝らす。

 そしてゆっくりと煙は晴れていき、そこには――。







 ――見慣れたアッシュブロンドの少女が座り込んでいた。







 ――思わずツッコむのを忘れてしまった。

 まあ聞いてくれ。

 俺は使い魔を呼び出す呪文に失敗し使い魔を呼び出せなかったと思ったらそこには妹が居たんだ。

 何を言っているのか分からないと思うが正直俺にも分からない。

 何しろ、全てが完全に意味不明なんだ。

 状況が一切不明だ。

 ――ちょっと落ち着こう。

 周りがざわざわと騒がしいのを良い事に、少し落ち着かせて貰おう。

 召喚の儀式で妹が出て来る。

 これは、例えるならば、お気に入りの映画のその中でも特に好きなキャラが出て来るだけループさせていたら、その内そのキャラが画面から飛び出してくる様なものだ。

 つまり、画面の向こうには井戸があって、白い服着た女性がわざわざ迎えに来てくれると。

 きっと彼女は二次元の世界へ連れて行ってくれるんだ。

 そのまま、世界は終わりを迎えて、宇宙の始まりのビッグバンが教頭先生の頭の光と仏の後光なんだ。

 ――ダメだ。

 やっぱり混乱している。

 思考が意味をなさない。

 これは本格的に落ち着かねば。

 すーはー、すーはー。

 大きく深呼吸を二回。

 さて、少し落ち着いた。

 落ち着いたところで豆知識だ。

 そもそもブリヂストンとは元々、社長の名前が石橋だった事からその名前がついたらしい。

 ――少々落ち着きすぎたか。

 まあいいだろう。

 では、何でこいつが此処にいるのかについて考えてみよう。

 今日はゼロの使い魔の始まり――使い魔召喚の儀式の日だ。

 そして、今は儀式の真っ最中。

 まさにこれから使い魔を呼び出すところであり――。

 ………………。

 …………。

 ……。

 ――なるほど、まさかとは思うが……。

「……お前」

「お兄様、お前では無くシアですわ」

「……シアは此処で何をやっているんだ?」

 俺は真っ直ぐ妹に問う。

 若干、俺の目が細くなったのを、自分で感じた。

「どうやら、私はお兄様に使い魔として召喚されてしまった様ですわ。ああ――人を召喚するなど本来あってはならない事です。しかし召喚されてしまったものは仕方ない。これも運命と割り切って、私はお兄様の使い魔になりましょう。朝の起床から夜のお相手まで、何でもいたしますわ」

 相変わらずの暴走っぷリで勝手にしゃべる我が妹。

 ――正直、クラス全員の目が、点になっているのだが。

 取り合えす、正直な本音を述べてみよう。

「返却します。お帰り下さい」

「ささ、お兄様。契約のキスをして下さいまし」

 ――だめだ、会話が成立しない。

 こいつ、初めっから俺の話しを聞く気なんてこれっぽっちも持っちゃいねえ!

 ――仕方ない、そちらがそう言う態度なら、こちらにも考えがある。

 シカトにはシカトで返してやろう。

「……シア、何時から何処で見てた?」

「見てなんていませんわ。私は先ほどまで授業にでてました故――」

「――正直な女の子って可愛いよな。リリーみたいな」

「お兄様と朝別れた後、今までずっと尾行してましたわ。」

 ――ストーカーって言葉を、この妹に小一時間教えてあげたい。

 その危険性、それが対象に与える心的ストレスまで含めてみっちり講義をしてみたい。

 まあ容易に「最低の者たちですわね。お兄様にもそのような者がつく可能性が十分あり得ますわ。今後とも警備を強化しないと……」とか言い出す姿が容易に想像できるのでしないが。

「それで、君――」

「お兄様、君では無くシアですわ」

「シアは、何故此処にどのようにしているのだい?」

 優しく語りかける俺。

「だって――よく考えれば、お兄様のキスがもらえる千載一遇のチャンスではありませんか」

 しんなりと目を伏せて言うシア。

「使い魔になる際には、契約としてキスをする」

「キスでは無い。コントラクトサーヴァントだ」

「キスも同然ですわ!」

 まあ、やってる事はキスなのであまり強く否定は出来ないが。

 黙る俺に、シアは続ける。

「それをひらめいた私は、地中にてずっと機会をうかがっていました。そして、ついにお兄様の順番がきた瞬間、完璧なタイミングで私は爆煙で登場シーンをごまかしつつ、現れたのです! しかも、使い魔の契約ともなればそれすなわち一生物の契約。私とお兄様は一生一緒に居られる事になりますわ!」

「その場合、俺とシアの間には恋愛感情は間違いなく生まれないだろうがな」

「へ?」

 瞬間、ピシリと停止するシア。

 まるで、美術館に展示されている石像(若干欠けている)のように凍りつく。

「いや、だってそうだろ? 使い魔って言ったら、いわばペットだ。ペットに対して恋愛感情は――普通抱かんだろ」

 ――いや、本当は一概にそう言う事は出来ないんだけどね。

 少なくとも、人間を使い魔にした人がいないってだけで、現実にそうなる可能性は否定できない。

 って言うか、実際にルイズたちもそう言う関係になってるしね。

「な……な……じゃあ……私の朝のひらめきは――空回りだったと……」

「コルベール先生、サモン・サーヴァントが失敗したので、やり直しをしていいですかー」

 まるで砂のようにして消えていく我が妹。

 キュルケ達が、風に吹かれて飛んでいく我が妹の事を呆れた目で見ていたが、とりあえずはスルーさせてもらおう。

 一方、俺に声をかけられたコルベール先生は、ため息をついて俺を見る。

「確かに事情は理解しました。あなたの詠唱が完成していなかったのは、私もしっかりと確認しているので、問題はありません。しかし――もう少し、緊張感を持って出来ないものですか?」

「あんな事された後でどう緊張感を持てと」

 俺の言葉に、周囲の生徒が頷く。

「まあ――確かに最初は緊張感を持ってましたからね……全てはミス・レリスウェイクの責任ということで、後で彼女をしっかりと叱る事で済ませるとして――分かりました。ではミスタ・レリスウェイク。もう一度サモン・サーヴァント唱えてください」

「分かりました、ミスタコルベール」

 お互いの了承が得られた事で、俺は改めて集中をし直す。

 ……さて、大丈夫だろうか。

 変に影響が出ないと良いのだが。

 正直、才人召喚に関しては、百パーセント運による代物でしかない。

 他の要素が、まったく入り込まない、完全な運任せ。

 それこそ、因果律だか何だか知らないが、決められた運命として、才人が召喚される事を、俺は願うしかない。

 ――どうか、俺が楽しめますように。

 俺が願うのは、ただそれだけ。

「五つの力を司るペンタゴン――」

 さて、妹が変な事をしたせいで、雰囲気は完全に壊れてしまった。

 もう、ただ召喚するだけ。

 何が出て来るかとか、そんなのは本当にどうでもよくなってしまった。

「我の定めに従いし――」

 だからこそ俺は純粋にそれだけを考える。

 それだけを願える。

 俺が楽しめる世界を――俺が笑っていられる世界を――そして、俺が納得できるだけの世界を創る――その力となるような。

 俺を手伝ってくれる――。

 そんな使い魔を――俺は祈れる。

「使い魔を召喚せよ!」

 今度こそ、正しく紡がれた言葉。

 流れるようにでる呪文。

 展開するイメージ。

 それらと共に、俺は杖(槍)を振り下ろす。

 小さな爆発。

 妹がやったような、あんな派手な爆発では無い。

 小さいけれど、確かな魔法の発動。

 その爆発を中心として、白煙が舞い上がる。

 さて――何が現れるか。

 どんな使い魔だろう。

 数奇な運命をたどる俺に付き合わされる、数奇な運命を持つ使い魔は――。

 少しずつ晴れる白煙。

 そして、今度こそそこに現れた使い魔は――。



[27153] 手ってこんなに暖かかったっけ? そのに
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/14 22:19
「――犬……いや、キツネ?」

 そう呟いたのは、どの生徒だろうか。

 確かに、俺がその生徒と全く同じ事を思ったのも仕方ないと言えば仕方ない事なのだろう。

 ――そこには、一匹のキツネが居た。

 サイズから察するならば、まだ子供なのだろう。

 普通のキツネと比べると、明らかに小さい。

 子猫くらいのサイズだろうか。

 突然の事態に何を思ったのか、きょろきょろと辺りを見渡している。

 そして――霧が晴れるにつれて、俺はもう一つの事実に気がついた。

 このキツネ――尻尾が多い!

 はっきりと数えていないから分からないが、それなりの数の尻尾が生えている。

 多すぎると言うほどではないが――ちょうど、両手の指で数えられるくらいだろうか。

 ――それを見ただけで、俺はふと思う事があった。

 この生き物は――この世界ではなんと呼ばれているのだろう?

 日本では、民間伝承と相まって、非常に有名な妖怪として名を馳せていた。

 しかし、少なくとも海外でも有名なのかと言われれば、俺は正直悩む。

 これは、日本と中国には少なくとも伝承がありそうだが。

 ちょっとした思考の時間。

 そう――俺が召喚したのは、九尾の狐だった。

 一応、妖孤の中では最上級の力を持ってはいるらしいが……。

 この世界の世界観が分からないから、まだ何とも言えない。

 ――とりあえずは契約だ。

 俺はそう思い、しゃがんでから、目の前のキツネを抱き上げる。

 ふさふさした尻尾が、それにあわせて揺れた。

 ふむ……どうやら、人と絡む事の無い場所から召喚されたらしい。

 人間に対する警戒心も無ければ、特に懐いているという感じも無い。

 ただ、興味深いから観察しているだけ。

「なるほど……確かに俺に似てるかもしれないな」

 苦笑する俺。

 図太さや、向う見ずな所。

 怖いもの知らずな部分なんかは、確かに俺に似てるかも知れない。

 いくら人とかかわらないからって――普通はもっと警戒するだろうからな。

「我が名はレイラ・ディーン・ド・イー・レリスウェイク」

 こういう時、一々ルイズやキュルケみたいに名前が長くなくて良かったと本気で思う。

「五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の仲間となせ」

 ――……あれ?

 なんか、間違えた気がする。

 呪文を何処か――どっかしら間違えた様な……。

 まあいい。

 とりあえず今は契約が先だ。

 そのまま、俺はキツネの鼻先に軽くキスをした。

 顔を離して、お互いに観察しあう事しばし。

 あまり長時間此処にいては邪魔になるだけなので、俺はキツネを抱きかかえたまま脇に退く事にした。

 ――さて、ルイズの番まではまだ時間がある。

 今はとりあえずこいつの事を観察させて貰うとしよう。

 キツネを地面に置いてから改めて観察。

 全体的な色合いは黄色――というより金色。

 しいて言えば、光の加減なのかもしれないが、尻尾の先の方だけ白く見える。

 九本もある尻尾は、一つ一つふかふかで、結果的に尻尾だけで身体と同じだけの体積になってしまっていた。

 しかしまあ――一番大事なのはそんなことではない。

 いや、やや関係しているが、直接的にはつながらない。

 一番大事なのは――その毛並みのふかふかさ!

 さっき抱いた時に、我ながらよく我慢できたと思う。

 それはまるで子猫を抱いた時の様な。

 ふかふかしてほかほかしてふにふにしてほわほわして――。

 ――キツネは何かを感じたのか、一歩だけ引いていた。

 だってさ!

 だって可愛いんだぜ!

 こんなにふかふかで……抱きしめるしかないだろう!

 俺はすり寄るようにして、一歩キツネに近づく。

 それに合わせて、キツネは一歩下がる。

 下がったキツネに近づく為、俺はさらに一歩進む。

 それに合わせて、キツネはまた一歩下がる。

 ――緊張状態が生まれた。

 さっきの比では無い。

 召喚する前よりも、召喚した後の方が緊張するなんて、そんなの俺くらいだろう。

 しかし、俺はいま実際に緊張している!

 お互い、一周触発の空気を、キツネとの間に作っている!

 ――風が吹いた。

 まるで決闘状の様な雰囲気。

 お互い一歩も譲らないその意思。

 それを察した時、俺はこのキツネを認めた。

 俺の使い魔として認めた。

 見ず知らずの場所に召喚され、これだけ続くギャグの雰囲気に乗れるこいつを認めた。

 こいつは立派なエンターテイナーだ!

 そうだ、俺はこいつを認めたんだ。

 認めたからには祝福しなければならない。

 俺の全力でもって祝福をしなければならない。

 これは俺の義務だ。

 俺の権利だ!

 だから俺は今!



 こいつを抱きしめる!!!



「お兄様、その辺で止めておいた方が良いですわよ」

 それを覚悟した瞬間、そんな艶消しな――帳消しな声が聞こえた。

 それと共に、いつの間にか復活して傍に寄って来ていたシアが、俺の狐を抱き上げる。

 ああ……俺の狐が……。

 俺の抱き枕が……。

「……お兄様、先ほどまでだいぶ危ない顔をしてましたわよ。そういう顔は是非私に向けて下さいまし、私は拒否しませんから」

「どちらかというと、今の俺の状態の方が危ないぞ」

 おもちゃを取られた子供の力を甘く見るな!

 人一倍の殺気を放てる自信があるぞ!

「……お兄様、こちらの動物が怯えてますが」

「違う! 俺が殺気を向けたいのはそっちじゃない!」

 俺はキツネを抱きしめたいんだ!

 尻尾が身体と同じくらいあるんだぞ!

 最高に愛くるしいんだぞ!

「どうせなら愛情を向けて下さいまし」

「そうか、ならば、俺のあらん限りの愛情を送ろう!」

「先ほどは、その愛情にさえ怯えてましたが」

「俺にどうしろと!」

 滝のように流れ出る涙。

 めったに泣かない俺が泣いてるぞ。

 キュルケやタバサにいじめられても泣かない俺が泣いてるぞ!

「――ところでお兄様」

「なんだよ――」

 ――と、ふいにシアが話を変えた。

 俺は泣きながらそれに応える。

「この子のお名前は何とつけるんですの?」

「――名前?」

 ――なまえ?

 ……………………。

 ………………。

 …………。

「……お兄様。まさか――名前をつける事を忘れてたとかおっしゃいませんよね?」

 一瞬で目を逸らす俺。

 分かる。

 俺には分かる。

 今、あそこにいるキツネと目を合わせてはいけない!

「――お兄様、まさか……」

「ワスレテナイヨ。イマカンガエテタンダヨ」

「……今なら、キスしても大丈夫そうですね」

「隙あらばキスというのは間違った論理展開だ!」

「ですが、好き合えばキスします!」

「上手い事言ったからって誇らしげな顔をするな!」

 危ない危ない!

 危うく何か大切なものを失うところだった。

 しかしまあ……今の騒動のおかげで少し落ち着いた。

 その辺はシアに感謝しておいていいだろう。

 心の中でだけ、こっそりと感謝。

「それはそれとして――この子の名前、ホントにどうするんですの?」

 そう言って改めてキツネを見るシア。

 まあ確かに、名前くらいつけないとまずいだろう。

 どんな名前にするか……。

「――グングニルとか?」

「――何で槍の名前なんですの?」

「いや、格好いいじゃん」

 格好良いは正義。

 あながち間違ってないと思う。

「――他の案をどうぞ」

「――オーディン」

「……次」

「シュタインズゲート」

「……次」

「ヴァルハラ」

「お兄様の命名センスの無さに絶望しましたわ!」

 そこまで数えた段階で、シアが叫んだ。

 なんだ?

 俺、そんなに駄目だったか?

 普通に格好良い名前だと思うが……。

「お兄様、キツネにつけるんですわよ。武器だったり魔法だったりとは違うのですよ」

「それくらい分かってるさ」

「だったら、もっとまともな名前を考えてください!」

 ……っていわれてもなあ。

 確か、タバサはシルフィードだよな?

 キュルケはフレイム。

 ――何だ?

 何てつければ良いんだ?

「はあ……もう良いですわ」

 あまりにも真剣に考える俺に疲れたのか、シアはキツネに向き合う。

「キツネの名前はフェリス。お兄様、これで良いですわね?」

「どうせなら、電気の魔法に因んでボルトとか」

「フェリス。お兄様、これで良いですわね?」

「それかまたは――」

「フェリス。お兄様、これで良いですわね?」

 ――ループが作動した!

 イエスを選ぶまで無限に繰り返されるこの選択肢!

 妹が名前を決めたのが納得いかないのだが……それに文句を言ってはいけないのだろう。

 この妹の事だ。

 それくらいは分かる。

「はあ――わかったよ。それで良い」

 そう言うと、妹はパッと顔を輝かせ、フェリスを抱きしめた。

 それに対して、フェリスは苦しそうに暴れる。

 ……どうやらこのキツネ、基本的に抱きしめられるのが嫌いらしい。

 だが、苦しそうにしながらも一応抱かれてるあたり、やっぱり俺とは違うようだが……。

 おれ、マジでへこむぞ。

 また泣くぞ。

「……なんで……なんで俺は動物が抱けないんだと思う?」

「間違いなくその愛情が深すぎるせいですわね」

 そう言ってシアはフェリスの頭を撫でた。

 フェリスは気持ちよさそうに目を細めている。

「――はっ! という事は、私がお兄様を抱けないのも、その愛情が深すぎるせい!?」

「あながち間違っていない結論だからコメントし辛いわね」

「……可愛さ余って憎さ百倍」

 いつの間にか傍に来ていた赤青コンビが相変わらずのやる気無い顔で俺たちにコメントしてきた。

 二人とももう召喚はしたのだろうか?

 ……いや、おそらく二人とももう召喚してたらそっちに追われてこっちには来ないだろう。

 という事は、おそらくこれから……今は順番待ちの最中といったところだろうか。

「しかしタバサ、その言葉はこのタイミングだと使い方が間違ってるぞ。確かに可愛がってるがゆえに憎まれるという会話を此処ではしていたが、その慣用句の意味は今話していた会話とは違う。……自分で話してて切なくなってきた」

「……自業自得」

「違う! これは明らかにお前のせいだ!」

「……自暴自棄」

「誰のせいでそうなってると思ってるんだ!」

「……自家発電」

「だからお前のせいだと言っている! そしてシア! 何故お前はそこでは鼻血を吹く!」

「……流石」

 そう言うとタバサは俺にぱちぱちと小さな拍手をした。

 キュルケも呆れ半分、感心半分で拍手をしてる。

「君たちは俺をなめてるのか?」

「舐めさせていただけるのなら、いつでもどこでも!」

「シアはややこしくなるから黙っててくれ」

 会話を一々下ネタに繋げないでほしい。

 一応、女の子なんだから。

 容姿だけは……いや、容姿と家事と魔法の才能については――。

 ……性格以外は問題ないんだから!

「それにしても――何であんたっていっつもコントやってるの?」

「やりたくてやったことなど無いぞ」

「あんたのポリシーは?」

「人生楽しく!」

「やってるじゃない」

「しまったあああぁぁぁ!!!」

 なんて冗談はほどほどにするにして……と。

「……で、お前らは俺が愛しのつか――「妹」と心を通わせ合っているところに――ってシア! 変な所で言葉を入れるな!」

「愛しの妹だなんて――恥ずかしいですわ、お兄様」

「ほう、お前に羞恥心というものがあったとは驚きだ」

「お兄様の前でならそんなものは服と共に脱ぎ捨てます」

「脱ぎ捨てるな! 服も羞恥心も大切にしていろ!」

「――で? 何か言いかけなかった?」

 可哀想な物を見るような眼で俺を見るキュルケ。

 いや、実際不幸だけどさ。

「いや、わざわざ話しかけてきたから何か用事でもあるのかと――」

「無いわ。暇だからレイラをからかいに来たのだけれど……あんまり必要無かったみたいね」

「帰れ! お前なんかトリステインから出てけ! ゲルマニアで結婚してろ!」

「いやねえ……せめてレイラ以上の男性じゃないと、今の私はなびかないわよ」

「それならせめて今の取り巻きの方に行ってやれ! 俺は時々奴等から殺気を感じているんだぞ!」

「あら? 感じさせてるのよ」

「まさかの計画的犯行!?」

「しっかり感じているみたいね」

「悔しい! でも感じちゃう! じゃなくて、今すぐ止めさせろ!」

「お兄様。今の言葉、いただきました。これで一ヶ月は生きていけます」

「お前の鼻の血管は随分と弱いんだなシア!」

「身体の弱い私……ときめきます?」

「お前で無かったらときめいたな」

「妹でさえなかったら!」

「むしろキャラの問題だな」

「……変態」

「タバサ、それはシアに対して言っているんだよな? 俺を向いて言ったら俺に対して言ってるように思われるぞ」

「……現実逃避は良くない」

「その意見は全面的に賛成だが、俺は現実逃避では無く、どちらかというとあるがままを言っているぞ」

「……机の三番目の引き出しの二重底の中にある日記帳のカバーでカモフラージュされた冊子」

「すいませんで――何でお前が俺の部屋にある物とその位置を知っている!」

「大丈夫ですタバサさん。それは少し前に五寸釘によって葬り去られました」

「……五寸釘?」

「お兄様が我が領地に広めた呪いの儀式ですわ。本来は建築等に使う釘を使って行う儀式ですの。やると気が晴れやかになるんです」

「俺は、過去の自分の行いをこれほど後悔した事は無い」

「……今度やりたい、教えてほしい」

「それには対象となる相手にかかわる道具が必要ですわ」

「……後日調達する」

「タバサ、何故俺を見ながら言うんだ? ――って何故今度は目を不自然に逸らす! そしてキュルケ! 何をこっそりメモを取っている!」

「レイラ・ド・レリスウェイク、その知られざる性癖について――っと」

「いい加減にしてくれえええぇぇぇ――!!!」

 青い空に向かって叫ぶ俺。

 周りの生徒たちは少しこちらに視線をくれたが、すぐにいつもの事かと、次の召喚者の方に視線を戻した。

 これが日常になってきているって――俺、本当に大丈夫なのか?

 シアの腕の中で、フェリスがコロコロと笑う。

 キツネにまで笑われる俺って――。









 ――そんなわけで、無事に召喚の儀式は終わった。

 タバサとキュルケは、召喚そうそう、自分の使い魔とキャッキャウフフをし始め、とっとと帰ってしまった為、俺はシアと二人で儀式を最後まで見る事になった。

 因みに、シアの方はもう今日の授業はあきらめたのか、のんきにこちらに付き合っている。

 コルベール先生もコルベール先生で、今後の参考になるのは確かなので、あまりきつくは言ってこなかった。

 しいて言うなら、邪魔になるような事はするなとかその程度。

 やはり、話の分かる教師なのだろう。

 そして、肝心のルイズは無事に才人を召喚してくれたようだった。

 近くは、やたらと生徒が人垣の様になっていたため、遠目からだが確かに、その姿を確認する。

 いやはや――実に嬉しい。

 今まで、ちょくちょく原作破綻の可能性を感じていた為、こうして無事に召喚に成功してくれて何よりもまず、嬉しい。

 ようやく努力が実ったというものだ。

 皆がフライでチャッチャと帰る中、俺と妹はのんきに痴話げんかに明け暮れる才人とルイズを見ていると、なんだか微笑ましくさえ感じてしまう。

 そうか――これが原作なのか――。

 さて、これから忙しくなるぞ……。

 まずはなんだっけ……まずは、才人の日常が始まって――ギーシュと決闘して――それから――たしかフーケ騒動だったか?

 帰って再びカンペを確認しなければ。

 と、そんな風に一人まったりしていた俺の裾が、くいくいと引かれた。

 なにかと思ってそちらを見れば、シアが不安げにこちらを見上げている。

「お兄様は――ああいう風に強気な女性の方が好みなのですか?」

 不安げな瞳で俺に尋ねる我が妹。

 馬鹿を言うな。

 一番は一途な元気系幼馴染に決まっているだろうが!

 強気とかツンデレとか、確かに気持ちは分からないでもない。

 だけど、俺にはそんな愛情表現では届かないのですよ。

「いや、俺としては素直な方がずっと良いだろうな。正直、あれと同じ態度をされて、相手に好意を抱くなど、俺にとってはあり得ない」

 まあ、それが好きな人もいるのだから、それについては否定はしない。

 第一、人の趣味なんて千差万別さ。

 同じである事に意味なんて無いし、同じである必要性なんて無いさ。

 例えばあそこにいる才人。

 あいつだって、結局はルイズに惚れる運命なのだろう。

 強気な女性が好きな男だって、現に存在するのだ。

 だから好みなんてのは――へえそうなんだ――程度で受け止めるのが一番なんだろう。

「……良かった。今までの私は間違ってなかったみたい」

「――ん? 何か言ったか?」

「ううん! 何でもないわ、お兄様!」

 ルイズと才人に注目している間に、何か妹が呟いていたが……まあ、本人が何でもないという以上、聞かなくて良い事なのだろう。

 余計なおせっかいは、しないに超したことは無いんだから。

 ――さて、ようやくといったところで、俺は頭のチャンネルを切り替える。

 これから始まる物語――いかなるものか。

 とりあえず現状で確かなのは、ルイズと才人、この二人の心の成長は、間違いなくストーリーの鍵になってくる事。

 この二人があまりに早く成長しても駄目だし、遅くても駄目。

 その辺の調整を、今後はこまめに行う必要がある――または、二人には極力関わらないようにするのが一番だろう。

 二人と関係を持たずに、二人に関わる。

 一見矛盾に満ちたこの状態を、なんとかクリアしなければならない。

 さて――。

「これから忙しくなるぞ……」

「……お兄様?」

 思わず口からこぼれた言葉に、首をかしげる妹。

 こうして、ゼロの使い魔。

 そのストーリーが、ひっそりと動き始めた。









 ――――パチリ――――










[27153] 手ってこんなに暖かかったっけ? そのさん
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/15 22:11
 彼の頭の中は読めない。

 ふと掴んだと思ったら、手からこぼれ落ちてゆく。

 それはまるで高原を吹く柔らかい風のように。

 彼の行動は読めない。

 そこにいた筈なのに、気が付いたら消えている。

 それは花瓶に入れた水のように。

 彼の心は読めない。

 簡単に崩せるのに、崩し切る事は出来ない。

 それは足元に広がる土のように。

 彼の関係性は読めない。

 本来の目的とは、まるで違う結果をもたらす。

 それは街を照らす火のように。

「とりあえず、俺としては、日に日に口が悪くなっていくお前をどうにかしなければといい加減に思っているわけだが」

「……鏡見て出直せ」

「罵倒が慣用句じゃ無くなってきた!」

「タバサ、鏡じゃ言葉は見えないわよ」

「口調の問題について言及して!」

「……謝罪する。でも、あまりにもあなたの顔が……これ以上は言えない」

 本当は何にもない。

 だけど――それでも私は口にする。

 特に意味の無い言葉を口にする。

 それに対して、予想通りの答えを返してくる彼。

「何ですか? その後には何が続くんですか!?」

「……聞かない方が幸せな事もある」

 主に私が。

 それに――顔とかではなく――彼には確かに……変な引力があるのだから。

 魅力とはあえて言わない。

 彼に魅力があるように、私は感じない。

 子供っぽくて、貴族同士の常識の無い人間。

 だから、彼にあるのは魅力では無くて引力。

 よくわからない物を引きつける力。

「結局罵倒の言葉! 俺はあなた達のおもちゃでは無い!」

「ええ。私たちはあなたの友達ね」

「その言葉に心がこもっていない!」

 言い合いを始めたキュルケとレイラ。

 それを遠くで見ながら、私はひとり呟く。

「……ともだち」

 ――恥ずかしくてサイレントをかけようかと思ったが止めた。

 彼とのお話をまだしたかったから。











 ふと思った、非常にどうでもいいことなのだが、ぜひ聞いてくれないだろうか。

 ルイズは、才人に対して非常に冷たく当たっていたが、あれってどうなのだろう?

 例えばだ。

 例えばルイズがドラゴンを召喚したとする。

 別に、この際種類は問わないさ。

 火竜だろうが、風竜だろうが、好きなものを想像してくれ。

 しかし、もしそう言うものを召喚した時、ルイズはどうしたのだろう?

 ドラゴンは外、じゃあね、バイバイ。

 そう言ってさっさと帰る。

 食料はセルフサービス。

 自分で取ってくれば良いんじゃない?

 ドラゴンなんだから。

 ――ルイズが才人にしているのはそう言う事なのではないだろうか?

 俺なんかは、昨日は何とかしてフェリスと一緒に寝た。

 ベッドが毛だらけになるとか、そんな事はとりあえず後回し。

 なんとかシアにフェリスを抱いてもらって、シアごと抱きしめるような形で眠り、実に幸せだった。

 シアにもとっくに自分の部屋が与えられているので、本来はそちらに帰らなければならないのだが、昨日に関しては、俺の部屋にいてくれた事を、心から感謝したい。

 まあこんな風にちょっと注ぎ過ぎなぐらいに愛情を注ぐと。

 これが、おそらくは普通の対応ではないだろうか。

 使い魔に対しては、ある程度の礼儀を払い、愛情を持って接する。

 これがあるべき姿なのは容易に想像が出来る筈だ。

 それを、彼女は召喚したのが平民だという理由だけで、酷く無下に扱っている。

 この調子なら、もしムカデとかを召喚したらどうするつもりだったのだろう?

 たしか、そんな生徒もいた筈だ。

 そうしたら……彼女は本当に使い魔を殺していたのではないだろうか?

 ――俺は原作を知っている。

 そして、その頃からその点については疑問だった。

 この頃のルイズは――命を軽く見過ぎている。

 まあ、それについては、本編が進むにつれて成長していく点なのだが……。

 なんとも歯がゆい。

 彼女に直接文句を言えない。

 才人の待遇を救う事の出来ない、今の俺のこの境遇が実に切ない。

 もし、この境遇でさえなかったら……間違いなく言ったというのに。

 ルイズと才人にだけは絶対に干渉してはいけない。

 これが不文律である以上――俺には見ている事しかできない。

 後の幸せの為の我慢……そう捉えるしかないだろう。

 だが、何か少しくらい――問題が無い程度に干渉してあげる事は出来ないだろうか?

 才人の料理をおいしくするよう、マルトーさんに頼む?

 駄目だ、こんな早くからルイズの高感度が上がってしまってはいけない。

 才人に差し入れ?

 それも駄目だ、シエスタが関わって初めて完成するその流れ。

 それを乱してはいけない。

「……ってわけで、ミス・ヴァリエールの使い魔への待遇がちょっと酷過ぎるんじゃないかという件について、皆さんの意見をどうぞ」

「どうぞって言われてもねえ」

 そんなわけで、此処は学園の中庭。

 あまりにも待遇の酷い才人が可哀そうな為、見ていられなくなった俺は、今日の昼食を此処で取る事にした。

 心配しなくても、今日はギーシュと才人の決闘があるのだろう。

 だから、ヴェストリの広場では無く、あえてこちらを選択した。

 その前座となるべき事象に関しては、遠見の魔法を使って見てるから、あまり心配しなくて良い。

 それに、この決闘にはそこまで興味は無いのだ。

 確かにガンダールヴには興味があるが、ギーシュなら魔法が無くても十分勝てる。

 少なくとも、上手くやれば下手に魔法を使うよりもずっと楽に勝てる筈だ。

 だから、この決闘は遠見で十分。

 それに、近くに行っても人垣で見えないだろうし。

 また、食堂から出ていく俺の動きを察したのか、すぐさまシアが立ち上がり、そしたら何故か赤青コンビまでついてきて――で、いつもの状態に合いなっている。

 シャイニングスター。

 後は、水属性さえいれば四属性(+無能)がすべてそろうというこの状態。

 ――本編チームより、場合によってはバランスが良いんじゃないだろうか?

 水属性――モンモランシー?

 確かに、このチームのカオスっぷりから、彼女が入ってもあまり問題は無さそうだが……まあ、この話は横に置いておこう。

 そもそも、このチームが原作破綻なんだ。

 あまり気にしてもしょうがない。

 そんなわけで本題。

 せっかく集まったんだから……という事で、朝食ついでに皆に意見を聞いてみたわけだ。

「お兄様! お兄様に男色の気は有りませんわよね?」

「シアは黙ってなさい」

 いきなり脱線させないでください。

 とりあえず、他二人に視線を送ると、どうやら、真面目に考えてくれている様子。

 ――いや、キュルケは確かに考えているが、タバサはまるで話を聞いてなかった。

 むさぼりつくように、朝食を胃の中にかきこんでいる。

 ……まあいっか、タバサだし。

 黙っていろと言われた為か、シアは少ししょんぼりとしたが、気を取り直して、俺の頭の上にいるフェリスを撫で始めた。

 フェリスは、日向ぼっこが出来て嬉しいのか、俺の頭の上でぐったりと力を抜いている。

 ――そうそう、忘れていた。

 今日の朝から、フェリスの定位置が俺の頭の上になった!

 俺にとっては信じられない程の快挙だ!

 合格率数パーセントの難関大学の入学試験、その直前に受けた模試の結果がまさかまさかのEを越えたG判定。

 絶望と共に入試を受け、後日の合格発表すら絶望して見に行かなかったら、担任から合格が知らされた時くらいの快挙だ!

 因みに、理由としてはおそらく、何処にいても抱きしめられる為、何処にいれば安全かと考えた結果がそこらしい。

 確かに、頭の上なら俺は抱き締めないし、俺がどんな外敵からも守ってやれる。

 今までの人生、愛情が深すぎるが故に、撫でることさえ満足にできる事が出来なかった俺にとっては、これで十分すぎるほどの満足なのだから、無理に抱きしめようともしないと。

 なんともうまい相互関係が此処に出来たものだ。

 そんなわけで、フェリスは、俺の頭に前足を乗せ、後ろ向きに垂れさがるようにして定位置を守っているのである。

 俺の髪が、アッシュブロンドど金髪の二色みたいな事になっているが、俺にとっては勲章みたいなものだ。

 そんなわけで、今後とも、俺の頭の上のフェリス、よろしくお願いします。

「確かに、言われてみれば、結構酷い待遇なのかもしれないわね」

「因みにキュルケ、フレイムの食料は?」

「昨日、領地に最高級の肉を送るよう、手紙を出したところよ。届くまではとりあえず学園の肉を上げてるわ」

「タバサは?」

「……セルフサービス」

「……なるほど」

 遠くから、「私もおいしい肉がたべたいのねー」等と聞こえた気がしたが、気のせいだろう。

 だが、タバサの場合は、ちゃんとそれなりの理由があるのに対して、ルイズの方は、ただ単に扱いが酷いだけ。

 この違いは大きいと思う。

 実際に俺だって、こうして食べてる食料を、定期的に頭の上に与えているのだから。

 ――人間と同じ食料を食べるキツネ。

 ……こいつ、野生に戻れるのかなあ?

 そんな事をちょっと心配してみたり。

「確かに、ルイズは環境があるのにそれを与えていない感じが強いわね」

「……使い魔をいじめてる」

「そこまでは言わないけどさ……」

「平民に会った事が無いのでは?」

 そう言ったのは意外な事にシアだった。

 ――いや、よく考えてみれば、あまり意外では無い。

 なんだかんだで、こいつは気配りの出来る奴なのだ。

 他人の気持ちには人一倍敏感だし、何より、レリスウェイク家。

 平民との交流の深さなら俺譲りだ。

 しかし、そんなシアの言葉に、キュルケとタバサはポカンと口を開けた。

 タバサの口から、ステーキが落ちる。

 ……タバサの食事の手が止まるとは、流石だな。

「いやいやいや、それは無いって」

 そう言って笑うキュルケ。

 そのこめかみに、一筋の汗が流れている。

「だって領主の娘でしょ。領民と話した……事……くらい……」

 だんだんと言葉が小さくなっていくキュルケ。

 目が完全に泳いでいた。

 ――どうやら、あながち否定しきれないらしい。

「でも、私はお兄様が連れ出して下さらなかったら、きっと領民の生活を知る機会なんてありませんでしたわ」

「確かに――私も自分の都合でしか平民の暮らしを知る機会なんて無かったかも……」

「……トリステイン貴族は、平民に対して差別的」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 ――沈黙が流れた。

 皆が皆、互いに目配せをし合っている。

「……藪蛇」

 タバサがぼそりと今の状況に酷く的した言葉を言った。

 もしかしてルイズ……本当に使用人以外の平民を見た事が無い?

 屋敷の外の平民の暮らしを……知らない?

 場合によっては、平民の家や習慣を……知らない?

 なんか、非常に……気付いてはならない事、まずい事に気付いてしまった気がした。

 もし、ルイズが普通の平民の暮らしを知らないなら――。

 もし、ルイズの平民に対する価値観が、全て伝聞によるものだとしたら――。

 才人、とんでもなく不幸な目にあってるんじゃないのか?

 常識知らずなご主人様を持つ使い魔。

 これって、予めちょっといじっておけば、才人の待遇はだいぶ良くなったのでは?

「……なあ」

「言わないで、皆気付いてるから」

 俺の言葉をキュルケが止める。

 ルイズいじりのキュルケですらいじれないとは。

 ――だってこれ、冗談で笑い飛ばせないよなあ。

 なんて、嫌な空気を散々に堪能した俺たち。

「皆、今の話しは無かった事にしましょう」

 ふいに、キュルケが明るい声で言った。

 それにすぐさま、俺たちは賛同する。

「いやだなあキュルケ。俺たちまだ何も話していないじゃないか」

「……これから何を話そうか考えていたところ」

「私たちの雑談はこれからだ! ですわ」

 皆が皆、ノリノリでそれにあわせる。

 そうだ、知らない方が幸せな事だってあるんだ。

 今の話しは、とりあえずは封印する方向で。

 ――と、そんな風に食事を再開する俺たち。

 そこに。

「ギーシュが決闘するぞ! 相手はルイズの平民だ!」

 学園中を走り回っているのだろう、そんな声が聞こえたのは、ちょうどそのタイミングだった。

 予定調和。

 どうやら世界は順調に進んでいるらしい。



[27153] 手ってこんなに暖かかったっけ? そのよん
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/17 01:02
 興味津津、意気揚々。

 話題の人物の事だったからなのか、その声を聞いた瞬間に、キュルケは飛んで行ってしまった。

 フライで、文字通り飛んでった。

 確かに彼女ゴシップ系の話にすぐ飛びつきそうだしなあ。

 才人たちのやりとりなど、彼女にとっては絶好の餌でしかないのだろう。

 そんなわけで、キュルケの分の食事が残ったままのテーブルを前にして、俺とタバサと妹は食事をつづけていた。

 キュルケの分の食事をいるかと聞いたら、即頷いたタバサ。

 どうやら、彼女の胃袋は底なしらしい。

 私の胃袋は宇宙だ――なんて、そんな一昔前に流行ったセリフを言ってくれないだろうか。

 そんな風にまったりとした時間の中で、シアに口移しで食べ物を与えられそうになるのを上手く回避しながら、気が付いたら食事は終了していた。

 あまりに平和な日々に、俺はあくびをしながら空を見上げる。

 ああ、まだ平和だなあ。

 冒険はこれからか――。

 タバサが話しかけてきたのは、そんな時だった。

「あなたは……」

 何かを言いかけ、うつむく。

 それから、改めて言葉を整理したのか、俺に語りかけてきた。

「あなたは見に行かないの?」

「男同士じゃお色気なシーンが無いじゃん」

「お兄様! ならば私が誰か女性相手に決闘を申し込めば見てくれるのですか!?」

「見るだろうけど、俺の目はお前――」

「お兄様。お前ではなくシアですわ」

「シアじゃ無く間違いなくシアの相手に向くだろうな」

「またしても空回り!」

 空に向かって嘆く我が妹。

 だって、お前なら圧勝するだろうが。

 トライアングルなんてそうそういないんだぞ。

 ましてや土。

 防御に優れすぎてるお前のお色気シーンなんて期待できるわけがない。

「甘いですねお兄様。私は風属性魔法をガンガンに使ってみせますよスカートひらひらですよ」

「その場合、他の生徒たちにもガンガンに見られるけどな」

「羞恥プレイ!」

「因みにその場合、俺は他人のふりをする」

「遠ざかる二人の距離!」

「……私は?」

 と、不意にタバサが俺の袖を引いてきた。

 俺は首を傾げてそちらを見る。

「……私が決闘したら、あなたは見に来る?」

「妹と同様の結果に至ります」

「……残念」

 そう言って肩を落とすタバサ。

 何か?

 俺を遊んで楽しめるとでも思ったのか?

 何処までもどん欲な遊び心。

 それは構わないが、そろそろ俺で遊ぶのを止めてほしい。

 遠見の魔法越しに見える景色では、才人がワルキューレに殴られてるところだった。

 なるほどね……。

 あれがギーシュのワルキューレね……。

 なるほどね……。

 あれがギーシュの戦“乙女”ね……。

 なるほどね……。

 ギーシュにとって、あれが乙女なのね……。

 ――ギーシュ、一度うちの領地に来い。

 俺がシアに作ってもらったフィギュアを見せてあげるから。

 本当の美というものをお前に教えてやる。

 二次元と三次元の狭間に存在する本当の美を教えてやる。

 そしたらきっと、そんなワルキューレ作れなくなるから。

 造形が完全に変わるだろうから。

 きっちりと仕込んでやろう。

 あいつも男だ。

 間違いなく理解を示すだろう。

 オーケー。

 ギーシュのワルキューレを見ながら、俺は一人暗く笑う。

 肩を落とすタバサに嘆くシア。

 興奮して帰って来たキュルケが、この状況に思わず言葉を失うのは、もう少し後のことだった。











「――あなた達……ホントに怪しかったわよ」

「……大丈夫、ここは人気が無い」

「なおさら怪しいという事の自覚が無い!」

「それに、普段のキュルケもこの中に入っているのだから人の事は言えないぞ」

「そうだった! 私もこのメンバーなんだった!」

「それに、今こうして話してると一人だけテンション高い分目立ってますわ」

「現在、この三人以上の異常的存在!?」

 最後のシアの言葉が効いたのか、椅子に座ってがっくりとうなだれるキュルケ。

 いやはや、実にご苦労様です。

「それはともかくとして――決闘の方はどうだった?」

 俺としては、結果はとっくに知ってるし、実際遠見で確認してたのだからわざわざ聞く必要は無いのだが、一応知らないというていで聞いてみる。

「そう、それよ! それが言いたくてわざわざ此処まで来たんだから!」

 とたんにがばっと顔を上げるキュルケ。

 ――いやあ、彼女、さっきからテンションが上がりっぱなしだなあ。

「それがね、あのルイズの平民! ギーシュ相手に勝っちゃったのよ!」

 だろうなあ。

 じゃないと困る。

 主に俺が。

「始めはおされてたんだけどね、ギーシュがハンデとして剣を与えた途端に急に強くなって、あっという間に勝っちゃったのよ!」

 だろうなあ。

 流石はガンダールヴ。

 チート能力は伊達じゃないってことか。

「格好良かったわあ……あれこそまさに騎士よねえ」

「君の騎士の価値観は分からないが、少なくともその平民が凄かったってことだけは分かった」

「なによ。私だって少しは白馬の王子様が――」

「キュルケ。白馬の王子様じゃない、レイラだ」

「レイラが迎えに来るとか夢見てた時期が――ってそこは白馬の王子様で合ってるわよ!」

 ――しかも、何であえてそこに自分の名前を入れたの!

 そう激昂するキュルケ。

 うん、なんかキュルケ達が俺で遊ぶ気持ちが少しわかった気がする。

 隣でタバサも声を殺して笑っていた。

 つぼにはまったらしい。

「はあ……とにかく、ダーリンてば、凄く格好良かったの。何処かのアッシュブロンドとは違ってね!」

「シアは格好良いというより可愛いだと思うが」

「お兄様、可愛いだなんてそんな……」

「シアじゃなくてレイラよ!」

「俺より格好良「……くな」い人間が存在するとでも――ってタバサ! 言葉を被せるな!」

「存在しないわね」

「そしてキュルケは俺を最下層と判断するな!」

 なんだ?

 いつの間に攻守が逆転した?

 何故、俺が攻められてる?

「大丈夫ですわお兄様。私だけはお兄様の事をいつでもこれ以上ないほど格好良いと思ってますわ」

「でもシア。私のお兄様は格好良いと周りに触れまわるより、最低と触れまわった方が愛しのお兄様に悪い虫はつかないと思うわよ」

「何という目から鱗! そうですわね! お兄様ほど最低のクズはいませんわ」

「俺の味方が見事に消えた!」

 キュルケの甘言に踊らされるシア。

「ともかく凄く格好良かったの!」

 此処とのそこから陶酔する様な表情でつぶやくキュルケ。

 ――正直、その程度で、そこまで惚れるものか?

 まあ、きっと――。

「私の中の微熱が反応しているわ! これは恋の炎。今や遅しと燃え上がる禁忌の熱!」

 ――微熱だからすぐ冷めるんだろうけど。

 それを差し引いても、流石は才人。

 主人公クオリティは歪み無いということか。

「絶対に――絶対に落としてみせるわ!」

 一人テンションを上げるキュルケの横で呆れる俺。

 このチーム、結局のところで似たものどうしなのかもしれない。

 何か良くないものが感染しているだけという様な気もするが……。

 とにかく、気絶して治療中の才人の裏側は、今日も平凡な日常だった。



[27153] 手ってこんなに暖かかったっけ? そのご
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/17 21:23
「ツッコミ属性の苦労について話そうではないか」

「あたしに話しかけてるってことは、私をツッコミ属性として認識してくれてるってことで良いのよね?」

 相変わらず、彼の会話の切り口は唐突だ。

 何の脈絡も無ければ、前置きもない。

 唐突に話が始まり、何らかの形で終わる。

 ちょっとした劇場の様だ。

「お兄様はいつも私に突っ込んでくださってますの、その度に私は気持ち良くなってしまって」

「黙れ変態」

「ああっ!」

「――苦労って言うか、要するに愚痴のこぼし合い?」

 ただ、彼のその場限りの話というのは、私にとっても何故か心地が良い。

 劇場の演劇の様に、盛り上がりがあるわけでも無い。

 授業の様に、知識を得るわけでも無い。

 パーティーでの会話の様に、周りの目を引くわけでも無い。

 完全に無駄な時間。

 意味のない時間。

 明日、突然さよならしても、何の問題も無いような会話。

 だけどそこには、言いようのない心地よさがある。

「本当の事を言えば、キュルケもツッコミとしてカウントしたくは無かったのだが、残り二人よりはマシだろうと言う事で、急遽指名させて貰った次第だ。」

「……何気に失礼な言われよう」

「私は総受けですわ。お兄様からの攻めならばどんなプレイでも受けきる自信があります」

「……なら、残り二人はいらなかったんじゃない?」

「この二人に、普段、如何に俺たちが苦労しているかを聞かせたかった次第だ。それに、この二人が俺たちが話しているというのについてこないと思うか?」

「……タバサはともかく、シアは絶対に離れないわね」

「お兄様と私は、運命の糸でつながっているのです!」

「因みにこの前、その糸で糸電話が出来るか試してみたが、中々の感度で通じた」

「……本当?」

「嘘だ」

「……レイラがいじめる」

 そう言って私の服を引っ張るタバサ。

 よしよしと、私はその頭を撫でてやる。

「というより、この現状、レイラとシアがボケという位置になってるわよ」

「説得力皆無の苦労談義!?」

 お互いに、この空間ではあくまで一人の人間だ。

 ゲルマニアだとか、トリステインだとか、ガリアだとか、田舎だとか、都会だとか、トライアングルだとか、ドットだとか、そんな事がまるで関係のないこの空間。

 そこにあるのは、これ以上ないほど――、一人の人間としての個性だけ。

 着飾る必要も無ければ、化粧をする必要も無い(シアはしてるけど)、ありのままの自分。

 この空間にはそれがある。

「……あなたの言葉に棘があるのが原因」

「かく言うタバサの言葉には毒がある!」

「私の言葉には愛がありますわ!」

「私の前で愛を語れる人間なんてシア、あなたぐらいよ」

 呆れる私をスルーして、タバサとレイラが彼女に噛みつく。

「……一人だけ綺麗な形に持っていこうとするなんて卑怯」

「その愛を家族以外の人間に向けろ!」

「お兄様以外の物(各種有機生命体及び無機物)に向ける愛など、うちの両親の貴族の誇り程もありませんわ!」

「レリスウェイク領って――本当に人外魔境なんじゃないの?」

 決して、私の事を理解しているわけではない。

 というよりむしろ、私の事なんて、まるで知ろうとしない。

 私の事なんて、彼らにとってはどうでもいいのだ。

 いや、彼らにとっては、私の事どころか世界の事でさえ――自分に直接の関係が無ければどうでもいいのだ。

 私が、どんな理由で此処にいようと、彼らには関係ない。

 明日、何処かの国が滅びようと、彼らには関係がない。

 突然、宗教革命が起きようと、彼らには関係がない。

 それだったら、今こうして話している時間が正しいというその事実。

 そっちの方が、はるかに重要なのだ――。

「……とりあえず、私は正常」

「異議あり!」

「異議ありですわ!」

「……元々は正常だったんだけどねえ」

 タバサも元々は正常だったんだけれどねえ。

 間違いなく、レイラからの影響を受けているわね、私もタバサも。

 もちろん、良い意味悪い意味両方の意味で。

「お前が正常なら、俺は聖者か!」

「お兄様はその通りですわ!」

「……私の誇りと魔法と杖にかけて、否定させてもらう」

「それは私も否定せざるをえないわ」

 ――だから彼らは楽しく話す。

 今を楽しく生きる為、のんきに笑って愉快に怒る。

 私はまだ、何が幸せなのかなんて分からない。

 たくさんのお金と共に贅沢に過ごす日々?

 沢山の男を侍らせて過ごす日々?

 他人を顎で使えるような権力をもって生きる日々?

 まだ若い私に、幸せの形なんてのは到底答えの出せない命題だ。

「因みに私はその聖者たるお兄様の隣に並ぶにふさわしい存在ですわ!」

「異議あり!」

「……聖者云々がなければ正しかった」

「確かに、あなた達二人は、異常さだけで言うなればこの学園でもトップクラスだからねえ」

「想定外の評価の低さ!」

「……あなたはもう少し自分を見直すべき」

「主に私に向ける愛情を見直して下さいまし!」

「俺って改善の余地だらけ?!」

 そう、確かに答えの出せない命題だけど――。

「まったく……」

 あまりにも愉快な。

 愉快過ぎて時々涙さえ出そうになるこの会話における、万感の意を込めて、私は呟く。

 空へと消える言葉は、誰の耳にも届かない。

「――なんだってこんなに楽しいのよ……」

 ――それでも、今過ごしているこの時間が、凄く楽なのは確かだと思う。











 夢というものについて、俺が知っている事を話そうと思う。

 ほとんどが伝聞だった上、記憶もかなり曖昧なので、確かに事を言っている自信は無いが……まあ、話半分に聞いてくれたまえ。

 夢というのは、寝ている間に、その日の記憶を整理するために見るものらしい。

 その日の記憶というのは、実際にやったことや体験した事以外にも、妄想した事なども含まれる。

 実際に会った事の無い人が夢の中に現れると言った場合は、大抵がこのパターンだ。

 そしてそれは、強く強くイメージしていればいるほど、如実に表れる。

 俺の妹などは、そのいい例だ。

 何故か毎日決まって夢の中には俺が出て来るらしい。

 ――これは、イメージでは無く、実際に俺の傍に常にべっとりまとわりついているからか。

 まあ、実際のところ、かなり曖昧なイメージであっても、結局のところ、脳がいらない部分を補完してしまう為、筋が通っているかのように感じてしまう。

 というより、寝ているのだから、違和感を感じるような、思考に関する部分は、もう休んでいると考えていいだろう。

 さて、俺が話したかったのは、この夢というものだが……実際のところ、かなり欲望が前面に現れる事が多いように思う。

 なぜならば、欲望というのは、それだけ、その事を考えている時間が多くなるという事だからだ。

 それだけを考えていれば、それに対する情報も自然と増え、結果、夢に見る可能性は高くなる。

 もし、見たい夢があるのならば、その日は一日中その事でも考えていると良い。

 最も、それで必ずしも見れるとは限らないが、登場くらいはしてくれるのではないか?

 そんな、希望的観測を持って見ても良いだろう。

 見たい夢を見たい時に見る。

 それが俺の夢だ――何てことは流石に言わないが、欲に直結するという意味で、それを初めて夢と表現した人は、中々風流で雅な思考回路の持ち主だったに違いない。

 ついでにいうなれば、人の夢は儚いなんて言い出した人も、中々だ。

 ――というわけで、ようやく本題。

 才人が授業中にルイズをからかってた。

 夢見が良かったのか何なのか知らないが、ルイズをからかってた。

 それを言いたかったが為に、俺は意味も無いあんな取りとめの無い思考を延々としてしまったわけだが……。

 確かに、ずっとルイズについていく事を強制されてる才人が、ルイズの事を夢に見るのは仕方ないだろう。

 ついでにいうなれば、その夢の内容。

 寝言で聞いた内容がそのまま夢の内容だったという確信は持てないが、もしそうだと仮定するとだ。

 ――才人、よっぽどルイズに対してストレスが溜まっているんだろうな、なんて思ってしまったり。

 機会さえあれば、仕返しなりしたいと。

 随分と才人は小さい人間の様である。

 しかしまあ、そんな光景を見ながら、俺は非常に懐かしく感じる。

 ああ、そんなシーンも原作にあったっけなあ……なんてそんな事を考えてた日。

 キュルケの部屋の隣の扉の前で震えている才人を発見したのは、そんな日の夜である。

 タバサに本を返してその帰り道。

 藁の上に毛布一枚で転がっている生き物。

「…………」

 思わず、じっと観察してしまった。

 地面に横たわって丸くなる才人に、俺はひたすらに冷たい視線を投げかける。

 向こうもこちらに気付いてはいるのか、中々に冷ややかな視線を返してきた。

 なるほど、此処に来て以来、貴族に対して良い印象を持ってはいないのだろう。

 確かに、何だかんだで散々な日常だった事は、あながち否定しない。

 夢を見ただけでルイズをからかいたくなる程度には、ストレスだって溜まっていたと。

 ――捨てられた子犬というよりは、野良犬の様な目という方が正しいと思う。

 ……そう言えばこれまで、下手に干渉してはいけないと思って、ルイズと才人には全く干渉していなかった。

 話すのだって、これがおそらく最初。

 才人の目に俺が止まるのだって、これが最初だろう。

 どうするか。

 正直、話してみたい気持ちはある。

 原作の才人がどういう反応をするのか、試してみたい気持ちはある。

 しかし、下手に会話してまずい事になってもいけないだろう。

 此処はどうすべきか……。

 なんて、少し悩んではみたが、結局俺は欲に負けた。

 だって話してみたかったのだ。

 遊んでみたかったのだ。

 そもそも、それがこの世界における俺の目的じゃないか!

 そんなわけで、これが俺と才人のファーストコンタクトである。

「――寒くないの?」

 最初に話しかけたのは俺。

 呆れた様な、達観したような口調だったと我ながら思う。

「……見て分からないか?」

 ――寒いんだろうなあ……。

 だって、震えてるし。

「はあ……」

 俺はため息をつくと、杖を壁に立てかけ、才人の横にドカッと座った。

 それに対して、才人はいぶかしげな視線を送る。

 何やら警戒しているようだ。

 まあ……いつもがあれじゃ、警戒するのも仕方ないわなあ……。

「ま、俺は魔法がろくに使えねえからさ、暖かくしてやる事は出来ないが――」

 そう言って、俺は才人にいつもの苦笑を向ける。

 やる気の無い笑顔。

「――話し相手ぐらいにはなってやるぜ」

 ――愚痴くらいあんだろ。

 そう言って、鼻で笑ってやる。

 そんな俺の態度に、才人は目を丸くして驚いていた。

 いや、そこまで驚くって……。

 俺はちょっと本気で才人が不憫になって来た。

 お前、普段どんな貴族を相手にしてるんだよ。

「……お前……良い奴だな」

「まて、心を許すのが早すぎだ。もうちょっと初対面の人には警戒しろってお母さんに教わらなかったか」

 どれだけ心がズタボロになってるのか知らんが、もうちょっと警戒してくれ。

 どう考えても怪しい人だろうが。

「……そうだな。でも俺、こっちに来てまともに話しかけられたのって初めてだったから」

「……普段、メイドといちゃついてるのはどこの誰だよ」

「貴族ではあんたが初めてだ」

「……ごめん。お前が、本気で可哀そうになった」

 そう言って苦笑する俺と煤けた顔で笑う才人。

 白い……。

 才人が真っ白になってる。

 と、才人は横になってた身体を起こして、俺の隣に座った。

 身体には、相変わらず毛布を巻いている。

「俺は――」

「――知ってるよ。ミス・ヴァリエールが召喚した使い魔くんでしょ? 君は一躍有名人だからね。俺の名前はレイラ・ディーン・ド・イー・レリスウェイク。呼び方は好きなように読んでくれ」

「じゃあ、レイラで」

「いきなり随分と親しげだな」

 俺としては無駄に友好度を上げるつもりは無いぞ。

「あ……悪い。確かにちょっと馴れ馴れし過ぎたか……」

 と、急にへこむ才人。

 ――お前、何でそんなにネガティブオーラMaxなんだ?

 原作だと、もっとポジティブだろうが。

 …………。

 ……。

 ……いや、原作だと、名前で呼んで否定される事が無かったのか。

 なるほど、これが各主人公のクオリティの一端と……。

 意外と主人公……周りから大切にされてるんだなあ。

「まあ良いけどね。レリスウェイクって一々言うと長いし、変に略されるとかえって悪くなりそうだから」

 罪悪感からか、思わず言ってしまった俺の言葉に、パッと目を輝かせる才人。

 ――お前は何処かのギャルゲーのヒロインか!

「お、おう! よろしくなレイラ!」

 才人の右手と俺の右手。

 無駄に固く握手が交わされた。

 一気に深まる友情。

 才人の中で、俺の高感度が、底無しで上昇してる気がする。

 ――なんだこれ?

 確かに面白半分で話しかけてはみたが……ちょっと才人。

 お前の行動はあまりにも読めない。

 隣の部屋から、「あんたよりマシ」と聞こえた気がしたが気のせいだろう。

 だって――聞こえてきたのは、扉の開く音だったのだから。

「――ん?」

 そう言って首をかしげる才人。

 俺は改めてため息をつくと、立ち上がった。

 杖を手にとって、ため息をつく。

 頭の上で、フェリスが大きく欠伸をした。

「……どうやら、才人にお客さんみたいだ」

 キュルケの部屋から出てきたのはフレイム。

 チラリと首をのぞかせたあと、のそりのそりとこちらにやってくる。

「え? は? お客さんって?」

 困惑する才人。

 キュルキュルと鳴くフレイム。

 なるほど――そんなイベントもあったっけなあ……。

 その場を後にする俺の後ろに、すがるような声が響く。

「レイラあああぁぁぁ……助けてくれえええぇぇぇ……」

 残念ながら、そこから先は私の管轄ではありません故。

 フェリスの欠伸がうつったのか、俺まで欠伸をしながら、部屋への道を俺は歩いて行った。



[27153] 手ってこんなに暖かかったっけ? そのろく
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/18 03:27
 ――分かっている事と分からない事が世の中にはあると、俺は思う。

「それでですね! そしたら『ありがとうシエスタ、凄く美味しい』なんて笑顔でおっしゃるんですよ。そんな事を言われたらもう……」

 例えば、昨日才人と別れた後に見たカンペのおかげで、今日、ルイズたちが剣を――デルフを買いに行くだろうことは、予想出来ていた。

 シュペー卿の剣――二千エキュー。

 しゃべるボロ剣――百エキュー。

 伝説との出会い――プライスレス。

 お金で買えない価値がある。

 買えるものは――この世界の場合は何だ?

 まあ、ともかく――剣を買う事は予定調和、分かっている事。

 だから、今日は朝から早く起きて、二人の様子を遠見の魔法で観察していたのだ。

 そして、ちょうど先ほど二人が馬で出かけて行った所。

 さて、どうやって二人を追いかけるか。

 フライでも使うか、それともキュルケ達に混ざって行ってみるか?

 どっちでも自然だろうし、面白そうだな。

 ついでにデルフ相手にちょこっと俺の面白い話身の上話をしてみたり――なんて、まったりした事を考えていたのだが。

「そしたらね。顔を真っ赤に染めてあたふたしだしちゃってですねえ」

 しかし何故――何故俺は今、シエスタに才人相手の惚気話を聞かされているのだろう?

 正直、全く持って分からない。

 原因が至って不明だ。

 そもそも、原因なんてあるのか?

 いや、強いて言うなれば、平民との仲をよくし過ぎた事が原因と言えば原因か。

 とにかく、俺としては才人たちを追う前に、少しくらい何か腹に入れておこうかな……程度の気楽な気持ちで食堂に来た筈なのだ。

 果物を少しとか、肉一切れとか、サラダを少しとか、その程度食えればいいな、等と思って来た食堂。

 そこで何故かシエスタに捕捉され――厨房裏に連れて行かれ――そして今に至る。

 マルトーさんも、才人の事を話すシエスタには、心を広く持っている……いや、むしろ歓迎しているようなので、俺としては何も言えない次第だ。

 俺以外、誰も文句が出ないのだから、俺が文句を言うことは出来ない。

 もっとも、他の貴族相手に彼らがそんな事をしたらどうなるかわかった物ではないが。

 ――主に、相手取った貴族が……主にシアの手によって。

 念のため、才人たちの動向は逐一遠見の魔法でチェックしてはいるが……行きたかったなあ。

 遊びたかったなあ……。

 まあ、此処に限っては、帰って来た才人たちで遊ぶ事で良しとしよう。

 しかしなにより――気になるのはこの状況だ。

「彼――カッコイイですよねえ、マルトーさんだって『我らの剣』って言って褒めてるくらいだし……はぁ……憧れちゃうなあ」

 そんなこと言ってぼんやりと視線を宙にさまよわせるシエスタ。

 何で、彼女は俺に声をかけて来たのだろう?

 原作の裏では、知り合いの女の子相手に惚気ていたりしたのだろうか?

 表舞台には無い、裏の動き。

 そこに絡まる俺という存在。

 正直、キュルケ達との一件以来、俺は慎重になっていた。

 あの時、何の気なしに近づいた結果、今となっては驚くほど深い関係となってしまっている。

 明らかな原作の破綻。

 破綻というか――ズレ。

 今のところ、なんとか才人を召喚出来たから良かったものの――これ以上のズレは避けなければならない。

 今後とも、絶妙な運が絡む部分が要所要所にあるのだ。

 些細な俺の動きが――下手に影響を及ぼす可能性が十分ある。

 ルイズや才人の成長に対して、過敏なほどに気をつけているのも、これが理由だ。

 彼女たちの場合、ズレが如実に表れすぎる。

 何かの手違いでそれがアンリエッタにまで影響したら――そんなこと、考えたくも無い。

 とにかく、今の俺は、変化に対して、非常に敏感になっている。

 そして――。

「――好きな人とかっているんでしょうか?」

「……とりあえず、今の彼なら、優しくして告れば、まず間違いなくオーケーするだろうね」

 ため息交じりに俺に聞くシエスタ。

 それに応える俺。

 この、物語に現れないシーンは、ズレなのかそうじゃないのか。

 それが分からない。

 ――とりあえずは現状維持。

 結局はこの結論にたどり着いてしまうのが情けないところだ。

 さて――遠見の魔法越しに見える才人たち。

 どうやら、キュルケ達も武器屋に到着した模様。

 いかにして介入するか。

 とりあえずそれは後で考える事にして……今はシエスタと話す事にしよう。

 シエスタ。

 ファミリーネーム無き平民の少女。

 この世界で正真正銘、最初に才人に惚れた人間。

 今までも、俺が個人的にニアミスすることは結構あったが、此処ではまだあまり語ってはいなかった筈だ。

 そう言う意味では、初めての本格的な登場になるのではないだろうか?

 手品の話などの際に多少は出てきたが、本格的な会話ははじめて紹介するだろう。

 せっかくの機会だ。

 この際に、シエスタと俺たちの会話などを少し紹介しておこうかと思う。

 そんなわけで、シエスタとの会話の始まりだ。

 個人的な事を言わせてもらうならば、俺は死ぬ前、意味も無くシエスタ肯定派だった。

 いや、だってさ――なんか、一途過ぎて可愛かったから。

 もっとも……この世界においてもそうかと言われれば、そんなことは無い。

 今回の目的は、あくまで俺が楽しむ事。

 その為なら、とりあえずはシエスタは様子見。

 邪魔にならない程度だったら、協力するからそれでおあいこって事で。

「それにしても……随分と使い魔くんに惚れこんでるんだねえ」

 俺はテーブルに頬杖をつきながら言った。

 少なくとも、昨日のあの感じでは、惚れる要素は皆無だったのだが。

 何か楽しそうだったからつい話しかけてしまったが……。

 少なくとも、俺の中で才人の評価は変な方にずれたぞ。

 もっとカッコイイイメージだったのだが……なんか、残念なイメージになってしまった。

「惚れこんでるなんて……そりゃ確かに憧れてはいますけど……」

 とたん、そんな風に顔を赤くしてうつむくシエスタ。

 ふむふむ……恋する女の子ですなあ。

 何となく、ジェシカやシエスタの友人の気持ちが分かってみたり。

 この中途半端な惚気話を聞かされるくらいなら、確かに力づくでくっつけたくなるわ。

 ――仕方ない、ちょっとイジってみよう。

「そっか……残念だなあ。俺もシエスタちゃんの事狙ってたんだけどな」

「ふぇっ!」

 俺だって一応貴族だ。

 貴族からこんな事言われたら、少しは反応するだろう。

 だって、 上手くいけば、それだけで今の生活の数倍の家庭環境が約束されるのだから。

 案の定、シエスタは目を丸くして俺の話を聞いている。

「だって、俺の目から見ても、シエスタちゃんって可愛いと思うし……でも、そっか。シエスタちゃんだって女の子だもんね。やっぱり俺みたいな頼りない奴よりはカッコいい騎士様の方が良いよね」

「ふえええぇぇぇっっ!!」

「そっか……サイト君みたいな人が君のタイプだったのか……こりゃ失敗しちゃったな。でも応援してるから。絶対に上手くいくんだよ!」

「ふにゃあああぁぁぁ……」

 すっごい複雑そうな顔をしているシエスタ。

 うん……面白い。

 さっきまで散々退屈な惚気話を聞かされた仕返しだ。

 嬉しいような……悲しいような……困ったような……。

 あらゆる感情をミキサーにぶち込んでごちゃまぜにしたものをフライパン上でごま油と共に炒め、そこにご飯をプラスして炒め、それらをまとめてゴミ箱に捨てた後、冷蔵庫からスーパーで買ったお惣菜を出してきてチンして食べた様な顔をしている。

「あうあうあう……」

 混乱のあまり、目の中がぐるぐると渦巻いてるシエスタ。

 ……純情な子だなあ。

 うちの妹とは大違いだ。

 これからも彼女には純情なままでいて欲しい。

 さて、そろそろ潮時だろう。

「なーんてね。冗談だよ」

「ふわっ?!」

 先ほどから随分と不思議な擬音語を発しているシエスタ。

 異世界の言語のボキャブラリーがそこまで多いと、俺としても対応に困るぞ。

「そんなシエスタちゃんが困るような事は言わないから安心してくれたまえ」

「先ほど言いました!」

「だから、もう言わないからさ」

 そう言って笑う俺。

「うう……レイラさんは意地悪です」

 先ほどまでの真っ赤だった顔をとたんにしゅんとうつむかせるシエスタ。

 だけど、君が悪いんだぞ。

 あんまりにも退屈な惚気話を延々と聞かせるから。

 ……よし、今後ともシエスタの惚気話に付き合わされたら必ずいじる方針で行こう。

 決めた。

 もう決めた。

「レイラさんに騙されました。汚されました」

「表現が危ないぞ」

 この子、純粋なんじゃ無かったのか?

 変な所だけ大人なのか?

 マセてるのか?

 マセガキなのか?

「許しません。もうレイラさんと絶好です。口きいてあげません」

「随分と拗ね方が子供っぽいな」

「子供っぽくても怒ってるんです。レイラさんは私に許してもらえるよう提案するべきです」

「はあ……」

 なんか、随分と中途半端な拗ね方をされたため、正直反応に困るのだが……。

 まあ良いか、此処はのってあげるか。

「はいはい……じゃあシエスタちゃん、どうかわたしを許して下さい」

「嫌です」

 ……イラっときた。

 あれれー?

 シエスタってこんなキャラだったっけ?

 何か、俺のイメージと違うぞ?

 もっと可愛らしかった筈なんだけれどなあ……。

「どうして許してくれないのかな?」

「誠意が感じられません」

 ……この子は一体何様のつもりなんでしょう?

 何故、俺は謝罪しているのでしょう?

 俺は、頬がピクピクとひきつるのを感じながら、彼女に聞く。

「じゃあ、俺はどうしたら良いのかな?」

「誠意を見せてください。見せてくれたら許します」

 そう言って、こちらに顔を向けて瞳を閉じるシエスタ。

 その唇が、そっと細められ、つきだされる。

 ……はい?

「これはどういうことですか?」

「レイラさんは乙女の純情を傷つけました」

「まあ、傷つけたと仮定しましょう」

「傷つけたからには、それなりの責任を取る必要がある筈です」

「責任放棄は?」

「始祖が許しません」

 俺はブリミル教徒ではないんだけどなあ……。。

「レイラさん……」

 少しだけ開かれた瞳はうるんでいて。

 やや、上目遣いに俺を見て。

「私の初めて……貰って下さい……」

 ゆっくりと近づく彼女の顔。

 ふんわりと漂う石鹸の香り。

 だらだらと流れる滝の様な汗。

 ――何処だ?

 俺は何処でこんなフラグを立てた?

 原作をぶち壊すかのようなフラグを俺は何処で建てたんだ?

「えっと……シエスタちゃん? これは……」

「キスしてくれたら……許してあげます」

 おそらく、俺の顔は真っ赤になっているだろう。

 そりゃ、見なくても分かる。

 だって、目の前にこんなに可愛い子がキスをせがんでいるんだもの。

 鼓動の音が聞こえるんだもの。

 ドクン――ドクン、と耳の奥で聞こえるメロディ。

 ゆっくりと進む時間。

 ごくりと、自分がつばを飲むのが分かった。

 俺の目は、彼女の唇、その一点。

 そこ以外の何も見えない。

 柔らかそうな、その唇。

 みずみずしく潤ったそこ。

 それは妖艶に俺を誘う。

 おじいちゃん――俺、して良いのかなあ?

 俺、一歩進んじゃって良いのかなあ?

 原作が壊れちゃうかもしれないよ。

 でも、していいのかなあ?

 何処かからおじいちゃんの声が聞こえた気がする。

 遠く、遠く、記憶のかなたから聞こえて来たような声。

「……良いんじゃない?」

 それは、はるか遠く。

 草原のかなたから聞こえて来たような声。

「そこに可愛い女の子がいるのなら……良いんじゃない?」

 そうか……。

 良いんだね、おじいちゃん。

 俺、キスしちゃっても良いんだね?

 俺は、遠い記憶の世界から帰還。

 ――さて。

 おじいちゃんは良いと言った。

 こうなったらもう後は……やるしかない!

 覚悟を決める俺。

 そうだね。

 原作ファンには殺されるかもしれない。

 この話に期待している人には殺されるかもしれない。

 でも、俺は此処で幸せになるんだ。

 リア充になってみせるんだ!

 恋人と歩く日々を過ごすんだ!

 コンディションオールグリーン。

 空は快晴。

 場所は厨房裏!

 さあ行くぞ!

 俺は新境地を!

 開拓する!

「なーんちゃって!」

 そんな明るく元気な……。

 だけど、俺の全てをぶち壊すような声が聞こえて来たのは、その直後だった。

「……は?」

「あはは、レイラさん真っ赤ですよ!」

 そう言って笑うシエスタ。

 ――はい?

「さっきのお返しです! これで少しは私の気持ちわかったでしょう」

 そう言って満足そうに胸を張るシエスタ。

 ――えーっと、つまり、どういうことだ?

 俺は、シエスタに見事やり返されたと。

 いたいぐらいにしっぺ返しを食らったと。

 ……やられた!

 それに気付いた瞬間、俺は即座に後ろを振り向き、滝の様な涙を流す。

 くそう!

 俺の純情をもてあそびやがって!

 俺の恋心を返せ!

「これに懲りたら、二度と乙女の純情を踏みにじらない事です」

 ああ懲りたさ。

 こんな気持ち、切なすぎるさ。

 切なき涙を流す俺。

 ああ……恋なんて俺にはやはり遠い物だったんだな。

 その内良い人見つかるかなあ。

 でも、あの両親だしな。

 記憶は別としても、あの両親の血を引いているんだよな。

そんな風に悲観にくれる俺。

「――意気地なし」

 だから俺は、そんな風にシエスタが呟いていた事を、この時はまだ知らなかった。

 まあ、そんなこんなで、今日も世界は平和に回っているのだった。



[27153] 手ってこんなに暖かかったっけ? そのなな
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/18 23:28
 正直な話、俺は決闘という言葉があまり好きではない。

 ……というより、争い事がそもそも好きではないのだ。

 争い事が嫌いで、痛い事はもっと嫌い。

 争い事なんてのは実際、話し合いで解決が可能な事が殆どなのだ。

 話しあいで解決できる、だけど面倒だから戦おうと。

 確かに、人はきっと本能的に争う生き物なのだろう。

 狩猟生活をしていたころから、人は他の動物と争い、その日の糧を得て、生き延びてきた。

 それは人間というよりも、生物としての本能。

 理屈がどうこうとか、そう言う以前の問題で、あるべくしてある物。

 覆せなければ、覆す必要のない事象。

 そして、その食料問題を、生産という手段を用いて、争いなしに得られるようになった今現在の人間たち。

 向ける対象の無くなったその本能は――今度は同族に対して向けられると。

 まあ、別にだからと言ってどうということではないのだが。

 とにかく、人は生まれながらにして争う生き物なのである。

 それはきっと遺伝子レベルで構築されている事象である為、どうしようもない。

 虚無の魔法だったらどうにかできるのか?

 どうにかできるとしても、どうにかする必要がないだろう。

 どうにかしちゃったりしたら――俺みたいな人間がまた生産される事になるのだから。

 だけどそれでも――そんなだからかもしれないが、俺は争いが嫌いだ。

 本能と逸脱した理屈。

 だけど、嫌いなものは仕方ない。

 誰にだって一つ二つはあるだろう、好き嫌い。

 俺の場合は、それが茄子と、調理したトマトと、コンソメと、そして争いだったというだけだ。

 そして、大抵の人はそれらの物を、問題なく食べるのだろう。

 そう、問題なく決闘をしたりするのが、きっとこの世界における、普通なのだろう。

 ――そんなわけで、現在は中庭。

 本塔の壁に吊るされ、ぶらりぶらりと揺れる才人。

 それを何の気なしに眺めるシャイニングスターとルイズ。

 因みに、参加の方法は実に簡単。

 シアと二人プラス一匹で、中庭をぶらぶらと散歩していただけだ。

 一人だと怪しいかもしれないから二人。

「たまには、二人で月夜の中、散歩でもしない?」

 そんな風に誘ったら、幸運にも二つ返事で受けてくれたシア。

 そのまま二人で月光の下を歩く事しばし。

 ――今度、サイトにでもあげようかなと思って特性のアクセサリーの製造をシアにお願いしていたあたりで、ちょうどルイズたちがやって来た。

 探知の魔法を、こっそりと使ってみたが、フーケもまだちゃんといてくれている模様。

 そのまま、俺が提案するまでも無く、キュルケ達に誘われ、あれよこれよという間に原作の状態が出来上がった。

 キュルケ達にあった当初は、若干ながら機嫌の悪くなったシアだったが、頭を撫でてやったら大人しくなったので問題はあまりない。

 強いてあげれば、俺とは一度も話した事のないルイズが、疑惑満載の目で俺を睨んできた事。

 後は――何故か才人の中で俺に対する好感度が異常に高くなってるという事だけだった。

 例えば、今現在だってそれは同じ事が言える。

「レイラ! お前だけが頼りだ! 助けてくれ!」

 そんな風にあおられながら俺に言う才人。

 確かに気持ちはわかるが……俺には何もできないのだよ。

 これから始まる一連の流れ。

 俺は、その流れを変えてはいけない。

 だけどまあ、傍にいたいとは――楽しみたいとは思うんだけどね。

 だから此処は心を鬼にして――というより悪魔にして、才人に応える

「俺としてもな……お前の気持ちはよくわかる。痛いほどわかる。しかしな……おそらくはお前の世界でも同じだっただろう常識がこちらでも当てはまるのだよ」

 俺は切なげに目を細め、彼を見る。

「男性は女性に勝てない」

「確かに、俺の世界にもその常識はあった」

 別に、力ずくとか、そう言うことの話をしているわけではない。

 ただ単純に――理屈抜きで勝てないのだ。

 勝ってはいけないのだ。

 ――何かよくわからないけど、そうなのだからしかたない。

 世界の常識、不変の理屈。

 男尊女卑の時代はとうに過ぎ、女尊男卑の時代なのだ。

 女性は大切にね!

 ばーい紳士同盟。

 そんなわけで現在、キュルケとルイズの決闘、その真っ最中であった。

 何ともまったりした空気の俺&タバサ&シアと、バチバチと火花を散らせるルイズとキュルケ。

 審査員たる俺たちは現在、シルフィードの上でまったりサイトを観察中。

 いやあ、才人が今にも泣きそうな顔でこっち見てる。

 ――あれ?

 原作でもこうだったっけ?

 ――まあ良いか。

「まあ、安心しな。いざって時は助けてやるから」

 そう言って笑いかければ、才人は泣きそうな顔ながらも安心した模様。

 先ほどよりは若干わめくのを控えめにしてくれた。

 僥倖僥倖。

「少なくとも命の保証はしてやるよ。こう見えても俺は心優しいんだぜ」

「ああ、それは何となく知ってる。だから……信じてるぞ。レイラ」

「頼まれた以上はしっかりと請け負うさ」

 必殺仕事人。

 やることはしっかりやるさ。

 有言実行に定評のあるメイジ――レイラ・ド・レリスウェイクさ。

 それに――きっと――

「ファイアーボール!」

 ――君には当たらないから。

 辺りに響く轟音。

 事前に覚悟していたとはいえ―一瞬早く耳を塞いでたとはいえ、やはりすごい音だった。

 空気が音だけでビリビリと震える。

 あまりの音に、シルフィードでさえ悲鳴を上げた。

 ――それでも俺の頭の上でぐったりしているフェリス……流石だとしか言えない。

「ぎゃあああぁぁぁ!!!」

 爆音に負けず劣らずの悲鳴をあげる才人。

 ……まあ、そりゃ怖いだろうなあ。

 何しろ、リアルに命の危機を感じるほどだからなあ。

 少し離れてた俺でさえ命の危機を感じたもん。

 あれだけ近くで……それも、爆風でひもが切れそうなほどの威力だったら――。

 考えるのはやめておこう。

 そこにきっと、幸せな未来は待っていない。

「殺す気か! レイラがいなかったら、俺はおまえとの主従関係を絶っていたところだぞ!」

「うるさい! 素直に落ちなさいよ!」

「この高さから落ちたら死ぬだろうが!」

「とにかく、次のキュルケの攻撃は避けなさい! これは命令よ!」

「俺を見ろ! 避けるどころか動ける分けねえだろうが!」

「問答無用よ!」

「ずいぶんと理不尽な会話だなあ」

「……どっちもいろいろと残念」

「お兄様、私高所恐怖症なんですの」

「そうか、なら降りるか?」

「でも、お兄様とは離れたくありません。だから襲……抱きついても良いですか?」

「そこは手を握ってとか、その程度にとどめておけば認めたのだが、惜しいことをしたな」

「惜しい! 加減がわからない!」

「……高いところ怖い」

「そうか。この間のおまえのフライの方がずっと高いところを飛んでたけどな」

「……ちっ」

 口論する才人とルイズ。

 それをぼんやりと見ながら会話する俺ら。

 うん。

 非常に温度差が激しい。

 地上ではキュルケとルイズが何か言い争っているが……。

 ここでは聞き取れないな。

まあ、どうせ大したことは話していないだろう。

 キュルケについてはそこまで成長を促すような会話をしているつもりは無いし、ルイズに至っては、今日会話したのが初めてなのだ。

 おそらくは大体が原作通り。

 大した変化は無いだろう。

 まあ、あったら帰って困るのだが……。

 と、今度はキュルケの番らしい。

 真剣な表情と共に、彼女が杖を振れば現れる、メロンほどの大きさの火球。

 それは、キュルケの元を離れると、まっすぐにこちらに飛んでくる。

 まあ、あの安定感なら当たるだろうな。

「ま、ちゃんと助けてやるから安心しな」

「え? あ……うん」

 少し大人しくなる才人。

 そしてキュルケの火球は的確にロープを焼き、才人は落下した。

 目を堅く閉じていることから、相当な恐怖を感じてはいるのだろう。

 しかしまあ……それだけ俺は信頼されてるって判断しても良いのかな?

 まあ、信頼には応えねば。

 というわけで、軽く杖を振って才人にレビテーションをかける。

 ゆっくりと地面に足をつく才人。

 そして、そのまま地面に膝をついた。

「ああ……大地ってすばらしい」

「本能的に土属性メイジになりそうな台詞だな」

 才人を追って一緒に降りてきた俺。

 確かに、フライは羽が出るけど、レビテーションだけなら出さずにも可能なのだよ。

「おう、レイラ――本当にありがとうな」

「ま、お礼はそのうち返してくれりゃ良いさ」

「おう! 絶対にこの借りは返す!」

 何故かは知らんがやたらと感激しているサイト。

 いや、俺だって流石にあのまま落とすような人でなしじゃないさ。

 とまあ、ひと段落ついたところで……と。

 さて、そろそろか――。

 俺は鈍い足音に気付くと、ゆったりと後ろを振り向いた。

 土くれのフーケ。

 どうぞ、原作の流れをよろしく頼みましたよ。











 予定調和。

 あるべきものは、あるべきままに。

 決められた道筋をなぞるがごとく、話は進む。

 これと言った変化はなく、あえて付け加えるなら、此処に俺とシアがいるという事。

 その程度だろう。

 ほんのり変わるも、変わらない世界。

 はてさて、そんなわけで、俺も無事に捜索隊に参加する事になりました。

 まあ、あの流れならば、ごく自然だろう。

 むしろ、参加しない方が、視線が痛い事になりそうだし。

 なんでお前参加しないんだよ。

 お前だけ逃げるの?

 うっわ、卑怯者だ!

 って。

 まあ、才人たちの面白展開が見れる分、俺としては是非とも参加させてもらいたいんだけどね。

 最も、才人たちが絡んでなかったら、是非とも断らせて頂いたがな。

 時は進み、現在地は馬車の中。

 ぎっこらぎっこら揺れる馬車にて、皆が皆、思い思いの時間を過ごしてる。

 キュルケ、才人、ルイズは向こうでなんかやってるし、シアは相変わらず俺にくっついてて、フェリスはだらんとしてて、タバサは俺の隣で読書なんかしてたり。

 そう言えば、タバサが読書をしているところを久しぶりにみた気がする。

 原作だと、永遠の様に読書してた筈なのに……。

 これも破綻の兆しなのだろうか。

 それにしても……原作中ってこんなに気を張ってる事ばっかりだっただろうか?

 何故かは知らんが、地味に休憩が取れない。

 覚悟はしていたけれど、想像以上にこれはつらいぞ。

 一々イベントを楽しむのも大事だが、所々で休憩も取らないと……何かやらかしそうで怖い。

 だんだん考えが纏まらなくなってきているのも、それが原因だろう。

 近いうちに俺自身が何かやらかさない事を……俺は祈る。

「……あなたは――」

 ふと、隣で本から顔を上げながらタバサが呟く。

「……あなたは何故今回参加したの?」

 こてんと、首をかしげながらの言葉。

 うーむ。

 何故って聞かれると困るな。

 素直に楽しみたいからとは言えないし……。

 かと言って、責任を感じた為――って言うのも俺らしくなくて信じてもらえないだろうしな。

 となると――此処は妥当な答えを返しておこう。

「考えてもみなよ、このメンバーを――」

 そう言って馬車の中を見渡す。

 ルイズ、キュルケ、タバサ、ミス・ロングビル、アレイシア――、そして才人。

「男として……いち、紳士として、誰か一人で女の子を独占するなんて許せないだろうが!」

 全力を込めて俺は言った。

 思わず握りこぶしを作ってしまったが、それは御愛嬌。

 だってだよ。

 原作読んでる最中はあんまり気付かなかったけどこれ――この時点でハーレムだよ!

 男の夢だよ!

 それなのに才人ったらさっきからおろおろしちゃって!

 黙ってこんな幸せな空間を作らせるかってんだ。

 幸せはやっぱり皆で分け合わなければ。

 そうだろう?

 おじいちゃん。

「……想像通りの愚かな答え」

「全男性陣の永遠の夢を、愚かの一言で切り捨てられた!」

「お兄様! 私、早く風の偏在を覚えて、お兄様の夢を私一人で叶えてみせますわ!」

「言わせてもらうと、全部顔がお前だったらそれはそれで嫌だな。お前は一人だからこそ良いんだ」

「まあ、私にそんな魅力が!」

「因みに、偏在に加えてフェイスチェンジを使ってくれるなら俺としては大歓迎だ」

「努力しますわ! お兄様の為! 私の全力を尽くしてトレーニングをしますの!」

「……とても愚かだけれど。……とても、あなたらしい理由で良かった」

「タバサ、それは褒められてるのか?」

「……微妙」

「お前の“微妙”という評価を肯定的な意味にとり始めるまでになった俺がいるぞ!」

「……進歩進歩」

「何も喜ばしい事では無い! 拍手をするな! シアものるな!」

 こんな拍手何も嬉しくない。

「それにさ……冗談抜きで、ルイズの使い魔くんを除いたら他全員女の子じゃん」

 俺は恥ずかしげに頬を掻きながら言葉を続ける。

 キョトンと俺を見るタバサ。

「女の子だけで危ない場所に向かわせるってのはさ。俺としては許せない――ってああ! 恥ずかしい!」

「……それがたとえ足手まといにしかならなくても?」

「壁くらいにはなるだろ。女の子を守るのが、男に産まれた俺の使命だ」

 あっけらかんと言った俺。

 それに対して、ポカンとしているタバサ。

 あれ――こんな話、今までした事無かったっけ?

 確かに、こんなに深い話題にはなった事がないわな。

「少なくとも俺は君の騎士(シュヴァリエ)ではあると自負してるぜ」

 しばらくは茫然とした時間が過ぎた。

 キュルケ達の方は、ミス・ロングビル含めて色々と話しているみたいだけど。

「……クスッ」

 と、不意に噴き出すような笑いがタバサの口から洩れた。

 クスクスと笑い始めるタバサ。

 こいつ……ホントに笑うようになったよなあ。

 笑うようになっちゃったんだよなあ。

 原作……まあ良いか。

 確かに原作からは破綻してるかもしれないけど、笑うようになったならばそれはきっと良い事なのだろう。

 少なくとも、俺にとって笑顔は良い事だ。

 だって、笑顔は楽しみの象徴だから。

 俺が楽しくて、皆も楽しくて。

 そんなのが一番じゃあありませんかい?

「……随分とキザなセリフ」

「うっせ! 言ってるこっちだって相当に恥ずかしいんだ!」

 今更それを蒸し返すな。

 こっちだって覚悟して言ってるんだ。

「はあ……まったくお兄様は……」

 俺の隣でやれやれと首を振るシア。

 ん?

 どうしたんだ?

「うちのお兄様がご迷惑おかけしますね」

「……ん。気にしてない」

「こちら、非常に鈍感で鈍いくせに、ああいう事をさらっと言うのですよ」

「……一寸先は闇」

「まったくもって、おっしゃる通り。未来が怖くて怖くて」

 ため息交じりのシアと意気投合するタバサ。

 なんだ?

 俺が何かしたのか?

「お兄様はそのまま鈍いままでいれば良いんですよ!」

 そう言ってアッカンベーをする我が妹。

 ――全く持って意味が分からない。











******************************



――決闘の途中――ライバルたちの会話。





「ヴァリエール……」

「なによ! あなたの剣なんか絶対に使わせないんだから!」

「それはそれとしてね……あなたはこの決闘に疑問は無いの?」

「疑問? 無いわね。私たちは貴族。ならばどちらが正しいかを魔法で決めるのは至って普通のことよ」

「例えば、さっきの爆発が、ダーリンに当たったりしたらとか……考えなかった?」

「私がそんなへまをする筈ないでしょ。それに疑問があるとすれば、明らかに火属性のあなたに有利な勝負内容ってことぐらいかしらね。」

「そう。私としては冗談で提案したつもりだったんだけれど……まさか此処まで本気にするとわね」

「冗談? これだから成金のゲルマニアはいやだわ。貴族の決闘というものの重要性。そしてそれにかける誇りをまるで理解していないのだわ」

「……そうね。確かに、私は貴族ってものについて鈍い……いえ、鈍くなったわね」

「これだからツェルプストーは嫌だわ! まったく品がないのだから」

「品がない……ね」

 呟くとキュルケは杖を構える。

 狙いはダーリンを狙うロープ。

 絶対に外すわけにはいかない。

 いや、外しても良いから、絶対にダーリンに当ててはいけない。

 私の魔法は火の魔法。

 一瞬にして、命を奪う魔法。

 “破壊”と“情熱”の魔法。

 だから間違っても、“破壊”をしてはいけない。

 少しの緊張と共に、じんわりと汗をかいたのがわかる。

「私だったらどうするか……ね」

 いつか、あの変わり者が言った言葉が思い出される。

 小さなつぶやきは、ルイズにさえ聞こえなかった筈だ。

 私だったら、フレイムの餌にヴァリエールの肉を与えたくないからってわざわざこんな勝負をするか?

 いやしない。

 負けを認めてでも、フレイムを危ない目になんてあわせない。

 それは――貴族の誇りがないという事なのだろうか。

 守りたい物の為に、敵に背を向けるのは誇りがないという事なのだろうか。

 まだ、私には、その答えは出せそうにない。

 だけど、少なくとも――今の私はこの考えに後悔はしていない。

「ファイアーボール」

 丁寧に紡いだ呪文は、恐ろしく綺麗な火球となって、私の気持ちを表現してくれた。



[27153] 手ってこんなに暖かかったっけ? そのはち
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/19 22:10
 山中の別荘――。

「とは、お世辞にも言えそうにねえな」

 俺は目の前に開けた景色を眺めながら一人つぶやく。

 別荘――というよりはどう見ても廃屋。

 ――いや、廃屋という表現さえまだ生易しいかもしれない。

 それにしても疑問なのは、何故この環境に誰も疑問を抱かないのだろう?

 この廃屋、どう考えても人が生活するにしてはぼろぼろ過ぎて難しい筈だ。

 雨漏りどころの話では無い。

 これだったら、学院の廊下で寝ていた才人の方が遥かに快適な生活だっただろう。

 もし、宝物を一時的に隠すだけならば、何処か地中に埋めておけばいいのだろうし。

 土メイジなら、それこそ得意分野な筈だ。

 ――これが貴族の価値観なのだろうか?

 貴族の価値観。

 貴族の世界観。

 貴族の常識。

 貴族の魔法。

 それら、一本でつながるこの世の理。

 まあいい、そろそろ俺はシアを連れて安全圏へと逃げるとしよう。

「俺とシアは念のために少し離れた場所から見てる。土属性だから逃げ道やその他を絞るのにも力になれる筈だ。まあ、いわゆる最終防衛ラインだな」

「……お願い」

 納得したらしいタバサ達と分かれて森に向かう俺とシア。

 これで原作通りの配置になった筈だ。

 後は此処からゆっくりと高みの見物をさせていただこう。

 さて――。

「お兄様……」

 と、隣にいたシアが俺の裾を掴んできた。

 振り返ると顔を伏せたシアがポツリポツリと言葉を話す。

「お兄様は……怖くないのですか?」

 投げかけられたのは疑問。

 当然あるべき疑問。

 この場にいる者たちが等しく抱いている筈の感情の吐露だった。

「私は怖いです。土のトライアングルと言ったって、私は自分の命が心配で怖いです。自分の命だけじゃなくて、タバサさんの命も、キュルケさんの命も、ルイズさんの命も、ルイズさんの使い魔さんの命も、ミス・ロングビルの命も――そしてなにより、お兄様の命を失うのが怖いです」

 本来あるべき、常識的な考え方。

 確かに、こう考えるのが普通だろう。

 普通は怖いのだ。

 半端無く怖いのだ。

 トライアングルだ。

 ダイヤモンドが錬金出来る。

 この世界には今までなかった鋼鉄が作れる。

 ――だからなんだ。

 戦場なんて経験したことがない。

 命の取り合いなんて経験がない。

 こちとら普通の学生なのだ。

 家出した時の俺や仕事中のタバサみたいに――命の危険を感じる状況なんて普通はあり得ないのだ。

 のんきに平和に――皆で笑って過ごしている筈なのだ。

 原作を読んでいる時は実感のなかった感情。

 実際に触れてみて――やってみて初めて分かる感情。

 本当の恐怖。

 シアだって――それくらいは感じて当然だ。

 だって彼女は――普通の女の子なのだから。

 ルイズたちは仕方がないのかもしれない。

 だけどシアの場合は。

 彼女だけは、俺が原因でこの捜索隊についてきたのだ。

 だから、彼女については、俺が責任者で保護者だ。

 ――いや、冷静に考えれば、その考えさえおこがましい。

 彼女だけでなく、ルイズたちにだって、同じ事が言える筈だ。

 皆、此処では死ぬ予定では無い。

 だからもし……万が一そんな事があったら、それは俺の責任だ。

 俺が原作を破綻させたから……。

「シア、俺はどんな人間だかわかるかい?」

 だから俺は、彼女に語りかける。

「――どんな――人間?」

「俺は、レリスウェイク家の長男だ」

 ある程度離れた草場に座りながら俺は続ける。

 そろそろ、大丈夫だろう。

 良い感じの場所な筈だ。

「俺はレリスウェイク家の長男で――アレイシア・ディーン・ド・イー・レリスウェイクのお兄ちゃんだ」

「お兄様……」

「お兄ちゃんってのはな……いつでも妹に頼られる存在でいなければ……妹が安心して頼れる存在でなければならないんだよ」

 そう言って、俺は妹の手をそっと握った。

 その手は信じられない程小刻みに揺れている。

 本気でこんなの信じられない。

 だってこれ――殆ど俺の手が震えているんだぜ。

「こ、これは……」

「俺をなめちゃいけねえぜ。俺は人一倍臆病なんだ。あんなでっかいゴーレム前にしたら、本気で逃げ出したくなるぐらいビビりなんだ。だけどな。だけど俺は逃げ出せないんだよ。傍に可愛い妹がいる限り、近くに可憐な女の子がいる限り、それを守りきれないなんて――俺自身が絶対許せない」

 震える手を離して、俺は改めて小屋に向き直る。

 分かっていても怖いものは怖いんだ。

 安全だと分かっていてもゴジラが目の前に現れたら怖いんだ。

 それと同じ――でも。

 でも、俺は逃げない。

 貴族の誇りだとか――そんな高尚なものではないけれど。

 守るために俺は全力を尽くす。

 皆が笑って、俺が怒って、最後には俺を含めた皆が笑う。

 その為ならどんなピエロだって演じてみせよう。

 喜劇結構!

 苦笑結構!

 それが俺のあるべき姿だ。





 ――パチリ。





 何か――何かが俺の中で外れた気がした。

 見えなかったものが見えるようになった気がする。

 急に視界が明るくなった気がする。

 理由なんてわからない。

 視界も何も変わっていない。

 だけど――世界が変わった。

 色が鮮やかになった。

 肩が軽くなった。

 ――これは一体。

「ならばお兄様――」

 それを確認する前。

 確認するより先に、再び指先に温かいものが触れた。

 震える指先。

 それがじんわりと温かくなる。

 手を繋ぐ妹。

 一組の兄妹。

 何てことは無い、別になにしたわけでもない。

 ただ手を繋いだだけ。

 それだけで――。

 指先から伝わる温かさだけで――。

「存分に頼らせていただきますわ」

 指先の震えが止まっていく。

「ははは、震えが止まったな」

「私も、震えが止まりました」

 二人、小さな声で笑いあう。

 なるほど――よくわからないけど。

 頼られるってもの良いものだな。

 なんか――想像以上に暖かい。

 この暖かさがあれば……何でもやれる気がする。

「どうやら、寒かっただけみたいだ」

「お兄様の手は暖かいですからね」

「お前の手を今後、暖房器具として使わせてもらおう」

「私でしたらいつでもどうぞ」

 覚悟は決まった。

 残すは向こうのクライマックスだけ。

 才人達は、ちょうど小屋の中を捜索中。

 さて――めいっぱい楽しもうじゃないですか!

 この暖かい手があれば、俺は何でもできる!

 それが、繋がりの力。

 かつて死んだ時。

 あの時は打ち付ける雨が非常に冷たかった。

 今はつないでいるこの手が暖かい。

 打ち付ける雨が、俺の体温をどんどん奪っていった。

 今は支え合う心が、俺の鼓動を激しくさせる。

 そしてその時も確か――。

 ――あれ?

 ――寒かった?

 かつて死んだ時、俺は確かに寒かった。

 雨の中、倒れていく俺の手は冷たかった筈だ。

 だって、傘なんて差していなかったんだから。

 ……降りしきる雨の下、俺を支える幼馴染。

 ……確か、彼女の手は、俺の両肩に回されていた筈だ。

 俺は寒かった。

 死ぬ時……とても寒かった。

 でもなんで?

 何で今まで――











 ――それを忘れていたんだろう?











 何で……そんな当たり前の記憶を……忘れていたんだろう?

 俺の中に悪寒が走った。

 此処までやって来て……初めて違和感を感じた。

 その違和感が何か考えるより先。

 その思考は、妹の声によって中断される事になった。

「お兄様、あれを!」

 その先にあるのは巨大なゴーレム。

 なるほど――ようやっと出て来たか。

「きゃぁああああああ!」

 ルイズが悲鳴を上げる。

 それに合わせて、急いで飛び出してくる才人たち。

 だがまあ……この距離からなら安全だろう。

 慌てるルイズたち。

 実は、俺の頭の中も色々とパニックなのだが――。

「お兄様――」

 ギュッと、シアが俺の手を握って来た。

 それを感じて、俺の頭の中のチャンネルが切り替わっていく。

 手から感じる妹の体温。

 そうだ――今はこれが一番だ。

 一番重要な事だ。

 ここはハルケギニア。

 魔法の国。

 そして、俺はレイラ・ディーン・ド・イー・レリスウェイク。

 頼れるお兄ちゃんだ。

 だから――俺はこの場にいる命は絶対に失わせない。

 万が一があっても失わせたりはしない。

 だってそれは、とても大事なものだから。

 俺の全てにかけても、皆の命を守る。

 それほどに大事なものだから。

 だから――俺がその言葉にキレたのはごく自然の事だったと思う。

 問題のその発言がなされたのは、その直後の事だった。



[27153] 手ってこんなに暖かかったっけ? そのきゅう
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/19 22:15
「きゃぁああああああ!」

 私が思わず叫び声を上げたのは、才人達が『破壊の杖』を見つけた直後だった。

 むくむくと一瞬にして膨れ上がった地面。

 それはやがて人の形になり、巨大なゴーレムになる。

 土でできた巨大なゴーレム。

「どうした! ルイズ!」

 小屋の中から、駄犬がこちらに声をかける。

 そのとたん、ゴーレムが拳を振り下ろした。

 私は思わずその場にしゃがみ込む。

 しかし、ゴーレムはそんな私に興味がないと言わんばかりに、真っ直ぐに小屋を狙った。

 扉が開くと同時に吹き飛ばされる小屋の屋根。

 駄犬たちが、驚きに目を見開いている。

 ――私はなにをしていたんだろう?

 そんな疑問が私の中に沸いた。

 私は見張りを任されていたのでは?

 なのに何故……こんなにも近づくまで……反応できなかったのだろう。

「ゴーレム!」

 キュルケが叫んだ。

 それに合わせるようにして反応したタバサが唱えた風の呪文。

 巨大な竜巻がゴーレムにぶつかるも、まるで反応がない。

 キュルケがその無駄な塊から杖を引きぬき、呪文を唱える。

 杖から炎が伸びるも、ゴーレムは意に介さない。

 そんな中私は……何もできない。

 『ゼロ』の私は……何もできない。

 水の鞭をぶつけることも。

 炎の弾丸をあてることも。

 風の槍を作り出すことも。

 土の巨壁を建てることも。

 ゼロの私には――何もできない。

「無理よこんなの!」

「退却」

 即座に判断して行動する二人。

 ゼロの私。

 だけど、そんな私だって、何か出来る筈なんだ!

 ゼロだからって――私にも何かができる筈なんだ!

 私はルーンを唱える。

 まったく自分の中で波長の合わない調べ。

 それを唱え、杖を振り下ろす。

 起きたのは予想通りの爆発。

 何にもならない――ただの爆発。

「逃げろ! ルイズ!」

 大っきらいな使い魔の声が聞こえる。

 使い魔の分際で私に指示を?

 ふざけるんじゃないわよ!

 使い魔は黙って私に従ってなさい!

 私は唇を噛み締め――怒鳴り返す。

「いやよ! あいつを捕まえれば、誰ももう、わたしをゼロのルイズとは呼ばないでしょ!」

「あのな! ゴーレムの大きさを見ろ! あんなヤツに勝てるワケねえだろ!」

「やってみなくちゃ、わかんないじゃない!」

「無理だっつの!」

 なによ!

 なによなによなによ!

 さっきから偉そうに!

 何で無理だって決めつけるのよ!

 あんたが……あんたが私に希望を見せたんでしょうが!

「あんた言ったじゃない」

「え?」

 あんたが、私に可能性を見せたんでしょうが!

「ギーシュにボコボコニされたとき、何度も立ち上がって、言ったじゃない。下げたくない頭は下げられないって」

「そりゃ、言ったけど!」

 あんたが、私に未来を見せたんでしょうが!

「私だってそうよ。ささやかだけど、プライドってもんがあるのよ。ここで逃げたら、ゼロのルイズだから逃げたって言われるわ!」

 それが私が今まで散々聞かされてきた誇り。

 貴族としての生き方。

 私の全て。

 その為なら、命をかけられる程――大事な物。

「いいじゃねえかよ! 言わせとけよ!」

 だから――そんな無責任なあいつの言葉は酷く私を苛立たせる。

 イライライライラ――。

 あいつが来てからずっと続くこの感情。

 私が散々大切にしてきた物。

 今までの全てに、あいつは真っ向から喧嘩を売って来る。

 平民のくせに。

 平民のくせに。

 平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに平民のくせに

 私は固く杖を握る。

 これが私の全て。

 私の唯一。

「わたしは貴族よ。魔法が使える者を貴族と呼ぶんじゃないわ」

 それは悲鳴。

 心からの叫び。

 押さえつけられた感情はうねりを上げて、私の中からあふれ出す。

「敵に後ろを見せない者を貴族と呼ぶのよ。その為なら――その為ならこんな命くらい!」

 だから、その言葉は、私の本音。

 本当の思い。

 ゆるぎない詠唱!

「こんな命くらい、捨ててやるわ!」

 そして次の瞬間――私は何が起きたのか分からなかった。

 気がついたのは、身体が宙を浮いていた事。

 視線を横に向けて初めて、そこにあったアースハンドで自分が殴り飛ばされた事を知った。

 ――ああ、私、吹き飛ばされてるんだ。

 そんな事を思うと同時。

 数メートル吹き飛ばされた私は、勢いそのまま、したたかに地面に身体を打ち付ける。

「げほっ! ごほっ!」

「ルイズ!」

 せき込む私に慌てて駆け寄るむかつく使い魔。

 ぼんやりとした視線を向ければ、森の奥に二人分の影が見えた。

「ありがとうシア。お前がやらなければ、俺がぶん殴ってた」

「いいえお兄様。先ほどの言葉は私もイラっときましたもの」

 一人はこちらに杖の様なものを向ける少女。

 もう一人は、肩に槍を担ぐ少年。

 白銀色に輝く二つの光。

 笑顔で語り合う兄妹。

 二人はゆっくりとこちらに近づいてくる。

 明らかな程のその笑顔からは――本来笑顔から発せられる感情はまるで感じない。

 感じるのは――明確なほどの怒り。

 恐ろしいほどの怒り。

 なんで――なんで彼らは――。

「とりあえず文句を言いたい――お前、自分の命をどう思っていやがりますか?」

 光が私に問う。

「わた……わたしは……」

「俺たちが自分たちの命をかけて守ろうとした物をこんな物って言ったか? 必死に、全力を出して生きてる俺たちに対して、命がこんな物っていったか? はっきり言おう、笑えない冗談だぞ」

 明らかに感じる怒り。

 殺気に近いほどの感情が私を襲う。

 さっきまでの比では無い。

 フーケのゴーレムと戦っていた時だって、これほどの恐怖は感じなかった。

 今感じている恐怖は先ほどまでとは明らかに異質。

 常軌を逸した恐怖。

 何処までも低く――遠く――鋭く――そして暖かい怒り。

 なんて理不尽なんだろう。

 この二人が私に怒りを向ける理由が分からない。

 何で怒っているのか分からない。

 それに触発されるように、私の中にも怒りが渦巻いていく。

「あ……あんたたちには分かんないでしょうね!」

 私が怒る対象は一組の兄妹。

 それぞれ、才能が……成長が期待される兄妹。

「わたしはゼロなのよ! あんたたちの様なポンポン魔法を使える人間じゃないの!」

 それは積もり積もった怒り。

 自分の中にあったあらゆるストレス。

 侯爵家の三女というプレッシャー。

 周りから言われる侮辱に耐えた日々。

「わたしがどういう日々を過ごしてきたか分かる? まるで関係がないのよ。道端で誰かにすれ違うだけでゼロと馬鹿にされ、何かあればゼロのせいだと言われ、魔法関係ない部分までゼロだからと蔑まれ、親には使えない魔法の練習を延々とさせられ――こんな私の気持ちが分かる? 理解できる? あなた達は私のなにが分かるってのよ!」

 心の底からの叫び。

 それらは地獄だった。

 地獄すら生ぬるい。

 そこに、私の居場所は無かった。

 私はこの世界にいてはいけない人だと思った日もあった。

 悔しさに何度枕をぬらしたか。

 悲しみに何度部屋の隅で膝を抱えたか。

 彼らはその私に対して、何を言う資格があるというのだ!

「何も分からないわな」

 対する彼の返答はそんなそっけない言葉。

 私の怒りが沸騰する。

 そしてその怒りは――。

「だったら――!」

「何も分からないけど――だからどうした?」

 ――停止した。

 彼の言葉は『だからどうした』。

 私のあらゆる苦しみを、そのたった一言で片づける。

「俺はお前の気持ちは分からないし、お前の苦しみも分からない。ましてやそんなの分かろうともしないし、分かる気もない。――だからどうした?」

 あまりの冷酷すぎる言葉。

 あまりに残酷すぎる台詞。

 それをあっけらかんとした口調で彼は言う。

「俺がそうして怒ってるか分かるか? お前がゼロだろうとそんなことは俺には関係ない。お前が苦しんでいようと、俺には関係ない。お前が周りからいじめられていようが、酷い扱いをされようが、親にどんな教育をされようが、俺には関係ない。ただな――」

 彼は私の目の前まで来た。

 地面に座り込んでる私。

 そんな私に、彼は叫ぶ。

「ただ、そんな命を俺は守るって決めたんだよ! ここにいるのは殆どが女の子。そんな女の子たちを俺が守ってやるって決めたんだよ! 怖くて怖くて――正直逃げ出したいけど、それでも決めたんだ。そんな俺が必死に守ろうとしてる物を、お前は今『こんな命、捨ててやる!』って言ったんだ、分かるか!」

「あ……あう……」

 私は声が出ない。

 あまりの剣幕に、私は動けない。

「お前がゼロだろうと、スクウェアだろうと、侯爵家の娘だろうと、平民だろうと、王女様だろうと――そんなことは関係ない。お前はルイズ! 少なくとも、俺の前ではそんなちゃちな事は関係ねえんだよ。少なくとも俺は気にしない。大事なのは何より、お前が、俺が守る責任のある命であるという事だけだ」

 何処までも強く唸る言葉。

 天高く、空を超えて遥か彼方まで。

 その言葉は凛と響く。

「やる気がねえならそこで黙ってて下さい腐れ貴族。本来の予定からずれたが……あんなこと言う奴をぶん殴れない世界だってんなら、俺は願い下げだ。そんな世界観――俺が壊してやるよ」

 そこまで言って、私に背を向ける彼ら。

 彼らが対峙するは、高さ30メイル以上のゴーレム。

 絶対に勝てる希望の無い相手。

 彼らは、それを相手に希望を捨てていない。

 彼らの瞳には、強い光がともっている。

 私は……動けない。











 正直想定外だった。

 自分でも信じられない。

 わかっていた事な筈だった。

 想定された未来だった筈だった。

 覚悟していた事。

 でも、考えるより先に身体が動いていた。

 その言葉を聞いた瞬間、何故か俺の頭の中が沸騰した。

 先ほどの何かが外れるまでは感じなかった気持ち。

 自分でも信じられない程の強い感情があふれ、気が付いたら飛び出していた。

 どうやら、それは我が妹も同様だった模様。

 必死に笑顔を作っているものの――それは俺同様――、一瞬で壊れそうな儚いもの。

「命の重さってのはな――計れねえんだよ。計れないくらい重くて、大きくて、単位なんてつけられないんだ。その程度の価値も分からないで、貴族だなんだと上辺だけ語るとか――流石に俺としてもむかつくんだわ」

 俺は、後ろを確認しない。

 本来なら、此処はルイズが協力してロケットランチャーでハッピーエンド。

 そう言う展開だろう。

 だけど――。

 だけど、俺としては許せなかった。

 命を軽く見たあの言葉が。

 俺たちが全力を尽くしている事に対する否定の言葉が。

 俺は誰の意見だって大抵は認める。

 冗談交じりに怒ったりすることはあるけれど、それでも、相手の意見は尊重する。

 でも、そんな俺にだって譲れないものはある。

 命が軽い?

 こんな命くらい?

 捨ててやる?

 ふざけないでほしい。

 価値というものをしっかりと感じて欲しい。

 そこにある物をしっかりと見て欲しい。

 きっと、そういう教育をされたのかもしれない。

 そう言う風な世界観で生きていたのかもしれない。

 それが彼女にとっての常識なのかもしれない。

 だから、そう思う事は自由だ。

 思想の自由は俺は認めている。

 そのくらいは誰だって思うのだから。

 それと同時に――。

 いや、だからこそ、俺は自分の中で絶対に曲げない意見も存在する。

 曲げないし曲げたくない。

 曲げられないし曲げようともしない。

 この世界にいる以上――。

 この世界に転生した以上――。

 この世界の命は無駄にはしない。

 この世界に存在する物を全て平等に、大切にする。

 それが俺のポリシーだ。

「だからそこで見てろ。命の大切さをかみしめてろ――自分の命さえ大切に出来ない人間に――貴族を名乗る資格は無い」

 俺は槍を構える。

 その隣に、才人が並んで剣を構えた。

「レイラ――お前、最高にカッコいいぜ」

「馬鹿野郎。今頃気づいたか」

「いんや。最初から気付いてたさ」

 そう言って二人笑いあう。

 なるほど、流石は主人公。

 決めるところは決めるじゃねえか

「それじゃ、よろしく頼むぜ」

「任せろ。こちとら――」

 二人眺めるはフーケのゴーレム。

 なるほど、小さなビルほどの大きさのそれは、随分と迫力がある。

 だけど、俺としちゃたいした問題じゃ無いわな。

 もっとも、心が震えている才人にとってもそれは同じ。

 語られるは原作通りの決め台詞。

 どうぞ存分に――ニヒルに決めちゃって下さい。

「こちとら、ゼロのルイズの使い魔だっつうの」



[27153] 手ってこんなに暖かかったっけ? そのじゅう
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/19 22:18
「タバサ! ルイズとシアを頼む!」

「……任された」

 急降下するシルフィード。

 それを尻目に、俺と才人は左右に散るように飛び出す。

 ルイズは使い物にならない(というかしたくない)し、シアは主に後衛。

 シルフィードの上から魔法をボコスカ打ってもらった方が助かる。

 俺らは、ゴーレムにとってはしょせん、周りをうろちょろ飛ぶハエの様な存在だろう。

 しかし、ハエはハエでも――中々に手ごわいハエだがな。

「錬金!」

 遠くからシアの声が聞こえた。

 とたん、ゴーレムの足が砂となって崩れ落ちる。

 なるほど――流石は錬金に特化したトライアングル。

 慣れない戦場とは言え、その実力は十分か。

 一方、才人の方も才人の方で、もう一方の足に切りかかる――。

「って折れたあぁああああ!!!!!」

「なにいいいいいいいい!!!!!」

 そうだったあああああああああ!!!!!!

 あの剣、折れるんだったああああああああ!!!!!!

 忘れてた!

 あまりに熱い展開が続くんで、その事実を忘れてた。

 驚く俺に対し、横なぎに振るわれるゴーレムの拳。

 まずい!

 才人の方に気を取られ過ぎた!

 このままだと当た――。

「アースウェイク!」

 ――と、俺の足元がぼこりと跳ね上がった。

「ぬおぉぉぉおおおおおおおおお!!!!!」

 そのまま一気に上昇。

 跳ね飛ばされるように、俺は上空に投げられる。

 ――この魔法は……。

「シア!」

「お兄様の事は私が守りますわ。何としてでも!」

 そう言って、俺に笑いかける。

 ――やれやれ。

 相変わらず頼りない兄ちゃんのままですかい?

 俺は即座に自分の身体にレビテーションをかけて、シルフィードの上に着地する。

「……大丈夫?」

 心配そうに、タバサが声をかけて来た。

「ああ。それより、向こうだ」

 見れば、俺がいなくなった分、完全に狙いを一人に絞られた才人。

 最高潮に輝く左手の為、苦戦こそしていないものの、折れた剣では決定打に欠けるのか、いまいち攻められていない。

「タバサ。破壊の杖を」

「わかった」

 タバサからそれを受け取る。

 なるほど。

 確かにしっかりした作りだ。

 さて――行こうではないか。

 ちょっと変わったストーリー。

 見せ場なんて人それぞれだが――今回ばかりは暴れさせてもらおう。

「ルイズ――今お前が使い魔の事を心配しているのと同じくらい、周りはお前の事を心配しているんだ」

 飛び降りる前、ルイズに最後のお説教をしておく。

「確かに、お前はそういう生き方をしてきたのかもしれない。貴族のなんたるかを徹底的に教わって生きてきたのかもしれない。そうなるべく努力してきたのかもしれない。でもな、体験しなきゃ分からない事もあるんだよ」

 涙目で俺を見るルイズ。

 この成長は、本来はココでしてはいけないものかもしれない。

 先でする筈の成長かもしれない。

 でも、原作の破綻を恐れて何もしないのは違うだろう。

 そんなの、俺じゃないだろう!

 俺は――もっとアクティブだろう!

 やりたい事の為に、自分が信じる者の為に、もっと積極的に動く人間だろう!

 今まで俺はなにをやっていたんだろう。

 破綻が怖くてキャラに関わらない?

 人の成長は設定の崩壊?

 違う。

 人は成長して良いんだ。

 前に進んでいいんだ。

 決められた道筋。

 レール上の人生。

 そこを歩かなきゃいけないなんて誰が決めた。

 正しいあるべき道を進む事だけが正義じゃない。

 少なくとも前世での俺は――そんな事じゃ無く――もっと格好良く生きていた筈だ。

 その為に幼馴染を庇って死んじゃったりしたけど。

 それでも、俺は自分を貫いていた筈だ!

「いろんな意見を聞いて、いろんな世界を見て、いろんな物に触れて、いろんな食事を食べて、いろんな匂いを嗅いで、そうして人は成長するんだ。だからお前も――これから成長する。いろんな事を学んでいく。だから――これから起こる一つ一つの出来事を頭ごなしに否定せず、全てを吸収していけ、自分の力にしていけ、そうしていけばいつか――」

 俺はルイズの頭に手を置いた。

 さらさらとした髪。

 丁寧に手入れがされているだろうその髪を、俺は撫でる。

 よしよしと。

 子供をあやすように。

「うしていけばいつか――ゼロだって言われていたこの日々が笑い飛ばせるような――むしろゼロのルイズだと胸張って言えるような――ルイズはきっとそんな、立派なメイジになれるからさ」

 俺は笑顔。

 ルイズは一層泣きそうな顔。

 キュルケ達は、何故かため息をついてこちらを見てる。

 ――なんだ?

 何故にため息?

 まあいい、今はそれより――。

「それじゃ言って来る! 皆、サポート頼むぜ!」

「まかせなさい!」

「……私の魔法に抜かりはない」

「お兄様の身体に傷なんて、一つとしてつけさせませんわ!」

「…………あの馬鹿をよろしく」

 最後の、ちょっと素直じゃないルイズに苦笑しながら俺は飛び降りる。

 レビテーションを使いながら着地。

 さて、クライマックスだ!

「いくぞ!」

「レイラ!」

 向こうもこちらに気付いたらしい。

 それと同時に、俺の持っている物にも。

「受け取れエエエェェェェェエエエ!!!!!!」

 叫びながらロケットランチャーを投げる俺。

 一方、才人はフーケのゴーレムの拳を華麗によけながら宙で一回転。

 そのまま、戦隊物のヒーローの様に空中でロケットランチャーをキャッチした。

 回りながら、ロケットランチャーの装填の手順をこなす才人。

 それは戦場の戦士とかじゃない。

 もはや大道芸人の様な動きだった。

「それ決めて――終わりだ!」

「オッケー! まかせやがれ!」

 着地直前。

 逆さまの状態のまま、才人は引き金を引く。

 そして次の瞬間。

 青空の下、大輪の花火が咲いた。

「いでっ!」

 着地に失敗した才人のちょっと情けない声。

 それと共に――ちょっと色々あったフーケ騒動は幕を閉じたのだった。











 さて、物語は終われど世界は続く。

 まだまだ始まったばかりのこの物語。

 終わりなんてのは遥か彼方だ。

 それは良いとして、とりあえず今回の話はこれで終わり。

 とりあえずは一巻に相当する物語はこれでおしまい、締めくくり、エピローグ。

 だけどまあ、そのついで――というか、後日談的なものを少し話そうと思う。

 これについては深い意味は無い物の。俺としては複雑な気持ちだ。

 とりあえず、前提条件として、フーケを捕まえる際の騒動は割愛させていただく。

 あの後、ミス・ロングビルが戻って来て――以下は原作通りだ。

 特に変化ない原作通りの物語。

 実にすばらしい。

 問題があるとすれば、大きく二つ。

 フリッグの舞踏会の最中。

 それは突然だった。

「なあ……」

 一人、バルコニーにぼんやりとしていた俺に話しかけて来たのは一本の剣。

 先ほどからぼんやりとはしていたのだが、何故か才人が寄って来て、色々話してきた。

 主にそれは今回の大活躍についてだったのだが……まあ、興奮気味に話す才人は見ていて楽しいので、良しとしよう。

 問題はその後だ。

 才人がルイズに連れられてダンスをしに行った後……。

 その場に残されたデルフが俺に話しかけて来たのだった。

「お前さん……何であの時、迷わずあの『破壊の杖』を相棒に渡したんだ?」

 それは唐突に――呟かれた疑問だった。

 今までののんきな空気では無い。

 真剣さを感じさせる言葉。

「破壊の“杖”って名前なんだ……なんとかしてメイジなら使おうとするのが普通だろ。しかし、お前さんは何の躊躇も無くあれを相棒に渡した。その意味が分からない」

 先ほどよりも低い声。

 俺はワイン――は苦手なので、ミルクを口にしながらその言葉を聞く。

「いや、それだけじゃねえ。お前さんはあの場にいながら、他の全員とは恐怖の感じ方が違った」

「恐怖の感じ方なんて……」

「六千年を甘く見るんじゃねえぞ。誰がどんだけビビってるかぐらい、見りゃわかる」

 怒るようなデルフの言葉。

 パーティが遠い。

 転びそうになりながら踊る才人が遠い。

「それに第一、お前さんは使えるかどうかも分からん宝物に頼るような性格じゃねえだろう」

「ま、確かにそうだわな……」

 パーティーから目を逸らし、見上げるのは二つの月。

 まったく、物理法則どうなってるんだろうな。

 落ちてこねえのかな。

 落ちてこないでほしいな。

「お前さん……一体何者なんだ?」

「――月って綺麗だよな」

 夜空を見上げながら呟く俺。

「……ごまかすのか?」

「一つだけの月がさ――此処より小さくても儚げに浮いてる景色……それも綺麗だとは思わないか?」

「…………それって、相棒の世界の――」

「月ではウサギが餅つきしてるんだ。中々ファンシーで可愛らしいだろ」

 そう言って、俺は剣に向き直る。

 まだぼろぼろの剣。

 才人の――ガンダールヴの左手。

「俺が何者かって? それを知りたきゃ覚悟しな。生半可な覚悟じゃ――」

 そう言って俺はウインクする。

「教えられないぜ」









 それともう一つ。

 こちらはその次の朝食。

 その際に、何となく中庭で食事を取ってた時の事。

 いつも通りシアが来て、その後ろから赤青コンビが来て――その後ろにルイズと才人がついてきた。

「――はい?」

 意味が分からない。

 何でだ?

 何でルイズと才人までついてくる?

「ほら、覚悟決めたんでしょ!」

「うるさいわね! 今言おうとしていたのよ!」

 何やら口げんかをしているキュルケとルイズ。

 ――えっと、どういうことだ?

 このイベントは――、一体何なんだ?

「ああもう! ごめんなさいでした!」

 そう言って乱暴に俺に頭を下げるルイズ。

 ――はい?

「もう――もう二度とこんな命なんて言わないわ。約束する」

 ああ――その事ですか。

 あの時怒った事について謝りに来たと。

「なんだその事か。うん。わかりゃ良いんだよ。別に命が軽いって言う事が悪いわけじゃない。ただ、ろくに考えずにそれを言うなってだけ」

 まったりと笑って俺は言う。

「ちゃんと考えて――誰かに言われたからとかじゃなく――常識だからとかじゃなく、自分の考えでそれが正しいって思うのならば、それをしっかりと主張しな。もしそれが俺と対立したら、その時はしっかりと話し合おう」

 そんな俺の言葉を真面目な顔して聞くルイズ。

 なるほど、結局は環境だったのだろう。

 今までの彼女はずっと、貴族だとかどうのこうのというしがらみにとらわれていたのだろう。

 それがない環境にいれば、彼女は別の成長を遂げた。

 それだけの話だ。

「それじゃ、許してくれる?」

「許すも何も……別にもう敵対してないんだろう?」

 俺の言葉にパッと顔を輝かせるルイズ。

 ――なんだ?

 ――なんか、嫌な予感がするぞ!

「私たち、もう敵対してないのよね!」

「そうだな」

「って事は味方よね!」

「まあ、そうだが……」

「じゃあ――」

 そう言って再び頭を下げる彼女。

「私をこのチームに入れて下さい!」

 ………………………………。

 …………………………。

 ……………………。

 ………………。

 …………。

 ……。

「ワンスモアプリーズ」

「私をこのチームに入れてください」

 ……えっと、どういう事?

「つまりね、ヴァリエールも私たちと一緒に食事したいって言ってるの」

「あんたはいらないわよツェルプストー」

「ちょっと待て、俺はそもそもチームなんて組んだ覚えは無いぞ」

 そもそもが、俺がまったり食事してる所にこいつらが来ただけなんだ。

 よく知らんが、俺は責任者でも何でもないぞ!

「だって、いつもこのメンバーで話してて――シャイニングスターとかって噂されてて……」

「他の奴らがどう言ってるかは知らんが、俺は少なくとも普通に食事してるだけだ」

 なんか、変なうわさが独り歩きしてるみたいだが……。

「――なら、入れてくれる?」

「だからチームなんか組んでないっての。もし、一緒に食事したいなら椅子と食事を持ってきて食べるだけだ。別に来るもの拒まず、去る者追わずの精神だよ」

「じゃあ、私もチームに入って良いのね!」

「だから組んでないって――はあ。まあ、どうでもいいや。とりあえず規則として、料理は自分で運ばせる事。誰かに運ばせても良いけど、運んでもらった時はちゃんと毎回お礼を言う事」

「お兄様、私たちの時はそんな規則はありませんでしたが・・・・・」

「お前――」

「お兄様。お前では無くシアですわ」

「シア達は自然にそれをやっていただろうが」

 俺はため息交じりにそう呟く。

「……でも、本当に良いの?」

 ちょっと不安な顔で俺に聞くルイズ。

「此処にいるの、皆、学園でもトップクラスの生徒ばっかりだし――それに私……ゼロだし……」

「それ言ったら、俺は風狂だわな」

「……雪風」

「剛突ですわ」

「微熱ね」

 俺に合わせてそれぞれの二つ名を言ういつものメンバー。

 才人は達観しているのか信頼しているのか。

 先ほどからずっとニコニコ顔でこちらを見てる。

「少なくとも、この場ではそんな事に文句を言う奴はいねえよ。ゼロだろうが、絶望だろうが、風狂だろうが、閃光だろうが、そんな事を一々気にしちゃいないさ」

「でも……」

「一番大事なのはたった一つ――」

 サンドイッチを一つ口に含む。

 それをゆっくりと租借し、飲み込んでから一言。

「笑顔で美味く飯を食いたいかどうかってだけさ」

「お! それ美味そうだな! レイラ食っていいか!」

「自分の分は取ってこいと言っただろうが!」

「お兄様の食べかけ……是非とも私に!」

「あら、確かにおいしそうね。私も頂こうかしら」

「――手遅れ」

「タバサ! 率先して奪うな――って俺のサラダが! ああっ肉まで! チクショウ! よこせキュルケ!」

「はいあーん」

「ああっ! キュルケ様ズルイ! お兄様! 私のパンを是非!」

「青空の下の食事はやっぱり美味いな!」

「皆さん、少しはお行儀よく食べなさい!」

「別に良いじゃない!」

「……食事時、此処ではいつも、無礼講」

「タバサ! 綺麗に川柳読んでるんじゃない!」

 ――と。

「――ぷっ」

 ふいに、ルイズが噴きだした。

「アハハハ!!!」

 そのまま、大声を上げて笑いだす。

 その姿に、皆がポカンと――するような事は無かった。

 一刻一秒を争って行われる飯争奪戦。

 気を抜く隙などありはしないのだ!

「私も、そこのパンプキンパイを貰うわ!」

「あ! ヴァリエール! それ、私が取っておいたデザート!」

「あら、ツェルプストーの? ちょうどよかったわ」

「ヴァァァアアアリィィィイイイエェェェエエエルゥゥゥウウウ!!!」

「肉を! 肉をよこせ!」

「……はしばみ、はしばみ、はしばーみ♪」

「やっぱり、美味いなあ」

「お兄様、こちらのスープなど如何ですが?」

 何だろう。

 原作から破綻してる筈なのに――。

 明らかに違う結末、だけど何故か凄く楽しい。

 だからまあ――これはこれで良しって事で。

 さて、もう才人は良いので、そろそろ俺の待遇改善の談義を始めるか。

 そんなわけで、閉幕っと!







 ――パチリ。






[27153] まくあい いち
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/19 22:34
 くだらない話をしようと思う。

 これはあくまでも俺の個人的な日常であり、本編には何の関係も無い話だ。

 だから、これが何か本編への伏線になるんじゃないか。

 そんな事を期待している人には実に申し訳ないが、これから語るのは何の意味も無い、ただの俺の日常だ。

 何故これを語る事になったのか。

 それについても、俺は何となくとしか答えられない。

 何故なら、此処に意味なんてないんだから。

 フーケ騒動から次のイベントまで。

 その小休止の様なまったりとした時間。

 これから話すのは、そんなひと幕についてだ。

 だから、意味なんて当然ないし、伏線なんて何もない。

 強いて言うなれば、状況整理の様なものだ。

 興味がない人は、読み飛ばしてくれても構わない。

 次の章からは、きっと原作通りのイベントが再開されている筈だ。

 次のイベントは……なんだったか?

 ラグドリアン湖訪問?

 戦争開始?

 虚無の目覚め?

 ……忘れてしまった。

 後でカンペを見直しておこう。

 とにかく、これから語るのはそんなコメディ。











 日本とトリステインで、ある種共通しているところを上げれば、それらが『水の国』と呼ばれているところだろうか。

 最も、かたや水が非常に豊かな国という意味であり、かたやは国のテーマが水といった違いがあるが、その辺についてはおいておこう。

 言いたかったのは同じ部分では無い。

 俺としては、今回上げたかったのは、その文化的な違いについてだ。

 例えば、こちらの国では、水がワインよりも高値で売れる。

 なるほど、ヨーロッパがもとになっているため、このような事情になったのだろうが、いざ体験してみると、中々に面白い。

 のどの渇きを潤すのにアルコールを摂取するのだ。

 日本生まれの俺としては信じられれない。

 ついでに言うならば、アルコールが苦手な俺としても信じられない。

 なんだってのどの渇く飲み物でのどを潤さなければならないのだ。

 ウロボロスにメビウスの輪。

 ぐるぐるぐるぐる空回り。

 まったくもって信じられん

 ……で、言いたかったのはそんなことでもなく――。

「入浴回数が限られている件について」

 俺はぼそりと夜空に向けてつぶやく。

 頭にはタオル。

 煉瓦づくりの風呂窯。

 木で出来た浴槽。

 おそらくは一人がそこそこ足を伸ばせる――キツキツだったら三人くらいが限界だろうか――といったサイズの風呂に浸かりながらののんびり露天風呂。

 一応、雨の対策のために屋根こそつけているものの、基本装備はそれだけ。

 それだけの簡素な……小屋と言うよりは物。

 俺が、シアがきた際に作ってもらった風呂だった。

 学園の外壁のすぐ横。

 流石に学園内に堂々と作るのは問題だろうと思ったため、ここに作った。

 まあ、早い話、才人の作った風呂の本格バージョンといった感じだ。

 本当は、才人が作った――いずれ作る――みたいに五右衛門風呂にしても良かったんだけれど、マルトーさんに下手に鍋もらって才人の分がなくなっては可哀想。

 ここは、俺が少し我慢すれば良いだけのことなので、その程度のことは我慢しよう。

 そう思ってたときに、シアが現れたのだ。

 物はついでとばかりに、こちらにプライベートバスルームを建造してもらったのである。

 因みに、一番苦労したのは、井戸を掘り当てること。

 流石に火山帯たる日本と違って、こちらでホイホイ温泉がでる事なんて無いだろう。

 本来ならば、井戸だって一苦労なのだ。

 なのだけど……そこはまあ土メイジ。

 何とか頑張ってもらった次第だ。

 お礼として一緒にお風呂に入ってくれとせがまれ、記念式典も兼ねて一緒に入ったのも、今となってはいい思い出だ。

 因みに確認しておくが、今更妹の裸程度で欲情する俺ではない。

 第一、領内の屋敷では裸で寝ることも珍しくは無いのだ。

 前述したとおりに、当然ながら寝るのは同じベッド。

 理由は、服を着てると寝づらいからだそうだ。

 まあ、そんなこんなで現在。

 俺は一人で月見をしながらのまったり入浴タイムと相成ったわけである。

 夜空を見上げながらの風呂。

 満天の星星に包まれて、吸い込まれて……消えてしまいそうになる。

 そんな夜空を見上げながら、ゆったりと回想するのは、ここ数日の事だ。

 ここ数日――才人が来てからフーケ騒動まで――その反省会を一人で勝手にやってみる。

 まず最初に――あんまり気にしている人はいないかもしれないが、フェリスの事だ。

 フーケ騒動での戦闘中、あいつが何をしていたかというと……実はずっと、馬車で寝ていた。

 あそこまで来た馬車。

 その中でのんびりと寝てもらっていた。

 第一、あの争いの中にあいつを連れ込むわけにもいかない。

 万が一の事を考え、頭からおろしてあそこにいてもらったのだ。

 戦闘中、奴の描写が一切なかったのはその為。

 ――というかあいつ、実はとても厄介な事になっていたりする。

 あいつのルーンは大したことは無かったのだが、問題はあいつの属性。

 案の定というか……何と言うか。

 やはりこちらの世界には九尾の狐は幻獣リストにはいないらしい。

 ヨーロッパの世界観。

 アジアの怪異はやはりいないか。

 アジアの怪異、幽霊、お化け、化け狐。

 つまるところ、俺が風属性メイジである以上、あいつも風属性なのだろうが、どの辺がそうなのだろう。

 やはり、化ける事からか?

 確か、この世界ではフェイスチェンジは風属性のスペルだった筈。

 つまり、それ繋がりということだろうか。

 ……まてよ。

 あいつ、九尾だよな。

 化けるんだよな。

 狐っ娘。

 美少女+狐ミミ+狐しっぽ。

 …………………………。

 ……………………。

 ………………。

 …………。

 ……ヤバい!

 これは来る!

 ガツンとくる!

 これはもう――。

 閑話休題。

 さて、次の話題に行こう。

 おそらく今現在では一番どうでもいい話題であり――同時に一番懸念すべき話題でもある。

 つまりは――あの夜にかわしたデルフとの会話だった。

 おそらく、あいつはもう何かしらの疑惑を俺に抱いているだろう。

 それがどの程度なのか――どのレベルなのかは分からない。

 アイツ怪しいな……レベルなのか、もっと真剣に注意しなければいけないレベルなのか。

 ただ、何れにせよ、俺に対してあの剣が何かしらの興味を抱いたのは間違いないだろう。

 転生者。

 物語を破綻させる者。

 不幸中の幸いともいえる部分としては、他の誰もがあいつが気付いた事に気付いていないという事だ。

 今後とも注意する部分としては、あの剣が誰かにそれを言わないかどうか。

 主にそこだろう。

 あの剣の口の固さを信じるか……。

 いや、それ以前の問題な筈だ。

 デルフの性格を考えるに、おそらく他人にそれを告げることは無いだろう。

 あっても、ちょっとあいつが気になるとか、その程度。

 あいつはそんなに積極的に自ら絡むようなたちでは無かった筈だ。

 ――どうすべきか。

 ――話すべきか――話さざるべきか。

 あの剣なら、多少は信頼がおける筈だ。

 才人たちと違って変に勘ぐる事は無いし、かえって素直に離しておいた方が、協力が仰げるという考えもできる。

 俺はしばし目を閉じた。

 辺りを流れる風の音。

 静かな虫のささやき。

 身体に染みわたる風呂の暖かさ。

 それらが俺の中にほんのりと広がっていく。

「……止めておこう」

 俺はしばし考えた結果、そう結論を出した。

 話すとしても、今はまだ機会じゃないだろう。

 向こうが聞いてきた時、その時に話せばいいじゃないか。

 わざわざ自分から危険な橋を渡りに行かなくても良いだろう。

 とりあえず、俺は何かしようっていうつもりは無いんだ。

 今の状態。

 あるがままなら、それに越したことは無いのだ。

 だったら俺は――それに合わせて動くだけ。

 俺は湯を手ですくうと、自らの顔にかける。

 さて、とりあえずは当面のところはこんなところだろうか。

 まだ――まだズレはそれほど大きくない筈だ。

 なんとか修正可能な範囲。

 如何にして楽しむか――。

 俺が楽しいと思える人生。

 楽しい楽しい冒険譚。

 改めて気合いを入れていきましょう!

「頑張れ俺! オー!」

 湯船の中、俺は一人呟く。

 頭上では、相変わらず二つの月が綺麗に輝いていた。











「ほっほっ……若いのう……そうは思わないかね、モートソグニル?」

 ランプに照らされた部屋の中、オールドと呼ばれる彼は一人笑った。

 その横で、小さなネズミがこてんと首をかしげる。

「いやいや、確かにワシも負けてはおらんがの、やはり最近の若い者には興味がわくわい」

 オスマンの目の前にあるのは、数名の生徒の情報が書かれた紙。

 それぞれの経歴や特徴が記されたその紙を前にして、彼は笑う。

 それらは、彼の裁量次第では、この学園内で公開もされれば秘匿にもなる。

 例えば、その内の一枚――タバサなども既にその影響を十二分に受けていたり。

「ガリアの王族にツェルプストー家のお嬢ちゃん――更にはあのヴァリエール家の末っ子……去年のタイミングで薄々感づいてはいたが、なんとも濃いキャラが集まったのう」

 髭を撫でながら呟くオスマン。

 しかし、彼が見ているのはそれらの者たちでは無い。

 それら目立つ者たち――その影にいる存在。

「レリスウェイク――極端な産業都市としてトリステインではあまり良い印象の無い都市――その長男。クラスも風のドット。成績不良でも無ければ妹と違って特別優秀というわけでもない。何処にでもいる普通の学生――」

 調査書に書かれたその一節を読み上げて、彼は薄く笑う。

「普通の子供が――三歳で魔法を使うのかのう?」

 オスマンは調査書に書かれたまた別の一ページに目を向ける。

 三歳で魔法。

 それは異例なんてもんじゃない。

 そもそも普通だったら、やっとこさ自我が成立する年頃なのだ。

 ルーンを唱えるのがやっと。

 そんな年頃の子どもに親が魔法を教えるだろうか。

 いや、教える筈がない。

 最速の英才教育であっても、五歳程が限界な筈だ。

 それと同時に不思議な事がもう一つ。

 何故、それほどまでの天才と言って差し支えない才能を生まれながらに持ちながら――彼は未だにドットのメイジなのか。

 本来、早くして子供が魔法を覚える場合、大抵親の教育が影響している。

 親が徹底的に魔法を小さいころから教える。

 それによってようやく使えるようになるものだ。

 そうして大きくなる子供は、この学園に入るころには大抵トライアングルに――どんなに悪くともラインにはなっている筈。

 実際に、彼の妹はトライアングルのメイジだ。

 しかし、彼は未だにドット。

 魔法の修業など――ろくにせず、遊んでいた他の生徒と同等の実力。

 どう考えてもおかしいだろう。

 話を聞く限りでは、遊んでいた訳でもなく、修行もしっかりとしていたらしい。

 ならば何故彼はドットなのか?

「……気を使ってはいるようじゃが――この老いぼれの目はごまかせんぞ」

 確かに彼は普段から目立つ位置にはいる。

 学園でも数少ないトライアングルクラスのメイジが三人も集まる集団の中。

 その中に混じって食事をしていると。

 しかし、冷静に考えてみれば、その三人があまりにも目立つため、彼の存在はかえってかすんでいる。

 強すぎる光の後ろにある、小さな影。

 思わず見落としそうになるそれを、オスマンは睨みつける。

 聞けば、あの三人は皆、彼を中心にして集まったそうではないか。

 更には最近はヴァリエールの末っ子も仲良くしているとか。

「此処まで続くこれらの事象を……偶然の一言で片づけて良いのかのう?」

 彼の目の前にあるのは、二つの案件。

 一つはミス・ヴァリエールが召喚した平民の使い魔たる少年。

 『破壊の杖』をオスマンに渡したその人物と同じ世界から来たという少年。

 あの伝説のメイジ……ブリミルの使い魔と同じルーンをその左手に宿した少年。

 確かに彼の事は実に気になる。

 もしかしたら、それはとんでもなく重要な事なのかもしれない。

 オスマンはそれをひしひしと感じている。

 しかし、それと同じくらい目を離せない少年がもう一人いるのも事実。

 あふれんばかりの才能を持つ筈の少年。

 大事な所では必ず何かしらの形で絡む少年。

 多すぎる矛盾に満ちた少年。

 軽く笑い飛ばせばそれで済むのかもしれない。

 実際は大したことでは無いのかもしれない。

「しかし――暇じゃしのう」

 あごひげを撫でながらオスマンは笑う。

 普段は絶対に見せない――引き締まった笑いを見せる。

 ジョークじゃない、大人の笑い。

 普段の彼しか知らない者が見たら、間違いなく驚くだろう。

 大人の余裕。

 それを持ちながら彼は窓から二つの月を見上げる。

「暇つぶしにちょっと、調べてみるかの」

 狡猾な老人は、こっそりと動きを始めた。











 ――彼女が咳をした。

 隣で鳴くは、小鳥の声。

「あなたは……自由で良いわね」

 そっと呟かれたのは、優しい言葉。

 羨望の言葉。

 それに対して、小鳥は首をかしげる。

 クリっ――クリクリっ――。

「……私にも元気を出せって? フフフ……それは無理よ」

 そう言って彼女は窓を開ける。

 決まり通りに窓を開ける。

「こんな事なら……知らなければ良かったのかしら。無知は罪とは言うけれど、同時に知らない事は幸せ」

 小鳥は開け放たれた窓から外に飛び出す。

 光り輝く双月の元へと自由に羽ばたく。

「知らなければ……私は羽ばたけたのかしら?」

 彼女は未だ――部屋の中。



[27153] 空ってこんなに広かったっけ? そのいち
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/20 23:28
 ――凄く嫌な事よりやや嫌な事の方が良い。でもそれより、嫌じゃない事の方が良い――










「……嫌がらせか?」

「何の事でせうか?」

「惚けるな! さっきの委員長選挙、何だって俺を推薦したんだ!」

「そんなの決まってるじゃん。面白そうだから」

「そうか、喧嘩を売っているんだな。良いだろう。その喧嘩、言い値で買ってやる」

「カシャカシャチーン。五万円になります」

「払わねぇよ!」

「尚、返却は出来ません」

「そもそも、自分で推薦しといて、自分は票を入れないとか、どんな嫌がらせ? 名前が前に書かれてるのに、一票も入らないとか、恥ずかし過ぎるだろ」

「それが君の、存在価値」

「誰のせいだ誰の!」

「でもさ……実際。委員長、やりたかったの?」

「……やりたくなかった」

「だよね。なら良かったじゃん」

「そういう問題では無いのだが……」

「ところで、何で委員長になるのは嫌なの? 幹事とかは進んで、やるくせに」

「……責任があるからだよ」

「……責任?」

「俺は自分の周りの事で精一杯だ。だから、これ以上増えても手が回らなくて困る、ってのが正直なところだね」

「そんな意気込まなくても良いだろうに」

「やるからには一生懸命。その方が楽しいだろ?」

「それは間違ってない」

「というわけで、今日、うちで鍋やるみたいなんだが、来ないか?」

「もちろん行くさ! 苦い話よりもうまい話さ!」

「ところで、鍋についても……」











 アクセサリーとは何なのだろうか?

 世界で初めて作られたアクセサリー。

 それはおそらく、今の物と造形こそ違いあれ、大体似た様な物だっただろう。

 例えば動物の牙。

 例えば珍しい石。

 そんなものをピアスにしたり、首から下げたり。

 発端はそんなところだろう。

 さて、では視点を変えて、何故アクセサリーというものが作られたのか。

 それを考えると、色々と思うところがある。

 前世の頃から確かに俺は色々と考察するたちではあったが、生憎これについて考察した事は無かったので正しい情報は分からない。

 だから、これは俺の仮説だ。

 アクセサリーの起源。

 それは服飾の起源を調べるのに似たものがあるだろう。

 何故人が服を着始めたのか。

 何故、猿から人になるにつれて、毛が消えていったのか。

 その辺は分からないが、毛が消えたから服を着た、または、服を着たから毛が消えた、このどちらかだろう。

 アクセサリーも、おそらくはその延長上。

 要するに、あれも当初は服の一種だったのだ。

 そう考える俺がいて、それに近い、もう一つの案もある。

 それは、利便性。

 例えば、料理人がいつでも首からネックレスで包丁を下げておけば、いつでもさばけて便利だろう。

 つまりはそう言う事。

 よく使う道具を、身近な場所に常に置いていたら、気が付いたらアクセサリーになていたと。

 個人的には、これが一番納得出来る理由だ。

 もっとも、これが正しい保証は何一つない。

 この世界にパソコンとウィキがあれば、何かしら興味深いデータが得られたのかもしれないが、パソコンはあれどウィキがない。

 才人が持っているパソコンも、この世界では所詮無用の長物なのだ。

 まあ、くれるっていうんならありがたくもらうけれどね。

 バッテリーは上手くやればこっちの魔法概念のおかげである種永久機関みたいなこともできそうだし。

 何より、その中に入っているであろうエクセル等各種演算ソフト。

 あれの価値は計りしれない。

 この世界であれが使えれば、経済その他にかなり影響を与えられるだろう。

 ――話が逸れかけた。

 今はアクセサリーの話だ。

 とにかく、そんな各種説のあるアクセサリー。

 今現在における主な使用用途はおそらくファッションだろう。

 もちろん、各種マジックアイテムがあるだろうことくらいは容易に想像できるから、そう言った物を除いて考えた場合だ。

 そんなわけで……。

「レイラありがとう! 俺、凄く大事にするから!」

 才人が凄く喜んでいた。

 その手には俺の槍(俺はこれを杖とは認めない)に似た雰囲気で羽をあしらったクロスのネックレス。

 チェーンは少し長めにとっておいたが、ちょっと長過ぎただろうか。

「ちょっとチェーンが長かったかなあ、そこだけ調整しようか?」

「いや、これで良いよ! うわ! かっけー! お前センスあるんだな!」

「その辺の褒め言葉はシアに言って上げてくれ」

「いや、ありがとうシア。本当にうれしいわ!」

「どういたしましてですわ」

 そう言ってにっこりと笑うシア。

 要するに、いつも通りのお茶会だった。

 少し状況を整理しておこう。

 あれから、時々ルイズが才人をひきつれてこのお茶会に参加するようになった。

 正直、最初は原作破綻フラグかと思って焦ったが、実際のところ、あまり彼女たちが来る事は無い。

 今日だって初日を除けば二回目だ。

 彼女の中にこだわりでもあるのか……または、他の連中と違って、そこまで何かあるわけではないのか。

 とにかく、積極的に参加――という形では、どうやら無いみたいでホッとする。

 何かあった時の息抜きの場所。

 その程度の感覚だろう。

 いや、むしろそのほうがありがたい。

 こちらとしては、その関係性は望むところだ。

 才人の方も、特にルイズに連れられてこない限りは、こちらに来ることも少ない。

 まあ、こちらに来るよりは、厨房にでも言った方がずっと飯をたかれるからだろう。

 自給自足。

 少なくとも自分の分は自分で。

 頼る時は相手に誠意を。

 他は知らんが俺のポリシーなので、とりあえず才人に率先して施しを与える気は無い。

 可哀想?

 シエスタの笑顔と共に飯を食ってる奴によくそんな事が言えるな。

 リア充爆発しろ!

 っていうか、実際のところ。

 才人は才人でいつもルイズに連れられあっちへふらふらこっちへふらふらと、大忙しなのだろう。

 哀れ才人。

 頑張れガンダールヴ。

 強く生きろよ。

 そんなわけでまあ……一応、珍しく来た才人に、ちょうど良いからこの間シアと話していたプレゼントのネックレスをあげたところなのだ。

 施しはしないが、イベントはだい好き。

 そう考えると、あの両親の血を俺は案外強く引いているのかもしれない。

 プレゼントも、色々と悩んだが、武器の類はルイズたちが渡す事が分かっていたので、ちょっと変わった路線にしてみた。

「レイラ、あんまりこいつを甘やかさないでね」

 ネックレスを首から下げてはしゃいでいる才人を見ながら、ルイズが俺に言う。

「まあ、いいじゃん。この間の報酬って事でさ。当人は称号とかも貰えないみたいだし」

「それもそうかしらね。……あのネックレスだったら、私も称号より欲しかったかも」

 後半はルイズがぼそぼそと喋ったため、聞き取れなかったが、賛成の意を示してくれたようで何よりだ。

「ダーリン私にも見せて下さらない? あら――綺麗! ちょっとこれ、凄いんじゃない?! こんなに綺麗な細工、ゲルマニアでもそうそういないわよ!」

「……レリスウェイクの怪奇再び」

 向こうは向こうで何か騒いでいる模様。

 まあ、確かにシアはそういう方面にはやたらとセンスがある。

 曲線の描き方が上手いというか、直線の描き方が上手いというか。

 おそらく、芸術的な面で才能が豊かなのだろう。

 兄としては、実に誇らしい。

「そう言えば、シアの杖も結構変わっていたわよね」

「ええ。私の大切な物の内の一つですわ」

 キュルケの言葉に、シアは自分の杖を示す。

「折り畳み式の扇――だけどこれ金属製よね?」

 どうやら珍しいのか、キュルケは興味津津と言った風にその杖を見ていた。

 それを見た才人が、横で目を輝かせる。

「それって鉄扇だよな!」

「……鉄扇?」

 才人の言葉に首をかしげるタバサ。

 正直、彼らが想像以上になじんでいるのが、俺としては驚きだ。

 っていうか才人……やっぱり男の子なんだなあ。

 気持ちは分かるが、一度は武器とかに憧れを持つものなのだろう。

「俺のいた国の、昔の武器の一つでさ。暗器って言われる物の中の一種なんだ。暗器ってのは隠し武器みたいな物の総称で、例えばその鉄扇なんかは、日常的に使っていても、扇にしか見えない。だけど、いざとなった時には金属製だから武器になる。他にも、杖の中に剣を隠したり、服の中に隠れる程度の小さな武器だったり――色々と種類はあるんだ」

「武器ねえ……随分と可愛らしいものだけれどね」

 まじまじとシアの扇を見るキュルケ。

 因みに言っておくと、これは俺の特注品だったりする。

 街の加治屋さんと宝飾屋さんに頼んで、特別に作ってもらった逸品だ。

 ベースは文字。

 正確には、文字をひたすらに崩して、筆記体の様にした物を板一枚一枚に記し、それをあしらうようにリボンをつけるというデザイン。

 一応、俺なりに妹を思う気持ちとかが書いてはあるが、崩し過ぎて到底読めたものではないだろう。

 ちょっと大人っぽく、だけどリボンでやや可愛らしく。

 テーマは乙女だ。

「ねえねえシア。今度私にも何か作って下さらない?」

「構いませんけど……材料費は貰いますわよ?」

「こんなに良い細工がもらえるなら、お金なんて惜しくないわ!」

「あ! ちょっとツェルプストー! シア! 私もお願いして良い?」

「あらヴァリエール? あなたに彼女の細工を買うだけのお金があるのかしら?」

「う……ぐ……」

「大丈夫ですわ。ちゃんと予算に合ったもので作りますから」

「お願いよシア!」

「どのぐらい出そうかしら……やっぱり良い物が欲しいし……」

 相変わらずのキュルケとルイズ。

 今日もどうやら日常は平和に過ぎていく見たいだ……。

 さて、次のイベントは……何だったかな?











「――というわけで、王女様来訪イベントにございます」

 俺は中庭でのんびりとお茶をしながら呟いた。

 才人にネックレスを渡した後、そのまま授業へ。

 その最中にコルベール先生が乱入。

 そのまま一気に王女様のお出迎えムードになってしまった。

 どうやら、案外時間がたっていたらしい。

 フーケ騒動から数週間と立っていないが……こんなに早いペースだったっけ?

 残念ながら、カンペにはこの辺の時間感覚についてはあまり記されていない。

 何があるかは書かれているが、いつ起こるかは分からないのだ。

 例えば、才人が大群に突っ込むのも、雪が降るほど寒い時期――としか分からない。

 降臨祭がどうこう言ってた気がするから、分かるのはその程度か――。

 そんなわけで、今、王女様がこの学園に来ているらしい。

 らしい――というのは、何故なら見ていないから。

 だって興味ないもん。

 大したイベントではなかったし、第一王女様を立って見ている事に何の意味があるのか。

 そんなわけで俺は持ち前の隠密スキルを全力で発揮。

 歓迎ムード一色の中をすり抜けて、優雅に過ごしているわけだ。

 傍らにいるのはシア。

 それ以外は全員、見に行ってしまった。

 というか、本来は行かなきゃならないんだけれどね。

 正直、いち生徒たる俺の事なんて、誰も気にしちゃいないだろうし、対して問題ではないだろう。

 教師陣だって、そっちに集中していて、こっちにはまるで気が付いていない筈だ。

 ――っていうか、そんなんだからフーケに侵入されるんだろうな。

 もう少し、過去から学ぶという事をしないのだろうか?

 まあいい。

 今はこのゆったりとした時間を楽しむ事にしよう。

「それにしても、久しぶりですわね」

 そんなことを考えていたら、不意にシアが呟いた。

 俺はカップを置いて、そちらに目を向ける。

「ん? 何が?」

「こうして、お兄様と二人でお茶をするのがです」

「いや、いつも部屋でしてるじゃん」

 何だかんだで兄妹仲が良いせいか、よくどちらかの部屋で俺たちは小さなお茶会を開いたりする。

 その場合は大抵横にチェス盤があって、二人でゆっくりと手をさしながら下らない話をするのだ。

 今日は誰誰がどうした。

 魔法が上手くいかなかった。

 妙に調子が良かった。

 そんな取りとめのない話を延々と続ける。

「そうじゃなくて……こうやって青空の下、のんびりとした時間を過ごすのが、すごく久しぶりな気がするのですわ」

「ああ……なんか分かる気がする」

 俺は空を見上げる。

 そこでは、ゆったりと雲が流れていた。

 速かったりゆっくりだったり。

 自然のままに、あるがままに。

 確かに、最近ゆったりとした時間を過ごしていなかったかもしれない。

 ゆったりとした時間、まったりとした時間。

 平々凡々な平和。

「私は……」

 何処か遠くを見ながら、シアは言った。

 こういう時に空を見上げる俺と違って、シアは何処か遠くを見る。

 メイジの特徴ってのは、変な所に現れることが多い。

 例えば、俺はよく空を見上げるし、シアはぼんやりと広がる大地を見る。

 他の人がどういう仕草をするのかは知らないが、あんがい変な所に特徴は出るらしい。

 それも、だからどうしたと、その程度の話なのだが……。

 ともかく、シアは何処か遠くを見ながら、安らいだ声で言う。

「私は、皆さんと過ごす楽しい時間が好きですわ。思わず時間を忘れてしまうほどに楽しい時。まるで、新作の料理に挑戦してる時みたいですわ」

 澄んだ瞳。

 ルビーの輝きを持つ瞳は、静かに揺れる。

 その焦点が――俺に向けられた。

「ですけれど……ですけれど、私は、お兄様と二人で過ごす。こういった平和な時間も大好きですわよ」

 ニッコリと笑顔。

 綺麗な笑顔で、彼女は笑う。

 澄んだ瞳で、彼女はほほ笑む。

 なるほど――こういうのも中々良いかもしれない。

 とりあえず、当面は才人たちに付き合う事になるだろう。

 これは仕方ない――というより、決定事項だ。

 だって楽しいのだから。

 楽しい事は、何よりも優先される。

 楽しいは正義。

 これは俺のポリシーだ。

 だけど同時に、こういった時間も良いと思う。

 楽しいでは無い。

 良い時間。

 語彙力がないため、適切な言葉が思いつかないが……とにかく良い時間だ。

 もし――。

 その内、才人たちのストーリーから離れることがあったら。

 才人たちのストーリーが終わったら。

 その時は、こういった時間を過ごそう。

 今までの事を思い出しながら、こういった平和な時間を過ごそう。

 その時、隣にいるのが誰なのか――それは未だに分からない。

 今と同じでシアか。

 それともキュルケか。

 最近毒舌なタバサか。

 成長するルイズか。

 意外な所でシエスタとか。

 案外全員いたりして。

 ――いや、それじゃ今と変わらないか。

 楽しい日以上が永遠に続く。

 それも一つの可能性かもしれない。

 俺が作りだした可能性。

 終わりのない物語。

 果たして、俺の未来はどんなだろうか。

 だが、未来は分からないし、まだ分からなくても良い。

 ただ――いつか俺にもこういった平和な時間が来てくれると嬉しい。

 平和な日常と楽しい日常。

 どっちも大事でどっちも良い。

 そうだな――両方を狙おう。

 ちょこっと――いや、かなり欲張りな俺。

 二兎を追うものは一兎も得ず。

 そんなことわざもあるけれど、二兎を追う物だけが二兎を得ることができるのだ。

 物事は前向きに。

 のんきに楽しくポジティブ思考。

 さて、未来を考えるのは此処まで。

 とりあえず今は今を生きましょう。

 ここから考えるのはアルビオン編の参加方法。

 とりあえずは、今の気持ちをまとめた総括として、シアに返事をしておこう。

「俺も、シアといるこの時間は好きだよ」

 シアが真っ赤になった。



[27153] 空ってこんなに広かったっけ? そのに
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/20 23:29
 さてどうしようか。

 やはり、ここは妥当にギーシュと同じ作戦をとるか。

 それとも、キュルケ達についていくか。

 そうだ、それが良い。

 キュルケ達と一緒なら危険がまるでない。

 オッケー。

 なんて完璧な作戦だ!

 さて、ならばどうやってキュルケ達にコンタクトをとるか。

 ――そんな風に考えていた時期が私にもありました。

 所詮世の中、因果応報、塞翁が馬。

 なるようにしかならないのです。

 そんなわけで現在。

 俺はシアと二人、オールド・オスマンの部屋に呼び出されていた。

 どんな風にコンタクトをとるか――朝、一緒に居合わせればそれでいいんじゃないか?

 でもそれだと連れていってくれるだろうか?

 そんな風に夜、一人で試行錯誤していた俺の部屋のドアがノックされ、そこから現れたミスタ・コルベールにオスマンが呼んでると告げられ、とりあえず訪れてみたらそこにシアがいたと。

 ――うん、全く意味が分からない。

 オスマンが何故ここで出てくる?

 お呼びじゃないのですよ。

 こちらとしてはあなたに用事は全くないのですよ。

 何だ?

 これは破綻なのか?

 それさえ分からない。

 物語の舞台裏。

 書かれていないストーリー。

 確かに、今となっては破綻はそれほど怖いものではない。

 しかし、才人やルイズの命に関わる破綻に関しては絶対にさせてはならないだろう。

 今の俺の目的は、原作以上のハッピーエンド。

 その一点に集約されるのだから。

 とにかく、少しこの会談には気を使おう。

 そこまで考え俺は改めて気を引き締めた。

「ほっほ……夜も遅くに呼び出してすまないの」

「いえ、こちらも特に用事があったわけでは無かったので」

「少しでもお兄様と一緒にいられる時間が増えるのならば、私としては大歓迎ですわ」

「今すぐ部屋に帰って良いですか?」

「ならば私も帰りますわ」

「自分の部屋にな」

「お兄様の居場所こそ我が居場所」

「ある種の自縛霊に近い物があるな」

「ケッ! リア充爆発しろ!」

「オスマンさん!?」

 え?

 あれ?

 今の、オスマンさんが言ったの?

 なんかとんでもない言葉が聞こえた気がしたんだけれど。

「リアル妹がこんなんじゃと思っとったら大間違いじゃぞ! あれはもっとゲスで女というジャンルに分類されん生き物じゃ」

 吐き捨てるような、オスマンさんの言葉。

 なんだろう、魂が感じられる。

「リアル妹が恋をしても良いではありませんか!」

「リアル兄以外にならな」

「お兄様!」

 オスマンの言葉に反対したシア。

 それに迷わずツッコむ俺。

 うん。

 相変わらず、このコンビネーションは完璧だ。

「風呂上がりに、裸で屋敷内をうろつく人類をレディとは呼ばないのじゃよ」

「オスマンさん、その意見にはひどく共感します」

「四面楚歌!」

 固く握手をする俺とオールド・オスマン。

 流石だ。

 想像以上だ。

 オールドオスマンが、こんなにもハイレベルな人間だったとは。

 笑いについてこんなにも理解があるとは!

「妹といえど、女性といちゃいちゃする者と握手する手など持ち合わせてはおらん!」

 即座に振り払われる俺の手。

 ノリツッコミまでマスターしているとは。

 オールドの名は伊達では無いという事か。

 正直、ちょこっとイラッとしたが、笑いの上では仕方ないという事で許容しよう。

 うん。

 イラッとしたのは事実だから忘れないように。

「それはともかく、オールド・オスマン。そろそろ本題に入って下さい。何故私たちは呼ばれたのでしょう?」

「おお、そうじゃった。すっかり忘れておった」

「そろそろ痴呆のようですわね」

「すまないの。目の前でリア充がイチャイチャし始めたものだから、思わずイラッとしての」

「そんなリア充は爆発するべきですね」

 目には目を、歯には歯を、イライラにはイライラを。

 それに笑いまでかけた先ほどの一連の一幕。

 なかなかどうして。

 原作では何かと不遇な扱いを受けることが多いのに、やたらと能力が高いではないか。

 先ほどから、俺の中でオスマンさんの能力データが大幅に上昇中だ。

 株は大暴落中だが。

 さて、一連のお互い小手調べともいえる会話を終えた後、オールド・オスマンは咳払いをして場を正した。

 どうやらようやっと本題にはいるらしい。

「お主たちを呼んだのは他でもない。急遽お主たちの力をどうしても借りたい事があっての。是非協力してほしいのじゃ」

 そう言って、オスマンは軽く杖を振った。

 すると、そこに鏡のような物が現れ、とある風景を映し出す。

 そこには、窓越しに、青い髪、ピンク色の髪の女性――そして黒髪の男性がいた。

 それは今も俺の意識の片隅にある光景。

 遠見の魔法を使って絶賛のぞいている光景。

 つまりは才人たちだった。

「あのお姫様が、今度、ゲルマニアに嫁ぐそうじゃ」

「それはそれは、めでたい事じゃないですか」

「とりあえず、儂は嫁ぎ先のゲルマニアに散々嫌がらせしてやろうと思っておるのじゃが……」

「やりましょう。全力で協力いたします」

「そうか! 協力してくれるか!」

「もちろん! 合い言葉は!」

「「リア充爆発しろ!」」

 恨みのこもった瞳と共にガッツポーズ!

 やはりこの人、やたらと息が合うのだが。

 だって、まだまじまじと見た事が無いから分からないけれども、確かアンリエッタは美人だった筈。

 そんな美人を嫁に貰うって――ああもう、リア充はやっぱり死ぬべきだ。

「結婚は人生の墓場――そう書いた書状を送りつけてやるかのう」

「枚数は三桁にします? それとも四桁?」

「とりあえず喪服で参列は常識じゃの」

「もちろん! むしろ、その為だけに生徒引き連れて全員喪服で参加しますか?」

「ワシの特権――ほっほ、主も悪よのう」

「いえいえ、オスマン様ほどでは」

「何故か、お主とはまるで他人の様な気がしない」

「素晴らしいですね。オールド・オスマン。俺もちょうどそう思っていたところです」

「ワシの事は気楽に義兄弟(ブラジャー)と呼んでくれ!」

「おうよ義兄弟(ブラジャー)!」

 硬く交わされる握手。

 桃園(桃園ではないけれど)の誓いを果たした二人。

「とまあ――半分ぐらい本気の思いが交じってはいるが、ワシが言いたいのはそうでなくての――むしろ、その結婚を成功させるために協力してほしいんじゃ」

 ――と、不意に真面目な話に戻るオスマン。

 いや、分かってたよ。

 あの光景が映された辺りで、大体想像はしてたよ。

 なんか、厄介な事に絡まれているなあ――って事ぐらい。

 しかし何故――何故ここでオスマンが出て来るんだ?

 原作にこんな事があったのだろうか?

 はっきりとは覚えてはいないが――無かったんじゃないのか?

 分からない。

 話の転び方が分からない。

 これは安全なのか?

 ハッピーエンドなのか?

 不確定な未来に、混乱が渦巻く。

 オスマンの話を要約すると、アルビオンにある恋文を取り戻すよう、アンリエッタが才人とルイズにお願いしているらしい。

 そこで、俺にもそれをお願いしたいらしいのだが――。

「そこでの――君にはミス・ヴァリエール達とは別で、二人だけでアルビオンに向かってもらいたいのじゃ」

「……二人だけで?」

 俺はその言葉に眉をひそめた。

 そんな俺に対して、オスマンはニヤリと笑う。

「正直、下手に彼女たちと一緒に行くよりは、君は一人の方が――安全の意味も考えれば、一応二人で行く方が最も早いのではないのかと思っての――白翼のレイラ君」

 瞬間――俺の――俺とシアの身体を纏う空気が変わった。

 俺は一気にバックステップで部屋の出口まで向かう。

 シアは、即座に俺を庇うように、扇子を構えた。

「随分と特殊なフライの様じゃのう――レリスウェイク領であれだけ有名なんじゃ、今更隠そうとしてたのかの?」

 そんな俺たちに、相変わらずの笑みで続けるオスマン。

 そりゃ、その情報がこちらにある事くらいは想像していたさ。

 だけど――この学園内でその魔法は使いたくない。

 それがどんな騒ぎになるのか。

 大体は想像がつく。

 貴族って奴は、とことん異端を攻め立てる風習があるのだ。

 中でも、その宗教観念に根ざすところは一層――迫害があつい。

「まあ、確かにこの学園内ではあまり大袈裟にしたくない能力じゃのう――親から子へ、子から孫へ、そうやって受け継がれる腐れ貴族の風習ってのはまったく嫌なもんじゃからのう」

 髭をさすりながら言うオスマン。

「まあ、安心せい。直接かかわるような者達は、皆お主の魔法の事情を知っておる。だから、そこまで臆病になる事は無い」

「はあ……」

「とにかく、ワシが依頼したいのは、ただの手紙の奪還じゃ。正直、お主の白翼の噂は聞いておるぞ。そしてその速度もの」

 とりあえず、警戒は解く事にしよう。

 俺が前に出ていくと、それに合わせて、シアが杖を下ろしてくれた。

 この妹は本当にありがたい。

 欲しいところで欲しい空気の読み方をしてくれる。

「二人でなら必ずできるじゃろう。明らかに、女王様が頼った二人よりは確実じゃからの」

「……あんたは――その危険性を理解しているのか?」

「もちろんじゃよ――その安全性と同じくらいの」

 睨みあう――様にして、視線を絡ませ合う二人。

 いざという時の為に、警戒は解かないシア。

 しばし……部屋に沈黙が訪れた。

「何故、安全だと言い切れる?」

「それはお主が一番理解しているのではないのかの?」

 まるで探るようなオスマンの言葉。

 俺の目が更に細くなった。

 なんだ……。

 この老人は何に気付いている?

 どの事実に気付き、何を知っている?

「まあ、断るのはお主の勝手じゃ。流石に命がかかった問題、ワシとしても強制は出来んしするつもりも毛頭ない――ただ……これを断るという事は、彼女たちの旅にも同行しないと、つまりはそう言う事になるがの」

「あんたは――何を知ってる?」

「あんたとは随分な言われようじゃのう? こう見えても、この学園の学園長なのだがのう……それともここは流行りに則ってこう言うべきじゃったか? ――あんたでは無くオスマンじゃ――と」

 沈黙の空間。

「なんじゃ……もう悪ふざけをする余裕がないのか? もっと自由にボケて突っ込んでくれて良いのじゃぞ」

 そんな風に言いつつ、笑顔は崩さない。

 ――余裕。

 なるほど、確かに、彼にとっては余裕は明らかにあるのだろう。

 見てればそれくらいの事は分かる。

 しかし、その余裕が何処から来るのか――それが俺には分からない。

「そんなに心配せんでもええよ。ワシとて殆ど事態は把握しておらん上に、ワシ以外の人間がお主にとっての問題になるだろう異常性に気付く事はまずない。そこについては保障してやるわい」

 ――ただ、分からない事は知っておかねば気が済まない性質での。

 そう続けるオスマン。

 お互いに睨みあった状態。

 そのまま、しばらくの時間がたった。

 そして、俺はやれやれと首を振る。

 この老人が、何に気付いているのかは分からない。

 何を知り、何を知らないのか。

 その状況で、いくら行動を起こそうとしても結局は無駄だろう。

 しかし、ならばどうすればいいというのか。

 どうすれば――。

「――そんなに嫌か」

「あいにく、命をホイホイ投げ出せる様な、誇りある貴族とは違うものでしてね」

「そんなのは誇りある貴族でも何でもない。ただのバカ者じゃ」

 探るようなオスマンの目。

 そりゃ、才人たちは間違いなく安全だろう。

 本来のプラン通りに行けば、奴らの安全は確実な筈だ。

 しかし、その際の俺の命。

 ここは、何の保証も無い。

 現場は戦争まっただ中。

 僅かに何かが狂った瞬間――すぐさま死ぬ世界。

 原作の様な――何かしらの形で生き残れるほど――世界は甘くない。

「……なるほど。そこはダメなラインという事か――なかなか複雑なんじゃの」

 髭をいじりながら、難しそうな顔をするオスマン。

 さっきから見ていて初めて、彼が笑顔以外の表情をした気がする。

「なるほど――大体事情は分かった。今更ながら、お主たちを試すような事をした事を謝罪しよう。すまなかった」

 そう言って――椅子に座ったままではあるが、彼は俺たちに向かって頭を下げた。

 まったく、この老人は。

 ホントに、何処まで俺と相性が良ければ気が済むんだ。

 相手が誰であれ、それがたとえ生徒であれ、悪い事をしたら謝る。

 これがしっかりと出来る人。

 上に立つ資格とかそういうレベルじゃない。

 人が人である資格。

 この人は俺にとってのそれを――持っている。

「そうじゃの――謝罪ついでに、本当に依頼したかった内容を言って良いかの?」

 つまり、さっきのも俺たちの反応を見る為のフェイク――と。

 いい加減にこのジジイは狡猾過ぎるぞ。

 原作のふざけた雰囲気はどうした。

 いや、雰囲気はあるんだけどさ……。

 まあいい。

 兎にも角にも、ようやく、今度こそ本題か?

 本題――つまりは彼が頼みたい事。

 彼が頼みたい事と言ったら――。

「リア充撲滅運動ですか?」

「その際にはマリコルヌ君をよぶわい。そうじゃなくての――君たちにはとある事項に関する調査を頼みたいんじゃ」

「――調査?」

 俺はその言葉に眉をひそめた。

 原作と照合してみても、このシーンでそんな出来事は無い。

 調査が必要になるような出来事は――。

「その前に、先ほどの謝罪の意味も込めて一つだけ、君たちにとって面白いだろう情報を与えてやろう。――土くれのフーケが牢屋から逃げ出した」

「……ほう」

「あまり驚かないんじゃの」

「驚いたところで、今更殆ど無意味でしょう」

「少なくとも、ワシにとってはの」

 お互いに騙し合う魔術師たち。

 使う魔法は言葉。

 騎士では戦えぬ世界。

「そのフーケについて、気になる事があっての――その調査を頼みたいのじゃ」

「別に良いですが――今更、何を調べるっていうんですか?」

 俺が抱いたのは当然の疑問。

 おそらく、フーケの逃亡先はレコンキスタだろう。

 それは原作を知っている俺だからこそ分かる事であり、知る事。

 しかし、それくらいの事は当然既にお国の連中が現在、全力で調査をしている筈だ。

 それと肩を並べた調査を俺に依頼しているとは思えない。

 ならば彼女の出身か?

 しかし、それもワルドが突き止められるレベルの物。

 この狡猾な老人なら――何らかの形で事情を知っていてもおかしくは無い。

「調査してほしい事、それは――フーケが、ミス・ロングビルがこの学園を狙った理由じゃ」

「学園を狙った理由? そんなの――」

「気まぐれや偶然――何となく。そんな理由でこの学園に忍び込んだと。確かにそれもあるかも知れんが、少なくともワシはそうは考えない」

 鋭き眼光の老人。

 何か――今までに無かったピースが俺の中に浮上してきている気がする。

 原作に書かれなかった世界。

 原作の裏の世界。

 そこにある真実。

「――そう考える根拠はなんですの?」

 先ほどまで黙っていたシアが、ようやく会話に参加してきた。

 彼女は彼女で、参加して良い会話をちゃんと把握していたらしい。

 今度は彼女も参加できる会話。

 世界の物語。

 語られなかったとはいえ――、一つの物語(ストーリー)だ。

「そう考える根拠。それは――彼女の盗み出したものじゃ」

「盗み出した物?」

 首をひねるシアに対して、俺はようやくその事実の重大性に気がついた。

 というより、一度気がついてしまえば、何で気が付かなかったのか、そう思えてしまうほど単純な事。

「彼女が盗み出したのは、“破壊の杖”ですわよね?」

「ああ、そうじゃ。彼女が盗み出したのは“破壊の杖”とワシが名付けた――単発式で、使い方も分からず、ワシ以外誰もその威力を知らない――そんな道具じゃ」

 そこまで聞いて、ようやくシアも理解をしたらしい。

 そうなのだ。

 本来、あれが盗まれる事はあり得ないのだ。

 だって、本来――全く価値のある物では無いのだから。

 あの威力を見た事があるのはオスマン氏だけ。

 彼の発言力がいくら強いとはいえ、そこまでの話を他人に信じさせるのはまず不可能だろう。

 一度でもその破壊力を見せた事があるなら話は分かる。

 しかし、そうじゃない。

 彼は、あれを使っていないのだ。

 最後の弾を才人が使った以上――オスマン氏はあれを使っていない。

 場合によっては、使い方すら分からなかった可能性があるだろう。

 そんな物が、一体何の価値を持つというのか。

 ましてや、学園の宝物庫。

 他にも高価なマジックアイテムはいくらでもあっただろう。

 その中で“破壊の杖”を盗む理由。

 それが、全くないのだ。

 なんだって彼女はあれを盗んだのか?

 その事情が全く理解できない。

 そしてそれは同時に――俺の知的好奇心を激しく刺激する。

「なるほど――オスマンさん。中々面白いところに目をつけますね」

「おそらく――ワシの考えじゃと、彼女は誰かに命令されたり、直接話されて盗みに入ったのではないじゃろう」

「命令されたわけじゃない?」

「彼女が聞いたのはおそらくは風の噂程度、例えば――店で接客をしていたら、客がそんな話をしていた――とかの。」

 ――ワシがスカウトした店での。

 にやりと笑うオスマン。

 なるほど。

 確かに、彼女の性格だと直接聞いた話で盗みに入るのは合わない気がする。

 彼女は縛られるのが嫌いなタイプだろう。

 そのタイプは大抵、そう言った話にはなびかない。

「因みに言っておくと、ワシはその話を話した相手は未だかつて一人しかいない」

「――使い魔くんですか」

「ザッツ・ライト――正解じゃ。だからの――お主たちに頼みたいのはその噂の主が誰なのかを突き止めてもらいたいのじゃ。今回の騒動の裏方。フーケを遠巻きに操った真犯人をの」

 ――なるほど。

 それは実に面白い。

 確かに、才人たちと絡むのは、それはそれは面白いだろう。

 ワルド達の一件。

 覚醒するガンダールヴ。

 それらは実に興味深い。

 しかし――この裏仕事も実に面白そうだ。

 原作に無かったからこそ分からない。

 原作に無かったからこそ期待が持てる。

 知らない物語を読む時の気分だ。

 もちろん、返事は決まってる。

「レイラ・ド・レリスウェイク――その一件協力しましょう」

「アレイシア・ド・レリスウェイク――お兄様の決定は私にとって絶対ですわ」

「ほっほ……期待して居るが……危なくなったら、何よりも命を優先するのじゃぞ」

「白翼は本来、逃げる為に俺が考えた魔法ですからね」

 そう言って睨みあう二人の策士。

 やっぱりじゃないか。

 やっぱりこの老人――オールドの名は伊達じゃない。

 伊達に年数を積んでるわけでもなければ――伊達に対応しているわけでもない。

 この老人は――本当に食えない奴だ。










 お互いの了承が得られたところで、部屋を出ようとする俺たち。

 詳細については、明日の朝に話すとのこと。

 出ようとしたところで、俺はふと気になった事が有り、オスマンを振り返った。

「ところで、オールド・オスマン。俺たちが間者という可能性は考えなかったのですか?」

「ほう! お主たちが裏切り者と! それは面白い可能性じゃ!」

 俺の言葉に、オスマンは手を打って笑った。

 ケラケラと笑い続ける事しばし。

 そのまま笑い過ぎて涙さえ浮かんでいる目でこちらを見ながら、彼は言う。

「もしそうじゃったら――既にトリステインは滅んでおるわい」



[27153] 空ってこんなに広かったっけ? そのさん
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/20 23:37
 物語は収束し、まとまる。

 人はこれを因果率と呼んだ気がするが――まあ、それはこの際おいておこう。

 問題となるべきは、おそらくフレームの位置。

 物語の表示される場所と絡む人。

 それ以外の場所にも物語はあるはずなのに、物語にはならない。

 二律背反で矛盾の世界。

 そんな世界に引力が存在するというのなら、それはまさしくその出番への引力だろう。

 出番となる場所と、そこへと引かれる引力。

 それを度外視する事はもはや不可能と言って大差ないレベルの力だ。

 物理の実験中に重力加速度を無視するか?

 そんなことは無い。

 むしろ真っ先に懸念に入れるべき事項だ。

 それを考えたくなければ宇宙に向かえ。

 宇宙空間にて実験を行え。

 そうすればきっと幸せになれる。

 少なくとも、俺はそこまでしてやりたくはないが。

 閑話休題。

 そんなわけで、俺たちは今、ラ・ロシェールの港にきていた。

 空へと向かう船の町。

 世が世なら、神に対する憧れやその象徴に近いだろう場所。

 バベルの塔なんかは、おそらくこの世界には作られなかったのだろう。

 この辺も世界観の差異。

 空に対する憧れと興味。

 それがおそらく才人の世界よりもこの世界は小さいのだろう。

 飛びたければフライの呪文。

 空が身近なのだ。

 遙かに広がる青い空。

 その下で俺たちはレジャーシートを広げると、まったりとピクニックにいそしんでいた。

 因みに俺たち――と言うからには俺以外にも仲間がいる。

 とりあえず、言わずとも分かっているだろう、シアとフェリス。

 この二匹に関しては特に紹介はいらないだろう。

 フェリスは使い魔兼抱き枕だし、シアは妹兼抱かれ枕だ。

 ――抱かれ枕?

 何とも奇妙なフレーズだが、スルーしよう。

 さて、今回の旅――事件解明について、意外な人物が参加した。

 参加した、と言うよりはする事になった、と言う表現の方が正しいのだが……。

「――と言うわけで、意味も分からず参加が決定したメイドの死得巣多(シエスタ)さんです」

「よろしくお願いします!」

「――ねえフェリス。お兄様とメイドはどこに向かって挨拶をしているのかしら?」

 若干一名、空気を読めないのが混ざっているらしい。

「黒髪で容姿がそこそこな平民が皆、私の敵なだけですわ」

 シア、地の文を読むな。

 さて、何はともあれ、こうして参加が決定した以上は、そこには理由がある。

 もっとも、非常に下らなくてどうでもいいような理由なのだが――まあ、一応話しておく事にしよう。

「レイラさんは黒髪が好きなんですか?」

「お兄様は銀色に一途なはずですわ!」

「はっきり言わせてもらうなら、特に色にこだわりは無い」

「残念でしたね、アレイシアさん。お兄さんは銀髪に一途では無いらしいですよ」

「はっ! 無念ねメイド! お兄様は黒髪への並々ならぬ愛のような物は持ちあわせていないらしくてよ!」

「但し――髪の艶についてはこだわるぞ。やっぱり女性の髪は柔らかくて艶やかで、撫でたときに指先をサラサラ……とぬけるこの感じが……」

「レイラさん、それなら自信あります! 黒髪はそういう点で有利なんですよ! 撫でて下さい」

「あ! 引っ込みなさいメイド! お兄様が撫でていいのは私の頭だけですわ!」

 お互いの髪の毛を引っ張りあうようにして取っ組み合いを始める二人。

 あーあ……。

 そんなことしたらせっかくのきれいな髪が痛んでしまうだろうに。

 さて、そろそろ状況説明の続きを始めよう。

 まず、何故シエスタがここにいるのか?

 その原因は――と言うか、要因はマルトーさんだった。

 何でも、シエスタをいたく気に入った貴族さんがいたらしい。

 だけど、その貴族さんがどうにも女癖が悪いらしく、事が落ち着くまで、しばらくの間、シエスタを連れ出して欲しいとのこと。

 おそらくは、これは原作で起きた話ではないな。

 というか、原作で起きたのかもしれないが、語られなかった話。

 サイドストーリーたるエピソード。

 アニメでは何かあったのかもしれないが――正直、そこまではこちらとしては把握しきれない。

 まあ、今回のストーリーにはシエスタは絡まないし、安く、おいしい料理が食べられるのならばなんの問題もないので、同行してもらうことにした。

 してもらったのだが……。

「レイラさんはきっと私のことが好きなはずです!」

「何を世迷い事を! お兄様は私と結婚するのですわ!」

「レリスウェイク家、正室の座は譲りません!」

「黒髪は側室にすらとらせませんわ!」

「シアさんはどうせ貴族様なのですから、どこか他の領地の方とご婚約なさって下さい。グラモン家の末っ子さんなんて良いんじゃないですか?」

「婚約の提案をするならせめて私とつり会う殿方で提案しなさいな。それにそういうあなたこそ、あの平民といい感じなのではなくて?」

「うぐっ! か、彼は彼。レイラさんはレイラさんです!」

「浮気者とお兄様がつりあうとでも? 顔を洗って出直しなさい!」

「で、でも! やっぱりレイラさんは貴族さんなんです! 平民が貴族になっても堂々としていられるのなんて、レリスウェイクくらいなんです!」

「はっ! 本音が漏れたわねメイド! あなたが欲しいのは、レリスウェイクの家柄なのですわ!」

「ち! 違います! 私はただ、もっとレイラさんと仲良くなれたらな――と。そういうアレイシアさんだってお兄さんにそういう目ではほとんど見られてませんよね」

「うぐっ!」

「その点、私はちょこっと押せばレイラさんはちゃんと動揺します。これって、私の方が脈がありますよね」

「ちょこっと押せばって――あなた! お兄様に何したの!」

「私とレイラさんの二人だけの秘密です」

「ぬぐぐぐ……」

「むぬぬぬ……」

 同行してもらったのだが……この二人、何故か知らんがハンパなく仲が悪い。

 どうやったらそこまで仲が悪くなれるのか。

 不思議なくらいに、仲が悪いのだ。

 水と油。

 犬と猿。

 世の中、そりが合わない以上は、反発しあう運命なのです。

 なんだって、そんなに仲が悪いのか?

 シアと誰かが対立するなんて、滅多にないぞ。

 まあ、勝手に盛り上がっている分には問題ないのだが、せいぜい、支障がでないようにしてくれたまえ。

 ちなみに、ここまでは俺のフライで来た。

 片道二時間。

 女の子を二人背負っての作業。

 因みに、おぶって来たからシエスタは俺の羽を見ていない筈だ。

 ……というか、おそらく強風でそれどころでは無かった筈だが。

 何だかんだで、かなりのスピードを出してたから、結構きつかっただろう。

 シアが風避けの役割を持つ魔法を多少なりとも唱えていたからこそ、三人での飛行なんてものが出来たと言い換えても良いかもしれない。

 早朝に出発したから、才人たちが来るまでは約一日の猶予がある。

 その猶予で、俺たちに何が出来るのか。

 それが問題だ。

 そうそう、女の子二人をおぶって飛ぶのは、なかなかにキツかった事だけはここに明記しておこう。

 もっとも、体格的な問題から、シエスタが下になってくれたため、俺としてはその胸が背中に――。

 さて、話を戻そう。

 どうして俺たちがわざわざここにいるのか。

 それは、この町の酒場にフーケを雇った場所があるらしいからだ。

 酒場で仲間集め。

 ――中古RPG?

 まあ、この世界がどうせそんなんだしな。

 情報収集も、不可抗力的に酒場巡りになる以上、いっそうその感じは強い。

 フーケの居た場所。

 何らかの繋がりのありそうな現場。

 そこにたどり着き、何らかの情報を得なければならないのだから。

 さて――そこまで考えて、俺は改めて目の前のメンバーを見た。

 喧嘩を続ける妹とメイド。

 やる気なさげにあくびをする頭の上のフェリス。

 まあ、フェリスに関しては可愛いので何の問題もないのだが――。

 ――空を見上げながら、一人つぶやく。

「いやあ、この人選……失敗なんじゃないのかなあ……」

 少なくとも、ミステリーな雰囲気がぶち壊しであることは、確かだった。










 結論からいうならば、収穫は全くなかった。

 いや、強いていうなれば――全くなかったという収穫があったと、そう表現すべきだろうか。

 まず向かったのは、オスマンがフーケを雇ったという酒場。

 そこで話を聞く限りでは、ミス・ロングビルのことは覚えていても、破壊の杖のことは知らないとのこと。

 魔法学院にそんな名のマジックアイテムが存在することなど、誰も知らなかった。

 店員だけでなく、客相手にもいくらか聞いてみたが、望ましい結果は得られない。

 ほかの酒場も同じように回っては見たが、結果は似たようなものだった。

 ミス・ロングビルのことは知っていても、破壊の杖のことなど名前すら聞いたことない。

 何人か、いかにも身分の高そうなメイジもいたので声をかけてみたが、反応は同じである。

 魔法学院にある宝物についても同様だ。

 というより、むしろ、もっと有名な宝物がいくつもあるということが分かった。

 なんちゃらの聖杯だとかほにゃららのコインだとか。

 眠りの鐘ってアイテムもそういえばあったなあ――なんて俺が思い出す程度には、あの宝物庫のなかでは有名なのだろう。

 どう考えても、そちらの方が価値あるだろう物ばかり。

 調べれば調べるほど、フーケの行動の異常さが際だってきた。

 なぜ、彼女は“破壊の杖”を盗み出したのか?

 何かしらあるだろうと思って魔法学院に盗みに入り、たまたま目の前にあったそれを盗んだのか?

 いや、それはない。

 もっと、分かりやすい物が手頃な場所にあったはずだ。

 ただのマジックアイテムコレクター。

 それだけでは済まない謎が彼女の周りに渦巻いている。

 いったいこれはどういうことだろう?

 原作を読んでいるときは「ああそういう物なんだ」で流してしまった謎。

 そこに触れたとき、世界は一気に不気味な物になる。

「さて――俺が、こ、こ、ま、で、シリアスな流れで独白している中、おのれ等はいったいなにしてやがりますですか?」

 場所は女神の杵。

 その一階にて、俺は手の掛かる二人の妹相手に肩を落としていた。

「お兄様! このメイドが私の皿からポテトを取ったのです!」

「そういうアレイシアさんだって、私の皿からピザを取ったじゃないですか!」

「メイドの物は私の物、私の物は私の物ですわ」

「アレイシアさんはメイドに対する扱いがひどすぎると思います! レリスウェイクでは民は平等な物だと聞いていますが、アレイシアさんは違うのですか?」

「一部例外を除き、私は皆に平等ですわ! お兄様にたかるハエという例外を除いてはね!」

 ――ああ分かった。

 流石に少しは妥協をしよう。

 俺だって大人だ。

 こっちの世界の年齢は子供も同然だが、精神は一応大人だ。

 妥協ってものも知ってるし、それをする場面だってのも分かる。

 しかし――。

「君たち――もう少し、静かに食事ができないのか?」

「「メイド(アレイシア様)が席をはずして下されば!」」

「そうしたらそうしたで、また騒がしくなるだろうが……」

 俺は心からのため息。

 空が暮れて来たので、もうすぐ才人たちが来る時間だろう。

 ここで待っていればまず間違いなく出会えるはずだ。

 出会えるのだが――正直、こちらのメンツを少し静かにさせたい。

 何か良い手段は無いだろうか?

「よし! 妥協をした方にフェリスを抱かせてやろう!」

 ――フェリスに噛みつかれた。

 思いっきり噛みつかれた。

 頭の上で、思いっきり噛みつかれた。

 痛い。

 半端無く痛い。

 流石の使い魔も身の危険には怒るというわけか。

 実際、俺がそんな条件を出されたら間違いなく飲むだろう。

 ハルケギニアの未来を犠牲にしてでも飲むだろう。

 フェリスに抱きつける。

 それはある意味俺の夢だ!

 ふかふか、もふもふ!

 その状態で、ベッドでゴロゴロ。

 そのまま俺は死んでも良い。

 ふかふかのまま、死んでいい。

 熱いパトスが、俺の中を駆け巡る!

 ――まあ、終わった後のフェリスの姿も、想像するに容易いが。

 この為だろうか?

 俺が昔から動物に嫌われているのは、この愛情が原因なのだろうか?

 愛情を押さえろと?

 いや無理だ!

 この、たぎり、あふれんばかりに鼓動を打つ愛情。

 今にもはちきれんばかりの感情。

 これを抑える事など出来ようか!

 いや、出来まい!

 噴火する火山の様なシンパシーをコントロールする事など、もはや不可能。

 もふもふは正義!

 可愛いは正義!

 そうだ、全世界共通で、可愛い物同盟を創ろう!

 レリスウェイク発で、創ろう!

 可愛い物を愛するのだ!

 世界中の可愛い物をこの手で愛し、この胸に抱くのだ。

 ふかふかを味わいつくすのだ!

 そうだ!

 これが有るべき姿だ!

 可愛い物同盟、此処に設立!

 完璧だ。

 対象生物一号には、フェリスを任命しよう。

 フェリスを中心として、その幅をどんどん広げていくのだ。

 可愛い物に国境は無い。

 可愛い物が好きな人間はみな友達なのだ!

「――お兄様、顔が凄い怖くなってますわ」

 ――閑話休題。

 少し落ち着こう。

 よし、落ち着いた。

 さて、そんなわけで――。

「――何か、レイラさんの知られざる一面を見た気がします」

「私は、この状態のお兄様を暴走状態と呼んでますわ」

 ――あれ?

「――アレイシアさんも苦労してるんですね」

「お兄様の為なら、この程度、苦労でも何でもありませんわ」

「二人で強く生きていきましょう」

「メイド、初めてあなたに良い印象を持てたわ」

 がっちりと握手をする二人。

 ――あれ?

 何で急に仲良くなってるの?

 あまりの中の悪さに俺が今苦労して対処法を考えていたところだったのに。

 その対処法の途中で思考が逸れた気がしたが、俺は少なくとも真面目に考えていたのに。

「アレイシアさん、紅茶をお注ぎしますわ」

「メイド、あなたも飲みなさい」

 杯を交わし合う二人。

 才人たちが来るのはもうすぐ。

 ――あれ?

 ――あれあれ?



[27153] 空ってこんなに広かったっけ? そのよん
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/20 23:38
 物語は切り替わり、話は本筋へと移行する。

 答えが出ないまま進む物語も、中には存在するという事だ。

 フーケ騒動の謎解き。

 その答えが出ないまま、結局、俺たちは才人たちを出迎えることとなった。

 俺も頑張って、驚いた態度を取ったつもりだ。

 さも――偶然居合わせたんだよ――そう取れるような反応を。

 ちょっと、わざとらし過ぎた様な気がしないでもないけど、そこは御愛嬌って事で。

 さて、現在ワルドとルイズは桟橋の方で予定を確認中。

 才人とギーシュは、旅の疲れを上の階にて癒し中。

 シエスタも、才人が来たとたん、そっちに飛んで行ってしまった。

 本来、此処にはいなかった存在。

 イレギュラーな癒しキャラ。

 才人よ。

 感謝してくれたまえ。

 原作より、君の周りに癒しの存在がいた事を。

 そんなわけで現在、此処“女神の杵”には――。

「――で、あなた達は何してたの?」

「……黙秘禁止」

 目をキラキラと輝かせた、キュルケとタバサがいた。

「基本的人権――」

「……など、あなたには無い」

 人権を否定された。

 タバサ――お前、俺が嫌いだろ。

「それに、どうやって此処まで来たのよ。私たちでもかなり飛ばしてきたのよ。ダーリンたちだって馬で最速で来たっていうし」

「オスマンさんの頼みごとでね。わざわざお使いだからっていうんで、風竜を借りたんだ。早朝に出たからそれなりの時間には着いたよ」

 俺のフライの事については、同級生には秘密。

 彼女たちならばれても大丈夫かもしれないけれど……念のためって奴で。

「学院長の頼みごと?」

「『そろそろ、本格的にリア充代表のギーシュをシめるか』って真剣な顔して相談されたから、『とりあえず、良い秘薬が無いかアルビオンまで飛んできます』って事で此処にいる」

「あんたたち、壮絶に下らない事に全力を尽くすわよね」

「……人の事言……何でもない」

「おいタバサ、目を逸らすな。突っ込みたくても人の事が言えなかったからって目を逸らすな」

「……目を逸らしてなんかない」

「現実から目を逸らしたくなる気持ちは否定できないわね」

「お兄様がこんなにも私を愛してくれている現実から目を逸らすなんて、勿体無さすぎますわ」

「オーケー。お前――」

「お兄様。お前ではなくシアですわ」

「シアは現実を見るところから始めよう」

 と、まあオチがついたところで。

 やっぱり、このメンバーが一番落ち着く。

 ボケと突っ込みのこの完璧なバランスは一体なんだろう?

 何なんだ? この一体感は。

 だがまあ、そんな一体感にいつまでも浸っている訳にもいかない。

 こちらにはこちらの都合が有るのだよ。

 気を抜いたら殺られる。

 このメンバーは都合が良い代わりに、レベルが高い。

 一瞬の油断が命取りなのだ。

「――というわけで、お兄様ったら真昼間、隣にメイドがいるのに求めてきて……」

「私決めたわ。今後、レイラの事を見る目を道端に捨てられてる干からびたミカンの皮を見るような眼で見る事にするわ」

「……めくるめくSとMの世界」

「ほーらみろ! 一瞬の油断が命取り!」

 なんて世界だ!

 こんな世界は嫌だ!

 声を大にして言わせてもらう!

 もっと平和な世界をくれ!

 なんだこれ!

 意味のない会話だけでかなりの行数を使ってるぞ。

 まるで本題の無い会話がメインのSSになりつつあるぞ。

 本来はもっとミステリアスな雰囲気にするんじゃなかったのか!?

 そうでなくとも、せめて意味がないなら意味がないなりに、ラブコメな展開になるんじゃないのか?

 それが本来のあるべき姿なんじゃないのか?

「まあいいわ。あんたたちも何かしらの理由で此処にいるみたいだし。とくに詮索はしないわよ」

「……下らな過ぎて、口にも出したくない」

 嘘で言った事とはいえ、その評価はあんまりじゃありませんかタバサさん。

 というより、あれで信じてもらえた事もかなり驚きなんですが。

 俺、普段、どんな風な人間に見られているんだ?

 気になるを超えて若干不安にさえなってきますよ。

「さて、じゃあキュルケ達は一体どんな理由でここに来てるんだい?」

「……睡眠妨害」

 なるほど、タバサは寝てたところを叩き起こされたらしい。

「まず、朝起きた私はぼんやりとした目のまま起き上がったわ。はっきりとしない頭。ぼんやりとかすむ視界。カーテンの隙間から差し込む朝日が私の目を起きろ起きろと刺激していたわ。私としてはそのまま二度寝に入っても良かったわ。だけどそれではツェルプストー家の女としてはダメね。やはり女の鏡たる動きをしないと。そこでベッドから立ち上がった私は――」

「要点をかいつまんで話せ」

「ダーリンを追いかけて来たわ」

「十三文字に要約出来んじゃねえか!」

「なによ、ちょっとしたお茶目じゃない」

「今の語りを全て聞いてたら、語る時間範囲の三倍以上の時間がかかる!」

「随分と少なく見積もったわねえ」

「貴様の長文独白は二度と聞かん!」

「……短文独白」

「そしてタバサ、お前は“短文独白”ではなく、“短文毒吐く”だ!」

「……誰が上手い事言えと」

 杖で俺の頭を叩くタバサ。

「どうもありがとうございました」

「……ありがと」

「あんたたち、何がやりたいの?」

「……漫才」

「狙うは世界だ」

 ――というより。

「何故だ! 何故まだ章題が切り替わらない! 今のはかなり綺麗に落ちた筈だろう!」

「間違いなく原因は最後の一言ね」

「挨拶の失敗!」

「お兄様――」

「シアはシエスタとペアを組みなさい」

「犬猿の仲のペア!」

「……コンビ名は“犬猿”」

「いや、タバサ。そこは“けん☆えん”だろ」

「……けんえん!」

「二つくっつけて“けん☆えん!”でどうだ」

「……いける」

「オーケー。シア。決定だ!」

「お兄様と言えど、私も逆らう事がありましてよ!」

 涙目で叫ぶシア。

 うん。

 何か、久しぶりに妹が可愛いなって感じられた。

「妹萌え!」

「お兄様の好みが分かりません!」

 叫ぶシアに対し、明らかに引く二人。

「うわ! 今、自分の妹に対して言ったわよね」

「……近親相――」

「――言わせねえよ!」

「……いじわる」

「何とでも言って良いが、先ほどの言葉は――」

「シスコン」

「それは全力を持って否定させていただく」

「お兄様! それだけは否定しないでください」

「というより、否定できないわよね」

「皆様には一度、シスコンとブラコンについて熱く講義をした方がよろしいようですね」

「……シスコンが語る“シスコンの全て”」

「タバサ、売れる週刊誌のタイトルみたいな言い方をするな。それと、その言い方だとシスコンの良さを語る文面になってる」

「……実録レポート! レリスウェイクの裏側に迫る!」

「止めろ。うちの領地は表ざたに出来ることの方が少ないんだ」

「…………」

「…………」

「…………」

「止めろ! 冷たい視線を向けるな! そしてシア! お前もレリスウェイクの人間だ!」

「レリスウェイクの素晴らしさを一言で語りましょう。レリスウェイクにはお兄様がいる」

「レリスウェイクの評価マイナス一ね」

「俺はマイナスの存在!」

「レリスウェイクの素晴らしさその二。財政が豊か」

「……財政の量だけある、黒い噂」

「レリスウェイクの評価、更にマイナス一ね」

「タバサの余計なひと言!」

「…………お兄様。パスですわ」

「他にいいところないのか、レリスウェイク!」

 俺も思いつかないけれどさ!

「人外魔境レリスウェイク。その伝説は続く!」

「先ほどからお前ら、妙なキャッチコピーをつけるな!」

「そうね……確かにキャッチコピーが少々チープだったわね」

「……三面記事クラス」

「まあ、レリスウェイク自体が一面記事だから問題ないわね」

「一面記事になった事なんてねえよ!」

「でも、一面記事クラスの事はしてるわよね」

「否定できない自分と両親が悲しい」

「商業と策謀と平等の街、レリスウェイク!」

「……暗躍が足りない」

「表無き街、レリスウェイク!」

「貴様ら、俺たちの領地をいじって楽しいか!」

「確かに領地をいじるのは良くないわね。なら……レリスウェイク兄妹。禁断の愛! とか」

「五百万部刷って下さいませ」

「シア! 貴様はそれだけ刷って何処に撒く気だ」

「半分は保存用。残り半分は外堀を埋める為に……」

「止めろ! お前は冗談抜きでそれだけの金が用意できるんだから」

 レリスウェイクの財政状況は残念な事に豊か。

「……全ガリアが泣いた! レリスウェイク兄妹。悲劇の愛」

「むしろ、ハルケギニア中が泣きますわ!」

「そこまでの感動巨編じゃねえよ!」

「むしろ、私一人でハルケギニア中の人間に匹敵するだけ泣きますわ」

「不可能だ」

「絶対に上映しないでくださいましね。もししたら、ハルケギニアに津波がきますわよ」

「不可能な事象が現実味を帯びた!」

「いや、帯びてないわよ」

 テンポよく進む話の流れ。

 こうして原作の流れは特に変わらないまま――夜は更けていった。











 宿屋のグレード。

 それは確かにあるだろう。

 もっとも、この場合は宿屋だろうとホテルだろうと、コテージだろうと、皆同じに考えてくれたまえ。

 ただ、宿屋は豪華なところが必ずしも良いか、そう言われると答えははっきりとしない。

 豪華でないところも、豪華でないなりに良い部分があるのだ。

 むしろ、俺みたいな小市民にとっては、あんまり豪華な宿屋よりは、適度に安い場所の方が居心地が良い。

 羽のように軽い布団、というのは、どうにも肌に合わないのだ。

 かと言って、安すぎるのも同時にどうかと思う。

 いくらかぶっても寒い布団の宿屋には、正直泊まりたくない。

 ついでに言うと、敷布団――マットレスがあまりにも固いところも簡便だ。

 何物も、ほどほどが一番。

 一部の貴族は、見栄の為に高いところに泊まったりするらしいが……俺たちにとっては遠い話だ。

 お金は貯める物。

 俺はそう考える。

 因みに両親曰く、お金は増やす物らしい。

 悪行はほどほどにしてくれ。

 俺は心からそう願う。

 ――そんなわけで、俺たちは手頃な価格の宿屋で一晩を明かした。

 シアが、随分とピンク色なホテルにやたらと入りたがったが、軽くスルー。

 ラブホに入るのはもう少し大人になってからにしましょう。

 そう言うとシアは、「もう身体は大人です」というので、軽く頭をはたいておいた。

 そんなわけで泊まったのは、“風の館”という、外観ちょこっとぼろい宿屋。

 あえて言おう、隙間風の館では無い。

 表看板の“風”の文字の前に――古さの関係と思われる――若干の隙間があって、それを考慮するとそうなってしまうが、あれは間違いなくそれを目的としたものじゃない筈だ。

 中々年忌が入っているのか、壁や床にボロが来ていたが、細かい品々は、しっかりと手入れをされていて新しい物になっている。

 ベッドも新しい物になっていて、寝心地は何の問題も無かった。

 部屋は、おそらく貴族にとっては手狭なのだろうが、俺たちにとっては十分。

 普通のホテル程度には広さがあった。

 というより、シアはかえって狭い部屋の方が良かったらしいが。

 そして、何よりの魅力は大浴場。

 この旅館の自慢は大きな浴場があることらしい。

 当然、昨晩は俺もそこに入らせてもらった。

 大浴場と言っても、所詮は平民向け。

 学院のと比べるとどうしても見劣りはするものの、旅行先でこれならぜんぜん御の字だろう。

 正直、女神の杵って所より、全然当たりの様な気がする。

 過ごし易さなら、明らかにこちらが上だろう。

 見た目ばかり綺麗で値段も高い女神の杵。

 見た目以外、何の問題も無い風の館。

 何となく、この貴族社会を風刺しているみたいで、風呂に入りながら一人苦笑してしまった。

 一応追記しておくと、この宿、貴族の人が泊まる事なんてまず無いらしい。

 そのせいか、泊まる事を告げた途端、やたらと歓迎されてしまった。

 待遇が良かったのは、そのせいもあるのかもしれない。

 老夫婦が経営しているらしく、まるで孫を見ているみたいだと、やたら優しくしてくれた。

 人の温かみは良いものだ。

 そうそう、言い忘れていたが、シエスタは女神の杵に泊まった。

 本来は泊まるお金を出さなきゃいけないのだが、そこら辺はワルドが払ってくれるらしい。

 まあ、ワルドとしては才人とシエスタがくっついてくれた方が都合が良いだろうからな。

 才人、ギーシュ、シエスタの三人部屋。

 ――才人寝れるのかなあ?

 ふと不安になったが、まあ、大丈夫だろう。

 少なくとも、今日は負ける運命なんだ。

 むしろ、それだったら才人がころっとシエスタに気持ちが傾かないかの方が不安か。

 この時期に弱った才人に優しくしたら、ホントに才人がシエスタルートに進むぞ。

 タルブ無双がとんでもない事になるぞ。

 まあ、そうならない事を信じよう。

 そんなわけで俺は今、紅茶を飲みながら、一人窓の外の景色を見ているところだった。

 窓の外を見ている――といっても、本当に見ているのはそこでは無い。

 遠見の魔法を使って、才人とワルドの決闘(?)訓練(?)腕試し(それだ!)を見ているところである。

 ルイズが現れた所で喧嘩開始の合図。

 さて――どうやらこちらサイドの話には問題がないみたいだ。

 本編はつつがなく進行中。

 ならば俺はもう少し休ませてもらうとしよう。

 次なるイベントがある夜はまだ遠い。

 「皆がハッピーエンドでありますように」

 俺は呟くと、カップのそこに僅かに残った紅茶をあおった。











******************************



――決闘とその後――人知れず進む破綻。





 俺は一人、部屋のベランダで月を眺めていた。

 ルイズの婚約者というメイジ。

 彼に負けた時から、何故か気分は沈んだままだった。

 ギーシュ達は一階の酒場で酒を飲んで騒ぎまくっている。

 明日はいよいよアルビオンに渡る日だということで、大いに盛り上がっているらしい。

 キュルケが誘いに来たが、俺は断った。

 どうにも、飲む気分じゃ無かった。

 二つの月が重なる番の翌日、船は出港するという。

 なんでも、アルビオンが一番ラ・ロシェールに近づくからだというが……。

 俺は空を見上げた。

 瞬く星の海の中、赤い月が白い月の後ろに隠され、一つだけになった月が青白く輝いている。

 その月は、俺に故郷を思い出させた。

 地球の夜。

「家に帰りたい」

 思わずこぼれたのは逃げる言葉。

 今、周りにある全てを投げ出して逃げる台詞。

 非常に弱気な詞。

 思わず呟いてしまったその言葉に続いて感情があふれ出す。

 それらは透明なしずくとなって俺の目からあふれ出した。

 一筋、もう一筋。

 ぽたぽたと涙が頬を伝い落ちる。

 止まらない感情の吐露。

 次々と不満があふれ出る。

 思わず言葉となりそうなそれらの気持ち。

 後ろから声がかけられたのはそんな時だった。

「――月が綺麗ですね」

 澄んだ声。

 鈴が鳴るような響き。

 振り向くと、そこには黒髪の少女が立っていた。

 俺が困っていると、いつも現れる少女。

 おなかが減っていた時、彼女が食事をくれた。

 ルイズに酷い扱いをされた時、嫌な顔一つせず、愚痴を聞いてくれた。

 俺が何かを話すたびに、あふれんばかりの笑顔を見せてくれる少女。

「シエスタ……」

「はい、なんでしょう?」

 そう言って彼女はまた笑顔を見せる。

 心がく暖かくなる笑顔。

 彼女は笑って俺の隣に来てくれた。







 ゼロの少女は現れない。

 ゼロの少女は話せない。

 ただ――ドアの向こうから彼らの話に耳を傾けるだけ。



[27153] 空ってこんなに広かったっけ? そのご
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/20 23:42
「さーて、どうしますかね」

 俺は槍を構えながら呟いた。

 ここは女神の杵――から少し離れた建物の屋根。

 建物の主人の許可をもらって登らせてもらった。

 やや遠くには高くそびえるフーケのゴーレム。

 隣にはいつも通りの相棒シアと頭の上には相変わらず眠そうなフェリス。

 というわけで――。

 どうやら、才人たちが襲われているらしい。

 という事は……これから離脱して才人がライトニング・クラウドで……という展開か。

 オーケー理解した。

 では俺がすべきことは何か。

 一つとしては才人たちと一緒に桟橋の方に行くべきだろう。

 そうすれば、原作の展開を存分に楽しめる。

 ガンダールヴ覚醒だって見れて万々歳だ。

 しかし、今の俺にはもう一つの目的がある。

 それはフーケの裏にある真実。

 俺としては、非常にそこに興味がある。

 彼女の行動の裏。語られない物語。

 そこには一体どんなドラマがあるのか。

 それを見てみたい。

 そんなわけで、此処は一気に解決して状況理解と参りましょう。

「とりあえず蹴散らしますか。シア、詠唱は行けるか?」

「いつでも行けますわ。お兄様!」

 身体の前で杖を構えるシア。

 その杖に、魔力が集まる。

「オーケー。じゃかましちゃってくれ!」

「“錬金”!」

 天へと向かうかのような叫び。

 その叫びと共に、彼女の杖が振り下ろされた。

 そして次の瞬間、岩でできたゴーレムは砂に帰る。

 肩に乗っていた二人が、驚いたようにそこから飛び降りた。

 そこをすかさず、シアの魔法が狙う。

「アースハンド!」

 突き出される岩の手。

 それを仮面の男の杖が貫いた。

 なるほど、エア・ニードルってのは中々に強力な魔法らしい。

 まあ、スクウェアクラスが使ってるんだから当然だわな。

 別になめていたわけじゃない。

 というより、これならまだ想定の範囲内だ。

 巻き起こる砂嵐。

 崩れる砂の巨人。

 阿鼻叫喚の中、宿の入り口が吹き飛ぶ。

「レイラ!」

 建物から出て来た才人が俺たちを見て叫んだ。

 なるほど、確かにあれだけの砂が突然降ってきたら、戦況に何らかの変化が起きても仕方ないだろう。

 戦意は明らかに減るし、視界は悪くなる。

 暗闇を利用した戦いをしていたのだから、地の利が反転――とまでは行かないまでも同レベルにまではなった訳か

 それでむこうさんはむこうさんで逆転して出て来たと。

 一方、奇襲をかけたつもりが、完全に奇襲をくらった方々は、全員がパニックに陥っていた。

 聞いていないぞ! 計算外だ! どう言う事だ!

 それぞれが口々に文句を言いながら逃げ惑う。

 中から吹き荒れる炎や氷は、キュルケとタバサの物だろう。

 才人は一足早く状況改善の為に出て来たと……。

 まあいい。

 とりあえず、才人にはやる事を伝えよう。

 彼が向かうべき場所。

 フレームが向かう先。

「ヤッホー。元気かい? 元気があれば何でもできるさ!」

 そう言って俺は槍を掲げる。

 示す先は桟橋。

「元気があれば任務も達成できる! さあ! とっととアルビオンに行きな!」

 笑顔で語る俺。

 しかし、才人の表情は浮かない。

「でも、まだ行けないって……」

 なるほど。

 風石の事を言っているのだろう。

 才人のくせに随分と冷静だな。

 原作だったら、もっと突っ走っていただろうに。

「ワルドさんだっけか? あいつがなんとかしてくれる!」

 俺の言葉に、才人は振り向くと、部屋に向かって何かを話し始めた。

 時折吹き荒れる炎と氷から、中の戦いが、まだ続いている事がうかがえる。

 しばらくして頷くと、才人は俺に向かって親指を立てた。

 どうやら、話は通ったらしい。

 さあ、行ってくれたまえ。

「レイラ! ここは任せた!」

「オッケー。行ってらっしゃい!」

 気楽に挨拶をすませると、才人はそのまま部屋の中に引っ込んだ。

 おそらくは裏口から行くつもりなんだろう。

 案の定、しばらくすると裏口の方から足音が聞こえて来る。

 パタパタと走る足音。

 それを聞いた仮面の男が、すぐさま反応した。

「よし、俺はラ・ヴァリエールの娘を追う」

 そう言って飛び出していく白い仮面の男。

 俺はすぐさまシアに指令を出した。

「流石に二人はキツいだろ。あの仮面の男は才人に任せて、シアはフーケに集中してくれ」

「お兄様の応援が欲しいですわ!」

「終わったら抱きしめてやる!」

「土くれのフーケ! お命頂きますわあああぁぁぁぁぁあああ!!!」

 膨れ上がる魔力。

 ――というより気迫。

 シアの背後に、鬼神が目覚めた。

 目には見えないはずの魔力が、オーラの様に立ち上がり、彼女を包み込む(かのように見えるほどの気迫だ)。

 あまりの気合いに思わずそちらを見れば、そこにいたのは、目を血走らせたシア。

 ――いや、シア。

 殺さないでね。

 捕獲してね。

 こちらとしては、彼女に聞きたい事が有るんだから。

 ――まあいいや。

 とりあえず、仮面の方は、もう姿を消している事から既に近くにはいないだろう。

 彼の相手は才人に。

 そうじゃないと、後での覚醒イベントに支障が出る。

 いや、本当はこっちで相手しても別にいいんだけれど、才人は下手に子供のままよりは、ちゃんと成長した方がいいだろう。

 可愛い子には旅をさせろ。

 多少は厳しくした方がお互いの為だ。

 さて――では俺は俺の仕事をするとしようか。

 まずは中のキュルケ達の生存確認。

 遠見の魔法を使って小屋の中を見る。

 どうやら、先ほどの俺たちの奇襲を期に、体制を立て直したらしい。

 原作とは違った意味の荒々しさを見せつけながら、中で応戦をしていた。

 なるほど、先ほどから吹き荒れていた氷風や炎は、それ相応の理由があるらしい。

 ギーシュのワルキューレを盾にしながら、正確な狙いで着実に相手の数を減らしていく二人。

 本来は、もっと作戦じみたことをやっていた気がするけれど――まあ、結果オーライということで。

 とにもかくにも、どうやら向こうももうすぐ終わりそうだ。

 あまり心配はいらないらしい。

 つまり、後はフーケさえ無事にとらえれば話は終わりと。

 ――思ったより楽だったな。

 というか、俺何もしてない気が……。

 まあいいか。

「シア、フーケを――」

「もう終わってますわ、お兄様」

 ――早っ!

 気がつけば、フーケは杖をはじかれ、シアのアースハンドに握られるようにして捕獲されていた。

 中で必死にもがいてはいるが……正直こうなっては無駄だろう。

 こちらもこちらで、原作よりも綺麗な形で決着が付いた。

 それはもちろん、いろんな意味で。

 まず、下手な殴りあいをする必要がなくなったし、何より、彼女がすすで汚れることがなくなった。

 フーケさんと言えど、一応女性。

 いち、紳士としては、それなりの態度で接さなければ。

 いや、それにしてもさあ――ちょっと早すぎません?

「さあ、お兄様。力いっぱい抱きしめてください!」

 そう言って手を広げるシア。

 ――いや。

 ちょっと――。

「なんだい! 奇襲とは随分卑怯な手段を使うんだね」

「あんたにだけは言われたくないわ!」

 思わずツッコむ。

「ババアは黙っててください! 今は世界でもっとも大事な時間である私をお兄様が抱きしめてくれるシーンですわよ!」

「お前――」

「お兄様。お前ではなくシアですわ」

「シアって、普段すごく言葉が丁寧なのに、時々ハンパなく口調が汚くなるよな」

「ですが、私の身体はまだ綺麗なままですわよ」

「俺はいっさいそんなことは聞いてないぞ」

「ちょっと! 私に対するババア発言が華麗にスルーされつつあるわよ!」

「そんなのはもうどうでもいいのですわババア。今はお姫様が生まれた瞬間や、世界が誕生した瞬間よりよっぽど重要な、お兄様が私を抱きしめてくれる瞬間だと言っているでしょう!」

「いや、流石にそれらと比べるとどう考えてもそっちの方が重要だぞ」

「ババアはボケもツッコミもワンテンポ遅いのですわ! だからババアなのです」

「ワンテンポ遅いって……それより、私としても世界が生まれた瞬間はともかく、お姫様には正直興味がないからその辺は共感できるわね」

「本当にワンテンポ遅い!」

 止めてくれ。

 これ以上ボケは増えないでくれたまえ。

 話が進まなくなる。

 とりあえず、いったん話を収束させるためにシアを抱きしめると、中から追い出されるようにして、傭兵達が飛び出してきた。

 そのまま彼らは、ちりじりになって何処かに行ってしまう。

「ふう、高い宿も考えものね。これじゃ狙ってくれって言ってるようなものじゃない」

「……一長一短」

「き、君たち、随分と手慣れているんだな」

 と、そんな風に逃げ出した傭兵達の後ろから、肩を鳴らしながらキュルケ、タバサ、ギーシュの三人が現れた。

 現れ――そして、月光の下で抱きしめあっている俺とシアを見る。

 ――全員の目が遠くなった。

 というより、細くなった。

 まるで、夜中にコンビニの前で座り込んでいる若者を見るかのような目だった。

「いや、君たち――そういうことをするのは否定しないが、TPOをわきまえた方がいいのではないのか?」

 ひどくまっとうなギーシュの言葉。

 時間――戦闘が終結する直前から。

 場所――傭兵達とある種命がけの戦いを繰り広げている戦場。

 場合――戦闘をするシーン。

 ダメだ!

 一つとして合格の条件を満たしていない!

「アレイシアルート確定ね……近親相姦は一部のマニアにはとても受けるわよ」

 完全に俺たちをネタに遊ぶ気満々のキュルケ。

 あえて言わせてもらうなら、そのルートはいやな予感しかしない。

 というより、一種の親友ルートな気が。

「……不潔」

「チクショウ! タバサの言葉なのに否定ができない!」

「……私の言葉なのにって……随分とひどい言われよう」

「お兄様、否定でしたら簡単ですわ。これは不潔な行為ではなく非常に聖なる行為であることを言えばいいのです」

「その証明は不可能だ」

 何故ならその解はどう考えても成り立たないから。

 逆の証明なら非常に楽だ。

 もっとも、それを証明したところで、奴らがいっそう俺に冷たい態度を取るだけだろう。

「いっそ、キスまでいけば神聖さも増すのでは?」

「より悪化するだけだ!」

「あら、キスまでいってもいいわよ」

「キュルケ! お前にとっては楽しいだろうが、世の中そう上手くはいかないんだよ!」

 世の中そう上手くは行かないんだよ!

 大事な事なので二度言いました。

「お兄様をおいしくいただくことは私の夢ですわ」

「少なくとも、レイラのツッコミは上手くはないわね」

「とてもひどい否定の言葉! 俺の心は不潔と言われたときより傷ついた!」

「……私たちは、レイラをイジるのに関しては、他の誰よりもおいしい立場にいる自信がある」

「それより、不潔と言われるよりツッコミが上手くないっていわれる方が傷つくって――」

 さんざん繰り返される俺、シア、キュルケ、タバサのボケとツッコミの押収。

 なのに締めたのは相変わらずワンテンポ遅れたフーケのツッコミだった。

 ちなみにギーシュはすでに置いてきぼりになっている。

「――君たちが非常に遠く感じるよ」

 そう呟くギーシュの目はとても遠くを見ていた。

 悶々とモンモンの事でも思い出しているのだろうか。

 まあ、俺たちには関係ないから良しとしよう。

 キュルケ達も普段のことからだいたい事情にも察しがついていたらしく、先ほどのやりとりも、俺をからかうために言っていたような側面が強いようだ。

 いつも通りの挨拶代わりのやりとりがようやく終わった。

 ――ということで……。

「さて、これで終わったみたいだし……証人尋問の始まりね」

 そう言うと、キュルケは俺たちに向かってウインクをした。



[27153] 空ってこんなに広かったっけ? そのろく
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/20 23:43
「さて、これからフーケさんに質問をしたいと思います――が、その前に二つ、言いたいことがあります」

 ところ変わって、現在の場所は俺が泊まっていた宿“風の館”。

 今夜に備えて、今日一日まったりしていたこの部屋で、質問会をする事になった。

 女神の杵は既に半壊状態。

 どう考えても、こちらで行うのが利口な手段だろう。

 そんなわけで、俺たちの目の前には縄で縛られたフーケが座り込んでいるわけだが――。

 とりあえず、いくつかツッコみたいことがある。

 どうしてもツッコまなければならない気がする事がある。

「まず一つ――何か足りなくないっすか?」

「お兄様から私への愛の言葉ですか?」

「違う。そんな物は元々ない」

「じゃあ私への愛の言葉?」

「キュルケ。お前は愛の言葉なんてもらった所で今更何とも思わないだろう。俺は意味のない物は与えない主義なんだ」

「随分と失礼な言われ様ね」

「……そうなると……ポッ」

「タバサ。貴様とそのようなフラグをたてた覚えは無い」

「……貴方の兄を力の限り叩いても良い?」

「今のは明らかにお兄様が悪いので許可いたしますわ」

 叩かれた。

 力の限り叩かれた。

 杖でのフルスイングで頭を殴られた。

「ちょっと待て! なぜ俺は今殴られた?」

「……それが分からないようなら、もう一階殴る必要がある」

「すいませんでした」

 杖を降りかぶるタバサ。

 頭を下げる俺。

 あれれ……タバサってこんなに暴力的だったっけ?

 これって、ルイズの仕事じゃ……。

「そうなると、残るは私への愛の言葉ね」

「いい加減そのネタを引っ張るのをやめろ!」

 俺はボディランゲージ全開でフーケに怒鳴った。

 ダメだこいつら……早く何とかしないと。

「それにしてもいきなり縛りって……随分と趣味が特殊なのね」

 と、これはフーケの言葉。

「お兄様! 私でしたらお兄様の趣味に百パーセント答えてみせますわ!」

「違う! これはお前を尋問するため、逃げないようにするために縛っているんだ!」

「なるほど、尋問する――というシチュエーションが好きなのね」

「黙れキュルケ! お前は火に油を注ぐな!」

「微熱の二つ名は伊達じゃないわよ」

「発火元になってもかまわないが、火をこれ以上大きくするな!」

「尋問――な、なかなかそそる話題じゃないかね君たち」

「ギーシュ! 変なところで反応するな!」

 なんだこいつは!

 今までまるで会話についてこれて無かったのに、いきなり参加してきやがった。

「仕方ないわよ。ギーシュはバカで変態だから」

「失敬な! 君たちはもう少し他人に敬意という物を持ったらどうなんだ!」

 激高するギーシュ。

 シアが、そんなギーシュの袖をくいくいと引いた。

「何だね! 君まで僕を愚弄するのかね?!」

 怒鳴り顔で振り返るギーシュ。

 シアは、こてんと首を傾げると、上目遣いでギーシュに聞いた。

「ギーシュさんはえっちなんですか?」

「否定したい! すごく否定したいが、この表情でこんな言い方をされたら、それも仕方ないかと思えてしまう!」

 自分の中の何かと闘うつもりなのか、叫ぶなり、ギーシュは部屋を飛びだして行ってしまった。

 その頬がキラリと光ったのは、きっとモンモランシーのための涙だろう。

 だけどそれ以上に、そんなギーシュから顔を背けるようにして振り返ったシアの顔が、印象に残って仕方ない。

 あの顔は間違いなくキラだった。

 新世界の神だった。

 その口が動くのがゆっくりと俺の目に映る。

「け、い、か、く、ど、お、り」

 ――間違いない。

 確信犯である。

「――あの子、間違いなく私より色気の使い方を知ってるわね」

「……レリスウェイクの驚異にそろそろ改名すべきか悩む」

 赤と青が隣でそんなことをうそぶいているが、まあ、否定できたもんじゃないな。

 そんなわけでまあ――また一人、減った。

 さて、改めて見渡してみよう。

 まず、俺の左隣にシア。

 右隣にはタバサ。

 向かい合うようにしてフーケ。

 フーケの後ろにキュルケ。

 飛びだしていったギーシュ。

 ――以上!

 うん、何かが足りない。

 主に、頭の上の重みと黒髪成分が。

「――というわけで、シエスタとフェリスは何処だ?」

 俺は周りを見回しながら聞いた。

 シエスタはともかく、フェリスはどうしたんだ?

 元々存在感が薄いとは言え、必要な存在だぞ。

 もふもふなんだぞ!

 ふっかふかであったかいんだぞ!

 俺の頭の上が寂しくて寂しくて仕方ない。

 あの独特の重みが……ふかふかが……。

「フェリスはともかく、あのメイドならダーリン達と一緒に行ったわよ」

 そう答えたのはキュルケ。

 俺は思わず反応する。

「フェリスはともかくとはなんだ! フェリスが主役だろうが! フェリスが一番重要だろうが!」

「……明らかにツッコミどころが違う」

 まったく、フェリスの重要性をこいつらは全く理解していない。

 あのもふもふが!

 あのもふもふが、どれだけ俺を癒していると!

「どうせ、愛想尽かして逃げたんじゃないの?」

「そんなことは無い! 俺のフェリスへの愛は無限大だ!」

「あなたからフェリスへの愛ではなく、フェリスからあなたへの愛が重要なのでは?」

「あれだけ安全地帯を提供しているのに嫌われる要素が見当たらない!」

「その安全地帯より遠い場所の方が安全な気がするのは私だけなのかしら」

「……“探知”」

「タバサ! 珍しく良い事を言った!」

「そうね。確かにあなたのお得意の“探知”ならフェリスの場所ぐらい分かるんじゃないの?」

「しかし、残念ながら、フェリスを探知しようとすると、ノイズのようなものが入って探知が出来ないんだ! 不っ思議ー!」

 何故か、最近は少しずつそのノイズが晴れる傾向にあるがな!

 具体的に言うなれば、何処にいるか全く分からなかったのが、ハルケギニアに居ることが分かるくらいにはなった。

 それでも、全く役に立たないことは変わりは無いが……。

 それでも、少しずつ晴れてきてるあたり、俺の愛の力の証明だろう。

 フェリス以外の、大抵のものだったら、すぐさま正確な場所が分かる探知だというのに……。

 やっぱり、俺のフェリスは只者じゃないというわけだな!

 飼い主として、誇りに思える。

「そこまでして姿を隠してるって――本当に嫌われたんじゃないの?」

「フェリスー! かむばーっく!」

「これは一種の中毒ね」

「……治療が必要」

 くそっ!

 俺が何をしたって言うんだ。

 俺は異常なまでの愛情を注いでいたはずだ。

 それが何でこんなにあっと言う間に――。

「――あ、お兄様。帰ってきましたわよ」

 そんなシアの言葉。

 俺は思わず入り口を振り返った。

 そこにはいつも通り、暢気にあくびをしている金色の抱き枕が!

 我が愛しのハニーが!

「――お兄様に一度で良いから俺のハニーって呼ばれたいですわ」

「遠い先の夢ね」

 シア達が何か言っているが、まるで耳に入らない。

 俺の視界は、フェリス一色だ。

 金色のふかふかが――俺を待っている!

 俺の愛情を感じ取ったのか、フェリスが毛を逆立てた。

 きっと奴なりの愛情表現なんだろう。

 ひどく鋭い目でこちらに熱いまなざしを送っている。

「独自解釈がひどいわね」

「……フェリスが抱いている感情は、間違いなく恐怖」

 ふらふらと夢遊病者のような足取りで俺が一歩近づくと、それにあわせて、フェリスも一歩下がった。

 フフフ……俺に会わせてくれるなんて。

 フェリス、俺たち、最高のパートナーみたいじゃないか!

 しかしこのままでは、距離は縮まらない。

 相性が良すぎるのも考え物だ。

 こうなったら、最終手段を使うしかない。

 俺は、軽くその場に屈んだ。

 その瞬間、俺の脚が鼓動する(かと思えるほど、足に力を込めた)。

 漲る力は大地を伝わり、翻って俺の身体をかけ巡った(かに思えた)。

 それらを脚に集め、俺は――力の限り宙を舞う!

「フェリスうううぅぅぅぅうううう!!!」

 叫ぶと同時。

 俺は跳ねた。

 フェリスとの距離。

 それを一瞬で詰めるかのような跳躍。

 それに合わせてフェリスも宙を舞った。

 ああ、やっぱり俺たちは気が合う――。

 そうして――俺は抱擁を果たすことなく、床に頭を打ちつけた。

 あれ?

 あれれ?

 どうやらお互いの飛ぶ高さが違ったらしい。

 やれやれ――フェリスったらお茶目さんだなあ。

 一方、フェリスは無事に俺の頭の上に着地すると、そのままいつも通りにぐでんと伸びた。

 フェリス、頭乗りバージョンである。

 抱擁には失敗した筈なのに、何故かやり遂げたような顔をしている気がするのは――きっと気のせいだろう。

 それにしても、帰ってきて良かった。

 下手に迷子とかになられても困るからな。

 さて、頭の上でまったりしているフェリスはとりあえずおいておくとして――だ。

 シエスタか……。

 才人に付いていったようだが……大丈夫だろうか?

 というか本来、そんな筋書きは無い。

 そもそも、ここまでついてくるのだって、俺が居たからこそのイレギュラーなんだ。

 あまり、下手に干渉して欲しくは無い。

 これから先に、彼女が干渉することで変化のあるストーリーなど、無いはずだからおそらくは大丈夫だろうが……。

 というより、ワルドさんもワルドさんだ。

 戦場ど真ん中に役立たずの女の子を一人連れていくなよ。

 どう考えても命が危ないだろうが。

 様々なフラグ回収はともかく――死んだりしないよな?

 おそらく、才人が帰るはずだったはずの船で、彼女も逃げてくれるだろう。

 俺にできるのは、そうやって願うことが限界だ。

 それでなくとも、彼女は命を投げ出すようなキャラじゃないしな。

 彼女のことは彼女に任せて――とりあえず、俺は当面の事に集中するとしよう。

 一応、明日の朝になったら、遠見の魔法で才人たちの様子を確認しておくか。

「さて――では二つ目。お前――」

「お兄様。お前ではなくシアですわ」

「――シア。そしてそこのキュルケとタバサ――お前等にこれは言いたい」

「なにかしら」

「……特に問題は見あたらない」

 すました顔でそんなことを言う二人。

 でもね――俺はさっきから非常にツッコみたいんだ。

 ツッコみたくて仕方がないんだ。

 ――ということで。

「お前ら! さっきから尋問だの拷問だの言う度に目を輝かせるのを止めろ!」

 そう、こいつら、さっきから目がキラッキラ光ってるの。

 俺の一挙一動を全く逃すつもりが無いの!

 何だってそんなに興味が沸くのか。

 正直、いやな予感しかしてこない。

 こいつら相手にまともな思考は命取りだ。

「貴重な、お兄様の好みのプレイの研究資料ですわ」

「俺の趣味はSMじゃない!」

「お兄様はきっと攻めですわよね」

「無理矢理話を進めるな!」

「私はどちらでも対応できるのでご安心を。この身体は、お兄様の好きにして良いですわよ」

「お前は俺に何を求めているんだ!」

「私への愛の言葉を」

「そんな予定はありません!」

 最近、妹の嗜好がだんだん危なくなってきている気がする。

 そろそろ、本格的に気をつけねば。

 さて、シアが終わったと思ったら今度はキュルケが声をかけてきた。

「だって、貴方がする攻めって興味があるじゃない」

「俺の趣味はSMじゃない!」

「どっちかって言うと私はレイラには誘い受けのイメージがあったけど、そう考えると、これもこれでありね」

「無理矢理話を進めるな!」

「とりあえず、さっさとやっちゃってよ。私たちは興味津々なんだから」

「お前は俺に何を求めているんだ!」

「極上の笑い」

「そんな予定はありません!」

 なんだこいつは!

 ここはもっと深刻になる場面じゃないのか?

 もっとディープでどよーんとした雰囲気じゃないのか?

 そこに笑いを求めろって――いや、確かに楽しいに越したことは無いけどさ。

「……携帯用ボンテージスーツは何処?」

「俺の趣味はSMじゃない!」

「……魔法を使ってあんなことやこんなことを……」

「無理矢理話を進めるな!」

「……テンションダウン」

「お前は俺に何を求めているんだ!」

「……地獄の苦しみ?」

「そんな予定はありません!」

 こいつもこいつで酷い。

 第一携帯用ボンテージって何だ!

 俺はそんな物を持ち歩くキャラに見られているのか?

 それに、求めているのが地獄の苦しみって……一度こいつは死んだ方が良いんじゃないのか?

「というか、同じ突っ込みを三回もさせるな!」

「私たちも、言葉選びに苦労したわ」

「異常なまでの労力の無駄遣い!」

「……仏の顔も三度まで?」

「タバサ! その言葉は三度目までは許されるという意味ではなく、三度目ではキレるという意味だからな!」

「……仏の顔をサンドイッチ」

「シッダールタ・ブッダ(仏様)にぶち殺されるぞ!」

 それか、その信者に。

 地球の科学力はお前等も十分知るところだろうが。

「つまりあんたは、これからあたしに散々卑猥なことをしようとしているわけだね」

「話は元の筋に戻ったけど、その変換は明らかにおかしい!」

 相変わらずワンテンポ遅れるフーケ。

 話の内容と話の筋を戻してくれたことでプラスマイナスゼロだ。

 貸し借りなしの帳消し。

「というかお前等――これから何をするか理解しているんだよな?」

 ジト目で部屋を見渡す俺に対して皆が一斉にうなずいた。

「公開SMプレイ!」

 とりあえず、全員の頭をはたいておく。

「むしろ、調教が必要なのはお前等だ!」

「……御託はいい。さっさと始めて」

「突っ込みを全否定された!」

「……前戯には興味がない」

「謝れ! 心行くまで、お前は俺に謝れ!」

「ダメよタバサ。これから行われるプレイはむしろその前戯なんだから」

「……さっさと始めて」

「お前等は部屋から出てけええぇぇぇえええ!!!」

 深夜のラ・ロシェールに、俺の悲鳴が響きわたった。











 閑話休題。

 とりあえず、シアたちを部屋から追い出した俺は、狭い部屋の中、フーケと向き合っていた。

 宿屋の一室。

 頭の上のフェリスを除けば、二人っきりの時間である。

 これがもし愛し合う二人だったら間違いなくイベントシーンなのだろうが、残念ながら、俺とフーケはそんな関係ではないので、そんなおもしろおかしなイベントはおこりゃしない。

 そんなわけで――だ。

 ようやく本題。

 やっとこさ腰を落ち着けて話せる環境になったため、特にロープで縛らずに、フーケには普通に椅子に座らせた。

 レディは丁重に。

 全世界共通の認識だ。

「――どういうつもりだい?」

 そして、椅子にに座ったフーケの第一声がこれだった。

 まあ、そりゃあいきなり縄を解かれたら驚くだろう。

 怪しむのが普通だ。

 だけどまあ、フーケを捕らえることに、俺はそれほどの興味を抱いてはいない。

 問題はたった一つ。

 彼女の持つ情報だ。

 そのためなら、こうして普通に話せるようにしてやった方が、向こうも気が楽だろう。

 そもそも、彼女にとってはきっと、それほど重要な情報でもない筈なんだ。

 お互い損のない取引き。

 さて、どうなることやら。

「まさか――あんたもこっち側の人間なのかい?」

「いやいや、まさか。俺はあくまで一般人で、レコンキスタにも所属していなけりゃ、王軍にも興味がない。ただの暢気な一学生でさあ」

 俺の言葉に、一層警戒を強める彼女。

「あんた……何でただの一学生がそんなことを知っているっていうんだい」

「じゃあ訂正。ちょっと普通よりも世間に詳しい学生かな」

 警戒するフーケと眠たげな目で笑う俺。

 一応言っておくと、今は深夜。

 流石に俺としても眠いのですよ。

 俺もテーブル越しに、彼女の向かいの席に座って肘をついた。

 フーケは、俺の言葉を聞いて眉をひそめる。

「じゃあ何だって縄を……」

「別に深い意味はないよ。俺としては、あなたに一つ訊きたいことがあるだけ。それに答えてくれさえすれば、あんたが逃げようがどうしようが――そんなのは知ったこっちゃない。そんな薄情な人間一号でござる」

「はん! あたしに仲間を売れってのかい? かまわないが、あたしはそんなに対した情報は……」

「いや、訊きたいのは今回のアルビオンに絡む事じゃないんですよ」

 そこで言葉を切ると、俺はまっすぐフーケをみた。

 さて――ここからが本題だ。

「あんたが盗み出した破壊の杖――あの情報を何処で訊いた?」

 フーケの瞳に影が差した気がしたのは、俺の勘違いだろうか?

 薄暗いランプが唯一の光源。

 強いて他をあげるなら、月明かり――その程度の暗い部屋の中。

 炎が揺れた。

 何かがぶれるような感覚。

 その影に――ノイズのようにも見えたそれに――俺は大して気を止めなかった。

 そしてフーケは――突然笑い声を上げた。

「あははは! 何を訊いてくるかと思ったら――あんたもずいぶんと変なことを訊くね!」

 そう言って笑うフーケ。

 俺は首を傾げた。

 俺は首を傾げ、そして――彼女の次の言葉に絶句することになる。











「破壊の杖っていったら――“超有名な宝物”じゃないかい! そんなこと平民だって知っているだろうさ!」










 ――はい?







 今、この人……何と言いました?

「――えっと、ごめん。もう一回いい?」

「だから、そんなこと平民でも知ってるって――」

「違う! その前だ!」

 ちょっと待て。

 俺のこめかみから嫌な汗が流れる。

 暑いわけではない。

 それは、聞いてはいけない言葉。

「破壊の杖っていったら――超有名な宝物だろ?」

 俺は思わず言葉を失った。

 何だ……。

 なんだこの状況は?

 俺は昼間、この町中の人間に訊いて回った。

 少なくとも、俺やアレイシアが知らなかったかといってレリスウェイクの常識はあてにならない。

 だが少なくとも――この町の人間は普通のはずだ。

 まともな常識のある人間のはずだ。

 そしてその人たちに訊いて回った結論は、間違いなく――そんな物は知らない。

 超有名な宝物なんかじゃ――そんなことは決して無い!

「……? どうしたんだい? 急に黙っちゃって――どこと無く顔色も――顔も悪いし」

「わざわざ言い直すな!」

「頭が悪い?」

「そこまで酷くはないはずだ!」

「性格が悪い」

「お前の方がよっぽどな!」

 まて、落ち着くんだ。

 冷静になれ。

 なんでそんなことになったんだ?

「もう一度訊くが――破壊の杖は有名なんだよな?」

「だからそうだって言ってるだろ」

 怪訝な表情のフーケ。

「俺は聞いたこと無かったが……」

「レリスウェイクでの常識をこっちに持ち込むんじゃないよ」

 そう言う、彼女の口調は、とうてい嘘を吐いているようには見えない。

 というよりも――それは、まるで俺の質問の意図が分かっていないような、そんな感じだ。

 一体これはどういうことなんだ?

 あいつ等が居なくなったとたんに――話が進み始めたとたんに漂う異様な空気。

 それは明らかすぎる――明確すぎる矛盾。

 謎なんてもんじゃない。

 そもそも、問題として成立すらしていない。

 双方が真実で、異なる――相反する真実。

 おそらく、町の人も、フーケも、嘘は吐いていない。

 それはつまり――。

「一体何だってんだよ」

 深い深い闇の中。

 俺は眉間を押さえてうめいた。

 回答なんか――ありゃしない。

 答えてくれる人なんて――いやしない。



[27153] 空ってこんなに広かったっけ? そのなな
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/21 22:35
 あれから、フーケはすぐさま逃げてった。

 杖を掴むなり、窓から身を踊らせるようにして。

 俺はそれを呆然と見送り――そして夜が明けた。

 フーケについて、キュルケ達は特に何かを言ってくる事は無かったが、むしろ、俺のことをやたらと心配してきた。

 心配されるほどに俺の表情は疲れていたのだろう。

 おそらくは、皆にいらない気遣いをさせてしまった。

 その点については、正直、悪かったと思っている。

 というより、失礼なことを言うのならば、むしろ、キュルケやタバサが、気遣いというものができるということに驚いていたり。

 しかしまあ……なんとも厄介なことになってきた。

 いや、厄介なことになってきているというよりは……、厄介なことが前面に浮き出てきたというか……。

 なんともいえない矛盾。

 メインストーリーの裏側を探っていたら、とんでもない事実に行き当たってしまった。

 藪をつついたら蛇どころか、虎が出てきたような、そんなどうしようもない感じ。

 いつもだったら、ここらで長々と考察を入れている時間だが――今日に限ってはその辺も勘弁してくれ。

 俺にだってコンディションの良し悪しがある。

 コンディションの良し悪しについての考察はまた後日――ということで。

 さて、そんなどうしようもない状況であっても、時間は進む。

 暢気にまったりと――世界は回る。

 この案件については次回に持ち越し。

 長々と考えていくことにしよう。

 それよりも――だ。

「おいおい――そりゃねえだろ」

 ひねり出したのは心からのつぶやき――というよりは、訴え。

 俺が何に愕然としたか。

 それは実に単純だ。

 単純というよりは――当然。

 今更ながら、自分の認識の甘さが嫌になる。

 何だって、こんな事が思い浮かばないのか――なぜ考慮に入れなかったのかと、本気で考えてしまう。

 それは俺が見ている先。

 遠見の魔法が映す光景。

 そう――そこには才人たちが居た。

 才人とルイズとワルドと――そしてシエスタ。

 彼らは――アルビオンの港に到着していた。

 つまり、彼らは出会わなかったのだ。

 アルビオン近辺の空を滑空していた船に。

 アルビオン皇太子――ウェールズの乗った船に出会うことなく、彼らは本来の予定通りに航海を終えてしまったのだ。

 そりゃそうだ、というより、当たり前だ。

 そもそもが、広い空の上。

 一隻だけで滑空している戦艦に出会う確立なんて――それも、空賊に扮した王族の戦艦に出会う確立なんて――考えるまでもなく低い確立だ。

 むしろ、原作で彼らが出合ったこと。

 それが運命なのではないか?

 運命に導かれた、空前絶後、まるで綱渡りのような展開。

 そんな流れで、彼らはハッピーエンドにたどり着いていたわけだ。

 運命を味方につけた――、言わば、なるべくして主人公になった存在。

 それが彼らだったのだ。

 そして――そこに介入した俺という存在。

 そこで、俺は改めて昨晩の事を思い出してみれば、なるほど、筋が通る。

 俺は昨晩――才人に先を急ぐように言った。

 屋根の上から俺が指示し、それに従う才人。

 その光景ははっきりと覚えている。

 はっきりと覚えているからこそ――はっきりとわかる。

 これは俺が原因だ。

 俺が介入したのが原因で、彼らは本来の道筋から外れた。

 改めてカンペに書かれていた内容を思い出してみればそう――、一日。

 つまりは明日にはレコンキスタは城に一斉攻撃を仕掛けるだろう。

 これは、絡む余地のない自称。

 どうしようもない現実。

 だから今更どうにかする事はできないだろう。

 そして――才人たちはそれまでに手紙を手に入れなければならない。

 それまでに城に行って、話をして、納得させて、手紙を返してもらって、無事に帰らなければならない。

「いや、無理だろ」

 浮遊大陸とはいえ、腐っても大陸だ。

 その距離は並大抵のものではない。

 それこそ、トリステインを横断したような道筋をもう一度たどらなければならないのだ。

 しかも、今回は敵陣の――戦場のど真ん中。

 トリステインのように、まともな道なんてありゃしない。

 そんな中をどうやって進むというのだ。

 それこそ、電車や新幹線、車、あるいは船がなければ――。

「――あれ?」

 そこまで考えて――、俺の中で何かが引っかかった。

 それは、大したことのない様で、だけど奥歯に挟まった小骨のように、ちくちくする。

 ちょこっと感じた引っかかり。

 それを必死にサルベージするべく、俺は思考する。

 深く深く――思考の海に潜っていく。

 電車、新幹線、車――。

 それらは、地球における長距離移動の乗り物の代表だ。

 長距離旅行。

 待て、地球における長距離旅行の乗り物はそれだけか?

 地球で日本からアメリカに行くときはどうしていた?

 わざわざ船で行っていたか?

 そんな遅い手段を使っていたか?

「ねえ、そろそろ落ち着いた?」

 キュルケの気遣うような声と共に部屋のドアが開けられる。

「お兄様――大丈夫ですか?」

「……上を向いて歩こう」

 タバサとシアも居るらしいが――しかし、そんな事に気を使っている余裕などない。

 俺は身を乗り出すようにして窓の外を見た。

 そこにあるのは、重なってひとつになった月と――そして広がる大きな空。

「そうか――空だ」

 俺は虚ろげな声で呟いた。

 そしてゆっくりと自分の手を見下ろす。

 そうか――そうだ。

 俺には翼があるじゃないか!

 誰にも負けない――絶対の自信を持てる翼が!

 俺には、戦う力も無ければ、たくさんの魔法を使う知識も無い。

 タバサのようにたくさんの戦場を潜り抜けてきたわけでも、キュルケのように高度な魔法を使えるわけでも、シアのように特殊な連金ができるわけでもない。

 だけど。

 だけど俺には――。

 誰よりも早く飛べる翼がある!

「俺の責任だ」

 俺はそれを自覚した。

 それは間違いない。

「俺のせいで、世界は狂った」

 俺の責任で世界は乱れ、ハッピーエンドから遠のいた。

 まずはそれを認める事からはじめよう。

 それを認めて、それを感じ、真剣に考えよう。

 それからだ。

 責任をこの背中に背負い――確かな覚悟を持とう。

「だから――この責任は俺が取る!」

 そしてその覚悟と共に、俺も成長しよう!

 成長して、納得をしよう。

 全てを吸収して、後悔しない生き方にしよう。

 他人の責任を全部背負うとか、そんな聖人気取りなことを言うわけじゃない。

 あくまで自分の物は自分の物。

 他人のものまで引き受けられるほど、俺はできた人間じゃない。

 それでも――。

 それだからこそ!

 自分がやらなきゃいけないものは、しっかりとやる。

 自分にしかできないものをこなしてみせる!

 後から、納得できる自分の姿。

 自分で自分を第三者視点から見て、正しいと思える自分の姿。

 それが俺のあるべき姿だ!











 ――パチリ









 また、何かが外れた気がした。

 はっきりとはわからない。

 ただなんとなく――漠然と。

 それこそ、虫の知らせというのか何なのか。

 その辺ははっきりとはしないが、結論だけははっきりしている。

 今、何かが変わった。

 とたん、頭の中がクリアになる。

 一気に思考が加速する。

 今までとは違う何かが、頭の中に浮かぶ。

 ――まただ。

 またこれだ。

 前にこれがあったのはいつだったっけ?

 そう、フーケ退治のときだ。

 フーケを待ち構えている時に、茂みの中でこの状態になったんだ。

 この不思議な感じ。

 力が――物理的ではない、元気のもとみたいなのが体の中からあふれてくる感じ。

 それこそ――まるで足りなかった何かを取り戻したような。

 あるべき感情――責任感というそれを、取り戻したかのような。

 いったい何なんだ?

 この間と今回の共通点は――。

「レイラ!」

 そんな俺の思考は、鋭いキュルケの叫びで中断させられる事になる。



[27153] 空ってこんなに広かったっけ? そのはち
Name: 柳城寺 蛍◆c99426ab ID:a424e81c
Date: 2011/04/21 22:35
「え?」

 いつの間にだろう?

 ぼんやりとしていた俺の体は窓の桟を乗り越えてしまっていた。

 ゆっくりと体が傾く。

 慌てて振り回す俺の手が、空をかいた。

 あれ――?

 あれれ――?

 遠ざかる窓。

 そういえば、俺たちが泊まった部屋は三階だったっけ。

 落ちながらそんな事を思う。

 また、その一方では才人たちの事を考え、また別の部分ではフーケ事件の事を考えている。

 今までとは違う、加速する思考。

 その思考の一端でふと思う。

 ああ、そういえば空ってこんなに広かったっけ。

 青く広がる空。

 そこを目指せば何処までもいける。

 今の俺は落ちているわけだが、もしも飛べたならば、それは素晴らしい事だろう。

 特に、この青空は素晴らしい。

 澄み渡った空。

 前世で死んだときは、雨のせいで曇っていた。

 しとしとと降る雨と、そして何よりも雨とは違う、暖かい水滴。

 俺の顔に滴り落ちるそれの発生源。

 くしゃくしゃに泣いた顔の幼馴染を、俺は見ていた。

 ――見ていた?

 ――そうだ、俺は確か、その幼馴染を見ていた筈だ。

 確かに俺はあの時、幼馴染を見ていたんだ。

 死にそうになりながら、俺はぐしゃぐしゃに歪む幼馴染の顔を、見ていたのを覚えている。

 消えそうな命の中、それを見て何かを感じていたはずだ。

 そう、あの時、俺は記憶に焼き付けるように、幼馴染の顔を見ていたはずなんだ!

 ――これもまただ。

 何なんだ?

 俺は近づく地面を感じながら思索する。

 何で――。

 何で今まで――







 ――それを忘れていたんだろう。







 全身に鳥肌がたった。

 眉間に皺がよった。

 何だっていうんだ?

 これらの以上はいったい、何を意味しているんだ?

 ただ単に俺の記憶があいまいだった。

 それだけで収めるには、いろいろと足りない情報が多すぎる。

「レビテーション!」

 慌てていたのだろう。

 そう唱えたシアの言葉が荒くなっていた。

 俺は背中からゆっくりと地面に着地する。

 ――助かった。

 どうやら助かったらしい。

 助かったらしいが――それよりも今は先ほどの問題だ。

 あれらは一体――。

「レイラ! 何してんの!」

 そんな俺の思考は、窓から飛び降りてきたキュルケによって遮られた。

 窓枠から身を乗り出す赤い影。

 宙を舞う、火の粉のごとき髪がふわりと広がる。

 俺と同様、レビテーションで着地したキュルケは――そのままの勢いで俺の頬を叩いた。

「……えっと――はえ?」

 呆然とする俺。

 他、ギーシュ含む三人も、同様に降りてくるのを視界の隅で確認しながら、俺は叩かれた頬をさすっていた。

 えっと、どういうこと?

 混乱する俺。

 キュルケは、そんな俺の胸倉を掴むと、自分のもとに引き寄せ怒鳴る。

「あんたが言ったんでしょうが!」

「――はい?」

「あんたが命を大事にしろっていったんでしょうが! あんたが私たちをここまで引っ張ってきたんでしょうが! あんたが私たちを集めたんでしょうが! なのになんで……なんであんたが真っ先に死のうとしてるのよ!」

 激昂するキュルケ。

 それは微熱なんかじゃない。

 もっと熱いものに俺は感じた。

 もっと熱くて、迫力のあるもの。

 有り余る迫力のキュルケなのだが――悪いが俺には状況が理解できない。

 彼女は一体なんでこんなにも怒っているのでしょう?

 掴みあげられた胸元が苦しい。

 正直、怒るような理由が見当たらないのですが――。

「あんたが死んだら! 残された私たちはどうしろっていうのよ!」

「ちょっと待て、何か前提がおかしい気がするぞ」

「へ……?」

 涙目で語る彼女との距離は数サント。

 今にも鼻と鼻の先端がくっつきそうな距離。

 超至近距離で見詰め合う二人。

 数刻――時間が停止した。

 慌てたようにキュルケは飛びのくと、裾をはらって軽く体裁を整えた。

 その一方で、俺はようやく解放された事により、楽になった呼吸を満喫する。

 ああ、空気って素晴らしい。

 酸素は生きるのに必要だ。

「前提って――何がおかしいの?」

 そんな俺に投げかけられるのは、キュルケの疑問の言葉。

 ようやく呼吸が戻った頃を見計らい、俺はそれに答えた。

「そもそも、俺は死のうとなんてしちゃ居ないぞ」

「え? だってさっき『責任は俺が取る』って言って杖も持たずに窓から――」

「……ああ――はいはい、理解した。ようやく理解しました」

 俺は視線を横にずらしながらため息混じりに言う。

 なるほど、確かにそう見えるな。

 あの状況を客観的に見たら――確かに自殺をしようとした様に見えるだろう。

 もともとテンションが落ち込んでいたんだ。

 より一層そう見えてもおかしくは無い。

 というより、それが普通か……。

「いや、そうじゃないよ。ただ単に、ひらめいて空を見上げたんだけれど、その拍子にミスって転落しただけ」

「どっちにしろ危ないじゃない!」

「だが、そこに俺の意思が有るか無いかは大きな違いだ」

「大した問題じゃないわよ!」

「……“俺の意思”という言葉を“杖”に置き換えるととたんに大きな違いになる不思議」

「確かにそれは大きな違いね!」

 いつの間にか隣に来ていたタバサたちも加わり、これでいつもの面子が集まった。

 タバサたちと一緒に飛び降りたのだろう、フェリスも俺の頭の上に乗っている。

 俺の槍もシアが持ってきてくれた。

 進路不都合なし。

 視界良好!

 離陸準備オッケー!

 全てが集まった俺たちに敵は無い!

 ――と。

「それよりだ!」

 俺は切り返すように叫んだ。

 いつも通りの雑談に入りつつあった皆がこちらを見る。

 そんな暢気な雑談とか、そんなもの以前に解決すべき問題があった!

 俺は空の彼方を見る。

 そこに居るだろう、虚無の担い手達を見る。

「ルイズたちが危ない!」

 俺の一言でその場に居た全員の表情が引き締まった。

 タバサにいたっては、即座に行動できるようシルフィードを既に呼んでいる。

 まったく……。

 まったく、こいつらはこういうところでは気が利きすぎて困るな。

「ヴァリエールたちがって……どこでそんな事知ったの?」

 キュルケの質問。

「遠見の魔法だ」

「遠見の魔法って――どれだけ離れていると思っているの!」

「とりあえず、今はできると仮定して話を進めてくれ!」

 俺はその場に居る全員を見た。

 シア、タバサ、キュルケ、ギーシュ。

 さて、どう動くべきか――。

「キュルケ、ウェールズ皇太子と話した事はあるか?」

「ウェールズ皇太子? うーん、パーティで何回か話した事はあるけれど……あんまり印象には……」

「オーケー、あるんだな!」

 よし!

 これで決まった。

「シア、ギーシュ、タバサは今すぐシルフィードでアルビオンの港に向かって、ルイズたちを探してくれ! 手紙はレイラが持ってるって言えば通じるはずだ」

「……わかった」

 無表情のままうなずくタバサ。

「お兄様の頼みなら、必ずこなしてみせますわ!」

 ぱちりとウインクを決めながら言うシア。

「うむ――よく分からないが、とりあえず僕は彼女達と行けばいいのだね?」

「ああ、その際に、ギーシュの使い間をつれてってやってくれ」

 あいつが居ないと、ルイズたちの居場所が分からないだろうからな――。

「ヴェルダンテを連れてっても良いのかい!?」

 目をきらきらとさせて言うギーシュ。

 ――よっぽどうれしいんだな。

 その場に居た全員の目が若干細くなった。

 何故か、タバサとキュルケのギーシュを見る目が、フェリスを愛するときの俺を見る目とどこか似ている気がするが……気のせいだろう。

「ああ、ヴェルダンテならルイズが身に着けている水のルビーの場所が分かるだろう?」

「なるほど。ならばルイズの居場所については僕に任せてくれ!」

 仕事らしい仕事が出来るのがうれしいのか、胸を張るギーシュ。

「それじゃ、私はどうするの?」

 そう言うキュルケに、俺はにやりと笑った。

「高速の世界を体験させてやる」











 俺は槍(何度でも言うが、俺はこれを杖とは認めない)を掲げると念じた。

 空を飛ぶ姿を。

 華麗に舞う自分を。

 そして、空を舞う白き存在を。

 俺の周りに光の粒が舞う。

 それらは波打ち、鼓動し、渦巻いた。

「……綺麗」

 そう呟いたのは誰だろう。

 確かに、そこにあるのはある種幻想的な光景。

 光を使ったお遊び。

 本来、この魔法にそんなものは必要ない。

 しかし、俺には必要な魔法。

 粒子はやがてゆっくりと速度を緩めると、特定の形に集まりだす。

 それは俺の背中を本として、ゆっくりと左右に広がるようにしてその羽を茂らす。

 まるで樹木のように、ゆっくりと繁るそれを、誰もが黙って見ていた。

 太陽の光を浴びて白く輝く翼。

 俺はゆっくりと目を開ける。

 視線を左右に送れば、そこには綺麗に白い羽が生えていた。

「レイラ……それは……」

 呆然とつぶやくキュルケ。

 彼女に笑いかけながら俺は言う。

「これが、俺の――白翼のレイラのフライだ」

「え? だって確かレイラはフライが出来ないって……」

「そりゃ、こんな羽をみんなの前で見せられるわけないだろ」

 苦笑交じりに言う俺。

 その場に居た皆が、何故か苦笑交じりにうなづいていた。

「さて、じゃあ、キュルケは俺の背中に乗ってくれ」

「ちょ、ちょっと待って。そしたら羽が……」

「ああ気にすんな。これ、飾りだから」

 この世界の根幹はイメージ。

 あくまで、そのイメージに必要なだけだから、別に本当に飛ぶのに必要が無くても問題ナッシング!

「……実体が無い」

 俺の羽を触ろうとしたタバサの手が、虚空を描いていた。

 それを見て納得したのか、キュルケが俺の背中に負ぶさる。

「タバサたちは、ルイズたちと合流したらすぐさま、アルビオンを離脱。トリステイン城で合流しよう」

 そう言うと、俺は空を見上げた。

 遠すぎて見えないが、そこにあるはずのアルビオン。

 目指すべきものを見据え、俺は羽に力をこめる

 さて、それじゃあ――。

「じゃあ皆、また会おう!」

 キュルケを乗せて、俺は空に飛び出した。











******************************



――語られない物語――必然だったバグ。





 彼は、突然立ち上がった炎に足を止めた。

 炎は一瞬にしてある程度の距離を置いて彼を囲み、彼の進路を塞ぐ。

 それはある種決闘場の様。

 豪炎巻き上がるリングの上、仮面を付けた男は呟いた。

「――誰だ?」

 ――しばしの沈黙。

 パチパチと燃える物もなしに、炎が音を放つ。

 すると不意に――その言葉に応えるようにして、建物の陰から人影が現れた

 それは一糸まとわぬ裸の少女。

 金色の髪が炎に揺れ、彼女の身体に妖艶な陰を作り出す。

「ごめんね。ちょっと家族間の掟――というより、とある人との約束で、話の流れをぶち壊さなきゃならないんだ」

 そう言って、彼女は肩を竦めた。

「いやね、君には悪いとは思うよ。そもそも、本来はこんな事しなくたって良いんだよね。っていうかしてはいけないことだし、ボクだってめんどくさくてしたくないよ。わかる、この気持ち? だけど約束なんだよねぇ。実に面倒で、カッタるくって仕方がないけれどさ、ボクだって呼び出されちゃったし――、何より、彼が目覚めかけているんだ。ちょっと、これは面倒でもやらなきゃならないんだよ」

 バカにしているわけではない。

 おそらく、彼女なりの何かがあった上でそうしているのがわかる。

 しかし、それがわかったところで――彼女の言っていることがそもそも分からない。

「ボクの言っていることが分からないって顔をしているね。うん、そうだろう。そうでなければおかしい。そもそも、いち、登場人物たる君がこんなことを知っていたらおかしいんだから。だから、君には理解できないはずだし理解する必要もない。むしろ、君は知るべきじゃないんだ」

 全てを見透かしたような彼女の言葉。

 まるで手の内が全て知られているかのような不快感に、仮面の男は思わず舌打ちをする。

「――貴様は誰だ?」

 仮面の男は杖を抜きながら言った。

 その切っ先が裸の少女を指す。

 少女はあっさりとした笑みを浮かべながら答えた。

「ボクの名前かい? そうだね――いろいろと呼ばれているよ。九代目だとか、化け物とか、ゴンとか――、そうだね、最近はこう呼ばれることが多いかな」

 少女は手を掲げた。

 圧倒的なまでの力が彼女に集う。

 それは人間の魔法とは違う力。

 この世界では“先住”と呼ばれ、忌み嫌われる力。

 しかし、ただの人間たる彼には、その力の強大さを知る術はない。

 知る術もなければ、知る猶予もない。

「最近は、いろんな人から――フェリスって呼ばれるね」

 燃え盛る炎によって、仮面の男が消えるまで――そう時間はかからなかった。


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