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[25752] 犬夜叉(憑依)
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/02/07 09:05
犬夜叉の憑依物です。

チラシの裏より移動してきました。

初投稿なのでよろしくお願いします。



[25752] 第一話 「CHANGE THE WORLD」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 21:03
第一話 「CHANGE THE WORLD」

「ここか。」

一人の少年が神社の境内へ続く階段の前でつぶやいた。
彼は今年十四歳になったばかりの中学二年生。特にこれといった特技もない平凡な少年である。
正月や祭り、信心深いわけでもない彼が神社に訪れたのはある願いを掛けるためだった。
それは「彼女が欲しい」という願いだった。彼がこんな願いを抱くようになったのは単に
周りの知り合いが次々に色恋沙汰に興味を持ち始めたことが原因といえる。
思春期ということもあり今、彼のクラスはそういった話でもちきりなのだ。
彼女が欲しいが学校の女子に話しかける、遊びに誘うなどのアプローチも恥ずかしさが勝りできない。そこで彼は偶然耳にした恋愛が成就するご利益があるという神社に訪れたのだった。

(誰もいないよな。)

キョロキョロと周りを伺いながら階段を登る姿はどこからどう見ても不審者にしか見えなかった。
そして階段を登りきり境内に入った瞬間、彼は体に違和感を覚えた。

(なんだ?これ?)

初めて来た場所のはずなのに何度も来ているような既視感。
辺りを見渡すと一本の大きな木が目に止まった。それは樹齢百年を優に超えるであろう御神木だった。

(俺はこの木を知っている・・・?)
何かに引かれるように御神木に近づく。そして御神木に手が触れたその瞬間、少年の意識は途絶えた。



「ハァッ…ハァッ…!」
夜の暗闇の森をひたすらに走る少女がいた。

彼女の名前は日暮かごめ。
彼女は今年十五歳になったばかりの中学三年生。特にこれといった特技もない平凡な少女だった……今日この日までは。

「四魂の玉をよこせえええ!」
かごめを追っているのは女の上半身、ムカデの下半身を持っている百足上臈(むかでじょうろう)と呼ばれる妖怪だ。体長十メートル以上あるであろうその姿はこの世のものとは思えないおぞましさがある。

「私はそんなもの持ってないわ!」
かごめはそう言い返すも百足上臈はおかまいなしにかごめに襲いかかる。

「きゃっ!」
間一髪のところで百足上臈の攻撃を屈んで躱す。

(このままじゃ殺されちゃう……!)
逃げようと向いた先には昼間見た少年が矢によって貼り付けにされた木があった。
しかし、昼間とは違う点があった。

少年が目覚めていたのだ。


少年が目を覚ますと目の前には夜の森が広がっていた。

(何だ…?俺は確か神社に願い事をしに来ていたはず…。)
昼間からいきなり夜になっていることに驚く少年。しかし更なる驚愕に襲われる。
自分の胸に矢が刺さっているのだ。

「うわぁぁぁっ! !」
思わず悲鳴を上げる少年。自分が尋常ではない状況に置かれていることを認識した少年はなんとか矢を抜こうと試みる。そこで初めて自分の体が全く動かないことに気づいた。
混乱が続く中更なる異常が起こる。


「犬夜叉」 「桔梗」 「封印」 「破魔の矢」
頭のなかに自分の全く知らない知識、記憶が浮かんでくるのだ。

(五十年前に桔梗に封印された?なんで?四魂の玉?一体何なんだ!?)
つぎつぎに起こる異常の中で少年はついに自分の身体が「犬夜叉」になっていることに気づく。

(この封印を解くにはどうすればいい!?)
そう考えていたとき…

「きゃっ!」
少女の悲鳴が響いた。

少年と少女の目が合う。
その瞬間、少年は少女が「日暮かごめ」であることを理解した。

少年とかごめが見つめ合った僅かな隙を狙い百足上臈がかごめに襲いかかった。

百足上臈がかごめの脇腹に噛みつく。そしてがごめの体の中から四魂の玉が飛び出す。

「かごめっ!!」
少年が叫ぶ。

「なんで…私の名前…。」
「そんなことはどうでもいい! 早く逃げろ!」
しかし百足上臈の体がかごめを犬夜叉が封印されている木にくくり付けてしまう。

「ついに手に入れたぞ…四魂の玉。」
四魂の玉を飲み込んだことで百足上臈が変化をし始める。
さらに強い力でかごめと少年は締め付けられる。

「うぅ。」
かごめの顔が苦痛に歪む。

「かごめ! 俺の胸の矢を抜け!」
「え?」

「抜いてはならん!」
村から追いかけてきた楓がそれを静止する。

「その矢は犬夜叉の封印…そやつを自由にさせてはならん!」
「このままじゃかごめが死んじまうだろうが!」
少年が言い返す。

「早く抜け! かごめ!」
次々に起こる事態にかごめも我慢の限界だった。

「みんな好き勝手言って…抜けばいいんでしょー! !」
かごめが掴んだ矢が光り砂のように消えた

この瞬間、五十年の封印は解かれた。

「ふんっ!」
少年が体に力を入れると百足上臈の締め付けが弱まった。

「凄い…。」
かごめが拘束から解放される。しかし一番驚いているのは少年自身だった。

(なんて力だ…!)
少年は自分の身体から溢れる力に恐怖すら感じた。

「おのれええ!」
百足上臈が少年を噛み殺そうと迫る。

「うわっ!」
とっさに少年は後ろに飛び退いたが勢いがありすぎたため遙か後方の木に激突してしまった。

「なにしてるのよ!」
「くっ!」
(上手く力を加減できない。)
尚も追撃してくる百足上臈。なんとか逃げ続ける少年。

「早くやっつけてよ!」
「やかましい!黙って見てろ!」
犬夜叉の記憶の中から攻撃方法を思い出す。
手に力を込め、飛びかかる。

「散魂鉄爪!!」
凄まじい斬撃が地面に爪痕を残すも百足上臈には命中しない。

「ちくしょう!」
「なんだ威勢だけかい。」
百足上臈は恐るるに足らないと判断し、止めを刺そうと犬夜叉に向かっていく。
そしてついに犬夜叉は百足上臈に捕まってしまった。

「このまま絞め殺してやる。」
百足上臈が力を込めようとしたその瞬間、

「散魂…鉄爪!!」
百足上臈の体が粉々に砕け散った。

「あれなら避けれねぇだろ。」
肩で息をしながらも安堵する少年。しかし

「油断するな犬夜叉。まだ終わっておらん!」
楓が少年に忠告する。

「何っ!?」
周りを見ると百足上臈の残骸が元に戻ろうと動き始めていた。

(四魂の玉をなんとかしないと何度でも再生しちまう…。)

少年はかごめに向かって叫んだ。
「かごめ!四魂の玉はどこだ!?」


「え?何?」
何のことだか分からず混乱するかごめ。

「光る肉片は見えるか?」
楓に言われ、光る肉片を探すかごめ。

「あった、あそこ!」
そしてかごめは一つの肉片を指差す。

「そこか!」
少年がその肉片から四魂の玉を抜き出すと百足上臈の肉片は消滅していった。

(これが四魂の玉……。)
自分の手のひらにある四魂の玉を見つめる。見る者を魅了するなにかがある不思議な玉だった。そのまま奇妙な感覚に囚われかけたとき

「いかん!」
このままでは犬夜叉に四魂の玉を奪われてしまうと思った楓が言霊の念珠を犬夜叉の首にかけた。

「なっ……!」
自分にかけられたものが何であるか思い出した少年は戦慄した。

「ふざけるな!これをはずせ!」
走り出し楓に詰めよる少年。襲われると勘違いした楓はさらに続ける。

「かごめ、魂鎮めの言霊を!」
「え?何?」
聞いたことのない言葉に戸惑うかごめ。

「なんでもいい、犬夜叉を鎮める言葉を!」
「じ、じゃあ…。」
かごめは「鎮める」と犬夜叉の「犬」からある1つの言葉を連想する。

「ま、待て…!」
少年はこれから自分がどうなるかを直感し止めさせようとするが、

「おすわり」

その瞬間、森はなにかが地面に落ちるような大きな音に包まれた。

これが少年とかごめの初めての出会いだった。



[25752] 第二話 「予定調和」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 21:08
「つまりお主はかごめと同じ世界から来たということか。」

「そうだ。」
楓の言葉に少年が答える。

ここは楓の家の中。百足上臈を倒した後かごめの手当てをするために移動してきた。今は手当も終わり状況を説明し合っている最中だ。

「にわかには信じ難いが先ほどの戦いとかごめとの会話から信じるしかあるまい。」
少年は先ほどかごめに現代の一般常識についていくつか質問されたがその全てに正答していた。

「分かったんなら早くこの念珠を外してくれ。」
少年は首の念珠を掴みながら楓に詰め寄る。

「済まないがその念珠は特殊でな。簡単に外すことができんのだ。」
楓が申し訳なさそうに答えた。

「くっ……。」
悔しように呻く少年。

「別にいいじゃない、あたしがおすわりって言わなければいいんでしょ。」
かごめがそう言った瞬間、少年は床に這い蹲った。

「あ、ごめん。今の無し。」
(こいつ……。)
少年は何とかして念珠を外してやると心に誓った。

「しかし記憶喪失とは…。」
「本当に思い出せないの?」
「ああ、さっぱりだ。」
少年は自分が十四歳の中学二年生であること、神社を訪れた時に意識が途切れたことは覚えていたがそれ以外の名前や生まれなど自分に関わることを全くといっていいほど覚えていなかった。

「じゃあ記憶が戻るまでは犬夜叉って呼んでもいい?」
「好きにしてくれ。」
どうでもよさげに犬夜叉は答えた。

続けて犬夜叉は自分に知るはずのない知識や記憶が断片的にあることを二人に説明した。

「四魂の玉や桔梗ねえさまのことを知っているのはまだ分かるがなぜかごめのことまで…。」
かごめは昨日この世界に来たばかり。犬夜叉の身体がその記憶を持っているはずはない。

「お主が未来から来たことに何か関係があるのかもしれんな。」
楓の言葉を聞きながら犬夜叉は自分の記憶に不安を覚えていた。

「私のことも何か知ってるの?」
犬夜叉が未来の記憶を持っているということを知り興味が沸いたのかかごめが質問をしてきた。

「確か……桔梗の生まれ変わりだったはず……。」
犬夜叉はかごめに関する断片的な記憶を思い出しながら答えた。

「桔梗?」
それはかごめも昨日何度か耳にした名前だった。

「やはりそうか。姿形、神通力だけでなく四魂の玉を持っていた事が何よりの証。」
楓が犬夜叉の言葉にうなずきながら続けた。

「その桔梗ってどんな人だったの?」

「私の姉でな。この村で巫女をしておった。弓矢の名手でもあった。」

「巫女……弓矢……。」
現代では聞き慣れない単語にかごめは自分が戦国時代に迷い込んでしまったことを再認識した。その不安からさらに質問を続ける。

「ねぇ、私がこれからどうなるか知ってるの?」
そんなかごめの様子に気づくこともなく犬夜叉は答える。

「確か犬夜叉と旅を続けて……。」
言いながら具体的な内容が思い出せない犬夜叉は最後に覚えていることを口にした。

「最後には結婚してたはず……。」

その瞬間二人の間の空気が凍った。

「なんで私があんたと結婚しなきゃいけないのよ!」
かごめが怒涛の勢いで犬夜叉に詰め寄った。

「だから俺のことじゃねぇ!」
犬夜叉としてはただ覚えていることを口に出しただけなのに責められ困惑するしかなかった。

「だいたい私まだ十五歳なのよ!そんな早くに結婚するわけないでしょ!」
「俺だって十四歳だ!」
その後も二人の言い争いは続き

「それぐらいにせんか二人とも…。」
楓が仲裁に入ろうとしたその瞬間、何か黒いものが部屋の中に飛び込んできた。

「きゃっ!」
黒いカラスのような鳥がかごめの首にかけられていた四魂の玉を奪い去った。

「四魂の玉が…!」
かごめが叫ぶも鳥は飛び去って行ってしまった。

「あれは屍舞鳥!四魂の玉を狙っておったのか。」

「屍舞鳥?」
かごめが尋ねる。

「屍舞鳥は人間をエサにしておる。四魂の玉の力で変化すれば大変なことになってしまう!」

「ちくしょうっ!待ちやがれ!」
犬夜叉は屍舞鳥の後を追い家を飛び出した。
屍舞鳥は村の外に向かって飛び去ろうとしていた。

「逃してたまるか!」
犬夜叉は目にも止まらぬ速さで屍舞鳥に追いつき飛び上がった。

「散魂鉄爪! !」
犬夜叉の爪が屍舞鳥を引き裂こうとするも易々と避けられてしまう。

(なんで当たらねぇんだ!?)
犬夜叉はうまく体が使えないことに苛立つ。
しかし今まで普通の人間だった少年がいきなり半妖の体になり、戦闘経験もないのだから無理もないことだった。

犬夜叉が手こずっている間にも四魂のカケラを取り込んだ屍舞鳥が変化を始め巨大化していく。
そして逃げる必要が無くなったと判断したのかエサを求めて村の方へ戻って行った。

「くそっ!」
犬夜叉も急いでその後を追った。


村は変化した屍舞鳥に襲われ大混乱に陥っていた。

「犬夜叉!」
かごめの声に立ち止まる犬夜叉。見るとかごめは先ほどとは違い弓と矢を持っていた。

「その弓は?」

「楓婆ちゃんから借りてきたの。さっき私は桔梗って人の生まれ変わりだって言ってたでしょ。だったら弓矢もうまく使えるはずだって。」
自信満々に答えるかごめに何か言ってやろうと考えていたその時

「あっ子供が!」
村の子供が屍舞鳥によって連れ去られようとしていた。

「くそっ!」
犬夜叉は子供を助ける為に飛びかかった。
子供を捕まえていたからなのか何とか屍舞鳥から子供を取り返すことができた。
しかし獲物を奪われた屍舞鳥は凄まじい速度で襲いかかってきた。

(まずいっ!)
子供を護る為に咄嗟に身を盾にする犬夜叉。その時、

「危ないっ! !」
かごめが犬夜叉達を助けようと弓を放った。

(これは……!)
犬夜叉はその光景に強い既視感を感じた。
矢は屍舞鳥の体に命中しそして同時に四魂の玉を打ち砕いた。
その瞬間、空は光に包まれいくつもの光の欠片が散っていった。

「あれ…?」
自分が起こしたであろう光景に唖然とするかごめ。
そして足元に一つの四魂のカケラが落ちてきた。それを拾い上げながら

「ごめん、壊しちゃったみたい。」
あっけらかんとした調子で呟くのだった。



[25752] 第三話 「すれ違い」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 21:18
「つまりかごめが放った破魔の矢が四魂の玉を砕いてしまったということか。」
屍舞鳥を倒した後二人は楓の家に戻り事情を説明していた。

「犬夜叉、お主の記憶の中にも同じことがあったのか?」
「あぁ。」
犬夜叉は不機嫌そうに答えた。

「なぜそのことを言わなかったのだ?」

「かごめが矢を放った時に思い出したんだよ。」
どうやら犬夜叉の記憶はその出来事に関するなにかがない限り思い出すことができないようだった。

「そうか、すまなかった。しかし厄介なことになった…。」
そう言い考え込んだ後に楓は

「犬夜叉、かごめ、お主ら二人の力で四魂のカケラを元通り集めてはくれんか?」
そう二人に提案した。

(そんな…。)
かごめは内心困っていた。いきなり戦国時代にタイムスリップし妖怪にも襲われた上さらにその妖怪たちが狙っている四魂のカケラを集めて欲しいと頼まれているのだ。
いくら自分に責任があると言ってもそこまでする必要があるだろうか。
そして何より

(早く家に帰りたい…。)
かごめは何とか現代に帰れないか考えていた。何も言えないままこちらの世界に来てしまったのだから家族も心配しているに違いない。四魂のカケラは犬夜叉と楓に集めてもらおうと思っていた時

「断る。」
そう犬夜叉が答えた。

「なぜだ?」
楓は少し驚いたように犬夜叉に尋ねる。

「忘れたのか楓ばあさん、俺は本物の「犬夜叉」じゃない。別に四魂の玉なんかいらねぇ。なんでわざわざ集めなくちゃいけないんだ。」
確かに犬夜叉の言うとおりだった。楓も犬夜叉が未来の人間であることは分かっていたがこうもあっさり断わられるとは思っておらず驚いていた。

「しかし、さっきは四魂の玉を取り戻そうとしてくれたではないか。」

「それは…。」
犬夜叉は言い淀む。
実はそのことに一番驚いているのは犬夜叉自身だった。四魂の玉が奪われたあの時、取り戻さなければならないという強迫観念のようなものが犬夜叉を襲いそれに突き動かされるように動いてしまったのだ。犬夜叉は自分の身体が他人のものだということを改めて感じ不安を感じていた。

「あの時はとっさに動いただけだ。それに俺はこの身体をうまく使えねぇ。カケラ集めなんて無理だ。」
体がうまく使えないことが犬夜叉が提案を断る最大の理由だった。
犬夜叉は四魂のカケラが災厄を生むことは記憶が戻らなくとも朧気に理解していた。
しかしこれまでの戦闘で自分は記憶の中では弱い妖怪にすら歯が立たなかった。記憶の中で犬夜叉とかごめがカケラ集めができたのは犬夜叉の強さがあったからだ。自分がかごめと旅をしてもあっという間にやられてしまうだろう。

「しかし…」
楓は犬夜叉の事情も理解していた。できることなら自分がカケラ集めを行いたいが年老い、霊力も弱っている自分では難しい。しかし村の巫女として四魂の玉を放っておく訳にはいかない。何か手はないかと考えていた。

犬夜叉はなかなか諦めようとしない楓に苛立ち

「だいたい四魂の玉が砕け散ったのは俺のせいじゃないだろ。」
ついそう言ってしまった。

「私のせいだって言うの?」
いきなり自分にすべての責任があるかのような言い方をされかごめは反論した。

「あんたを助けようとしたんじゃない!それなのに何よ!」
かごめの剣幕にひるむ犬夜叉。

「でも壊したのはお前だろ。」
苦し紛れにそう反論する犬夜叉。

二人の間に緊張が走り

「おすわりっ!」
かごめの一言でその緊張は弾けた。


次の日、犬夜叉は一人村の中を歩いていた。
昨日はかごめが怒り話し合いは中止となった。朝になり起きてみると既にかごめと楓の姿はなかった。どこかに出かけてしまったのだろう。
村では畑仕事をしている者、商売をしている者などで溢れていた。犬夜叉は自分が戦国時代に来てしまったのだと改めて実感していた。そして村人たちが自分を見るなり遠ざかって行くことに気づいた。

「半妖」

その言葉が常人より遥かに耳の良い犬夜叉には聴こえてきた。
半分が人間で半分が妖怪。人間と妖怪そのどちらにもなれない存在。
記憶にある犬夜叉の人生はこの「半妖」という言葉との戦いと言っても過言ではなかった。

(胸糞悪い…。)
少年は元は人間だが今は半妖の身体になっている。自分に向けられる悪意に憤りを感じていた。

(かごめの奴どこに行ったんだ?)
犬夜叉が村の中を歩き回っていたのはかごめを探しているからだ。昨日の言葉はさすがに言いすぎたと反省した犬夜叉は謝罪をしようと思っていた。しかし村の中はあらかた探してみたもののかごめの姿はなかった。

(どうしたもんかな…。)
そう考えていた犬夜叉はあることに気づく。

(匂いで探せばいいんじゃねぇか!)
犬夜叉は犬の妖怪と人間の間の半妖。匂いで人を探すことなど朝飯前だった。
早速かごめの匂いを追う犬夜叉。しかし、

(何か大切なものをなくした気がする……。)
地面に這いつくばりながら犬夜叉はそう思った。

かごめの匂いは村のはずれに向かっていた。
(こんなところでなにしてんだ?)
犬夜叉は疑問に思いながらも匂いの後を追っていく。すると段々と匂いが近づいてきた。川の近くいるようだ。

(このあたりか。)
犬夜叉が森から川に出たところで

「え?」
「ん?」
全裸で水浴びをしているかごめと目が合った。

次の瞬間犬夜叉は地面にめり込んだ。

「おや、犬夜叉来ていたのか。」
かごめの側にいた楓が声をかける。

「いやらしいわねっ、のぞきなんてして!」
「誰がお前の裸なんて見るかっ!」
「なんですって!」
痴話喧嘩を始める二人。

「そのぐらいにしてかごめ、まず服を着てこんか。」
かごめは楓に言葉で自分が裸のままだったことを思い出し急いで着替えに行った。

「犬夜叉、お前ももっと大人にならんか。」
「俺はまだ十四歳だ。」
ふてくされて答える犬夜叉。

「大方昨日のことを謝りに来たんだろう?いい加減素直になったらどうだ。」
あっさり楓に見透かされますます不機嫌になる犬夜叉だった。

「あんたあたしになにか恨みでもあるの?」
暫くすると着替え終わったかごめが戻ってきた。

「そんなもんあるわけ…」
言いながら振り返った犬夜叉は巫女姿のかごめに目を奪われた。



「犬夜叉、私がどう見える?人間に見えるか?」
■■が犬夜叉に話しかける。

「あー?なに言ってんだてめえ。」

「私は誰にも弱みを見せない。迷ってはいけない。妖怪につけこまれるからだ。」

「人間であって、人間であってはならないのだ…。犬夜叉、おまえと私は似ている。半妖のお前と…だから…殺せなかった…。」

「けっ、なんだそりゃーグチか?おめーらしくな…。」

「やっぱり…私らしくないか…。」
■■は儚げに笑った。


「犬夜叉お前は人間になれる。四魂の玉を使えば…。」

「明日の明け方、この場所で…私は四魂の玉を持ってくる。」
そう■■は言った。

俺は■■となら人間になっても一緒に生きていけると思った。

約束の日。

自分に向けて■■は矢を放ってきた。

「犬夜叉!!」
■■の封印の矢が胸に突き刺さる。

(なんでだ…■■…!!俺は本当にお前のことが…。)




「…叉…夜叉…犬夜叉ってば! !」

「え?」
かごめに何度も呼ばれ正気に戻る犬夜叉。

「どうしたのよ。何度も声をかけたのに全然反応しないし……。」
かごめは少し心配そうに犬夜叉を見つめる。
その姿に戸惑う犬夜叉。

「かごめの姿が桔梗ねえさまにそっくりだから驚いておるのだろう。」
犬夜叉の状態を察した楓が代わりに応えた。

「私ってそんなに桔梗に似てるの?」
「そんなこと知るかっ!」
視線をそらす犬夜叉。
そう言いながら犬夜叉はかごめから視線をそらした。これ以上巫女姿のかごめを見ていると自分が自分でなくなってしまうような不安に駆られたからだ。

「なんでそんな服を着てるんだ?」
何とか桔梗の話題から離れようと犬夜叉はかごめに尋ねた。

「だって制服は破れちゃったし、これしか代わりに着るものがなかったのよ。」
不貞腐れながらかごめは答えた。

「だったら家から着替えを持ってくればいいだろうが。」
「どうやって帰れって言うのよ!」
好き勝手を言う犬夜叉にかごめも強く言い返す。

「そんなもん井戸を通って帰るに決まってんだろうがっ!」
その言葉にかごめが固まる。

「井戸を通れば帰れるの?」
次の瞬間、かごめが犬夜叉に詰め寄ってきた。
犬夜叉からすれば当たり前のことなのでかごめも知っているものだとばかり思っていたのだ。そして犬夜叉もあることに気づく。

(俺も現代に帰れる!)
そう、犬夜叉はかごめと同様に骨食いの井戸を通ることができる。

「そうだ! 帰れるぞ、かごめ!」
急に上機嫌になった犬夜叉に驚くかごめ。それにおかまいなしに犬夜叉は続ける。

「すぐに行くから早く背中に乗れ!」
そう言いながら屈む犬夜叉に一瞬戸惑うもののおぶさるかごめ。

「しっかり捕まってろよ!」
犬夜叉はかごめを背負ったまま走り出した。

「全く騒がしいやつだ。」
一人残された楓は呟いた。


二人はすぐに骨食いの井戸にたどり着いた。

「本当に大丈夫なの?」
底が見えない井戸に不安が隠せないかごめ。

「大丈夫だ、俺を信じろ。」
自信満々に答える犬夜叉にかごめは渋々納得した。

「行くぞっ!」
二人は同時に井戸に飛び込んだ。



「…ここは?」
うす暗い井戸の底でかごめは目覚めた。

「あたし確か犬夜叉と一緒に井戸に飛び込んで…。」
かごめがなんとか状況を理解しようとした時

「井戸の中なら何度も見たじゃろう。」

「だって姉ちゃんは本当にこの中に…。」
二人の聞き覚えのある声が聞こえた。

「じいちゃんっ! 草田!」
かごめは力一杯叫んだ。

助け出されたかごめは家族に事情を説明していた。

「なんとそんなことが…。」
「じいちゃん僕が言ったとおりだっただろう。」
かごめの祖父と草田が言い合っている中

「それは本当なの?かごめ。」
かごめの母親が訪ねる。

「本当よ。犬夜叉と一緒に井戸を通って帰ってきたんだから。」
かごめは説明をしながら

「あれ…?」
犬夜叉がいないことに気づいた。


「くそっ!」
拳を地面に叩きつける犬夜叉。
何度試しても犬夜叉は井戸をくぐることができなかった。
しかし一緒に飛び込んだかごめはいなくなっていたことからこの井戸が現代につながっていることは間違いない。

(俺が本物の犬夜叉じゃないからなのか…。)
考えられる理由はそれしかなかった。

「ちくしょおおおおお!!!」
この世界から逃れられる唯一の方法がなくなり犬夜叉は絶望した。


(やっぱり夢だったのかなぁ。)
家に戻りお風呂に入り食事を済ませたかごめは自分のベットに横になりながら考えていた。
戦国時代へのタイムスリップ。妖怪。四魂の玉。お伽噺話のような体験だった。
しかし夢ではない確かな証拠がある。

かごめの手のひらには四魂のカケラがあった。

(やっぱり夢なんかじゃない。あたしは確かに戦国時代に行ったんだわ。)
かごめは自分が体験したことが事実だったことを確信した。
そして同時に一つのことが気にかかった。

(犬夜叉どうしたんだろう…。)
一緒に飛び込んだはずの犬夜叉はいつまでたっても現れなかった。

(どこか違うところに行っちゃったのかな、それとも通れなかったのかな…。)
考え出すとキリがなかった。

(もう一度あっちに行ってみようかな…。でももう戻れなくなっちゃうかも…。)
向こうへ行けばもう二度と帰って来れないかもしれないという恐怖がかごめを襲う。

(でも…やっぱり放っておけない!)

喧嘩ばかりしていたが自分を助けてくれた犬夜叉をかごめは放っておくことができなかった。
そうと決まればかごめの行動は早かった。
あっという間にリュックに必要なものを詰め家族の制止も振り切り井戸の前までやってきた。

(大丈夫よ…さっきは通れたんだから…。)

「えいっ!」
かごめは再び井戸へ飛び込んだ。


「あ…。」
目を開けると井戸の外には青い空が見えた。

(戻ってきた…?)
かごめは壁に絡みついている木の枝に掴まりながら井戸を登っていった。

「よいしょっと。」
何とか井戸を登りきったかごめは周りを見渡してみた。
そこに地面に座り込んでいる犬夜叉の姿があった。

「犬夜叉……?」
後ろ姿を見ただけで犬夜叉の様子がおかしいことにかごめは気づいた。

「どうしたの、犬夜叉?」

「井戸を通れなかったんだ…。」
呟くように犬夜叉が答える。

「そうだったの…。」
他にどう言えばいいのか分らないかごめ。

しばらくの沈黙の後かごめが尋ねる。

「これからどうするの、犬夜叉?」

「…ぇだろ…。」

「え?」

「お前には関係ねぇだろ! !」
犬夜叉はかごめを怒鳴り散らした。

「お前はいいよな、元の世界に帰れるんだから!」
感情を抑えきれない犬夜叉はさらに続ける。

「俺はこれからもこの世界で生きていくしかない!こんなわけもわからない身体でだ!同情なんていらねぇ!二度とその顔見せるな!」
いきなり罵声を浴びせられたかごめも怒って反論する。

「何よ! 人が心配して見にきたのに何でそんなこと言われなきゃならないのよ!」

「うるせぇ! とっとと帰れ!」
戻れなくなる危険がある中戻ってきたのに心ない言葉を浴びせられかごめも我慢の限界だった。

「言われなくても二度とこないわよ!」
振り返り井戸に向かうかごめ。


「さよなら。」
そう言い残しかごめは元の世界に帰っていった……。



[25752] 第四話 「涙」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 21:28
「四魂の玉はどこだ!? 隠しだてすると容赦しねぇぞ!」
盗賊の一団が村人を恫喝する。盗賊たちは最近四魂の玉が再びこの村で現れたという噂を聞きつけやってきたのだ。

「答えねぇんなら皆殺しにするしかねぇな。」
そう言いながら村人に刀を向けようとした瞬間、盗賊の一人が何者かに殴り飛ばされた。

「何だっ!?」
いきなり仲間がやられたことで慌てる盗賊たち。

「てめぇら、さっさとこの村から出てきな。」
銀髪の赤い衣を着た少年が警告する。

「ガキが! 調子に乗ってんじゃねぇ!」
盗賊の一人が少年に向け刀を振り下ろす。しかし逆に衣に触れた刀のほうが折れてしまった。

「なっ!?」
あっけにとられる盗賊たち。その隙をついて少年が次々に盗賊たちを倒していく。

「こ、こいつ人間じゃねぇ! 半妖だ!」
盗賊たちは相手が人間ではなく半妖であることに気づく。

「こんな化物相手にしてられるか!」
盗賊たちは自分たちに勝ち目がないとみるや退散していった。

「あ、ありがとう。」
村の子供の一人が少年にお礼を言った。
しかし少年は子供に一瞥をくれただけでさっさとその場から去っていった。

「何よあの態度は。せっかくお礼を言っているのに。」
「やっぱり半妖は人間とは違うんだよ。」
様々な陰口が囁かれていた。

そしてその全てが少年には聞こえていた。


かごめが現代に帰ってから一週間が経とうとしていた。
特に行くあてもなかった犬夜叉は楓の村で用心棒まがいのことをしていた。

「四魂の玉が復活した」

そんな噂が広まるのにそう時間はかからなかった。そのため楓の村には玉を狙う妖怪や人間が襲ってくるようになった。
しかし四魂の玉は砕け散っており、この村にあった唯一のカケラもかごめが持っていってしまっている。
それに気づかないような弱い妖怪や人間たちばかりであったため戦闘経験が少ない犬夜叉でも何とか追い払うことが出来ていた。

犬夜叉はかごめがいなくなってからは森で過ごすことが多くなっていた。
村にいると村人たちが自分のことを悪く言ってくるのが嫌でも耳に入ってくる。森で過ごしている方が遥かにマシだった。

「こんなところにおったのか。探したぞ。」

「楓ばあさんか。」
木の上で寝そべっていた犬夜叉に楓が話しかける。

「また盗賊を追い払ってくれたそうだな。」

「別に。それが仕事だからな。」
そっけなく返す犬夜叉。しかし楓は犬夜叉にとって自分を半妖ということで差別しない数少ない人間だった。

「お主ちゃんと食事を摂っておるのか?家には食事が用意してあるぞ。」

「森の中で適当に食ってるから大丈夫だ。俺は半妖だからな。丈夫にできてるんだよ。」
犬夜叉は自嘲気味に言う。

「…そうか。何かあったらいつでも戻って来い。」
そう言い残し楓は歩きだす。

(まともに食事を摂っておらんな。それにあの顔…まさか寝ておらんのか?)
楓は犬夜叉の異常に気づきながらも何もできない自分が情けなかった。

(かごめなら何とかできただろうか…。)

今はいない少女のことを考える楓だった。



「め…。かごめったら!」
「えっ?何?」
考え事をしていたかごめは驚いて返事をした。

「もう、かごめ最近考え事が多いよ。」
同級生のあゆみがかごめに怒る。

「ご、ごめん。」
戦国時代から戻ってきて一週間。かごめは以前と変わらず学校へ通っていた。

「風邪で休んでからぼーっとすることが多くなったよね。」
「確かに。」
由加と絵理も続いた。

「そ、そうかな。」
「もしかして彼氏のことでも考えてたの?」

「誰があいつのことなんかっ!」
かごめは立ち上がり大声で反論した。その瞬間、クラス中の視線がかごめに集まった。かごめは慌てて席に座った。

「へぇ、かごめ彼氏ができたんだ。」
あゆみが興味津々で尋ねてくる。

「違うわよっ!年下だし…弟みたいなものよ。」
かごめはなんとか否定しようとするが友人たちは全く聞く耳を持っていなかった。

「年下かぁ。ということは二年生?」
「やるじゃん、かごめ。」
どんどん話が膨らんでいく。もはやどうしようもないと悟ったかごめは口を挟むことをあきらめた。

「でもかごめ、年下なら優しくしてあげなきゃダメだよ。男の子は子供なんだから。」

「え?そうなの?」
かごめが聞き返す。

「男の子なんてみんなそうよ。変なプライドがあったりするんだから。」
「彼氏いないのになにえらそうなこと言ってるのよ。」
「そうそう。」
「う、うるさいわねっ。」
友人たちはどんどん盛り上がっていく中かごめは一人考えこんでいた。

(犬夜叉も私と同じ現代人で年下だったんだよね。あっちにいる間は忙しくて実感が湧かなかったけど…。)


「日暮、もう身体はいいの?」
今度は同級生の男の子から声をかけられた。

「B組の北条くんだ。」
友人たちが騒ぐ。

「風邪には気をつけろよ。」
そう言い残し北条は颯爽と去っていった。

「かごめ、浮気はダメだよ。」
「だから違うって!」
絵理の言葉に慌てて反論する。

「でもかごめってモテるよね。」
「確かに。」
「去年も告白されてたもんね。」

「そ…そうだっけ?」

「覚えてすらいないとは…。」
「告白した男子たちかわいそー。」


学校が終わり帰宅しながらかごめは犬夜叉のことを考えていた。

(犬夜叉もあたしと同じでいきなり戦国時代に飛ばされてたんだ。しかも他人の身体に…。あたし犬夜叉の気持ちも考えずにひどいこと言っちゃった…。)
考えるほど罪悪感が増してくる。

そしてかごめは自分の顔を叩いた。

(うじうじ考えるのはあたしの性に合わない。今夜謝りに行こう。もし許してもらえなくても四魂のカケラだけでも渡してこよう。)
かごめは急いで家に向かった。

家についたかごめは御神木に目がいった。

(そういえば犬夜叉が神社の御神木の前で意識がなくなったって言ってたっけ。やっぱりあたしの家の神社だったのかな…?でも人が倒れてたら誰かが気付くよね…そうだ!ママなら何か知ってるかも。)
そう思いかごめは井戸に行く前に母親のところに向かった。

「ママ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」

「何?かごめ。」
かごめの母親は台所で夕食の準備をしていた

「一週間くらい前に御神木の前で倒れてる人って見たことある?」

「御神木の前で?…うーん、そんな男の子は見たことないわね。」

「そう…」。

「その男の子がどうかしたの?」
かごめの母親が不思議そうに聞いてくる。

「ううん。何でもない。」
そう言いながらかごめは井戸に向かった。

(やっぱり犬夜叉が元いた世界とあたしがいる世界は違うのかな?)
そう考えながらも答えは出ないかごめだった。


(すっかり暗くなっちゃった…。)
井戸から出たかごめは持ってきた懐中電灯を頼りに村に向かって歩き始めた。
村に着いたかごめは楓の家を訪れていた。

「かごめではないか。元の世界に帰ったのではなかったのか?」

「うん…ちょっと犬夜叉と話をしようと思って…。」
罰が悪そうにかごめが答える。

「そういえば犬夜叉は?家にはいないの?」
かごめの言葉に難しい顔をする楓。

「…犬夜叉はここにはおらん。恐らく森のどこかだろう。」

「え、どうして?」
犬夜叉は現代人だ。森なんかより家の中で暮らすほうがいいはずなのになぜ森にいるんだろうか。

「この村の中には犬夜叉が半妖ということで差別するものもおる。それが嫌で村から離れ森で暮らして居るようじゃ。」

「そんな…。」
かごめは犬夜叉が半妖だということは知っていたがそれがそこまで差別の対象になるとは思っていなかった。

「それに犬夜叉はどうやらまともに食事もしておらんようだ。昨日会ってきたが酷い顔をしていた。もしかすると寝ておらんのかもしれ」

「あたし探してくる!」
かごめは楓の話を最後まで聞かずに家を飛び出して行った。

「全く人の話は最後まで聞くもんじゃぞ。」
楓はため息を突きながら

「頼んだぞ、かごめ。」
そう呟いた。


「ハァ…ハァ…!」
かごめの荒い呼吸が森に響く。
しばらく森の中を探してみたが犬夜叉の姿は見つからなかった。
広い森の中しかも夜の暗闇の中では見つけることは至難の技だった。

(せめて犬夜叉がいそうなところが分かれば…。)
そうかごめが考えたとき、

(あ…!)
かごめは一つの場所を思い浮かべた。

そこに犬夜叉はいる。確信に近い想いがかごめにはあった。


(いた…!)
犬夜叉は御神木の木の上で腰掛けていた。
ここは犬夜叉が封印されていた場所。
そしてかごめと犬夜叉が初めてであった場所でもあった。

「かごめか…。」
匂いで気づいたのか犬夜叉の方から話しかけてきた。

犬夜叉が御神木から降りてくる。
そしてお互いの顔が見える位置になったときかごめは驚いた。
犬夜叉の顔は酷くやつれていた。
もう何日も食事を摂っていないのだろう。
そして目の下には大きなクマができていた。
ほとんど睡眠をとっていないことは明白だった。

「犬夜叉…。」
かごめはなんと言っていいのかわからず固まってしまう。

「なんの用だ。俺を笑いにでもきたのか。」
冷淡な言葉をかける犬夜叉。

「ち、違っ…。」
「用がないんなら俺は行くぜ。」
そう言いながら立ち去ろうとする犬夜叉。しかし犬夜叉は動けなかった。

かごめが犬夜叉の手を掴んでいたからだ。

「離せ。」
「嫌。」
犬夜叉が手を振りほどこうとするがかごめはさらに強い力で手を掴んでくる。

「離せっ!」
「離さない!」
犬夜叉の怒鳴り声にも屈せずかごめは決して手を離そうとはしなかった。

「…あたし、犬夜叉に謝りにきたの。」
かごめはうつむきになりながら続ける。


「あたしこの世界に来てから怖い思いばっかりしてきた。妖怪に襲われて、死にかけて本当に元の世界に帰りたいってそればっかり考えてた。」
犬夜叉は身じろぎひとつしなかった。


「井戸を通って元の世界に戻れて本当に嬉しかった。じいちゃんがいてママがいて草田がいる。そんな当たり前のことが本当に嬉しかった。」
犬夜叉を掴むかごめの手は震えていた。


「でも後になって気づいたの。怖かったのはあたしだけじゃなかった。」
かごめの声は震えていた。


「犬夜叉も怖かったんだよね…。いきなり知らない人の身体になっちゃったんだもん…。きっとわたしより何倍も怖かったんだよね…。」
かごめが顔を上げる。


「それなのに…ひどいこと言っちゃって…。」
犬夜叉がかごめへ振り向く。


「ごめんなさい。」
かごめの目には涙が溢れていた。


「怖かったんだ…。」
犬夜叉が呟く。


「妖怪や人間が俺を殺そうとしてくるのが怖かったんだ…。」
犬夜叉はさらに続ける。


「村の人たちが怖かったんだ…。半妖って…化物って呼ばれるのが怖かったんだ…。」
犬夜叉の手は震えていた


「犬夜叉の記憶が怖かったんだ! 自分が自分じゃなくなるみたいで! 明日には自分が消えてしまうんじゃないかって! そう考えると夜も眠れなかった! ! 俺はっ! 俺はっっ! ! 」
犬夜叉の今まで溜めていた不安が爆発する。

それを聞きながらかごめは犬夜叉を優しく抱きしめる。


「ごめんね…犬夜叉…。」


「うっ…うぅ……うわあぁぁぁぁ! !」

犬夜叉はかごめの胸に抱かれながら子供のように泣き叫んだ。

これがこの世界で二人が流した初めての涙だった。



[25752] 第五話 「二人の日常」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 21:36
「ん…。」
朝日の光によってかごめは目を覚ました。

(あれ…ここどこ?)
かごめは寝ぼけながらキョロキョロと周りを見渡す。
あたりに広がる森を見てかごめは自分が戦国時代に来ていたことを思い出した。

(そうだ…あたし犬夜叉に謝ろうと思って…。)
そこまで思い出しながらかごめが下を向くとそこには

自分の膝で眠っている犬夜叉の姿があった。


「~~~っ!?!?」
かごめは声にならない声を上げた。
なんとか落ち着きを取り戻したかごめは自分の昨夜の行動を思い出す。

(何やってるのよあたし! いくら年下だからってお…男の子を抱きしめるなんて…。)
顔を真っ赤にしながらあまりの恥ずかしさに悶えるかごめ。

(あれは…そう! 気の迷いよ! きっとそう!)
そう自分に言い聞かせるしかなかった。
かごめは自分の膝で眠っている犬夜叉の顔を眺めながら考えていた。

(寝顔だけ見てれば本当に子供ね…。)
本当に寝ていなかったのだろう、昨夜犬夜叉はかごめの胸でひとしきり泣いた後すぐに疲れ果てて眠ってしまい起こすわけにも行かず膝枕をしている内にかごめも眠ってしまった。

(男の子が泣くところ初めて見た…。)
男は泣いてはいけないとまでは思っていないかごめだか何だかいけないことをしまったような気分になるかごめだった。
そしてそろそろこの状況をどうにかしようと考えた時

犬夜叉とかごめの目が合った。

二人が同時に起き上がり距離を取った。
犬夜叉は最初慌てていたが昨夜の自分の行動を思い出したのか顔を真っ赤になっていった。
二人の間に長い沈黙が流れていく。
この沈黙をなんとかしようとかごめが犬夜叉に話しかけようとした時

一際大きな犬夜叉の腹の音が鳴った。


「ただいま。」
犬夜叉とかごめは楓の家に戻ってきた。

「おぉ、帰ってきたか二人とも。」
楓が二人を出迎えてくれた。

「ごめんね、楓ばあちゃん心配かけちゃって。」
かごめが罰が悪そうに言う。

「何構わんよ。朝帰りとはいつの間にかずいぶん打ち解けたようだな。」
楓が冗談交じりで答えた。

「「なっ…!!」」
二人が顔を真っ赤にする。

「何だ、冗談のつもりだったのだか本当にそんな仲だったのか?」

「誰がこいつとそんなことするかっ!」
犬夜叉が慌てて楓の言葉を否定する。
しかしかごめはその言葉が気に入らなかったのか怒った顔で犬夜叉を睨みつける。

(まずいっ!)
犬夜叉は念珠の言霊がくると思い身構える。
しかし何時までたっても言霊は聞こえてこなかった。

「今日は疲れてるみたいだから勘弁してあげる。」
そう言いながらかごめは家に入っていった。
犬夜叉はあっけにとられたように立ちすくんでいた。

「お腹空いてるんでしょ。早くご飯にしましょ。」

「あ、あぁ。」
かごめに呼ばれ犬夜叉も慌てて家に入っていく。
その様子を楓は満足そうに見つめていた。


「楓ばあちゃん、あたし四魂のカケラ集め手伝ってみようかなって思うの。」
食事が終わりくつろいでいた犬夜叉と楓に向かってかごめが話しかけた。

「よいのかかごめ?危険な旅になるかもしれんぞ。」
現代に帰れるようになったかごめが無理にこちらに関わることはないと思っていた楓は驚いたように尋ねる。

「うん、確かに怖いけど元はといえばあたしが原因だし…」
再び戦国時代に四魂の玉を持ち込み砕いてしまった責任は確かにかごめにもあった。

(それに…。)
かごめは犬夜叉を見つめる。

(もしあたしがこっちに来なくなったらまた犬夜叉がつらい目に合うかもしれない。)
昨夜の犬夜叉の姿を思い出す。

(もうあんな犬夜叉は見たくない。)
それがかごめが戦国時代に来ようとする一番の理由だった。
しかし正直にそのことを言うのが恥ずかしかったため四魂のカケラ集めをすることを了承したのだった。

「…犬夜叉も手伝ってくれる?」
かごめが恐る恐る犬夜叉に尋ねる。
四魂のカケラ集めの旅は犬夜叉の協力がどうしても必要だった。
犬夜叉はしばらく考え込んだ後

「…俺がこの身体に慣れてからならいいぜ。」
そう答えたのだった。


「本当にいいの?」
ハサミを持ったかごめが犬夜叉に尋ねる。

「あぁ、やってくれ。」
犬夜叉はそれに力強く頷く。
四魂の玉のカケラを集めることに決めた次の日、犬夜叉はかごめに自分の髪を切ってくれるよう頼んだ。
自分は犬夜叉ではないこと、これからこの世界で生きていくという少年なりの決意の表れだった。
そのことを感じ取ったかごめはそれ以上何も言わず髪を切っていく。
長かった銀髪は切り落とされ少年は短髪になった。

それが少年が本当の意味で「犬夜叉」になった瞬間だった。



それからかごめの二つの世界を行き来する生活が始まった。
平日は学校に通い放課後になると戦国時代に行き、夕食を犬夜叉と楓と一緒に食べ、夜には現代に戻る。
休日には朝から戦国時代に行き村で過ごす。
犬夜叉と一緒に村の仕事の手伝いをしたり、楓から巫女の力や弓の使い方を学んでいた。
犬夜叉もかごめが会いに来てくれることが心の支えとなったのか以前ほど荒れた生活を送る事はなくなった。
身体に慣れるという名目で村の仕事を手伝っていくうちに村人との関係も段々と良くなっていった。
桔梗の生まれ変わりとして知られるようになったかごめが犬夜叉と一緒に過ごしていること、村にやってくる妖怪や盗賊を追い払っていることも大きく影響していた。
特に村の子供達からは村を守ってくれるヒーロー、よく遊んでくれるお兄さんということでよく懐かれていた。

「犬夜叉兄ちゃん遊びに来たよ。」
村の子供たちが楓の家を訪れて来た。

「何だまたお前たちか。」
横になっていた犬夜叉が起き上りながら答える。

「またアレやってよ!背中に乗って森の木を飛び移るやつ!」
「ずるいぞ、今度は俺だろ!」
「わたしよ!」

「分かったからさっさと森に行くぞ。」
騒ぎ出す子供たちを面倒臭そうにしながら連れて歩いていく犬夜叉だった。

犬夜叉も段々と身体の扱いにも慣れてきており村を襲ってくる妖怪にも危なげなく戦えるようになってきていた。


「ただいま!」
学校を終えたかごめが急いだ様子で家に戻ってきた。

「おかえり、かごめ。」
かごめの母がそんなかごめの様子に微笑みながら答えた。
かごめは自分の部屋に入り着替えを済ませるとすぐに玄関に戻り。

「行ってきます!」
嵐のような慌ただしさで家を後にした。

「なんだかごめの奴、帰ったと思ったらもう出かけてしまったのか。」
かごめの祖父が呟く。

「最近の姉ちゃん何だか楽しそうだよね。」
草太がおやつを食べながらそれに応える。

「好きな子でもできたのかしら。」
笑いながらかごめの母は娘の後ろ姿を見つめていた。


いつものようにかごめが村に向かって森を歩いていると

ぷちっ

何かを踏んづけたような感触を感じた。

「え、何?」
慌てて足の裏を確認すると一匹の大きなノミがつぶれていた。
ただのノミではなさそうだったのでとりあえずかごめは楓の家まで連れて行った。


「冥加じじぃじゃねぇか。」
冥加を見て記憶を思い出した犬夜叉は話しかける。

「お懐かしゅうごさいます、犬夜叉様。」
犬夜叉の血を吸いながら挨拶をする冥加。

「髪を切られたのですか。ますます凛々しくなられて…」

ばちっ

「俺にとっては初めましてだけどな。」
言いながら犬夜叉は冥加を叩き潰す。

「い…一体それはどういう…?」
平らになった冥加が息も切れ切れに尋ねる。


「なるほど、そういうことでしたか…。」
事情を聞いた冥加は思案するように呟く。

「何か原因になるようなことは分らない?」
原因が分かれば犬夜叉も現代に戻れるかもしれないと思いかごめが冥加に尋ねる。

「残念ながらわしもそのような話は聞いたことがありませんな…。」

「そう…。」
もしかするとと思っていたかごめはため息をつく。

「冥加じじぃ…。」
犬夜叉が真剣な声で冥加に話しかける。

「俺は本物の犬夜叉じゃねぇ…こんなことを頼める義理じゃないんだが…。」

「俺に力を貸してくれないか…。」
犬夜叉は冥加に頭を下げた。

しばらくの沈黙の後

「二つ条件があります。」
冥加が答える。

「一つはあなたのことを犬夜叉様と呼ばせて頂きたい。」
それを聞き犬夜叉の表情が明るくなる。
その言葉は犬夜叉を認め協力してくれるということと同義だったからだ。

「そしてもう一つは…」
険しい表情になる冥加に犬夜叉達は息を飲む。

「毎日犬夜叉様の血を吸わせていただきたい。」

ばちっ


「断る。」
再び潰される冥加だった。
なにはともあれ犬夜叉の理解者がまた一人増えたのだった。

何もかもが順調に進んでいく。

二人は旅を始めるのはそう遠くないと

そう信じて疑わなかった。



[25752] 第六話 「異変」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 21:47
「ただいま。」
薪を担いだ犬夜叉が楓の家に戻ってきた。

「おぉ、すまんな犬夜叉。」
家で楓が礼を言いながら出迎える。

「別にいいさ。大した仕事じゃねぇし。」
犬夜叉はそう言いながら家に薪を運んで行く。

初め犬夜叉は爪を使った戦い方を訓練するために森の木を斬っていたのだが

「それ売ればお金になるんじゃない?」
というかごめの一言から犬夜叉は森で手に入れた木を村で売るようになった。
犬夜叉にとって木を切り運ぶことはたいした労力ではないので相場よりかなり安く売ることにした。
安く木材が手に入ることは村人たちにとっても助かるため犬夜叉はそこそこ稼げるようになっていた。

仕事を終えた犬夜叉は横になり休んでいた。
しかし落ち着かないのか寝返りを繰り返しては外の様子をしきりに気にしていた。
そのことに気づいた楓は

「かごめなら昼過ぎに来ると言っておったぞ。」
そう犬夜叉に伝えた。

「何でそんな話になる!」
犬夜叉は起き上がり楓に食ってかかる。

「かごめを待っておったのではないのか?」

「そんなわけねぇだろ!」
焦って反論する犬夜叉。

「嘘はいけませんぞ犬夜叉様。」
いつの間にか犬夜叉の肩に乗っていた冥加が口を開く。

「森にいたとき何度も井戸の様子を見に…。」

ばちっ

言い終わる前に冥加は犬夜叉に叩き潰された。

「そういえばお主らがこの世界に来てからもう一月か…。」
楓が感慨深げに呟く。
最初は様々ないざこざもあったが今は二人ともすっかり村に馴染んでいた。

「そろそろ四魂のカケラ集めの旅に出てもよい頃ではないか?」
そう犬夜叉に問いかける。
犬夜叉は身体の力の加減もできるようになり、かごめも弓をそれなりに扱えるようになっていた。

「…そうだな、今日来たら話してみるか。」
そう答える犬夜叉だった。


「楓様、様子がおかしい村の者がいるのですが…。」
村人のひとりが楓を訪ねてきた。

「分かった、すぐに行く。留守を頼むぞ犬夜叉。」
そう言いながら楓は家を出て行った。

(何だかんだで楓ばあさんも忙しいよな。)
犬夜叉はそんなことを考えた後

(四魂のカケラ集めか…。)
かごめとの四魂のカケラ集めについて考えていた。


しばらく家でくつろいでいた犬夜叉は飛び起きた。

(血の匂いだ…!)
それは楓が向かった方向から匂ってきていた。

「どうされました犬夜叉様!?」
驚く冥加の言葉を無視して犬夜叉は匂いのする方向に走り出した。

「楓ばあさん! !」
駆けつけた犬夜叉は腕から血を流している楓を見つけ近づこうとする。

「気をつけろ犬夜叉!」
楓がそう言った瞬間、刃物を持った村の娘たちが犬夜叉を襲ってきた。

「くっ!」
村娘たちを傷つけるわけにはいかず何とか攻撃を躱しながら距離を取る犬夜叉。
村娘たちはまるで見えない糸に操られているようだった。

「皆見えない髪の毛によって何者かに操られておる!」
楓は傷を抑えながらそう犬夜叉に告げた。

その瞬間、犬夜叉は記憶を思い出した。


逆髪の結羅(さかがみのゆら)

女性の姿をしており見えない糸を操る鬼。本体は魂の宿った櫛(くし)でそれを壊さない限り死ぬことはない。
記憶の中では髪の毛を見ることができるかごめと犬夜叉が協力してやっとのことで倒すことができた強敵だった。

(何とか本体の櫛を壊さねぇと…。)
そう犬夜叉が考えているうちにも次々操られた娘たちが襲いかかってくる。
娘たちは楓にも容赦なく襲いかかる。
何とか楓を庇いながら戦う犬夜叉だったがついに娘たちを操っている糸によって犬夜叉は木にくくりつけられてしまった。

「捕まえた。」
森の中から糸を操っていた結羅が呟く。
常人なら輪切りにされてしまうほどの力で締め付けられる犬夜叉。

「くっ…そっ…!」
しかし半妖の身体と火鼠衣によって何とかそうならずに済んでいた。

「はあぁぁぁっ!」
犬夜叉は一気に体に力を入れ木を砕きながら何とか強引に脱出した。

「頑丈な奴、面白い。」
結羅は自分の特製の髪でも切り裂けない犬夜叉に興味を示す。

「遊んであげる。」
そう言いながら標的を犬夜叉のみに変更した。

突然糸が切れたように娘たちが倒れていく。

(何だ…?)
犬夜叉が突然の出来ごとに身を構える。しかしいつの間にか腕に巻き付いていた糸によって引っ張られてしまう。

「何っ!?」
結羅は見えない髪のみでの戦法に切り替えてきた。
凄まじい力で森に向かって引きずり込まれそうになる犬夜叉。

「犬夜叉様、ここはひとまずお逃げくだされ!」
流石と言うべきなのかいつの間にか自分が安全なギリギリの場所に退避している冥加が叫ぶ。
犬夜叉もそうしたいのは山々だが腕に絡みついた髪の毛は振り払えそうにない。

「冥加、もうすぐかごめがこっちにやってくる! 事情を説明して助けてくれるように頼んできてくれ!」
かごめを危ない目には会わせたくない犬夜叉だが結羅の本体を見つける為にはどうしてもかごめの助けが必要だった。

「わ…分かりました!」
そう言いながら急いで井戸の方へ向かう冥加。

「そんなに来て欲しいならこっちから行ってやるぜ!」
これ以上逆らっても無駄だと感じた犬夜叉は自ら森の向かって走り出す。

「面白い奴、ますます気に入ったわ。」
それを見た結羅は妖艶な笑みを浮かべた。


「ちょっと遅くなっちゃったかな。」
午前中の授業が終わりすぐに家に帰るつもりが友人たちに捕まり帰るのが遅くなってしまった。
井戸に置いたはしごを登り井戸から出たかごめは森の中に伸びている一本の髪の毛に気づいた。

「なにこれ?」
かごめがそれに触れようとした時

「かごめっ!」
急いでこちらに飛び跳ねてくる冥加が声をかけた。

「冥加じいちゃんどうしたの?」
冥加が急いでかごめに事情を説明する。

「すぐに案内して、冥加じいちゃん!」
かごめは弓矢を持ち冥加を肩に乗せ走り出した。


森の中に髪の毛でできた巨大な毛糸玉のような物体がある。
それが結羅の巣だった。

「ハァ…ハァ…。」
犬夜叉は息も絶え絶えに立っていた。体は無数の切り傷で赤く染まっていた。

「大して強くもないのにほんとしぶといわね。」
対する結羅は全くの無傷。巣の上から優雅に犬夜叉を見下ろしていた。

「さっさと四魂のカケラを渡した方が身のためよ。」
そう言いながら犬夜叉に絡みついた髪の毛に力に入れる。

(ちくしょう…!)
犬夜叉は自分の甘さに後悔していた。
身体にも慣れ、村を襲ってくる妖怪たちを何度も追い返していく内に自分は戦えるようになったと思っていた。
なのにいくら記憶の中で苦戦していたとはいえここまで力の差があるとは思っていなかった。

「もういいわ、とりあえずその珍しい銀髪だけで我慢してあげる。」
そう言いながら結羅は一本の刀を取り出す。

「これはあたしの愛刀、紅霞(べにがすみ)。髪を切らずに肉と骨を断つ鬼の宝刀よ。いくら頑丈なあんたでもこれに斬られればひとたまりもないわ。」
そう言いながら犬夜叉に斬りかかってくる。

(やられるっ!)
そう犬夜叉が思った時、光の矢が結羅の巣を貫いた。

破れた巣の中から人間の骸骨が無数に落ちてくる。
一瞬、犬夜叉を縛っていた髪の毛の力も抜けた。その内に犬夜叉は髪の毛から抜け出す。

「大丈夫、犬夜叉!?」
矢を放ったかごめが慌てて犬夜叉に近づく。

「遅いぞ、かごめ。」
満身創痍の身体で悪態をつく犬夜叉。

「助けてあげたのに何よその言い草!」
そう言いながらもかごめは心配そうに犬夜叉を支える

「よくも私の巣を壊してくれたわね…。」
そう言いながらかごめに向けて髪の毛を放とうとする結羅。

「かごめっ、違和感がある髑髏を探せ! それが結羅の本体だ!」
そう言いながら犬夜叉は結羅に向かっていった。

(こいつっ! 何故そのことを!)
自分の弱点をいきなり見抜かれ結羅は表情を変える。

「散魂鉄爪!!」
結羅に髪の毛を操る隙を与えないようただひたすら攻め続ける犬夜叉。
しかしそれも長くは続かなかった。

「調子に乗るな!」
無数の髪の毛が犬夜叉を襲う。犬夜叉は再び髪の毛に捕らわれてしまう。

「死ね!」
結羅は刀で犬夜叉の首を切り落とそうとする。

しかし結羅は唐突に動きを止める。
結羅の視線の先には一つの骸骨に弓を放とうとするかごめの姿があった。


「かごめっ、まだ見つからんのか!?」
冥加が焦りながらかごめに尋ねる。
犬夜叉が結羅を抑えてくれているがそれが長くは持たないことは二人にもわかっていた。

(どこっ…どこなのっ…!?)
早くしなければ犬夜叉が死んでしまうという恐怖がかごめを襲う。しかしその感情をかごめは必死に抑える。

(落ち着くのよ…。ちゃんと集中しなきゃ…。)
意識を集中させるかごめ。そして

(見つけたっ!)
明らかに他の髑髏とは違う気配を感じる髑髏があった。

(あれを壊せば…!)
かごめは弓を構える。

(お願い当たって!!)
そして渾身の力で弓を放った。
かごめが放った破魔の矢が骸骨に当たろうかという瞬間、
結羅は咄嗟に犬夜叉を捕らえていた髪を放ち盾にした。そのせいで矢の軌道がずれ外れてしまった。

(失敗した…!)
千載一遇のチャンスを逃してしまうかごめ。何とかもう一度弓を放とうとした瞬間

目の前には宝刀を持った結羅がすぐそこまで迫っていた。

「あんた邪魔だからさっさと死んで!」
結羅が刀を突き出してくる。

かごめは目を閉じることしかできなかった。

痛みに備えるかごめ。しかし何時までたっても痛みは襲って来なかった。

恐る恐る目を開けるかごめ。目の前には


胸を貫かれている犬夜叉の姿があった。


「犬…夜叉…?」
ただ呆然と犬夜叉の姿を見つめることしかできないかごめ。
犬夜叉の体から刀が引き抜かれる。
そのまま地面に倒れ込む犬夜叉。

「い…犬夜叉…嘘でしょ…?」
犬夜叉に触れるかごめ。

犬夜叉はもう息をしていなかった。


「いやぁああああああ!!」
かごめは犬夜叉に縋りつきながら泣き叫ぶ。

「犬夜叉っ犬夜叉ぁあああ!!」
犬夜叉の体を何度も揺するかごめ。しかし犬夜叉は起きることはなかった。

「きゃっ!」
結羅がかごめの髪を掴んで引っ張り上げる。かごめは激痛にうめき声を上げる。

「いつまでやってんのよ。そいつもう死んじゃってんだから何したって無駄よ。」
そう言いながらかごめを睨みつける。

「あんたたちのせいで随分髪の量が減っちゃったわ。代わりにあんたの髪の毛貰うわね。」
由羅は刀を構える。

「でも首から下は要らないわ。」
そう言いながら刀を振り下ろそうとした瞬間、結羅の右腕は吹き飛んだ。

「え…?」
結羅は肘から先がなくなった自分の右腕を見て呆然とする。
そして死んだはずの犬夜叉が立ち上がっていることに気づく。

犬夜叉の姿は先ほどまでとは大きく異なっていた。

目が赤く、
爪もより鋭く尖り、
頬には紫色の爪痕のような痣

それはまさしく「妖怪」の姿だった。

そして犬夜叉と目が合ったとき、結羅は生まれて初めて「恐怖」を感じた。

「ひぃっ!」
結羅は自分が操れる限界の量の髪で犬夜叉を縛る。そしてそのまま絞め殺そうとした時

全ての髪が切り裂かれた。

「え…?」
結羅があっけにとられる。
結羅の身体は既にバラバラに引き裂かれていた。

(だ…大丈夫よ…櫛が壊されない限り私は死なない…。)
首だけになった結羅が何とかその場から逃げようとするが犬夜叉はすぐさま結羅の本体の櫛がある髑髏に飛びかかる。

犬夜叉は本能でそれを破壊した。
逆髪の結羅は完全にこの世から消滅した。


「犬夜叉…?」
かごめが恐る恐る犬夜叉に話しかける。
先程までの出来事はとてもかごめが知る犬夜叉ができるものではなかった。
少しずつ犬夜叉に近づく。

「いかんっ、逃げろかごめっ!」
冥加がかごめに叫ぶ。

「犬夜叉様は妖怪の血が暴走しておる! かごめのことなど覚えてはおらん! 殺されてしまうぞ!」
それでもかごめは確かめずにはいられなかった。

「私のこと…分かる?」
かごめがそう言った瞬間、犬夜叉の爪がかごめの左腕を切り裂いた。

「っ!!」
かごめの左腕から血が溢れる。そして犬夜叉とかごめの目が合う。
かごめは金縛りにあったように動けなくなってしまった。

「かごめっ念珠の言霊を唱えるんじゃ! !」
冥加がかごめに叫ぶがかごめは恐怖から声を出すことができない。
犬夜叉の爪がかごめに振り下ろされる。

かごめの頬には一筋の涙が流れた。

しかし犬夜叉の爪は既の所で止まった。

「俺は…。」
変化が解けた犬夜叉は何が起こったのか分からず立ちすくむ。
元に戻った犬夜叉を見たかごめは

「よかった…。」

そう言いながら意識を失った。



[25752] 第七話 「約束」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 21:53
「ん…。」
楓の家で横になっていたかごめがゆっくりと目を覚ます。

「目が覚めたか、かごめ。」
それに気づいた楓がかごめに話しかける。

「楓ばあちゃん?私…。」
そう言いながら段々と意識がしっかりとしていくうちにかごめは逆髪の結羅との戦いを思い出した。

「楓ばあちゃん! 犬夜叉は!?」
かごめは慌てて楓に問いかける。

「全く、起きてすぐにそれとは…。」
楓はそんなかごめの様子に飽きれつつも安心したのだった。

「傷の方は大丈夫か、かごめ?」
楓に言われて初めてかごめは自分の左腕に包帯が巻かれていることに気がついた。

(そうか…昨日私…。)
そしてかごめは妖怪に変化した犬夜叉のことを思い出す。その姿、戦い方はまるで…

そこまで考えたところで

「おぉ、気がついたか、かごめ。」
玄関から冥加が入ってきた。

「犬夜叉は大丈夫なの?」
かごめは犬夜叉のところからやってきた冥加に尋ねる。犬夜叉は結羅との戦いで満身創痍だったはずだ。それなのに動いて大丈夫なのだろうか。

「心配はいらん。妖怪化したときに傷はすべて治っておる。」
そう冥加は答えた。

「妖怪化」

それは昨日にも冥加から聞いた言葉だった。

「冥加じいちゃん、教えて。どうして犬夜叉はあんなことになっちゃったの?」
冥加は自分から話して良いものかどうか少し思案するが真剣な様子で問いただすかごめを見て話し始める。

犬夜叉はある大妖怪と人間の女性の間に生まれたこと。

その大妖怪の血は半妖の犬夜叉の身体には強すぎること。

命の危機に晒されると妖怪の血が暴走してしまうこと。

妖怪化した犬夜叉は理性を無くし戦うだけの存在になってしまうこと。


「それじゃあ…。」
犬夜叉は自分を庇って瀕死になったことで妖怪化してしまったことにかごめは気づく。

「今、犬夜叉はどこにいるの!?」
突然大きな声をあげるかごめに二人は驚く。

「先ほどまでは川の方に…。」
「川の方ね、分かった!」
そう言いながらかごめは急いで家を出て行った。


「くそっ…。」
犬夜叉は一人、川で自分の手を洗っていた。

(洗っても洗っても匂いが取れねぇ…。)
犬夜叉の手にはかごめの血の匂いが染み付いていた。
昨日妖怪化が解けた後急いでかごめを楓の家に運んだ後、犬夜叉は妖怪化に関する記憶を思い出していた。
記憶の中では犬夜叉は段々と理性をなくしていった。しかし自分ははじめから全く意識がなかった。既の所で止まることができたのも単なる偶然だった。

そして犬夜叉は妖怪化の記憶に関連して二つのことを思い出していた。

一つは「鉄砕牙」

犬夜叉の父の牙から打ち出された妖刀。
普段はただの錆びた刀だが妖力を込めれば巨大な牙のような刀に変化する。
犬夜叉の妖怪の血を抑える守刀でもある。
今の犬夜叉にとってすぐにでも手に入れなければならない物だ。
幸いどこに隠されているかも一緒に思い出せた。
冥加に頼めばそこに行くことも難しくないだろう。

しかしもう一つの思い出した記憶が問題だった。

「殺生丸」

犬夜叉の異母兄で完全な妖怪。
その強さは桁外れで今この世界で敵う者はほとんどいない。
冷酷な性格で妖怪はおろか人間を手にかけることをなんとも思わない。
父の形見である鉄砕牙に執着しており本物の犬夜叉とはそれを巡り何度も戦っていた。
記憶の中では鉄砕牙を手に入れた犬夜叉によって左腕を切り落とされていた。

もし自分が鉄砕牙を手に入れても殺生丸に敵うはずもない。そして殺生丸は人間の女にも容赦はしない。一緒にいればかごめは間違いなく殺されてしまう。かといって鉄砕牙がなければまたいつ妖怪化してしまうか分らない。
今度変化すればきっと自分は傍にいるかごめを殺してしまう。

八方塞がりの状況に犬夜叉はどうすればいいか分からなくなっていた。

そして何より

かごめを傷つけてしまった。

そのことが犬夜叉の心を苛んでいた。

かごめと最初会ったときは喧嘩ばかりしていた。

言霊の念珠を使われる度、嫌な奴だと思っていた。

しかし酷いことを言った自分を許し、一緒に泣いてくれた。

現代での生活もあるにも関わらず自分に会いに来てくれる。

四魂のカケラ集めに誘ってくれたときは本当に嬉しかった。

かごめと一緒ならこんな世界でもこんな身体でも生きていくことができる。

そう思い始めていた。

なのに…


(それなのに俺は…かごめを傷つけちまった。)
犬夜叉は妖怪化した自分を見るかごめの姿を思い出す。
それは自分を半妖と畏怖と恐怖で見るもの者たちと同じものだった。

(もしかごめにまで嫌われちまったら…。)
そう考えると怖くて仕方がなかった。
これからどうするかもう一度考えようとした時

「犬夜叉。」
かごめの声が聞こえた。


「犬夜叉。」
かごめは川辺で一人座り込んでいる犬夜叉に話しかける。
普段なら匂いですぐに気づく犬夜叉だがよほど深く考えこんでいたのだろう。
犬夜叉は飛び起きてかごめに対面した。

「犬夜叉、体の方は大丈夫?」
かごめは犬夜叉の体を見ながら尋ねる。見たところ大きな怪我はなさそうだった。
しかし犬夜叉の様子はおかしかった。まるで自分に怯えているようだった。

「犬夜叉?」
かごめがさらに犬夜叉に近づく。すると犬夜叉はそれに合わせて後ずさりした。

「どうしたの?」
そんなことを何度か繰り返した後

「怖くねぇのか。」
犬夜叉がかごめに問う。

「え…?」
一体何のことを言っているのかかごめには分からなかった。

「お前は俺に殺されかけたんだぞ!  俺が怖くないのか! 」
犬夜叉は苦悶の表情でかごめに叫ぶ。かごめは犬夜叉が何に思い悩んでいたのか理解する。そして

「あれは妖怪の血が暴走しちゃったから何でしょ?だったら犬夜叉のせいじゃないわ。」
そう答えた。

その答えが意外だったのか犬夜叉は言葉を失う。

「それに私を庇ってくれたのが原因なんだから犬夜叉が悪いわけがないじゃない。」
さらにかごめは続ける。

「ごめんね、犬夜叉痛い思いさせちゃって…。」
申し訳なさそうにするかごめ。そして

「ありがとう、犬夜叉。助けてくれて。」
微笑みながらそう言った。

犬夜叉の目から涙が溢れる。

「もう泣き虫なんだから。」
かごめは犬夜叉を優しく抱きしめた

少年は

かごめを守れる強さが欲しい。

そう心から願った。


二人は骨食いの井戸の前に来ていた。
犬夜叉はかごめに一ヶ月、現代にいてもらうことを提案した。
最初は嫌がっていたかごめだったが犬夜叉の覚悟を感じ取り渋々了承した。

「本当に妖怪化を抑える方法があるの?」

「あぁ。」

犬夜叉は妖怪化を抑える方法を手に入れるためその間かごめには安全な現代へ戻ってもらおうとしていた。
もちろん鉄砕牙や殺生丸のことは伝えていない。何かを隠していることには気づいたかごめだったがそれ以上聞くことはできなかった。
そして犬夜叉の手の中には四魂のカケラが握られていた。
記憶の中で四魂のカケラを持たないまま現代に戻ったかごめはこちらから四魂のカケラを井戸に落とさない限り自分で戦国時代に来ることはできなかった。
犬夜叉はかごめが自分を心配してこちらに来てしまう事を恐れ自分が井戸に四魂のカケラを落とさない限りかごめがこちらに来れないようにする必要があった。

「一ヶ月ね…。約束よ」
かごめが犬夜叉を見つめる。その表情から犬夜叉を心配していることが伝わってくる。

「あぁ。」
そんなかごめを見て苦笑いしながら犬夜叉が答える。

「絶対よ。約束破ったら許さないんだから。」
強い口調でかごめが念を押す。

「分かった。約束だ。」
犬夜叉は笑いながらそう言った。

「犬夜叉……気を付けて……。」
かごめは最後までこちらを見ながら現代へ戻って行った。

「冥加、頼みがある。」
家に戻った犬夜叉はこれからのことを冥加に話す。

少年ひとりきりの犬夜叉の因縁との戦いが始まろうとしていた。



[25752] 第八話 「予想外」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 21:57
月が明るさを放つ夜。
二つの人影が村に向かって近づいていた。

「しかし本当に犬夜叉が鉄砕牙の在りかを知っておられるので?」
そう尋ねているのは邪見。
小柄な身体で自分の背丈の倍以上ある人頭杖(にんとうじょう)という杖を持っている妖怪だ。

そして尋ねられているのが殺生丸。
犬夜叉の異母兄であり、純血の犬の大妖怪。
見た目は膝裏ほどもある長い銀髪を持つの美青年だが他人を寄せ付けない雰囲気を放っていた。

(あぁ…やっぱり答えて下さらない…。)
邪見はそう思いながら肩を落とす。
常に無口な殺生丸だが鉄砕牙や犬夜叉のこととなるとそれが一層酷くなる。
ここ数日はそれが特に酷く邪見は自分の胃に穴が空くのはそう遠くないと思うほどだ。

(父君が殺生丸様に鉄砕牙をお譲りになっていればこんなことには…。)
そう邪見は思いながら決して口には出せなかった。

(何故父君は天生牙などを殺生丸様に…。)

「天生牙」

鉄砕牙と同様、犬夜叉と殺生丸の父の牙から打ち起こされた刀。
普通の刀と異なりこの世の生き物を殺すことはできないが、死者に対して抜くとあの世からの使いが見えそれを斬ることで死者を甦らせることができる使いようによっては絶大な力を持つ刀だ。
しかし殺生丸が望むのはそんな力ではなかった。

曰く

鉄砕牙はその一振りで百の妖怪をなぎ倒す。

天生牙はその一振りで百の命を救う。

殺生丸がどちらを欲するかは考えるまでもなかった。


二人が村を訪れようとしているのには理由があった。
封印されていた犬夜叉が復活したという噂が流れてきたからだ。
これまで鉄砕牙を探し続けてきた殺生丸だったがまるで手がかりを掴むことができなかった。そして血縁である犬夜叉が何か知っているのではないかと疑い村に向かっていた。
二人が村が見えるほどのところに差し掛かったとき一つの人影が立ち塞がった。


「…犬夜叉か。」
殺生丸が呟く。

髪型が異なるがその匂いは間違いなく犬夜叉の物だった。
二人の間に緊張が走る。そして

唐突に犬夜叉が頭を下げた。

「何のつもりだ。」
表情一つ変えずに殺生丸が問う。

犬夜叉は自身の状況を説明する。

自分は本物の犬夜叉ではないこと。
妖怪化のこと。
それを抑えるために守刀である鉄砕牙が必要なこと。
鉄砕牙には結界が施されており妖怪には使えないこと。

暫く黙って聞いていた殺生丸だが

「それで終わりか?」
そう冷淡に告げた。

「そのような戯言、この殺生丸が信じるとでも思ったか。」
殺生丸の妖気が高まっていく。

「鉄砕牙の所有を認めて欲しいならこの私を倒してみせろ。」
そして戦いが始まった。

一瞬で懐に入られた犬夜叉が殴り飛ばされる。

「ぐっ!」
犬夜叉はそのまま数十メートル吹き飛ばされた。

(全く見えなかった…!)
ふらつきながらなんとか立ち上がる犬夜叉。犬夜叉は桁違いの強さに恐怖すら忘れた。
自分が全く歯が立たなかった逆髪の結羅も動きが見えないなんてことはなかった。
桁が違う。
それ以外の言葉で表しようもないほどの力の差があった。

「どうした、もう終わりか。」
殺生丸がつまらなげに呟く。
犬夜叉は考えられる最悪の状況に絶望していた。

犬夜叉が殺生丸に対する唯一の策が「話し合い」だった。

鉄砕牙を先に手に入れたとしてもそれを使いこなせない以上意味がない。
妖怪化をしても殺生丸には敵わない。
唯一残された策が自分の状況を話し鉄砕牙の所有を認めてもらうことだった。
しかし自分と冥加だけでは信じてはもらえない。
そこで犬夜叉は冥加に刀々斎に協力してくれるよう伝言を頼んだ。
刀々斎は鉄砕牙と天生牙を作った刀匠だ。
彼が言うことなら殺生丸も聞く耳を持つかもしれない。
記憶の中でも鉄砕牙が犬夜叉の妖怪の血を抑えるための守刀だと知ってからは奪おうとすることはなくなった。
そして自分は本物の犬夜叉ではない。
もしかしたら見逃してもらえるかもしれない。
確率は限りなく低い賭けだがそれに賭けるしかない。
そう犬夜叉は考えていた。

しかし冥加達が戻って来る前に殺生丸達が来てしまった。

逃げてしまおう。
そう考えた犬夜叉だったがどのみち殺生丸から逃げることなどできるわけもない。
もし自分が逃げたことで楓達に何かあっては耐えられない。

犬夜叉は一人死地に向かうことを決めた。


犬夜叉は覚悟を決め殺生丸に向かっていく。

「散魂鉄爪!」
犬夜叉は爪で斬りかかり続ける。しかしその全てを躱されていた。
殺生丸は躱しながら考える。

幼稚すぎる。

戦い方も。

呼吸も。

間合の取り方も。

まるで赤子を相手にしているようだった。いくら弱い半妖と言えど異常だった。

「もういい、終わりだ。」
そう言いながら殺生丸は手に力を込める。

「毒華爪!」
強力な毒の爪が犬夜叉の身体に襲いかかる。
それをまともに受けた犬夜叉は地面に倒れ動かなくなった。

「ふん、半妖ごときが殺生丸様に逆らうからじゃ。」
成り行きを見ていた邪見がそう吐き捨てる。

殺生丸が踵を返す。
そしてそのまま立ち去ろうとしたとき

強力な妖気が二人を襲った。

「なっ…!」
邪見がそのあまりの強力さに腰を抜かす。
犬夜叉は再び妖怪化していた。その姿を殺生丸は正面から見据える。

(この殺生丸に一瞬とはいえ恐れを感じさせるとは…)
殺生丸にとってそれは許し難い屈辱だった。

犬夜叉が殺生丸に飛びかかる。
先ほどまでとは比べものにならないほどの威力の斬撃が繰り出される。

しかし

「この程度か。」
やはりその全てを殺生丸は躱していた。

そのことを意にも解さず犬夜叉は攻め続ける。

「毒華爪!」
殺生丸の毒爪を喰らってしまう犬夜叉。しかし

犬夜叉の拳が殺生丸の腕に当たる。

「殺生丸様っ!」
初めて殺生丸に攻撃が当たったことに驚く邪見。しかし殺生丸の攻撃を受けた犬夜叉の体はボロボロだった。にもかかわらず犬夜叉は襲い掛かっていく。

(こいつ恐怖感も…いやそれどころか…痛みすら感じていないのか。)
そんな犬夜叉の姿を見ながら殺生丸は考える。

「ふっ、憐れな…」
殺生丸が今までより強く手に力を込める。

「半妖は半妖らしく地を這え!」
それをまともに喰らった犬夜叉は倒れ起き上がることはなかった。


(俺は…。)
瀕死の重傷を負ったことで変化が解けた犬夜叉は正気に戻った。しかし満身創痍で動くこともできない。
殺生丸が犬夜叉に近づく。

「一族の面汚しが…。止めを刺してやる。」
そう言いながら手を振り上げる。

(ごめん…かごめ…、約束…守れなかった…。)
犬夜叉が心の中でかごめに謝る。

手が振り下ろされようとしたその瞬間



「ねぇ、殺生丸様。もうそっちに行ってもいい?」
いるはずのない少女の声がした。



[25752] 第九話 「真の使い手」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 22:02
「うっ…。」
ゆっくりと犬夜叉が目を覚ます。

(ここは…?)
自分の状況を確認しようと起き上がろうとするが

「っつ!」
その瞬間、体に激痛が走った。

(確か殺生丸に止めを刺されそうになって…。)
犬夜叉がそこまで思い出した所で

「あ、犬夜叉様が目を覚ましたよ。邪見様。」
自分をのぞき込んでいるりんに気づいた。

「なんでそんな奴に様付けをしておるのだ、りん!」
「だって殺生丸様の御兄弟なんでしょ。だったら様付けしなくちゃ邪見様。」
「わしが認めるのは殺生丸様だけじゃ!」
そんな言い合いをしている二人を見ながら犬夜叉は考える。
自分の身体には包帯が巻かれている。りんが手当てをしてくれていたようだ。


「りん」

殺生丸が邪見と共に引き連れていた少女。
詳しい経緯は分からないが殺生丸に救われたらしい。
人間嫌いのはずの殺生丸に大きな影響を与えた。
殺生丸にとって唯一無二の存在。

しかし犬夜叉の記憶の中ではりんが殺生丸と一緒にいるようになるのはもっと先のはずだった。
それがなぜここにいるのか。犬夜叉が自分の記憶に疑問を感じていたとき、

「犬夜叉様、ご無事ですか!?」
慌てる冥加の声が聞こえた。

「随分手酷くやられてるじゃねぇか。」
よぼよぼ姿の老人が犬夜叉に話しかける。

「おめぇが犬夜叉か。」


「刀々斎」

妖怪の刀鍛冶。
犬夜叉の父の依頼で、彼の牙から息子達への形見の刀「鉄砕牙」「天生牙」を作った。
一見とぼけた老人だが刀鍛冶としての腕の右に出るものはいない。

「せっかく来てやったってのに死なれちゃ意味ねぇぞ。」
言いながら刀々斎は殺生丸に近づく。

「久しぶりだな。殺生丸。」
あっけらかんとした調子で刀々斎は話しかける。

「刀々斎か。貴様も私に殺されに来たのか。」
そう言いながら手に力を入れる殺生丸。

「違うってーの。全く相変わらず嫌な奴じゃな…。」
そう言いながら刀々斎は続ける。
犬夜叉と殺生丸の父親は犬夜叉の妖怪化を抑えるための守刀として鉄砕牙を犬夜叉に譲ったこと。
鉄砕牙には結界が施されており妖怪には使えないこと。
それらが真実であることを伝えた。

「それで…私にその半妖が鉄砕牙を持つことを認めろとでも言うのか。」
殺生丸の目付きが鋭くなる。

「ちょっと待て! 人の話は最後まで聞かんか!」
焦りながら刀々斎はさらに続ける。

「わしがここに来たのは犬夜叉に頼まれたからだけじゃねぇ。天生牙がわしを呼んだからじゃ。」

「天生牙がだと。」
殺生丸が自分の腰にある天生牙に目をやる。

「おめぇだってとっくに気付いてたんだろ。天生牙が騒いでるってことに。」
殺生丸は刀々斎を見据える。

「天生牙がお前の心の変化を読み取った。天生牙を戦える刀に鍛え直すときが来たんじゃ。」

「鍛え直すだと」
殺生丸が刀々斎に問う。

「親父殿からの遺言でな。お前が自分に足りないものを身につけたとき天生牙を元の刀に打ち直してくれと。」

「何を言う! 殺生丸様は完璧じゃ! 足りないものなどないわ!」
邪見は刀々斎に食ってかかる。

「強いし優しいしね。」
りんもそれに続く。

「…優しさなど知らん。」
言いながら落ち込む邪見だった。


「それと殺生丸。そこの犬夜叉に戦い方を教えてやれ。」
「え?」
いきなり自分のこと言われ驚く犬夜叉。

「鉄砕牙を手に入れても使い手が弱くちゃ意味ねぇからな。」
「くっ…。」
何も言い返せない犬夜叉だった。


「なぜこの殺生丸がそんなことをしなければならん。」
刀々斎の頼みを一蹴する殺生丸。しかし

「タダでとは言わねぇ。お前に一本、刀を打ってやる。」
その言葉に殺生丸は表情を変える。

「……なぜ今更刀を打つ気になった。」
殺生丸はこれまでにも何度も刀々斎に自分の刀を打つよう頼んできた。しかし刀々斎は決して刀を打とうとはしなかった。

「天生牙が認めた今のお前になら打ってやってもいいと思ったのさ。」

しばらく思案する殺生丸。そして

「いいだろう。ただし刀が出来るまでだ。」
そう答えた。

「もっとも、そこの犬夜叉を鉄砕牙が認めたらの話だがな。」
刀々斎が犬夜叉を見ながら言う。

「約束を違えればどうなるか分かっているな、刀々斎。」
殺生丸が刀々斎に釘を刺す。

(やっぱり打つのやめようかな…。)
本気でそう思う刀々斎だった。


「わぁ! すごい!」
りんが感嘆の声を上げる。
話がまとまった後、犬夜叉達は黒真珠を使い犬夜叉と殺生丸の父親の墓に訪れていた。

「殺生丸様のお父様ってすごく大きいんだね。」
りんはその巨大な姿を見上げる。

「殺生丸様の父君は西国を支配していた大妖怪であったのだぞ。大きくて当たり前じゃ。」
邪見がそれに答える。

「じゃあ邪見様は小妖怪だね。」
「なんじゃと!」
騒がしい二人を置いたまま殺生丸は飛び上がって行った。

「お待ちください! 殺生丸様!」
その後に犬夜叉達も続いた。

父親の体内に鉄砕牙は納められていた。
そして錆びた刀の状態で床に突き刺さっていた。
殺生丸は一人それに近づいていく。そして鉄砕牙に触れようとした瞬間

結界によって阻まれてしまった。

「…ふん。」
鉄砕牙に一瞥をくれた後、殺生丸はその場から立ち去っていった。

殺生丸から少し遅れて犬夜叉たちが鉄砕牙の元にやって来た。
犬夜叉が恐る恐る鉄砕牙に触れる。しかし何も起こることなく柄を握ることができた。

(俺に抜く事ができるのか…。)
犬夜叉は不安に駆られる。
自分は本物の犬夜叉ではない。
そんな自分を鉄砕牙は認めてくれるだろうか。それでも


「一ヶ月ね…。約束よ。」
そう言っていたかごめの姿を思い出す。

「絶対よ。約束破ったら許さないんだから。」


かごめを守れる強さを手に入れる為に犬夜叉は一気に鉄砕牙を引き抜いた。

「なにっ!?」
刀々斎は驚きの声を上げる。

鉄砕牙は犬夜叉が引き抜いた瞬間、本来の巨大な牙に変化した。

(こうも簡単に鉄砕牙が認めるとは…。)

鉄砕牙は人間を慈しみ守る心がなければ扱えない刀。

(こいつ…案外大物になるかもな。)
そんなことを考える刀々斎だった。


犬夜叉は鉄砕牙を手に入れた。



[25752] 第十話 「守るもの」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 22:07
「め…。かごめったら!」
「え?何?」
考え事をしていたかごめは物憂げに返事をした。

「かごめ最近なんか元気がないよ。何かあったの?」
同級生のあゆみがかごめを心配そうに見つめる。。

「大丈夫よ。なんでもないから。」
そう言いながらもやはり元気がないかごめ。

「彼氏と喧嘩でもした?」
由加が冗談交じりにかごめに尋ねる。

「ううん。そんなんじゃない。ただちょっと会えないだけで…。」
そう答えたあとまた一人考え事を始めるかごめ。

(いつもなら彼氏なんかじゃないって否定するところなのに…。)
(よっぽど思いつめてるのね…。)
(恋ね! 恋なのね!)
三人はそれぞれ勝手に想像を膨らませていった。


かごめが戦国時代に行かなくなってから二週間が経とうとしていた。
いつも通り学校に通っているかごめだったがどこか上の空でいることが多かった。

(犬夜叉、ちゃんとごはん食べてるかな…、きちんと寝れてるといいけど…。)
かごめはいつかの犬夜叉の姿を思い出す。

(犬夜叉泣き虫だからまた一人で泣いてるかも…。)
心配が絶えないかごめだった。

学校から家に帰った後かごめは井戸の前で佇んでいた。
そして井戸に入ろうと身を乗り出し

既の所で思いとどまった。

(ダメよ私、犬夜叉と約束したじゃない! 一ヶ月後だって!)
まだあれから二週間しか経っていない。まだ半分だと思うとやり切れないかごめ。

(犬夜叉だって頑張ってるんだから。私も何かしないと…。)
そう考えながらかごめは家に戻って行った。

かごめは次の日から弓道部に仮入部し弓の練習に明け暮れるようになった。
そしてその腕前のためしつこく勧誘されるようになるとは思いもしないかごめだった。


「はぁっ!」
犬夜叉が殺生丸に飛びかかる。
何度も爪を振るうが全て紙一重で躱されていた。

殺生丸の爪が犬夜叉を引き裂く。

「ぐっ!」
吹き飛ばされ地面に這い蹲る犬夜叉。そして

「うっ…がっ…!」
妖怪化が始まる。

「りん、早く鉄砕牙を持っていくんじゃ!」
「うん!」

邪見の言葉に従いりんは犬夜叉に近づいていく。

「はい。犬夜叉様。」
りんが犬夜叉に鉄砕牙を握らせる。
すると妖怪化は収まり、犬夜叉はそのまま気絶してしまった。
これがここ二週間の犬夜叉の生活だった。

修行を始める前に殺生丸が言ったのはたった一言

「手取り足取り教えるつもりはない。かかってこい。」
それだけだった。

それから犬夜叉の地獄のような修行が始まった。
といっても内容は単純。犬夜叉が殺生丸に挑み殺生丸がそれに反撃する。ただそれだけだった。
殺生丸も一応手加減してくれているのか毒の爪を使うことはなかった。
しかしそれでも瀕死になると妖怪化してしまう事もあり、その際は先ほどのようにりんが鉄砕牙を持ってきてくれるのだった。
そして犬夜叉は鉄砕牙を使わず爪のみで挑んでいた。まだ鉄砕牙を使う段階ではないと考えたからだ。

「全く進歩のない奴ですな。」
邪見が悪態をつく。
邪見としては適わないと分かっている相手に挑み続ける犬夜叉が理解できなかった。

「貴様の目は節穴か、邪見。」
「は?」
そう言いながら殺生丸はその場を離れていく。
今の犬夜叉は並の妖怪では相手にならないほどの強さになりつつあった。
相手が殺生丸なので何も変わっていないと邪見は勘違いしていた。
戦い方を思い出している。そうとしか言えないほどの成長速度だった。

「うっ…。」
犬夜叉が目を覚ます。

「あ、犬夜叉様大丈夫?」
りんが心配そうに犬夜叉をのぞき込む。身体には手当をしてくれた跡があった。
本当にりんには頭が上がらない犬夜叉だった。

「やっぱり師匠は強いな…。」
そう呟く犬夜叉。
犬夜叉は殺生丸のことを師匠と呼ぶようになっていた。
呼び捨てになどできないし様付けをするのにも違和感があったからだ。
もっとも初めてそう呼んだときは殺生丸に睨まれてしまったが。

「ねぇ犬夜叉様。聞いてもいい?」
突然りんが犬夜叉に尋ねる。


「犬夜叉様はどうしてそんなに強くなりたいの?」
犬夜叉はそんな質問をされるとは思っておらず目を丸くする。
誤魔化そうかとも思ったが真剣な様子で答えを待っているりんを見て正直に話すことにした。

「…守りたい人がいるんだ。」
犬夜叉は呟くように答える。

「その人は俺なんかのために泣いてくれて、一緒に居てくれた。…でも俺が弱かったからその人を傷つけてしまった。だから」
真っ直ぐりんを見据えて

「俺はその人を守れるくらい強くなりたい。」
そう答えた。


「ふん…。」
影から聞いていた邪見がその場を離れていく。

(ちょとだけ認めてやるわい…。)
邪見はそう思った。

次の日の朝。
りんが殺生丸の元を訪れていた。
犬夜叉はまだ眠っているので今は殺生丸とりんの二人きりだった。

「殺生丸様、聞いてもいい?」
りんが殺生丸に話しかける。
殺生丸はりんに目を向ける。
肯定と受け取ったりんは

「殺生丸様はどうして強くなりたいの?」
そう尋ねた。

「何?」
予想外の質問だった為か殺生丸が聞き返す。

「昨日犬夜叉様に聞いたの。犬夜叉様は守りたい人がいるんだって。だから強くなりたいんだって。」
黙って聞き続ける殺生丸。

「殺生丸様は?」

その言葉に殺生丸の脳裏にある光景が蘇る。



雪が舞う海辺に二人の人影がある。
まだ幼さが残る殺生丸とその父親だった。
父親は満身創痍だった。
それは竜骨精との戦いで受けた傷だった。
そしてそんな身体のまま犬夜叉の母である十六夜を救うため最後の戦いに赴こうとしていた。

「行かれるのか…父上…。」
そんな父を見ながら殺生丸が背中越しに尋ねる。

「止めるか?殺生丸…。」
振り向くことなく父が応える。

「止めはしません。だがその前に牙を…叢雲牙と鉄砕牙をこの殺生丸に譲って頂きたい。」
そう殺生丸が頼む。

「渡さん…と言ったら…この父を殺すか?」
二人の間に緊張が走る。

「ふっ…それほどに力が欲しいか…。なぜお前は力を求める?」
父が殺生丸に問う。

「我、進むべき道は覇道。力こそその道を開く術なり。」
迷いなく殺生丸が答える。

「覇道…か…。」
しばらくの間のあと

「殺生丸よ…お前に守るものはあるか?」
そう父は問う。

「守るもの…?」
言葉の意味が分らない殺生丸は

「そのようなもの…この殺生丸に必要ない。」
そう切って捨てた。


殺生丸はりんの問いに答えることができなかった。


「よろしくお願いします。師匠。」
そう言いながら犬夜叉が向かってくる。
殺生丸はそんな犬夜叉を見ながら父の問いの意味を考えるのだった。



[25752] 第十一話 「再会」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 22:15
森の中で凄まじい速さで動いている二つの人影があった。
犬夜叉と殺生丸だ。

「はっ!」
犬夜叉の爪が殺生丸を襲う。しかし殺生丸はそれを既の所で躱し逆に反撃をする。

「くっ!」
それを何とか防ぐ犬夜叉。しかしその衝撃で吹き飛ばされてしまう。
犬夜叉はなんとか体勢を整える。二人の間にはかなりの距離が開いていた。
犬夜叉は自分の身体についている血を手につける。そして

「飛刃血爪!」
自らの血に妖力を込め硬化させた刃を殺生丸に飛ばす。
しかし殺生丸は指から光のムチのようなものを出しそれらを撃ち落とす。
その一瞬の隙を突いて犬夜叉が殺生丸に飛びかかる。

(捉えたっ!)
そう思った犬夜叉だったが

「遅い。」
一瞬で後ろに回り込まれてしまった。

殺生丸の蹴りが犬夜叉の背中に突き刺さる。
再び吹き飛ばされる犬夜叉。なんとか立ち上がり振り向いた所で殺生丸の爪が喉元に突きつけられた。二人の間に緊張が走る。そして

「参りました。」
犬夜叉の言葉でそれは消え去った。


犬夜叉が修行を始めて一ヶ月半が経とうとしていた。
初めは何もできないままやられていた犬夜叉だったがここ一週間程は何とか反撃もできるようになりつつあった。といっても一度も殺生丸に攻撃は当てられていなかったが。

「刀々斎の奴いつまでかかっておるのだ。」
邪見が悪態をつく。
天生牙の打ち直しと新しい刀の作製を行っているはずの刀々斎からはまだ何の応答もなかった。

「貴様といい刀々斎といい殺生丸様をいつまでも煩わせおって!」
そんな邪見に

「悪いな、長い間付き合わせちまって。」
犬夜叉が謝罪する。

「ふんっ!」
邪見はそう言いながらあさっての方向を向く。
嫌味を言っても一向に堪えない犬夜叉にやりずらさを感じる邪見。

「もうそんなこといったらダメだよ。邪見様。」
りんが邪見を嗜める。
修行以外はいつもこんな調子だった。


しばらくして突然雷が落ちたような音が響く。そして

「待たせたな。」
そう言いながら刀々斎が姿を現した。

「ほれ、これが戦いの天生牙だ。」
そう言いながら刀々斎が殺生丸に天生牙を手渡す。

「使ってみな。」
殺生丸は鞘から天生牙を抜く。そして一本の木に向かって刀を振り下ろした。
その瞬間、刀の軌跡に合わせて木が消滅してしまった。

「何とっ!」
「すごい!」
邪見とりんが驚きの声を上げる。

「それが冥道残月破だ。使った相手を冥道に送り込む技。冥道に送り込まれたが最後、二度と現世には戻ってこれねぇ。」
刀々斎が説明をする。

(何と言う恐ろしい技じゃ…。鬼に金棒どころの話じゃないわい…。)
邪見はただでさえ強い殺生丸がさらに強くなることに恐怖すら感じた、。

「そしてこれが新しい刀の闘鬼刃じゃ。」
殺生丸がそれを受け取る。

「鬼の牙から作った鉄砕牙に優るとも劣らぬ名刀だ。鉄砕牙や天生牙のような特別な力はないが使い手の強さによって力が増す刀だ。」
殺生丸は暫く闘鬼刃を見つめた後

「確かに受け取った。」
そう告げた。

(もっともお前が自分の刀に目覚めるまでのつなぎにしかならないだろうがな…)
そう思いながらも口には出さない刀々斎だった。

「ではそろそろ行かれますか、殺生丸様。」
邪見が殺生丸に進言する。
しかし殺生丸は動こうとはしなかった。

「殺生丸様?」
邪見がそんな様子に気付きさらに尋ねる。
殺生丸は闘鬼刃を犬夜叉に向け

「抜け、犬夜叉。」
そう告げた。

「え?」
いきなり話しかけられ戸惑う犬夜叉。そんな犬夜叉を意に介さず

「剣を教えてやる。私に一太刀浴びせてみせろ。」
そう言いながらこちらに向かってきた。
刀を振り下ろしてくる殺生丸。

「くっ!」
犬夜叉は咄嗟に腰にある鉄砕牙を鞘から抜き防御する。
鍔迫り合いになるがすぐに殺生丸に押し切られ吹き飛ばされる犬夜叉。
なおも追撃する殺生丸。犬夜叉は防戦一方だった。

「全く血の気が多いやつだな。」
刀々斎が呆れながら呟く。

(まさか殺生丸様は犬夜叉で試し斬りをなさろうとしているのか。)
そんなことを考える邪見。
そのまま殺生丸の圧勝かと思われたが段々と異変が起きてきた。
犬夜叉が段々と押し返してきたのだ。

(何だ?これは?)
その状況に一番驚いているのは犬夜叉自身だった。

体が軽い。
体が熱い。
動きが見える。
鉄砕牙がまるで手に吸い付いているかのようだった。

「これは…。」
そんな様子を見ながら冥加が呟く。

「お前も気づいたか。冥加。」
刀々斎が話しかける。

「殺生丸の奴、犬夜叉を導く戦いをしてやがる。」

二人の戦いを見ながら

「すごい…。」
りんが感嘆の声を上げる。
殺生丸が導きそれに犬夜叉が応える。
それはまさしく剣舞だった。

「頑張ってー犬夜叉様―! 殺生丸様―! 」
りんが二人を応援する。

「こら何を言っておるのだ!りん!」
邪見がりんに食ってかかる。

「邪見様も応援しなきゃ。」
「わしが応援するのは殺生丸様だけじゃ!」
そう言いながら二人の戦いを見つめる邪見。

(こいつ…。)
急激な成長に驚きを隠せない殺生丸。

殺生丸との一ヶ月半の修行による経験。
鉄砕牙を持ったことによる記憶の流入。
殺生丸による剣の導き。
そして何より

「強くなりたい。」

少年の強い想いが犬夜叉の強さを呼び起こした。

一際大きな鍔迫り合いの後、二人の間に距離が空いた。

「ハァッ…、ハァッ…。」
急激な成長に戸惑いが隠せない犬夜叉。
そんな犬夜叉を見ながら

「次が最後だ。」
殺生丸がそう告げる。

闘鬼刃を水平に構える殺生丸。そして

「蒼龍波」
犬夜叉に向けて奥義を放った。

凄まじい妖力が犬夜叉に向かってくる。

(避けられない!)
直感でそう感じる犬夜叉そして鉄砕牙が震えているのに気づく。

(鉄砕牙!?)
鉄砕牙の刀身には風が渦巻いていた。
全てを理解した犬夜叉は

「風の傷っ!!」
鉄砕牙を振り下ろした。

「何っ!」
刀々斎が驚きの声を上げる。

二つの巨大な妖力がぶつかりあう。
凄まじい衝撃が辺りを襲う。
しかし最初こそ拮抗していたものの段々と犬夜叉が押され始める。

「くそっ…!」

ここまでなのか。
そんな気持ちが犬夜叉を支配する。
しかし

自分を救い手当してくれたりん。

悪態を突きながらも付き合ってくれた邪見。

自分を導いてくれた殺生丸。


みんなの思いに報いるためにも諦める訳にはいかない!

その瞬間犬夜叉は匂いを感じ取る。
それは風の傷の匂いだった。
ぶつかり合っている妖力の流れが見える。
そして

「ここだぁぁぁぁっ! ! !」
犬夜叉は鉄砕牙を振り切った。

その瞬間、殺生丸の蒼龍波が逆流を始める。
それが殺生丸に届くかというところで二つの妖力が爆発を起こす。

吹き飛ばされる犬夜叉。
殺生丸は立たずんだままだった。

(やっぱり…無理だった……。)
ボロボロになりながらも何とか立ち上がった犬夜叉が肩を落とす。
しかし

殺生丸の左腕から一筋の血が流れる。
犬夜叉は初めて殺生丸に一太刀を浴びせた。

「「やったぁ!!」」
りんと邪見が手を合わせながら飛び上がる。
そんな邪見を睨みつける殺生丸。

「ち…違います! 殺生丸様っ!」
慌てて弁明する邪見。
「もう、邪見様ったら。」
呆れるりんだった。

(爆流波もどきってところか…。)
刀々斎が先ほどの戦いを見ながら考える。

(たった一ヶ月ほどでここまで成長するとは……)
刀々斎は自分の目に狂いはなかったことを確信した。
そして刀々斎は殺生丸に近づく。

「どうだった殺生丸。人を育てるってのも悪くねぇだろ。」
そう声をかけた。

「……ふん。」
そっけなく返す殺生丸だった。


「行くぞ。」
「はっ。」
殺生丸と邪見が離れていく。

「またね、犬夜叉様。」
そういいながらりんもそれに続く。
歩きだす殺生丸に

「師匠っ!」
犬夜叉が叫ぶ。
こちらに振り返る殺生丸そして

「ありがとうございましたっ!」
犬夜叉は頭を下げた。

殺生丸達は去っていった。


「ただいま。」
犬夜叉は一ヶ月半ぶりに楓の村に戻ってきた。

「犬夜叉、心配しておったぞ。」
楓が慌てて犬夜叉を出迎える。

「ずいぶんと時間がかかったな。」
「あぁ。約束の一ヶ月をだいぶ過ぎちまった。」
罰が悪そうに答える犬夜叉だった。

二人は骨食いの井戸に向かっていた。
四魂のカケラを落としてかごめがこっちに来れるようにするためだ。
カケラを落とした後はかごめが来るまで待っていなければならないので食べ物等も持って行っていた。

「それじゃあ落とすぜ。」
そう言いながらカケラを落とした瞬間

「きゃあっ!」
そんな少女の声が聞こえた。

「「え?」」
突然の出来事に驚く二人。
そしてもの凄い勢いでかごめが井戸を登ってきた。

「楓ばあちゃんっ!」
楓に気づいたかごめが嬉しそうに駆け寄る。

「お主…もしやずっと井戸で待っておったのか?」
そう楓に問われ顔を真っ赤にするかごめ。

「ち…違うわよっ! たまたまよ! たまたま!」
慌てて反論するかごめだった。

そして犬夜叉とかごめの目が合った。
しばらく沈黙が続き犬夜叉がなんとか話しかけようとしたとき


「バカ――――っ! !!」
かごめが犬夜叉にそう叫んだ。

「なっ……!?」
いきなり大声でしかもそんなことを言われるとは思っていなかった犬夜叉はあっけにとられる。

「約束の期間とっくに過ぎてるじゃない! どうして連絡もくれなかったのよ!」
凄まじい剣幕で犬夜叉に詰め寄るかごめ。

「いやっ…色々あって…。」
しどろもどろになりながら犬夜叉が答える。

「でも一度くらい会いに来てくれても良かったじゃない!」
そう言いながらだんだんと落ち着きを取り戻すかごめ。そして

「心配したんだから…。」
かごめはそう呟く。

「本当に心配したんだから…。」
かごめの目に涙が溢れる。
そして

「ただいま。犬夜叉。」
そう告げた。

二人は抱き合いながら

「おかえり、かごめ。」
犬夜叉はそう答えた。


「全く最近の若いもんは…。」
一人蚊帳の外の楓だった。



[25752] 第十二話 「出発」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 22:25
「かごめ、四魂のカケラの気配はどうだ?」
自転車の後ろに乗っている犬夜叉がかごめに尋ねる。

「こっちで合ってるはずなんだけど…まだちょっと遠いわね。」
自転車を漕ぎながらかごめが答える。
二人は再会した後、互いの準備が整ったということでかごめの連休に合わせて四魂のカケラ集めに出発した。
今は気配のある方向に向かっている最中だ。

「そろそろお昼にしようか。」
そう言いながら自転車を止めリュックを探り始めるかごめ。

「今日は何なんだ?」
犬夜叉が待ちきれないようにリュックを覗き込む。

「今日はママが作ってくれたお弁当よ。」
そう言いながら弁当を犬夜叉に手渡す。
かごめは戦国時代に来る時には現代の食べ物を犬夜叉のために持ってきてくれていた。
それは犬夜叉の大きな楽しみの一つだった。

「そういえば犬夜叉、その腰の刀は何なの?」
ものすごい勢いで弁当を食べている犬夜叉にかごめが話しかける。
かごめは再会したあと犬夜叉が妖怪化を抑えることができるようになったことは聞いていたが鉄砕牙や殺生丸のことはまだ知らなかった。

「これは犬夜叉の父親の牙から作られた妖刀で鉄砕牙って言うんだ。」
そう言いながら鞘から鉄砕牙を抜く。
見た目はただの錆びた刀だった。

「ただの錆びた刀じゃない。」
かごめが訝しみながら答える。

「見て驚くなよ。」
自信満々にそう言いながら犬夜叉が鉄砕牙に妖力を込める。
そして刀を振り下ろした。
しかし

「あれ…?」
鉄砕牙は錆びた刀のままだった。

「何も起きないじゃない。」
かごめが呆れたように言う。

「そんなはずは…。」
そう言いながら何度も試すが鉄砕牙は変化しなかった。

「いつまでもやってないで行くわよ。」
かごめがリュックを背負い自転車にまたがる。

「ま、待ってくれよ!」
慌てて後を追う犬夜叉。
鉄砕牙に遊ばれている。
そう思わずにはいられない犬夜叉だった。


移動し始めてからしばらく経ったところで

「止まれ、かごめ。」
犬夜叉が自転車から飛び降りそう告げる。
かごめはあわてて停止した。

「どうしたの、犬夜叉?」
急に自転車から降りた犬夜叉に驚きながらかごめが尋ねる。

「妖怪の匂いだ。近づいてくる。」
そう言いながら犬夜叉の表情が険しくなる。

「妖怪…。」
犬夜叉の言葉を聞いたかごめの顔も曇る。

急に空が暗くなっていき空中に炎が現れる。

「貴様ら…四魂の玉をもっているな…。」
どこからともなく声が聞こえる。
二人に緊張が走る。
そして

「よこせ~~。」
間抜けな顔をした桜色の風船が現れた。

「「………。」」
あっけにとられる二人。

「殺すぞ~~。」
さらに迫る風船。それを

「あうっ!」
犬夜叉はデコピンで吹き飛ばした。
風船は煙に包まれ中から小さな子供が出てきた。

「いででで…。」
子供が額をさすりながら痛がっている。
そんな様子を見ながら犬夜叉は記憶を思い出す。

「七宝」
子狐の妖怪で可愛らしい姿の子供
性格は少しませており、犬夜叉に余計な事を言ってはいつも殴られていた。
自分も妖怪なのに妖怪を恐れるかなりの臆病者。
狐火を出したり、様々なものに変身できる。
かごめに懐いており、犬夜叉たちに助けられてからは四魂のカケラ集めの旅についてきていた。

「何この子、可愛い!」
そう言いながらかごめは七宝の頭をなでる。

「何するんじゃっ!」
七宝はかごめの手を払いのけ走り出す。
そしてかごめのリュックを漁りだす。

「ちょっと、なにしてるの!」
「あった 四魂のカケラじゃ!」
七宝が小瓶に入った四魂のカケラを見つけ出す。

「わははは!もらったぁ、さらばじゃ!」
そう言いながら七宝は狐火にまぎれて姿を消す。

犬夜叉は少しの間の後

「何やってんだ?」
草むらに隠れていた七宝をつまみあげながらそう言った。


観念した七宝は二人にに説明していた。
自分の父親が四魂のカケラを狙われて殺されてしまったこと。
その仇を討つために四魂のカケラを手に入れようとしたこと。

「雷獣兄弟の飛天、満天か…。」
そう犬夜叉が呟く。

「飛天」
雷獣兄弟の兄。若い人間の男の姿をしている。
足元に付いている滑車で空を飛び、「雷撃刃」と呼ばれる矛を使って攻撃する。
姿は人間に近いが妖怪も人間もためらいなく殺す凶暴な性格。

「満天」
雷獣兄弟の弟。
飛天とは違い怪物のような顔をしている。
雲に乗って空を飛び、口から強力な雷撃波を吐く。
特に飛天は記憶の中では鉄砕牙をもった犬夜叉も苦戦した強敵だった。

「そうだったの…。」
七宝お話を聞いたかごめが神妙そうに呟く。

「手伝ってやろうか?」
犬夜叉が七宝にそう提案する。
四魂のカケラを集める上で避けては通れない敵だ。なにより犬夜叉は七宝をこのまま放っておくことができなかった。
しかし

「へっ笑わせんな。おまえなんぞが勝てる相手じゃないわい。」
七宝は犬夜叉の提案を一蹴する。

「おまえ半妖じゃろ。人間の匂いがまざっとる。下等な半妖のくせにおらたち妖怪の喧嘩にしゃしゃり出てくんじゃねぇ。」
七宝の言葉に犬夜叉の顔が固くなる。

「七宝ちゃんっ!」
かごめが本気で七宝を叱りつける。

「ふんっ!」
七宝は再び狐火を起こしかごめから四魂のカケラを奪った。

「これで雷獣どもをおびき出すんじゃっ!」
そう言いながら七宝は走り去って行った。

「どうする犬夜叉?」
かごめが犬夜叉に尋ねる。

「決まってんだろ。」
犬夜叉は即答した。


七宝は一人雷獣兄弟の元へ乗り込んでいた。

「待て、お前ら!」
七宝が雷獣兄弟に向け叫ぶ。

「何だ、あの時の子狐じゃねぇか。」
飛天がどうでもよさげに七宝を見る。

「ほれ見ろ。おめーの親父の毛皮…あったけぇぞ~。」
そう言いながら満天は七宝に体に巻いた狐の毛皮を見せつける。

「てめぇ…よくもおとうを…。」
七宝の目に涙があふれる。そして

「よくもーーーーーっ!!」
満天に向かって飛びかかる。しかし満天に簡単に払いのけられてしまう。


「くっ…!」
悔しさに唇をかむ七宝。

「お前、四魂のカケラを持ってやがるな。」
そして飛天が七宝の持っている四魂のカケラの気配に気づく。

「さっさとそいつをよこしな。」
そう言いながら迫ってくる飛天。

「誰がお前らなんかに渡すかっ!」
飛天たちを睨みながら七宝は精一杯の抵抗を見せる。

「そうかい…じゃあとっとと死にな!」
飛天が七宝に向けて雷撃刃を振り下ろす。

「おとう……。」
七宝は目をつむることしかできなかった。
しかし、その瞬間七宝は犬夜叉に抱きかかえられながら助け出されていた。

「まったく無茶する奴だな。」
そう言いながら犬夜叉は七宝を地面に下ろす。

「おまえ…。」
七宝が驚いたよう犬夜叉を見る。

「なんだてめぇ!?」
急に乱入してきた犬夜叉に飛天が叫ぶ。

「お前らが雷獣兄弟か…。記憶以上に胸糞悪い奴らだな。」
雷獣兄弟を見据えながら犬夜叉がそう吐き捨てる。

「七宝ちゃん、大丈夫?」
少し遅れながらかごめもやってくる。

「かごめ…。」
まさか二人が助けに来てくれるとは思っていなかった七宝は戸惑う。

「半妖の分際で俺たちに喧嘩売るとはいい度胸だ!」
飛天が凄まじい速度で犬夜叉に迫る。

「切り刻んでやるぜ!」
飛天は雷撃刃を犬夜叉に振り下ろす。
犬夜叉はそれを紙一重で躱した。
なおも飛天の攻撃が続く。

「どうした、威勢がいいのは口だけか!」
犬夜叉はひたすら避け続ける。

「犬夜叉っ!」
その様子を見ていたかごめが叫ぶ。
かごめの脳裏に逆髪の結羅との戦いが蘇る。
もうあんな目に犬夜叉を合わせない。
そのためにかごめは一カ月弓の練習に明け暮れていた。
かごめは弓を構える。
そして

「え?」
犬夜叉の表情に余裕があることに気付いた。


(見える!)
犬夜には飛天の動きを完璧にとらえていた。

(師匠に比べたら止まってるようなもんだ。)
一か月以上殺生丸の速さを目にしていた犬夜叉にとって飛天の動きは恐るるに足らないものだった。

(こいつ…ちょこまかと動きやがって…!)
飛天は一向に自分の攻撃が当たらないことに苛立つ。


犬夜叉は鉄砕牙の鼓動に気付く。
そして犬夜叉は鞘から鉄砕牙を抜く。
その刀はまるで巨大な牙だった。

「はっ デカけりゃいいってもんじゃないぜ!」
飛天は渾身の力を込めた一撃を犬夜叉に振るう。しかし犬夜叉はそれを容易くはじき返した。

「何っ!?」
まさか自分の一撃がはじかれるとは思っていなかった飛天は驚愕する。
そして次の瞬間

飛天の左腕は斬り飛ばされた。

「がぁぁぁぁぁっ!!」
激痛に飛天が叫び声を上げる。

「飛天あんちゃんっ!!」
慌てた満天もうろたえるしかない。

(すごい…。)
その様子を見ていたかごめは驚いていた。
確かに犬夜叉からは一カ月以上修行していたことは聞いていた。
しかしこれほど強くなっているとはかごめも考えていなかった。
呆然と二人の戦いを見ていた七宝は我に返り、

「どんなもんじゃ、恐れ入ったか!」
まるで自分がやったのように喜んでいた。

「飛天あんちゃんを…バカにするなぁぁぁ!!」
それを聞いていた満天が七宝に向けて口から雷撃を放つ。
強力な雷撃が七宝に迫る。

(間に合わねぇっ!)
なんとか助けようとする犬夜叉だった距離がありすぎて間に合わない。

(もうだめじゃっ!)
そう七宝が思った瞬間

「危ないっ七宝ちゃん!」
かごめが七宝を突き飛ばした。
雷撃が大きなが爆発を起こす。

「かごめっ!!」
その光景を見た犬夜叉は全身の血の気が失せる

「うっ…。」
かごめは無事だったが気絶してしまっているようだった。
犬夜叉が安心した瞬間、

「どこ見てやがる!」
飛天の雷撃刃が犬夜叉を切り裂いた。

「犬夜叉っ!」
それを見た七宝が叫ぶ。

「くっ…。」
胸から血を流しながら膝をつく犬夜叉。

「どうやらその女がよっぽど大事らしいな。」
飛天は邪悪な笑みを浮かべる。

「満天、その女を人質にしな。」
飛天が満天に指示する。

「分かったよ、あんちゃん。」
満天はかごめを掴み犬夜叉に見せつける。

「抵抗したらこの女の命はないと思いな!」
そう言いながら犬夜叉を斬りつける飛天。

「がっ…!」
犬夜叉の顔が苦痛にゆがむ。

「左腕の礼をたっぷりさせてもらうぜ!」
犬夜叉は無抵抗で斬りつけられるしかなかった。

(何とか隙を見つけねぇと…。)


「犬夜叉っ!」
目を覚ましたかごめが犬夜叉に向かって叫ぶ。
何とか抜け出そうとするが満天の怪力からは抜け出すことができない。

(どうして…。)
かごめの目に涙が滲む。
犬夜叉が頑張って強くなってくれたのに自分が足を引っ張ってしまっている。
その悔しさで胸が一杯だった。

(おらのせいじゃ…おらが二人を巻き込んだから…。)
傷つけられていく犬夜叉と捕えられたかごめを見ながら七宝が罪悪感にとらわれる。

(二人とも…知り合ったばかりのおらを助けてくれた…。)
七宝は拳に力を入れる。

(おらが…おらがなんとかせねば…!)
そして七宝は満天に向けて走り出す。
犬夜叉は飛天よりも強い。
かごめを助け出せればあとは犬夜叉が何とかしてくれる。
そう七宝は考えたからだ。

「かごめを離せーーーっ!!」
七宝が満天に襲いかかる。しかし

「邪魔すんな。さっさと死ねー!」
そう言いながら満天が七宝に向けて雷撃を放とうとする。

「逃げて七宝ちゃんっ!!」
かごめが叫ぶ。
そして雷撃が放たれようとした瞬間
満天が巻いていた狐の毛皮が燃え始めた。

「ぎゃぁぁぁっ!!」
炎に包まれ悲鳴を上げる満天。
その間にかごめは満天から逃げだすことができた。

その狐火は七宝を守ろうとする父の心だった。

「満天っ!!」
飛天が弟の危機に犬夜叉から注意をそらす。その瞬間

「飛刃血爪!!」
犬夜叉が血の刃を満天に放つ。血の刃が満天の体を貫く。

「あ…あんちゃん…。」
満天はそのまま地面に倒れ絶命した。

「満天ーーー!!」
飛天が急いで満天に近づいていく。
その間に犬夜叉はかごめたちの元に辿り着いた。

「大丈夫か、かごめ、七宝。」
犬夜叉が二人の身を案じる。

「あたしは大丈夫…犬夜叉のほうがひどい怪我じゃない。」
かごめが言うとおり犬夜叉は満身創痍だった。

「すまん…おらのせいで…。」
そう言いながら七宝は目から涙を流す。それを

「よくやったな…七宝。」
犬夜叉は優しく頭を撫でた。

「犬夜叉…。」
七宝が犬夜叉を見上げる。

「後は任せろ。」
そう言い残し犬夜叉は歩き出した。


「ゆるさねぇ…ゆるさねぇぞお前ら!!」
満天の妖力と四魂のカケラを吸収した飛天が叫ぶ。
四魂のカケラの力で左腕も再生していた。

「一人残らず灰にしてやる!!」
飛天は妖力を高め全身から発熱を始める。
そして凄まじい妖力が雷撃刃に集中する。

「死ねぇぇぇぇっ!!!」
巨大な雷撃が犬夜叉に放たれた。

「待たせたな、鉄砕牙。」
そう言いながら犬夜叉は鉄砕牙を構える。
鉄砕牙の刀身には既に風が渦巻いていた。
犬夜叉は鉄砕牙を振り上げ


「風の傷っ!!!」
全力で振り下ろした。

凄まじい衝撃があたりを襲い、そして風の傷によってすべてが消し去られていた。
後には四魂のカケラだけが残っていた。


「すごい…。」
かごめと七宝はあっけにとられていた。
いくら犬夜叉が強くなったといっても妖力が増した飛天相手に圧勝できるとは思っていなかったからだ。しかし

「どうだ、かごめ!もう錆びた刀だなんて言わせねぇぞ!」
そう言いながら子供のようにはしゃぐ犬夜叉を見て

(まだまだ子供ね…。)
かごめは溜息を吐いた。


「これからどうするの?七宝ちゃん。」
飛天を倒した後、村に戻ったかごめが七宝に尋ねる。
七宝は少し恥ずかしそうにした後

「おらも一緒に旅について行ってもいいか…?」
そう七宝は尋ねる。

「もちろん、いいよね犬夜叉。」
「あぁ。」
すぐにかごめと犬夜叉が快諾する。

それを聞いた七宝は満面の笑みを浮かべる。そして

「犬夜叉、半妖だと言ってバカにしてすまんかった。」
そう犬夜叉に謝罪した。

「いいさ、お前がいなけりゃ俺も死んでただろうしな。」
犬夜叉はそう答える。それを聞いた七宝は

「やはりおらがいなければダメじゃな!」
そう威張り散らした。
あっけにとられる犬夜叉をよそに威張り続ける七宝。
犬夜叉はついに七宝に頭にげんこつを食らわせた。

「わーん!かごめー!」
七宝がかごめに泣きつく。

「犬夜叉…。」
かごめが犬夜叉を睨む。その光景に犬夜叉は強い既視感を感じる。

「ま…待て…。」
弁明しようとしたが

「おすわり!」
かごめの言霊が響く。これが再会した後の初めてのおすわりだった。


そして新たに七宝が仲間に加わった。



[25752] 第十三話 「かごめの想い」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 22:35

楓の村で犬夜叉は一つの敵と戦っていた。
かなりの強敵なのか犬夜叉は苦悶の表情を浮かべる。

「くそっ…。」
そう言いながら犬夜叉は頭を抱える。
犬夜叉にとってそれを相手にするなら妖怪百匹を相手にするほうが楽かもしれなかった。
何もできないまま時間だけが過ぎていく。そして

「はい、そこまで。」
かごめの声で数学のテストが終わった。


「なんで俺が勉強しなくちゃいけないんだ。」
不機嫌な顔で犬夜叉がかごめに食って掛かる。

「だって元の体に戻った時全然勉強ができなかったら困るでしょ。」
あっけらかんと答えるかごめ。

「うっ…。」
もっともな意見なので犬夜叉もそれ以上文句を言うこともできなかった。
かごめはもうすぐ期末テストということで勉強道具を戦国時代に持ち込みテスト勉強をしていた。
テストが終わるまでは四魂のカケラ集めも一時中止することになった。

「勉強なら家でやればいいじゃねぇか。」
渡された国語のテストをしながら犬夜叉が愚痴を言う。

「いいじゃない。こっちのほうが落ち着くのよ。」
それを全く気にせずかごめは自分の勉強を進める。
知らないうちに戦国時代の生活のほうがかごめにとって日常になりつつあった。

「犬夜叉、遊びに来たぞ!」
そう言いながら七宝が犬夜叉を訪ねてきた。
七宝もすっかり村に慣れ村の子供たちとよく遊ぶようになっていた。

「よし、行くか!」
犬夜叉はちょうどいいタイミングで来てくれた七宝と一緒に遊びに行こうとするが

「おすわり。」
「ふぐっ!」
かごめの言霊によってそれを阻止された。

「ごめんね、七宝ちゃん。今、犬夜叉はテストをしているからまた後でね。」
かごめが七宝にそう伝える。

「てすと?それは大事なものなのか?」
聞いたことがない言葉に首をかしげる七宝。

「そう、四魂のカケラ集めと同じぐらい大事なことだからちょっと待っててあげてね。」

「分かった、犬夜叉頑張れよ。」
そう言いながら七宝は外に遊びに行った。

「犬夜叉、いつまで寝てるのよ。時間無くなるわよ。」
「おまえ…。」
あまりの理不尽さに言葉もない犬夜叉だった。

勉強がひと段落したかごめは休憩をしていた。犬夜叉はまだテストとにらみ合っている。

「頑張っておるようじゃな、かごめ。」
家に戻ってきた楓がかごめに話しかける。

「そういえばお主らが地念児からもらってきた薬草、村でも評判がよいぞ。」
「そうなんだ、よかった。」
かごめが楓の言葉に嬉しそうにこたえる。
七宝が仲間になってから四魂のカケラ集めも順調に進み、玉の四分の一ほどが既に集まっていた。

「そういえば犬夜叉とは上手くいっておるのか。」
楓が魂が抜けきっている犬夜叉を見ながら尋ねる。

「え?うん、特に問題ないかな。ただ危なっかしいから目が離せないけど…。」
少し呆れながらかごめが答える。

「そうか…。」
楓はそう頷きながら考える。

(かごめは犬夜叉が自分に惚れていることに気づいておらんのか…。)
犬夜叉本人は隠しているつもりらしいが周りから見ればバレバレであり村では周知の事実だった。

(犬夜叉…道のりは険しいぞ…。)
かごめの鈍感ぶりに呆れながら犬夜叉に同情する楓だった。


「全然できなかったー!」
そう言いながらかごめの友人の絵理が机に突っ伏す。
定期テストの初日が終わり放課後になっていた。

「終わった、終わったー!」
かごめは笑顔で帰り支度をしていた。

「いーなかごめ。全校三十番以下とったことないもんねー。」
うらやましそうにあゆみが言う。

「そういえばかごめ、例の彼氏とはどうなの?」
由加が興味深そうにかごめに尋ねる。

「別にどうもしないわよ。最近は勉強見てあげてるけど…。」
そうかごめは答える。
もう彼氏であることを否定することにも疲れたので流れに任せるかごめだった。

「いーなー。彼氏と勉強かー。憧れちゃう。」
うっとりとした表情であゆみが言う。

「惚気もほどほどにしてよ。かごめ。」
「はいはい。」
そう言いながらかごめたちは家路についた。

帰り道多くのパトカーが走っていることにかごめは気づいた。

「なにかあったのかな…?」
かごめが訝しむ。

「例の事件じゃない?」
由加がそれに答える。

「事件?」
「最近公園で殺人事件があったんだ。中学生が殺されたらしいんだけど死体が見つからないんだって。」
「知ってる。能面みたいな顔した女の首がのびて食い殺されたんでしょ。」
「それただの噂でしょー?」
友人たちはその話で盛り上がっていく。

その噂がどうにも気になるかごめだった。


その日の午後かごめはいつものように戦国時代にやってきていた。
犬夜叉も観念したのか文句も言わずに勉強している。
しかし七宝がちょくちょく犬夜叉にちょっかいを出しては怒られ、それをかごめが諫めていた。
楓はそんな様子を見ながら

(まるで家族のようじゃな…。)
そんなことを考えていた。


勉強に区切りがついたところで二人は休憩することにした。
他愛ない話をする中でかごめは今日聞いた殺人事件の噂について話した。
かごめとしては特に特別な話をしたつもりはなかったのだがそれを聞いた犬夜叉は明らかに様子がおかしかった。
しばらく犬夜叉は考え込んだ後かごめに話し始める。

その殺人事件を起こしているのが四魂のカケラを得た肉づきの面といわれる呪われたお面の仕業であること。
記憶の中では四魂のカケラを狙いかごめが襲われたこと。
間一髪のところで犬夜叉がかごめを助けたこと。
それを聞いたかごめだったが

「でも四魂のカケラが現代にあるなら私が集めなくちゃ…。」
そう言いながらどうしようか考える。しかし

「ダメだ。」
犬夜叉はかごめの考えを一蹴した。

「お前ひとりじゃ危ないからな。その四魂のカケラは放っておくしかねぇ。」
それは犬夜叉がかごめを心配しての言葉だった。しかし

「何よ、私ひとりじゃそんなに頼りないわけ!?」
かごめが犬夜叉の言葉に反論する。
かごめは四魂のカケラ集めを始めてから焦燥感を感じることが多くなっていた。
犬夜叉が強くなったこともあって戦闘においてはほとんど役に立っていなかったからだ。
せっかく練習した弓も使う機会がなかった。
なにより雷獣兄弟との戦いでは足手まといになってしまったことを気にしていた。
そんなところにこんな言葉をかけられかごめも頭に来てしまった。

「そんなこと言ってねぇだろ。」
いきなり怒鳴られ慌てる犬夜叉。

「四魂のカケラの一つや二つ私一人でも集められるんだから!」
そう言いながらかごめは現代に戻ろうとする。

「待てよ!」
犬夜叉はそれを追いかけかごめの前に立ちふさがる。

「何よ!」
かごめが犬夜叉を睨む。犬夜叉は手を差し出し

「四魂のカケラを置いてけ。持ってたら狙われるからな。」
そう告げた。

次の瞬間犬夜叉は地面にめり込んだ。



(何よ…犬夜叉のバカ…。)
自分のベットに横になりながらかごめは不貞腐れていた。
犬夜叉の言葉が自分を心配してくれているものだということは分かっていたがかごめはどうしても感情を抑えきれなかった。

(私だって…犬夜叉を…)
そう考えながら段々と眠気が強くなっていくかごめ。
そして眠りに入ろうとしたとき

突然窓が割れる音でかごめは飛び起きた。

「何っ!?」
見ると窓から能面を付け人間の体を吸収した巨大な肉塊がこちらをうかがっていた。
その醜悪な姿に言葉を失うかごめ。

「もっと…もっと良い体が欲しい…」
そう言いながらかごめに近づいてくる肉づきの面。そして

「お前の持つ四魂の玉を…よこせ…。」
かごめに襲いかかってきた。

「きゃぁっ!」
なんとかそれを避けるかごめ。

(このままじゃ家のみんなを巻き込んじゃう…!)
そう考えたかごめは家の外に向かって走り出した。

「ハァ…ハァ…」
かごめは何とか骨食いの井戸までたどり着いた。
そして井戸に入ろうとしたところで動きを止めた。

(ダメよ…ここで犬夜叉に助けを求めたらいつもと同じじゃない…!)
かごめは井戸に置いてあった弓を手に取り人気のないところを目指して走り出した。

かごめの神社の近くに工事中のビルがある。
かごめはそこに逃げ込んでいた。あの巨体なら簡単には登ってこれないと考えたからだ。
なんとかここから弓で肉づきの面を倒そうと考えたが逃げているうちに姿を見失ってしまった。

(どこに行ったの…?)
ビルの鉄骨の上から姿を探すかごめ。しかし肉づきの面がいきなりかごめの後ろに現れる。

「あっ…。」
意表を突かれたかごめは尻もちをついてしまう。そして肉づきの面はその隙を見逃さなかった。
肉づきの面がかごめを食い殺そうとする。それを目の前にした時かごめの脳裏にある光景が浮かぶ。
それは自分を庇い胸を貫かれた犬夜叉だった。
倒れこむ犬夜叉。
息をしていない犬夜叉。
その時の感情がかごめに蘇る。

(このままじゃ…あのときと変わらないじゃない…)
かごめの目に涙が浮かぶ。

かごめは

自分を守れる強さが

そして何より

犬夜叉を守れる強さが欲しい。

そう心から願った。

そしてかごめが手をかざした瞬間まばゆい光が肉づきの面を襲った。

「ぎゃぁぁぁぁっ! !」
肉づきの面の肉体が崩れさる。そしてそれは動かなくなった。

(私……。)
かごめは自分が起こした光景に驚いていた。それは巫女が持つ神通力の力によるものだった。
落ち着きを取り戻したかごめはその場を離れようとする。しかし

(四魂のカケラをとっていかなきゃ。)
そのことに気付いたかごめは肉づきの面に手を伸ばす。しかしその瞬間、肉づきの面がかごめを襲う。

「きゃあっ!」
倒れこみながらなんとかそれを避けるかごめ。しかしなおも肉づきの面は襲いかかってくる。

(間に合わないっ!)
神通力を使おうとするかごめだったが体勢が悪く起き上がることができない。
しかしかごめが食い殺されようとしたとき

「そこで何をしているっ!」
警官の叫びととともにライトがかごめに照らされる。それに驚いた肉づきの面が動きを止める。

(今だっ! !)
その隙を突いてかごめが神通力を使う。まともにそれを食らった肉づきの面は粉々に砕け散った。
そして一つの四魂のカケラが床に落ちた。

(助かった…。)
安堵するかごめ。

しかし騒ぎの通報を受け駆けつけた警官に署まで連行され涙目になるかごめだった。


翌日、かごめは事の顛末を犬夜叉に説明していた。

「あれほど近づくなって言ったじゃねぇか!」
犬夜叉はかごめに向けて怒鳴り声を上げる。

「四魂のカケラも手に入れたんだしいいじゃない!」
かごめもそれに言い返す。そんな痴話喧嘩をしばらく続けていると

「かごめ、犬夜叉を許してやれ。」
七宝が間に割って入った。

「七宝ちゃん?」

「犬夜叉の奴昨日はかごめが心配で一晩中ずっと井戸で待っておったんじゃ。」
七宝が犬夜叉を見ながら告げる。

「そうだったの…?犬夜叉。」
かごめが犬夜叉に尋ねる。

犬夜叉の顔が真っ赤になる。

「七宝っ! てめぇっ!」
そう言いながら七宝を追いかける犬夜叉。

「素直にならんか、犬夜叉!」

そう言いながら逃げ回る七宝。

そんな二人を見ながらかごめは優しく微笑むのだった。



[25752] 第十四話 「半妖」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 22:48
「結構集まったわね。」
小瓶に入った四魂のカケラを見ながらかごめが呟く。
犬夜叉たちは四魂のカケラを新たに一つ手に入れ村に戻ろうと森を進んでいるところだった。

「でも誰もこの四魂のカケラを持ってなかったなんて珍しいわね。」

「たまにはこんなこともあるだろ。」
かごめの言葉に犬夜叉が答える。
崖の洞窟という人目に付かないところということもあってか今回の四魂のカケラは妖怪や人間の手に渡っていなかった。
かごめが感じる四魂のカケラの気配を頼りに犬夜叉が崖を登っていき四魂のカケラを手に入れたのだった。しかし

(なんだか今日は妙に体が重い…。)
犬夜叉はいつもの体の違和感とは違う感覚に戸惑っていた。

「残念じゃ、もし妖怪が持っとったらおらが退治してやったのにのう。」
七宝が胸を張って威張りながら言う。

「じゃあ次の時は七宝に戦いは任せるか。」
「えっ?」
犬夜叉の言葉に固まる七宝。

「い…いや、あまり弱い妖怪だとおらが相手するまでもないからな。犬夜叉に任せてやるわ。」
「遠慮すんなって。」

「二人ともいつまでやってるのー。早く行くわよー。」
かごめが少し離れた所から呼びかける。
これが四魂のカケラ集めの道中の日常だった。

村に戻ろうとした一行だったがもう夜に近いということで今日は野宿することになった。
犬夜叉は一人で簡易式のテントを組み立てている。そしてかごめと七宝は二人で犬夜叉が匂いででたまたま見つけた温泉に入っていた。

「うわ~。気持ちいい~。」
かごめが嬉しそうに温泉に入る。

「とうっ!」
七宝も続いて温泉に飛び込む。

「こら、七宝ちゃん行儀が悪いわよ。」
二人で温泉でしばらく温たまったところで

「なんでかごめは犬夜叉と風呂に入らんのじゃ みんな一緒のほうが楽しいではないか。」
七宝がかごめにそう尋ねる。

「そ…それは…、男の人と女の人はお風呂には一緒に入っちゃいけないのよ。」
何とかうまく説明しようとするかごめ。しかし

「おらはおとうやおっかあが生きてた頃はいつも一緒にはいっとったぞ。」
七宝は不思議そうに言う。

「それは…七宝ちゃんのお父さんとお母さんが夫婦だからよ。」
何とかうまくごまかせたと思ったかごめだったが

「かごめと犬夜叉は夫婦ではないのか?」
「えっ?」
七宝の予想外の言葉にうろたえるかごめ。

「ち…違うわよ!」
かごめはそれを慌てて否定する。

「そうなのか。二人がおとうやおっかあみたいだから夫婦かと思っとったんじゃ。」
そう言いながら納得したのか温泉で泳ぎ始める七宝。

かごめはその言葉で妙に犬夜叉を意識してしまうのだった。


かごめと七宝が温泉で騒いでいる頃犬夜叉は一人、木にもたれかかりながら空を見上げていた。

(そういえば…一人になるのは久しぶりだな…。)
七宝が仲間になってからは特に騒がしくなり犬夜叉が一人でいる時間はほとんどなくなっていた。
かごめがいて楓がいて七宝がいる。そんな生活が当たり前のものなっていた。しかし犬夜叉は自分の手の平を見つめる。
犬夜叉にはいくつも気にかかることがあった。

一つは体への違和感。
修行を終えても犬夜叉の体への違和感はやはりなくならなかった。
体が自分のものではないような違和感、異物感が時折犬夜叉を襲う。
それがひどい時は夜眠れないこともある。
かごめや七宝に心配をかけないために何もなかったように振る舞ってはいるが楓にはおそらくバレているだろう。

次に記憶の欠落。
徐々に記憶が戻りつつあるものの何か重大なことをいくつも見落としているような気がしてならない。

そして最も気になるのが本物の犬夜叉について。
本物の犬夜叉はどこに行ってしまったのか。
自分がこの体に乗り移ったことで消えてしまったのか、それともまだこの体に眠っているのか。もし本物の犬夜叉が目覚めてしまったら自分はどうなってしまうのか。多くの不安が犬夜叉を襲う。しかし

(かごめ…。)
犬夜叉はいつも一緒にいてくれる少女のことを想う。
かごめと一緒にいるときは多くの不安も和らぐ。
言葉には出せないが心からかごめに感謝している犬夜叉だった。
犬夜叉は再び空を見上げる。そして

月が消えかかっていること気付いた。


「かごめっ!!」
犬夜叉が急いでかごめの元に向かう。しかしそこには

「え?」
生まれたままの姿のかごめがいた。

二人の時間が止まる。そして

「おすわりっ!!」
その瞬間、時間は再び動き出した。

犬夜叉は着替え終わったかごめと七宝に説明した。
半妖は定期的に妖力が消えて人間になる日があり、犬夜叉の場合それは朔の日の夜であること。
日が落ちると突然人間になり、日が昇ると半妖に戻ること。
半妖にとってその日を知られることは命取りになる為、絶対に他人に教える事は無いこと。

「半妖はいろいろ大変なんじゃな。」
それを聞いた七宝は事の重大さを分かっていないのかあっさりしている。

「人間になるとどうなるの?」
かごめは人間の姿になった犬夜叉がどうなるのかに興味がわいたらしい。

(こいつら…。)
全く危機感がない二人に呆れつつ犬夜叉は二人に背中を向けて屈む。

「とにかく急いで村に帰るぞ。早く背中に乗れ。」
犬夜叉に急かされ背中に乗る二人。

「行くぞっ!」
しかし犬夜叉が合図し走り出したところで犬夜叉は地面に転んでしまった。

「犬夜叉…?大丈夫?」
かごめが地面に突っ伏したままの犬夜叉に話しかける。

「…ああ。大丈夫だ。」
不機嫌そうにそう言いながら犬夜叉は立ち上がる。
その姿はいつもと大きく違っていた。
髪は普段の銀髪とは違い黒になり、爪もなくなり、犬の耳もなくなっている。

犬夜叉は人間になっていた。

「本当に人間になっとるの。」
「本当ね。」
七宝が犬夜叉の頭に乗り犬の耳があった場所を触っている。
かごめも犬夜叉の体のあちこちを触っていた。

「お前ら…いい加減にしろよ…。」
二人にいいようにおもちゃにされている犬夜叉がぼやく。

「しかし人間になった犬夜叉の姿も面白いの。」
七宝がそう言いながら犬夜叉をからかう。

「そんなこと言ってていいのか。七宝。」
「え?」
犬夜叉の言葉の意味が分からず首をかしげる七宝。

「今のおれは人間だ。もし今妖怪が襲ってきてもお前らを守ることはできねぇ。本当にお前が戦わなきゃいけねぇんだぞ。」
その言葉を聞き現状を理解したのか七宝の顔に焦りが現れる。

「だ…大丈夫じゃ! 妖怪の一匹や二匹…おらがなんとかしてやるわい!」
声を震わせながら答える七宝。そして

「大丈夫よ。私と七宝ちゃんに任せて!」
かごめもその言葉に続いた。

「かごめ!?」
まさか肯定されるとは思っていなかった七宝が驚きながらかごめを見る。
犬夜叉も妙に自信満々なかごめに驚くのだった。

結局村まで戻るのはあきらめ犬夜叉たちはテントで野宿をすることになった。

「おらがしっかりせねば…おらがしっかりせねば…。」
七宝は先ほどの犬夜叉の言葉がよっぽど気になったのかテントの中でぶつぶつと独り言をつぶやいている。
犬夜叉は鉄砕牙を抱えたまま座り込んでいた。

「眠らないの?犬夜叉。」
そんな犬夜叉の様子に気付いたかごめが犬夜叉に話しかける。

「落ちつかねぇからな。先に寝ていいぞかごめ。」
そう言いながら自分の体を見つめている犬夜叉。

「犬夜叉…。」
かごめがさらに犬夜叉に話しかけようとしたとき

「きゃああっ!!」
女性の悲鳴と水の音が聞こえた。

「何だっ!?」
犬夜叉たちは慌てて様子を見に行く。見ると川で一人に少女がおぼれていた。
泳げないのかそのまま川の流れに流されていってしまう。

「早く助けなきゃっ!」
「任せろっ!」
犬夜叉が川に入り少女を引き上げようとするが

「うわっ!」
人間の体であることを忘れていた犬夜叉は力の加減を間違え一緒に流されてしまう。

「何やってるのよ。」
呆れながらかごめも川に入り少女を引き上げるのを手伝う。

「やはりおらがしっかりせねば…。」
そう言いながらも全く役に立っていない七宝だった。


「ありがとう、助かったよ。」
火を起こし暖をとっている少女が礼を言う。犬夜叉はその少女を見て記憶を思い出す。

「なずな」
かごめと同年代の少女。
父親を蜘蛛頭という人間の頭をした妖怪に殺され妖怪を憎んでいた。
寺の和尚によって救われ以来その神社で暮らしていたがその和尚の正体は蜘蛛頭の親玉であり犬夜叉たちの四魂のカケラを手に入れるためになずなを利用していた。
人間化していた犬夜叉は苦戦するがかごめたちの助けもあり何とか蜘蛛頭たちを撃波。犬夜叉との触れ合いでなずなも妖怪に対する偏見もなくなり犬夜叉たちと和解した。

「全く人騒がせな奴じゃ。」
七宝がなずなに向けて悪態をつく。

「ふん、なんで妖怪が人間と一緒にいるのさ。」
なずなは妖怪である七宝に冷たい態度をとる。

「何じゃとっ!」
怒る七宝を横目に立ち上がるなずな。

「もう帰るのか?」
犬夜叉が問いかける。

「ああ。和尚さまが心配するといけないからそろそろ帰るよ。」
そういいながら立ち去ろうとするなずなに

「今日はもう遅いから泊って行けよ。」
犬夜叉はそう声をかけた。

「何、犬夜叉その子を口説いてるの?」
かごめが犬夜叉に軽蔑のまなざしを向ける。

「そうじゃねぇっ!」
あらぬ誤解を受け弁明する犬夜叉。
そのまま痴話げんかとなってしまいその間になずなは寺に戻ってしまった。
かごめが落ち着いた後、犬夜叉はなずなの事情を二人に説明していた。

「それじゃあ早く助けにいかなくちゃっ!」
そう言いながらかごめは弓を準備する。

「…そうだな。」
犬夜叉としてはなずなに朝になるまで一緒にいてもらい妖力を取り戻してから戦いに臨みたかったがこうなってしまっては仕方がなかった。

「七宝、おまえの狐火が頼りだ。頼むぜ。」
犬夜叉が七宝に話しかける。

「お…おうっ! 任せろっ!」
そう言いながらも膝の震えが止まらない七宝だった。


三人はなずなの後を追い寺に到着した。
なずなは犬夜叉たちに気付き寺から急いで出てきた。

「何だあんたたち結局寺についてきたのか。寺に入りなよ。中に和尚様がいるから。」
そして犬夜叉たちは寺の中に案内される。

「和尚様、この人たちがさっき私を助けてくれた人たちです。」
なずなが和尚に犬夜叉たちを紹介する。

「なずなが危ないところを助けていただいたそうで。何もないところですがどうか今宵はこの寺に泊って行かれるといい。」
和尚がそう犬夜叉たちに提案する。しかし

「しらじらしいこと言ってんじゃねぇぞ。蜘蛛頭が。」
そう言いながら犬夜叉が鉄砕牙を構える。

「そうじゃ。全部分かっとるんじゃからな。」
犬夜叉の後ろに隠れながら七宝が続ける。

「…ほお、一目で気付かれるとは驚いたわ…。」
そう言いながら和尚の体が変化し巨大な蜘蛛のような体になっていく。

「まあいい、予定は狂ったが貴様らが持つ四魂のカケラをいただくぞ!」
蜘蛛頭が蜘蛛のように増えた手を伸ばし犬夜叉たちに襲いかかる。

「七宝っ!」
「任せろっ!」
犬夜叉の合図で七宝が狐火を放つ。
その熱さに蜘蛛頭が一瞬ひるむ。
そしてその隙に犬夜叉が蜘蛛頭に鉄砕牙を叩き込む。

「ぐわあっ! !」
鉄砕牙の結界によって蜘蛛頭は手傷を負う。

「なずなっ! 今のうちに逃げろっ!」
犬夜叉がなずなに向かって叫ぶもなずなは座り込んだまま動こうとしなかった。

「そんな…和尚さまが蜘蛛頭だったなんて…。」
なずなは信頼していた和尚が妖怪だと知ってショックで動けなくなってしまっていた。

「ふん、バカな奴よ。父の敵のわしを信じ切って仕えていたのだからな。」
そう言いながら手をなずなに向ける。

「もうお前は用済みだ。せめてわしの手で苦しまないように殺してやろう。」
そして蜘蛛頭の手がなずなに向かって伸びていき触れようとした時
蜘蛛頭の体が吹き飛んだ。

「何っ!?」
蜘蛛頭は何が起きたのか分からず混乱する。
それはかごめが放った破魔の矢によるものだった。

「許さないっ!」
そしてかごめが次の矢を構えようとする。

「おのれっ小娘!」
矢を放たせる間を与えない速度で蜘蛛頭が襲いかかる。

「かごめっ!」
犬夜叉がかごめを庇おうとする。しかし

「ぎゃあああああっ!!」
かごめが手をかざした瞬間蜘蛛頭の手が浄化されていく。
かごめは肉づきの面の戦いから神通力を扱えるようになっていた。

(すげぇ…。)
その光景に目を奪われる犬夜叉。

「おのれ…こうなったら…。」
このままではかなわないと悟った蜘蛛頭は標的を変える。

「貴様からだっ!」
犬夜叉に襲いかかる蜘蛛頭。

「くそっ!」
犬夜叉は何とか避わそうとするも捕まってしまう。

「ぐあああっ!!」
腕の骨が折れてしまうほどの凄まじい力で締め付けられる犬夜叉。

「犬夜叉っ!」
かごめが犬夜叉を助けようと弓を構えようとするが

「動くなっ!妙なことすればこいつの命はないぞ!」
蜘蛛頭の言葉によってそれを止められてしまう。

「さあ、さっさと四魂のカケラをよこせ。」
そう言いながらさらに締め付けの力を強めていく。

(どうすれば…。)
かごめは犬夜叉を助ける方法を必死に考える。

(ちくしょう…。)
痛みで朦朧とする意識の中で犬夜叉は自分の不甲斐無さを呪っていた。

(せっかくかごめが強くなってくれたってのに俺のせいで…。)
何とかこの状況を抜け出す方法を探す犬夜叉。
犬夜叉は自分の動くほうに手に握られた鉄砕牙に気付く。
そして犬夜叉は残った力でそれを蜘蛛頭の手に突き刺した。

「何っ!?」
結界の力によって腕が破壊され犬夜叉は拘束から逃れる。

「かごめっ、そこの部屋に逃げ込めっ!」
そう言いながら犬夜叉も走り出す。

「わ…分かったっ!」
かごめたちも急いで部屋に駆け込む。

「逃がすかっ! !」
蜘蛛頭がなおも襲いかかってくる。
かごめたちに続いて犬夜叉は間一髪で部屋に駆け込むそして鉄砕牙を戸に突き立てた。

「おのれ…。」
蜘蛛頭は鉄砕牙の結界によって部屋に入ることができなかった。

「これでしばらくはしのげるはずだ…。」
そう言いながら床に倒れこむ犬夜叉。

「犬夜叉っ!」
かごめが慌てて犬夜叉に駆け寄る。
犬夜叉の体は締め付けによっていたるところの骨が折れていた。

「大丈夫だ…朝になって半妖に戻ればすぐに治る…。」
「そういう問題じゃないでしょ!」
犬夜叉の軽口に怒るかごめ。

「ごめん…あたしが騙されてたばっかりに…。」
なずなが泣きながら犬夜叉に謝る。

「これからどうするんじゃ、かごめ?」
七宝がかごめに尋ねる。

「とにかく朝になって犬夜叉が元に戻るまで待ちましょう。」
かごめだけなら蜘蛛頭を倒すこともできるが満身創痍の犬夜叉となずなを庇いながら戦うのはさすがに無理だった。

籠城からしばらくの時間が経った。
かごめは犬夜叉が少しでも楽な体勢になるよう膝枕をしていた。
なずなと七宝は疲れ切ってしまったのか今は眠っている。

(そういえば前も膝枕をしてあげたことがあったけ…。)
そんなことをかごめが考えていた時

「うっ…。」
犬夜叉が目を覚ました。

「大丈夫、犬夜叉?」
かごめが心配そうに犬夜叉の顔を覗き込む。

「…ああ。だいぶ楽になった。」
そう言いながら犬夜叉は自分の体をじっと見つめている。

「どうしたの?」
その様子に気付いたかごめが犬夜叉に尋ねる。

「…いや現金なもんだなと思ってさ…。」
「え?」
犬夜叉の言葉の意味が分からず聞きなおすかごめ。

「前はこんな半妖の体なんかなくなってしまえばいいと思ってたのに…今は半妖に戻りたくて仕方がない…。」

「犬夜叉…。」
犬夜叉に言葉に返す言葉がかごめには見つからなかった。

しばらくの沈黙の後、

「強くなったよな…かごめ…。」
そう犬夜叉が呟いた。

「…そうね。妖怪に襲われる生活を送ってるんだもん。普通の中学三年生よりはずっと強いつもりよ。」
笑いながら答えるかごめ。そして

「でもそれは犬夜叉もでしょ。」
そう付け加えた。

「え?」
その言葉にあっけにとられる犬夜叉。

「だって犬夜叉だって中学二年生じゃない。いくら半妖の体になったからってそんなにすぐ強くなれるわけないじゃない。だから犬夜叉も強くなってるわ。」
犬夜叉の頭を撫でながらかごめはそう続ける。

犬夜叉は目を閉じる。そしてしばらくの時間がったった後

「かごめ…。」
犬夜叉がかごめに話しかける。

「何?」
かごめがそれを聞き返す。

犬夜叉は

「もし四魂のカケラ集めが終わっても…会いに来てくれるか…?」
呟くようにかごめに尋ねた。

「何言ってるのよ…。」
かごめは犬夜叉に顔が見えないよう横を向く。そして

「そんなの当たり前でしょ。」
そう答えた。


「ん…。」
浅い眠りに入っていたかごめが目を覚ます。外は少しずつ明るくなる始めていた。
外から中に入ろうとしていた蜘蛛頭もあきらめたのか物音ひとつしなくなっていた。

(今何時だろう…?)
そう思いリュックの中にある時計をとろうとした時突然床から蜘蛛頭の腕が生えてきた。

「きゃあっ!」
突然の出来事におどろくかごめ。
鉄砕牙の結界が及ばない地面の下から襲いかかってきたのだった。
そしてその隙にリュックの中にある四魂のカケラが奪われてしまった。

「ついに手に入れたぞ! 四魂のカケラ!」
四魂のカケラを取り込んだ蜘蛛頭は妖力を増していく。
そしてついに鉄砕牙の結界の力が破られてしまった。

「もう恐れるものはないわ!」
蜘蛛頭は再び犬夜叉を捕える。

「犬夜叉っ!」
かごめが弓を放とうするが蜘蛛頭のほうが早かった。

「死ねっ!!」
蜘蛛頭が腕に力を込める。犬夜叉の体は粉々になるはずだった。しかし

犬夜叉の体に大きな鼓動が走る。

「何回も同じ手が通じると思ってんのか?」
腕の拘束が力づくで解かれていく。
犬夜叉の体は粉々になるどころか傷が急激に癒されていた。
そしてかごめは寺の外から朝日がさしていることに気付く。

この瞬間、犬夜叉が復活した。

「散魂鉄爪っ!!」
犬夜叉の爪によって蜘蛛頭の腕が粉々に砕かれる。

「おのれぇぇぇっ! !」
蜘蛛頭は四魂のカケラの力で再生しながらなずなを人質にしようと襲いかかる。しかし

「狐火っ!」
七宝の狐火によってそれを防がれた。

「七宝ちゃん!」
「よくやったっ、七宝っ!」
そう言いながら犬夜叉とかごめがなずなと七宝を庇うように前に立つ。

「おらだってやるときはやるんじゃっ!」
肩で息をしながらも威張る七宝。

「かごめ、四魂のカケラは?」
犬夜叉は鉄砕牙を拾い上げながらかごめに問う。

「衣の横の頭よ!」
かごめが指をさしながら叫ぶ。

「なめるなぁぁぁっ!!」
蜘蛛頭がすべての腕を使って犬夜叉たちに襲いかかる。

「かごめっ!」
それに向かって走りながら犬夜叉が叫ぶ。

「うんっ!」
犬夜叉の言いたいことを理解したかごめが神通力を使う。
その瞬間蜘蛛頭の腕が次々に浄化されていく。犬夜叉はその隙に鉄砕牙を鞘から抜く。

「これで終わりだあああっ! !」
犬夜叉の鉄砕牙が蜘蛛頭の頭を切り裂く。そして同時に四魂のカケラを取り戻した。四魂のカケラがなくなったことで蜘蛛頭の体が消滅していく。
長い夜の戦いがようやく終わりを告げた。


「あんた…半妖だったんだね…。」
別れ際になずなが犬夜叉に話しかける。

「…ああ。」
罰が悪そうに答える犬夜叉。しばらく見つめ合った後。

「ありがと犬夜叉、あんた良い妖怪だったんだね。」
なずなはそう犬夜叉に礼を言ったのだった。

「今回はおらの大活躍でみんな助かったんじゃからな」

「本当ね。七宝ちゃんのおかげよ。」
七宝とかごめが賑やかに話しながら歩いている。犬夜叉はそれを少し離れて歩きながら見つめている。
かごめや七宝、楓に会えたのもこの半妖の体のおかげだ。そう考えればこの半妖の体も悪くない。そんな風に考えていると


「犬夜叉何してるのよ。置いてくわよー。」
「早く来んか、犬夜叉。」
かごめと七宝が立ち止り犬夜叉に手を振っている。

「ああ、今行く。」
そう言いながら犬夜叉は二人に続いていく。

犬夜叉は今がずっと続けばいい。

そんな叶わない願いを願うのだった。



[25752] 第十五話 「桔梗」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 22:56
日が傾き始めた頃、草原の上に二つの人影があった。
それは犬夜叉と桔梗だった。


「犬夜叉…戦っていなければ…お前はお前でいられないのか?」
桔梗が犬夜叉を見据えながら尋ねる。

「前にもそんなこと聞いてきたな。」
犬夜叉は以前にも同じことを桔梗に言われたことがあった。

「戦いをやめてみないか?」
「何?」
犬夜叉は桔梗の真意が分からず聞き返す。

「戦いをやめて人間になってみないか?」
桔梗が真剣なまなざしで犬夜叉を見つめる。

「俺が人間に…?」
犬夜叉はこれまで考えてもいなかったことを提案され戸惑う。

「なれるさ。お前は元々半分は人間だもの。」
微笑みながら桔梗は続ける。

「四魂の玉は邪な妖怪の手に渡ればますます妖力が強まる。だがお前を人間にするために使うならば玉は浄化され…恐らくは消滅する。」
犬夜叉は桔梗の言葉を聞きながら人間になることについて考える。
そしてしばらくの沈黙の後

「その時桔梗、お前はどうなる?」
そう犬夜叉は尋ねた。桔梗は

「私は玉を守るもの…玉がなければただの女になる…。」
そう儚げに答えるのだった。

犬夜叉と桔梗は船を使い川を渡っていた。そして船が岸に着き桔梗が岸に上がろうとするが

「あっ」
足がつまずき倒れそうになる。しかし犬夜叉がそれを抱きとめる。

「桔梗…。」
犬夜叉が桔梗を抱きしめる。

「桔梗、俺は人間になる…。気の迷いでも何でもねぇ…俺は人間になる。」

「犬夜叉…。」
犬夜叉の答えに応えるように桔梗も犬夜叉を抱きしめる。

「だからお前も一人の女に…。この俺の…。」

「もういい…。それ以上は何も言うな…。」
桔梗が犬夜叉の言葉をさえぎる。

「桔梗…俺はお前のことが…。」
犬夜叉がそう言いかけた時、桔梗が犬夜叉に口づけをする。

それが二人が結ばれた瞬間だった。

二人は夜の森の中を並んで歩いている。

「犬夜叉…良いのか…?」
桔梗が自信なさげに犬夜叉に話しかける。

「何がだ?」
そんな様子の桔梗を気にしながら犬夜叉が聞き返す。少しの間の後

「こんな私で…本当に良いのか?」
桔梗はそう犬夜叉に尋ねる。犬夜叉は

「けっ、何当たり前のこと言ってんだよ。」
照れ隠しであさっての方向に顔を向けながら答えた。

「そうか。」
桔梗は幸せそうにほほ笑んだ。

「明日の昼、西の森の御神木の前、そこで待っているから…。四魂の玉を持って行くから。」
桔梗はそう言いながら村に戻っていく。

「ああ、分かった。」
犬夜叉は笑いながら森に戻っていく。

二人はこれから待ち受ける運命を知る由もなかった…。


「桔梗っ! !」
犬夜叉が飛び起きながら叫ぶ。
犬夜叉は全身は汗まみれで呼吸も乱れていた。
犬夜叉は慌ててあたりを見回し、かごめと七宝が隣で寝ていることに気付いた。
犬夜叉たちは新たに一つ四魂のカケラを手に入れテントで野宿しているところだった。

(夢か…。)
犬夜叉は自分の胸を抑えながら呼吸を整える。
今まで何度か犬夜叉の記憶に関する夢を見ることはあったがあれほどはっきりとした夢を見るのは初めてだった。まるで本当にさっきまで桔梗と話していたと思うほどだった。
落ち着きを取り戻した犬夜叉は寝ているかごめに目を向ける。

(やっぱり…似てるな…。)
犬夜叉はかごめの顔を見ながら桔梗を思い出す。そして自分の心がざわついていることに気付いく。さらに自分が自分じゃなくなるような感覚にとらわれそうになった時

「犬夜叉…。」
かごめの寝言によって犬夜叉は現実に引き戻された。

(俺の夢を見てるのか…?)
どんな夢を見ているのか気になり耳を澄ます犬夜叉。そして次の瞬間

「おすわり。」
「ふぐっ!」
地面にめり込むことになった。

(こいつ…。)
あれだけ大きな音がしたにもかかわらずかごめは一向に起きる気配がなかった。

(やっぱりかごめはかごめだな…。)
地面に突っ伏し呆れながら一人納得する犬夜叉だった。


「ねぇ、犬夜叉。何そんなに怒ってるのよ。」
「何でもねぇよ。」
かごめは自転車の後ろに乗っている犬夜叉に話しかける。
何でもないと言いながらも明らかに機嫌が悪い犬夜叉。

「朝からずっとこの調子なんだから。」
「もっと大人にならんか犬夜叉。」
七宝が犬夜叉の肩の乗りながら話しかける。

「ふんっ。」
ますます不機嫌になる犬夜叉だった。

犬夜叉たちは村に着いたが村の様子がいつもと違うことに気付いた。

「何かあったのかな?」
かごめがそう言いながら辺りを見回していると

「かごめ、犬夜叉戻ってきたのか…。」
そう言いながら全身に包帯が巻かれている楓が近づいてきた。

「ど、どうしたの!?楓ばあちゃん。」
かごめが慌てて楓に近づく。

「大した怪我ではない…。しかしわしの力では防ぎきれなかった…。」
楓は大きくえぐられた地面に目をやる。そこには壊された祠があった。

「これは…桔梗お姉さまの墓だよ。」
「え…?」
楓の言葉に驚くかごめ。かごめにとっても桔梗は縁がある関係だったからだ。
さらに楓は鬼女の裏陶(うらすえ)と名乗るものが桔梗の霊骨を持ち去ってしまったことを話した。

「お姉さまは巫女の中でも並はずれた力を持った方だった。その骨が妖怪の手に渡ればどのように悪用されるか…。」
楓は無念そうに言葉をつなぐ。そんな様子を見たかごめは

「どうする、犬夜叉?」
そう言いながら犬夜叉に振り向いた。そして

犬夜叉の顔が真っ青になっていることに気付いた。

「犬夜叉…?」
かごめがさらにに話しかけるも犬夜叉は全く反応しなかった。しかししばらくの時間の後犬夜叉は突然一人で走り出した。


「ちょっと、どこに行くの、犬夜叉!?」
かごめが犬夜叉に叫ぶも

「俺一人で何とかするっ! 絶対に着いてくんじゃねぇぞ!!」
そう言い残し犬夜叉は森に向かって走って行った。

(どうしたんだろう…。犬夜叉…。)
かごめは犬夜叉の尋常ではない様子に心配を募らせる。すると楓が馬に乗り犬夜叉の後をついていこうとしていた。

(わしとて妹巫女…。桔梗お姉さまの骨はわが手で…)

楓は馬を走らせる。そして

「私も一緒に行く。」
「おらも。」
かごめと七宝も自転車でそのあとに続く。

「かごめ。」
楓が驚きながら二人を見る。

「ねぇ。楓おばあちゃん…犬夜叉があんなに必死になって行っちゃたのはやっぱり桔梗のせいなのかな…?」
かごめが神妙そうに楓に尋ねる。

「恐らくは…。」
そう言いながら楓は不吉な気配を感じ取っていた。


鬼女の裏陶は桔梗の霊骨と墓土を練りこみ鬼窯と呼ばれる窯で桔梗の体を焼き上げていた。しかし、蘇ったはずの桔梗は抜け殻同然で歩くことすらままならなかった。

(魂が戻っておらぬ…これではただの抜け殻…。)
巫女装束を着せた桔梗の抜け殻を見ながら裏陶は考える。

(この裏陶の鬼術が魂を取り逃がすはずはなし。ということは…魂は既に転生し他の体に生まれ変わっているのか?)

その時突然、窯の扉が壊される音が響いた。

「何じゃっ!?」
驚いた裏陶が振り向く。そこには鉄砕牙をもった犬夜叉の姿があった。

「お前が裏陶だな。」
そう言いながら鉄砕牙を構える犬夜叉。

「何者じゃ? 表の兵隊どもはどうした?」

「あの人形どもなら全部壊しちまったぜ。」
そう言いながら犬夜叉が距離を詰める。


(桔梗が蘇るのだけは何としても阻止しねぇと…。)
犬夜叉は焦っていた。もし本物の桔梗が蘇れば偽物の犬夜叉である自分は殺されてしまうかもしれない。そしてなにより桔梗に会うことで自分が自分でなくなってしまうのではないかという恐怖が犬夜叉を襲っていた。
そして犬夜叉は裏陶の横に桔梗の姿があることに気付いた。
その姿はまぎれもなく桔梗のものだった。
その瞬間、犬夜叉は激しい郷愁のような感覚に囚われる。

「桔梗…。」
犬夜叉がそう口にする。
すると抜け殻のはずの桔梗の体が犬夜叉に向かって近づいてくる。
それに合わせて犬夜叉は思わず後ずさりしてしまう。

(こやつ…桔梗と何か縁がある者なのか…。)
先程まで何の反応も示さなかった桔梗の抜け殻が犬夜叉に近づこうとするのを見て裏陶がそのことに気付く。そして

「死ねぇぇ!!」
犬夜叉の隙を狙って鎌で襲いかかる。

「なめるなっ!」
一瞬反応が遅れたものの鉄砕牙で攻撃をはじき返す犬夜叉。

(こいつ…。)
その一合で実力差に気付いた裏陶は窯の天井を壊し上空へ逃げる。

「待ちやがれっ!」
犬夜叉はその後を追う。そして何度か飛び上がって斬りかかるが空中ではうまく攻撃をすることができない。

「くそっ!」
犬夜叉は何とか裏陶を風の傷の間合いに引き込めないか考える。
そうしている間に桔梗の抜け殻が犬夜叉を追って窯から出てこちらに向かってきていた。

(やめろ…、その姿で近寄らないでくれ…。)
桔梗に姿をみることで再び記憶の感情に振り回される犬夜叉。

(あれは偽物の体だ! 本物の桔梗じゃねぇ! ! )
犬夜叉は自分にそう言い聞かせ鉄砕牙を桔梗の抜け殻に向ける。
裏陶を倒せないなら桔梗の抜け殻のほうを壊せばいいと考えたからだ。そして何より犬夜叉はこれ以上桔梗の姿を見ていることに耐えられなかった。

「ああああああっ!!!」
犬夜叉が鉄砕牙を振りかぶる。そしてそれを桔梗の抜け殻に振り下ろした。しかし
鉄砕牙は既のところで止まっていた。

「なっ…!?」
裏陶が驚きの声を上げる。確実に抜け殻を壊せるチャンスであったにもかかわらず何故犬夜叉が止めたのか理解できなかったからだ。
しかし一番驚いているのは犬夜叉自身だった。

(体が動かねぇ!?)
桔梗の抜け殻に攻撃しようとするたびに体が動かなくなってしまう。これまで体に違和感を覚えてきた犬夜叉だったがこんなことは初めてだった。
そして桔梗の抜け殻が犬夜叉に近づく。しかし犬夜叉は動くことができない。

(やられるっ…!)
犬夜叉がそう思った時

犬夜叉は桔梗に抱きしめられていた。

「えっ…?」
予想外の出来事に固まってしまう犬夜叉。そして激しい記憶の流入にさらされる。

(うっ…あっ…)
犬夜叉は桔梗を抱きしめたい衝動に駆られる。そして桔梗を抱きしめようとした時

「犬夜叉っ!」
かごめの声で現実に引き戻された。犬夜叉は桔梗の抜け殻を突き飛ばしなんとか距離をとる。声のした方向を見るとかごめと楓、七宝が心配そうにこちらを見ていた。

「桔梗お姉さま…。」
楓は桔梗の姿に声をなくしていた。

「馬鹿野郎っ!!なんで着いてきたんだ!!」
犬夜叉がかごめに怒鳴る。

「で…でも犬夜叉が心配だったから…。」
ここまで怒られるとは思っていなかったかごめが怯む。

(あの小娘…。)
裏陶がかごめの存在に気付く。

(似ている…あの面差し…桔梗にそっくりじゃ。)
裏陶はかごめが桔梗の生まれ変わりであることに気付いた。

(何という幸運っ!さっそくあの小娘を捕えて今度こそ桔梗を復活させてくれるわ!)
裏陶が凄まじい速度で上空からかごめを攫おうとする。かごめはそれに気付いていない。しかし裏陶の隙を犬夜叉は見逃さなかった。

「風の傷っ!!」
犬夜叉が風の傷を纏った鉄砕牙を振り下ろす。その瞬間、凄まじい妖力が裏陶に迫る。

(し、しまっ…!)
風の傷に飲み込まれ裏陶はこの世から消え去った。


「きゃああっ! !」
「何じゃっ!?」
突然の出来事に悲鳴を上げるかごめと七宝。
砂煙がようやくおさまってきた時かごめと七宝は鉄砕牙を杖代わりにしながら膝をついている犬夜叉の姿を見つけた。

「ハァッ…、ハァッ…」
精神的な疲労といきなり風の傷を使ったことによる反動で犬夜叉は膝をついていた。しかし

(これで…桔梗の復活を止めることができた…。)
犬夜叉は安堵していた。かごめが来てしまった時はどうなるかと思ったが結果的に裏陶を倒すことができた。
何故自分が今まで桔梗が蘇ることを思い出せなかったのかは分からないがこれで問題は何とかなった。そう思い犬夜叉がかごめを見た瞬間

桔梗の抜け殻がかごめに近づいていることに気付いた。


「かごめっ!逃げろっ!!」
犬夜叉がかごめに叫ぶ。

「え?」
そこで初めてかごめは桔梗の抜け殻が自分の目の前にいることに気付いた。
二人は鏡合せの様に向かい合う。かごめは金縛りにあったように動けなくなってしまった。犬夜叉が何とか助けようとするが桔梗の抜け殻がかごめの体に触れるほうが早かった。
その瞬間、かごめの体から光の玉が飛び出してくる。それはかごめの魂だった。

「いかんっ!!」
何が起きようとしているのか悟った楓が叫ぶ。しかしかごめの魂は桔梗の抜け殻に全て入り込んでしまう。そしてかごめはその場に倒れこむ。

「かごめっ!!」
犬夜叉が慌ててかごめに近づこうとする。しかし


「犬夜叉…。」
その前に桔梗が立ちふさがる。


この瞬間、現世に桔梗が復活した。



[25752] 第十六話 「My will」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 23:08
「犬夜叉…。」
桔梗がそう言いながら犬夜叉に近づいてくる。

「桔梗…。」
犬夜叉は金縛りにあったように動けなくなっていた。楓と七宝も手を出すことができない。何人にも犯しがたい雰囲気がそこにあった。桔梗が犬夜叉の腕をつかむ。そして

「なぜ裏切った―!」
桔梗の神通力が犬夜叉を襲う。

「くっ!」
犬夜叉は反射的に避けようとするが火鼠の衣の腕の部分が吹き飛んでしまう。

「お前に裏切られた後、私は末期の力を振り絞ってお前を封印した…。二度と再びめぐり会うはずはなかったのに…。」
桔梗は体を震わせながら犬夜叉に慟哭する。

「なのになぜお前は生きている!?」
犬夜叉は記憶の流入によって頭が割れるほどの頭痛に襲われていた。それでも何とか自分が本物の犬夜叉ではないことを説明しようとする。

「ち…違う…。それは…俺じゃない…。」
息も絶え絶えに犬夜叉がそう答える。しかし

「お前じゃないだと…。」
桔梗の表情が憎悪に歪む。

「とぼけるな…あれは…お前だった…。」
そして地面に落ちているかごめの弓を拾う。

「お前はその爪で私を引き裂き、四魂の玉を奪った…。」
桔梗は弓を犬夜叉に向ける。

「お前は人間になると言った。人間になってともに生きようと…。なのに…。」
弓に力を込める。

「お前は私を裏切ったっ!!」
桔梗は犬夜叉に向けて破魔の矢を放つ。犬夜叉が何とかそれを避わそうとした時、楓の張った結界によって破魔の矢は弾かれた。

「楓ばあさん…。」
犬夜叉がふらつきながら何とか楓に話しかける。楓は結界に全ての力を使い果たし地面に座り込む。しかし

「おやめください桔梗お姉さま!」
楓は桔梗に縋りつきながら話しかける。

「お前…。」
その姿に困惑する桔梗。

「妹の楓でございます。お姉さまが亡くなってから五十年生きました…。」

「その楓が…なぜ犬夜叉をかばいだてする!?」
楓は桔梗に説明をする。

桔梗の生まれ変わりであるかごめがこの時代に現れ、四魂の玉が復活したこと。
かごめが犬夜叉の封印を解いたこと。
犬夜叉の中には別の世界の少年が宿っていること。
桔梗が裏陶と呼ばれる鬼女によって蘇らせられたこと。しかし

「そんな戯言が信じられるか…。」
桔梗は縋りつく楓を振り払いながら犬夜叉を見据える。

「貴様は犬夜叉だ…。犬夜叉でないはずがない…」
桔梗は悲痛な叫びをあげながら再び犬夜叉に弓を向ける。それを見て何とか身構える犬夜叉。その時

「犬夜叉…。」
七宝の消え入りそうな声が聞こえた。

「七宝…。」
犬夜叉が七宝を見る。七宝は地面に横になっているかごめに縋りついていた。

「かごめが…かごめが起きんのじゃ…。」
泣きながら犬夜叉に訴える七宝。

(かごめ…。)
犬夜叉はかごめの姿を見つめる。かごめは目を閉じたまま眠っているようだった。しかし
このままではかごめが死ぬ。その事実に犬夜叉の血の気が引いていく。

「犬夜叉、お姉さまのその体を壊せ!」
楓が犬夜叉に向かって叫ぶ。

「楓!」
楓の言葉に反応する桔梗。

「所詮その体は鬼術によって無理に蘇らされたまがい物…。」
楓の目に涙が浮かぶ。

「お姉さまの魂を…そこから出してやってくれ!」
犬夜叉は楓の言葉で桔梗と戦うことを決意する。そして鉄砕牙を桔梗に向ける。

「無駄だ…怨念が消えぬ限り、魂はその体にも戻れん…。」
桔梗が楓に向けて言い放つ。

「あああああああっ!!」
犬夜叉が叫びながら桔梗に斬りかかる。しかし犬夜叉の体は桔梗と戦うことを拒絶する。
「ぐっ…!」
「なんのつもりだっ!」
桔梗が突然動きを止めた犬夜叉に神通力を放つ。

「がっ!」
犬夜叉はそれをまともに受けてしまい吹き飛ばされる。

「ち…くしょう…。」
犬夜叉は肉体的にも精神的にも限界に近付いていた。これ以上戦いを長引かせるわけにはいかない。犬夜叉は鉄砕牙を振り上げる。そして風の傷を使うために鉄砕牙に妖力を込める。しかし鉄砕牙は変化を解き元の錆びた刀に戻ってしまった。

「なっ…!?」
犬夜叉は予想外の事態に戸惑う。

「どこを見ているっ!」
桔梗はその隙を見逃さず破魔の矢を放つ。破魔の矢が犬夜叉の肩を貫く。そして
犬夜叉はそのまま地面に倒れこんでしまう。

「「犬夜叉っ!!」」
楓と七宝が叫ぶ。

(何でだ…。鉄砕牙…。)
犬夜叉は錆びた刀の鉄砕牙を見つめる。

(俺が…本物の犬夜叉じゃないからなのか…。)
犬夜叉は鉄砕牙を杖代わりにしながらなんとか立ち上がる。しかし犬夜叉は完全に戦意を喪失していた。そんな犬夜叉を見ても桔梗は攻撃の手を緩めない。

「私はお前を憎みながら死んだ…。魂が…そこから動けない…。お前が生きている限り救われない」
桔梗が手を震わせながら犬夜叉に弓を向ける。

「犬夜叉、お前の死だけが私を解放する…私とともに地獄に堕ちろ!!」
桔梗の目には涙が溢れていた。

(桔梗…。)
そんな桔梗を見ながら犬夜叉は思い出す。



村が燃えていた。
いきなりのことに少年は戸惑う。

(何だっ!?ここは一体…)
少年が思案していると

「いたぞ犬夜叉だ!」
「あいつ…四魂の玉を狙って村を襲いやがった!」

(なっ!?)
気付くと少年の手には四魂の玉が握られていた。

「犬夜叉!!」
その声とともに封印の矢が少年に向かって放たれる。

(桔梗!!)
少年は桔梗が血まみれになっていることに驚く。そしてこれが五十年前の犬夜叉が桔梗に封印された日であることに気付いた。


「あ…。」
少年の胸に封印の矢が突き刺さる。

「犬夜叉…。」
桔梗は傷だらけの体を庇いながら御神木に磔にされた少年に近づく。

「四魂の玉…。こんな物のために…。」
桔梗は涙を流しながら

「お前は私を裏切った…。」
そう呟いた。

(違う桔梗! 俺はお前を裏切ってなんていねぇ!!)
少年が心の中で桔梗に叫ぶ。しかしそれは桔梗には届かない。

「私が愚かだったのだ。一瞬でもお前と一緒に生きたいと思った…。」
桔梗が少年に縋りつく。

「犬夜叉…お前一人を…死なせはしない…。」

(桔梗…お前は俺の後を追って死んだんだな…。)
少年の目に涙が溢れる。

―― 分かった桔梗……

――― 一緒に行こう……。


「桔梗…。」
犬夜叉は抵抗をやめ真っ直ぐに桔梗を見つめていた。そして桔梗はそのことに気付く。

「ようやく観念したか…。」
そう言いながら桔梗は矢に封印の霊力を込める。そして

「犬夜叉…お前一人を…死なせはしない…。一緒に行こう…。」
そう告げた。


犬夜叉が目を閉じたとき

「犬夜叉っ!!しっかりせんかあああっ!!!」
七宝が犬夜叉に叫ぶ。そして

「正気に戻れ犬夜叉っ!!お主が死んだらかごめはどうなるのだっ!!!」
楓が犬夜叉に叫ぶ。


「か…ご…め…?」
犬夜叉の目に光が戻る。

そうだ…俺は何のために戦ってたんだ…?
犬夜叉の脳裏に一人の少女の姿が蘇る。

夜の御神木の前で

「犬夜叉も怖かったんだよね…。いきなり知らない人の身体になっちゃったんだもん…。きっとわたしより何倍も怖かったんだよね…。」

「それなのに…ひどいこと言っちゃって…」

「ごめんなさい。」
■■■は俺のために泣いてくれた。


「ごめんね、犬夜叉痛い思いさせちゃって…。」
申し訳なさそうにする■■■。そして

「ありがとう、犬夜叉。助けてくれて。」
微笑みながらそう言った。犬夜叉の目から涙が溢れる。

「もう泣き虫なんだから。」
■■■は俺をを優しく抱きしめてくれた。

骨食いの井戸での再会の日

「バカーーーーーーっ! !!」
■■■が犬夜叉にそう叫んだ。

「なっ…。」
いきなり大声でしかもそんなことを言われるとは思っていなかった犬夜叉はあっけにとられる。

「約束の期間とっくに過ぎてるじゃない! どうして連絡もくれなかったのよ!」
凄まじい剣幕で犬夜叉に詰め寄る■■■。

「いやっ…色々あって…。」
しどろもどろになりながら犬夜叉が答える。

「でも一度くらい会いに来てくれても良かったじゃない!」
そう言いながらだんだんと落ち着きを取り戻す■■■。そして

「心配したんだから…。」

「本当に心配したんだから…。」
■■■の目に涙が溢れる。そして

「ただいま。犬夜叉。」
■■■は微笑みながらそう告げた。


「犬夜叉様はどうしてそんなに強くなりたいの?」
いつかのりんの言葉が蘇る。

――俺は…

―――俺はかごめを守るために強くなりたい


犬夜叉は答えを見つけた。

その瞬間、鉄砕牙が牙に変化する。
鉄砕牙は「犬夜叉」ではなく「少年」を真の使い手として認めた。
この瞬間、「犬夜叉」の体は完全に「少年」のものとなった。
封印の矢が犬夜叉に迫る。それを犬夜叉は鉄砕牙の剣圧で薙ぎ払う。

「何っ!?」
突然の出来事に桔梗が驚く。

「犬夜叉っ!!」
七宝が喜びの声を上げる。

「はあああっ!!」
犬夜叉はそのまま桔梗に斬りかかる。

「くっ!!」
桔梗は間一髪のところでそれを避ける。
犬夜叉の動きには一片の迷いもない。
少年の強い意志が犬夜叉の体の枷を解き放っていた。しかし

「ハァッ…ハァッ…」
犬夜叉の体が限界にきていることには変わりなかった。犬夜叉は鉄砕牙に妖力を込める。かつてないほどの凄まじい風が鉄砕牙から巻き起こる。犬夜叉は正面から桔梗を見据える。そして

「風の傷っ!!」
犬夜叉は鉄砕牙を振り下ろした。しかしその瞬間桔梗の矢が鉄砕牙に突き刺さった。

(しまった!!)
桔梗の霊力によって鉄砕牙の変化が解かれてしまう。犬夜叉の注意がそれた瞬間に桔梗は犬夜叉の腕をさらに矢で射抜いた。

「がっ!!」
犬夜叉は後方の木に腕ごと磔にされてしまい見動きがとれなくなってしまった。

「ここまでだ、犬夜叉。」
桔梗が犬夜叉に近づきながら弓を構える。そして桔梗は封印の矢を放った。



(ここは…?)
かごめはまどろみの中にいた。自分が何者でどこにいるのかも分からない。どうしようか考えていると誰かの記憶が自分に流れ込んできた。

彼女は小さな村に生まれた。
彼女は生まれながらに強い霊力を持っていた。
そしてすぐに村の巫女として頭角を現していく。
それからは村を襲ってくる妖怪や、妖怪に苦しめられている人々を救う日々が続いた。
村の人々は彼女を慕い、彼女もまた人々を愛していた。
そして何年もの月日が流れたある日

私は自分が一人であることに気付いた。

村人が必要としているのは巫女としての私だった。決して人間としての私ではなかった。
そして同年代の女性が子を授かり育てていくのを見て自分は女ですらなかったことに気付いた。
巫女の在り方を否定するつもりはない。しかしそれでも私は一人でいることがさびしいことを誤魔化せなかった。

そして妖怪退治の里から出たという四魂の玉を守るようになってからはさらに過酷な妖怪たちとの戦いに明け暮れることになった。
四魂の玉を狙った黒巫女の椿という女とも争った。そして椿は私に恋をすると悲惨な運命をたどる呪いをかけたようだったが私は気にはしなかった。
人間でもなく女でもない私が誰かに恋をすることなどありえなかった。もし本当に私が誰かに恋を抱くことができるならば死んでもかまわない。そう思った。
そしていくらかの月日が流れた時

私は犬夜叉に出会った。

犬夜叉は珍しい半妖だった。四魂の玉を使って完全な妖怪になりたいらしい。一本気な性格なのか正面から私に挑んできた。私は気まぐれからとどめをささずに犬夜叉を見逃した。それから私と犬夜叉の奇妙な関係が始まった。
敵わないと分かっているにもかかわらずそれでも正面から挑んでくる犬夜叉。それを追い払いながらもとどめを刺さない私。
そしてある時、私は犬夜叉が来るのを心待ちにしている自分に気付いた。
それからは犬夜叉のことばかり考える様になった。
そして私は犬夜叉に四魂の玉を使って人間になってみないかと提案した。
四魂の玉を妖怪から守る日々に疲れていたこと、霊力が衰えてきていたこともあったからだ。

そして犬夜叉は私に一人の人間に、一人の女になってほしいと言ってくれた。

本当に嬉しかった。

こんな自分でも誰かに愛され、誰かを愛すことができると分かり犬夜叉と別れ村に戻った私は嬉しさのあまり涙を流した。


(犬夜叉…。)
桔梗の犬夜叉への想いに飲み込まれそうになるかごめ。しかし

(違う…。)
かごめは自分の体を見つめる。

(私は…私は桔梗(あなた)じゃない…!)
かごめは桔梗の記憶の中の犬夜叉に目を向ける。

(この犬夜叉は私が知ってる犬夜叉じゃない…。)
かごめは自分の手に力を込める。

(私の知ってる犬夜叉は…泣き虫で…意地っ張りで…)
かごめの目に涙が溢れる。

(でも…強くて…誰かのために泣ける優しい心を持ってる…。)
かごめは静かに目を閉じる…

(私は…)


「私はそんな犬夜叉が好きになったんだからっ!!」
そうかごめが叫んだ瞬間、目の前に光が広がった。



「あ…?」
桔梗の体から魂が抜け出していく。封印の矢の霊力も失われる。

「いやだ…まだ…!」

(私の魂が…引きずられる!)

そして魂はかごめの体に戻って行く。

「ゲホッ…ゲホッ…。」
かごめが息を吹き返し立ち上がる。そしてかごめは木に磔にされている犬夜叉に気付く。

「犬夜叉っ!!」
かごめは犬夜叉に走り寄り弓を抜く。

「大丈夫…!?」
そう言いながら犬夜叉のけがを確認しようとした時かごめは犬夜叉に抱きしめられた。

「犬夜叉…?」
犬夜叉の体は震えていた。

「かごめっ…かごめっ…」
犬夜叉は涙を流し嗚咽を漏らしながらかごめを抱きしめる。

「ごめんね…犬夜叉…。」
かごめも涙を流しながら犬夜叉を抱きしめる。そして

(私…犬夜叉が好きだったんだ…。)
かごめは自分の本当の気持ちに気付くのだった。


「ハァッ…ハァッ…」
桔梗は自分の体を引きづる様に歩いていた。

(あの女のそばにいると…残った魂も引き込まれる…。離れなければ…。)
そうして崖の近くまで離れた時

「お姉さま…」
楓が桔梗に話しかける。

「楓…。」
桔梗が息も絶え絶えに楓に話しかれる。

「お姉さま…かごめの中にお戻りください…。このままでは…。」
楓が苦悶の表情をしながら桔梗に告げる。しかし

「この私に…死ねというのか…」
桔梗が呟く。

「あの女の中に還るということは…私が私でなくなるということ…」
桔梗は楓を見据えながら

「楓…お前はそれを望むのだな…。」
儚げに告げた。

「お姉さま…。」
その言葉に返す言葉が見つからない楓。

「死ぬものか…。」
ふらつきながら桔梗がさらにかごめから離れようとする。

「私一人では死ねない…犬夜叉を殺すまで私は…。」
しかし桔梗はふらつきながら足を滑らせてしまう。

「お姉さまっ!!」
楓がとっさに手を伸ばすが桔梗はそのまま崖の底に消えていった。





川の下流で女性が流されながらも岸にたどり着く。その姿はまぎれもなく桔梗だった。


――生きている…

―――犬夜叉…私は生きている…。


桔梗はそのまま森の中に姿を消した。



[25752] 第十七話 「戸惑い」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 23:17
犬夜叉たちは落ち着いた後、山から村に戻っていた。
犬夜叉の傷は特にひどかったので今はかごめの手当てを受けているところだった。

「これで良しと。」
かごめが犬夜叉の包帯を巻き終わる。

「すまねぇな。かごめ。」
犬夜叉はかごめに礼を言う。

「べ…別にいいわよ、気にしないで。」
そう言いながらかごめは犬夜叉からそそくさと離れていく。

「?」
犬夜叉がそんなかごめの様子を訝しみ話しかけようとしたところで

「すまなかったな…。犬夜叉…。」
楓が犬夜叉に頭を下げる。

「楓ばあさん?」
いきなり頭を下げられ困惑する犬夜叉。

「桔梗お姉さまは怨念に囚われてしまっていた…。許してくれとは言えないが…本当のお姉さま心優しい方だった…。どうかそれだけは分かってほしい…。」
犬夜叉は楓の言葉を静かに聞き続ける。

「ああ。よく分かってるつもりだ…。」
犬夜叉も桔梗が本来どんな女性だったかは痛いほど分かっているつもりだ。確かに殺されかけたのは怖かったが怨んではいなかった。

「楓ばあさん…。桔梗はきっとまだ生きている…。」
「何!?」
楓が驚きの声を上げる。そして犬夜叉は記憶の中でも同じような出来事があったが桔梗はまだ生きていたことを伝えた。

「そうか…お姉さまはまだ現世に囚われているのだな…。」
楓が苦悶の表情でそう呟く。そしてしばらくの沈黙の後

「みんな…大事な話がある。犬夜叉と桔梗を殺し合わせた相手についてだ…。」
犬夜叉は先ほどの戦いの中で思い出したことを皆に伝える。


「奈落」
浅ましい心をもった鬼蜘蛛(おにぐも)という名の野盗をつなぎに、無数の妖怪が寄り集まってできた半妖である妖怪の集合体。
半妖でありながら妖怪をも凌ぐ程の邪気と妖力を持つ。
五十年前に犬夜叉と桔梗を憎み合わせ、死に追いやった張本人であり再び世に現れた四魂の玉のかけらを集め始め、五十年前の事件の真相を知った犬夜叉たちと対立していた。
鬼蜘蛛の感情を受け継いでおり桔梗を愛しているが、同時に憎悪や殺意を抱いている。
半妖である自己の存在を忌まわしく思っており、それゆえにひたすら強大な力を求めており、そのために四魂の玉に執心していた。直接の戦闘よりも人の弱みに付け込む卑劣な策略を好む冷酷な性格をしている。


「そいつが桔梗をあんな目に合わせたのね…。」
かごめが怒りの表情を浮かべながらそう呟く。桔梗の記憶に触れたかごめはその気持ちを踏みにじった奈落に対して強い憤りを感じていた。

「あの鬼蜘蛛が…桔梗お姉さまを…。」
思い当たる節がある楓はそのまま深く考え込んでいる。

「犬夜叉、あたしと一緒にその奈落をやっつけましょう!!」
そう言いながらかごめは犬夜叉に迫り手を握る。

「…ああ。よろしく頼む、かごめ。」
少したじろぎながらもはっきりと告げる犬夜叉。

「おらも手伝うぞ!」
そう言いながら七宝も間に割って入ってくる。

「そうね。みんなで奈落をやっつけましょう!」
かごめは七宝を抱きかかえながらそう宣言する。

(みんな…か…。)
犬夜叉はその言葉に引っかかりを覚えるもそれが何かは分からなかった。
犬夜叉がそのことについて考えていた時、かごめが手を離し慌てて犬夜叉から距離をとった。

(かごめ…?)
(ほう…。)
その様子に気付く七宝と楓。

「わ…私ちょっと疲れちゃったから今日はあっちに帰るわね」
そう言いながらかごめは慌てて楓の家を出ていった。

「何なんだ…?」
そんなかごめの様子に首をかしげる犬夜叉だった。


犬夜叉の怪我が治るまで四魂のカケラ集めは中止することになった。そしてかごめは学校に通いながらも犬夜叉の看病に戦国時代に訪れていた。しかしその様子はこれまでと大きく異なっていた。明らかに犬夜叉を意識しすぎており必要以上に犬夜叉に近づかないようにしたり目を合わせないようになっていた。犬夜叉もかごめの様子がここの所おかしいことには気づいていたが原因となるようなことも思いつかず困惑するしかなかった。そんな様子が何日か続きついにしびれを切らした七宝が犬夜叉に近づく。

「犬夜叉、かごめはな」
そう言いかけたところで七宝は楓に口を塞がれる。

「犬夜叉、少し七宝を借りるぞ。」
「うー!うー!」
七宝が口を塞がれながらも抵抗をするが楓は七宝をそのまま抱き上げる。

「あ…ああ。」
犬夜叉は戸惑いながら楓の言葉に返事をする。楓はそのまま七宝を連れ犬夜叉の耳が届かないところまで移動した。


「何するんじゃ楓っ!!」
七宝が息を切らせながら楓に食って掛かる。

「七宝、犬夜叉とかごめにお互いが好きであることを言ってはならん。」
楓が真剣な表情で七宝に諭す。

「何でじゃ。お互い好きなんじゃからいいではないか!」
七宝は犬夜叉とかごめが仲良くなってくれるように動いたのにそれを止められ戸惑っていた。

「それは犬夜叉とかごめが自分で気付かねばならん。七宝は大人じゃろう。二人を見守ってやってくれんか。」
楓の「大人」という言葉に反応した七宝は

「…そうじゃな。おらは大人じゃからな。任せろ楓!」
そう言いながら七宝は家に戻って行く。

「全く、世話の焼ける…。」
楓はその後をゆっくりと追って行った


「め…。かごめったら!」
「え…?」
友人のあゆみに話しかけられたかごめは気のない返事をする。かごめたちは学校が終わり下校途中だった。

「なんか最近上の空なことが多いよ。かごめ。」
「また彼氏となんかあったの?」
いつものように友人たちがかごめをからかう。しかし

「ち…違うわよ!! か…彼氏なんかじゃないんだから!!」
いきなり大きな声で反論するかごめに驚く友人たち。

「何かあったの…?かごめ。」
「う…。」
一人で考え込んでいてもどうしようもないと考えたかごめは思い切って友人たちに相談することにした。事情を聴いた友人たちは


(本当に自分がその男の子のことを好きなことに気づいてなかったんだ…。)
(あんなに惚気話をしてたのに…。)
(恋ね、恋なのね!)
様々な思いを抱くのだった。

「最近なんか意識しちゃって、あっちに泊ることも少なくなってて…」
かごめは何の気なしにそう呟く。しかし

「「「泊るぅ!?」」」
三人がかごめの爆弾発言に叫ぶ。

「泊るってあんたいったい何してるのよ!?」
由加は本気でかごめを心配して尋ねる。

「え…?何って一緒に寝てるだけだけど…。」
かごめとしては友人たちがなぜそんなに騒いでいるのか理解できなかった。

「それだけ…?」
「うん…。」

そして少しの沈黙の後

「かごめ…あんた…女の子として見られてないんじゃないの…?」
絵理が言いづらそうにしながらもかごめに告げる。

「え…?どうして?」
かごめはわけが分からず尋ねる。

「その男の子って十四歳なんでしょ?普通年上の女の子と一緒に寝て何もしてこないものなの…?」
「確かに…。」
由加とあゆみがそれに続く。

「そ…そんなに変かな…?」
状況を理解したかごめが不安そうにする。

「もし私だったら気になって眠れないと思うけど…。」
絵理がそう言った後、長い沈黙がかごめたちの間に流れる。そして

「かごめ…頑張ってね…。」
かごめはそんな励ましの言葉をかけられるのだった。


余談だが犬夜叉は旅を始めた当初はかごめを意識してしまい眠れていなかった。
しかしかごめがあまりにも無防備に寝ているのを見て意識していることが馬鹿らしくなり気にしなくなっていった。
さらに七宝が仲間になってからは三人で川の字になって寝るようになり犬夜叉はかごめと寝ることに全く抵抗がなくなってしまっていた。


「犬夜叉、かごめとはどこまでいったんじゃ?」
犬夜叉は森から木を運んでいたのだが七宝からの予想外の質問に足を滑らせてしまった。

「いきなり何言ってやがんだ、七宝!」
犬夜叉は何とか起き上がりながら七宝に尋ねる。

「犬夜叉はかごめに惚れておるのだろう?なんで告白せんのじゃ?」
七宝が真剣な様子で犬夜叉に尋ねる。互いのことが好きなことがいえないのなら犬夜叉を焚きつけようと七宝は考えたからだ。

「別に…今のままでいいだろ…。」
そう言いながら村に向かって木を運び始める犬夜叉。さすがの犬夜叉もかごめ以外に自分がかごめに惚れていることが知れ渡っていることには気づいていたので否定はしなかった。
犬夜叉はかごめに告白することで今の関係が壊れてしまうことを恐れていた。
そして何よりも自分の体が他人のものであることが一番大きな理由だった。
明日にはもしかしたら自分に意識がなくなってしまうかもしれない。
告白して上手くいったとしてもそれは「犬夜叉」である自分だからかも知れない。
様々な不安から犬夜叉はかごめに想いを伝えることができなかった。


しばらくして犬夜叉の傷も治り、かごめたちは四魂のカケラ集めを再開した。
そして新たに一つ四魂のカケラを手に入れた犬夜叉たちはいつものように野宿をすることになった。
犬夜叉たちは疲れていたのかすぐに眠りについた………かごめを除いて。

「ん…。」
朝になり目を覚ます犬夜叉。そして犬夜叉は自分の血を吸っている冥加に気付いた。

「お久しぶりです。犬夜叉さ」

バチンッ

冥加は言い終わる前に叩き潰された。

「今までどこに行ってたんだ、冥加?」
起きてきたかごめと七宝も加わりながら犬夜叉は冥加は尋ねる。かごめはまだ眠いのか半分寝ぼけているようだった。

「少し四魂の玉について気になりましてな…。調べておったのです。」
冥加が犬夜叉に自信満々に答える。

「何だ、逃げてたわけじゃなかったのか。」
「なんですとっ!?」
自分の評価があまりにも低く落ち込む冥加だった。
そして冥加は自分が調べることができた四魂の玉についての情報を犬夜叉たちに伝えていく。そして四魂の玉が妖怪退治屋の里から出てきたものだという話になった時犬夜叉が急に立ち上がった。

「冥加、退治屋の里はまだ無事なのか!?」
犬夜叉が焦りながら冥加に尋ねる。

「無事と申しましても…一週間ほど前にある城の領主から妖怪退治の依頼を受けて数名の手練が出て行っていたくらいですが…。」
犬夜叉が慌てる理由が分からず困惑する冥加。

「かごめ、七宝!すぐ出発するぞ、準備しろ!」
犬夜叉に言われるままかごめたちは急いで退治屋の里に向かうのだった。


「ひどい…。」
かごめが里の惨状を見ながら呟く。村は妖怪の大群に襲われ壊滅してしまっていた。

(間に合わなかった…)
犬夜叉は自分が間合わなかったことを悟った。
犬夜叉たちが生存者がいないかどうか探していると巨大な化け猫が犬夜叉たちの前に現れた。

「えっ!?」
「何じゃっ!?」
かごめと七宝が身構えるが

「雲母っ!!」
犬夜叉に名前を呼ばれた雲母は動きを止める。

「鎮まれ、雲母。この方たちは敵ではない。」
冥加が雲母に話しかける。すると雲母は小さな子猫の様な姿になった。

「犬夜叉、この子のこと知ってるの?」

「ああ。」
かごめの問いに答えながら犬夜叉たちは里をめぐって行く。しかし生存者は一人もいなかった。

「犬夜叉はこのことを思い出したから急いでたのね…。」
里の者たちを埋葬した犬夜叉たちは楓の村に戻るために森の中を進んでいた。

「それもあるんだが…。」
そう言いながら本当の理由を話そうとした時凄まじい音の塊が近づいてくることに犬夜叉は気づいた。

「あぶねぇっ!」
犬夜叉はかごめと七宝を抱えながらそれを避ける。
巨大なブーメランのようなものが木をなぎ倒しながら戻ってくる。

「くっ!」
それを何とか避わす犬夜叉。そしてそれは一人の少女の元に戻って行った。

「貴様が犬夜叉か! 退治する!」
退治屋の装束を着た少女が巨大なブーメランを再び構える。

「さ…珊瑚!!」
冥加が少女を見て叫ぶ。

「珊瑚」
妖怪退治を生業とする妖怪退治屋の十六歳の少女。退治屋の里では一番の手練れと言われる程の腕前を持っている。
奈落の陰謀により父と弟を殺され、里も滅ぼされた後、奈落に騙されて犬夜叉を仇と狙うが、やがて真相に気付き、仇を討つ為、犬夜叉の仲間に加わった。
飛来骨と呼ばれる様々な妖怪の骨を固めた巨大なブーメランを主に使う。
腰の刀や腕に仕込んだ刃の他、妖怪退治の際の装束には毒など様々な武器や道具を隠し持っている。
妖怪退治の専門家だけあって妖怪の事に詳しく、肉体能力も優れており猫又妖怪・雲母をパートナーとして連れていた。


「飛来骨!!」
珊瑚が再び犬夜叉に向かって飛来骨を放つ。

「くっ!」
犬夜叉は鉄砕牙を抜き飛来骨を受け止める。しかし勢いを殺しきれずに後ろに吹き飛ばされてしまう。

(すげぇ…!)
犬夜叉は人間でも極めればここまで強くなれるということを知り驚いていた。半妖の犬夜叉だからこそ珊瑚の凄さが理解できた。

「犬夜叉っ!」
かごめが犬夜叉を心配し近づこうとする。

「離れてろっ!かごめっ!」
犬夜叉はかごめに叫びながら鉄砕牙を構えなおす。

「珊瑚っやめんか!この方たちは敵ではない!」

「里のみんなの仇!!」
冥加が珊瑚を説得しようとするが珊瑚は全く聞き耳を持たない。

「話を聞きやがれっ!」
犬夜叉が飛来骨を弾き返しながら叫ぶ。

「黙れ半妖!」
しかし珊瑚は攻撃の手を全く緩めようとはしない。

(あの子…背中に四魂のカケラが…!)
かごめが珊瑚の状態に気付く。そして犬夜叉は力づくで止めるしかないと判断する。

「俺が勝ったら話を聞いてもらうからなっ!」
そう言いながら犬夜叉が珊瑚に飛びかかって行く。

「やってみろ!」
珊瑚が飛来骨を手に持ったまま振り下ろしてくる。犬夜叉はそれを鉄砕牙で受け止めた。

「くっ!」
犬夜叉の腕力に負け吹き飛ばされる珊瑚。犬夜叉は体勢を崩した珊瑚に近づこうとするが

「毒粉!」
珊瑚はとっさに瘴気が含まれた粉を犬夜叉に投げつける。そしてその隙に体勢を立て直そうとするが

「はあっ!!」
犬夜叉はそれを鉄砕牙の剣圧で吹き飛ばす。

「何っ!?」
まるで自分の手の内を知っているかのような動きに戸惑う珊瑚。その隙を犬夜叉は見逃さなかった。犬夜叉が珊瑚の両手をつかんで動きを止める。

「くっ!」
珊瑚は力を振り絞り犬夜叉の手を振りほどく。そして腰にある刀で犬夜叉に斬りかかる。しかし犬夜叉はそれを素手で掴む。

「犬夜叉っ!!」
犬夜叉の手から血が流れるのを見てかごめが叫ぶ。

「いい加減しろっ!奈落に騙されてることがまだ分かんねぇのか!」

「う…うるさい! そんな戯言誰が信じるかっ!」
珊瑚は刀に力を込め犬夜叉の腕に突き立てる。

「ぐっ…!!」
犬夜叉は痛みに顔をしかめるが抵抗をしなかった。

「お前…」
そんな様子を見た珊瑚がたじろぐ。

「お前の体は血だらけになってるんだ! これ以上動いたら本当に死んじまうぞ!!」
犬夜叉が必死の形相で叫ぶ。

「な…に…?」
そこで珊瑚は初めて自分の体が血だらけになっていることに気付いた。

(こんなになってたなんて…痛みを感じなかったから…)
珊瑚はそのまま意識を失い地面に倒れこむ。犬夜叉それを慌てて抱きとめる。

「かごめ、七宝!! 珊瑚を村に連れて行く、早く来い!! 」

「う…うん!」
「分かった!」
犬夜叉たちは急いで村に戻って行く。

そしてその様子を一匹の大きな毒虫が見つめていた。



[25752] 第十八話 「珊瑚」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 23:22
夜のある城の中。
妖怪退治屋の者たちが城の主からの依頼で大蜘蛛の退治を行っていた。そしてその中には珊瑚と琥珀の姿があった。琥珀は珊瑚の弟であり今回の依頼が初めての実戦だった。

「うわっ!」
戦闘に慣れていない琥珀が大蜘蛛の吐く糸に捕まってしまうが

「飛来骨!!」
珊瑚の飛来骨によって琥珀は糸から解放される。

「あ……ありがとう、姉上。」

「しっかりしな、琥珀。また来るよ。」
琥珀をフォローしながら珊瑚は大蜘蛛に向かっていく。そして珊瑚の父たちもそれに加わり大蜘蛛を追い詰めていく。大蜘蛛はついに力尽き地面に倒れこんだ。

(簡単すぎるな…この蜘蛛、妖気も薄いし…)
そう思いながら珊瑚が気をぬきかけた時

珊瑚の父親たちの首が飛んだ。

「なっ…!?」
それは琥珀の持つ鎖鎌によるものだった。鎖鎌が血によって真っ赤に染まる。しかし琥珀はそれを手にしながらも無表情のままだった。

「琥珀!!なぜ父上たちを…!?」
珊瑚が琥珀に問いかけるが琥珀はそれを全く意に介さず珊瑚に襲いかかってきた。

「やめろ琥珀!あたしが分からないのか!?」
必死の珊瑚の言葉も空しく琥珀は鎖鎌で珊瑚を斬りつけてくる。珊瑚は腰にある刀を抜き何とかそれを防ぎ続ける。そして二つの武器が重なり鍔迫り合いになった。

「目を覚ませ琥珀!!」
珊瑚は鍔迫り合いで琥珀の武器を封じながら詰め寄る。そして珊瑚は琥珀の首に蜘蛛の糸が繋がっていることに気付く。それは城内にいるこの城の主につながっていた。珊瑚は城の主が琥珀を操っている妖怪であることを理解する。

「貴様かっ!!」
珊瑚は刀に力を加え琥珀を押しのける。そして城内にいる妖怪に向けて飛来骨を構えた。

「乱心したか、殺せ。」
「はっ!」
城の主に化けている妖怪が護衛の者に命令する。そして護衛の者たちが放った矢が珊瑚を襲う。

「くっ!」
何とかそれを防ごうとする珊瑚。しかしその時珊瑚の背中に琥珀の鎖鎌が突き刺さった。

「あ……。」
一瞬何が起きたのか分からなくなった珊瑚だったがすぐに正気に戻り琥珀に振り返る。
琥珀は先ほどまでと違い体を震わせていた。そしてそのまま地面に膝をつく。

「あ…姉上…。」
琥珀は自分が起こしてしまった惨状を目の当たりにし涙を流しながら怯えていた。

「琥…珀…?」
その様子を見た珊瑚は琥珀が正気に戻ったことに気付く。

「姉上―っ!!」
正気に戻った琥珀は傷だらけになっている珊瑚に気付き走りながら近づこうとする。しかし城の者が放つ矢が琥珀の体を貫いていく。琥珀はそのまま地面に仰向けに倒れてしまった。

「こ…琥珀…。」
珊瑚が血だらけの体を引きずりながら琥珀に近づく。琥珀の体には無数の矢が刺さり地面は血に染まっている。もはや助からないことは明らかだった。

「あ…姉上…怖いよ…。」
もう目が見えていないのか視線を泳がせながら琥珀は珊瑚に助けを求める。

「だい…じょうぶ。あたしが…ついて…。」
珊瑚がそう言いながら琥珀に寄り添う。しかし琥珀はそのまま目を閉じ動かなくなった。

そして珊瑚は意識を失った。


「琥珀っ!!」
叫びながら珊瑚は布団から起き上がる。そして珊瑚は自分が見慣れない家の中にいることに気付いた。

(ここは…あたしは一体…)
何とか自分の置かれている状況を確認しようとした時

「よう。気がついたか。」
珊瑚の横であぐらをかいている犬夜叉が話しかけた。

「貴様っ…!」
犬夜叉に気づいた珊瑚は咄嗟に襲いかかろうとする。

「何だ、まだやる気か!」
思わず犬夜叉も珊瑚に対して身構える。二人の間に緊張が走る。そして

「おすわり。」
「がっ!」
かごめの一言でそれは消え去った。


「ごめんね、悪い奴じゃないから許してあげて。」
かごめは珊瑚に微笑みながら話しかける。犬夜叉はまだ床に這い蹲っているままだった。そんな様子に珊瑚が戸惑っていると

「珊瑚、犬夜叉様たちは手傷を負ったお前を放っておけなかったのじゃ。」
そう言いながら冥加が珊瑚の肩に乗る。

「冥加じい…。」
珊瑚は見知った人物に会い落ち着きを取り戻す。そして冥加は事情を珊瑚に説明した。


「奈落…そいつが琥珀や父上たちを…。」
珊瑚は自分たちが奈落の謀略によって弄ばれたことを知り憎悪に顔を歪ませる。そしてそのまま立ち上がり家から出て行こうとする。しかし痛みによってすぐに床に座り込んでしまった。

「ダメよ、そんな体で無理しちゃ!」
かごめが慌てて珊瑚に近づき介抱する。

「そんな体で行っても返り討ちにされるだけだぜ。」
「何だとっ!」
犬夜叉の言葉に反応する珊瑚。

「犬夜叉もそんなこと言わないの。珊瑚ちゃんも今は無理に動かないほうがいいわ。」
「そうじゃ。大怪我しとるんじゃからの。」
かごめに続いて七宝も珊瑚をたしなめる。珊瑚も自分の体の怪我に気付いたのかそれ以上は動こうとはしなかった。


「かごめ、話がある。」
犬夜叉は珊瑚が眠ったのを確認した後かごめと一緒に家の外に出た。

「話って何?犬夜叉。」
真剣な様子の犬夜叉に気付いたかごめが尋ねる。
そして犬夜叉は珊瑚の弟の琥珀は恐らく奈落によって四魂のカケラを使われ生きていること。今も操られているであろうことをかごめに伝えた。

「そんな…。」
かごめは珊瑚のあまりにも過酷な状況に言葉を失くす。

「このことはまだ珊瑚には言わないでくれ。今言うとあいつは何をするか分からない。」
その後かごめと話し合い、少なくとも体が治るまで珊瑚には伝えないということになった。

珊瑚は疲れ切っていたのかそのまま眠り続けていた。一安心した犬夜叉たちは夕食をとることにした。
そして夕食を済ませた後、かごめは本を読みながらくつろいでいた。そこに

「かごめ、珊瑚が治るまではカケラ集めは中止するから一度家に帰ったらどうだ?」
犬夜叉がかごめに提案する。

「え?」
予想外の提案だったのかかごめが目を丸くする。

「えって…お前ここのところずっと家に戻ってねぇじゃねぇか。家族も心配してんじゃねぇか?」

「それは…。」
犬夜叉に言われてかごめはかれこれ五日間現代に戻っていないことに気付いた。しかし

「私がいなかったら珊瑚ちゃんの看病はどうするのよ。」
かごめはその心配があるため、まだこっちに残るつもりだった。しかし

「珊瑚は俺が面倒見とくから気にするな。」
犬夜叉は何の気なしにそう言う。その言葉を聞いたかごめはしばらく考え込んだ後、

「……やっぱり私しばらくこっちにいる!」
そう宣言しそのまま本を読み始める。

「おい、かごめ…。」
その後何度も犬夜叉がかごめに話しかけるがかごめは不機嫌なままだった。

(鈍い奴じゃ…。)
そんな様子を見ながら七宝は一人溜息を吐くのだった。


かごめたちが寝静まった後、犬夜叉は一人これからのことを考えていた。

(奈落は珊瑚に使った四魂のカケラを取り戻すために必ず仕掛けてくる…)
犬夜叉はそう考えながら鉄砕牙を握る。

(今の俺は記憶の中のこの時期の犬夜叉に比べて強くなってる…。今の奈落なら確実に倒せるはず…。)
加えてかごめも神通力を使えるようになっている。犬夜叉は初めは鉄砕牙を使わず戦い、油断して現れた奈落に確実に風の傷を食らわせる方法で奈落を倒そうと考えていた。しかし犬夜叉は気づいていなかった。

奈落の恐ろしさは強さではなくその狡猾さにあることに…。


それから数日後、楓が犬夜叉に地念児からもらった薬草が足りなくなっていることを伝えてきた。珊瑚の傷は思ったよりも深く治りも遅かったからだ。

「じゃあちょっと取りに行ってくる。」
犬夜叉はそう言い支度を始める。そして

「私も一緒に…。」
かごめがそう言いかけるも

「かごめは珊瑚を見てやっててくれ。いつ奈落が襲ってくるか分からねぇからな。」

「…うん。」
犬夜叉の言葉に返す言葉もないかごめ。

「それに一人のほうが早く行けるからな。半日もあったら帰ってくる。何かあったら狼煙を上げてくれ。」
そう言いながら犬夜叉が出かけようとすると雲母が犬夜叉の前に現れる。そして巨大な化け猫の姿になり背中を犬夜叉に向ける。

「乗せてってくれるのか?」
犬夜叉の言葉に頷く雲母。

「分かった、頼むぜ雲母。」
犬夜叉は雲母に乗り飛び立っていった。

それを見送りかごめが家に戻ると珊瑚が壁を伝いながら歩いていた。

「珊瑚ちゃんっ!」
かごめが慌てて珊瑚に近づくも

「大丈夫だよ。ちょっと歩く練習をしてただけさ…。」
珊瑚はそのまますぐに布団に戻る。

「ゆっくり休んでなきゃ…。今、犬夜叉が薬草をもらいに行ってくれたから。」
「犬夜叉が…?」
珊瑚は意外そうな顔をした後しばらく何かを考え込んでいるようだった。

それからさらに数日が経ち珊瑚は一人で歩くことができるほどに回復した。そして夜はそのことを祝っていつもより豪華な食事になった。

「こら、行儀が悪いわよ。七宝ちゃん。」
顔にご飯粒をつけながら慌てて食べる七宝にかごめが注意する。

「何やってんだ七宝。」
犬夜叉はかごめに叱られている七宝をからかう。そしてそれに怒った七宝は犬夜叉のおかずを横取りする。

「何しやがんだ、七宝!」
「悔しかったら捕まえてみんか!」
そして犬夜叉と七宝の鬼ごっこが始まる。

「全く、静かに食べれんのか…。」
楓はそう言いながら黙々と食べ続ける。

「犬夜叉、おすわり!」
かごめの一声で鬼ごっこは終わり犬夜叉と七宝はかごめに叱られる。
そんな様子を珊瑚は黙って見続けていた。

その日の深夜、一つの人影が村の外に向けて歩いていた。そして森に入ろうとしたところで

「どこに行くつもりだ?」
犬夜叉は人影に向かって話しかける。

「犬夜叉か…。」
月明かりが二人を照らす。人影は飛来骨を背負った珊瑚だった。

「決まってるだろう…。奈落を倒しに行くんだ…。」
珊瑚はそのまま村を出て行こうとする。しかし犬夜叉は珊瑚の前に立ちふさがる。

「その体じゃ無理だ…。それに一人より俺たちと一緒のほうがいいはずだ。四魂のカケラを狙って奈落は必ずあっちから現れる。」
犬夜叉はそう珊瑚を説得する。しかし

「でも…あたしはあんたにひどいことをした…。これ以上迷惑はかけられない…。」
珊瑚はそう呟く。

「なんだ、そんなこと気にしてたのか。奈落に騙されてたんだからお前は悪くねぇだろ。」
あっけらかんとした様子で答える犬夜叉。そして珊瑚はそんな犬夜叉の様子に戸惑う。

「なんであんたは見ず知らずのあたしにここまでしてくれるんだ…?」
珊瑚はこれまで疑問に思っていたことを尋ねる。

「それは…」
犬夜叉は自分の記憶のことも話すわけにもいかず言葉に詰まる。そしてしばらくの沈黙の後


「お…お前は喧嘩が強いからな…。俺の…修行相手になってほしいんだ。」
何とか気のきいたことを言おうとした犬夜叉だったが結局記憶の中の犬夜叉と同じようなことを言ってしまった。それを聞いた珊瑚は

「ふっ…」
犬夜叉の言葉がおかしかったのか笑いを漏らした。

「な…何だ!なんか文句があんのかっ!」
犬夜叉はそんな珊瑚の様子を見て顔を真っ赤にしながら叫ぶ。

「いや…そんな誘われ方されたの初めてだったから…。」
そう言いながら笑い続ける珊瑚。

「ふんっ。」
犬夜叉は完全に不貞腐れてしまった。珊瑚は改めて犬夜叉に向かい合う。そして

「妖怪退治屋の珊瑚だ。よろしく。」
そう言いながら手を差し出した。

「…犬夜叉だ。」
犬夜叉は不貞腐れながらもその手を握り返す。


その瞬間、新たに珊瑚が仲間に加わった。

その後二人が一緒に家に戻ってくるのを見てかごめが不機嫌になったのは言うまでもなかった。



ある渓谷の中を進んでいる一行があった。
それは殺生丸たちだった。

「犬夜叉様どうしてるのかなー、邪見様?」
阿吽と呼ばれる二つの頭を持つ龍のような妖怪の背中に乗っているりんが邪見に話しかける。

「ふん、そんなことわしが分かるわけがなかろう。」
邪見は不機嫌そうに答える。

「一度会いに行こうよ、邪見様。かごめ様にも会ってみたい。」

ここ数日りんは犬夜叉のことを気にかけていた。
最近、犬の半妖と人間の女が四魂のカケラを集めているという噂が広がっていたからだ。
りんはあの修行以来犬夜叉のことが気に入ったのか度々話題に上げていた。そして犬夜叉から聞いたかごめに会ってみたいと思っていた。

「ふん…。」
そう言いながら邪見は犬夜叉のことを考える。口には出さないが邪見は犬夜叉のことを認めていた。あの殺生丸に一ヶ月半挑み続け手加減されていたとはいえ一太刀浴びせたのだ。認めないわけにはいかなかった。しかしそれを表に出せない理由があった。
それは殺生丸が犬夜叉をどう思っているか分からないということだった。犬夜叉といっても中身の人間が変わっているので本当の意味での犬夜叉ではないのだが。そして修行が終わって以来、りんが犬夜叉の話題を上げたとしても殺生丸は以前ほど剣呑な雰囲気を放つことはなくなっていた。
特に最近は戦いの天生牙と闘鬼刃を手に入れたことで機嫌が良くなっていることもあるのでそれも関係があるのかもしれない。殺生丸の様子は余人が見ればいつもと変わらないように見えるが邪見とりんはその変化に気付いていた。
邪見はそんなことを考えていると

「じゃけんさま~♪ じゃけんさま~♪ お~い~て~く~よ~♪ 」
りんが歌声に合わせて邪見を呼ぶ。見ると殺生丸たちは邪見を残し先に進んでいた。

「お…お待ちください、殺生丸様!」
邪見は慌ててその後に続く。

「しかし殺生丸様、一体どこに向かわれているのですか?」
何とか追いついた邪見は殺生丸に尋ねる。しかし殺生丸は答えない。

(ああ…やっぱり答えてくださらない…。)
機嫌はいつもより良くなっているはずなのに殺生丸の邪見への態度は変わらなかった。
そして邪見は渓谷の先に何か巨大なものがあることに気付く。

「わあ、すごーい!」
りんが驚きの声を上げる。
その視線の先には牙によって崖に磔にされた巨大な竜の姿があった。

「こ…これは…もしや竜骨精!?」
その正体に気付いた邪見が怯えた声を上げる。

「リュウコツセイ?」
聞いたことがない単語に首をかしげるりん。

「貴様は知らんで当たり前じゃ。竜骨精は殺生丸様の父君と並び称された東国を支配していた大妖怪じゃ。二百年ほど前に二人の間に大きな戦があり殺生丸様の父君によって竜骨精は封印されたのじゃ。」
邪見は胸を張り威張りながらりんに説明する。殺生丸はそれを意に介さず一人竜骨精に近づく。

しばらく竜骨精を見上げる三人。そして

「じゃあ竜骨精は殺生丸様より強いの?」
唐突にりんが邪見に尋ねる。

「そ…それは…」
邪見はその言葉に驚き考え込む。そして殺生丸が自分を睨んでいることに気付いた。

「せ…殺生丸様のほうが強いに決まっておろうが…!」
慌てながら答える邪見。

「本当、邪見様?」
邪見の怪しい態度を訝しむりん。邪見は何とかりんを黙らせようと騒ぐ。殺生丸はそんな二人から目を離し再び竜骨精に目を向ける。

(父上…)
殺生丸は二百年前のことを思い出す。
竜骨精との戦が始まる時、殺生丸の父は殺生丸に戦に加わることを禁じた。
しかし殺生丸はその言葉に従わず戦に加わろうとした。そして殺生丸の母によって戦の間封じ込まれてしまった。
そして父は戦に勝利したものの深手を負いそのまま犬夜叉の母を救うため最期の闘いに赴き亡き人となった。

(父上…なぜ私を共に戦わせてくださらなかったのですか…。)

殺生丸は封印された竜骨精を見上げながら今は亡き父に想いを馳せるのだった。



[25752] 第十九話 「奈落」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/03/21 18:13
珊瑚が仲間になった次の日、珊瑚は犬夜叉たちに頼みごとをしてきた。

「退治屋の里に行きたい?」

「ああ、里のみんなを弔ってくれたんだろう?あたしも一度帰っておきたいと思って…。」

珊瑚は真剣な面持ちで犬夜叉に話しかける。


「でもお前その体じゃあ…。」

そう言いながら犬夜叉は珊瑚の体を見る。珊瑚の体は回復してきているといってもまだ歩くのが精一杯だった。

「分かってる…。だから一緒についてきてほしいんだ…。」

珊瑚は申し訳なさそうに犬夜叉たちに頼む。その様子を見た犬夜叉は


「…分かった。その代わり無理はすんなよ。」

そう答えたのだった。


「大丈夫じゃ、おらたちがついとるんじゃからの。」

七宝が威張りながら宣言する。


「そうね、珊瑚ちゃんはもう私たちの仲間だもの。何でも言ってね。」

七宝の様子に苦笑いしながらかごめもそれに続く。


「ありがとう、みんな…。」

珊瑚はそんな犬夜叉たちの様子に安堵する。そして

「お礼といってはなんだけど向こうに着いたら四魂の玉について知っていることを話すよ。」

そう付け加える。


「四魂の玉のこと?」

いきなり四魂の玉のことが話題にあがりかごめは驚きながら聞き返す。


「ああ、四魂の玉は元々あたしたちの里から出たものなんだ。そこに四魂の玉が生まれた洞窟もある。かごめちゃんたちは四魂のカケラを集めてるんだろう?何かの役に立つかもしれない。」


(そういえば私、四魂の玉について何も知らなかった…。)

珊瑚の話を聞きながらかごめは自分が四魂の玉についてほとんど何も知らなかったことに気付いた。
今までかごめにとって四魂の玉はせいぜい妖怪が持つと妖力が増すものという認識だった。しかし自分の体に四魂の玉があったこと、桔梗の記憶に触れたことで自分と四魂の玉には何か強い因縁があるのではないかと思い始めていた。

(犬夜叉は何か知ってるのかな…。)

かごめは犬夜叉の様子をうかがう。犬夜叉は難しい顔をして何か考え事をしているようだった。


そして支度を整え珊瑚は雲母にかごめと七宝、冥加は犬夜叉に乗りながら一行は退治屋の里に向けて出発した。


「そういえば犬夜叉、昨日はどうやって珊瑚ちゃんを説得したの?」

犬夜叉の背中に乗っているかごめが尋ねる。


「べ…別にどうだっていいだろ!そんなこと!」

そう言いながら犬夜叉は顔を赤くする。犬夜叉は昨夜の自分の言葉を思い出して自己嫌悪に陥っていた。

そしてかごめはそんな犬夜叉の様子に引っかかりを感じていた。



里に着いた後、珊瑚は村の者たちが埋葬された場所で一人手を合わせていた。そんな珊瑚を犬夜叉たちは少し離れた場所から見守っていた。

(珊瑚ちゃん…)

しばらくの間の後、かごめが珊瑚に近づく。


「大丈夫?珊瑚ちゃん…。」

「かごめちゃん…。」

話しかけられた珊瑚は自分を心配そうに見つめるかごめに気付く。しばらくお墓を眺めた後、


「死んだ弟のこと考えてたんだ…。」

呟くように珊瑚が話し始める。

「ここには埋葬されていないけれど…臆病で優しい子だった…。」

珊瑚は目を閉じながら琥珀の最期を思い出す。

「奈落の城で妖怪に操られ…父上や仲間まで殺させられて…。」

そんな珊瑚に声をかけることができないかごめ。


「でも…死ぬ前に…元の琥珀に…弟に戻ってくれた。」

「珊瑚ちゃん…。」

犬夜叉の記憶通りなら琥珀は四魂のカケラで命をつながれ奈落に操られている。しかし今の珊瑚の様子を見てかごめはその事実を伝えることはできなかった。


「ごめんね…こんな話しちゃって…。」

そう言いながら珊瑚は立ち上がる。そしてかごめが持っている四魂のカケラに目をやる。


「奈落は…その四魂のカケラを狙ってるんだね…。」


「珊瑚ちゃん…みんなの仇をとるつもりなのね。」

珊瑚の鋭い視線を感じたかごめは不安そうに話しかける。そのことに気付いた珊瑚は

「大丈夫。無理して迷惑をかけるようなことはしないよ。せっかく誘ってくれた犬夜叉にも悪いしね…。」

少し離れたところにいる犬夜叉を見据える。そして


「約束通り、教えてあげるよ…四魂の玉が生まれた理由…。」

そう告げた。



一行は珊瑚の案内で四魂の玉が生まれたとされる洞窟の中を進んでいた。

しかしかごめはなぜか不機嫌になっていた。かごめの視線の先には珊瑚を背負いながら歩いている犬夜叉の姿があった。

里での墓参りを終えた時点で珊瑚が疲労していることに気付いた犬夜叉が珊瑚に提案し背負っていくことになったためだ。

珊瑚が疲労していたことは確かで犬夜叉が珊瑚に気を使っての行動だということは分かっていたのでかごめも反対することはできなかった。しかし

(そこは私の場所なのに…)

そう思わずにはいられないかごめだった。


(犬夜叉の奴、気づいておらんのか…!)

かごめの放つ雰囲気に怯えながら七宝は犬夜叉を怨んでいた。


犬夜叉としては記憶の中の犬夜叉が珊瑚を背負って洞窟を進んでいたのを思い出したのでそれを真似て行動していただけで他意はなかった。

犬夜叉は珊瑚に出会ったことで弥勒の記憶も思い出しており、珊瑚のことは完全に女性としてではなく仲間として接していた。しかしそれがかごめには犬夜叉が珊瑚に対して特別な感情があるのではないかと感じさせていた。


そして洞窟を進んだ先に一つの妖怪のミイラがあった。

「これは…」

かごめが驚きの声を上げる。そして妖怪と一体化してしまっている人間がいることに気付く。その胸には大きな穴が開いていた。

「それは無数の妖怪が一つに固まって力を増したものさ…たった一人の人間を倒すためにね…。」

犬夜叉の背中から降り珊瑚が説明をする。


かつて翠子(みどりこ)と呼ばれる妖怪の魂を取り出して浄める術を使う強力な巫女がいた。

その術はこの世のものは全て四つの魂でできているとされる神道の一つの考えによるものだった。

そして翠子はその強さゆえ妖怪に命を狙われるようになった。しかしやみくもに襲っても浄化されてしまう。そのため妖怪たちは一つに固まり翠子の霊力に打ち勝つ巨大で邪悪な魂を持つ必要があった。

妖怪が一つに固まるには邪心を持った人間をつなぎに使う必要がある。そこで妖怪たちは翠子をひそかに慕っていた男の心の隙に付け込んで取り憑いた。

翠子と一つになった妖怪たちとの戦いは七日七晩続き翠子はとうとう力尽き魂を吸い取られそうになった。その時翠子は最期の力で妖怪の魂を奪い取って自分の魂に取り込み体の外にはじき出した。

それが四魂の玉の生まれた理由だった。



「犬夜叉、今の話って…。」

珊瑚の話を聞いて思い当たることがあったかごめが犬夜叉に問いかける。

「ああ…桔梗と奈落の関係にそっくりだ…。」

犬夜叉も考えていたことは同じだった。


珊瑚はそんな二人を見ながらさらに続ける。


肉体が滅びても四魂の玉の中でまだ翠子と妖怪たちの魂は戦い続けていること。

何百年の間、四魂の玉は妖怪や人間の手を転々とし里に戻ってきたこと。

しかし四魂の玉はその時にはもう汚れきっていたため優れた巫女である桔梗の手にゆだねられることになったこと。


「まるで玉に皆、操られておるようですな…。」

冥加が難しい顔をしながら呟く。

「おら…なんだか怖くなってきたぞ…。」

翠子と妖怪のミイラを見ながら七宝がかごめにしがみつく。


(桔梗は玉を持ったまま死んだ…それですべてを終わらせようとしたんだわ。でも玉は戻ってきた…私と一緒に…。)

かごめは自分の手に握られている四魂のカケラに力を込める。


(四魂の玉…)

少年もこちらの世界に来てから四魂の玉についてそれほど深く考えたことはなかった。しかし犬夜叉、桔梗、奈落にとって四魂の玉は切っても切り離せない因縁がある。それは少年にとっても他人事ではなかった。

(願いをかなえる四魂の玉…か…)

犬夜叉は改めてかごめが持っている四魂のカケラに目をやる。おぼろげである犬夜叉の記憶の中では四魂の玉を良いことに使っている者はいなかった。


(俺の…願い…。)

犬夜叉がそのままかごめの手にある四魂のカケラに魅入られ手を伸ばしかけたところで


「犬夜叉?」

かごめの声で我に返った。

「どうしたの?」

様子がおかしい犬夜叉を訝しむかごめ。


「な…なんでもねぇよ。」

犬夜叉は慌てて四魂のカケラから離れる。


四魂の玉に願いをかけてはいけない。そんな確信を犬夜叉は感じ取っていた…。


その後、犬夜叉たちは四魂の玉と奈落についての情報交換を行った。そしてそろそろ洞窟から出ようとした時

「あ…。」

「何だ…?」

犬夜叉とかごめが同時に何かに気付いたような声を上げる

「どうしたの、二人とも?」

珊瑚がそんな二人を見ながら尋ねる。

「私は近くに四魂のカケラの気配を感じたんだけど…犬夜叉は?」

「いや…近くに妙な気配を感じて…。」

そう言いながら犬夜叉は匂いでも音でもない初めての感覚に戸惑う。

「とにかくそこに行ってみましょう。」

珊瑚を再び背負い、犬夜叉たちは気配のする方向に向かっていく。気配は里の中心近くにあるようだった。

「あれは…。」

人一倍目がいい犬夜叉が声を上げる。犬夜叉の視線の先には一つの人影があった。

それは少年の姿をしていた。

そのことに気づいた珊瑚が慌てて犬夜叉から降り少年に近づく。

「琥…珀…?」

声を震わせながら珊瑚が少年に話しかける。

「姉上…?」

珊瑚を見据えながら少年が答える。少年は間違いなく琥珀本人だった。

「琥珀っ!!」

珊瑚が泣きながら琥珀に抱きつく。

「痛いよ、姉上…。」

そう言いながら琥珀も珊瑚を抱きしめる。

犬夜叉たちはそんな珊瑚たちを困惑した顔で見つめることしかできなかった。





珊瑚が落ち着いた後、琥珀は自分の状況を話し始める。

城で重傷を負った琥珀は何とか自力で脱出し通りがかった旅人に助けられたこと。

何とか動けるまでに回復した後、珊瑚が生きていれば退治屋の里に戻ってくるのではないかと思い里に訪れたこと。

「そうだったのか…。」

珊瑚は琥珀の話を聞いて安堵の表情を浮かべる。

「本当に良かった…生きていてくれて…。」

「心配掛けてごめん…姉上…。」

琥珀はそんな珊瑚を見ながら申し訳なさそうにする。そんな二人を見ながら


「とりあえず珊瑚の体のこともあるし村に戻るか。」

犬夜叉がそう提案する。

「そうだね…。ここじゃあ落ち着いて話もできないし…。」

珊瑚は犬夜叉の提案を受け入れる。里は妖怪たちによって壊滅させられているため泊れるような場所も残っていなかった。

「帰る支度をしてくるから少し待っててくれ。かごめ手伝ってくれ。」

そう言いながら犬夜叉はその場を離れて行く。

「う…うん。」

かごめは慌てながら犬夜叉の後を追っていった。



「この辺でいいか…。」

犬夜叉は珊瑚たちに話が聞こえない場所まで移動し足を止めた。

「犬夜叉…。」

かごめが不安そうに犬夜叉に話しかける。

「かごめ…琥珀は…?」

「うん…体に四魂のカケラがあった…。」

苦悶の表情でそう呟くかごめ。琥珀が奈落に操られていることは間違いなかった。

「どうする…犬夜叉…?」

犬夜叉は考える。本当ならこの場で真実を伝えるべきかもしれない。しかし今の珊瑚を見ているとそれもためらわれてしまう。もし戦闘になったとしても犬夜叉たちには琥珀を救う手立てはない。奈落を倒すことができれば話は違ってくるが四魂のカケラの気配が近くにないことから奈落も近くにはいない。犬夜叉は悩んだ末

「村に戻ってから本当のことを珊瑚に話そう…。」

そう決断するのだった。


琥珀は珊瑚と一緒に雲母に乗ってもらい一行は楓の村に向かって出発した。

犬夜叉は走りながら横目で琥珀の様子をうかがう。一見琥珀は何もおかしいところはないように見える。しかし四魂のカケラを使われている以上奈落にかかわっているのは間違いない。
そしてもう一つ犬夜叉には気にかかることがあった。琥珀から妙な気配を感じるのだ。それは犬夜叉の記憶の中でも感じたことのないような違和感だった。しかしそれがいったい何なのか犬夜叉には知るすべはなかった。

そして一行が村の近くに差し掛かった時犬夜叉は村の異変に気付いた。

「急ぐぞ、かごめ!」

そう言いながら犬夜叉は走る速度を上げる。

「どうしたの?犬夜叉。」

いきなり急ぎだす犬夜叉に驚くかごめ。

「村が妖怪に襲われてやがる!」

犬夜叉たちは急いで村に辿り着く。村のあちこちに妖怪の姿があった。村の者たちも何とか応戦しているが劣勢は明らかだった。

「ひどい…。」

かごめが村の惨状を見て呟く。

「ひとまず楓の家まで行くぞ!」

犬夜叉は妖怪を蹴散らしながら道を作る。その後をかごめたちは続いていく。

そして何とか犬夜叉たちは楓の家に辿り着いた。

「楓おばあちゃんっ!」

かごめが楓の無事を確認して安堵の声を上げる。楓はけがをした村の者たちを手当てしているところだった。


「帰ってきてくれたか、かごめ、犬夜叉!」

楓も二人が帰ってきてくれたことに安堵する。

「楓ばあさん、こいつら一体…。」

「こやつらはいつもの妖怪ではない…。何者かに操られておる…。」

村を襲っている無数の妖怪たちはいつもの四魂のカケラを狙ってくる妖怪たちとは明らかに違っていた。まるで村そのものを狙ってやってきているかのようだった。

「珊瑚と琥珀はここで楓と一緒にいてくれ!俺は村の妖怪たちを退治してくる!」

犬夜叉はそう言い残し凄まじい速度で家を飛び出していく。

「私も行ってくる!」

弓を担ぎながらかごめも慌てて犬夜叉の後を追っていった。そして雲母も変化しその後に続く。

「お…おらがついておるからな!心配無用じゃ!」

足を震わせながら七宝が珊瑚と琥珀に向かって啖呵を切る。

「わしもおりますぞ!」

いつの間にか七宝の肩に乗っている冥加もそれに続く。

そんな二人を見ながら

(頼むぞ…犬夜叉、かごめ…。)

楓は家の中で何かの準備を始めていた。




「散魂鉄爪っ!」

犬夜叉の爪が妖怪たちを切り裂いていく。しかし次から次に現れてくる妖怪たちは尽きる気配がなかった。

(間違いねぇっ!奈落だっ!)

このタイミングで何者かに操られた妖怪の群れ。間違いなく奈落の手によるものだった。何が目的なのかは分からないが何とか早く奈落本体を見つけ出さなくてはならない。そう犬夜叉が考えていると

一本の矢が次々に妖怪を浄化していく。それはかごめが放った破魔の矢だった。そして雲母もそれに続き妖怪たちを噛み千切っていく。

「大丈夫、犬夜叉!?」

かごめが走りながら犬夜叉に近づいてくる。

「かごめ、近くに四魂のカケラの気配はあるか!?」

襲ってくる妖怪を蹴散らしながら犬夜叉はかごめに尋ねる。

「ううん、琥珀君のカケラ以外の気配は近くには感じないわ!」

かごめは逃げる村人たちを守るように神通力を使い妖怪を浄化しながら答える。

(くそっ……!)

奈落はまだ表に出てくるつもりはないらしい。村が襲われている以上、力を温存している場合ではないため犬夜叉は風の傷で妖怪たちを薙ぎ払いたいと考えていた。しかし村の中での乱戦状態では風の傷を使うわけにはいかない。
犬夜叉とかごめは終わりの見えない消耗戦を強いられていた。




「怖いよ…、姉上…。」

琥珀は外の戦闘に怯えながら珊瑚に縋りつく。

「大丈夫だよ琥珀…。今度こそあんたを一人にはしない…。」

珊瑚はそう言いながら琥珀を強く抱きしめる。できることなら犬夜叉たちと一緒に戦いたいが今の自分では足手まといになるだけ。珊瑚は役に立てない悔しさに唇をかんだ。

(何でだろう…姉上に抱かれているとすごく安心する…。)

琥珀がそのまま眼を閉じた瞬間



『琥珀、お前の役割を果たせ』

そんな誰かの声が聞こえた。


突然琥珀が珊瑚の腕を振り払い立ち上がる。

「どうしたんだ…?琥珀…。」

そんな琥珀の様子に戸惑う珊瑚。しかし琥珀はそのまま家の外に飛び出して行ってしまった。

「待って、琥珀!!」

珊瑚はその後を慌てて追う。

「どこに行くんじゃ、二人とも!」

七宝が慌てて二人の後を追うが二人は森の中に姿を消してしまっていた。




「ハァ…ハァ…」

かごめが肩で息をしながら地面に膝をつく。いくら神通力を使えるようになったといってもかごめは中学三年生の女の子。体力だけは誤魔化しようがなかった。その隙をついて妖怪がかごめに襲いかかる。

「かごめっ!」

犬夜叉がかごめを助けようとするがそれよりも早く雲母が妖怪を蹴散らす。


(このままじゃどうしようもねぇ…!!)

犬夜叉が風の傷の使用を決意し鉄砕牙を抜こうとした時

「犬夜叉、大変じゃっ!!」

七宝が慌てた様子で犬夜叉たちに近づいてきた。

「何してんだ七宝、早く楓の所に避難してろ!」

犬夜叉は七宝を怒鳴りつける。しかし七宝はそれにひるまず叫ぶ。

「琥珀が突然走り出して珊瑚がそれを追って行ってしまったんじゃ!!」

「何っ!?」

七宝の言葉に動揺を隠せない犬夜叉。何とか二人の後を追いたいが村の妖怪たちを放っておくわけにはいかない。八方塞りの状況で犬夜叉はどうすることもできなかった。しかしその時

村にいる妖怪が次々に村から逃げ出して行った。

(何だ…一体…?)

犬夜叉が突然の出来事にあっけにとられていると

「何とか間に合ったようだな…。」

楓が犬夜叉たちの元に近づいてくる。その手には一つの神具が握られていた。

「これはこの村を代々守ってきた神具でな…。時間がかかるのが欠点だが村に結界を張ることができる。これでしばらくは大丈夫じゃ。」

楓の言葉通り妖怪たちは結界に阻まれ村に入ることができないようだった。

「七宝、二人はどっちに行った!?」

「向こうの森のほうじゃ!」

犬夜叉はそのまま珊瑚たちの後を追おうとする。しかし

「私も一緒に行く…。」

かごめが犬夜叉の手を握りながら懇願する。

「かごめ、お前はちょっと休んどけ、後は俺に任せろ。」

破魔の矢と神通力を使いすぎたかごめは消耗しきっていた。しかし

「お願い、犬夜叉…私も一緒に戦いたいの…。」

かごめは真剣なまなざしで犬夜叉を見据える。それを見て犬夜叉は

「…俺から離れるんじゃねぇぞ。雲母、村のみんなを頼む。」

そう言い残し、かごめを背負いながら森に向かって走り出した。




(琥珀……!)

珊瑚は琥珀の後を追って森の中を進んでいた。体中に痛みが走っているが珊瑚はそれを意に介さず走って行く。そして何とか琥珀の姿をとらえた。琥珀は足を止めているようだ。


「琥珀っ!」

珊瑚が琥珀に近づこうとした時、琥珀のすぐそばに一つの人影があることに気付く。

それは狒々(ヒヒ)の皮を被った男だった。そしてその男を珊瑚は知っていた。


「奈落っ…!!」

珊瑚が腕に仕込んでいた刃を取り出し身構える。

「琥珀から離れろっ!」

そのまま奈落に斬りかかる珊瑚、しかしそれは琥珀の持つ鎖鎌によって防がれた。

「琥珀っ、どうして…!?」

珊瑚は痛む体を庇いながら琥珀を見据える。琥珀は先ほどまでと違い生気が感じられないような眼をしていた。

「貴様っ、琥珀に何をしたっ!?」


「ふっ…ありがたく思え珊瑚…。この奈落がお前の弟の命を拾ってやったのだ。」

「…どういうことだ?」

奈落の言葉に戸惑いを隠せない珊瑚。

「まさか貴様あの怪我の琥珀がそのまま生きていられたと思っていたのか…?今の琥珀はわしが仕込んでやった四魂のカケラで命をつないでいる。もっとも四魂のカケラを取り出せばたちどころに死んでしまうがな…。」

「そんな……。」

珊瑚は琥珀の状態を知り絶望する。

「犬夜叉たちは気づいていたようだがな…。お前の様子を見て話すことができなかったのだろう。全く仲間想いの奴らだ…。」

琥珀が奈落を庇うように珊瑚の前に立ちふさがる。

「珊瑚…お前には失望させられたぞ。せっかく四魂のカケラを貸してやったというのに犬夜叉を打ち取るどころか仲間になるとはな…。せめてもの情けだ、愛する弟の手であの世へ行くがいい。」

奈落の言葉が終わると同時に琥珀の刃が珊瑚を襲った。




「あそこよ、犬夜叉!!」

四魂のカケラの気配を感じたかごめが叫ぶ。かごめを背負った犬夜叉が凄まじい速さでそこに向かっていく。そして辿り着いた先には


血だらけで地面の倒れている珊瑚の姿があった。


「珊瑚ちゃんっ!!」

かごめが慌てて珊瑚に近づく。

「うっ……。」

珊瑚はかごめに抱きかかえられながらうめき声を上げる。

(よかった…まだ息がある…。)

珊瑚が生きていたことにかごめは安堵した。


「奈落っ…てめぇ…。」

犬夜叉が殺気を発しながら奈落を睨む。

「犬夜叉か…思ったより早かったな…。」

奈落のそばには珊瑚の返り血を浴びた琥珀がたたずんでいた。

「桔梗を殺してから…五十年ぶりになるか…。どうやらわしのことは既に知っていたようだな…。」

「てめぇが珊瑚を…。」

犬夜叉の手に力がこもる。

「ふっ…実際に手に掛けたのは琥珀だがな…。」

「ゆるさねぇ!!!」

犬夜叉は腰にある鉄砕牙を抜き奈落に斬りかかる。奈落はそのまま鉄砕牙によって両断された。しかしその瞬間奈落の体から瘴気と無数の蛇が飛び出してくる。

(傀儡っ!?)

犬夜叉はその場から離れてかごめたちの元に駆け寄る。犬夜叉たちは瘴気と蛇の大群に取り囲まれてしまった。

『珊瑚を助けるためにまんまと罠にかかりにくるとはな…。全く度が過ぎたお人好しどもだ…。』

どこからともなく奈落の声が響いてくる。

『そのまま瘴気に飲まれて死ぬがいい…。』

瘴気がだんだんと濃くなり犬夜叉たちを蝕んでいく。

「なめるなっ!!」

犬夜叉は鉄砕牙に妖力を込めるそして

「風の傷っ!!」

風の傷で瘴気と蛇を薙ぎ払った。しかし薙ぎ払った蛇から新たな瘴気が溢れだしてくる。

「くっ…!」

これ以上風の傷を使っても状況を悪化させるだけだと気付いた犬夜叉はかごめたちに近づき自分が着ている火鼠の衣を被せる。

『そんな技を持っていたとはな…。しかし残念だったな…我が瘴気の罠は決して敗れはせん。』

しかしその言葉に立ち向かうかのようにかごめは立ち上がる。

「あんたなんかに絶対負けない!!」

かごめは手をかざし神通力で瘴気を浄化しようとする。しかし残り少ない体力では大量の瘴気を浄化しきることはできなかった。

瘴気によって追い詰められていく犬夜叉たち。奈落はそんな犬夜叉たちをあざ笑うかのように言葉をつなぐ。

『全く、人間の何と愚かなことか…。桔梗といい琥珀といい信じあった者同士が憎み合い殺し合う。これほど救いがたいことがあるか。』

「奈落っ…!!」

犬夜叉が唇を噛み血を流しながら鉄砕牙を握りしめる。

『貴様らはここで死ぬのだ…。琥珀と珊瑚のせいでな…。怨むなら珊瑚の浅はかさを怨め…。』

(全部あんたが…仕組んだことじゃないの…!)

かごめが朦朧と意識の中で珊瑚を抱きしめる。その時

「ごめんね…みんな…。」

珊瑚が涙を流しながら犬夜叉たちに謝る。


犬夜叉はそんな珊瑚の姿を見て記憶を思い出す。

珊瑚は琥珀の命を弄ばれ奈落に利用されていた。

そして操られた琥珀はかごめを傷つけてしまう。

珊瑚はそのことに責任を感じ涙を流しながら琥珀を殺し自分も死のうとした。

このままではその二の舞となってしまう。


そんなことは絶対に許さない。少年の心に凄まじい怒りがわきあがる。



「絶対にゆるさねぇ……ぶっ殺す!!!」

犬夜叉が叫んだ瞬間、犬夜叉の体から凄まじい妖気と殺気が溢れだす。その妖気と殺気は隠れていた奈落にも伝わった。


(何だ…これは…?)

奈落は自分の体が震えていることに気付く。

(このわしが恐怖を感じているというのか…?)



(この感じ…。)

かごめは以前にもこの感覚を感じたことがあった。それは犬夜叉が妖怪化をしてしまったときに感じたものだった。


犬夜叉が持つ鉄砕牙が凄まじい風に包まれる。鉄砕牙はそのあまりの強力さに悲鳴を上げていた。そして


「風の傷っ!!!」

犬夜叉が鉄砕牙を振りぬいた瞬間、全ての音が消え去った。




楓と七宝は村で怪我をした者たちの手当てに追われていた。結界の力の強さにあきらめたのか妖怪たちは村に入ってこようとはしなくなった。

「犬夜叉たちは大丈夫じゃろうか…。」

七宝が心配そうに呟く。そして犬夜叉たちが向かった森の方向を見た瞬間、光と爆音が村を襲った。

「な…何じゃっ!?」

驚き目を閉じる七宝。そして眼を開けるとそこには



吹き飛ばされた山の姿があった。

それは一振りで百の妖怪を薙ぎ払う鉄砕牙の真の威力だった。



「ハアッ…ハアッ…!!」

犬夜叉は鉄砕牙を杖代わりにしてなんとか立っていた。鉄砕牙は既に元の錆びた刀に戻っている。先程の一撃で瘴気と蛇の群れは完全に消し飛んでいた。

「かごめっ、珊瑚っ!!」

我に返った犬夜叉はふらつきながら二人に近づく。

「犬夜叉、大丈夫!?」

しかし犬夜叉は逆にかごめに心配され抱きつかれる。

そして犬夜叉はかごめと珊瑚が無事なことを確認し安堵した。


(何という威力だ……。)

離れていたため何とか難を逃れた奈落と琥珀は犬夜叉たちの様子を盗み見る。

(このまま奴らを放っておくのは危険すぎる…。今の疲弊した奴らならば殺すことはたやすい…!)

奈落はそのまま犬夜叉たちに近づき、とどめを刺そうとする。しかし


かごめはその気配を感じ取った。そして弓を構え

「見つけたわよ、奈落っ!!」

最期の力を振り絞り破魔の矢を放った。



破魔の矢を受けた奈落の体が吹き飛び、奈落は首だけの姿になってしまう。


(この奈落の体を貫くとは…この力は…まるで…。)

奈落は瘴気を放ち、琥珀に抱きかかえながらその場から去って行った。




戦いが終わったことを悟り犬夜叉とかごめは安堵した。しかし満身創痍の珊瑚は無理やり立ち上がり犬夜叉たちから離れようとしていた。


「どこに行く気だ、珊瑚?」

犬夜叉がそんな珊瑚に話しかける。


「ごめんね…もう一緒にいられない…。」

珊瑚は悲しげな顔をしながら一人で歩いていこうとする。

「珊瑚ちゃん…。」

そんな珊瑚にかける言葉が見つからないかごめ。


「きっと私は裏切るよ!琥珀が奈落の手の内にある限り…!」

珊瑚は苦悶の表情で犬夜叉たちに叫ぶ。


「一人で行くつもりか…。」

「…そうするしかないんだ。」

そう答える珊瑚、しかし



「ごちゃごちゃうるせぇな……仲間になるって約束したじゃねぇか、約束は守ってもらうぜ!!」

そう言いながら犬夜叉は珊瑚に詰め寄る。


「犬夜叉……。」

珊瑚はそんな様子の犬夜叉に戸惑う。

「珊瑚ちゃん、一緒に行きましょう…?」

かごめが珊瑚に微笑みかける。


「琥珀は俺達で生きて奈落から取り返すんだ、いいな!!」

犬夜叉は反論は許さない勢いでそう宣言する。


(あたしのせいで…こんなひどい目にあったのに…)

珊瑚の目から涙が溢れる。

(また同じことを繰り返すかもしれないのに…)

珊瑚は犬夜叉を見据えながら



「一緒にいて…いいの?」

そう問いかける。

「当たり前だっ!!」

犬夜叉はそれにすぐさま答える。



―― 本当は怖かった…。

――― 一人になるのが怖かったんだ…。


珊瑚は自分の気持ちに気付き



「うっ…うっ…うわああああ!!」

犬夜叉に縋りながら泣き続けるのだった。





[25752] 第二十話 「焦り」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/03/25 22:45
楓の村から少し離れた場所にある草原で二つの人影が向かい合っている。

それは鉄砕牙を構えている犬夜叉と飛来骨を担いでいる珊瑚だった。
二人は互いににらみ合ったまま動こうとしない。そしてしばらくの沈黙が続き一際強い風が吹いた瞬間、珊瑚が先に動き出した。

「飛来骨!」

珊瑚が自分の身の丈ほどもある巨大な飛来骨を犬夜叉に向けて投げつける。飛来骨は凄まじい音を放ちながら犬夜叉に迫ってくる。しかし犬夜叉はそれを何とか鉄砕牙で受け止める。
その衝撃で二つの武器の間に火花が散る。

「はあっ!」
犬夜叉は両腕に力を込めそのまま鉄砕牙で飛来骨を受け流す。飛来骨はそのまま犬夜叉の後方に逸れていく。


(今だっ!)
犬夜叉は飛来骨が戻ってくる前を狙い珊瑚に向って飛びかかる。しかしそれは珊瑚も分かり切っていたことだった。

犬夜叉はそのまま珊瑚に肉薄し鉄砕牙を振り下ろす。しかし珊瑚はそれを後ろに飛ぶことで避わす。

「くっ!」
振り下ろされた鉄砕牙によって地面に大きな爪痕ができる。珊瑚の予想外の行動によって犬夜叉にわずかな隙が生まれる。そして珊瑚はその隙を見逃さなかった。

「そこだっ!」
珊瑚は鉄砕牙を握っている犬夜叉の手に向けて鎖を投げつける。

「何っ!?」
犬夜叉は鎖によって腕の自由を奪われてしまう。そして珊瑚の力によって引きずられそうになる。

「このっ!」
いくら珊瑚が強い力を持っているといっても半妖の犬夜叉のほうが腕力は大きく勝っている。逆にこちらに引き寄せてやろうと犬夜叉が力を込めようした時、先程受け流した飛来骨が犬夜叉に向かって再び迫ってきていた。

(まずいっ!)
犬夜叉は咄嗟に避けようとするあまり地面に突き刺さったままの鉄砕牙を手放してしまった。

「もらった!」
珊瑚はそのまま戻ってきた飛来骨を受け止め、そのまま再び犬夜叉に向かって飛来骨を投げつける。
犬夜叉は何とかそれを紙一重のところで避わす。しかし犬夜叉と鉄砕牙の間にはかなりの距離が開いてしまっていた。珊瑚はそのまま勝負を決めようと腰の刀を抜きながら犬夜叉に迫る。珊瑚は飛来骨との挟み撃ちを狙っていた。しかし犬夜叉は突然足を止め珊瑚を見据える。

(何だ…?)
珊瑚が犬夜叉の行動を訝しんだ瞬間、

「散魂鉄爪っ!」
犬夜叉は自分の爪を地面に向けて振り下ろした。その威力によって地面がえぐられ大量の砂埃があたりを覆う。

「何っ!?」
珊瑚は砂埃によって視界を奪われ犬夜叉と飛来骨の姿を見失ってしまう。
しかしこのままでは犬夜叉もこちらの姿が見えない。砂埃がおさまるのを待とうと考えかけた時、珊瑚は犬夜叉が犬の妖怪の血を持つ半妖であることを思い出した。

珊瑚は意識を集中し犬夜叉の気配を探る。そして自分の背後に微かに気配があることを感じ取る。犬夜叉は匂いによって珊瑚の位置を掴んでいた。

「もらった!」

「させるかっ!」

犬夜叉の爪と珊瑚の刀が同時に動き二人の間を交差する。しかしそのどちらも既でのところで動きを止めていた。

二人の間に沈黙が続く。そして

「こんなもんか。」

「そうだね。」

そう言いながら犬夜叉と珊瑚は互いに笑い合うのだった。



奈落との戦いから二週間が経っていた。珊瑚の怪我は重症だったが薬草の効きが良かったためか今は戦闘が行えるほどに回復していた。そしてここ数日は約束通り犬夜叉と珊瑚は修行を行っていた。修行といっても珊瑚はまだ病み上がりのため体の調子を図る意味合いが強いものだった。

「体の調子はどうだ、珊瑚?」
修行も一段落し二人で村に向かいながら犬夜叉が尋ねる。

「もうほとんど大丈夫だよ、まだ勘が鈍ってるところはあるけどね。」
珊瑚は自分の手を握りながらそれに答える。

「犬夜叉はどうなんだ?付き合ってくれるのはありがたいけど…。」
珊瑚から見ても犬夜叉の強さはかなりのものだった。自分が本調子でないことを差し引いても自分と互角以上の実力があることは疑いようがなかった。
しかも修行では風の傷は使用していない。もし風の傷も使われれば自分は犬夜叉に勝つことは難しいと珊瑚は考えていた。

「俺もいろんな戦い方を試してみたかったからな…。助かってるよ。」
犬夜叉はそういいながら自分の体に目をやる。

桔梗との戦いが終わってから少年は犬夜叉の体の違和感を感じることはなくなっていた。そして同時に戦闘においても犬夜叉の記憶に振り回されることはなくなった。それまで少年は犬夜叉の記憶を頼りにある程度決まったパターンでの戦い方しかしていなかった。

しかし自分の意思で体を完全に動かせるようになり臨機応変に対応するために少年は自分なりの戦い方を模索していた。例えるならオートからマニュアルになったようなものだった。
そして何より自分と実力が近い相手との修行は想像以上に楽しいものだった。殺生丸との修行は実力差がありすぎて修行という実感があまり湧かなかったことも関係していた。

「ならいいんだけど…。そういえばかごめちゃんは?今日は姿を見てないけど…。」

これまで修行の時は必ず一緒にいたかごめが今日は姿がなかった。

「かごめなら今日は楓ばあさんと一緒に村に結界を張るって言ってたぜ。」
「結界?」

犬夜叉の言葉に首をかしげながら珊瑚と犬夜叉は村に向かって歩き続けた。



「これでいい?楓おばあちゃん。」
座り込んだまま目の前にある大きな石に霊力を込め終わったかごめが楓に尋ねる。

「うむ、これで村に結界を張ることができる。助かったぞ、かごめ。」
楓が満足そうにかごめに礼を言う。

かごめの前にある大きな石は霊石と呼ばれる霊力を蓄えることができる特別な石。この霊石を村にいくつか配置することで邪な妖怪を寄せ付けない強力な結界を張ることができるという代物だった。

奈落が現れたことによっていつまた先日の様に妖怪が村を襲ってくるかわからないため強力な結界を張りたいと楓は考えていた。そこで奈落を浄化するほどの強力な霊力を持つかごめに協力してもらうことにしたのだった。

「うん……。」
これで村の安全は確保されたにも関わらずかごめはどこか憂鬱そうな返事をする。

「どうかしたのか、かごめ。体の調子が悪いのか?」
楓が霊力を使ったことでかごめの体調が悪くなったのかと思い尋ねる。

「ううん、体は大丈夫。先に家に戻ってるね!」
そう言いながらかごめは走って行ってしまった。

かごめはこの数日、犬夜叉と珊瑚の修行の様子を一緒に見せてもらっていた。本音としては犬夜叉と珊瑚を二人きりにさせたくなかったからなのだが。
そしてそこでかごめは自分と犬夜叉、珊瑚の間にある絶対的な差を感じてしまった。破魔の矢や神通力を使うことでかごめも犬夜叉と一緒に戦えるようになっていたがどうしても体力や戦闘経験の差は埋めることができない。二人の動きはかごめにとってとても真似できるものではなかった。
その事実を突き付けられたように感じたかごめは一人落ち込んでいるのだった。



その日の晩、犬夜叉はかごめたちにこれからの目的について話すことにした。

「これからは四魂のカケラを集めて行くことで奈落を追っていく。それと一緒に弥勒を探していくつもりだ。」

「弥勒?」
聞いたことのない人物に名前に疑問の声を上げる珊瑚。

「ああ、新しく仲間に誘いたい奴なんだ。」
犬夜叉はそれから弥勒について話そうとするが

「その人、女の人なの?」
かごめが不機嫌そうな表情で犬夜叉に尋ねる。

「お…男だ!何でそんな話になる!?」
かごめの様子がおかしいことに気付いた犬夜叉は慌てながら答える。

「別に……。」
かごめはそれきり黙りこんでしまった。犬夜叉は仕方なくそのまま弥勒について説明していく。
法師でありその実力は折り紙つきで風穴と呼ばれている呪いを奈落によって受けており早く奈落を倒さないと命が危ないことなどを伝えた。

一通り説明したところで

「その人どんな性格なの?」
珊瑚が犬夜叉にそう尋ねる。犬夜叉は少し思案した後

「一言でいえば……不良法師かな…。」
そう答えてしまった。

「「え……?」」

かごめと珊瑚の声が重なる。二人は怪しむような表情で犬夜叉を見つめる。

「そんな人、仲間にして大丈夫なの…?」
かごめが不安そうに犬夜叉に問う。

「あたしは別に犬夜叉とかごめちゃんがいれば問題ないと思うんだけど…。」
珊瑚もかごめの言葉に続く。

「い…いや……頼りになる奴なんだって…!」

犬夜叉は自分の説明の仕方がまずかったことに気づいたが後の祭りだった。結局、何とか二人を説得し本人に会ってから決めるという話に持って行くことができた。


実のところ弥勒を一番仲間にしたいと思っているのは犬夜叉だった。こちらの世界に来てから犬夜叉は同年代の男性とかかわることがほとんどなかった。女性が苦手なわけではないがやはり男同士でないと話せないようなこともある。奈落と戦う上でも頼りにしているがそれに加えて男の仲間が欲しいと犬夜叉はここのところ強く感じていた。

(すまねえ……。弥勒……。)
犬夜叉は自分の説明のせいでイメージが悪くなってしまったまだ会ったこともない弥勒に心の中で謝るのだった。



次の日から珊瑚と雲母を新たに加えた一行は四魂のカケラ集めの旅を再開した。
かごめの感じる四魂のカケラの気配はかなり遠くにあるのか一日では辿り着くことが難しかったため犬夜叉たちは野宿をすることになった。そして幸運にも近くに温泉があり犬夜叉がそれを匂いで見つけたため女性陣は先に温泉に入ることになった。


「ふう……。」
温泉につかりながらかごめは大きなため息をつく。道中ずっと犬夜叉の背中に乗っていたかごめだったがうまく犬夜叉と話すことができなかった。犬夜叉が悪いわけではないのは分かっているがどうしてもかごめは自分の感情を抑えることができなかった。

「お邪魔するよ。」
そう言いながら珊瑚がかごめの隣に座ってくる。

「あ…」
そこでかごめは珊瑚の背中に傷跡があることに気付く。

「ああ…この傷。残っちゃたな…。」
珊瑚は特に気にした風もなく呟く。

「それ……。」
かごめが言いづらそうに珊瑚に尋ねる。

「うん…。琥珀につけられた傷だよ…。」
珊瑚は少し遠くを見るような様子で答える。

「ご…ごめんね…。変なこと聞いちゃって…。」
かごめは焦りながら珊瑚に謝る。

「いいよ…気にしないで。かごめちゃんと犬夜叉には本当に感謝してるんだ。」
「え…?」

全く気にしていないような様子の珊瑚に戸惑うかごめ。

「一緒に行こうって誘ってくれたこと……本当に嬉しかったんだ…ありがとう。」

「珊瑚ちゃん……。」

二人の間に静かな時間が流れる。そしてそれを気にした珊瑚は話題を変えようとかごめに話しかける。

「そういえば犬夜叉は覗きとかしないの?」
「え…?」
かごめは予想外の質問に言葉を失くす。

「犬夜叉って確か十四歳なんだろう?それぐらいしてもおかしくないと思うけど。」
珊瑚は冗談で話し続ける。珊瑚は犬夜叉とかごめが別の世界の人間だということは既に聞いていた。

「覗かれたことは…ないかな…。」
しかしかごめは珊瑚の冗談を真に受けて考え込む。

(川で水浴びしてるのは見られたことはあるけど……。やっぱり私って女の子として見られてないのかな……。)
かごめはかつて友人に言われた言葉を思い出してさらに深く考え込む。珊瑚はそんなかごめの様子をしばらく見つめた後

「……かごめちゃんと犬夜叉は恋人同士なの?」
そうかごめに尋ねてきた。

「え!?ち…違うわよ!そんなんじゃないんだから!」
かごめは慌てながら珊瑚の言葉を否定する。二人はそれで緊張がほぐれたのか和気あいあいと話を続けるのだった。



「これでよしと。」
テントを組み立て終わった犬夜叉は木にもたれかかりながら座り込む。かごめが入浴している間にこれからのことを考えるのが犬夜叉の日課になりつつあった。

(奈落……。)
犬夜叉は先日の戦いを思い出す。思えばあれが奈落を倒す最大のチャンスだった。まだ四魂のカケラで力を増していない状態の奈落なら間違いなく今の自分とかごめで倒すことができたはずだった。しかし村を狙われ消耗したうえで罠にかかってしまったのが致命的だった。何とか撃退できたものの風の傷とかごめの力を見られてしまった。おそらく奈落はこちらの力を上回ったと考えない限り姿を現さないだろう。こちらもそれを考えて力を蓄える必要がある。そのためにも一刻も早く弥勒を仲間にしたいと考えていた。

そしてもう一つ犬夜叉は気になることがあった。それは犬夜叉が違う行動をしても結局記憶にある通りの結果になってしまっていることだった。殺生丸に関することは記憶と大きく異なっているが、四魂のカケラが飛び散ったこと、桔梗の復活、琥珀のことなどは結局変えることができなかった。そこで犬夜叉はもしかしたら自分は何も変えることができないのではないかと最近不安に感じていた。そんなことを考えていると


「犬夜叉、お待たせ。もう入ってきてもいいよ」
珊瑚がそう犬夜叉に話しかける。二人ともすでに寝間着に着替えていた。

「一人だとかわいそうじゃから一緒に入ってやるわい!」
そう言いながら七宝が犬夜叉を引っ張って行く。

「分かったから手を離せって!」

二人は慌ただしく温泉に向かっていった。そんな二人を珊瑚は笑いながら見送る。

かごめは先ほどの話題のせいもあって犬夜叉をまともに見ることができなかった。


その後、犬夜叉と七宝が温泉から上がりテントに入りかごめたちがこれから寝ようした時、犬夜叉は寝袋を担いでテントから出ようとしていた。

「どうしたの、犬夜叉?」
そんな犬夜叉にかごめが話しかける。

「いや、珊瑚もいるしな。今日から俺は外で寝るぜ。」
そう言いながら犬夜叉はテントを離れて行った。

「そんなこと気にしなくていいのに。」
珊瑚がそう呟くも犬夜叉は戻ってはこなかった。


(何よ……私の時はそんなこと気にしなかったのに……。)

かごめは不貞腐れながら眠りについた。



次の日、かごめが感じる四魂のカケラがあると思われる村に犬夜叉たちは向かっていた。そして村の入り口に差し掛かった時、

「気をつけろ……。」
犬夜叉が腰の鉄砕牙を握りながらかごめたちに警告する。

「どうしたの、犬夜叉?」
その様子に緊張しながらかごめが犬夜叉に尋ねる。

「血の匂いだ……。それも大量の……。」

「何じゃと!?」
犬夜叉の言葉に怯えて七宝がかごめにしがみつく。

「とにかく行ってみよう。」
珊瑚の言葉に続くように犬夜叉たちは匂いの元に向かっていく。


「ひどい……。」
かごめが目の前の惨状に言葉を詰まらせる。

目の前には武者たちの集団が一人残らず肝を抜かれて死んでいる光景が広がっていた。

「妖怪の仕業だね…それもただの雑魚妖怪じゃなさそうだ……。」
珊瑚が冷静に分析しながら呟く。

「四魂のカケラを持った妖怪の仕業じゃろうか…?」
七宝が怯えながら犬夜叉に尋ねる。

(血の匂いだけじゃねえ…これは…墨の匂い!)
犬夜叉はその瞬間に記憶を思い出す。


これは四魂のカケラを手に入れた墨絵師の書いた鬼の絵の仕業だった。墨絵師は四魂のカケラを入れた壺に人間の生き胆を墨代わりにして絵を描くことでその絵は命を得て操ることができた。そして一目ぼれしたこの村の姫を我が物にしようと企んでいた。記憶の中では初めて弥勒とともに共闘した敵だった。犬夜叉は墨絵師を助けようとしたが結局墨絵師は自らの墨に喰われ絶命してしまった。

犬夜叉はそのことをかごめたちに伝える。珊瑚には犬夜叉が予知能力があるということにしていた。記憶のことを伝えると弥勒と結ばれたことや琥珀が助かったことがばれてしまう恐れがあったからだ。そして犬夜叉は話しながらあることに気付く。

(事情が分かっている今回なら墨絵師を助けることができるかもしれない…!)

そう考えた犬夜叉は珊瑚に頼みごとをする。

「珊瑚、いつも口につけてるマスクを一つ貸してくれないか!?」
「ますく…?防毒面のこと…?」

どうしてそんなものを欲しがっているのか分からないまま珊瑚は防毒面を犬夜叉に手渡す。


(これで臭気にあてられずに戦うことができる…!)
記憶の中で犬夜叉は墨と生き胆の血で作られた鬼の臭気にあてられて上手く戦うことができなかった。しかしこの防毒面があればその心配もない。犬夜叉は初めて記憶の出来事を変えることができるかもしれないという期待に魅せられていた。

「……」
珊瑚はそんな犬夜叉の様子を静かに見つめていた。



その後犬夜叉たちは四魂のカケラの気配を頼りに墨絵師の家を見つけ出すことができた。しかし日が沈み辺りがすっかり暗くなってしまっていた。そして鬼の大群が空から墨絵師の家に向かってくる光景を犬夜叉たちは捉えた。

「おお…姫…お待ちしておりましたぞ……。」
小柄な眼の下にクマを作っている墨絵師が鬼たちが攫ってきた姫に向かって話しかける。

そしてそのまま姫に触れようとした時

「そこまでだ!」
犬夜叉が家の扉を壊しながら突撃しその後にかごめたちも続く。

「な…何だ、お前たち…!?」
墨絵師が犬夜叉たちに驚いている間に犬夜叉は姫を抱きかかえる。

「かごめ、姫様を頼む!」
「う…うん!」
かごめと七宝は姫を支えながらその場を離れて行く。

「さあ、観念しな!」
そう言いながら犬夜叉は墨絵師が持っている壺に目をやる。

(あれを壊せばこいつを死なせずに済む…!)
犬夜叉がそう考えた瞬間

「許さぬ…邪魔立てするものは皆食い殺してくれる!!」
墨絵師は懐に隠し持っていた巻物を広げる。そしてその中から鬼の絵の大群が現れる。

「くっ…!」
鬼の大群が犬夜叉に襲いかかる。犬夜叉は防毒面を着けそれに向かっていく。

「邪魔だ!どけってめえら!」
犬夜叉は鉄砕牙を抜き鬼たちを斬り伏せながら墨絵師に迫る。

「ひいっ!!」
墨絵師はそれを見て怯えた声を上げる。犬夜叉は墨絵師の壺に狙いを定める。

(もらった!)
犬夜叉がそう思った瞬間、後ろからの鬼の攻撃が犬夜叉の背中を襲う。

「がっ!!」
そのまま犬夜叉は床に吹き飛ばされてしまう。火鼠の衣のおかげで大したダメージはなかったがその隙に墨絵師は逃げ犬夜叉は鬼たちに取り囲まれてしまった。

(しまった……!)
犬夜叉は壺を壊そうとするあまり周りへの注意が散漫になってしまっていた。
そして鬼たちは床に倒れている犬夜叉に向かって襲いかかろうとする。

「犬夜叉っ!!」
かごめがそれを見て叫び声を上げる。かごめは何とか援護しようとするが間に合わない。

(やられるっ……!!)
そう犬夜叉が覚悟した瞬間、



「飛来骨!!」
珊瑚の飛来骨が犬夜叉の周りの鬼たちを薙ぎ払っていった。

「珊瑚……!」
犬夜叉はその隙にその場から離脱する。
そして珊瑚はそれを確認した後、犬夜叉に話しかける。

「どうした、犬夜叉。動きが悪いよ。何をそんなに焦ってるのさ?」
珊瑚の表情は防毒面で見えないがその顔が笑っていることは犬夜叉にもすぐに分かった。

「うるせえ!ちょっと油断しただけだ!」
犬夜叉は赤面しながら珊瑚に食って掛かる。

「あたしたちは仲間だろ?ちょっとは頼ってくれなきゃ。」
珊瑚がそう言うと変化した雲母も犬夜叉に近づく。その姿は一緒に戦おうとする意志の表れだった。

「お前ら……。」
犬夜叉は珊瑚と雲母に目をやるそして


「……墨絵師の持ってる壺を壊したい。手伝ってくれ。」
そう犬夜叉は二人に頼んだ。


「飛来骨!」
珊瑚の放った飛来骨が鬼たちを切り裂き道を作って行く。それを犬夜叉は一直線に突っ切って行く。

そして必死に逃げようとしている墨絵師に追いつく。

「逃がさねえっ!!」
犬夜叉はそのまま墨絵師に近づこうとするが

「捕まってたまるか…!」
墨絵師は蛇のような絵の妖怪に乗って上空に逃げて行く。

「くそっ!」
何とか飛び上がって捕まろうとするが間に合わない犬夜叉。墨絵師はそのまま遠ざかって行こうとする。

(どうすれば……!)
風の傷を使えば墨絵師は死んでしまう。犬夜叉があきらめかけたその時


「犬夜叉っ!」
空から珊瑚の声が響いた。

犬夜叉は驚きながら上空を見上げる。そこには雲母に乗った珊瑚の姿があった。そして珊瑚は犬夜叉に向かって手を伸ばす。犬夜叉はそれで珊瑚の意図を理解する。

犬夜叉は雲母に向かって飛びあがる。そして珊瑚は犬夜叉の手を掴む。
雲母は速度を上げ墨絵師に追いつく。

「いくよ、犬夜叉!!」
「ああ!!」
珊瑚の合図とともに犬夜叉は墨絵師に向かって投げだされる。そして犬夜叉は墨絵師の書いた蛇の上に着地する。

「ここまでだな……。」
そう言いながら犬夜叉は鉄砕牙を構える。

「ま、待て、命ばかりは……。わしは元々非力な人間…。こんなものさえなければ…。」
そう言いながら壺を差し出す。墨絵師は命乞いをし隙を見つけ攻撃するつもりだった。しかし
犬夜叉はその言葉を意に介さずそのまま斬りかかった。

「ひいいいっ!!」
墨絵師が思わず頭を下げながら屈みこむ。鉄砕牙は壺だけを断ち切っていた。

その瞬間、足元の蛇が崩れ去って行く。

そしてそのまま犬夜叉と墨絵師は地上に落下してしまう。しかし犬夜叉は慌てず墨絵師を抱えながら上に手を伸ばす。雲母に乗った珊瑚がその手をつかむ。

「なかなかしゃれたことするじゃねえか。」
「まあね。」

軽口を言いながら二人は笑い合う。


犬夜叉は墨絵師を救うことができたのだった。

その後、邪気にまみれた四魂のカケラをかごめが浄化し一行は楓の村に戻ろうとしていた。しかしかごめの様子がおかしいことに犬夜叉が気付く。
最近、かごめの雰囲気がおかしいことには気づいていた犬夜叉だったが今回は特にそれがひどかった。
犬夜叉は恐る恐るかごめに近づく。

「おい…かごめ、何怒ってるんだよ…。」
犬夜叉がかごめに話しかけるもかごめは答えない。

「かごめ!」
犬夜叉はかごめの正面に回り問いただす。


「……怒ってなんかないわよ…。」
かすれるような声でそう返すかごめ。

「やっぱり怒ってんじゃねえか…。」
そんなかごめを見て犬夜叉はそう続ける。二人の間に沈黙が続く。そして



「うるさいわよ、バカーーーーーー!!!」
かごめの大声があたりに響き渡った。

「なっ……!?」
いきなり怒鳴られ思わず動きを止める犬夜叉。かごめはそんな犬夜叉に目もくれず

「珊瑚ちゃん、雲母貸してくれる?」
そう珊瑚に尋ねる。

「いいけど…どうするのかごめちゃん?」

「帰るのよ。」
そう言い残し飛び立とうとするかごめと雲母。犬夜叉は慌てながらかごめに走り寄りながら

「おい、どこに行くんだ!?」
そう尋ねる。

一瞬の間の後

「実家に帰るのよ!バカーーーーーー!!!」

大きな叫び声を残したままかごめは雲母と一緒に村に戻って行った。

犬夜叉はその大声にあてられて呆然としていた。

(全く…犬夜叉の奴……。)
事情を察した七宝はあきれた様子で犬夜叉を見つめる


そして

(かごめちゃん……。)

珊瑚はそんなかごめを見ながらなにかを思案するのだった。






[25752] 第二十一話 「心」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/03/29 22:46
犬夜叉たちが墨絵師がいる村に向かっている頃と時同じくして森の中を元気よく走っている少女の姿があった。

「邪見様、早く早くー!」
りんが振り向きながら後を追ってくる邪見に向かって叫ぶ。

「こら、待たんか!りん!」
邪見はそんなりんを叱り、走りながら後を追っていく。そしてその後を殺生丸がゆっくりと歩いていた。

今、殺生丸たちはたまたま犬夜叉がいるの村の近くを通りかかったため犬夜叉に会いに村を訪れようとしているところだった。もちろん殺生丸が自らそうしたのではなくそれはりんの提案によるものだった。

(全く…なんでわしと殺生丸様がわざわざ人里に行かねばならんのだ……。)
そう思い溜息をついた後、邪見は殺生丸の様子をうかがう。

(わしが言った時はダメなのに…りんが言った時には聞いてくれるんだもんなー。)
初めは犬夜叉に会いたいと駄々をこねるりんを見かねて邪見がその旨を殺生丸に進言したのだが全く相手にされなかった。しかしりんがそのことを話すと殺生丸は何も言わずに犬夜叉の村に進路を変えたのだった…。

(このままではわしの立場が……。)
そんなことを考えていると

「わあ!邪見様、あれ見て!」
一人先に進んでいたりんが急に立ち止まり邪見に話しかける。

「なんじゃ、騒々しい……。」
そう言いながら邪見はりんに追いつきりんが指さす方向に目をやる。
そこには山が何かに吹き飛ばされたような跡が残っていた。

「お山がなくなっちゃったみたい…。」
りんは見たことのない景色に目を奪われる。それはまるで巨大な爪痕のようにも見えた。

「ふん、どうせ土砂崩れか何かじゃろう。」
邪見はそう言い残し先に進もうとする。しかし今まで後ろにいたはずの殺生丸が突然自分の前に現れ邪見は思わず尻もちをついてしまう。

「せ…殺生丸様!?」
突然のことに驚きながら邪見が殺生丸に話しかける。しかし殺生丸は崩れた山に視線を合わせたまま動こうとはしなかった。

(やっぱりわし…嫌われとるのかな……。)
そんな風に邪見が考えた時

「それは犬夜叉めがやったことでございます……。」
そう言いながら突然森の中から狒々の毛皮を被った男が現れる。

「な…何者じゃ!?」
慌ててりんを庇うように人頭杖を構えながら邪見が問いただす。しかし男はそれを無視しながらさらに続ける。

「犬夜叉めの兄…殺生丸様でございましょう?」

「……なんだ貴様?」
犬夜叉の名前を出され、今まで言葉を発しようとしなかった殺生丸が男を問いただす。

「犬夜叉に恨みがある者……といったところです。なんでもあなた様は父君の形見である鉄砕牙を探しておられるとか……。」

「………」
殺生丸は表情一つ変えず男の話を聞き続ける。

「その鉄砕牙は今、犬夜叉が所有しております…。本来、鉄砕牙はあなた様の様な完璧な妖怪にこそふさわしい刀…。ぜひこの四魂のカケラをお使いください。」

男はそう言いながら殺生丸に向かって四魂のカケラを差し出す。

「この四魂のカケラを使えば妖怪には持てぬ鉄砕牙を持つことができるようになるはず……。」

殺生丸はしばらく四魂のカケラを見つめた後

「……貴様、犬夜叉を殺すためにこの私を使おうというのか。」
そう言いながら殺生丸の鋭い視線が男を貫く。しかし

「御意。」
男はそれをどこ吹く風といったふうに答える。

「きっ、貴様…何と恐れ多い……!」
「殺生丸様……。」
りんが殺生丸に縋りつきながら不安そうな声を漏らす。

「ふっ…いいだろう…。貴様の名を聞いておこうか…。」
薄く笑いながら殺生丸が男に尋ねる。

「奈落……と申します。」

そう奈落が口にした瞬間、殺生丸は天生牙を振り下ろした。

その瞬間奈落の体は漆黒の球体に飲み込まれる。そしてそれはだんだんと小さくなり消滅した。そして後には奈落の手と四魂のカケラしか残っていなかった。

防御することもできず冥道に送り込まれれば二度と戻ってはこられない。これが戦いの天生牙の冥道残月破の威力だった。


「ふんっ、殺生丸様にあんな態度をとるからじゃ。」
邪見がそう言いながら奈落の手に握られている四魂のカケラに手を伸ばそうとした時
一匹の大きな毒虫がカケラを持ったまま空へと逃げていった。

「……傀儡か。」
「は?」
殺生丸の言葉に邪見が疑問の声を上げたのと同時に奈落の手が木でできた傀儡の手に戻っていった。

殺生丸はそれには目もくれず犬夜叉の村に目をやる。そしてしばらくの間の後、踵を返し村から遠ざかって行った。

「せ…殺生丸様?犬夜叉には会って行かれないので…?」
すぐそこまで着たにもかかわらず去って行こうとする殺生丸に思わず邪見が尋ねる。

「……奴はそこにはいない。…ならその村に用はない。」
すでに殺生丸は匂いで犬夜叉が村にはいないことに気付いていた。

「殺生丸様、お待ちくださいっ!」
邪見は走りながら殺生丸に続く。りんもその後を追いながら

「殺生丸様、犬夜叉様を助けてあげないの?」
そう殺生丸に尋ねる。りんは奈落が不気味な気配を持っていることを感じ取りさらに犬夜叉の命が狙われていることに不安を感じていた。しかし

「……あの程度の雑魚に殺されるならその程度だったというだけだ…。」
そう言い残し殺生丸は森を進んでいく。りんは一度足を止め村へ振り返る。

(犬夜叉様とかごめ様に会いたかったな……。)
そんなことを考えていると

「こら、早く来んかりん!置いていくぞ!」
邪見がこちらに振り返りながら叫んでくる。

「はい、今行きます!邪見様!」

りんは走りながら二人の後を追う。そして一行は森の中に姿を消したのだった……。




「今戻ったぞ。」
楓がそう言いながら家に戻ってくる。しかし家には七宝一人しか残っていなかった。

「七宝、家にはお主一人だけか?」
楓は家の中を見渡しながら七宝に尋ねる。

「そうじゃ、犬夜叉は珊瑚と一緒に稽古に行っとる…。」
不貞腐れた様子で七宝は楓に答える。かごめが怒って現代に戻ってからもう一週間が経とうとしていた。
七宝はかごめは長くても二、三日で戻ってくると思っていたのでなかなかかごめが戻ってこないことに焦りを覚えていた。七宝にとってかごめは母であり姉でもある存在。どうしてもいないと心細くなってしまうのだった。

「犬夜叉の奴、どうしてかごめが怒ったのかまだ分かっておらんのじゃ!」
七宝はそう愚痴を漏らす。本当なら早く謝って来いと言いたい七宝だったが犬夜叉はかごめと違い骨喰いの井戸を通ることができない。そしてかごめが怒っている理由を言うとかごめが犬夜叉を好きなことがばれてしまうため犬夜叉にそのことを直接伝えることもできない。自分ではどうにもできない状況に七宝は苛立っていた。

「犬夜叉とかごめが鈍感なのは今に始まったことではなかろう。若い頃にはよくあることじゃ。見守ってやれ七宝。」
楓はそのまま夕食の準備を始める。

(楓にも若い頃があったんじゃな……。)
そんなことを考えながら七宝は楓の姿を眺める。

(何か失礼なことを考えておるな…こやつ…。)
七宝の視線を感じながら楓は夕食の材料を切り始めるのだった。



村の外れでは犬夜叉と珊瑚がいつものように修行を行っていた。犬夜叉は鉄砕牙を珊瑚は飛来骨を使って互いに武器をぶつけ合っている。しかし犬夜叉の動きはこれまでと比べて明らかにキレがなかった。

「くっ…!」
次第に珊瑚に押され始め後退していく犬夜叉。そしてついに追い詰められ足を滑らせてしまう。そしてその隙を珊瑚が見逃すはずがなかった。

「甘いっ!」
珊瑚は飛来骨で鉄砕牙を弾き飛ばす。その衝撃で犬夜叉は尻もちをついてしまった。

「……勝負ありだね。」
珊瑚は緊張を解き飛来骨を背中に担ぎながら告げる。

「ああ……。」
犬夜叉は座り込んだまま負けを認める。

「修行はしばらくやめにしよう。このままじゃ怪我しちゃうよ。」
かごめが帰ってからというもの犬夜叉は修行に集中できていないのか動きにキレがなくなってしまっていた。

「悪い……。」
うつむきながらそう答える犬夜叉。


「……。」
珊瑚はそんな犬夜叉の様子をしばらく眺めた後、突然犬夜叉の隣に座り込んできた。

「ど…どうした、珊瑚!?」
犬夜叉はいきなり珊瑚が自分の隣に座ってきたことに驚き立ち上がろうとするが珊瑚に衣を掴まれ無理やり座らされてしまった。
珊瑚が真剣な様子で犬夜叉の顔を見つめる。その迫力に何も言うことができない犬夜叉。そしてしばらくの沈黙の後

「犬夜叉……かごめちゃんのこと…どう思ってるの……?」
珊瑚は静かに犬夜叉にそう尋ねた。

「なっ…なんだよ!藪から棒に…!」
いきなりそんな話題を振られるとは思いもしなかった犬夜叉は慌てながらそう答える。そのまま何とかごまかして話題を変えようと考えたが珊瑚はそのまま犬夜叉にさらに問いかける。

「どうなの……?」


「…………。」
犬夜叉はこれ以上ごまかすことはできないと悟る。しかしそれを口に出すこともできない。だがその沈黙はどんな言葉よりも明確な答えだった。

珊瑚もそれきり黙りこんでしまう。二人の間に長い沈黙が続く。そしてそれに耐えかねた犬夜叉が何とか珊瑚に話しかけようとした時、

「犬夜叉…どうしてかごめちゃんが怒って帰っちゃったか分かる……?」
珊瑚は犬夜叉の顔を覗き込むように問いかける。

「いや………。」
その問いかけに答えることができない犬夜叉。それを横目に見ながら珊瑚は立ち上がる。

「珊瑚……?」
そして犬夜叉は急に立ち上がった珊瑚を訝しみながら話しかける。珊瑚はそのまま背中を向けたまま

「それが分かればきっとかごめちゃんと仲直りできるよ。」
そう犬夜叉に告げた。


「…じゃあ先に家に帰ってるね。」

珊瑚はそのまま振り返らずに村に戻って行く。

犬夜叉はその後ろ姿を見ながら珊瑚の問いの意味を考えるのだった。




「はあ……」
かごめが今日何回目になるか分からない溜息をつきながら机に突っ伏す。珊瑚が仲間になってから戦国時代にいることが多くなりかなり勉強が遅れてしまっていたためかごめは家で机に向かい勉強をしていた。しかし集中できないのかなかなか内容が頭に入ってこなかった。

(犬夜叉…今頃どうしてるかな……。)
かごめは犬夜叉のことを考える。ついカッとなって怒ってしまい現代に帰ったまではよかったもののかごめは完全に帰るタイミングを失ってしまっていた。

(犬夜叉ったら珊瑚ちゃんばっかり気にかけるんだから……。)
珊瑚が仲間になってからかごめは犬夜叉と過ごす時間が少なくなってしまったように感じていた。犬夜叉が珊瑚の体のこと、琥珀のことを気にかけて珊瑚に接しているのはかごめも分かっていたがそれでも自分の気持ちを抑えることができなかった。

(犬夜叉……。)
かごめがこれほど長い期間戦国時代に行かないのは犬夜叉が鉄砕牙を手に入れるために修行をしていた時以来だった。

(私…こんなに犬夜叉のことが好きだったんだ……。)
かごめは改めて自分の気持ちを再確認するのだった…。


「姉ちゃん最近なんか元気がないよね。」
居間でくつろいでいる草太が呟く。

「ふむ、そういえばここのところ井戸に行っておるのを見ておらんな…。」
かごめの祖父もそれに続く。

「きっと好きな子と喧嘩でもしたんじゃないかしら。」
そう言いながらかごめの母がお茶菓子を二人も前に運んでくる。

「かごめもそんな年頃になったんじゃな…。わしはうれしいぞ…。」
感慨深げに頷きながら祖父はお茶をすする。

「姉ちゃん頑固なところがあるからね。仲直りできるのかな…。」
草太は少し心配そうにしながらそう言う。

「そうね……。」
そう言いながら母は何かを考えるそぶりを見せたのだった。



「ん……。」
いつの間にか机で寝てしまっていたかごめが目を覚ます。結局、勉強は全くはかどっていなかった。これからどうしようか考えた時

「かごめ、少しいい?」
ノックとともにかごめの母の声が聞こえてくる。

「う…うん、いいよママ!」
慌てながらかごめが答える。母はお茶とお菓子を運びながら部屋に入ってきた。

「どう、勉強のほうは?」
「ま…まあまあかな…。」
かごめは誤魔化しながらそう答える。その様子を母は笑いながら眺める。

「な…なによママ…。」
まるで全てが分かっているかのような母の態度に戸惑うかごめ。

「ふふ…ほんとに昔から分かりやすいんだから。かごめ、誰かと喧嘩しちゃたんでしょう?」
「う……。」
いきなり確信を突かれかごめは言葉も出ない。そんなかごめの様子をほほえましく思いながら母はさらに続ける。

「相手は男の子?」
「マ…ママっ!!」

かごめは思わず大きな声を上げてしまう。それはその質問を認めてしまったようなものだった。

「見てれば分かるわ。恥ずかしくてなかなか仲直りできていないのもね。」
「……。」
かごめは顔を真っ赤にしながらうつむく。

「かごめ…自分にも悪いところがあると思うんなら素直に謝ってきなさい。きっと許してくれるわ。その子優しい子なんでしょう?」

かごめは母の言葉を心の中でかみしめる。そして

「うん…ありがとう、ママ!あたし行ってくる!」
かごめは急いでそのまま部屋を出て行ってしまった。

「きっと苦労するわね……。」
そんな様子を見守りながら母はかごめの好きな男の子に少し同情するのだった。


「助かったぞ、犬夜叉。」
「またよろしくな。」
村の男たちが犬夜叉に礼を言う。

「ああ、またなんかあったら呼んでくれ。」
犬夜叉は村の畑仕事を手伝いが終わり家に向かって歩いていく。そして村の中心に人だかりができていることに気付いた。

「何だ……?」
珍しい光景に犬夜叉が興味を示した時

「あ、犬夜叉兄ちゃん!」
そう言いながら小さな兄妹が犬夜叉に近づいてくる。

「倫太郎、まゆりどうしたんだ?」
二人はよく七宝と遊んでいる村の子供たちだった。

「あそこで旅の商人が商売してるって聞いて見に来たんだ!」
元気いっぱいにそう答える倫太郎。そしてそのまま人だかりに中に突っ込んでいく。

「ま…待ってよ、お兄ちゃん!」
その後をまゆりが慌てて追っていく。犬夜叉もその後に続いていく。
覗いてみると様々な売り物が床に広げられていた。その様子に感心する犬夜叉。

(そういえばこっちに来てからほとんど買い物したことなかったな……。)
基本的にこの村は自給自足の生活を営んでんる為お金を使うこともほとんどなかった。
そして商品を眺めていると犬夜叉はその中の一つに目を奪われる。
それは黒の熊の爪の形をした首飾りだった。

(かごめにあげたら…喜んでくれるかな……。)
犬夜叉は首飾りを手に取りながら考える。本当ならもっときれいなネックレスや服を買ってあげたいが現代に戻ることができない自分ではそれは叶わない。迷ったが犬夜叉は結局それを買うことにしたのだった。

そして家に戻る途中に犬夜叉は七宝と出くわした。

「犬夜叉、こんなところで何しとるんじゃ?」
なかなかかごめが帰ってこないことで不機嫌な様子の七宝が尋ねる。

「べ…別に…何でもいいだろ!」
そう言いながら犬夜叉は手に握っていた首飾りをとっさに隠す。しかしそれを七宝は見逃さなかった。

「なんで首飾りなんてもっとるんじゃ?」
「か…買ったんだよ…。」
かごめのために買ったのがばれるのが恥ずかしい犬夜叉は何とかごまかそうとする。しかし犬夜叉は既に言霊の念珠を首にかけている。七宝はそのことに気付き、

「そうか、きっとかごめは喜ぶぞ!」
そう犬夜叉に告げた。

「そ…そうか?」
犬夜叉は自信満々に言う七宝にたじろぐ。

「じゃあな、犬夜叉!」
七宝はあれがあれば犬夜叉とかごめはきっと仲直りできると思いご機嫌な様子でその場を離れて行った。


(どうやって渡すかな……)
家に戻った犬夜叉は首飾りを見詰めながらそんなことを考えていた。楓と珊瑚は出かけているのか家には姿がなかった。しばらくそのままくつろいでいると

「犬夜叉、おるか!?」
慌てた様子の楓が大きな声を上げながら家に戻ってきた。

「な…なんだよ楓ばあさん…。」
犬夜叉はいきなりのことに驚きながら起き上がる。楓は犬夜叉を見つけ一瞬安堵し、すぐに真剣な表情に戻る。

「倫太郎とまゆりが村からいなくなってしまったんじゃ。もしかすると森に入ってしまったのかもしれん。お主の鼻で二人を探してくれんか?珊瑚にも頼んでおるのだがやはり森の中では…。」
奈落が現れてから村の人間は一人では村の結界の外には出ないよう決められていた。もし子どもの二人が村から出ていてば妖怪に襲われてしまうかもしれない。

「分かった、すぐ行く!!」
状況を理解した犬夜叉は首飾りを懐にしまいすぐに家を飛び出していった。



「お兄ちゃん、やっぱり帰ろうよ。怒られちゃうよ…。」
森の中を進みながらまゆりが倫太郎に話しかける。

「大丈夫だって、妖怪が出ても俺がやっつけてやるよ!」
しかしそんなまゆりの言葉も気にせず倫太郎はさらに森の奥に進んでいく。

「お兄ちゃん…」
まゆりがその後を追おうとした時、二人の前に大きな鬼の様な妖怪が現れた。


(見つけたっ……!!)
二人の匂いを森の方向に感じた犬夜叉は森に向かって走り出す。そして犬夜叉は二人の近くに妖怪の匂いがあることにも気付く。

(頼む、間に合ってくれ…!!)
祈るようにそう考えながら犬夜叉は全速力で走り続けた。


「ま…まゆりから離れろっ!!」
まゆりを守るように前に出ながら倫太郎が鬼に向かって叫ぶ。しかしその足は恐怖で震えていた。

「お兄ちゃん……。」
まゆりは倫太郎の背中に縋りつきながらおびえ続ける。しかし鬼はそんな二人に向かってどんどん近づいてくる。そしてその爪が二人に振り下ろされた瞬間、二人は犬夜叉に抱きかかえながらその場から連れ出された。

「え……?」
いきなりの出来事に倫太郎は何が起こったのか分からなかった。

何とか二人を助けることができた犬夜叉だったが二人を抱えて庇うため鬼の爪をまともに背中に受けてしまう。

「ぐっ…!」
その衝撃で犬夜叉はそのまま地面に転がって行く。そしてその衝撃で懐の中の首飾りが壊れてしまった。しかしなおも鬼は犬夜叉に襲いかかってくる。犬夜叉は二人を地面に下ろし爪に力を込める。

「散魂鉄爪っ!」
犬夜叉の爪によって鬼は簡単に切り裂かれた。どうやら奈落の手のものではなかったようだ。

「あ…ありがとう…犬夜叉兄ちゃん…。」
怯えながらも倫太郎が犬夜叉にお礼を言う。しかし犬夜叉は自分の懐にある首飾りを取り出し見つめている。首飾りは壊れてしまっていた。

「その首飾り……。」
まゆりが罪悪感を感じながらその様子を見つめる。そのことに気付いた犬夜叉は

「気にするな。さあ、さっさと村に帰るぞ!」
そう言いながら二人と一緒に村に戻るのだった。



「ただいま、みんな。」
そう言いながらかごめが楓の家に入ってくる。

「かごめっ!!」
七宝が喜びのあまりかごめに抱きつく。

「心配しておったぞ、かごめ。」
「おかえり、かごめちゃん。」
楓と珊瑚もそんな様子の七宝を見ながらかごめに話しかける。

「ごめんね、勝手なことしちゃって……。」
かごめは罰が悪そうに皆に謝る。そしてすぐに犬夜叉が家にいないことに気付いた。

「あれ、犬夜叉は…?」
一番に謝ろうと思っていた犬夜叉がいないので肩すかしをくらったような気分になるかごめ。

「なんだまだ犬夜叉の奴、首飾りを渡しておらんのか。」
かごめの言葉に合わせて七宝はついそう言ってしまった。

「首飾り?」
「あ……。」
思わず口に手を当てる七宝だったが既に後の祭り。観念した七宝はかごめに事情を説明するのだった。




「はあ………。」
犬夜叉は御神木の前で座り込みながら大きなため息をつく。手には壊れてしまった首飾りが握られていた。もう一度同じものを買おうとした犬夜叉だったがすでに商人は村から出て行ってしまっていた。
これ以上悩んでいても仕方ない。気を取り直して家に戻ろうとした時

「犬夜叉?」
背中からかごめの声が聞こえた。

「か…かごめっ!?」
いきなり話しかけられたことで驚く犬夜叉。いつもなら匂いで気付くのだが首飾りに意識を集中しすぎていたのか気付くことができなかった。

「か…帰ってきたのか…。」
「うん……。」
そして二人の間に長い沈黙が続く。そして

「犬夜叉、あのね…」
かごめが話しかけようとした時

「…悪かったよ。」
そう犬夜叉がかごめに謝った。

「犬夜叉…?」
犬夜叉のほうから謝ってくるとは思っていなかったかごめは驚いたような声を上げる。

「珊瑚に言われたんだ…どうしてお前が怒ってたのか考えろって…。一緒に戦いたかったんだよな…それなのに…気付いてやれなくてごめん……。」

「犬夜叉……。」
かごめはそのまま犬夜叉の言葉を黙って聞き続ける。犬夜叉は話すのが恥ずかしいのか顔を赤面させていた。

「でも…かごめはかごめだろ…。お前にはいつも感謝してる……。その……ありがとう…。」
そう言った後、犬夜叉は恥ずかしさのあまり後ろを向いてしまう。

「私もいきなり怒鳴ったりしてごめん……。許してくれる…犬夜叉…?」
恐る恐るかごめが犬夜叉に尋ねる。犬夜叉は

「…当たり前だろ。」
そう答えるのだった。



二人はそれから他愛ない話をいくつかしそろそろ戻ろうということになった時

「犬夜叉、それ……。」
かごめは犬夜叉が何かを手に握ったままなことに気付いた。

「こ…これは……。」
犬夜叉は慌てて咄嗟にそれを後ろに隠す。かごめはそんな犬夜叉の様子を見て笑いながら

「見せて、犬夜叉…。」
そう犬夜叉に話しかける。犬夜叉は最初は渋っていたが観念したように壊れた首飾りをかごめに見せる。かごめはそんな犬夜叉を見て事情を察する。そしてそれを取り壊れた飾りに糸を通していく。

「これでよしと。」
かごめは糸を通し終わった壊れた首飾りをそのまま首にかける。しかしその首飾りはやはり不格好なものだった。

「かごめ……」
それを見ながら犬夜叉は言葉を発しようとするが

「いいの、犬夜叉が私に買ってくれたものなんだから。」
かごめはそう言いながら犬夜叉に微笑む。
犬夜叉はそんなかごめに何も言うことができない。そして二人はお互いを見つめ合う。そのまま段々と二人の距離が近づいていこうとした時

「かごめ、犬夜叉は見つかったか?」
七宝がそう言いながら二人のほうに向かって近づいてきた。


「「!?」」
二人は慌ててお互いに離れて行く。そんな二人に気付く七宝。


「暗くなってきたしそろそろ帰るか…!」
「そ…そうね…!」

そう言いながら二人は村に向かって並んで歩いていく。そんな二人を見ながら


(お…おらはとんでもないことをしてしまったのでは……。)
七宝は一人御神木の前で打ちひしがれる。だから七宝は気づかなかった。



並んで歩いている二人の手が繋がれていたことに……。



[25752] 第二十二話 「魂」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/05 20:09
ある小さな村に晴海という坊主とその弟子が訪れていた。二人は寺に戻ろうとしている途中、村に邪気を感じこの村に立ち寄ることにしたのだった…。

「邪気を感じる…?」
村で畑仕事をしている村人が晴海の言葉に疑問の声を上げる。

「さよう、この近辺に渦をなしておる。何か怪異があるのではないかな?」
晴海はこのあたりでは有名な坊主でありその実力もかなりのもの。この村に邪気を発するものがあることは間違いない。しかし村人たちには全く心当たりがないようだった。

「何言ってる坊様、こんな平和なとこはねえぞ。」
「うん。特にあの巫女様が来てからはな。」
村人たちは口をそろえてそう言う。

「巫女…だと?」
そして晴海と弟子はその巫女に会うために村に案内してもらうことになった。


村の川の近くで一人の巫女と子どもたちが薬草を集めていた。

「桔梗様、これ薬草でしょ?」
「桔梗様、こっちは?」
子供たちが草を摘んでは嬉しそうに桔梗に見せに行く。桔梗はそんな子供たちを優しくあやしていた。

(なんだ?あの女は…。あれは…この世のものではない!)
木に隠れながら様子をうかがっていた晴海は一目で桔梗がこの世のものではないことに気付く。

「みんな、おいで。草の見分け方を教えるから。」
そう言いながら桔梗は村の子供たちに薬草の見分け方を教えて行く。その光景は誰が見ても微笑ましいものだった。

「あの巫女が魔物なんでございますか?晴海様、私には人間にしか見えませぬが……。」
弟子がその様子を見ながら疑問の声を上げる。

「貴様は修行が足りん。」
そう言いながら晴海がさらに用心深く桔梗を観察しようとした時

「そこのお坊様…。」
桔梗が二人に話しかける。

「これはこれは…気づいおられたか。」
しかし晴海は何食わぬ顔で茂みから現れ、桔梗に近づく。

「ずっと私を見ておられましたね…。」
そんな晴海を見据えながら静かな口調で桔梗が問いただす。

「いや、あまりのお美しさに見惚れてしもうた。」
「ご冗談を…」
晴海の言葉に桔梗は微笑みながら答える。そして晴海はそんな桔梗を見ながらそのすぐ側に巻物を落とす。

「拾っていただけぬかな?」
「……」
桔梗は巻物を見つめたまま黙り込む。そんな桔梗の様子を見ながら晴海はさらに続ける。

「これは破魔の経文でな。妖怪がこれに触れるとたちどころに正体を現すという。」
晴海はそれを使い桔梗の正体を暴こうと考えていた。しかし桔梗はためらいなくその巻物を手に取り

「それは…ありがたいお経でございますね。さ、どうぞ。」
そう言いながら晴海に手渡す。

(何事も起らぬ…!?)
予想に反し何も起こらないことを訝しみながら晴海は桔梗から巻物を受けとる。そしてその瞬間、晴海の体に衝撃が走った。

(な…何だ……!?無数の粒が体を通り抜けた…!?)

「さ、行こうみんな。」
「はーい。」
晴海が自分の状況に戸惑っているうちに桔梗と子どもたちはその場を離れて行く。

「晴海様、いったいどうなすったんです?」
晴海の様子がおかしいことに気付いた弟子が話しかけてくる。

「…見てみよ。」
晴海はそう言いながら巻物に視線を向ける。

「経文が…消し飛んでいる!?」
弟子が驚きの声を上げる。巻物は書かれていた破魔の経文がなくなり白紙なってしまっていた。

(あの女…破魔の経を跳ね返し、その文字でわしを貫きおった…!)
晴海は桔梗が自分には手に負えないほどの力を持ったものだと気付く。しかしそれを分かった上で晴海は桔梗に忠告する。

「巫女どの!どのような未練があるか知らぬが…ここはお前様の居場所ではないはず…。在るべき処に帰りなされ!」

「あいつ、何言ってんだ?」
「変な坊主…。」
事情が分からない子供たちは疑問の声を上げながら桔梗に付いていく。

「……」
桔梗は振り返りながらもそのまま子どもたちと先に進んでいった。


「じゃあまた明日なー。」
「さようなら。桔梗様。」
子供たちも家に戻って行きあとには桔梗と小夜(さよ)という一人の少女だけになった。

「ねー桔梗様。」
「うん?」
小夜が桔梗に近づき手を握りながら話しかける。

「明日も草や花のこと教えてね?」
小夜はそのまま桔梗の返事を待つ。しかし考え事をしているのか桔梗の様子がおかしいことに気付いた。

「……桔梗様?」
「……」
そんな桔梗の様子に小夜は不安を感じ

「ねえ…どこにも行かないよね?」
そう桔梗に尋ねる。

「小夜……」
桔梗はそんな小夜の様子に気付き小夜の顔を覗き込むように屈みこみながら話しかける。

「小夜は私が好きか?」
「うんっ大好き!」
小夜は桔梗の言葉にすぐさま答える。桔梗はそんな小夜に微笑みながら

「ありがとう…私も小夜が妹みたいに可愛いよ。」
そう口にした。

「えへへ~っ本当!?」
「ああ。」
小夜は桔梗の言葉が嬉しかったのか顔を赤くしながら照れてしまう。桔梗はそんな小夜の姿に幼いころの楓の姿を重ねていた。そして小夜を家に送り届け自分の家に向かいながら

(もう少し一緒にいてやりたかったけれど……潮時か……。)

桔梗はこれからのことを考え始めていた……。


(なんだか桔梗様元気がなかったな……。昼間のお坊さんのせいかな……。)
夜になり家の中で家族とともに布団に入っている小夜だったが桔梗のことが気になりなかなか寝付くことができないでいた。

(ふ~っ眠れないや。)
小夜は起き上がり何の気なしに家の外の様子をうかがう。するとそこには一人で森に向かって歩いている桔梗の姿があった。

(桔梗様……?)
小夜はいけないことかもしれないと思いながらもその後を追っていった。


しばらく森の中を進み桔梗は月明かりに照らされている池の近くで足を止めた。

(こんな夜遅く…なにしてるんだろ?)
小夜は木の陰に隠れながら桔梗の様子をうかがう。そして小夜は昼間の晴海の言葉を思い出す。

(桔梗様まさか……このままどこかに行っちゃうんじゃ……)
そんなふうに小夜が考えた時、桔梗に向かって無数の光の玉が集まって行く。それは月明かりと合わさりどこか幻想的な光景だった。しかしその光の玉を運んでいるのは死魂虫と呼ばれる妖怪だった。

「憐れな女の死魂たち……私とともに来い……。」
そして死魂たちは桔梗の体に入り込んでいく。

(犬夜叉…もうすぐ迎えに行く……)
桔梗はそのまま犬夜叉のことを想い続ける。


(桔梗様が妖怪を操っている…!?)
小夜は桔梗の様子に恐怖を感じてしまう。どうしてあんなに優しい桔梗がこんなことをしているのか考えた瞬間、小夜は足もとの木の枝を踏み音を立ててしまった。

「誰だ!」
桔梗が厳しい顔で音をした方向を睨みつける。そしてそこには尻もちをついた小夜の姿あった。

「小夜…見て…いたのか……。」
桔梗は悲しげな表情をしながら小夜に近づいていく。小夜はそんな桔梗の姿を見ながらどこか不安そうな表情を見せる。

「小夜……。」
桔梗はそんな小夜を安心させようと手を伸ばす。しかし

「っ!!」
小夜は眼を閉じ怯えるように体を丸めてしまう。そんな小夜を見ながら

「……ごめんね…恐い思いをさせてしまったね……。」

桔梗はそう告げる。そしてそのまま桔梗は小夜から離れるように森に向かって歩いていく。

「桔梗…様……。」
小夜はそれを見ながらどうしたらいいのか分からず桔梗の名を呼ぶことしかできない。


「さよなら…ごめんね…。」
桔梗は振り返りそう告げてから一人森の中に姿を消した……。



かごめが戦国時代に戻ってから数日後、犬夜叉たちは再び四魂のカケラ集めを再開した。しかし四魂のカケラはかなり遠くにあるのかかごめはカケラの気配を感じることができなかった。そして今一行は森の中を進んでいるのだがなぜか犬夜叉たちはギスギスした雰囲気で皆一様に難しい顔をしている。その中でも特に犬夜叉はどこか罰が悪いような表情で冷や汗を流していた。そんな中

「犬夜叉…本当にその弥勒って人を仲間にしないといけないの?」
珊瑚がどこか刺がある口調で犬夜叉に話しかける。

「う……」
犬夜叉はそんな珊瑚の迫力に言葉を返すことができない。

「犬夜叉……。」
犬夜叉から首飾りをもらったことで機嫌がいいはずのかごめも何か言いたいことがあるのか犬夜叉に視線を向ける。

「おら、今日は布団で寝れると思っておったのに……。」
七宝も犬夜叉を怨むような視線を向ける。

珊瑚たちが怒っているのには理由があった。

日も暮れかけてきたので犬夜叉たちは近くの村で宿をとることにした。何とか宿をとることもでき時間が余ったので犬夜叉たちは弥勒の情報を村で集めることになった。そして犬夜叉たちは弥勒が最近この村を訪れているという情報を手に入れることができた。喜んだ犬夜叉たちだったがすぐにそのことを後悔することになる。
なぜなら弥勒はこの村の領主に対してインチキなお祓いを行い財産を持ち逃げしてしまっていたからだ。さらに犬夜叉たちは弥勒の仲間だと勘違いされ領主とその家来たちに追いかけまわされる羽目になった。なんとか逃げ切った犬夜叉たちだったが村に戻ることもできず今に至っていた…。


「その弥勒って人本当に頼りになる人なの?」
怪しむような眼で珊瑚は犬夜叉を見据える。犬夜叉は

(未来のお前の夫だよ!!)

と叫びたいところだったがそんなことをいうわけにもいかず犬夜叉は何とかこの話題を変えることができないか考える。すると犬夜叉は近くに人里の匂いがあることに気付いた。

「近くに村がある、今日はそこに泊るぞ!」
そう言いながら一人村に向かって走り出してしまった。

「ちょっと待ちなよ、犬夜叉!」
「もう……。」
「おらがしっかりせねば……。」

その後をかごめたちは慌てて追いかけて行った。


「思ったより小さな村だな…。」
犬夜叉はそう言いながら今日泊まる宿がないか探そうとする。すると一人の少女が驚いたようにこちらを見つめていることに気付く。犬夜叉は初め半妖である自分に驚いているのかと思ったがそれは違っていた。少女の視線はかごめに向けられていたからだ。そして少女は
「桔梗様…?」
そう呟いた。

「え…?」
いきなりのことに事情が分からず呆然とするかごめ。そして

「桔梗様っ!戻ってきたんだね!」
少女はそう言いながらかごめに抱きついてくる。事情が分からない犬夜叉たちはしばらく困惑するのだった…。

それから落ち着いた小夜から犬夜叉たちは桔梗について聞かされることになる。
少し前から村に巫女として一緒に暮らしていたこと。とても優しく怪我人や妖怪に困っている村人を助けてくれたこと。子供たちには特に優しく、一緒に遊んでもらったこと。そして

「私が桔梗様が妖怪を操っているところを見ちゃったから…桔梗様は村を出て行っちゃたの……。」
小夜は後悔するように言葉をつなぐ。

「そうだったの……。」
かごめはそんな小夜をあやしながら桔梗のことを考える。

かごめは直接桔梗に会ったことはなかったが記憶に触れることで桔梗がどんな女性であるかは分かっていた。犬夜叉と楓から犬夜叉への恨みに囚われているため犬夜叉を殺そうとしたという話を聞いたときにも本当に桔梗がそんなことをするのだろうかと疑問に思ったほどだった。小夜の話に出てくる桔梗の姿こそが本来の桔梗なのだとかごめは感じていた。そしてかごめは犬夜叉に視線を向ける。

「………」
犬夜叉はどこか厳しい顔をして考え事をしているようだった。そして

「…みんな、楓の村に戻るぞ。」
そう言い残し再び森に向かって歩き始めてしまう。

「犬夜叉、ここに泊るんじゃなかったの?」
「待たんか、犬夜叉!」
珊瑚と七宝が話しかけるも犬夜叉はそれに耳を貸さずそのまま進んでいってしまう。

(犬夜叉…桔梗に会いたくないのね……)

かごめだけが犬夜叉の気持ちに気付きその後を追っていく。そして珊瑚と七宝、雲母も仕方なくその後に続くのだった……。



何とか村に戻ろうとしたが流石に距離があり結局犬夜叉たちは森で野宿することになってしまった。いつものようにかごめたちはテントで犬夜叉は外で眠ることになった。しかし皆が寝鎮まっている中でかごめは一人、目を覚ました。

(なんだろう…妙な気配がする…)
かごめはこれまで感じたことのない気配に気づきテントの外に出る。犬夜叉はそれには気づかず眠っているようだった。

かごめは自分が感じた気配の方向に目をやる。するとそこには光の玉が森の中に向かって進んでいる光景があった。

(あれは…死魂虫…!)
かごめはかつて犬夜叉から桔梗について聞いていたためそれが桔梗の操る死魂虫だと気付いた。

(近くに桔梗がいるんだわ……)
かごめはさっきの村に行ってからずっと何とか犬夜叉が本物の犬夜叉ではないこと、本当の仇は奈落であることを桔梗に伝えることはできないかと考えていた。しかし犬夜叉と桔梗が出会ってしまえばきっと戦いになってしまう。

(なら私が行った方がいいかも……)
かごめは少し迷ったが犬夜叉を起こさず一人死魂虫の後を追って森に入って行った。

(どこまで行くのよ……)
かごめは慣れない山道を何とか転ばないように進む。そして死魂虫が姿を消してしまう。慌ててかごめはその後を追おうとした。しかし

「きゃっ!」
山の段差に足を取られ下にずれ落ちてしまう。

「痛た……。」
かごめが何とか立ち上がり顔を上げるとそこには木にもたれかかりながら眠っている桔梗の姿があった。

(ね…眠ってる……?)
かごめが緊張しながら恐る恐る桔梗に近づいていく。

(私になんか…似てないじゃない?綺麗……)
かごめは桔梗の顔を見ながらその美しさに思わず身惚れてしまう。そして桔梗はゆっくりと目を覚ます。

「おまえ…!」
桔梗は飛び起きながらいきなり自分の目の前にかごめがいることに驚きの声を上げる。かごめもいきなり桔梗が起きたことに驚き後ずさりしてしまった。

「お前、私の結界を通り抜けてきたのか?」
桔梗はかごめを見据えながら問いただす。

「えっ、けっ結界!?あったけ?そんなの…」
かごめは森の中を進んできたがそんなものがあるとは全く気付かなかった。

「……そうか……おまえは私だからな……。」
桔梗は少し思案したあとそう呟く。

「あの……。」
かごめがその言葉に異を唱えようとするが

「犬夜叉は…犬夜叉は一緒ではないのか……?」
桔梗の言葉によってそれは遮られてしまった。

「……今は私一人よ…。」
かごめは緊張した様子で答える。桔梗はそんなかごめを見ながら

「お前…犬夜叉の何なのだ?」
そう尋ねてきた。

(わ…私は……)
思わず考え込んでしまうかごめだったがすぐに桔梗の言っている犬夜叉と自分が考えている犬夜叉は違うことに気付く。

「私は…あなたに話があったからここに来たの……。」
かごめが意を決して桔梗に切り出す。

「話だと…?」
そしてかごめは話し始める。

自分が桔梗の生まれ変わりで未来の人間であること。犬夜叉の封印を解いたこと。その時には既に犬夜叉の中に別の自分と同じ未来の世界の少年が乗り移っていたこと。本物の犬夜叉がどうなってしまったのかはまだ分からないことを桔梗に伝えた。

桔梗は黙って聞き続けていたが

「楓もそんなことを言っていたな……。」
そう呟く。

「じゃあ…。」
自分の話を分かってもらえたと思ったかごめは安堵の声を上げる。しかし

「お前は…犬夜叉の体に他人の魂が宿るなど…本当にありうると思っているのか…?」

そう桔梗は冷たく言い放つ。そして桔梗の放つ雰囲気が剣呑なものなっていくことにかごめは気づいた。思わずかごめが桔梗から離れようとした時

「お前は邪魔だ。」
「え…?」
桔梗の指がかごめの額に触れる。その瞬間かごめは金縛りにあったように動けなくなってしまった。

(体が…動かない…!)
何とかしようとするがかごめの体はピクリとも動かなかった。

「お前がここにいるということは…近くに犬夜叉がいるのだな…。」
桔梗はそのままかごめを置いたまま犬夜叉がいるほうへ向かって歩き始めようとする。

「まっ待って!まだ犬夜叉を殺すつもりなの!?」
かごめは何とか力を振り絞って桔梗に向かって叫ぶ。

「当然だ…私は犬夜叉を怨みながら死んだ…。犬夜叉を殺さなければ私は救われない……。」
桔梗は冷酷にそうかごめに告げる。しかし

「今の犬夜叉はあなたの知ってる犬夜叉じゃない!それに…五十年前にあなたと犬夜叉を罠にかけて憎み合せたのは奈落っていう妖怪なの!それがあなたの本当の仇なの…だから…!」
かごめは必死に自分の知っていることを桔梗に伝えようとする。しかしその瞬間、死魂虫がかごめの体に巻きつきかごめを締め付ける。

「き…桔梗…」
その苦しさでうまく声を出すことができないかごめ。

「…仇なぞ討ったところでこの身は生き返りなどしない。」
そう言いながら桔梗はかごめに近づく。そしてかごめの制服から四魂のカケラを奪い取った。

「あ……。」
「四魂の玉は元々私が清めていたもの…。お前なんぞが持つものではない…。」
桔梗はそのままかごめに手を伸ばしながら

「お前は私だ……この世にあるのは一人だけでいい……。」
そう告げた。

(殺される!!)
かごめは桔梗の殺気に身を震わせる。そして桔梗の手がかごめの手に触れようとした瞬間


「かごめっ!!」
犬夜叉の声が森に響き渡った。

「い…犬夜叉……。」
かごめが息も絶え絶えに犬夜叉に話しかける。犬夜叉はその様子を見て一瞬で状況を理解する。そして

「かごめから離れろっ!!」
犬夜叉は桔梗に飛びかかり爪を振り下ろす。

「なっ…!」
いきなり斬りかかられるとは考えもしなかった桔梗は慌ててそれを避けながらかごめから距離を取る。
犬夜叉はそのままかごめに巻きついている死魂虫を切り裂いた。

「大丈夫かっ、かごめ!?」
「う…うん…。」
犬夜叉はかごめが無事なことに安堵する。そしてすぐさまかごめを庇うように桔梗に向かい合う。犬夜叉と桔梗の間に沈黙が流れる。そして

「犬夜叉……。」
そう言いながら桔梗が犬夜叉に近づこうとする。
しかし犬夜叉はその瞬間、鉄砕牙を鞘から振り抜いた。同時に凄まじい衝撃があたりを襲う。砂埃がおさまった後には桔梗のすぐ横に地面をえぐる大きな爪痕が残っていた。

「それ以上近づいたら容赦しねえ……。」
犬夜叉は鉄砕牙の切っ先を桔梗に向けながらそう告げる。その殺気と視線がそれがただの脅しではないことを物語っていた。

(犬夜叉……。)
かごめは尋常ではない犬夜叉の様子に戸惑う。いつもの犬夜叉なら桔梗に対してこれほどまでの態度は見せないはずだった。しかしかごめを殺されかけたという事実が犬夜叉の頭に完全に血を登らせていた。

桔梗はそんな犬夜叉を驚いた表情で見つめる。いままで犬夜叉とは何度も四魂の玉をめぐって争ってきたがこれほど明確な殺意を感じるのは初めてのことだったからだ。

三人の間に長い沈黙が流れる。そして

「お前は…本当に…私が知っている犬夜叉ではないのだな……。」
桔梗は儚げな表情でそう呟く。そして桔梗の体に死魂虫が集まって行く。

そのまま桔梗は犬夜叉に一度振り返った後そのまま森の中に姿を消した……。



「ふう……。」
犬夜叉は桔梗が立ち去ったことを確認し、鉄砕牙を鞘に納める。

「かごめ、本当に怪我はねえか?」
心配そうに犬夜叉はかごめの体を確認する。

「うん…本当に大丈夫だから……。」
そんな犬夜叉に戸惑いながらかごめは桔梗のことを考える。

(桔梗…泣いてた……。)
かごめは桔梗が立ち去る瞬間、泣いていることに気が付いていた。そしてかごめは

「犬夜叉は…桔梗のことどう思ってるの?」
そう犬夜叉に尋ねる。

「な…なんだよ、いきなり…。」
いきなりそんな事を言い出すかごめに戸惑う犬夜叉。

「そういえばちゃんと聞いたことなかったと思って……。」
これまでかごめは桔梗について犬夜叉と話したことはあったがどれも客観的なことばかりで犬夜叉自身が桔梗をどう思っているのかは聞いたことがなかった。

「………」
犬夜叉はそのまま黙り込んでしまう。そしてしばらくの間の後

「一言でいえば……苦手だ……。」
そう呟いた。

「苦手…?」

「ああ…犬夜叉の記憶を見てるから桔梗が本当はいい奴なんだってことは分かってる…。でも桔梗と会うと記憶のせいで頭が痛くなるし…一度殺されかかったからな…。どうしても苦手だ……。」
犬夜叉は今の自分の気持ちを包み隠さず話す。

「それに悪いとも思ってる……。俺がいなければ本当は本物の犬夜叉に会えたはずだしな……。」
犬夜叉はそう言いながら俯いてしまう。自分の預かり知らぬこととはいえ少年はある意味本物の犬夜叉を殺してしまっているようなものだった。そのことに少年は強い罪悪感を感じていた。そんな犬夜叉に寄り添いながら

「私たちには…何もできないのかな……。」
かごめは桔梗が去った方向を見ながら呟く。

(俺に…できること……)

犬夜叉はそのかごめの言葉聞きながら何かを考え続けるのだった……。


月が明るさを放っている中、楓は村で一人寝る準備を行っていた。

(犬夜叉たちがおらんとこの家も静かだな……。)
いつもは騒がしくてかなわないがいざ一人になるとその騒がしさがいかに幸せなことか感じる楓だった。そしてそろそろ横になろうと考えた時

「楓……。」
楓は聞き覚えのある声が入口からしたことに驚く。

「桔梗…お姉様…?」
桔梗はそんな楓の様子を見ながら家に入ってくる。しかし楓は桔梗を見据えたまま黙っているままだった。

「どうした楓…姉の私が恐いのか?」
桔梗は儚げに笑いながら楓に話しかける。

「……桔梗お姉様、まだ犬夜叉の命を狙っておられるのか?」
楓は静かな口調で桔梗に尋ねる。

「今しがた、その犬夜叉と会ってきた。」
「っ!!」
楓が犬夜叉の身を案じ表情をこわばらせる。そんな楓に気付いた桔梗は

「安心しろ…犬夜叉には手を出しておらん……。」
そう楓に告げる。その言葉に楓は安堵する。そして

「話せ楓。犬夜叉と…奈落という者のことを……。」
桔梗は楓を見据えながら問いただす。

「はい……。」
それから楓は自分の知る限りの犬夜叉と奈落のことを桔梗に話すのだった。


桔梗はそれを黙って聞き続ける。全てを話し終えた楓は

「お姉様…今の犬夜叉に宿っている少年は犬夜叉とは関係のない別人です…。どうか…。」
そう桔梗に懇願する。

「別人…か…。」
桔梗は楓の言葉を聞きながらそう呟く。

「お姉様…?」
そんな桔梗の様子に戸惑う楓。

「楓…犬夜叉の体に別人の魂が宿り動かすことなど本当にできると思っているのか?」
そう桔梗は楓に向かって言葉を投げかける。

「そ…それはどういう…?」
桔梗の言葉の真意がつかめない楓は聞き返す。

「人間の魂と体は強く結び付いている…。例え他人の体に乗り移れたとしても体を動かして生きて行くことなどできるはずがない…。それが別人ならな…。」

「そ…それでは……。」
楓はそこで桔梗の言葉の真意に気付く。

「そう…恐らく犬夜叉に宿っているのは犬夜叉の生まれ変わりだろう……。」
桔梗は無表情のままそう告げる。

楓はそのことを知り様々なことに納得がいった。どうして少年が犬夜叉に憑依したのか。修行したとはいえ短時間で半妖の体を使いこなしたこと。元々犬夜叉のために遺された鉄砕牙が少年を認めたこと。

そして何よりも犬夜叉の生まれ変わりである少年と桔梗の生まれ変わりであるかごめがこの時代で再び出会い惹かれあっていること。とても偶然とは思えない。まるでそれは

「運命……。」
楓の口からその言葉が漏れる。

「運命…か……。」
桔梗は何かを考え込むように黙り込んでしまう。

「しかし、それでは本物の犬夜叉は一体……?」

「……この世には同じ魂は一つしか存在できない。恐らく私が犬夜叉を封印した時、私と同じように犬夜叉の魂は転生してしまったのだろう……。」
そう言いながら桔梗はその場から立ち上がり家を出て行こうとする。

「お姉様!」
楓はその後ろ姿を見ながら叫ぶ。

「未練は…断ち切れませんか?」
桔梗は振り返り

「また会おう……。」
そう言い残し村を後にする。


(生まれ変わりである者たちは私たちにはできなかったことをやっている……。しかし私と犬夜叉は……。)

桔梗は自分の頬に残った涙の跡をぬぐいながら一人さまよい続けるのだった……



[25752] 第二十三話 「弥勒」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/13 00:11
桔梗との接触の翌日、犬夜叉たちは四魂のカケラの気配を頼りに森の中を進んでいた。犬夜叉はかごめの体の心配し一旦楓の村に帰ることを提案したのだがかごめの説得によりそのまま旅を続けることになったのだった。

「本当に大丈夫なの、かごめちゃん?」
珊瑚が心配そうにかごめに話しかける。珊瑚と七宝も桔梗との事情については既に犬夜叉から聞かされていた。

「ありがとう、珊瑚ちゃん。本当に大丈夫だから。それよりもごめんね、四魂のカケラ取られちゃって……。」
そう申し訳なさそうに謝るかごめ。既に半分近くの四魂のカケラをかごめたちは集めていたのだがそのすべてを桔梗に奪われてしまっていた。

「おら、犬夜叉とかごめにひどいことをする桔梗なんて嫌いじゃ!」
「七宝ちゃん……。」
桔梗の事情については理解しているものの自分にとって父親、母親同然の二人に怪我をさせた桔梗を七宝はどうしても許すことができなかった。

「気にするなかごめ。四魂のカケラはまた集めればいいさ。」
犬夜叉はそう言いその場を収めようとする。しかし

「でも四魂のカケラを集めていけばいつかは戦わなきゃいけないかもしれないね……。」
難しい顔をしながら珊瑚はそう呟く。犬夜叉とかごめはその言葉に何も返すことができなかった……。

しばらく森を進んでいるとかごめが四魂のカケラの気配を感じ取った。しかし

「気配が二つある…?」
「うん、一つはあの森の頂上あたりに。もう一つはあの村のあたりに感じるの。」
かごめは指をさしながら皆に説明する。

「でも村のほうの四魂のカケラの気配は…なんていうか霧がかかってるみたいにはっきりしないわ……。」
かごめは今まで感じたことのない感覚に戸惑っているようだった。

「どうする、犬夜叉?」
珊瑚は振り向きながらが犬夜叉に尋ねる。

「とりあえず村のほうに行ってみよう。そっちのほうが近いしな。」
犬夜叉の言葉によって一行は村に進路を向けた。しかし村の近くに辿り着いたあたりで犬夜叉は急に足を止めた。

「どうしたんじゃ犬夜叉?」
七宝が犬夜叉の肩に飛び移りながら話しかける。

「人の死体だ……。」
かごめたちは犬夜叉の視線の先に旅人らしき男性の死体が森の中にあることに気付いた。

「野垂れ死にじゃろうか……?」
恐る恐る七宝が死体に近づく。死体はまるで血を抜きとられてしまったかのように干からびてしまっていた。

「ひどい……。」
かごめはその姿に言葉を失くしてしまう。

「妖怪の仕業だね……。村に入ってからも用心したほうがよさそうだ……。」
「そうだな……。」
犬夜叉は珊瑚の言葉に頷く。一行は緊張した面持ちで村に入って行った。

しかし予想に反し村は活気に満ち溢れていた。様々な商人が店を構え人が溢れかえっている。

「村は妖怪には襲われてないのかな……?」
「多分そうだろうね……。」
かごめの言葉に珊瑚が答える。もし妖気に村が襲われているのならこんなに人が村に集まるはずはなかった。

「これからどうする、犬夜叉?」
かごめがそう犬夜叉に話しかけようとするが既に犬夜叉の姿は近くに見当たらなかった。

「犬夜叉?」
かごめが慌てて周囲を見渡すと犬夜叉と七宝は既に市場のほうに入って行ってしまっていた。

「見ろ犬夜叉、果物が一杯あるぞ!」
「金ならある、七宝好きな物買っていいぞ!」
「ほんとか!?」
犬夜叉と七宝は子供のようにはしゃいで買い物をしていく。

「全く、あれほど用心していこうって言ったのに……。」
珊瑚が呆れながら二人の姿を眺める。

(犬夜叉楽しそう……)
かごめははしゃぎながら七宝と騒いでいる犬夜叉を眺めながら考える。

(本当なら学校に行ったりして普通に暮らしてるはずだもんね……もし元の体に戻れたら一緒に学校に行ったり、買い物に行ったりできるかな……あ、でもみんなに見つかるとからかわれちゃうかも……それにまだ付き合ってるわけじゃないし……)
かごめが一人でどんどん妄想を膨らませていると

「かごめちゃん、どうしたの?」
珊瑚がその様子を見て心配したのか声をかけてきた。

「え、何!?」
いきなり話しかけられて慌てて我にかえるかごめ。

「なんだか考え事してたみたいだったけど……。」
「し、してない。変なことなんて考えてないんだから!」
かごめはしどろもどろになりながら答える。珊瑚はそんなかごめを見ながら

(変なこと考えてたのか……)
冷静にそう分析するのだった……。

その後犬夜叉と七宝をなんとか落ち着かせ一行は再び村の入り口に集まっていた。
「でもこれだけ人がおるとカケラを探すのも大変ではないか?」
「そうね……。」
この村にあると思われる四魂のカケラの気配はおぼろげであるため近くになければかごめも見つけることが難しかった。どうしようかかごめが考えていると

「カケラは多分弥勒が持ってるものだ…。」
犬夜叉がなぜか確信をもったようにそう告げる

「どうしてそんなことが分かるの?」
「この札に残ってる弥勒の匂いをこの村に入ってから感じるんだ。」
そう言いながら犬夜叉は前に寄った村の領主から見せられた破魔の札を見せる。
この札は前の村で弥勒がインチキのお祓いで使ったものだった。さらに記憶の中では初めて弥勒に出会った時、弥勒は既にいくつかの四魂のカケラを持っておりかごめがカケラの気配を感じにくいのも恐らく法力か何かで気配を隠しているのだと犬夜叉は考えていた。

「じゃあ二手に分かれて探そう。その方が効率もいいし。」
犬夜叉の説明を聞いていた珊瑚が皆にそう提案する。

「そうだな。」

「じゃああたしと七宝は向こうから村を見て行くから犬夜叉とかごめちゃんは反対からお願い。」

「うん、じゃあ後で珊瑚ちゃん、七宝ちゃん。」
そして一度そこで二手に分かれ犬夜叉たちは弥勒の捜索を始めるのだった。


「じゃあ探して行こうか、七宝、雲母。」
そう言いながら珊瑚は通行人たちに目を配って行く。しかししばらくして七宝が何か言いたそうな様子でこちらを見つめていることに珊瑚は気づいた。

「どうしたの、七宝?」
珊瑚はそんな七宝を見ながら不思議そうに話しかける。七宝は何かを考えるようなそぶりを見せた後

「珊瑚は犬夜叉と一緒に行かなくて良かったのか?」
そう珊瑚に尋ねる。

「え、どうして?」
いきなりそんなことを言われるとは思っていなかった珊瑚は疑問の声を上げる。さらに七宝は

「珊瑚は犬夜叉のことが好きなのではないのか?」
そう珊瑚に問いただしてきた。その言葉に思わず足を止めてしまう珊瑚。少しの間の後

「……気づいてたんだ、七宝。」
珊瑚は苦笑いをしながら七宝に話しかける。

「おらの目は節穴ではないぞ!」
そう言いながら七宝は胸を張る。といっても犬夜叉とかごめ以外の村の者は皆そのことには気づいていたのだが。

「確かに犬夜叉のことは好きだけど……あの二人の間に割って入るなんてできないしね……。」
珊瑚は少し悲しげな顔をしながら自分の素直な気持ちを七宝に語る。珊瑚は助けられたという恩を抜きにしても犬夜叉に対して好意を抱いていた。しかし犬夜叉とかごめの互いを想い合っている様子、二人の絆を見て身を引くことにしたのだった。

「珊瑚……。」
七宝は心配そうな様子で珊瑚を見つめる。珊瑚はそのことに気付き

「だから七宝、このことは二人には言っちゃだめだよ。」
そう微笑みながら告げる。

「分かった、おら口は固いからの!」
七宝は威張りながらそう元気よく答える。珊瑚たちはそのまま弥勒の捜索を続けていった。




「ちょっと犬夜叉まだなの?」
かごめがどこか慌てた様子で犬夜叉に話しかける。

「うるせえな、いろんな匂いが混じり合ってわかんねーんだよ!」
犬夜叉はかごめの言葉を聞き流しながら地面に残った匂いで弥勒を探し出そうと
地面に這い蹲っていた。しかし人の行き来が激しい道で半妖の犬夜叉が地面に這い蹲っているため通行人が集まって人だかりができてしまっていた。

「も~人が集まってくるし~っ!」
かごめは恥ずかしさのあまり赤面してしまう。

「弥勒の奴どこに行ってるんだ~?」
しかし犬夜叉はそんなかごめの様子にもお構いなしに匂いを嗅ぎ続ける。

「こんな人里に妖怪か……?」
集まってきた通行人たちが騒ぎ始める。

「ほら~、犬夜叉匂いで探すのはあきらめましょう!?」
かごめが人の目にとうとう耐えきれなくなったのか犬夜叉に懇願する。しかし

「男はともかく…あの娘の姿……。」
「妖怪かの?」
「妖怪じゃ。」
人々はかごめの制服を見ながらそんなことを囁き始める。

「え、私!?」
自分まで注目の的になっていることに気付いたかごめは涙目になりながら声を上げる。

「ふん、人のこと言えねえじゃねえか。」
犬夜叉はそんなかごめを見ながらぼやくのだった。




(はあ~ついてねえ~。)
大きなため息をつきながら弥勒は頭を抱えていた。目の前には美しい着物を着た女性たちが演奏をしながら舞を披露している。

「仰せの通り、とびっきりの上玉を集めました。」
この店の店主である老女が弥勒にそう告げる。

「これがそうですか……。」
弥勒がうんざりしたような様子でそれに答える。目の前にいる女性たちはとても上玉とは思えないような女性ばかりだった。

(前の村で稼げたのはよかったがここにはまともな女もいやしねえ……)
弥勒は自分の懐にある小箱に手をやる。その小箱には何枚かの札が貼られていた。

(四魂のカケラなんて面倒なもんも拾っちまったしな……。札で気配が分からないようにはしてるがどうしたもんかな。捨てるわけにもいかねえし……。)

そんなことを考えていると表が騒がしくなっていることに弥勒は気づいた。
そして慌ただしい音と共に目の前の障子が勢いよく開かれる。

「邪魔するぞ!」
「ごめんなさい……。」
そこには自信満々の犬夜叉と恥ずかしそうにしているかごめの姿があった。

弥勒と犬夜叉たちとの目が合う。犬夜叉はすぐに弥勒に話しかけようとするが

「おおっ、あなたは!」
弥勒のほうがそれより早く反応し犬夜叉たちに近づいてくる。そして犬夜叉の横を素通りし
「地獄に仏とはこのことだ、目が洗われるようです。」
かごめの手を握る。そしてかごめを見つめながら

「私の子を産んでくださらぬか?」
そう力強く告げる。

「は?」
かごめはそんな弥勒にあっけにとられてしまうのだった……。



犬夜叉たちと弥勒はとりあえず場所を移し事情を説明することになった。

自分たちは四魂のカケラを集めており同時に奈落を倒すために追っていること。
犬夜叉には未来予知の様な力があり風穴を持っている弥勒のことを知り仲間に勧誘しに来たことなどを弥勒に伝えた。

「風穴のことまで知っておられるとは……どうやら世迷言ではないようですね……。」
弥勒は右腕の封印された風穴を見ながら呟く。

「俺たちといたほうが奈落にも近づきやすいと思う。仲間になってくれねえか?」
犬夜叉が真剣な様子で弥勒に頼みこむ。そんな犬夜叉の様子を見てかごめもそれに続く。

「早く奈落を倒さないと死んじゃうんでしょ?私たちと一緒のほうが早く奈落を倒せると思うんだけど……。」

「かごめ様……私の身を案じてくださるのか……。」
弥勒は真剣な表情でそのままかごめに近づいてくる。かごめは自分の言葉に耳を傾けてくれたと思い安堵する。しかし次の瞬間

弥勒の手がかごめの尻を撫でまわした。

「きゃあっ!!」
思わず悲鳴をあげ弥勒から離れるかごめ。

「い…犬夜叉っ!!」
そのまま犬夜叉に向かって助けを求めようとしたかごめだったが犬夜叉は怒るどころか感心したようにその様子を眺めていた。

「何感心してみてるのよ!助けてよ!」

「お、おお。悪い…つい……。」
犬夜叉は記憶の中で弥勒がこういう人物であることは知っていたが本当に女性の尻をためらいなく触っている光景を見て驚きより思わず感心してしまっていた。

「これは失礼を。ただのお連れに見えたが…かごめ様は犬夜叉に惚れて…いやこれは失礼。」
弥勒は二人の様子を見ながらそう謝罪する。二人は弥勒の言葉で真っ赤になってしまう。

「ちっ…違うわよ!犬夜叉は…その…弟みたいなものなんだから!」
「おい!いつ俺がお前の弟になったんだ!?」
「う、うるさいわね!」
「なんだと!」
そのまま二人は痴話げんかを始めてしまう。どうしたものかと弥勒が考えていた時

「何やってるの、二人とも?」
珊瑚と七宝、雲母が騒ぎに気付き近づいてきた。

「おお、またも美しいおなごが……。」
そう言いながら弥勒が珊瑚に向かって手を伸ばそうとするが珊瑚は弥勒の手をつねりながらそれを阻止する。

「あなたが弥勒って人?」
「は…はい……。」
弥勒は痛みに耐え苦笑いしながらそれに答える。

(不良法師か……犬夜叉が言ってことは本当だったんだね……。)
珊瑚は弥勒を冷めた目で見ながらそんなことを考えていた。


犬夜叉とかごめが落ち着きを取り戻したところで改めて弥勒の返答を聞くことになった。

「美しいお二人の御誘いは嬉しいのですか…どうも私は人様と深く関わり合うのが苦手な性分でして……。」
少し迷いながらもそう告げる弥勒。

「そうか……。」
犬夜叉は何とか引き留める手はないかと考える。かごめはまた弥勒に触られないよう犬夜叉に縋りついている。

(あたしは別に誘ってないんだけど……)
珊瑚は呆れたように弥勒の様子を眺めていた。そして犬夜叉が口を開こうとした時

「妖怪だ!妖怪が出たぞー!!」
大きな叫び声が村に響き渡る。その声に村にいた人々はパニックに陥ってしまう。

「何だ!?」

「とにかく行ってみよう!」

犬夜叉たちは慌てながら声の下方向に向かって走り去っていく。

「全く、慌ただしい方々だ……。」
そして弥勒はその場に一人取り残されてしまった。



現場に辿り着いた犬夜叉たちは何人かの村人が血を抜かれて死んでいる光景に出くわす。

「これは…森で死んでた人たちと同じ……。」
かごめが先刻見た光景を思い出しながら呟く。

「みんな、上だ!!」
匂いで妖怪に気付いた犬夜叉はそう叫ぶ。村の上空には無数の鳥の様な妖怪が群れをなしていた。

「あれは…妖怪鳥!人間の血を吸うタチの悪い妖怪だ!」
珊瑚が飛来骨を構えながら犬夜叉たちに伝える。そして群れの中に人型の妖怪がいることに気付く。

「さあ、お前ら食事の時間だよ。一人残らず殺しちまいな。」
それは女性の姿をした妖怪だった。そしてその言葉が合図になったのか鳥たちが一斉に村に向かってくる。

(あれは…阿毘姫(あびひめ)!!)

犬夜叉は阿毘姫を見ることで記憶を思い出す。記憶の中では阿毘姫はその母親である鉄鶏(てっけい)の毒を治すために人間の血を集めていた。しかしそれを奈落に利用され最期には奈落の手によって殺されてしまった。


「かごめ、七宝!村のみんなを守ってやってくれ!」

「うん、分かった!」
「ま…任せろっ!」
かごめと七宝は犬夜叉の言葉に従い村人たちのほうに向かって走って行く。

「行くぞ珊瑚、雲母!!」
「ああ!!」
犬夜叉は鉄砕牙を鞘から抜き鳥に向かって飛びあがって行く。珊瑚も雲母に乗りながらその後に続く。

「邪魔だっ!」
犬夜叉は鉄砕牙で鳥たち次々に斬り払う。そして

「飛来骨!」
珊瑚は犬夜叉が取りこぼした鳥たちを飛来骨で薙ぎ払っていく。

「何だ、お前たち!?」
突然現れ鳥たちを殺された阿毘姫は噴怒の表情で犬夜叉たちに向かって叫ぶ。

「てめえこそなんだ!奈落に手を貸してんのか!?」
犬夜叉は裏で奈落が手を引いているのではないかと疑い問いただす。しかし

「何をわけのわからないことを……。食事の邪魔をするなら容赦しないよ!!」
阿毘姫はそのまま手に炎を纏わせそれを犬夜叉に向けて放ってきた。

「くっ!」
犬夜叉はそれを後ろに飛んで躱しながら考える。

(奈落に手を貸してるわけじゃなさそうだ…。それに食事って言葉……母親は毒にやられてねえのか!?)

どうやら時期が違うため記憶の中とは状況が異なっているようだった。しかし阿毘姫の攻撃のせいで隙が生じ何匹かの鳥たちが村に入って行ってしまった。
鳥たちは村の一角に村人たちが固まっていることに気付く。そしてそこに目がけて襲いかかってきた。

「ひいっ!」
「もうダメじゃあ!」
村人たちがそれに怯え悲鳴を上げる。そして鳥たちが村人に襲いかかった瞬間、鳥たちは見えない壁の様な物に阻まれてしまう。それはかごめが張った結界の力だった。

「みんな、私から離れないで!!」
かごめが村人に向かって叫ぶ。かごめは犬夜叉や珊瑚ができない部分を補うために楓から結界の張り方を学んでいたのだった。

「狐火っ!!」
七宝が結界の中から炎を出し鳥たちを追い払う。しかし鳥たちはあきらめないのか何度も結界に向かってきていた。阿毘姫はそんな様子を見ながらかごめが結界を張っていることに気付く。

「お前たちあの妙な格好をしている女を殺しな!そいつが結界を張ってるんだ!」

「てめえっ!!」
犬夜叉が飛び上がり鉄砕牙で斬りかかるも阿毘姫はさらに上空に逃げてしまう。

(ちくしょう……!)
空中戦になると飛べない自分はどうしても後手に回ってしまう。風の傷もあるがその間合いに引き込む必要があった。

「犬夜叉、そいつはあたしに任せな!」
珊瑚がそう言いながら阿毘姫に向けて飛来骨を投げつける。

「ちっ!」
阿毘姫はそれを何とか躱しそのまま炎で反撃をする。

「雲母!!」
珊瑚の言葉に応えるように雲母は炎を躱しながら阿毘姫を追っていく。珊瑚と阿毘姫はそのまま一進一退の攻防を繰り広げる。そして犬夜叉はその隙にかごめの援護に向かった。
しかしそれよりも早く鳥たちがかごめに向かって襲いかかる。かごめの結界を張る手に力がこもる。そして鳥が目の前に迫った時一つの人影がかごめの前に現れ鳥たちを斬り伏せた。

「え……?」
最初は犬夜叉が来てくれたのかと思ったかごめだったがそれは違っていた。目の前には錫杖を構えた弥勒がかごめを庇うように立っていた。

「これ以上は黙って見ていられませんな……。」
そう言いながら弥勒は右手の封印の数珠に手をかける。

「皆の集、風穴を開きます!私から離れなさい!」
弥勒は犬夜叉と珊瑚にも聞こえるよう大きな声でそう叫ぶ。

「「っ!!」」
その意図に気付いた犬夜叉と珊瑚は弥勒の前方から距離を取る。

「何だ……?」
阿毘姫がいきなり離れて行った珊瑚たちを訝しんだ瞬間、

「風穴っ!!」
弥勒の右腕の封印が解かれ風穴の力が解放される。そして鳥たちは何かに吸い込まれるような巨大な力に襲われた。

「なっ!?」
阿毘姫の視線の先には弥勒の右手に次々に吸い込まれていく鳥たちの光景が広がっていた。


(すごい…これが風穴…!!)
弥勒の後ろに隠れながらかごめは目の前の光景に目を奪われていた。まるでブラックホールに吸い込まれるように鳥たちが風穴に吸い込まれていく。犬夜叉から話は聞いていたが実際に目の当たりにするとその凄さに恐怖すら感じた。

(くそっ…ここはいったん引くしか…!)
阿毘姫は自分たちの不利を悟りそのまま村から逃げようとする。しかしその隙を珊瑚は見逃さなかった。

「逃がすか、飛来骨!!」
飛来骨が凄まじい勢いで阿毘姫に迫る。そしてそのまま阿毘姫は飛来骨によって両断されてしまう。

「そんな……この……私が……。」

力を失った阿毘姫はそのまま鳥たちと共に風穴に飲み込まれていった……。


「ふう……終わりましたか……。」
弥勒はそのまま右手の風穴を閉じ安堵の声を上げる。風穴は使えば使うほど広がってしまうため弥勒はできる限り風穴を使わないようにしていた。しかし今回は場合が場合なので使わざるを得なかったのだが。

そして村人たちも安心しかけたその時、巨大な鳥が村に降り立ってきた。その妖気も阿毘姫とは比べ物ならないほど巨大なものだった。

「何者です!?」
村人たちを守るように前に出ながら弥勒が問いかける。

「よくも私の娘を殺してくれたね……。村ごと皆殺しにしてくれる!!」
巨大な鳥は阿毘姫の母親である鉄鶏だった。そしてただでさえ強力な妖怪であるにも関わらず四魂のカケラを使っているためさらに妖力が増してしまっていた。

(これは……風穴を使わなければ厳しそうだな……!)
弥勒は迷いながらも右手に手をかけようとする。しかしその瞬間犬夜叉が弥勒を庇うように前に現れた。

「てめえが親玉だな……。」
そう言いながら犬夜叉は鉄砕牙を構える。

「ふん、半妖風情がこの私に楯突こうっていうのかい?」
鉄鶏はそんな犬夜叉を見て嘲笑いながら言葉をつなぐ。

「関係ねえ、俺はお前らが気に食わねえから倒すだけだ!」
犬夜叉は鉄鶏の殺気と妖気を浴びながらも何食わぬ顔でそう告げる。弥勒はその様子を見て犬夜叉の加勢に入ろうとするが

「大丈夫、犬夜叉なら心配ないわ。」
かごめが弥勒にそう話しかける。

「しかし……」
そう弥勒が何か言いかけた瞬間

「死ねえええ!!」
鉄鶏の口から犬夜叉に向けて巨大な炎が放たれる。犬夜叉はそれを避ける間もなく炎に飲み込まれてしまう。その後辺り一帯は焼け野原に代わってしまっていた。

「ふん、半妖如きが私に逆らうからさ。」
そう言いながら鉄鶏が弥勒たちにその矛先を向けようとした時、炎の中に人影があることに気付いた。

「なっ……!?」
そこには火傷一つ負わずに無傷でたたずんでいる犬夜叉の姿があった。
犬夜叉は鉄砕牙の鞘の力と火鼠の衣によって炎から身を守っていた。そしてまさか自分の攻撃を受けて無傷で済むものがいるとは思わず鉄鶏はそのまま怯んでしまう。

「悪いが手加減はしねえ……。」
犬夜叉はそのまま鉄砕牙に妖力を込める。その刀身から風の傷が渦巻く。そして

「風の傷っ!!」
犬夜叉は全力で鉄砕牙を振り切った。凄まじい風と衝撃があたりを襲う。その威力によって鉄鶏の体は粉々に砕け散ってしまった。弥勒はその様子を呆然とした様子で眺めていた。

(まさかこれほどとは……)
弥勒は阿毘姫との戦いを見ている限りでも犬夜叉はかなりの実力者だとは思っていたがここまで圧倒的だとは思っていなかった。
そして弥勒は残骸の中に四魂のカケラがあることに気付く。

(ちっ、せっかく見つけた四魂のカケラも邪気まみれか。おれには危なくて触れねえ……。)
四魂のカケラは鉄鶏に喰われた人間の血によって邪気にまみれてしまっていた。仕方なくそのままあきらめようとした時

「これ、誰が持つ?手伝ってもらっちゃったし……。」
そういいながらかごめは無造作にカケラに手を伸ばす。

「あ……。」
弥勒はそれを止めようとするがかごめはあっさりとカケラを拾い上げてしまった。それを見た弥勒は

「…かごめ様がお持ちください。」
そう告げる。

「いいの?」
かごめはすぐにそんなことを言われるとは思っていなかったのか驚くように尋ねる。

(この女、カケラの邪気を浄化した……)
弥勒はそのまま少し考えるようなしぐさを見せてから

「その代わり、私も旅に同行させていただきたい。」
そう犬夜叉たちに頼んできた。

「いいのか、弥勒?」
犬夜叉としては願ったり叶ったりなのですぐに了承したかったが一応弥勒に確認する。

「ええ、皆さんお強いようですし……何より美しいおなごと一緒のほうが楽しいですからな。」
そういいながらかごめと珊瑚に目を向ける。しかしかごめはその言葉におびえるように珊瑚の背中に隠れてしまう。

「もしまたかごめちゃんに手を出したら許さないからね……。」

「……はい。」
冗談ではない雰囲気を発しながら珊瑚が弥勒に忠告する。そんな様子に苦笑いするしかない犬夜叉。そして

「よろしく頼む。弥勒。」
「よろしくね、弥勒様。」
「……よろしく、法師様。」
「よろしく頼むぞ、弥勒!」

四人が弥勒に向かって告げる。

「こちらこそよろしくお願いします。」
弥勒は笑いながらそれに答える。

この瞬間、新たに弥勒が仲間に加わった。




「そういえば一つ犬夜叉に確認しておかねばいけないことがありました……。」
真剣な様子で犬夜叉一人に弥勒が話しかけてくる。

「何だ、弥勒……?」
犬夜叉もそれに合わせ真剣な表情で弥勒の話に聞き入る。そして弥勒は

「かごめ様と珊瑚、どちらが本命なのですか?それともお二人とも…?」
真面目にそんなことを聞いてきた。

「…………。」

この時犬夜叉は初めて本気で弥勒を仲間にしたことを後悔したのだった……。



[25752] 第二十四話 「人と妖怪」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/18 14:36
ある城の中で長髪の若い男が一人薄暗い部屋で座り込んでいる。それはその城の殿に成り代わった奈落の姿だった。

(体の治りが遅い……)
奈落は自分の体に目をやる。一見何の怪我もないように見えるが実際に中身はまだ治りきっておらずその回復にも時間がかかっていた。

(やはりあの女の矢のせいか……)
奈落はその時の戦いを思い出す。自分を貫いた矢は間違いなく破魔の矢だった。

(ただの破魔の矢ならこれほどまで回復が遅れるはずがない……やはりあの力は……)
そう奈落が考えていると

「殿、よろしいですか?」
この城の家来から声がかけられる。

「なんだ。」
どうでもよさげに奈落がそれに答える。

「いえ…殿にぜひ会いたいという巫女がおりまして……」

「巫女……?」

奈落がその言葉に反応し振り向いた瞬間、家来は糸が切れたように床に倒れてしまう。そしてその後ろから巫女姿の女性が姿を現す。

「貴様は……!!」
その巫女の姿に奈落は目を見開く。その巫女は間違いなく自分が殺したはずの桔梗だった。

「どうした、そんなに私が怖いのか…?せっかく会いに来てやったというのに……。」
桔梗は冷たく笑いながら奈落を見据える。

(この女…死人か……)
奈落は桔梗が纏っている雰囲気から桔梗が死人であることに気付いた。そしていつでもこの場を逃げれるように算段をつける。

「死人がわしに何の用だ……?」
平静を装いながら奈落が尋ねる。

「ふ……あの鬼蜘蛛が上手く化けたものだ……。今は妖怪…いや…半妖奈落か。」
桔梗がそう口にした瞬間、奈落から凄まじい殺気が溢れだす。

「わしが…半妖だと…?」

「上手く化けたつもりだろうがお前に混ざり込んだ人間…野盗鬼蜘蛛の気配は消せはしない。」
桔梗はさらに続ける。

「だからこそお前は四魂のカケラを欲している。完全な妖怪の体を得るために……。」

そして桔梗は奈落に向かって何かを投げつける。それはかごめから奪った四魂のカケラだった。

「……そこまで分かっていながら何故四魂のカケラを渡す……?この奈落は五十年前、貴様を死に追いやったに憎い仇…それを知っていながら……。」
桔梗の狙いが分からない奈落は桔梗を問いただす。

「ふっ…あの時、私の肉体は滅びた……だが…むしろ今、仮の体でこの世にある今のほうが生きている気がする。」
桔梗は自嘲気味な笑みを見せながら

「愛することも憎むことも…私の魂はあの頃よりずっと自由だ。」
そう告げる。

そして桔梗は奈落に背を向け部屋を出て行こうとする。
「私は逃げも隠れもしない。私に会いたくなったら使いをよこすがいい。鬼蜘蛛……。」

そんな桔梗を見ながら
「ならばわしがこの四魂のカケラを使って犬夜叉を殺してもかまわないというのだな?」
奈落はそう挑発する。しかしその瞬間、桔梗の殺気が奈落を貫いた。

(くっ……。)
その殺気に飲まれ奈落はそれ以上桔梗に話しかけることはできなかった。


(桔梗が何を考えているかは知らんが……この四魂のカケラを使い今以上の力を…そして桔梗を想うこの鬼蜘蛛の心も消し去ってくれる……!)

奈落は四魂のカケラを握りながら新たな力を得ようとしていた……。




ある森の山中でりんと邪見は地面に座り込んだまま向かい合っていた。

「殺生丸様どこに行っちゃったのかな、邪見様?」
「そんなことわしが知りたいわい……。」
りんが邪見に話しかけるも邪見は不機嫌そうに答えた後大きな溜息をつく。

(まったく……本当ならわしもついていけるのに、りんのお守にわしが残らなければならないとは……。)

殺生丸は今この場にはおらず二人を残してどこかに行ってしまっていた。当然邪見たちも付いていこうとしたのだが殺生丸によってそれを禁じられ今に至っていた。

「邪見様、溜息つくと幸せが逃げるんだよ。」
「うるさいわい!」
りんはそんな邪見の心境を知ってか知らずか次々に話しかけてくる。

「ねえ邪見様、殺生丸様はどうして旅をしてるのかな?」
「ふん、そんなことも分からんのか。殺生丸様は強さというものを追い求めておられる。そしてその強さで父君を超えることが殺生丸様の目的なのじゃ。」
邪見は威張りながらそうりんに告げる。もちろん殺生丸がそう邪見に直接話したわけではないがそれは事実だった。

「じゃあ殺生丸様はもっと強くなるの、邪見様?」
「当然じゃ、その暁には父君のようにこの国を支配するに違いないわい!」

「楽しみだね、邪見様。」
りんは邪見の言葉を真に受けそう答えるしかし

「りん、お前それまでわしらと一緒におるつもりなのか?」
邪見は驚いたようにりんに尋ねる。

「え……ダメなの?」
そんなことを言われるとは思っていなかったりんは思わず邪見に聞き返してしまう。

「ダメではないが……殺生丸様といえど国を支配するには長い時間がかかるじゃろう。わしら妖怪にとって百年やそこらはどうってことないがお前は人間じゃからな。そのころにはとっくに死んでおるじゃろう。」
邪見は淡々と事実をりんに伝える。

「大丈夫だもん!りんは……殺生丸様と邪見様とずっと一緒にいるんだもん!!」
りんは邪見の言葉を認められず大声で反論する。

「し…仕方なかろう……。」
その様子に驚きながらもりんを諭すように邪見は言葉を続ける。しかし

「邪見様の馬鹿っ!!」
りんは涙を流しながらそのまま森の中に走って行ってしまう。

「こ…こら、りん!待たんかっ!………げふっ!!」
その後を邪見が慌てて追おうとするが足がもつれ転んでじまう。邪見が顔を上げると既にりんの姿は見えなくなってしまっていた……。




りんと邪見たちがいる森から少し離れた場所を一人殺生丸は進んでいた。そしてある一本の木の前に辿り着いた瞬間、殺生丸は足を止めた。

「そろそろ尋ねてくる頃だと思っとった…殺生丸……。」
そして突然その大きな木から老人の様な声が聞こえてきた。

「私が来ると分かっていただと……?」
殺生丸が鋭い目つきで木を睨みつける。すると木から老人の様な顔が浮かび上がってきた。

「わしの所に来たということは刀の話であろう……。」
木の老人はそんな殺生丸にも怯むことなく話しかける。

この木の老人は朴仙翁(ぼくせんおう)と呼ばれる樹齢二千年の朴の木であり鉄砕牙と天生牙の鞘はこの朴仙翁の枝から削り出されたものだった。

「ふん……朴仙翁、貴様なら知っているだろう、天生牙の冥道残月破の冥道を広げる方法を……。」

表情一つ変えず殺生丸が朴仙翁に問いただす。朴仙翁は少し思案した後

「殺生丸……お主、天生牙をただの武器だと思っているのではないか?」
そう殺生丸に聞き返す。

「何……?」
言葉の真意をつかめない殺生丸はそのまま朴仙翁を睨みつける。

「天生牙と鉄砕牙は意志を持っておる…。そして自らが認めた使い手にしか力を貸さん。だからこそ天生牙はお主を、鉄砕牙は犬夜叉を使い手として認めたのだ……。」
朴仙翁の言葉を聞きながら殺生丸は腰にある天生牙に目をやる。

「そして天生牙と鉄砕牙を真に使いこなすためにはそれにふさわしい使い手の強さと心が必要になる……。」

「強さと心だと……?」

「左様、犬夜叉の心については鉄砕牙は完全に認めておる。しかし鉄砕牙の強さに犬夜叉の強さが追い付いておらん……。そして殺生丸、お主は犬夜叉とは逆だ。天生牙はお主の強さは認めておるがその心を完全に認めてはおらん。」


(心だと……)
殺生丸はかつての刀々斎の言葉を思い出す。刀々斎は天生牙を打ち直す際に自分の心に足りないものがあると言っていた。そして同時にある言葉が殺生丸の頭をよぎる。


『殺生丸よ……お前に守るものはあるか……?』


それは父が自分に最期に遺した問いだった。

「お主が天生牙を持つにふさわしい心を手に入れた時、冥道残月破は完成するだろう……。」

朴仙翁はそう言い残し姿を消す。殺生丸はそのまましばらく天生牙を見つめた後その場を後にしたのだった……。




(邪見様の馬鹿……)
りんは一人森の中で膝を抱えたまま座り込んでいた。邪見の言葉を認めたくない一心で怒り飛び出してきてしまったもののどうしていいか分からずりんは途方に暮れていた。

(人間か……)
りんは自分と殺生丸たちの違いを考える。人間と妖怪には寿命や強さなどどうしても越えることのできない壁が存在している。それはどうしても覆すことができないものだった。

(りんも妖怪に生まれてれば殺生丸様たちとずっと一緒にいられたのかな……)
そんなことを考えているとりんは近くの茂みに何かの気配があることに気付いた。

(なんだろう……妖怪かな……?)
りんが恐る恐る音がしたところを覗き込む。そこには

「あんた、誰……?」

りんと同じぐらいの年齢の少女が座り込んでいた。




「それでね、邪見様が崖に落ちちゃったの。そしたら殺生丸様がね……」

りんが少女に向かっていろいろなことを話し続けている。しかし少女はそれを嫌がっているわけではなく真剣に話に聞き入っていた。少女の名は紫織(しおり)。この近くの村に住んでいる少女だった。初め紫織はりんを怖がっていたのだがりんの天真爛漫さに触れ二人でおしゃべりをすることになったのだった

「ごめんね紫織、りんばっかり話しちゃって。よくうるさいって怒られるんだ。」
りんはずっと自分ばかりが話し続けていることに気付き紫織に謝る。

「いい、りんの話面白いから。」
しかし紫織はそんなことは全く気にしていないようだった。

「そういえば紫織はどうして一人で森にいたの?」
りんが今さらになって紫織に尋ねる。紫織は少し悩むような仕草を見せた後

「……うち、半妖だから……。」
そう呟く。紫織は半妖だということで村でも腫物のように扱われていた。そのため自分が半妖だとバレるとりんも自分を怖がるのではないかと思いなかなか言い出せないでいたのだった。しかし

「半妖なんだ。犬夜叉様と一緒だね。」
りんは特に気にした風もなくそう告げる。紫織は自分が半妖だと知ってもそれまでと同じ様に接してくれるりんに驚いてしまう。

「どうしたの、紫織?」
突然黙り込んでしまった紫織を心配してりんが話しかける。

「ううん、何でもない。」

紫織はそんなりんを見ながら微笑むのだった。


「じゃあ、紫織は父親が妖怪で母親が人間なの?」
「うん、父上はもう死んじゃったんだけどかあちゃんは元気。」
二人はおしゃべりをしていく内に身の上話へと内容が移って行った。

「りんのおっとうとおっかあは野盗に殺されちゃったんだ……。」
りんはその時のことを思い出したのか少し悲しげな表情を見せる。それに気付いた紫織は心配そうにりんを見つめる。しかし

「でも今は寂しくないの。殺生丸様と邪見様が一緒だから!」
りんは元気一杯にそう告げる。

そんなりんの姿に紫織が思わず見とれていると

「紫織、こんなところで何してるんだい?」
「かあちゃん……」

一人の女性が二人のほうに向かって森をを進んでくる。紫織の母親が紫織を探して森までやってきたのだった。


その後りんは紫織とその母親に誘われ二人の村に訪れていた。ちょうどお昼時であったためりんは二人に昼食を御馳走になっていた。

「ごちそうさま、ありがとう!」
りんが紫織の母親に向かってお礼を言う。りんはすっかり二人の家になじんでしまっているようだった。母親はそんなりんの様子を見て優しく微笑みながらりんに話しかける。

「初めての紫織の友達だからね。これぐらいはしてあげないとね。」
紫織は母親の言葉が恥ずかしかったのか部屋の隅の隠れてしまう。

「でもこれからどうするんだい?また一人で森に戻るの?」

「大丈夫。殺生丸様と邪見様が迎えに…」
そう言いかけたところでりんは自分が邪見と喧嘩をしてしまっていることを思い出す。

(邪見様怒ってるだろうな……。もうりんのこと嫌いになっちゃったかな……。)
りんが急に落ち込んでしまったことを心配し紫織の母が話しかけようとした時

「百鬼蝙蝠が出たぞーっ!!」
村中にそんな叫び声が響き渡った。

「ひゃっきこうもり……?」
りんが自分の知らない言葉に首をかしげる。そして紫織と紫織の母親がつらそうな顔をしていることに気付いた。

「……さあ、行くよ。紫織。」

「………」
紫織は母親の言葉に従うままに家を出て行こうとする。

「紫織?」
りんは慌ててその後を追っていった。

百鬼蝙蝠は人間や妖怪を餌にして血を吸う恐ろしい妖怪であり村には巨大な百鬼蝙蝠の頭領であり紫織の祖父でもある大獄丸が訪れていた。

「約束通り紫織を連れに来たぞ……。」
大獄丸が紫織の母に向かって話しかける。

「約束だ、娘は引き渡す!そのかわり二度と村を襲うなよ!」
紫織の母は気丈に振る舞いながら大獄丸に叫ぶ。

「げへへへへ、ああ約束だ。」
大獄丸はそんな紫織の母の様子が可笑しいのか笑いながら約束する。

「さあ、紫織、祖父殿の所に行きな。」
紫織の母は紫織に振り向きながらそう告げる。しかし

「……うち、やっぱりいやだ。じいさまこわいよ……。」
紫織は怯えながらそう答える。だが

「行ってくれ紫織。」
「村のためだぞ。」
村人たちがそんな紫織に向けて心ない言葉を放つ。

「………。」
紫織の母はそんな村人の様子を見ながらも何も言い返さない。

「かあちゃん……。」
紫織は悲しげな表情をしながら大獄丸の元に向かっていく。

(紫織……そっちのほうが……お前は幸せになれるんだ……)

紫織の母はそう自分に言い聞かせる。そして紫織が大獄丸に連れて行かれようとした時

「紫織っ!!」
りんの声が村に響き渡った。

「どうしてみんな紫織にひどいこと言うの!?紫織を助けようよ!!」
りんは村人たちに向かって訴える。しかし村人たちは一人としてりんの言葉に耳を傾けようとしなかった。

「紫織っ……!!」
そんな村人の様子に失望し一人で紫織を助けようとりんが大獄丸に向かっていこうとする。しかしそれを紫織の母はりんを抱きとめながら止める。

「何だ、その小娘?」
大獄丸がそんな様子に気付き問いかけてくるが

「何でもない、もう用はないだろう!早く村から出て行ってくれ!」
紫織の母はりんの口を塞いだままそう答える。

「ふん……まあいい。確かに紫織は譲り受けた……。」

「………」

そう言いながら大獄丸は紫織を連れ村を去って行く。紫織は最後まで母とりんを見続けていた……。




「どうしてみんな紫織を助けてくれないの?」
百鬼夜行たちが去り何とか落ち着きを取り戻したりんは改めて紫織の母に尋ねる。

「………」
紫織の母は難しい顔をしたままそのまま黙りこんでしまう。しかしりんの真剣な様子に何かを感じたのか理由を話し始めた。

紫織の父親である月夜丸(つくよまる)は優しく人間を殺さない百鬼蝙蝠であり、紫織が生まれてからは仲間を説得し村は百鬼蝙蝠に襲われることがなくなったこと。
しかしある日、月夜丸が亡くなり止める者がいなくなりまた百鬼蝙蝠が村を襲い始めてしまった。
時同じくして月夜丸の父、紫織の祖父にあたる大獄丸が村を訪れ紫織を引き渡せば村には手を出さないと言ってきた。それは大獄丸や月夜丸は代々百鬼蝙蝠の巣を守る役目をしておりその血を引く跡目として紫織が必要であるためだった。

「あちらで暮らしたほうが…あの子のためだと……。それで村が助かるならと思って……。」
紫織の母は苦渋の表情でそう呟く。

「………」
りんは話の内容をすべて理解したわけではなかったが紫織の母が紫織を嫌ってあんなことをしたわけではないことが分かりそれ以上何も言えなくなってしまった。
そして時間が流れりんが何かを話しかけようとした時、家の外が騒がしいことに気付いた。

「いったい何が……?」
紫織の母が慌てて家の外の様子を見に行こうし、りんもその後に続いく。家の外に出た二人が見たものは百鬼蝙蝠に襲われている村人たちの姿だった。

「そんな……どうして……。」
目の前の光景を信じられない紫織の母はその場から動けなくなってしまった。そして百鬼蝙蝠たちが紫織の母に気付き襲いかかってくる。

「早くここから離れなきゃ!」
りんが必死に紫織に母を動かそうとするがりんの力では女性の体を動かすことはできなかった。百鬼蝙蝠たちがりんの目の前にまで迫ってくる。その恐怖でりんは声を出すこともできなかった。

(殺生丸様……!!)
りんはそのまま眼を閉じる。しかしその瞬間

「人頭杖!!」
どこからともなくりんを守るように炎が百鬼蝙蝠たちを焼き払っていく。それは邪見が持っている人頭杖によるものだった

「大丈夫か、りん!?」
邪見が慌ててりんに近寄る。りんは邪見がいることに驚き動きを止めてしまう。そして

「邪見様―っ!恐かったよーっ!」
そう言いながらりんは邪見に飛びつく。りんの目には涙が溢れていた。

「全く……あまり面倒をかけさせるでない!」
邪見はそのままりんを庇うように百鬼蝙蝠に向かって人頭杖を構える。百鬼蝙蝠たちもそれを警戒し距離を取る。そしてしばらく緊張が続いた時

「ほう…余計な邪魔が入ったようだな……。」
そんな老人の声が村に響く。その声の主は大獄丸だった。そしてその手には紫織が乗っていた。

「紫織……!!」
紫織の母がそのことに気付き声を上げる。

「村が……。」
村の惨状を見た紫織は言葉を失ってしまう。

「気にするな紫織、お前や母をいじめた奴らだ……それに安心せい。結界でわしをちゃんと守れば母の命だけは助けてやるからの。」
大獄丸はそんな紫織を言葉巧みに説得する。そして大獄丸がやってきたことで士気が上がったのか百鬼蝙蝠たちが再びりんたちに襲いかかってくる。その数は先ほどまでの比ではなかった。

「邪見様……。」
りんはその様子に不安そうな声を上げる。

「心配するなりん、わしから離れるでないぞ!」
邪見はりんを背中に庇ったまま己を奮い立たせる。

(りんに何かあればわしが殺生丸様に殺される……!!)
邪見は百鬼蝙蝠よりもそのことを最も恐れていた。

そして百鬼蝙蝠が邪見たちに近づこうとした瞬間、村はとてつもない衝撃破に襲われた。

「きゃあっ!」
「何じゃっ!?」
りんと邪見が驚きの声を上げる。砂埃がおさまった後には自分たちを襲おうとした百鬼蝙蝠たちは一人残らず消え去ってしまっていた。

「こ、これは……」
邪見が状況を理解しかけた時

「何をしている……りん、邪見……。」
闘鬼刃を手に持った殺生丸がこちらに近づいてきた。

「せ…殺生丸様……!」
思わず声を震わせてしまう邪見。その背中は冷や汗でびっしょりになっていた。

「殺生丸様っ!」
りんは嬉しそうな声を上げながら殺生丸に近づく。大獄丸は自分の仲間を一瞬で葬った殺生丸に視線を向ける。

「貴様……妖怪のくせに人間の味方をするのか!?」
大獄丸が戦闘態勢に入りながら殺生丸に向かって恫喝する。しかし殺生丸はそれを全く気にせず闘鬼刃を大獄丸に向けながら

「気に食わん臭いがしたから斬りに来た……それだけだ……。」
そう告げた。


その瞬間、大獄丸は殺生丸に向かって強力な妖力破を放ってきた。しかし殺生丸はそれをりんと紫織の母を抱えながら難なくかわす。

「ひょええっ!」
そんな中、邪見だけは置いてきぼりを食らい自力で何とか難を逃れていた。

そして殺生丸は二人を地面に下ろし大獄丸に向かって飛び上がって行く。その時

「殺生丸様、紫織は騙されてるだけなの!だから……!」
りんがそう殺生丸に懇願する。殺生丸はりんを一瞥した後すぐさま大獄丸の向かっていく。


「貴様っ!!」
大獄丸は避けることができない至近距離で妖力破を再び殺生丸に向けて放つ。
しかし殺生丸は闘鬼刃の剣圧のみでそれをかき消してしまった。

「何っ!?」
自分の全力の一撃がこうも簡単に防がれるとは思いもしなかった大獄丸は怯んでしまう。

「終わりだ。」
その言葉と共に殺生丸が闘鬼刃を振り下ろす。その瞬間、大獄丸は闘鬼刃の妖力破をまともに食らってしまった。そしてその衝撃で辺りは煙にまぎれてしまう。

「おお、流石は殺生丸様!」
邪見がその様子を見て感嘆の声を上げる。しかし煙が晴れた後には無傷の大獄丸の姿があった。その周りには赤い球体の結界が張られていた。それは紫織の力によるものだった。

「げへへへ、でかした紫織。」

「………」
紫織は無表情のまま何も答えようとしない。

「殺生丸様……。」
りんは戦いの邪魔にならないところに紫織の母とともに移動しながら殺生丸と紫織を心配する。

(いくら強力な結界といえど殺生丸様の攻撃で無傷で済むはずが……もしや本当に半妖の小娘を傷つけぬように手加減を……!?)
邪見があり得ないと思いながらもりんたちの後に続く。

「大獄丸!もうこれ以上は……」
無言で村の惨状を見続けていた紫織の母だったがついに大獄丸に向かって叫ぶ。

「ん?」

「この村は……お前様の息子、月夜丸殿が生きている間は平和だった!月夜丸殿が守っていてくれたからだ!」
紫織の母は紫織にも届くように月夜丸の想いを大獄丸に伝える。そして紫織もその言葉に耳を傾けていた。

「私と紫織の平穏な暮らしを願って…この村を襲わずにいてくれた!その月夜丸殿が遺された気持をどうか察して……。」
目に涙を浮かべながら紫織の母は大獄丸に懇願する。しかし

「奴が遺した気持ち…か。世迷言を……。」
大獄丸は邪悪な笑みを浮かべながらそれに答える。

「月夜丸…我が息子ながら愚か者であった。人間の女になぞ惚れたばかりに死期を早めたのだからな……。」

「……どういうことだ?」
大獄丸の言葉に言い知れぬ不安を感じながら紫織の母が聞き返す。

「お前の言う通り月夜丸はこの村を守るといった。もしそれが叶わぬならこの大獄丸から受け継いだ結界の守り役の座を捨てて一族を去るとまで……。もはや奴は心まで人間の女に骨抜きにされおった。だから……。」

大獄丸は紫織の母を見据えながら

「このわしが月夜丸をあの世に送ってやったのよ。」

そうはっきりと告げた。


「そんな………。」
紫織の母はそのまま力なく地面に座り込んでしまう。りんはそれを何とか支えようとする。

「ひどい……ひどいよ……。」
りんの目には涙が溢れていた。

「………」
殺生丸はそんな二人の様子を見た後に鋭い目つきで大獄丸を睨みつける。

「何だ、貴様も月夜丸と同じように人間に骨抜きにされた妖怪か?ならばお前もわしの手であの世に送ってくれよう。」
そう言いながら大獄丸が再び殺生丸に向かって戦闘態勢を取る。

それに合わせて殺生丸も闘鬼刃を構えようとした時、腰にある天生牙が騒ぎだしていることに殺生丸が気付く。それは殺生丸の心の変化に天生牙が応えたものだった。

(抜けというのか……)
そして殺生丸はそのまま導かれるように天生牙を鞘から抜く。

「ふん、貴様の攻撃は結界を破ることができなかったではないか!」
大獄丸は絶対の自信を見せながら殺生丸の襲いかかろうとする。

「紫織、結界を張り続けるのじゃぞ!」
大獄丸がそう紫織に命令する。しかし

「………出て行け。」
「あ?」
先程までと紫織の様子が違うことに大獄丸が気付く。


「父上の仇だ。」
「な!?」
そう紫織が告げた瞬間、大獄丸が紫織の結界からはじき出される。

(たかが半妖の分際でこのわしを…いや…この小娘にこれほどの力があったとは。この大獄丸ですらこのように結界を操ることはできなんだ……!)

そして大獄丸はなんとか体勢を整える。紫織は結界を解いてしまったことで空から地面に落ちて行ってしまう。

「紫織―――っ!!」
紫織の母が何とか受け止めようと走るが間に合わない。そのまま紫織が地面に激突しかけた時

「ふんっ!!」
邪見が危機一髪のところで紫織を受け止める。

「邪見様!」
りんがそんな邪見を見て思わず歓声を上げる。

(全く……なんでわしがこんなことばっかり……)
邪見は心の中で大きな溜息をつくのだった。

「どうした、半妖の小娘がいなければ何もできないのか?」
殺生丸が冷たく大獄丸に言い放つ。

「くっ……この大獄丸をなめるでないわ!!」
そう言いながら大獄丸は赤い玉の様なものを取り出す。それは血玉珊瑚と呼ばれる百鬼蝙蝠に代々受け継がれてきた宝玉であり強い結界を作り出すものだった。
大獄丸は血玉珊瑚の力を使い再び結界を張る。

「貴様はわしに傷一つ負わせることもできんっ!捻りつぶしてくれるわ!!」
そのまま大獄丸は殺生丸を握りつぶそうと向かってくる。殺生丸はそれを見据えながら


「冥道残月破!」
天生牙を振り下ろした。

その瞬間大獄丸の体は巨大な黒い球体に包まれる。それは完全な真円にはなっていなかったが大きさはこれまでの人間大しかなかったものとは比べ物にならなかった。

「ば…馬鹿な!?結界をすり抜けて……!?」
大獄丸は自分の結界を無視してくる未知の攻撃に恐怖する。何とかそれから逃れようとするが大獄丸はそのまま冥界へと送り込まれてしまった……。



「ごめんね……紫織……辛い思いをさせたね……」。
「かあちゃん……。」
紫織と紫織の母は抱き合いながら涙を流す。そしてそんな二人をりんたちは少し離れた所から眺めていた。

「よかったね、邪見様。」
「ふん、人間の親子のことなどどうでもいいわ。」
りんの言葉をそっぽを向きながら邪見は否定する。そしてりんと邪見がじゃれあい始めると

「行くぞ。」
そう言い残し殺生丸は村から森に向かって歩き出す。

「お…お待ちください、殺生丸様!」
邪見が慌ててその後を追う。りんもその後を追おうとした時

「りん!」
紫織がりんに向かって声をかけてくる。りんはその言葉に振り返る。そして

「ありがとう、また来てね!」
紫織は恥ずかしそうにしながらも精一杯の声でりんにそう告げる。

「うん、またね!」
りんは満面の笑顔でそれに答えるのだった……。




村から出発してしばらくして殺生丸が一人先を歩いている状況で邪見はりんに向かって説教をしていた。

「今回のことで懲りたじゃろう、りん。これからはきちんとわしの言うことを聞いて……ってこら、りん!」
説教を聞いていたはずのりんがいつの間にか殺生丸の横に並んで歩いた。

「助けてくれてありがとう、殺生丸様!」
りんは微笑みながら殺生丸のお礼を言う。殺生丸もその声は聞こえているはずだがそのまま無言で歩き続ける。そしてりんもその横を黙って歩き続ける。それから少しの沈黙の後


「殺生丸様………もしりんが死んでも…りんのこと覚えていてくれますか……?」
そう殺生丸に尋ねた。


殺生丸はその言葉に思わず足を止めてしまう。その表情は驚きを現していた。

りんは少し儚げな表情で殺生丸を見つめる。しかし殺生丸はすぐにいつもの無表情に戻り

「………馬鹿なことを。」
そう言い残し先に歩いて行ってしまう。そしてその後にすぐに邪見が二人に追いついてきた。

「こら、りん!わしを置いていくなと言っておろうが!」
「ごめんなさい、邪見様。」
りんは笑いながら邪見に謝る。それが気に入らない邪見はさらに怒りながらりんにむかって説教をする。そして阿吽も三人を見つけその後についていく。


一行は今日もにぎやかに旅を続けて行くのだった……。




[25752] 第二十五話 「悪夢」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 03:18
薄暗い部屋の中で二人の男性が向かい合っている。それは犬夜叉と弥勒だった。真剣な話をしているのか二人とも真面目な顔で互いに向かい合っている。

「そこで私は言ったのです……。私はこの地を去らねばなりません。ですがそなたと出会った証に……私の子を産んでくださらぬかと……。」
目を閉じながら感慨深げに弥勒が呟く。犬夜叉はそれを聞き逃すまいと聞き耳を立てている。

「そのまま私はそのおなごに近づき肩を抱きながら着物に手を伸ばし……」

弥勒がそこでわざと話を止めタメを作る。犬夜叉は思わず息をのむ。そして弥勒がさらに話を続けようとした時

「何やってるの……犬夜叉、弥勒様……。」
冷たい目をしているかごめと珊瑚がいつの間にか二人の後ろに立っていた。



「全く、何やってるんだか……。」
そう言いながら珊瑚が呆れたように溜息を吐く。犬夜叉は少し離れたところでかごめに説教をされているところだった。

「よいではありませんか、犬夜叉とて十四歳、そういうことに興味があって当たり前です。」
一人で頷きながら弥勒はそう続ける。

「法師様はそんなことばっかりな気がするけど……。」
珊瑚が弥勒を軽蔑するような眼で見ながらそれに答える。しかし

「何を言いますか、私は自分に正直に生きているだけです。」
弥勒は自信満々にそう答える。

「法師様はそれでいいけど……犬夜叉に妙なことを吹き込むのはほどほどにしたほうがいいよ。犬夜叉かなり純粋だから真に受けちゃうだろうし……。」

やっと説教が終わったのか忠犬のように頭を下げながら犬夜叉がかごめに付いてきながらこちらに戻ってくるのだった。


今、犬夜叉たちはある村の領主の家の一室に集まっている。理由は言うまでもなく弥勒がインチキなお祓いを行ったためだった。弥勒が仲間になってからはこの方法が主流になったためいいか悪いかは別にして犬夜叉たちは野宿をすることがほとんどなくなっていた。

「しかしやはり不思議なものですね……。」
「ほんとだね……。」
そう言いながら弥勒は犬夜叉の頭を、珊瑚は犬夜叉の体のあちこちを触っている。

「お前ら……いい加減にしろよ……。」
犬夜叉はそんな二人にいいようにおもちゃにされながら耐えている。その髪は黒に、犬の耳はなくなってしまっていた。今日は犬夜叉が人間に戻ってしまう朔の日だった。

「今の犬夜叉はただの人間じゃからな。おらたちが守ってやらねば!」
七宝は胸を張りながらそう威張り散らす。

「ふん、今は珊瑚も弥勒もいるからな。七宝の世話にはならねえよ。」
「なんじゃとっ!」
そう言いながら二人は喧嘩を始めてしまう。

「もう……。」
かごめはそんな二人を見ながら呆れたような声を上げる。

「とにかく今日は無理をせずここで夜を明かすことにしましょう。」
弥勒がそんな犬夜叉たちを気にせずそう告げる。弥勒が仲間になってから犬夜叉一行はさらににぎやかになったのだった。

そして部屋には料理が次々に運ばれてくる。それはどれも豪華なものばかりだった。
「おら弥勒が仲間になってほんとによかったとおもっとるぞ!」
「俺もだ!」
七宝と犬夜叉は料理に目を奪われながら調子がいいことを口にする。

「意地が悪いわよ、二人とも。」
「何だよ、じゃあかごめは食べないんだな。」
「た…食べるわよ!」
犬夜叉たちはめったに食べることのできない御馳走に浮足立っていた。そして皆が落ち着きいよいよ料理を食べようとした時

「ここにいやしたか、弥勒の旦那。」
部屋の前からそんな声がいきなり聞こえてきた。その声のした方向には狸の姿をした妖怪が立っていた。

「おお、はちではありませんか。」
弥勒が驚きながらはちに近づく。はちは狸の妖怪、弥勒の子分格で散々こき使われているが彼を慕う舎弟だった。

「お久しぶりです、弥勒の旦那もお元気そうで。」
はちはそう言いながら部屋に上がってくる。

「今日は一体どうしたのです?」
いきなり尋ねてきたことを不思議に思った弥勒がはちに尋ねる。

「いえ、この近くで旦那がいるって噂を聞いたもんでこいつを持ってきたんです。」
そう言いながらはちは担いでいた風呂敷を床に下ろす。

「何これ?」
かごめがその風呂敷を見ながらはちに尋ねる。

「これはこの地方でとれる有名なお酒でさあ。特に今年はできがいいらしくてたまたま手に入ったんでおすそわけに来たってわけです。」
広げられた風呂敷の中にはたくさんの酒が詰まっていた。

「これはおいしそうなお酒ですね。ありがたく頂くとしましょう。はちお前も一緒に飲んで行きなさい。」

「いいんですかい?」

「せっかく持ってきてもらったんですから構いませんよ。料理もありますし。皆さんかまいませんか?」
弥勒が犬夜叉たちに向かって話しかける。

「俺は構わねえぜ。」
「おらも」
「あたしたちもいいよ。」

犬夜叉たちもそれを快諾する。そして犬夜叉たちの宴が始まった。この時には誰もこの宴が悪夢になろうとは思いもしなかった……。



「なかなかいいお酒ですね。」
弥勒ははちが持ってきたお酒を口に運びながら呟く。できがいいという話はどうやら本当のようだった。

「お前よくこんなまずいもん飲めるな……。」
そう言いながら犬夜叉は料理にがっついていた。犬夜叉も最初は酒を口にしたのだがどうしても口に合わずしかたなく酒はあきらめ料理に集中することにしたのだった。

「犬夜叉はまだまだ子供ですね。そのうち酒の良さが分かるようになります。」
「そんなもんか?」
弥勒と犬夜叉がそんな会話をしていると

「お酒ってこんなにおいしいのね。」
「確かに今まで飲んだお酒の中で一番おいしいよ。」
かごめと珊瑚がお互いに酌をしながら酒を飲んでいた。その飲みっぷりはかなりのものだった。

「あの二人を見なさい。あんなにおいしそうに飲んでいるではありませんか。」
弥勒は二人の姿を見ながら自分もさらに酒を飲んでいく。

「はち、おらにも一杯ついでくれ!」
「へい!」
七宝とはちもかごめたちに負けず劣らず飲んでいるようだった。

「でもかごめ大丈夫か、酒飲むの初めてなんだろ?」
犬夜叉とかごめは未成年ということもあり現代では酒を飲んだことがなかった。

「大丈夫、想像してたよりずっとおいしいもの。」
かごめは心配する犬夜叉をよそに飲み続ける。

「珊瑚は酒をたしなむのですか?」
弥勒が珊瑚にそう問いかける。

「あたしも元々お酒は好きなんだよ。」
珊瑚もかごめに負けじと酒を飲み続ける。犬夜叉と弥勒はそんなふたりの様子を微笑ましく見守る。しかし

「でもあたしが飲もうとするとなぜか村のみんなに止められるんだよね……。」

「「え?」」

珊瑚が何気なく言った言葉に犬夜叉と弥勒は思わず動きを止める。二人が珊瑚の言葉の意味を理解しかけた時


「一番、日暮かごめ!歌いまーす!!」
突然かごめが立ち上がりどこから持ってきたのかマイクを手にしながら歌いはじめた。犬夜叉と弥勒があっけにとられていると

「二番、日暮かごめ!踊りまーす!!」
「三番、日暮かごめ!笑いまーす!!」
かごめに変化した七宝とはちも立ち上がり騒ぎはじめてしまう。犬夜叉たちの目の前には三人のかごめが騒いでいるという訳が分からない光景が広がっていた。

「あれ……?なんらかわらしがいっぱいいる……?まあいいや、とにかくうたえー!」
一瞬正気に戻りかけたかごめだったが結局一緒に歌い始めてしまう。

「「「へいへいへ―――い!!」
三人は肩を組みダンスを踊りながら歌い続ける。犬夜叉は開いた口がふさがらない状態になっていた。

「よーし、もう一軒いくぞ―――!!」
「おお―――!!」
三人はそのまま部屋を出て行こうとしてしまう。犬夜叉はそれを何とか止めようとする。

「お…お前ら、しっかりしろ!」

そんな犬夜叉を見ながら弥勒は一人落ち着きながら酒を楽しんでいた。

「よいではありませんか犬夜叉。今宵は宴の席。少しぐらい羽目をはずすのも許しておやりなさい。」

「弥勒、てめえすかしてねえで手伝いやがれ!!」
犬夜叉が三人のかごめにもみくちゃにされながら弥勒に食って掛かる。しかし弥勒はそんな犬夜叉の様子を眺めながらも動こうとはしなかった。しかし

「あはははははは!!」
部屋中にいきなり大きな笑い声が響き渡る。それは珊瑚の声だった。

「さ……珊瑚……?」
その尋常ではない笑い声に流石の弥勒もたじろぐ。
珊瑚はふらふらになりながら立ち上がる。その顔は真っ赤に染まっており目の焦点も定まっていない。そして今の珊瑚には妙な色気が漂っていた。珊瑚はそのままおぼつかない足取りで犬夜叉に近づいていく。

「お……おい……。」
犬夜叉はそんな珊瑚を心配して声をかける。その瞬間


「いぬやしゃ―――っ!!」
珊瑚は犬夜叉に抱きついてきた。

「さ、珊瑚っ!?」
犬夜叉はいきなりのことに顔を赤くしながらも何とか珊瑚を振りほどこうとする。しかし人間になってしまっている今の犬夜叉では珊瑚の力を振りほどくことができなかった。

「あんなのほっといて……いこー?」
「い…いくう?」
「あんなすけべなほうしさまも……なんかいっぱいいるかごめちゃんもほっといて……あたしといっしょにーならくをたおしにいこー?」
「お……おい……やめ……。」

珊瑚はうるんだ瞳で犬夜叉にもたれかかってくる。犬夜叉の体には珊瑚の胸が押し付けられており犬夜叉はその感触で目が回りそうになってしまう。

「ねえ……?」
珊瑚はそのまま眼を閉じ顔を犬夜叉に近づける。犬夜叉は何とか顔をそむけようとするが珊瑚の力には逆らえない。そのまま二人の唇が触れようとした時


「おすわり―――――――っ!!!」

かごめの叫びが部屋中に響き渡る。それと同時にとてつもない爆音が辺りを襲う。それは犬夜叉が床にめり込んだ音だった。そして

「おすわり!おすわり!おすわり!おすわり!おすわり!おすわり!おすわり!」
いまだかつてないおすわりの連射が犬夜叉を襲う。

(ま……じ……で……し……ぬ……)
犬夜叉は朦朧とする意識の中でこれまでで一番の威力の言霊と人間の体であることから
本気で生命の危機を感じていた。

「犬夜叉っ!!」
流石に危険を感じたのか弥勒が犬夜叉を助けようと立ち上がる。しかしその前に珊瑚が立ちはだかる。

「珊瑚……。」
弥勒が恐る恐る珊瑚に話しかけようとするが

「ほうしさまの……ばか――――!!」
そう叫びながら珊瑚は飛来骨を手に取り

「ひらいこつ―――!!」
それを弥勒に向かって投げつける。

「なっ!?」
弥勒はそれを間一髪で避ける。飛来骨はそのまま屋敷の壁を壊しながらあさっての方向に飛んでいってしまった。

「こ……殺す気ですか、珊瑚!?」
冗談ではすまない威力に弥勒が戦慄する。しかし珊瑚はそのまま弥勒に襲いかかろうとする。

「い……犬夜叉、珊瑚を止めるのを手伝いなさい!!」
そう弥勒が犬夜叉に助けを求めようとするが。

「この状況を見てから言え…………」
「おすわりおすわりおすわりおすわりおすわり……」

犬夜叉は息も絶え絶えにそう答える。犬夜叉はまだエンドレスおすわりに襲われていた。

「わ…悪い……。」
その惨状に思わず素が出てしまう弥勒。しかし突然かごめのおすわりが止まってしまった。

「か……かごめ……?」
ふらふらになりながらも何とか立ち上がりながら犬夜叉がかごめに話しかける。

「なによ……みんなさんごちゃんばっかり……わたしだって……わたしだって……」
かごめは俯きながら涙を流す。そして

「ぬいだらすごいんだから――――!!!」
そのまま制服を脱ぎ始めてしまった。かごめはあられもない下着姿になってしまう。

「や…やめろっ!!かごめっ!!」
犬夜叉は必死にかごめを止めようとする。

「なによ!!わたしのはだかなんてみたくないっていうの!?」
「そんなこと言ってねえだろ!?」
二人はそのままいがみ合いながらもみくちゃになっていく。どうしたものかと弥勒が考えていると

「あたしだってまけないんだから!!」
そういいながら珊瑚も着物を脱ごうとする。

「み……弥勒!!珊瑚を止めろ!!」
珊瑚はかごめと違い現代の下着はつけていない。着物を脱げば取り返しのつかないことになってしまうため犬夜叉は必死の様子で弥勒に叫ぶ。

「仕方ありませんね……。」
少し残念そうにしながら弥勒は珊瑚の手を取りなだめようとする。

「珊瑚、年頃の女性がそんなはしたないことをするものではありません……。」
弥勒は慈愛に満ちた表情でそう珊瑚に話しかける。しかし

「なにさ……いつもはすけべなことばっかりするくせに!!」
そう言いながら珊瑚は弥勒の尻を撫でまわす。

「ひっ!?」
思わず弥勒は素っ頓狂な声をあげてしまう。珊瑚とかごめはそんな弥勒を目を丸くして眺める。

そして二人は目を合わせ邪悪な笑みを浮かべる。

「ふうん。ほうしさまおんなのしりをなでるくせに……」
「じぶんのおしりをさわられるのはいやなんだ……。」
二人は手を動かしながら弥勒に詰め寄ってくる。

「お……落ち着きなさい……二人とも……話せば分かります……。」
弥勒がそう言いながら逃げようとするが

「もんどうむよう!!」
「ひいいいいい!!」
二人に捕まりもみくちゃにされてしまう。

(すまねえ……弥勒……)
犬夜叉はその隙にこの場から離れようとほふく前進で部屋の外に向かっていく。そして出口に辿り着こうとした瞬間

「どこにいくのいぬやしゃ?」
うしろからかごめの声が犬夜叉を貫く。

「か……かごめ……。」
犬夜叉は怯えきった表情でかごめを見据える。そして犬夜叉の意識はそこで途絶えたのだった……。





「あれ……ここは……?」
かごめが目をこすりながら体を起こす。もう朝になってしまったのか部屋の外からは朝日がさしていた。そしてかごめは自分が下着姿になっていることに気付く。

「えっ何でっ!?」
慌てながらかごめは周りの状況を見渡す。そこにはボロボロになった犬夜叉と弥勒の姿があった。珊瑚は幸せそうに何か寝言を言いながら眠っている。七宝とはちは大の字になっていびきをかいていた。

「もう……ぜってえお前らとは酒は飲まねえ……。」

「同感です……。」


犬夜叉と弥勒は薄れいく意識の中でそう言い残し気を失ったのだった……。



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